「06月忌」カテゴリーアーカイブ

森脇勝義

森脇勝義<作業中

非核の政府を求める広島の会ニュース第125号(20210916)
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「森脇勝義さん たくさんの思い出をありがとう」<6月16日逝去、86歳>
岡久都子(日本共産党広島西区後援会)
吉川徹忍(浄土真宗本願寺派僧侶、「日本宗教者平和協議会」常任理事)

 

黒田秀俊

黒田秀俊

くろだ・ひでとし 19050415生19890614没 享年84 元原水協事務局長。1955年当時、原水協結成に尽力。『広島県史 原爆資料編』に日記・メモの一部を掲載。

著書論文

『南京・広島・アウシュヴィッツ』(黒田秀俊著、太平出版社、19740610)

南京-日本軍が犯した残虐行為
 いわゆる「南京事件」 14
新聞特派員の目撃記 17
事件犠牲者数の推定 21
本多レポートと「生きてゐる兵隊」 26
島田元中佐の見解 32
南京事件と「三光作戦」 38
残虐行為の底にあるもの 41
戦時下に公刊された『野戦郵便旗』 48
二度と黒い橋は渡るまい 52
南京-「幻」の事件ではなかった
 南京戦における殺人ゲーム 62
石川達三氏の「生きてゐる兵隊」 66
一級資料のみあたらないわけ 70
殺人ゲームのナゾ  73
新聞記事は創作だったか 77
新聞はどう報じていたか 79
「支那兵はバカだから」 84
南京事件にかんする証言 89
佐々木到一少将の『南京攻略』 92
復刻された『野戦郵便旗』 95
『外国人の見た日本軍の暴行』 99
日高談話と米林談話 102
広島-にんげんを、そしてへいわをかえせ
 その朝の大本営110
広島原爆の「第一報」 114
放送と新聞記事 118
広島に入った調査団 123
真相はなぜ公表されなかったか 127
「原子爆弾作裂す」 132
原子雲の下で 138
あいつぐ悲劇 141
沸騰する街 145
原爆でどれだけの人が死んだか①  149
原爆でどれだけの人が死んだか②  154
原爆攻撃目標都市 159
占領軍の報道管制 162
米日両国政府の責任 170
日本政府のミス 178
アウシュヴィッツ―理性と文明に反逆した大量殺人
 戦争は残虐になる 184
四百万人の屠殺場 189
有刺鉄線のなかで 194
巨大な人間焼却炉 200
二人の知識人の感想 205
日本とユダヤ人のかかわりあい 213
ナチズムの人種思想 219
反ユダヤ人対策の四段階 223
あとがき  227

核権力ーヒロシマの告発

『核権力ーヒロシマの告発』(金井利博、三省堂、19700615 )

目次

章節
核権力下の日本
1 広島はなぜ“ヒロシマ”か
広島と沖縄
広島の顔
核権力からの脱出
2 「核権力」下の日本
日本をとりまく「核」
エンタープライズ入港時の国内反応
「核戦力」と「核権力」
3 日本の「核権力」
核軍縮と日本政府
ソ連の単独核実験停止
キューバ事件の意味
部分核停と不拡散条約
日本の「核権力」
アメリカの日本への期待
アメリカ軍の伝統思想
4 「核」軍事論の誤算
抑止論の弱点
偶発戦争のトリック
「抱き締め」戦法と「突き放し」戦法
5 核廃棄の政治学-「人質」論をめぐって
戦略から政略へ
「人質」は一枚岩か
人質の「まだら」化
人質を犠牲にすること
「核権力」を無意味化する道
「人質」と「核は張り子の虎」
全人類が「人質」
6
核権力と軍事
1 「軍都」広島の体験
人民と「軍都」
「軍都」広島
原爆投下と「一枚岩」態勢
日本に非戦闘員なし
原爆投下までの核権力構造
「軍事」をこえる三つの問題
2 「無差別爆撃」の歴史
日本軍の無差別爆撃
イギリス・アメリカが始めた無差別爆撃
変質低下の技術
「火攻め」の新戦略から原爆へ
原爆投下前後の日本
3 「戦時」と「平時」の境界なき攻撃
外国との戦争と民衆の被害の歴史
「平時」に及ぶ緩慢殺人
「人災」と「天災」
ビキニ実験とその被害
過剰殺人と緩慢殺人
4 「未知」効果に無責任な攻撃
原爆投下作戦の実態
実験室となった広島・長崎
後回しの人体効果
日本医学者の努力
アメリカの資料略奪
「未知兵器」への無責任
核権力と自由
1 「あいまいさ」の恐怖
原爆投下の戦略上、政略上の「あいまいさ」
ベトナム戦争の中の「あいまいさ」
2 人種差別は「敵意」を増幅するか
人種差別と戦争
日本の中の差別体系
民族自決と人権の確立
3 被爆者ヘの差別
生活上の差別
補償上の差別
意識上の差別
4 官尊民卑の戦災補償
軍人優先の思想
切り捨てられる非戦闘員
救貧措置としての被爆者対策
原爆体験抜きの原子力産業
反核権力論
1 原水禁運動の断層
意識のずれの問題
基本的な問題
2 核権力の「君臨」
核権力の神格化
「制服」と「私服」の原爆体験
3 原爆被害の実態調査
「人的被害」の追跡
今もって未整理の被爆人口
4 広島の「怨念」と「自由」
広島の「怨念」と権力者
差別の垣
被爆地図復元運動-原爆体験を社会体験に
貴重な原爆映画
拡大する資料収集運動
核権力“神話”の破壊
〈資料〉原水爆被害白書を国連へ提出の件
1.原爆は「威力」としてだけ知られた
2.原水爆は人間的悲惨の極としてはいまだ知られていない
(1964年8月5日・中国新聞社論説委員・金井利博記)
あとがき(抄)
この本は安田武氏、また中国新聞社の平岡敬、大牟田稔両氏の三年前の強い勧めによって生まれた。間接には原爆犠牲者と亡母金井時子の無言の励ましを感じながら書き続けた。

市岡正憲

市岡正憲

生19930622没 いちおか・まさのり 享年74 広島県被団協理事長・県原水協理事長。

資料

19710622 『教研速報No.2』 広教組広島地区支部教文部 所蔵:ピカ研
学級づくり・集団づくりの学習会-6月26日(土)午後2時より 社会福祉センター(予定) 講師 市岡正憲(三原附属教頭・三原市生研)先生
19890605 歌集・炎1-反核非戦の闘いのために 火幻短歌会

 

 

石井金一郎先生追悼号(歴史と教育)

『『歴史と教育(広島歴教協)』NO. 14
石井金一郎先生追悼号目次

著者 タイトル
 今堀誠二  石井教授の学問
 石井和郎  ぼくの父
 天野卓郎  石井金一郎先生を偲んで
 篠原孝義  組織者石井金一郎先生
 有田譲  石井先生と部落問題
 松岡金光  石井先生を偲んで
 村上尚三郎  石井先生の死を悼む
 故石井金一郎氏遺族をはげます募金のお願い
 資料  石井教授の死 平和運動に打撃 原爆医療法成立に功労(『中国新聞』19670622)
遺徳をしのび500人 石井教授の教養部葬 霊前にひっそり学位記(『中国新聞』19670623)
天野 編集後記

河本一郎

河本一郎

かわもと・いちろう 1929生20010607没 享年72 「原爆被害者の会」設立、「広島折鶴の会」結成に奔走。谷本清平和賞(第13回=2001年没後)受賞。

 

資料
年月日
19950507 小野増平「検証 ヒロシマ 1945~95 <16> 原爆ドーム 孤高貫く「平和の黒子」 「折り鶴の会」の河本一郎さん」(『中国新聞』)
20010928 薮井和夫「ヒバクシャ活動の歩み 段ボール32箱分 広島折鶴の会世話人故河本一郎さんの遺品 募金名簿やフィルム」(『中国新聞』)
200211 濱本康敬(広島平和記念資料館学芸担当)「河本一郎氏資料の受入と整理」(『広文協通信』2号)

 

 

 

金井利博

金井利博

かない・としひろ 19140101生 19740616没 享年60
[52広島平和問題談話会](中国新聞社学芸部記者)。中国新聞社取締役論説担当。原爆被災白書運動を提唱。[69原爆被災資料広島研究会]。『広島県現代文学事典』

資料

広島大学文書館『広島大学文書館蔵 金井利博関係文書目録』(広島大学文書館、2016年2月)

原田東岷

 

原田東岷

はらだ・とうみん 1912生 19990625没 享年87
 外科医。「原爆乙女」の渡米治療に尽力。ワールド・フレンドシップ・センター初代理事長。広島市名誉市民。

著書

書名 発行所 発行年月日
ヒロシマの外科医の回想-ヒロシマからベトナムへ 未来社 1977041503
ヒロシマ歴程-外科医の回想 未来社 1982020101
平和の夢を追いつづけて 影書房 1984081501
ヒロシマのばら  未来社 1989081505
ひろしまからの発信-明治・大正・昭和・平成 1993111501
平和の瞬間-二人のひろしまびと 勁草書房 1994052001
命見つめて60年 溪水社 1997022001

 

井出三千男

井出三千男

いで・みちお 1941生20060626没 享年65

写真家。原爆記録写真の研究家。資料展 「あぁ、ほうじゃったねぇ。 井手三千男の残した被爆建物」(広島平和記念資料館、2016年9月27日~11月8日。出典:『平和文化』No.193)。ウィキペディアにも掲載。