『長崎 爆心地復元の記録』(調来助編、日本放送出版協会、19720801)
内容<作業中>
章 |
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1 |
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原爆前夜 |
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1 |
戦時下の長崎 3 |
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(1)浦上3 |
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無人の里-浦上四番崩れ |
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浦上のなりたち |
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浦上の人びと |
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(2)長崎の中の浦上10 |
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長崎の二つの顔 |
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新しい浦上 |
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(3)戦時下の長崎13 |
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市民生活の統制 |
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思想文化の統制 |
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緊張する長崎 |
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2 |
三菱と長崎 20 |
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(1)長崎の工業化と三菱20 |
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長崎における工業の歩み |
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三菱系諸企業-戦時下の造船、兵器、製鋼など |
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(2)三菱と長崎市民 26 |
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3 |
原爆投下決定 28 |
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(1)アメリカ、原爆製造す28 |
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広島型と長崎型 |
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原爆投下作戦 |
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(2)選ばれた土地・長崎31 |
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原爆搭載機、長崎へ |
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被爆直前の浦上地区 |
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長崎の悲劇 |
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(3)広島から長崎へ-74時間47分 35 |
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原爆第一号の波紋 |
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広島・長崎で二度までも |
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広島-長崎、防空関係者たち |
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それは原子爆弾だ-カルルス亭に集まった人びと |
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2 |
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閃光のつめ跡 45 |
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1 |
そのとき松山町では 47 |
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(1)ある晴れた日 47 |
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(2)炎の街 |
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爆心地の生命 |
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岡町壕にて |
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駒場町第八組~川崎作江と保立陽子 |
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六本のトンネル |
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天主堂の下で |
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幹部たち |
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(3)暗い昼・長い夜 62 |
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炎の中の人びと |
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炎の中の人びと その1 |
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炎の中の人びと その2 |
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炎の中の人びと その3 |
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炎の中の人びと その4 |
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炎の中の人びと その5 |
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炎の中の人びと その6 |
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黒い雨-残存放射能 |
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火災の記録 |
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目撃者 |
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原爆弾書類綴から |
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2 |
家族・隣組・町内会 80 |
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(1)地域社会の崩壊・マツヤマ |
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商店街・松山町 |
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八月九日-申告人口1865人 |
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出る人、残る人 その1 |
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出る人、残る人 その2 |
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出る人、残る人 その3 |
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出る人、残る人 その4 |
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家族離散 |
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信徒被爆 |
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(2)無差別な破壊 |
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被害概況 |
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3 |
医療救護活動99 |
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医療救護活動 |
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長崎医大救護隊(証言・調来助) |
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滑石救護所 |
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終戦のあと |
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その他の救護隊 |
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市内および市周辺での救護 |
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長与村と時津町 |
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遠隔地の病院における救護 |
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川棚・佐世保海軍病院 |
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原爆による直接障害と応急治療 |
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福井順の手記 |
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一般救護活動 その1 |
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一般救護活動 その2 |
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一般救護活動その3 |
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救援列車「三一一」 |
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4 |
都市の機能の崩壊 130 |
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ちぎれた電線 |
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燃えつきた電車 |
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途絶えた電話 |
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記者たち |
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3 |
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復元の中から 143 |
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1 |
長崎再興 145 |
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(1)復興への胎動 |
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最初の仕事-遺体の処理 |
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生命の息吹き |
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生活再建へ |
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励ましの言葉で |
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あかがね御殿の住人たち |
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爆心の本格住宅第一号 |
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最初の慰霊祭 |
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市民のくらし |
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(2)原爆に祈る人びと 157 |
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浦上信徒-五度目の浦上崩れ |
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祈りと原爆と |
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永井隆のこと |
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(3)長崎、都市復興 164 |
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戦災復興事業 |
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長崎国際文化都市建設法 |
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観光都市長崎の誕生 |
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(4)三菱の復興ー高度成長への道のり171 |
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長崎三菱王国の崩壊 |
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復興から高度成長へ |
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2 |
占領下の長崎 175 |
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(1)プレスコード時代 |
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米軍上陸す |
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抑えられた原爆報道 |
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(2)原爆調査活動 183 |
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日本学術研究会議の調査 |
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長崎医科大学の調査 |
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ABCCの調査 |
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3 |
重荷を背負った被爆者たち 188 |
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(1)被爆者対策はどのように行われてきたか |
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被爆者対策以前 |
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被爆者対策へ世論の高まり |
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法制定への動き |
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原爆医療法の制定 |
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被爆対策の課題 |
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原爆の後障害 |
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(2)ハンディを背負って201 |
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絶たれた家族の絆 |
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ひとりぽっちになって |
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悲惨な孤児たち-池田早苗さんの証言 |
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原爆孤老たち |
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(3)被爆者のハンディ 209 |
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進学をめぐって |
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就職をめぐって |
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結婚をめぐって |
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被爆二世の死 |
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4 |
爆心の空白 215 |
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(1)被爆の実相を求めて |
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一九七二年夏、ナガサキ |
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原爆被爆の全体像 |
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爆心地復元 |
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(2)長崎の復元運動 220 |
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原爆二五周年平和公園にて |
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復元運動誕生 |
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復元運動の輪拡がる |
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被爆者と復元運動 |
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(3)広島、長崎、ビキニを越えて 229 |
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終章 |
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断絶から継承へ 231 |
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いつまでも続く恐怖 |
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この歴史の重荷 |
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被爆者不在 |
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被爆者のイニシアティヴによる復元運動 |
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原爆・平和教育 |
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広島≶長崎 |
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広島から長崎を通っての一つの旅 |
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止
資料年表:麻生太郎
年月日 |
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1940 |
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0920 |
誕生 |
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2006 |
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1017 |
麻生太郎外相、衆院安全保障委員会で、日本の核保有論議についてタブー視すべきでないとの考えを示す。 |
C |
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2007 |
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0610 |
麻生太郎『とてつもない日本』(新潮新書、新潮社) |
U |
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2008 |
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1105 |
麻生太郎首相、米大統領選で当選したオバマの核軍縮への強い熱意を示したことについて、「そんな簡単ではない」との冷めた見方をしめす。 |
C |
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2009 |
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0413 |
麻生太郎首相、自民党役員会で米国と連携して核廃絶に取り組む意向を伝える親書をオバマ米大統領に送る意向を明らかにする。 |
C |
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0806 |
平成21年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式 |
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あいさつ |
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広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
六十四年前の今日、原子爆弾が、この地に投下され、幾万の尊い命が一瞬にして奪われ、多くの方々が傷つきました。美しい「水の都」、広島の街も焦土と化しました。
しかし、戦後の歩みの中で、広島は、市民の皆様とともに、立ち上がり、今や「国際平和文化都市」として、大きく発展をしました。今日までの、広島の奇跡的ともいえる復興と発展に、尽力された皆さま方に心から敬意を表します。
日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければなりません。
我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」を宣言し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明しております。
そして本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立っていくことをお誓い申し上げます。
被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療並びに福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。特に、原爆症の認定につきましては、できる限り多くの方々を認定するとの方針で臨んでおります。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、対象を拡大いたしました。
また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳の取得を容易にするため、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるよう、引き続き、取り組んでまいります。
結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして広島市の一層の発展を心よりお祈り申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。
平成二十一年八月六日
内閣総理大臣 麻生太郎 |
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広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ |
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0809 |
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ |
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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に臨み、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
六十四年前、長崎の方々は、この地に投下された原子爆弾によって、筆舌に尽くしがたい苦しみを経験されました。七万ともいわれる尊い生命が、一瞬にして失われました。一命をとりとめた方も、いやすことのできない傷跡を残すこととなられました。今、日本の平和と繁栄を振り返る時に、尊い犠牲があったことを決して忘れることはできません。
日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければならないと存じます。
我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月、ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明をいたしております。
そして、本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを、改めてお誓い申し上げます。
被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療、福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。今回、原爆症の集団訴訟につきましては、原告の方々がご高齢でもあられること、また長きにわたり訴訟にたずさわってこられたことなどに鑑み、私は、新たな方針を決断しております。極めて異例な対応でありますが、一審で勝訴した原告の方々について、「国は控訴を取り下げることにより、原爆症と認定すること」を柱とする内容で、先日、合意をいたしました。原告団は、これをもって、集団訴訟を終結させることとなり、こうした合意に至ったことは、誠に喜ばしいことと考えております。
また、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、これまでも、できる限り多くの方々を、認定するとの方針で、臨んでまいりました。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方々を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、本年六月にさらに対象を拡大いたしております。今後とも、新たな認定基準に基づき、できる限り迅速な認定に努めてまいりたいと考えております。
また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳を容易に取得できるよう、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるように、引き続き、取組みを進めてまいります。
結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして長崎市の一層の発展を心より祈念申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。 |
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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に臨み、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
六十四年前、長崎の方々は、この地に投下された原子爆弾によって、筆舌に尽くしがたい苦しみを経験されました。七万ともいわれる尊い生命が、一瞬にして失われました。一命をとりとめた方も、いやすことのできない傷跡を残すこととなられました。今、日本の平和と繁栄を振り返る時に、尊い犠牲があったことを決して忘れることはできません。
日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければならないと存じます。
我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月、ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明をいたしております。
そして、本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを、改めてお誓い申し上げます。
被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療、福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。今回、原爆症の集団訴訟につきましては、原告の方々がご高齢でもあられること、また長きにわたり訴訟にたずさわってこられたことなどに鑑み、私は、新たな方針を決断しております。極めて異例な対応でありますが、一審で勝訴した原告の方々について、「国は控訴を取り下げることにより、原爆症と認定すること」を柱とする内容で、先日、合意をいたしました。原告団は、これをもって、集団訴訟を終結させることとなり、こうした合意に至ったことは、誠に喜ばしいことと考えております。
また、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、これまでも、できる限り多くの方々を、認定するとの方針で、臨んでまいりました。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方々を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、本年六月にさらに対象を拡大いたしております。今後とも、新たな認定基準に基づき、できる限り迅速な認定に努めてまいりたいと考えております。
また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳を容易に取得できるよう、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるように、引き続き、取組みを進めてまいります。
結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして長崎市の一層の発展を心より祈念申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。
平成二十一年八月九日 内閣総理大臣 麻生太郎 |
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<作業中> |
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止
『太陽 No.9 特集・長崎』(平凡社、19640212)
内容
頁 |
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撮影者ほか |
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特集1 |
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05 |
長崎 |
撮影・島田謹介 |
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21 |
石畳のある街角 |
撮影・坂巻とおる |
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28 |
クジラに乗った海士の話 |
撮影・芳賀日出男 |
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31 |
長崎裏面史 非運の人たち |
文・池田敏雄 |
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□革命の玄関口 長崎□ |
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□朝鮮独立党の首領 金玉均□ |
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32 |
□ 長崎女人帳□ |
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33 |
□大阪事件の国事犯 福田英子□ |
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34 |
□比島独立軍支援の老朽船 布引丸□ |
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□白系セミューノフの亡命□ |
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35 |
くるわ丸山繁盛記 |
永島正一(長崎県立図書館司書) |
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38 |
家庭の本棚〈長崎案内書〉 |
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史書あれこれ 読み物あれこれ |
寺本界雄(長崎文庫同人) |
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40 |
石がつくる風景 長崎の道と橋と塀 |
宮本常一(民俗学者) |
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43 |
海をわたってきた文化 南蛮と紅毛 |
小野忠重 (版画家) |
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45 |
南蛮の文化 |
小野忠重(解説) 脇坂進(写真) |
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54 |
長崎の行事 凧(ハタ)揚げ大会 |
清水崑(絵) |
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56 |
ペーロン競漕 |
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58 |
精霊船流し |
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60 |
オクンチの竜踊り |
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62 |
太陽ハンドブック しっぽく料理 |
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女ひとりの旅 対馬への小さな旅 |
文・森崎和江 |
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68 |
土地ことば一長崎県 |
写真・島内英佑 |
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76 |
文明のかたち 76 |
撮影・構成/東松照明 文/寺本界雄 |
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84 |
原子爆弾投下される―1945― |
|
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86 |
長崎・ある被爆者の系図 |
|
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89 |
長崎の原子爆弾 |
井上光晴 |
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92 |
長崎ひとめぐり |
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148 |
特集2 背広 |
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止
『ヒロシマ調査・研究入門 原爆被害を調べる人のためのガイドブック』(広島市立大学広島平和研究所ガイドブック編集委員会・堀友良平編、広島市立大学広島平和研究所、20250331)
内容
章 |
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はじめに 1 |
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1 |
調査・研究ガイド 6 |
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研究の基礎(1)データベースを調べる 7
研究の基礎(2)広島を調べる 8
コラム 英語で調べる 9
文献、被爆体験記を調べる 10
公文書、文書資料を調べる 12
新聞資料を調べる 14
コラム 聞き取り調査の心構え 15
医学資料を調べる 16
コラム 放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE) 17
現物資料、絵画を見る 18
写真、絵葉書を見る 20
映像資料を調べる 22 |
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2 |
広島で調べる 24 |
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原爆被害を調べる |
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平和記念公園 26/
コラム 爆心地 27/
広島平和記念資料館 28
広島平和記念資料館情報資料室 29/
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 30
コラム 広島平和文化センター 31/
ヒロシマ平和研究教育機構 31
G7広島サミット記念館 32/
被爆遺構展示館 32/
広島市平和記念公園レストハウス 33
広島県立図書館 34
広島県立文書館 34
広島市公文書館 36
広島市役所旧庁舎資料展示室 37/
広島逓信病院外来棟 37
広島市立中央図書館・同広島資料室 38/
広島市映像文化ライブラリー 39
広島市現代美術館 40/
シュモーハウス 41/
広島市江波山気象館 41
広島市郷土資料館 42/
広島市水道資料館 42/
旧日本銀行広島支店 43
放射線影響研究所 43/
広島大学文書館 44/
広島大学平和学コレクション 44
広島大学原爆放射線医科学研究所 45/
広島大学医学部医学資料館 45
広島大学平和センター 46/
広島女学院大学図書館 46/
コラム 「学都」広島 47
広島市立大学広島平和研究所 48/
広島市立大学芸術資料館 49/
コラム 光の肖像 50
袋町小学校平和資料館 52/
本川小学校平和資料館 53/
のぼり平和資料室 53
広島県医師会館 54/
あき書房 54/
カトリック幟町教会世界平和記念聖堂 55
基町資料室 56/
コラム 基町住宅地区の歴史 56/
Pride of Hiroshima 57
加納実紀代資料室 サゴリ 57/
ANT-Hiroshima 58
平和のためのヒロシマ通訳者グループ(HIP) 58/
ワールド・フレンドシップ・センター 59
ヒロシマ・ピース・センター 59 |
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|
戦争を調べる |
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広島城 60/
似島平和資料館 62/
コラム 「軍都」広島 63
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 64/
海上自衛隊第1術科学校教育参考館 65
軍艦利根資料館 66/コラム 戦争を学ぶ 66/
大久野島毒ガス資料館 67 |
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3 |
広島を体感する 68 |
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8月6日をめぐる |
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8月6日の広島をめぐる 70/
8月6日の『中国新聞』 71/
平和記念式典 72
平和記念式典のあゆみ 73/
灯ろう流し 74/
西広島灯ろう流し 75
広島市タカノ橋商店街振興組合 平和イベント「たかのばし こども みらい」 75
国土交通省(内務省)原爆殉職者慰霊式 78
原爆犠牲建設労働者・職人の碑慰霊祭 78
「原爆犠牲ヒロシマの碑」碑前祭 79/
コラム 川底に残る被爆の痕跡 79
原爆死没者追悼式 80/
原爆死没者慰霊行事 81/
韓国人原爆犠牲者慰霊祭 82
旧中島本町原爆犠牲者追悼慰霊祭 83/
コラム 戦前の中島地区 83/「
原爆の子の像」碑前祭 84
コラム 佐々木禎子 85/
川内・温井義勇隊慰霊祭 86/
広島二中原爆死没者慰霊祭 87
広島市立広島商業高等学校原爆死没者慰霊祭 88/
原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑慰霊祭89
嵐の中の母子像供養 89/
広島市女職員生徒原爆死没者慰霊式 90
原爆犠牲新聞労働者「不戦の碑」碑前祭 91/
一中観音慰霊祭 91
広島市水道局原爆死没職員追悼式 93/
広島市医師会原爆殉職会員並びに医療従事者追悼式 93
広島県立広島第一高等女学校原爆犠牲者追悼式 94/
広島県立広島第一中学校原爆死没者慰霊祭 95
広島市原爆死没公務員追悼式 96/
コラム 原爆死没者名簿と遺骨 96
広島大学原爆死没者追悼式 98
コラム 『明子 被爆者である母のこと—南方特別留学生との友情』 99
広島赤十字・原爆病院原爆殉職職員ならびに戦没職員慰霊式 100/
似島原爆死没者慰霊祭 10 |
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被爆の痕跡をたどる |
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被爆体験講話を聞く 102/
被爆体験伝承講話・家族伝承講話を聞く 102
6のつく日 語り部さんとお話しよう! 103/
原爆の語り部~被爆体験証言者の証言 103
原爆ドーム 104/
被爆建物 106/被爆樹木 108/
平和大通り 109
平和記念公園をガイドと歩く 110/
復興と広島カープ 112
コラム 広島のスポーツと平和への取り組み 113/
広島とお好み焼き 114 |
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4 |
日本で調べる 116 |
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北海道ノーモア・ヒバクシャ会館 118/
長岡戦災資料館 118/
土門拳記念館 119
コラム 博物館で調べる 119/
原爆の図丸木美術館 120/
国立歴史民俗博物館 121
都立第五福竜丸展示館 122/
せたがや未来の平和館 123/
八王子 平和・原爆資料館 123
西東京市ひばりが丘図書館 原爆小文庫 124/
川崎市平和館 124/静岡平和資料センター 125
戦争と平和の資料館ピースあいち 125/
立命館大学国際平和ミュージアム 126
姫路市平和資料館 126/
伊陸ロンサム・レディ号平和記念館 127
山口県原爆被爆者支援センター「ゆだ苑」 127/
高松市平和記念館 128
北九州市平和のまちミュージアム 128/
原爆医学資料展示室 129/
原爆土壌試料保管室 129
長崎原爆資料館 130/
国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館 131/
長崎市永井隆記念館 132
浦上キリシタン資料館 132/
浦上教会原爆遺物展示室 133/
サンパウロ長崎宣教センター 133
長崎県立長崎図書館 郷土資料センター 134/
沖縄県平和祈念資料館 134
コラム 米国国立公文書館とプランゲ文庫 135 |
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5 |
原爆被害・核問題を知る扉 136 |
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ヒロシマと平和学 138/
広島の原爆被害 140/
グローバル・ヒバクシャ 142
核兵器の種類と仕組み 144/
核開発の現状 146/
NATOの核共有 148/
中東、南アジアと核 150
ロシア、ウクライナと核 152/
コラム ウクライナの旧ソ連核基地博物館 154/
北朝鮮と核 156
コラム へいわ創造機構ひろしま(HOPe) 158
コラム 長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA) 158
/8月6日と原水禁世界大会 160
世界の反核運動 162/
非核規範の形成 164/
日本の反核運動と被爆者運動 166
コラム ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会 168/
コラム 韓国・陜川(ハプチョン) 169
被爆者援護訴訟と被爆地拡大運動 170/
ヒロシマと環境問題 172/
ヒロシマと国際法 174
ヒロシマと憲法 176/
朝鮮半島から見たヒロシマ 178/
中国から見たヒロシマ 180
東南アジアから見たヒロシマ 182/
米国から見たヒロシマ184/
ヒロシマを世界に伝えた人々 186
原爆被害と中国新聞社 188/
広島と文学 190/広島と映画 191/
広島と音楽 192
原爆とアート 193/
広島と演劇 194/
漫画で読む原爆・広島 195/
広島と絵本 196
広島の復興 198/
平和記念都市 200/
平和教育 202/
次世代への「継承」の試み 204 |
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おわりに 206 |
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人名・事項索引 208
主要参考文献一覧 212
図版一覧 217
協力先一覧 222
執筆者一覧 223 |
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止
『原爆献水 ヒロシマでは平和祈念と環境保全はかさなる』 (広島銘水研究会著、名水バイオ研究所、20100730)
内容
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1 はじめに 2
2 原爆献水とは 4
3 原爆献水の歴史 7
4 宇根さんと原爆献水 10
5 名水とは 12
6 水の汚れ、名水が名水でなくなるとき 14
7 「雨の日3日後名水」 16 |
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8 原爆献水採水の場所と現状 17 |
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8-1 天水の名水、牛田新町天水 17
8-2 清水谷沢水、温品八丁目清水谷 20
8-3 田方霊泉寺名水、田方斉神 22
8-4 三滝名水、三滝山三滝 24
8-5 相田湧水、安古市相田金湧山 26
8-6 荒谷山沢水、上安町荒谷山 28
8-7 毘沙門名水、緑井町権現山 30
8-8 大塚観音堂湧水、沼田町大塚 32
8-9 窓が山湧水、 沼田窓が山 34
8-10 小河内名水、安佐町大字小河内 36
8-11 福王寺加持水、可部町福王寺 38
8-12 中深川湧水、深川4丁目中深川 40
8-13 枡が谷霊泉、白木町大字秋山 42
8-14 尾崎神社井戸水、矢野町新町尾崎 44
8-15 景浦名水、阿戸町景浦山 46
8-16 屋代竜神の釜水、屋代竜神の釜 48
8-17 茶臼山名水、城山2丁目茶臼城跡 50
8-18 滝の観音名水、己斐上町滝の観音 52
8-19 桂の滝名水(公式の献水ではない、もうひとつの原爆献水) 54 |
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9 原爆献水調査と環境の変遷について 56 |
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9-1 清水谷沢水 56
9-2 相田湧水 58
9-3 天水の名水 58
9-4 屋代竜神の釜水 62
9-5 荒谷山沢水 62 |
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10 原爆献水水質全データ 65 |
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11 おわりに 106 |
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12 原爆献水に関する初期の銘水研究会の記事(初出) 108 |
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12-1 守ろう広島の名水、平和の願いとも一致 中国新聞(平成元年6月5日) 108
12-2 水は心(広島ペンクラブ会報、平成20年3月) 110
12-3 原爆献水(1) (ぴーぷる、昭和63年9月号) 111
12-4 原爆献水(2) (広島中国銘水紀行、平成元年6月号) 113
12-5 原爆献水(3) (ぴーぷる、昭和62年8月号) 115 |
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13 参考文献 117 |
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止
『無援の海峡 ヒロシマの声、被爆朝鮮人の声 論創ノンフィクション 054』(論創社、20240/06)
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Ⅰ |
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復権への連帯——韓国の被爆者調査をめぐって 8
二重の痛苦にあえぐ在韓被爆者たち——日本人に責任はないのか 24
〈資料〉韓国原爆被害実態調査報告書(韓国教会女性連合会) 35
仮面の裏側 47
記憶と事実 53
被爆朝鮮人が日本人に問うているもの 56 |
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II |
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黙殺との戦い——被爆朝鮮人・孫振斗さんの訴え 60
圧殺される声 74
孫さんからの手紙 83
権利としての原爆手帳——辛さんへの手帳交付の問題点 85
自主性のない被爆者行政 89
支援運動の中で 91
地底からの告発——被爆朝鮮人の提起するもの 93
被爆朝鮮人とわたし 106
国家と被爆者——孫振斗さん勝訴の意味 131 |
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III |
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原爆裁判 140
桑原訴訟 216
「認定」とはなにか 230 |
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被爆朝鮮人・韓国人に関する参考資料目録 233 |
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追記を兼ねたあとがき 259 |
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復刊に寄せて 267 |
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止
『希望のヒロシマ-市長はうったえる』(平岡敬、岩波新書、19960722)<作業中>
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001 |
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はじめに |
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I |
アメリカの原爆展 1 |
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1 日米原爆観のギャップ 2
2 アメリカでヒロシマをうったえる 19
〔希望の広島-核兵器のない世界へ-(アメリカン大学(ワシントDC)、1995年7月9日)〕 25 |
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II |
戦争責任とヒロシマ 47 |
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1 アジアとヒロシマ 48
〔<那覇・広島・長崎ピース・トライアングル・サミット>アピール(要旨)(那覇市民会館、1995年6月24日)〕 69 |
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2 50年目の「平和宣言」 70
〔平和宣言(広島市平和記念公園、1995年8月6日)〕 73 |
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III |
核兵器廃絶に向けて 83 |
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1 核保有国のエゴイズム 84
2 核兵器は国際法に違反する 101
〔国際司法裁判所における広島市長の口頭陳述(国際司法裁判所(ハーグ市)、1995年11月7日)〕 114 |
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IV |
ジャーナリズムを問う 135 |
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1 ヒロシマ記者として 136
2 人間の立場にたつジャーナリズム 152
〔核廃絶とジャーナリストの役割(広島国際会議場、1995年7月18日)〕 163 |
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V |
希望の未来のために 179 |
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1 いかに体験を伝達するか 180
2 ヒロシマの世界化と継承 191
3 未来への意思 206 |
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あとがき 219 |
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著書:「偏見と差別」(未来社)、「無援の海峡」(影書房) |
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止
『「平和都市」ヒロシマのまがりかど 広島市平和推進基本条例の制定過程を検証する』(宮崎園子・田村和之・金子哲夫・本田博利・向井均・橋本和正・渡部久仁子・湯浅正恵著、西日本出版社、20241207)
内容
章 |
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まえがき 002 |
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発刊に寄せて「広島市の平和行政は前進するのか」 平岡敬 018 |
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本文編 |
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1 |
広島のアイデンティティ・クライシス 宮崎園子 023 |
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2 |
「平和都市」ヒロシマの自己否定 田村和之 043 |
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3 |
[覚書]広島市平和推進基本条例の制定過程 田村和之 063 |
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4 |
市政と憲法 金子哲夫 087 |
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5 |
広島で「平和」の条例をつくるということ 本田博利 103 |
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6 |
「黒い雨」はどのように扱われたか 向井均 125 |
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7 |
戦争の実相 橋本和正 143 |
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8 |
「このままではいや。-はじめてのロビー活動記-」 渡部久仁子 153 |
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9 |
広島市平和推進基本条例と「ヒロシマの心」 湯浅正恵 171 |
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あとがき 188 |
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資料編 |
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1 2021年6月29日に公布された広島市平和推進基本条例(2021年条例第50号) 202 |
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2 条例案の変遷 205
(1)「広島市平和の推進に関する条例(仮称)素案」以降の修正箇所
広島市平和推進基本条例
(2)条例「前文」の変遷
前文1次案 第9回政策立案検討会議(2020年7月20日に提出)
前文2次案 第10回政策立案検討会議(2020年8月26日に提出)
前文3次案 第11回政策立案検討会議(2020年10月20日に提出)
前文4次案 第3次案を修正したもので、第14回政策立案検討会議(2020年12月21日に提出)
(3)広島市平和の推進に関する条例(仮称)素案 |
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3 広島市議会本会議における「提案趣旨説明」「反対討論」(2021年6月25日) 217
1 宮崎誠克議員の提案趣旨の説明
2 馬庭恭子議員の反対討論
3 中原ひろみ議員の反対討論 |
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4 広島市条例にみる「平和」の定義 227
(1)広島市男女共同参画推進条例—前文のみ—
(2)広島市議会基本条例—前文のみ—
(3)広島市基本構想—抜粋— |
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5 広島市議会採択の「決議」「意見書」及び「請願」 231
(1)「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が厳粛の中で挙行されるよう協力を求める決議」(2019年6月25日広島市議会議決)
(2)核兵器禁止条約の実効性を高めるための主導的役割を果たすことを求める意見書(2020年10月27日広島市議会採択)
(3)(請願)平和推進基本条例に即した厳粛な平和記念式典開催について(2024年2月27日広島市議会採択)
(4)(請願)平和推進基本条例に即した厳粛な平和記念式典開催に伴う原爆ドーム前の現状の解消について(2024年2月27日広島市議会採択) |
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6 広島弁護士会長声明 235 |
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(1)「広島市平和推進に関する条例(仮称)」に関する会長声明(2021年2月12日) |
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(2)「広島市平和推進に関する条例(仮称)素案」に関し、市民の意見を取り入れつつ慎重かつ十分な審議を求める会長声明(2021年6月11日) |
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7 広島市議会に寄せられた市民・市民団体の意見(一部抜粋) 240 |
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8 広島平和記念都市建設法(1949年8月6日 法律第219号) 245 |
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止
『岩屋おろし 元長崎師範学校予科生の手記集 原爆・終戦から半世紀』(岩屋おろし編集委員会、19980301)
内容
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巻頭詩 十五歳って死ななかったってことなんだ 畑島喜久生 Ⅰ |
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長崎師範学校寮歌・長崎師範学校応援歌 Ⅳ |
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はじめにV |
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師範学校とは?予科とは?XⅡ |
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原爆・終戦
つぶさに見た被爆直後の長崎 林田忠義 1
地下工場は轟音、振動、停電 「私の原爆体験」国分利光 9
すさまじい閃光、轟音、熱風 「被爆」 平田勇 12
地球が爆発したと思った 「原爆被爆記」 山下護 15
死傷者いっぱい地獄の惨状 「悪夢であってほしかった」 梶原五三 20
五人の家族を一度に失って 「原爆生き残りの記」 久保啓喜 25
わが家も赤い炎を高く上げて 「生死の境」 山下昭一 30
道端で『助けて』『水ください』 「原爆直下の惨状と帰省」 本田重郎 34
炎の中から『助けてーっ』「忘れ得ぬ地獄絵」 玉水利彦 41
全身にバケツいっぱいの火の粉 「被爆」 松添鶴次 45
あの日から数日悲しみを忘れていた 久田照和 49
友を助けることが出来なかった 「孫に語る被爆体験」 山田善祐 55
商業学校に予科生は約七人1「二人とは最後の別れ」伊藤實59
倒壊校舎で救出や負傷者搬送 「あのころの記憶」 小島功 61
島鉄の車中から見た『稲妻』 池田勝幸 67
寄宿舎への直撃弾と思った 井崎照美 69
敵機が頭上近くで機銃掃射「回顧すれば」 柏山政吉 71
原爆投下ではなく原爆攻撃だ「あの日あの時そして今」 神谷威巳 76
海上で米軍戦闘機に襲われる「五日目の帰郷」 久保勝平 80
重傷の二人着いたところは早岐「わが生涯の二日間」 岩本甫 83
忘れられぬ島原弁のおじさん「学徒動員のころ」 近藤勝郎 86
草木も生えぬと言われたが「被爆から半世紀」 中島泰蔵 88
米戦車を攻撃する訓練受けた 寺田豪 91
短歌・語り部 宇宙三男 92
土曜、日曜がなかったころ 星崎俊明 93
現代に経験出来ぬ事象ばかり 富川利夫 95
友よ魂醜いずこをさまよう「挽歌」 北川清 99
召集令状来たが入隊お預け「わが青春に”食い”なし」 倉富忍 104
戦争は人心を狂わせ惑わせる 「一九四五年ごろの思い出から」 池田早苗 107
戦時から戦後へ激浪の時代「吾を省みて」 山下辰雄 111
幾度か巡り合った奇しき縁「命ありて」 吉岡晃 118
被爆の事実が風化していく「五十年が過ぎて」 吉富孝汎 122
学業や動員、恩師、友がき 飛永照 132
友と原爆火の野山を走る 直塚慶喜 135
消え去ることのない原爆への思い畑島喜久生137
師範学校生が続々避難「被爆後」 長与村などの記録 142 |
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われらの”よか”時代 |
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防空壕掘りと青春 久保勝平 156
岡山直先生のこと 川谷源昭 157
極限の時代だった 神谷威巳 158
暗い井戸の長い時間 井崎照美 159
入試のころの思い出 岩永務 162
今も役立つ農業実習 梶原五三 163
“桜”の帽章、反射的に敬礼 三浦忠和 164
大空体験と竹松の寮 中村巽 166
私の軍国少年時代 富永寿 168
予科時代は心の支え 椿山勇 171
部活は銃剣道だった 松永貞雄 172
西浦上の地 葉玉亨 173
成長期のころひどい食糧難であった 高橋寛作 174
マッカリー買い出し 藤村優 178
原爆のころ終戦のころ 山下護 179
被爆の後に三つの幸運 飛永照 191
少年老イ易ク学成リ難シ 松尾美好 193
あのころの人たち 松添鶴次 199
自分探しに悩みし日々「友、友の顔」 鬼塚親吉郎 206
紺碧の空 若松司 208
五十年かけた夫婦共遊び 下條章 209
百姓はわいらで終わりや 「老農夫たちとの会話」冨永寿 212
ある青春 伊藤昭二 217
人事を尽くしてガンと戦う 故三輪豊氏の日記から 223
訃報・大谷英雄氏、三輪豊氏、国分利光氏 229
岩田和夫君のこと 伊藤實 230
かいま見た活動家久田君 吉富孝汎
8月9日に思うこと 山口武司 232
この世に生きたらしい証を残すために カニ馬鹿の記 松尾美好 235 |
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雲ゆうゆう |
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史跡発見や地域活動「生き甲斐」中島泰蔵 236
しみじみとした忘年会 浪速の三人 富永寿 238
退職後昨日今日(詩吟の世界、調停という仕事) 呼子明次 240
自治会活動や海外旅行、コーラス指導 池田早苗 244
芝居気いまだ冷めやらず 川谷源昭 247
かくうつを楽しむ 松永貞雄 252
猫のひたいほどの庭いじり 下條章 254
日本最初 対馬藩の小学校 三浦忠和 256
西海路へ全国フェスタを「私の山頭火士」吉富孝汎 258
日記 若松司 260
三度目の正直 隈部守 263 |
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教育ひろば |
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伸びない子どもはいない 教職四十年の思い出 久保勝平 267
体育ひと筋に三十九年間 東京で生きて 岩永務 272
構造学習と出会って三十年 待つ教育を実践 高橋寛作 276
錦の織りなすこの人生 葉玉亨 284
教職ってありがたい仕事だ・随感 山下護 289
発展しない細論 山口武司 290
右手が不自由で・お便り 山口小一郎 290
思い出の窓に映る諸々 秋吉淳 291
25年ぶりの墓参 近藤勝郎 292
健体康心が幸福への基本 宇宙三男 293
仏様の言葉 内田勘六 296
懐かしい個性の方々「仰げば尊」
渡辺正数先生、斉藤亨先生、小松昌幸先生 伊藤實 297
菱谷武平先生 池田早苗 299
橋本喬雄先生 松添鶴次 301
週休7日制の年金労働者 松永貞雄 302
雲仙普賢岳噴火と復興 本田重郎 306
健やかに楽しく美しく 平田勇 308
体罰を徹底排除「事件校での取り組みの記録」 高橋寛作 309
挙手の礼の時代 松添鶴次 318 |
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長崎師範年代記 隈部守 321
長崎師範学校沿革 隈部守 331 |
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あとがき 332 |
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一九会会員名簿 336
この本に登場した人たち 340 |
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原爆の話
長崎の原爆死者は73,884人
①B29二機が熊本方面から 19
②周りの空気が大膨張して爆風 24
③爆発の瞬間は摂氏数百万度 33
④1・2キロ以内で致命的熱傷 40
⑤3キロで中ていどの火傷 54
⑥1・8キロ地点で建物大破 60
⑦死者の6割が熱線と火傷で 68
⑧人体の組織細胞を破壊する作用 70
⑨2キロ以内の無傷の人もやがて 82
⑩2キロ以上は軽度の熱傷 90
⑪死者、負傷者、罹災人員9 4
⑫被爆前の配給人口23万人 98 |
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岩屋おろしアンケート
秋吉淳、池田早苗、井崎照美、伊藤昭二、岩永務 146
岩本甫、宇宙三男、鬼塚親吉郎、柏山政吉 147
神谷威巳、川谷源昭、北川清、久保勝平 148
久保啓喜、隈部守、倉富忍、小島功 149
下条章、高橋寛作、寺田豪 150
飛永照、富永寿、中村巽、畑島喜久生 151
葉玉亨、林田忠義、平田勇、本田重郎 152
松尾美好、松添鶴次、松永貞雄 153
三浦忠和、山下護、山口武司、吉岡晃 154
吉富孝汎、呼子明次、若松司 155 |
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長崎県の「街・町ポイント」
扇形出島をいま一度(長崎市) 156
海賊船で九十九島体験(佐世保市) 157
大惨事を招いた名橋(諌早市) 158
女性が守った大村三城(大村市)159
観光目玉になった平成新山(島原市) 161
国内一の火電に二号機(松浦市) 162
最も新しい築造の福江城(福江市) 163
哀切なジャガタラ文(平戸市) 165
一括古い時代の五輪塔群(長与町) 166
江戸時代からミカン産地(多良見町) 167
夏期はキャンプにどうぞ(時津町) i69
海と緑の都市づくり(琴海町) 170
十字架の花模様の墓標(西彼町) 171
世界の亜熱帯が集合(野母崎町) 173
俊寛は薩摩でなく彼杵郡に(伊王島町) 174
キリシタンを祭る神社(外海町) 176
乗員ゼロの軍艦島(高島町) 177
インドくじゃく四百羽(川棚町) 179
県下最大の草っ原(東彼杵町) 180
世界最大級の登り窯跡(波佐見町) 181
平安時代の区画整理跡(飯盛町) 183
土中から伝説のくり舟(森山町) 184
気が変わった杢どんの話(小長井町) 186
森やグラウンドで楽しく(瑞穂町) 187
暖地向き新ジャガイモ(愛野町) 189
人格者・画家・少年使節(千々石町) 190
温泉で湯治やレジャー(小浜町) 191
キリシタンの学校跡(加津佐町) 193
本能寺の変も報道(口之津町) 194
三万七千人全滅の遺跡(南有馬町) 196
残酷拷問の結果に処刑(有家町) 197
有馬、島津勢相手に籠城(深江町) 199
渡唐船の警護や大陸貿易(大島村) 199
日本一大きいこと二つ(生月町) 201
海士らに助けられた武将(宇久町) 202
鹿たちの島で自然学習(小値賀町) 203
花と果物のメルヘンの島(福島町) 204
七百年前に外敵の侵略(鷹島町) 206
最西端に立ってみよう(小佐々) 207
花の名所ツツジ十万本(鹿町町) 208
小中学生が農作業体験(佐々町) 210
人類が三万年前から利用(吉井町) 211
石造りのアーチ十七橋(世知原町) 213
世界的に珍しい地学資料(三井楽町) 214
比例のない大規模貝塚(岐宿町) 216
潮騒の故郷を忘れないで(奈留町) 217
七百年間の墓碑の群落(若松町) 219
世界初の鋼鉄製貯蔵船(上五島町) 220
水族館に地元でとれた魚(新魚目町) 222
西望作の聖観音像が建つ(奈良尾町) 225
縄文人は五十歳で老化(富江町) 226
ナンジャモンジャの花(上対馬町) 227
十万石の居城跡(厳原町) 228
十八世紀の古民家集合(勝本町) 230
国重文のミロクさま(郷の浦町) 231
魏志倭人伝ゆかりの地(芦辺町) 233 |
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『虹のやくそく』(コープながさき被爆体験ききがきサークル・<財団法人長崎原爆被災者協議会>、199708)
第1集 目次<作業中>
頁 |
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01 |
発刊によせて 黒岩雅美 |
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02 |
日本国憲法 |
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03 |
碑・戦跡めぐり |
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①原爆落下委中心碑 |
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②少年平和像 |
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③嘉代子桜 |
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④原爆殉難者之碑 |
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➄防空壕とレンガ塀 |
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⑥鎮西学院跡 |
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⑦あの子らの碑 |
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⑧山里小学校防空壕跡 |
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⑨常清高等実践女学校跡 |
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⑩長崎大学医学部慰霊碑跡 |
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⑪かたむいた正門 |
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⑫駒場町の慰霊碑 |
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⑬大橋町の慰霊碑 |
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⑭浦上天主堂たいまつ行列 |
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⑮浦上天主堂・鐘楼ドーム |
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⑯片足鳥居 |
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⑰核廃絶人類不戦の碑 |
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⑱長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼碑 |
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⑲朝鮮人宿舎・木鉢寮 |
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⑳平和を祈る子の像 |
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㉑福田須磨子・詩碑 |
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㉒核実験抗議の座り込み |
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㉓平和の泉 |
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世界から贈られた母子像 |
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㉔チェコスロバキア |
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㉕オランダ・ミデルブルフ市 |
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㉖ソ連 平和像 |
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そして・・・日本の母子像(製作中) |
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㉗平和祈念像 ヒューマン・チェーン(人間の鎖) |
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被爆体験談 |
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03 |
岩本アヤ 被爆体験から平和運動へ |
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04 |
浜崎均 そぼくな願いは崇高な願い |
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05 |
辻幸江 原爆で失くした青春 |
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06 |
平育子 死の渕から生きのこって |
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09 |
恒成正敏 いつの日か 願いは一つ |
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10 |
福井順 限りない母の愛に 私の原爆 |
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13 |
朴 ** すべての被爆者に援護を |
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14 |
松添博 私と原爆絵図 |
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15 |
緒方慶子 ”恐怖におののいた日々” |
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17 |
秋月辰一郎 その時医学は無力である |
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19 |
核の状況 |
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22 |
私たちは、今・・・ |
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23 |
なぜ生協が平和を |
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24 |
際限なくすすむ核兵器開発と配備 |
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25 |
日本の基地化 |
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26 |
子どもたちの声 子どもたちのうごき |
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原爆がわら収集(高校生) |
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”平和へのねがい”を貼り絵に(小学生) |
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29 |
わが子への愛を世界の子どもたちに |
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ヒューマン・チェーン(人間の鎖) |
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30 |
慰霊碑・戦跡めぐり |
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32 |
編集後記 |
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33 |
原爆をゆるすまじ/青い空は/明日への伝言/日本国憲法 |
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参考資料
被爆体験聞き書き集「虹のやくそく」案内-平和-組合員活動|生活協同組合ララコープ
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。