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広島の教育関係団体による「原爆の子の像」建設への協力依頼

1956年3月10日

子どもの手で作る「原爆の子の像」に御支援を請う!
今般広島市公私立小・中・高校の児童・生徒会が挙って企画・決議しました「原爆の子の像」の建立運動は、大人や各種団体がタッチしない、全く児童・生徒の悲願にもとづく自主的な運動でありまして、これまで広島に於ても類例を見ない聖なる実践活動であります。
趣意書にも、この目的が書かれていますが、幾多の原爆戦災犠牲学徒の霊を慰めたい至情と共に、平和への幼きものの訴えの証(あかし)として、事、極めて有意義な事業と思います。然もこうした自らの営みを通して全国の各児童・生徒、更には世界の子供が「平和の友垣を作る」運動にもなることであり、私共広島県各種教育団体としても満腔の側面的支援を惜しまぬところであります。
本趣意書は追而、児童・生徒の手で全国の小・中・高校のお友達に発送される予定でありますが、貴***教職員組合におかれても、関係各学校の教職員・児童・生徒に御伝達下さり、絶大なる御支援と御協力を賜りますよう御依頼申し上げます。 敬白
昭和31年3月10日
広島県教育委員会協議会 広島県PTA連合会 広島県小学校長連合会 広島県中学校教育会 広島県教職員組合

教職員組合殿

平和をきずく児童生徒の会

平和をきずく児童生徒の会  1956年1月28日結成

広島平和をきずく児童・生徒の会日記
(1955年10月-1957年3月)

年月日 事項
19551025 佐々木禎子さん原爆症でたおれた。
19551110 幟町中の級友、全国中学校長大会で平和を訴え、「原爆の子の像」を作るビラをお願いした。
19551225 禎子さんの級友が「こけしの会」をつくる。
19560128 広島市小中高校が一つになり「平和をきずく児童生徒の会」を結成、宣言文を読む。会則を決め役員を選挙する。
19560325 「原爆の子の像」を建てる全国運動をおこし、趣意書を全国のお友達にくばる。
19560425 会の委員、街頭募金第1回を行う。
19560701 イギリス・ハンガリヤ等外国からも激励文が来はじめる。
19560806 会の代表、原水禁広島大会へ参加、世界の子供が平和への手をつなぐ運動をおこす。
19560809 委員長中村君、長崎世界大会に出席、外国代表に会のメッセージを手渡した。
19561010 像の制作者選考にとりかかり、大人の美術家に相談する。
19561015 像の制作者、東京芸大教授菊池一雄先生に決定。
19561020 アメリカ文化センター・フツイ館長、ノーマン・カズンズ氏をたずね、アメリカの友達とも文通することをお願いした。
19561128 菊池先生来広、制作計画をたてられる。
19561231 像の募金を締切る。
19570227 総会を開き会計報告をし、反省会をする。
19570310 像の模型出来上り菊池先生来広。

出典:『平和』第5号(広島平和をきずく児童・生徒の会、1957年8月5日)

原爆25年(毎日新聞社)

毎日新聞広島支局編『原爆25年』(毎日新聞広島支局、19701201)

目次

 序章 聖域への挑戦
恩讐を越えて 田坂博子
 「何の平和」  さかもとひさし
  「解決ずみ?」  藤本千万太
  ある参加
第1章 悲願のうねり-廃虚の中から
 朝鮮の暗雲
手を組む被爆者
 ビキニ署名
 世界に響けこの声
政治とヒューマニズム
多様性と統一
 怒れるダルマ
 幻の国民運動
挑戦する反戦
 接着剤
世界平和巡礼
 B29とB52
 権利の意識
朝鮮人被爆者
第2章 手探りの医療-油と赤チン 
 プレス・コード
原爆乙女
 後障害研究会
ABCC
 原爆病院
広大原医研
健康診断
認定のヒズミ
 期待の人体病理学
  基礎と臨床
第3章 悪魔のツメ跡-白血病
 ケロイド
 原爆白内障
 ガン
 おりおうた貧血
  ブラブラ病
 胎内被爆小頭症
 治りにくい病気
 染色体異常
 被爆二世
第4章 こたえよ政治  平和式典
手帳のゆがみ
拝啓自治体殿
保障から補償へ
殉職の代償
差別生む二つの原爆症
被爆の全体像
第二の原爆
仮面のヒロシマ
ハコの中の原点
平和行政のカクレミノ
原爆スラム
世界連邦市長
被爆国の行方
第5章 未来のために 教室での継承
高校教育
物による証言
この傷を見よ
原爆文学?
 フィルムは語る
くりごとの原点
折鶴の少女
被爆者の血
●資料 原爆カルテ
原爆意識調査
あとがき

 

平和のために市民の対話をすすめる会・会誌

平和のために市民の対話をすすめる会 設立:1968年11月17日。

平和のために市民の対話をすすめる会・会誌(「対話の会」事務局発行)

発行年 目次
1 19690101 「対話の会」 その発足と経過
「第一回市民対話のつどい」記録 青年とヒロシマ 経過
平和グループ名簿(在広島)
2 19680415 市長を囲む市民対話のつどい記録
大本営復元のいきさつ
韓国在住被爆者の実態
広島にうたう(深川宗俊)
「ヒロシマ研究の会」紹介
「平和を願う友の会」紹介
平和グループ名簿
通信・投稿欄
3 19690715 ガイガー博士の講演
ベトナムと今後の日本
これからの市民運動
バーバラ・レイノルズ女史が広島で行なった活動の評価と広島市民の立場
通信・投稿
編集後記

市長を囲む市民対話のつどい

市長を囲む市民対話のつどい 1968年3月1日

日時 昭和43年3月1日、午後6時15分~9時
場所 平和記念館1階講堂
主題 広島市民の生活と平和
参加人員 約150名
集会次第
 司会  橋本栄一、今堀誠二
 開会挨拶  庄野直美
 話題提起  山田節男広島市長、田淵実夫広島市平和文化センター局長
 自由討論
 閉会挨拶  原田東岷

出典:平和のために市民の対話をすすめる会『ヒロシマ 平和のために市民の対話をすすめる会・会誌2号』(1968年4月15日)

平和祈念慰霊国民大祭

終戦15周年国民行事 平和祈念慰霊国民大祭

8月15日 午前10時 広島市公会堂

「祈りの像」除幕式 午后5時広島市平和公園内 慰霊碑前

主催・平和祈念慰霊国民大祭実行委員会

後援・広島県・広島市・中国新聞社・広島中央放送局・ラジオ中国

フォーラム・被爆者援護法―その1―

フォーラム・被爆者援護法―その1―

テーマ:被爆者援護法案の内容と問題点

主旨:

日時:1989年12月6日(土)午後1時30分~5時

場所:広島県民文化センター

参加費:500円

内容:

主催:原爆二法研究会(代表者 広島大学教授 田村和之、弁護士 島方時夫)

参議院社会労働委員の現地調査

参議院社会労働委員の現地調査

1.視察委員:参議院議員 谷口弥三郎、同 山下義信

2.視察日程概況

1月 時刻 概況
6日 14:20 広島県庁を訪問し、地自宅において副知事、民生部長、衛生部長、関係各課長から原爆傷害者対策の概況説明を聴取した後意見を交換し、又県側の陳情を聴いた。
15:15 県知事応接室
15:30 市役所
16 市役所会議室
7日 10 市役所
11 ABCC(原爆影響研究所)ロバート・エッチ・ホームズ所長
13 日赤広島病院
14

3.調査項目

<以下未入力>

広島国際シンポジウム(第16回)

広島大学平和科学研究―センター・原爆放射能医学研究所・広島大学文書館(共催)「第16回広島国際シンポジウム 広島の黒い雨と関連する課題」。開催日:20110112

情報元:広島大学平和科学研究センター”NEWSLETTER”2011年