広島大学平和科学研究―センター・原爆放射能医学研究所・広島大学文書館(共催)「第16回広島国際シンポジウム 広島の黒い雨と関連する課題」。開催日:20110112
情報元:広島大学平和科学研究センター”NEWSLETTER”2011年
広島大学平和科学研究―センター・原爆放射能医学研究所・広島大学文書館(共催)「第16回広島国際シンポジウム 広島の黒い雨と関連する課題」。開催日:20110112
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被爆者問題シンポジウム―被爆者調査をめぐって
開催日:1988年11月28日
場所:日本都市センター会議室
主催:日本原水爆被害者団体協議会
『報告書 被爆者問題シンポジウム―被爆者調査をめぐって』(日本原水爆被害者団体協議会発行)
シンポジウム:原爆被害と援護問題
日時:1983年8月7日
場所:広島市社会福祉センター
主催:「原爆被害と援護問題」シンポジウム世話人会
| 田村和之 | 開会のあいさつ |
| 小川政亮 | 被爆者援護の法理 |
| 湯崎稔 | 原爆被害者援護問題への課題 ー「基本懇」答申の問題をめぐって一 |
| 河合幸尾 | 被爆者援護と社会保障 |
| 若林節美 | 被爆者行政の現状と限界 |
日本科学者会議広島県支部(JSAH) 1966年6月25日創立
関連資料
| 資料名 | 発行年月日 | 備考 | |
| 日本科学者会議広島県支部ニュース | 19820621~ | No.37~ | |
| 地域と科学者(機関誌) | 197501~ | No.1~ | |
止
公開シンポジウム「核開発の国際史―各時代の幕開けにおける科学者の社会的責任―」(日時:2003年8月10日、 会場:広島平和記念資料館メモリアルホール)
国際シンポジウム「20世紀における戦争・冷戦と科学・技術―国際共同研究の展望―」(日時:2005年10月2日、会場:広島市まちづくり市民交流プラザ内マルチメディア・スタジオ)
記録
『”戦争と科学”の諸相 原爆と科学者をめぐる2つのシンポジウムの記録』(広島大学総合科学部…編、市川浩・山崎正勝責任編集、丸善株式会社)
非核の政府を求める広島の会 1987年6月13日結成
略年表
| 年月日 | 事項 |
| 19870613 | 結成総会。 |
| 19870720 | 非核の政府を求める広島の会ニュース第1号発行。 出典:『非核・ヒロシマの声』) |
| 19880618 | 第2回総会 |
| 19880713 | 第1回学習講座。講師=大森正信広島大学教授 |
| 19890624 | 第3回総会 |
| 19900714 | 『非核・ヒロシマの声』(非核の政府を求める広島の会、19900714)刊 |
広島学講座(創価学会) 1989年2月~
| 第1回 | 1989年2月 | 広島県民俗学会常任理事 | 神田三亀男 | 途上採集からみた広島学 |
| 第2回 | 1989年3月 | 中国新聞社論説主幹 | 大牟田稔 | 平和のための広島学 |
| 第3回 | 1989年4月 | 広島女性史研究会代表 | 北西英子 | ヒロシマの女たち |
| 第4回 | 1989年6月 | 比治山女子短期大学助教授 | 宇野憲治 | 竹西寛子の「管弦祭」を読む |
| 第5回 | 1989年9月 | 広島ユネスコ協会会長 | 河村盛明 | ひろしま文学紀行 |
| 第6回 | 1989年12月 | 広島大学文学部助教授 | 岸田裕之 | 戦国時代の領主連合 |
| 第7回 | 1989年12月 | 広島大学教育学部助教授 | 町博光 | 今、広島弁がおもしろい<上> |
| 第8回 | 1990年3月 | 毎日新聞広島支局記者 | 小松健一 | ヒロシマを取材して |
| <以下未入力> | ||||
| 出典:http://www.pv-hiroshima-soka.jp/activity/lecture/backnumber/ | ||||
青年平和文化講座(創価学会) 1973年~
http://www.pv-hiroshima-soka.jp/activity/lecture/backnumber/
| 年月 | 講師 | 肩書(当時) | テーマ |
| 197308 | 原田東岷 | 外科医 | ヒロシマの外科医として |
| 197404 | 伊藤満 | 創価大学教授 | 人権と平和 |
| 197608 | 熊田重克 | 中国新聞論説副主幹 | 現代における核の状況 |
| 197608 | 丸山益輝 | 広島大学教授 | 広島の青年の役割 |
| 198003 | 今堀誠二 | 広島女子大学学長 | 私にとってのヒロシマ |
| 198004 | 畑博行 | 広島大学教授 | 日本と平和主義 |
| 198007 | 高橋昭博 | 原爆資料館館長 | 私の被爆体験と広島の心 |
| 198203 | 熊田重克 | 中国新聞論説主幹 | 広島と沖縄を結ぶ想像力 |
| 198302 | 豊永恵三郎 | 広島電機大学付属高校教諭 | 朝鮮・韓国人被爆者と私達 |
| 198308 | 深川宗俊 | 歌人 | 朝鮮・韓国の被爆者 |
| 198310 | 伏見康治 | 元日本学術会議会長 | 地平から平和の巨塔を |
| 198404 | 日隈健壬 | 広島修道大学教授 | 21世紀の広島が見える |
| 198408 | 北西允 | 広島大学教授 | 反核・平和運動の状況と展望 |
| 198503 | 磯野恭子 | 山口放送テレビ制作部次長 | 生命(いのち)の鼓動を伝えて |
| 198504 | 山田浩 | 広島大学教授 | これからの平和問題と私達 |
| 198603 | 片岡徳雄 | 広島大学教授 | いま、教育の原点を考える |
| 198706 | 川本義隆 | 原爆資料館館長 | 世界のヒロシマ 使命と責任 |
| 198709 | 大野允子 | 児童文学作家 | あなたへのメッセージ |
| 198711 | 秋葉忠利 | 広島修道大学客員教授 | ヒロシマの心と広島に住む若者の役割 |
| 198802 | 小倉桂子 | HIP代表 | 一人の力が平和の万波に |
| 198805 | 二宮皓 | 広島大学助教授 | 世界のなかのヒロシマ |
| 198809 | 目瀬守男 | 岡山大学教授 | 地域活性化と青年の役割 |
原爆被害者証言のつどい
1982年8月6日
久保浦寛人「『原爆被害者証言のつどい』について」(ヒバクシャ-ともに生きる1号)抄
一九八二年八月六日、三十七回の原爆の日を迎え広島で行なわれた原水爆禁止世界大会の関連行事の一つとして私達は、「原爆被害者証言のつどい」を開催いたしました。被爆体験者五十名の出席をいただき、全国から三○○人に及ぶ一般の参加者を迎え、約四時間にわたって、証言及ぴ被爆実体の継承のための対話集会をひらき、非常に強い反応をいただく事ができました。当日、不自由な身体を押して、このつどいに参加して下さった被爆者の皆さん、また、その被爆体験を熱心に聞いて下さった市民の皆さん、本当に有難うございました。小さくともいい、社会のために何かができたと言う心の張りと湧き出た力は、きっと将来に向っての活動の展開に大きな勇気付となったのではないかと思います。皆さんとともに有意義な一日を過す事ができた事を心からよろこんでおります。
この証言のつどいは、「原爆被害者相談員の会」を母体とし、その中の一部会として新しく誕生した被爆体験者グループでございます。今回の行事は、「相談員の会」は勿論、「被爆者家庭訪問をすすめる会」あるいは、「平和を語る青年のつどい」の方々によって構成された、証言のつどい実行委員会の支援を受けて開催したものでございます。「証言のつどい」などと言えば如何にも固苦しく聞こえますけれども、実際には全く逆で、草の根運動を目指し、市民の方々どなたでも気軽に参加していただける、肩の凝らない、くだけた茶の間の座談会と言うイメージとしました。十人から十五人の小グループを一単位として編成し、素朴で率直でしかも真剣味のある対話集会を心掛け、被爆者と参加者のふれあいをも大切にしながら、被爆体験について自由な討議を重ね、真実を十分汲み取っていただけるよう工夫したつもりでございます。今や反核運動は大きなうねりとなって世界にその輪を拡げつつありますが、まだまだその実体は認識されているとは言えません。戦後すでにご三十七年を経て被爆者は次第に高令化し、その数も年とともに減少の一途を辿りつつあります。戦争を知らない世代への転換 期を控えて、被爆体験の若い世代への継承は今を置いて二度とチャンスはないだろうと思います。私達は今強くあせりを感じております。
年表
| Y | M | D | NEWS1 |
| 83 | 08 | 06 | 原爆被害者証言のつどい、広島市で開催。「原爆被害者証言のつどい」実行委員会主催、約300人参加。 |
| 84 | 08 | 05 | 原爆被害者証言のつどい、広島市で開催。 |
| 84 | 11 | 13 | 第5回「原爆犠牲者にささげる音楽の夕べ」(8月6日於広島市)実行委員会、同「夕べ」収益金の一部を「原爆被害者証言のつどい」に寄贈。 |
| 86 | 04 | 26 | 「原爆被害者証言のつどい」、アリス・ハーズ平和賞を受賞。同「つどい」は、1982年に、原爆被害者相談員の会の呼びかけで発足。 |
| 87 | 08 | 06 | 「原爆被害者証言のつどい」(原爆被害者相談員の会など主催)、広島市で開催(約 500人参加)。 |
| 87 | 11 | 21 | 被爆者グループ「原爆被害者証言のつどい」、中曽根前首相句碑撤回運動を進めていくことを決定。 |
| 88 | 08 | 06 | 原爆被害者証言のつどい(原爆被害者相談員の会など主催)、広島市で開催(約350人参加)。 |
| 89 | 04 | 17 | 「原爆被害者証言のつどい」、広島赤十字・原爆病院NO被爆病棟を保存するよう同病院に要請書を送付。 |
| 89 | 07 | 15? | 原爆被害者相談員の会、8月6日の「原爆被害者証言のつどい」での証言のビデオ保存を決定、ビデオ撮影作業などのボランティアを募集。 |
| 89 | 08 | 06 | 「原爆被害者証言のつどい」(原爆被害者相談員の会など主催)、広島市で開催。全国の高校生・大学生ら(約300人)、30人の被爆者による体験談を聴取。 |
| 89 | 12 | 11 | 原爆被害者相談員の会、会報「ヒバクシャ―ともに生きる」第八号(B5,76ページ)を発刊。8月6日に開催された「証言のつどい」特集を収録。 |
| 91 | 08 | 06 | 8・6原爆被害者証言のつどい、広島YMCAで開催(約300人参加)。28人の被爆者が、被爆体験を発表。 |
| 92 | 05 | 21 | 原爆被害者証言のつどい、県被団協など8団体、富重守広島赤十字・原爆病院長に会い、部分保存でも同病院の旧本館を残すよう申し入れる。[原爆遺跡] |
| 93 | 08 | 06 | 原爆被害者証言のつどい、広島YMCAで開催。26人の被爆者の体験談を約500人が聴取。 |
| 95 | 07 | 16 | 広島市竹屋公民館、「碑めぐりウオーク」を実施。久保浦寛人「原爆被害者証言のつどい」代表が解説。約20人が参加。 |
| 95 | 08 | 06 | 原爆被害者証言のつどい、広島YMCAで開催。27人の被爆者が証言。350人が参加。14回目。 |
| 95 | 08 | 10? | 原爆被害者相談員の会(「被爆者とともに」)・原爆被害者証言のつどい(「ForアスSHOGEN」)・広島医療生協原爆被害者の会(「ピカに灼かれて」)、それぞれ記録集や原爆体験記を出版。 |
| 96 | 08 | 06 | 原爆被害者相談員の会など、原爆被害者証言のつどいを広島YMCAで開催。 |
| 96 | 08 | 06 | 「原爆被害者証言のつどい」、広島YMCAで開催。約270人が27人の被爆者の体験を聴く。全体会で舟橋喜恵広島大学教授がウクライナ・キエフ市でのチェルノブイリ原発事故被災者の聞き取り調査の結果を報告。 |
| 98 | 08 | 06 | 原爆被害者相談員の会、「ヒバクシャと語ろう原爆被害者8・6証言のつどい」、広島YMCAで開催。被爆者26人の体験を小グループに分かれ、約200人が聴取。 |
8・6原爆被害者証言のつどい
| 回 | 年 | 備考 |
| 39 | ||
| 40 | 2021 | |
| 41 | 2022 | コロナ禍、全体会は中止、午後「被爆者の証言」のみ実施。 |
| 42 | 2023 | |
止
広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会
1975年11月日設立
私たち広島で被爆者福祉に従事するケースワーカーは、1975年11月、被爆者相談を充実させるために広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会を発足させ、被爆者のおかれている実態、被爆者のかかえる問題を解決するためのケースワーカーの役割・方法について検討を重ねてきました。その一環として、1977年8月に開催された「NGO国際シンポジウム」の社会科学調査に参加し、30人の被爆者の生活史調査を行ないました。この調査から、原爆が人間にもたらした「いのち・くらし・こころ」にわたる全体破壊の深刻な実相を知らされ、生命をおかされながらも、被爆者として生き抜こうとする被爆者の姿から生きることの尊さを教えられました。そして、被爆体験を語ろうとしない被爆者、語ることのできない被爆者の数多いことを知り、被爆者にかわって、被爆の実相を人びとに伝えることの責任を強く確認しあいました。
1978年12月、広島で開催された第1回原爆問題総合研究会において、ケースワーカーの立場から”原爆孤児であり、ガンとたたかう被爆婦人の苦悩”を報告し、今もなお生命を、そして心をおかしっづけている原爆被害の持続性、それに苦闘しながら、なお被爆者として生きようとする姿は、多くの人びとの感動を呼びました。そしてその報告がきっかけとなって、広島のケースワーカーによる生活史調査をもとにしたこの証言集が生まれました。
出典:「はしがき」(『三十五年目の被爆者』)
宇吹に届いた「研究会のご案内」に見る研究会開催状況
| 時 | ところ | 報告者 | 内容 |
| 19800216 | 広島市民病院 | 若林節美 | 研究会活動をふりかえって―ケースワークにおける生活史把握の意味の模索 |
| 三村正弘 | 原子爆弾被爆者対策基本問題懇談会取り組みについて | ||
| 19800322 | 広島市社会福祉センター | 富岡啓子 | レポート報告(栗原淑江”被爆者にみる原爆体験の思想化”、石田忠”<原爆>と人間”―社会調査における生活史把握の意義”) |
| 三村正弘 | 被爆者相談のための問答集について | ||
| 石田明 | 35周年の節目にたって―全国孤老の調査についての問題提起<全国被爆教師の会会長> | ||
| 19800426 | 広島市社会福祉センター | 大野勇夫 | 生活史調査と医療福祉援助<淑徳大学> |
| 石田明 | 35周年の節目にたって | ||
| <以下の発信者は「広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会」から「広島原爆被害者問題研究会」に変化> | |||
| 19800628 | 社会福祉センター | 高橋文枝 | 事例研究「助成孤老被爆者と面接」<神田山荘> |
| 石田明 | ユネスコ世界軍縮教育会議報告「被爆者問題研究の継承の課題」<平和教育研究所> | ||
| 19800726 | 社会福祉センター | 阿左美信義 | 被爆者援護法制定の意義及び動向について<広島法律事務所弁護士> |
| 牧村美枝子 | 老人ホームで生活する原爆孤老の面接から<桧田病院ケースワーカー> | ||
| 19801018 | 広島市民病院 | 三村正弘 | 研究発表「未解放部落の被爆者」<福島生協病院> |
| 正田恵子 | 事例研究「地域で生活する原爆孤老」<放射線影響研究所> | ||
| 19801220 | 社会福祉センター | 塚本弥生ほか | 「被爆者援護法はどうあるべきか」―基本懇答申の評価と課題―<塚本弥生(広島市民病院)・江崎須賀子(広島市民病院)・若林節美(広島原爆病院)> |
| その他「1980年をふりかえって」 | |||
| 19810221 | 社会福祉センター | 江崎須賀子 | 民間被爆者相談事業について(広島市民病院) |
| 三村正弘 | 同上<福島生協病院> | ||
| 塚本弥生 | 事例研究「認定却下に対し異議申し立てをしたマキさんの事例」(広島市民病院) | ||
| 19800328 | 社会福祉センター | 加藤礼子 | 認定申請に伴なう問題点について<広島赤十字病院> |
| 民間被爆者相談事業について | |||
| 19810418 | 社会福祉センター | 田村和之 | 被爆者援護法の法的意味について<広島大学総合科学部> |
| 伊藤直子 | 中央相談所の相談事業と課題<相談員> | ||