「01 月忌」カテゴリーアーカイブ

平野義太郎

平野義太郎<作業中

ひらの・よしたろう 19870305生19800208没 享年82歳 日本平和委員会名誉会長。原水爆禁止日本協議会の結成に参加。[77被爆国際シンポ日本準備委員会結成呼びかけ人]

関連資料

年月日 タイトル 著者 発行者 備考
1954/08/25 日本資本主義講座 戦後日本の政治と経済 9 軍国主義の復活 遠山茂樹編 岩波書店
1955/02/01 反戦運動の人々 平野義太郎 著 青木書店
1955/02/15 世界の良心は発言する 世界平和集会議事録 平和擁護日本委員会編 五月書房
1955/03/17 原子戦争反対の集い ビキニ事件一週年記念(ポスター) 原水爆禁止署名運動全国協議会
1955/12/30 戦争屋-あのころの知識人の映像- 長尾和郎著 妙義出版
1957/07/10 人類の危機と原水爆禁止運動 第3回原水爆禁止世界大会討議資料 原水爆禁止日本協議会編 原水爆禁止日本協議会
1958/12/25 軍縮と国際協力のために ストックホルム平和大会の記録 軍縮と国際協力のための世界大会日本準備会編 日本平和委員会
1967/11/01 原水爆禁止科学者会議の記録 第2回 第2回原水爆禁止科学者会議準備委員会事務局編 第2回原水爆禁止科学者会議準備委員会事務局
1968/06/01 日本の核政策と国民世論 一九七〇年安保再検討期をまえに 日本平和委員会 編 日本平和委員会
1968/06/10 戦争と平和 末川博総編集、井上晴丸、細野武男編 雄渾社
1969/11/20 平和運動20年記念論文集 日本平和委員会編 大月書店
1969/12/20 原点 「戦後」とその問題 吉野源三郎編 評論社
1976/01/01 世界大会の記録 1976 – 1 第二十二回原水爆禁止世界大会 広島・長崎の声を全世界に 原水爆禁止日本協議会 原水爆禁止日本協議会
1976/09/07 長沼2審”判決”糾弾長沼国民法廷記録 1976・8・5 北海道平和委員会 北海道平和委員会
1977/03/30 中央集会・第五福竜丸のつどい 原水爆禁止日本協議会 原水爆禁止日本協議会
1978/04/29 北海道からの証言・告発 自衛隊を裁く 長沼・百里 国民法廷 1978.4.29 於東京 北海道平和委員会 北海道平和委員会
1978/11/30 平和の思想 その歴史的系譜 平野義太郎著 白石書店
1980/01/01 「3・1被爆国民の広場」の記録 静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会 静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会
1980/03/20 恵庭-長沼-百里-矢臼別をむすぶ’79,9.7長沼第1審判決6周年記念集会記録 北海道平和委員会 北海道平和委員会
1984/01/08 石川県平和委員会のあゆみ 再建20周年を記念して 石川県平和委員会
1985/11/10 戦前戦中を歩む 編集者として 美作太郎著 日本評論社
1992/03/15 開成詞華選 若き心 明治大正編 開成学園校史編纂委員会 開成学園
2013/12/18 日本の社会主義 原爆反対・原発推進の論理 加藤哲郎著 岩波書店

 

海外事情から世界連邦へ

『海外事情から世界連邦へ』(小谷鶴次著、Toshindo出版サービス、19851105)

内容

部章 見出し 備考
はしがき
1 海外事情の体験
1-1 欧米・アフリカの旅行 2
I東廻り世界一周(2)
II交通機関(10)
III綜合的な印象(14)
1-2 ヨーロッパ・アフリカ旅行から(1980年)16
I飛行機内で(16)
IIポーランドとスイスで(16)
IIIチュニジアとアルジェリアで(18)
IVフランスで(20)
1-3 これまでの海外旅行から 20
2 アメリカ旅行 22
2-1 アメリカ入国の思い出 22
2-2 カリフォルニア紀行 24
3 ヨーロッパ旅行 29
3-1 国際列車の中で 29
3-2  ヨーロッパ団体旅行(1967年)32
Iヨーロッパ団体旅行をふり返って(32)
II共産圏からイギリスへ(36)
IIIローマ法王の特別謁見(39)
3-3 3ヨーロッパ旅行(1976年)41
I人情に国境なし(41)
II海外ビックリ箱(43)
3-4 訪欧記(1977年)45
3-5  ポーランド・スペインからスコットランドへ(1981年)57
3-6  ポーランドを9回訪れて(1982年)58
I飛行機内からイギリスまで(58)
IIスイスで(59)
IIIポーランドで(59)
3-7 西ヨーロッパの印象(1984年)60
I気候(60)
II交通(61)
IIIホテルと食事(64)
IV人的交流(66)
V綜合的印象(68)
2 海外事情の研究
2-1 共産圏 70
1 共産主義国の内情 70
I共産主義国の一般事情(70)
II共産主義国の個別事情(74)
III共産圏内の関係(82)
2 ポーランドの変革とソ連 84
Iポーランドの分割と再生(85)
IIポーランドにおける理念と現実(85)
IIIポーランド変革の具体的背景(86)
IVソ連の対応(89)
Vポーランド変革の批判(90)
2-2 アフリカの内情 92
Iアフリカの国内事情(92)
IIアフリカの特異性(98)
IIIアフリカの国際主義(100)
IV先進国との格差と対策(102)
2-3 微小国を見渡して 106
Iパラオ共和国の実体(106)
II第一級微小国(108)
III第二級微小国(110)
IV国家の資格(114)
3 国際交流から平和へ
3-1 交流による平和 116
1 サーバスと平和運動 116
2 平和団体の協力をめざして 117
3 国際交流を生かすために 120
3-2 世界連邦の構想 123
1 戦争の根絶をめざして 123
I人類のための戦争根絶(123)
II人類のための仕組(125)
III戦争廃絶への世界連邦コース(127)
IV戦争根絶と平和(130)
V反核と世界連邦(134)
VI世界連邦による軍縮(140)
2 世界の改造をめざして 144
I世界の改造(144)
II世界連邦と国家・国際連合(146)
III異質のものの均衡(150)
IV民族主義との関係(152)
V世界連邦の実体(154)
3 世界連邦の実現性 159
I実現の可能性(159)
II世界連邦への関心(161)
III誰が造るか(164)
IV世界連邦への障害(166)
V実現の途(168)
3-3 世界連邦の運動 173
1 地球市民国際会議の模様(1984年)173
I事務(173)
II研究(178)
2 その他の会議と反省 180
3 世界連邦運動と今日 181
4 世界連邦の必要と方策 186

小谷鶴次

小谷鶴次

こたに・つるじ 生19970208没  84  広島大学名誉教授。政経学部教授時代に世界連邦建設運動にかかわる。

 

広島平和記念資料館平和データベース 検索キーワード”図書””小谷鶴次”

広島平和問題談話会会誌 平和問題 第2号 広島平和問題談話会 1953/8/6
国際平和読本 改版 小谷鶴次著 関書院 1961/4/1
世連講座 高橋三郎 [ほか] 世界連邦建設同盟広島支部連合会 1968/5/10
ひろしま 平和の歩み 広島平和文化センター編 広島市 1968/8/1
Hiroshima : steps toward peace = Heiwa no ayumi Seiji Imahori, Tsuruji Kotani, Naomi Shono, tr. by Barbara Reynolds, Hiromasa Hanabusa ; 今堀誠二、小谷鶴次、庄野直美 Hiroshima Peace Culture Center ; 広島平和文化センター 1969/1/1
武力とその使用 小谷鶴次著 世界連邦建設同盟広島支部連合会 1969/1/25
濱井信三追想録 濱井信三追想録編集委員会編 濱井信三追想録編集委員会 1969/8/6
アウシュヴィッツの悲劇 K.スモーレン著 小谷鶴次訳 柳原書店 1969/9/30
アウシュビッツ展 ヒロシマ・アウシュビッツ委員会、朝日新聞社編 ヒロシマ・アウシュビッツ委員会 1972/4/1
基本的人権と国際平和 資料と研究 小谷鶴次編 有信堂 1972/5/15
世界連邦運動ヒロシマ25年史 第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念 世界連邦運動ヒロシマ二十五年史編集委員会編 世界連邦広島宗教者協議会、世界連邦建設同盟広島県協議会 1972/6/25
ひろしま 平和の歩み 広島平和文化センター編 広島平和文化センター 1973/8/6
国際法の基本問題 小谷鶴次先生還暦記念論文集 山本敬三 他著 有信堂 1976/2/20
山田節男追想録 山田節男追想録刊行委員会編 山田節男追想録刊行委員会 1976/7/15
1か0(ゼロ)か 世界は一体のものとなるか さもなければ無に帰してしまう ギュイ・マルシャン著 小谷鶴次訳 柳原書店 1977/5/3
国際関係論 小谷鶴次著 柳原書店 1978/4/10
庭野平和財団文化講演会講演集(昭和55年度) 庭野平和財団 1981/4/1
新世界秩序をめざして-第18回世界連邦世界大会報告 世界連邦建設同盟編 世界連邦建設同盟 1982/4/30
仙台ユネスコ運動のあゆみ 仙台ユネスコ協会 1983/5/31
青春回想録 廣高その永遠なるもの 廣島高等学校創立六十年記念 広高青春回想録編集委員会編 廣島高等学校同窓会 1983/9/30
海外事情から世界連邦へ 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス 1985/11/5
国際関係と人間 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス(発売) 1986/4/30
一つ屋根の下での国際交流ー日本サーバス25周年記念誌 青木高編 日本サーバス 1988/1/10
この道五十年 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス 1989/7/20
戦争放棄から世界連邦へ 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス(発売) 1990/12/20
国際政治における国際法 小谷鶴次著 晃洋書房 1992/2/20
アウシュヴィッツの悲劇 K.スモーレン著 小谷鶴次訳 柳原書店 1992/8/18
国際平和法序説 小谷鶴次著 Toshindo出版サービス 1992/11/15
私と国際関係 小谷鶴次著 晃洋書房 1994/9/10
思い出から平和の構築へ 小谷鶴次著 晃洋書房 1995/2/20

雑賀忠義

雑賀忠義<作業中

 さいか・ただよし 18940325生19610208没  67   広島高等学校教授の時被爆。英文学者。1957年広島大学を定年退官。広島平和公園にある原爆慰霊碑の碑文の作者。

 

『ながれ』(村上哲夫、村上哲夫後援会、1954/06/25)靜坐心自寛  雑賀忠義 424

 

尾形静子

尾形静子

おがた・しずこ 19270127生19710207没 享年44歳 広島市広瀬国民学校で勤務中被爆。

関係資料一覧

年月日
1950/08/06 『原爆体験記』(広島市民生局社会教育課編、広島平和協会刊)
1953/06/25 『原爆に生きて 原爆被害者の手記』(原爆手記編纂委員会、三一書房)
1955/08/05 『原子力と文学』(小田切秀雄編、大日本雄弁会講談社)
1969/08/06 『未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点』(広島県教職員組合広島県原爆被爆教師の会編、労働旬報社)
1970/06/20 『日本原爆詩集』(大原三八雄、木下順二、堀田善衛編、太平出版社)
1976/09/10 『被爆教師』(石田明、一ッ橋書房)
1982/10/25 『広島県大百科事典 下』(中国新聞社編、刊)
1983/09/28 『校庭は墓場になった 女教師たちの戦争体験記』(退職婦人教職員全国連絡協議会編、ドメス出版)

柿手春三

柿手春三

かきて・しゅんぞう 1929*****生19930204没 享年84 画家。「広島平和美術展」創立メンバー。代表幹事。

関連資料 <作業中

年月日 資料名 著者・作成者
19910630 柿手春三受贈記念誌 三良坂平和美術館

小野文子

小野文子<作業中

おの・ふみこ ****生20080201没 享年 広島大学原爆死没者慰霊行事委員会の委員。

関連資料

年月日 資料名 著者・作成者
19850110 追悼記 一冊の貯金通帳番号控より 広島女子高等師範学校附属山中高等女学校原爆死没者追悼文集編集委員会
19931020 追悼記 増補 ヒロシマの願い 広島女子高等師範学校附属山中高等女学校原爆死没者追悼文集編集委員会
 19950330  創立90周年記念誌  広島大学付属中・高等学校90周年誌編纂委員会

 

年表:小西のぶ子(抄)

「小西のぶ子年表」(『炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集』所収)

月日 事項 備考
1906 1025 草津(現在広島市西区)に生まれる。父・小西末吉、母・ヨリ。
1928 日本大学専門部社会科にて三木清に学ぶ。
1941 広島電鉄社会福利課勤務(寮母)
1945 0806 広島にて被爆、一子満義(13歳)を失う。
0926 応急の事務室の黒焦げ電車の中で三木清の獄死を知る。
0927 原爆症で動けなくなる。※蝸牛吟社の同好となる(緑雨の号)。
1949 広島電鉄労組婦人部長、私鉄総連中国地方婦人部長。
06 日鋼争議を支援。
1950 0716 広島電鉄労組「勅令311号」違反容疑で家宅捜索、8名逮捕。
1002 平和擁護広島大会に峠三吉と共に議長団として参加。
1023 広島電鉄労組38名のレレッドパージ。姪の安部礼子婦人部長と共に広電を追われる。行商で妹和子と峠三吉の生計を支える。
1951 婦人民主クラブ広島支部設立。
1952 原爆被害者の会結成に参加。
※『われら母なれば(原爆体験記)』に「腐爛地蔵」発表―エスペラント語翻訳で世界に紹介される。
1955 0806 第一回原水禁世界大会に準備委(県婦協三役)として参加。於広島。
1956 第二回原水禁世界大会に被爆者代表として参加。於長崎。
1959 原水禁母の会結成。
※女性俳句誌『黒雨以後』に参加。
1960 安保闘争、婦人民主クラブとして国会闘争に参加。広大生逮捕者の救援活動
1961 『ひろしまの河』発刊、編集担う
1962 原水禁常任理事。
1965 母ヨリ失う。
1966 サルトルに出会う。
1967 『ひろしまの河』に宋年順聞き書きを発表。
※沖縄返還運動で訪沖。
1968 原子力空母エンタープライズ佐世保寄港阻止闘争に参加。
東北・北海道へ援護法制定要求行動50日行脚(巡礼に参加)
1969 0806 無期限スト封鎮中の広島大砦の八・六広島反戦集会に参加。
0818 広島大砦決戦の救援で活躍。
1970 0805 広島被爆者青年同盟結成に協力。
1971 0415 天皇来広糾弾闘争に参加。
0806 佐藤来広糾弾闘争に参加。
1010 全国被爆者青年同盟結成に協力。
中国訪問団(婦民)に加わる。
12 高陽病院建設全国キャラバン支援。
三里塚闘争に参加。
1972 0801 高陽病院(第一診療所)開設。
反公害、婦民運動、反弾圧闘争などに活躍。
婦民創立25周年に参加。
1974 戸村一作選挙応援。
1975 壱岐遺骨収集に加わる。
三里塚百万人動員中四国実行委員会結成、事務局長となる。
0417 三里塚現地集会に参加。
0622 反戦陂爆者の会結成、会長となる。
12 俳句集『腐爛地蔵』出版。
1978 0226 『腐爛地蔵』出版記念会。
1980 脳血栓で倒れる。
1981 草津南町義勇隊の碑建設。
1982 宮岡砂川反対同盟行動隊長の葬儀出席後北富士に行く。
反核行動(広島、大阪、東京)に参加。
『地獄絵』発刊。
1984 0910 骨折、脳血栓で入院(小山外科)。
1985 03 三里塚現地集会参加(最後)。
0805 8・5婦民集会参加(最後)。
11 入院(記念病院)。
12 退院。
1986 06 入院(加川外科)。
1987  0207 午前7時50分逝去(享年80歳)。

地獄絵 草津南町国民義勇隊全滅の記録

『地獄絵 草津南町国民義勇隊全滅の記録』(小西ノブ子著、田螺社、19821105)<作業中

内容

口絵写真
被爆直後の土橋付近
被爆直後の寿座付近
草津救護所
草津漁港
国民義勇隊追悼之碑
草津南町国民義勇隊戦災死者名
碑文
国民義勇隊出動指令伝達
006 発刊のことば 小西ノブ子
009 草津南町国民義勇隊全滅の記録
070 遺族探し
077 手記
<遺族8名>
098 慰霊碑建立に寄せて 門妙子
101 私の原爆体験記(堀憲義)
123 手記 腐爛地蔵( 小西ノブ子)
145 座談会
172 編集後記
174 あとがき(小西ノブ子:遺族代表)
175 著者略歴