第一復員省大屋中佐の原爆被害報告
1945年12月10日 米国戦略爆撃調査団資料
戦略爆撃調査団「レフコ」中尉ニ対スル回答
昭和20年12月10日 第一復員省 大屋中佐
但シ本回答ハ小官ノ記憶及関係方面ニ連絡シ調査セルモノニシテ数字及専門事項ニ関シテハ正確ヲ保シ難キモノアリ
其ノ1.原子爆弾ノ影響
原子爆弾8月6日始メテ広島市ニ対シ使用セラレタル影響ハ当時ニ於ケル日本ノ状況及直後ニ於ケル「ソ」連邦等ノ参戦等ニ関連シ日本ノ戦争指導ニ重大ナル影響ヲ与ヘタルコトハ否定シ得サルヘシ
其ノ主ナルモノ左ノ如シ
1.終戦ニ及ホセル影響
累次ニ亘ル焼夷攻撃及爆撃ニ依リ本土主要都市及周辺軍事工場ハ灰燼ニ帰シ軍需工場及重要諸施設ノ地下転移ノ遅延ト交通遮断等ノ障碍ハ逐次軍需生産力ノ衰退ヲ来シ戦争ノ継続ニ大ナル支障ヲ来シタルハ事実ニシテ之カ対策ハ着々進捗シ本土決戦ヲ準備中ナリシ総合国力及戦力ノ減退ハ対米決戦ヲ逐次困難ナラシメ一部ニハ終戦ハ時間ノ問題ナリトノ感ヲ持ツモノモアルニ至レリ
此時ニ於ケル原子爆弾ノ現出ハ一般軍隊ニ対シテハ比較的影響少ナク却ツテ敵愾心ヲ昂揚シタルモ国民一般ニ多大ノ恐怖心ヲ与フルト共ニ戦争指導首脳者ノ一部ニ対シテハ「ソ」連ノ参戦ニ関連シ継戦ヲ絶望的ナラシムルニ画期的影響ヲ与ヘタルモノアリ
2.原子爆弾ノ威力ニ関スル反響
原子爆弾ノ威力(広島市及長崎市ノ損害別紙記述ノ如シ)ハ十分認識シタルモ現地ニ於ケル当時ノ所感ハ其ノ損害ヲ軽減シ得ルモノニシテ絶対致命的ノモノニアラスト結論セリ
然レドモ広島ニ於ケル一発ノ原子爆弾ノ威力カ上下ヲ通ジ国民ニ与ヘタル精神上ノ打撃ノ大ナリシハ否ムヘカラズ
註.広島ニ於ケル当時ノ状況ヲ回想スルニ8月6日午前7時乃至7時30分頃広島市東方ヲ旋回中ナリシB29 2~3機ニ対シ発令中ナリシ警戒(空襲)警報ハ8時前後解除 セラレ市民ハ所謂「ホッ」トシタル気分ニテ朝ノ始末、出勤、登校等ノ途ニアリ タルモノニシテ本爆撃ハ全ク奇襲ヲ受ク是カ為家外ニアリタルモノハ勿論屋内ニ アリシ者モ爆風、火傷及家屋倒壊ノタメ大小トナク重軽傷シ比較的軽傷、活動力 アルモノモ重傷者等ノ救助ニ尚及ハズ 折カラ発生セル火災ヲ消スノ努力ヲナサザルハ勿論避難モ困難ナルノ状況ニシテ全市灰燼ニ帰シタルモノナリ 最適例ハ (数字ニ若干ノ誤アルヘシ)当時歩兵第一補充隊ハ(兵営ハ全壊全焼)約3,000人 ノ兵員ヲ有シタルモ8月8日ノ調査ニ依リ判明セルハ兵営ニアル生存者約800名内活 動力アルモノ200名ニ足ラスシテ他ハ行方不明トノ報告アリシ如ク記憶シアリ 以 テ一般ノ状況ヲ推シ得ヘシ
即チ広島ニ於ケル被害状況ヲ見ルニ爆心ヨリ1~2粁ノ地域ニ於ケル家屋ハ全壊、全焼、約4粁付近迄ハ中、小破ノ打撃ヲ受ケ中心点付近ノ路上電車ハ脱線、方向ヲ転換、鉄柱ハ倒レ1~2粁以内ニ於テ屋外ニ在リシモノハ着衣全焼、全身火傷ニテ死亡、500米以内ニ於テハ内臓ノ露出セルモノアリ 又5粁付近迄ハ硝子ノ破片等ニ依ル損傷若干アリシ等被害ノ程度甚大ナリシモ一方市内ニ於テモ鉄筋「コンクリート」ハ(焼失シアリ)ハ比較的破壊度少ク普通程度ノ防空壕ニモ完全ニ形ヲ止ムルモノアリ
地下「ケーブル」、水道ハ損害ナク爆心ヨリ約3粁離隔セル飛行場ニ於テハ暴露セル小型機ノ中央座席付近ヨリ折損、風防硝子ヨリ引火焼失セル外掩体内ニアリシハ損害比較的軽微ニシテ又白夜ノ部分ハ火傷軽易ニシテ白色ノ光線ヲ反射スル等判明セルヲ以テ広島ノ如キ奇襲ヲ受ケタルコトニ対シテハ所謂奇襲兵器トシテ精神的動揺ヲ来シタルコトハ事実ナルモ又一面対応準備十分ナレハ敢テ対抗不可能ナラスト決論セラレタリ
3.当時考慮セル主要対策次ノ如シ
1.警戒警報中ト雖モ敵機ノ近接ヲ知ラバ掩蓋ヲ有スル屋外防空壕ニ待避ス 2.防空壕ニ入リ得サルモノハ遮蔽下ニ姿勢ヲ低クシ閃光後急速ニ脱出ス 3.露出部少キ服装トシ厚着ヲシ出来得ル限リ白色ノ下着ヲ使用ス 4.火傷薬ヲ必ス携行ス 5.「ガラス」窓ハ負傷ノ原因トナルヲ以テ直ニ撤去シ日本家屋ハ半地下式ノ壕舎ニ改築スヘシ 6.防空壕ハ爆風除ケヲ付スヘシ 7.消火器其置場ハ家屋倒壊ノ危険少キ屋外ニ格納ス 8.燃料弾薬ハ一般防護ノ程度ニシテ特ニ考慮ノ要ナシ 9.飛行機ハ有蓋掩体(補強セルモノ)若クハ地下ニ格納ス 10.高射砲其他ノ対空部隊用掩体ハ努メテ之ヲ高クシ偽装用材料ヲ以テ遮蔽シ得ル如クス 11.其他一般防護対策ニ同シ
4.中央ヨリ現地軍宛通牒セル原子爆弾ニ依ル患者ノ治療法ノ参考
1.治療法 イ.安静 ロ.自家輸血ノ筋肉内注射 ハ.生理食塩水又ハ5%葡萄糖液ノ皮下注射 ニ.「クロール、カルシウム」ノ静脈内注射 ホ.「ビタミン」「B1」及「C」ノ大量投与 2.爆心ヨリ半径2粁以内者(為シ得レハ4粁以内ノモノ)ハ健康診断(特ニ白血球数、赤血球沈降速度)ノ要アリ 白血球3000以下、赤沈50粍以上ヲ患者トシテ取扱ヒ、白血球3~5000、赤沈30粍程度ノ者ヲ要注意者トシテ安静ヲ必要トス
其ノ2.広島ニ関シテ
1.被害状況
明年1月中旬頃被害地域図完成(松本ニ於テ印刷中)予定ナルモ概要別紙要図ノ如シ
2.在広島陸軍部隊及其ノ状況
広島市付近5万分ノ1地図ナキニ付記入提出不可能ナルモ概要別紙要図ノ如ク又在広島陸軍部隊ノ数左ノ如シ
第二総軍司令部 | 370 |
中国軍管区司令部 | 688 |
歩兵第一補充隊 | 3346 |
砲兵補充隊 | 400 |
工兵補充隊 | 461 |
通信補充隊 | 243 |
輜重兵補充隊 | 627 |
広島地区鉄道司令部 | 267 |
独立鉄道第二大隊 | 1541 |
船舶司令部 | 15000 |
広島支部 | 80 |
船舶砲兵司令部 | 1135 |
其他 | 若干 |
計 | 約 244158 |
註.1.広島ニハ宇品ヲ含ミアリ 2.船舶司令部ノ人員ハ当時広島ニアリタリト推定セラルノ人員ナリ 3.其他2~3中隊ノ野戦勤務部隊駐屯シアリシカ如モ詳ナラス
3.陸軍関係被害
1.小官ノ記憶ニヨル陸軍関係ノ損害 中国軍管区司令部・歩兵第一補充隊・砲兵補充隊・工兵補充隊・輜重兵補充隊・ 広島第一陸軍病院・広島第二陸軍病院・広島連隊区司令部 庁舎全壊全焼 但中国軍管区司令部ハ防空作戦室(鉄筋コンクリート)ノミ健在又陸軍病院第一及第二共ニ職員約80%患者(第一約500第二約650)ハ殆ント全滅ス 第二総軍司令部 本庁舎ノミ半壊全焼 爾他ハ全壊全焼ス 宇品船舶司令部・広島補給廠 建物ニ若干ノ被害アリシ他異状ナシ 2.陸軍関係死傷者統計
死亡者 | 6082 |
傷者 | 3353 |
行方不明 | 687 |
計 | 10122 |
3.船舶関係 一部家屋ノ破壊セルモノアルモ被害僅少ナリ
4.広島市一般人民ノ損害左表ノ如シ(終戦直後)
死 | 63,614 |
傷 | 64,670 |
計 | 128,284 |
全焼 | 55,005 |
全壊 | 6,820 |
計 | 61,825 |
罹災者 | 193,719 |
備考.本表ハ防空総本部ノ資料ニ依ル、広島市ハ他ノ爆撃ハ殆ント無キヲ以テ原 子爆弾ノミニ依ルモノト見ルヲ得ヘシ
5.宇品ニ関シテ
陸軍ハ宇品ニ於テハ陸軍船艇ノ修理及艤装ヲ主トシ一部上陸用小艇ヲ製作ス
其ノ3.長崎ニ関シテ
1.当時ニ於ケル在長崎部隊左ノ如シ
独立混成第122旅団 | 6291 |
高射砲134連隊 | 約2700 |
其他 | 若干 |
計 | 8991 |
註.長崎ニ於テハ独立混成122旅団ノ市内ニアリタルハ其ノ一部ト推定セラルルモ詳細ナル駐屯人員ハ不明ナリ
2.被害ノ状況
1.原子爆弾ニ依ル被害状況別紙要図ノ如シ 2.戦災様相 市ノ大部ハ一瞬ニ破壊セラレ市ノ全人口ノ5%ハ死傷シ全市家屋ノ40%ヲ焼失セリ 細部ノ状況左ノ如シ 但シ広島ニ比シ損害ハ比較的僅少ナリシハ爆心ノ都心ヨリ4粁余離隔セルト都心部ト投下点ノ間ニ比高約200米ノ山地存在セシニ依リタルモノト判断セラル
種類 | 人員 | 家屋火災 | 家屋ノ破壊 | |||||
死亡 | 負傷 | 行方不明 | 全焼 | 半焼 | 全壊 | 半焼 | 損傷 | |
原子爆弾 | 23,753 | 23,345 | 1,927 | 11,494 | 150 | 2,653 | 5,921 | 残リ全部 |
一般爆弾 | 364 | 600 | 43 | 59 | 1 | 288 | 223 | |
船舶ノ被害 | 沈没 | 大破 | ||||||
6隻 | 3隻 |
而シテ主要罹災地域タル浦上川沿線ハ住宅完全ニ粉砕セラレ其ノ形骸ヲ止メス 造船其他重要建築物ハ全壊シ鉄骨ノミ残存シアリ 長崎駅西南都心部ハ離隔度ノ大ナニ従ヒ損傷小ナリト雖完全ナル居住施設ハ殆ント皆無ノ状況ナリ 3.長崎港防衛火砲ノ旧式ナル理由 長崎ノ防空兵力ハ弱勢ニシテ更ニ強化ノ必要ヲ認メタルモ長崎地区ハ日本全国的ニ見ル時他ニ比シ生産工場地帯乃至ハ港湾トシテ次等ニ位シ当時日本軍ノ兵力トシテヨリ以上ノモノヲ配置シ得ザリシモノナリ
其ノ4.俘虜ニ関スル事項
広島、長崎共ニ目下主任者出張中ノタメ判明セズ
其ノ5.水上特攻撃艇ノ配置ニ就テ
陸軍水上特攻艇隊ハ各方面軍ニ配属セラレアリシ関係上現在中央ニ於テ資料ナシ
従ツテ又残島(ノコノシマ)ノ配備ニ関シテモ現地軍(福岡ニ在リシ西部軍管区)ニ就テ調査セサレバ判明セス