年表:原爆展(1979年)

年表:原爆展(1979年)

記事
01 05 昨年国連本部で展示された被爆写真、平和記念館で特別展示される。
02 07 長崎市の姉妹都市ポルト市で、6月に原爆展を開催することが正式決定される。
03 16 長崎市、シンガポールでの原爆展開催に協力を約束。
04 25 日本原水協、西独での原爆写真展に、長崎の被爆者代表を派遣。
05 28? 「子どもたちに、世界に!被爆の記録を贈る会」、8月に東欧で開かれる原爆展への参加者を募集。
06 07 シンガポール各地で、8月開催予定の「長崎原爆展」実現に努力した現地の日系婦人、長崎市を訪問。
07 静岡県被爆者の会など、広島・長崎原爆写真展を清水市で開催.
08 02 広島市沼田公民館で、原爆資料館の資料貸し出し第1号が展示される。
08 02 岩国市で、初の原爆写真展開催。(4日まで)
08 02? 米側撮影の被爆写真など含む、未公開「原爆記録写真展」、広島市で開催。(6日まで)
08 03 名古屋市で、「市民の手で原爆の絵を」の展示会開催。
08 08 第3回読売新聞連載<戦争>展、大阪市で始まる。(21日まで)
08 08 長崎市平和公園で、原爆被災写真の屋外展始まる。(10日まで)
08 15 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、ブルガリアで原爆写真展を開催。(25日まで)
08 15 大阪の革新団体、大阪市で「ヒロシマ原爆資料展」を開催。(月末まで)
08 15 「平和のための戦争資料館をつくる会」、大阪市で「私たちと戦争展」を開催し、「原爆広島コーナー」を設置。
08 17 長崎市、シンガポール市で長崎原爆写真展を開催。(26日まで)
09 静岡被爆者の会焼津支部(志友会)、原水爆展を市内繁華街で開催.
09 茨木市原爆被害者の会、原爆展を開催.2日間で1万人近くが入場.
09 17 シンガポール文化相から、広島市長宛てに、シンガポール市での原爆展についてのメッセージ届く。
09 29 茨木市原爆被害者の会、原爆展を開催(~30日).1万人が入場.
10 ヒロシマ・ナガサキ原爆展,宮城県内を巡回.
10 08 佐賀県被団協、長崎原爆写真展を佐賀市内のデパートで開催.写真展は県内初.
10 18 静岡県原水爆被害者の会浜松支部、原爆写真展を市内のデパートで開催(~24日).3500人が入場.この写真展は5月から県内10市1町で開催されたものの最終展示会.12回の入場者は2万6781人.
10 24 広島平和文化センター、国連軍縮週間にあたり、平和記念館で、「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」開催。
10 25 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、国連軍縮週間にちなみ、東京で被爆写真展開催。
10 25 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、ソ連で初の原爆写真展を、モスクワなどで11月下旬から開催すると発表。
11 02 ヒロシマ・ナガサキ原爆展岩手県実行委員会など、原爆展を盛岡市など5市で開催(のべ28日間).入場者27991人.
11 24? 山口県長門市で、原爆写真展・被爆者絵画展を開催。(25日まで)
11 25? 広島県議会訪中団、北京市に、来年同市で原爆写真展を開きたいと申し入れ。
11 30 広島県議会訪中団のメンバー帰国し、首相に、中国人被爆者の広島での検診・中国での原爆展開催実現に協力を要請。
12 02 石川県原爆被災者の会松任支部など、原爆写真・体験画展を市民会館で開催(~4日).入場者900人.
12 03 日中友好運動県民会議の訪中団、被爆写真など持参して北京に出発。
12 14 被爆写真を持参し、中国で被爆写真展を開いた日中友好運動県民会議の訪中団の一行、帰広し報告。
12 26 長崎市長、27日からの訪中で、中国での原爆写真展の開催を中国側に要請するとの見解表明。

 

 

年表:原爆展(1978年)

年表:原爆展(1978年)

記事
長野県松本市で市民が描いた原爆の絵展.
02 14? 広島・長崎市、5月の国連軍縮総会中に、合同原爆展を開催することを決定。
03 06? 広島市、今年海外4カ国で原爆資料展を計画。
03 09 広島定例市議会で、外国籍遺族への戦没者援護法適用問題で質問。
03 09 広島市長、国連軍縮特別総会会期中に「広島・長崎被爆写真展」を開催すると発表。
03 14 広島・長崎両市、5月の国連での被爆写真展の写真選定作業など開始。
03 18 広島・長崎市関係者、国連での原爆展の下準備のため渡米。
03 23 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」主催で、「贈って下さい世界に!原爆の記録展」、広島市内で開催。
03 24? 国連での、広島・長崎被爆写真展の会期・展示写真など決定。
03 29 国連での合同原爆写真展の開催、正式決定。ただし、広島・長崎市主催は認められず。
04 01? 国連での原爆写真展の写真説明から、原爆投下した米国の国名が抹消されたことが判明。
04 03 広島市・長崎市、国連での被爆写真展の展示写真などについて討議。
04 14 国連軍縮総会での広島・長崎合同写真展の細目決定。
04 22 広島平和記念館・広島原爆資料館合同で、第1回特別展「最近寄贈された被爆資料展」を平和記念館で開催。(7月20日まで)
04 25 ヘルシンキで開かれる社会主義インターナショナル軍縮会議で、被爆写真展開催。
04 29 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、米で原爆記録展を開くため、東京で「被爆の記録を贈るつどい」開催。
05 09 国連での広島・長崎被爆写真展のパネル写真を発送。
05 16 国連での被爆写真展で、国連事務当局が「身体の障害」部門の写真を削除するよう求めたことが判明。
05 16 広島市長室次長ら、国連での写真展準備のため国連にむけ出発。
05 17 国連で展示する被爆写真について、国連広報センターより広島市へ「質問したい」との連絡が入る。
05 19 国連事務当局、ケロイド写真など5枚を写真展から削除するよう要請があったことが判明。
05 20 国連本部ロビーで広島長崎原爆写真展、公開。
05 22 国連での被爆写真展で、国連事務当局が削除を求めていた写真の復活決定。
05 23 国連本部での広島長崎原爆写真展、削除されていたケロイド写真など復活し、正式に開幕。
05 23 国連内で初の「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」開催。6月23日まで。(「平和の推進」)
05 25 国連派遣の代表団主催「原爆フェア」、ニューヨーク市で開催。
05 25 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」編集の、「広島・長崎-原子爆弾の記録」完成。
05 27 国連での写真展のため渡米していた国際文化会館長ら帰国。展示写真のクレーム問題について報告。
05 28 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」、ニューヨークで「原爆の記録展」を開催。(6月1日まで)
05 29 広島・長崎市長ニューヨーク入りし、被爆写真展など訪問。
06 02 ニューヨーク滞在中の広島・長崎市長、日本政府主催の原爆写真展のためのレセプションに出席。
06 04? 国連本部で開催中の被爆写真展、8月頃バンクーバーでの開催が内定。
06 23 国連での被爆写真展、会期終了。
06 30 広島市長、市議会でカナダでの被爆写真展開催が決定したことを報告。
07 02 カナダ・モントリオール文化博覧会開催され、展示中の長崎被爆天使像が反響を呼ぶ。
07 26 広島原爆資料館・平和記念館合同の被爆資料特別展「ヒロシマ動員学徒の遭難」開催。(11月23日まで)
08 01 大韓YMCA・韓国教会女性連合会、初の原爆写真展を、ソウル市で開催。-6日。
08 03 「33年目の証言ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」、東京・広島で同時開催。(20日まで)米戦略爆撃調査団による未公開写真展示。
08 03 東京都、10月の軍縮週間にあわせて、都主催の原爆写真展の開催を決定。
08 06 カナダ・バンクーバーで、広島・長崎被爆写真展開催。(27日まで)
08 06 被爆未公開写真の展示会、長崎国際文化会館で開催。(15日まで)
08 10 「第2回読売新聞連載<戦争展>」、大阪で開催。
08 19 原爆投下直後のキノコ雲を写したカメラ、広島原爆資料館に寄贈される。
09 24 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」東京で、原爆記録写真展開く。
10 24 東京都主催「原爆記録展」、東京都庁で開催。(30日まで)
10 24 広島市主催「広島・長崎原爆写真・パネル展」、広島市内で開催。
10 25 長崎県平和委員会主催、長崎市で「原爆の記録展」(27日まで)
10 30 東京都主催「原爆記録展」、閉幕。
11 09 「読売新聞連載<戦争>写真展」、庄原市で開催。
11 12 「読売新聞連載<戦争>写真展」、三次市で開催。(13日まで)
11 13 「原爆記録展」、東京多摩地区で開催。(14日まで)
11 24 朝日新聞社、原子爆弾の記録展を長野市の長野東急デパートで開催(~29日).
12 21 長野県被団協など、原爆の記録展を松本市の信濃ギャラリーで開催(~25日).

 

年表:原爆展(1977年)

年表:原爆展(1977年)

記事
01 06 コスタリカ国の新聞記者、広島市長を訪問し原爆資料展の開催について協力要請。
02 08? 広島・長崎両市、今夏国内外で合同原爆開催を計画中と発表。
04 15 オーストラリアの平和団体、広島市から申し入れの原爆展開催を受諾。
04 16 長崎青年会議所、長崎市長に神戸での原爆資料展開催のため資料貸し出しを申し入れ。
06 08 ユネスコ本部事務局次長、長崎の原爆遺物「天使の像」を同本部日本庭園に永久保存されると発表。
07 12 広島・長崎両市、海外三都市での“ヒロシマ・ナガサキ原爆展”開催を決定。
07 27? このほど広島平和文化センター、8月開催のオーストラリアとポーランドでの原爆展にパネル写真など発送。
08 01 西独ハードビッヒシャフェン市の代表来広し、昨年の同市での原爆写真展を見た市民の署名簿を広島市長に手渡す。
08 01 長崎市主催「原爆パネル展」、東京で開催(6日まで)
08 11 「読売新聞連載<戦争>展」大阪で開催(15日まで)「原爆・戦後」のコーナー設置。

 

年表:原爆展(1976年)

年表:原爆展(1976年)

記事
01 24 山梨県原水爆被害者の会など、ヒロシマ原爆の記録展を甲府市内・岡島デパートで開催(~28日).25000人が入場.2200の援護法署名が集まる.
02 10? 長崎市、ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントに浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」を第一候補に選ぶ。
02 14? 諸谷長崎市長、今春フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に出席する意向を固める。
02 28 「南蛮渡来から原爆までの長崎展」準備委員会、開催。出品する資料を決定。
03 19 長崎市・浦上天主堂の原爆遺物「天使の像」の寄贈式、同天主堂で挙行。ユネスコ本部で永久保存される平和のモニュメントとして。
03 31? 広島市の国際青少年協会、西ドイツ・ハノーバー市でヒロシマ原爆展を開くことを計画。
04 01 長崎市、フランス・パリで開催される「南蛮渡来から原爆までの長崎展」に展示される資料を、市内で一般公開。-6日。
04 09 中国新聞「ヒロシマの痛み-米国で写真展開き訴え-今夏、広島の若者」
04 27 ユネスコと日本ユネスコ協会連盟、日本文化祭をフランス・パリのユネスコ本部で開催。開会式に諸谷長崎市長出席。期間中、「南蛮渡来から原爆までの長崎展」。-5月7日。
05 16 毎日新聞「パリ・日本文化祭の印象-中国放送の亀井さん-難しい”ヒロシマ”の訴え-核意識のズレ驚くばかり」
06 03 長崎市、8月6日から東京で開く「長崎原爆の記録展」の実施計画をまとめる。7日、予定していた銀座・松坂屋が会場の貸与を断る。
07 01 広島市、「戦後30年のあゆみ展」を市立中央図書館で開催。-
07 29 創価学会青年部平和委員会、全国縦断反戦・反核長崎展を、長崎市内で開催。-31日。
08 03 万国博記念協会、大タペストリー「かなしみの塔」の永久保存を決める。
08 06 ドイツ・ハノーバー市で「広島原爆31周年平和祈念式」と原爆資料写真展。国際青少年協会の同市訪問広島青少年使節団なども参加。
08 20 中国新聞「アメリカでヒロシマ写真展計画-広島の青年」
08 29 広島県大野町の原爆画展実行委員会、NHKが行った「市民の手で原爆の絵を」の町民版の原爆画展を同町公民館で開催。-9月12日。
11 07 マイク・グラベル米上院議員、米連邦議員として初めて広島市を訪問。20日、読売特派員に、原爆資料の国連への展示を働きかける意向を明らかにする。。
11 12 愛知県原水爆被災者の会、原爆被爆体験絵画展を名古屋市内で開催。-14日。

 

年表:原爆展(1975年)

年表:原爆展(1975年)

記事
01 29? 広島市、今年全国で巡回被爆資料展を開催することを計画。
02 20 カナダ在住の節子・サーローら、「ヒロシマ・ナガサキ被爆30周年トロント委員会」発足。
02 26 長崎市、原爆被災写真展の開催を申し入れていた米・セントポール市から、承諾の連絡を受ける。
03 15 広島県・広島市・中国新聞社・NHK中国本部、「ヒロシマ・原爆の記録展」の開催実行委員会設立総会を県庁で開く。関係者約30人が出席。
03 19? イタリアの詩人ダニエル・ドルチ、同国内での原爆展を開催するための準備会議を組織する意向のあつことを広島市に伝える。
04 10 宮沢広島県知事、オーストラリアから帰国。キャンベラの戦争記念館で、広島の被爆写真の提供を要請されたことを明らかにする。
04 13? 長崎市、米サンアントニオ市のバプテスト教会の牧師から原爆写真展開催のための資料提供を求められる。
05 13? 広島市、9月に被爆資料展が予定されているボルゴグラード市へ資料を送付。
05 23 中国新聞「広島の惨状-被爆30周年相次ぎ海外展示」
05 26 広島市、海外被爆資料展の今年の開催を断念。
06 27 原爆資料保存会、総会を開催。今秋、イタリアのシシリー島で被爆資料展を開催することを決める。
07 02 広島市、今秋カナダ・トロントで開催予定の被爆資料展のために被爆写真91点を送付。
07 04 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を北九州市小倉で開催。-8日。
07 09? 毎日新聞「ヒロシマの心伝えたい-アフリカで原爆写真展-被爆二世の青年、単身で」
07 11 「ヒロシマ・原爆の記録展」札幌市で開催。-16日まで。3万9594人入場。
07 16 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を福岡市で開催。-20日。
07 24 長崎市など、長崎展を米サン・アントニオ市で開催。-27日。諸谷長崎市長が出席。
07 24 カナダ・トロント市在住の被爆者サーロ節子、長崎市を訪れ、カナダで開催を計画シテイル原爆展への協力を依頼。8月25日、長崎市が資料98点を送付。
07 24 「ヒロシマ・原爆の記録展」、仙台市で開催。-26日。2万4496人入場。
07 26 長崎県・市、「ながさき原爆の記録展・世界平和祈念ポスター標語展」を長崎市で開催。-8月6日。
07 27 朝日新聞「「ヒロシマ」「ナガサキ」の認識深めよう-米に広がる平和の心-各地で原爆展や慰霊祭」
07 27 日本キリスト教団広島流川教会、「被爆30年史資料展」を開催。五日市方面(?)から撮影した新しい原子雲の写真を展示。
07 28 長崎市など、長崎展を米セントポール市で開催。-8月3日。
07 29 カナダのトロント市在住の被爆者サーロー・節子来広。荒木広島市長をトロントで開催する被爆写真展に招待。
07 31 高知新聞社、広島市から資料Wを借りだし、資料被爆資料展を高知市で開催。-8月6日。
08 01 長崎市など、長崎展を米ウィルミントン市で開催。-5日。
08 05 「ヒロシマ・原爆の記録展」(広島県、市、NHK中国本部、中国新聞社など主催)東京日本橋・三越で開催。-15日。入場者は5万7485人。
08 06 「丸木位里・俊原爆の図展」、広島市の福屋デパートで開催。-14日。約4万5000人が入場。
08 06 千葉県市原市青年団、被爆写真展を市民会館で開催。-10日。
08 15 「ヒロシマ・原爆の記録展」、,大阪市・心斎橋・そごう百貨店で開催。-20日。入場者4万3136人。
08 23 「ヒロシマ・原爆の記録展」、名古屋市・丸栄デパートで開催。-28日。入場者6万2106人。
08 29 中国新聞「ヒロシマ展全日程終わる-体験継承に大きな成果-5会場23万人入る」
08 29 長崎県・市、「長崎原爆の記録展」を熊本市で開催。-9月2日。
08 31 西宮市・市教委・市原水協、被爆資料展を市役所展示室で開催。-9月4日。
09 17 カナダ・トロントの「よみがえる広島・長崎」委員会、原爆写真展を同市役所で開催。-10月15日。
09 21 長崎新聞「核兵器の廃絶と平和の貴さ訴える-被爆30周年記念「ながさき原爆の記録展」から」
09 25 ソ連ボルゴクラード市で原爆資料展。広島の使節団訪問中。
09 27 「ヒロシマ・原爆の記録展」開催実行委員会、県庁で会合し、解散。
12 13 横田工原爆資料保存会会長ら2人、ダニロ・ドルチと移動原爆展の欧州での開催について相談するため、イタリアに向け出発。1月17日、帰国の記者会見。

年表:原爆展(1974年)

年表:原爆展(1974年)

記事
05 16? 原爆資料保存会、来年にスペインで原爆被爆資料展の開催を計画。
06 25? 岡井巴らロサンゼルス在住の被爆者約150人、原爆の恐ろしさを広く認識してもらうため、74年の8月6日を期して、同市内で被爆写真展を計画。
06 25? 米オハイオ州で平和運動グループによる「ウィルミントン1975年8月会議」開催運動を展開。平和教育のカリキュラムや在米被爆者の認識、米国青年の原爆に対する拒否反応などについて討議する。
07 15 山田広島市長、来年中に原爆被爆資料の海外での展示を実現したいとの意向を市議会で明らかにする。7月末、ノーマン・カズンズ、バーバラ・レイノルズ、ノエル・ベーカー、エディタ・モリス、ダニロ・ドルチに協力を要請。
07 24 広島市、米国原爆被爆者協会(荒井常会長)が計画している被爆資料展のために写真90点を送る。
07 28? カナダ在住被爆者サーロー・節子、カナダでの原爆展開催を計画。
08 05 広島・長崎原爆被爆者追悼法要、ロサンゼルス市の西本願寺別院で開催。約300人が参列。同別院で広島市平和文化センターが送った原爆写真を展示。
09 02 山田広島市長、米のバーバラ・レイノルズからオハイオ州ウイルミントン大学で来年被爆資料展を開くとの回答を得たことを明らかにする。
11 22 朝日新聞社、「激動とあらしの半世紀-昭和の50年展」を広島市の福屋百貨店で開催。-26日。原爆資料も展示。
11 24 朝日新聞「戦争繰り返してはならぬ-「昭和の50年展」アンケートから」
12 14 荒井覚米国原爆被爆者協会会長、広島市平和文化センターに、来春ロサンゼルスで開催予定の被爆写真展に広島市の写真パネルや映画を寄贈して欲しいと要請。

 

年表:原爆展(1973年)

年表:原爆展(1973年)

記事
05 14 長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設、米国から返還された資料を開封し報道陣に公開。
06 11 広島市が返還資料のうち134枚だけを公開することについて、二つの県被団協や被爆二世問題連絡会が抗議。
06 16 広島、長崎両市と中国新聞、地元放送3社共催「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、広島平和記念館で開催。。-25日。期間中、8万245人入場。
06 16 朝鮮李王朝の子孫・李*公のいとこにあたる李玖、広島市を訪れ、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」を見学。
06 22 中国新聞「対話:私の中の”返還被爆資料展”」
06 23 「ナガサキ・ヒロシマ米国返還原爆被災写真展」、長崎国際文化開館で開幕。
06 23 広島市の主婦、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」で展示されている被爆直後の御幸橋の写真の女子学生が自分であると名乗り出る。
06 29 中国新聞「返還被爆資料展-8万人(入場者)の重み-記者座談会」
06 30 米返還被爆資料展、福山市で開幕。-7月3日。入場者は3万1828人。
07 06 広島市内の原水禁,被爆者団体,町内会関係者約30人、ヒロシマの街に8月6日を再現する被爆者と市民の会を結成.
07 06 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、広島県三次市で開催。-8日。総入場者数は1万5769人。
07 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、山口市で開催。-16日。総入場者数は5012人。
07 23 住友銀行広島支店、米返還被爆資料のうち30点を1階ロビーに展示。-8月6日。
07 30 ヒロシマの街に8月6日を再現する被爆者と市民の会、市内40か所で返還被爆写真街頭展を開始(~8月11日).
07 31 広島市など、2回目の「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」を広島平和記念館で開催。-8月6日。総入場者は2万4028人。
07 31 広島市、原爆死没者名簿を平和記念館で公開。-8月6日。
07 31 国鉄広島駅の団体待合室で「原爆の記録と広島駅の今昔展」開催。-8月7日。
08 01 広島市沼田公民館、沼田地区戦災関係資料展を開催。-4日。
08 02 広島市在住の主婦、「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」で「太陽館」と解説されているのは、「呉服店倉庫」であると誤りを指摘。男性による、「防空ごう」は「ざんごう」との指摘も。
08 05 中国新聞「返還被爆写真展を見て-広島会場でのアンケートから」
08 06 「全電通全国原爆被爆者協議会」、広島市で結成。
08 07 中国新聞「どうとどめる薄れる記憶-「あかし」を葬るな-急げ史実の収録-食い違う証言解明」
08 08 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、京都市で開催。-13日。
08 08 米返還被爆資料展、京都で開幕。九月中旬まで山形、新潟、宇都宮、大宮、熊本、宮崎の各市でも開催
08 12? 中国新聞社、全国有力地方紙に「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」の開催を呼びかける。
08 14 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、山形市で開催。-19日。入場者は約500人。
08 17 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、岡山市で開催。-21日。総入場者は3万2822人。
08 18? ブラジル在住の広島出身の男性、原爆を教えるための資料集めに帰国。
08 19 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、新潟市で開催。-26日。
08 24 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、宇都宮市で開催。-29日。
08 31 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、熊本市で開催。-9月4日。
09 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、宮崎市で開催。-18日。
09 13 「ヒロシマ・ナガサキ返還被爆資料展」、大宮市で開催。-18日。
10 13 広島県・県商工会議所連合会など、米ホノルル市で「ハワイ・ひろしま親善フェア」を開催。-19日。広島市の被爆前と後の写真も展示。

 

年表:原爆展(1970年)

年表:原爆展(1970年)

記事
02 03 万国博・テーマ館への広島・長崎被爆写真展示、再検討ヘ。政府の万国博推進対策会議で「どぎつくて万国博にふさわしくない」との意見が出たため
02 24 万国博・地方自治体館、被爆写真を撤去。
03 04 万国博政府出展懇談会、最終会合。茅誠司座長、原爆タペストリーを「抽象的でわからぬ」と批判。
03 06 中国新聞「受難続きの原爆展示-万国博-撤去や横ヤリ相次ぐ-”悲惨さにベール”-主催者・米人に気がね」
03 13 原爆展示をめぐって紛糾した万国博テーマ館が、公開される。15日、一般公開。
03 15 日本万国博、大阪・千里で開幕。原爆展示は大幅後退
03 万国博の宮内弥地方自治体館館長、地方自治体館2号館「明け行く日本列島」の”海と船のショー・中国地方”(上映時間1分30秒)の場面に登場する原爆被害関係のシーンを差し替えるように日本映画新社に伝える。4月30日、差し替えたものが上映される。
04 14 米ニューヨーク在住のノーマン・カズンズ、広島市に、5月から開催を予定しているリンカーン・センターでの原爆資料展のために、被爆資料写真などの貸出を要請。
04 24 大原亨、万国博の地方自治体館の写真展示から館側が勝手に原爆被爆写真を撤去した問題を、衆議院文教委員会で取り上げる。
04 24 山田広島市長、米の平和団体がニューヨークで開く原爆資料展への資料貸出について、時期が適当でないと、断る。
05 11 万国博の地方自治体館が公開される。初めに制作者が計画していた「被爆母子」と「原爆の子の像」など円形パネル写真が姿を消し、きのこ雲の写真と長崎・浦上天主堂のマリア像の背景写真だけとなる。
05 11 米のニューヨーク文化センターで開催される「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」の開会式。リンゼー・ニューヨーク市長とノーマン・カズンズが挨拶。
05 12 米フレンド奉仕委員会、海外初の原爆写真展をニューヨーク文化センターで開幕(~6月21日).2万人以上の観客.
05 22 朝日新聞社、ニューヨークで原爆展を開催。海外初(「平和の推進」)。
07 18 大阪市の働くものの絵画集団「レアラ・ロンド(真実の仲間)」、万国博場外の原爆展として「原爆と平和展」を大阪・朝日文化ホールで開催。万国博に展示されなかった被爆写真の展示や映画の上映。-22日。8月5日~16日には、京都府立総合資料館で開催。
07 21 広島の写真家・佐々木雄一郎、原爆写真展「広島の日記」を西宮市民会館で開催。-23日。
07 24 長崎の浦上天主堂の写真を撮り続けた池松経興とその写真をもとに油絵をかいた福田重人の「原爆・二つの心展」、長崎市内のギャラリーで開催。
08 05? 万国博会場で数少ない原爆展示の「かなしみの塔」のある日本館のホステスたち、被爆の悲惨さについて勉強会を開く。原爆に関する英文パンフの配布を計画するが政治的な配慮から中止させられる。
08 06 万国博会場の野外劇場で広島テレビ制作の原爆ドキュメンタリー映画「朝顔」が上映される。
08 06 ゲレロ国連貿易開発会議(UNCTAD)事務局長、同会議デーを迎えた万国博の国連館で、各国のコインを集めて鋳造された「平和の鐘」を付き鳴らし、原爆死没者などを追悼。
08 07? 万国博会場内テーマ館の空中展示室にある原爆写真コーナーに菊の花が供えられる。
08 23 広島県、万国博の地方自治体館の「広島県の日」に被爆当時の写真パネル3枚を展示。-25日。
08 26 中国新聞「万国博「県の日」終わる-観光面で大収穫-被爆写真に不満の声も」

 

年表:原爆展(1969年)

年表:原爆展(1969年)

記事
03 24 大平通産相、万国博での原爆展示について、「原子力の誤った利用による過去の悲惨な経験と平和利用による明るい未来を展示する」と、参議院予算委員会で答弁。
04 24 社会党、万国博での原爆展示について政府に要請。5月16日、回答。
07 29 詩人さかもと・ひさしと写真家・大深みのじの「広島原爆25周年 詩と写真想像展」を広島市福屋デパートで開催。-8月10日。
08 01 広島在住の写真家・佐々木雄一郎、写真展「広島の日記」を東京銀座・松屋デパートで開催。-6日。
08 06 広島県府中市土生町の自動化移管で第3回原爆展。-17日。
09 25 万国博で日本政府館の「悲しみの塔」内壁を飾る原爆展示のタペストリーの制作が、京都・西陣の竜村美術織物で始まる。
10 17? 万国博の日本政府館に展示される原爆展示のうち「平和利用」の図柄が決まる。

 

年表:原爆展(1958~64年)

年表:原爆展(1958~64年)

記事
58 03 03 アジア・アフリカ連帯会議常設事務局、カイロで核兵器反対展示会を開催。広島・長崎の被害写真など展示(アカハタ)。
58 04 17 ブリュッセル万国博開幕。日本館の中央に広島の原爆の被害を示す写真を展示。
59 07 03 広島大学教養部学友会、学内で「八・六原爆展示会」を開催。-5日。
59 07 23? 原水爆禁止世界大会現地本部、大会参加者向けに原爆写真の展示と市内見学バスの臨時運行を計画。
62 05 21 広島市、二十一世紀世界平和博覧会(米シアトル市で四月二十一日から開催中)に被爆写真六十枚なとの出品決める。六月二十日発送を目標に準備進める。
64 02 03 米ボルダー市コロラド州立大学で二十一世紀世界展広島原爆展開く。八日まで。

 

年表:原爆展(1956年)

年表:原爆展(1956年)

記事
01 25 広島市当局、市議会産業委員会で、原子力平和利用展開催中は原爆資料館の資料を公民館に移す意向を表明。被爆者、遺品を移すのは心外だと反発。
02 02 丸木・赤松夫妻、「原爆の図」を日本アンデパンダン展に出品。全10部完成(アカハタ)。
02 11 神奈川県平塚市・地区労・医師会など、見附台体育館で丸木・赤松「原爆の図」展を開催(3日間)。約1万5000名が参観。原爆展の市主催は、英国コヴェントリー市についで2番目(アカハタ)。
03 23 天皇、東京日本橋高島屋で開催中のニューヨーク近代美術館など主催「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展を見学。その際、広島原爆被災の少年の写真にカバーがかぶせられる。(毎日新聞)
03 24 「ザ・ファミリー・オブ・マン」写真展に出品中の長崎原爆被災写真5枚について、米側責任者スタイケンが撤去を申し入れ。(朝日新聞)
03 26 丸木・赤松「原爆の図」展、ローマで開幕。(アカハタ)。
04 09 山口仙二長崎原爆青年会長、国際文化会館のケロイド模型の取り外しを指示した渡辺長崎県秘書課長補佐に7項目の公開質問状を提出。(長崎日々)
04 15? ハーベルマン(オランダの彫刻家)による丸木・赤松「原爆の図」の世界一周展覧行脚の呼びかけに対しスイスのベルン博物館・ニューヨーク・ボストン両博物館などから公開希望の申し入れ。
04 16 丸木・赤松後援会、「原爆の図世界行脚歓送懇談会を」東京お茶の水で開催。月末に訪中の予定(アカハタ)。
05 01 アカハタ、「「原爆の図」展の成果-神奈川平塚地区委員会の総括」を掲載(-3日、3回)。
05 12 丸木・赤松夫妻、中国人民保衛世界平和委員会の招きで訪中するため羽田を出発(アカハタ)。
05 26 広島原子力平和利用博覧会、開会式を挙行。
05 27 広島原子力利用博覧会(広島県・市など主催)、広島市平和記念公園の平和記念館・原爆資料館で開催(6月17日まで、約11万人入場)。藤居原・水協事務局次長、平和利用に先だって原爆症に対する治療・予防の研究を第一目標に置いて欲しいと談話。
07 06 原子力平和利用博覧会(アメリカ広報庁・福岡県市・西日本新聞社共催)、福岡市で開幕。(長崎日々)
08 04 長崎市原爆資料保存会、4月義宮来県以来国際文化会館の陳列から除かれていたケロイド模型を陳列することなどを決定。(長崎日々)[天皇]
08 31 丸木・赤松夫妻、平壌に到着(アカハタ)。
12 23 丸木位里、帰国(アカハタ)。

 

年表:原爆展(1954~55年)

年表:原爆展(1954~55年)

記事
54 01 09? 山口県防府地区労、丸木・赤松の原爆図展を開催(54.1.21中国新聞)。
54 04 08 福井芳郎「広島原爆画展」、中国新聞社ホールで開幕。
54 04 13 世界平和者会議広島大会参加の海外代表、中国新聞社2階ホールで開催中の福井芳郎原爆画展を参観。
54 08 06 市立長崎博物館で原爆記念文筆展開幕(~10日)。(長崎日々)
54 08 12 東京新宿・伊勢丹で「原子力展覧会」開幕(-12日)。広島・長崎の原爆被災写真・資料も展示。
54 09 24 広島・長崎両市の関係者、広島市役所で原爆資料展開催について協議。11月に日赤本社講堂を借り受け開催することを決定。
54 10 02 広島市、宇野長崎市社会課長を迎えて、原爆資料展について協議。ABCC、逓信・日赤・県立の各病院に資料の貸出を要請することなどを決定。
54 10 09 浜井広島市長、ロバート・ホームズABCC所長から原爆展のための資料提供要請に快諾の返答を受ける。
54 10 13 広島市原対協治療部会、原爆障害者の治療促進・原爆資料展への資料提供を決定。
54 10 14 広島市、来広した佐藤日赤本社報道室長・岸田日本民主文化協会理事長をまじえて、原爆展について協議。
54 11 01 長崎市議会全員協議会、東京で開催予定の原爆資料公開展の長崎市負担額119万3000円を承認。(長崎日々)
54 11 05 広島市、原爆展の概要をまとめる。
54 11 17 ロバート・ホームズABCC所長、初公開の原爆資料(男児の出生率が減少する)などを原爆展のため広島市に寄贈。
54 11 25 広島・長崎原爆資料公開展(日赤本社・広島市・長崎市共催)、東京日赤本社で開催(12月3日まで)。被災資料・写真など408点展示。ABCCの調査資料も展示。
54 11 26 日赤、原爆資料展の開催に合わせ、在京被爆者の健康相談所開設。
55 03 08 丸木・赤松「原爆の図」展、英国コヴェントリで開幕(3.13朝日新聞)
55 07 10 丸木・赤松「原爆の図」展、ロンドン市美術館で開幕。(1955.8.1)
55 08 06 広島平和記念資料館[広島原爆資料館]、完工し、原爆資料展示会を開催。
55 08 17 広島県・山県郡加計町青年団、中央青年会館で原爆資料展を、また常禅寺で庄野直允の講演会を開催。

 

年表:原爆展(1953年)

年表:原爆展(1953年)

記事
01 ? 丸木・赤松夫妻の「原爆の図」、国際平和賞を受賞。
01 02 秩父農業高校、原爆展を開催(アカハタ)。
01 15 長崎市教委ほか21団体、赤松俊子・丸木位里「原爆の図展」を長崎市労働会館で開催(~18日)。15日、3000名が入場。18日までに1万名を突破。会期を19日まで延期(長崎日々)。
03 18 長崎原爆の図展実行委員会、赤松俊子・丸木位里を招き、労働会館で長崎平和を守る会の結成大会を開催。(長崎日々3.13)
04 10 YMCA奉仕グループの河本一郎らの努力により釧路市労働会館で原爆展。以後、北海道各地に巡回(1953.7.4朝日新聞)。
07 10 山口大学講堂で原爆図展。3日間。
07 10 山口大学講堂で原爆図展開催(3日間)。(アカハタ)。
08 07 中国新聞社、「ノー・モア・ヒロシマズ原爆画展」を東京日本橋白木屋で開催(-12日)。福井芳郎の記録画を展示。
08 09 広島市・朝日ホールで丸木・赤松「原爆の図」展を開催(-13日)。(朝日新聞)
08 15 呉市公民館で「原爆の図」展覧会(17日まで).市民の10%約2万人が観覧

 

年表:原爆展(1952年)

年表:原爆展(1952年)

記事
01 19 長崎県など、大阪市近鉄阿倍野百貨店で「長崎県観光と物産博覧会」を開催(-2月2日)。
02 09 長崎県など、京都駅前丸物百貨店で長崎観光物産展を開幕。
02 25 長崎市立山里小学校、自主教育研究会に合わせて「永井博士と浦上の子ら」遺品展を開催。
05 23? 外務・文部両省、6月26日からニューヨークで開催される国際児童図書展覧会に「原爆の子」(岩波書店)など18点を出品することを決める。
07 30 東京都平和会議・世界政府協会・キリスト者平和の会、「大原爆展」を渋谷公会堂で開催。-8月2日。
07 30 東京都平和会議・世界政府協会・キリスト者平和の会、東京都渋谷公会堂で大原爆展を開催(-8月2日)。(アカハタ)
08 06 武蔵野市平和懇談会、井の頭公園で「大原爆展」を開催。-10日。
08 15 立川平和懇談会、赤松・丸木「原爆の図」5部作と東京都立大学の学生有志が集めた写真資料をもとに原爆展を開催。3日間。入場者総数は9907名(子供を加えると1万2000名以上)。(「平和のために-原爆展感想文より」52090901)
09 28 アカハタ、S・Yの詩「ピカドンを許さない-ある原爆展の会場にて」を掲載。
10 07 アカハタ、映画「原爆の図」(今井正作品・新星映画社)を紹介。
11 16 原爆画展、佐世保市公会堂で開幕(4日間)。
12 28 三菱造船労組長崎支部など、原爆図展実行委員会を開催。1958年1月15日から開催予定。

 

 

年表:原爆展(1951年)

年表:原爆展(1951年)

記事
02 28? 広島市、西独・ハノーバーで開催予定(7月から約1月)のドイツ復興博に原爆被害写真や復興状況の統計を送ることを決める。
03 28 西独ハノーバー市で開催予定(5月)の都市計画博覧会に出品される東京・広島・長崎のパノラマ、東京日本橋・三越で展示。
05 01 京都大学で春季文化祭「わだつみの声にこたえる全学文化祭」を開催。-20日。この中で同学会主催の原爆展が開催される。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
05 19 京都大学で「原爆に関する講演会」(木村毅一・天野重安・大田洋子の講演)。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
06 この月初め、京都大学文学部学友会の呼びかけにより「原爆体験記編集委員会」を作り、宮川裕行を中心に編集にとりかかることを決定。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
06 09 京都大学の学生、丸木夫妻から総合原爆展への「原爆の図」出展の了解を得て東京から帰任。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
06 10 京都大学の学生、広島より総合原爆展用の大量の原爆資料を持って京都に帰任。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
06 13 同志社大学「平和に生きる会」、原爆展を開催。-18日。3500人が参観。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号収録の「都新聞」)
06 13B 京大=原爆展を中心に全京都的な青年文化祭を行う。(「連盟通信」第101号)
06 15 京都大学同学会、ビラ「京大原爆展を成功させるために」を発行。(「資料戦後学生運動3」)
06 15 東京大学五月祭で展示された原爆資料が京都に到着。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
06 京都大学の学生、「原爆展」の準備のため広島で吉川清を訪問。吉川、上洛の意向を学生に表明。(京大同学会「京大原爆展を成功させるために」)
07 10 京都大学同学会、原爆展を丸物百貨店で開催。10日間。
07 14 京都大学同学会、丸物で総合原爆展を開催。-24日。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号収録「都新聞」7月21日付)
07 22? 宮川裕行(京都大学文学部学生)、広島で原爆体験の手記募集活動を行う。県庁職組、市庁職組・千田書房などを回る。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
08 06 丸木・赤松夫妻の「原爆の図」第4部「虹」、第5部「少年少女」が完成し、東京・日本橋丸善画廊で展覧会。-11日。(「連盟通信」第105号)
08 17 高槻市・京都大学同学会、市会会議室で原爆展を開催。-19日。(「原爆展」掘り起こしニュース第2号)
08 20 「東京平和会議ニュース」第4号、広告「原爆写真展を御利用下さい!!」を掲載。写真内容=原爆の図(16枚)、広島被害写真(5枚)、赤松丸木絵ピカドン(台紙4枚張17枚)の計38枚。
08 23 川崎駅前の百貨店で赤松俊子の「原爆三部作展」開催(長崎民友)。
08 23 赤松俊子・丸木位理共同製作「広島原爆図展」、川崎駅前・小美屋で開催。-30日。(「進む車両」1951年8月20日)
08 25 民主主義科学者協会・新日本建築家集団・新日本医師協会・京都大学同学会、「戦争・平和をめぐる科学技術展」開催準備のため展示物の一部を占める京都大学同学会の「原爆展」を東京都港区の全銀連会館で関係者に公開。-27日。(大原社研資料)
08 30? 民科・新日本建築集団・新日本医師協会・東大職員組合、9月10日-20日の間、浅草の松屋、渋谷の東横で「戦争と平和の科学技術展」の開催を計画。(「連盟通信」第106号)
09 01 横浜市従業員労働組合、神奈川体育館で「第1回市従平和文化祭」を開催。-5日。行事の一つに原爆絵画展(赤松・丸木協作原爆の図第1部-第5部)。(大原社研資料)
09 22 第38回日本エスペランチスト大会。京都大学エスペランチスト会、名古屋市の区役所廊下で原爆スチールを展示。(「原爆展」掘り起こしニュース)
11 01 大阪大学の体育文化祭で「原子力展」を開催。(「原爆の子に応えよう」520227)
11 08 岐阜大学農学部で文化祭。-11日。自治会主催の原爆展が開催される。(「連盟通信」第116号)
11 20 北海道・札幌市の丸井デパートで「原爆の図展」を開催。-21日。(「原爆展」掘り起こしニュース第5号、「女絵かきの誕生」)
11 22 静岡大学の文化祭で「原爆展」を開催。-25日。(「原爆展」掘り起こしニュース第5号)
11 24 札幌市警、北海道大学の原爆展会場に展示されていたパネル3枚(広島・長崎に落ちた原爆についての市民の声)を占領目的阻害行為処罰令被疑として押収。(「連盟通信」第117号、「女絵かき誕生」)
11 33 「原爆の図」展、1950年2月から51年11月までの期間に、日本全国51か所で延べ223日間開催され、約65万人が入場。(「原爆の図」19520410)

年表:原爆展(1948~50年)

年表:原爆展(1948~50年)

記事
48 08 ? 夏、丸木位里・赤松俊子、「原爆の図」の製作に着手。
48 08 05 長崎市、市立博物館で原子爆弾史料展示会、開催。(~11日)
48 08 06 アトム・ヒロシマ写真・画展、広島市内の茶房で開催(~8日)。中国新聞社写真部松重ら5氏の写真や福井芳郎のスケッチを出品。
49 04 21 広島県観光と物産展、東京日本橋・三越本店で開幕。-28日。「平和の鐘」を展示。
49 08 03 広島市平和協会主催「浮世絵展」、福屋百貨店で開幕。-14日。
49 10 14 広島市中央公民館、全国民生・児童委員大会の協賛行事として原爆写真展を開催(~18日)。
50 02 08 日本美術協会主催第3回アンデパンダン展(東京上野・美術館)。11日間。丸木位里・赤松俊子、「八月六日」(「原爆の図」第1部幽霊)を出品。(「原爆の図」19520410、「三田文学」1950年6月、「女絵かきの誕生」19770820)
50 02 11 広島市中央公民館で、原爆と平和展(広島平和協会主催)、開催(3月12日まで)。原爆関係資料展示。3月8日までの入場者数大人4273人、小人1611人。入場者収入32万2290円。
50 02 21 長崎市、日本産業博覧会(3月15日から、於神戸市)に長崎館を設置し、原爆資料など展示することを決定。
50 03 桃李会主催「原爆の図」展、丸善で開催。(「三田文学」1950年6月)
50 06 01 共産党東京都委員会、池袋駅前で「原子爆弾写真展」を開催し、平和投票を集める。
50 06 21 アカハタ、東京で戦争反対、原子爆弾の使用禁止の宣伝のため原爆による被害を示した数枚のポスターを紙上で紹介。
50 08 月刊誌「働く婦人」、グラビアで赤松俊子夫妻の「原爆の図」を紹介。峠三吉の詩「呼びかけ」、記者常見一の広島ルポ「原子沙漠に草萌えて」を掲載。
50 08 ? 全商工本省支部が省内で開催した原爆写真展の写真が巡視により没収される。(千代田区平和を守る会「平和ニュース」第2号、1950年8月12日)
50 08 07 丸木・赤松の「原爆3部作展」東京・日本橋の丸善画廊で開催。-12日。15-20日には銀座・三越で開催。合わせて9万人が参観。(「連盟通信」第68号、「日本評論」1950年10月)
50 08 18A 日本美術会・婦人民主クラブ・女子勤労連盟・平和を守る会、東京有楽町交通協会で、原爆3部作完成記念の懇談会を開催。本郷新(司会)、八田元夫(丸山定夫の思い出話)、淡徳三郎、武谷三男、大田洋子の話に続き、赤松・丸木夫妻の挨拶。
50 10 ? 民科米子支部、「原爆の図」展を開催。3500人が観覧、2500票のSアピールを集める。(「歴史評論」1951年9月)
50 10 05 広島市内五流荘で原爆の図三部作展覧会始まる。5日間でストックホルムアピール署名186票。(「民族の星」1950年10月16日、10月21日)
50 10 07 「われらの詩の会」、峠三吉のアパートで壷井繁治・丸木位里・赤松俊子を囲む集まりをもつ(「われらの詩」1950年12月15日)
50 10 08 広島市・五流荘で「壷井・丸木・赤松諸氏を囲む座談会」が開かれる。(「われらの詩」1950年12月15日)
50 10 20 広島県・上下高校の記念祭で「平和展」.会場で原爆写真などを紹介(25日まで)。

年表:原爆展

 

 

1948~50年)、1951年、 1952年、 1953年、 1954年、 1955年、 1956年、
1958~64年)、 1967年、 1968年、 1969年、 1970年、
1971年、 1972年、 1973年、 1974年、 1975年、
1976年、 1977年、 1978年、 1979年、 1980年、
1981年、 1982年、 1983年、 1984年、 1985年、
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