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平和記念式典後の総理記者会見19990806

小渕内閣総理大臣記者会見録
広島市
平成11年8月6日

【司会】それでは、ただいまから小渕内閣総理大臣の記者会見を始めさせていただきます。

【質問】3点ほど質問させてもらいます。
まず第1点目は、広島平和研究所などの主催でとりまとめられた「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」の報告書が7月26日に総理に提出されました。毎年の平和宣言で核の傘からの脱却を求めている被爆地、広島と長崎の訴えを踏まえて、小渕総理は、今後、東京フォーラムの報告書を被爆国日本の外交に具体的にどのように生かしていくのか、お考えがあればお聞かせください。

【小渕総理】まず皆様御苦労様です。ただいまのお尋ねに対してでございますけれども、この東京フォーラムは昨年のインド、パキスタンの核実験を受けまして、私自身が提案をして開催をされたという経緯がございます。核不拡散、核軍縮の道筋を示すものとして大変有意義な提言が作成されたと考えております。今後、世界各国の政治指導者や核政策の立案を担当しております政府当局者、学術関係者等の目に広く触れられるように、広報に最大限努めていきたいと思っております。
特に、政府としては、国連に対し、国連の正式文書として是非加盟国に配布するように要請をいたしてまいりたいというふうに思っております。政府といたしましては、報告書を踏まえ、核拡散を防止、核兵器のない世界を実現するため努力していく考えであります。特に、米露を始めとする核兵器国に対し、核軍縮努力を求めるほか、包括的核実験禁止条約の早期発効などのための外交努力を推進していきたいと思っております。
一部、理想に向かってまだ足りないのではないかというような意見も聞こえないではありませんけれども、私はこのフォーラムに参加した方々が本当に熱心にお取り組みいただきまして、現実的に米露の核兵器を千発に、まずまずそういう目標を設定して、着実に続けていきたいという熱意の下に、広島平和研、日本国際問題研究所、こういうところで代表してやっていただきました。若干、各国の代表者の中にも意見を異にする向きもありまして、とりまとめに非常に苦労されたという経過を先般、官邸にこの報告書を持参されたときに承りました。改めて、いろいろ各国代表の中に意見の差異がありましても、とりまとめていただきました座長の松永、明石両氏を始めとして、本当に御苦労だったと思っております。是非、申し上げましたように、まず、こうした日本の提案でフォーラムが開催され、報告書が出されましたので、これを国連という場において各国にこれを提起いたして、我が国の意思というものもその中に盛り込ませていただいて、着実にひとつ一歩一歩前進できるように、そういう運びにさせていただきたいと考えております。

【質問】それでは、2点目なんですが、来年の介護保険制度、4月から導入されるんですが、その介護保険制度の導入で、被爆者や広島市、長崎市が不利益を被ることがないかどうか。また、介護保険に関連して、被爆者や広島市、長崎市に特別な措置を考えておられるかどうか、お聞かせください。

【小渕総理】介護保険につきましては、申すまでもありませんけれども、高齢者の介護を社会全体で支える制度として、利用者の選択により、保健、福祉、医療のサービスを総合的に提供することを目指すものでありまして、平成12年4月からの実施に向けて引き続き万全を期してまいりたいと考えておりますし、特に、地方自治体、市町村の大変な御苦労によりまして、この目標のとおりに実施をしていける環境づくりに御苦労いただいていることについては、政府としても心から敬意と感謝をし、その努力が実り得るものとなっていかなければならないと思っております。
ドイツで介護保険をやりましてから5年でございまして、まだドイツにおきましてもいろいろな問題を抱えているということでありますが、そういった問題については、厚生省を中心にいたしまして、先進国の在り方というものに十分目配りをしながら、我が国として万遺漏なきを期して、現在最後の段階に来たと考えております。そういう意味で、改めて御苦労いただいている市町村の御協力を得ながら、円滑に実施のできるように政府としては支援をしてまいりたいと思っております。
そこで、お尋ねの趣旨は、介護保険制度が実施された場合における被爆者に対する援護措置に関してということでありまして、これは広島市、長崎市、こういう関係市がございます。そうしたところの御要望を受けまして、現在行われております被爆者への援護措置よりも、特に不利な取り扱いにならないように、このことを基本に配慮していきたいというふうに考えております。

【質問】韓国に住む被爆者への原爆被害者福祉基金が近い将来枯渇しそうな状況です。また、外務省では、旧ソ連の核実験場の後遺症に苦しむカザフスタン共和国のセミパラチンスクの住民を支援するために調査団を派遣しました。こうした状況を踏まえて、国として海外に住む被爆者や核実験の被害者などに対する支援を今後どのように展開していくのか、また、支援の対象を更に広げる方針はないのかをお聞かせください。

【小渕総理】まず、世界のさまざまな地域に在住されている方の中で、広島、長崎の原爆や、外国の核実験によって被爆されまして、今なお後遺症等に苦しんでおられる方々がおられることは誠にお気の毒に感じております。
今、お話しのありました在韓被爆者の方々に対しては、平成3年度及び4年度におきまして、人道的観点から我が国政府は大韓赤十字社に対し、計40億円の拠出を行っているところであり、我が国政府としては拠出金の使用に関するガイドラインに従って、適正な運用が大韓赤十字社によって確保されるよう見守ってまいりたいと考えております。
なお、広島、長崎の原爆によって被爆され、現在、国外に在住している方々につきましては、被爆者援護法の対象になっておりませんが、この法律は、国籍要件を設けておりませんので、訪日される場合には、きちんと誠意をもって対応し、被爆者援護法に基づき、医療の給付等の援護をする考えでございます。
本件、特に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に在住する被爆者の問題は、たしか昨年に、これから行われるでありましょう代表者の皆さんの話し合いの中にも出てきておりまして、たしかあのとき私も、もし、日本に参られて、病院その他でいろいろな検査をしたり、あるいはそれに対しての手当てをするということがあれば、積極的に政府としてはお手伝いをさせていただくというメッセージを発しているところでありますが、残念ながら、現時点において、北朝鮮側から、そうした個別の案件についての御要望は参っていないと思いますが、気持ちとしては、昨年と同じような気持ちで対応していきたいというふうに思っております。
それから、直接、広島、長崎に関係をするわけではありませんけれども、世界の原水爆実験に関連いたしまして、被爆者というものが出ているのではないか、特に、セミパラチンスクの被爆者支援につきましては、今日の新聞を拝見しますと、平岡前市長も、広島・セミパラチンスク・プロジェクトということで、市民団体の名誉会長としてこの問題にお取り組みされておるやに今朝の新聞で拝見しましたが、政府としても、国連の要請も受けまして、本年の9月のセミパラチンスク支援国際会議を東京で開催するほか、具体的案件の形成を行うため、調査団を本年6月に現地に派遣したり、対カザフスタン核兵器廃棄支援の枠内にて、セミパラチンスクに対し医療機材、医薬品、及び遠隔医療診断システム等の供与を行っているところでございます。このような外国の核実験によって被爆された方々についての支援につきましては、当該国の努力を支援するという観点から、今後各国より要請がありますれば、そのニーズ等も踏まえつつ、いかなる支援が可能か検討してまいりたいと思っております。
本件は、いわゆる核実験による被爆者に対する援助活動の問題でありますが、その他、原発によっての被爆問題につきましても、政府としてはいろいろな形で今協力させていただき、その根底とするところはやはり広島と長崎で、こうした原爆の被害によって被爆された方々が今なお後遺症に悩んでおられるという、世界で初めての大変不幸な経験をしたということに鑑みまして、それに対しての医療機関あるいは施療の在り方等につきましては、今までそれぞれ広島、長崎を中心にして、御苦労されてきたことを広く、ある意味の責任として世界のこうした方々に対してお役に立てればという気持ちでまいりたいと思っております。
このセミパラチンスクにつきましては、実は私が外務大臣になる前に、現地、といいますか、実験場ではありませんけれども、カザフスタンに行きましたときに強く要望されまして、一緒に参りましたのが中山太郎先生、医学博士でございまして、その先生を中心に取り組んできて、ようやくこれがある意味では実りつつあるということでございまして、そうした意味での責任が果たし得る体制になったことは、私なりにうれしく思っているところでございます。
以上です。

【質問】自由党の小沢党首が強く求めている自自合意の履行についてお伺いいたします。
この問題について自民党総裁として具体的にどのように取り組むお考えでしょうか。とりわけ、衆院比例代表定数を50削減するとした公職選挙法改正案の取り扱いや、介護保険の税法式化などについてどのように対応されるのか、党首会談を開くお考えがあるかどうかを含めてお答えいただければ幸いです。

【小渕総理】

【質問】次ですが、自民党の総裁選についてお伺いいたします。
総理は、再出馬について、いつ判断を明らかにされるのでしょうか。また、次期自民党総裁はどのような政策課題に重点的に取り組むべきとお考えでしょうか。

【小渕総理】
【質問】最後になりますけれども、北朝鮮のミサイル発射問題についてお伺いいたします。
ミサイル再発射の可能性について、政府として現時点でどのような情報を得られているのでしょうか。また、再発射があった場合、日本政府としてどのような対応策をとられるお考えでしょうか。

【小渕総理】本件につきましては、政府としては北朝鮮のミサイル関連の動向につきましては関係諸国と密接に連絡をとりつつ、細心の注意を払って情報の収集・分析に努めておりますが、現時点の情報を総合いたしますと、北朝鮮によるミサイルの再発射が差し迫っているとは判断しておりません。
北朝鮮によるミサイルの再発射がある場合、我が国の安全や北東アジア地域の平和と安定に深刻な影響を与え、我が国を含む関係諸国と北朝鮮との関係に重大な影響を及ぼすこととなることは必定であります。そして、このことは北朝鮮にとっても決して利益にならないものと考えられます。我が国政府としては、まずそのような事態を回避すべく、米韓と連携しつつ、北朝鮮のミサイル再発射の抑止のために最大限の努力を行っていくことが肝要であると考えております。
なお、ミサイル再発射の場合に我が国がとる対応措置につきましては、ミサイル再発射が我が国のみならず米国及び韓国との間におきましても深刻な影響をもたらすものであり、米韓と連携しつつ対応することになりますが、現時点におきましてはそれ以上具体的なことを申し上げることは差し控えたいと思っておりますが、これまた過去のことになりますが、私もケルンサミットにおきましてもこの問題を取り上げさせていただきました。アジアから出席をする国として我が国でございますので、この北東アジアの平和と安定という問題につきましては広く全世界的にもこの問題に注視してもらいたいということで発言を申し上げ、そしてこれはコミュニケの中にも発表させていただいているわけであります。
なお、現在ジュネーブにおきまして4か国における話し合いが進められております。この点についても、私はかねて外務大臣の時代から、4か国だけでなくてロシアあるいは日本を入れた6か国でこの地域の安全保障の問題について話し合うべきではないかと御提案を申し上げておりますが、残念ながら各国すべての了解を得られておりませんので4か国で話し合いを進めるという過程になっておりますが、我が国の安全保障にとりましても最大の関心事でございますので、細心の留意を払いつつ、その実験を行うことによってこの地域の不安が増すということのないように、またそのことは同時に先ほど申し上げましたように、これから日本がKEDOを含めまして北朝鮮の原子力発電所に対して、国民の皆さんの御理解を得ながら10億ドルというものを拠出をしようということであります。そういう日本側の態度に対して逆なでと言っては何ですが、日本人の気持ちにそぐわないような行動は是非避けてもらいたい。このことはひとり日本だけでなくて、アジア全体についてそのミサイルの攻撃機能の拡散を防ぐという意味での極めて重要なことだと認識をいたしております。
回答は冒頭申し上げましたように、現時点におきましては今その兆候というものは当面見られないと思いますが、改めて北朝鮮側の自制を期待しておるということでございます。

 

広島大学の50年

『広島大学の50年』(広島大学50年史編集専門委員会・広島大学50年史編集室編、広島大学、19991105)

備考
刊行のことば 原田康夫(広島大学長)
広島大学歌・
目次<東広島キャンパス航空写真>
光をもとめて-廃墟からの出発
1 広島大学の源流
2 原爆被害と復興
3 広島大学の開学
4 大学院・専攻科の発足
5 分散キャンパスの整理
6 校舎・施設の新築
光のなかで-青春の広島大学
7 入試・入学-キャンパスに桜
8 女子学生・社会人学生-学生の多様化
9 一般教育・教養的教育-問われ続ける「教養」
10 授業の風景-頭と身体を使って
11 オリエンテーション-ようこそ広大へ
12 スポーツ-体育会とレジャー
13 文化系サークル-学生生活の彩り
14 学生自治-「ダンコウ」って何ですか?
15 平和-ヒロシマを考える
16 衣-角帽から茶髪へ
17 食-安いのが一番
18 住-四畳半からフローリング・エアコン付きへ
19 大学祭-「独立をわれらの国に」から「PLEASURE」へ
20 学生街-集う・飲む・歌う
21 留学生-ヒロシマで学ぶ、ヒロシマが学ぶ
22 卒業・就職・同窓会
光とともに-発展する広島大学
23 総合科学部-新しいパラダイムの創出
24 文学部-人間の根源をたずねて
25 教育学部-教育の総合的研究をめざして
26 学校教育学部-教育実践に心をよせて
27 政経学部から法学部、経済学部へ
-地域に根ざした社会科学をめざして
28 理学部-自然の真理を求めて
29 医学部-医療の新しいかたちを求めて
30 歯学部-歯学の新たな展開をめざして
31 工学部-科学技術の開発をめざして
32 水畜産学部から生物生産学部へ-食糧を科学する
33 大学院の再編-新たな学問領域の開拓
34 理論物理学研究所・原爆放射能医学研究所
35 附属図書館-知の集積
36 附属学校-研究と教育の結節点
37 事務組織-大学を支えてきた職員たち
光あふれて-挑戦する広島大学
38 改革の季節
39 統合移転の計画
40 西条への移転
41 部局を越えた共同教育研究施設
42 研究基盤の充実
43 学術研究の成果
44 地域社会とともに
45 地域の教育を支える
46 産業界との連携
47 国際学術交流
48 国際化への対応
49 進む情報化
50 社会への発信
卒業生10万人
 年表
1874 創立前史
1950 森戸辰男(初代学長)
1963 皇至道(第2代学長)
1966 川村智治郎(第3代学長)
1969 飯島宗一(第4代学長)
1977 竹山晴夫(第5代学長)
1981 頼実正弘(第6代学長)
1985 沖原豊(第7代学長)
1989 田中隆荘(第8代学長)
1993 原田康夫(第9代学長)
出典一覧
編集後記 頼祺一(編集専門委員会委員長)
広島大学50年史編集専門委員会  <・・・宇吹暁・・・>
広島大学50年史編集室

 

年表:原爆展(1999年)

年表:原爆展(1999年)

記事
01 07 長崎県平和・労働センター、ロシア・サンクトペテルブルグ(旧レニングラード)市の国立歴史博物館に長崎原爆資料の常設展示コーナーを設置することを計画。
01 20 マレーシアの中国系住民団体「タイピン華人協会」、ベラク州タイピンで「戦争と原爆展」を開催。-21日。広島平和教育研究所が資料を提供。
02 25 生協ひろしま、日本被団協制作の写真集「原爆と人間展」のスリランカ・マレーシア・フィリピン・シンガポール4カ国への発送式を広島市の本部で開催。26日、郵送。
03 19 広島県原水禁、「反核平和のための朝鮮被爆者協会」から、8月にも平壌で原爆展を開催する意向を李実根広島県朝鮮人被爆者協議会会長を通じ受け取る。
04 13 米アメリカン大学の学生クラブ「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、原爆パネル展を同大キャンパス内で開催。昨年に続き2回目。
04 30 近藤幸四郎広島被爆者団体連絡会議事務局長、李実根県朝鮮人被爆者協会会会長ら3人、今夏北朝鮮で開く「原爆展」について協議するため現地に向け出発。6日帰国。8月13-18日、平壌の人民大学習堂で開催することが決まる。
05 10 広島市と米ハワイ・ホノルル市、姉妹都市提携40周年記念式典をホノルル市役所で開催。秋葉広島市長・平野市議会議長ら9人の代表団が参列。交流写真展開幕。-7月9日。
07 03 広島・長崎両県の原水禁や在日本朝鮮人被爆者連絡協議会など5団体、平壌(ピョンヤン)原爆写真展協力団体代表団の結団式を広島市内で開催。
07 10 コープぎふ、「99年平和フェスティバル」を岐阜市内で開催。「原爆と人間展」パネルを展示。
07 12 山口県・下関原爆被害者の会、JR下関駅構内で開催を計画していた原爆展を、JR側が使用を断ったため断念。
07 12 広島市、宇都宮市役所で原爆展を開催。-18日。
07 16 「アニメ版・はとよひろしまの空を」(大川悦生原作、大川弘子・大川富美文)、ポプラ社より発行。
07 20 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆展を広島県本郷町の広島空港内で開催。-8月19日。
07 21 東広島市原爆被害者の会、役員会を開催。市福祉センター・松翠苑にある原爆資料展示室を市の中心地に移設する署名活動に取り組むことを決める。
07 22 広島市安佐南区の東野公民館、地区住民の被爆者や家族ら20人の証言を集めた「ロビー平和展」を開催。-8月5日。
07 22 長崎県被爆者手帳友の会、「空白の20時間-原爆被爆惨状絵図」展を福岡市内で開催。-26日。
07 22? 広島市「佐伯区平和を語る実行委員会」、原爆パネル展「原爆と人間展」を楽々園公民館で開催。-25日。
07 23? 「ドクター・ジュノー研究会」など、「マルセル・ジュノーの足跡展」を広島市内で開催。-8月22日。
07 26 山口県・下関原爆被害者の会、原爆展を下関市内で開催。-8月1日。
07 26 企画展「平和都市法50年の歩み―理念を未来へ」、広島市役所一階の市民ロビーで開催。-8月15日。
07 27 東京都町田市の町田公民館、「原爆と人間展」のパネルを展示。-8月8日。(「東友」)
07 28 笠岡市非核平和都市宣言啓発実行委員会、原爆写真展を市内で開催。昨年に続き2回目。
07 28 新潟県巻町、「原爆と人間展」を開催。-8月6日。
07 28 広島市立中央図書館、被爆7年後に当時の子どもたちが書いた原爆詩の原稿を集めた「心に響く、原爆の子の詩(うた)」展を開催。-8月15日。
07 29 埼玉県被団協など、平和のための埼玉戦争展を浦和市内で開催。-8月2日。2万5000人が見学。
07 30 広島市南観音公民館で観音地域「原爆と人間展」。-8月2日。(「広島民報」)
07 30 東京都世田谷区の同友会など、「せたがや原爆と人間展」を区内で開催。-8月5日。2000人が参観。(「東友」)
07 31 広島市、水戸市で原爆展を開催。-8月8日。
08 01 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会など、カザフスタン共和国セミパラチンスク市の核実験場などを題材にした写真展を原爆資料館で開催。-9月30日。
08 01 広島原爆資料館、「ヒロシマ原爆写真パネル展」をJR広島駅で開催。-9日。
08 01 広島市仁保公民館、「仁保島発平和のメッセージ展・1945年ごろのくらし展」を開催。-15日。
08 02 広島原爆資料館、「あの夏、ヒロシマの声・音」をテーマにした「原爆の絵」を展示。
08 02 広島原爆資料館、「プランゲ文庫展 勝次から見る占領下の日本-プレスコードと広島」を開催。-31日。
08 02 鳥取市役所ロビーで「原爆と人間展」。-9日。
08 02 広島原爆資料館東館で市民の描いた原爆の絵「あの夏、ヒロシマの音」を開催。
08 03 ピース21下関実行委員会、「99下関平和のための戦争展」を開催。-6日。18回目。
08 03 東広島市役所ロビーで原爆資料展。-9日。
08 06 インド・ナグプール市で平和展。-9日。ふくしま生協と愛知平和委員会がインド平和・軍縮・環境保護研究所に贈った「原爆と人間展」パネルを展示。
08 06 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆写真パネル展をJR広島駅南口地下イベント広場で開催。1日限り。
08 06 市民グループ「ナマステINDIA」など、被爆証言の集いと原爆パネル展をインド南部・ケーララ州の町で開催。-7日。
08 07 「99山口・平和のための戦争展」、山口市民会館で開催。-9日。期間中約400人が入場。
08 07 長崎原爆資料館、「ながさき原爆の写真展」を平和公園で開催。-10日。
08 07? 長崎県職員組合長崎支部、第9回県職員原爆展を県庁内で開催。-9日。
08 08? 写真展「高知の被爆者」、高知市内で開催。岡村啓佐が1995年から撮影を始めた作品から65点を展示。-15日。
08 11 岡山市原爆被爆者会、天満屋で原爆展を開催。-16日。1万5000人が参観。
08 11 広島市、横浜市で原爆展を開催。-16日。
08 13 「反核平和のための朝鮮被爆者協会」、原爆展を平壌・人民大学習堂で開催。開催セレモニーに約300人が参加。-18日。
08 14 島根県「安来市・能義郡原爆被爆者協議会」、「ヒロシマ・ナガサキ原爆展-核兵器のない世界へ」を安来市内で開催。-16日。
08 14 広島・長崎両市、原爆展を英国中部のリーズ市の王立武器博物館で開催。14日、広島市在住の主婦・植田規子、被爆体験を話す。-10月3日。
08 15? 岡山市原爆被害者の会、「原爆平和展」を同市・天満屋で開催。-16日。
08 17 99平和のための広島の戦争展、広島県民文化センターで開催。-20日。期間中1300人が参観。
08 18? 広島市馬木公民館、原爆を題材にした絵画展「8月6日の記憶」を開催。-9月4日。
08 18? 広島のグループ「モンゴル・ツェツェグ」、5月末ウランバートルで開いた原爆展で募集した折り紙を使った切り絵の作品展「生きつづけて モンゴルから広島へ-子どもたちのメッセージ展」を広島市内で開催。-22日。
08 19 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、帰国。13-18日に平壌で開催された原爆展に2000人以上が参加。
08 20 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、広島市役所で帰国の記者会見。在朝被爆者が1020人で平均年齢72歳という現地の被爆者団体の調査結果を明らかにする。
08 20 北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団のうち、長崎県からの参加者、長崎市役所で帰国の記者会見。
08 22 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国セミパラチンスク市国立ニゾロフ博物館で開催。-9月2日。
08 23 「99平和のための戦争展かながわ」、横浜市で開催。-29日。
08 30 横尾・長崎市収入役、カザフスタン・セミパラチンスク市で開催された「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開会式の模様を記者会見で報告。
09 05 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国の旧首都アルマイトで開催。-9月15日。
09 09 長崎県原水禁・長崎地区労、8月に北朝鮮で開催された原爆写真展の報告集会を、長崎市内で開催。約200人が参加。
09 17 広島県原水禁など、「ピョンヤン原爆写真展報告集会」を広島原爆資料館で開催。約200人が参加。
09 26 宮城県被団協、「原爆展」を仙台市内で開催。45万円の公費補助。
10 23 広島・長崎両市、原爆展をスイス・ジュネーブ市の旧オペラハウスで開催。-10月30日。約4000人が入場。1995年度から6カ国12都市目の開催。
10 25 長崎原水協、森住卓(フォトジャーナリスト)のカザフスタン・セミパラチンスク核実験場周辺の被ばく者を撮影した写真展を長崎市内路上で開催。-26日。
10 27 森下一徹ら「世界のヒバクシャ」写真展を広める会、写真展「世界のヒバクシャ」を広島原爆資料館で開催。-11月5日。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間展」を福岡市内で開催。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間」展を市内で開催。
11 27 埼玉県原爆被害者協議会(しらさぎ会)川口鳩ケ谷支部、「原爆と人間展」を川口市内で開催。-28日。400人近くが参観。
12 05 東京マイコープなど、「原爆と人間展」をパプア・ニューギニアの首都ポートモレスビーにあるパプアニューギニア大学で開催。-11日。
12 13 中国人民平和軍縮協会の訪問団5人、広島市入り。15日、秋葉市長と会見し、中国での初の原爆展開催に向け協議を進めることを確認。

 

フォト・ドキュメント:被爆遺跡医学部11号館の消滅

フォト・ドキュメント:被爆遺跡医学部11号館の消滅

1999年3月
10日 樹木が取り払われた南側
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10日 鉄骨が組み立てられた北側
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16日 覆いが施された西側
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23日 甍が取り払われた東側
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27日11:30 消えた屋根の中央部(北側より撮影)
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27日11:30 消えた屋根の中央部(南側より撮影)
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27日11:30 南側より撮影
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27日11:30 原医研南側の広場
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27日11:30 原医研南側の広場
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27日16:30 消える屋根の東側(北側より撮影)
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27日16:30 消えた屋根の東側(南側より撮影)
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27日16:30 消えた屋根の東側(南側より撮影)
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29日13:00 消えた屋根の東側(北側より撮影)
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29日13:00 東側(南側より撮影)
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30日08:30 消えた屋根の東側(北側より撮影)
 ks990329cs
30日08:30 消えた屋根の東側(北側より撮影)

ks990330as

1999年4月
01日08:30 消えた屋根の西側(北側より撮影)
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01日08:30 西側(南側より撮影)
 ks990401cs
01日08:30 西側(南側より撮影)
 ks990401ds
01日08:30 原医研南側の広場
 ks990401bs
02日13:00 わずかに残る東壁面の下部(南側より撮影)
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02日13:00 わずかに残る東壁面の下部
(北側より撮影)
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02日13:00 ガレキの山と化した11号館(南側より撮影)
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駐日大使の平和メッセージ(1999年)

駐日大使の平和メッセージ(1999年)

平和な世界の実現を求める願いは、政治、文化、宗教、民族などの違いを超えた人類共通のものです。こうした願いを結集し、来たる21世紀を「平和の世紀」にしていくための取組みの一つとして、各国駐日大使へ平和メッセージの寄稿を呼びかけました。これに応えて、48か国の駐日大使から寄せられたメッセージを平成11年8月1日から31日まで平和記念資料館で展示しました。
また、8月6日に、メッセージを寄せたユーゴスラビア、コスタ・リカ、ベラルーシ、カンボジアの4か国の大使らを広島に招き、当夜、原爆ドーム前で平和メッセージを読み上げていただきました。これにより市民の平和への関心を高め、広島と各国との平和と友好の連帯の絆を深めることができました。
『平和と交流2000年版(平成11年度事業)』(財団法人広島平和文化センター、20010209)

日本原爆論大系 (全7巻)

日本原爆論大系 全7巻(日本図書センター、1999.06.25刊)

タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
2 被爆者の戦後史
3 原爆被害は国境を越える
4 核兵器禁止への道Ⅰ
5 核兵器禁止への道Ⅱ
6 核兵器禁止への道Ⅲ
7 歴史認識としての原爆
著者 タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
1  原爆投下はどう受け止められたか
仁科芳雄 原子爆弾
長田新 「原爆の子」序
塩月正雄・岡本彰祐・山本杉・草野信男・浦松佐美太郎 世界に訴へる日本原爆医学
2  なぜ日本に投下されたか
長田新 原子爆弾はなぜ投下されたか
荒井信一 「原爆投下への道」〈抄〉
3  原爆はどう報道されたか
松浦総三 原爆、空爆報道への統制
堀場清子 「禁じられた原爆体験」〈抄〉
2 被爆者の戦後史
1  原爆は人間に何をもたらしたか
川手健 半年の足跡
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
ロバート・J・リフトン 生存者
石田忠 反原爆の〈立場〉
2  被爆者は戦後をどう生きたか
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
石田忠 反原爆の〈立場〉
3 「きのこ会」を見つめ続けて
山代巴 わたしの報告
大牟田稔 「八月の沈黙」
大牟田稔 「原爆の刻印」背に半世紀
4  ヒロシマ・ナガサキからの訴え
 鎌田定夫  ナガサキ・七〇年代の記録と証言運動
松元寛 ヒロシマとナガサキ-その意味を考える視角
3   原爆被害は国境を越える
1 原爆被害の裏側
 金井利博 核権力と自由
2  南米・北米のヒバクシャ
藤原茂 ボンバ・アトミカ-南米に生きる被爆者たち
3  もう一つのヒロシマ・ナガサキ
李実根 被爆朝鮮人問題と「朝被協」
4  在韓被爆者は訴える
平岡敬 国家と被爆者
原爆被爆者対策基本問題懇談会 原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について
5  強制連行された中国人被爆者
6  被爆者補償
 田村和之  在外被爆者への被爆者法の適用
4   核兵器禁止への道Ⅰ
1  占領下の核兵器禁止運動
今堀誠二 朝鮮戦争に抗して〈抄〉
2  ビキニ被災事件の衝撃
3  原水爆禁止運動の高揚と分裂
自由民主党広島県議会議員会 原水爆禁止世界大会の正常会を望む
黒田秀俊 原水協にまつわる黒い影
今堀誠二 国民運動の崩壊と再生への四つの芽
4  運動の統一と運動のあり方をめぐる論争
金子満広 原水禁運動-よみがえった原点
松江澄 民主主義の徹底をとおして新しい社へ〈抄〉
高橋昭博 原水禁運動の「統一」について
5 NGO被爆問題シンポジウム
5   核兵器禁止への道Ⅱ
1  国連軍縮特別総会に向けて
2  文学者の反核声明をめぐって
3  核絶対否定か核兵器絶対否定か
森滝市郎 被爆三十一周年原水爆禁止世界大会国際会議主催者代表演説
三宅泰雄、安斎育郎、本谷勲 三科学者、大いに語る
4  原水爆禁止運動は再分裂へ
5  核抑止か核兵器廃絶か
6  核不拡散条約をめぐって
7  核の傘・非核三原則をめぐって
6   核兵器禁止への道Ⅲ
1  沖縄の核
2  非核自治体運動とは何か
西田勝 日本における非核自治体運動の現状と今後の課題
西田勝 非核自治体は世界を変える
自由民主党 非核都市宣言について
今堀誠二 世界平和連帯都市市長会議の意義と課題
鎌田定夫 核廃絶へ都市と市民の連帯を
林茂夫 非核都市宣言の理念と目的
3  戦略防衛構想をめぐって
安斎育郎 SDIで核廃絶は可能か
4  中距離核戦力をめぐって
5  日本政府の核政策をめぐって
6  核不拡散条約の延長問題
7  包括的核実験禁止条約をめぐって
8  核使用は国際法違反か
平岡敬 国際司法裁判所における広島市長の陳述
9 東西冷戦終結後の課題
土山秀夫 被爆地から核兵器廃絶への道を問う
庄野直美 北東アジア非核化条約を実現せよ
10 印パ両国の核実験をどうみるか
11 核時代の文化と芸術
芝田進午 核時代の文化的展望II-世界の地理的-文化ビジョン
芝田進午 核時代の文化的展望III-大国中心主義をこえて
芝田進午 核時代の芸術的展望-“反核芸術”-“反核芸術”論序説
7 歴史認識としての原爆
1 広島・長崎はどう語られてきたか-5年ごとのプレイバック
庄野直美 ヒロシマ25年
岡本三夫 アメリカ合衆国・一九八五年八月
2 慰霊碑の碑文論争
浜井信三 「過ちは繰返しません」
山田節男 「原爆慰霊碑改築の是非!」広島市長 山田節男氏に訊く
朝尾義光・吉川清・宮本正夫・中村良三 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-1
森弘助治・浜本万三・佐竹信朗・田淵実夫・田辺耕一郎 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-2
荒木武 第二回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説
3 被害と加害をめぐって
今堀誠二 ヒロシマ・ナガサキと中国
栗原貞子 「地による昭和史」
平岡敬 アジアとヒロシマ
本島等 広島よ、おごるなかれ
広島県原爆被害者団体協議会 本島論文に対する抗議文
本島等・袖井林二郎・松元寛・河野一郎 原爆ドーム世界遺産化で考える
高橋昭博 複眼で見よう原爆被害と戦争加害
4 スミソニアン原爆展問題
マーティン・ハーウィット・油井大三郎 スミソニアン原爆展示はなぜ阻止されたか
斉藤道雄 「原爆神話の五〇年」〈抄〉
米山リサ 越境する戦争の記憶
米谷ふみ子 ヒロシマと真珠湾
直野章子 「ヒロシマ・アメリカ」〈抄〉

 

新アジェンダ連合

新アジェンダ連合

しんあじぇんだれんごう

アイルランド・スウェーデン・ブラジル・エジプト・ニュージーランド・南アフリカ・メキシコ)で非核保有7カ国のこと。1999年11月の国連総会第一委員会で採択された核兵器の廃絶を求める決議「核兵器のない世界へ 新しい課題の必要」の提案の中心国となった。

文献

 

書名コード 書名 編著者
990720 核兵器廃絶への新しい道-中堅国家構想 ロバート・D・グリーン

 

広島市平和式典(1999年)

平成11年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

名簿に記帳された氏名
名簿登録者総数
名簿総数

参列者の概要

被爆者や遺族など 約万人
小淵恵三 内閣総理大臣
 国連事務次長
遺族代表 都道府県
各国大使や代表 か国と欧州連合(EU)。核兵器国のを含む。

 

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/

内閣総理大臣挨拶

内閣総理大臣

出典

 

 

1999年12月のうごき

う ご き
01 長崎県内の各市町村役場などで被爆二世無料健康診断の申し込み受付が始まる。
01 秋葉広島市長、東京都内で、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の建設促進など38項目が国の来年度予算に盛り込まれるよう県選出国会議員らに要望。
01 長崎地裁、「長崎原爆中心地訴訟」の第12回口頭弁論を開く。
01 広島市立袋町小学校の卒業生有志6人、市役所を訪れ、被爆建物である西校舎(3階建て)の全面保存を求める841人分の署名を提出。
01 国連総会、日本提案の「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮」決議案を賛成153、反対ゼロ、棄権12で採択。「新アジェンダ連合」による「核兵器のない世界へ」決議も賛成111、反対13、棄権39で採択。
01 ルーダン米駐大阪総領事、広島市内の講演会で米艦船の広島寄港を希望。2日、広島県原水協・県被団協など3団体と「ピースリンク広島・呉・岩国」、それぞれ抗議文を同総領事あてに送付。3日、長崎県原水協も。
02 東京大学付属病院、東海村臨界事故で被曝した大内久に兄弟の皮膚を移植する手術を行う。
02 広島部落解放研究所、本年度人権講座を広島市内で開催。宮崎安男県原水禁代表委員「ピョンヤン原爆展を開催して」などの講演。
02 広島市教育委員会の「21世紀教育改革推進総合プラン検討会議」(第2回)を開催。平和教育などについて論議。
02 広島県、小説家・阿川弘之に名誉県民の称号を贈ることを決める。
02 日露青年交流センターの交流事業で来日中のロシア軍若手将校ら50人、広島市の原爆資料館を見学。
02 長崎平和研究所、インドのアルン・ガンジー(マハトマ・ガンジーの孫)の講演会「ガンジーの非暴力思想と21世紀の世界」を長崎市内で開催。約80人が参加。
02? 広島経済大学の学生グループ、ネパールの高校からの要請に応え、原爆写真展の開催を計画。
03 「平和・協同ジャーナリスト基金」、第5回基金賞を発表。「写真記録・チェルノブイリ消えた458の村」(広河隆一)が基金賞、朝日新聞社会部原爆投下取材班「原爆投下55年目の真実」など5点が基金奨励賞。
03 英アバディーン市の市長、長崎市を訪問。
03 ブルガリアの管弦楽団「ソフィア・ゾリステン」の関係者、長崎市平和公園を訪れ、バイオリン演奏で犠牲者の冥福を祈る。
03 英国退役軍人会会長ら一行4人、英国との平和友好交流事業をすすめている外務省の招きで来日し、広島市を訪問。
04 「中国人強制連行・西松建設裁判を支援する会」、広島で被爆死した中国人の遺族の証言集会を広島YMCAで開催。
04 長崎県平和・労働センターなど、茨城県東海村の臨界被ばく事故を機に原発反対をあらためて訴える市民集会を長崎市内で開催。橋爪健郎鹿児島大学助手が講演。約110人が参加。
04 原子力安全委員会のJCO東海事業所臨界事故調査委員会、第8回会合を東京都内で開催。先にまとめた「緊急提言・中間報告」に対し一般から121人206件の意見が寄せられたことが報告される。
04 広島市立袋町小学校・同小PTA、被爆校舎の解体工事を控え、地域住民や卒業生たちに校舎を開放し、お別れ会を開催。約500人が参加。
04 「核兵器の廃絶をめざしすべての核実験に反対する長崎ネットワーク」が派遣した「高校生平和大使」3人の帰国報告会、長崎市内で開催。
04 広島市立幟町中学校の生徒たちが計画している「折り鶴の碑」建立のチャリティー寄席、市中央公民館で開催。
04 長崎県被爆者手帳友の会・県原水禁など、「再びヒバクシャをつくらないために」をテーマに東海村臨界事故を考える市民集会を長崎市内で開催。
04 広島県原水協・県被団協、新アジェンダ連合などが国連総会に提案し採択された核兵器緊急廃絶決議案に、日本が棄権したことに対する抗議文を小渕首相に送付。
05 原爆をテーマにした創作バレエ公演などに尽力した葉室潔、死亡。81歳。
05 JCO、東海村の転換試験棟内に残る放射線量のモニタリングを開始。
05 「李康寧裁判を支援する会」、結成集会を長崎市内で開催。約30人が参加。
05 「核兵器廃絶を求める広島・長崎市民の集会」の総括集会、広島市内で開催。「核兵器のない21世紀を実現するために」をテーマに、約40人が参加。
06 李実根在日本朝鮮人被爆者連絡協議会会長、年内に予定していた北朝鮮の医師の訪日研修が来年初めに延期される予定であることを明らかにする。
06 広島県原水協・県被団協・県平和委員会、ルーダン米駐大阪総領事の、広島への米艦船寄港要望発言に抗議するよう、広島市長に申し入れ。
06 「ピースリンク広島・呉・岩国」、ルーダン米駐大阪総領事の、広島への米艦船寄港要望発言を撤回するよう働きかけることを、広島県知事に申し入れ。
06 広島平和文化センター、初の公募による被爆証言ビデオの収録を開始。広島原爆ドーム対岸の平和記念公園内などで、 秋田サチエら安田高等女学校の級友だった3人の証言を撮影。
06? 「多田謡子反権力人権基金」、今年度人権賞を、英国セラフィールドの核施設による被ばく・汚染・事故隠しなどを告発してきた住民団体COREなどに贈ることを決める。
06? ナガサキ学生平和ボランティア、長崎の大学生の平和活動などを紹介するインターネットのホームページを開設。アドレスはhttp://www.try-net.or.jp/~kitazono
07 東京大学病院、東海村臨界事故で被ばくした大内久の循環状態が不安定になったと発表。
07 長崎地裁、李康寧裁判の口頭弁論を開く。
07 放射線影響研究所、被爆二世の健康影響調査についての地元連絡協議会を長崎で開催。成人病などの疾病と親の被爆との関係を検討することなどを柱とする計画概要を発表。
07 光武佐世保市長、米原子力艦船の防災対策について情報提供を米側に働きかけるよう外務省に要請したことを市議会一般質問で明らかにする。
07? 広島原爆死没者追悼平和祈念館に収める厚生省収集分の被爆体験記録約8万9000人分のデータベース化作業で、入力分が50%を超える。これまでに771の個人団体から1991点を収集。
07? 長崎大学、来年度から教育学部情報文化教育課程の科目として「平和学」の新設を計画。3年生を履修の主対象に、戦争と原爆の意味などを考える内容にする予定。
08 長崎出身のミュージシャンが平和を願うコンサート「Peace Beat Club’99 unpluged」、長崎市内で開催。
08 広島県平和運動センター・県原水禁など、「12・8不戦の誓いヒロシマ集会」を広島労働会館で開催。
08 長崎の証言の会など7団体、「ナガサキ不戦の集い」を長崎市爆心地公園の「核兵器廃絶人類不戦の碑」前で開催。約40人が参加。
08 長崎市、「原爆を「原点とする」ものではない」としてきた同市教委の平和教育原則の見直しを検討する方針を明らかにする。
08 森元弘志広島市助役、ルーダン米駐大阪総領事の広島への米艦船寄港要望発言について、「断りたい」との個人的見解を表明。
08 広島原爆資料館、収蔵するすべての被爆資料約8600点をインターネットのホームページで公開。
08 米テネシー州オークリッジの核兵器製造工場で化学爆発が発生。放射能が施設内に流出し10人が被ばく。
08 長崎県松浦市、原子力災害も想定し、同市地域防災計画の見直しを検討することを明らかにする。
08? 広島県三次市立三次中学校、10年前から毎年「原爆の日」を前に校区内で実施している「平和の火リレー」で「みよし人権文芸賞」を受賞。
09 「中国人強制連行・西松建設裁判を支援する会」・「三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会」、ギュンター・ザートホフ(ドイツ・ナチス犠牲者相談所連盟)からドイツ企業の強制労働に対する補償について話を聞く集いを広島市内で開催。約40人が参加。
09 米国防総省、米国の全面支援でロシアの核弾頭やミサイルを解体する「米ロ共同脅威削減計画」が開始されて以来7年間で、5000個の核弾頭が買いたいされたことを明らかにする。
09 電力会社や核燃料加工会社など原子力関連の民間事業者35社・機関、茨城県東海村の臨界事故を受け、安全性の向上をめざす「ニュークリアセイフネットワーク(NSネット)」を発足させる。
09? 日立製作所、JCO東海事業所の臨界事故で操業停止や休業を余儀なくされたとして2億3800万円の損害賠償を請求。
10 広島県内59の医療機関で被爆二世の健康診断を実施。希望者を対象に厚生省が1979年に始め、今年で21回目。
10 富山県高岡市の竹中製作所、長崎市から大修復を請け負っている平和祈念像の手首の点検を、同市職員から受ける。
10 米連邦捜査局(FBI)、米ロスアラモス国立研究所の中国系米国人元研究員ウェンホー・リーを機密扱い規則違反で逮捕。
11 韓国の伝統的民俗芸能団 「マダンプンムルノリ」、12日の広島公演を前に、広 島市平和公園を訪問。原爆慰霊碑や韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前で、慰霊の演奏や舞をささげる。
11 茨城県、「JCO臨界事故補償対策室」を設置。
11 東海村臨界事故を起こしたJCO、茨城県や東海村、経済団体と補償問題について初交渉。避難要請の出た350メートル圏内の住民に1人5万円の見舞金を支払うことなど基本的な補償の考え方を示す。
11 科学技術庁、東海村臨界事故で現場から約80メートル地点に事故発生から約25分間とどまった場合に被曝する線量の推定値を、これまでに発表した75ミリシーベルトから11ミリシーベルトにするなど、推定線量を大幅に下方修正することを決める。
11 長崎被災協など、原爆被害の受認論などを考えるシンポジウムを長崎市内で開催。
11 原爆被害者相談員の会、「12・11シンポジウム:原爆被爆者と東海村被曝者-放射能被害の実態と援護を考える」を広島YMCAで開催。約50人が参加。
11 日本環境学会、緊急学術シンポジウム「原子力事故と社会の対応-JCO事故が提起するもの」を東京都内で開催。
11? 政府、東海村臨界事故を受け、原子力の開発・利用行政をチェックする原子力安全委員会の事務局を来年4月に現在の科技庁から総理府に移管し、現在の19人から100人規模に増員することを決める。
12 広島県原水協・県被団協、米テネシー州の核兵器製造工場の事故に対する抗議文をクリントン大統領宛に送付。
12 学芸員をめざす広島女学院大学の学生16人、45年前被爆者追悼のためドイツ・デュッセルドルフ市から寄贈された広島市の幟町カトリック教会の正面扉を清掃。
12 広島原爆資料館、一日平和教室を開催。
12 米の核監視団体・天然資源保護協会、米軍が冷戦時代に岩国などの米軍基地に核物質部分を取り外した核爆弾を配備、佐世保などには核搭載艦船が常時出入りしていたことが米文書で確認されたと発表。
13 放射線影響研究所、被爆二世の健康調査についての外部の専門家の審議機関「科学委員会」の初会合を開く。
13 中国人民平和軍縮協会の訪問団5人、広島市入り。15日、秋葉市長と会見し、中国での初の原爆展開催に向け協議を進めることを確認。
13 米国務省からジョンソン駐日大使宛電文「核兵器と小笠原」(1968年1月4日付)に、1960年の安保条約改定時に核持ち込みに関する秘密議事録が交わされていたことを指摘する記述があることが判明。
13 原子力災害対策特別措置法など、参議院本会議で全会一致で可決、成立。
13? 茨城県東海村の「臨界事故賠償対策協議会」、JCOが提示した補償基準を「誠意がなく不十分」として全面的に見直すよう求めることを決める。
14 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の工事が始まる。
14 広島県立安西高校の朝鮮問題研究クラブの生徒3人、10月17日に韓国人原爆犠牲者慰霊碑にペンキがかけられた事件に関連し、平和友好を願い真の国際化を目指す決意で折りづる2000羽を同碑に納める。
14 長崎ヒバクシャ医療国際協力会、第3回永井隆平和記念・長崎賞の受賞者にオランダ在住の放射線物理学者ヨハネ・ブローズが決まったと発表。
14 李瑞環・中国人民政治協商会議主席、長崎市を訪れ平和公園などを見学。中国共産党機関紙・人民日報等国内向け主要メディアは、同主席が「原爆落下中心地碑」に献花したことを報道せず。
14 保利耕輔自治相、本年度12月分の特別交付税の配分を閣議で報告。東海村臨界事故対策で新たに茨城県に1億900万円、東海村に2300万円など。
15 広島平和文化センター、来年2月10~14日に沖縄県那覇市で開催する「広島・沖縄平和のキャンパス」の参加者を募集。
15 広島市平和公園の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館建設予定地の地中約40cmの層から、被爆当時の舗装路面とみられる塊が見つかる。
16 日本造血細胞移植学会総会、広島国際会議場で開催。平井久丸東大病院助教授が東海村臨界事故で被曝した大内久に行った末しょう血細胞移植の経過について報告。
17 放影研、「地元連絡協議会」を開催。原田広島大学学長が原医研と放影研の共同研究を提案。
17 広島大学平和科学研究センター、シンポジウム「21世紀の日本の核政策-変動する国際社会の中で」を広島市内で開催。
17 吉永小百合、長崎市・浦上天主堂で長崎の被爆者らが作った詩の朗読会「第二楽章 長崎から」を浦上天主堂で開催。約1000人が参加。
17 非核の政府を求める長崎県民の会、日米両国政府間に小笠原諸島での核兵器配備に関する密約があったとされる問題で、小渕首相と河野外相に抗議文を送付。
17 広島市役所で環境行政などの研修をしていたインドとパキスタンの市職員、半年間の研修期間を終え、秋葉市長に挨拶。
17 原子力安全委員会の「ウラン加工工場臨界事故調査委員会」、計110項目の提言を盛り込んだ最終報告書をまとめる。
17? 対馬厳原町立久田中学校に、原爆CDに胸打たれ出した手紙に対する返事として吉永小百合から直筆メッセージが届く。
18 長崎市城山小学校、原爆のすさまじさを感じさせる痕跡が残っているとして市の被爆建造物Aランクに指定されている被爆カラスザンショウを保護するため、3本の支柱をが立てる。
18 長崎市・浦上天主堂下の石垣(被爆遺構)の永久保存のための補強工事がほぼ完了。
18 「核兵器廃絶2000年運動長崎市民会議」(仮称)の結成準備会、長崎原爆資料館で開催。
18 平和の灯奉賛会、広島市平和公園の「平和の池」の大掃除を実施。約30人が参加。
19 東京大学病院、東海村臨界事故で被ばくした大内久の容体が不安定になったと発表。
19 東方2001・中国新聞社、連続シンポジウム「ヒロシマを語る」の第7回目として「今後の日中関係と広島の課題-中国総領事館誘致をめざして」を東方2001で開催。
19 初の大規模修復工事が行われている長崎市平和公園の平和祈念像、一般公開され、市民や観光客が見学。
20 東海村臨界事故で被ばくし放射線医学総合研究所に入院していた横川豊、事故発生から82日目に退院。
20 2000年度予算大蔵原案内示。被爆者対策費として1634億6200万円。
20 広島市平和公園への国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の建設工事に伴う、旧天神町北組慰霊碑の移設作業がほぼ終了。
20 非核の政府を求める長崎県民の会、日米両国政府間に小笠原諸島での核兵器配備に関する密約があったとされる問題で、政府への照会や県独自の調査・研究の実施を金子知事宛に申し入れ。
20 駐広島韓国総領事館、韓国政府から平岡敬・前広島市長らに勲3等修好勲章が贈られと発表。
20 長崎市、来年2月5日に開く「第1回ながさき女性国際平和会議」(同企画運営委主催、長崎新聞社など後援)の内容を発表。全体テーマは「戦争と女性」。
20 AP通信、20世紀の20大ニュースを発表。第1位は「広島・長崎への原爆投下」。
21 広島県原水協、広島市内の病院や原爆養護ホームなどに入院・入所中の被爆者たちに年末見舞金を贈る。
21 東海村臨界事故で被ばくしたJCO社員・大内久、午後11時21分、多臓器不全のため東大病院で死亡。
21 JR東日本、東海村臨界事故を起こしたJCOに、運休による減収額や社員の超過勤務費などとして約7600万円の損害賠償を請求。
21 三重県議会、同県原爆被災者の会から提出されていた「福祉事業」についての請願を全会一致で採択し国に対する意見書を決議。
21? 北朝鮮在住の被爆者支援のための医師の訪日研修が来年1月中旬にも実現することが、明らかになる。
21? 米バージニア州の報道博物館ニュージアム、来館者約3万6000人の投票結果として20世紀の100大ニュースを発表。第1位は広島・長崎への原爆投下、第2位は日本軍の真珠湾攻撃。
22 国際原子力機関(IAEA)、コンピューターの2000年問題で最も注目しているのは旧ソ連・東欧の原発ではなく日本であることを明らかにする。
22 高橋昭博元広島原爆資料館館長、広島原爆投下機の機長だったチベッツの手紙のコピーを原爆資料館に寄贈。
22 「原発・原子力施設立地県全国連絡会」、参議院議員会館で、科学技術庁と通産省の担当者に、東海村臨界事故の原因究明を要請。
22 原水禁国民会議のメンバー20人、大内久の死亡に対し、科学技術庁前で原子力政策の転換を求める座り込みを実施。
22 土山秀夫元長崎大学長・梅林宏道ピースデポ副代表ら、東京都内で「核兵器廃絶2000年キャンペーン」の記者会見。
22 科学技術庁、東海村臨界事故発生後、周辺の土のう積みやホウ酸水注入などの作業に携わった、JCO以外の防災業務関係者57人の被曝状況をまとめ、原子力安全委員会に報告。
22 茨城県東海村の臨界事故で放出された放射線は、JCO敷地内の建物など遮蔽物の影響で、同じ距離でも方角により被曝線量に差があったことが、高田純広島大学原医研助教授らの調査で判明。
22 広島県原水禁など、広島市平和公園の原爆慰霊碑前で、東海村臨界事故による被曝で死亡した大内久の追悼と抗議の座り込みを実施。約60人が参加。
24 大牟田稔・前広島平和文化センター理事長ら、カバデール米上院議員から、米上院の包括的核実験禁止条約(CTBT)批准否決の理由に関する公開質問状に対する「同条約の批准は国防の弱体化を招く危険」との内容の返書を受け取る。
24 原子力安全委員会の事故調査委員会、安全規制当局の強化などを求めた提言の最終報告書をまとめる。
24 長崎県西彼長与町の築地重信(山里国民学校4年の時被爆)、原爆で焼けた母校の校舎の炭を使って当時の校舎の惨状を描いた被爆絵を母校に寄贈。
24? 広島県千代田町議会、東海村臨界事故に関連し、「原子力発電所および関連施設の安全性に関する意見書案」を全会一致で可決。
25 東海村臨界事故を起こしたJCO社員・大内久の通夜、茨城県常陸太田市新宿町で挙行。中曽根弘文科学技術庁長官・橋本昌茨城県知事ら約400人が参列。
25 広島県原水協・県被団協・広島中央保健生活協同組合、「東海村臨界事故-大内さんの死を考える」を広島市内で開催。約70人が参加。
25 広島市在住の原仲裕三、野外アート「0055HIROSHIMA TIME1999-2000」で、被爆建物である旧広島大学理学部1号館に1945年8月6日8時15分を元年とした電光板を展示。
25? 木山事務所、「はだしのゲン」の企画などで第34回紀伊国屋演劇賞受賞が決まる。
26 JCO、東海村臨界事故で死亡した大内久の葬儀・告別式(社葬)を茨城県常陸太田市で挙行。興直孝科学技術庁原子力局長らが参列。
27 長崎県佐世保原水協、米海軍原子力潜水艦「トピーカ」が事前の通告より遅れて佐世保を出港した問題で、佐世保市に、事前通知の厳守を米側に求めるよう申し入れる。
27 クマール駐大阪インド総領事、友好親善目的で長崎市を訪れ、原爆落下中心碑前で献花。
28 広島県原水協・県被団協、米軍普天間飛行場返還問題で、沖縄県名護市長に、新基地受け入れ撤回を求めるファックスを送付。
28 東本願寺長崎教務所、所有していた原爆死没者の遺留品や被爆直後の惨状を写した写真数点を、長崎原爆資料館に寄贈。
31 1998年8月6日米シアトル市を自転車で出発し、世界47カ国を訪れ平和を訴える「ピースライド」の一行16人、広島市の平和公園に到着。
31 広島青年会議所・「ひろしま点灯虫の会」・広島市、広島市平和公園で元日にかけ、約300個のキャンドルで「平和の池」を彩る年越しイベン ト「ピース・ミレニアム」を開催。約100人が参加。