写真随筆 土門拳1979

『写真随筆』(土門拳、ダビッド社、19780615)

目次(抄)

記事 備考
203 座談会:『ヒロシマ』をめぐって
出席者:土門拳、川辺武彦、伊藤知巳、永井嘉一
(フォトアート 195807号)
217 広島の娘たち
(婦人画報 195808号)

 

 

生きているヒロシマ  土門拳1978

『生きているヒロシマ 』(土門拳、築地書館、19780803 )

目次

はしがき
● はじめてのヒロシマ
01 原爆慰霊碑・倶会一処
02  原爆病院の患者たち
03 胎児だった少年  梶山健二君の死
04 孤児たちの家―広島市戦災児育成所
05 深い闇の世界で―盲児施設広島明成園
06 13年寝たきりの人
07 被爆者同士の結婚  小谷夫妻の場合
● 憎悪と失意の日日
08 病理学標本
09 わたしの目をかえせ
10 大野寮のこどもたち
11 百合子ちゃん
12 信子ちゃん
13 史蹟原爆ドーム・原爆スラム・懐中時計
非凡中の凡  私の土門拳論 草柳大蔵
あとがき

 

ヒロシマ 土門拳全集10

『ヒロシマ 土門拳全集10』(土門拳、小学館、19850820

目次

012 はじめてのヒロシマ 土門拳(19580301)
001 (作品)原爆ドーム
009 (作品)広島原爆病院
009 (作品)少年
014 (作品)金時さん
033 (作品)みつ子さん
035 (作品)親分さん
037 (作品)お母さん
045 (作品)ドーナー・エリア(採皮部)
046 (作品)左第一・第二趾瘢痕攣縮植皮手術
051 (作品)皮膚癌患者
054 (作品)入院生活
069 原爆病院の患者たち 土門拳
058 (作品)梶山健二君の死
067 (作品)十三年寝たきりの人
072 (作品)小谷夫妻
105 胎児だった少年 梶山健二君の死 土門拳
109 十三年寝たきりの人 土門拳
111 被爆者同士の結婚 土門拳
077 (作品)精神薄弱児施設六方学園
083 (作品)広島市戦災児育成所
087 (作品)盲児施設広島明成園
137 原爆の子 精神薄弱児施設六方学園 土門拳
139 孤児たちの家 土門拳
141 深い闇の世界で 土門拳
097 (作品)西向寺墓地
099 (作品)広島平和記念資料館
100 (作品)広島平和記念公園
101 (作品)原爆慰霊碑
157 倶会一処 死者は、みんな、八月六日 土門拳
158 原爆慰霊碑 土門拳
159 憎悪と失意の日日 ヒロシマはつづいている
102 (作品)広島原爆病院 病理学標本
112 (作品)死の影
113 (作品)煮えた瓦
114 (作品)壁のガラス
115 (作品)原爆病院の患者たち
120 (作品)小谷さん一家
121 (作品)福地さん一家
179 (作品)原爆乙女
124 (作品)大野寮のこどもたち
129 (作品)百合子ちゃん
132 (作品)信子ちゃん
136 (作品)相生通り
137 (作品)史蹟原爆ドーム
138 (作品)懐中時計
197 憎悪と失意の日日 ヒロシマはつづいている
201 座談会『ヒロシマ』をめぐって 伊藤知巳+川邊武彦+永井嘉一+土門拳
206 ドキュメンタリーの真髄 伊藤知巳
201 作品リスト

 

ヒロシマ 土門拳(1958)

『ヒロシマ 土門拳  KEN DOMON HIROSHIMA』(土門拳、研光社、19580325)

目次

原色版 『原爆第1号』吉川清氏の手
001 広島原爆病院
 左顔面醜形瘢痕植皮 1
皮膚癌患者沢田とし子さん 15
左腕醜形瘢痕筒状有茎皮弁造置術 18
ドーナー・エリア 20
右足外側火傷瘢痕植皮 21
前頭部醜形瘢痕切除縫合 22
左拇指及示指間瘢痕攣縮植皮 24
右肘関節部、左側頸部、左・右下肢瘢痕攣縮植皮 26
入院生活 28
左第一・二趾瘢痕攣縮植皮 44
左前膊部瘢痕攣縮Z縫合術 48
慢性骨髄性白血病患者梶山健二君の死 55
062 ABCC(原爆傷害調査委員会)
068 精薄児施設六方学園
079 広島市戦災児育成所
086 盲児施設広島明成園
105 13年寝たきりの人・平本ツタさん
108 13年寝たきりの人・中村杉松氏
112 被爆者同士の結婚・小谷夫妻
118 広島平和記念公園
広島ノート
001 『原爆第1号』吉川清氏の被爆記
005 原爆病院の患者たち
013 胎児だった少年
017 ケロイドについて
022 白血病について
025 『八月六日の遺産』
031 原爆の子
035 孤児たちの家
037 深い闇の世界で
042 13年寝たきりの人
044 被爆者同士の結婚
046 倶会一処
047 原爆慰霊碑
047 解説

 

 

感性で撮るうまい写真

『感性で撮るうまい写真-写真上達の決め手はバーチャルトレーニング 』(井上清司 、研光新社、19940506)

内容<未完>

1 写真形成と潜在意識 〇私の潜在意識
著者の自宅は広島市稲荷橋の袂。1945年8月4日に疎開し、直爆を免れる。翌日入市。
昭和20年
8月3日
8月6日
8月7日
8月15日
8月30日
9月7日
2 芸術写真感性のイメージトレーニング

 

 

 

秘録大東亜戦史 原爆国内篇

『秘録大東亜戦史 原爆国内篇』(田村吉雄編、富士書苑、19531110)

内容

見出し 著者 メモ
口絵
昭和20年8月6日 原子爆弾、広島に爆発の一瞬  広島原子雲
B29の翼の下に 長崎原子雲
悪夢を綴って 平和に祈る子(長崎)
009 北辺の悲劇 森川勇作 北海道新聞社社会部次長
028 霧の中の死闘 山口武光 北海道新聞社旭川支社
044 敗戦への道 三沢重美 北海道新聞社遠軽支局長
050 北海道戦争末期図絵 森川勇作 北海道新聞社社会部次長
079 予告された空襲 本多徳治 ラジオ青森編成局長
085 猛火に崩れた仙台 佐藤英敏 河北新報社社会部
095 ああ、この惨禍 高橋清一 栃木新聞社編集局次長
098 記者ざんげ 河合栄 朝日新聞社弘前支局
103 女子挺身隊 五十嵐清江 朝日新聞社企画部
108 東京の表情 野村正男 朝日新聞社社会部
122 松代大本営異聞 河合栄 朝日新聞社弘前支局
126 山本元帥の墓碑 成沢猛 新潟日報長岡支局編集局長
131 金鯱炎上 中越富雄 中部日本新聞社社会部次長
142 雨の面会日 宍倉恒孝 朝日新聞社社会部次長
149 古都洛陽の紙爆弾 後藤明 京都新聞社編集局次長
155 焼都大阪 金子喜三 朝日新聞社調査研究室
168 岡山戦災記 谷竜太郎 山陽新聞社顧問
172 殉難の乙女二十二柱 石田晃 愛媛新聞社報道部
183 呪われし空襲 鶴田敬一 西日本新聞社文化部次長
195 壊滅した鹿児島市 川越政則 南日本新聞社論説委員
204 槍奇譚 鈴木正七 日本新聞協会事業課
215 赤い砲火を浴びて 藤井康吉 北海道新聞社連絡部長
226 鉄扉をくぐる 星野竜猪 元樺太新聞社編集局次長
242 第三十二軍壊滅す 富田祐行 日本文化放送協会製作部長
272 曼珠沙華ー原子雲の下の広島 中村敏 共同通信社整理部次長
空襲解除/紅蓮の焔/竜巻―黒い雨/(絵)自転車に無電気をくくりつけ広島へ/火傷者の群/合掌…/猛火のそと/可部街道/ピカッドン/(絵)原爆第一報を送るべく電話機をつかんだ/第一報、十七万/虫も鳴かない/信じられない第一報/算を乱す老兵/運命の酒/(絵)にぎり飯を口にした皆の頬に涙が流れた/体験者たち/屍の川/(絵)猛火に追われて川べりに集まる半裸の人々/白骨の父母/すすり泣き/(絵)変り果てた父のまわりを赤ん坊は無心に這い/一本の注射液/友の屍を焼く/大本営発表/収容所/悪魔の正体/(写真)石垣だけ残った広島城/裸の参謀長/(絵)全身繃帯した参謀長はテントの中で敗戦を/横穴陣地/(写真)形のみ残った産業奨励館/応援/合宿/(絵)明治時代そのままの新聞社が出現した/第二弾/トルーマン放送/政府の抗議/ソ連の参戦/真っ赤な太陽/平和の詔勅/建設そして絶望/神は許さない/
311 歴史の終焉―八月六日の悲劇 大下春男 中国新聞社調査部長
時に八時十五分/地獄図絵さながら/(絵)客車の中は重傷者でいっぱいだった/火の海を行く/燃える木材、飛び散る米/累々たる死屍/(図)広島市被害図―7万の家屋と26万の人命を一瞬に失い16万の傷者を出した広島市の被害区域/街を呑む紅蓮の焔/無電で代替紙の依頼/(絵)倒れた家から火がふき助けを求める声がする/必死に消火に努む/口伝隊の編成/青い火柱のたつ街/肉親者、地獄の生別/無謀な避難阻止/七十年死滅説/責任を回避する米人/人間モルモット/原爆投下状況/(写真)今なお残る階段の跡/いたまし、戦争の惨禍/
327 原子雲の下(長崎原爆) 熊倉一夫 読売新聞社神戸支局長
//(絵)//ピカドンの名付け親/(絵)///(写真)猛火におびえる市民《松重美人撮影・御幸橋写真》//////////////////////
340 私は生きていた(長崎) 田崎八重子
   勤労挺身の乙女///////////

 

グラフひろしま

『グラフひろしま』(広島市役所秘書室広報課)

目次(抄)

NO. 発行年月日 記事
01 19731001
56  19930331 ひろしま昭和ヘソ時代 みんなが残した路地裏グラフィティ<1952~1962>
61 19951201 変わらない約束 被爆50周年記念号
今後、すべての色の花が、おだやかな風に吹かれますように。~ダグラス・グラハム~ 1
天地いっぱい、緑のゆりかご 2
未来の記憶の中へ 4
忘れかけの街で 6
風化しないように、子どもたちヘヒロシマを託す 7
風景の途上にて 8
故郷のうたを聴きながら 10
八月六日午前四時。いとおしい夜明け 12
Hiroshima:8:15a.m.August6,1995 平和宣言(全文) 14
Midnight-8:00p.m.August6,1995 回復する時間 16
遠い先のまだまだ先へ。8:00p.m.August6,1995 18
まなざしがくれたもの。●8.6ヒロシマ発のメッセージ● 20
あしたの夢を掘る。 22
百万人の大ピース。1995.8.2ピース・ワールド・イン広島’95 24
ボクら平和と隣組。1995.8.1~2こども平和のつどい 26
21世紀と話をしよう。 28
広島市被爆50周年記念事業 30
変わらない約束「ヒロシマ」 32
63 199610 ボランティア特集
64 199612 特集・ひろしま国体 おりづる大会ひろしま
71 19991001

原爆第1号―ヒロシマの写真記録

『原爆第1號 ヒロシマの写眞記録』(梅野彪・田島賢裕編 、朝日出版社(発売:洛陽書院)、19520814 )

目次

第Ⅰ部 写真の部
005 原子雲
008 死の街
041 原爆第1号投下されたり
044 原爆直後・市民の表情
065 罹災患者
第Ⅱ部 解説の部
073 原爆1号投下されたり!
姿なきB29の侵入
原爆炸裂の一瞬!
原爆の威力
焦熱地獄“死の街”
涙で綴る体験記
 電車の中に乗客の遺骸ズラリ
 郊外一里で軒並み全滅
 惨!累々たる死骸
 八月六日の朝 松重美人(キャメラマン)
軍都広島と終戦
被害と罹災救助
095 残された原子爆弾の恐怖
いわゆる原爆症
火傷ケロイドについて
原爆の妊婦に与える影響
その後の爆弾症は?
原爆症と遺伝について
105 原子爆弾の威力を解く
原爆の科学的性能
 人体及び動植物に与える影響
 距離的にみた被害状況
 爆風の威力は想像以上
 熱効果と副射線の作用
 直射をうけると水腫れになる
ウラニウム爆弾とは?
 <中略>
121 ピカドン・エピソード集
”ピカドン”の由来
<以下未入力>
137 原爆の研究から使用決定まで
原爆研究の過程
大沙漠地帯で初の実験
ポツダム会談で使用決定
トルーマン大統領の声明
144 あとがき
梅野彪 <以下未入力>
田島賢裕 <以下未入力>

 

 

HIROSHIMA

『HIROSHIMA』(発行所:Hiroshima Publishing Company<観音町613>、1949)

内容

Hiroshima’s role in Japan Paintings Hatsusaburo Yoshida
Hiroshima its former Military role Paintings Hatsusaburo Yoshida
Emplosion of the atomic bomb Paintings Hatsusaburo Yoshida
Hiroshima  that evening Paintings Hatsusaburo Yoshida
Love in the Ruins Tomikazu Matsui
Effects of the atomic bomb
1.Scientific phenomena of the  atomic bomb T.Fujiwara, D.SC.  Professor of Hiroshima University
1 国泰寺大樹
2
3 元安橋
4 御幸橋
5 萬代橋
6 ガスタンクに遺された影
7 墓石
8 国泰寺石塔
2.Medical aspects of the atomic bomb K.Takeuchi,M.D. Former;Director Hiroshima red cross hospital
Atomic Bomb Casualty Comission Medical Research  Program <未完>
 American contributions to the people of Hiroshima
 Hitoshima today
 History of Hiroshima
 Looking at old  Hiroshima
 Present impressions and future outlook
 Hiroshima speaks
 Visitors to Hiroshima
 Commanding officers of the Hiroshima M.G. team and city planning advisor
 Map of urban Hiroshima
 Table of contents
Paintings  Hatsusaburo Yoshida
 Hiroshima  Masanori Nagao
 Love in the Ruins  Tomikazu Matsui
 Photographic Section  Etsuji Kato
 Hiroshima Speaks
 Four Outstandings News
Map of Hiroshima   Fujito Haitani

生きているヒロシマ

『生きているヒロシマ』(中島健蔵<著者代表>、田中嗣三<発行者>発行所<広島県観光協会>、19490510)

目次

タイトル
005 まえがき 生きているヒロシマ 中島健蔵
009 戦前ヒロシマの珍らしい航空写真
010 ヒロシマ小史 山室太柁雄
011 140年前のヒロシマ絵図と広島城
013 地上から撮ったヒロシマの原子雲
014 原子沙漠(爆撃当時の爆心地附近)
016 被害区域地図と破壊状況各種
018 繁華街の跡
019 破壊状況を示す4枚の写真
020 元の産業奨励館と爆破後の同館
020 元の相生橋と破壊された同橋
021 以前の泉邸と焼かれた泉邸
022 爆心地から同距離に於ける破壊状況を示す3枚の写真
023 爆心地から異った距離に於ける3ッの破壊物
024 段原町附近の民家の屋根
025 ヒロシマ病院で手当てを受け荷車で帰る負傷婦人
026 植物も例外ではなかった!(松、竹、橙、ヒヒラギ等の火傷)
028 活躍した科学陣
028 軍国日本の最後(無残に吹き飛ばされた兵器廠・大本営・城)
030 3年目のヒロシマはどうなっていたか?(城跡、蓮池、孤児たち、平和の樹、建築、繁華街、街頭所見、店舗その他)
042 3年後の同じ場所を比較対照する
044 中国新聞屋上から鳥瞰したヒロシマ市街の新旧対照写真
046 ヒロシマを訪ねた天皇
047 平和祭
048 その後の子供の世界
049 本川小学校の生徒たち
050 無心に遊ぶ子供
051 たそがれの孤独な幼児
052 五日市孤児収容所の生活
 053 僧侶になった5人の孤児
054 爆心地附近のその後
056 復活した二つの教会
058 ハーシーの「ヒロシマ」の中に出てくる6人の登場人物訪問記録
060 珍らしい原爆被害の現象9種
062 われわれが訪問した6人の犠牲者とその話
064 赤十字病院のその後
064 被害を受けた看護婦さん
064 有名な第1号患者
065 施療状況
065 壁に突きささった窓硝子の破片
066 ヒロシマの民主化
071 ヒロシマは本当に復興したのか?
072 みじめな住宅 72
073 舟の住居
073 川縁の壕舎
073 大本営跡のアベック
074 たちあがるヒロシマの青春男女
074 英文学習
074 広島聖心女学院
 077 海浜の娘たち
078 平和都市ヒロシマは日本でも最良の観光地帯である!
078 海に浮ぶ厳島神社
080  日本最古の踊り
082 厳島の奇妙な行事
085 観光列車
087 三段峡の奇景と典型的な日本農家
089 茶ノ湯に招かれた占領軍家族
090 ヒロシマ農村風物誌
 092 七塚村の大牧場
 093 吉田口の梨畑
094  三次町の鵜飼
095  帝釈峡の風景
 096 帝釈峡の鍾乳洞と美しい石灰岸壁
 096  怪物さんしょう魚
 097 川底の奇現象
097  道後山スキー場
098  福山駅と福山城
 098 優良酒の産地と醸造実況
100  以前の要塞地帯を探る
100  呉軍港はどうなっているか?
105  江田島の現在
106 瀬戸内海風景
 110 倉橋島の魚猟
 114  日本軍隊防備の跡
 115 怒り島
 115  緬羊
 116  大崎島の蜜柑畑
 117  軍艦伊勢の末路
 118  新造船平和丸
 120  尾道から瀬戸内海を望む
 122 生口島の寺院と宝物
124  捕鯨船の建造(因ノ島)
 125  塩田
 126  鞆港風景
 127  家なき吉和村の人々
128  尾道港の夕景
「Living Hiroshima : scenes of A-bomb explosion with 378 photographs including scenery of Inland Sea」

原爆と写真

『原爆と写真』(徳山喜雄、御茶の水書房、20050715)

目次

はじめに
キノコ雲と空爆写真
生身の一人一人への視線
忘却と想起の間で
土門拳
「魔性の爪跡」を記録/叫び、怒りながら撮影/かなぐり捨てた中立性
東松照明
「白いうなじ」と疎外感/被爆者は核時代のキリスト
大石芳野
「かれらのいま」に対時/半世紀の風貌を撮る
江成常夫
見えなくなったものの視覚化/遠かったヒロシマヘの道
キノコ雲の下で起こったこと
松重美人
原爆禍を伝える最初の一枚/なんと惨たらしい光景か/加害と被害
山端庸介
被爆翌日の長崎に入る/廃嘘をさまよう少年/冷徹に任務を遂行/重慶爆撃にも従軍/被爆者と人間天皇を撮って
松本栄一 アサヒグラフで初公開
林重男 「道楽」をせずに、忠実に記録
原爆棄民を追う
伊藤孝司
なぜ韓国・朝鮮人の被爆者が多いのか/身の丈の目線で淡々と/被響が警認める不条理
山本将文
「恨」を象徴する一枚/スナップショットを超えるために
鈴木賢士
「韓国のヒロシマ」という意味/被爆した屍まで差別された/「定年カメラマン」と称して
核の風下の人々
豊崎博光
おしゃべりするマグロ/水爆実験で流浪の民にされた人たち
徳山喜雄
冷戦崩壊後の危険な「核」の行方/核弾頭を搭載したミサイルを眼前にして
森住卓
「残虐な写真」を撮る勇気と確信/日本の被爆者と向き合えなかった
広河隆一
原発事故で消えた村を記録/自ら救援組織を立ち上げる
おわりに
参考文献
写真家紹介

原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって

『原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって』(鈴木雅文、窓社、20050620)

目次

原爆=写真論
初発「原爆写真」の位相 山田精三と山端庸介
まなざしをめぐる〈神話〉8
基点としての一枚の写真 10
見ること/知ることを困難とした無告の光景 13
『黒い雨』の欠陥をめぐって 16
〈ことば〉への像の叛乱 19
撮影者を反照する「記録」 22
原爆写真には二つの「語りえぬもの」が溶融している 26
始まりのない終わりの始まり 30
原爆写真の現場性 32
戦後「原爆写真」の円環 土門拳と東松照明
「擬死」からの覚醒 37
ジェノサイド以降の〈野蛮〉 39
歓待された写真集、『ヒロシマ』 41
賞賛と翼賛の関係 44
なんという「非転向」だろう! 46
『ヒロシマ』から十年を経た原爆写真の「現在」 49
問われるべき「息苦しさ」の意味 52
落涙の理由とその帰結 54
自縛する反物語 58
『ヒロシマ』から『〈11時02分〉NAGASAKI』へ 62
現代「原爆写真」の展開 石黒健治と土田ヒロミ
薄れゆく「記憶」 66
見えがたいままに見届けようとする試み 68
非物語へ架橋する『広島HIROSHIMA NOW』 70
像と〈ことば〉の臨界 73
表現者から報告者へ 76
「見えないヒロシマ」の方ヘ 79
「引用」という想像力 81
方法を挑発する『ヒロシマ・コレクション』 84
「私写真」から遠く放たれて 88
来たるべき〈野蛮〉のために 90
リーフェンシュタール覚書
彷徨する眼球 開高健「闇、三部作」考
識閾の木霊〈ことば〉と〈まなざし〉の病理
写真をめぐる、欄外的独言

 

トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録

『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』(ジョー・オダネル写真 ジェニファー・オルドリッチ聞き書き 平岡豊子訳 、小学館、19950610)

目次

見出し 備考
010 戦争は終わった!そして日本へ。
014 「君の任務は上陸の模様をカメラにおさめることだ」 1945年9月
016 水平線に蟻のような黒い点々が現れ始めた。 佐世保
018 あたりの空気はこげ臭く、空は淡い灰色にもやっていた。
024  その晩、招待を受けて市長宅を訪れた。
028 おもしろそうなものを見つけてはシャッターを切った。
030 「墜落した飛行士も気の毒な死者のひとりですよ」 八幡地区
036 福岡に海兵隊の新しい司令部ができることになった。 福岡
044  奇妙な老人の言葉を忘れずに。
064 なんとか現像してみよう。
065 雨の夜の惨事。 佐世保
066 海岸線はまだかなりの数の砲台が。 広島
068 死の町広島を歩く。 広島
072 ジープを捨てボーイにまたがる。 長崎
075 長崎の爆心地に立つ。
085 瓦礫の中に人骨が。
086 仮設病院の祈り。
090 彼らはリンゴの芯まで食べつくした。
092 子供たちの幸せな日。
096 少年ヘ気を付けの姿勢で、じっと前をみつづけた。
104 廃虚と化したカテドラル。
106 帰国命令。 福岡。1946年3月
109 あとがき

 

 

広島、1945 生きていた広島

『広島、1945 生きていた広島』(南々社編集部編著、南々社、20120806)

目次

No. 内容(写真解説など)
01 まえがき―生きていた広島
04 8・6以前の広島(大正中期~昭和20年)
06 商都として
中島地区(現平和記念公園)
本通
紙屋町・八丁堀・新天地
市内点描
学都として
軍都として
銃後の支え
学徒動
8・6以後の広島(昭和20年8月6日~12月末)
被爆の実相
一瞬で死の街に
救援・救護・捜索
弔う
復旧・復興への兆し
日常の回復
被爆調査
写真撮影者・所蔵先・提供先

 

 

長崎原爆写真集 決定版

『長崎原爆写真集 決定版』(小松健一、新藤健一編、「反核・写真運動」監修、勉誠出版、20150809)

内容<工事中>

002 はじめに 「反核・写真運動」運営委員会
008 凡例
009 決定版 長崎原爆写真集
232 対談「原爆を撮った男たち」の証言 松本栄一 林重男 (聞き手・小松健一)
242 解説「長崎の原爆を撮った男」 新藤健一
255 あとがき 小松健一・新藤健一
257 撮影者一覧

 

広島原爆写真集 決定版

『広島原爆写真集 決定版』(小松健一、新藤健一編、「反核・写真運動」監修、勉誠出版、20150806)

内容<工事中>

002 はじめに 「反核・写真運動」運営委員会
008 凡例
009 決定版 広島原爆写真集
010
011
012
013
014
015
016
017
018
019
020 御幸橋西詰 (撮影:松重美人)
021
022 御幸橋西詰 (撮影:松重美人)
023
024 広島市翠町 (撮影:松重美人)
025
026 (撮影:松重三男)
224 対談「原爆を撮った男たち」の証言 松本栄一 林重男 (聞き手・小松健一)
234 解説「広島の原爆を撮った男」 新藤健一
243 あとがき 小松健一・新藤健一
245 撮影者一覧
247 編者プロフィール

 

 

年表:原爆展(1999年)

年表:原爆展(1999年)

記事
01 07 長崎県平和・労働センター、ロシア・サンクトペテルブルグ(旧レニングラード)市の国立歴史博物館に長崎原爆資料の常設展示コーナーを設置することを計画。
01 20 マレーシアの中国系住民団体「タイピン華人協会」、ベラク州タイピンで「戦争と原爆展」を開催。-21日。広島平和教育研究所が資料を提供。
02 25 生協ひろしま、日本被団協制作の写真集「原爆と人間展」のスリランカ・マレーシア・フィリピン・シンガポール4カ国への発送式を広島市の本部で開催。26日、郵送。
03 19 広島県原水禁、「反核平和のための朝鮮被爆者協会」から、8月にも平壌で原爆展を開催する意向を李実根広島県朝鮮人被爆者協議会会長を通じ受け取る。
04 13 米アメリカン大学の学生クラブ「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、原爆パネル展を同大キャンパス内で開催。昨年に続き2回目。
04 30 近藤幸四郎広島被爆者団体連絡会議事務局長、李実根県朝鮮人被爆者協会会会長ら3人、今夏北朝鮮で開く「原爆展」について協議するため現地に向け出発。6日帰国。8月13-18日、平壌の人民大学習堂で開催することが決まる。
05 10 広島市と米ハワイ・ホノルル市、姉妹都市提携40周年記念式典をホノルル市役所で開催。秋葉広島市長・平野市議会議長ら9人の代表団が参列。交流写真展開幕。-7月9日。
07 03 広島・長崎両県の原水禁や在日本朝鮮人被爆者連絡協議会など5団体、平壌(ピョンヤン)原爆写真展協力団体代表団の結団式を広島市内で開催。
07 10 コープぎふ、「99年平和フェスティバル」を岐阜市内で開催。「原爆と人間展」パネルを展示。
07 12 山口県・下関原爆被害者の会、JR下関駅構内で開催を計画していた原爆展を、JR側が使用を断ったため断念。
07 12 広島市、宇都宮市役所で原爆展を開催。-18日。
07 16 「アニメ版・はとよひろしまの空を」(大川悦生原作、大川弘子・大川富美文)、ポプラ社より発行。
07 20 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆展を広島県本郷町の広島空港内で開催。-8月19日。
07 21 東広島市原爆被害者の会、役員会を開催。市福祉センター・松翠苑にある原爆資料展示室を市の中心地に移設する署名活動に取り組むことを決める。
07 22 広島市安佐南区の東野公民館、地区住民の被爆者や家族ら20人の証言を集めた「ロビー平和展」を開催。-8月5日。
07 22 長崎県被爆者手帳友の会、「空白の20時間-原爆被爆惨状絵図」展を福岡市内で開催。-26日。
07 22? 広島市「佐伯区平和を語る実行委員会」、原爆パネル展「原爆と人間展」を楽々園公民館で開催。-25日。
07 23? 「ドクター・ジュノー研究会」など、「マルセル・ジュノーの足跡展」を広島市内で開催。-8月22日。
07 26 山口県・下関原爆被害者の会、原爆展を下関市内で開催。-8月1日。
07 26 企画展「平和都市法50年の歩み―理念を未来へ」、広島市役所一階の市民ロビーで開催。-8月15日。
07 27 東京都町田市の町田公民館、「原爆と人間展」のパネルを展示。-8月8日。(「東友」)
07 28 笠岡市非核平和都市宣言啓発実行委員会、原爆写真展を市内で開催。昨年に続き2回目。
07 28 新潟県巻町、「原爆と人間展」を開催。-8月6日。
07 28 広島市立中央図書館、被爆7年後に当時の子どもたちが書いた原爆詩の原稿を集めた「心に響く、原爆の子の詩(うた)」展を開催。-8月15日。
07 29 埼玉県被団協など、平和のための埼玉戦争展を浦和市内で開催。-8月2日。2万5000人が見学。
07 30 広島市南観音公民館で観音地域「原爆と人間展」。-8月2日。(「広島民報」)
07 30 東京都世田谷区の同友会など、「せたがや原爆と人間展」を区内で開催。-8月5日。2000人が参観。(「東友」)
07 31 広島市、水戸市で原爆展を開催。-8月8日。
08 01 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会など、カザフスタン共和国セミパラチンスク市の核実験場などを題材にした写真展を原爆資料館で開催。-9月30日。
08 01 広島原爆資料館、「ヒロシマ原爆写真パネル展」をJR広島駅で開催。-9日。
08 01 広島市仁保公民館、「仁保島発平和のメッセージ展・1945年ごろのくらし展」を開催。-15日。
08 02 広島原爆資料館、「あの夏、ヒロシマの声・音」をテーマにした「原爆の絵」を展示。
08 02 広島原爆資料館、「プランゲ文庫展 勝次から見る占領下の日本-プレスコードと広島」を開催。-31日。
08 02 鳥取市役所ロビーで「原爆と人間展」。-9日。
08 02 広島原爆資料館東館で市民の描いた原爆の絵「あの夏、ヒロシマの音」を開催。
08 03 ピース21下関実行委員会、「99下関平和のための戦争展」を開催。-6日。18回目。
08 03 東広島市役所ロビーで原爆資料展。-9日。
08 06 インド・ナグプール市で平和展。-9日。ふくしま生協と愛知平和委員会がインド平和・軍縮・環境保護研究所に贈った「原爆と人間展」パネルを展示。
08 06 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆写真パネル展をJR広島駅南口地下イベント広場で開催。1日限り。
08 06 市民グループ「ナマステINDIA」など、被爆証言の集いと原爆パネル展をインド南部・ケーララ州の町で開催。-7日。
08 07 「99山口・平和のための戦争展」、山口市民会館で開催。-9日。期間中約400人が入場。
08 07 長崎原爆資料館、「ながさき原爆の写真展」を平和公園で開催。-10日。
08 07? 長崎県職員組合長崎支部、第9回県職員原爆展を県庁内で開催。-9日。
08 08? 写真展「高知の被爆者」、高知市内で開催。岡村啓佐が1995年から撮影を始めた作品から65点を展示。-15日。
08 11 岡山市原爆被爆者会、天満屋で原爆展を開催。-16日。1万5000人が参観。
08 11 広島市、横浜市で原爆展を開催。-16日。
08 13 「反核平和のための朝鮮被爆者協会」、原爆展を平壌・人民大学習堂で開催。開催セレモニーに約300人が参加。-18日。
08 14 島根県「安来市・能義郡原爆被爆者協議会」、「ヒロシマ・ナガサキ原爆展-核兵器のない世界へ」を安来市内で開催。-16日。
08 14 広島・長崎両市、原爆展を英国中部のリーズ市の王立武器博物館で開催。14日、広島市在住の主婦・植田規子、被爆体験を話す。-10月3日。
08 15? 岡山市原爆被害者の会、「原爆平和展」を同市・天満屋で開催。-16日。
08 17 99平和のための広島の戦争展、広島県民文化センターで開催。-20日。期間中1300人が参観。
08 18? 広島市馬木公民館、原爆を題材にした絵画展「8月6日の記憶」を開催。-9月4日。
08 18? 広島のグループ「モンゴル・ツェツェグ」、5月末ウランバートルで開いた原爆展で募集した折り紙を使った切り絵の作品展「生きつづけて モンゴルから広島へ-子どもたちのメッセージ展」を広島市内で開催。-22日。
08 19 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、帰国。13-18日に平壌で開催された原爆展に2000人以上が参加。
08 20 宮崎安男原水禁国民会議副議長ら北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団、広島市役所で帰国の記者会見。在朝被爆者が1020人で平均年齢72歳という現地の被爆者団体の調査結果を明らかにする。
08 20 北朝鮮の原爆写真展開催に協力するため訪朝していた代表団のうち、長崎県からの参加者、長崎市役所で帰国の記者会見。
08 22 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国セミパラチンスク市国立ニゾロフ博物館で開催。-9月2日。
08 23 「99平和のための戦争展かながわ」、横浜市で開催。-29日。
08 30 横尾・長崎市収入役、カザフスタン・セミパラチンスク市で開催された「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開会式の模様を記者会見で報告。
09 05 広島・長崎両市、原爆展をカザフスタン共和国の旧首都アルマイトで開催。-9月15日。
09 09 長崎県原水禁・長崎地区労、8月に北朝鮮で開催された原爆写真展の報告集会を、長崎市内で開催。約200人が参加。
09 17 広島県原水禁など、「ピョンヤン原爆写真展報告集会」を広島原爆資料館で開催。約200人が参加。
09 26 宮城県被団協、「原爆展」を仙台市内で開催。45万円の公費補助。
10 23 広島・長崎両市、原爆展をスイス・ジュネーブ市の旧オペラハウスで開催。-10月30日。約4000人が入場。1995年度から6カ国12都市目の開催。
10 25 長崎原水協、森住卓(フォトジャーナリスト)のカザフスタン・セミパラチンスク核実験場周辺の被ばく者を撮影した写真展を長崎市内路上で開催。-26日。
10 27 森下一徹ら「世界のヒバクシャ」写真展を広める会、写真展「世界のヒバクシャ」を広島原爆資料館で開催。-11月5日。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間展」を福岡市内で開催。
11 07 福岡市原爆被害者の会、「原爆と人間」展を市内で開催。
11 27 埼玉県原爆被害者協議会(しらさぎ会)川口鳩ケ谷支部、「原爆と人間展」を川口市内で開催。-28日。400人近くが参観。
12 05 東京マイコープなど、「原爆と人間展」をパプア・ニューギニアの首都ポートモレスビーにあるパプアニューギニア大学で開催。-11日。
12 13 中国人民平和軍縮協会の訪問団5人、広島市入り。15日、秋葉市長と会見し、中国での初の原爆展開催に向け協議を進めることを確認。

 

年表:原爆展(1998年)

年表:原爆展(1998年)

記事
01 13? 生協ひろしま、日本被団協が作成した写真パネル「原爆と人間展」をイタリアのボローニャ市のアドリアティカ生協に寄贈。
01 22 「つたえようヒロシマ・ナガサキ」事務局、「原爆と人間展推進ニュース」第1号を発行。
01 24? スイス・ジュネーブの国際赤十字赤新月博物館で、地元の写真家が広島・長崎の被爆者などを撮影した写真展「レ・ヒバクシャ」を開催。-4月20日。
01 29 広島・長崎両市がインド・ムンバイ(旧ボンベイ)のネールセンターで開催する原爆展のオープニング・セレモニー。州知事など300人が出席。英BBCなど28社が取材。
01 30 広島・長崎両市、原爆展「ヒロシマ・ナガサキ・ネバーアゲイン」をインド・ムンバイ(旧ボンベイ)のネールセンターで開催。-2月19日。(「平和文化」no.128)
02 03 畑口広島原爆資料館館長、インドでの原爆展について帰国報告。
02 04 生協ひろしま、日本被団協が作製した写真パネル「原爆と人間展」をイタリア・フィレンツェの生協に贈る。パネル寄贈は今回で4カ所目。
02 07? 広島女学院大学4年生・蘭(あららぎ)ゆかり、マレーシアで開催された「戦争の恐怖展」会場で中国系住民を中心に実施したアンケート調査の結果を卒論にまとめる。
02 12 ボルトガル・リスボンで開催される国際博覧会(万博)のプレイベント「今世紀の奇跡展」に、広島原爆資料館所蔵の被爆服が展示される。-5月21日。(「平和文化」no.130)
02 14 シンポジウム「平和憲法に生命を与える」、広島市・カトリック会館で開催。約130人が参加。故森滝市郎の2女春子が昨年11月にインドで反核を訴えた体験を報告。
02 17 スペイン・バレンシア美術館で「ヒロシマ展」の開会式。広島市の呼びかけで欧州を巡回する計画であったが、昨年5月のスペイン・バルセロナでの開催以降、次期開催地で決まらないでいたもの。
02 17 生協ひろしま、「平和博物館」の開設準備をしているイギリス・ブラッドフォード市の市民団体「平和にチャンスをトラスト」に被爆パネルを寄贈。
02 21 米国カリフォルニア州サンタバーバラ市の反核団体「核時代平和財団」のクリーガー所長、広島市を訪れ、原爆展の招請を平岡市長に申し入れ。
02 27 村井志摩子、自作のヒロシマ劇の公演と原爆被害のパネル展をチェコの地方都市リトミネジンツェの劇場で実施。
03 06 ポーランドで原爆展始まる。広島の平和団体「ワールドフレンドシップセンター」などが資料提供。
03 25 広島・長崎両市、原爆展をインドの首都ニューデリーで開催。-4月13日。(4月半ばに延期となる)
04 07 新潟県原爆被害者の会など、チェルノブイリ原発事故被災者への医療救援を訴える公演に合わせ、「原爆と人間展」を長岡市で開催。-8日。
04 09 広島・長崎両市がインド・ニューデリーで開催予定の原爆展の展示パネルのうち、インドのCTBTなど核政策に関連する3枚が、インド政府当局の命令で撤去させられていたことが判明。
04 10 インド・ニューデリーで「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開会式。平岡広島市長・小泉勝長崎原爆資料館長が出席。(「平和文化」no.129)
04 11 平岡広島市長、インドの国防大臣や前首相らと会見。国防省、日本も核保有国に圧力をかけるよう強調。
04 11 平岡広島市長、インド・ニューデリーのインド国際センターで、「希望のヒロシマ」と題して講演。約100人が参加。
04 12 インドの主要紙インディアン・エクスプレス紙、ニューデリーで始まった原爆展について、「広島市長に苦い思いをさせた」と報道。
04 14 平岡広島市長、インドで開催中の「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」から帰国、報告会見を広島国際会議場で開催。「核武装を考え直すきっかけを与えた」などと語る。
04 15 読売新聞[広島欄]「ヒロシマの願い実現へ継続を」(広島総局・福島勝彦)
04 15 「ひろしま・カンボジア市民交流会」、プノンペンに「ひろしまハウス」を建設するための募金集めのため、「ひろしまハウスin広島」展を広島市内で開催。-5月5日。広島アジア大会でカンボジア選手団を支援した市民運動から生まれた企画。
04 18 広島市の呼びかけで欧州を巡回する「ヒロシマ展」、イタリア・アオスタ市で開幕。スペインの2市に続く3回目の巡回展。-6月30日。(「平和文化」no.130)
04 18 朝日新聞「時時刻刻:広島・ナガサキ両市がインドで原爆展、政府も市民も揺さぶった」(広島支局・斎賀孝治)
04 22 米ワシントン大学の学生サークル「ヒロシマ・ナガサキ平和協会」、学内でパネル展示「核兵器と人間性」を開催。-23日。
04 24 読売新聞[広島版]「視点・直言:原爆展のパネル”撤去”、非核へ市民レベル連帯を」
05 02 宮城県原爆被害者の会、「原爆と人間展」を仙台市で開催。-4日。
05 02 広島・長崎両市企画の原爆展「ヒロシマ・ナガサキ・ネバーアゲーン」(コモ市・市文化協会主催)、イタリア北部のコモ市で開催。-29日。両市による海外での原爆展はこれが7回目。畑口広島原爆資料館長らが出席。
05 07 朝日新聞(広島版)連載「インドの論理-原爆展の周辺から」(-12日。5回)
05 18 米・スミソニアン航空宇宙博物館のエノラ・ゲイ機の特別展示、閉幕。2001年末、ダレス国際空港に完全修復した形で永久保存される予定。
05 20 東友会(東京都原爆被害者団体協議会)など、「つたえようヒロシマ・ナガサキ東京原爆展」を成功させるつどいを都内で開催。(「東友」)
06 02 神奈川県原爆被災者の会、「原爆と人間展」を横浜市で開催。-9日。
06 04 神奈川県原爆被災者の会・県生協連など、「原爆と人間展」を横浜市内で開催。-8日。期間中3万人が来場。
06 09 平岡広島市長、今秋米ボストンで「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」を開催予定があること、スイス・ジュネーブから同展開催の希望が寄せられていることを、市議会で明らかにする。
06 11 「ピース・ボート」、6月下旬にインド・パキスタンでの「ノーモア・ヒバクシャ」写真展開催に先立ち、広島市内で街頭展を開催。-12日。
06 12 「ピースボート」のメンバー、インドとパキスタンで開催する「ノーモア・ヒバクシャ」写真展の会場で上映するため、平岡広島市長のメッセージをビデオ収録。
06 15 広島県原水禁の「インド・パキスタン緊急派遣団」、成田を出発。インド・パキスタン両国内7カ所で原爆展や平和集会に参加。-27日。
06 16 広島県原水禁の「インド・パキスタン緊急派遣団」、インド・ニューデリー市の国立デリー大学(約50人が参加)と市内の繁華街で反核を訴える市民集会を開催。
06 20 日本のNGO「ピースボート」、パキスタンのラホール市で「ノーモア・ヒバクシャ」写真展を開催。-24日。
06 20 東友会(東京都原爆被害者団体協議会)など、「つたえようヒロシマ・ナガサキ東京原爆展」を大崎O美術館で開催。-30日。期間中2940人が参観(「東友」)。3000人が参観。
06 21 日本民主青年同盟と新日本スポーツ連盟、「原爆と人間展」をフランス・マルセイユで開催。
06 21 パキスタン第二の都市ラホールで、日本の「ピースボート」主催の反核写真展。-24日。
06 26 日本のNGO「ピースボート」、インドのニューデリー市で「ノーモア・ヒバクシャ」写真展を開催。-7月1日。
07 01 広島修道大学の学生、学内で原爆写真展を開催。-15日。会場でのアンケートに93人が回答。1割が「原爆投下に賛成」。(22日のまとめ)
07 01 専門職に従事する女性達でつくる国際組織「BPW」の大阪クラブ、被爆者が自らの体験を描いた絵を23の言語で紹介したインターネット用ホームページを広島市に寄贈。
07 02 広島県原水禁、インド南部・マドライ市の平和団体から原爆展開催への協力要請を受ける。
07 03 広島県原水禁、インド南部のマドライ市の平和団体に原爆写真パネルや資料の一部を発送。
07 04 広島市・同原爆資料館、「ヒロシマ原爆展」を仙台市戦災復興記念館で開催。-12日。(「平和文化」no.130)
07 15 広島市・同原爆資料館、「ヒロシマ原爆展」を盛岡市民文化ホールで開催。-19日。(「平和文化」no.130)
07 15 東京都三鷹市、「原爆と人間展」の巡回展示を開始。-9月2日。(「東友」)
07 16 広島市安佐北区高陽地区の4公民館、平和展示企画「あのとき閃光を見た高陽の空に」を開催。-31日。
07 17 長崎県・福江市、「原爆と人間展」を福江文化会館で開催。-20日。同市の平和行政の一環。
07 17 杉本雅親長崎県被爆二世の会会長、インド・パキスタン調査団の報告会の席上、両国に原爆写真を贈ることを提案。
07 17 広島市西区鈴が峰地区の住民らでつくる「広島カザフスタン友好の会」、「ヒロ・セミプロジェクト」を発足させる。来年8月に向け、「カザフ原爆展」の開催を計画。
07 23 東京都三鷹市、巡回平和展「原爆と人間」を市コミュニティーセンターで開催。
07 23 三重県原爆被災者の会(三友会)、県内の66市町村(全体の96%)が日本被団協制作の「原爆と人間展」写真パネルを購入し、この夏原爆写真展の開催を計画していることを明らかにする。
07 24 (現地時間)国際的な教職員組織「教育インターナショナル」(EI)、総会を米国ワシントンDCで開催。日教組、被爆写真パネルを展示。-29日。
07 24 北海道被爆者協会など、「原爆と人間展」を札幌市内で開催。-27日。約1300人が参観。
07 28 広島原爆資料館、ヒロシマ原爆展を広島県・本郷町の広島空港で開催 。-8月20日。
07 30 「原爆と人間展」、秋田市内で開催。-8月2日。1100人以上が参観。
07 30 秋田県原爆被害者団体協議会・原水爆禁止秋田市協議会など、「原爆と人間」展を秋田市内で開催。-8月2日。(「原水協通信」)
08 01 インド・カルカッタの女性団体「マイトレー」、日本から贈られた原爆の資料を催しの会場に展示。
08 01 広島市原爆資料館、ヒロシマ原爆展をJR広島駅で開催。-9日。
08 01 ピースボート大阪、インド・パキスタン原爆写真展の報告会を大阪市内で開催。
08 01 広島市安佐南区・東野公民館、地域の被爆者10人の証言を基に「平和展」を開催。
08 01 原水爆禁止鳥取市協議会、「原爆と人間展」を市内で開催。-2日。1000人が観覧。
08 01 毎日新聞「ウイークエンド・リポート:印パ原爆写真展に参加して-「ピースボート」の2学生」
08 02 昨年の「マレーシア原爆展」の実行委員会のメンバー浜辺行正(長崎市在住)、今年の原爆展の打ち合わせのためマレーシアを訪問。5日、長崎市役所で帰国報告。
08 02? 三次市・平和人権センター、「被爆資料でみる原爆展」を開催。-27日。
08 03 東広島市原爆資料保存推進協議会、原爆展を市役所ロビーで開催。-10日。
08 03? 広島平和文化センター、印パ核実験後から7月末までにインドや周辺の国の市民団体からの依頼を受け、原爆写真7件を送付。
08 04 広島県、JR新宿駅南口にある広島県の東京アンテナショップ「広島ゆめてらす」で原爆写真展を開催。-10日。
08 04 「原爆と人間展」、愛媛県松山市の愛媛新聞社1階ロビーで開催。-6日。
08 05 広島市舟入原爆被害者の会、地元の住吉神社の夏祭りで、原爆写真展などを開催。
08 05 長崎県職組長崎支部など、第8回長崎県職員原爆展を県庁で開催。-7日。
08 05 広島市・同原爆資料館、「ヒロシマ原爆展」を山形市中央公民館で開催。-15日。(「平和文化」no.130)
08 06 広島県府中市教育委員会、「戦争と平和展」を府中市文化センターで開催。
08 06 広島国際青少年協会、原爆写真展を、広島市の姉妹都市ドイツ・ハノーバー市で開催。-18日。
08 07 長崎原爆資料館、「原爆被災写真展」を平和公園内で開催。-10日。
08 11 「98山口・平和のための戦争展」、山口市民会館で開催。核兵器被害などを展示。-13日。
08 11 愛媛県・大西町非核平和都市宣言推進実行委員会、平和原爆写真展を星の浦海浜公園で開催。今年で4回目。
08 12 福井市原爆被害者福友会、「原爆と人間展」を市役所1階市民ホールで開催。-19日。1800人が参観。
08 14 全国被爆二世教職員の会など、「原爆展」をマレーシアの首都クアラルンプールで開催。-16日。
08 15? 東広島市の向陽中学校と板城小学校の生徒・児童、米国・タフツ大で開催が計画されている原爆展に飾るため千羽鶴を折る。
08 18 「98平和のための広島の戦争展」、広島市の県民文化センターで開催。-21日。
08 19? 岡山県矢掛町、「平和を願う原爆資料展」を役場1階で開催。-21日。
08 20 広島国際青少年協会・中国新聞社、写真展「ひろしま今昔物語-被爆の日から今日まで」を、広島市の姉妹都市ドイツ・ハノーバー市で開催。-9月12日。
08 20 ピースボート、「ノーモア被爆者写真展」を米カリフォルニア大学バークリー校で開催。-22日。
08 21 兵庫県神戸市原爆被害者の会、「原爆と人間展」を神戸市内で開催。-25日。8000人以上が参観。
08 21 大分県被団協、「平和のための戦争展」で「原爆と人間展」パネルを展示。約500人が参観。-23日。
09 04? 日教組・広島平和教育研究所、広島・長崎の原爆被害の実態を記録した写真ポスターを世界32カ国計55の教育団体に発送。
09 16 「千羽鶴ピースプロジェクト」のメンバー、来月から米タフツ大学で開催される原爆展に展示するための千羽鶴を広島市に託す。
09 17 インドで原爆展開催を計画している平和活動家トーマス・マシュー、広島平和文化センターを訪れ、協力を依頼。
09 18 インドで原爆展開催を計画している平和活動家トーマス・マシュー、坪井直・近藤幸四郎ら原爆被爆者団体代表を訪れ懇談。。
10 07 柳井俊二外務事務次官、11月にパキスタンで原爆展を開催することを広島市で開いた被爆者との懇談会の席上で明らかにする。
10 13 カザフスタン・セミパラチンスク市長、来年8月に広島・長崎の原爆展を計画し、両市に協力を要請。
10 15 米ボストンのタフツ大学、原爆展「広島/長崎-死の灰」を開催。-1999年1月3日。開会セレモニーで大牟田広島平和文化センター理事長が挨拶。約250人が参加。
10 22 大牟田広島平和文化センター理事長、米ボストンのタフツ大学で開催された原爆展「広島/長崎-死の灰」への参加から帰国。
10 23 平和祈念事業基金・元軍人軍属短期在職者協力協会など、「平和祈念展-戦争の時代を生きる」を島原市内で開催。-28日。長崎原爆資料館や県被爆者手帳友の会が提供した原爆の絵なども展示。
10 26 広島市、「国による原爆展の開催」(初)などを盛り込んだ来年度の主要事業に関する国への要望項目をまとめる。
10 27 長崎県原水協、パネル展「原爆と人間展」を長崎市内で開催。
10 28 インドの首都ニューデリーで原爆写真展。
10 31 広島県被団協・県原水協など、「原爆と人間展」を広島市内で開催。-11月3日。
10 33 連合など主催の原爆資料展、インド・ニューデリーで開幕。12月中旬のパキスタン・カラチまで6都市8会場を巡回展示の予定。
12 03 昨年5月に開催されたスペイン・バルセロナでの原爆展の実行委員会事務局長・丸島彰、平岡市長に入場者が記帳した署名簿を寄贈。
12 09 明治大学4年生・井上誠、インド・ムンバイで原爆写真展を開催し、祖母の広島での被爆体験を話す。-16日。
12 16 パキスタン日本文化協会、原爆展をイスラマバード中心部のホテル内で開催。在パキスタン日本大使館が後援。-18日。
12 20? オーストラリア在住のイバニエス・原智子、同国で原爆展の開催を企画し、広島に滞在し資料提供を呼びかける。

 

年表:原爆展(1997年)

年表:原爆展(1997年)

記事
01 22? 広島市、4月にスペインなどで被爆資料や丸木夫妻の「原爆の図」を展示する「ヒロシマ・未来に向けてのメッセージ」展の開催を計画。
02 03 広島・長崎両市がイタリア中部のペルージア・アッシジ両市で3月に開催する原爆展の概要が決まる。
02 12 広島・長崎両市が今月フランス・パリのユネスコ本部で開催予定だった原爆展が本部の「政治問題を避けたい」との意向から暗礁に乗り上げていることが判明。
02 15 長崎市、原爆展をドイツ・ビュルツブルグ市のシーボルト博物館で開催。-3月31日。
02 24 ドイツ・ビュルツブルグ市のシーボルト博物館で開催中の長崎市の原爆展開会式に出席した中野市議会議長ら3人、市役所で帰国の記者会見。
03 01 広島・長崎両市が協力する「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」、イタリア・ペルージア市の地下要塞(展示場)とアッシジ市役所で同時開催。-31日。
03 29 広島放送児童合唱団、原爆展が開催されているイタリア・ペルージャ市の会場でコンサートを開催。
04 22 広島市、3月1-31日にイタリアで開催された「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の開催結果を公表。入場者は4万3000人。
04 29 沼田鈴子、米ミネアポリス市の市民団体の招きで渡米。
05 06 丸木位里・俊子の「原爆の図」、スペイン・バルセロナで開かれる「ヒロシマ展」に出品のため、広島市現代美術館から搬出。
05 17 平岡広島市長、スペイン・バルセロナで開催される「ヒロシマ展」に向け、広島を出発。18日夜(日本時間19日未明)到着。20日、マラガイ・バルセロナ市長と会談。-25日。
05 20 夜(日本時間21日未明)、「ヒロシマ展」、スペイン・バルセロナで開会式。約300人が参加。21日-8月6日、一般公開。
05 21 (日本時間22日)平岡広島市長、スペイン・バルセロナ市で記念講演。約50人が参加。
05 25 平岡広島市長、欧州出張から帰任。記者会見で11都市から原爆展開催の要望があったことを明らかにする。
06 03 広島市、7月中旬から北海道で開く巡回原爆展の日程を決める。
06 19? 岡山県原爆被害者会玉野支部、13年間続けてきた原爆展を今年中止することを決める。
06 21 マレーシア中華大会堂総商会、今年8月に同会が主催する戦争展に、広島や長崎から原爆被災者の組織が参加することを歓迎する意向を表明。
07 11 広島市、北海道の3自治体と共催する原爆展で展示する被爆資料の発送作業を開始。
07 14 「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター展」、広島市竹屋公民館で開催。-8月15日。
07 15 大宮原水協(埼玉県)など、原爆展を市立図書館で開催。-20日。
07 16 岡山市原爆被害者の会、原爆平和展を市内で開催。
07 17 広島市共催の巡回原爆展、北海道・小樽市観光物産プラザで開催。-21日。
07 19 広島市原爆資料館、企画展「きのこ雲の下に子どもたちがいた」を開催。-8月31日。
07 21 米の「平和を目指す退役軍人の会」、前年8月にミズーリ州コロンビアで開催された広島・長崎両市の原爆展のパネルを譲り受け、ニューハンプシャー州コンコードで原爆展。-28日。
07 23 創価学会平和委員会・長崎青年平和委員会、「原水爆禁止宣言と核兵器の脅威」展を長崎池田平和会館で開催。-8月10日。
07 23 広島市・札幌市共催の巡回原爆展、北海道・札幌市の道立道民活動センターで開催。開会式に平岡広島市長が出席。北海道被団協の被爆者3人の証言を約250人が聞く。-29日。
07 23? 「戦争と原爆展」が、1995年7月の韓国・ソウル市での開催以来この2年間に日韓の23会場で開催され、2万人以上が訪れたことが判明。
07 24 広島市立中央図書館、「しるされた被爆体験-手記・体験記を中心に」展を開催。-8月28日。
07 24 埼玉県被団協など、「97平和のための戦争展」を浦和市で開催。-28日。2万2000人が参観。
07 26 京都府被団協、「原爆と人間展」を原爆慰霊碑のある霊山観音で開催。-27日。
07 28 第14回世界青年学生祭典、キューバで開催。-8月5日。日本代表団、会場で「原爆と人間展」を開催。
07 28 日本ユーラシア協会、「日本文化の日」の催しをカザフスタン・アルマイトで開催。ヒロシマ・ナガサキの原爆写真展示など。
07 29 写真家・中谷吉隆の個展「広島・戦後10年」、東京都内で開催。-8月31日。
07 29 島根県被団協、「原爆と人間展」を松江市内で開催。-31日。8月5日-7日。合計で2000人が参観。
07 30 島根県原爆被爆者協議会、「ヒロシマ・ナガサキ原爆展-核兵器のない世界へ」を松江市内で開催。8月5日-7日、大型店「サティ」で開催
07 30? 写真展「瀬戸の傷痕-ヒロシマ」、岡山市西大寺の緑川洋一写真美術館で開催。-9月7日。
07 31 福岡県被団協など、97平和のための福岡の戦争展を福岡市内で開催。-8月3日。2700人が参観。
08 01 第4回平和のための戦争展in大分、大分市内で開催。-3日。
08 01 京都府被団協、「原爆と人間展」を地下鉄御池駅ギャラリーで開催。-7日。
08 01 三重県浜島町福祉課・教育委員会、原爆展を開催。-31日。
08 02 北海道北広島市、「ヒロシマ原爆展-平和の灯に願いを込めて」を同市内で開催。-6日。
08 02 東京都・墨田区折鶴会、「原爆と人間展」を区役所ホールで開催。4日間。850人が参観。
08 06 核戦争防止マレーシア医師会議、同国で原爆写真展「ヒロシマ・恐怖と希望」を開催。
08 06? 広島市佐伯区の家電販売店の一画にある野の花美術館、「市民が描いた原爆の絵」展を開催。-9日。
08 11 広島市、9月2日から米ニューヨーク市立大学で開催される「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」で展示される被爆資料の発送作業を開始。
08 11 広島市、全国原爆被爆教職員の会など6団体の企画で14日からマレーシアで開催予定の「原爆展」に対し、展示理念が不明確であるとして、被爆資料の貸し出しが出来ないことを通知。
08 13 京都府被団協、「原爆と人間展」を宮津市役所玄関ロビーで開催。-15日。
08 14 愛知県被団協など、「原爆と人間展」を名古屋市内で開催。5日間で5000人が参観。
08 14 沼田鈴子、マレーシアで戦争展の一環として開催されたフォーラムで被爆体験を証言。
08 14 マレーシアの華僑団体「マレーシア中華大会堂総商会」、クアラルンプールで「戦争の恐怖-すべての戦争と核兵器のない世界を目指して」展を開催。-17日。期間中約440人が訪れる。
08 15 オン・カティン・マレーシア副内相、クアラルンプールで開催中の戦争展を見学。
08 15? 香川県原爆被害者の会、「戦災・原爆写真展」を高松市役所ロビーで開催。1981年に始め、今回が17回目。
08 22 京都府被団協、「原爆と人間展」を「向日市平和のつどい」に合わせて開催。
08 22? 広島県・吉舎町中央公民館、「原爆絵展」を開催。-31日。
08 22? 広島県・三次市平和人権センター、「被爆資料とパネルでみる原爆展」を開催。-26日。
08 23 「平和のための広島の戦争展」、広島市・県民文化センターで開催。-26日。
08 23 「97平和のための広島の戦争展」、広島市内で開催。3回目。-26日。
09 02 広島・長崎両市、「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」を米・ニューヨーク市立大学リーマン校で開催。-10月9日。
09 02? 日本被団協、原爆展パネルの英露版を作成。生協ひろしまが翻訳資金を援助。
09 05? 米カリフォルニア大学院生・直野章子、ワシントンのアメリカン大学で原爆展を開催した経緯を記した「ヒロシマ・アメリカ」を出版。
09 17 長崎被災協、日本被団協が制作した原爆展用パネル「原爆と人間展」を被爆者会館で公開。
09 19 群馬県高崎市、「長崎原爆被災展と平和美術展」を開催。
09 25? 広島県西城町のショッピングセンターで「平和ポスター展」。-28日。
09 26? 広島経済大学の学生グループ「ネパール学校建設支援愛好会」、10月に同国で原爆展開催を計画。
10 04 東京都中野区で「中野まつり」。-5日。被爆者の会など、「原爆と人間展」を開催。
10 16 岡まさはる記念平和資料館、従軍慰安婦問題などをテーマとした写真展を開催。-31日。
10 22 日本被団協、2200の非核自治体に「原爆と人間展」パネルをつかい原爆展を開くよう依頼文書を送付。
10 22 「不戦兵士の会」など3組織、写真展「国連と核軍縮」を米ニューヨークの国連本部で開催。-11月20日。
10 23 石川県被団協、「原爆と人間展」を金沢市で開催。6日間。
11 01 広島平和記念資料館、企画展「公園の下に眠る街、爆心地・中島地区」を開催。-31日。
11 03 第23回生協まつり、大阪府立大学で開催。平和コーナーで「原爆と人間展」。
11 07 富山県大島町の中央公民館で「原爆と人間展」。-15日。約500人が参観。
11 08 大分県日田の昭和女子高校、学園祭を開催。-9日。県被団協提供の「原爆と人間展」パネルを展示。
11 10 吹田市原爆被害者の会(吹閃会)、「原爆と人間展」を市役所ロビーで開催。-14日。1000人以上が参観。
11 14 米の「平和を目指す退役軍人の会」、前年8月にミズーリ州コロンビアで開催された広島・長崎両市の原爆展のパネルを譲り受け、アイオワ州グリネル大学で原爆展。約1か月間。
11 21 生協ひろしま、英国の「ポートシーアイランド生協」(ポーツマス市)へ日本被団協が作製した原爆展パネル「原爆と人間展」1セット(約40枚)を独自に英訳して発送。
11 21? 広島市、来年にインドの2都市で原爆展の開催を計画。
11 27 生協ひろしま、ロシアのボルゴグラード州消費組合へ日本被団協が作製した原爆展パネル「原爆と人間展」1セット(約40枚)を独自にロシア訳して発送。
11 30 和歌山県那賀町の紀ノ川農協、紀ノ川収穫祭を開催。その中で「原爆と人間展」を開催。約1000人が参観。
12 11 東京都被団協・東友会、「原爆と人間展」を都政ギャラリーで開催。-13日。712人が参観。
12 14 広島経済大学のネパール学校建設支援同好会のメンバーら11人、原爆写真展などを開催するためネパールを訪問。16-18日にカトマンズで開催した原爆展には1000人が来場。
12 15 関寛治元広島大学平和科学研究センター長、死亡。70才。