「34 平和教育・研究」カテゴリーアーカイブ

子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集

『子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集』(文沢隆一編、汐文社、19820806)

内容

巻頭言-「ヒロシマ」を見た子どもたちの「こころ」 高橋昭博
小学生の部
解説
感想文
「原子爆だんの力」 22
「ヒロシマの学習をして」 25
「広島で学んだこと」 28
「原爆の映画を見て」 30
「原爆ドーム」 33
「ヒロシマの町を見て」 35
「修学旅行でヒロシマへ」 37
「平和のために」 39
「ヒロシマから帰ってこれからの出発」 42
「なやみからのヒロシマ」 44
「これからも平和運動を」 46
「ヒロシマの町を見て思ったこと」 48
「つみもないひとたち」 50
「今でも叫び続けているヒロシマ」 51
「千羽鶴」 53
「ヒロシマで学んできたこと」 54
「ヒロシマに行って」 55
「愛情は原爆よりも強い」 59
「涙が出たきた」 62
「私たちは、どんなことをすればよいのか」 64
「館長さんへ」 66
「ねむけもふっとんだ」 68
「お話をきいて」 68
「指のつめ」 70
「火傷したところ、大事にして下さい」 71
「原子爆弾」 73
「人間は、なさけないものだ」 75
「なあんや、大じょうぶやん」 77
「広島で思ったこと」 78
「おじいちゃんがすきになった」 78
「広島にきたかいがあった」 82
「心は、はれへん」 83
「おじいちゃんがおったら」 84
「心に残ったこと」 87
中学生の部
解説
「ヒロシマの心を学ぶために」 95
「自分たちの目で見たヒロシマ」 100
「私たちがしなくてはならないこと」 102
「このとりくみで学んだこと」 103
「ぼくたちの学習はまだ続く」 105
「三年生といっしょに広島へ」 107
感想文
「貴重な体験」 110
「朝鮮人被爆者のこと」 113
「原爆乙女の方にお会いして」 115
「戦争に対する考え方」 119
「あやまちはくり返しません」 122
「至高の愛と無窮の残虐」 125
「私達はなにをすればいいのか」 132
「原爆写真展・実行委員になって」 134
「修学旅行を終って」 138
「広島」 139
「映画“広島の原爆”を見て」 139
「たった一つの爆弾で」 141
「広島で考えたこと」 142
「細いひもの先につるした大きな石」 144
「平和」 146
「なにを学んだか?」 147
「原爆の絵とドームから」 149
「重いくさりとなって心にのしかかる」 152
「平和への誓い」 154
「原爆をずっと身近に感じる」 156
「影はいつまでも叫びつづける」 160
「信頼しあうということ」 162
「闘争本能は理性でおさえる」 163
「口先だけではない心」 165
「私たちの課題」 167
「平和公園を歩いて」 169
「ひとりからの出発より」 171
「戦争がおこるような気がする」 173
「被爆二世もいる」 174
「戦争という言葉の意味」 176
「さびしく燃える平和の灯」 177
「心に刻みつけた場所」 179
「哀しい人間」 181
「原爆ドーム」 182
「資料館」 183
「ヒロシマ」 184
「被爆者を支える語り」 186
「原爆小頭症の人にお会いして」 189
「被爆韓国人慰霊碑にささげる言葉」 192
「ヒロシマの語り部、高橋さんへ」 193
高校生の部
解説
感想文
「広島に生まれて」 221
「戦争とは何かを」 223
「悪と尊厳の両方が」 225
「カッコイイというイメージ」 226
「関係ないことのくやしさ」 228
「こわいものは こわい」 229
「変にさめてるぼくら」 230
「静かに頭を下げられる」 233
「この供養塚のどこかに」 234
「私を失わせ、狂わせてしまう」 237
「そっとしておいてほしい」 239
「黙っていて平和は生れない」 240
「ころんだ人の痛みを知る」 243
「今ごろ広島では……」 245
「広島に住むあなたよ!」 247
「黒い雨」 249
「広島旅行を出発点として」 251
「平和の願い」 253
「私たちの誓い」 256
あとがき

 

 

 

 

平岡敬前広島市長:私の平和論ーヒロシマから―20100121

広島女学院大学人間生活学研究科冬季特別講演会。
平岡敬前広島市長「私の平和論ーヒロシマから」。
ソフィア101。2010年01月21日 17:00~18:50

講演概要(宇吹メモ)<敬称略>
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死者の思いを忘れるな。県知事告諭、蜂谷道彦。仇を討つ。平和な社会を作ってくれと言って死んだ者はいない。原爆ドームの世界遺産化。国内160万人の署名。<講演後の話=参議院決議が文化庁を動かした。後で文化庁からいやがらせを受ける>。
国家の責任を国民が受け継ぐべきか。ヤスパースの4つの罪=刑法上の罪、政治上の罪、道徳上の罪、形而上の罪。
日本国民の戦争への共通認識がない。天皇の言葉=「あの戦争」。1998年のインド・パキスタンの核実験。インドで国防相、副大統領と面会。「核の傘」に守られている日本にインドを批判することはできない。ガンジーが生きていれば「作ってもいいが使うな」と言うだろう。帰国後の平和宣言で「核の傘」批判をおこなった。
「核の傘」=冷戦の産物。核状況の悪化=放射線被曝者の増加、劣化ウラン弾犠牲者、核物質の闇商人。キッシンジャー・シュルツなどによる「核のない世界」構想=中身は核拡散の防止。グローバル・ゼロ。この延長線上にオバマ発言。軍産複合体などアメリカの権力構造はオバマ政権でも変わらない=ブッシュ政権のゲーツが国防長官。オバマの選挙資金の4分の3が企業献金。
核兵器がなくなれば平和になるわけではない。核兵器廃絶後にどのような社会をつくるか。格差社会。
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赤木智弘=フリーター。論座で「丸山真男をひっぱたきたい」。折り鶴を折ることが平和に結びつくわけではない。折り鶴は紙切れ。原爆以外のハイテク兵器にどう対応するのか。
今日の講演で触れられなかったこと。1.原爆被害。2.核兵器の持つ皆殺しの思想。無差別爆撃。3.戦争体験の共有。4.日本に世間はあるが社会はない、5.原水禁運動、8.外国人被爆者、9.日米安保体制化の広島。10.ヒロシマの声として発信する人。
平岡敬への質問。
*井ヨ*エ(英米言語学科4年)。哲野イサク。網野沙羅。鈴木。
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謝辞=末永航。
平岡敬講演会参加者=読売、朝日(加戸靖史)、毎日(矢追健介)、共同(高見浩太郎)、産経(山澤義?)、中国(金崎由美、林淳一郎、吉原圭介、馬上稔子)、RCC(藤原大介ほか2名)。
平岡敬=講演後、学部事務室。中国メディアセンター記者。南部さやか(読売)。中田=父親が平岡と知り合いの様子。ラン・ツヴァイゲンバーグ(ニューヨーク市立大学)。平岡=*記者は抽象的になりすぎた。

 

 

独立運動と民主化闘争に学ぶ 韓国・歴史と平和の旅

独立運動と民主化闘争に学ぶ 韓国・歴史と平和の旅
主催:平和国際教育研究会
1998年8月17日(月)~21日(金)

17 ソウル 明成皇后(閔妃)遭難の地
パゴタ公園(正式名称:塔洞公園)
西大門独立公園
延世大学
18 ロッテ民族博物館
安重根義士記念館
19 広州郡 ナヌムの家
天安市 独立記念館
20 柳寛順(ユガンスン)記念堂
柳寛順の生家と梅峰教会
光州市 5・18メモリアルパーク
光州学生独立運動記念館

 

戦争と平和の理論

『戦争と平和の理論』(芝田進午編、勁草書房、19921110)

内容

部章
序文
核時代の平和思想
01 核時代の平和思想 芝田進午
02 ヒロシマの歴史と現在 宇吹暁
03 ナガサキの歴史と現在 鎌田定夫
04 原爆被爆者の意味 舟橋喜恵
05 核軍拡・軍縮の歴史と課題 山田浩
日本の加害責任と戦後責任
06 朝鮮への侵略と戦後責任 中塚明
07 中国への侵略と戦後責任 小林文男
08 「悪魔の飽食」の戦争犯罪と戦後責任 芝 田進午
09 ベトナムへの侵略と戦後責任 芝田進午
平和の理論と運動
10 平和学の課題-その歩みと展望 岡本三夫
11 帝国主義とソ連の崩壊 芝田進午
12 第三世界と平和 佐藤幸男
13 言葉と平和 松尾雅嗣
14 核兵器廃絶の思想と運動 宇吹暁
15 被爆者の援護 田村和之
16 日本国憲法の平和主義の原点と現点 水島朝穂
17 平和教育 藤井敏彦
18 反核文化 芝田進午
19 平和運動の社会学 児玉克哉
あとがき

頁数 285
大きさ 22
ISBN 4-326-00007-4

広島女学院と共に 広瀬ハマコ先生文集

『広島女学院と共に 広瀬ハマコ先生文集』(広瀬院長退任記念事業委員会、1974/11/20)

内容

頁章節
001 先生の女子教育と平和への熱意 森戸辰男
004 所感 松本卓夫
006 私の知る広瀬ハマコ先生 山川道子
Ⅰ-1 幻を見る人々…1
最上の贈物…5
8月6日原爆慰霊式の祈り…6
ゲーンズ先生と信仰…8
広島におけるルーズベルト夫人の横顔…13
ハワイ真珠湾を訪れて…15
国連を訪ねて…18
訪米所感…20
アジア旅行の中から…24
手…28
山に登れ…30
待つ心…32
日本手拭…34
一本の木…36
この頃の教育に思う…38
私学の存在意義…40
新しい人間像を求めて…42
創造・破壊・救い…44
文化の日の意義…46
Ⅰ-2 聖和女子大学の発足にあたって…49
広島大学第1回卒業式祝辞…53
Ⅰ-3 意義ある人生への門出…56
現代に生きる婦人の役割…61
教師像について…73
幼児の遊び友だちとけんか…81
幼児の宗教教育…86
思春期と教育上の問題…98
日本の宗教…106
Ⅱ-1 広島女学院と私
Ⅱ-2 創立65周年記念式並びに就任式挨拶…154
創立80周年記念式式辞…160
創立85周年記念式式辞…165
1964年3月大学卒業式告辞…171
1970年3月大学卒業式告辞…175
Ⅱ-3 広島女学院新聞復刊の辞…179
ゲーンズ先生と女学院精神…181
ゲーンズ先生の表彰…183
幼稚園の復興にあたって…185
校章を心に刻む…187
大学開学20周年を迎えて…190
試練に耐えられる学院に…192
院長退任にあたって…194
年譜…197
あとがき…214

 

 

文献:広島女学院

文献:広島女学院

書名 著者 発行所 発行年月日 備考
所蔵:G=広島原爆資料館、U=宇吹
創立七拾周年記念誌 加納哲雄編 広島女学院 1956/10/01 G
ゲーンズ先生物語 小田切快三編 広島女学院 1966/10/01 G
広島女学院創立八十周年記念写真集 広島女学院 広島女学院  1966/10 GU
8月6日と文学 [広島女学院大学]文芸部員編 広島女学院大学文芸部 1967/06/10 G
広島女学院原爆被災実態調査報告書 昭和20年8月6日広島女学院に在籍の生徒を対象とする 広島女学院大学学生自治会、広島女学院原爆被災実態調査委員会 広島女学院大学学生自治会、広島女学院原爆被災実態調査委員会 1970/06/25  G
広島女学院創立85周年(1996-1971) 田中一郎ほか 広島女学院創立85周年記念事業委員会 1971 U
夏雲 広島女学院原爆被災誌 広島女学院教職員組合平和教育委員会編 広島女学院教職員組合 1973/04/01  G
広島女学院と共に 広瀬ハマコ先生文集 広瀬院長退任記念事業委員会 広瀬院長退任記念事業委員会 1974/11/20  GU
同労者 広島女学院教職員組合二十年史 広島女学院教職員組合編 渓水社 1975/03/20   GU
夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂版 広島女学院教職員組合平和教育委員会編 広島女学院教職員組合 1976/04/01   GU
Summer cloud : a-bomb experience of a girls’ school in Hiroshima (revised ed.) ed. by Hiroshima Jogakuin Jr. & Sr. High School English Department ; 広島女学院中高英語科 Sanyusha Shuppan ; 三友社出版 19760806

19980720

2011/08/06

GU

 

九拾年の歩み 広島女学院創立90周年記念誌編集委員会編 広島女学院 1976/10/01 G
World’s Knowledge of Hiroshima-二つのEncyclopaediaの記述を追って 調査報告 植木寿子、谷洋子、鳥養陽子 広島女学院大学英文学会 1979/09/01  G
ここも神のみ国なれば 「宣教師マクミラン先生に聞く」編集委員会 広島女学院大学 1980/03/10  G
夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第2版 広島女学院教職員組合平和教育委員会 広島女学院教職員組合 1980/07/01  G
中原史子記念平和文庫目録 1980 広島女学院大学図書館 広島女学院大学図書館 1980/08/06  G
夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第3版 広島女学院教職員組合平和教育委員会 広島女学院教職員組合 1985/08/01 G
創立者砂本貞吉先生 リレーフ除幕を記念して 広島女学院 広島女学院 1986/09/30  G
目でみる広島女学院の100年 写真による100年史作成委員会編 広島女学院 1986/10/01  GG
広島女学院と共に百年 広島女学院同窓会 広島女学院同窓会 1986/10/01 G
夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第4版 広島女学院教職員組合平和教育委員会 広島女学院教職員組合 1987/08/06  G
回想の牛田山 希望を天の星につなげよ 今石益之 サイマル出版会 198711 U
わたしたちの広島女学院 ユングフラウ代表 今西美代編 溪水社 [渓水社] 1988/06/10  GU
霊は人を生かす 松本卓夫の生涯 加藤裕子編 加藤清光 1988/09/30   GU
夏雲-逝きしものへのレクイエム 広島女学院編 被爆記録フィルム製作委員会 1991/06/01 G
広島女学院百年史 広島女学院百年史編集委員会 広島女学院 1991/10/01   GU
広島女学院百年史年表 広島女学院 広島女学院 1991/10/01  GU
桑田変じて蒼海となる 続・回想の牛田山 今石益之 今石益之 199401 U
証言集―被爆記録映画「」製作を支えた 199508 U
世界平和の現実とその課題 大里巌編 広島女学院大学 19960330 U
広島女学院百十年史年表 広島女学院百十年史編集委員会 広島女学院 19971001 U
Beautiful Saviour 広島女学院大学クワイヤOG会 広島女学院大学クワイヤOG会 1999/10/01 G
夏雲 広島女学院原爆被災誌 改訂第9版 広島女学院教職員組合平和教育委員会 広島女学院教職員組合 2001/04/01  G
ゲーンズ先生 ヒルバーン 広島女学院 20020320 U
ライラックは生きていた ある宣教師のヒロシマ物語 キャサリン・ジョンソン著 ジョン・F・ラッシィ編 上野信子, 池田チヅ子訳 溪水社 [渓水社] 2002/11/15 G
Joint Seminar 2003 : May 28 – June 3 2003 Hiroshima Jogakuin University ; 広島女学院大学 Hiroshima Jogakuin University 2003/01/01  G
ヒロシマとの出会いⅡ フェリス女学院中学校・高等学校 フェリス女学院中学校・高等学校 2005/01/01 G
平和を祈る人たちへ 広島女学院同窓会被爆60周年証言集 被爆60周年記念証言集編集委員会 広島女学院同窓会 2005/08/06 GU
For those who pray for peace ; 広島女学院同窓会被爆60周年証言集 ed. by Editing Committee of Memoirs of the A-bomb 60th Anniversary ; 広島女学院同窓会被爆60周年記念証言集編集委員会 Hiroshima Jogakuin Alumni Association ; 広島女学院同窓会 2005/08/06 G
広島女学院この10年の歩み 広島女学院120年史編集委員会編 広島女学院120年史編集委員会 2006/10/01  GU
小さき者への大きな愛 広島女学院ゲーンス幼稚園の歴史とM.クックの貢献 広島女学院創立120周年を記念して 広島女学院幼児教育史刊行委員会編 広島女学院 2006/10/01  GU
広島女学院120年史年表 広島女学院  2006 U
広島女学院大学の世界遺産学 広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科 広島女学院大学総合研究所 2008/02/28  GU
広島女学院を創立した人たち 今田寛 広島女学院 20080229 U
平和と共感 2008年度(第2回)広島女学院大学国際シンポジウム報告書 広島女学院大学総合研究所 20081220 U
Summer cloud : a-bomb experience of a girls’ school in Hiroshima (revised ed.) ed. by Hiroshima Jogakuin Jr. & Sr. High School English Department ; 広島女学院中高英語科 Sanyusha Shuppan ; 三友社出版 19760806

19980720

2011/08/06

UG

 

原爆の声 今石元久(編・著) 溪水社 20090611  U
平和を祈る人たちへ 広島女学院同窓会被爆60周年証言集改訂版 被爆70年記念 被爆70年記念証言集編集委員会編 広島女学院同窓会 2015/08/06 G
栗原貞子論 反戦・反核・平和を掲げ行動する詩人として 松本滋恵著 広島女学院大学大学院 2019/02/18  G
光に向かって這っていけ 核なき世界を追い求めて サーロー節子、金崎由美著 岩波書店 2019/07/23 GU

 

 

 

 

平和学連携講座「ヒロシマ」200508

平和学連携講座「ヒロシマ」20050805~09

事項(敬称略)
05 10:00 集中ヒロシマ受講生(関西学院大学):21人。(広島女学院):日文3年2人、4年1人、英文3年13人、4年1人、人社2年6人、生活2年4人。計27人。総計48人。
05 10:30 関西学院大学学生、宿舎(広島工業大学セミナーハウス)より到着。歴史資料館前。堀川・宇吹で出迎え。
05 10:31 ソフィア101で関西学院大学学生へのガイダンス。今田学長が女学院と関西学院大学の関係について簡単に説明。
05 10:50 大学内見学:歴史資料館=岩内解説、図書館フリースペース「広島女学院における平和教育のあゆみ」展、図書館内=土屋解説。~12:00。
05 12:00 集中ヒロシマ受講生:昼食。ヒノハラホール。~12:40。
05 13:00 集中ヒロシマ(第1日)①今田寛女学院大学学長歓迎の言葉。平松一夫関西学院大学学長挨拶。*本(女学院学生代表)挨拶。ソフィア202。
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05 13:01 集中ヒロシマの取材:久米井(NHK神戸)、佐竹(日経新聞大阪本社社会部)、稲田(読売新聞大阪本社福山支局三原通信部)、取材。NHK神戸は、の広島県出身の*本(関西学院大学生)を追跡取材。
05 13:10 講義「平和式典と平和公園の歴史」(宇吹暁)。ソフィア202。~14:30。
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05 14:40 集中ヒロシマ(第1日)②発表「私のヒロシマ」。自己紹介(関西学院大学の学生)=自らのこれまでのヒロシマとの関わり、今回の講義への参加動機、期待など)。女学院学生は簡単な自己紹介。班分けでの打合せ。
05 14:42 集中ヒロシマ(第1日)直野章子の本を紹介。
05 16:20 集中ヒロシマ(第1日)③講義「ヒロシマの心」(赤木直美:広島女学院高等女学校1948年卒、広島女学院高等学校1949年卒、広島女学院大学英文科1953年卒、現在:学校法人赤木学園・井口台シオン幼稚園理事長)。~15:20。
05 16:21 赤木の話=1930年生まれ。1941年在米3年の父が最後の帰国船で帰国。1943年広島女学院入学。200人の定員に260人が応募。200人中20人の死亡と65人の生存を確認。1943年~45年の女学院の資料は、歴史資料館を調べたが皆無に近い状態。
05 16:22 赤木の話=1945年2年生のとき、身体が弱いので財務局に動員。7月30日トラックで山形郡のかすかな知人宅をたよりに疎開。屯所に住む。8月6日引越しの手伝いで山県にいる。数日後、母が父を探しに入市。1週間近く音沙汰なし。父は足を骨折して二中から廿日市の病院に移動して入院中。その後、父は岐阜に移住。
05 16:23 赤木の話=1946年2月、女学校が牛田山で開校。現在の牛田山荘で生活。現在、原爆体験記朗読会に所属。1年下の小田なおこの手記を朗読。父は牧師で、女学院では聖書と事務を手伝っていた。
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05 17:20 赤木と生活科学部長室で話す。西垣院長、桐木も同席。17:40、赤木を見送る。
05 18:00 集中ヒロシマ(第1日)懇親会(夕食)。西垣院長、歓迎の挨拶。途中で私から桐木・丸田・堀川を紹介。村田関西学院大学教務部長から、中迫周一教務部次長、片岸教務課員、吉津広報室員の紹介。終了後、堀川から同行していた*教務課主任が体調不良のため帰宅したとの情報。ヒノハラ。~19:30。
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05 19:00 関西学院大学から、女学院の学生一人一人に同大学グッズ(ストラップとボールペン)のプレゼント。残6組を私が預かる。
05 19:30 懇親会(夕食)終了。テーブルを元通りに直し、関西学院大学の学生を20:00ごろ見送る。
06 06:30 広島駅の駐車場に車を置き、駅の売店で新聞を購入。日経が昨日の模様を大きく掲載。電車で市民球場南側へ。07:15関西学院大学のバス到着。まとまった班から平和公園へ。宇吹ゼミの*木・*間も来る。デジタルビデオカメラでの撮影を依頼していた。
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06 07:30 集中ヒロシマ(第2日)④⑤現地実習(広島市平和式典参加)。会場内に空席が無く、式典会場の西側へ。翌朝の報道では5万5000人が参列。学生とはぐれ、式典の最中に出口付近に移動して待ったが会えず。最後までいたとのことで、ほとんどが女学院慰霊祭に遅刻。
06 10:00 集中ヒロシマ(第2日)⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。西垣が約20分の式辞。参列者に同窓会から梅坪の和菓子3個入りが配られる。大学教員では谷沢・篠原・石井・岡井・下岡・佐藤の顔が見える。
06 10:01 西垣の式辞=戦略爆撃、碑文論争などさまざまな論点を克明にレポート。
06 11:10 集中ヒロシマ(第2日)昼食。同窓会の手記集が配布されていた。
06 11:11 集中ヒロシマ(第2日)集合時間を20:30に変更したことを伝える。班別行動をこの日に相応しいものにするよう注意するつもりだったが止める。関西学院大学の職員から、5時半以降は班行動をしないような女学院学生の雰囲気について心配があったので、私から注意。
06 12:00 集中ヒロシマ(第2日)⑥⑦⑧現地実習。昼食後、学生は、タクシーを呼んで移動。(平和公園碑めぐり、原爆資料館、原爆死没者追悼平和祈念館、袋町小学校平和資料館、広島市立中央図書館など、班ごとに行動・見学)。
06 20:30 集中ヒロシマ(第2日)広島女学院中高校前集合。バスで宿舎へ帰るのを見送る。
08 09:00 集中ヒロシマ(第3日)⑨講義「オキナワとヒロシマ」(桐木建始・沖縄県人会=中村盛博・柴田ゆき子)。ヒノハラ5Fアセンブリーホール。踊り4人。これらの人たちに薄謝で申し訳ない思い。
08 10:40 集中ヒロシマ(第3日)⑩講義「アウシュヴィッツとヒロシマ」(原谷勉)。ヒノハラ5Fアセンブリーホール。ビデオを使用。「ハロルド・アグニューとヒバクシャとの広島での対話」(筑紫哲也の特別番組の一部)。翌日の討論では、衝撃を与えていた。
08 13:00 集中ヒロシマ(第3日)⑪講義「アジアの中のヒロシマ」(丸田孝志)。ソフィア202。内容は韓国人原爆犠牲者慰霊碑について。丸田は講義の最後に簡単なレポートを提出させる。丸田へのレポートの感想で多かったもの:韓国人原爆犠牲者慰霊碑の存在を知らなかった。ドイツと日本の戦後責任への対応の違い=市民権を持った国民と市民権を持たない国民の違い。
08 14:40 集中ヒロシマ(第3日)⑫講義「原爆の絵」(直野章子:九州大学大学院助教授)。ソフィア202。前半、原爆投下問題について。主題:パワーポイントで原爆の絵を示しながら、聞き取りの結果を紹介。本人が涙ぐむ場面もあった。翌日の討論では男子学生が高く評価。
09 09:00 集中ヒロシマ(第4日)⑬グループ討論。ソフィア202(もともとヒノハラの予定であったが変更)。
09 10:30 私が持参した被爆建物のレンガの解説「放射線が含まれているかも知れない」を*徳が批判。
09 10:40 集中ヒロシマ(第4日)⑭グループ代表によるまとめ発表。ソフィア202。
09 11:02 *(関西学院大学の学生)の呼びかけで、長崎の時間に合わせ30分間の黙祷。
09 12:00 集中ヒロシマ(第4日)⑭宇吹の講評=被爆二世への影響をどう考えるか。昨年と比較し加害の問題に焦点、被爆50周年と比較するとイベント化が今年の特徴。本講座の講師は、私の依頼に真摯に対応してくれた。自分の問題として「ヒロシマ」の向き合ってくれた。
09 12:01 集中ヒロシマ(第4日)⑭村田関西学院大学教務部長の講評=靖国の問題が論議を加害の問題に集めた。昨年よりレベルの高い議論ができた。
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