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平和記念式典後の総理記者会見19990806

小渕内閣総理大臣記者会見録
広島市
平成11年8月6日

【司会】それでは、ただいまから小渕内閣総理大臣の記者会見を始めさせていただきます。

【質問】3点ほど質問させてもらいます。
まず第1点目は、広島平和研究所などの主催でとりまとめられた「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」の報告書が7月26日に総理に提出されました。毎年の平和宣言で核の傘からの脱却を求めている被爆地、広島と長崎の訴えを踏まえて、小渕総理は、今後、東京フォーラムの報告書を被爆国日本の外交に具体的にどのように生かしていくのか、お考えがあればお聞かせください。

【小渕総理】まず皆様御苦労様です。ただいまのお尋ねに対してでございますけれども、この東京フォーラムは昨年のインド、パキスタンの核実験を受けまして、私自身が提案をして開催をされたという経緯がございます。核不拡散、核軍縮の道筋を示すものとして大変有意義な提言が作成されたと考えております。今後、世界各国の政治指導者や核政策の立案を担当しております政府当局者、学術関係者等の目に広く触れられるように、広報に最大限努めていきたいと思っております。
特に、政府としては、国連に対し、国連の正式文書として是非加盟国に配布するように要請をいたしてまいりたいというふうに思っております。政府といたしましては、報告書を踏まえ、核拡散を防止、核兵器のない世界を実現するため努力していく考えであります。特に、米露を始めとする核兵器国に対し、核軍縮努力を求めるほか、包括的核実験禁止条約の早期発効などのための外交努力を推進していきたいと思っております。
一部、理想に向かってまだ足りないのではないかというような意見も聞こえないではありませんけれども、私はこのフォーラムに参加した方々が本当に熱心にお取り組みいただきまして、現実的に米露の核兵器を千発に、まずまずそういう目標を設定して、着実に続けていきたいという熱意の下に、広島平和研、日本国際問題研究所、こういうところで代表してやっていただきました。若干、各国の代表者の中にも意見を異にする向きもありまして、とりまとめに非常に苦労されたという経過を先般、官邸にこの報告書を持参されたときに承りました。改めて、いろいろ各国代表の中に意見の差異がありましても、とりまとめていただきました座長の松永、明石両氏を始めとして、本当に御苦労だったと思っております。是非、申し上げましたように、まず、こうした日本の提案でフォーラムが開催され、報告書が出されましたので、これを国連という場において各国にこれを提起いたして、我が国の意思というものもその中に盛り込ませていただいて、着実にひとつ一歩一歩前進できるように、そういう運びにさせていただきたいと考えております。

【質問】それでは、2点目なんですが、来年の介護保険制度、4月から導入されるんですが、その介護保険制度の導入で、被爆者や広島市、長崎市が不利益を被ることがないかどうか。また、介護保険に関連して、被爆者や広島市、長崎市に特別な措置を考えておられるかどうか、お聞かせください。

【小渕総理】介護保険につきましては、申すまでもありませんけれども、高齢者の介護を社会全体で支える制度として、利用者の選択により、保健、福祉、医療のサービスを総合的に提供することを目指すものでありまして、平成12年4月からの実施に向けて引き続き万全を期してまいりたいと考えておりますし、特に、地方自治体、市町村の大変な御苦労によりまして、この目標のとおりに実施をしていける環境づくりに御苦労いただいていることについては、政府としても心から敬意と感謝をし、その努力が実り得るものとなっていかなければならないと思っております。
ドイツで介護保険をやりましてから5年でございまして、まだドイツにおきましてもいろいろな問題を抱えているということでありますが、そういった問題については、厚生省を中心にいたしまして、先進国の在り方というものに十分目配りをしながら、我が国として万遺漏なきを期して、現在最後の段階に来たと考えております。そういう意味で、改めて御苦労いただいている市町村の御協力を得ながら、円滑に実施のできるように政府としては支援をしてまいりたいと思っております。
そこで、お尋ねの趣旨は、介護保険制度が実施された場合における被爆者に対する援護措置に関してということでありまして、これは広島市、長崎市、こういう関係市がございます。そうしたところの御要望を受けまして、現在行われております被爆者への援護措置よりも、特に不利な取り扱いにならないように、このことを基本に配慮していきたいというふうに考えております。

【質問】韓国に住む被爆者への原爆被害者福祉基金が近い将来枯渇しそうな状況です。また、外務省では、旧ソ連の核実験場の後遺症に苦しむカザフスタン共和国のセミパラチンスクの住民を支援するために調査団を派遣しました。こうした状況を踏まえて、国として海外に住む被爆者や核実験の被害者などに対する支援を今後どのように展開していくのか、また、支援の対象を更に広げる方針はないのかをお聞かせください。

【小渕総理】まず、世界のさまざまな地域に在住されている方の中で、広島、長崎の原爆や、外国の核実験によって被爆されまして、今なお後遺症等に苦しんでおられる方々がおられることは誠にお気の毒に感じております。
今、お話しのありました在韓被爆者の方々に対しては、平成3年度及び4年度におきまして、人道的観点から我が国政府は大韓赤十字社に対し、計40億円の拠出を行っているところであり、我が国政府としては拠出金の使用に関するガイドラインに従って、適正な運用が大韓赤十字社によって確保されるよう見守ってまいりたいと考えております。
なお、広島、長崎の原爆によって被爆され、現在、国外に在住している方々につきましては、被爆者援護法の対象になっておりませんが、この法律は、国籍要件を設けておりませんので、訪日される場合には、きちんと誠意をもって対応し、被爆者援護法に基づき、医療の給付等の援護をする考えでございます。
本件、特に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に在住する被爆者の問題は、たしか昨年に、これから行われるでありましょう代表者の皆さんの話し合いの中にも出てきておりまして、たしかあのとき私も、もし、日本に参られて、病院その他でいろいろな検査をしたり、あるいはそれに対しての手当てをするということがあれば、積極的に政府としてはお手伝いをさせていただくというメッセージを発しているところでありますが、残念ながら、現時点において、北朝鮮側から、そうした個別の案件についての御要望は参っていないと思いますが、気持ちとしては、昨年と同じような気持ちで対応していきたいというふうに思っております。
それから、直接、広島、長崎に関係をするわけではありませんけれども、世界の原水爆実験に関連いたしまして、被爆者というものが出ているのではないか、特に、セミパラチンスクの被爆者支援につきましては、今日の新聞を拝見しますと、平岡前市長も、広島・セミパラチンスク・プロジェクトということで、市民団体の名誉会長としてこの問題にお取り組みされておるやに今朝の新聞で拝見しましたが、政府としても、国連の要請も受けまして、本年の9月のセミパラチンスク支援国際会議を東京で開催するほか、具体的案件の形成を行うため、調査団を本年6月に現地に派遣したり、対カザフスタン核兵器廃棄支援の枠内にて、セミパラチンスクに対し医療機材、医薬品、及び遠隔医療診断システム等の供与を行っているところでございます。このような外国の核実験によって被爆された方々についての支援につきましては、当該国の努力を支援するという観点から、今後各国より要請がありますれば、そのニーズ等も踏まえつつ、いかなる支援が可能か検討してまいりたいと思っております。
本件は、いわゆる核実験による被爆者に対する援助活動の問題でありますが、その他、原発によっての被爆問題につきましても、政府としてはいろいろな形で今協力させていただき、その根底とするところはやはり広島と長崎で、こうした原爆の被害によって被爆された方々が今なお後遺症に悩んでおられるという、世界で初めての大変不幸な経験をしたということに鑑みまして、それに対しての医療機関あるいは施療の在り方等につきましては、今までそれぞれ広島、長崎を中心にして、御苦労されてきたことを広く、ある意味の責任として世界のこうした方々に対してお役に立てればという気持ちでまいりたいと思っております。
このセミパラチンスクにつきましては、実は私が外務大臣になる前に、現地、といいますか、実験場ではありませんけれども、カザフスタンに行きましたときに強く要望されまして、一緒に参りましたのが中山太郎先生、医学博士でございまして、その先生を中心に取り組んできて、ようやくこれがある意味では実りつつあるということでございまして、そうした意味での責任が果たし得る体制になったことは、私なりにうれしく思っているところでございます。
以上です。

【質問】自由党の小沢党首が強く求めている自自合意の履行についてお伺いいたします。
この問題について自民党総裁として具体的にどのように取り組むお考えでしょうか。とりわけ、衆院比例代表定数を50削減するとした公職選挙法改正案の取り扱いや、介護保険の税法式化などについてどのように対応されるのか、党首会談を開くお考えがあるかどうかを含めてお答えいただければ幸いです。

【小渕総理】

【質問】次ですが、自民党の総裁選についてお伺いいたします。
総理は、再出馬について、いつ判断を明らかにされるのでしょうか。また、次期自民党総裁はどのような政策課題に重点的に取り組むべきとお考えでしょうか。

【小渕総理】
【質問】最後になりますけれども、北朝鮮のミサイル発射問題についてお伺いいたします。
ミサイル再発射の可能性について、政府として現時点でどのような情報を得られているのでしょうか。また、再発射があった場合、日本政府としてどのような対応策をとられるお考えでしょうか。

【小渕総理】本件につきましては、政府としては北朝鮮のミサイル関連の動向につきましては関係諸国と密接に連絡をとりつつ、細心の注意を払って情報の収集・分析に努めておりますが、現時点の情報を総合いたしますと、北朝鮮によるミサイルの再発射が差し迫っているとは判断しておりません。
北朝鮮によるミサイルの再発射がある場合、我が国の安全や北東アジア地域の平和と安定に深刻な影響を与え、我が国を含む関係諸国と北朝鮮との関係に重大な影響を及ぼすこととなることは必定であります。そして、このことは北朝鮮にとっても決して利益にならないものと考えられます。我が国政府としては、まずそのような事態を回避すべく、米韓と連携しつつ、北朝鮮のミサイル再発射の抑止のために最大限の努力を行っていくことが肝要であると考えております。
なお、ミサイル再発射の場合に我が国がとる対応措置につきましては、ミサイル再発射が我が国のみならず米国及び韓国との間におきましても深刻な影響をもたらすものであり、米韓と連携しつつ対応することになりますが、現時点におきましてはそれ以上具体的なことを申し上げることは差し控えたいと思っておりますが、これまた過去のことになりますが、私もケルンサミットにおきましてもこの問題を取り上げさせていただきました。アジアから出席をする国として我が国でございますので、この北東アジアの平和と安定という問題につきましては広く全世界的にもこの問題に注視してもらいたいということで発言を申し上げ、そしてこれはコミュニケの中にも発表させていただいているわけであります。
なお、現在ジュネーブにおきまして4か国における話し合いが進められております。この点についても、私はかねて外務大臣の時代から、4か国だけでなくてロシアあるいは日本を入れた6か国でこの地域の安全保障の問題について話し合うべきではないかと御提案を申し上げておりますが、残念ながら各国すべての了解を得られておりませんので4か国で話し合いを進めるという過程になっておりますが、我が国の安全保障にとりましても最大の関心事でございますので、細心の留意を払いつつ、その実験を行うことによってこの地域の不安が増すということのないように、またそのことは同時に先ほど申し上げましたように、これから日本がKEDOを含めまして北朝鮮の原子力発電所に対して、国民の皆さんの御理解を得ながら10億ドルというものを拠出をしようということであります。そういう日本側の態度に対して逆なでと言っては何ですが、日本人の気持ちにそぐわないような行動は是非避けてもらいたい。このことはひとり日本だけでなくて、アジア全体についてそのミサイルの攻撃機能の拡散を防ぐという意味での極めて重要なことだと認識をいたしております。
回答は冒頭申し上げましたように、現時点におきましては今その兆候というものは当面見られないと思いますが、改めて北朝鮮側の自制を期待しておるということでございます。

 

広島大学の50年

『広島大学の50年』(広島大学50年史編集専門委員会・広島大学50年史編集室編、広島大学、19991105)

備考
刊行のことば 原田康夫(広島大学長)
広島大学歌・
目次<東広島キャンパス航空写真>
光をもとめて-廃墟からの出発
1 広島大学の源流
2 原爆被害と復興
3 広島大学の開学
4 大学院・専攻科の発足
5 分散キャンパスの整理
6 校舎・施設の新築
光のなかで-青春の広島大学
7 入試・入学-キャンパスに桜
8 女子学生・社会人学生-学生の多様化
9 一般教育・教養的教育-問われ続ける「教養」
10 授業の風景-頭と身体を使って
11 オリエンテーション-ようこそ広大へ
12 スポーツ-体育会とレジャー
13 文化系サークル-学生生活の彩り
14 学生自治-「ダンコウ」って何ですか?
15 平和-ヒロシマを考える
16 衣-角帽から茶髪へ
17 食-安いのが一番
18 住-四畳半からフローリング・エアコン付きへ
19 大学祭-「独立をわれらの国に」から「PLEASURE」へ
20 学生街-集う・飲む・歌う
21 留学生-ヒロシマで学ぶ、ヒロシマが学ぶ
22 卒業・就職・同窓会
光とともに-発展する広島大学
23 総合科学部-新しいパラダイムの創出
24 文学部-人間の根源をたずねて
25 教育学部-教育の総合的研究をめざして
26 学校教育学部-教育実践に心をよせて
27 政経学部から法学部、経済学部へ
-地域に根ざした社会科学をめざして
28 理学部-自然の真理を求めて
29 医学部-医療の新しいかたちを求めて
30 歯学部-歯学の新たな展開をめざして
31 工学部-科学技術の開発をめざして
32 水畜産学部から生物生産学部へ-食糧を科学する
33 大学院の再編-新たな学問領域の開拓
34 理論物理学研究所・原爆放射能医学研究所
35 附属図書館-知の集積
36 附属学校-研究と教育の結節点
37 事務組織-大学を支えてきた職員たち
光あふれて-挑戦する広島大学
38 改革の季節
39 統合移転の計画
40 西条への移転
41 部局を越えた共同教育研究施設
42 研究基盤の充実
43 学術研究の成果
44 地域社会とともに
45 地域の教育を支える
46 産業界との連携
47 国際学術交流
48 国際化への対応
49 進む情報化
50 社会への発信
卒業生10万人
 年表
1874 創立前史
1950 森戸辰男(初代学長)
1963 皇至道(第2代学長)
1966 川村智治郎(第3代学長)
1969 飯島宗一(第4代学長)
1977 竹山晴夫(第5代学長)
1981 頼実正弘(第6代学長)
1985 沖原豊(第7代学長)
1989 田中隆荘(第8代学長)
1993 原田康夫(第9代学長)
出典一覧
編集後記 頼祺一(編集専門委員会委員長)
広島大学50年史編集専門委員会  <・・・宇吹暁・・・>
広島大学50年史編集室

 

年表:原爆展(1999年)

年表:原爆展(1999年)

記事
01 07 長崎県平和・労働センター、ロシア・サンクトペテルブルグ(旧レニングラード)市の国立歴史博物館に長崎原爆資料の常設展示コーナーを設置することを計画。
01 20 マレーシアの中国系住民団体「タイピン華人協会」、ベラク州タイピンで「戦争と原爆展」を開催。-21日。広島平和教育研究所が資料を提供。
02 25 生協ひろしま、日本被団協制作の写真集「原爆と人間展」のスリランカ・マレーシア・フィリピン・シンガポール4カ国への発送式を広島市の本部で開催。26日、郵送。
03 19 広島県原水禁、「反核平和のための朝鮮被爆者協会」から、8月にも平壌で原爆展を開催する意向を李実根広島県朝鮮人被爆者協議会会長を通じ受け取る。
04 13 米アメリカン大学の学生クラブ「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、原爆パネル展を同大キャンパス内で開催。昨年に続き2回目。
04 30 近藤幸四郎広島被爆者団体連絡会議事務局長、李実根県朝鮮人被爆者協会会会長ら3人、今夏北朝鮮で開く「原爆展」について協議するため現地に向け出発。6日帰国。8月13-18日、平壌の人民大学習堂で開催することが決まる。
05 10 広島市と米ハワイ・ホノルル市、姉妹都市提携40周年記念式典をホノルル市役所で開催。秋葉広島市長・平野市議会議長ら9人の代表団が参列。交流写真展開幕。-7月9日。
07 03 広島・長崎両県の原水禁や在日本朝鮮人被爆者連絡協議会など5団体、平壌(ピョンヤン)原爆写真展協力団体代表団の結団式を広島市内で開催。
07 10 コープぎふ、「99年平和フェスティバル」を岐阜市内で開催。「原爆と人間展」パネルを展示。
07 12 山口県・下関原爆被害者の会、JR下関駅構内で開催を計画していた原爆展を、JR側が使用を断ったため断念。
07 12 広島市、宇都宮市役所で原爆展を開催。-18日。
07 16 「アニメ版・はとよひろしまの空を」(大川悦生原作、大川弘子・大川富美文)、ポプラ社より発行。
07 20 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆展を広島県本郷町の広島空港内で開催。-8月19日。
07 21 東広島市原爆被害者の会、役員会を開催。市福祉センター・松翠苑にある原爆資料展示室を市の中心地に移設する署名活動に取り組むことを決める。
07 22 広島市安佐南区の東野公民館、地区住民の被爆者や家族ら20人の証言を集めた「ロビー平和展」を開催。-8月5日。
07 22 長崎県被爆者手帳友の会、「空白の20時間-原爆被爆惨状絵図」展を福岡市内で開催。-26日。
07 22? 広島市「佐伯区平和を語る実行委員会」、原爆パネル展「原爆と人間展」を楽々園公民館で開催。-25日。
07 23? 「ドクター・ジュノー研究会」など、「マルセル・ジュノーの足跡展」を広島市内で開催。-8月22日。
07 26 山口県・下関原爆被害者の会、原爆展を下関市内で開催。-8月1日。
07 26 企画展「平和都市法50年の歩み―理念を未来へ」、広島市役所一階の市民ロビーで開催。-8月15日。
07 27 東京都町田市の町田公民館、「原爆と人間展」のパネルを展示。-8月8日。(「東友」)
07 28 笠岡市非核平和都市宣言啓発実行委員会、原爆写真展を市内で開催。昨年に続き2回目。
07 28 新潟県巻町、「原爆と人間展」を開催。-8月6日。
07 28 広島市立中央図書館、被爆7年後に当時の子どもたちが書いた原爆詩の原稿を集めた「心に響く、原爆の子の詩(うた)」展を開催。-8月15日。
07 29 埼玉県被団協など、平和のための埼玉戦争展を浦和市内で開催。-8月2日。2万5000人が見学。
07 30 広島市南観音公民館で観音地域「原爆と人間展」。-8月2日。(「広島民報」)
07 30 東京都世田谷区の同友会など、「せたがや原爆と人間展」を区内で開催。-8月5日。2000人が参観。(「東友」)
07 31 広島市、水戸市で原爆展を開催。-8月8日。
08 01 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会など、カザフスタン共和国セミパラチンスク市の核実験場などを題材にした写真展を原爆資料館で開催。-9月30日。
08 01 広島原爆資料館、「ヒロシマ原爆写真パネル展」をJR広島駅で開催。-9日。
08 01 広島市仁保公民館、「仁保島発平和のメッセージ展・1945年ごろのくらし展」を開催。-15日。
08 02 広島原爆資料館、「あの夏、ヒロシマの声・音」をテーマにした「原爆の絵」を展示。
08 02 広島原爆資料館、「プランゲ文庫展 勝次から見る占領下の日本-プレスコードと広島」を開催。-31日。
08 02 鳥取市役所ロビーで「原爆と人間展」。-9日。
08 02 広島原爆資料館東館で市民の描いた原爆の絵「あの夏、ヒロシマの音」を開催。
08 03 ピース21下関実行委員会、「99下関平和のための戦争展」を開催。-6日。18回目。
08 03 東広島市役所ロビーで原爆資料展。-9日。
08 06 インド・ナグプール市で平和展。-9日。ふくしま生協と愛知平和委員会がインド平和・軍縮・環境保護研究所に贈った「原爆と人間展」パネルを展示。
08 06 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆写真パネル展をJR広島駅南口地下イベント広場で開催。1日限り。
08 06 市民グループ「ナマステINDIA」など、被爆証言の集いと原爆パネル展をインド南部・ケーララ州の町で開催。-7日。
08 07 「99山口・平和のための戦争展」、山口市民会館で開催。-9日。期間中約400人が入場。
08 07 長崎原爆資料館、「ながさき原爆の写真展」を平和公園で開催。-10日。
08 07? 長崎県職員組合長崎支部、第9回県職員原爆展を県庁内で開催。-9日。
08 08? 写真展「高知の被爆者」、高知市内で開催。岡村啓佐が1995年から撮影を始めた作品から65点を展示。-15日。
08 11 岡山市原爆被爆者会、天満屋で原爆展を開催。-16日。1万5000人が参観。
08 11 広島市、横浜市で原爆展を開催。-16日。
08 13 「反核平和のための朝鮮被爆者協会」、原爆展を平壌・人民大学習堂で開催。開催セレモニーに約300人が参加。-18日。
08 14 島根県「安来市・能義郡原爆被爆者協議会」、「ヒロシマ・ナガサキ原爆展-核兵器のない世界へ」を安来市内で開催。-16日。
08 14 広島・長崎両市、原爆展を英国中部のリーズ市の王立武器博物館で開催。14日、広島市在住の主婦・植田規子、被爆体験を話す。-10月3日。
08 15? 岡山市原爆被害者の会、「原爆平和展」を同市・天満屋で開催。-16日。
08 17 99平和のための広島の戦争展、広島県民文化センターで開催。-20日。期間中1300人が参観。
08 18? 広島市馬木公民館、原爆を題材にした絵画展「8月6日の記憶」を開催。-9月4日。
08 18? 広島のグループ「モンゴル・ツェツェグ」、5月末ウランバートルで開いた原爆展で募集した折り紙を使った切り絵の作品展「生きつづけて モンゴルから広島へ-子どもたちのメッセージ展」を広島市内で開催。-22日。
08 19 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、帰国。13-18日に平壌で開催された原爆展に2000人以上が参加。
08 20 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、広島市役所で帰国の記者会見。在朝被爆者が1020人で平均年齢72歳という現地の被爆者団体の調査結果を明らかにする。
08 20 北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団のうち、長崎県からの参加者、長崎市役所で帰国の記者会見。
08 22 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国セミパラチンスク市国立ニゾロフ博物館で開催。-9月2日。
08 23 「99平和のための戦争展かながわ」、横浜市で開催。-29日。
08 30 横尾・長崎市収入役、カザフスタン・セミパラチンスク市で開催された「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開会式の模様を記者会見で報告。
09 05 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国の旧首都アルマイトで開催。-9月15日。
09 09 長崎県原水禁・長崎地区労、8月に北朝鮮で開催された原爆写真展の報告集会を、長崎市内で開催。約200人が参加。
09 17 広島県原水禁など、「ピョンヤン原爆写真展報告集会」を広島原爆資料館で開催。約200人が参加。
09 26 宮城県被団協、「原爆展」を仙台市内で開催。45万円の公費補助。
10 23 広島・長崎両市、原爆展をスイス・ジュネーブ市の旧オペラハウスで開催。-10月30日。約4000人が入場。1995年度から6カ国12都市目の開催。
10 25 長崎原水協、森住卓(フォトジャーナリスト)のカザフスタン・セミパラチンスク核実験場周辺の被ばく者を撮影した写真展を長崎市内路上で開催。-26日。
10 27 森下一徹ら「世界のヒバクシャ」写真展を広める会、写真展「世界のヒバクシャ」を広島原爆資料館で開催。-11月5日。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間展」を福岡市内で開催。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間」展を市内で開催。
11 27 埼玉県原爆被害者協議会(しらさぎ会)川口鳩ケ谷支部、「原爆と人間展」を川口市内で開催。-28日。400人近くが参観。
12 05 東京マイコープなど、「原爆と人間展」をパプア・ニューギニアの首都ポートモレスビーにあるパプアニューギニア大学で開催。-11日。
12 13 中国人民平和軍縮協会の訪問団5人、広島市入り。15日、秋葉市長と会見し、中国での初の原爆展開催に向け協議を進めることを確認。

 

フォト・ドキュメント:被爆遺跡医学部11号館の消滅

フォト・ドキュメント:被爆遺跡医学部11号館の消滅

1999年3月
10日 樹木が取り払われた南側
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10日 鉄骨が組み立てられた北側
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16日 覆いが施された西側
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23日 甍が取り払われた東側
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27日11:30 消えた屋根の中央部(北側より撮影)
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27日11:30 消えた屋根の中央部(南側より撮影)
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27日11:30 南側より撮影
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27日11:30 原医研南側の広場
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27日11:30 原医研南側の広場
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27日16:30 消える屋根の東側(北側より撮影)
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27日16:30 消えた屋根の東側(南側より撮影)
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27日16:30 消えた屋根の東側(南側より撮影)
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29日13:00 消えた屋根の東側(北側より撮影)
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29日13:00 東側(南側より撮影)
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30日08:30 消えた屋根の東側(北側より撮影)
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30日08:30 消えた屋根の東側(北側より撮影)

ks990330as

1999年4月
01日08:30 消えた屋根の西側(北側より撮影)
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01日08:30 西側(南側より撮影)
 ks990401cs
01日08:30 西側(南側より撮影)
 ks990401ds
01日08:30 原医研南側の広場
 ks990401bs
02日13:00 わずかに残る東壁面の下部(南側より撮影)
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02日13:00 わずかに残る東壁面の下部
(北側より撮影)
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02日13:00 ガレキの山と化した11号館(南側より撮影)
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大使の平和メッセージ-21世紀を平和な時代に

『大使の平和メッセージ-21世紀を平和な時代に』(広島市市民局国際平和推進部平和推進担当編・刊、19990801 )

はじめに
本年8月6日の平和記念日に向けて、私は、126名の各国駐日大使の方々に「平和のメッセージ」の送付を要請いたしました。
これは、各国を代表している大使の皆様によりヒロシマに関心を持っていただき、世界平和都市連帯の推進など平和の取組みを進めているヒロシマに対する理解を深めていただくとともに、ヒロシマと各国の架け橋となっていただくことを期待し、要請したものです。
このたび43名の大使の方から、各国の平和の取組みや大使自身の平和への思い、ヒロシマヘの思い、21世紀への平和の誓いなどを内容とするメッセージをいただくことができました。
メッセージをお寄せいただいた大使の皆様に深く感謝申し上げます。
紛争の相次ぐ今日、民族や政治体制の異なる各国の大使に、この機会に平和に思いを馳せながらメッセージを作成していただくことは、そのこと自体有意義であり、
また、そのメッセージは多くの人々に読まれることにより一層意義を増すものと考えます。
御来場の皆様には、大使からのメッセージや広島市内の小学生20名が平和への思いを込めて書いた作文に触れていただくことにより、平和への思いをより一層強めていただければ幸いです。
私としても、今回の取組みが国境を越えた連帯の輪を広げ、来る21世紀を「核兵器のない、平和な時代」にしていくための第一歩となることを期待しております。
終わりに、重ねて大使の皆様をはじめ関係者の皆様に感謝の意を表します。
平成11 (1999)年8月1日
広島市長 秋葉忠利

各国駐日大使への平和メッセージの要請について

1趣旨
現在、核保有国による核軍縮は遅々として進まず、核兵器の廃絶への道筋を見い出すことができないまま21世紀を迎えようとしており、また、ユーゴスラビアのコソボ自治州をめぐる問題も.平和的解決に向けて事態が動きだしたが、依然として根本的な解決には克服すべき課題も多く残されている。
平和な世界の実現を求める願いは、政治、文化、宗教、民族などの違いを超えて人類共通のものであり、ヒロシマとしても、こうした願いを結集し、国境を越えた連帯の輪を広げることにより、来る21世紀を「平和の世紀」にしていくための努力を行っていきたいと考えている。そのための取り組みの一つとして、各国駐日大使特命全権大使等に平和のメッセージを寄せていただくよう依頼したものである。
2依頼先
各国駐日大使館特命全権大使、臨時代理大使 126名
3依頼日
平成11(1999)年6月11日(金)
4メッセージ送付数 43通

(地域別内訳)
●アジア州 14か国
イスラエル国、イラン・イスラム共和国、インド、インドネシア共和国、オマーン国、カンボジア王国、シリア・
アラプ共和国、シンガポール共和国、、タイ王国、トルコ共和国、パキスタン・イスラム共和国、フィリピン共和国、
ブルネイ・ダルサラー厶国、マレイシア
●大洋州 2か国
オーストラリア、フィジー共和国
●アフリカ州 6か国
ウガンダ共和国、エジプト・アラブ共和国、ギニア共和国、ザンビア共和国、ボツワナ共和国、モザンビーク共和国、
●ヨーロッパ州 11か国
アイルランド.イタリア共和国、オランダ王国、クロアチア共和国、スイス連邦、スウz一デン王国.スペイン国、
チェコ共和国、フィンランド共和国、ルーマニア.ユーゴスラビア連邦共和国、
●NIS諸国(エストニア、ラトビア、リトアニアを除く旧ソ連の新独立国) 3か国
ウズベキスタン共和国、カザフスタン共和国、べラルーシ共和国、
●北アメリカ州 3か国
コスタ・リカ共和国、ミーカ共共和国、メキシコ合衆国
●南アメリカ州 5か国
アルゼンチン共和国、エクアドル共和国、コロンビ共和国ア、ブラジル連邦共和国、ペルー共和国

駐日大使の平和メッセージ(1999年)

駐日大使の平和メッセージ(1999年)

平和な世界の実現を求める願いは、政治、文化、宗教、民族などの違いを超えた人類共通のものです。こうした願いを結集し、来たる21世紀を「平和の世紀」にしていくための取組みの一つとして、各国駐日大使へ平和メッセージの寄稿を呼びかけました。これに応えて、48か国の駐日大使から寄せられたメッセージを平成11年8月1日から31日まで平和記念資料館で展示しました。
また、8月6日に、メッセージを寄せたユーゴスラビア、コスタ・リカ、ベラルーシ、カンボジアの4か国の大使らを広島に招き、当夜、原爆ドーム前で平和メッセージを読み上げていただきました。これにより市民の平和への関心を高め、広島と各国との平和と友好の連帯の絆を深めることができました。
『平和と交流2000年版(平成11年度事業)』(財団法人広島平和文化センター、20010209)

日本原爆論大系 (全7巻)

日本原爆論大系 全7巻(日本図書センター、1999.06.25刊)

タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
2 被爆者の戦後史
3 原爆被害は国境を越える
4 核兵器禁止への道Ⅰ
5 核兵器禁止への道Ⅱ
6 核兵器禁止への道Ⅲ
7 歴史認識としての原爆
著者 タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
1  原爆投下はどう受け止められたか
仁科芳雄 原子爆弾
長田新 「原爆の子」序
塩月正雄・岡本彰祐・山本杉・草野信男・浦松佐美太郎 世界に訴へる日本原爆医学
2  なぜ日本に投下されたか
長田新 原子爆弾はなぜ投下されたか
荒井信一 「原爆投下への道」〈抄〉
3  原爆はどう報道されたか
松浦総三 原爆、空爆報道への統制
堀場清子 「禁じられた原爆体験」〈抄〉
2 被爆者の戦後史
1  原爆は人間に何をもたらしたか
川手健 半年の足跡
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
ロバート・J・リフトン 生存者
石田忠 反原爆の〈立場〉
2  被爆者は戦後をどう生きたか
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
石田忠 反原爆の〈立場〉
3 「きのこ会」を見つめ続けて
山代巴 わたしの報告
大牟田稔 「八月の沈黙」
大牟田稔 「原爆の刻印」背に半世紀
4  ヒロシマ・ナガサキからの訴え
 鎌田定夫  ナガサキ・七〇年代の記録と証言運動
松元寛 ヒロシマとナガサキ-その意味を考える視角
3   原爆被害は国境を越える
1 原爆被害の裏側
 金井利博 核権力と自由
2  南米・北米のヒバクシャ
藤原茂 ボンバ・アトミカ-南米に生きる被爆者たち
3  もう一つのヒロシマ・ナガサキ
李実根 被爆朝鮮人問題と「朝被協」
4  在韓被爆者は訴える
平岡敬 国家と被爆者
原爆被爆者対策基本問題懇談会 原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について
5  強制連行された中国人被爆者
6  被爆者補償
 田村和之  在外被爆者への被爆者法の適用
4   核兵器禁止への道Ⅰ
1  占領下の核兵器禁止運動
今堀誠二 朝鮮戦争に抗して〈抄〉
2  ビキニ被災事件の衝撃
3  原水爆禁止運動の高揚と分裂
自由民主党広島県議会議員会 原水爆禁止世界大会の正常会を望む
黒田秀俊 原水協にまつわる黒い影
今堀誠二 国民運動の崩壊と再生への四つの芽
4  運動の統一と運動のあり方をめぐる論争
金子満広 原水禁運動-よみがえった原点
松江澄 民主主義の徹底をとおして新しい社へ〈抄〉
高橋昭博 原水禁運動の「統一」について
5 NGO被爆問題シンポジウム
5   核兵器禁止への道Ⅱ
1  国連軍縮特別総会に向けて
2  文学者の反核声明をめぐって
3  核絶対否定か核兵器絶対否定か
森滝市郎 被爆三十一周年原水爆禁止世界大会国際会議主催者代表演説
三宅泰雄、安斎育郎、本谷勲 三科学者、大いに語る
4  原水爆禁止運動は再分裂へ
5  核抑止か核兵器廃絶か
6  核不拡散条約をめぐって
7  核の傘・非核三原則をめぐって
6   核兵器禁止への道Ⅲ
1  沖縄の核
2  非核自治体運動とは何か
西田勝 日本における非核自治体運動の現状と今後の課題
西田勝 非核自治体は世界を変える
自由民主党 非核都市宣言について
今堀誠二 世界平和連帯都市市長会議の意義と課題
鎌田定夫 核廃絶へ都市と市民の連帯を
林茂夫 非核都市宣言の理念と目的
3  戦略防衛構想をめぐって
安斎育郎 SDIで核廃絶は可能か
4  中距離核戦力をめぐって
5  日本政府の核政策をめぐって
6  核不拡散条約の延長問題
7  包括的核実験禁止条約をめぐって
8  核使用は国際法違反か
平岡敬 国際司法裁判所における広島市長の陳述
9 東西冷戦終結後の課題
土山秀夫 被爆地から核兵器廃絶への道を問う
庄野直美 北東アジア非核化条約を実現せよ
10 印パ両国の核実験をどうみるか
11 核時代の文化と芸術
芝田進午 核時代の文化的展望II-世界の地理的-文化ビジョン
芝田進午 核時代の文化的展望III-大国中心主義をこえて
芝田進午 核時代の芸術的展望-“反核芸術”-“反核芸術”論序説
7 歴史認識としての原爆
1 広島・長崎はどう語られてきたか-5年ごとのプレイバック
庄野直美 ヒロシマ25年
岡本三夫 アメリカ合衆国・一九八五年八月
2 慰霊碑の碑文論争
浜井信三 「過ちは繰返しません」
山田節男 「原爆慰霊碑改築の是非!」広島市長 山田節男氏に訊く
朝尾義光・吉川清・宮本正夫・中村良三 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-1
森弘助治・浜本万三・佐竹信朗・田淵実夫・田辺耕一郎 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-2
荒木武 第二回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説
3 被害と加害をめぐって
今堀誠二 ヒロシマ・ナガサキと中国
栗原貞子 「地による昭和史」
平岡敬 アジアとヒロシマ
本島等 広島よ、おごるなかれ
広島県原爆被害者団体協議会 本島論文に対する抗議文
本島等・袖井林二郎・松元寛・河野一郎 原爆ドーム世界遺産化で考える
高橋昭博 複眼で見よう原爆被害と戦争加害
4 スミソニアン原爆展問題
マーティン・ハーウィット・油井大三郎 スミソニアン原爆展示はなぜ阻止されたか
斉藤道雄 「原爆神話の五〇年」〈抄〉
米山リサ 越境する戦争の記憶
米谷ふみ子 ヒロシマと真珠湾
直野章子 「ヒロシマ・アメリカ」〈抄〉

 

新アジェンダ連合

新アジェンダ連合

しんあじぇんだれんごう

アイルランド・スウェーデン・ブラジル・エジプト・ニュージーランド・南アフリカ・メキシコ)で非核保有7カ国のこと。1999年11月の国連総会第一委員会で採択された核兵器の廃絶を求める決議「核兵器のない世界へ 新しい課題の必要」の提案の中心国となった。

文献

 

書名コード 書名 編著者
990720 核兵器廃絶への新しい道-中堅国家構想 ロバート・D・グリーン

 

広島市平和式典(1999年)

平成11年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

名簿に記帳された氏名
名簿登録者総数
名簿総数

参列者の概要

被爆者や遺族など 約万人
小淵恵三 内閣総理大臣
 国連事務次長
遺族代表 都道府県
各国大使や代表 か国と欧州連合(EU)。核兵器国のを含む。

 

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/

内閣総理大臣挨拶

内閣総理大臣

出典