『ヒロシマ・原爆と被爆者』(日本原水爆被害者団体協議会・広島県原爆被害者団体協議会、1963年8月)
目次
被爆者の訴え
被爆者は訴えねばならぬ(和田ヨシ子)、いのちあるかぎり(西本良子)
原爆 その実態と影響
1.原子爆弾の三つの効果
2.原爆が人間にもたらした災害
(a)熱線による障害、(b)爆風による障害、(c)放射線による障害
被爆者 その苦しみと要求
1.被爆後18年間の被爆者の苦しみ
2.被爆者の苦しみと要求
被爆者の救援
被爆者 その苦しみと要求[抄]
「原水爆禁止運動を再統一し大きく発展させるという重要な課題を持つ今年の世界大会が、この被爆地広島で開かれるのも、被爆者の体験と苦しみを深く正しく理解し、それを基礎にしてはじめて運動の再統一と飛躍的な発展が可能になるからであろう。
この世界大会の一環として、被爆者を囲む懇談会が開かれ、被爆者自身のなまなましい体験と苦しみが訴えられるが、それを補い被爆者の現状をヨリ深く正しく理解して頂くために、被爆者の苦しみと要求をまとめて、御参考に供したいと思う。
2.被爆者の苦しみと要求
日本原水爆被害者団体協議会は、現在「医療法から援護法へ」という要求を掲げて運動している。現行の医療法は、二次にわたる改正によっても、まだ不完全なものである。現行医療法では、①「特別被爆者」((イ)三キロ以内の直接被爆者、(ロ)胎児、(ハ)その他一定の異常が認定された被爆者)には、「生活保護法を除く他の一切の法令による医療に関する給付の諸制度(健康保険など)」を前提として、本人負担が残らないよう一般疾病医療費を支給すること、②低所得層に限定して「直接医療に必要な経費」として「医療手当」を支給すること、③精密検診に限定して「検診交通費」を支給すること、などが規定されている。これに対して、被団協は、①すべての被爆者の治療費の支給、②治療制限の撤廃・治療範囲の拡大、③医療手当の増額と制限の撤廃、④人間ドックのような充分な建康診断、⑤すべての検診に交通費を支給、⑥被爆者の範囲拡大、⑦原爆症の根治療法発見のための研究機関の強化などを要求している。これらの要求は、被爆者の医療保障を完全なものにするために必要な正当な要求である。
しかし、被爆者の現実の苦しみは、医療保障だけでは解決できない。被爆者がうけている放射線障害は、被爆者の体内の細胞組織に残っている障害であるため、被爆者はあらゆる病気にかかりやすく無理をして働くことができない「半病人」として社会生活しているのである。そのため、病気と貧困の悪循環--身体が弱いため一人前に働けず貧しくなり、貧しいために診療をうけたり休養をとることができず病気を悪化させる、という悪循環--に陥りがちである。したがって、被爆者の健康を守り、原爆症の完全な治療をするためには、どうしても医療保障と結びついた生活保障が必要なのである。そのためには、医療法から医療保障と生活保障を含む援護法へ切りかえなければならない。
生活保障の具体的要求として、被団協は、(1)認定をうけた死没者への弔慰金の支給、(2)発病した人の生活保障、(3)ボーダーライン層への生活援護、(4)国鉄運賃の減免、(5)就職援助、(6)生活医療相談所設置、(7)原爆被爆老人ホームの設置などを掲げている。これらの要求は、完全な医療保障の要求とともに、被爆者が憲法第二五条で国民の権利として規定されている「健康で文化的な最低限度の生活」を営むためにどうしても必要なものである。
さらに、援護法の内容には、国家補償の要求として、(1)身体障害者に手当の支給、(2)死没者への弔慰金、遺族の援護、が掲げられている。国家補償とは、国家としての責任を認めて国民の損害をつぐなうため特別の措置を講ずることで、このような目的をもつ法律が、「援護法」と一般によばれている。
原爆被爆者援護法を成立させるためには、基本的に政府、国会に原爆被害の国家責任を認めさせることが必要である。このことは、第二次大戦における日本国の責任を充分反省し、アメリカの核戦略体制に参加協力するのではなく、軍備全廃による世界平和の実現のために積極的な態度をとり、国内では軍国主義的政策を転換し完全な社会保障の実現のために積極的な態度をとるよう要求することを通じてはじめて可能であろう。
さらに、被爆者の完全な救援法だけに期待することはできない。被爆者とそれをとりまく国民との間に、もっと深い相互理解ともっと強い相互協力とが必要である。結婚や就職の差別、現行被爆者医療法によってさえ生れている被爆者を特権者とみる傾向、などの問題は、被爆者と一般国民との理解と協力なしに解決せきないであろう。被爆者と一般国民とが理解と協力を深め、被爆者救援運動と原水爆禁止運動とを統一的に発展させないかぎり援護法を成立させることもできないであろう。