原爆死没者名簿奉納者数の変遷

原爆死没者名簿奉納者数の変遷

 

追加数 内  数 総 数
1952(昭和27) 57902 57902
1953(昭和28) 391 58293
1954(昭和29) 212 58505
1955(昭和30) 523 59028
1956(昭和31) 680 59708
1957(昭和32) 185 15 59893
1958(昭和33) 173 60066
1959(昭和34) 187 60253
1960(昭和35) 161 95 66 60414
1961(昭和36) 139 64 60553
1962(昭和37) 125 83 42 60678
1963(昭和38) 127 29 60805
1964(昭和39) 169 44 60974
1965(昭和40) 469 69 61443
1966(昭和41) 550 68 61993
1967(昭和42) 430 157 43 62423
1968(昭和43) 1101 521 428 121 63524
1969(昭和44) 9211 1390 6764 1035 72735
1970(昭和45) 3606 1228 1122 1196 76341
1971(昭和46) 1745 243 389 1107 78086
1972(昭和47) 2097 204 319 1567 80183
1973(昭和48) 2650 321 742 1575 82833
1974(昭和49) 1970 139 396 1429 84803
1975(昭和50) 2172 128 450 1590 86975
1976(昭和51) 2159 114 392 1647 98134
1977(昭和52) 2282 143 528 1611 91416
1978(昭和53) 2179 97 370 1712 93595
1979(昭和54) 2090 59 318 1713 95685
1980(昭和55) 2279 71 355 1853 97964
1981(昭和56) 2753 82 656 2015 100717
1982(昭和57) 3060 112 792 2153 103777
1983(昭和58) 5179 65 2648 2466 108956
1984(昭和59) 4315 56 1685 2573 113271
1985(昭和60) 25419 123 22009 3234 138690
1986(昭和61) 4941 165 1018 3656 143590
1987(昭和62) 4619 110 993 3473 148177
1988(昭和63) 4476 114 931 3428 152650
1989(平成 元) 4424 23 921 3474 157071
1990(平成 2) 10175 1565 5117 3483 167243
1991(平成 3) 4787 20 1081 3682 172024
1992(平成 4) 4944 176964
1993(平成 5) 4878 181836
1994(平成 6) 5110 186940
1995(平成 7) 5094 192020
1996(平成 8) 5030 197045
1997(平成 9) 5076 202118
1998(平成10) 4927 207045
1999(平成11) 5071 212116
2000(平成12) 5021 217137
2001(平成13) 4756 221893
2002(平成14)
2003(平成15)
2004(平成16)
2005(平成17)

 

注:①1945年8月6日死没者、②1945年8月6日~前年8月5日死没者、③前年8月6日~当年8月6日死没者
出典:1967年までは新聞報道、68年以降は広島市原爆被害対策部の資料

 

原爆死没者名簿

原爆死没者名簿

広島市調査課は、1951年(昭和26年)5月、原爆死没者調査を実施した。再三のGHQへの陳情の結果実現したもので、7回忌(51年8月6日)を期して慰霊堂に合祀するための全死没者名簿作成を目的とするものであった。

調査は、「広島に投下された原子爆弾により直接に、又は原爆の影響を直接の原因として死没された方全部」を対象としており、調査の内容としては、「1.死没者の氏名、2.性別、3.死没時の年齢、4.死没者の当時の住所、5.死没者の当時の職業(勤務先)、6.死没年月日、7.直接の原因、8.死没の場所、9.被爆時にいた場所」の9項目があげられていた。

その方法は、関連者からの申告によるものとし、「広島市内及び広島県下については特別に徹底を期して、調査票も市内は全世帯に配布、県下も多量配布し、個人票以外に事業体、学校、団体、病院、寺院等には連記制調査票も配布」した。また、県外については、「各県の地方課から各市町村役場の関係課係を通じて連絡員(部落の世話人)、前国勢調査員、学校の生徒達の御協力により、或は告知板の利用等により申告者に調査票を入手させ、記入して貰う」こととした(広島市役所「広島市原爆による死没者調査についての趣意書」)。

慰霊堂の建設は、51年の式典には間に合わなかった。しかし、式典前日までに確認された氏名は、いろは別にカーボン紙に記載され、式典会場の戦災供養塔に供えられた(広島市『市勢要覧昭和26年版』、「中国新聞」54年8月6日)。

1952年7月上旬、広島市は、市内の能筆家20人に委嘱して過去帳への記載を始めた。5万7,902人の原爆犠牲者の名前を謹記した15冊の「広島市原爆死没者名簿」は、8月6日の式典で、浜井広島市長の手によって原爆死没者慰霊碑の中に設けられた奉納箱に納められた。広島市調査課は、この名簿の写しを、式典当日、原爆死没者慰霊碑と戦災供養塔前で公開し、記帳洩れの届出の受け付けを行なった。

1953年の式典では、この日以降新たに確認された391人の追加者の名簿が奉納され、以後、追加名簿の奉納が式典の慣例となった。

広島市は、1951年の調査に先だって、死没者の総数を20数万人と想定していた(「中国新聞」51年4月14日)。この根拠は、被爆当時の広島市内の人口を42万人(市内在住者約25万人、軍関係者約8万人、市外からの来広者約9万人)と推定、それから、50年に国勢調査付帯調査で明らかになった生存者数15万7,575人を差し引くという大雑把なものであった。ところが、51年の調査の結果は、6万人にも達せず、広島市調査課長は、53年7月に、死没者数は十数万が妥当との見解を発表した(「中国新聞」53年7月22日)。

原爆死没者名簿作成当時、この中への記帳者は、原爆被爆時またはその直後に死亡したもののみが対象との理解があった。翌1954年の式典での追加記入は212人に過ぎず、こうした結果を踏まえて、今後の追加者を加えても、名簿記帳者数は、6万人程度にとどまるのではないかとの見解が報じられている(「中国新聞」54年8月6日)。しかし、その後、被爆後数年経過した時点での死没者も記帳対象と考えられるようになった。57年には22人、58年には34人、59年には38人(原爆病院で死亡した人)が、過去1年間の死没者として名簿に追加されている。
表は、現在までの追加数と名簿奉納総数を年別にみたものである。名簿への記帳は、遺族からだけでなく、関係団体からの申し出によってもなされた。1955年と56年には、県婦協の調査により確認された死亡者が追加され、記帳者数が増加した。69年の9,211人という増加は、市長が、被爆者健康手帳所持者で届出の無い死亡者6,844人を職権で記載したためである。また、この年には、原爆供養塔の無縁仏のうち氏名判明分1,071柱の名前が、広島戦災供養会の申し出により記入された。

追加奉納された犠牲者のうち、過去1年間の死亡者の人数は、67年までは、100人未満、68年は121人であった。しかし、広島市が、市内の死亡者の中から被爆者を調査して追加奉納を行なうようになった69年以降は、1、000人を超えるようになった。

広島市は、市外の死亡者については、自動的に名簿に記載するという措置を取ることができないでいた。原爆医療法(1957年3月31日公布、正式名称:原子爆弾被爆者の医療等に関する法律)、原爆特別措置法(68年5月20日公布、正式名称:原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律)にもとづく行政事務は、広島・長崎両市を除き都道府県が担当しているからである。77年の場合、7月13日現在で名簿追加記帳予定者数は、1,664人(最終的には2,282人)であったが、そのうち、広島市の措置による数は、1,489人であり、遺族と名簿記入運動を進めている広島県原爆被害者団体協議会の届出分は、175人に過ぎない。

この年、広島市を除く広島県内の被爆者健康手帳1,141人分が、所持者の死亡により県に返還されていた。しかし、広島県が、記帳の申し出は遺族の自主判断に任せるという方針を採っていたため、県から市へ記帳対象者として連絡されることはなかった(「読売新聞」1977年7月22日)。

このような死亡時の居住地による名簿記帳手続き上の差異を無くするため、広島市は、80年、全国の原爆被爆者対策担当窓口に死没者名簿登載申請書を送った。また翌81年には、長崎市と連名で、知事、政令市市長などを通じて、全国の遺族に犠牲者の名簿記載を呼びかけ、さらに82年には各地の被爆者団体にも働きかけを行なった。

年々の追加奉納数は、表のように1972年と83年を画期として、それぞれ2,000人、4,000人を超えるようになっており、85年と90年には顕著な増加を示した。85年の急増は、前年、被爆者関係のデ-タ処理をそれまでの片仮名処理から漢字処理に変更した広島県が、被爆者健康手帳が交付されるようになった57年以降の死亡による手帳返還者2万865人の名前を広島市に提供したことによる。また、90年の急増は、85年に厚生省が実施した死没者調査で新たに判明した5,551人の犠牲者名が加えられたためである。

原爆死没者名簿の奉納は、一貫して市長の役割であった(ただし、1960年のみ県知事と共同で行なった)。その補助者を、69年までは市の職員が務めていたが、翌年からは遺族代表が務めるようになった。70年の補助者に選ばれたのは、この年に新たに名簿に追加された2人の死没者の遺族であった。その後、補助者は、2人(男女)が通例となった。ただ、追加者数の多かった85年と90年には3人が務めている。

原爆死没者名簿(仏式で「過去帳」とも呼ばれる)には、俗名・死没年月日・享年が記入されている。奉納された簿冊の数は、1952年の15冊から始まり、91年には、57冊となった。

広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)小史

広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)小史

平和記念公園には、戦前、中島本町、天神町、材木町、元柳町が存在し、店舗や住宅約700軒が密集していた。この地域は、原爆爆心地からほぼ500メートル圏内に位置しており、原爆攻撃により壊滅した。戦後、広島市は、この場所を、公園(中島公園)とすることを計画した。広島市は、1949年4月20日、この公園を平和記念公園として建設することとし、設計図を全国に公募した。7月18日に募集を締め切ったが、応募作品は145点におよんだ。この中から選ばれたのは、丹下健三ら4人の共同作品であった。

この公園は、広島平和記念都市建設法の公布(1949年8月6日)にともない、その裏づけのもとに建設されることとなった。49年10月3日、東京で平和文化都市建設協議会の第1回会合が開催されたが、そこでは平和の理想を象徴する平和記念施設として、①記念公園(平和公園)、②記念館、③記念街路(平和緑道)が建設されることとなった。

①は、本川と元安川に抱かれた三角州の頂点に位置する中島公園(=平和広場、3万2、200坪)とその東側対岸の4、800坪(旧広島県産業奨励館敷地)と、その東北に接続する旧広島城跡を中心とする中央公園(=市民広場、22万坪)を総合した公園とされた(その後、中央公園部分は平和公園から外される)。③は、中島公園南端を基点として、東西に伸びる延長約4、000メートル、幅員100メートルの街路であった(後に「平和大通り(百メートル道路)」と呼ばれる)。また、②は、中島公園およびその東側対岸に設置するものとし、その内容としては、つぎのようなものが考えられていた。
(a)平和会館 2、500人収容の会議室及び事務室、原爆関係資料陳列室等。
(b)平和アーチ 張間120メートル、高60メートル、頂点に五つの鐘を吊す。
(c)慰霊堂 原爆犠牲者の遺骨並びに銘を納める。
(d)原爆遺跡 原爆により破壊された旧産業奨励館の建物を補強し保存する。
(大島六七男「復興の足どり」)

1951年2月21日、東京で第4回広島平和記念都市建設専門委員会が開催された。この席上、浜井広島市長は、「今夏で7回忌を迎える原爆都市の慰霊塔関係の設立を急ぎたい」との意向を述べた。しかし、建設省は、広島市の納骨堂を含む「慰霊塔」案は、墓地であり、公園法の建前から認められないと、難色を示した。そこで広島市は、遺骨の代わりに名簿を奉納することとし、8月6日までの式典に間に合うように碑を建立することを決定した(「中国新聞」51年2月22日)。しかし、碑は、51年の8月6日には間に合わず、52年3月末着工した。

碑の設計者は、丹下健三であった。コンクリート素打の工法で埴輪をデフォルメした設計で、当初案の巨大な「平和アーチ」は、正面から見た底辺4.7メートル、高さ3.67メートル、横から見た上辺8.29メートル、下辺5.26メートルのはにわ型に縮小・変更された。原爆死没者名簿を奉納するため、碑の中央に黒い御影石製の矩形の箱が配置された。そして、この箱の正面には、雑賀忠義が作成した碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」(雑賀の英訳:Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evil.)が、刻み込まれた。この碑は、建立当時から「原爆慰霊碑(原爆死没者慰霊碑)」と呼ばれたが、碑の正式名称は、「広島平和都市記念碑」である。工費は、300万円であった。

広島市は、1984年1月、碑改築の方針を発表した。その理由として、コンクリートの石灰分が表面に吹き出して中の鉄筋の腐食が進み、碑にひびが入ることが明らかになったこと、原爆死没者名簿が32冊入っているが、あと数冊の余裕しか残っていないことの二つがあげられた。改築工事は、同年7月23日から始められ、翌85年3月26日、新慰霊碑(旧慰霊碑と同型で材質はコンクリートからみかげ石に変更)の除幕式が行なわれた。

広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)

広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)

建立年月日 1952(昭和27)年8月6日
場所:地図no.51 広島市中区中島町・平和公園

関連資料

写真
HIC024P
1950年代後半。左端は私。
HIC024B
HIC024C
HIC024D

解説

広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)小史
原爆死没者名簿
原爆死没者名簿奉納者数の変遷
平和記念都市建設碑(原爆慰霊碑)碑文論争

 

 

 

ヒロシマNGO一覧<作業用>

ヒロシマNGO一覧<作業用>

 

設立年
月日
組織名 備考(出典など)
公=公的機関
1945
0914 文部省学術研究会議原子爆弾災害調査特別委員会  公
1201 広島戦災児育成所  「広島県大百科事典」
1207 広島戦災者同盟
1946
01 広島青年文化連盟
07 世界科学者連盟
0903 似島学園  「広島県大百科事典」
1947
ABCC=原爆傷害調査委員会
0107 長崎市戦災者連盟
0928 日本平和文化協会
1948
03 ヒロシマ・ピースセンター協力会
04 広島戦災難民救済会
0418 世界平和デー委員会
0503 広島児童文化会館
05? 広島児童文化会館学生後援会
0806 世界連邦政府樹立同盟(世界連邦建設同盟)
12 広島建設委員会
13 原爆資料保存会
1949
06? 広島銅合金鋳造会
0920 広島市連合未亡人会
0925 原爆参考資料陳列室(原爆記念館)
10 われらの詩の会
1118 広島ユネスコ協力会
1120 原爆都市青年交歓会
1124 広島平和センタ-建設委員会
1206 広島市戦災孤児養育資金管理委員会
1215 世界連邦日本国会委員会
1950
0422 反戦詩歌人集団結成準備会
04 広島県平和擁護委員会
05? 広島戦災供養会
0531 広島文理大学生自治会「平和を守る会」
06? 広島反戦学生同盟
07 長崎国際文化都市建設協議会
0808 ヒロシマ・ピース・センター
09 世界連邦政府樹立同盟(世界連邦建設同盟)広島県協議会
50 平和記念公園
1951
51 広島大学わだつみ会
0215 広島市史編修委員会
0415 平和の闘士団中国地方協議会
0506 舟入平和擁護委員会
0517 日本子供を守る会
0622 全国宗教者平和運動協議会
0707 中国地方再軍備反対共同闘争委員会
0728 日本平和推進国民会議
0827 原爆傷害者更生会
0920 如己堂友の会
0922 広島大学平和問題研究会
1006 長崎県社会福祉協議会
1016 広島平和問題談話会
1213 広島市原爆犠牲者援護促進会
1952
0217 原爆の子友の会
0512 広島長崎特別都市建設促進議員連盟
0715 ABCC運輸部労働組合
0810 原爆被害者の会
0929 文部省原子爆弾災害調査研究班
1953
0113 広島市原爆障害者治療対策協議会
0130 広島大学東雲分校子どもを守る会
0218 広島ピースセンター大阪協力会
0221 平和と学問を守る大学人の会
0301 広島子供を守る会
0301 長崎県傷痍軍人会
0514 長崎市原爆傷害者治療対策協議会
0602 長崎原爆乙女の会
1117 原爆症調査研究協議会(厚生省)
1954
0131 日本国連協会長崎市支部
0306 憲法擁護国民連合広島会議
0528 広島市供養塔建設対策委員会
0806 世界平和記念聖堂
0808 原水爆禁止署名運動全国協議会
1006 世界平和集会広島世話人会
1201 原爆障害者救援会
1955
04 短歌文学を研究する会
05 広島平和記念館
0528 原爆資料集成会
0608 原水爆禁止運動呉推進連盟
5507 皆実原爆被害者の会
550717 長崎「生活を綴る会」
550805 第一県女原爆犠牲者遺族会
550806 電気通信関係原爆犠牲者遺族会
550806 世界連邦母の会広島支部
550806 原爆被災者大竹同志会
550824 広島原爆資料館
550824 広島平和記念資料館
550911 京都府福知山・天田・綾部地区原爆被災者の会
550919 原水爆禁止日本協議会
550919 日本原水協
551001 長崎原爆青年会
551009 広島子供を守る会青年部
551018 原水爆禁止長野県協議会
551023 原爆被害者の会宇品支部
551111 世界平和アピール7人委員会
551119 原水爆禁止長崎協議会
551124 原水爆禁止運動富山県協議会
551126 原水爆禁止広島協議会
551126 原水爆禁止広島協議会原爆被害者救援委員会
551217 群馬県内被爆者組織
55秋 原爆被災者神奈川友の会
55 国民文化会議
1956
560111 愛媛県原爆被害者の会
560112 長崎市民生委員協議会
560118 長崎国際文化協会
560121 原水爆禁止岩手県協議会
560122 原爆被害者連絡協議会世話人会
560128 原爆の子の像の建設委員会
560128 広島平和をきずく児童・生徒の会
560205 長野県原水爆被災者の会
560215 原水爆禁止広島市協議会
560227 広島県東部原爆被害者連絡協議会
560413 広島原爆障害対策協議会
560415 原爆被災者の会(東京)
560422 原水爆禁止運動芸北協議会
560422 広島県・三次地区原爆被害者の会
560503 群馬県原爆被災者の会
560503 長崎原爆青年乙女の会
560527 広島県原爆被害者団体協議会
560602? 長崎原爆青年乙女の会
560623 長崎原爆被災者協議会
560706 原爆障害者救援事業広島委員会
560718 広島県安芸郡原爆被害者団体連合会
560719 原水協芦品地区協議会
560721 広島市広瀬学区原爆被害者の会
560728 広島市己斐学区原爆被爆者の会
560729 広島県安佐郡原爆被害者の会
560729 広島市竹屋学区原爆被害者の会
560805 京都府原爆被災者の会
560810 日本原水爆被害者団体協議会
560810 日本被団協
560911 広島原爆病院
560926? 原・水爆被災者を救う会
560930 広島県安佐郡祇園町原爆被害者の会
560933 和歌山県原爆被害者の会
561005 原・水爆禁止賀茂地区協議会
561111 山口県下関市原爆被災者の会
561125 兵庫県原爆被害者の会
561217 山県郡内原爆被害者の会
57 原爆医療審議会
57 広島県平和委員会
570113 岩手県原爆被害者の会
570128 高田郡原爆被害者の会
570129 広島市原爆被災者職員協議会
570217 広島県動員学徒犠牲者の会
570218 広島県動員学徒等犠牲者の会
570219 高田郡八千代村原爆被害者の会
570233 愛知県原水爆被災者の会
570301 広島原爆障害研究会
570303 広島市原爆被害者の会連合会
570329 岡山県原爆被爆者協議会
570425 賀茂郡西条町原爆被害者の会
570501 広島憩いの家の会
570605 世界連邦建設同盟広島県協議会
570616 山口県岩国市原爆被害者の会
570707 パグウォッシュ会議
570716 広島市役所原爆犠牲者遺族会
570716 原水爆禁止佐世保協議会
570718 日本婦人有権者同盟広島支部
570806 大阪府原爆被害者の会
570817 広島県医師会原爆医療法特別委員会
570915 原爆被害者大分県協議会
571008 福岡県・小倉市原水爆被害者の会
571022 大阪府茨木市原爆被害者の会
5711? 皆実町原爆被害者の会
571101 佐賀県・鳥栖・三養地区原爆被害者の会
571109 富山県原爆被害者の会
571109 原水爆禁止大竹協議会結成大会
571110 長崎県動員学徒犠牲者の会
571110 山口県原爆被害者団体協議会
571123 香川県原爆被害者の会
5713 山形県被爆者の会
580112 原爆孤児グル-プ
580202 福岡県原爆被害者団体協議会
580209 杉並光友会
580212? 東京都品川被爆者の会
5803 滋賀県被爆者友の会
580318 佐賀県大町地区原爆被害者の会
580413 福島県原爆被害者協議会
580415 栃木県原爆被害者協議会
580533 キリスト教広島被爆者福祉センター
580621 長崎原爆患者の会
580622 広島折鶴の会
580723 長崎原爆母親の会
580727 東京都・世田谷同友会
580803 鳥取県原爆被害者協議会
580810 原水爆禁止長崎県協議会
580914 高知県原爆被爆者友の会
580920 長崎原子爆弾被爆者対策協議会
580927 広島平和委員会
581030 熊本県原爆被害者の会
581116 東京都原爆被害者団体協議会(東友会)
5812 埼玉県被団協
5813 佐賀県原爆被害者団体協議会
590221 宮城県原爆被害者の会
5904 広島平和会館
5905 島根県原爆被爆者協議会
590523 広島青年平和祭実行委員会
590613 原子爆弾後障害研究会
590702 日本放射線影響学会
590726 静岡県原水爆被害者の会
590806 京都府・綾部市原爆被災者の会
5910 広島・長崎原爆被爆者医療法改正対策協議会
5912 日米安全保障条約改定反対共同声明広島世話人会
60 徳島県原爆被爆者の会
600120 原水爆禁止広島母の会
6002 別府原爆センター
6002 原爆被爆者別府温泉療養所
600206 長崎平和委員会
6003 宮崎県原爆被害者の会
6005 富山県被爆者福祉協会
600524 若い広島の会
600529 広島キリスト者平和の会
600633 北海道原爆被爆者団体協議会
600821 石川県原爆被災者友の会
600915 世界連邦建設同盟広島支部連合
601211 京都府・舞鶴原爆被災者の会
6104 広島原爆被爆者福祉センター
610401 広島大学原爆放射能医学研究所
610410 広島市原爆被爆者協議会
610410 被爆協
6107 郵政被爆者の会
611115 核兵器禁止平和建設国民会議
611116 秋田県原爆被害者団体協議会
6112 青森県原爆被害者の会
6113 岐阜県原爆被爆者福祉会
62 科学者京都会議
620121 核兵器禁止平和建設広島県民会議
6203 広島宗教者平和協議会
620522 全日本原爆被爆者協議会
620805 平和のための広島県文化会議
631017 広島・アウシュビッツ委員会
640304 世界連邦建設同盟山陽地区協議会
6404 広島詩人会議グループ
640513 広島悲願の会
640521 被災三県連全国支持委員会
640603 広島県原爆被害者団体協議会
640607 談和会
640607 原水爆禁止広島県協議会
640614 広島県原爆被害者団体協議会
640712 沖縄県原爆被爆者協議会
6407 和歌山県原爆被災者の会
6408 鹿児島県原爆被爆者福祉協議会
650125 平和の灯奉讃会
650201 原水爆禁止日本国民会議
650224 山梨県原水爆被害者の会(甲友会)
650401 広島県詩人協会「広島通信」
650620 原水爆禁止広島市協議会
650627 きのこ会
650715 原爆被災資料収集協力委員会
6508 広島・長崎被爆者の会
650807 ワールド・フレンドシップ・センター
6510 京都原水爆被災者懇談会
651129 平和を願う友の会
651207 原爆被災白書推進委員会
651223 原水爆白書をすすめる市民の会
6513 福井県原爆被害者団体協議会
66 奈良県原爆被害者の会
66 アリス・ハーズ平和基金
66 広島市原爆被爆者協議会
6601 神奈川県原爆被災者の会
6606 国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会
6607 新潟県原爆被害者の会
660710 胎内被爆者・被爆二世を守る会
660730b 広島自由労働組合原爆被害者の会
6609 日本サーバス中・四国支部
670211 韓国原爆被害者協会
670221 ベトナム戦傷孤児救援広島委員会
6705 丸木美術館
6705 原爆の図・丸木美術館
6706 有福温泉荘
6706 原爆爆心地復元運動
6706 原爆被爆者有福温泉療養研究所
670615 ヒロシマ研究の会
670618 長崎県被爆者手帳友の会
6709 日本学術会議原子力特別委員会
原爆被災資料小委員会
671013 広島平和文化センター
671128 広島・長崎原爆被爆者援護対策協議会
671116 世界連邦広島県宗教者協議会
671117 平和のために市民の対話をすすめる会
68? 福島地区被爆者の会
680215 原爆被災資料広島研究会
680505 群衆の渦
680606 原爆記録映画全面公開推進会議
680607 原潜寄港・汚染問題調査研究委員会
680804 爆心地復元中島地区委員会
681003 全電通広島原爆被爆者協議会
69 原爆養護ホーム
69 広島原爆養護ホーム「舟入むつみ園」
69 ヒロシマ・ナガサキ記念文庫
690326 広島県原爆被爆教職員の会
6904 原爆被災復元委員会
6911 広島県文化団体連絡会議
69 全国教育研究集会平和教育分科会
69 国際平和ビューロー
700211 原爆慰霊碑を正す会
700313 原爆慰霊碑の碑文を守る連絡会議
700715 松山町原爆被爆復元の会
700729 広島県高等学校原爆被爆教職員の会
700730 ヒロシマ会議委員会
710706 東京都被爆教師の会
710731 全国被爆者青年同盟
711113 米国原爆被爆者協会
711017 原爆被爆教師の会全国連絡会
7112 韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部
711202 高陽病院建設広島県委員会
720201 原水爆被災資料センター設立準備委員会
720318 広島大学原爆死没者慰霊行事委員会
720415 被爆青年の会
720601 広島平和教育研究所
720602 被爆二世問題対策連絡会議
720619 被爆者問題懇談会
720709 原爆の子のつどい
720709? 原爆の子きよう竹会
原爆資料保存会
720325 横浜市原爆被災者の会(浜友の会)
730407 原水爆被災資料センター設立推進全国委員会
730526 石田原爆訴訟をすすめる会
730706 ヒロシマの街に8月6日をヒロシマの街に
8月6日を再現する被爆者と市民の会
730707 全逓広島地区被爆者協議会
730710 全電通広島被爆二世協議会
730711 日本弁護士連合会人権擁護委員会
被爆者問題調査委員会
730723 桑原訴訟を励ます会
7308 神田山荘
7308 広島原爆被爆者療養センター神田山荘
7310 原爆被災復元委員会調査員労働組合
7312 陜川原爆被害者診療所
731205 総評単産被爆者連絡協議会(総評被爆連)
731206 呉原爆被爆者友の会
74 ヒロシマを知らせる委員会
740214 広島被爆者団体連絡会議
740505? 旧逓信省原爆犠牲者遺族会(仮称)
740533 韓国原爆被害三菱徴用者同志会
740602 日本平和教育研究協議会
740715 国労被爆二世の会
740805 広島医療生活協同組合原爆被害者の会
741027 広島市立中央図書館広島資料室
750126 自治労広島県本部原爆被爆者連絡協議会
7502 茨城県原爆被爆者協議会
750225 静岡県原水禁運動統一促進準備会
7504 放射線影響研究所
750502 広島県労働組合会議被爆者団体連絡協議会
750629 全逓広島地区被爆二世協議会
750801 広島大学平和科学研究センター
750802 広島県朝鮮人被爆者協議会
751133 広島原爆被爆者問題ケースワーカー研究会
75以降 在日本大韓民国居留民団広島県地方本部
原爆被害者対策特別委員会
76 三菱徴用工を支援する会
76 暁会
7604 広島平和教育映画ライブラリー
7606 第五福竜丸展示館
760711 福山原水爆禁止市民の会
760817? 動員学徒原爆犠牲者の援護を要求する会
761218 被爆の実相とその後遺・被爆者の実情
に関する国際シンポジウム日本準備委員会
77 広島高校生平和ゼミナール
77 高校生平和ゼミナール
77 広島国際文化財団
77 三友会松阪支部
770314 NGO被爆問題シンポジウム長崎準備委員会
770427 国連NGO国際シンポジウムを成功させる広島市民の会
770622 反戦被爆者の会
770627 原水禁運動の統一を目指す静岡県民準備会
770729 世界に被爆写真・絵画集を送る運動準備会
770911 三重県原水爆被災者の会(三友会)
770926 部落解放同盟広島県連合会被爆二世の会
771109 広島被爆二世連絡会議
78 全国教育研究集会平和教育分科会
780523 国連軍縮特別総会
780713 広島県「黒い雨自宅介護等」原爆被害者の会連絡協議会
780715 広島原爆被災撮影者の会
780715 長崎「原爆問題」研究普及協議会
780822 長崎市「被爆地域拡大推進議員協議会
781024 原発はごめんだ市民の会
781104 被爆者援護法研究会
7811 ひろしま美術館
781223 韓国被爆二世の会
79 原爆被爆者対策基本問題懇談会
790312 長崎国際文化会館講堂の改築を考える文化団体の会
790429 広島県朝鮮人被爆二世協議会
790608 原爆被爆者対策基本問題懇談会
790717 自治労県本部被爆二世の会
790727 広島・長崎退役軍人委員会
790802 広島県創価学会青年部広島二世の会
790805 長崎県被爆者手帳友愛会
790830 長崎県朝鮮人被爆者協議会
790833 全米原爆復員兵協会
790917 広島市原爆遺跡選定会議
80 核戦争防止国際医師会議
800125 群馬県原水爆禁止懇談会
800727 長崎原爆問題キリスト者協議会
8008 愛知県被団協(愛友会)佐屋支部
800802 草津南町義勇隊の碑を建設する会
800805 在日朝鮮人被爆者連絡協議会
800805 自治労原爆被爆者連絡協議会
800829 長崎県南高北有馬町の被爆者手帳友の会
800923 米国被爆者協会ハワイ支部
801031 平和と民主主義をめざす長崎県懇話会
801110 旧長崎大学付属病院雇庸人遺族会
801112 被爆者援護法即時制定要求広島行動委員会
801130 ヒロシマ被爆二世の会
81 平和問題調査会
810201 被爆者訪問を進める会
810222 小平被爆者の会(東京)
811115 韓国人被爆徴用工・遺家族・帰国遭難者の
戦後処理を実現させる会
811120 光を返せ被爆者の会
811205 広島の証言の会
8113 新潟県被団協、柏崎支部
8113 島原平和を考える会
82 新潟県被団協、新津支部
82 兵庫県被団協赤穂支部
82 兵庫県被団協相生支部
8204 広島・長崎を伝える会
820411 核戦争に反対する医師の会
820502 西日本被爆者懇話会
820510 核兵器の廃絶を求める建築人の会
820514 全逓長崎地区被爆2世の会
820515 広島県被爆二世団体連絡協議会
820522 福山地区原爆被爆教職員の会
810613 原爆被害者相談員の会
820626 被爆者援護法制定、国民法廷を推進する世田谷区民の会
820704 おこり地蔵を語り継ぐ子供の会
820708 ヒロシマ反核テーブル
820721 広島県高等学校教職員組合原爆被爆二世教職員の会
820725 核戦争を防止する医師の会
820803 国労退職被爆者の会
820806 高校生平和ゼミナール
821002? カナダ原爆被爆者協会
821028 平和をつむぐ人の会
821114 核戦争防止島根県医師の会
821121 府中町平和のための集い
821201 千葉県・大栄町被災者の会
830123 反核・日本の音楽家たち・長崎
830202 反安保・反核・エンタープライズ寄港阻止長崎県共闘会議
830313 日本みどりの党
830929 世界を動かす指導者を広島に招く市民の会
840227 核巡航ミサイル、トマホークくるな国民運動
広島県連絡センター
8403 非核平和宣言をすすめる会
840316 YMCA国際平和研究所
840415 ヒロシマを語る会
8404? 法政平和大学
840528 核軍縮を求める22人委員会
840802 在韓被爆者渡日治療広島委員会
840805 非核都市宣言自治体連絡協議会
840822 在韓被爆者渡日治療広島委員会
840902 千葉県松戸市原爆被爆者の会
840909 千葉県市川市原爆被爆者友愛会
841012 全米放射線被害者協会
8410? 在ブラジル原爆被爆者協会
841110 広島市原爆被害者の会
841202 平和のためのヒロシマ通訳グループ
841221 広島県佐伯郡五日市町原爆被害者の会
850616 福島県原爆被害者協議会[再建]
850928 核兵器をなくし、平和を求める図書館関係者の会
870217 広島文学資料保全の会
881210 長崎原爆松谷訴訟を支援する会
890716 被爆建造物を考える会
19900729 ヒロシマ・平和のリボンの会
891117 被爆建造物保存連絡会
901204 原爆遺跡保存運動懇談会
901208 広島の強制連行を調査する会
910401 放射線被曝者医療国際協力推進協議会(略称・放医協,HICARE)
910821 広島市「被爆建物等継承方策検討委員会」
920625 強制連行された中国人被爆者との交流をすすめる会
920918 広島県「旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会」
930713 元大正屋呉服店を保存する会
950107 元広島文理科大学(旧広島大学理学部1号館)
の保存を考える会
970126 長崎平和研究所
970927 広島の証言の会
000518 広島からの「地球平和監視」を考える会
000701 建物疎開動員学徒の原爆被災を記録する会
000903 広島花幻忌の会
001222 原爆文学研究会
2001
0101 広島に文学館を!市民の会
アボリション2000
020615 被爆者が描いた絵を街角に返す会
2012
0127 市民と科学者の内部被曝問題研究会
0428 脱原発をめざす首長会議
2013
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021

 

 

 
広島・沖縄をむすぷつどい
日本被団協原爆被爆者中央相談所 (社) 2
ひろしま将来世代フォーラム
広島市地域女性団体連絡協議会
広島国際青少年協会
広島県被団協被爆者相談所 2
広島県文化団体連絡会議
広島県地域女性団体連絡協議会
広島県相互扶助会 (財)
広島県生活共同組合連合会
ヒロシマデー・ラジオ・プロジェクト
広島群集の渦(①ヒロシマ合体標語を実現する市民の会②ヒロシマ千人鶴の命連絡事務所)
ヒロシマ合体標語被爆者の会 2
2
ひろしま・祈りの石の会
広島アジア友好学院
ヒロシマ・アウシュヴィッツ委員会
ピースヒロシマ障害者の会
東広島市原爆被爆資料保存推進協議会
非核の政府を求める広島の会
母たちの平和運動
8・6ヒロシマ平和へのつどい
日本平和委員会
広島県原爆被害者団体協議会被爆体験を語り継ぐ委員会 2
広島YMCA(広島キリスト教育年会)
立正佼成会広島教会総務部国際室
山下会 2
矢野町原爆被害者の会 2
元大正屋呉服店を保存する会 「元大正屋呉服店」を保存する会
平和の遺産を残す会
米国広島・長崎原爆被爆者協会 2
プルトニウム・アクション・ヒロシマ
不戦兵士の会中国支部
婦人国際平和自由連盟広島地方支部
広島青年会議所平和推進委員会 (社)
広島YMCA国際コミュニティ二センター
被爆体験を詠む講座 2
広島ユネスコ協会
広島弁護士会「平和推進委員会」
広島平和美術協会
広島文学資料保全の会
広島被爆者援護会 2
広島の心を広める会
ヒロシマの今から過去を見て回る会
ヒロシマ・ナガサキ連帯会議
ヒロシマ・ナガサキ平和基金
広島YWCA(広島キリスト教女子青年会)
原爆遺跡保存連動懇談会
従軍慰安婦問題を考える会・広島
市職8・6会
金光教平和活動センター
小西のぶ子記念館
国際ソロプチミスト平和広島
国際ソロプチミスト広島
国際青少年友好センター
日朝の被爆者の連帯をすすめる会
原爆被害者福祉センター広島平和会館 (財)
ジュノーの会
原爆被害者証言のつどい 2
原発はごめんだヒロシマ市民の会
熊平奨学会 (財)
きのこ会を支える会 「きのこ会」を支える会
韓国人原爆被爆者対策特別委員会
カトリック正義と平和広島協議会
核戦争防止国際医師会議日本支部
NGO広島宗教委員会
入れるな核艦船!飛ばすな核攻撃機!ピ‐ス・リンク広島・呉・岩国
アムネスティ・インターナショナル日本支部ひろしまグループ
世界科学者連盟 「広島県大百科事典」
広島アジア文化会館
デルタ・女の会
西日本旅客鉄道労働組合広島地方本部
原爆被害者相談員の会
天皇・皇后両陛下を広島へお迎えする会
新日本婦人の会広島県本部
中東を考える会事務局
第九条の会ヒロシマ
創価学会広島学生平和委員会
創価学会広島女性平和文化会議
創価学会広島青年平和委員会
創価学会広島婦人平和委員会
全国原爆被爆二世教職員の会 2
全国被爆教職員の会 2
世界連邦広島県教育者協議会
世界連邦主義者エスペラント会広島支部
世界平和女性連合広島県本部
生活協同組合ひろしま
ストラテシーズ・フォア・ピース広島
人類愛善会広島県協議会
創価学会広島平和会議

 

 

原爆の図-画集普及版

『原爆の図-画集普及版 』(丸木位里・赤松俊子、青木書店、19520410  )

目次(内容)

原爆の図-5部作全図
4分の1図と部分拡大図
デッサン
「原爆の図」解説
1部 幽霊
2部
3部
4部
5部
大衆が描かせた悲願の図―画集普及版によせて<19520301>
世界平和文化賞「原爆の図」すいせんの言葉(大山郁夫・日本文化人会議)
「原爆の図」の芸術的価値について(内田巌)、
「原爆の図」展の感想文集―被爆をまぬがれた日本人は、今日感想をどうみるか
奥付 青木文庫アピール版

 

135T 5 文庫 709

 

原爆にも部落差別にも負けなかった人びと

『原爆にも部落差別にも負けなかった人びと―広島・小さな町の戦後史』(大塚茂樹、かもがわ出版、20160605)

 章
 プロローグ
 1  川に挟まれたひょうたん状の町
 ある絵本に描かれた福島町
この町を愛した巡査と娘
クスノキがある町の生い立ち
地域の産業の歴史を捉える
福島町一致協会の誕生
差別の記憶の中で
軍都広島の光と影
太田川改修工事が始まる
コマちゃんと呼ばれていた木原清春
キリスト者として赴いた益田小蝝
 2  貧しさと差別からの解放を求めて―中西ハルエと仲間たち
 父と出かけた郊外の村
部落の小学校に学んで
不細工な女の子という自意識
卒業は友との別れを意味していた
初めての差別体験
差別を憎む友との出会い
防空壕を掘っていた朝に
敗戦直後の飢えと貧しさの中で
変わらぬ友、変わった友
差別の苦しみを胸に
苦しみに寄りそう二人
木原清春のまなざし
トラホーム治療活動に参加する
わかくさ子ども会の出発
子ども会と結婚したハルエ
太田川闘争の渦中で
太田川が連れてきた人
 3  野戦病院のような診療所
 中本康雄にとっての戦前と戦後
診療所を待ち望む人びと
二四時間稼働する野戦病院として
我が物顔の飲酒患者
三つの戦争を体験した新任看護婦
病院になっても試練は続く
病院への批判、看護婦たちの苦悩
被爆体験によって医師を志望した中本雅子
選挙に担ぎ出された院長
 4  部落が変わりゆく日々に
4-1  子ども会活動を出発点にして
 小学校を卒業し、靴職人から解放運動専従の道へ(池田實次郎)
素敵なゲームを考案した秘密(森岡宏寿)
子ども会のリーダーは、ハワイアンも愛していた(岩井博)
胸に秘めていた記憶の底から(仮名・笹山三郎)
「原爆の子」として、部落解放運動とは異なる道を(福原新太郎)
子ども会活動から病院職員への一筋の道(森岡富壽)
2 キリスト教社会館が誕生した頃 149
4-2 ジョーンズ先生と小蝝さんとともに(和田和江 他)
 4-3  地域の仕事を支えた人たち
 屠場で生きてきた職人として(中島好勝)
「食肉コンビナート」を支えた先人の後継者として(菊崎司)
ダンスに燃えた日々から靴職人への転身(岡田三千年)
4-4  親から受けつぎ、自らをつくる
 父・木原清春と志ともに抱いて(藤川邦子)
差別・両親・音楽への思い(益田遙)
5  被爆者として生きて
 部落差別よりも辛かったケロイドへの視線(森本範雄)
忘れられない妹と弟の死(木原清子)
妹・喜和子を死なせてしまった無念(森本英子)
福島町に暮らし続けた在日韓国人として(朴南珠)
折り重ねられた遺体が燃やされる炎を凝視していた(許田宗文)
二人の兄を失い、多くの病気と闘ってきた(岩井留明)
旦雇い労働で一家を支えた母と息子の物語(八木秋江)
被爆体験を語るまでの長い日々(中西ハルエ)
福島地区の被爆の実態を見つめて(金崎是他)
6  差別を乗り越え、地域を変えるために―人間の苦しみに寄りそって
6-1  教師たちはどう向き合ったか
 同和教育が向き合った現実とは(有田穣)
一年十組の生徒たちとともに(玖島慶子)
プラタナス集会と授業改革に賭けた日々(佛圓弘修)
 6-2  地域で教育と文化を育む力
 福島地区内外での保護者たちの活動
教育集会所の人びと(八木満喜男他)
ふくしま文庫館長が歩んできた日々(森岡憲子)
 6-3  人間の尊厳を問い続けて
就職差別問題に直面して人生が変わった(亀本信子・正志)
医療ソーシャルワーカーとして出会った人びと(山田寿美子)
部落解放運動分裂と三つのエピソード
6-4  変貌した町を見つめる
いまも初心忘れることなく(村田康昭)
くすの木苑が歩んできた道(八木利彦)
地域に向き合うセンスを磨く(小西正則)
 6-5  宗教者として問い続ける
 部落に生まれたキリスト者として(東岡山治)
町とともに歩んだ寺の住職として(高橋哲了)
 エピローグ
 あとがき
 主な参照文献

 

0318広島県解放運動無名戦士追悼合祀祭

広島県解放運動無名戦士追悼合祀祭 1963年3月18日~

開催状況

****年3月18日 合祀者数 備考
パリ・コミューン=1871年3月18日から5月28日までの72日間、労働者階級を主とする民衆によって樹立された世界最初の社会主義政権。
01 1963
1963~2012  1029
05 19670315 11
minpo19670319-1s3
50 2012  20
51 2013  29
52 2014  21
53 2015  21
54 2016  25
55 2017  21
56 2018  13
57 2019 23
58  2020  14
59  2021  29

光に向かって這っていけ 核なき世界を追い求めて

『光に向かって這っていけ 核なき世界を追い求めて』(サーロー節子、金崎由美著 岩波書店 20190723)
内容

見出し
 プロローグ―被爆者としてのアクティビズム(サーロー節子)
被爆体験から問うた「社会正義」/「死者」とのつながり/日本政府は条約に参加を
1 生い立ち
グローバルな中村家/「移民県」広島/戦争に翻弄された家族史/愛を注がれて/軍部広島に戦争の影/入学はしたものの/「本土決戦」に備える司令部へ
2 1945年8月6日午前8時15分
一瞬の閃光/末期の水をひたすら運ぶ/広島を壊滅させた非人道兵器/両親と再会。しかし/姉と甥を焼く/何もかも失った/失意からの再出発/「死の影」におびえて/文子の苦難
3 民主主義とキリスト教
新聞作りに熱中/女性参政権に感動/生き残った意味を探す/谷本先生に導かれて/広島女学院大へ進学/広島流川教会/留学のきっかけを得る/北海道の炭鉱町で
4 米国、そしてカナダへ
いきなり「行方不明者」に/私は「敵国」の人間だった/父の死と結婚と/人種差別の壁/甘くない新婚生活/子育てに奮闘
5 反核運動への目覚め
ソーシャルワーカーとして市教委へ/カナダという国、トロントという街/「体験を聞かせてほしい」/新聞に意見広告/カナダ初の原爆展に奔走/栗原貞子さんとの出会い/平和の庭と「灯」/ローマ法王に謁見/軍縮・平和教育を「制度化」したい/高校生とヒロシマ・ナガサキへ
6 北米で活動するということ
被爆者の「心の変遷」を伝える努力/歴史と向き合い、歩み寄る/爆弾騒ぎと入国拒否/沼田鈴子さんも災難/第2回国連軍縮特別総会と反核のうねり/裁判支援で屈辱/ソーシャルワーカーとして一念発起
7 第7章 変化の兆し
1995年の節目―NPT無期限延長/国際司法裁判所の勧告的意見/ICANとの出会い/102人の被爆者と世界一周/オバマ大統領のプラハ演説と2010年NPT再検討会議/生き残った一言
8  第8章 悲願達成へのカウントダウン 129
動き出した「人道イニシアチブ」/悲しみと喪失を越えて、再び/ナヤリットの歓喜/ウィーンの感涙/日本への怒り/カナダへの失望/「決裂」に奮い立つ/2016年の前進/ICANの躍進と私/ICANに共感する3つの理由/オバマ大統領の広島訪問/米国に問うべきこと/オバマ氏宛ての手紙
9 核兵器禁止条約とノーベル平和賞への道
「霊が見ている」/日本の「ボイコット」にあ然/前文に「被爆者」/核兵器終わりの始まり/ジェンダーと軍縮/「スティグマタイズ」へ大きな一歩/ビッグニュース/オスロへ/皆に感謝しながら/渾身の演説/訴えきれなかったこと/シセ副委員長が示唆するもの
エピローグ
受賞後初の里帰り/広島から行動を/希望を託して/次なる明確な目標へ
あとがき―節子さんの涙から考えた「怒り」(金崎由美)
「証拠」となる記事/「死者は報われない」/被爆者の「道徳的勇気」/犠牲者のくさり/日本と海外の被爆者/原爆平和報道の重み
主要参考文献・データベース
関係年表
サーロー節子ノーベル平和賞授賞式での演説(2017年12月10日)

チェ・ゲバラ

チェ・ゲバラ(本名:エルネスト・ゲバラ) 19280 614生、19671009没

資料

書名 著者、発行所、出版年など 備考
ゲバラのHiroshima 佐藤美由紀、 双葉社、20170806
目次
プロローグ
第1章
 キューバ親善使節団
カバーニャ要塞のコマンダンテ
外交模索が目的の長期外遊
経済成長を支える日本の工業力を注視
ゲバラ一行の金銭事情
通商第一主義を通した日々
大使の息子とチェの出会い
冷淡な対応の中での学びと思索
第2章  ゲバラとヒロシマ
 千鳥ヶ淵と広島と
強行突破
原爆慰霊碑の前に立って
翳りある顔に見える心の葛藤
原爆資料館で吐き出した感情
被爆者を抱きしめて
ヒロシマからの言葉
カメラで切り取ったヒロシマ
持ち帰った強い思い
第3章 アメリカ嫌い
 政治的な目覚め
運命の出会い
キューバ上陸、革命成就
最大の反革命勢力・アメリカ
要注意人物
反帝国主義への新たな誓い
米支配に従属したニッポンを憂う
第4章 ミサイル危機と反核
 北の巨人の”いやがらせ”
要職歴任、昼夜の学び
アメリカの侵攻計画とソ連への接近
国交断絶と社会主義革命
ケネディ大統領の陰謀
ミサイル配備の思惑
米ソ二大国の応酬
当事国を無視した危機の収束
ゲバラの本音
反核の思いを込めた国連演説
第5章  それぞれのヒロシマ
 四四年後に果たされた約束
フィデル・カストロのヒロシマ
絶対平和思想
娘アレイダのヒロシマ
一般市民たちの被爆地への認識
キューバに息づくゲバラの思い
エピローグ
広島・キューバ展 2017年9月16日 会場:旧日本銀行広島支店
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備考

ヒロシマの女たち・続

『ヒロシマの女たち・続』(広島女性史研究会編・ドメス出版、19980411)

目次

著者 見出し 備考
001 安藤欣賢 〈序〉被爆体験を伝える
007 磯野恭子 テレビドキュメンタリー製作の先駆者
021 宇根内良子 広島の母親運動を支えて
035 大田洋子 「屍の街」の被爆作家
049 大野允子 子供に寄せるひたむきの愛
063 黒川万千代 広島ホロコーストからの出発
077 クロセアキ アメリカで平和教育の実践
091 佐伯敏子 ヒロシマの証言者
105 正田篠枝 原爆歌集『さんげ』
105 正田篠枝 原爆歌集『さんげ』
121 関千枝子 激しすぎる夏
135 竹西寛子 広島が言わせる言葉
151 沼田鈴子 ヒロシマの語り部
165 丸木俊 「原爆の図」美術館
175 山口勇子 「おこりじぞう」が教えるもの
186 北西英子 あとがき
190 執筆者紹介

 

広島女学院大学・若葉寮解体式 2003年10月2日

広島女学院大学・若葉寮解体式 2003年10月2日

広島女学院大学・若葉寮

設計管理:ヴォーリス建築事務所 施工:藤田組。
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米国合同メソジスト教会婦人部から贈られた資金により1952年5月に建築された

若葉寮解体式

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2003年10月2日

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解体直前の若葉寮内部

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同時に伐採されるメタセコイア

あさ(山下会機関誌)

あさ(山下会機関誌) 山下会 1964年6月結成

発行年月日 備考 所蔵
所蔵:G=広島原爆資料館、U=宇吹
01 1964/10/20
02 1965/07/01 特集:わたくしの戦争体験
03 1966/06/01 特集:ひろしまの母の戦後体験 GU
04 1967/10/06 特集:わたくしの戦後
05 1969/02/20 特集:戦争・その後のヒロシマ GU
06 1970/06/30 70年のひろしま
07 1971/07/30 71年ひろしま
特集 1971/12/10 原爆体験は子どもらの胸に
08 1972/07/20 被爆二世と手をとりあって
09 11973/07/20 原爆資料の返還と28年目の『ヒロシマ』 GU
10  1974/07/25 平和教育への願い GU
11 1975/07/25 被爆三十年を生きて GU
12 1976/07/20 いまこそヒロシマの声を
13 1977/07/25 被爆者のねがいと原水爆禁止運動の統一
14 1978/07/25 「世界へヒロシマを」-国連軍縮特別総会と三千五百万署名- GU
15 1980/07/31 被爆三十五年 ヒロシマの私たち
16 1981/07/30 ヒロシマとともに生きて GU
17 1982/07/30 82年ひろしま GU
18 1984/07/25 終刊号 草の根から平和を GU

 

1

 

山下会

山下会 1964年6月結成

関連事項

1958 「勤評闘争」の頃、広島市庚午中学校PTAでは月1回くらい、教師と父母の地区懇談会をひらく。
1960 20数名の母親が、昼の部、夜の部と別れて学習会。昼の部がのちの山下会となる。
1964 6月学習会メンバー・被爆者の山下朝代、肝臓障害のため死亡。その生涯をしのび、この時から学習会を山下会となづける。
1964 10月20日追悼文集を『あさ』として発行。部数80部ガリ刷の小冊子。
1971 7月3 0日『あさ』 第7号発行。活版刷に。
1973  被爆教師の会から平和教育推進賞。
1977  アリス・ハーズ夫人記念平和基金、受領。
出典:『ヒロシマの朝そして今 被爆者として母として人間として  』   (山下会著 稲沢潤子編     あゆみ出版     19821220    )

 

 

 

ヒロシマの女たち

ヒロシマの女たち(広島女性史研究会著編、ドメス出版、19870120)

名前 見出しなど
001
007 上栗和子 いち早く孤児救援活動
015 栗原貞子 極限状況のなかでの詩を
023 平和婦人大会 世界へ平和宣言
031 日詰忍 国の内外に語り部の旅
039 広島折鶴の会 「原爆の子の像」建立に力
047 山本シカ 平和へ地道な活動
055 中野千歳 原爆孤児の母親役
063 被爆女教師 体験の継承へ連帯
071 山下朝代 母親の自主的平和学習
079 原水爆禁止広島母の会 世界平和へ女の心結集
087 名越操 被爆2世の子を失い原爆証人に
095 畠中敬恵 胎内被爆小頭症の子とともに
103 松原美代子 世界を巡る語り部
111 小西ノブ子 反戦ひとすじ
119 伊藤サカヱ 戦争をしない政治を
127 笹森恵子 アメリカに永住、反核を訴える
135 山岡美智子 再生した原爆乙女
143 金連順 戦争と差別を告発
149 鄭寿祚 祖国の統一をねがい誇りを持ち生きる
153 節子・サーロー カナダで反核活動
161 バーバラ・レイノルズ アメリカでも反核運動を
169 デルタ・女の会 イギリス反核団体とも交流
177 北西英子 あとがき

 

 

山陽路の女たち(続)

『山陽路の女たち(続)』(広島女性史研究会 、ドメス出版19890730 )

内容

人物  見出し 執筆者など
001 <安藤欣賢(中国新聞編集委員)>  はじめに
007 高山盈(みつ) 女性管理職の草分け
016 柴原浦子  「産児調節」運動の先達
025 花戸イトノほか  初めての女船長・女車掌
030 <大正の職業婦人>  目覚ましい職場進出
034 柚木チカほか  福山の紡績ストライキ
041 横山美智子  新聞懸賞小説に当選
049 金子みすゞ  大正期の輝く童謡詩人
056 林芙美子  小学校時代から文才の芽
064 中谷ミユキ  女流画家協会の創設に力
071 林イシ  女流写真家の草分け
078 真野房子  日本洋髪美容の先駆者
085 砂原美智子  オペラ、仏留学で飛躍
092 広瀬ハマコ  女子教育に情熱を傾注 黒瀬禎子
100 武田ミキ  「教育は平等」信念を貫く 久保田美智子
107 溝上泰子  あらゆる差別と戦う
114 荘司雅子  フレーベル研究ひとすじ 黒瀬禎子
121 永瀬清子  13冊の詩集を世に送る
128 山代巴  苦難の体験を小説に 宮上京子
135 洲和みち子  バレエ界の先達
143 二葉あき子  「ヒロシマの女」の実感 宮上京子
150 小井手伊勢子(いせこ)  洋裁教育一筋56年 久保田美智子
157 大谷[冷左+列]子(きよこ)  戦後オペラのプリマ 北西英子
164 杉村春子  文学座の主役半世紀 北西英子
171 宇野千代  「自然体」衰えしらず
178 讃井光子(さぬい)  「広島アジア文化会館」の館長
185 佐伯スミエ  日系人の「戦争」を描く 北西英子
193 冨士本久代  花嫁で未知のアメリカへ 久保田美智子
201   山陽路の女たち(広島を中心にした)年表
272  あとがき 北西英子

 

広島県母親連絡会

広島県母親連絡会 1960年1月10日結成

資料

文献
発行年 書名・著者・発行所など 備考
19750720 ひろしまの母親たち 所蔵:U
広島県母親連絡会、編集責任者:林郁子
19830717 ひろしまの母親たち No.2  所蔵:G
1.はじめに
2.1982年12・8平和を守るひろしま母親集会
スライドとお話「戦争とは」 広島市婦人教育会館にて
3.学習したこと
・3月27日 平和都市宣言をすすめるための学習及び学習資料(橋本八郎 平和委員会)
・6月5日 基地めぐり感想
・核・米軍基地・自衛隊・軍需産業等地図
4.「非核日本宣言」を政府にもとめる

 

1988縮景園原爆犠牲者慰霊碑

縮景園原爆犠牲者慰霊碑

【建立年月日】昭和63年(1988年)3月19日
【建立者】縮景園原爆犠牲者慰霊供養会
【来歴】1987年7月下旬、被爆直後の縮景園を撮った写真が発見され、その1枚に、「戦死者之墓38名」「戦死者墓5名」「戦死者21名墓」と記した3本の立て札が並んで写っていました。県教育委員会が同年7月31日と8月1日、遺骨の発掘調査を行ったところ数千点の骨片を収集し、6日に原爆供養塔に納骨しました。これを機に、地元町内会や老人クラブなど11団体からなる供養会が結成され、碑が建立されました。毎年8月1日に供養祭が行われています。https://www.hiroshima-navi.or.jp/post/006464.html

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2021年3月4日撮影
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2021年3月4日撮影