沖縄在住被爆者訴訟に対する国の答弁書 1965年12月1日(抄)

沖縄在住被爆者訴訟に対する国の答弁書(抄)

1965年12月1日

被告の主張

 原告らは、本件訴訟において原爆医療法14条に基づいて医療費の支給を請求されるが、同法は、沖縄および沖縄に居住するその住民に適用されていないから、原告らは同法に基づく請求権を有しない。

以下その理由を説明するとともに、併せて沖縄に居住する原子爆弾被爆者に対して日本国政府のとっている救済措置の概略にもふれることにする。

1.沖縄および沖縄住民の地位

日本国との平和条約3条によれば、沖縄を国際連合の信託統治制度のもとにおく提案が可決せられるまで、合衆国は、沖縄の領域及ぴ住民に対して、行政立法及び司法上の権力を行使する権利を有する趣旨が定められている。この結果、沖縄は、依然日本国の領域に留まり、その住民は、日本国民ではあるが、これらの地域および住民に対しては合衆国が施政権を行使することとなった。従って、日本国は、潜在主権を有するにすぎず、これらの地域および住民は、日本国の施政権の行使の対象から外されるに至ったのである。

2、原爆医療法は、沖縄に居住する沖縄住民に通用されない。

沖縄は上に述べたように日本国に潜在主権はありながらその施政権は合衆国に属するという特殊の地位にある地域であるため、わが国の法律が沖繩に居住する沖繩住民に適用されるか否かは、それぞれの法律の定める内容に応じて決定されなければならない。

そして法律のうちには、当該住民の居住地におけるわが国の施政権の存在を必ずしも前提としていないと認められる内容のもの(たとえば、国籍法など)については、反対の明文の規定のない限り沖縄に居住する沖繩住民にも適用があるといえようが、他方、そのような内容の法律ではなくわが国の施政権の存在を前提とする事項を定めるような法律(特に行政関係法規)については、当該法律が特に沖縄住民にも適用する趣旨で制定されたもの(たとえば、戦傷病者戦没者遺族援護法など)でない限りその適用がないものと解さざるを得ないのである。ただし、平和条約3条により沖縄及びその住民に対する行政、立法及ぴ司法の権力、つまり施政権は合衆国に属し、日本国はこれを有しないことと定められているのであるから、日本国の法律は、沖繩に対する施政権を前提としない性質のものであるか或いは特に沖縄住民に通用を及ぼす趣旨で制定されたものでない限り、その適用を否定せざるを得ないことは当然のことだからである。

しこうして原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下原爆医療法という)には特に沖縄居住する沖繩住民にも適用する旨の規定がなく、また規定の趣旨、体裁からしても上のような趣旨で制定されたものと解することはできないのである。かえって同法は、日本国の施政権の及ぶ地域に居住する者に対してのみ適用する法律(属地法)であると考えるべきである。即ち、原爆医療法は、広島市および長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ、国が施政権の及ぶ地域内に居住する「被爆者」に対し健建康診断、それに基づく指導および医療を行なうことにより、その健康の保持および向上をはかりもって日本国の施政権の及ぶ地域内に成立している地域社会の福祉の維持、増進を目的とする社会保障法であるというべきである。

以上のことは

① 同法が居住地もしくは現在地の都道府県知事に申請して、被爆者健康手帳の交付を受けた「被爆者」(同法2条3条1項)のみを健康管理および医療の対象としていること。従って、日本国の施政権の及ぶ地域内に居住もしくは現在しない者は、同法にいう「被爆者」になり得ないこと。

② 同法は、「被爆者」に対する医療給付とともに都道府県知事の毎年行なう健康診断およびその結果に基づく指導等被爆者の健康管理の措置を定めているのであるが(同法4条、6条、7条)、これら都道府県知事の行なう健康診断および指導は、日本国の施政権の及ぶ地域に居住もしくは現在する者に対してのみ行なうことが可能であること。

③ 同法は、前記の如き諸権限を直接都道府県事の権限と規定しているほか、厚生大臣の権限と定めているものについても都道府県知事にのみ委任することができる旨規定し(同法21条)、その他の者(たとえば琉球政府の当局)に委任することは認めていない。従って、たとえば、医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ当該負傷または疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けることを要することになっているが(同法8条)、これもいうまでもなく日本国の施政権の及ぶ地域に居住もしくは現在する者にしてはじめてなし得ることである。

等よりみても明らかであると考える。

以上述べたとおり、原爆医療法は、沖縄に居住する沖繩住民には適用されないのであるから、原告らは、同法に基づく健康管理および医療を受け得ず、従って本件医療費の支給の請求権を有しないものといわねばならない。

3、原告らは、具体的医療費請求権を有しない。

原告らは、本件訴訟において被告に対して直接医療費の支払いを請求されているが、原告らが原爆医療法に基づく健康管理および医療を受けるか否かの点はしばらく措くとしても、原告らは、いまだ右金員の支払いを求める権利を有しない。即ち、原爆医療法による医療費請求権は、同法2条により被爆者健康手帳の交付を受けた「被爆者」が、同法8条の定めるところにより当該負傷又は疾病が原子爆弾の復害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受け、しかも、緊急その他やむを得ない理由により指定医療関係以外の者から同法7条2項各号に規定する医療を受けた場合において、所定の手続により医療費の支給を請求し、厚生大臣が必要があると認めて支給決定処分をしてはじめて具体的な金銭債権として発生するものであって、かような手続を経る以前においては、「被爆者」といえども直接被告に対して医療費の支払いを請求する権利を有しないのである。原告らは、本件請求に依る受療当時はいずれも被爆者健康手帳の交付を受けた「被爆者」ではなく、まだ当然当該負傷又は疾病につき同法8条の厚生大臣の認定を受けておらず、従ってまた厚生大臣の医療費の支給決定を受けていないのである から、被告に対して直接医療費の支払いを求める原告らの本訴請求は、この点においても失当といわなければならない。

4、沖縄に居住する原子爆弾被爆者に対して日本国政府のとっている救済措置

以上は、原爆医療法の解釈について述ぺたのであるが、日本国政府としては、沖縄に居住する原子爆弾被爆者に対して原爆医療法に基づく健康管理及び医療を受け得ないからといって、そのまま放置して無駄に過ごしてきたわけではない。即ち、日本国政府は、昭和39年1月沖縄住民から原子爆弾被爆者救援の要請もあったので、爾来外務省を通じて合衆国政府と折衝を続けたところ、昭和40年4月5日日本国政府総理府特別地域連絡局長、同厚生省公衆衛生局長および米国民政府の承認を受けた琉球政府校正局長との間に沖縄在住原爆被爆者の医療問題に関する了解覚書が成立した。この了解は、沖縄住民であって日本本土に居住するならば、原爆医療法による給付を受ける資格のある者(以下申請者という)の要請に応ずるためになされたものであって、大要次の如きものである。

① 日本国政府が沖縄に対して行なう毎年の技術援助計画の一部として、日本国政府は、適当な人数の医療専門家である医師および補助員を派遣し、申請者の充分な医学的調査を実施する。

② 申請者が日本国政府、琉球政府間の協議により原爆医療法に定める「被爆者」である旨決定され、かつ、医学的調査の結果同法の適用地域において同法7条1項の適用を受けうる者であるときは、その者を必要な治療を受けさせるための患者として日本本土に送る。

③ 日本国政府は、患者が送られるぺき医療施設を決定し、同法に規定されている入院加療を含む必要な医療を供給し、患者に対する医療費および必要な医療手当を支給する。そして各医療手当等は、日本本土に居住する患者に与えられるものを下回らないものとする。

④ 日本国政府は、右患者の沖縄、日本本土間の往復の旅費を支給する。

日本国政府は、右了解覚書に基づいて、昭和40年3月30日から4月29日までの間沖縄において行った原子爆弾被爆者に対する医学的調査の結果に基づき、原爆医療法7条1項に該当する患者に相当するものと認められた13名のうち、本土で治療を希望する原告丸茂つる、同謝花良順を含む11名の患者を日本本土の病院で治療することになり、同人らは、同年9月26日広島または長崎原爆病院に収容されたが、これらの者のうち7名は、すでに軽快および治癒退院し、現在4名が入院加療中である。

また、日本国政府は、右措置に加えて、さらに沖縄に居住する原子爆弾被爆者全員を対象として日本本土の「被爆者」に対すると同様の取扱いが沖縄においてもなされるようその具体的手続、方法等について目下米国民政府及び琉球政府と協議を行なっており、合意が得られ次第実施に移す予定である。

出典:原水爆禁止沖縄県協議会『基地沖縄の全貌』(1966年12月)