広島県原爆被爆教職員の会訪中友好交流団

広島県原爆被爆教職員の会訪中友好交流団

第1次 1985年
第2次
第3次 1988年8月12日~10日間
12日大阪空港―上海空港―13日平頂山―上海14日―平頂山―戦犯管理所―15日瀋陽駅―長春駅―吉林省博物館―16日長白山賓館―17日和平邨賓館―731部隊―東北烈士記念館―18日賓館―19日兆竜飯店―盧溝橋―20日兆竜飯店―軍縮委員会―明の十三陵―万里の長城―飯店―21日兆竜飯店―北京空港―上海空港―大阪空港
 資料『広島県原爆被爆教職員の会第3次訪中友好交流団歴訪の記録』(『広島教育』426号 広島県教職員組合、19881205)

被爆二世として生きる

『被爆二世として生きる』(広島県教職員組合・広島県教職員組合被爆二世の会編、平和教育研究所、19951015)

目次

001 発刊によせて
石田明(全国原爆被爆教職員の会)
109 被爆二世問題とは何か
横田秀明(広島県教職員組合被爆二世の会)
115 被爆二世運動年表

 

被爆建造物をたずねて

『被爆建造物をたずねて 平和学習のしおり』(広島平和教育研究所・広島県原爆被爆教職員の会編、広島平和教育研究所出版部 、19910801 )

目次

被爆建造物とヒロシマ案内
ヒロシマ原爆被爆建造物「広島からヒロシマまで」
被爆建造物をたずねて 平和学習のしおり
01 国前寺と広島駅周辺
02 福屋倉庫
03 福屋 八丁堀
04 広島アンデルセン
05 袋町小学校
06 日本銀行広島支店
07 国泰寺高校(旧制県立1中)
08 広島大学理学部1号館
09 広島電鉄本社変電所と路面電車
10 御幸通り
11 日本通運出汐倉庫
12 比治山陸軍墓地
13 広島城周辺の旧軍事施設
14 基町の被爆エノキ
15 原爆ドームと平和公園

 

 

被爆教職員ここまで生きてきて

『被爆教職員ここまで生きてきて 被爆40周年を記念して』(原爆被爆教職員の会全国連絡会編・刊、19880310)

目次

はじめに 石田明(全国被爆教職員の会 会長)
1 被爆教職員の会結成へ-自らの体験を教え子に語り伝え
1 未来を語りつづけて(広島県被爆教職員の会結成)11
2 二度と悲劇をくりかえさないために(広島高校被爆教職員の会結成)16
3 沈黙の壁をやぶって(長崎被爆教職員の会結成
2 どのような課題を背負ってきたか-平和教育を創り出す力
平和教育運動
(1)広島から平和教育の創造
1 組織的にとりあげた平和教育 27
2 広島平和教育研究所の設立 34
3 とりたてた平和教育とカリキュラム 45
4 修学旅行生への証言活動
(2)広島(高校)の平和教育運動
1 会結成以後の原爆、平和教育推進について 73
2 これからのわたしたちのつとめ-高校生の批判に応える
(3)長崎からの平和教育運動
1 初期の平和教育運動 94
2 平和教育運動の復活と抵抗と創造
(4)全国被爆教職員の会結成と行動
くらしといのちを守るために
(1)被爆教職員の健康管理と権利の確立について 109
(2)修学旅行ヒロシマ学習への対応について 112
(3)広島(高校)被爆教職員の会結成と活動 112
(4)長崎県被爆教職員の会活動
《資料》これが人間のすべてをうばった原爆の実相-原爆死没者に関する中間報告の要点
3 被爆40周年にたって
(1)ヒロシマの心と教育 広島・空辰男 155
(2)池子弾薬庫米軍住宅建設阻止闘争について 神奈川・矢納直彦 162
(3)沖縄の反戦平和のたたかい 沖縄・栄野川安邦 166
(4)あの時、私は-40年を生きてきて
(被爆40周年ヒロシマ・ナガサキ被爆教職員・ヒロシマの集いから)177
4 ここから被爆教職員は生きる
忘れられない8月9日 福岡・豊田千五穂 193
広島原爆記念日にあたって 福岡・小川武志 198
被爆の洗礼の下で 熊本・小高盛穂 210
一日もはやく被爆者援護法を 長崎・岡本博 214
被爆を体験した私が残せるもの 広島・峠岡邦英 218
原爆と私 広島・田邊智恵美 223
ちぎれかけた左腕 広島・占部成人 226
あの日から四〇年 広島・入沢庄平 228
原爆の日に想うこと 広島・林美喜雄 231
集団疎開 広島・渡部みさを 233
被爆体験を語りつぐ 広島・浅野知恵子 246
広島のまほうつかい 広島・沢井充子
■原爆被爆教職員の会全国連絡会会則

 

 

人類の未来への証言

『人類の未来への証言 シリーズ・日本の教師③』(全国原爆被爆教職員連絡会編、労働旬報社、19800806)

目次

教え子に残す貴重な遺産として 石田明
1 いま、子どもたちに語りつぐ
全校生徒を前に、初めての被爆体験報告 久田照和(福岡 )
半身の苦痛を戦争反対の強い叫びにして 空フミコ(広島 )
苦痛と惨禍を心の中から抜き出す 井木邦彦(福岡 )
 軍人勅論の暗誦テストの最中に  黒岩貞義(福岡)
2 原爆被爆と人間のきずな
自分につながる人間の発見 角増渉 (広島)
わが青春の友 田中米雄(大阪 )
被爆家庭の戦後史 松尾嘉人( 長崎 )
城山小学校殉難記 荒川秀男(長崎 )
3 明日を生きる
告発するわが「てのひら」 永坂昭( 東京)
母子五人で生きてきた道 萱原威(広島)
私の中に生きてきた爪跡 藤岡裕子(広島 )
生への執着 佐藤茂(北海道)
戦争をくり返さないための刻印  築城昭平(長崎)
4 平和教育を掲げて
小さな有名人ー先生・広島・原爆を結ぶ 里見香世子(東京 )
被爆教師として生きる 吉崎温(長崎 )
私の仕事 松井昭三(広島)

ヒロシマへの旅-平和学習のしおり

『ヒロシマへの旅 平和学習のしおり』(広島平和教育研究所・広島県原爆被爆教職員の会編、広島平和教育研究所出版部、19800120)

内容

(1)広島駅に降り立って
北口一帯は昔の東練兵場
あの日の広島/臨時の救護所となった東練兵場一帯
二葉山から七つの川を望む
死人の流れる川
(2)比治山展望台に登って
山頂にあるABCC
ABCCの開設/ABCCと被爆者
展望台から望む宇品港と似島
戦争と宇品港/戦争と似島/被爆者と似島
(3)爆心地とその付近を訪ねて
原爆ドームとそのあたり 12
爆心地・島病院跡/原爆ドームと保存運動/T字型をした相生橋
西練兵場だった広島城付近 14
一瞬にくずれた広島城/被爆の証人・老エノ
(4)原爆資料館と記念館の見学
資料館での原爆学習
原爆の構造/熱線/爆風/放射線/死者数もわからないヒロシマの悲劇/原爆症
記念館での平和学習
今日の核兵器/核兵器禁止運動
(5)平和公園内の碑を訪ねて
ヒロシマの碑とその心
占領下時代の碑/占領後の碑
平和公園とその周辺の碑
原爆慰霊碑/原爆の子の像/原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑
平和公園とその周辺の碑案内地図
(6)原爆病院のお見舞
 原爆病院と被爆者/日赤病院の破壊跡と養護ホーム
被爆者はいま
被爆者の実態/原爆医療法と特別措置法
被爆者の三つの願い
(7)ヒロシマヘの旅を終えて
そのまとめと今後への発展

この子らに語りつぐもの

『この子らに語りつぐもの-広島原爆被爆教職員の手記 第1集』(広島県原爆被爆教職員の会、広島県高校原爆被爆教職員の会編・刊、19771220 )

目次

備考
はじめに 石田明
広島県原爆被爆教職員の会会長
貴重な手記 森下弘
広島県高校原爆被爆教職員の会長
本谷正輝 戦災日記 原爆から終戦まで
空フミコ 私の被爆体験と生きる道
稲生雅之 1945年8月6日と私
山田和邦 運命の瞬間を生きてきて
山本博哉  私の原爆体験記
萱原威 明日に生きる
伊藤博幸 死人で埋まった広島の川
藤岡裕子 被爆30余年、私の残すもの
坪井直 とどろき
智谷秋宣  一瞬にくずれた広島城
池亀春男 原爆投下の日をふりかえる
山根和規 和代へ、父より
山本廣志 わたしの体験記
松井昭三 すべてが無になったヒロシマ
植野浩 あとがき

平和を叫ぼう!

『平和を叫ぼう!-”ひろしま”についての自主教材として(試案)』(2訂版)(広島県平和教育教材英語部門編集委員会・広島県被爆教師の会編、広島平和教育研究所出版部、19730701)

<「あとがき」=1971年1月>

沈黙の壁をやぶって

『沈黙の壁をやぶって』(長崎県教職員組合長崎総支部・長崎市原爆被爆教師の会編、労働旬報社、19700809)

目次

章節
はじめに
七○年代教育創造の糧に 宮之原貞光(日教組委貝長)
序章 今こそ沈黙の壁をやぶって 坂口 便
1章 長崎の原爆 編者
その前夜 光と雲 幽鬼の群れ 屍の列車 看護るものなく 燔祭の炎の中に 児童・生徒・教師
2章 被爆教師の体験と証言
生き残り三人の記録 城山小学校
城山殉難記 荒川秀男
追憶の涙の中から 江頭千代子
医者がいない、薬がない 宮本スミエ
「二六人の教師が憤死」 山里小学校
土壕の奥に生きて 林英之
熱い骨・原爆の歌 瀬戸口千枝
母の愛情すら奪う 川口勇
生きながら焼けた友 築城昭平
トンネル工場 まつお びん
屍体整理班 三輪博志
3章 原爆と子どもたち
子どもの記録 林勝己
「原爆に関する調査」の集計から 編者
調査を実施して 広島と長崎と 原爆はなぜおとされたか  原爆を誰が教えるか 原爆に対する子どもの感じ方
4章 原爆学級の記録-世界でただ一つの悲しい学級
4-1 原子爆弾はまだ生きている
4-2 原爆学級の編成
4-3 研究発表「被爆児の心身発達について」 城山小学校
4-4 原爆学級のその後
4-4-1 四番目の犠牲者
4-4-2 原爆教室の父
4-5 被爆二世の問題
資料 被爆児の心身発達について(昭和28年2月26日) 長崎市立城山小学校
目次
1.発表までの経緯
2.被爆児の心身発達について
3.一年実験学級年長組の被爆児と対照児
4.特殊児童の指導の実際
 【付】 原爆の児を偲びて―故橋本長利さんの霊に捧ぐ
5章 平和教育の原点
(1)芽生えは出ている 編者
(2)スラノド台本「原爆許すまじ」 佐世保・平和と教育を守る高校教師の会
(3)原爆体験記の英訳について 編者
 (4)一つの教室実践  三輪博志
 (5)教え子に明るい未来を  中西俊造
6章 原爆体験の継承と国民教育への展望 -長崎の屈折した体験の中から
鎌田定夫(長崎県教研講師・長崎造船大学教員)
6-1 原点としての“原爆”とその風化・潜伏
6-2 風化に抗して新しい創造へ -子どもと教師・父母の葛藤のなかから
 6-2-1  教研活動のなかでの反省と確認(小・中)
  6-2-2  新しい民主的学園建設の試み(高・大)
 6-3  被爆者たちの連帯のなかで
 終章  長崎の教師はこう訴える-被爆25年間の屈辱と怒り、そして70年代の教師はいま何をなすべきか
   田中義明 (長崎市立江平中学校教諭)
 あとがき-この芽を枯らすことなく  宮崎勇二(長崎県教職員組合執行委員長)

明日に生きる 高校生のための平和読本

『明日に生きる 高校生のための平和読本』(広島・長崎平和読本編集委員会編、広島県・長崎県高等学校被爆教職員の会、19740701)

目次(初版)

章節
1 原爆・原点から学ぶ
1-1 広島の証言
■仮繃帯所にて2■コレガ人間ナノデス3■友よ、ゆるしてくれ!!4■死んではならない6■ヒロシマの空8■原爆の日、母は12
1-2 長崎の証言
■写真の中の友14■火焔の中から16■「お母さん、妹が・・・」18
1-3 爪あと
■童女よ20■空白22■十九才の青春23
1-4 原爆・その非人道性
■爆風による破壊力24■熱線による作用25■爆風・熱線・火災による被害26■黒い雨29■放射能29■原爆症30■人的被害32■覆いかくされた被災の実態33■被災資料の保存と怠慢34■救護活動34■国際法違反35
1-5 ■2つの説36■原爆が投下されるまで37■できるだけ早く投下せよ38■戦争完遂あるのみ40■原爆投下は必要なかった42■温存されたモルモット都市、広島・長崎43■人間不在46
2 戦争とは何か
2-1 ■戦争を知らない子どもたち50■聞け、わだつみの声52■ある学徒兵の手記54■両親の世代に聞く戦争体験56
2-2 大空襲を告発する
■東京大空襲58 各地の空襲の記録とその運動・(福山)59■火の雨-(佐世保)63
2-3  告発される側に立って
■“爸々!(オトウチャン)”68■ヒト捨て70■「祖国」にそむいた愛国者たち72■東洋鬼日本とヒロシマ・ナガサキの虐殺74
2-4 戦争とは何か
■戦争とは何か82■戦争はなぜ起きるか84■ススメ ススメ ヘイタイススメ88■教科書は一体誰のものか90
2-5 戦争から学ぶ
■15年戦争まで92■日中戦争の開始95■太平洋戦争97■戦争経済と国民生活99■国家総動員と戦争経済99■国民生活の弾圧101
2-6 現代の戦争
2-6-1 ベトナムを考える
■殺す側の論理104■ディエン・ビエンフーの戦い106■ベトナム和平108■ベトナムとヒロシマ・ナガサキ・オキナワ112
2-6-2 沖縄を考える
■戦に散った生徒たち116■沖縄一中鉄血勤皇隊の追体験120■基地の中の沖縄121
3 私たちの課題
3-1 安保条約と私たち
3-1-1 私たちをとりまく国際情勢
3-1-2 安保条約と私たちの生活
■安保条約とは131■公害・エネルギーなどの問題132■大砲かバターか132■ほんとうの独立133■「ノー」と言えるか135■安保条約と私たち136
3-2 平和と防衛
■日本国憲法から138■あたらしい憲法のはなし138■骨抜きにされた平和条項140■4次防計画と第9条141■軍備拡張の背景144
3-3 核時代に生きる
■核戦略体制(恐怖の実態)154■日本をとりまく核戦力156■軍縮と日本160■原子力の平和利用と問題点164
3-4 平和運動のあゆみ
3-4-1 生きていてよかった
■原爆を語るな168■正田篠枝さんの抵抗168■朝鮮戦争をやめろ!核兵器を使うな!170■三たび、“死の灰が”174■生きていてよかった177■インドの核実験によせて179
3-4-2 沈黙の壁をやぶって(祈りから怒りへ、長崎の証言運動)180
3-5 被爆者、人間の復権
■25年めの回想と証言184■非差別部落の原爆被爆者として184■朝鮮人被爆者外国人被爆者190■立ちあがる被爆者192■援護法制定を求めて194■被爆二世の死(白血病で亡くなった教え子のこと)198■被爆二世について その(1)202 その(2)203 その(3)207■胎内被爆小頭症の人とその親たち207
3-6 明日に生きる道を目ざして
■恋人とともに不安をのりこえる208■広商生は“原爆”にどうとりくんできたか(原爆研究会の歩み-)212■ぼくのなかの“原爆”(「ナガサキの証言」ゼミのなかで)218■構成詩“灰のなか地の底から”222■「ピース・ナウ!」226

 

 

 

 

未来を語りつづけて(続)

『未来を語りつづけて(続)ヒロシマ・平和教育の継承と連帯 原爆被爆50年事業』(広島県教職員組合、広島県原爆被爆教職員の会編、刊、19950525)

目次

章節 タイトル 著者 備考
発刊にあたって  高橋晋作
 (広島県教職員組合執行委員長)
序章  石田明
(広島県原爆被爆教職員の会)
 1  戦争と人間の条件
 2  爆心から生きて生きて
 3  人は生きるために生きる
 4  心配をこえて
1章 被爆体験と教育
燃えて、そして燃えた 坪井直
すべてが無になったヒロシマ-被爆体験を語りつづけて- 松井昭三
ヒロシマを生きてきて-自分史としての一断章- 寺岡昭壮
加害の原罪が間われた日 田坂積
黒こげの庭松と南瓜 下岡絹子
被爆・あゆみ続けた平和教育 空フミコ
子らに語り継ぐ被爆体験と平和 大畠泰造
反戦・反核・反差別の闘いを 下原隆資
2章 ヒロシマ・平和教育といま
  とりあげた「ヒロシマの平和教育」
 1  組織的平和教育おこしの背景と動機
 2  広島県原爆被爆教職員の会の結成  19690326
 3  広教組、教育研究集会の中に「平和教育」分科会を新設
4  広島県・市教育委員会の「8.6」学習提言
 5  “ヒロシマ・ナガサキを教えつづけることの誓いと訴え”全国にアピール
 6  「原爆犠牲国民学校教師と子どもの像」の建立
 7  広島平和教育研究所の設立
8   平和教育の深まりとカリキュラム
9  平和教育の全国への広まり
 10  興隆期・日教組教研・平和教育全国レポート表題で語ること
 11  一つのカリキュラムをみつめる
 12  広島県・市教育委員会の指導手引書・指導資科の配布
13  文部省「学習指導要領」の変遷と教科書検定を衝く
 14  平和教育と修学旅行
 15  平和教育実践アンケートとその意味するもの
16  全国シンポニ十周年記念。構成詩、“ヒロシマ・ナガサキを究めつづけて”
 17  被爆五十周年とゆるぎなきヒロシマの心
 3章 戦後の平和教育理念とこれから
戦後の平和教育をささえてきた不忘の理念
1  新教育指針
 2  あたらしい憲法のはなし
3  ストックホルム・アピール
4  教え子を再び戦場に送るな
5  原爆の子
6  原爆詩集・峠三吉
7  1951年、中学校社会科教科書にみる戦争体験記記述例
 8  杉並アピール
9  第1回原水爆禁止世界大会宣言文・1955年8月6日広島市公会堂 2
 10 私は広島を証言する 八島藤子作詩
11 瞬光二十年 石田明作詩
12 NG0・広島アピール
13 ユネスコ軍縮教育十原則
 14  過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことである
 15  「広島アピール」軍縮教育国際シンポジウム、1982年10月29日
 16  過去に目を閉ざすものは、現在に盲目となる
 17  核兵器廃絶に関する広島宣言
18 原爆ドーム保存募金運動
19  西ドイツに「広島同盟」、そのニュルンベルク宣言でみるヒロシマ
 20 八月六日・八月九日、広島・長崎両市の平和記念式典での両市長「平和宣言」例
  ヒロシマ・平和教育年表

未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点

『未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点』(広島県教職員組合・広島県原爆被爆教師の会編、労働旬報社、19690806)

目次

部章 タイトル 著者
はじめに
教育の魂 宗像誠也
日本人の心から「ひろしま」を消してはならない 服部学
初心に立ちかえって原爆教育を 宮之原貞光
序章 被爆教師の名において告発する 石田明
1 原爆体験と教育の原点
1-1 それでも未来を語りつづける
被爆二世のわが子を失って 名越謙蔵
子どもらに支えられて 中谷玉江
ある被爆教師の死 村木誠
石は川底からみていた 増田勉
原罪への問いかけ 高松由子
先生同情されない人間になって下さい 森下弘
1-2 爪跡をこえて
子どもたちに語る私の体験 米田進
ふた昔を生き抜いて 尾形静子
子どもらの遺骨をひろって 石富広江
“平和の鐘”をついて 岩田守雄
甲状腺ガン 吉本フサエ
少年の日の被爆とABCCと 橋本行宏
2 原爆教育・平和教育の実践のために
原爆と子どもたち-「原子爆弾被害に関する調査」のまとめ・問題点 川島孝郎
広島をどう教えてきたか-学生時代の被爆教師として 田坂積
原爆不在の教育・教科書の実態とその批判 空辰男
ヒロシマを高校生にどう教えるか 森下弘
終章  全国民・全教師への誓いと訴えと  楠忠之
補=ひろしま-原爆をかんがえる-(試案)
広島平和教育教材編集委員会 広島県原爆被爆教師の会
あとがき 宅和純

 

 

広島県被爆教師の会(原爆被爆教職員の会)出版物

広島県被爆教師の会(広島県原爆被爆教職員の会)出版物

書名 発行年月日 備考 所蔵
未来を語りつづけて―原爆体験と教育の原点 19690806 広島県教職員組合・ 広島県原爆被爆教師の会(編) G
未来を語りつづけて・続 ヒロシマ・平和教育の継承と連帯 19950525 広島県教職員組合・ 広島県原爆被爆教職員の会(編) GU
 ”ひろしま”から学ぶ―高校用原爆・平和教育資料(試案)  19710701  広島県高教組原爆・平和教育推進資料編集委員会、被爆教職員の会  U

 

 

 

平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)

平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)
Let’s cry for Peace– Materials for self-activity on Hiroshima

編集:広島県平和教育教材編集委員会(英語部門)
広島県原爆被爆教師の会
発行:広島教育会館出版部 19700701
所蔵:ピカ

 

 

 

ひろしま-原爆をかんがえる(試案)について

『”ひろしま”-原爆をかんがえる(試案)=そのとり扱いと若干の留意点について=』(広島県原爆被爆教師の会・広島県平和教育教材編集委員会・広島県教職員組合、19690701)

所蔵:ピカ研 形態:紙1枚
はじめに(1969年7月1日)
平和教育教材「ひろしま」について
1 8月6日8時15分
2 被爆の苦しみと怒り
3 第2次世界大戦のありさま
4 戦争をすすめた人びとのうごき
5 原爆投下の目的
6 原子爆弾の破壊力
7 死の科学
8 原爆症
9 プレスコード
10 ストックホルム・アピール
11 映画「ひろしま」
12 第五福竜丸と原水爆禁止運動の高まり
13 ひろしまの子どもたちのさけび
14 いまなお続く被爆者の苦しみ
15 被爆者の苦しみ、その責任はどこに
16 日本人としておもうこと

 

『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか

『『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか―ひろしまをすべての子らに―(試案)』
(広島県原爆被爆教師の会、197106) 所蔵:ピカ研

内容

章節 タイトル 備考
ヒロシマ 原爆の記録
01 指導のねらい
02 指導にあたっての留意点
指導展開例(中学校)
あとがき(この指導を機に発展させたいもの)
図書の紹介
この映画は、1970年7月広島市民の参加と支持のもとに、広島市および地元報道機関の協力により制作された。
企画・監修・広島原爆映画製作委員会
制作:株式会社日本映画新社
共同構成・小笠原基生、松川八州雄
語り手:宇野重吉
ドキュメンタリー映画、16ミリ白黒(一部カラー)上映時間29分
<ナレーション台本>ヒロシマ原爆の記録

 

加害基地宇品-新しいヒロシマ学習

『加害基地宇品-新しいヒロシマ学習』
空辰男著  汐文社 1994 /07/10

目次

見出し 備考
はじめに
1 原爆につながっていた軍港宇品
金輪島で見た火の玉
似島で叫ぶ母の呼び声
凱旋湯の子、日出子さんはまだ
若き海上特攻隊の被爆者救出
「軍港・宇品」の終結とヒロシマ
2 「臨戦地宇品」とはなんだったのか
日清戦争と軍港のはじまり
その頃の世界勢力と富国強兵
臨時首都(帝都)広島と神話
木口小平と正岡子規
軍港と陸軍検疫所似島のあゆみ
凱旋碑が平和碑になり得るか
3 宇品築港の本当の目的はなんだったのか
千田貞暁と願いと苦難
漁場を失う地元漁民の反対運動
人造石と服部長七と功労
「呉鎮」と「海兵」と「字品」
無用の長物と士族授産の行彼
西方をみつめる千田銅像
4 “うじな”にそろっていた自然条件
仁保姫神社の伝説と港
宇品島観音寺伝説と港
三代十郎兵衛物語りと大河のり
“うじな”の名の由来と港
5 軍港と陸軍墓地と歴史的責任
離散家族・三百万人の責任
平頂山事件と撫順戦犯管理所の教え
陸軍墓地の兵士の骨と被爆者の骨
「港」唱歌とヒロシマの心
6 古代から年表が語る「港・宇品」