2019(日録)

日録(2019年1月)

事項
01  謹賀新年<クリック> 高尾神社初詣の帰路に野呂山(瀬戸内海国立公園)から昇る朝日と朝日に照らされた絵下山(この裏側は昨夏の集中豪雨で甚大な被害を被った)を撮影。
01 コンビニで新聞を購入。宅配紙を含め7紙の内容点検。~2日。感想句=<「カク」が消え 「マル」が躍った 元旦報道>
 01   年賀状関連の整理作業。~3日。
09  ネットで注文した「アジア研究半世紀の軌跡 今堀誠二遺稿集」が届く。
11 昨年12月3日に折り始めた千羽鶴の糸通しを試行。25羽×3。
15 自宅資料のヒロシマ遺文のカテゴリー別整理に着手。
17 般若心経を写経(初めて)。
23 藤居資料の配置状況を確認。
25 WHO(人物)データの校訂作業開始。
26 広島平和公園及びその周辺を取材(今年初)。
26 広島原爆被爆からの日数26836日(「地球平和監視時計」情報)
 日録(2019年2月)
事項
 01  新聞記事切り抜き(1月以前分の分類整理)。~日。
02  TOPページの更新。
 03  親戚の法事(呉市内寺院)。正信偈・仏説阿弥陀経を唱和。
04 昨年12月3日から始めた折り鶴が500羽を越える。
 10 WHO( 人物)関係の新聞記事の整理。~14日。
14 ヒロシマ遺文(1月忌)の校訂作業。
16 ヒロシマ遺文(2月忌)の校訂作業。
18 人物WHO関係のデータと新聞切り抜きの整理。~20日。
21 広島市立図書館・広島城周辺のモニュメントを撮影。
22 2018年4月24日以降の朝鮮半島非核化の動向を追う新聞切り抜きの整理。
24 新聞切り抜き(「朝鮮半島非核化」「核軍縮(国連)」「国際ヒロシマ」)をファイル。
25 新聞切り抜き「国際ヒロシマ」をファイル。
 日録(2019年3月)
 事項
01 献花の撮影(自宅・実家・倉庫)
01 ヒロシマ遺文TOPページの更新。
02 「芸備地方史」(芸備地方史研究会機関誌)の所蔵分を見つけ出す。
03 「芸備地方史」の内容検討。~4日。
05 「ヒロシマ遺文」の投稿「3月忌」関係を更新。
06 「ヒロシマ遺文」の投稿「3月忌―内田恵美子・峠三吉」を更新。
08  09:13たまたま立ち寄った広島赤十字・原爆病院の出口で「被爆資料室」という部屋があることを知る。鍵がかかっていたので受付で閲覧方法を尋ねる。社会課の人が対応。一般には公開されていない、公開依頼書を提出するようにとのこと。資料<『平和学習~核兵器のない平和な世界の実現に向けて~ 平成30年度版』(日本赤十字社 広島赤十字・原爆病院)>をいただく。
08 広島県立文書館。戦後30年度第3回収蔵文書の紹介展を閲覧。『広島県教育時報 創刊号』(1949年11月)の表紙絵に原爆ドームを使用していた。
08 広島県立文書館閲覧室。『中国新聞』(1964年東京オリンピック聖火リレー関係記事)と広島県明治100年記念行事等協議会関係資料の2件を閲覧。
08 広島県立文書館閲覧室の利用者は私以外に1人だけ。知り合いの長崎在住の歴史研究者だった。
08 地球平和監視時計(広島平和記念資料館設置)情報=広島への原爆投下からの日数=26877日。最後の核実験からの日数=450日。
08 広島平和記念資料館第25回展示検討会議。展示整備工事の視察。
08 16:00~平和公園調査。峠三吉詩碑、原爆の子の像。青年団体石碑。原民喜詩碑。第1回平和祭記念樹。
11 東日本大震災関連報道・資料の整理。
12  「ヒロシマ遺文―自分史」に「フェイスブックより」の2012・2013年分を投稿。
13 NHK総合:歴史秘話ヒストリア「「軍港・呉と戦艦大和“世界の片隅”の町 悲劇と復興」」を観る。
15 広島調査。御幸橋―修道学園―広島県立文書館―大学堂書店―広島市公文書館。
 23  ピカ資料研究所コンテナ倉庫の資料整理。約半分の仕分け(全国的に流布している資料を省く)作業を終了。
25  「ヒロシマ遺文」のカテゴリーに「ヒロシマNGO」を新設。
28  広島県立文書館。15日に申し入れた藤居平一資料の寄贈依頼が承認されたとのこと。

日録(2019年4月) 

事項
01 広島県議会議員選挙不在者投票。
02 コンビニで7紙(1面トップで「令和」を取り上げたスポーツ紙3紙を含む)を購入。
 03  月忌とWHO資料の整理。
 06 『ヒロシマのこだまに メアリ・マクミランと広島』(藤原茂編、溪水社 [渓水社]19800525)読了。
10 現代史研究会編『戦後日本の国家権力』(著者代表:石井金一郎)を広島県立図書館にインターネット予約。初の試み。 <4月15日、地元の昭和図書館で受け取る>
10 ヒロシマ遺文「カテゴリー・原爆資料」を「原爆被害白書」と変更し、内容の校訂作業。
11  WHOデータと山田浩、石井金一郎関連資料の整理。ヒロシマ遺文へ投稿。
14   ピカ資料研究所コンテナ倉庫の資料整理。
17  広島へ。秦野裕子・藤居平一両氏の墓参。
17 広島県立文書館へ北西允旧蔵資料3箱とマイクロフィッシュ1箱を持参。寄贈申込書を書く。
17 比治山陸軍墓地取材。
18 ヒロシマ遺文のトップページの更新。ヒロシマNGO関係の投稿。
24 ピカ研資料整理開始。
27 2018年12月3日から折り始めた鶴が千羽を超える。
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29 ヒロシマ遺文のカテゴリー=ヒロシマNGOの校訂作業。
30 コンビニで7紙(1面トップで令和を取り上げたスポーツ紙3紙を含む)を購入。昼前、新聞販売所へ。中国新聞新元号記念セット(500円)を予約。
30 ピカ研資料整理。
30 NHKスペシャル「日本人と天皇」を視聴。

日録(2019年5月) 

事項
1 コンビニで5紙を購入。令和改元報道検討のため
1 ピカ研資料整理。~
2  コンビニで4紙を購入。
 2  山代巴『君はいまどこにいるか』(ちくま少年図書館26歴史の本、19750528)再読。甲神部隊の被爆・農村工作隊の様子を示す個所に多くの線が引いてある。今回は、新憲法の精神を自らのものにする歩みの始まりとして一気読み。
3  ヒロシマ遺文のカテゴリー=「ヒロシマNGO」の柱建ての再検討と「投稿」の校訂作業。~
10  広島県内部落問題関係資料を引き出す。
11  桜が丘にあった平和教育関係資料を持ち帰る。
12  ピカ研資料整理と並行して ヒロシマ遺文の「ヒロシマNGO」に投稿。
18 広島県立文書館より北西資料3箱とマイクロフィッシュの「文書等受領書」が届く。記述内容=「呉市 宇吹暁氏所蔵文書 264点」<封筒一括書類・簿冊・冊子等46点、マイクロフィルム5本、マイクロフィッシュ213枚>令和元年5月17日付、広島県立文書館長名)
21 母の書斎にあった『吉浦郷土史研究会』のデータをヒロシマ遺文に投稿。
22 呉市民劇場例会「日色ともえ+マリオネット公演 語りと音楽の夕べ」。会場:絆ホール。日色ともえ=茨木のり子の詩を中心とした朗読。峠三吉の詩も含む。日色情報によると、毎年夏恒例となっていた「夏の雲はわすれない ヒロシマ・ナガサキ1945年」の公演活動は、今年が最後とのこと。
24 12日から今日までの「ヒロシマ遺文」への主な投稿=「火幻」、「青史」、「真樹」、「安芸文学」、「広鉄文化会議」、「広島真生活協会」、「セブンウィークリー」、「場」、「政治経済セミナー」、「文化通信」、「大学生活協同組合」、「方向感覚の会」、「晩鐘」<以上はピカ研資料>。
26  幻吉氏の墓参と偲ぶ会。
26 南方特別留学生ユソフ氏の墓参。
31 28日からこの日までの「ヒロシマ遺文」への主な投稿=「『ひろしま』(広島県文化会議)」「『ひろしま』(広島県文化団体連絡会議)」「ひろしま随筆同人会」「いづみ(広島県警)」。「『広大文学』(広島大学文芸部)」、「黒雨以後の会(こくういごのかい)」、「広島作家同人会」、「郷土(郷土クラブ)」、「『凾<文学と評論>』」、「雑誌創刊号一覧(ピカ研所蔵)」<以上はピカ研資料>。「社会運動史研究会(1990年設立)」「河図洛書-渓水社十周年記念」。「私と「風化」」

日録(2019年6月) 

事項
 3  実家にあった藤居・内田・秦野関係を全て倉庫に移動。倉庫の世界遺産関係資料の一部を移動。
6 6月1日から今日までの主な投稿=「『原爆と文学』目次」、「吉島被爆者の会」。「広島詩人会議」、「白炎短歌会」・「週刊広島(広報出版センター)」。「広島児童文学研究会」、「広島市職員共済組合文化部会文芸部」、「『広銀行報』(広島銀行)」、「『中国公論』(19551230)」。「『女性自身』(光文社)」、「大阪市原爆被害者の会(発行資料一覧)」。<以上はピカ研資料>。「広島平和問題談話会(略年表)」、
 10  次の千羽をめざして折り紙を再開。父の25回忌法要。正信偈和讃。
 13  連休明けから中断していた新聞3紙の切り抜きの再開。
 14  聞切り抜き。5月分を終了。
17 自宅で日本パグウォッシュ会議・科学者京都会議、Nobel Peace Prize、平和研究関係の資料整理。
21 6月1日以降の新聞切り抜きを始める。
22 久しぶりの広島。シャレオの古本市を覗く。
22 原爆資料館の地球平和監視時計。「広島への原爆投下から26983日」
24 自宅の原爆慰霊碑、被爆遺跡関係資料の整理。~26日。
27 講義用のレジメ作成のために必要な資料とデータの整理。~30日。

日録(2019年7月)

事項
 1  呉空襲犠牲者慰霊・恒久平和祈念の日。町内放送が12時15分から1分間の黙とうを呼びかける。
 1  カテゴリーの構成の検討と再編成
 6  西日本豪雨から1年。町内放送が正午から1分間の黙とうを呼びかける。
6 ユネスコ世界遺産委員会(アゼルバイジャン、6月30日~7月10日)。日本は「百舌鳥・古市古墳群」を推薦。6日午後5時半すぎに登録を決定。
8 広島大学東千田キャンパス(講義)
13 広島平和記念公園の調査。
13 「「広島平和記念都市建設法制定70周年記念シンポジウム―平和への思いの共有」(広島市・日本都市計画学会中国・四国支部主催)」を30分ほど聴講。
18 広島大学霞キャンパス(講義)
19 NHKテレビ「グラウンドちゅうごく:バックミラーの中の“原爆市長”~復興に散った命の素描~」。浜井市長の手帳が映しこまれていた。広島県史・広島県戦災史などの編さんにあたり、所在を探していたもの。
21 第25回参議院議員通常選挙投開票。広島テレビの出口調査で投票内容を聞かれる。初めての経験。
 23  新日本婦人の会呉支部「ヒロシマ・ナガサキ原爆と人間」パネル展。絵本「怒り地蔵」(山口勇子作・四国五郎絵)の読み聞かせを聴く。呉市役所1階ロビー。22~26日。
 25  広島大学医学部医学資料館。企画展:「被爆建物壁面部材の展示会」(広島アンデルセンの北側壁面の一部)、主催:広島大学原爆瓦発送之会 会長 嘉陽礼文」
 25  広島大学霞キャンパス(講義)
25 広島大学病院YHRPミュージアム(2018年10月17日開館)。
 27 「日本遺産「呉鎮守府」開庁130周年記念 呉サマーフェスタ2019」(海上自衛隊呉地方総監部城山グラウンド)。12:00オープニングステージSTU48、呉市の高校生等500人によるバイタリティダンス。「旧呉鎮守府司令部地下作戦室―呉高専による地下壕調査の概要」。昼食に呉海自カレー。
 29  NNNドキュメント「色彩の記憶~よみがえるヒロシマ~」。(広島テレビ)視聴。

日録(2019年8月)

事項
01 「ヒロシマ・ナガサキ被爆の実相等に関するポスター展」。呉市役所ロビー。観覧。
 02  NHK総合テレビ「グラウンドちゅうごく:二つの戦争を生き延びて~ある”原爆孤児”の戦後~」視聴。
02 NHK総合テレビ「アニメ大好きだったあなたへ―ヒバクシャからの手紙―」視聴。
02 <米ロ中距離核戦力(INF)廃棄条約失効>
 03  NHK/ETV特集「高校生が描くヒロシマ 原爆の惨状を絵で再現」<視聴>
04 原爆資料館。地球平和監視時計。「広島への原爆投下から日数=27026日」、「最後の核実験<2月13日ネバダ州で臨界前核実験>からの日数=0172日」。
04 広島女学院大学「チャペル」「栗原貞子平和文庫」見学。講義。
04 八丁座「映画ひろしま―1945年8月6日、原子雲の下の真実―」 (デジタルリマスター版(1h44)17:05~18:50)<視聴>
05 広島テレビ午前0時55分~30分「原爆の絵 高校生が描く”ヒロシマ”」<視聴>
05 BS1スペシャル「ヒロシマの画家 四國五郎が伝える戦争の記憶」<視聴>
06 町内のコンビニで朝刊5紙を購入。
06 広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式典参列。
06 原爆資料館の地球平和監視時計。「広島への原爆投下から日数=27028日」、「最後の核実験からの日数=0174日」。
06 ピースナイター。カープvs横浜DeNAベイスターズ。Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島。内野自由席で応援。カープが8対4で勝利。最後まで見たので呉駅からの最終バスに乗り遅れる。
06 NHKスペシャル「“ヒロシマの声”がきこえますか~生まれ変わった原爆資料館~ 」。<視聴>
07 町内のコンビニで朝刊5紙+スポーツ紙2紙(ピースナイターを1面に掲載していた)を購入。
08 広島市立中央図書館令和元年度被爆体験継承事業企画展「ヒロシマの記憶を伝える ~町と人々の暮らし~」<観覧>
08 広島市民劇場。:「黒い雨―8月6日広島にて、矢須子―」(主催:劇団民芸。出演:奈良岡朋子)。於県民文化センター。<観劇>
09 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。町内放送の呼びかけで黙とう。
09 NHK 「もういちど“長崎の原爆”をみつめる「“焼き場に立つ少年”をさがして」」(25分)視聴。
09 RCC中国放送「ニュース6」内の企画番組「ヒロシマの礎 第1回」。藤居平一を取り上げる。宇吹のコメント(8月4日収録)あり。約8分。
10 NHK ETV特集「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」(60分)視聴。
12  自宅に残っていたピカ研資料(田原資料)を桜が丘の倉庫に移す。
15 全国戦没者追悼式。台風10号関連の町内放送はあったが、正午の連絡はなし。テレビの実況放送に合わせ黙とう。
 15  NHKスペシャル:全貌「二・二六事件」視聴。
15 ヒロシマ遺文に投稿「広島国際アニメーションフェスティバル」「原爆死没者慰霊式典の記録(2015年)」
16 ヒロシマ遺文に投稿「駐日大使の平和メッセージ(1999年)」「大使の平和メッセージ-21世紀を平和な時代に」
17  ヒロシマ遺文に投稿「広島平和コンサート(1985年 )」
17 ETV特集「少女たちがみつめた長崎」視聴。
18  2019せこへい美術館。会場:旧日本銀行広島支店。10日~18日。<観覧希望>
19 ヒロシマ遺文に投稿「原爆被害者の組織化の萌芽」「原爆死没者の追悼行事主催者一覧(1945年)」「原爆第1号吉川清の試み」「原爆乙女の会」「原爆の子友の会」
 22  倉庫のABCC、被爆者対策関係資料の箱を自宅に移動。
 23  倉庫のマンハッタン資料・SBS資料1箱分を自宅に持ち帰る。ジーメス神父の被爆体験談のコピーを電子化。
24 第25回平和のための広島の戦争展を観覧。(会場:県民文化センター。23~26日)。
26 N氏、来宅。「医療法、ABCC、被爆者運動」について意見交換。
 27  8月分の新聞の切り抜き作業。~28日。
 28  BS1スペシャル「隠された戦争協力―朝鮮戦争と日本人」(8月18日放送)を視聴。
 29 ヒロシマ遺文に投稿「広島県労働組合総連合」「広島県母親連絡会」。
30 久しぶりの晴れ間。実家と倉庫の草抜き。
30 BS12(トゥエルビ)「核の記憶~89歳ジャーナリスト[鈴木昭典=1月31日死去]最後の問い」視聴。

 日録(2019年9月)

事項
1 ヒロシマ遺文のトップページの校訂作業とWHOデータの整理。
 3  ヒロシマ遺文への投稿=「ビキニ水爆被災資料集」
4 ヒロシマ遺文への投稿=「広島原爆障害研究会」
 5  ヒロシマ遺文への投稿=「私のヒジヤマメイト」
6 ヒロシマ遺文への投稿=「国会会議録の中のヒロシマ・ナガサキ(帝国議会期間)」
7 ヒロシマ遺文への投稿=「国会会議録の中のヒロシマ・ナガサキ(第1~11回)」
8 ヒロシマ遺文への投稿=「国会会議録の中のヒロシマ・ナガサキ(第12~18回)」「同前第19回」「国会論議の中の原爆被害(1945年9月~52年7月)」
 9  ヒロシマ遺文への投稿=「国立予防衛生研究所」、「被爆者7団体(広島)」、「被爆者5団体(長崎)」。
10 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆の被爆者に及ぼした社会的影響」、「「資料調査通信」記事一覧」
11 ヒロシマ遺文への投稿=「広島市における原爆障害者対策に関する調査概要(目次)」「原爆裁判」「原爆被害の損害賠償を求める裁判(岡本尚一、原爆被害者の会)」
12 ヒロシマ遺文への投稿=「平和擁護広島大会(19491002)」「岡本尚一『原爆民訴或問』(抄)(1953年5月)」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「世界連邦アジア会議報告書(19530201)」、「世界連邦運動ヒロシマ25年史(19720625)」。投稿「昭和天皇実録」の補訂作業。
15 倉庫の世界遺産関係の原爆ドーム・厳島関係分を自宅に持ち帰る。
15 浅野氏広島城入城400年記念事業:時代行列・入城行列。<見学できず>
16 世界遺産関係の資料を整理。
17 ヒロシマ遺文への投稿=「国会会議録の中の世界遺産」
17 ~30日。第74回国連総会(米国・ニューヨーク)。
18 世界遺産「厳島神社」関係の資料整理。
19 自宅書棚、倉庫で原爆死没者数関係資料を探し出す。
20 原爆死没者数関係資料の検討。
20 広島大学医学部医学資料館「ヒロシマに挑む 原爆投下の広島で実相究明に取り組む医学者たちの始動期の軌跡(企画・製作:広島大学原爆放射線医科学研究所附属被ばく資料調査解析部)」。8月5日~9月20日。<観覧できず>
21 広島へ。平和公園と原爆資料館を調査。「原爆投下からの日数27074日、最後の核実験からの日数220日」。
22 ヒロシマ遺文への投稿=「国連訪問レポート(1976)」、「国際連合訪問の状況(日程順)」
22 広島県・広島市母親大会。会場:呉市・広市民センター。
 23  ヒロシマ遺文への投稿=「国際連合訪問の経緯(1975~76年 )」
 30  ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器廃絶を訴える被爆者国際遊説(1985)」、「佐々木優秋」

日録(2019年10月)

事項
01 <中華人民共和国成立70周年>
01 『創価学会と平和主義』(佐藤優、朝日新書、20141030)読了。
 02  『ヒロコ生きて愛 原爆乙女の戦後50年』(田坂博子、学研、19950801)読了。
03 ヒロシマ遺文への投稿=「河本一郎」。
04 呉鎮守府開庁130周年記念シンポジウム・パネルディスカッション(主催:日本遺産「呉鎮守府」開庁130周年記念事業実行委員会)。第1部:基調講演=田端浩「観光立国を目指して~地方都市におけるインバウンド政策~」。第2部:パネルディスカッション「街の記憶を未来へ~鎮守府開庁後の呉の歴史をふりか返る」。コーディネーター:戸高一成(大和ミュージアム館長)。パネリスト:森田義和(呉地方総監部幕僚長)、千田武志(広島国際大学客員教授)、光井周平(広島工業大学講師)、久保田智子(元TBSアナウンサー)。会場:呉市役所・絆ホール。<宇吹感想=今日の呉観光を考える場合、「この世界の片隅に」に取り上げることは必要と思うが、誰も触れなかった>
05 日本被団協、日本原水協、原水禁、被爆の政府を求める会などの機関誌やホームページで、今年8月の動向をチェック。~8日。
06 「海軍の復活を許すな!ヘリ護衛艦「かが」空母化反対集会in呉」場所:呉市中央公園。<参加者:350人(主催者発表)、300人(広島ホームテレビ)、350人(中国新聞)>。<挨拶した井上哲士参議院議員は、広島県立国泰寺高校出身で被爆二世と自己紹介>。
09 今年の8月6日と7日の新聞各紙(7種)の記事の検討。~日。
11  ノーベル平和賞発表。エチオピアのアビー・アハメド首相(43)
13  『軍馬と楕円球』(中野慶著、かもがわ出版、20190725)読了。
18 県立広島大学講義「地域の理解」。
19 県立広島大学フィールドワーク「地域の理解 平和公園」。
19 広島市原爆被害者の会「第8回先人を語る会(慰霊と講話~河本一郎を語る~)」。原爆資料館。<参加>
19 中国人強制連行・西松安野和解10周年「あらためて歴史問題の和解を考える」(主催:広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会)。ところ:広島弁護士会館。<参加できず>
 19  憲法9条を守る第14回音楽と講演のつどい(主催:呉9条の会連絡センター)。ところ:ビューポートくれ。<参加できず>
21 いわさきちひろ生誕100年:前進座「ちひろ――私、絵と結婚するの――」公演。広島県民文化センター。<観劇できず>
22 即位礼正典の儀(皇居)。今年に限り祝日。
23  世界遺産・厳島の弥山登山。登り=紅葉谷コース、下り=大聖院コース。
26  スマホでのバーコード使用の方法を教えてもらう。
28 広島市の平和問題調査会、世界平和連帯都市市長会議のテータ整理。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「平和問題調査会」「世界平和連帯都市市長会議」「国連大学広島誘致期成同盟会」。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「年表:国連大学とヒロシマ」「平和・安全保障と軍縮に関する東京セミナー」
31 「平和行政」「平和公園」関係の新聞切り抜きの再分類。

日録(2019年11月)

事項
01  ヒロシマ遺文のTOPページの更新。
02 倉庫に置いた原爆資料館関係資料を自宅に持ち帰る。
05 呉市立昭和図書館。新刊コーナーに『ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇』(土屋時子・八木良広編、藤原書店、2019年8月)。
06 ヒロシマ遺文への投稿=「広島原爆とアメリカ人(谷本清著)」
07 広島城大菊花展(10月26日~11月10日)
07 第58回東洋・東南アジア・ライオンズフォーラム。~10日。会場:広島市・ハノーバー庭園、広島国際会議場など。<準備中のハノーバー庭園を通り過ぎる>
07 原爆資料館と平和公園(大学時代のクラブの同期7人を案内)。
07 原爆資料館地球平和監視時計(広島への原爆投下からの日数=27121日。最後の核実験からの日数=267日)
09 ベルリンの壁崩壊から30年。
10 BSプレミアム「追悼 佐藤しのぶ~神様に声を返す日まで」(01:15~02:15)<11日に録画を視聴>
10 BS1スペシャル「女優たちの終わらない夏・終われない夏」(19:00~20:50)<12日に録画を視聴>
10 天皇即位 祝賀行列の儀。
12  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:この子たちの夏・夏の会」
14 大嘗祭。~15日(皇居)
16 広島のブックオフとアカデミー(計3店舗)で古書11冊計3480円を購入。
17  中国新聞朝刊「被爆手記いち早く海外へ 直後に惨禍記述 米紙で全文掲載 神父、投下の是非問う」(西本雅実・記)
18 ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器全面廃絶国際デー(9月26日)」
21 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの証言(広島平和文化センター)」
21 RCC(中国放送)「ニュース6」内の企画番組「シリーズ:ヒロシマの礎」がRCCのホームページで視聴可能なことを知る。第1回:藤居平一(8月9日放映、11月21日視聴)http://play.rcc.jp/hiroshima/190809.php
22 RCC(中国放送)「ニュース6」内の企画番組「シリーズ:ヒロシマの礎」(次の3本を視聴)
森滝市郎  http://play.rcc.jp/hiroshima/190925.php
吉川清  http://play.rcc.jp/hiroshima/191011.php
沼田鈴 子 http://play.rcc.jp/hiroshima/191101.php
23 フランシスコ・ローマ教皇来日。
24 広島平和記念公園―平和大通り―縮景園。
24 原爆資料館地球平和監視時計(広島への原爆投下からの日数=27138日。最後の核実験からの日数=284日)
24 フランシスコ・ローマ教皇、広島・長崎を訪問。録画で関連番組を視聴。
25  ローマ教皇関連報道を確認するためコンビニで新聞4紙を購入。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「広島平和文化センター刊行物一覧」
 26  昭和図書館へ。ローマ教皇関連報道を確認。
 28  中国新聞朝刊1面「ヒロシマの空白 被爆75年 埋もれた犠牲者名どう把握」(水川恭輔記者)掲載。
28 ヒロシマ遺文への投稿=「平和関係施設調査研究委員会資料」

日録(2019年12月)

事項
01   ヒロシマ遺文のTOPページの更新。
02 過去のハガキ・手紙をもとに住所録の更新作業。 ~
真珠湾攻撃(12月8日未明、ハワイ時間12月7日)78周年。
08 第4回戦争体験を聞く会(主催:新日本婦人の会呉支部、会場:呉市生涯学習センター(つばき会館))。参加。
08 NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~第46回「炎のランナー」」視聴。
08  12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題シンポジウム「現在の被爆者の生活課題と今後の支援~被爆75年を前に考える~」(主催:原爆被害者相談員の会、会場:広島市男女共同参画推進センター(ゆいぽーと))<参加できず>
09 広島テレビ(日本テレビ):NNNドキュメント「つぐない~BC級戦犯の遺言~」。視聴
09  「中国新聞デジタル」に登録。いつの間にかコピーできなくなっていた記事がここでは可能なことを確認。
11 ヒロシマ遺文のTOPページの更新。
12 ブックオフ広島大手町店2冊400円-11:48昼食-12:40旧日本銀行広島支店(閉室)-14:45稲荷橋-15:39広島駅南口噴水-16:11尾長天満宮(二葉の里歴史の散歩道)-16:33日本山妙法寺-16:35聖光霊苑-16:41二葉山平和塔-金光稲荷神社-17:05東照宮口コース案内板(東区自然発見マップ ハイキングコース案内板)-17:10原民樹碑(広島東照宮)-原爆之碑(広島県医師会)-イルミネーション(エキキタと広島駅新幹線駅)-忘年会。
13 昭和図書館で『ヒロシマの「河」 劇作家・土屋清の青春群像劇』(土屋時子・八木良広編、藤原書店、20190806)と呉市中央図書館所蔵の『史料・太平洋戦争被害調査報告』(中村隆英・宮崎正康編、東京大学出版会、19950805)を借り出す。
15 NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~最終回「時間よ止まれ」」視聴。
15 年賀状の作成開始。24日投函。
21 広島県総務局財産管理課県有地販売促進グループ宛てにメール。内容=1992年9月に設置された「旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会」の委員であった宇吹が「旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案」をヒロシマ遺文上に投稿しているので参考にされたい。23日、丁重な返信メールあり。
26 ヒロシマ遺文への投稿=「2020年(日録)」「平和記念式典関係資料(宇吹所蔵)」「内閣総理大臣挨拶」「平和記念施設あり方懇談会設置要綱」。カテゴリー「平和行政」の再検討。
27 プランゲ文庫関係資料など4箱を桜が丘倉庫に移動。
27 ヒロシマ遺文のtopページのデザインを大幅変更。
30 広島ホームテレビ「ドキュメント広島 ピカドン先生、令和も生きる」<坪井直の1年間の取材記録>。視聴。

 

謹賀新年

top

 謹賀新年 2019年元旦

DSC00519 DSC00520
野呂山から昇る朝日 朝日に照らされた絵下山
2019年1月1日08:06 エブリイ 焼山店(広島県呉市焼山西3丁目5‐4)東側路上から撮影。

作成者:宇吹暁(うぶき・さとる)

2018(日録)

日録(2018年1月)

事項
1日 ヒロシマ遺文開設。作成のため利用するWordPressの基礎を理解するために約1週間かかる。
 1~ ヒロシマ遺文の カテゴリー(目次のようなもの)の構築へ挑戦。とりあえず過去に作成・公開していたデジタルデータを投稿。
20 木村逸司さんの中国文化賞を祝う会。
25 第25回広島平和記念資料館展示検討会議(最終回)
 25  広島原爆被爆からの日数26470日(「地球平和監視時計」情報)
25 地球滅亡まであと2分(米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」発表の「終末時計」情報)
 25  平和公園取材(原爆慰霊碑など撮影)
26 「投稿」原稿作成途中でWikipediaが充実してきていることを知る。一般的な項目は、Wikipediaの紹介に譲り、ヒロシマ遺文では、自分史との関連で取り上げることとする。
27 広島市内千田町・大手町取材(原爆慰霊碑・被爆建造物など撮影)
28 スマホ(VAIO)購入。明日からフェイスブックやヒロシマ遺文への画像投稿作業が容易になることを期待。
29~ 1月分の新聞(3紙)の切り抜きと整理。最近1年間に受贈した本の整理。

日録(2018年2月)

事項
02 「01月忌(一覧)」、「 02月忌(一覧)」を作成。
03 ~  過去のデジタルデータを順次投稿。
 07 ~8日。 広島平和文化センター編『平和事典』(1985年)を読む。目次(広島平和記念資料館「平和データベース」からダウンロード)に読んだ項目の執筆者を記入。
09 「「平和事典」執筆者」を投稿。
日録(2018年3月)
事項
05 「03月忌」に「内田恵美子」を投稿。
 09 「02月忌(一覧)」「03月忌(一覧)」を投稿。
17 似島(広島市南区)原爆碑・原爆遺跡調査。
日録(2018年4月)
事項
 02  実家と自宅で花を撮影。「ヒロシマ遺文」に投稿
0 2  ~3日。『広島県現代文学事典』(岩崎文人編、勉誠出版、2010.12.20刊)を読む。
05 「ヒロシマ遺文」 に、「秦野裕子」を「人物」に投稿、「講座ヒロシマ20020929戦後政治と原爆被害者の動向-原爆死没者追悼と政府の対応」を「その他」に投稿
06 「ヒロシマ遺文」 に,「戦争と平和の旅1993年1月25日~30日」を投稿
08 「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 1995.1.17」見学。
14 My little concert(私のコンサート)<被爆ピアノによる演奏・伴奏>鑑賞。会場:旧日本銀行広島支店。
20 「大阪空襲を語り継ぐ平和ミュージアム=ピースおおさか」見学
20 「阪急古書のまち」で記念切手「広島平和記念都市建設(バラを持つ女性)」(1949年8月6日発行)購入。
27 『灰墟の光 甦るヒロシマ』(ロベルト・ユンク著、原田義人訳、文芸春秋、1961年2月10日刊)を読み始める。
日録(2018年5月)
事項
 1  新聞切り抜きと記事の分類整理。
9 ヒロシマ遺文 の「出来事―年表(テーマ別)」に「メーデー(広島)年表」を投稿
10 ~12日。広島県史編さん室勤務時の資料を整理。
14 NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ」を視聴。0
18 原爆放射線医科学研究所 附属被ばく資料調査解析部を訪問。
20 「風のように炎のように-峠三吉追悼集」の詳細目次を作成にヒロシマ遺文に投稿
22 ヒロシマ遺文 の「出来事」に「編年資料:ヒロシマ」(1945年~1960年分)を投稿。過去に収集した資料のタイトルを年ごとに目録化したもの。
23  『日本労働年鑑 大原デジタルライブラリー』(大原社会問題研究所)を読み始める。http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/index.html
25 フェニックス広島号の冒険(アール・レイノルズ著) を読む。
26 森滝日記の新聞連載のデータを整理。
28 「特別調査一件(広島県総務部地方課) 」を読む。
日録(2018年6月) 
事項
1 ヒロシマ遺文への投稿。「広島県労働年鑑」を読む。5月分の新聞切り抜き作業。
1 フタバ図書(県内各店舗)で被爆70年史の予約を開始。販売時期:7月28日。
2 夜の散歩中、実家の川沿でホタル3匹確認。
2  「平和記念式典」関係資料の整理。ヒロシマ遺文への投稿。
 3  『中国新聞』14~17面に大学徹底研究「広島県の大学へ行こう」(企画特集・PRのページ)。これによると、県内には「ヒロシマ」を学べる大学がない。私の見落としか?
 6  ~8日。ヒロシマ遺文への投稿。「原爆報道」
9  ヒロシマ遺文への投稿。「国連」。「科学者会議」。「自治研」など。
 10  ヒロシマ遺文への投稿。「国際シンポ」など。
11  ヒロシマ遺文への投稿。「ヒバクシャ―ともに生きる」など
 12  呉市立図書館へ。早朝、ネットで予約した「地域社会福祉史入門」(田代国次郎著)を受け取るため。窓口では、すでに昭和図書館に移動中なので、こちらには無い、昭和図書館に届くのは11時以降とのこと。
12 ヒロシマ遺文への投稿。「ヒバクシャ―ともに生きる」など。
13 町内のコンビニへ。米朝首脳会談を一面で掲載している新聞を購入。
15 ヒロシマ遺文に福祉関連の事項を投稿。
16 ヒロシマ遺文にNPT再検討会議関連の事項を投稿。
18 ヒロシマ遺文に「広島・長崎の証言の会」、「NPT再検討会議」などを投稿。
19 ヒロシマ遺文に投稿。「平和記念式典」など。
 20  ヒロシマ遺文に投稿。「核兵器禁止条約・平和式典参加状況表など。
 21  原爆資料館。福島学芸員と広島情報の発信情報につき意見交換。『患者と福祉』、『平和のために市民の対話をすすめる会・会誌』を閲覧。
 21  広島平和会館。前田耕一郎広島県被団協事務局長と会ヒロシマ関係資料の収集・保存体制につき意見交換。
 21  広島市公文書館。安藤福平氏と私の所蔵するヒロシマ関係資料につき意見交換。
22  ヒロシマ遺文に投稿。「若い広島の会」
23  ヒロシマ遺文に投稿。「昭和天皇実録」「忘れてはならない4つの日」
 24   ヒロシマ遺文に投稿。「原水爆禁止大会・平和集会(2017年)」
  27  「 12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題講演会」(2017年12月2日 広島市総合福祉センター)の講演要旨をまとめ、原爆被害者相談員の会事務局に送付。
28 ヒロシマ遺文の「回顧:年中行事・事件」用のデータ整理。6月分の新聞切り抜きと分類整理。
 29  ~30日。ヒロシマ遺文の「祈り―月忌(一覧)」の整備。
 30  『呉海軍工廠の形成』(千田武志著)を語る会。呉阪急ホテル。
 日録(2018年7月)
事項
01 12時15分、町内放送の呼びかけで1分間の黙とう(呉空襲犠牲者慰霊・恒久平和祈念の日)
01 ~2日。 カテゴリー(このサイトでは目次に相当)の再検討
02 雨の合間を縫って「7月の草花」 を撮影。投稿。
03 受贈した本の整理
04 台風7号の暴風で倒れた倉庫のヘチマなどの支柱を補強。
05 カテゴリー「組織」の再検討。組織のエクセルデータ(600件超)の重複削除などの整備に着手。
06 夜から豪雨~8日。呉―焼山を結ぶ幹線道路(平谷線)が不通となり焼山町は孤立状態。避難指示が発令されたが自宅で過ごす。
09 午前6時過ぎ町内放送。幹線道路(平谷線)が開通し、広電バスが運行開始とのこと。
11 WHOデータの死亡月別への再整理。「月忌」データとして利用するため。
13 WHOデータの死亡月別への再整理、終了。
14 7月6日以降の新聞切り抜き。

日録(2018年8月)

事項
 04  合同授業「ヒロシマ」(関西学院大学・広島女学院大学)に参加。
 06  広島市平和記念式典に参列。
 06  「広島への原爆投下からの日数 26663日」(出典:原爆資料館「地球平和監視時計」)
09 11:02 町内放送の呼びかけで黙とう(長崎原爆の日)
11  ひろしま盆ダンス。旧広島市民球場跡。
12 「この世界の片隅に」マンガ原画展(呉市立美術館、7月22日~9月9日)。入船山記念館。
12 自宅のネットの速度を上げるためルーターを新調。
15 12:00  町内放送の呼びかけで黙とう(終戦記念日)。
 16  慰霊碑関係資料・被爆建物関係資料の整理に着手。
 21  ヒロシマ遺文に投稿。「原爆被爆者対策前史資料集」の一部。
 25  第24回平和のための広島の戦争展。会場:県民文化センター(広島市)。
25 広島市映像文化ライブラリー「映画『平和記念都市ひろしま』とその時代」。
25 パソコンソフト「読取革命」(11620円)を購入。
26 「読取革命」を自宅のパソコンにインストールし、使用方法の確認。
27 眼科医院。6年前の白内障手術後の状態は良く、目・視力等は正常とのこと。点眼の薬を処方される。
28 ヒロシマ遺文のカテゴリーの体系の再検討。~30日、大幅変更。
31 過去の『ヒロシマ通信』のデータや女学院勤務期に作成したデータの確認作業。ヒロシマ遺文に掲載したい事項多数あり。

日録(2018年9月)

事項
01  過去の『ヒロシマ通信』のデジタルデータをヒロシマ遺文に掲載するための準備作業。
 03  今年になってからの葉書・手紙類の整理。
04 過去の葉書・手紙類の整理。~7日。
08 エクセルデータWHO(人物)の整備作業と「月忌」(ヒロシマ遺文)への投稿。
 09  ヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。
10 広島大学文書館発行の所蔵目録を参考に、ヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。~12日。
13 所蔵する追悼集を参考にヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。~13日。
16 ヒロシマ遺文のカテゴリーの再検討とそれに基づく新聞切り抜きの分類整理。~17日。
18 たまたまNHKで放映されていたBSプレミアム『二十四時間の情事』を観る。広島の風景を繰り返し。
19 呉市民劇場.こまつ座公演「マンザナ、わが町」。呉市文化ホール。日系アメリカ人強制収容所問題の顛末がわかりやすく描かれていた。
21 天皇夫妻、広島県呉市の天応地区を見舞う。家族からヘリコプターで降り立った二河球場から被災地に向かう天皇に出会った様子を聞く。
22 広島県立図書館で「若い広島の会第1号」を部分コピー。県立文書館で今堀誠二資料目録の閲覧。
日録(2018年10月)
事項
 4 修学院離宮から詩仙堂に向かう途次、 圓光寺(京都市左京区一条寺)の門前を通る(同寺には、広島で被爆した南方特別留学生の墓あり)。参照:サイド・オマール
12  『戦後ヒロシマの記録と記憶』出版記念パーティー。会場:広島市内。
 13 「広島への原爆投下からの日数 26731日」(出典:原爆資料館「地球平和監視時計」)
 13  大 学生10人を引率して平和公園フィールドワーク。
 21  グリーンヒル郷原「秋の収穫祭」。<売上の一部は「原爆ドーム保存募金」に寄付されます>とのキャッチコピーに惹かれ<「ヒロシマPEACE」バナナ>を購入。
 29  鹿児島県原爆犠牲者慰霊平和祈念碑(鹿児島県鹿児島市照国町城山公園内 探勝園)を取材。
日録(2018年11月)
事項
04 世界遺産関係記事の新聞切り抜きを整理。~5日。
06  『広島財界今昔物語』を斜め読み。
 08 広島市現代美術館。特別展「丸木位里・俊 ―《原爆の図》をよむ」コレクション展「2018-Ⅲ コレクション・ハイライト+特集「顔のような」」。『原爆の図』(1953年 新星映画社 17分 白黒 16㎜)( 監督/今井 正、青山通春 撮影/浦島 進 解説/赤木蘭子)。図録を購入。
 11  自宅書庫から追悼集・遺稿集などを抜き出す。
 14 「世界の子どもの平和像・京都」( 京都府教育会館前)を撮影。
 15 滋賀県大津市取材。<三井寺観音堂(西国第14番)=「天台寺門宗総本山園城寺(三井寺)で毎年八月六日原爆犠牲者慰霊追悼」(出典:『日本被団協50年史 本巻』416頁)>
 15  京都府原爆被災者の会「京都府原爆死没者慰霊碑」(京都東山霊山観音教会)を撮影。
 19  実家書庫から追悼集・遺稿集などを抜き出す。
20  母屋北側の書庫の本の整理。抜き出した追悼集・遺稿集などを自宅に持ち帰る
22  追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。
23  桜が丘母屋の母の書斎から豊田清史・火玄関係の刊本を自宅に持ち帰る。追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。
 24  追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。自宅の書斎に「月忌」順に配列。
25 桜が丘の母の書斎から短歌の本を自宅に持ち帰る。
27 WHO(人物)関係資料の整理。~29日
 30  原爆資料および情報ネットワーク委員会関係のデジタル資料をやっと見つけ出す。一部を「ヒロシマ遺文」に投稿。

日録(2018年12月)

事項
01  TOP頁の更新
 02  カテゴリー「原爆資料」の再検討。
03 12月忌(一覧)」を校訂し、投稿。
04 「ヒロシマ遺文」のカテゴリー「原爆資料」の再検討。
05 「ヒロシマ遺文」のカテゴリー「ヒバクシャ」の再検討。「広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会」関係データを投稿。
06 一日雨。「ヒロシマ遺文」の投稿「宇吹所蔵目録(広島市関係)」の充実作業。
08 新日本婦人の会呉支部「第3回戦争体験を聞く会」。場所:呉市生涯学習センター(つばき会館)。<新日本婦人の会呉支部「第3回戦争体験を聞く会」案内ビラの情報=7月23日~29日開催予定のヒロシマ・ナガサキ原爆と人間パネル展は市役所ロビーが豪雨災害避難場所となったため中止。>
14 桜が丘の書庫の整理。資料の配置を大幅に変更。
16 過去の年賀はがきの整理。併せてWHO(人物)関係資料・データの更新作業。
 27  TOP頁の更新
29 容量拡大のためサーバーを変更。

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案
(1993.2.1 宇吹 暁委員)
ヒロシマ・ピース・プラザ(広島県平和館)とし、非核自治体宣言に基づく行政施策の中心施設と位置づけ、県民やアジアを中心とした世界の平和情報の受信と発信の機能を持たせる。

[具体的機能]

Ⅰ.広島県近・現代史資料館としての機能
☆原爆被害の実態解明
*原爆被害は、建物疎開作業や救護活動への動員により、県内全般にひ ろがっている。しかし、これらの実態解明は、広島市の努力には限界が あり、県として独自に取り組む意義が存在する。
☆広島県と戦争に関する資料の収集・整理
*広島県編「広島県戦災史」の編さん過程で、県内には多数の軍事関係 の行政資料が残っていることが確認できた。県立文書館と連携をとりな がら、明治以降の兵事資料を中心に収集・保存・整理を行う。
*兵役・戦闘・空襲・銃後に関連する資料は、呉や福山の空襲を記録す る会などにより、展覧会用に一時的に収集されたことはあるが、恒久的 な保存措置は取られていない。県として協力を呼びかけることにより、 多数の団体・個人資料が発掘できるものと思われる。
*「軍都広島」の実態を明らかにするため、防衛庁防衛研修所・13師 団(海田)・入船山記念館(呉)・参考資料館(江田島)・毒ガス資料 館(大久野島)などで収集されている資料の映像化による収集と総括的 なデ-タベースの構築を行う。

Ⅱ.国際交流機能
*海外からの広島訪問者に広島県を紹介する窓口
*海外からの短期の技術研修者・放射線医療研修者の宿泊施設
*留学生と日本の青少年との交流の場

広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会

広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会
設置:1992(平成4)年8月4日

動向

事項
1992年
03 05 竹下広島県知事、県議会で旧陸軍被服支廠の保存に前向きの答弁。また、放射線被曝者医療国際協力推進協議会の事業に原爆被爆の実相や「ヒロシマの心」を伝える内容を盛り込む意向を表明。
06 01? 広島市の旧陸軍被服支廠の保存・再生案、市民グループによりまとめられる。
06 29 広島市内の市民グループ、被爆した旧陸軍被服支廠の保存・再生案の提案書「赤れんが生きかえれ」を所有者の県に提出。
08 04 広島県、旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会を設置。
09 18 広島県、旧陸軍被服支廠保存活用方策懇話会の初会合を開催。現地も視察。
11 16 橋本秀夫広島県建築士会副会長、旧陸軍被服支廠を調査。取り壊しを控え調査を要望。
11 19 原爆遺跡保存運動懇談会、旧陸軍被服支廠の保存・活用方法について、被爆の実相を伝える工夫をするよう広島県知事らに要望書を提出。
1993年
01 12? 広島県建築物調査・改修協同組合、旧陸軍被服支廠の耐久度調査結果を発表。改修や補強で再利用はOK。
02 01 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策検討委員会」、第3回会合(最終)を開催。
04 16? 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会」、会合の意見を報告書にまとめる。
08 10 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用のための検討委員会を設置することを決め、委員13人の名前を公表。18日、初会合。
08 18 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用方策検討委員会の初会合を開催。
10 25? 土橋春人、旧陸軍被服支廠を明治38年に移した写真を広島市公文書館へ寄贈。
1994
01 31 広島県の「被爆50周年記念事業検討委員会」、第3回会合を開催。旧陸軍被服支廠の保存策がまとまらず、年内に報告書をまとめることになる。
03 03 広島県知事、県議会の答弁で被爆50周年の記念事業への取り組みとして旧陸軍被服支廠の活用、戦後50年誌の発刊などをあげる。
07 19 広島県の旧陸軍被服支廠の建物の活用検討委員会、第4回目の会合を開催。
12 05 広島県の戦後50周年記念事業検討委員会、旧陸軍被服支廠の保存・活用策について瀬戸内海文化博物館と音楽芸術センターとするなどの案をまとめる。
12 12 広島県の橋口収戦後50周年記念事業検討委員会座長、旧陸軍被服支廠の保存・活用策についての報告書を藤田県知事に提出。
1995年
03 22 原爆遺跡保存運動懇談会、県に旧陸軍被服支廠を被爆資料展示施設として活用を求める要望書を広島県に提出。
03 31 広島大学学生寮「薫風寮」、大学移転に伴い閉鎖。同建物は旧陸軍被服支廠で被爆建物。
05 03 広島市の被爆建物である旧陸軍被服支廠で火事。1階の一部約200平方メートルが焼ける。
09 13 広島県の瀬戸内海文化博物館策定会議の初会合。旧陸軍被服支廠の活用を検討。
1996年
04 03? 広島県の「瀬戸内内海文化博物館」(被爆建物の旧陸軍被服支廠を利用)構想策定会議、平成7年度中の構想の策定を1年延期。
1997年
02 19? 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」を「瀬戸内海文化博物館」として活用する構想の再検討を計画。耐震補強に巨額の経費が必要なことが判明したため。
03 27 広島県、旧陸軍被服支廠(広島市南区の被爆建物)を活用した瀬戸内文化博物館の基本イメージを発表。
12 26 広島県、被爆建物の旧陸軍被服支廠を「瀬戸内海文化博物館(仮称)」として活用する計画を、県財政の悪化を理由に当分凍結することを明らかにする。
1998年
02 16 広島県、1998年度予算案を発表。被爆建物の旧陸軍被服支廠を保存・活用する「瀬戸内文化博物館」計画を休止。
08 06 野外現代美術展「ヒロシマ・アート・ドキュメント98」、広島市の旧陸軍被服支廠などで開催。-20日。

千羽鶴-原爆の子の像の記録

千羽鶴-原爆の子の像の記録(豊田清史、昭森社、19580806)目次

1 起き上った子どもたち
2 千羽鶴の折紙も空し
3 「こけしの会」から「平和をきずく会」へ
4 少し勉強して出血する
5 非人間への抗議の証
6 全国の友達の激励に支えられて
7 私たちは論議よりも実践をする
8 級友の手で文集『こけし』を発刊
9 恵美子さんの臨終
10 百万の子どものねがい、制作は菊池先生
11 世界の子どもが手をつなごう
12 クリスマス島の水爆実験に抗議する
13 いためつけられる墓碑
14 星の一つが見つめている
15 大人の批判もうけて
16 広島の死の事実を
17 世紀の握手、Xマスの集い
18 〈原爆の子〉の祈念像
〈附録〉「平和をきずく児童・生徒の会」のあしあと
あとに
補記

〈附録〉「平和をきずく児童・生徒の会」のあしあと

月日 事項
1955(昭和30) 1025 佐々木禎子さんが原爆症でたおれた。12人目。
1110
1225

原爆被災者数(1950年)と被爆者数の推移<都道府県別>

原爆被災者数(1950年)と被爆者数の推移<都道府県別>

*1950年国勢調査の付帯調査としてABCCが実施した原爆被災生存者調査の結果判明した数。**各年度末の被爆者健康手帳所持者数

1950広島* 1950長崎* 1950両市計* 1975年度** 1995年度** 2017年度**
北海道 581 105 686 592 638 292
青森県 103 15 118 85 113 50
岩手県 145 24 169 110 116 27
宮城県 256 27 283 234 273 130
秋田県 131 18 149 48 74 19
山形県 163 12 175 104 101 18
福島県 264 25 289 147 161 62
茨城県 360 29 389 369 600 344
栃木県 247 31 278 273 351 176
群馬県 242 17 259 215 268 118
埼玉県 372 54 426 1499 2607 1728
千葉県 611 67 678 2174 3722 2213
東京都 2936 766 3702 9158 9791 5203
神奈川県 925 215 1140 4459 6166 3886
新潟県 262 29 291 193 225 92
富山県 97 26 123 132 137 52
石川県 170 32 202 186 189 82
福井県 190 31 221 178 165 57
山梨県 152 11 163 107 130 72
長野県 264 30 294 196 227 106
岐阜県 331 39 370 543 722 338
静岡県 438 65 503 786 1062 534
愛知県 940 120 1060 2862 3610 1957
三重県 431 40 471 619 796 336
滋賀県 360 72 432 317 536 311
京都府 821 143 964 1422 1707 927
大阪府 2362 634 2996 9184 10795 5083
兵庫県 2025 475 2500 5045 6033 3204
奈良県 240 60 300 542 985 553
和歌山県 386 53 439 467 509 207
鳥取県 586 19 605 622 779 255
島根県 1667 67 1734 2119 2626 918
岡山県 1840 88 1928 3289 3385 1417
広島県 125167 318 125485 179761 147695 19836
山口県 4245 331 4576 7008 6387 2602
徳島県 377 123 500 426 520 139
香川県 702 113 815 812 796 298
愛媛県 1410 209 1619 1842 1664 666
高知県 442 127 569 333 395 141
福岡県 1854 2530 4384 8597 10527 5892
佐賀県 304 1685 1989 2157 2190 943
長崎県 1031 111287 112318 109650 86913 11385
熊本県 498 1843 2341 2286 2372 999
大分県 667 870 1537 1028 1236 547
宮崎県 427 692 1119 732 1024 398
鹿児島県 575 1334 1909 1013 1749 652
沖縄県 0 0 0 340 353 146
広島市 0 0 0 114542 96929 50384
長崎市 0 0 0 82705 59850 29064
全国 158597 124901 283498 364261 323420 154859
1950広島* 1950長崎* 1950両市計* 1975年度** 1995年度** 2017年度**

 

日本原爆論大系 (全7巻)

日本原爆論大系 全7巻(日本図書センター、1999.06.25刊)

タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
2 被爆者の戦後史
3 原爆被害は国境を越える
4 核兵器禁止への道Ⅰ
5 核兵器禁止への道Ⅱ
6 核兵器禁止への道Ⅲ
7 歴史認識としての原爆
著者 タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
1  原爆投下はどう受け止められたか
仁科芳雄 原子爆弾
長田新 「原爆の子」序
塩月正雄・岡本彰祐・山本杉・草野信男・浦松佐美太郎 世界に訴へる日本原爆医学
2  なぜ日本に投下されたか
長田新 原子爆弾はなぜ投下されたか
荒井信一 「原爆投下への道」〈抄〉
3  原爆はどう報道されたか
松浦総三 原爆、空爆報道への統制
堀場清子 「禁じられた原爆体験」〈抄〉
2 被爆者の戦後史
1  原爆は人間に何をもたらしたか
川手健 半年の足跡
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
ロバート・J・リフトン 生存者
石田忠 反原爆の〈立場〉
2  被爆者は戦後をどう生きたか
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
石田忠 反原爆の〈立場〉
3 「きのこ会」を見つめ続けて
山代巴 わたしの報告
大牟田稔 「八月の沈黙」
大牟田稔 「原爆の刻印」背に半世紀
4  ヒロシマ・ナガサキからの訴え
 鎌田定夫  ナガサキ・七〇年代の記録と証言運動
松元寛 ヒロシマとナガサキ-その意味を考える視角
3   原爆被害は国境を越える
1 原爆被害の裏側
 金井利博 核権力と自由
2  南米・北米のヒバクシャ
藤原茂 ボンバ・アトミカ-南米に生きる被爆者たち
3  もう一つのヒロシマ・ナガサキ
李実根 被爆朝鮮人問題と「朝被協」
4  在韓被爆者は訴える
平岡敬 国家と被爆者
原爆被爆者対策基本問題懇談会 原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について
5  強制連行された中国人被爆者
6  被爆者補償
 田村和之  在外被爆者への被爆者法の適用
4   核兵器禁止への道Ⅰ
1  占領下の核兵器禁止運動
今堀誠二 朝鮮戦争に抗して〈抄〉
2  ビキニ被災事件の衝撃
3  原水爆禁止運動の高揚と分裂
自由民主党広島県議会議員会 原水爆禁止世界大会の正常会を望む
黒田秀俊 原水協にまつわる黒い影
今堀誠二 国民運動の崩壊と再生への四つの芽
4  運動の統一と運動のあり方をめぐる論争
金子満広 原水禁運動-よみがえった原点
松江澄 民主主義の徹底をとおして新しい社へ〈抄〉
高橋昭博 原水禁運動の「統一」について
5 NGO被爆問題シンポジウム
5   核兵器禁止への道Ⅱ
1  国連軍縮特別総会に向けて
2  文学者の反核声明をめぐって
3  核絶対否定か核兵器絶対否定か
森滝市郎 被爆三十一周年原水爆禁止世界大会国際会議主催者代表演説
三宅泰雄、安斎育郎、本谷勲 三科学者、大いに語る
4  原水爆禁止運動は再分裂へ
5  核抑止か核兵器廃絶か
6  核不拡散条約をめぐって
7  核の傘・非核三原則をめぐって
6   核兵器禁止への道Ⅲ
1  沖縄の核
2  非核自治体運動とは何か
西田勝 日本における非核自治体運動の現状と今後の課題
西田勝 非核自治体は世界を変える
自由民主党 非核都市宣言について
今堀誠二 世界平和連帯都市市長会議の意義と課題
鎌田定夫 核廃絶へ都市と市民の連帯を
林茂夫 非核都市宣言の理念と目的
3  戦略防衛構想をめぐって
安斎育郎 SDIで核廃絶は可能か
4  中距離核戦力をめぐって
5  日本政府の核政策をめぐって
6  核不拡散条約の延長問題
7  包括的核実験禁止条約をめぐって
8  核使用は国際法違反か
平岡敬 国際司法裁判所における広島市長の陳述
9 東西冷戦終結後の課題
土山秀夫 被爆地から核兵器廃絶への道を問う
庄野直美 北東アジア非核化条約を実現せよ
10 印パ両国の核実験をどうみるか
11 核時代の文化と芸術
芝田進午 核時代の文化的展望II-世界の地理的-文化ビジョン
芝田進午 核時代の文化的展望III-大国中心主義をこえて
芝田進午 核時代の芸術的展望-“反核芸術”-“反核芸術”論序説
7 歴史認識としての原爆
1 広島・長崎はどう語られてきたか-5年ごとのプレイバック
庄野直美 ヒロシマ25年
岡本三夫 アメリカ合衆国・一九八五年八月
2 慰霊碑の碑文論争
浜井信三 「過ちは繰返しません」
山田節男 「原爆慰霊碑改築の是非!」広島市長 山田節男氏に訊く
朝尾義光・吉川清・宮本正夫・中村良三 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-1
森弘助治・浜本万三・佐竹信朗・田淵実夫・田辺耕一郎 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-2
荒木武 第二回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説
3 被害と加害をめぐって
今堀誠二 ヒロシマ・ナガサキと中国
栗原貞子 「地による昭和史」
平岡敬 アジアとヒロシマ
本島等 広島よ、おごるなかれ
広島県原爆被害者団体協議会 本島論文に対する抗議文
本島等・袖井林二郎・松元寛・河野一郎 原爆ドーム世界遺産化で考える
高橋昭博 複眼で見よう原爆被害と戦争加害
4 スミソニアン原爆展問題
マーティン・ハーウィット・油井大三郎 スミソニアン原爆展示はなぜ阻止されたか
斉藤道雄 「原爆神話の五〇年」〈抄〉
米山リサ 越境する戦争の記憶
米谷ふみ子 ヒロシマと真珠湾
直野章子 「ヒロシマ・アメリカ」〈抄〉

 

広島復興大博覧会誌(目次)

廣島復興大博覧會誌(目次)
広島復興大博覧会誌編集委員会編
広島市役所 1959/04/01

開催期間:1958(昭和33)年4月1日~5月20日

 口絵
発刊のことば  渡辺忠雄(広島市長・広島復興大博覧会会長)
役員の面影
第1部  開催までの経過
1、広島市の大観
2、博覧会開催の機運
3、博覧会開催決定までの経過
4、財政事情
5、開催及び企画の決定
6、準備
 1 総務…11
(1)事務局の開設と規則及び諸規定の制定…11
(2)役職員の委嘱と任命…12
(3)運営委員会の設置…12
(4)後援及び協賛の依頼…13
(5)県の補助…13
(6)他都市の視察…13
(7)会場敷地決定に伴う措置及びその経過…14
(8)専門委員の委嘱…15
(9)交通業者との連絡調整…15
(10)場内食堂及び売店の決定…16
(1)食堂
(2)売店
(11)職員徽章と各種入場券、通門証…19
(12)臨時職員の採用と服装の決定…21
(1)守衛
(2)看視員等の採用
(3)服装の決定
(13)映画の制作…24
(1)宣伝映画「ヒロシマ」二巻
(2)記録映画「広島復興大博覧会」二巻
(14)開会式の準備…24
2 出品…25
(1)基本方針…25
(2)出品計画…25
(イ)各館の構想
(ロ)出品作業計画
(ハ)出品勧誘班の派遣
(3)装飾業者の指定…35
(4)運輸業者の指定と出品物の搬入、展示…36
(5)出品物の運賃割引申請…37
(6)各館責任者の決定…37
(7)監視員の配置…37
(8)出品物の保管…38
(9)報道機関の協力…38
(10)無料休憩所の設置…38
3 宣伝…39
(1)基本方針…39
(2)宣伝実施経過の概要…39
(3)宣伝活動…39
(1)文書、図書による宣伝…42
イ 看板類によるもの
ロ ポスターなどによるもの
ハ 印刷物によるもの
ニ 新聞広告
ホ ラジオ放送
ヘ 利用宣伝
(2)特殊宣伝…48
イ ミス広島博
ロ 宣伝車
ハ 宣伝船
(3)団体観覧客誘致宣伝…52
イ 前売券の売さばき
ロ 一般団体観覧客の誘致
ハ 学校団体観覧客の誘致
(4)連絡打合せによる宣伝…55
(5)観覧客の受入準備…55
4 施設…56
(1)会場施設の基本方針…56
(2)恒久施設の造営…56
(イ)広島城天守閣の復原
(ロ)噴水池
(ハ)鯨の池
(3)仮設建物の建築…64
(4)会場整地及び造園…64
(5)給水施設…64
(6)電話と放送設備…65
(7)電灯、電力工事…66
5 演芸…66
(1)番組篇成の基本方針…66
(2)つなぎ(下荷)演芸…67
(3)地元舞踊家及び地方民俗芸能等の誘致…67
(4)有名芸能人の来演誘致…67
(5)ラジオ公開録音…68
(6)印度芸能を招く…68
(7)軍官公衛音楽隊の来演…68
(8)演芸館の設営…69
7、協賛会
 1 組織と機構…69
2 事業計画…72
3 事業概況…72
4 収支決算…74
第2部 開会
1、開会式
 1 式典と祝宴…77
2 慶祝行事-こけら落しとパレード-…90
3 会場開き…90
2、人工衛星館の誘致
3、博覧会の情景-会場見てある記-
  1 人工衛星館…95
2 原子力科学館…98
3 復興館…102
4 観光館…104
5 専売館…106
6 電信電話館…108
7 郵政館…110
8 生活文化館…113
9 飲料館…116
10 体育保健館…117
11 テレビ電波館…122
12 国際館…124
13 新聞館…130
14 映写館…132
(特設)花道館…135
 第二会場…136
15 全国物産館…136
16 電気科学館…138
17 近代工業館…141
18 清酒館…143
19 農機具館…146
20 林業館…148
21 農水産館…150
22 演芸館…152
23 宇宙探検館…156
24 木工館 …162
25 国鉄館…163
26 交通科学館…166
27 お菓子の国…168
28 子供の国…169
(特設)クボタ館…171
(特設)ヤンマーディゼル館…172
(特設)その他の館…172
 第三会場…173
29 郷土館…173
4、各館小間配置図
 第一会場…178
第二会場…192
第三会場…208
5、会期中の行事と催物
 1 会期中の催物等による宣伝…211
2 広島祭…213
3 大名行列…214
4 自衛艦の来航…214
5 米軍楽隊吹奏行進…214
6 その他…215
7 会期中の催物写真集…217
6、会場の警備
 1 警備機構と事務分掌…224
2 火災予防計画…224
3 事故発生状況…225
7、救護
 1 準備…227
2 運営及び結果…227
8、会場雑記
 1 入場者と会期中晴雨表…228
2 会場清掃…232
3 余話(こぼれ話)…232
4 思い出のグラフ…237
第三部 閉会
1、閉会式
2、博覧会の成果
 1 入場券売上数…260
2 即売品売上…261
3 子供の国遊具使用料…262
3、本博覧会の反響
 1 来広客の増加…263
2 一般経済界に及ぼした影響…266
3 博覧会出品の効果…270
4 アンケート…270
5 児童作品集-作文-…275
4、残務整理
 1 出品物の搬出…280
2 会場施設の整理…280
3 運営委員会の開催…281
4 事務整理…281
イ 感謝状、礼状の発送
ロ 諸払いの清算と未収金の整理
5 事務局の解散…283
6 報道陣への感謝…284
5、予算及び決算
附録
1 開催趣意書
2 広島復興大博覧会条例
3 諸規則と規程
 イ 施行規則
ロ 事務局設置規定
ハ 事務局組織規定
ニ 会場整理要綱
ホ 出品物販売取扱要領
ヘ 看視員服務要領
4 役職員名簿
5 出品者名簿
編集後記

 

 

原水爆禁止大会・平和集会(2018年)

○原水爆禁止2018年世界大会(原水爆禁止日本協議会)
8月3日~9日広島・長崎で開催。6000人(広島)1500人(長崎)の代表が参加。

○被爆73周年原水禁世界大会(原水爆禁止日本国民会議)
7月28日福島大会640人。8月4日広島大会2200人、8月7日長崎大会1700人

○被爆73年連合2018平和ヒロシマ集会 約2100人

○日本生活協同組合連合会~ピースアクション~
8月4日~6日「ピースアクションinヒロシマ」。全国70生協より延べ2,300人。
8月7日~8日「ピースアクションinナガサキ」。全国50生協より延べ1,110人。

〇「ピース・ナイター2018」 (広島東洋カープ)7月30日3万人余 MAZDA Zoom-Zoom

広島市平和式典(2018年)

平成30年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

あらたに3冊の名簿に記帳された氏名 5393人.
名簿登録者総数 314118人
名簿総数 115冊

参列者の概要

被爆者や遺族など 約5万人
安倍晋三 内閣総理大臣
アントニオ・グテーレス 国連事務総長(中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表.代読.)
遺族代表 40都道府県
各国大使や代表 85か国(核兵器保有7か国代表を含む)と欧州連合(EU)。

出典:『平和文化 No. 2018年月号』(広島平和文化センター)

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/

広島市 – 平和宣言【平成30年(2018年)】

 

内閣総理大臣挨拶

 一発の原子爆弾が、街を一瞬にして破壊し、十数万ともいわれる貴い命を奪いました。あれから73年、一命をとりとめた方々にも、筆舌に尽くし難い苦難の日々をもたらしました。若者の夢や明るい未来が容赦なく奪われました。

 原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けて、粘り強く努力を重ねていくこと。それは、我が国の使命です。
近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。
真に「核兵器のない世界」を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取組を主導していく決意です。
その具体的な取組として昨年、核軍縮に関する「賢人会議」を、ここ広島で開催しました。
「賢人会議」を通じて有識者の知見も得ながら、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年となる2020年のNPT運用検討会議が意義あるものとなるよう、積極的に貢献してまいります。
また、その非人道性を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めが我々にあります。
若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐ。
政府として、そうした取組をしっかりと推し進めてまいります。
被爆者の方々への援護施策については、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的に推進してまいります。特に、原爆症の認定について、引き続き、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行ってまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、「核兵器のない世界」と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

平成30年8月6日

内閣総理大臣・安倍晋三

出典http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0806hiroshima.html

 

類似式典(総理官邸ホームページより)

2018年月日 行事
0311 東日本大震災7周年追悼式 東京都千代田区の国立劇場。
<篠宮同妃両殿下、約人。前年までは天皇皇后>
0623 沖縄全戦没者追悼式 沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園 <約人>
0809 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。 平和公園 <約人>
0815 全国戦没者追悼式 東京・日本武道館 <天皇・皇后、約人>

 

「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して

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志賀賢治広島平和記念資料館館長 講演「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して
開催日時:2017年8月2日、会場: 広島大学東千田キャンパス>
出典『平成29年度第1回広島大学平和科学研究センター主催国際シンポジウム「原爆体験・戦争の記憶の継承~託す平和遺産」 No.33 Editor: Institute for Peace Science, Hiroshima University 201804』

 

 

原爆被害相談員の会からの報告

原爆被害相談員の会からの報告(IPSHU研究報告シリーズ No.23 広島大学平和科学研究センター 1996年3月1 日)

 著者  タイトル
 相良カヨ(原爆被害者相談員の会) 被爆者とABCC
 三村正弘(広島県保険医協会)  原爆被害者援護法と社会保障の一考察
 若林節美(広島YMCA健康福祉専門学校)  被爆者は今
 船橋喜恵(広島大学総合科学部)  原爆被害者相談員の会の歩み

戦後ヒロシマの記録と記憶(小倉馨のR・ユンク宛書簡)

『戦後ヒロシマの記録と記憶 小倉馨のR・ユンク宛書簡 上・下』(若尾祐司・小倉桂子編、名古屋大学出版会、2018年7月10日)

目次

上巻
ロベルト・ユンク「広島での出会い
第一編 共同作業に向けて-一九五七年五月末から同年末まで
 概要
小倉書簡(一九五七年五月二五日~一二月三〇日)
解説1 浜井信三インタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(一)
第二編 反核平和運動の高まりの中で-一九五八年一月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年一月八日~五月二七日)
補遺(一九五八年六月初旬~九月四日)
解説1 中央公論一九五八年八月号「ヒロシマ-その後十三年」
解説2 ロベルト・ユンクの動向(二)
第三編 被爆当時と後障害の究明-一九五八年九月から五九年一月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年九月八日~五九年一月二九日)
解説1 長岡省吾インタビュー
解説2 医師へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(三)
下巻
第四編 戦後の生活と性の現場へ-一九五九年二月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五九年二月二日~五月二九日)
解説1 遊郭関係者へのインタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(四)
第五編 平和を求めて生きる人々-一九五九年六月から同年一〇月半ばまで
 概要 486
小倉書簡(一九五九年六月三日~八月二四日と九月一五日~一〇月一三日)
解説1 河本一郎インタビュー
解説2 広島市観光課へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(五)
付録 小倉馨の人と生涯
 1 小倉馨関係年譜
2 小倉桂子インタビュー
3 追記

 

 

広島市被爆70年史

『広島市被爆70年史  あの日まで そして、あの日から 1945年8月6日』(被爆70年史編修研究会編、広島市刊、2018年7月28日)

目次

戦前編
第1章 プロローグ
第2章 広島市の誕生
第3章 日清戦争と軍部の形成
第4章 近代都市への発展
第5章 都市の変貌
第6章 社会運動と市民文化
戦中編
第1章 戦時下の広島
第1節 戦時体制の強化
第2節 銃後としての広島
第3節 広島の外国人
第4節 「決戦」命令の日々
第2章 原爆被災
第1節 グラビア 1945年8月6日
第2節 広島壊滅
コラム 原子爆弾の開発と投下
戦後編
第1章 廃虚からの出発
第1節 子どもたちと原爆
第2節 原爆はどう報じられたのか
第3節 占領軍の展開と占領の諸相
第4節 廃虚の中の市民生活
第5節 海外からの復興支援
第6節 医療と衛生の復興
コラム ニつの平和記念日
第2章 復興のつち音
第1節 復興計画の立案と進展
第2節 平和記念都市建設法と平和記念施設
第3節 基町を中心とする公園・緑地・住宅計画
第4節 丹下健三と広島の都市デザイン
第5節 太田川改修事業
第6節 市民球団カープの誕生と発展
第7節 文化の復興
第8節 戦後の経済復興と商工業
第9節 原子力の「平和利用・展示」
コラム 町名から見る城下町広島
第3章 民主化と労働運動の高まり
第1節 民主化と市民
第2節 労働運動の高まり
第3節 学校の復興と学制改革
第4節 広島の文芸と原爆文学
コラム 広島お好み焼の歴史
第4章 被爆者とヒロシマの展開
第1節 被爆者の実相の解明
第2節 被爆者の援護
第3節 被爆者の苦悩
第4節 核実験禁止・核兵器廃絶運動とヒロシマ
第5節 ヒロシマの継承
第6節 平和都市を担って
コラム エノラ・ゲイ号と原爆展示
第5章 高度成長以降の都市の拡大
第1節 経済と社会基盤整備
第2節 環境問題・環境対策
第3節 都市機能の「流出」-広島大学の統合移転と空港の移転
第4節 広島の大規模宅地・各種開発の歴史と課題
コラム 若者文化と広島フォーク村
第6章 エピローグ
第1節 グローバル化と21世紀の平和都市像
第2節 被爆100年後の広島に向けて
特論
特論1 広島・ヒロシマと美術
特論2 広島と音楽
特論3 映画と広島・ヒロシマ
特論4 スポーツ王国広島

 広島市被爆70年史 映像編目次
広島市の歴史 ~明治から現代
 Ⅰ -市誕生から被爆まで-
Ⅱ -被爆からの復興-
10人の証言集 記憶から紡ぐ あのころの広島
 「戦争に翻弄された少女の青春」 切明千枝子
「母が綴ったわが子への思い」 渡部定子
「迫る業火を逃げのびて」 竹内節子
「原爆乙女と呼ばれて」 笹森惠子
「麦畑の少年が見た広島の復興」 鈴木孝
「原爆と在日の二つの重みを背負って」 朴南珠
「広島復興の象徴、基町の再生」 中村和正
「被爆、そして原子力の平和利用」 伊藤薫
「ヤミ市から立ち上がった広島商人」 山西義政
「原爆にも負けないで、野球に打ち込んだ人生」 原田高史
ドキュメンタリー 幻の記録映画を追って 平和記念都市ひろしま

広島国際文化財団

広島国際文化財団

1977年、中国新聞社と中国放送が広島の文化振興を目的に設立した財団法人

主な事業

年月日
197807 街づくりシンポジウム(丹下健三、平山郁夫など)
197811 デザイン会議1978広島
197904 ガウディ展
198008 増田勉ヒロシマシリーズ作品展
米国記者招請計画(アキバ・プロジェクト)

平和の時計塔

平和の時計塔
建立年月日:1967(昭和42)年10月28日
場所:広島市中区中島町・平和公園
hic094a[正面]
平和の時計塔
PEACE CLOCK TOWER
核原子力の出現により、人類はいま生か、死か、破滅か、繁栄かの岐路に立っている。
ひろい世界を同じ心で一つに結ぶ、全世界のライオンズ会員が平和実現のために果す役割は大きい。
原爆ドームの永久保存に呼応し、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴え、人類の高級平和実現の一日も早からんことを祈り、この時計塔を建設し、市に贈るものである。昭和四十二年十月二十八日
チャーター伝達十周年を記念し
広島鯉城ライオンズクラブ

資料

「ライオンズを探せ!@広島県・広島 村上薫元国際会長のテーマを伝えるピープル・アット・ピースの碑」(『LION 日本語版 2015年10月号』https://www.thelion-mag.jp/emag/201510/index_h5.html)

企画展:原爆白書運動と広島大学

『企画展:原爆白書運動と広島大学』(被ばく学創生研究会編、広島大学文書館、20160701)

目次

金井利博
金井利博と原爆白書運動
原民喜の詩碑建立
原民喜の遺書と受けとった梶山季之
原爆白書作成の訴えと運動
広がる原爆白書運動
国連へのはたらきかけ
国際連合への働きかけと被爆フィルム返還
原爆白書運動
「原水爆被災白書」をすすめる様々な動き
原爆被災資料広島研究会と『原爆被災資料総目録』
原爆被災資料総目録の発行 恩給をつぎ込んで
協力者 今堀誠二
金井との関係 『原水爆時代』
協力者 今堀誠二と談和会
金井学校 平岡敬と大牟田稔
金井学校の二人 平岡敬と大牟田稔
被爆者調査報道 「リフトン取材」
被爆20年特集記事「炎の系譜」
平岡敬 韓国の被爆者取材
大牟田稔 中国新聞社に入社して
大牟田稔 沖縄取材
きのこ会と大牟田
平岡と大牟田
広島大学原爆放射能医学研究所と湯崎稔
湯崎稔と爆心地復元運動
爆心地復元運動の成果
原爆爆心地復元運動
原水爆被災資料センター設立から原医研資料センターへ
『核権力』の執筆 志なかばの死とその後
病の中で、訴えつづけた雄大な構想 難民研究所を最後に
追悼文 今堀誠二「ヒロシマと金井利博」(『中国新聞』19740622)
国連報告から被爆の実相まとめへ
湯崎資料の遺産
原医研の保管資料 復元運動のその後
9 講演「金井利博と原爆白書運動」

参考資料

原爆白書運動と広島大学(企画展)
https://home.hiroshima-u.ac.jp/hua/event/genbakuhakusyo.html
核・被ばく学創成研究会(代表 小池聖一)・広島大学文書館は、平成27年7月3日~6日(旧日本銀行広島支店 1階ロビー)、9日~15日(広島大学中央図書館 地域・国際交流プラザ)の期間、広島大学原爆放射線医科学研究所、広島大学平和科学研究センターとの共催、中国新聞社の後援で、企画展「原爆白書運動と広島大学」を開催いたしました。
原爆白書運動とは、核戦争を防止するため、原爆被災の全体像と被爆体験を科学的に調査し、その記録を永久に残すともに国連を通じて全世界に公表するよう、日本政府に求めた運動です。運動の中心人物であった金井利博の足跡を中心に、今堀誠二、湯崎稔らの取り組みを紹介しました。
本企画展は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究B「広島における核・被ばく学研究基盤の拡充に関する研究」(26280123)の研究成果の一部です。
7月3日~6日には1270人、4日の小池文書館長の講演会には57人、9日~15日には15777人(ゲート通過換算)のご来場がありました。ありがとうございました。

 

 

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会
2001年3月20日設立
Hiroshima Alliance for Nuclear Weapons Abolition (HANWA)
【共同代表】 岡本三夫 河合護郎 森瀧春子
【事務局】
〒730-0802
広島市中区本川町二丁目6番11号 第7ウエノヤビル 5F
広島県生活協同組合連合会内
https://www.e-hanwa.org/date/2001/03

年表:核兵器廃絶をめざすヒロシマの会

年月日 事項 備考
2001
0320 核兵器廃絶をめざすヒロシマの会発足
0806 「核のない21世紀を!広島国際対話集会の夕べ」
1114 ブッシュ米大統領にCTBT発効促進会議欠席への抗議文を送付。
2002
0911 米中枢同時テロから1年。原爆資料館で集会。
1215 会員3人、イラクへの「市民平和使節団」員として広島を出発。
2022
0122 核兵器禁止条約発効から1年。原爆ドーム前で10人が横断幕。
0308 原爆ドーム前でロシアのウクライナ侵攻と核兵器による威嚇に抗議する集い。
0806 『8・6国際対話集会~反核の夕べ  2022 核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える』
講演「核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える」