ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える

『ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える』(山田浩・関寛治・永井秀明・石田明・庄野直美編、労働教育センター、19760731)

目次

はしがき 山田浩
1部 今日の平和問題とヒロシマ-報告 熊田重克
 ヒロシマの「心」と課題/診療白書」が明らかにしたこと/原爆後遺症と被爆二世問題/「ヒロシマ・ナガサキ」を理解しない政府/「ヒロシマの国際化」を抑止するもの/核軍拡競争と「核抑止論」 /核軍拡競争はなぜつづくか /ヒロシマに立って「平和」を論じる
 ヒロシマから平和を考える-討論
山田浩・関寛治・熊田重克
 米ソの冷戦と核戦略の展開 /アメリカの“核戦略”の転換と後退/軍拡とデタントの理論問題/ヒロシマに平和をつくりあげる//
2部  ヒロシマの平和教育とその展望
 永井秀明・大槻和夫・藤井敏彦・空辰男
はじめに
平和教育の足どり
ヒロシマの平和教育の歩みと学校教育の現状-報告  空辰男
   戦後の原爆教育  /再起された原爆教育/文部省の「平和教育」/広島市の1つの教育実践
討論
 教科書から原爆をハズしたい /平和教育は広島の子らをどう変えたか/子どもたちが主体になって
平和教育の目的と内容-報告 永井秀明
平和教育の目的 /平和教育の内容
 討論
平和教育の視点と焦点/平和教育実践ニつの側面
 家庭や子どもの状況と平和教育-報告  大槻和夫
 広島の子どもたちの原爆認識 /受験体制下の子どもと平和教育/子どもの文化と平和教育/家庭の現状と平和教育/家庭・地域における平和教育
 討論
 「家庭の場」がそこなわれていく /重視したい「地域のつながり」
 地域課題の発掘視点と平和教育運動-報告  永井秀明
 戦争体験の掘り起こしと教材化(原点教材)/郷土の歴史と自然の掘り起こし、教材化/安保体制の把握と教材化/
 国際連帯と平和教育-報告  藤井敏彦
 平和教育における国際連帯教育の位置 /真の国際連帯とは何か/国際連帯教育を前進させ深めるために/ヒロシマと国際連帯/
 ヒロシマの平和教育-総合討論
永井秀明・大槻和夫・藤井敏彦・空辰男
 戦争体験と郷土史の発掘 /沖縄・被爆体験・原水禁運動/ヒロシマの国際化と地域化の結合
3部  核時代の被爆者問題
庄野直美・石田明・伊東壮・高橋昭博
「ヒロシマ」の意味するもの-討論
片仮名のヒロシマにこめられて/ヒロシマがもつ原体験/原爆投下と真珠湾攻撃/ヒロシマの風化は何に原因するか/原水爆禁止運動が広がったこと/ヒロシマの国際化と被爆者の役割
 原爆による物と体の被害-報告 庄野直美
原爆についての基礎知識 /広島・長崎原爆における死傷者数/熱線・爆風・放射線による被害の実相/原爆の医学的影響-原爆症について/
 被害の実態-報告  伊東壮
原爆による生活と心の被害-報告
 社会的側面のもつニつの意味/狭い意味の原爆被害/ 原爆被害の総合化/
 被爆者援護の諸問題-報告  庄野直美
 被爆者援護の歴史と救援運動
 被爆者援護の諸問題-報告  伊東壮
政府の援護対策と援護法
 被爆者問題と「ヒロシマの心」-討論
庄野直美・石田明・伊東壮・高橋昭博
 古くして新しい被爆者観 /外国人被爆者問題の周辺/「石田原爆訴訟」の今日的意味 /被爆者援護法と原水禁運動/「ヒロシマの世界化」を推進するもの
 あとがき  庄野直美

平和を叫ぼう!

『平和を叫ぼう!-”ひろしま”についての自主教材として(試案)』(2訂版)(広島県平和教育教材英語部門編集委員会・広島県被爆教師の会編、広島平和教育研究所出版部、19730701)

<「あとがき」=1971年1月>

松永照正

松永照正

20080127没 まつなが・てるまさ 享年81 国際文化会館(現原爆資料館)館長。著書『ナガサキよ世界へ』(松永照正著刊、19890628)

『ナガサキよ世界へ 元原爆資料館長の回想』(松永照正著刊、19890628)目次

章節項 見出し 備考
発刊に寄せて 本島等(長崎市長)
はじめに
1 海外で核兵器廃絶をアピール
2 原爆資料館を訪れた印象深い内外の人々
3 長崎原爆資料館(長崎国際文化会館)の紹介
4 長崎市民へのメッセージ
あとがき

 

ながさきの平和教育Ⅲ

『ながさきの平和教育Ⅲ 原爆を教えつづけて』(平和教育資料編集委員会 編、長崎平和教育研究会、19770731)

目次

「ながさきの平和教育Ⅲ」発刊の意義 平和教育資料編集委員会
原爆を教えつづけて
一ナガサキーその被爆三十二年
二初期の平和教育運動
三原爆を教えつづけて
四その内容と方法の発展
五原爆継承の課題として
研究実践篇
平和教育の実践(教育研究の年次レポートから)
22次教育研究(昭和47年)
民主的教育運動としての定着
1原爆をどう教えたか
2六・二九佐世保大空襲と平和教育
23次教育研究(昭和48年)
◆地域へ根ざす真の平和教育へ
◆平和教育の持続と発展を
1生徒会活動を中心にした平和教育
2「とびうおのぼうやはびょうきです」を扱って
24次教育研究(昭和49年)
◆原爆問題の現代的意義をふまえて
◆多面的でより豊かな平和教育の創造を
1平和教育をどうすすめているか
2平和教育の組織的なとりくみとカリキュラム
3郷土史の発掘と平和教育の観点
25次教育研究(昭和50年)
◆前進する自主編成活動 年間カリキュラム編成への意欲
1被爆三十年目のとりくみと年間計画試案
2平和教育年間カリキュラム試案
26次教育研究(昭和51年)
◆底辺を拡げるための新しい組織づくりを求めて
1国語科においての平和教育
2
「平和と教育」部会をとおしての実践
資料篇
「平和教育世界会議」参加者の記録
1「原爆あれから三十年」世界会議に参加して
2世界に広がる平和教育
3非暴力活動について深められた分科会
4アメリカにおける反核運動と在米被爆者
5被爆体験に対する米国市民の反応
6宗教平和カリキュラム分科会(付ボックスカーと直珠湾)
戦争と原爆を考えよう
三.一ビキニと第五福竜丸
原爆読本を用いての年間計画(試案)
原爆・平和教育に関する年表
◆長崎平和教育研究会規約

ながさきの平和教育I

『ながさきの平和教育Ⅰ 原爆を教えつづけて』(長崎原爆被爆教師の会平和教育資料編集委員会編・刊、19710720 )

目次

「ひろしま」「ながさき」を教えつづけることの誓いと訴え
ながさきの平和教育 坂口 便
一 夾竹桃の花咲くころ
二 「沈黙の壁をやぶって」以前
三 「沈黙の壁をやぶって」以後
四 これからなさねばならぬこと
五 ながさきの平和教育
ながさきの原爆 大嶋 隆三郎
まえがき
一 原子爆弾の投下
二 原爆投下の惨状
三 ツメあとはまだ深く
四 平和への祈願
平和教育の実践記録
一 滑石小でのとりくみ 今田 斐男
1 小学二年の実践(国語・道徳・図工) 清水 聡
2 小学四年の実践(国語・社会・文集) 今田 斐男
3 小学五年の実践(社会) 山川 剛
二 小学六年・戦争をどう教えたか 貞方 一将
三中学一~三年・社会科の実践 末永 浩
四 中学一年・「原爆記念日」の実践 吉里 良輔
五 中学一年・国語科の実践 西浦上中学校
六 中学二年・社会科学習における実践 浦口 安巳
七 中学・学活の中で 田吉 義明
八 中学・「原爆教育の日」の指導 橋本 正勝
九 広島市大手町中との交歓会 山里中学校
平和教育の指導資科
一 おとうさん・おかあさんの子どものころ  今田 斐男
二 父と母の昭和二十年前後 松永 とき子他
三 死線をさ迷って 斉藤 昌彦
四 平和教育分料会の中で(20次県教研) 編者
五 英語科でどうとりくむか  田吉 義明
六 美術教育をどうとらえるか  吉田 克二
七 「夏休みの友」での八月九日  編者
平和教育の定着化と問題点 田吉 義明
原爆関係の参考資料
一 原爆関係年表
二 原爆と平和教育に関する本
三 原爆資料室展示目録
四 原爆遺跡・塔碑所在地図

沈黙の壁をやぶって

『沈黙の壁をやぶって』(長崎県教職員組合長崎総支部・長崎市原爆被爆教師の会編、労働旬報社、19700809)

目次

章節
はじめに
七○年代教育創造の糧に 宮之原貞光(日教組委貝長)
序章 今こそ沈黙の壁をやぶって 坂口 便
1章 長崎の原爆 編者
その前夜 光と雲 幽鬼の群れ 屍の列車 看護るものなく 燔祭の炎の中に 児童・生徒・教師
2章 被爆教師の体験と証言
生き残り三人の記録 城山小学校
城山殉難記 荒川秀男
追憶の涙の中から 江頭千代子
医者がいない、薬がない 宮本スミエ
「二六人の教師が憤死」 山里小学校
土壕の奥に生きて 林英之
熱い骨・原爆の歌 瀬戸口千枝
母の愛情すら奪う 川口勇
生きながら焼けた友 築城昭平
トンネル工場 まつお びん
屍体整理班 三輪博志
3章 原爆と子どもたち
子どもの記録 林勝己
「原爆に関する調査」の集計から 編者
調査を実施して 広島と長崎と 原爆はなぜおとされたか  原爆を誰が教えるか 原爆に対する子どもの感じ方
4章 原爆学級の記録-世界でただ一つの悲しい学級
4-1 原子爆弾はまだ生きている
4-2 原爆学級の編成
4-3 研究発表「被爆児の心身発達について」 城山小学校
4-4 原爆学級のその後
4-4-1 四番目の犠牲者
4-4-2 原爆教室の父
4-5 被爆二世の問題
資料 被爆児の心身発達について(昭和28年2月26日) 長崎市立城山小学校
目次
1.発表までの経緯
2.被爆児の心身発達について
3.一年実験学級年長組の被爆児と対照児
4.特殊児童の指導の実際
 【付】 原爆の児を偲びて―故橋本長利さんの霊に捧ぐ
5章 平和教育の原点
(1)芽生えは出ている 編者
(2)スラノド台本「原爆許すまじ」 佐世保・平和と教育を守る高校教師の会
(3)原爆体験記の英訳について 編者
 (4)一つの教室実践  三輪博志
 (5)教え子に明るい未来を  中西俊造
6章 原爆体験の継承と国民教育への展望 -長崎の屈折した体験の中から
鎌田定夫(長崎県教研講師・長崎造船大学教員)
6-1 原点としての“原爆”とその風化・潜伏
6-2 風化に抗して新しい創造へ -子どもと教師・父母の葛藤のなかから
 6-2-1  教研活動のなかでの反省と確認(小・中)
  6-2-2  新しい民主的学園建設の試み(高・大)
 6-3  被爆者たちの連帯のなかで
 終章  長崎の教師はこう訴える-被爆25年間の屈辱と怒り、そして70年代の教師はいま何をなすべきか
   田中義明 (長崎市立江平中学校教諭)
 あとがき-この芽を枯らすことなく  宮崎勇二(長崎県教職員組合執行委員長)

明日に生きる 高校生のための平和読本

『明日に生きる 高校生のための平和読本』(広島・長崎平和読本編集委員会編、広島県・長崎県高等学校被爆教職員の会、19740701)

目次(初版)

章節
1 原爆・原点から学ぶ
1-1 広島の証言
■仮繃帯所にて2■コレガ人間ナノデス3■友よ、ゆるしてくれ!!4■死んではならない6■ヒロシマの空8■原爆の日、母は12
1-2 長崎の証言
■写真の中の友14■火焔の中から16■「お母さん、妹が・・・」18
1-3 爪あと
■童女よ20■空白22■十九才の青春23
1-4 原爆・その非人道性
■爆風による破壊力24■熱線による作用25■爆風・熱線・火災による被害26■黒い雨29■放射能29■原爆症30■人的被害32■覆いかくされた被災の実態33■被災資料の保存と怠慢34■救護活動34■国際法違反35
1-5 ■2つの説36■原爆が投下されるまで37■できるだけ早く投下せよ38■戦争完遂あるのみ40■原爆投下は必要なかった42■温存されたモルモット都市、広島・長崎43■人間不在46
2 戦争とは何か
2-1 ■戦争を知らない子どもたち50■聞け、わだつみの声52■ある学徒兵の手記54■両親の世代に聞く戦争体験56
2-2 大空襲を告発する
■東京大空襲58 各地の空襲の記録とその運動・(福山)59■火の雨-(佐世保)63
2-3  告発される側に立って
■“爸々!(オトウチャン)”68■ヒト捨て70■「祖国」にそむいた愛国者たち72■東洋鬼日本とヒロシマ・ナガサキの虐殺74
2-4 戦争とは何か
■戦争とは何か82■戦争はなぜ起きるか84■ススメ ススメ ヘイタイススメ88■教科書は一体誰のものか90
2-5 戦争から学ぶ
■15年戦争まで92■日中戦争の開始95■太平洋戦争97■戦争経済と国民生活99■国家総動員と戦争経済99■国民生活の弾圧101
2-6 現代の戦争
2-6-1 ベトナムを考える
■殺す側の論理104■ディエン・ビエンフーの戦い106■ベトナム和平108■ベトナムとヒロシマ・ナガサキ・オキナワ112
2-6-2 沖縄を考える
■戦に散った生徒たち116■沖縄一中鉄血勤皇隊の追体験120■基地の中の沖縄121
3 私たちの課題
3-1 安保条約と私たち
3-1-1 私たちをとりまく国際情勢
3-1-2 安保条約と私たちの生活
■安保条約とは131■公害・エネルギーなどの問題132■大砲かバターか132■ほんとうの独立133■「ノー」と言えるか135■安保条約と私たち136
3-2 平和と防衛
■日本国憲法から138■あたらしい憲法のはなし138■骨抜きにされた平和条項140■4次防計画と第9条141■軍備拡張の背景144
3-3 核時代に生きる
■核戦略体制(恐怖の実態)154■日本をとりまく核戦力156■軍縮と日本160■原子力の平和利用と問題点164
3-4 平和運動のあゆみ
3-4-1 生きていてよかった
■原爆を語るな168■正田篠枝さんの抵抗168■朝鮮戦争をやめろ!核兵器を使うな!170■三たび、“死の灰が”174■生きていてよかった177■インドの核実験によせて179
3-4-2 沈黙の壁をやぶって(祈りから怒りへ、長崎の証言運動)180
3-5 被爆者、人間の復権
■25年めの回想と証言184■非差別部落の原爆被爆者として184■朝鮮人被爆者外国人被爆者190■立ちあがる被爆者192■援護法制定を求めて194■被爆二世の死(白血病で亡くなった教え子のこと)198■被爆二世について その(1)202 その(2)203 その(3)207■胎内被爆小頭症の人とその親たち207
3-6 明日に生きる道を目ざして
■恋人とともに不安をのりこえる208■広商生は“原爆”にどうとりくんできたか(原爆研究会の歩み-)212■ぼくのなかの“原爆”(「ナガサキの証言」ゼミのなかで)218■構成詩“灰のなか地の底から”222■「ピース・ナウ!」226

 

 

 

 

未来を語りつづけて(続)

『未来を語りつづけて(続)ヒロシマ・平和教育の継承と連帯 原爆被爆50年事業』(広島県教職員組合、広島県原爆被爆教職員の会編、刊、19950525)

目次

章節 タイトル 著者 備考
発刊にあたって  高橋晋作
 (広島県教職員組合執行委員長)
序章  石田明
(広島県原爆被爆教職員の会)
 1  戦争と人間の条件
 2  爆心から生きて生きて
 3  人は生きるために生きる
 4  心配をこえて
1章 被爆体験と教育
燃えて、そして燃えた 坪井直
すべてが無になったヒロシマ-被爆体験を語りつづけて- 松井昭三
ヒロシマを生きてきて-自分史としての一断章- 寺岡昭壮
加害の原罪が間われた日 田坂積
黒こげの庭松と南瓜 下岡絹子
被爆・あゆみ続けた平和教育 空フミコ
子らに語り継ぐ被爆体験と平和 大畠泰造
反戦・反核・反差別の闘いを 下原隆資
2章 ヒロシマ・平和教育といま
  とりあげた「ヒロシマの平和教育」
 1  組織的平和教育おこしの背景と動機
 2  広島県原爆被爆教職員の会の結成  19690326
 3  広教組、教育研究集会の中に「平和教育」分科会を新設
4  広島県・市教育委員会の「8.6」学習提言
 5  “ヒロシマ・ナガサキを教えつづけることの誓いと訴え”全国にアピール
 6  「原爆犠牲国民学校教師と子どもの像」の建立
 7  広島平和教育研究所の設立
8   平和教育の深まりとカリキュラム
9  平和教育の全国への広まり
 10  興隆期・日教組教研・平和教育全国レポート表題で語ること
 11  一つのカリキュラムをみつめる
 12  広島県・市教育委員会の指導手引書・指導資科の配布
13  文部省「学習指導要領」の変遷と教科書検定を衝く
 14  平和教育と修学旅行
 15  平和教育実践アンケートとその意味するもの
16  全国シンポニ十周年記念。構成詩、“ヒロシマ・ナガサキを究めつづけて”
 17  被爆五十周年とゆるぎなきヒロシマの心
 3章 戦後の平和教育理念とこれから
戦後の平和教育をささえてきた不忘の理念
1  新教育指針
 2  あたらしい憲法のはなし
3  ストックホルム・アピール
4  教え子を再び戦場に送るな
5  原爆の子
6  原爆詩集・峠三吉
7  1951年、中学校社会科教科書にみる戦争体験記記述例
 8  杉並アピール
9  第1回原水爆禁止世界大会宣言文・1955年8月6日広島市公会堂 2
 10 私は広島を証言する 八島藤子作詩
11 瞬光二十年 石田明作詩
12 NG0・広島アピール
13 ユネスコ軍縮教育十原則
 14  過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことである
 15  「広島アピール」軍縮教育国際シンポジウム、1982年10月29日
 16  過去に目を閉ざすものは、現在に盲目となる
 17  核兵器廃絶に関する広島宣言
18 原爆ドーム保存募金運動
19  西ドイツに「広島同盟」、そのニュルンベルク宣言でみるヒロシマ
 20 八月六日・八月九日、広島・長崎両市の平和記念式典での両市長「平和宣言」例
  ヒロシマ・平和教育年表

未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点

『未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点』(広島県教職員組合・広島県原爆被爆教師の会編、労働旬報社、19690806)

目次

部章 タイトル 著者
はじめに
教育の魂 宗像誠也
日本人の心から「ひろしま」を消してはならない 服部学
初心に立ちかえって原爆教育を 宮之原貞光
序章 被爆教師の名において告発する 石田明
1 原爆体験と教育の原点
1-1 それでも未来を語りつづける
被爆二世のわが子を失って 名越謙蔵
子どもらに支えられて 中谷玉江
ある被爆教師の死 村木誠
石は川底からみていた 増田勉
原罪への問いかけ 高松由子
先生同情されない人間になって下さい 森下弘
1-2 爪跡をこえて
子どもたちに語る私の体験 米田進
ふた昔を生き抜いて 尾形静子
子どもらの遺骨をひろって 石富広江
“平和の鐘”をついて 岩田守雄
甲状腺ガン 吉本フサエ
少年の日の被爆とABCCと 橋本行宏
2 原爆教育・平和教育の実践のために
原爆と子どもたち-「原子爆弾被害に関する調査」のまとめ・問題点 川島孝郎
広島をどう教えてきたか-学生時代の被爆教師として 田坂積
原爆不在の教育・教科書の実態とその批判 空辰男
ヒロシマを高校生にどう教えるか 森下弘
終章  全国民・全教師への誓いと訴えと  楠忠之
補=ひろしま-原爆をかんがえる-(試案)
広島平和教育教材編集委員会 広島県原爆被爆教師の会
あとがき 宅和純

 

 

広島県被爆教師の会(原爆被爆教職員の会)出版物

広島県被爆教師の会(広島県原爆被爆教職員の会)出版物

書名 発行年月日 備考 所蔵
未来を語りつづけて―原爆体験と教育の原点 19690806 広島県教職員組合・ 広島県原爆被爆教師の会(編) G
未来を語りつづけて・続 ヒロシマ・平和教育の継承と連帯 19950525 広島県教職員組合・ 広島県原爆被爆教職員の会(編) GU
 ”ひろしま”から学ぶ―高校用原爆・平和教育資料(試案)  19710701  広島県高教組原爆・平和教育推進資料編集委員会、被爆教職員の会  U

 

 

 

咲け山ユリの心 山村児童と広島原爆病院の交流

『咲け山ユリの心 山村児童と広島原爆病院の交流』(神田三亀男著 日本経済評論社、19880625 )

内容

備考
装幀=佐藤忠
写真 平和を祈る弥かゆりの像
001 芸北の山地
005 青少年赤十字団活動
009 山ユリを見舞いに
014 日赤病院長からの礼状
020 山ユリをバケツで運ぶ
023 患者さんからの手紙
026 原爆病院へ
033 慰問文集の発行
037 山ユリと文集を持って
052 患者と児童を結ぶ
062 山ユリ慰問の記録
074 山ユリ慰問を終えて
086 「ささゆり研究試験地」
093 児童会の活動
097 文集「やまゆり」抄
194 山村児童の生活史『やまゆり』
200 山ユリ慰問三十五周年
208 記念事業で 山ゆりの像
212 除幕式で 平和宣言
216 平和を訴えた中学生
 222 佐々木巨美さんを動かしたもの
233 ある被爆者
237 上殿小学校の学校経営
253 地域ぐるみの愛の使節
261 あとがき

神田三亀男

神田三亀男

かんだ・みきお ****生20171026没 享年95 民俗学者、歌人。『広島県現代文学事典』。

著書

書名 発行所 発行年月日
原爆に夫を奪われて 広島の農婦たちの証言 岩波書店(新書) 19820222
咲け!山ユリの心-山村児童と広島原爆病院の交流 日本経済評論社 19880625
証言・戦争と農村-戦争・原爆・農婦たち 日本農業新聞中国・四国支所 19830801

 

 

山崎与三郎

山崎与三郎

やまさき・よさぶろう 19760704没 享年86

資料

体験記 『吾家の原爆体験記 死線を越えて』(山崎与三郎、19730715)

目次
1 はしがき
2 山崎基定(長男) あの日の思い出
3 山崎キミ( 妻) 家の下敷から救われた命
4 八木道子(長女) 灰燼の中に幼児を抱きて
5  山崎与三郎(父) 死線を越えて
6 あとがき

編著書

原爆関係文献目録 広島・長崎を中心とする 山崎与三郎編、千田書房 19540723 U
原爆被災資料総目録 第二集 原爆被災資料広島研究会 19700806 U
創立百周年記念誌 広島市立本川小学校 19730110
平和の聖都ひろしま 広島巡礼案内 山崎与三郎著 高橋謄写堂 19750720 U
吾家の原爆体験記 死線を越えて

大原三八雄

大原三八雄

19920706没 おおはら・みやお 享年87 「広島詩集 1965」(広島県詩人協会)、「世界原爆詩集」(角川文庫)を編集。広島女子大学・広島工業大学名誉教授。『広島県現代文学事典』

日本印象記-ヒロシマの家

『日本印象記-ヒロシマの家』(フロイド・シュモー、ヒロシマ・ピース・センター、19521001刊)<大原三八雄訳、谷本清発行>

内容

著者 内容
口絵 祈平和灯籠()
江波町住宅骨組み
皆実町住宅
江波町シュモー住宅
江波町シュモー住宅公民館
01 訳者 フロイド・シュモー博士の横顔-序文にかえて(大原三八雄)
01 日本印象記(ヒロシマの家)
71 浜井信三 シュモー博士と広島の家
75 谷本清
78 あとがき

 

bk521001A bk521001B
装幀 新延輝雄

 

 

 

年表:原爆瓦

年表:原爆瓦

年月日 記事 備考
1948
0609? 広島市商工課観光係、原爆参考資料を収集、市民から資料となる石・瓦・木など募集(7月15日締切)。
1949
0929? 広島市、市内中央公民館内に、暫定的に原爆参考資料陳列室を開設。長岡省吾が中心となり、被爆岩石・瓦・コンクリートなど収集。
1950
0910? 広島原爆記念会、「被爆のカワラ」を講和会議の記念事業として発売し、その益金を原爆犠牲者の慰霊や復興資金に寄付することを計画。
1951
0910? 広島原爆記念会、「被爆のカワラ」の販売を計画。
0928? 長崎の浦上文化振興会、原爆瓦の売り出しを計画。
1978
0622? 終戦直後長崎で土産品として売られていた“原爆瓦”、京都市で保管。
0828 元安川東岸で被爆カワラが大量に見つかり、原爆資料館調査開始。
0829? 広島市観光協会、被爆カワラの破片を観光客に配布。
0922 広島市原爆資料館、元安川の被爆カワラについて、土産品扱いは困るので川から拾わないよう指示。
1979
1125 広島市の観音公民館で、「わたしの文化財展」開かれ、原爆カワラなど展示される。
1981
0213 広島県高校平和ゼミナール代表、広島市の元安河床美化事業に対し、河床の被爆ガワラの保存を申し入れ。
0601? 広島県平和ゼミナールのメンバー、元安川河床で被爆カワラ・ガラスなどを発掘。(週2時間)
0627 広島県高校生平和ゼミナール、元安川の被爆カワラ保存を訴え、広島市に河床工事の延期を要請。
0704 広島県高校生ゼミナール、元安川で「原爆カワラ発掘フィールドワーク」を実施。
0710 広島県原爆被爆教職員の会、元安川河床の被爆かわらの保存などを広島市に申し入れ。
0718 原爆瓦を守る若者の会など、原爆遺物発掘のため広島市に元安川河床美化工事延期を申し入れ。
0912 「第三回ひろしま自治体学校」開催。被爆ガワラの保存運動などについて報告(13日まで)。
0913 広島県高校生平和ゼミナールの呼びかけで、市内の小学生ら、元安川河原で被爆ガワラを収集。
1013 広島県原爆被爆教職員の会など6団体、元安川河床の被爆ガワラ保存問題で広島市と合意。(被爆ガワラでモニュメント建設)
1025 広島県高校生平和ゼミナール、元安川で「原爆かわら掘り」実施。
1030? 広島県高校生平和ゼミナール、被爆がわらのモニュメント建設のためのカンパ活動開始。
1031 広島市の安田女子高校文化祭で、平和学習の成果を報告(被爆かわらなどを展示し原爆コーナー設置)。
1101 広島市の鈴峯女子高文化祭で被爆がわらについての調査など展示発表。
1212 原爆ガワラ発掘を契機にした爆心直下の犠牲者のための慰霊碑「ヒロシマの碑」(仮称)の原形、発表される。
1982
0112 広島市立基町小学校生徒、被爆がわらモニュメント「ヒロシマの碑」建設資金募金活動を開始。
0128 広島市の城北学園で、生徒ら、「ヒロシマの碑」(原爆がわらモニュメント)建立募金を呼びかけ。
0328 長崎高校生平和ゼミナールのメンバー、長崎市の平和公園で原爆がわらを展示、反原爆を訴え。
0407? ヒロシマの碑建設委員会、被爆がわらによるモニュメント「ヒロシマの碑」の碑文を募集。
0417 呉市の高校生ら、呉市で、原爆がわらモニュメント「ヒロシマの碑」建立のための募金を呼びかけ。
0418 長崎高校生平和ゼミナール、爆心地周辺で被爆かわら発堀作業。
0501? 長崎高校生平和ゼミナール、平和を訴える手紙、原爆がわらなどをSSDⅡ参加者に託すことを決定。
0527 長崎高校生平和ゼミナール、SSDⅡに参加する長崎市長らに原爆がわらを寄託。
0602 10フィート運動・原爆記録映画欧米上映班、フィリップ・ノエルベーカー卿を訪ね、被爆カワラを寄贈。
0605 広島市の爆心地付近の川で掘り出した被爆がわら、平和記念公園内で一般公開(11日まで)。希望者へは配布。
0623 岡山県知事、同県議会で、寄贈された「『原爆かわら』は平和のための力にはならない」と答弁。
0703 広島県高校生平和ゼミナールの呼びかけで、「高校生と小学生の原爆かわらを掘るつどい」開催。
0708 原爆ガワラのモニュメント「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会、広島市で同碑の起工式。(8月5日除幕予定。)
0710 原爆がわら発掘運動を続けている広島県高校生ゼミナールの歩みをまとめた「原爆瓦‐世界史をつくる十代たち」、刊行。
0804 原爆ガワラ保存運動を推進した広島県高校生ゼミナール、第6回「子どもの文化賞」を受賞。
0815 特別番組「生命の讃歌~原爆瓦は語りつづける」(ラジオ)、放送。
0816 第6回アジア仏教徒平和会議、モンゴルで開催。広島市の小学校教諭、原爆がわらを持参。
0908? 広島市の小・中・高校の約6割が“原爆がわら”を教材として使用するとを決定。
0918 広島平和教育研究所、平和教育推進のため原爆がわらを全国の教組に配布する準備を開始。
1007 和歌山県立日高高校生徒、原爆がわらなど展示した学校祭で生徒・市民らが折った千羽ヅルを広島県高校生平和ゼミナールに送付。
1031 長崎高校生平和ゼミナール、浦上川沿いで原爆かわらなどを採掘。
1983
0217 原爆かわら発掘についての記録集、「原爆瓦は語りつづける」刊行。
0219 「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会、募金協力のお礼に全国の学校などに原爆がわらを寄贈。
0219 広島市の段原公民館、被爆がわらを展示、発掘した高校生らの体験発表会開催。(23日まで展示)
0403 長崎高校生平和ゼミナール、長崎市で被爆がわら発掘の集い、開催。
0529 京都市の立命館中学の生徒ら、修学旅行で長崎市訪れ、平和学習。被爆かわらを発掘。
07 広島平和教育研究所が全国各都道府県に贈った“原爆がわら”各地で反響を呼び、追加注文相次ぐ。
0805 広島市立江波小学校で、原爆がわらを使って児童らが作った平和の碑、完成除幕式。
12 北海道宗谷郡の浅茅野小中学校に原爆かわらを使ったモニュメント「願いの碑」完成し、除幕式。
1984
0106 「長崎高校生平和ゼミナール」が贈った、長崎の被爆ガワラ、ポーランドのアウシュビッツ国立博物館に展示
0325 長崎高校生平和ゼミナール、長崎市で原爆かわら堀り実施。約70人参加。
0421 倉敷市立中央図書館で原爆がわら展示(岡山県内では岡山市の県立図書館に次いで二番目)。
04 長崎市の民家で被爆かわら約1,800枚が使用されているのを発見。
0915 竹内武との話合いで所蔵の原爆瓦を広島市に寄贈することを決める。
1113 長崎市の爆心地近くの河川で、被爆かわらなどの原爆遺跡見つかる。
1119 原爆瓦など193点を原爆資料館に寄贈。
12 広島市の婦人、仏像の描かれた被爆がわらを広島市に寄贈。
1985
0401 広島県被爆教職員の会、来広した神奈川県議会の社会党議員団に原爆がわらを寄贈。
0406 「長崎高校生平和ゼミナール」、長崎市内で原爆かわら発掘を実施(約20人参加)(市民へも参加呼びかけ)。
0425 広島県高校生平和ゼミナールの集めた被爆がわら米ニューヨークの国連本部に寄贈されることが決定。(浄士真宗本願寺派安芸教区平和運動特別委が額にして作製。)
04 平和プロダクション、被爆かわらをテーマにした映画の製作を計画、脚本を依頼。
0706? 長崎国際会館への被爆資料の寄贈相次ぐ(昨年3月以来、原爆がわら・被爆者の衣類など、 224点)。
0828 長崎県原水協、長崎市平和公園で、観光客・修学旅行生らに、被爆がわらを配布。
0908? 呉市の平和プロダクション、原爆瓦をテーマにした映画の製作を準備中( 来年、クランクイン予定)
1009 長崎市のビル建設工事現場で、被爆したガラス瓶・カワラなど約 200点を発見。
1986
0729 「広島原爆病院の一日」写真展(写真家浜岡収撮影・灘神戸生協主催)、神戸市で開催( 8月 4日まで) 。被爆かわらなども展示。
0912? 呉市の映画プロデューサーら、被爆瓦を描いた映画製作支援のため、被爆瓦を使って一輪差しを制作。
1987
0122 ニュージーランドの女子高校生(2名)、来広し、広島市立国泰寺中学校生徒らと交歓。同校生徒から、「原爆がわら」を贈られる。
0725 長崎高校生平和ゼミナール、爆心地公園に建設する灯火台にはめ込む原爆がわらの整理作業を実施(8日に点灯式)。
0726 北海道の「ヒバクシャと共に行くヒロシマ平和の旅」の一行(10人)、来広し、原爆かわらの発掘など実施。
1988
0120 長崎県の布津町長、バチカンのローマ法王を訪問、長崎市長より託された被爆がわらを寄贈。
0210? 広島大学原医研など、黒い雨降雨地域解明のため、屋根がわらの残留放射能調査に着手。かわらの提供を呼びかけ。
0315 広島県立ろう学校生徒、ピース・ガーデン造りを進めている米のろう学校に贈るため、元安橋下で被爆がわらを収集し、平和学習。
0326 米での第3回国連軍縮特別総会に届ける「長崎原爆の火」、長崎市の平和公園で採火 式。被爆がわらにドリルで穴を開けて採火(約200人参加)。
0508 広島市立本川小学校(爆心から約350メ-トル)の被爆校舎の一部を補修し、「平和資料室」として開館。原爆がわらなど被爆資料約100点を展示。
0731 舞鶴市の寺院に、長崎市の被爆がわらと原爆後遺症で死亡した少女の遺髪を納めた禅堂が建立され、落慶法要。
0803? 広島市の白神社(爆心から約600メ-トル)の建て替え工事現場で、被爆したかわら など(約30点)発堀。広大工学部、被爆放射線量の測定を計画。
1105? 広島県双三郡三良坂町の「第11回ふるさとまつり」で、「第3回平和・戦争・原爆資料展」(「町平和を願う会」主催)、開催(6日まで)。原爆かわらなど約300点を展示。
1989
0715 米コネチカット州の高校教諭ジェラルド・ブルーカー、来広し、米高校生らが折った千羽づるを原爆の子の像にささげる。16日、元安川で原爆がわら発掘。
1990
0420? 広島市の特別名誉市民フロイド・シュモー、米シアトル市に平和公園を建設中。被爆かわらなどを配置することを計画。
0428 「広島・長崎の火を灯す会」メンバ-(10人)、長崎市を訪れ、被爆かわらを発掘、収集。8月に東京で点火する「長崎の火」の採火に使用することを計画。
1991
0706 廿日市市立宮園小学校、平和集会を開催。原爆がわらの実験などを実施。昨年に続いて2回目。
1992
0805 六角彰(福岡県直方市在住)、長崎市内で長崎の被爆瓦と原爆投下予定地であった小倉市の土で製作した横笛で鎮魂曲を演奏。「ピース・ウィーク」の行事の一環。
1993
0424 「日独平和フォーラム」の訪独団一行14人、被爆瓦や本島長崎市長のメッセージなどを携えて出発。
1994
0419 京都市立修学院小学校6年の166人、修学旅行で広島を訪れ、アジアからの南方特別留学生が寄宿していた「興南寮跡」で集会を開催。広島市内の教師から自宅の被爆瓦を贈られる。
0815 広島県佐伯町の佐藤亨、一家の消息を炭で書いた被爆かわらを広島市の原爆資料館へ寄贈。
1995
1025 広島高校生平和ゼミナールの生徒、井上ひさしの戯曲「父と暮らせば」の広島公演に出演した俳優に原爆かわらをプレゼント。
1996
0411 長崎市の平和公園爆心地地区の護岸工事で、被爆瓦やガラス瓶などが大量に出土していたことが判明。12日、長崎市、整備工事を一時中断することを明らかにする。
0509 長崎市、遺骨や被爆かわらが出土した爆心地公園の護岸工事を、被爆資料を現地保存して公開するため計画変更することを決める。
0509? 建設省による広島市の原爆ドームの護岸整備工事現場で表面の焼けたかわらや学生服の陶製ボタンなど100キロ以上の遺物が出る。
0615 長崎市、市営ラグビー・サッカー場改築工事に伴う試掘調査で被爆がわらなど約40点を見つける。
0617 原爆ドーム対岸の親水護岸工事を行っている中国地建と工事関係者ら、工事中に見つかった被爆がわら約4000点の慰霊式を実施。18日、原爆資料館に寄贈。22日、完成式を挙行。
1997
0505? 愛媛県菊間町に開館予定の「かわら館」に広島原爆資料館から同町で作られた被爆瓦が永久貸与されるこことなる。22日、引き渡される。
1998
0815 広島市内在住の被爆者・船井洋治、被爆した「唐獅子瓦」を広島市の原爆資料館に寄贈。

 

 

平和への教育 広島の初等教育

『平和への教育 広島の初等教育 全国連合小学校長会総会広島大会記念号』(広島市小学校長会、19560529)

小学校長会1956
小学校長会1956b
裏表紙のロゴ(原子力?)に注目

目次

章節 タイトル 備考
序詞 平和の聖地
1 原爆までの広島
1-1 広島のはじまり
1-2 城下町
1-3 近代都市
1-4 軍都
1-5 教育の都
1-6 小学校教育のあゆみ
2 原爆の日の広島
2-1 原子雲
2-2 原子砂漠
2-3 学校の壊滅
3 原爆からの広島
3-1 混迷より模索へ
3-2 模索より開眼へ
3-3 開眼より展開へ
4 進みゆく広島
4-1 大広島への動き
4-2 小学校教育のすがた
結び 平和を求めて

白島小学校

広島市立白島小学校

資料

資料名 年月日
『白島 創立70周年記念誌 1972』 19721201
『2001年の学校は[白島小学校100周年のころ] 広島市立白島小学校創立70周年記念誌追加号』 1972
『てんま 創立100周年記念誌 1973』(広島市立天満小学校) 19740501