「1980年」カテゴリーアーカイブ

広島県原水協年表(1980年)

広島県原水協年表(1980年)

月日 事項 備考
0129 広島県原水協常任委員会, 「声明―80年原水爆禁止世界大会の成功のために」を発表. 広島市原水禁が,独自大会を広島で開催し世界大会を東京で開催するよう要望することを決定したことに対し,「世界大会は一つ」と主張.
2.10-11 第 3回広島県高校生平和ゼミナール. 160人が参加.
2.24 中国 5県の原水協・平和委・安保破棄実行委主催「環太平洋合同演習(リムパック)への自衛隊参加反対 2・24呉基地抗議集会」. 呉市岩方公園に 700人参加.
3. 1 被災26周年 3・1 ビキニデー広島集会.
3.25 広島市内で「はだしのゲンPart3 ヒロシマのたたかい 広島ロケーション現地製作発表会」.
4. 6 広島県文団連など主催「戦後の広島の文化を語る会」. 深川宗俊・四国五郎・村中好穂が講演.
4.12 原爆被爆者対策基本問題懇談会, 広島市のグランドホテルで富永初子ら 9人の被爆者代表から意見聴取.
4.14 広島県青連・県婦連など市民 5団体主催被爆者援護法の実現をめざす全国行脚の出発式. 平和公園資料館下に 100人が参加.
7. 9 10フィート運動呼びかけの映画「明日への伝言」試写会. 広島YMCAで.
7. 9 被爆35周年原水爆禁止国民平和大行進, 長崎に向け広島市平和公園を出発. 7.10 原水爆禁止1980年世界大会広島実行委員会結成総会.
7.  「原爆孤老」出版.
7.27 広島県文化団体連絡会議主催第 1回ひろしま文化集会. 広島市内見真講堂に250人参加.
8. 3 広島市安佐南区原爆被害者の会結成.
8. 5 広島市平和公園で国民平和大行進結集集会. 1万7000人参加.
8. 6 原水爆禁止1980年世界大会・広島. 県立体育館に26か国92人の海外代表を含む 1万3000人が参加.
8. 6 原爆犠牲者にささげる音楽の夕べ. 広島の見真講堂で.
8. 7 日本原水協主催「80年世界大会決議実践―原水爆禁止運動前進のための広島集会」県立体育館に7000人が参加.
9.20-21 被爆35周年記念第 8回全国平和教育シンポジウム.
10. 3 原爆被爆者援護法即時制定要求広島県民集会. 広島労働会館に 400人参加. 10.21 反戦・反安保・国民生活防衛10・21行動広島県総決起集会. 県庁前に2000人参加.
10.24 第 3回国連軍縮行動広島集会. 広島平和記念館に 150人参加.
11.15 広島県原水協・被団協・地婦連・県労会議など13団体, 「被爆者援護法即時制定要求広島行動委員会」を結成し, 市内 2か所で街頭署名とビラ配布.
11.22-23 第11回広島県高校生部落問題研究集会・第 4回広島県高校生平和文化祭典合同集会. 広島市基町高校に20校から 200人が参加.
11.30 ヒロシマ被爆二世の会結成.
1211 原爆被爆者援護法実現広島県民集会. 広島労働会館に 300人参加. 基本懇の 意見書(12月11日)への抗議声明を採択.

 

東京裁判とヒロシマ

島津邦弘「東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって-」( 『広島市公文書館紀要第3号(昭和55年3月発行)』所収)

はじめに
原爆投下に対する反響
「以下通訳なし」の意味
却下された書証の提出
裁かれる被告にとって「原爆」は・・・
朗読されなかった「パール判決書」
岡本尚一弁護士の情熱
結びにかえて
<補記>・・・また英文速記録、岡本弁護士関連の記述については「現代と広島の会」の田原幻吉・宇吹暁・石踊一則の各氏から資料提供などのご協力をいただいた。

黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を

「黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を 第1部」(『赤旗(連載)』1980年、40回)、「同 第2部」(1981年4月14日~7月28日

<『黒い雨』(広島県「黒い雨」・自宅看護」原爆被害者の会連絡協議会、19820111)に収録される>

内容

1部 1980年
見出し
1 8月6日その日 太い棒のように なぜ、このような雨が
2 気象かえた原爆 火災で巨大な雨雲 爆撃で複雑な作用発生
3 証言
4 ひょうのように
5 放射能
6 雨戸についた泥
7 ヒロシマ西方では
8 原因不明の鼻血
9 死んだ子ども
10 被災調査
11 江波山の気象台
12 被爆と気象台
13 白色の朝顔
14 煙と雲と
15 枕崎台風
16 台風と原爆
17 二男の脱毛
18 気象人気質
19 26インチ
20 爆心の決定
21 郊外でも
22 提案
23 聞き書き
24 報告書の作成
25 一枚の図
26 特別被爆者
27 特別被爆地域
28 住民の運動
29 片手落ち
30 急性症状
31 健康調査
32 みなしひばくしゃ
33 反響
34 指定の矛盾
35 踊る見出し
36 政府交渉団
37 妻の死
38 土壌調査
39 現地調査 係官を派遣せよ 当時の状況聞いて
40 燎原の火 本格的救済運動へ 署名も急速に広がる
2部 19810414~19810728
1 報告集会 線引きの矛盾つく 初めての住民組織発足
2 山やまを越えて 村上さんええ話でした 大歓迎、和気あいあいの懇談
3 行政の光 手帳交付の相談も 集会後に質問や意見続出
4 健康調査
5 陳情
6 請願
7 広がる請願
8 大きな流れ
9 出発点
10 残留放射能
11 相生橋 熱戦うけてから36年も 残留放射能を調査
12 核分裂生成物
13 突然の死
14 第五福竜丸
15 ブラボー爆弾
16 死の灰
17 広島の死の灰
18 政府の調査
19 対照地区
20 参院社労委 緊張”走る”渡辺質問 残留放射能の対応策は
21 参院社労委 強い放射能を含む 少雨地域も特別指定を
22 夏の大要のように ”被爆地”と認めよ 1市4町1村で署名2万
23 画期的な夏 初の原水協調査団 住民からの訴え次つぎ
24 証言の重み 北側にも大雨が・・・ 不合理な”線引き”ただす
25 すすむ運動 被爆地指定の声新た ”核兵器ノー”の声とともに
連絡協議会役員一覧

ひろしま今昔-’80広島市政指定都市記念

『ひろしま今昔-’80広島市政指定都市記念』(広島市公文書館編、広島市、19800904)

目次

項目 備考
ごあいさつ(荒木武)
ポスター・公文書・写真にみる広島90年
1 明治の広島と市制誕生
2  軍都のはじまり
 3 都市の発達
4  教育の発展
5  不況の波と大戦の足音
6  戦時体制の進展
7 国民精神総動員
8 大戦の勃発
9 敗戦への道
10  広島の昭和20年
11 被爆後の市民生活
12  ヒロシマの声
13  復興にむかって
14  建設のひびき
15 広島の発展
市民による広島市の新しい美の発見
選者評
広島のあゆみ(年表)
広島市の行政区画
160 あとがき(小堺吉光)

 

広島平和記念館と丹下健三

『広島平和記念館と丹下健三』(山崎荒助 編 吉田道郎 英訳、三友社出版、19800806)

内容

04 まえがき 山崎荒助
06 平和への願い 丹下健三論稿抄
08 設計のはじめにあたって
15 原爆慰霊碑
18 イグチ・イサムの橋
20 伝統について考える
23 建築の尺度についてまたは空間と社会
28 丹下健三の略歴
31 あとがき

 

年表:原爆展(1980年)

年表:原爆展(1980年)

記事
01 04 長崎市長、中国から帰国し、中国での原爆展開催は困難との見解を表明。
01 17 長崎県職組長崎支部、県庁内で原爆写真展開催。
01 28? 広島青年会議所、6月に米での原爆展開催を決め、関係団体に協力呼びかけ。
02 08 広島市、広島青年会議所の行う米での原爆展を全面支援すると決定。
02 10 創価学会主催「被爆者の証言による広島・長崎原爆展」、横浜市で開かれる。(5月28日まで)
02 15 広島市、広島青年会議所が6月に予定している米での原爆展について、米上院議員に協力を求める要請文を送付。
02 20 広島市の原爆被災写真撮影者の会、8月に故佐々木雄一郎追悼遺作展を開くことを決定。
03 04 米上院議員より、米で6月頃被爆写真展の開催が可能であるとの見通しを伝える手紙が、広島原爆資料館長のもとへ届く。
03 07 広島市、米国議会での被爆写真展6月開催に向けて準備を始める。
03 25 故佐々木雄一郎の「原爆被災写真遺作展」、広島市で開催。(5月25日まで)
03 25 広島原爆資料館、「佐々木雄一郎原爆被災写真遺作展」を開催。全紙大の写真52点を展示。
04 03 広島青年会議所、米上院議員会館で6月に初の原爆展を開催すると発表。
04 15 広島市、米上院議事運営委員会に、米議員会館での「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開催を正式要請。
04 17 創価学会青年部長崎県青年平和委員会、諌早市で「長崎原爆展」開く。(23日まで)
04 18 日中友好「長崎市民の翼」訪中団、帰国し中国での原爆展開催は困難との見通しを表明。
04 23 広島青年会議所代表、6月の米での原爆展開催準備のため訪米。
04 25 訪米中の広島青年会議所代表、6月の米での原爆展の日程など決定。
04 25 核禁広島県民会議、広島市で常任理事会開き活動方針など決定。
05 10 岩手で原爆展(~13日).盛岡市民生協の主婦だけでも3000人が参加.
05 14 在米被爆者協会副会長、米・ロスアンゼルス市での原爆展開催について広島市に協力を要請。
05 20? スペイン関係筋、原爆資料保存会によるスペインでの原爆写真展の開催に同意。
05 21 米・ワシントン市での「広島原爆展」の開催期間など、正式決定される。
05 21 米での「広島原爆展」に展示される被爆資料、広島原爆資料館で梱包される。
06 06 広島青年会議所代表、米での「ヒロシマ原爆展」準備のため訪米。
06 09 広島青年会議所主催「広島原爆展」、米上院議員会館で開催。(13日まで)。高橋昭博広島原爆資料館長出席。
06 15 原爆写真展「広島・きのうきょう」(広島青年会議所主催)、米・シアトル市で開催。
06 15? 神戸市の米人宣教師、被爆者による原爆の絵の米での展示会開催を計画。
06 18 米・ワシントン市での「広島原爆展」を主催した広島青年会議所のメンバーら、帰広し同展での成果を報告。
06 25 長崎市、「広島・長崎原爆写真展」の55年度の開催状況を発表。
07 01 新潟県原爆被害者の会など、県下15会場でヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を開催(~8月10日).全観覧者数39614名,署名数10745名,会場募金総額900132円.
07 01 新潟県内の原爆写真展スタート.
07 06 広島市の祇園公民館で、原爆写真展・原爆の絵展など開かれる。
07 10 広島平和文化センター主催「広島原爆被災写真公開調査特別展」、広島市で開かれる。米戦略爆撃調査団による未公開写真など展示。(8月15日まで)
07 10 広島原爆被災撮影者の会主催「広島出身原爆写真家原爆写真展」、広島市で開かれる。(8月15日まで)
07 18 広島平和文化センター、「広島原爆被災写真公開調査特別展」への入場者数などまとめ発表。
07 21 広島市祇園公民館で、原爆資料展開かれる。(28日まで)
07 31 故マルセル・ジュノー博士収集の被爆写真などを展示した「ジュノー博士原爆写真展」、広島市で開催。
08 01 広島市の七区役所ロビーで「原爆被災写真展」、始まる。
08 01 長野県被団協など、県下10会場で原爆展(~10月2日).
08 01 長野県被団協など、「人類生存のために!被爆者がかいた原爆の絵展」を県下10会場で開催(~10月2日).
08 01 広島市沼田公民館で、「市民が描いた原爆の絵」展始まる。(8日まで)
08 03 部落解放同盟大阪府連主催「反戦平和パネル展」、ヒロシマ・ナガサキをテーマに、大阪市で開催。
08 06? NHK長崎放送会館で、「被爆直後の長崎写真展」開催。(10日まで)
08 07 「読売新聞連載<戦争>展」、大阪市で開催。被爆資料なども展示。
08 08 京都YMCA主催原爆絵画展、京都市で開催。(13日まで)
08 08 静岡県被団協など、原爆展を伊東市で開催(~12日).
09 04 広島市など主催、戦前・戦後の写真など展示した「ひろしま今昔展」開催。
09 09 ハンガリーでの原爆写真展に出席した「ヨーロッパ平和の旅市民代表団」、帰国し、同写真展の模様など報告。
09 20 岡山県原爆被害者会、原爆写真展を倉敷市・高梁市・津山市で開催(~10月10日).
09 23? 米国軍縮局、原爆写真展の開催を計画、広島市などに協力を要請。
09 原爆写真展を東京各区市で開催.
10 10 シンガポール政府主催ヒロシマ・ナガサキの原爆写真展、開催。(19日まで)
10 17 広島・日本ルーマニア友好協会の呼びかけで「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」、ルーマニアの首都ブカレストで開催。(31日まで)
10 18 中野区被爆者の会など、原爆写真展を開催(~20日).参観者4800人.援護法署名1319人.
10 24 広島平和文化センター、第三回国連軍縮週間を記念して講演会・美術展など開催。(30日まで)
11 10 核禁会議主催「ヒロシマ・ナガサキの原爆写真展」、釜山市で開催。(19日まで)
11 17 広島市議訪中団、帰国し中国での原爆写真展開催は困難であると報告。
11 21 東独ドレスデン市で、ヒロシマ・ナガサキの原爆写真展開催。(12月7日まで)
12 11 岡山県在住の元カメラマン、被爆写真など展示して写真展「生きている広島」、岡山市で開催。

昭和55年度内地研究員調書(控・抄)

昭和55年度内地研究員調書(控・抄)

氏名 宇吹暁
研究区分 文-歴史学
研究題目 被爆者の社会史的研究
研究の方法及び計画 ①戦争責任論の立場から原爆被害に関する国家責任の究明
②原爆被害と一般戦災被害の比較検討
③原水禁・被爆者運動のもつ国際的・国内的・地域的3側面の比較検討
研究期間 昭和55年9月1日~昭和56年2月28日
受け入れ機関 一橋大学社会学部社会学科藤原研究室
指導教授等の職名及び氏名 教授 藤原彰
教育研究上特に必要とする理由
文部教官(助手)
 内地留学1
 2内地留学

文部省内地研究員研究成果報告書(草稿)

昭和56年3月4日提出
研究期間 昭和55年5月1日から昭和56年2月28日まで
研究経過概要 (600字以内)
藤原教授の指導の下に下記の研究をおこなった。
①日本における原爆症研究の発足および展開過程を、故都築正男(元東京帝国大学教授、学研原爆災害調査特別委医学科会長)旧蔵資料などを資材として考察した。
②被爆体験が日本の戦争犠牲者援護政策、原子力開発政策、安全保障政策にどのような形で定着しているかを、国会議事録を素材として考察した。
③被爆体験の国民レベルでの定着形態を、新聞報道・雑誌論文などを素材として考察した。
④被爆体験の国際的な意味について、ニューヨーク・タイムズを中心とする諸外国の新聞・雑誌を素材として考察した。

 

 

戦災・空襲を記録する会那覇大会報告書

『今、平和のために-戦災・空襲を記録する会全国連絡会議第10回記念那覇大会報告書 』(那覇市企画部市史編集室、19801025)

内容

刊行にあたって 平良良松( 那覇市長)
1 映画と講演の夕べ
あいさつ「平和は自治体の責務」   平良良松
あいさつ 「反戦と平和の叫びを」  池宮城秀意
記念講演 「庶民と戦争」 松浦総三
記念講演 「空襲・沖縄・アウシュビッツ 」 早乙女勝元
2 連絡会議
開会のあいさつ 今井清一( 横浜の空襲を記録する会)
開催市長あいさつ 平良良松( 那覇市長)
メッセージ 各市長/各団体・個人
全国連絡会議基調報告 松浦総三(議長)
2-1 各記録する会活動報告
2-2 沖縄からの報告
2-3 文書報告と発言
総括 早乙女勝元
アピール
3 わたしの思いわたしの決意
 早乙女勝元
 林
 大田英雄
4 参加団体一覧表