資料年表:伊藤正子(いとう・まさこ)<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1892 | ||
| 10 | 広島県御調郡坂伊原村で誕生 | |
| 1954 | ||
| 0625 | 村上哲夫『ながれ』(発行所:村上哲夫後援会、1954年6月25日) | |
| 気丈な婦人代表 広島市婦人連合会長 | ||
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| 1968 | ||
| 0426 | 『20年のあゆみ』(広島市千田婦人会、19680426) | |
| 1980 | ||
| 0113 | 宇吹の聞き取りメモ(1980年1月31日) | |
| お宅で面会。戦災供養会・平和式典などについて。 | ||
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
資料年表:伊藤正子(いとう・まさこ)<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1892 | ||
| 10 | 広島県御調郡坂伊原村で誕生 | |
| 1954 | ||
| 0625 | 村上哲夫『ながれ』(発行所:村上哲夫後援会、1954年6月25日) | |
| 気丈な婦人代表 広島市婦人連合会長 | ||
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| 1968 | ||
| 0426 | 『20年のあゆみ』(広島市千田婦人会、19680426) | |
| 1980 | ||
| 0113 | 宇吹の聞き取りメモ(1980年1月31日) | |
| お宅で面会。戦災供養会・平和式典などについて。 | ||
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『続・母を語る 広島のトップを育てた42人の母』(請川洋一、春秋社、19950228)
内容
| 橋口収(広島商工会議所会頭) | 序にかえて |
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|
| 石田暁識 | |
| 佐々木彰 | |
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|
| 田部節夫 | |
| 冨士谷良三 | |
| 藤平進 | |
| 俣野千寿男 | |
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|
| 矢野清次郎 | |
| 山下三郎 | |
| 吉川英司 | |
| 請川洋一 | あとがき |
止
『母を語る 広島のトップを育てた母』(請川洋一、春秋社、19910710)
内容
| 竹下虎之助(広島県知事) | 序文にかえて |
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|
| 粟屋敏信(衆議院議員) | |
| 鵜野俊雄(ヒロテック取締役社長) | 「心臓病にも負けず、原爆にも負けなかった」 |
| 加藤誠蔵 | |
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|
| 河尻清 | |
| 桜井親 | |
| 城智彦 | |
| 新宅勝文 | |
| 住田一也 | |
| 田中登志子 | <平田漆器に言及> |
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|
| 田中渉 | |
| 堤田英雄 | |
| 永井正三郎 | |
| 中野彦三郎 | |
| 仁井賢治 | |
| 二宮実 | |
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|
| 柚崎博 | |
| 請川洋一 | あとがき |
止
『わが非暴力 藤井日達自伝』(藤井日達著・山折哲雄編、春秋社、1992/05/20)
内容<作業中>
| 篇 | 見出し | |
| 1 | 試煉 | |
| 生い立ち 2 出家の動機 8 大崎遊学 13 京都遊学 19 1年志願兵 24 法隆寺での参学と焼身 27 健仁寺で参禅 33 堅田の教会所開設 38 比良山での断食 47 桃尾の滝で断食 52 北陸路の信心問答 57 宮城・二重橋での撃鼓宣令 62 |
||
| 2 | 激動 | |
| 母危篤-朝鮮へ急行 66 満州開教と寒行 70 関東庁の妨害と日蓮宗の横槍 77 日本山妙法寺の誕生82 北支開教-天津・北京 86 関東大震災-帰国 91 富士山麓に日本山妙法寺誕生 98 東京開教-葉山でのご祈念 99 熱海開教-西天開教の原点 105 那須開教の因縁 113 十字街頭で辻説法 116 |
||
| 3 | 転身 | |
| 母の死と西天開教への出立 120 インド上陸-還来帰家 126 セイロン行脚 133 ガンジーと対面 139 お仏舎利の感得 148 陸海軍へお仏舎利奉呈 154 中国人との接触 160 日中戦争と日本山 163 インパール作戦と日本山 169 満州・朝鮮伝道-敗戦 174 |
||
| 4 | 開華 | |
| 花岡山にお仏舎利塔建立 180 戦後のインドと日本山 189 王舎城の仏教復興-戦前 193 王舎城の仏教復興-戦後 198 清澄山にお仏舎利塔建立 214 王舎城宝塔落慶供養とオリッサ開教 219 砂川闘争と日本山 227 三里塚闘争と平和運動 232 シーク教徒とヒッピー族-布施の精神 239 インドの新仏教徒 248 非暴力思想とお仏舎利塔建設 251 |
||
| 年譜 | ||
| あとがき | ||
止
『日本農民組合結成50周年記念講演会―広島藩・福山藩幕藩体制下の農民闘争』レジメ
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| 道重哲男(島根大学教授)「福山藩・天明一揆について」 |
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『戦後アメリカの世界政策と日本』(山田浩 著、法律文化社、1967/01/10)
内容
| 章 | 節 | |||
| はしがき | ||||
| 1 | アメリカの世界政策と対日占領政策…1 | |||
| 1 | 大戦直後におけるアメリカ世界政策の基調…1 | |||
| 一 第二次世界大戦と冷戦…1 二 冷戦政策の展開…7 三 過渡期のバーソズ外交…11 |
||||
| 2 | 戦後の極東政策の動向…17 | |||
| 一 ヨーロッパ第一主義と中国第一主義…17 ニ アメリカの中国政策…19 |
||||
| 3 | 戦後初期の対日占領政策…25 | |||
| 一 対日占領体制の特質…25 二 初期占領政策の展開とその背景…31 三 民主化政策の限界…35 |
||||
| 4 | 〈封じこめ〉政策の確立…44 | |||
| 一〈封じこめ〉政策の特徴…44 二〈封じこめ〉の国内的条件…47 三 超党派外交と新孤立主義…50 四〈封じこめ〉の軍事戦略…58 |
||||
| 5 | 対日占領政策の転換…67 | |||
| 一 日本独占復活方針の確立…67 二 独占復活政策の推進…69 三 占領政策をめぐる対立の変化と〈条約なき平和〉…75 |
||||
| 2 | 朝鮮戦争とアメリカの世界政策および対日講和…81 | |||
| 1 | 朝鮮戦争前における政策的混乱…81 | |||
| 一 軍事政策の停滞…81 二 紛糾する中国政策…87 三 対日政策をめぐる混乱…95 四 南朝鮮政策と朝鮮戦争…100 |
||||
| 2 | 戦争勃発後の世界政策の動向…105 | |||
| 一 経済軍事化の進行…105 二 朝鮮戦争下の新孤立主義とマッカーシズム…108 三 朝鮮戦争と軍事戦略上の問題…111 四 マッカーサー罷免と世界政策をめぐる論争…115 五 台湾政策の変化と朝鮮休戦…123 |
||||
| 3 | 朝鮮戦争と対日講和…129 | |||
| 一 日本の軍事的意義と対日講和…129 二 対日講和と旧連合諸国の態度…134 三 対日講和と日本経済…137 |
||||
| 3 | ニュー・ルック戦略と対日政策…142 | |||
| -アイゼソハワー政権下の世界政策と日本(一)- | ||||
| 1 | -アイゼソハワー政権下の世界政策と日本(一)- | |||
| 一 アイゼンハワー政権の誕生…142 二 アイク政権と新孤立主勢力…144 三 最高潮のマッカーシズムとその退潮…147 四 均衡予算主義と国防支出…153 |
||||
| 2 | ニュー・ルック戦略の特徴…160 | |||
| 一 戦略核空軍力の重視と阻止戦略の確立…166 二 軍事同盟および局地戦対策…166 三 政策的積極性と冒険性…169 |
||||
| 3 | ニュー・ニュー・ルック戦略と諸種の戦略論争…174 | |||
| 一 陸軍の批判と戦略空軍力論争…174 ニ スプートニク成功の衝撃とミサイル・ギャップ論争…180 三 局地核戦争論をめぐる論議…188 |
||||
| 4 | ニュー・ルック戦略下のアジア政策…197 | |||
| 一 アジア政策の一般的特徴…197 二 アメリカのインドシナ戦争対策…201 三 台湾海 紛争と大陸沿岸諸島…204 |
||||
| 5 | アイク政権の対日政策…209 | |||
| 一 対日経済政策…209 二 対日軍事政策…213 三 鳩山内閣とアメリカ…220 |
||||
| 4 | 平和共存とアメリカの世界政策および対日政策…226 | |||
| -アイク政権下の世界政策と日本(二)- | ||||
| 1 | 平和共存とニュー・ルック戦略…226 | |||
| 一 共存路線の抬頭…226 ニ アイク政権と平和共存路線…230 三〈雪どけ〉の進行とアメリカ…232 四 対外援助政策と軍縮問題…233 |
||||
| 2 | 核ミサイル時代の開幕と平和共存…240 | |||
| 一 西欧諸国の動揺と〈兵力ひき離し〉構想…240 二 アイク政権になる共存路線への接近…245 三 緊張緩和の高まりと国内情勢…247 |
||||
| 3 | 緊張緩和への反撃とその崩壊…253 | |||
| 一 国際的冷戦勢力と〈産軍相互依存体制〉…253 二 ミサイル・ギャップ論争の再燃と政府批判…256 三 アイク政権と緊張緩和の崩壊…261 |
||||
| 4 | 平和共存とアメリカ極東政策…266 | |||
| 一 台湾海峡紛争の再燃…266 二〈二つの中国〉論の拾頭とアイク政権…268 三 核ミサイル時代の極東軍事戦略…270 |
||||
| 5 | 緊張緩和と対日政策…273 | |||
| 一 岸内閣とアメリカ…273 二 安保改定をめぐる政治軍事的問題…277 三 安保改定の経済問題…281 |
||||
| 5 | ケネディ政権の世界政策と対日政策…285 | |||
| 1 | ケネディ政権の成立とその性格…285 | |||
| 一 ケネディ政権のリベラル勢力…285 二 ケネディ政権の財政金融政策…289 三 議会と右翼勢力の拾頭…292 |
||||
| 2 | ケネディ政権の〈大戦略〉…289 | |||
| 一 対兵力戦略とマクナマラ体制…299 二 対兵力戦略への批判と現実…306 三 多角的核戦力をめぐる諸問題…311 四 局地戦対策の重視と転換…315 |
||||
| 3 | 対外政治・経済政策の諸特徴…320 | |||
| 一 「決意」と「選択」…320 二 軍備管理政策をめぐる評価…324 三 中ソ対立をめぐるアメリカの政策…330 四 対外経済およ対外援助政策…334 |
||||
| 4 | ケネディ政権の中国政策…341 | |||
| 一 く二つの中国>論をめぐる検討…341 二 対中国接近から〈封じこめ〉へ…343 |
||||
| 5 | ケネディ政権の対日政策…348 | |||
| 一 対日政策におけるく深みのある外交×…348 二 日中関係と日韓国交回復…351 三 対日軍事政策…355 四 対日経済政策…360 |
||||
止
吉野源三郎
| よしの・げんざぶろう | 18990409生19810523没 | 享年82歳 | 雑誌「世界」初代編集長。日本ジャーナリスト会議初代議長(1955年2月19日)。「被爆30周年国際フォーラム」の代表世話人。1977被爆国際シンポ日本準備委員会結成呼びかけ人。 |
止
岡本直正
| おかもと・なおまさ | 1921生20120523没 | 岡本直正 | 享年91歳 | 広島大学原爆放射能医学研究所所長(第3代 1970.4.1~1977.3.31)。 |
資料年表:岡本直正<作業中>
| 年月日 | |||
| 1921 | 生 | ||
| 1967 | |||
| 0330 | 岡本直正 「放射線被爆が胎児に及ぼす影響 -中性子照射による心臓並びに大血管系の形成異常 」(『原子爆弾後障害研究会講演集 第7回』218) | ||
| 1969 | |||
| 0620 | 岡本直正「原爆症認定の問題点 病理の立場より」(『原子爆弾後障害研究会講演集 第9回』22) | ||
| 1970 | |||
| 0401 | 広島大学原爆放射能医学研究所所長(~1977.3.31)。 | ||
| 19730806 | 『原爆の記録ヒロシマ―米国返還資料から』(中国新聞社) | ||
| 「人体傷害」(岡本執筆) | |||
| 1977 | |||
| 0910 | 『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会) | ||
| 岡木直正「原爆放射能医学研究所における将来計画と協同研究への歩み」61 | |||
| 2012 | |||
| 0523 | 没 |
止
『小さな窓から』(新藤兼人著、朝日新聞社、1985/09/05)
内容<作業中>
| 頁 | |||
| 009 | 夫婦とは 9 | ||
| 012 | 男と女 | ||
| 15 | 台所革命 | ||
| 18 | 母の思い出 | ||
| 21 | 加害者はだれか | ||
| 24 | 姉の地平線 | ||
| 27 | アメリカ製日本人 | ||
| 30 | ぜんそく考 | ||
| 33 | ある結婚 | ||
| 36 | 父の肖像 | ||
| 39 | 酔いどれ妻 | ||
| 42 | ライバル | ||
| 45 | 雪が舞う | ||
| 48 | 三匹の猫たち | ||
| 51 | ふり向いた女の目 | ||
| 54 | ある少女の出発 | ||
| 57 | 荷風忌 | ||
| 60 | 恩師 | ||
| 63 | 兄の生涯 | ||
| 66 | 家 | ||
| 70 | 足跡 | ||
| 74 | 三文役者 | ||
| 77 | 砂漠の中の森の町 | ||
| 80 | 青春の町 | ||
| 83 | 子どもたちよ | ||
| 87 | 生き証人 | ||
| 90 | 紫陽花のひと | ||
| 93 | ああ離婚 | ||
| 96 | 朝顔 | ||
| 100 | 原爆を落とした男 | ||
| 103 | 八月十五日 | ||
| 106 | 俺はあとでいいよ | ||
| 110 | 溝口忌 | ||
| 114 | 墓のある場所 | ||
| 117 | あるカメラマンの一生 | ||
| 120 | N君の仕事 | ||
| 123 | 竜安寺門前町 | ||
| 126 | 雨の日の朝 | ||
| 129 | 裏切りの心 | ||
| 132 | 無声映画の詩 | ||
| 135 | 栗ごはん | ||
| 139 | 私は脱がない | ||
| 143 | 遠足 | ||
| 146 | 風の中の三味線 | ||
| 149 | あなたに従います | ||
| 152 | めしを食ったか | ||
| 156 | 同窓会 | ||
| 159 | 現代風俗 | ||
| 162 | 結婚しない女 | ||
| 165 | 友ありて | ||
| 168 | 蔵の中 | ||
| 171 | 正月餅 | ||
| 175 | D氏の碑 | ||
| 179 | ふるさとの声 | ||
| 183 | 幕切れは | ||
| 187 | 縄文の足跡 | ||
| 190 | 人間の姿 | ||
| 194 | 女ひとり | ||
| 197 | あによめ | ||
| 201 | 役者根性 | ||
| 204 | おもちゃ | ||
| 207 | 水ぬるむ | ||
| 210 | ひいばあさん | ||
| 213 | はんてん | ||
| 216 | あとがき | ||
| 1984年1月8日~85年3月31日、連載。 | |||
止
資料年表:新藤兼人<作業中>
| 1912 | ||
| 0422 | 生 | |
| 1950 | ||
| 09 | 新藤監督:松竹映画「長崎の鐘」完成。 | C |
| 1952 | ||
| 0515 | 近代映画協会による「原爆の子」映画化。広島市で吉村公三(制作)、新藤兼人(脚本・監督)ら、「原爆の子友の会」メンバーと初打ち合わせ。 | C |
| 0707 | 原爆傷害者懇談会(広島市基町・朝日ホール)。新藤・乙羽信子らも出席。 | C |
| 08 | 「原爆の子友の会」、新藤監督の映画「原爆の子」制作に協力した会員5人を除名にするなど内紛。 | C |
| 1953 | ||
| 0429 | 「原爆の子」(新藤監督)、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞を逸す。 | C |
| 1956 | ||
| 0212 | 英映画協会、「原爆の子」(新藤監督)を1955年度世界優秀映画の国連賞受賞作品に決定。 | C |
| 1957 | ||
| 02 | 西ドイツで上映中の「原爆の子」(新藤監督)、反戦映画として軍当局に没収される。 | C |
| 1958 | ||
| 09 | 映画「第5福竜丸」(監督:新藤・主演:宇野重吉、乙羽信子)撮影中 | C |
| 1959 | ||
| 02 | 映画「第5福竜丸」(近代映画協会・新世紀映画の共同製作、監督:新藤)、広島市の帝劇で特別試写会。 | C |
| 1982 | ||
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第5号』 | |
| 有田嘉伸「 新藤兼人の人と作品 」 | ||
| 「新藤兼人資料目録」 | ||
| 1983 | ||
| 01 | 『追放者たち -映画のレッドパージ-』(岩波書店) | |
| 0310 | 『日本名作映画76選』(佐藤忠男著、広島市映像文化ライブラリー編、広島市教育委員会) | |
| 1985 | ||
| 0905 | 『小さな窓から』(朝日新聞社) | U |
| 1996 | ||
| 0614 | 『追放者たち -映画のレッドパージ-』(岩波書店 同時代ライブラリー) | |
| 1998 | ||
| 0220 | 『弔辞』(岩波新書、) | U |
| 1980 | ||
| 0315 | 『私の足跡 : 独立プロ三〇年のあゆみ(新藤兼人映画論集 1)』 (汐文社, 1980.3) | U |
| 1981 | ||
| 09 | 『仕事場の出会い : 監督とはシナリオとは女優とは(新藤兼人映画論集 2)』 (汐文社, 1981.9) | U |
| 1988 | ||
| 0420 | 『さくら隊散る』(未来社) | U |
| 0420 | 『さくら隊8月6日 広島で被爆した若き新劇人たち』(岩波ブックレット No.114) | U |
| 1993 | ||
| 1006 | 『青春 新藤兼人の足跡1』(岩波書店) | U |
| 2002 | ||
| 1103 | 文化勲章発令・宮中親授式 | |
| 2003 | ||
| 0411 | 「原爆の真実を残す 広島で90歳対談 映画監督・新藤兼人さん・元本社カメラマン・松重美人さん」(『中国新聞』20030411) | C |
| 2004 | ||
| 0721 | 『シナリオ人生』(岩波新書) | U |
| 2010 | ||
| 1220 | 『広島県現代文学事典』(岩崎文人編、勉誠出版)<佐藤武・記> | U |
| 2012 | ||
| 0529 | 没。享年100歳。 | |
| 0531 | 「新藤兼人監督が死去 反戦貫き人間愛描く 100歳」(『中国新聞』20120531、串信考・記) | |
| 2022 | ||
| 0413 | 広島市映像文化ライブラリー、新藤兼人生誕110年記念の特集上映開始。(『中国新聞』20220402) | |
止
『女たちの八月十五日』(相賀徹夫編、小学館、1985/08/01)
内容<作業中>
| 頁 | |||
| 勤労動員 | |||
| 重兼芳子 4 | 十七歳の特攻隊 | ||
| 郷静子 18 | 戦時下の女学生 | ||
| 教師として | |||
| 大村はま 32 | 千人針と学校工場 | ||
| 石牟礼道子 42 | 赤い苦瓜 | ||
| 戦時下の結婚 | |||
| 佐藤愛子 56 | 坩堝の中の女たち | ||
| 萩原葉子 69 | 苦しかった毎日 | ||
| 飢餓と耐之 | |||
| 原邦子 84 | 葦ヒロシマを歌いたい | ||
| 塚文子 100 | 戸飢えの記憶 | ||
| 松谷みよ子 114 | 軍国少女の敗戦 | ||
| 学童疎開 | |||
| 中川李枝子 130 | 家族一緒に暮らしたい | ||
| 疎開 | |||
| 早船ちよ 144 | 本を焚く | ||
| 官憲とのたたかい | |||
| 山代巴 162 | 仲間づくりと戦争 | ||
| 空襲 | |||
| 高木敏子 177 | 父、母、妹を失って | ||
| ヒロシマとナガサキ | |||
| 竹西寛子 192 | 時の縄 | ||
| 林京子 206 | 九日から十五日へ | ||
| その日“八月十五日” | |||
| 住井すゑ 220 | 愛する故に戦わず | ||
| 引揚げ | |||
| 藤原てい 236 | 新京脱出 | ||
| 吉田知子 252 | 父を残して引揚げる | ||
| 戦後の窮乏 | |||
| 田中澄江 267 | ゆきてかへらぬ | ||
| 上坂冬子 282 | 敗戦で得たもの | ||
| 次の世代へ | |||
| 大庭みな子 296 | 私をこう言わせるもの | ||
止
大庭みな子
| おおば・みなこ | 19301111生20070524没 | 享年76歳 | 作家。広島県立賀茂高等女学校在学中、原爆のきのこ雲を西条町より望見。8月末~9月、広島市に救援隊として動員される。『広島県現代文学事典』(瀬崎圭二・記) |
資料年表:大庭みな子<作業中>
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1930 | ||
| 1111 | ||
| 1972 | ||
| 0501 | 大庭みな子(芥川賞作家)、雑誌『潮』原爆特集の取材で広島市を訪問。 | C |
| 2007 | ||
| 0524 | 没。享年76歳 | |
| 2010 | ||
| 1220 | 「大庭みな子」(『広島県現代文学事典』〈瀬崎圭二・記〉、勉誠出版) | |
| 2016 | ||
| 0612 | 東広島青少年オーケストラ、「ひがしひろしま音楽祭」で、被爆の惨状をつづった大庭みな子のエッセイの朗読を取り入れた演目を上演。(『中国新聞』20160609、森岡恭子・記) | |
止
佐藤月二
| さとう・つきに | 19090215生19880522没 | 享年79歳 | 元広島大学教育学部教授。広島県史跡名勝天然記念物調査委員(1947年2月~)。1949年当時、原爆ド-ムの保存を主張。著書『むさしあぶみ』(溝本積善館、19720215)。 |
資料年表:佐藤月二<作業中>
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1909 | ||
| 0215 | 生 | |
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||
| 1988 | ||
| 0522 | 没 | |
止
『炎の墓標 被爆体験記』(〔双三郡〕三和町原爆被爆者友の会被爆体験編集委員会 編・刊、1984/08/06)
| 序にかえて……三和町被爆者友の会会長 村上弘 | |||
| 出版によせて……三和町長 冨野井利明 | |||
| 被爆体験記 | |||
| 1 | その朝わたしは広島で | ||
| 1.床屋の椅子に坐った途端に……戸政志六 1 2.牛田の山中に三日間かくれて……為平忠志 2 3.私の被爆体験を詩に託して……村上弘 3 4.学徒動員で被爆……坂田尚也 5 5.そのとき私は長崎で……広田進 6 6.長女三女も後遺症で逝く……金光村一 8 7.絶対に許せない憤り……前金茂 9 8.死んだ母の乳房にしがみつく乳児……細美数人 11 9.少年の日のショック……大平昭義 12 10.薬も包帯もない……広田正子 13 11.満身ガラスの破片で……笹岡寛 14 12.鶴見橋下へ飛び込んで……森村納 15 13.動員学徒の頭上に火の玉……伊藤トミコ 16 14.河土手で一週間暮らす……金光み弥 17 15.忘れるな.あの日の出来事……鍛治川道夫 18 16.少年の日の悲痛な思い出……前岡一敏 19 17.その日の救護活動……政岡義人 20 18.野宿して被爆者の治療に従事……長尾和子 20 19.原爆.あの日の記憶をたどって……毛利恭典 21 20.言語に絶する生き地獄……山田省三 22 21.戦争のない平和な社会を……今谷美代子 23 22.爆弾で皆んな死んだげなーと……近村春子 25 23.姉の声が耳に残る……信原妙子 26 24.学徒動員として……竹川義則 26 25.母と妹を失って……中田美智子 27 26.真赤に焼けた大砲のような物を見た……松山政子 28 27.意識を失って一か月……後藤アツコ 29 28.生き地獄から這い出て……宗末綾子 30 29.死体にガソリンをかけて……行政繁子 31 30.建物が頭上にのしかかって……梶川一女 32 31.歩きつづけて井原まで……大平春子 33 32.同僚をたづねて……光原哲夫 34 33.妻の安否を気遣いながら……大平高雄 35 34.可部線を横切って三滝へ……恒森徳 35 35.砂雨の中を逃げる……増井季子 36 36.一部始終をこの目で……渡辺聡 37 37.近距離の被爆……難波アサノ 38 37.おびえた長い一日……佐藤フジエ 39 39.後頭部の髪は抜けて……後藤初人 40 40.起きてみると隣の人は死んでいた……梶谷幸夫 41 41.被爆者の訴え……寺川年行 42 42.中隊毎に工兵隊近くの竹やぶに行け……松山定夫 43 43.体験を通して世界平和を祈る……光森一 44 44.背中に電気の焼けつく熱さを……佐藤連 45 45.主人を送り出して……為平房子 46 46.学校の運動場は火葬場と化す……藤原佐恵子 46 47.灰かぐらのように舞い上って……山崎益夫 47 48.防空壕で命拾い……長尾薫 48 49.隣家の親娘の手を引いて逃れたが……宍戸開・宍戸チエ子 49 50.旧福屋の一階で被爆……倉東亀雄 50 51.江波の三菱造船所で……広川武司 51 |
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| 2 | 安否をたずねて広島へ | ||
| 1.耳に灼きついたB29の爆音……石丸辰美 53 2.従姉の家族を捜し求めて……佐々木正人 55 3.元の職場は原爆ドーム……児玉美智子 57 4.軍人だった夫の影を求めて……田中モモヨ 58 5.思い出したくないあの日の出来事……大山八重子 59 6.疎開児童の親はいずこに……山本隆司 60 7.地獄のような光景だけが残る……曲田ハマヨ 61 8.重傷の隣人救援に馬車を挽いて……岡田益太郎 62 9.死者の山の間で一夜をすごす……日南義男 63 10.白骨の山に合掌……寺光忠之 64 11.被爆の姉.迎えの馬車上にて死す……実広守 64 12.義弟の遺骸を求めて……重信多作 65 13.兄弟の安否をたずねて……児玉盛円 66 14.知人を尋ねて……平田ハナエ 67 15.竹やぶの中に夫の部隊がいた……恒森カスミ 68 16.夫の骨と信じて持ち帰る……渡辺ハルヨ 68 17.妹の遺骸を捜し求めて……和泉清子 69 18.近所の娘さんの遺体を掘り出す……山本一男 70 19.被爆者の姿が忘れられない……本川英子 71 20.憲兵だった夫を捜し求めて……佐々木キミエ 71 21.近所の娘さんをさがして……佐々木コユミ 72 22.三滝分院の弟をたずねて……川崎忠志 73 23.夫の遺体を求めて四度五度……佐々木ヲアイ 74 24.兄をたずねて広島から庄原へ……森川艶子 75 25.義弟の安否をたずねたが……黒川フジコ 76 26.人類最大の悲劇……児玉福一 77 27.曳光性特殊高性能爆弾と発表……徳川清子 78 28.召集を受けて歩兵第二部隊入隊の朝……長尾和文 79 29.何も知らされず航空機部品を運んで……森川道子 80 30.一発の爆弾の威力……増田初一 81 31.三十八年間原爆症に苦しむ……後藤〓 [食部に誉] 81 32.夫を捜して劫火の中を……中村マサコ 82 33.知人をたずねて歩き廻る……行原ノブコ 83 34.交代勤務で直爆から免がれる……田上時夫 84 35.帰還兵を馬車で迎えに入前……後藤正俊 84 36.帰郷していたのが幸運……益田一枝 85 37.十六日.甲種合格入営の弟と共に……福原俊壮 86 38.一望焼野原と美しい安芸の小富士と……益田浅枝 87 39.無名の遺骨と共に供養塔に眠っている妹……木原二男 88 40.入隊の日は終戦の日であった……中丸正利 89 41.農繁休暇のお蔭で命ながらえて……細美半二 90 42.兄の再召集日は原爆の日……竹間スミ子 91 43.むすび・草履をもって義弟さがし……細美ヤス子 93 44.必死に救いを求める重傷者を見て見ぬふりして……土井毅 94 45.二日間日帰りで探し求めた主人は……塚本ハルミ 95 46.捜し求めた父との対面は火葬場で……間弓澄子 97 47.救いを求められても何もできなかった悲しさ……福間只四郎 100 48.思い出したくない.考えたくない……長尾緑 101 49.遺体の髪と袖を切り取って帰る……山本勝己 102 50.八月十四日召集令状で……渡辺光明 104 51.見ぬ人には話しにならぬ……平野忠之 105 52.原爆と私……時丸卓爾 105 53.原爆病院で死んでゆく友から……細美繁人 106 54.放心状態のある婦人の思い出……上岡武雄 107 55.捜し出して連れて帰った人は二日後には……山本利美 109 56.背中一面ざくろのようになった伯母……和田トモエ 110 57.今.母が死んだと泣きすがる妹……片岡貞子 111 58.学徒動員高女生に付き添って……難波護 113 |
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| 3 | 救援活動に従事して | ||
| 1.高射砲陣地から射撃命令を持つ……佐藤月二 117 2.勤労奉仕隊から被爆者救護へ……仁科美代子 119 3.ラバウルから帰って……上陰政義 120 4.着のみ着のままで救護活動を……岡野ミヨ子 121 5.被爆者を病院に運んで……岩見秋人 122 6.負傷者のうめく被爆地獄を歩き続けて……寺川調江 123 7.警防団出動命令により……谷重柳一 125 8.被爆死者を焼く苦悩……佐々木佐一 126 9.猛暑と悪臭の中の奉仕活動……水野義夫 127 10.警防団員として出動……松山春二 128 11.警備隊員として動員されて……渡辺頼己 128 12.軍の救援活動に参加して……今谷昇 129 13.海軍工廠から派遣されて……豊田丈三 130 14.会社の命令で救援に……矢井好 131 15.防衛隊の非常召集により救援に……山根静間 132 16.警備隊として救援に出動……児玉升雄 133 17.看議隊に属して……佐縁馬信子 134 18.農業会職員の救護活動……長尾博子 135 20.暑さと悪臭の中で……細美春江 136 21.いつもの通り迎えた朝なのに……小島文子 137 22.赤チンキで○印と×印……山崎正行 138 23.在郷軍人として被爆軍人の収容に……新川護 139 24.ダルマのようにふくれた死骸……栗橋鎮雄 140 25.生死の境に叫ぶ被爆者の食事を担当して……佐々木美佐子 141 26.重患から番号をつけて宇品倉庫に運ぶ……信政則人 143 27.役場より救援出動命令……岡光久夫 144 28.東練兵場にテントを張って救援……中村広登 145 29.死んだ母親の胸の下に生きている幼児……田上竹一 146 30.お寺で見た地獄絵を現実にみる……佐々木雪江 147 31.出張の日の出来事……山田実徳 148 32.死んで行く被爆者の看護に明けくれた二週間……石丸清子 149 33.荘ばくとした真暗闇の中で……桃田辮 151 34.あの時の悲惨さがよみがえる……殿重稔 151 35.傷口から蛆がはい出る……中森玉子 152 36.隣保班から救護活動に……殿重清 153 37.警察署の自動車で広島へ……津川義一 154 38.婦人会にも出動命令がくだる……殿重シゲ子 155 39.岡竹隊の遺骨を抱いて……小川行登 156 40.学徒動員で救護活動に……若林悦子 157 41.焼け残った建物は救護所に……難波真一 158 42.海軍衛生学校から救援に……岡光次郎 158 43.日赤病院等の電気取付工事に……今谷恵 159 44.今も消えない.被爆患者のあの叫び……吉田光枝 159 45.敵機の中を縫って.再召集に向う……松本徳勝 161 46.水!水と叫ぶ声が今も耳底に……田中角美 162 47.警防団員として出動……寄宗文夫 163 48.私の心に悔だけを残して……山田芳江 164 49.止められている水をコッソリと……福原アサ子 165 50.悠々と飛ぶ十四機の敵機……益田静磨 167 51.猛暑と渇水の救援活動……蔵谷照男 168 52.世羅防衛隊大原隊員として……細美寿一 170 53.平和な日々を迎えて……津島アキミ 172 54.戦争の悲劇を二度と繰り返さないためにも……橿原寿子 173 55.死体を集めて焼く救援活動……佐々木昭二 175 56.看護婦の見習のような女学生……長尾鈴子 176 57.板木診療所で救護にあたる……中原花子 177 58.入院中私は看護婦に早変り……竹川真佐子 179 59.死にゆく患者を団扇で扇ぐ……新川スミ子 180 60.太陽をにらんで死んで行く人たち……素利昭三 181 61.私の被爆体験記……福馬君子 182 62.消防団の救護班で広島へ……貞広幸夫 184 63.被爆死体火葬用燃料輸送に従事……森川清 185 64.挺身隊から救護活動へ……難波ユキ子 186 65.米軍偵察機の下で救護作業……福馬博美 187 |
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| 4 | 焦炎の街を通過して | ||
| 1.学校報国隊の腕章をつけて……還来地忠子 189 2.被爆者の責務を痛感……平岡苗香 190 3.呉海軍施設部へ徴用されて……片岡守 192 4.負傷者のうずまく広島駅での九時間……片岡ミツエ 193 5.闇の広島駅での長い一夜……佐々木咲江 193 6.学徒動員から帰郷中死体と骨の山に勧奨………佐々木佐和子 195 7.原爆白内症に悩む……後藤敏子 196 8.女子挺身隊解除の帰途……渡辺信子 197 9.「海ゆかば」を歌い終わって……米沢繁子 198 10.空襲に馴れた私もこれは……原田武清 199 11.余生をがん張りたい……安川敏子 200 12.広海軍工廠を解除されて……箕岡照子 201 |
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| 5 | 村役場の対応の思い出 | ||
| 1.対応の思い出……片岡輝雄 203 | |||
| あとがき……207 | |||
止
『平家納経の世界』(小松茂美著、六興出版、19761226 新装第1版)
内容
| 章 | |||
| 1 | 平家納経の成立ドラマ 11 | ||
| 謎みちた女神 11 法華信仰と「平家納経」 15 平家勃興の波に乗って 20 祖父正盛・父忠盛のこと20 清盛登場 27 実説ご落胤27 十二歳の次官殿29 安芸守平清盛の霊 夢31 栄達の血塗道32 二条帝現説と立太子騒動35 長寛二年における清盛の心情 38 怨霊騒ぎと皇子誕生38 忠通の死40 関白・基実の幼 な妻42 頼長の子・師長を夜宮44 帝の皇子誕生46 崇徳院の崩御51 願文の内容54 筆者は清盛64 “他 人を以って名と為す”74 櫛筆の謎84 厳島繁昌記 87 厳島詣での大流行87 名花・厳島の内侍たち96 平家 の落日102 佐伯景弘という男111 厳島内侍発願説の虚構 121 |
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| 2 | 高く、広く、大きく―平家納経と歩んだ三十年 127 | ||
| 死神と美神の出合い 127 手習い草紙 128 死の淵に立って 133 その名を恋人のごとく 137 一冊の古本 139 「平家納経」を見る 141 無知の蛮勇 146 生涯のことば 152 「伊都岐嶋千僧供養日記」 155 厳島文書を読む 157 『いつくしま』を刊行 161 上京、池田亀鑑先生 163 念願の博物館勤務 171 |
|||
| 3 | 不思議な本 175 | ||
| 4 | 王朝の女性の夢を追って 190 | ||
| 5 | 王朝の教養と和洋書道の源を探る 197 | ||
| 6 | 栄華と末法におののく美の殿堂 213 | ||
| 7 | 子筆額の成立へ 227 | ||
| 王朝のこころ十選 247 三十六人家集(貫之集上)247 木彫一字金輪坐像249 普 賢菩薩像250 扇面写経251 金銅秋草文薫炉252 伴大納 言絵詞253 藤原行成筆白氏詩巻254 秋草文壷255 平等 院鳳鳳堂256 戸隠切257 |
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| 人と書とのかかわり 対談/小松茂美・松井如流 259 | |||
| 小松茂美・丸夫妻の世界―編集部編― 273 | |||
| 後記 282 |
小松茂美
| こまつ・しげみ | 19250330生20100521没 | 享年75歳 | 古筆学者、美術史学者。広島で被爆。「死の淵にたって」(『平家納経の世界―国宝の謎を推理する』(六興出版、19861226)pp.133-136。 |
資料年表:小松茂美
| 年月日 | ||
| 1925 | ||
| 0330 | 山口県岩国市生まれ | |
| 1938 | 崇徳中学校(旧制、現崇徳高校)進学。 | |
| 1942 | 柳井中学校(旧制、現山口県立柳井高校)卒業。広島鉄道局勤務。 | |
| 1945 | ||
| 0806 | 広島駅近くの庁舎内(爆心地から1.7キロ)で原爆被爆。 | |
| <作業中> | ||
止
島薫
| しま・かおる | 18970702生19770516没 | 享年79歳 | 外科島病院(広島原爆爆心地)院長。 |
資料年表:島薫<作業中>
| 年月日 | ||
| 1897 | ||
| 0702 | 誕生(本籍地:広島県安芸郡瀬野川) | |
| 1917 | ||
| 03 | 広島県立第一中学校卒業 | |
| 1924 | ||
| 0325 | 大阪医科大学卒業 | |
| 1930 | これより欧米留学、米国メイヨークリニックにても研究晩学。 | |
| 1931 | ||
| 04 | 大阪帝国大学医学博士。 | |
| 1933 | ||
| 08 | 広島市細工町にて外科島病院を開設、診療開始。 | |
| 1945 | ||
| 0806 | 「県下世羅郡甲山町植田病院に出張手術中広島島病院上空に世界始めての原子爆弾降下の報により帰広し、市袋町戦災者仮設病院に於いて罹災者の処置に尽力し後中野村の本宅に於いて診療を開始す。」 | |
| 1948 | ||
| 1030 | 「広島市大手町戦災被害地を整理し復興、病院を建設し診療を開始す」 | |
| 1977 | ||
| 0516 | 没 | |
| 1983 | ||
| 0515 | 『島薫あれもこれも』発行 | |
止
『島薫あれもこれも』(島薫[著・刊]、紺野耕一編、1983/05/15)
内容<作業中>
| ご挨拶 島忍 | ||
| Ⅰ | ||
| 大学医局時代の思い出…3 入局…6 恩師 岩永先生の御魂に…8 古武先生の想い出…11 日本臨床外科医会創立のこと…12 医学上より見たる広島の復興…13 広島外科会100回を迎えて…17 広島外科会40年のお祝の言葉…23 予後…24 朝風に乗って…26 |
||
| Ⅱ | ||
| 原爆直後のこと…31 | ||
| 運命というもの…35 | ||
| 「ゲランを流す」…37 | ||
| ピカドンと婦人たち…38 | ||
| 呉の空襲…41 | ||
| 警防団ところどころ…43 | ||
| 「教育随想」鍛えられた土性骨…45 | ||
| Ⅲ | ||
| 広島信用金庫理事長あいさつ…49 戦争と金…50 最高の福祉…51 ひかり園理事長のあいさつ…54 ユース・ホステル15年を迎えて…56 年頭の所感 正月を迎えて 1969年の日の出 瀬戸内海周遊ホステリング 海底より 無言の囁き 第四国高校生ユースラリー 迎春 かおり高き品格…67 見て喜ぶ…71 |
||
| Ⅳ | ||
| 「私の愛蔵品」精進湖 南薫造作…76 二人展出品作品…78 白青会・杏林画会合同展覧会 第21回合同展を迎えて 国際美術展に出品 |
||
| Ⅴ | ||
| 「雲雀物語」…85 秋に思う…87 |
||
| Ⅵ | ||
| よみがえるあの日爆心地島病院・ただ余熱と死臭…93 紅バラのヤグラ…爆心地の庭に…96 ヒロシマの戦後見続けた27年―生れ変る爆心の島病院…97 瓢鮎図…99 微笑み…100 幽霊…102 洋モクで一札取られの巻…104 西村徳一氏に呈す…106 還暦に思う…108 還暦のうた…109 一丁のピストル…110 人権擁護…112 広島市民交響楽団生みの親高橋理事長の追想…113 わが十代―雲井浪子に片思いこがす…115 秋の夜ばたし―花つくり・碁・ゴルフ…121 外科医追放が文化…124 わたしの散歩道…127 ヒロシマに生きる…130 協力は健康者の義務―「かたすみの人生」…134 晴れの叙勲―スポーツで人心復興…136 国鉄マン「ゲスト・トリオ」島車掌…138 |
||
| Ⅶ | ||
| 忘れ得ぬ人びと…141 谷川昇君 立石吾一氏 高橋定氏 三戸俊美氏 上田太郎氏 越智しげる氏 河野先生 島薫博士「原爆後の広島についての彼の回想録」 ウォーナー・ウエルズ…157 |
||
| Ⅷ | ||
| 筆談 喉頭癌手術後の大学病院生活と退院後…187 恵声会発会の思い出…565 恵声会誌創刊によせて…569 |
||
| Ⅸ | ||
| 遺徳を偲んで…571 大内五良 長崎孝 国信玉二 斉藤環 中本カツコ |
||
| 偲び草(年譜)…586 | ||
| あとがき(紺野耕一)…593 | ||
止
草野信男
| くさの・のぶお | 19100111生20020514没 | 享年92歳 | 病理学者。元日本原水協理事長。 |
資料年表:草野信男
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1910 | ||
| 0111 | 誕生 | |
| 1952 | ||
| 1201 | 『原子爆弾の話』(志田信著、東京大学出版会) | |
| 草野「序」 | ||
| 1953 | ||
| 0505 | 『原子爆弾災害調査報告集 第二分冊』(日本学術会議原子爆弾災害調査報告書刊行委員会編、日本学術振興会刊) | |
| 119 広島における原子爆弾症の病理解剖(西条療養所の剖検例)(草野信男、東大・伝研・病理)1346 | ||
| 1957 | ||
| 0710 | 『人類の危機と原水爆禁止運動 第3回原水爆禁止世界大会討議資料』(原水爆禁止日本協議会) | |
| 草野「 放射能被害と人体」135 | ||
| 1967 | ||
| 1101 | 『原水爆禁止科学者会議の記録 第2回』(第2回原水爆禁止科学者会議準備委員会事務局) | |
| 草野「経過報告」 6 | ||
| 1969 | ||
| 1120 | ||
| 『平和運動20年記念論文集』(日本平和委員会編、大月書店) | ||
| 草野「原水禁運動の始まった頃」 387 | ||
| 1976 | ||
| 0331 | 『ビキニ水爆被災資料集』(第五福龍丸平和協会編、東京大学出版会) | |
| 草野「久保山さんの解剖に立会って)」 324 | ||
| 0730 | 『20年の大義を世界へ』(原水爆禁止長野県協議会、) | |
| 発刊を祝す…草野信男…6 | ||
| 1977 | ||
| 1101 | 『原水爆禁止世界大会の記録 1977年』(原水爆禁止統一実行委員会) | |
| 草野「開会あいさつ…草野信男 29」「議長団代表あいさつ…草野信男 60」 | ||
| 1980 | ||
| 0815 | 『わが戦後行動 いま原水爆禁止は』(吉田嘉清著、新興出版社) | |
| 「座談会 原水爆禁止運動と吉田君 238」 (中野好夫 古在由重 草野信男 吉田嘉清) |
||
| 1983 | ||
| 0806 | 『道 安井郁 生の軌跡』(「道」刊行委員会編、法政大学出版局) | |
| 草野「 安井さんを偲び業績をたたえる」 297 | ||
| 2002 | ||
| 0514 | 死去 | |
| 0516 | 「元原水協理事長 草野信男氏死去」(『中国新聞』) | |
| 0517 | 「天風録」(『中国新聞』) | |
| 0604 | 金井淳一郎「悼記 草野信男さん 医学研究からヒロシマと向き合う」 | |
止
『別冊 新評 梶山季之の世界 <追悼特集号>』(新評社、19750720)
内容(抄)<作業中>
| 頁 | |||
| 16 | 告別式レポート | ||
| 藤本義一、澤村三木男、吉行淳之介、今東光、柴田錬三郎 | |||
| 幻のライフワークといわれた遺稿集 | |||
| 40 | 遺稿その1 積乱雲 | ||
| 79 | 原爆記者とのつき合い(大牟田稔) | ||
| 82 | 梶山季之の壮絶な死! 柴田錬三郎 | ||
| 86 | 梶山季之の経緯 山口瞳 | ||
| 132 | 座談会 トップ屋時代の梶山季之(岩川隆・中田建夫・加藤憲作・有馬將祠) | ||
| 162 | 梶山季之人脈図 有馬將祠 | ||
| 211 | 丈夫、志あるも 竹中労 | ||
| 250 | 梶山季之完全年譜(季節社・編) | ||
| 256 | 梶山季之単行本リスト(季節社・編) | ||
止