広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会
1975年11月日設立
私たち広島で被爆者福祉に従事するケースワーカーは、1975年11月、被爆者相談を充実させるために広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会を発足させ、被爆者のおかれている実態、被爆者のかかえる問題を解決するためのケースワーカーの役割・方法について検討を重ねてきました。その一環として、1977年8月に開催された「NGO国際シンポジウム」の社会科学調査に参加し、30人の被爆者の生活史調査を行ないました。この調査から、原爆が人間にもたらした「いのち・くらし・こころ」にわたる全体破壊の深刻な実相を知らされ、生命をおかされながらも、被爆者として生き抜こうとする被爆者の姿から生きることの尊さを教えられました。そして、被爆体験を語ろうとしない被爆者、語ることのできない被爆者の数多いことを知り、被爆者にかわって、被爆の実相を人びとに伝えることの責任を強く確認しあいました。
1978年12月、広島で開催された第1回原爆問題総合研究会において、ケースワーカーの立場から”原爆孤児であり、ガンとたたかう被爆婦人の苦悩”を報告し、今もなお生命を、そして心をおかしっづけている原爆被害の持続性、それに苦闘しながら、なお被爆者として生きようとする姿は、多くの人びとの感動を呼びました。そしてその報告がきっかけとなって、広島のケースワーカーによる生活史調査をもとにしたこの証言集が生まれました。
出典:「はしがき」(『三十五年目の被爆者』)
宇吹に届いた「研究会のご案内」に見る研究会開催状況
時 | ところ | 報告者 | 内容 |
19800216 | 広島市民病院 | 若林節美 | 研究会活動をふりかえって―ケースワークにおける生活史把握の意味の模索 |
三村正弘 | 原子爆弾被爆者対策基本問題懇談会取り組みについて | ||
19800322 | 広島市社会福祉センター | 富岡啓子 | レポート報告(栗原淑江”被爆者にみる原爆体験の思想化”、石田忠”<原爆>と人間”―社会調査における生活史把握の意義”) |
三村正弘 | 被爆者相談のための問答集について | ||
石田明 | 35周年の節目にたって―全国孤老の調査についての問題提起<全国被爆教師の会会長> | ||
19800426 | 広島市社会福祉センター | 大野勇夫 | 生活史調査と医療福祉援助<淑徳大学> |
石田明 | 35周年の節目にたって | ||
<以下の発信者は「広島原爆被害者問題ケースワーカー研究会」から「広島原爆被害者問題研究会」に変化> | |||
19800628 | 社会福祉センター | 高橋文枝 | 事例研究「助成孤老被爆者と面接」<神田山荘> |
石田明 | ユネスコ世界軍縮教育会議報告「被爆者問題研究の継承の課題」<平和教育研究所> | ||
19800726 | 社会福祉センター | 阿左美信義 | 被爆者援護法制定の意義及び動向について<広島法律事務所弁護士> |
牧村美枝子 | 老人ホームで生活する原爆孤老の面接から<桧田病院ケースワーカー> | ||
19801018 | 広島市民病院 | 三村正弘 | 研究発表「未解放部落の被爆者」<福島生協病院> |
正田恵子 | 事例研究「地域で生活する原爆孤老」<放射線影響研究所> | ||
19801220 | 社会福祉センター | 塚本弥生ほか | 「被爆者援護法はどうあるべきか」―基本懇答申の評価と課題―<塚本弥生(広島市民病院)・江崎須賀子(広島市民病院)・若林節美(広島原爆病院)> |
その他「1980年をふりかえって」 | |||
19810221 | 社会福祉センター | 江崎須賀子 | 民間被爆者相談事業について(広島市民病院) |
三村正弘 | 同上<福島生協病院> | ||
塚本弥生 | 事例研究「認定却下に対し異議申し立てをしたマキさんの事例」(広島市民病院) | ||
19800328 | 社会福祉センター | 加藤礼子 | 認定申請に伴なう問題点について<広島赤十字病院> |
民間被爆者相談事業について | |||
19810418 | 社会福祉センター | 田村和之 | 被爆者援護法の法的意味について<広島大学総合科学部> |
伊藤直子 | 中央相談所の相談事業と課題<相談員> | ||