「01広島市公文書館」カテゴリーアーカイブ

占領下被爆者医療活動(都築正男資料から)

広島市公文書館開館30年講演会(2007年9月29日)
占領下における被爆者医療活動-医学博士・都築正男資料から
宇吹 暁(広島女学院大学)

はじめに
1972年2月3日、日赤に重藤文男院長を訪問。
都築著『医学の立場から見た原子爆弾の災害』借用。
1978年6月11日、80年11月17日~18日、都築家資料調査。
1994~96年度 科学研究費補助金
1995年12月23日、広島大学公開講座「原爆医療法制定前の被爆者問題」。

Ⅰ 占領下における被爆者医療活動
『広島大学公開講座・被爆50年-放射線が人体に与えた影響』
(広島大学1995.10.01)<資料1

Ⅱ 都築資料の概要
広島市寄贈(1981年7月6日)点数
書簡・葉書53点、論文247点、講演要旨27点、写真19点、雑誌17点、調査票9点、地図9点、その他264点 計645点 <『広島市公文書館紀要 第5号』(広島市、1981.03.31)>
『広島新史 資料編1(都築資料)』(広島市、1981.03.31)
目次<略>

Ⅲ 都築正男をめぐる現在

1.文献

1.文献

No. 発行年月日 書名 著者・編者 発行所
  1959.07.21 原水爆時代-現代史の証言(上) 今堀誠二 三一書房
  1972.03.31 広島県史・原爆資料編 広島県(編) 広島県
  1979.07.25 広島・長崎の原爆災害 広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会(編) 岩波書店
  1980.08.06 桜隊全滅-ある劇団の原爆殉難記 江津萩枝 未来社
  1981.03.31 広島新史・資料編Ⅰ-都築資料 広島市(編) 広島市
  1981.03.31 広島市公文書館紀要 第5号 広島市(編) 広島市
  1981.04.05 都築正男研究業績目録-都築正男大人命20年祭 広島市史編纂室(編) 都築正和
  1982.11.10 長崎原爆体験-医師の証言 調来助・吉沢康雄 東京大学出版会
  1986.08.11 DDT革命-占領期の医療福祉政策を回想する サムス,クロフォード、F.、竹前栄治(訳) 岩波書店
  1990.10.18 核と共に50年 木村一治 築地書館
  1995.03.30 漱石の脳 斎藤磐根 弘文堂
  1995.10.01 広島大学公開講座・被爆50年
-放射線が人体に与えた影響
広島大学 広島大学
  1997.02. 原爆被爆者対策史の基礎的研究―原爆被爆者対策前史 1945年(昭和20)~1953年(昭和28)資料集― 宇吹 暁 宇吹 暁

 2.今堀誠二の評価

占領軍と日本人科学者:サムス、アレン、ケリー、  ジュノー

『原水爆時代-現代史の証言(上)』、『広島県史・原爆資料編』、(『広島・長崎の原爆災害』)、『広島新史・資料編Ⅰ-都築資料』

3.検閲
「所謂『原子爆弾傷』に就いて-特に医学の立場からの対策」(『総合医学』、1945年10月1日)
<ゲタバキ部分あり。「昭和20年9月8日米国原子爆弾損害調査団を案内して広島市へ向ふ時記す」>

4.調査データのプライオリティ
大橋成一(元陸軍軍医学校教官・少佐、宇品陸軍救護病院副院長)、井深健次(元陸軍軍医学校校長・中將)宛の書簡(1953年5月3日付)の中で原子爆弾災害調査報告集の中に軍関係者の名前が掲載されていないことを指摘。(「広島県史原爆資料編」)。
大橋書簡=「当時の軍関係者の研究分担者の名前が掲載されて居らず、大学の先生方等のみの名があり、之のレポートが大学の先生方によって主になされた如く誤解される恐れがあると愚考致します。」

5.政府機関
予防衛生研究所、文部省、厚生省研究班、

6.広島・長崎の医療関係者
*都築正男報告(新聞発表)『中国新聞』
1945.9.4  9.5  11.25    1946.5.22  12.21
『広島県史・原爆資料編』(広島県、1972.03.31)
*公開治療
*松坂義正(広島)、調来助(長崎)
*学研調査団資料 調査票

7.被爆者
1945年8月13日、仲みどり(移動演劇団桜隊の女優)、広島で被爆後、東大都築外科に入院。24日、仲みどり、東大病院で死亡。30日、東大医学部教授都築正男ら調査団、来広。

1956年4月15日、東京の原爆被災者の会(事務局長松尾明人)、東京で、原爆被災者の集いを開催(東京・群馬・神奈川などから約100人参加)。都築博士による講演。被災者対策の充実・促進などを申し合わせ。

「畑とし子」=<東京の日赤で都築博士の治療を受ける>『あの日から生きて生きて』(1986年2月20日)
宗藤尚三=<被爆場所:1.3キロ自宅。大学生。日赤・似島・庄原日赤で治療。庄原では都築の診断を受ける。>『いのちの塔-広島赤十字・原爆病院への証言』(1992年6月10日)

ひろしま今昔-’80広島市政指定都市記念

『ひろしま今昔-’80広島市政指定都市記念』(広島市公文書館編、広島市、19800904)

目次

項目 備考
ごあいさつ(荒木武)
ポスター・公文書・写真にみる広島90年
1 明治の広島と市制誕生
2  軍都のはじまり
 3 都市の発達
4  教育の発展
5  不況の波と大戦の足音
6  戦時体制の進展
7 国民精神総動員
8 大戦の勃発
9 敗戦への道
10  広島の昭和20年
11 被爆後の市民生活
12  ヒロシマの声
13  復興にむかって
14  建設のひびき
15 広島の発展
市民による広島市の新しい美の発見
選者評
広島のあゆみ(年表)
広島市の行政区画
160 あとがき(小堺吉光)

 

街と暮らしの50年

『街と暮らしの50年-被爆50周年 図説戦後広島市史』(高橋衛監修 被爆50年記念史編修研究会、広島市総務局公文書館、19960331 )

 

 

 

執筆等
刊行によせて (高橋衛)
第1部  写真でみる50年
003 1995年 平和宣言 (平岡敬)
006 広島の戦後は8月6日に始まった
017 被災調査と放射線障害
019 占領軍と広島
027 お母さん僕はここに立っています
029 槌音が響き、街はよみがえる
033 家が建ち、笑顔がもどる
035 活気みなぎる駅前ヤミ市
041 空から見た復興、昭和22年
043 広島 2年目の夏
048 街並みがよみがえる
051 街を考える
053 街並みを変える
059  一人もれなく投票だ
061  平和をデザインする
065  太田川改修工事
069 市民の暮らしと住宅の戦後史
073 復興した街
075 郊外の都市化
077 変わり行く都市空間
079 新しい住・商空間
081 戦後史のなかのランドマーク建築
083 市民の台所をささえる
085   届かなかったはしご車
089 都市圏の拡大と水道事業
091 ごみ非常事態宣言をこえて
095 市財政やりくりの記録
097 政令指定都市への移行
099 産業の復興
101 朝鮮戦争特需から造船ブームへ
103 復興を実感した広島博
105 自動車工業の戦後
107 あこがれのマイカー
109 高速経済成長と特産工業
111 造船不況から航空機生産へ
113 統計でみる生活の一面
115 農村のくらし
119 海辺のくらし
121 まちのくらし
139 原爆ドームのある風景
141 祭りと市民
145 子どもの笑顔に未来が見えた
157 狭められた子どもの空間
159 ぼくらのまいにち
165 戦後スポーツのスタート
167 たのしい運動会
169 東京五輪から市民スポーツへ
171 輝かしき学校運動部
173 カープを見つめるひとびと
177 広島アジ競技大会
181 原爆を描く
183 美術館
185 美術展と美術賞
187 原子雲の下の文学
191 演劇半世紀のドラマ
195 市民と音楽
199 チケット50年
203 地域のなかの公民館
205 映像のなかの広島
207 姉妹都市の歴史
209 カメラ少年の8・6
211 原爆犠牲者の追悼
213 被爆者援護
217 もえあがる反核運動
219 広がる反核の波
221 広島を訪れた外国人
223 被爆体験を知らせる
225 体験を伝える
227 継承運動が広がる
229 被爆建物さまざまなその後
231 新聞社会面のヒロシマ
233 切手の中の原爆
235 町の中の「平和」
239 平和記念式典のあゆみ
241 50年目の8月6日
第2部  50年おもなできごと  247~
 1945 8月6日のカメラマンたち/戦禍につづく冷風禍一枕崎台風/被爆直後の新聞報道 <残っていた戦時中の防火水槽 >
1946  復興審議会の設立と役割/本通商店街のあのころ一中山良一の遺稿から/食糧メーデー <雑草を食べて飢えをしのぐ >
1947 町内会・部落会・隣組の廃止一政令15号と市民生活一/初の公選市長・浜井市政の発足/「原爆十景」の選定 < 机がほしい、窓ガラスがほしい! >
1948  児童文化会館の建設/サマータイム/広島で生まれたエスキーテニス  <戦後初のプロ野球試合 >
1949 フロイド・シュモーと「ヒロシマ・ハウス」の建設/ノーマン・カズンズと国際精神 養子連動/海外布住者からの復興援助 <市民を悩ませた衛生害虫 >
1950 天気図がはじめて新聞に掲載される/開かれなかった平和祭/評判が悪かった平和祭/原爆ドームの史跡指定決議  <紙しばいが免許制になる >
1951  文化行事が盛んになる/第6回国民体育大会の開催 < 盗まれた平和の鐘>
1952 原爆死没者慰霊碑と碑文/戦後広島の演劇と広島民衆劇場 <バタンコの登場 >
1953 原爆文学論争  <ラ・パンセ像の出現>
1954 ビキニ事件と原水爆禁止運動/被爆体験記の刊行が活発化  <中国大動物園の盛況>
1955 文化施設の落成/戸坂・中由・井口3村の編入合併  <本通りのオーニング倒壊>
1956 「原爆の子の像」の建立/原爆乙女の渡米治療  <テレビ劇場の登場>
1957  百メートル道路と供木運動/交通事故の激増とノークラクション運動/バスセンターの開業  <第1回春季赤ちゃんコンテスト >
1958 広島復興大博覧会の開催  <平和公園でホタル狩り >
1959  ごみ焼却場の建設が始まる/ホノルル市との姉妹都市縁組 < 放水路工事で魚ピチピチ >
1960 原爆ドームの存廃論議/フェニックス号、広島に帰る <ユースホステルの開所 >
1961 広島空港の開港/「20歳の直言」募集始まる/戦後最大規模のメーデー  <レジャーブーム到来>
1962  「交通地獄から「交通戦争」へ/「二都物語」の波紋 <広島市の動物園 >
1963 38年豪雪と過疎化の波/失業対策事業の45年 <ヘルスセンターの隆盛 >
 1964 山陽本線の電化/原水禁運動の分裂と新しい展開 <東京オリンピックの聖火リレー>
1965 -66 三篠川の氾濫/陸上自衛隊の観閲行進/広島民衆駅の落成と開業/的場町河岸の強制立ち退き執行 <しぐさの社会史>
1967 -68 「原爆スラム」の火災と再開発/原爆ドームの保存工事完成/「原爆白書」運動と原爆被災資料広島研究会 <ミニスカートの大流行>
1969 -70 大学紛争と広大統合移転/原爆記録映画を市民の手で <大阪万博の大盛況 >
1971 -72 昭和40年代の広島市の公害/安佐動物公園の開園 <ポケベルの登場>
1973 -74 広域合併の推進/米国からの被爆資料の返還  <歩行者天国}
1975 -76 ごみ非常事態宣言/広島市植物公園の開園 <マンガブーム再び>
1977 -78 ひろしまフラワーフェスティバル/広島市西部開発事業の展開 <市民菜園が大人気 >
1979 文化行政の展開 <アメリカの「船上デパート」寄港>
1980 -81 政令指定都市広島の区名の決定/反核運動の新しい波10フィート連動/被爆瓦の発掘と「ヒロシマの碑」建立運動 <ドルトムント路面電車が広島に >
1982 -83 反核20万人集会/相生橋の架けかえ工事/段原再開発の工事が始まる <週休2日制始まる>
1984 -85 原爆死没者慰霊碑の改築/第1回ワールドカップ・マラソン広島大会/第1回国際アニメーションフェスティバル広島大会  <ハレー彗星を観る>
1986 -87 旧国鉄宇品線の廃止/アストラムラインの建設 < 平和記念ポストが平和記念公園に>
1988 -89 築城400年を迎えた広島城/海と島の博覧会開幕  <広島市現代美術館の開館 >
1990 -91 アニメと反核/台風19号の襲来 <「カラオケ花見」の自粛を >
1992 -93 米スミソニアン原爆展問題/新広島空港の開港毎 <サメ騒動 >
1994 広島アジア競技大会の開催/広島市立大学の開学 <カラカラ天気に泣く>
1995  広島市の被爆50周年記念事業 <ヒロシマエバヤマザクラ>
特論
323 1.占領下の広島 中川剛
325 2.プレス・コードとヒロシマ 好村富士彦
327 3.講和条約と広島 宇吹暁
329 4.広島の復興をどうみるか 石丸紀興
331 5.60年安保と広島 宇吹暁
333 6.戦後建築の変遷過程 杉本俊多
335 7.生活者からの都市づくり 阪神大震災から被爆後50年を考える 船場正富
337 8.戦後市政の特質 中川剛
339 9.高度経済成長と市民生活 高橋衛
341 10.広島の美術50年 金田晋
343 11.広島と音楽 広島と音楽
345 12.市民の活動にみる 広島のアイデンティティ 嶋陸奥彦
347 13.教室不足のなかの戦後教育 菅井直也
349 14.戦後の社会教育 新見豊
351 15.レジャーとスポーツの現在 新井貞光
353 16.被爆者援護とこの50年 宇吹暁
355 17.次の半世紀へ継承を考える 石田信夫
357 グラビア・50年目の広島
379 写真図版リスト
382 あとがき (松林俊一)
再版(20010731) ヒロシマの音楽「一本の鉛筆があれば…」CD付

図説広島市史

『図説広島市史』(広島市、19890401)

目次

003 序(荒木武・広島市長)
004 グラビア
012 第五師団の本営広島城
013 昭和10年の広島市街 小町から紙屋町
014 広島上空の原子雲
015 広島市中心街 1989年
図説編
019 広島の自然 
029 第1部  原始から広島築城まで
原始・古代
比治山貝塚と中小田古墳 30
国府と郡郷 38
中世の推移と広島築城
中世の動乱と安芸国 44
荘園・公領と地頭 46
産業と交通 48
文化と信仰 50
毛利氏の発展と広島築城 54
061 第2部  城下町広島
福島・浅野の城下
福島正則の20年 62
浅野氏250年 藩政の確立 64
藩政の動揺 66
城下町の構造
広島の町割り 68
城郭 70
武家町 72
町人町 74
寺社 78
領国と城下町
水運(海運・船運)80
街道 84
耕地の拡大(新開)86
領国の産業 88
江戸時代の文化
学問と教育 92
文芸・美術・工芸 94
広島景観 97
祭礼・芸能・娯楽 102
広島と宮島 106
109 第3部  近代都市広島
軍都の形成
幕末期の動乱 110
明治維新と広島湾 112
文明開化と都市の発展 114
市制と町村制の施行 116
日清戦争と軍隊 118
大正デモクラシーと社会事業 120
近代都市への変ぼう
宇品築港と山陽鉄道の開通 122
都市施設の整備と拡充 124
合併と都市計画 126
広島の景観と風景 128
太田川改修と広島工業港建設 134
近郊の町と村 136
くらしと文化
出稼ぎと移民 138
商業 140
工業 142
農村・水産業 144
教育 146
体育・スポーツ 148
芸術と文化施設 150
娯楽と盛り場 152
衣・食・住 155
軍都の崩壊
158 15年戦争
160 原爆被災
163 第4部  平和都市広島
164 平和都市への復興
170 政令指定都市への道
172 国際平和文化都市を目指して
概説編
176 広島のあゆみ
234 広島城の400年
258 年表
 図説広島市史 付図
 広島城下町絵図(江戸中期)
広島町新開絵図(享保13 1728年)
 広島市街明細地図(明治20 1887年)

 

広島市公文書館紀要記事目録(抄)

広島市公文書館紀要記事目録(抄)

号(年月日) 著者 タイトル  
所蔵:U=宇吹
1(19780331) 今堀誠二 中国の原爆観の推移とヒロシマ 1975~1955  U
渡辺則文・ 堤正信 市町村史の編纂と歴史地理学の課題-広島市高陽町調査ノート-
-資料- 公文書館関係文献資料目録
2(19790331 ) 大牟田稔 外国人の見たヒロシマ-その文芸作品に表われた思想-  U
宇吹暁 原爆と市民-米国戦略爆撃調査の再検討-
史資料の保存に関する諸問題-「史料協」第IV回総会参加によせて-小堺吉光
高亀保正・松林俊一・要田豊 広島市公文書館の現状と展望<鼎談>
3(19800301) 島津邦弘 東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって- U
4(19810331) 沖本博司 「山田節男文庫目録」解説-欧文資料を中心として-
近藤憲男 「広島今昔展」を終えて
5(19820331 ) 有田嘉伸 新藤兼人の人と作品  U
宇野正三 「正法眼蔵」と平和
小林正典 広島の文化の創造のための試論-産業との関連において都市の文化と住みよさについて考える
石丸紀興 <史料紹介とインタビュー>被爆の広島と復興過程の状況
都築資料目録
新藤兼人資料目録
あとがき
6(19830331) 岩崎清一郎 「原爆文学」史論-”原爆文学論争”前後-  U
7(19840331 ) 小堺吉光 広島破滅前後の資料を見る U
堤正信 広島をえがいた地図
近藤憲男 <資料紹介>厳重をきわめた防諜関係文書
8(19850331) -被爆四十周年記念特集-  U
近藤憲男 <口絵>
宇吹暁 原爆報道の軌跡-新聞記事の量的側面の検討-
近藤憲男 <資料紹介>移動演劇団桜隊隊長丸山定夫の死
上田佳弘 <資料紹介>合併町村役場文書に見る原爆被害
近藤憲男 <資料紹介>危機突破を図った食糧関係文書
備考 防空計画による避難先指定町村の記載あり。P110-112
9(19860331) 甲斐英男 軍都広島の都市経営と宇品-広島市会の論議を中心に- U
10(19870331) 今堀誠二 図書館と文書館  U
檜山幸夫 日清戦争下の臨戦地広島-旧安芸郡戸坂村を中心に-
今中比呂志 広島市公会堂の成立
吉田文五 広島戦後芸能略史私考
広島市の情報公開と公文書保存
<展示会報告>「広島市公会堂の歩み展」を開催して
11(19880331) 石丸紀興 「広島平和記念都市建設法」の制定過程とその特質  U
高井正文 広島児童文化会館
<資料紹介> 広島平和記念都市建設法関係資料
1寺光忠資料目録
2藤本千万太資料目録
3広島市文書目録
矢吹憲道資料目録
12(19890331) 渡辺則文 甲斐英男運営委員の逝去を悼む  U
13(19900331) 石丸紀興 都市形成と都市景観の変貌-広島の歩んだ一世紀  U
<展示会報告> 「街と暮らしのミュージアム」展を開催して
14(19910331) 中川剛 政令指定都市広島の過去・現在・未来  U
北西英子 近・現代広島女性の歩み
物産陳列館から原爆ドームへ-七五年の歴史
〈展示会報告〉 特別展示を開催して
15(19920331) 西川加 戦後広島住宅小史  U
小笠喜徳 公文書保存と地域公文書館への期待-中国地方の文書保管施設を取材して
<展示会報告>「あさきた今昔」展を開催して
16(19930331) 竹内常善 近・現代広島経済の経営史的分析-現状と課題-  U
尾津訓三 占領下における広島県内の文芸活動と検閲
雨野忍 空間の重層-広島県物産陳列館のデザイン構想
渡辺則文 <今堀誠二を偲ぶ> 今堀誠二運営委員長の逝去を悼む
瀬戸内寂聴
17(19940331) 佐竹昭 地誌編さんと民衆の歴史意識-広島周辺地域を中心に-  U
18(19950331) 石丸紀興 写真で見る広島駅前ヤミ市の変遷 広島駅前ヤミ市の変遷とその特徴 U
ウルシュラ・スティチェック 原民喜の不安文学-戦前の作品を中心とするカフカとの比較文学的考察-
19(19960331) 大里巖 戦災遺跡としてのフラウエン教会 U
杉本俊多 三十四銀行広島支店と建築家辰野金吾-建築形態の復元研究を通して-
尾津訓三 〈研究ノート〉戦後復興と広島の演劇
〈展示会報告〉「あの日あのころ ひろしま50年展」を開催して
20(19970331 ) 舟橋喜惠 広島の中のヒロシマの継承-広島の平和教育-  U
小野布久美 和教育- 舟橋喜惠 1
原民喜『幼年画』の重要性
石田宜子 過ちは 繰返しませぬから -碑文論争の歩み
橋本秀夫 〈研究ノート〉広島城修築史の一考察
〈展示会報告〉特別展示を開催して
『街と暮らしの50年』の刊行をふりかえって
21(19980331) 中村若生 「歴史」と「記憶」-スミソニアン論争を通して-
江崎一博 〈現場レポート〉文化財の保存と原爆ドーム
〈史料紹介〉広島戦後演劇資料(高野泉・輝本親孝寄贈資料)
〈展示会報告〉「さえき区今昔」展を終えて
22(19990331 ) 熊田重邦 神仏分離令から教院制へ-明治初期の法令からみた政教関係の一側面
森本和子 占領下の翻訳絵本と教育-広島図書について
23(19990228 ) 広島平和記念都市建設法案
石丸紀興 広島平和記念都市建設法の成立過程とそれに関わる新聞報道内容についての考察…
藤森照信 〈講演会〉広島計画を展開した意図.その後の丹下氏の活動
〈展示会等報告〉「広島平和記念都市建設法制定50周年記念イベント」について
〈資料紹介〉広島平和記念都市建設法関係資料
24(20010131 )
25(20120601) 菊楽忍 ヤン・レツル再考-書簡集から建築活動をたどる
石田浩子 「畑耕一文学資料展」を開催して
26(20130601) 山形政昭 日本メソヂスト広島中央教会建築図面について…
瀬戸武彦 第一次大戦時の似島俘虜収容所
(語り)錦織亮雄 (編)石丸紀興 広島の戦後復興における建築活動-地域の建築家の設計活動を通して(前)…
三好史久 〈研究ノート〉LPコード「HIROSHIMA」-ヴィルヘルム・ケンプからの音楽の捧げもの
27(20140601) (語り)錦織亮雄(編) 広島の戦後復興における建築活動
地域の建築家の設計活動を通して(後)
竹下可奈子 河合太郎軍楽長時代の呉海兵団軍楽隊における奏楽実態
新聞資料を中心に
〈翻刻〉「丹下健三書簡綴」 (広島市公文書館所蔵 藤本千万太資料)
中川利國 〈資料解説〉「丹下健三書簡綴」(藤本千万太資料)について
広島市公文書館所蔵資料との関係を中心として
28(20150601) 能登原由美 機関紙にみる広島労音 発足から十年の歩み
光平有希 広島流川協会における復興と音楽の歩み、及びその原点 谷本清・太田司朗を中心として
中川利國 〈研究ノート〉占領軍資料を中心とする広島市復興顧問と復興計画への一考察
西本雅実 「平和記念都市ひろしま」知られざる記録映画
29(20160601 ) 石丸紀興、千葉桂司、矢野正和、山下和也 研究報告
基町/相生通り(通称「原爆スラム」)調査を回想する〈前編〉
中川利國 占領期におけるABCC広島原爆傷害研究所の整備と広島の復興について
30(20180301) 石丸紀興、千葉桂司、矢野正和、山下和也 研究報告 基町/相生通り(通称「原爆スラム」)調査を回想する〈後編〉
中川利國 研究ノート 世界へ訴える占領下の広島復興(その1)
―占領期における広島発信の試み~映画『平和記念都市ひろしま』―
展示会報告 文書と写真でたどる旧広島市民球場 ―旧広島市民球場開場60年記念展示―
濱保 仁志 所蔵資料紹介 カープ関係寄贈資料