原水爆禁止世界大会記録(1977~84年)

原水爆禁止世界大会(1977~84年)大会記録集(宇吹所蔵分)

タイトル 年月日
1977年原水爆禁止世界大会(主催:原水爆禁止統一実行委員会、開催地:広島) 197711
’78核兵器完全禁止被爆者援護世界大会(東京・広島・長崎)の記録(78核兵器完全禁止被爆者援護世界大会実行委員会<全国婦人会館内地婦連>) 197811刊
原水爆禁’79世界大会の記録(原水爆禁’79世界大会実行委員会<日本青年団協議会気付>) 197911刊
原水爆禁1980世界大会の記録(原水爆禁1980世界大会準備委員会<日本青年団協議会気付>) 19801010
原水爆禁1981世界大会の記録(原水爆禁1981世界大会準備委員会<日本青年館内>) 19811030
原水爆禁1982世界大会の記録(原水爆禁1982世界大会準備委員会<日本青年館内>) 19821020
原水爆禁1983世界大会の記録(原水爆禁1983世界大会準備委員会<日本青年館内>) 19831024
原水爆禁1984世界大会の記録(原水爆禁1984世界大会準備委員会<日本青年館内>) 19841015

原水爆禁止日本国民会議(原水禁)

原水爆禁止日本国民会議(原水禁)

 

結成大会:1965年2月1日

『原水爆禁止世界大会広島長崎大会報告決定集NO.1、NO.2』(19640825)

『原水禁ニュース』(19650301)~

『被爆20周年原水爆禁止世界大会報告決定集』(19650920)~

宇吹所蔵資料 『被爆**周年原水爆禁止世界大会報告決定集』

発行年月日 被爆**周年 備考
19740901 29 B5判 106頁
19820831 37 A5判 137頁
19830831 38
1988 43
1989 44
1990 45
1991 46
1992 47
1993 48
1994 49
1995 50
1997 52
1998 53
1999 54

 

 

核禁会議二十年史

『核兵器廃絶の叫び-核禁会議二十年史』(核兵器禁止平和建設国民会議、19820615)

目次

章節 タイトル
題字(磯村英一)
発刊のことば-核禁会議は躍進する(磯村英一)
1 核禁会議の誕生
1-1 結成までのいきさつ
1-2 内外注視の中の結成大会
<資料>結成大会で採択された宣言・決議・活動方針・組織方針
2 核兵器廃絶をめざして
2-1 核実験阻止の抗議行動
2-2 部分核停協定などの促進
2-3 核兵器禁止国民大会の開催
2-4 核禁運動の大同団結の呼びかけ
2-5 シンポジウムと地方核禁討論集会
2-6 行進・キャラバンなど世論喚起
2-7 非核3原則の堅持を訴える
3 国際世論に訴えて
3-1 核兵器禁止宗教者平和使節団の派遣
3-2 第1回アジア核禁会議の開催
アジア核禁会議開催委員氏名
アジア核禁会議実行委員氏名
3-3 国連軍縮特別総会に向けて
3-4 東京サミットに核廃絶を申入れ
3-5 釜山で「韓国・原爆資料展」開催
4 被爆者に愛の手を
4-1 被爆者救援カンパ活動の展開
4-2 被爆者の健康管理に役立つ医療器具の贈呈
4-3 韓国被爆者の救援と診療センターの建設
4-4 被爆者援護法の制定実現に努力
<資料>「原子爆弾被爆者援護対策の基本的要綱」
5 平和への願い
5-1 「平和の灯(ともしび)」の建設
5-2 「平和の泉」の建設
5-3 「平和の森」の建設
5-4 “万羽鶴”に願いをこめて
5-5 「人間環境宣言」で要望
5-6 被爆20周年・核禁会議の決意
5-7 原子力の平和利用をめざして
5-8 核軍縮国際センターの設立へ
6 核兵器をめぐるここ10年の情勢と核禁会議の基本姿勢座
座談会 核禁会議結成前後「あのころ・あのこと」(松下正寿・伊藤郁男・山本道・一木香告樹)
資料集 核禁会議理事団体・歴代役員並びに規約
被爆者救援金配分内容=各県別カンパ額
年表
 あとがき

 

 

 

核禁会議30年史

『核兵器廃絶と恒久平和を求めて-核禁会議30年史』(核兵器禁止平和建設国民会議、19940101)

目次

章節 タイトル 備考
題字 磯村英一書 91歳
発刊のことば-21世紀に向って強く前進 磯村英一
30年史の発刊に寄せて
1 核禁会議の誕生
1-1 結成までのいきさつ
1-2 内外注視の中の結成大会
<資料>結成大会で採択された宣言・決議・活動方針・組織方針
2 核兵器廃絶をめざして
2-1 核実験阻止の抗議行動
2-2 部分核停協定などの促進
2-3 核兵器禁止国民大会の開催
2-4 核禁運動の大同団結の呼びかけ
2-5 シンポジウムと地方核禁討論集会
2-6 行進・キャラバンなど世論喚起
2-7 非核3原則の堅持を訴える
3 国際世論に訴えて
3-1 核兵器禁止宗教者平和使節団の派遣
3-2 第1回アジア核禁会議の開催
3-3 国連軍縮特別総会に向けて
3-4 サミットに核廃絶を申入れ
3-5 釜山で「韓国・原爆資料展」開催
4 被爆者に愛の手を
4-1 被爆者救援カンパ活動の展開
4-2 被爆者の健康管理の促進と医療器具の贈呈
4-3 韓国被爆者の救援と診療センターの建設
4-4 被爆者援護法の制定実現に努力
<資料>「原子爆弾被爆者援護対策の基本的要綱」
5 平和への願い
5-1 「平和の灯(ともしび)」の建設
5-2 「平和の泉」の建設
5-3 「平和の森」の建設
5-4 “万羽鶴”に願いをこめて
5-5 「人間環境宣言」で要望
5-6 「ノーモア広島・長崎」への決意
5-7 原子力の平和利用をめざして
5-8 核軍縮国際センターの設立を提唱
6 核兵器をめぐるここ10年の情勢と核禁会議の基本姿勢
座談会 核禁会議結成前後「あのころ・あのこと」(松下正寿・伊藤郁男・山本道・一木香告樹)
資料集 核禁会議理事団体・歴代役員並びに規約
被爆者救援金配分内容=各県別カンパ額
年表
あとがき

核兵器禁止平和建設国民会議(資料 )

核兵器禁止平和建設国民会議(資料 )

年月日 タイトル 備考
19610906 核兵器禁止と平和建設のために 核兵器禁止平和建設国民会議
197804 在韓被爆者 核兵器禁止平和建設国民会議
[目次]1.被爆の背景、2.在韓被爆者の社会的背景、3.陜川郡における被爆者実態調査、4.韓国被爆者の身体的障害と健康状況、5.韓国被爆者救援活動、6.韓国陜川原爆被害者診療所に対する慶尚南道と陜川郡の支援状況。
19820615 核兵器廃絶の叫び-核禁会議二十年史 核兵器禁止平和建設国民会議
199401 核兵器廃絶と恒久平和を求めて : 核禁会議三十年史 核兵器禁止平和建設国民会議

波乱の生涯を全力でつくした七十年の斗魂

『波乱の生涯を全力でつくした七十年の斗魂』(金本邦夫著、財団法人富士社会教育センター刊、19960520刊)目次抄

章節
出版に寄せて
はじめに
1 小さい頃と両親のこと
2 小学校時代のこと
3 青年団活動
4 大東亜戦争のこと
4-12 原爆と終戦
5 音戸町体育協会のこと
6 全力つくした町議会議員
6-1 戦後第1回統一地方選挙に出馬。<音戸町議員>
6-2 戦争未亡人救済の町営授産場設立に努力
6-3 町立保育所の設立を実現
6-4 音戸高等学校誘致に死力をつくす
7 呉造船労働組合時代 労働運動に生涯をかける決意
7-1 労働運動に入るきっかけ
7-2 給料遅配に特別交渉委員。出征兵士見送り同様の壮行会で上京
7-6 全国初の厚生年金還元融資の串山住宅
7-7 中国労災病院呉誘致に一役買う
7-9 呉造船独立と労働組合
7-10 生協売店市中進出反対デモの応対。本部建設に一役、音戸取次所を自宅に
7-12 労働組合長に就任
7-13 年満者夫婦の招待慰安旅行の実施
7-16 組合特自の共済規定の実現
7-17 家族会の結成と家族相談室の設立
7-19 年満者引続き雇用を要求・遂に呉船産業株式会社設立を実現
7-20 毎日新聞全国版(1961年2月4日)に40代の顔として紹介される
7-22 組合結成十五周年記念事業として十五年史発刊と会館建設を実施
8 広島全労議長として活躍
8-1  造船総連、総同盟等の上部役員
8-2  広島全労議長に就任
 8-3  県関係の各種委員に任命される
 8-4  日本生産性本部米国派遣視察。労働者チーム十二名の団長として
 8-4-1  出発に郷里で見送り壮行会
 8-4-2  いよいよアメリカ、主要都市周辺のこと
 8-4-3  労働組合が国旗と組合旗を尊重
 8-4-4  徹底している産業別組織の確立。大手鉄鋼会社で県出身二世課長の案内
 8-4-5  組合大会を見学、幹部と懇談。働きすぎの日本におひやかされる
 8-4-6  日系人のこと
 8-4-7  手土産と家庭訪問
 8-4-8  余話
 8-5  最賃法裁判で基準局賃金課長を激励
8-7-1
 8-6  憲法調査会の公述人として意見陳述
8-7 核禁会議の結成で原水協とテレビ対決
8-8 労済、労住、労福協の結成
8-8-1 植木仙次郎氏8-5の功績
8-8-2 広島県労働者共済生活協同組合の設立
8-8-3 広島県労働者住宅生活協同組合の設立10月
8-8-4 広島県労働者福祉対策協議会結成
8-8-5 結成周年記念式典の思い出
8-8-6 焼山政畝団地造成の思い出
8-8-7 音戸波多見竹田浜埋立団地に
8-9 労働争議の斡旋、調停、指導
8-9-1 西美電気西光精機(現テンパール工業)
8-9-2 府中町静養院の争議
8-9-3 ニコニコバスの争議
8-9-4 日東製網の争議解決に努力
8-9-5 佐竹新労結成は暴力を排除して
8-9-6 激しかった当時の労働争議
8-9-7 国鉄、電産のスト、労使に苦言
8-9-8 地労委としての私の基本的考えと携わった事件
8-9-9
8-9-10 メーデー改善を訴える
8-9-11 講演依頼やテレビ、ラジオの対談。常にマスコミの対象にされる
8-9-12 同盟会議結成の準備と全労議長退任
9 職場復帰で全力投球 社長表彰、更に営業で実績
10 PTA活動と小、中学校の分離推進で中学校建設に献身
11 生涯民社党を貫く
12 思い出深い選挙活動
まえがき
12-1 衆議院議員前田栄之助先生を支えて
12-2 民社党結党直後の衆院選、私に出馬要請されるも遂に辞退
12-3 永野巖雄先生とのかかわり
12-4 二区衆議院選に香河直祐氏。選対委員長を引受けて闘う
12-5 山田節男先生と私。参議院選挙と広島市長選挙
12-6 浜田光人先生、衆院選擁立について
12-7 保野健治郎先生の選挙
12-7-1 呉市長選擁立に社公民三党の話合い
12-7-2 二回目の市長選は未曽有の激戦
12-7-3 衆院二区に擁立して健闘。事務長を引受ける
12-8 小西博行先生擁立に主役。経緯と参院選
12-9 永末英一選対委員長来呉で二区衆院候補擁立について話合う
12-10 全国初の公民協力、勝谷勝弘氏を支援
12-11 盟友玉野晃君と県会議員選挙
12-12 玉野君病で引退説得を依頼される。後任混乱。私は苦しみ抜き、党のため遂に候補受諾
12-13 次期県議候補に柳田稔氏を説得
12-14 参院地方区佐々木秀隆候補は呉支部党員
12-15 呉市議選につくした私の役割
12-15-1 組合長在任中二回の補欠選挙に勝利
12-15-2 出崎文三氏をわが社社員で市議へ
12-15-3 榊原伍市議との交友
12-15-4 横田勝信市議とのこと
12-15-5 民社の申し子、重盛親聖市議。永年の結びつきと選挙を思う
12-15-6 組織外から森岡よし子氏擁立に一役。平成七年統一地方選に初の女性市議
12-15-7 成功しなかった市議選
12-16 川尻町長選に花田博幸氏、惜敗する
12-17 音戸町長選(平成五年)を思う
12-18 公職選挙法違反で留置場十九日。会社、団体等役員十九件を辞任
12-19 民社党候補者探しは私の役目として努力
13 会社設立し理想に向って
13-1 IHIを中途退職して外で行動
13-2 株式会社くれせん設立
14 家庭、家族のこと
15 大東亜戦争戦没者慰霊碑建設と老人福祉施設の建設を希求して
むすびに
金本邦夫略年譜

核兵器廃絶を訴える被爆者国際遊説(1985)

核兵器廃絶を訴える被爆者国際遊説(1985)

 被爆40周年の1985年2月、日本原水協をはじめ世界12力国の反核・平和運動組織(アメリカ、イギリス、オランダ、スウェーデン、東ドイツ、イタリア、キューバ、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、アルジェリア、日本)が、広島につどい協議し、「核兵器全面禁止・廃絶のためにヒロシマ・ナガサキからのアピール」を発表しました。
日本原水協は、「アピール」支持署名の日本国民の過半数を目標にとりくみました。
さらに、ヒロシマ・ナガサキの被爆の実相をつたえ、核戦争の阻止、核兵器廃絶の世論をたかめ「アピール」支持署名を広げるために、世界各地に被爆者を含む遊説代表団を送る活動をすすめました。
遊説団の訪問先は、1985年4月にフィリピン、6月オランダ、7~8月イギリス、アイスランド、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、10月スイス、11月イタリア、そして86年1月にオランダ、ベルギー、2月にラオスとのべ12力国におよびました。
遊説代表団員の総数は、121名。25班にわかれて訪れた都市は約250、大小集会に約300回参加し、のべ1000回近くマスコミで報道されました。
出典:『核兵器廃絶を訴える被爆者国際遊説の記録 Hibakusha Peace Tour(原水爆禁止日本協議会、19860806)』

 

被爆者国際遊説団名簿

遊説先 氏名 所属
●フィリピン 19850406~15
大久保忠一 埼玉県熊谷原水協・埼玉民医連
岡広 三重県・日本AALA連帯委員会
緒方義孝 全港建労働組合神戸地本
河原直孝 国公労連
久保美津子 被爆者(広島)広島新婦人
児玉三智子 被爆者(広島)千葉県船橋市南診療所
斉藤君子 新婦人神奈川県本部
津川計子 日本民医連東神戸病院
土居賢一 全司法労組
浜島勇 原水協担当常任理事・日高教
宮田昌幸 全商連・宮田印刷
酒井伊津子 通訳
辻山昭三 事務局
安田和也
草地康子
●オランダ 19850625~0708
A班
小島光雄
中谷恒男
村上経行 被爆者(広島)
萩原信宏
和田美昭
篠原敏美
酒井伊津子
B班
林正道
伊谷周一 被爆者(広島丿鳥取県原水協
津田光男
坂入博子
秋元恵子
宮沢彰一
高草木博
●イギリス・アイスランド 19850801~11
佐藤裕
本間三郎
木村昭六
栗栖主税 被爆者(広島)
大森幹男 広島原水協
信政ちえ子 広島原水協
有光登一 被爆者(広島)愛媛県原爆被害者の会
仁木義雄
長谷部栄祐
渡辺孝三 被爆者(広島)奈良県原爆被害者の会
中島宏 被爆者(広島)香川県被爆者の会
出島艶子 被爆者(広島)東友会
中沢憲一
柏木文代
柏木文代
 岡村利男 被爆者(広島)高知県被爆者の会
渡辺政成
 田中重光 被爆者(長崎)全動労長崎支部
深町君江
志賀さゆり 通訳
 トモヨ・マクドナルド
 辻光枝
●アメリカ合衆国 19850724~0813
中西部◆
浅野哲人 被爆者(広島)大阪しろきた市民生協
安藤広司 被爆者(広島)長野県原水爆被災者の会
佐藤岑夫 三重県原水協
 大山済世 通訳
南東部◆
 三輪博志 被爆者(長崎)
福本宏支 被爆者(長崎)徳島県原爆被害者の会
藤岡忠治
藤野雅美 通訳
中部大西洋岸◆
丸岡文麿 被爆者(広島)京都原水協
 森本テル 被爆者(長崎)
石黒三沙子
 朝戸理恵子 事務局
北東部◆
栗栖洋 被爆者(広島)高校教諭
 高井栄 被爆者(広島)神奈川原爆被災者の会
中田鉄太郎
酒井伊津子
ニューヨーク◆
土田康 被爆者(広島)神奈川原爆被災者の会
伊藤吉紀
 セッコ・サーロー 在米被爆者(広島)
 ハラシマ・トシコ 通訳
西海岸◆ 19850724~0812
奥野栄 被爆者(長崎)
 堀田シズエ 被爆者(広島)・埼玉
桜木早苗
堀田義裕
 南西部◆
 吉崎幸恵 被爆者(長崎)福岡市原爆被害者の会
 田邊俊三郎 被爆者(広島)東友会
門倉武則
谷捷子通訳
●スイス・西ドイツ 19851019~31
山口勇子 被爆者(広島)日本原水協代表理事
早川耐子 被爆者(広島)
花井透
中尾元重
 高草木博 事務局
 下田文子 通訳
●NGO会議・ベルギー・オランダ 19860118~30
佐藤裕
浜島勇
 渡辺千恵子 被爆者(長崎)
 渡辺順子 (渡辺同行者)
 村田忠彦 被爆者(広島)
堀口士郎
米田実
山川新一郎
炭谷巴之助
松下賢次
川添政彦
升井登女尾
城ゆき
 高草木博 事務局
 下田文子
 キエ・ホアン  通訳
  ●イタリア 19851012~19
  中南部◆
石井あや子
 市岡正憲 被爆者(広島)
熊久保朝正
辻山昭三
  北部◆
 米沢進 被爆者(広島)広島県原水協
 世良豊子 被爆者(広島)
 皆川恵史 広島市原水協
 上野幸子 通訳
  ●オーストラリア 19850801~06、ニュージーランド 19850807~13
  A班◆
 鶴岡正雄
 屋敷一字  広島医療生協
 佐々木優秋  呉原水協
 安賀昇
 川后宏
 堺谷一郎
 反納清史  被爆者(長崎)
  高橋マサ子 被爆者(広島)埼玉県原爆被害者協議会
 亀井和子 通訳
  B班◆
 寺本敏夫
 高倉金一郎
 嶺本治代
 村井明美
 住田哲
 溝浦勝  被爆者(長崎)
 米田進  被爆者(広島)
 菅頭康夫
  土田弥生 通訳
●ラオス
片桐隆三 被爆者(広島)
辻山昭三 事務局

世界連邦運動ヒロシマ25年史(19720625)

『世界連邦運動ヒロシマ25年史 第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念』(世界連邦広島宗教者協議会・世界連邦建設同盟広島県協議会発行、19720625)

目次

発刊のことば 桑原英昭
序文 山田節男
第2回世界連邦平和促進宗教大会
満堂の県立体育館
武邑・谷川両氏の基調講演
あいさつ(大谷光照大会長)
宗教大会プログラム
宗教代表者大会開く
代表者会議出席者
共同コミュニケ採択
分科会の白熱的討議
第1分科会
第2分科会
第3分科会
アインシュタイン博士教訓
宣言決議を採択
大会宣言
大会決議
各界名士メッセージ
大会基調講演(要旨)
「仏教者の平和への提言」 武邑尚邦
「世界の平和と宗教者の役割。東西の平和的競争」 谷川徹三
大会役員表
大会実行委員会名簿
世界運動ヒロシマ25年史
世界連邦思想の系譜(前史)
欧米の初期世連運動
日本初期の世連思想
原爆禍と世連運動
世界連邦建設同盟
初期広島の世連運動
平和と10万名署名
賀川豊彦の世連講演
世界大会へメッセージ
アジア会議らん腸
先駆的世連広島協議会
協議会主要活動史
アジア会議の準備体制進む
世連宣言運動の推進
第3回都市協議会
広島県の世連宣言
新しい人類史の夜明け、第1回アジア会議
会議第1日
劇的な開会式
会議第2日
原爆乙女は叫ぶ
会議第3日
会議第4日と閉会式
広島よ、サヨナラ
広島宣言
各国政府と国連への勧告
会議参加協議員の名簿
第2回アジア会議開く
会議第1日
会議第2日
分科会の討議
本会議と閉会
ヒロシマ宣言
原水爆禁止決議
世界連邦と原水爆禁止運動
原水爆禁止運動の分裂
原水禁から世界運動へ
昭和30年
広島に世界連邦母の会
結成大会前後の日程
「広島に行く」 柳原白蓮
鞆町の世連宣言
8月6日に世連デー
昭和31年
呉市婦人の世連活動
初期の世連宣言運動
河佐村の世連宣言
昭和32年
広島で三大平和会議
総領町の世連宣言
昭和33年
呉市が世界連邦宣言
広島県協議会の結成
庄原市も宣言
原爆の日、三原市宣言
昭和34年
広島県が世連宣言、県下11全市も決議
西支部結成の記念講演
国会請願署名運動
賀川豊彦の功績
学生の夏期遊説
昭和35年
松本呉市長の活躍
中国地区同盟支部
広島駅頭に世連塔
昭和36年
都市協で宮島研修会
高亀さん表彰、喜寿の祝賀会
昭和37年
浜井広島市長、アクラ軍縮会議へ
高陽町が宣言
世界連邦テーマ、高校生討論会
昭和38年
呉市で第2回世連日本大会
大会宣言を決議
広島市に世連旗、米代表団が贈る
東京で世界大会
竹原で科学者会議
竹原に世連支部
昭和39年
広島市議会議員が同盟入会
学生連合が発足
カズンズ氏に名誉市民章
県宣言5周年講演
広島市宣言10周年大会
山陽協議会が新発足
世連講演会、湯川、ハビヒト氏
中国地区の宣言を推進
世界平和巡礼団、県協から3氏
オルグに桑原、岡本氏
昭和40年
桑港大会へ広島代表の参加
世界大会壮行会
同盟新副会長に山田氏
学生セミナー、6大学40名参加
沼隈町に支部
広島市の宣言11周年記念講演
中国新聞の世連啓蒙
湯川会長福山などで講演
昭和41年
広島で西日本大会開く
カトリック教会世連行事
世連のお爺さん、高亀翁逝く
原爆ドーム保存運動
都市協会長に浜井広島市長
昭和42年
ベトナムの孤児救援活動
山田同盟副会長、広島市長に当選
世界協会副会長に山田市長
オスロ世界大会代表の壮行会
山田市長のオスロ演説
各国で平和アピール、広島班12カ国歴訪
県宣言8周年講演
福山で自治体協研修会
世連宗教者協、広島で発足す
広島世連学生部
昭和43年
広島市に平和文化センター局を新設
第1回世連市民講座
神辺、加茂町が宣言
世連中・中国協議会発足
広島県協議会が発足
呉市で県協研修会
福山支部が再発足
広島に世界本部(都市協事務局)
広島宣言13周年大会
エスペラント支部発足
昭和44年
第9回世連日本大会開く
功労者6氏を表彰
基調講演と分科会、大会宣言
世界連邦政党を(カズンズ会長)
世連ひろしまの歌、一等に梶原さん
黒瀬町の世連宣言
第4回世連市民講座
竹原支部総会と講演会
市民講座とパネル討論
広島日ポ協会発会
三次市で県協研修会
地球人友の会
クラーク総長来広
昭和46年
訪ポ使節団の成果
アウシュビッツ町と黒瀬町縁組
デンマークで原爆映画
高野山研修会に参加
チョプラ女史を迎う。ホノルル世連研究会
東南アに世連使節団
第6回世連市民講座
オスロ、高野研修会へ提唱
広島地区活動報告。世連教育者会議参加
昭和47年
自治体協が出雲で研修会。広島支部新春宴
世連訪印使節団の成果
世界大会へ提案
アウシュビッツ展開幕
地球市民登録、山田市長を先頭
ラッセル記念第9回市民講座
論叢篇
ヒロシマ以後の新世界 ノーマン・カズンズ
平和創造の原理 日高一輝
世界連邦と宗教  出口伊佐男
国際法から世界法へ  小谷鶴次
人類を分断する二大障壁  伊藤栄蔵
国際経済と世界連邦 佐藤和男
「あとがき」 加藤新一

世界連邦アジア会議報告書(19530201)

『世界連邦アジア会議報告書』(世界連邦アジア会議広島準備委員会事務局 19530201)

目次

挨拶
広島宣言
世界連邦アジア会議広島決議
世界連邦アジア会議日程議題
出席者名簿
世界連邦アジア会議開かる
広島到着
開会式
総会議
歓迎晩餐会
第二日総会議
宮島観光
各委員会開催
第四日総会議
市中見物
離広
広島へ感謝
アジア会議開催の経緯
と広島準備委員会経過
アジア会議を顧みて

1
2

 

ビキニ水爆被災資料集

ビキニ水爆被災資料集(監修:三宅泰雄・檜山義夫・草野信男、編集:第五福竜丸平和協会、発行:東京大学出版会、19760331刊)

目次

編章 節項 見出し 備考
序にかえて(美濃部亮吉)
第五福龍丸のおしえ(三宅泰雄)
1 1954年3月1日ビキニ水爆実験
1-1 ビキニ水爆実験とその背景
1 オぺレーション・キャスルとビキニ水爆実験
1-1 米原子力委員会発表(実験開始と終了)
1-2 オペレーション・キャスルの日時と実験内容
1-3 ビキニ水爆は超ウラン爆弾
1-4 ビキニ灰の分析
2 実験の背景とニュールック
1-2 水爆実験の影響(その1)
1 米政府原子力委員会報告
1-3 水爆実験の影響(その2)
1-4 水爆実験の影響(その3)
1-5 水爆実験の影響(その4)
1 第五福龍丸以外の被災船リスト
2 被災がひきおこした深刻な波紋
2 第五福龍丸と乗組員の被災をめぐって
2-1 被災状況
1 被災状況
2 船体各部、積荷の汚染
2-2 船体各部、積荷の汚染
1 乗組員の症状経過
2 久保山氏の死亡をめぐって
2-3 乗組員および国内外の人びとの手記・手紙
2-4 焼津市の状況
2-5 被災問題に対するアメリカの態度
2-6 日本政府の被災対策
3 ビキニ・水爆実験に対する内外の反響
3-1 国民世論
3-2 原水爆禁止運動のもりあがり
3-3 文学・芸術・評論
4 海外の反響
付録
第五福龍丸保存運動
第五福龍丸関係保存物品目
年表
文献目録
資料収集にあたって(林茂夫)
編集後記(第五福竜丸平和協会)

広島県母親連絡会

広島県母親連絡会 19600110設立

略年表:広島の母親運動

年月日 集会名 会場 記念講演者「演題」
19550607 <日本母親大会(第1回)> 東京 <6月7日~9日>
19550710 <世界母親大会> スイス
19560122 広島県母と女教師の会 広島市 中野清一「母親と女教師のみなさまへ」
19560825 広島県母と女教師の会 広島市 帯刀貞代「日本の女性運動史をめぐって」
19570728 広島県母と女教師の会 広島市
19580727 広島県母と女教師の会 広島市
19591126 広島県母と女教師の会 広島市
19600110 広島県母親連絡会 広島市 結成
19600421 国際婦人会議 デンマーク 宇根内良子(代表団長)
19600724 広島県母と女教師の会 広島市 宇根内良子「国際婦人会議に出席して」
19610730 広島県母と女教師の会 福山市
19620624 広島県母親の集い 広島市
19630728 広島県母親の集い 広島市
19640607 広島市
19640726 広島県母親大会 広島市
19640718 広島県母親大会 広島市
—-<未入力>
19750720 広島県母親大会 広島市 宅和純「平和の灯を求めて」
以上の出典:『ひろしまの母親たち』(広島県母親連絡会、19750720)
—-<未入力>
2019 広島県母親大会 呉市

八法亭みややつこ(弁護士・噺家)「落語で語る暮らしに活きる憲法」

原水爆被害白書-かくされた真実

『原水爆被害白書-かくされた真実』 原水爆禁止日本協議会専門委員会(編)、日本評論新社、19610731

目次

序< 湯川秀樹>
序<安井郁>
1945年8月6日< 石井金一郎、田沼肇>
原水爆被害の実態 その1<佐久間澄、庄野直美、杉原芳夫>
1 原爆投下の瞬間
2 原爆による死亡者と傷害者
(1)広島原爆でどれだけの人が死んだか
(2)長崎原爆でどれだけの人が死んだか
(3)原爆による傷害者
3 恐るべき放射線障害
(1)放射能とはなにか
(2)瞬間放射線による被害
(3)残留放射線による被害
(4)被爆放射線量についての総括
原水爆被害の実態 その2<佐久間澄、庄野直美、杉原芳夫>
 1 いつまでつづく放射能害
(1)急性期症状-急性原爆症
(2)慢性原爆症-原爆症とはなにか
(3)原爆症問題の変遷と原爆症の拡大
(4)慢性原爆症の現況
(5)被爆者の体内に残されている変化
 2 放射線と遺伝
 3 もし原子戦争がおこったら
(1)アメリカ議会公聴会の記録
(2)すでに人類は原水爆の被害者になっている
被爆者の意識<山手茂>
 1 被爆者問題をどうとらえるか
被爆者の社会意識
(1)被爆者の生活意識
(2)原水爆禁止の意識と行動
(3)被爆者の政治意識
被爆者の生活<山手茂>
 1 被爆者の家庭生活
(1)破壊された被爆者の家庭
(2)原爆孤児
(3)被爆母子家庭
(4)原爆孤老
(5)被爆した主婦
(6)結婚問題
 2 被爆者の職業生活
(1)職業生活の悪条件
(2)被爆者の就職問題
(3)被爆被保護世帯
(4)失業対策事業に働らく被爆者
(5)被爆労働者
(6)被爆零細自営業者
(7)被爆農民
(8)未解放部落の被爆者
写真ページ
写真/東松照明
レイアウト/杉浦康平
被爆者と社会保障< 伊東壮、大江志乃夫>
 1 政府の援護対策
 (1)被爆者はなにを望んでいるか
(2)政府の援護対策とその特徴
 2 被爆者医療法の成立
(1)被爆者医療法案の国会提出
(2)被爆者医療法案の国会審議
(3)被爆者医療法の欠陥
 3 新被爆者医療法とその問題点
(1)被爆者医療法の「改正」
(2)新被爆者医療法の内容
(3)新被爆者医療法の問題点
(4)「被爆者援護法」の要求と社会保障
原水爆禁止と被爆者救援運動< 石井金一郎、吉田嘉清>
 1 被爆者の要求と原水爆禁止
被爆者と日本の社会
原水爆禁止と被爆者救援運動
附録< 杉原芳夫、佐久間澄>
  原爆被爆者の放射線照射による遅発性影響についてABCCに反論し,あわせて原爆症対策の科学的基礎を考察する
1/被爆線量について
2/調査標本について
3/遺伝について
4/白内障について
5/白血病について
6/ガンについて
7/児童の成長と発育について
8/胎内被爆児童における小頭症について
9/加齢の促進について
 10/成人における一般医学的見地からみた影響について
 11/その他の影響について、
 むすび
資料 原水爆禁止世界大会の宣言・決議・勧告
  あとがき<要旨>
*出発点となったのは,第4回原水爆禁止世界大会―1958年―で被爆者救援問題をとりあげた分科会の満場一致の決議
*決議にもとづき原水爆禁止日本協議会は,原水爆被害者調査をおこなうことを決定。
*調査委員会のもとに調査団をつくり,物理的・医学的被害の調査,被爆者の意識調査,被爆者組織の調査の3分野にわたり実施。
調査概要
*調査票による調査
***広島・長崎両県下で,爆心からの距離別と地域区分別に,市内は町単位,町村では町村単位に典型地域を抽出し,約500例を被爆者健康手帳交付台帳から無差別抽出して,被爆放射線量と意識の調査を実施
*被爆者の生活史の個別調査
*被爆者組識の調査
*調査の中間報告
* 原水爆禁止日本協議会“Atomic Bomb Damage in Hiroshima and Nagasaki” 1958年8月,
*日本原水爆被害者団体協議会『原爆被害の実相と被害者の苦しみ』1958年8月,
*石井金一郎「厂生きていてよかった」か』『中央公論』1958年8月号
調査委員長 森滝市郎(日本原水協代表委員)
調査団長 石井金一郎(日本原水協専門委員)
調査団員
広島の研究者グループ:佐久間澄・杉原芳夫・庄野直美・北西允・大江志乃夫・山手茂,
長崎の研究者グループ:中西市郎.川崎文治・茂木六郎・林重太・前田豊昭・天野卓郎
第1稿の執筆者名
第1章     石井金一郎,田沼  肇
第2章・第3章 佐久間澄,庄野直美,杉原芳夫
第4章・第5章 山手茂
第6章     伊東壮,大江志乃夫
第7章     石井金一郎,吉田嘉清
附録論文    杉原芳夫,佐久間澄
 謝辞(個人)黒田秀俊,藤居平一,小佐々八郎,伊藤満,草野信男,石井森太郎,山村茂雄,市村志郎,板倉静夫,竹内武志,日本評論新社:林勝郎,飯岡邦輔
  謝辞(団体)日本原水協,日本被団協。「最後に,中国人民保衛世界平和委員会など中華人民共和国7団体による被爆者救援の国際的なあたたかい援助が,この事業を成功させるために,大きな力添えになったことを報告し,中国人民の厚い友情に改めて謝意を表します」
編集責任者:石井金一郎(日本原水協専門委員),吉田嘉清(日本原水協事務局次長),田沼肇(日本原水協専門委員会幹事)
事項索引
図表索引

 

 

 

 

日本原水協国連要請代表団(1974年)

日本原水協国連要請代表団 1974年12月4日、国連事務次長・軍縮部長と会見。

代表団員

氏名 所属など
小佐々八郎 日本原水協代表理事、長崎県被災協会長、被爆者
佐久間澄 日本原水協代表理事、広島県原水協理事長、被爆者、広島大学名誉教授
田辺勝 日本原水協常任理事、広島県被団協理事長、被爆者
藤井敬三 北海道原水協理事長、札幌病院院長
小島光雄 東京都原水協副理事長、被爆者
田中道宣 福岡県原水協副会長・日本基督教団九州教区議長
久保文 日本原水協常任理事・日本AA連帯常任理事
芳沢弘明 沖縄県原水協理事長・弁護士

 

ヨーク・フォーラム

ヨーク・フォーラム=軍拡競争の終結と軍縮のための国際フォーラム 1976年3月28日~4月1日 場所:イギリス・ヨーク大学

出典:『ヨーク宣言と原水爆禁止運動の新たな局面-「軍拡競争の終結と軍縮の為の国際フォーラム」の報告』(ヨーク・フォーラム日本代表団、1976?)

目次

はしがき 田沼肇(日本代表団代表委員)
1 ヨーク宣言・宣言付属文書
2 日本代表団総括
3 ヨーク・フォーラムに対する日本代表団報告
4 分科会のまとめ
5 軍縮分野におけるGO・NGO関係の樹立について ―核廃絶への具体的第一歩 佐藤行通(日本原水協担当常任理事)
6 代表団活動日誌
7 ヨーク・フォーラム、ユーゴ、ルーマニアの旅-日本代表団の報告と感想
8 日本原水協 日本平和委員会 ユーゴ友好親善訪問代表団報告
9 日本原水協 日本平和委員会 ルーマニア友好親善訪問代表団報告
10 日本代表団名簿 [広島関係者なし]
dc19760401yo-ku

 

世界連邦広島協議会

世界連邦広島協議会 1950年9月14日設立

関連年表

事項
48 08 06 世界連邦政府樹立同盟(世界連邦建設同盟)、東京丸の内・工業倶楽部で発会式を挙行。400余名が参加。
49 08 23 浜井広島市長、ストックホルムで開催される第3次世界連邦建設運動大会へのメッセージを送る。
49 08 28 世界連邦運動第3回年次大会、ストックホルムで開催。-9月4日。浜井広島市長、メッセージを寄せる。(「世界国家」1950年1月)
49 12 15 約50名の衆参両院議員、「世界連邦日本国会委員会」の創立総会を参議院で開催。(長崎民友12.16)
49 12 20 衆参両院有志、世界連邦日本国会委員会の創立総会を参議院内で開催(長崎日日新聞12.21、「世界国家」1950年2月号)。
50 05 22 浜井広島市長、在英の賀川豊彦から広島で世界連邦準備会結成の可否についての問い合わせの手紙を受け取る。
50 05 25 小塩世界連邦建設同盟常任理事、広島での世界会議開催の意向打診のため浜井広島市長と楠瀬県知事を訪問(「世界国家」1950年7月)
50 06 10 世界連邦建設同盟、本部で理事会を開催。浜井広島市長・楠瀬県知事も参加。(「世界国家」1950年8月)
50 10 13 綾部市議会、世界連邦都市宣言を採択。(「世界国家」1950年12月)
51 10 03 世界連邦広島協議会の発起人会、創立総会。会場:広島市内・流川教会。
51 10 06 世界連邦広島協議会。第1回理事会。
52 08 06 世界連邦建設同盟・同広島協議会・同国会議員会、衆議院会館で世界連邦アジア会議の準備大会を開催。(朝日新聞)
52 11 03 原爆被害者の会、世界連邦アジア会議参加者に英文のアピール(英文)を発表。
52 11 03 世界連邦アジア会議,広島市本川小学校で開催.-6日。県労会議・原爆被害者の会・婦人民主クラブ広島支部・新日本文学会広島支部・人民文学広島友の会など17団体が大会へメッセージを寄せる.
52 11 03 世界連邦アジア会議インド代表パール博士、広島市の原爆慰霊碑に参拝。碑文に異論を唱える。
52 11 04 パール博士(インド代表)、世界連邦アジア会議で原爆投下の人道的責任に論及。
52 11 04 佐古美智子、広島原爆乙女の会40名を代表して世界連邦アジア会議で挨拶。
53 05 06 松岡政一世界連邦広島協議会理事長、1月間の北米西部視察旅行から帰広。
54 03 08 世界連邦建設同盟・長崎YMCA,世界連邦講演会を長崎市YMCAで開催。(長崎日々)
54 07 05 第2回世界連邦アジア会議広島大会準備委員会、広島市で開催。大会席上で広島世界連邦都市宣言を行うことが浜井広島市長と山田参議院議員の間で合意。
54 07 28 広島市、パリの世界連邦政府運動本部議長から8月6日へのメッセージを受け取る。
54 09 30 第2回世界連邦アジア会議広島大会第1回準備委員会、広島市役所で開催。会長に重藤日赤院長を決定。
54 10 30 広島市議会、世界連邦都市宣言を決議。
54 11 08 世界連邦第2回アジア会議長崎大会、県会議場で開幕(~9日)。(長崎日々)
54 11 08 湯川秀樹・賀川豊彦、長崎市活水短大講堂で講演。演題:「原子力と人類の将来」・「世界平和と世界連邦」。(長崎日々)
54 11 11 世界連邦第2回アジア会議広島大会、開幕。
54 03 09 世界連邦建設同盟東京本部の稲垣守克(事務総長)・小塩完次(教育宣伝部長)、広島入り。10-11日に市内で開催された世界連邦運動指導者講習会に出席。
54 03 18 下中弥三郎平凡社社長(第2回世界連邦アジア会議準備委員長)、広島入り。
55 08 06 世界連邦建設琉球同盟、原水爆禁止を要求する平和大会を開催。
55 08 06 世界連邦母の会広島支部、柳原白蓮女史を迎え広島女学院中学講堂で結成大会。
56 05 30 第3回世界連邦平和都市連絡協議会、広島市浅野図書館で開催。
56 08 03 世界連邦建設同盟、原爆被災者の苦しみをテーマにした映画「生命をかけて」(第一映画製作)を広島でクランクイン。(読売新聞)
58 12 06 茅誠二東大学長、長崎入り。世界連邦建設同盟長崎支部総会および講演会に出席のため。
63 05 10 第二回世界連邦日本大会開く。呉市で十一日まで.
63 08 24 第十一回世界連邦会議世界大会開く。東京で。
64 03 04 世界連邦建設同盟山陽地区協議会結成総会。広島県労働会館で。代表委員に桑原英昭ら四人選出。
64 03 04 世界連邦広島県宣言五周年記念講演会でカズンズ講演。広島県労働会館で。「偉大な人類の力をもってすれば、戦争のない世界-世界連邦国家の実現も夢ではない」
66 11 25 世界連邦西日本大会。広島大学会館で。三百五十人参加。ベトナム反戦、原爆ドーム保存募金運動への協力を決議
68 01 23 広島市平和文化センタ-、第1回世界連邦市民講座開催。(「平和の推進」)。
69 11 11 世界連邦日本大会広島市公会堂に千人。世界連邦実現へ国会決議要請
70 08 04 第二回世界連邦平和促進宗教者大会。広島県立体育館に約一万人。五日まで。決議で「核兵器完全撤廃と軍縮のための国際査察機関設置」を求める
74 10 30 世界連邦都市宣言20周年記念「平和の塔」除幕式(「平和の推進」)。
74 10 30 世界連邦広島県・広島市宣言記念平和の塔(広島平和記念公園)
77 06 04 パリで開催の「第17回世界連邦世界大会」・「第2回地球市民世界大会」参加のヒロシマ代表団の壮行会、市内で開催。
77 10 15 核廃絶・世界平和などを目指して、第13回世界連邦日本大会、焼津市で開催。
77 12 24 世界連邦世界協会のアジアセンター本部の広島市設置が決まり正式発表。
78 04 12 世界連邦建設同盟広島県協議会、国連軍縮総会に向けて使節団の派遣を検討中。
78 05 27 世界連邦広島県協議会のメンバー、ニューヨークでの「生存のための大動員集会」参加のため渡米。
78 11 25 「世界連邦市民講座」、広島市で開く。
80 03 19 世界連邦・地球市民世界大会実行委員会、ヒロシマ会議を8月に広島市で開くことを決定。
80 08 05 第3回地球市民大会・第18回世界連邦世界大会のヒロシマ会議、広島市で開催。
81 03 01 第25回世界連邦市民講座、広島市で開催。テーマ「科学と平和」など。
82 03 31 世界連邦日本国会委員会、東京で役員会開き、「核兵器廃絶および、軍縮のためのアピール」をまとめSSD2に向けて、発表。
82 10 22 「世界連邦宣言」をしている自治体(26都府県323市町村)で結成している全国協議会、広島市で総会を開催。
83 03 08 世界連邦市民講座、広島市で開催。「平和の保障と世界連邦」など
83 05 12 世界連邦日本宗教委員会、来年8月に被爆地広島・長崎両市で、日米ソ三国の宗教者の首脳会議を開くことを決定。
83 10 25 世界連邦宣言自治体全国協議会、長崎市で総会開催。
84 01 99 世界連邦建設同盟奈良県支部、同県に世界平和センター「太陽の村」建設を計画。
84 03 09 故湯川秀樹博士の未亡人の呼びかけで、「世界連邦湯川スミ懇話会」、京都市で発足。
84 11 12 世界連邦全国婦人協議会研修会、広島市で開催(平和問題について討議)。
85 08 17? 世界連邦渋谷区連合会・渋谷区、同区で開いた「被爆資料展」の感想文をまとめ文集を作成。
86 12 03 世界連邦湯川懇話会第2回公演、大阪市で開催。反原爆を訴える舞踊劇などを上演。
87 10 24 世界連邦世界協会名誉会長に選ばれた湯川スミの就任祝賀会、京都市で開催(約200 人出席)。
88 09 29 「第10回世界連邦平和促進全国宗教者岡山大会」(世界連邦日本宗教委員会など主催)、岡山市で開催(30日まで、約1500人参加)。核兵器廃絶などを盛り込んだ大会宣言を採択。
92 08 05 パール・ハーバーのアリゾナ記念館長、世界連邦日本仏教徒協議会の招きで広島入り。6日の平和式典に参列。
95 03 11 世界連邦建設同盟広島支部連合会など、50回目の市民講座を広島市の原爆資料館東館で開催。約60人が参加。
95 08 23 世界連邦宣言自治体全国協議会、東京都内で総会を開催。フランスと中国に対し核実験を中止するよう決議。

関連組織設立状況

480806 世界連邦政府樹立同盟(世界連邦建設同盟)
491215 世界連邦日本国会委員会
500914 世界連邦広島協議会
511333 世界連邦運動協会広島支部
550806 世界連邦母の会広島支部
570605 世界連邦建設同盟広島県協議会
600915 世界連邦建設同盟広島支部連合会
640304 世界連邦建設同盟山陽地区協議会
671011 世界連邦主義者エスペラント会広島支部
671116 世界連邦広島県宗教者協議会
770131 世界連邦広島県教育者協議会
770131 世界連邦主義者エスペラント会広島支部

 

広島・ナガサキ原爆資料公開展

広島・ナガサキ原爆資料公開展

 会場  日本赤十字社本社講堂(東京)
期間 1954年11月25日~12月3日
 主催 日本赤十字社、広島市、長崎市。
後援 厚生省、文部省、農林省、東京都、広島県、長崎県。
協賛 日本新聞協会、日本放送協会、民間放送連盟、全国社会福祉協議会連合会、中央共同募金会、原水爆禁止署名運動全国協議会
役員 相談役 池田勇人(衆議員議員広島)<以下未入力>
委員  葛西嘉資(本社副社長)<以下未入力>
幹事 丹羽諦順(広島市厚生局長)<以下未入力>
展示物 <以下未入力>
開場式  「名誉副総裁秩父宮妃殿下がテープを切られ、内外人の観覧者がつめかけ、連日満員の盛況であった」
 「会期中には、日赤中央病院長都築博士の講演や健康相談なども行われ好評を博した」

出典:『日本赤十字社社史稿 第6巻』

赤十字国際委員会主催国際専門家会議

赤十字国際委員会主催国際専門家会議 1954年4月6日~13日 会場:赤十字国際委員会本部会議室(スイス・ジュネーブ)

年月日 事項
19530929 同日付書簡(赤十字国際委員会副会長ー>日本赤十字社島津社長)[専門家会議への代表者の派遣要請]。「同様の書信をベルギー、フランス、インド、寝るウェー、ポーランド、イギリス、アメリカ、ソ連の赤十字社へも発信」「会議予定事項 1.無防備の人民の保護を強化するために空襲に関する規定を明確にし、また決定するための調査の必要についての一般的予備討議、2.人道上の要求と戦争の現実とを考慮した上で空襲(無人操縦機による爆撃も含む」)に関して適用されている、またさるべき既定の調査」
日本赤十字社、都築正男(原爆症)と榎本重治(国際法)を推薦。
 195402 この月の開催予定が4月に延期
 19540331  都築・榎本、羽田空港を出発、ジュネーブに直行。
 19540406  赤十字国際委員会本部会議室で開催。参会者:12か国16人。すべて個人の資格で意見を表明。東ドイツ、ポーランド、ソ連からの出席者なし。「日本代表都築博士からは、原子爆弾の使用や水素爆弾の事件が人体におよぼす被害についての報告がおこなわれ、唯一の被害者である日本の訴えは参会者の胸を強く打った」
 19540413  専門家会議としてコミュニケ(「世界の人民を原子戦争から守るためには兵器の破壊力を制限することが第一条件である」など}を発表し、赤十字国際委員会に報告。
 1954  第23回赤十字社連盟理事会で日本赤十字社から原水爆実験禁止の提案。
 <以下未入力>

出典:『日本赤十字社社史稿 第6巻』

ピースナイター(略年表)

〇ピースナイター略年表

年月日 VS(スコア) 備考
20080826 1 ヤクルト (5-1) 「折りづるナイター」=平和市長会議・広島東洋カープ・生協ひろしま等(共催?)。開催場所:旧広島市民球場
20090915 2 中日(3-5) 「ピースナイター」=開催場所:広島市民球場(MAZDA Zoom Zoom スタジアム広島)。原爆ドームと同じ高さ(25m)の内野自由席に白いポスターを掲げピースラインをつくり、被爆の象徴である原爆ドームとすぐ横にあった復興のシンボル旧市民球場をつなげる事で平和の尊さと核兵器の廃絶をアピール。
20100805 3 横浜(4-0)  今回から内野自由席に配布しているピースラインのポスターを広島復興の象徴である広島東洋カープをイメージした赤色に変更。
20110805 4 巨人(6-11)  漫画家中沢啓治が始球式。
20110806 原爆記念日には53年ぶりとなる公式戦。
20120805 5 阪神(7-0)  始球式は5歳で被爆、姉を原爆でなくした元プロ野球選手、張本勲。
20130806 6 阪神(1-0) 当日のセリーグの各試合がピースナイターとして同時開催。吉川晃司(被爆2世、ミュージシャン、俳優)始球式。吉川晃司、5回の裏終了後、被爆ピアノの伴奏でジョンレノンの「イマジン」を独唱。
20140730 中日(9-2)  始球式、山本一義(7歳の時に被爆、1960年にカープに入団)。
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20150805 8 阪神(2-8)  始球式、森下洋子(母と祖母が被爆、原爆投下3年後生まれ、世界で活躍するプリマバレリーナ)。
20150806  <観客3万人以上> サンフレッチェ広島がJリーグ開幕24年目で初めて原爆の日に地元試合。
20160806 9 巨人(2-3) 始球式、保田麻友(「被爆体験伝承者」一期生)。
20170802 10 阪神(3-4)  始球式、高橋真梨子(廿日市市生まれ、被爆2世の歌手)。県内12万筆を目標にピースナイター新聞で核兵器を廃絶に向けた「ヒバクシャ国際署名」を呼び掛け。
20180807 11 中日(6-2) 始球式、高橋真梨子(廿日市市生まれ、被爆2世の歌手)。主催:生協ひろしま、広島東洋カープ、(公財)広島平和文化センター、広島電鉄、中国放送。
「ピースナイター2018」の開催(『平和文化』No.199)http://www.pcf.city.hiroshima.jp/hpcf/heiwabunka/pcj199/Japanese/05J.html
20190806 12 横浜DeNA(8-4) リンク先: ピースナイター2019 | ヒロシマ遺文 (hiroshima-ibun.com)
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20200807 13   阪神タイガース
20210821 14 東京ヤクルトスワローズ
20220806 15 阪神タイガース
20230806 16 巨人(0-13)