広島県水平運動の人びと

『広島県水平運動の人びと』(広島県部落解放運動史刊行会編著、部落問題研究所出版部、1973/07/30)

内容

部節 タイトル
部落解放同盟正常化広島県連合会委員長 藤川春雄
刊行のことば  部落問題研究所
刊行よせて
広島県水平社50周年を祝う  阪本清一郎
広島県水平社創立50周年を迎えて  木村京太郎
広島県の部落解放運動と私  岡映
広島県の水平運動と私  山本利平
序節 広島県水平運動の概観 34
1部
広島県水平社結成の親愛―照山正巳を偲ぶ中野繁一さん 52
全水青年同盟と私の生きがい 66
水平運動の地下水・桑田義雄さん 86
広島県の水平運動と佐藤一男さん 100
夫・玖島三一と私 120
水平運動・労働運動の闘士玖島三一さん 132
府中水平社の創設者 森分忠孝さん 144
島嶼部の組織者、原田実夫さん 157
2部
差別の70年を生きたおばあさん 172
差別と貧困のなかで 178
差別の中でたくましく 186
食肉産業に生きた人 198
馬喰と屠夫に生きた人 205
靴づくりに生きた人 216
差別・貧困・原爆の三重苦の中で 229
融和運動から部落解放運動へ 249
3部
日曜学校と八木松太郎さん 262
米騒動の渦中にいて 270
福島小学校の教育 277
福島小学校の教師の回想 289
福島町における医療活動 296
福島町民の生活と健康 306
「わかくさ子ども会」と青年指導者群 329
おわりに 341

 

資料年表:川本義隆

資料年表:川本義隆<作業中

年月日 事項 備考
 1974051 「脱出生徒の記録(昭和21年春広島一中第2学年のころ記す)」 『ゆうかりの友』(広島県立一中被爆生徒の会)
「(1氏名)川本義隆、(2勤務先)広島市役所、3(出身校)、4(被爆当時の学級)第1学年12学級、(住所)広島県佐伯郡大野町****」 pp.39-42
 19840301  「講演 (広島平和記念館館長) 川本義隆」(『平和を願う念仏者の集い 第1回-核兵器廃絶へ向けて 記録集(58.7.9)』(浄土真宗本願寺派安芸教区教化推進協議会)) pp.6~11」
 19850415  「平和を誓う場 資料館 川本義隆」(『子どもたちに平和な未来を―平和への願い第2集―』(生活協同組合ひろしま平和部会))
 19860301  「ヒロシマを語る 川本義隆 2」(『平和へのねがい 第6号』原水爆禁止西宮市協議会、西宮市編)
19860801 (制作日)被爆者証言ビデオ(広島平和文化センター)
20020331 肺がんのため広島市中区の病院で死去、69歳。
 20090101  「被爆体験記」川本義隆ほか(広島平和記念資料館)<広島平和文化センター被爆体験証言者で、証言講話を引退した人のプロフィール・体験記をファイルしたもの(啓発担当の平和学習で紹介していたもの等)>

資料年表:福島菊次郎

資料年表:福島菊次郎<作業中

年月日
19210315 福島菊次郎誕生。
19610801 「被爆者の苦悩みつめる福島菊次郎の写真集「ピカドン』」(『中国新聞(夕刊)』平岡敬・記)
1963 (写真)ヒロシマみやげをつくるのもひと苦労。福島菊次郎氏撮影。<『「原爆一号」といわれて ちくまぶっくす36』(吉川清、筑摩書房、19810724)所収>
196608 福島菊次郎「原爆白書」(『アサヒカメラ』)
19750806 福島菊次郎(下関出身のフリーカメラマン)写真展「30年目のゲンバク―放射能遺伝傷害の恐怖」、ギャラリー「アメリア」(東京)で開催。 C
19820701 福島菊次郎「ヒバクシャの戦後」<『原爆展 忘れまい、この惨禍』(朝日新聞東京本社企画部 )所収>
19870830 『戦争がはじまる 福島菊次郎全仕事集』(福島菊次郎、社会評論社)
19890722 写真家福島菊次郎の写真展「天皇の戦争責任とヒロシマ」、広島市で開催(小西のぶ子記念館主催、24日まで)。 C
199508 反原発団体「原発いらん!下関の会」主催「反原発写真展」下関市の旧英国領事館で開催。福島菊次郎らの写真。 C
19950921 東京都写真美術館(主催・会場)「核―半減期(広島・長崎の写真)」
19990806 原爆・原発・差別などを写した社会派写真家・福島菊次郎の作品を常設展示する写真資料館、下関市内に開館。 C
20110615 「被爆者の苦悩みつめる福島菊次郎の写真集「ピカドン』」<『時代と記憶 メディア・朝鮮・ヒロシマ』(平岡敬、影書房)>
20120806 C
20121110 C
20130201 C
20130827 C
20130901 C
20141019 C
20150620 C
20150708 C
20150714 C
20150924 福島菊次郎死去
20150926 「反原発・反戦貫く 関係者悼む 福島菊次郎氏が死去」(道免雅良・井上龍太郎) C
20150927 「天風録」 C
20150930 那須圭子「福島菊次郎さんを悼む」 C
20151001 『論』写らなかった戦後 私たちが読み取る番(佐田尾信作・論説主幹) C
20151121 C
20151223 C
20170626  『ピカドン ある原爆被災者の記録』(福島菊次郎著、復刊ドットコム)
 20220710  「書評 福島菊次郎」あざなえる記憶」(那須圭子)  C

 

日本社会党の30年

『日本社会党の30年(1)』(月刊社会党編集部、日本社会党中央本部機関紙局、19741220)『同 (2)』(19750605)、『同 (3)』(19751102)

内容

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内容 備考
 (1)
発刊によせて (勝間田清一)
 序 簡単な前史
 1  日本社会党の結成
 2  最初の活動と民主人民戦線
 3  総選挙から2・1ストへ
 4  片山内閣の成立と崩壊
 5  惨敗への道
 6 社会党の新生
 7 平和4原則
8 分裂
9 大衆闘争の展開と両派社会党
10 選挙をつうずる上向的発展
11 綱領論争
(2)
 12  再統一への道
 13 左右統一の実現
  14 大衆闘争の高揚のなかで
 15  反動岸内閣に抗して
16 再建論争と安保前段のたたかい
17 安保と三池のたたかい
18  構造改革論争
 (3)
 19 激化する党内外の抗争
20 停滞のはじまり
21 日本における社会主義への道
 22 日韓・ベトナム・沖縄
 2 3 社会党の停滞
24 1970年闘争
(1)成田―江田体制
(2)もう一つの敗北
東大紛争/反戦青年委員会/
(3)70年のたたかい
1969年末の総選挙での社会党の敗北
25 反独占統一戦線への中核として
  人名解説
 あとがき

資料年表:パール・バックとヒロシマ

資料年表:パール・バックとヒロシマ(主な出典『中国新聞』)

年月日
19461120 『アジヤの友へ アメリカ人の生活と国民性について』(翻訳者:石川欣一、発行所:毎日新聞社、配給元:日本出版配給株式会社)
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1949/1/– 米講演旅行中の広島流川教会の谷本清牧師から近況報告。「ワシントンでメソジスト教会などの協力の下に『広島を世界平和のメッカに』の運動を始めた。パール・バック氏、ジョン・ハーシー氏らの協力も得ている」
1949/3/23 ニューヨークでヒロシマ・ピース・センター協力会が結成。「土曜文学評論」のノーマン・カズンズ主筆、パール・バック氏、スタンレー・ハイ氏(リーダーズ・ダイジェスト主筆)、ハリー・カーン氏(ニューズ・ウィーク主筆)らが中心(「広島原爆とアメリカ人」)
1951/5/5 米の作家パール・バック女史が中国新聞社の創立60周年を祝い祝辞。「広島の記憶はアメリカ民衆の良心から永久に消え去ることはないでしょう。広島という名称は平和をもたらすための私たちのシンボルとなりつつあります」
1952/8/6 中国新聞を通じ8月6日メッセージ。ノーマン・カズンズ、マービン・グリーン、パール・バック、アルフレッド・パーカー、フロイド・シュモー、エメリー・アンドリュース、ウィリアム・デビン、メアリー・ジョーンズの各氏
1952/12/– 米国整形外科学会からABCCテーラー所長を通じ広島県医師会に、「広島、長崎に原爆症治療班を1年の予定で送りたい。受け入れ態勢はどうか」との非公式問い合わせ。真杉静江さんら東京の作家グループがパール・バック女史を介し故ルーズベルト大統領夫人に働き掛けた結果
1955/6/19 原水爆禁止世界大会広島準備会がパール・バック女史、ジョン・ハーシー氏、キュリー夫人、アラゴン氏、サルトル氏、郭沫若氏ら70人に大会招請状を発送
1955/12/10 パール・バック、バートランド・ラッセル氏らで構成するスイスの人権アカデミー(本部ジュネーブ=1950年6月発足)が広島、長崎両市へ「原爆被災が平和運動の発端になった」とメダルを贈呈
1958/4/11 米核政策健全化委員会がニューヨーク・タイムズに著名47人の連名で、「太平洋上の核実験を停止させるためアイゼンハワー大統領に訴願書を提出する。国会議員、編集者、放送機関にも訴える」との意見広告。同委員会は前年11月、作家、牧師、教育者などの有志で結成、ノーマン・カズンズ氏が臨時議長に就任。その後、参加者はルーズベルト夫人、パール・バック女史、仏の作家アルベール・カミュ氏など多彩に
1965/10/3 広島市宇品町の広島「憩いの家」で、「被爆者の集い」1,000回記念祝賀会。参加人員延べ5万3,000人。1964年、パール・バック女史、バートランド・ラッセル博士ら国際的文化人約2,000人をメンバーとする国際協力委員会広島ハウス財団(事務局ニューヨーク)が発足、2カ月に1度の割で被爆者救援の定期便
1967/12/23 ニューヨークの「広島憩いの家国際協力委員会」から広島市宇品町の広島「憩いの家」に被爆者救援金10万円が届く。「憩いの家」設立者のアイラ・モリス夫妻、バートランド・ラッセル卿、パール・バック女史ら
1973/3/6 パール・バック女史が米バーモント州ダンビーの自宅で死去。80歳。

 

 

 

 

 

 

 

 

小説「大地」で知られる米作家でノーベル文学賞受賞者のヒロシマ・ピース・センター運動、精神養子運動などを支援

 

平和都市建設に活躍する人々

『平和都市建設に活躍する人々』(児玉琢雄編、県報関西新聞社、19570101)

内容

名前 メモ
02 大原博夫
05 渡辺忠雄
熊野徳次郎
08 島田兵蔵
長尾節造
桜内乾雄
鈴川貫一
岩井章
川岡譲
新沢憲造
09 白井市郎
白井修一郎
10 田中好一
藤田定市
11 林利平
松田恒次
12 河村郷四
伊藤信之
13 三宅太郎
倉本剛三
14 渡部貞夫
本田三郎
桑田哲夫
15 森本亨
榎並栄
16 仁田竹一
奥村孝
17 鈴木術
岩田幸夫
18 住野重太郎
藤井巌
19 上久保新七
岡野龍一
20 寺田豊
今井稔
21 登稔
西川文二
22 佐々木司三
大野邦男
23 浜井信三氏
24 熊平清一
平塩五男
25 松島彌氏
中山良
26 楠久
小泉万次郎
27 飯田信雄
水野藤雄
28 原田楽一
田村秀太郎
29 田村雅人
高橋敏雄
30 山内信一
岡達
31 谷口寿太郎
西本寿
32 赤木繁三郎
落合誠
33 和泉直太郎
西本春長
植田寿雄
34 蔵野五郎
田淵親章
35 鈴木貢
吉中良雄
36 岡政一
中川朝夫
37 田坂三友
38 大内五朗
原田東岷
39 高橋定
粟屋一歩
40 八谷牛宗
中谷貢
41 斉木実
世良盛吉
42 斉藤剛作
西本直次郎
43 籔崎良一
岸範一
44 湯蓋徳三
45 津村是義
山崎実義
46 木場善男
平原利幸
萩原幸雄
竹内皐
47 山原秀朗
坪井亀
松尾博茂
48 小笠原優
沖野悟
49 佐々木銑
加藤等
寺西正雄
50 向井一貫
川瀬秀夫
51  寺崎幸助
津田真行
甲斐太郎
52 中川行夫
橋本正孝
53 松尾蜜二
前田法道
54 井上博文
55 池坊広告
56  広告-64

『人種・差別・部落』(全国社会福祉協議会)

『人種・差別・部落』(東上高志・小倉襄二(編)、全国社会福祉協議会、19730515)

内容<作業中

見出し 著者 備考
1 育てること、学ぶこと
2 地域を考える
挙家離村
過密―崩壊する核家族
原爆と差別―被爆と差別の体験構造 天野卓郎・渡辺正治
「死の灰」の中での差別
原爆による差別の拡大―魂を奪われた人
原爆と差別の実態―生活をうばわれた人
差別の壁とのたたかい―抗議しつづける人
 就職と労働の差別
 生活保護と権利意識
 社会開発と部落問題  小倉襄二
  自治体と住民と人権  坂寄俊雄
3  働くものの底辺
 筑豊の部落地帯  馬原鉄男
「合理化」の嵐に抗して  瀬川負太郎
 「アンコ」―差別の労働  三塚武男
 4  歴史をつくる
ある老人の話  成沢栄寿
 部落解放の歩み  馬原鉄男
 私にとっての人権  住井すゑ
人権の視座  東上高志