原爆の子友の会

原爆の子友の会  結成日:1952年2月17日

年月日 事項
19520217 原爆の子友の会、結成式を広島大学文学部で開催。長田新編「原爆の子」に手記を寄せた児童生徒約100人出席.
19520324 中村巌原爆の子友の会会長ら30名、大阪大学理学部で京阪神の少年少女と交歓会を開く。
19520503 原爆の子友の会、広島大学図書館で大阪原爆の子を守る会と交歓会を開催。
19520730 原爆の子友の会の一行20名、上阪。
19520813 八木保太郎を囲む広島県教組と原爆の子友の会共催の座談会、広島市内の教育会館で開催。約70人(吉川清・谷本清ら)が参加。
19520816 原爆の子友の会の一行20人、東京神田・教育会館で芝居「原爆の子」を上演(朝日新聞)。
19520924? 広島原爆の子友の会、国際医師会議に提出するため原爆体験記を募集。
19530809 大沢幹夫作・原爆の子友の会総出演舞台劇「原爆の子」、広島市児童文化会館で初公開。
19550121 世界民主青年連盟代表を囲む原爆被害者懇談会、広島市内教育会館で開催。原爆被災者の会から20名、原爆の子友の会から5名を含む約100名が参加。
19550512 長田新広島大学教授、モスクワで開催されたソ連国内の平和大会に参加。「広島原爆の子友の会」から託されたソ連の子どもたちあてのメッセージを紹介。

広島平和コンサート(1985年 )

広島平和コンサート(1985年 )

巨匠、鎮魂のタクト

原爆犠牲者への鎮魂と平和への祈りをささげる「広島平和コンサート」が6日夜、米国の世界的指揮者レナード・バーンスタイン氏を迎えて、広島市中区白島北町の広島郵便貯金会館ホールで開かれた。
バーンスタイン氏は、ヨーロピアン・コミュニティー・ユース・オーケストラ(ECYO)を指揮。ベートーベンの「レオノーレ序曲第3番」と、氏自身が平和への祈りを主題に作曲した「交響曲第3番カディシュ」を演奏し、会場を埋めた約1,800人の聴衆に深い感銘を与えた。
広島平和コンサートは、広島青年会議所(白井龍一郎理事長)が被爆40周年に当たって主催。米国ボストン在住の指揮者大植英次氏も、広島市出身の糀場(こうじば)富美子さんが作曲した「広島レクイエム」とモーツァルトの「バイオリン協奏曲第5番イ長調」の2曲を指揮した。
聴衆は2時間にわたって鎮魂の夕べを過ごした。
コンサートは7日も午後6時半から同ホールで催される。
(1985年8月7日朝刊)
http://hiroshimapeacemedia.jp/peacemuseum_d/jp/text/message015.html

平和コンサート0

プログラム

ベートーヴェン
序曲「レオノーレ」第3番作品72b
指揮:レナード・バーンスタイン

糀場富美子
広島レクイエム
指揮:大植英次

モーツァルト
ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調「トルコ風」K.219
アレグロ・アペルト
アダージョ
ロンド、テンポ・ディ・メヌエット
指揮:大植英次
ヴァイオリン:五嶋みどり

バーンスタイン
交響曲第3番「カディッシュ」
インヴォケーション(祈り)
ディンートーラー
スケルツォ
指揮:レナード・バーンスタイン
ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス
語り:マイケル・ウェーガー
合唱:ウィーン・ジュネス・クワイヤー
京都エコー
大阪少年少女合唱団

荒木武(広島市長 Mayor of Hiroshima)メッセージ

被爆40周年をむかえる本年、世界で最初の被爆都市であ
る広島において20世紀が生んだ偉人な音楽家、レナード
・バーンスタイン氏の率いるヨーロピアン・コミュニテ
ィー・ユース・オーケストラはじめ14ヶ国の若い音楽家
の皆様により平和の祈りのコンサートが開催されること
は、まことに有意議なことであると存じます。
戦後40年、核兵器廃絶を求め続けているヒロシマの願い
もむなしく、核兵器保有国は核軍拡競争を際限なく続け
核戦争の勃発によって、全人類の滅亡が現実のものとな
るかも知れないという危機感が高まっています。同時に
核兵器廃絶のための市民運動もまた、世界的な規模で広
がりを見せております。
そのような中にあって、今年も国内外から多くの人々が
8月6日にこの地に集い、平和のための祈りと行動を共
にすることは核兵器の廃絶と世界恒久平和をいかに多く
の人々が強く願っているかを雄弁に物語っていると言え
るでしょう。
広島の体験が世界の人々のものとなり、ノー・モア・ヒ
ロシマが平和を愛する人々の合言葉として語られること
は広島市民の願いであり、被爆都市広島の使命であると
思います。
被爆40周年を迎える今年こそ、平和を希求する人々が共
に手をたずさえ、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向
けて大きく前進する年にしようではありませんか。
今回の平和コンサートのご成功を心からお祈りするとと
もに平和を愛する全ての人々の友情と連帯が深まること
を願って、ごあいさつといたします。

白井龍一郎(広島青年会議所理事長・ Hiroshima Junior Chamber Incorporated)メッセージ

このたび、音楽を通じて世界に平和を訴える「広島平
和コンサート」の開催が多数の関係者の熱意とご努力に
よりまして、実現の運びとなりましたことは、音楽を愛
する人々、平和を希求する人々にとりまして、多大の喜
びであると存じます。広島青年会議所といたしましても
この歴史的事業を主催できますことは、望外の光栄であ
り、同時に大きな責任を感じております。
戦後40年を迎える本年、日本の諸都市と同様に、そし
てそれ以上こ広島とその市民にとりまして、この40年の
重みを万感の思いで受けとめております。また、広島の
惨禍を人類全体の教訓として、これからの世界を担う若
い世代に平和を愛し、守るこころを伝えていかなければな
らない節目の年です。
そもそも、私達青年会議所は、明るい豊かな社会づく
りヘの貢献を運動の大きな柱に据えておりますが。その
活動のメンバーもまた、いわゆる戦後派の世代へとバト
ンタッチされようとしています。そのなかで、私達もま
た平和を愛する広島の心を次代へと継承して行くことの
大切さを痛切に感じております。折しも、本年10月には
広島において日本青年会議所の全国役員大会が開催され、
このコンサートは、その記念事業の一環として広島から
日本全国そして世界の若者達へと贈る平和のメッセージ
でもあります。
巨匠、レナード・バーンスタイン氏を指揮者にむかえ
世界最高水準の若い音楽家達で構成されるこのコンサー
トは、音楽愛好家の方々にとりましても貴重な機会であ
ると確信しております。
広島の他、アテネ、ブダペスト、ウィーン等の諸都市
で開催の計画と聞いております。広島に端を発する「音
楽を通じて平和を世界に訴える心のハーモニー」が、全
世界へと鳴り響き、地球的規模で着実な広がりをみせて
いくことを心から願ってやみません。

駐日大使の平和メッセージ(1999年)

駐日大使の平和メッセージ(1999年)

平和な世界の実現を求める願いは、政治、文化、宗教、民族などの違いを超えた人類共通のものです。こうした願いを結集し、来たる21世紀を「平和の世紀」にしていくための取組みの一つとして、各国駐日大使へ平和メッセージの寄稿を呼びかけました。これに応えて、48か国の駐日大使から寄せられたメッセージを平成11年8月1日から31日まで平和記念資料館で展示しました。
また、8月6日に、メッセージを寄せたユーゴスラビア、コスタ・リカ、ベラルーシ、カンボジアの4か国の大使らを広島に招き、当夜、原爆ドーム前で平和メッセージを読み上げていただきました。これにより市民の平和への関心を高め、広島と各国との平和と友好の連帯の絆を深めることができました。
『平和と交流2000年版(平成11年度事業)』(財団法人広島平和文化センター、20010209)

広島国際アニメーションフェスティバル

広島国際アニメーションフェスティバル(1985年)

年月日 会場 備考
1 19850818-23 広島市公会堂
図録:『愛と平和 第1回国際アニメーションフェスティバル広島大会< プログラムガイドブック>』(19850815刊)。

上記資料所収の「荒木武(大会会長 広島市長)のごあいさつ」

このたび、世界各国から多くの人々の参加を得て、国際アニメーションフィルム協会(ASIFA)公認の第1回国際アニメーションフェスティバル広島大会を、アジアで初めて開催できますことを大変うれしく思います。

本年は、ASIFA設立25周年に当たり、また、国際青年年に協賛する「国際アニメーション年」でもあります。一方、広島市にとりましても原爆被爆40周年を迎えた意義深い年であります。

今日、私達人類はひとたび核兵器が使用されれば、地球上で生存することが出来ない人類滅亡の危機にさらされています。

このようなときに、人類初の核兵器の惨禍を体験した広島市で、アニメーション芸術を通して、世界平和を目指すASIFAの心と、世界の恒久平和実現を強く願うヒロシマつ心とを一つに結んで、“愛と平和(LOVE&PEACE)”をメインテーマに、本大会を開催できますことは、誠に有意義であると存じます。

このフェスティバルを契機として、参加された多くの人々が、アニメーションや世界各国の人々との交流を通して、平和の尊さを再確認され、平和の輪を一層広げていただきますよう祈念いたします。

2 19870821-26 広島厚生年金会館
3 19900808-13 広島厚生年金会館
4 19920820-24 アステールプラザ
5 19940825-29 アステールプラザ
6 19960822-26 アステールプラザ
7 19980820-24 アステールプラザ
8 20000824-28 アステールプラザ
9 20020822-26 アステールプラザ
10 20040819-23 アステールプラザ
11 20060824-28 アステールプラザ
12 20080807-11 アステールプラザ
13 20100807-11 アステールプラザ
14 20120823-27 アステールプラザ
15 20140821-25 アステールプラザ
応募数:世界74か国・地域から2,217作品、映画祭期間5日間の総入場者数延べ約3万5千人
16 20160818-22 JMSアステールプラザ
17 20180823-27 JMSアステールプラザ
18 20000820-24 JMSアステールプラザ

 関係サイト

ASIFA (Association Internationale du Film d’Animation) http://asifa.net/

ASIFA-JAPAN [ Association Internationale du Film d’Animation-Japan Branch] http://www.asifa.jp/en/index.html

広島国際アニメーションフィルム協会日本支部http://asifa.jp/hiroshima/index.html

 

フェイスブックより(2014年)

フェイスブックより(2014年)

20140107撮影:   広島平和記念資料館
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20140209 撮影:    ふりかえりの塔 広島市・千田町1丁目
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20140221撮影:     世界遺産ミーソン遺跡(ベトナム)=この大きな穴はアメリカ軍機の爆撃によりできた。ほかにもあったが、これだけを保存している由
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20140314:可部線終点     場所: 広島市安佐北区可部町

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20140324:平和大橋(広島市)から見る
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20140328: このアングルで原爆ドームが見えるのは冬から今にかけてだけ
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20140730:初めてのMAZDA Zoom-Zoom スタジアム。
ピースナイター2014。カープが9―2で中日戦に勝利。
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 20140806:平和公園バラ園より原爆ドームを遠望ー 場所: 広島市平和公園
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20140807:広島市霞町・広島大学医学資料館
広島大学原爆放射能医学研究所附属原爆被災学術研究センターの看板
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 2014年8月20日 7:20  広島市安佐北区可部東6丁目から届いたメールの添付写真
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 20140920:世界平和記念聖堂献堂60周年一般公開(広島市中区幟町)
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20141026:反原発デモの終結集会(広島市・平和公園)
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20141122:世界遺産「安芸の宮島&ひろしまツーデーウォーク(第1日)」(広島県廿日市市 宮島)
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20141123:世界遺産「安芸の宮島&ひろしまツーデーウォーク(第2日)」(広島市中区ハノーバ広場)
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20141206:合唱の練習風景 静かな公園に響き渡る歌声(広島市平和公園)
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20141207:パール博士(東京軍事裁判インド代表判事)筆慰霊碑在当山(本照寺)(広島市中区小町)
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20141214:鳩魂塔(東京都千代田区・靖国神社)
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平和関連行事(2019年)

平和関連行事(2019年8月6日を中心とした)

 出典:特に指摘がないものは『広報ひろしま 市民と市政』(2019年8月1日)

月日 行事名 場所 備考
0801 原爆り災者名簿の公開など 国際会議場 ~8月6日。
0804 平和の祈りコンサート
「ほしにねがいを」
ゆいぽーと
0805 被爆体験記朗読会 原爆死没者追悼平和祈念館 ~8月6日。
0805 平和の夕べコンサート(広島交響楽団) 広島文化学園HBGホール
0805 現地で見る!広島城の被爆痕跡 広島城 ~8月6日。
0805 ミニガイド「広島城と原爆」 広島城 ~8月6日。
0805 オープンハウス「新しい時代 未来へ向かう放影研 放射線影響研究所 ~8月6日。
0806 原爆供養塔慰霊行事 原爆供養塔前(中区中島町)
0806 ピースメッセージとうろう流し 元安川親水テラス(原爆ドーム対岸)ほか
0806 平和記念公園無料ガイド 平和記念公園
0806 ヒロシマの心を世界に 国際会議場
0806 郷土資料館被爆建物案内 郷土資料館
0806 展示解説「被爆建物としての江波山気象館」 江波山気象館
0806 被爆体験講話 平和記念資料館ほか 11~16日
0807 原爆の絵画展 国際会議場 ~21日
基町高等学校創造表現コースの生徒と、被爆体験証言者が共同制作した「原爆の絵」37点を展示
0809 長崎原爆犠牲者慰霊の会 平和記念資料館東館

広島ペンクラブ

広島ペンクラブ 19490408設立(「広島県大百科事典」(岩崎清一郎・記)では1951年5月発会)

機関誌『ペン HIROSHIMA』

巻号 発行年月日 著者 タイトル 所蔵
所蔵:P=ピカ研、H=原爆資料館
1-1 19621031 発行人:田淵実夫 P
1-2 P
1-3 P
10-5 19770501 H
小倉馨 広島市長国連を行く
19830325 H
19840501 H
19860520 H
19870401  H
19880415  H
19881015  H
19901201  H
19910701 H
19911230  H
19920701 H
19930101 H
19930701 H
19940701  H
19941201 H
19950601 H
19951201  H
19960815 H
19961120  H
19970220  H
19980910 H
19990515 H
19990715 H
20000115 H
20000517 H
20010115  H
20020110 H
20020510 H
20070124 H
20071121  H
20080125  H
20080521 H
20080723 H
20080917  H
20090128 H
20090728 H
20100127  H
2013(下) 20130717 H
2014(下) 20140716 H
2015(下) 20150715 H
2016(上) 20160120 H
 舛井寛一 回想原田東岷会長
 松本忠之  日米安全保障条約
 吉中康麿
天皇皇后両陛下のご訪問
吉村良哉 ご対面 黄瀛さんと米田栄作さん
今田 被爆七十年の広島
高崎宗利 節目の思い出と裏話(その二)ご視察での天皇陛下のご記憶とご配慮
新川貞之 父をかえせ 母をかえせ 峠三吉さん
長谷川是求 是求柳壇―広島赤十字・原爆病院血液内科の日々
2016(下) 20160801  H
 梶矢文昭   オバマさんくるかなあ
 舛井寛一 回想原田東岷会長(下)

広島平和問題談話会(略年表)

広島平和問題談話会 1951年10月16日創立

略年表

19511016 広島平和問題談話会、広島市内で創立懇親会を開催。メリー・マクミラン(広島女学院)、渡辺鼎、佐久間澄、浅野明夫などが発起。
19520206 広島平和問題談話会規約成立。第4条(事務所)本会は事務所を広島市油屋町1番地広島記念病院内に置く。
19520606 広島平和問題談話会、破壊活動防止法で声明。「(同法が)学問、思想、言論および結社の自由を圧迫し平和の脅威となる」として反対。
19520806 広島平和問題談話会が世話人となり、広島地区労働組合会議、各民主団体が主催し中島市民広場で約800人が集まり広島平和市民大会。
19530206 広島平和問題談話会、第2回年度総会を開催。森戸広島大学学長らを囲み憲法改正国民投票問題を聴く会を開催。
19530801  広島県・市教育委員会・平和問題談話会・大学人会、広島市中央公民館で平和問題講座を開催(-3日)。[広島大学]
19550802 広島市教育委員会・広島平和問題談話会・平和と学問を守る大学人の会・中国新聞社、中央公民館で第3回平和問題講座-原子力の平和利用-を開催(-4日)。[広島大学]
19560801 広島市教育委員会・広島平和問題談話会・平和と学問を守る大学人の会、第4回平和問題講座を中央公民館で開催

 

広島大学新聞(100号)

広島大学新聞(100号)発行者:広島大学新聞会 発行年月日19601210

著者 タイトル
 論説委員会 □巻頭言□ 学生新聞と中立
 特集・教育の危機を考える
長田新 国民教育の大道
 ■座談会■ 教育をわたしたちの手に=国民教育と学生の課題を追って=
佐藤正夫・横山富子・藤井敏彦・池岡修身・吉本 均・篠原孝義・飛石多恵子(司会)編集部
高階近穂 第五回中四国教育ゼミ統一テーマ解説「国民教育と学生の任務」
石井金一郎 うれうべき教科書
カンカンガクガク☆尚志会をめぐって☆
荘司雅子 学閥物語
伊東隆夫 尚志会の新しい道
森戸辰男 大学教育における科学と人文
広大生はこう考える
数字にみる私達の意見・社会意識調査報告
矢田部文吉 私の分析「奇妙な全学連分裂問題」
私と生活と意見(アルバム、研究室、課外活動、学生運動の中から)
グラビア 分校よどこへ行く?
★東雲、福山、深安、三原分校探訪★
研究室の課題(13)広大理論物理研究所(竹原市)
広大レポート「厚生施設の現状と問題点」
[窓]自然科学・スポーツ・映画・文学・マスコミ・音楽
■シンポジュウム・安保斗争の教訓
岡本 進 問題提起1 労働者階級の果たした役割と評価について
千葉喬之 問題提起2 学生の先駆性と既成指導部の誤謬
村上哲得 問題提起3“平和共存ナンセンス論”に対する批判
前芝確三・手島正毅 総括〈対談〉“情勢の正しい認識を”
え・山部ただお 文・S・N記者 学園戯画 嗚呼!広大生
新刊書評
松富弘志 現代史研究会編著「戦後日本の国家権力」
松崎 徹 今掘誠二著「原水爆時代」(下)
為貞貞人 森戸辰男著「日本教育の回顧と展望」
塩見 浩 松崎寿和著「新黄土地帯」
あれからどうなった?(教養移転・サークル協議会・スパイ事件・公安条例問題)
広大新聞一〇〇号のあゆみ
★広大新聞創刊号紹介
尾形幸雄 ★創刊のころ
連載 フェニックス
真下三郎 メシの種
赤木仁兵衛 研究者魂
☆創刊一〇〇号記念懸賞応募作品入選発表☆
評論部門(選後評・伊藤満氏、今掘誠二氏)
創作部門(選後評・詩・深川宗俊氏、小説・羽白幸雄氏)
入選作品
菅瀬 実 詩・サハラ
山田夏樹 小説・穴ぐら
山下梅子 評論・忘れられた学生としての視角
佐久間澄 選後評

広島大学新聞(創刊~9号)

広島大学新聞(創刊~9号)

号数 発行年月日 主要記事見出し
発行者:広島文理科大学新聞部
創刊 19470215 創刊を祝う(長田新(学長))
広島学生連合会結成-早速震災地救援活動
無から有へ-原子爆弾その後
広島文化運動の展望
2 19470405 広島学生連合ついに誕生-盛上がる学生の熱意をこの一線に
広島学生連合規約
不適格教授をめぐり学生再び動く-教・倫の立場
ペスタロッチー運動の回顧(長田新(学長))
3 19480115 総合大学目差して運動展開-要望される県民の協力
深い御造詣-御進講の両教授は語る
ようこそ陛下広島へ
全国学生運動の統一なる-広島学生自治連発足
我観-窮処守高(長田新(学長))
中国地区ワークショップ-広師で開催
4 19480225  平和日本建設の道(長谷信夫)
国立広島総合大学の設立-その構想と実現(長田新(学長))
邁進せん平和国家建設へ-広島学徒大会開かる
国立総合大学は何故広島に必要か?
5 19480515 ペスタロッチー運動の回顧(承前)(長田新)
決定は6月中か-其の後の総合大学問題
論説:大学の自治と学問の自由
新教育の方向(今堀誠二)
イールズ氏来広
授業料値上げを排撃-国立大学学生自治連起つ
6 19481210 本年度学士院賞-藤原教授受賞
CIEイールズ博士来広-つぶさに各校を視察
活発に動く自治連-広島の場合
払えない授業料-値上げ反対の波全国に及ぶ
論説:文教政策と学生の態度
7 19481210  本学から4教授を推薦-日本学術会議
論説:学生運動の在り方
石門心学会広島支部発会式における高松宮殿下の御言葉
学生厥起大会-県庁にデモ
6、7両日本学で講演-英連邦軍教育顧問-ブランデン氏
廃墟に返り咲く文化-学園文化祭終る
民科文理大班発足
自治会の在り方-来広のタイバー氏語る
総大に夜間部を-夜間部学生起つ
A級に編入か-その後の総大問題
高松宮さま-学生代表と御懇談
広高生百余名-本学教授会にデモ
米国人文科学顧問団来広-中・四国大学高専代表と会議
文部省大学法試案を廻って各方面に波瀾-本学の態度
学生新聞の在り方(糸川成辰)
回想:学生運動1ケ年の回顧
8 19490125  民科啓蒙講座開設
広島総大設立予算全額県民負担-全額国庫負担にせよ-県民学生の猛反対
学友会刷新成るか-授業料不払を解く
論説:1949年と闘う
中国研究所広島支部発会
第1回学術会議に3名当選-第1部長田・古賀両教授、第4部三村教授
YMCAの動き
9 19490309  論説:総長選挙と今後の問題
三者協議会誕生か-其の後の学友会刷新
学内のセクト主義を破れ
マルキシズムと学生-社会心理学的調査
総大総長-初代総長は長田現学長か-決定権は文部省に
100 19601210
発行者:広島大学新聞会
著者 タイトル
論説委員会 □巻頭言□ 学生新聞と中立
特集・教育の危機を考える
長田 新 国民教育の大道

創刊号

記録の会

1979年4月『記録』を創刊。編集=記録の会、発行=記録社、発売元=すずさわ書店

発行状況

発行年月日(著者) 備考(タイトルなど)
01 19790401
記録の会 月刊誌『記録』発刊にあたって
土本典昭 水俣―映画記録者として
大峯雄輔 ロボトミー―人間管理の究極なるもの
本多勝一 ルポルタージュの方法①
松浦総三 日本のルポルタージュついて―覚え書き(上)
松井やより 鎖国と友好―わたしの中国滞在・往来記①
上坪隆 非業の死を語りつづける―九州で取材して
栗原貞子 反核意識の再構築を―第1回原爆問題総合研究会の記録
岡邦俊 キャロル①
白基□(飛揚訳) 民族の分断と人権(上)
コラム 微罪で全裸にされ
TVドキュメント‘79『原爆の子・百合子』
よみがえれ国際人民相互の信頼と連帯
箙田鶴子『他者への旅』
松本竣介の大回顧展
無知の告白―『朝鮮通信使』のこと
身障児から教えられる関係
02 19790501
大牟田稔 二枚の認定書―被爆者母娘をめぐる生と死
03
04
05
06
07 19790701
丸木位里・丸木俊・石川保夫・長岡弘芳
民衆をいかに絵できろくするか―丸木位里・丸木俊夫妻を囲む座談会
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17 19800801
吉川土竜・吉川敏 広島日記―ある銀行員の原爆投下前後の日記から
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20 19801101

講座―八・六の意味するもの(広島女学院大学)

講座―八・六の意味するもの(広島女学院大学)開始:1967年夏

資料

小黒薫『ヒロシマの意味』(日本評論社、19730625)

目次

講師 タイトル(実施年) 備考
四竈一郎 八・六の意味するもの1(1967年) 元日本基督教団広島教会牧師
浜井信三 八・六の意味するもの2(1967年) 元広島市長、故人
原田東岷 八・六の意味するもの3(1967年) 外科病院長、広島市在住
橋本栄一 八・六の意味するもの4(1967年) 広島女学院高校教諭
栗原貞子 八・六の意味するもの5―大田洋子とG・アンデルスを軸に(1968年) 詩人、広島在住
小黒薫 八・六の意味するもの6(1968年) 広島女学院大学教授
関屋正彦 キリスト教と非暴力 日本FOR前書記長、聖公会司祭(仙台)
小倉馨 ヒロシマ-この二十五年(1970年) 広島平和記念資料館館長
松元寛 八・六、広島の意味するもの(1971年) 広島大学文学部助教授
金信煥 朝鮮人と原爆 (1972年) 在日大韓基督協会広島教会牧師
森昭夫 私の解放の闘いにとっての八・六(1972年) 広大原医研助手
小黒薫 ヒロシマの生と死(1971年) 広島女学院大学教授
ドリス・ハートマン 投下の決定は正しかったか(1971年) 米人宣教師、広島県古市伝道所
アール・レイノルズ 広島はいまもわが故郷 広島を中心として平和運動に活動、現在は在米
編 者 あとがき

新人国記(1)

『新人国記(1)静岡県/富山県/広島県/岩手県/長崎県/愛知県』(朝日新聞社、19820930)

目次(広島県・長崎県部分)

広島県 文・斉藤忠臣 写真・青井捷夫
「反核」の思い深く
原爆に怒りの絵筆
愛を説く「語り部」
ヒロシマを伝える
紙つぶてに心託す
映像の底流に
舞台人生を息長く
「美の世界」に執念
結束力と腕一本と
勝負師の世界彩る
王朝の世界に没入
戦争の痛恨彫刻に
多彩タレント群像
同質兄弟と野人と
未被爆者に訴える

 

長崎県

資料’82反核

資料’82反核(単行本・雑誌・教科書・新聞)-原爆文献を検証する( 「ひろしまをよむ」会編、 溪水社刊、1983年7月15日)

目次

まえがき
<共同検証82反核>
1 新味に欠ける原爆出版
2 消極的な大手出版社
3 新刊しのぐ重版・再刊
4 手記・体験記に多様性
5 「読む」から「見る」へ
6 すそのを支える童話
7 無難さ目立つ教科書
8 雑誌-欠落した原点
9 新聞連載-不十分な総括
10 新聞社説-もの足りぬ分析
<82出版物リスト>
1 単行本-反核・ヒロシマ・ナガサキ
2 単行本-防衛・原発・学術・再刊
3 童話-絵本・平和教育
4 教科書-国語科82年採択
5 雑誌-月刊・季刊・旬刊・週刊
6 新聞-連載・社説
おわりに
「ひろしまをよむ」会(石踊一則、内田恵美子、宇吹暁、木村逸司、島津邦弘、田原幻吉、丹藤順生、藤原浩修、松林俊一)協力・ピカ資料研究所

ヒロシマの「史点」―占領下の原爆文献考(目次)

ヒロシマの「史点」 占領下の原爆文献考<『中国新聞』19860630~0812、30回連載、担当:冨沢佐一郎記者)。

目次

No. 見出し(文献名) 見出し
1 石うすの歌 初の被爆テーマ小説 小学国語のテキストに
2 終戦経緯報告書 国が被害データ発公表
3 絶後の記録 被爆直後の壮絶なルポ
4 ちちははの鐘  自分の理念盛った三吉
5 回顧五年原爆広島の記録  「8・6」の思い込める
6 原子爆弾傷  「ガス」の部分伏せ字に
7 原爆体験記  根拠薄い初刊本発禁説
8 月刊中国  1年後廃虚の街を特集
9 原子爆弾と世界恐慌  知られていない小冊子
10 原爆の子  素朴な表現で反響呼ぶ
11 科学朝日  投下操縦士の証言掲載
12 原子爆弾(同盟通信版)  GHQ意識 外電で構成
13 原子爆弾の法律観  国際法の精神転換迫る
14  御楯隊しのぶ学徒の声
15 ヒロシマを忘れるな  禁止訴え署名呼びかけ
16 原子力の軍事的利用  極秘に印刷された2冊
17 反戦詩歌集  人類の愚挙へ怒りの声
18 ピカドン  絵で告発した最初の本
19 生ましめん哉  最も早い時期の有名詩
20 原子爆弾の効果 兵器としての威力誇示
21 ヒロシマ日記  米国で出版され逆輸入
22 あの当時  両親慕う孤児の思い
23 天よりの大いなる声  1年半も出版ためらう
24 原爆体験記(京都大学版)  学生が危機感抱き編集
25 ヒロシマ  悲惨さを世界に初紹介
26 夏の花  体験記の枠超えた傑作
27 屍の街  初版本は5節分を削除
28 さんげ  被爆の非情短歌で告発
29 原爆詩集  峠三吉の唯一の作品集
30 まとめ  ”神話”の洗い直し急げ
プレスコード神話、強すぎた自己規制、収集保存に努力を
「メモ(抜粋)この企画は、30年間にわたって原爆文献を収集、調査してきた「 ピカ資料研究所」( 田原幻吉(ピカ資料研究所代表))の資料を中心に構成した」>

 

広島原爆被災撮影者の会

広島原爆被災撮影者の会

設立準備会?:19780715

関係資料

 資料名 備考
広島原爆被災写真撮影者名簿
  22名の住所、電話番号、
初会合(宇吹メモ)
   1978.9.14 於広島YMCA
 本
『広島壊滅のとき―被爆カメラマン写真集』 (広島原爆被災撮影者の会、198108)
 『被爆の遺言 被災カメラマン写真集』(広島原爆被災撮影者の会、19850801)
 『中国新聞』(20050801、編集委員 西本雅実)
 http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?gallery=20110613141546676_ja

フェイスブックより(2013年)

フェイスブックより(2013年)

輜重兵第五聯隊馬碑(基町、1928年建立)と馬魂碑(比治山、1937年建立)ー開幕まえのひろしま菓子博会場周辺と比治山を散策中撮影 4月18日

馬魂碑2馬魂碑1
HIBAKU+PIANO+PEACECONCERT+from+HIROSHIMA

原爆ドームの壁の調査 6月17日

20130617
車が進入禁止となった広島平和大通りー原爆資料館南側から東方を望む 8月6日
20130806a
花輪撤去作業中の原爆慰霊碑前

献花台東側(写真右。撤去済)=広島市長 広島市議会議長 遺族代表・こども代表 遺族代表(市内代表1名、都道府県代表2名) 被爆者代表(市内代表2名)、被爆者代表(県内代表2名)、長崎市民代表(市長、市議会議長、被爆者代表) 国際連合総会議長 国際連合事務総長 姉妹・友好都市代表
献花台西側(写真左。まだある)=内閣総理大臣 衆議院副議長 参議院議長 外務大臣 厚生労働大臣 広島県知事 広島県議会議長 各国来賓代表 平和首長会議代表

 20130806b
第59回広島平和美術展

問:原爆記念日の行事ではなかったの? 答:会場が取れなかったから。 8月27日

4平和公園20130827
鷺?(背景は本川橋・平和公園)  2013年9月6日
 20130906
 オランダの芸術家が作製した「連鶴」。
幅15cm、長さ150mの一枚の紙で折られている。 長崎原爆資料館
2013年9月10日
 20130910
救護所メモリアル
新興善国民学校跡。かつて市内最大の被爆者収容所  場所:長崎市立図書館  2013年9月11日
 20130911
 東本願寺長崎教会・原子爆弾災死者収骨所
真宗大谷派長崎教務所。道に迷って偶然出会う。
場所:長崎市筑後町 2013年9月12日
 20130912
広島市役所旧庁舎の被爆石ー歩道と車道の間に設置 場所:広島市大手町 2013年9月23日 ・
 20130923
原爆瓦を貼った玄関(広島YMCA)の柱  場所:広島市中区八丁堀 2013年9月27日柱に埋め込まれた金属板の文章
*鎮魂 1981年12月6日 広島県高校生平和ゼミナール
*私たちは、世界平和を願い 原爆瓦を後世に伝えます
1981年12月12月26日 広島YMCA
 20130927
Site of Former Chugoku Military Police Headquarters
中国軍管区司令部跡地の銘板(宝ビルの県庁側壁面) 場所:広島市中区基町12-8 2013年10月14日 ・The atomic bomb dropped on Hiroshima August 6,1945 devastated the city and its people with a force beyond any known before. U.S. Air Force and U.S. Navy airmen interned as POWs at the Chugoku Military Police Headquarters which was located at this site, near the epicenter, were among the victims of this holocaust. This plaque is placed in memory of these brave and honorable men. May this humble memorial be a perpetual reminder of the savagery of war.1998.7.29
 20131014
 広島市立中央図書館 2013年11月14日 ・
 20131114
耐震強度調査の始まった原爆資料館 2013年12月11日
 20131211
広島市まんが図書館(右建物)と御便殿跡に建造された構造物(左奥)
ーまんが図書館で中沢啓治の「はだしのゲン」を閲覧
2013年12月13日
 20131213
2013年12月15日 ・三良坂平和美術館。向って左手にある三良坂コミュニティセンター内の山代巴記念室も見学。 場所:広島県三次市。
 20131215

 

フェイスブックより(2012年)

宇吹フェイスブックより

松本徳彦(公益社団日本写真家協会専務理事)「東方社から文化社へ」ー 場所: 広島県立美術館 2012年5月22日
松本徳彦20120522
広島クレド11階より基町を望む 2012年8月15日
20120815
原爆ドームの全体を撮影しようと動き回ったらこの場所にたどりついた。ー 場所: 広島市中区平和公園 2012年9月2日
原爆ドーム20120902
三ツ蔵(呉の重要文化財 旧澤原家住宅見学会) 2012年10月12日
 三ツ蔵20121012
旧高烏砲台兵舎 2012年10月18日
 旧高烏砲台兵舎 2012年10月18日
  世界の子どもの平和像 東京大空襲・戦災資料センター(東京都江東区北砂1-5-4)玄関前 2012年10月19日
世界の子どもの平和像20121019
 岡本太郎作「歓心」 持田製薬株式会社(東京都新宿区四谷1-7)玄関前 2012年10月20日
 岡本太郎2012年10月20日

旧広島市民球場跡地に設置された工事壁の透明窓に映った原爆ドーム 2012年11月9日

原爆ドーム20121109