佐々木禎子
ささき・さだこ | 19430107生 19551025没 |
2歳の時、広島市三篠町で被爆。1955年1月9日、発病。同年2月21日、広島日赤病院に入院(広島市幟町小学校6年生)。4月幟町中学校に進学するが、登校不能。入院中折り鶴を製作。10月、亜急性リンパ性白血病で死去。享年12歳。 |
参考
広島平和をきずく児童・生徒の会 | |
原爆の子の像(折鶴の子の像) | |
広島折鶴の会 | |
資料 | |
広島市原対協被爆生存者(児童生徒)調査表(1956年1月10日現在)(1956年2月~3月実施) | 出典:『広島原爆医療史』601頁 |
文献(原爆の子の像関係) | |
千羽鶴 原爆の子の像の記録(豊田清史、昭森社) | 1958/08/06 |
はばたけ千羽鶴(豊田清史、 筑摩書房) | 1982/07/30 |
悲しみの千羽鶴(田清史、創樹社) | 1991/07/10 |
折り鶴の子どもたち 原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち(那須正幹・作 高田三郎・絵 PHP研究所 ) | 1984/07/02 |
現代日本朝日人物事典(長岡弘芳執筆) |