平和事典(広島平和文化センター1985)目次

『平和事典』(広島平和文化センター編、 勁草書房、19851025刊)

 

目次

まえがき
凡例
平和研究
概論 1
1 平和研究の現状 3
1)西欧の平和研究 3
2)米国の平和研究 3
3)北欧の平和研究 4
4)日本の平和研究 4
5)第3世界の平和研究 5
2 平和研究の世界的ネットワーク 6
1)SlPRI 6
2)PSS (I) 6
3)IPRA 7
4)日本平和学会 7
5)平和研究諸機関一覧 8
3 平和研究誌 10
1)平和研究誌一覧 10
4 平和研究の方法と課題13
1)国際政治と平和研究 13
2)行動科学と平和研究 14
3)消極的平和と実証的平和研究 14
4)ゲーム理論と平和研究 15
5)戦争研究と統計的分析 16
6)戦争研究と平和研究 17
7)戦略論と批判的平和研究 18
8)積極的平和研究と南北問題 19
9)規範的平和研究と地球的問題群 20
10)平和研究としての課題 21
5 平和研究文献目録 22
1)平和研究文献案内 22
2)平和研究データ紹介 27
平和思想
概論 31
1)ユダヤ教の平和思想 33
2)キリスト教における平和の概念 33
3)イエスと原始キリスト教団における平和思想 33
4)パウロと教父哲学における平和思想 34
5)トマスにおける平和思想 35
6)プロテスタント主義の平和思想 35
7)キリスト教諸セクトの平和活動 36
8)ヨハネ・パウロ2世と現代カトリック教会 37
9)エラスムスの平和論 37
10)カントの平和論 38
11)トルストイの平和思想 38
12)ザメンホフと平和思想 39
13)クーデンホーフ=カレルギーの平和思想 39
14)マルクス主義と平和思想 40
15)アナキズムの平和思想 40
16)ジョレスの平和論 41
17)ウィルソンの平和思想 41
18)ノエル=ベーカーの平和思想 42
19)ガンディーの平和思想 42
20)ローランと平和思想 43
21)キングの平和思想 43
22)ラッセルの平和思想 44
23)アインシュタインの平和論 44
24)非同盟の思想 45
25)仏教の平和思想 45
26)ヒンズー教の平和思想 46
27)イスラームの平和思想 46
28)古代中国の平和思想(1)-儒墨の思想 47
29)古代中国の平和思想(2)-老荘の思想 47
30)近代日本の平和思想 48
31)日露戦争と非戦論 49
32)無教会派の平和思想 49
33)新渡辺稲造の平和思想 50
34)戦時下日本のキリスト教と平和思想 51
35)大本教の平和思想 51
36)幣原喜重郎の平和思想 52
37)核平和の思想 52
平和運動
概論 54
1)欧米の初期平和運動(第2次世界大戦まで)56
2)日清・日露戦争前後の平和運動 56
3)シベリア出兵より日中戦争までの平和運動 57
4)宗教者の平和運動 58
5)世界連邦運動 59
6)アムネスティ・インターナショナル 59
7)科学者の平和運動 60
8)平和擁護世界大会と世界平和評議会 61
9)第2次世界大戦後の欧米の平和運動 62
10)日本戦没学生記念会(通称,わだつみ会)63
11)アジア地域の平和運動 63
12)婦人運動と青年運動 64
13)日本平和委員会 65
14)平和と学問を守る大学人の会(略称,大学人会) 65
15)世界平和アピール7人委員会 66
16)国連非政府組織NGO 67
17)護憲運動 67
18)原水爆禁止日本協議会(略称,日本原水協)。
原水爆禁止国民会議(略称,原水禁)。
核兵器禁止平和建設国民会議(略称,核禁会議)。68
19)沖縄祖国復帰運動 69
20)安保闘争 70
21)ベトナム戦争反対運動 70
平和と政治
概論 73
1 人間と政治 75
1)政治の起源 75
2)闘争 75
3)制度 76
4)権力 76
5)集団 77
6)運動 78
2 政治と体制 78
1)西欧国家体系 78
2)国民国家 79
3)大衆デモクラシーと民族自決 80
4)発展途上国の政治 80
5)体制・政権・政治変動 81
6)政治権カの正当性 82
7)ミランダとクリデンタ 82
8)政府と政治責任 83
9)議会制民主主義 83
10)ソヴィエト制 84
11)発展途上国の政治体制 85
3 平和と国際政治 85
1)核時代の平和 85
2)帝国主義と植民地支配 86
3)非植民地化運動 86
4)第3世界の成立 87
5)非同盟運動 88
6)第3世界と軍拡・軍縮 88
7)宇宙船地球号 89
8)冷戦と平和共存 89
9)東西対立とデタント 90
10)軍事同盟 91
11)権カの相互浸透 91
12)資源と政治 92
13)軍需産業と政治 93
14)科学技術と政治 93
15)核時代の政治 94
16)核時代と人間 95
平和と経済開発
概論 96
1 南北問題 98
1)発展途上国 98
2)南北問題 98
3)国連開発の10年 99
4)第3世界,第4世界 99
5)新興工業国(NlCs) 99
6)人口問題 100
7)食糧問題 101
8)資源問題 101
9)エネルギー問題 102
10)1次産品問題 102
11)特恵関税 103
12)生産者同盟 103
13)資源ナショナリズム 104
14)国有化 104
15)自力更生 105
16)新国際経済秩序 105
17)経済戦争 106
18)一つの世界106
2 国際開発,国内開発 107
1)近代化 107
2)工業化 107
3)テイク・オフ 108
4)二重経済,二重構造 108
5)連関効果 109
6)経済援助 109
7)債務累積問題 110
8)国際通貨・金融問題 110
9)多国籍企業 111
10)技術移転 111
11)擬制的都市化 112
12)土地改革 112
13)緑の革命 113
14)経済自立の理論 113
15)基本的人間二一ズ 114
16)内発的発展 114
17)東西貿易 115
18)第3世界への兵器輸出 115
19)軍縮の経済効果 116
3 国際機関・協定 117
1)IMF,ガット 117
2)世界銀行(IBRD)118
3)DAC 118
4)UNCTAD 118
5)地域的経済統合 119
6)ASEAN 119
7)OPEC 120
8)77カ国グループ 120
9)ロメ協定 121
10)200カイリ経済水域 121
平和と教育
概論 123
1 戦前・戦中の教育と平和 125
1)日本の軍国主義教育 125
2 平和教育運動 126
1)日本国憲 ・教育基本法と平和教育 126
2)ユネスコ 127
3)『原爆の子』127
4)教え子を再び戦場へ送るな 128
5)原爆被爆教職員の会 129
6)原爆教育 129
7)広島平和教育研究所 130
8)広島平和文化センター 130
9)ヒロシマ・ナガサキの継承運動 131
10)復帰前沖縄の平和教育 132
11)市民の平和教育運動 133
12)宗教者の平和教育運動 134
13)軍縮教育 135
14)諸外国の平和教育運動 135
15)国際理解教育 136
16)戦争児童文学 137
17)幼児期の平和教育 138
3 平和教育に貢献した人々 139
1)コメニウス 139
2)モンテッソーリ 140
3)ラッセル 140
4)長田新 141
4 平和教育教材 142
1)教科書 142
2)副読本 142
3)文学作品 143
4)絵本 144
5)マンガ(漫画)144
6)スライド 145
7)写真集 146
8)映画 146
9)音楽 148
 Ⅶ  平和と資源・エネルギー問題
 概論 150
1 資源問題 152
1)食糧問題 152
2)地下資源 152
3)希少資源 153
4)資源は有限 153
5)資源の再利用とリサイクル 153
6)資源と技術開発 154
7)資源ナショナリズム 154
2 エネルギーに関する国際問題 155
1)石油資源 155
2)IEA 155
3)世界石油生産産業 156
4)石油需要予測 156
5)世界の石油生産問題 157
6)国際石油資本(メジャー)157
7)石油輸出国機溝(OPEC)158
8)天燃ガス資源 158
9)石炭資源 158
10)大陸棚開発 159
11)ソ連のエネルギー需給 159
12)エネルギー・コスト 160
13)エネルギー消費と環境の破壊 160
3 日本のエネルギー政策 161
1)石炭から石油に 161
2)日本のエネルギー問題 161
3)GNPとエネルギー消費 162
4)石油需給ギャップ説 162
5)エネルギー危機 163
6)石油の安定確保 163
7)省エネルギー 163
8)日本のエネルギー問題と原子カ 164
9)日本のエネルギー問題と環境汚染 164
4 石油にかわるエネルギー 165
1)ソフトエネルギー路線 165
2)すぐに役立つエネルギー 166
3)石炭 166
4)太陽エネルギー 166
5)風力と波カ 167
6)燃料生物(燃料作物,燃料微生物)167
7)小型水カ発電 168
8)地熱エネルギー 163
9)サンシャイン計画 168
10)第3世界のためのエネルギー政策 169
 Ⅷ  平和と原発問題
 概論 170
1 原子力平和利用 172
1)原子力平和利用第1回ジュネーヴ会議 172
2)IAEA 172
3)原子力予算 173
4)日本原子力研究所 173
5)原子力利用3原則 173
6)原子力船 175
2 原子力発電所 176
1)原子炉 176
2)軽水炉 176
3)高速増殖炉 178
4)日本の原子カ発電 179
3 原発事故 179
1)いままでに起こった原発事故 179
2)軽水炉の事故 180
3)危険な原発の故障 181
4)スリーマイル・アイランド(TMI)事故 181
4 核物質と核燃料 182
1)濃縮ウラン 182
2)プルトニウム 183
3)原発と原爆 183
4)核燃料サイクル 184
5)使用済核燃料再処理工場 184
6)ウラン資源 185
7)核物質防護問題 185
8)核ジャック 186
9)放射性廃棄物の処理・処分 186
5 原発と放射線被曝 187
1)微量放射線の影響 187
2)原発周辺の放射能 187
3)原発事故の影響 188
4)米国環境保護庁の規準(EPA)189
6 核融合 189
1)核融合 189
2)核融合炉 190
3)核融合と資源 190
4)核融合と環境 190
 平和と科学・技術
概論 192
1 自然観の変遷 194
1)自然観 194
2)天動説から地動説ヘ 194
3)現代の宇宙観 194
4)物質とその構造 195
5)エネルギー 196
6)生命観 196
7)生命の起源 197
2 産業と科学・技術 197
1)産業革命 197
2)オートメーション 198
3)職業病と労働災害 199
3 公害と科学・技術 200
1)公害 200
2)公害裁判と科学 200
3)環境権 201
4)環境アセスメント 202
5)自然災害 203
4 生命科学 203
1)遺伝子工学 203
2)生命の起源 204
3)CETI 205
5 情報科学・情報技術 206
1)情報理論 206
2)情報処理技術 207
3)情報著積 207
6 ビッグ・プロジェクトと科学・技術 208
1)宇宙開発 208
2)海洋開発 209
3)原子力開発 210
4)先端産業と科学・技術 210
7 化学兵器と生物兵器 211
1)化学兵器 211
2)生物兵器 215
8 科学・技術政策の動向 215
1)アメリカの科学・技術政策 215
2)ソヴィエトの科学・技術政策 216
3)発展途上国の科学・技術政策 217
9 平和と科学研究 218
1)科学研究の現状 218
2)科学研究の軍事利用 219
3)科学研究者の運動と社会的責任 220
平和と情報
概論 223
1 原爆報道 225
1)プレス・コード 225
2)第五福竜丸事件 226
3)被爆者援護キャンペーン 227
4)原爆被災白書運動キャンペーン 228
5)朝鮮人被爆者を巡る報道 229
6)被災資料返還キャンペーン 230
7)原爆地図復元キャンペーン 231
8〉ヒロシマ・ナガサキの普遍化と原爆報道 232
2 情報と自由 233
1)言論・出版統制の歴史 233
2)治安立法 234
3)言論・出版の自由 234
4)緊急事態と表現の自由 235
5)知る権利 235
6)報道の自由 235
7)取材の自由 236
8)取材源の秘匿 236
9)情報公開 236
10)アクセス権・論権 237
11)国家機密 238
12)企業秘密 238
13)プライヴァシー 238
3 世界情報秩序 239
1)新世界情報秩序 239
4 人権の保障と情報 244
1)検閲の禁止 244
2)通信の秘密 245
3)集会・結社の自由 245
4)報道と人権 246
5)国政調査権と人権 246
6)情報手段の発達と人権 247
XI 平和と芸術
概論 248
A 世界の反戦・平和芸術 250
1 小説・現代詩 250
1)『戦争と平和』250
2)『希望』,『赤い馬』250
3)『裸者と死者』251
4)『暗い絵』251
5)『ひかりごけ』252
6)『反戦詩集』252
7)『蛾』252
8)『狼・私たち』253
9)『世界反戦詩集』254
2 体験記・記録・ルポ・エッセイ 254
1)『夜の軍隊』254
2)『ベスト・アンド・ブライティスト』254
3)『レイテ戦記』255
4)『東京大空襲・戦災誌』255
3 写真・絵画・彫刻・音楽・演劇・映画 255
1)写真集『戦争のイメージ』255
2)写真集『泥まみれの死』256
3)絵画『戦争と平和』256
4)絵画『グランド・パレード』256
5)絵画『初年兵哀歌』256
6)絵画『シベリア画集』257
7)彫刻『処刑』257
8)彫刻『わだつみのこえ』257
9)音楽『ベルリン・レクイエム』258
10)音楽『ワルシャワの生き残り』258
11)音楽『平和の祈り』258
12)音楽『戦争レクイエム』258
13)音楽『バビ・ヤール』258
14)音楽『戦争を知らない子どもたち』259
15)演劇『ガリレイの生涯』259
16)映画『禁じられた遊び』260
17)映画『渚にて』260
18)映画『二十四の瞳』261
19)映画『人間の条件』261
20)映画『東京裁判』262
B 原爆と芸術(広島関係)262
1 小説・現代詩・短歌・俳句 262
1)『中国文化』262
2)『ざんげ』262
3)『夏の花』262
4)『屍の街』263
5)『アメリカに落ちた爆弾』263
6)『原爆詩集』264
7)『歌集広島』264
8)『The Songs of Hirosima 広島のうた』265
9)『句集広島』265
10)『広島通信』265
11)『黒い雨』266
12)『審判』266
13)『つるのとぶ日』267
2 体験記・記録・ルポ・エッセイ 267
1)『ヒロシマ』267
2)『ヒロシマ日記』268
3)『原爆体験記』268
4)『原爆の子-広島の少年少女のうったえ』268
5)『原水爆時代』269
6)『ヒロシマ・ノート』269
7)『原爆爆心地』269
8)『死の内の生命-ヒロシマの生存者』269
9)『原爆被災資料目録』270
10)『反核30年』270
11)『原爆文学史』270
12)『広島・長崎の原爆災害』271
3 演劇・写真・絵画・映画・音楽・バレエ 271
1)バレエ『原子ばくだん』271
2)音楽『広島の犠牲者への哀歌』272
3)音楽『人間をかえせ』272
4)音楽『ヒロシマのオルフェ』272
5)音楽『はだしのゲン』272
6)絵物語『ピカドン』『原爆の図』273
7)絵画『劫火を見た=市民の手で原爆の絵を』273
8)写真集『原爆の記録-ヒロシマ』274
9)映画『原爆の子』274
10)映画『純愛物語』274
11)演劇『島』275
C 原爆と芸術(長崎関係)
1 小説・現代詩・短歌・俳句 275
1)『原爆句抄』275
2)『原子野』276
3)『記憶の固執』276
4)『地の群れ』276
5)『樹影』277
6)『刻を曳く』277
7)『祭りの場』278
8)『八月がくるたびに』278
9)『脱走者たち』278
2 体験記・記録・ルポ・エッセイ 278
1)『長崎の鐘』278
2)『雅子斃れず』279
3)『長崎原爆記』279
4)『もういやだ』279
5)『ナガサキ-忘れられた原爆』280
6)『反原爆-長崎被爆者の生活史』280
7)『長崎の証言』280
3 演劇・写真・絵画・映画・音楽・バレエ 281
1)長崎原爆と演劇 281
2)『記録写真・原爆の長崎』281
3)『平和版画集・原爆の長崎』282
4)長崎の原爆映画 282
5)長崎の原爆音楽 283
6)バレエ『腐臭の原』284
XII 国際紛争・戦争
概論 285
1 世界大戦 287
1)第1次世界大戦 287
2)第2次世界大戦 288
2 第2次世界大戦以後の国際紛争 289
a)植民地独立のための闘争 290
1)インドネシア・オランダ戦争 290
2)ナミビア・南ア連邦闘争 291
3)アルジェリア・フランス戦争 293
4)キプロスにおけるギリシヤ系住民とトルコ系住民間の闘争 294
5)第2次中東戦争 294
6)コンゴにおける民族闘争 295
7)中国・インド間武力紛争 297
8)ジンバヴェ独立闘争 299
9)ナイジェリアにおける民族闘争(ビアフラ紛争)300
10)アンゴラ独立に伴う政権争奪闘争 301
11)レバノン内乱 302
b)民族自決闘争 303
12)インド・パキスタン戦争(カシミール紛争)303
13)第1次中東戦争 304
14)第3次中東戦争 305
15)第4次中東戦争 305
16)バングラディシュ独立戦争 306
17)西サハラ紛争 307
18)ソマリア・エチオピア戦争(オガデン紛争)308
c)分裂国家統一のための闘争 309
19)インドシナ 309
i)第1次インドシナ戦争 309
ii)第2次インドシナ戦争 ペトナム戦争)309
20)ベルリン問題 310
i)ベルリン封鎖310
ii)西ベルリン自由市の提唱 311
21)朝鮮戦争312
22)金門・馬祖島における武力紛争 314
国際社会における平等または自主的参加権確保のための抗争 315
23)ソ連とポーランド及びハンガリー 315
i)ポズナン事件 315
ii)ハンガリー事件315
24)米国とソ連・キューバ紛争 316
25)U2機事件 317
26)米国・ドミニカ紛争 318
27)ソ連・チェコ粉争319
28)ソ連・中国武カ紛争(珍宝島,ダマンスキ-島事件)321
29)i)ベトナム・カンボジア戦争 322
ii)ペトナム・中国戦争323
30)米国・イラン紛争(人質事件)323
31)ソ連・アフガニスタン紛争 324
32)イラン・イラク戦争 325
XIII 平和と国際法
概論 327
1)戦争と武カ行使 321
2)交戦法規 321
3)中立法規 329
4)総力戦と限定戦 330
5)軍事目標主義と無差別爆撃 331
6)非人道的兵器と作戦 331
7)ABC兵器 332
8)原爆判決 333
9)ゲリラ戦 334
10)非戦闘員 334
11)国際人道法 335
12)アウシュヴィッツの虐殺 336
13)ジェノサイド 336
14)ハイジャックと人質 337
15)難民の保護 337
16)開戦と終戦 338
17)戦争の自由と戦争の禁止 339
18)正戦思想 339
19)グロティウス 339
20)連盟規約と戦争 340
21)不戦条約と戦争 341
22)国連憲章と武カ行使 341
23)侵略の定義 342
24)自衛権と集団的自衛権 342
25)民族解放戦争 343
26)不侵略条約と中立条約 344
27)平和憲法 344
28)戦争犯罪と国際軍事裁判 345
29)集団安全保障と交戦法規 345
30)集団安全保障と中立 346
31)国際調停 346
32)国際裁判と国際司法裁判所 347
33)人権の国際的保障と平和 348
34)人民自決権と平和 349
35)非植民地化と平和 350
XIV 軍事思想
概論 351
1)ナポレオン戦争(国民戦争)353
2)国民(大衆)軍隊 353
3)クラウゼヴィッツ 353
4)絶対戦争 354
5)総力戦 354
6)ルーデンドルフ 354
7)ジョミニ 354
8)モルトケ 355
9)マルクス主義軍事論 355
10)マハン 356
11)ドゥーエ 356
12)ミッチェル 356
13)リデル・ハート 357
14)持久戦論 357
15)毛沢東 357
16)ゲリラ戦 357
17)革命(人民)戦争 358
18)『孫子』358
19)戦略・戦術 358
20)電撃戦 359
21)フォシュ 359
XV 軍事問題
概論 360
1)常時即応戦略 362
2)核抑止戦略 362
3)大量報復戦略 363
4)対兵カ戦略 363
5)対都市戦略 364
6)柔軟反応戦略 364
7)マクナマラ 365
8)フルシチョフ 365
9)戦略空軍司令部(SAC)365
10)国家安全保障会議(NSC)365
11)相互確証破壊(MAD)の戦略 366
12)有事立法 366
13)JCS(統合参謀本部)366
14)統合幕僚会議 367
15)国防会議 367
16)ソコロフスキー 367
17)民間防衛 367
18)海上交通路(シーレーン)368
19)日米防衛協力 368
20)限定核戦争論 368
21)文民統制(シビリアン・コントロール)369
22)第2撃能力 369
23)核戦力の非脆弱化 369
24)段階的抑止論 369
25)3海峡封鎖 369
26)ハーマン・カーン 370
27)キッシンジャー 370
28)軍産複合体 370
29)ミサイル・ギャップ論争 370
30)防衛「ただ乗り」論 371
31)ソ連脅威論 371
32)海外派兵 371
33)事前協議 372
34)総合安全保障 372
35)核のカサ 373
36)緊急展開部隊(RDF)373
37)核拡散 373
XVI 核兵器
概論 374
1 原水爆の原理と構造 375
1)原子エネルギー 375
2)核分裂連鎖反応 375
3)核融合反応 376
4)原爆の構造 377
5)水爆の構造 377
2 核兵器開発の歴史 377
1)核分裂の発見 377
2)マンハッタン計画 378
3)ソ運の核開発 378
4)英・仏・中の核開発 378
3 核爆発実験 378
1)核実験の状況 378
2)地上実験と地下実験 379
3)核実験による被害 380
4)核実験による環境破壊 380
5)核保有国増大の危険性 381
4 現在の核兵器 381
1)通常兵器と核兵器 381
2)広島・長崎型原爆と現在の核兵器 382
3)核兵器貯蔵量 382
4)戦略核兵器 383
5)戦術核兵器 383
6)中性子爆弾 383
5 核兵器の運搬手段 384
1)ICBM 384
2)SLBM 384
3)原子力潜水艦 385
4)戦略爆撃機 386
5)MIRV 386
6)巡航ミサイル 387
7)戦術核兵器の運搬手段 387
6 核兵器と通信・誘導手段 388
1)誘導手段 388
2)通信・指令手段 389
3)探知手段 389
4)人工軍事衛星 389
5)核兵器体系と外国基地 390
7 核戦略 391
1)NATOとWTO 390
2)米・ソの核戦略 391
3)米・ソの核配備 391
4)戦域核戦争 392
5)全面核戦争 392
6)デ・タントと核戦略 393
XVII  ヒバクシャ
概論 395
1 原爆投下の歴史的背景 397
1)原爆投下をめぐる研究史の現状 399
2)原爆使用計画-ハイドパーク協定 397
3)原爆の対日投下決定 398
4)原爆の対日投下とその影響 398
2 原爆の威力 399
1)原爆のエネルギー 399
2)熱線の影響 400
3)爆風の影響 401
4)放射線の影響 401
3 原爆被害の実相 402
1)建物被害 402
2)人的被害 403
3)家族破壊と社会崩壊 403
4)心理的・精神的被害 404
5)原爆被害の特質 404
4 原爆被害の身体的影響 406
1)急性傷害症 406
2)ケロイド 408
3)慢性傷害症(原爆後障害症)408
i)原爆白内障 408
ii)被爆者白血病 410
iii)悪性腫瘍 411
iv)胎内被爆小頭症 412
v)染色体の変化 413
vi)遺伝的影響 414
4)低線量被曝影響 414
5 原爆被害の社会的影響 415
1)地域社会の崩壊 415
2)生活破壊 415
3)胎内被爆障害者 416
4)外国人被爆者 416
5)被爆者差別 417
6 原爆被害の精神的影響 418
1)被爆者の心理的衝撃 418
2)被者の思想的営為 418
7 原爆被害者 419
1)被爆者 419
2)被爆生存者 419
3)在外被爆者 420
8 被爆者援護活動 421
1)原爆投下直後の救援活動 421
2)原爆孤児と精神養子運動 421
3)原対協 422
4)原爆病院 422
5)原爆孤老と原爆養護ホーム 423
6)被爆者相談事業 423
9 被爆者対策 424
1)原爆医療法 424
2)原爆特別措置法 424
3)援護法制定要求 425
10 被爆者運動と市民活動 426
1)ノーモア・ヒロシマズ運動 426
2)原爆被害者の会 426
3)被団協 426
4)原爆白書運動 427
5)被爆復元運動 427
6)原爆の絵運動 428
7)原爆訴訟 429
8)原爆写真展の開催活動 429
11 原爆被災調査研究 431
1)原爆投下直後の調査 431
2)ABCCの調査 431
3)原爆後障害研究 432
4)被爆者実態調査 432
5)社会科学的研究 433
6)復元調査 435
7)国際的調査研究 435
12 被爆体験の継承 436
1)平和教育 436
2)証言運動 436
3)反原爆芸術活動 436
13 被爆者問題の発展 436
1)ビキニ被災事件と原水禁運動 436
2)核拡散と被爆者の拡がり 437
3)核廃絶運動 439
XVIII  軍縮・核兵器廃絶
概論 441
1)軍縮と国際連盟 444
2)軍縮と国際連合 444
3)第1回国連軍縮特別総会 444
4)第2回国連軍縮特別総会 444
5)軍縮機構 446
6)部分的核実験禁止条約 447
7)地下核実験制限条約 449
8)核拡散防止条約 450
9)核兵器使用禁止 451
10)条件付核兵器使用禁止 452
11)非核兵器国の全保障 453
12)SALTI(第1次戦略兵器制限交渉)453
13)SALTII(第2次戦略兵器制限交渉)454
14)米ソ核戦争防止協定(ワシントン宣言)456
15)非核兵器地帯 457
16)ラテン・アメリカ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)457
17)インド洋平和地帯 458
18)非核太平洋人民憲章 458
19)非核3原則 459
20)保障措置 460
21)国際核燃料サイクル評価(INFCE)460
22)通常軍備縮小 461
23)生物・毒素兵器禁止条約 463
24)武器輸出(禁止)3原則 463
25)南極条約 464
26)宇宙条約 464
27)海底非軍事化条約 465
28)ディスエンゲージメント(兵力または軍事力の引離し)466
29)信頼醸成措置 466
30)軍縮と開発 467
31)NGO 468
32)日本原水協 468
XIX 平和機構・安全保障
概論 469
1)恒久平和構想 471
2)勢力均衡と同盟,協商 471
3)ハ-グ平和会議 472
4)安全保障 473
5)国際連盟 474
6)ロカルノ条約 474
7)中立主義と永世中立 475
8)国際連合 475
9)平和的変更 476
10)ユネスコ 477
11)安全保障理事会 477
12)拒否権 478
13)強制措置 479
14)国際連合軍 480
15)平和維持活動(PKO)480
16)平和のための結集決議 481
17)兵カ引離し構想 482
18)非核武装地帯構想 482
19)非同盟諸国会議 482
20)植民地の国際的統治 484
21)ヴァンデンバ-グ決議 485
22)トルーマン・ドクトリン 485
23)ブレジネフ・ドクトリン 485
24)地域的平和機構 486
25)北大西洋条約機構 487
26)ワルシャワ条約機構 488
27)欧州安全保障協カ会議 488
28)全米平和機構 489
29)アラブ連盟 490
30)アフリカ統一機構 491
31)東南アジア条約機構 492
32)日米安全保障条約 492
33)中・ソ同盟条約 493
34)日中平和友好条約 494
35)ソ越友好協力条約 495
36)世界連邦 496
XX 広島・長崎
広島史 497
概論 497
A 原爆投下までの広島史 499
1)毛利氏の築城-広島開府 499
2)広島城下町の発展 499
3)幕末・維新の広島 500
4)字品築港と広島大本営 500
5)諸戦役と軍事輪送基地広島 501
6)軍都広島の市政 501
7)軍都広島の産業経済 502
8)軍都広島の社会運動 502
9)日中戦争と広島 503
10)第2次世界大戦下の広島 503
11)本土決戦体制と広島-第2総軍司令部と中国総監府 504
B 原爆投下後の広島史 504
1 被爆直後の広島 504
1)広島原爆攻撃直後の反応 504
2)広島の被害調査 505
3)原爆投下直後の救援活動 506
4)原爆罹災者・復旧対策 507
2 平和都市復興への模索 507
1)広島の戦災復興計画 507
2)第1回広島平和祭-平和宣言 508
3)ノーモア・ヒロシマズ運動 509
4)広島平和記念都市建設法 509
5)広島平和記念公園と平和記念施設 509
6)原爆惨禍をめぐる文学活動 512
3 (1)米・ソ対立と市民平和運動の高まり 513
4 被爆者問題の展開 514
1)日本の独立と被爆者問題の進展 514
2)広島の原水禁運動 514
3)広島の被爆者運動 515
5 被爆実態解明の動き515
1)原爆被災資料調査運動 515
2)広島の復元調査運動 516
3)平和教育活動 517
6 ヒロシマ・ナガサキの世界化 518
1)国連へのアピール 518
2)NGO被爆問題国際シンポジウム 519
3)広島の核廃絶運動 519
4)広島の原爆遺跡 520
長崎史 521
概論 521
C 原爆投下までの長崎史 523
1)長崎開港と天領下の長崎 523
2)キリシタンの街・長崎 523
3)長崎の要塞化 523
4)日清・日露戦争と長崎 524
5)第1次世界大戦と長崎 524
6)長崎の社会運動525
7)日中戦争と長崎 525
8)第2次世界大戦と長崎 526
9)造船基地・長崎 526
10)外国人の抑留と捕虜収容所 527
11)原爆被爆前の長崎空襲 527
D 原爆投下後の長崎 528
1 被爆直後の長崎(1945-1946)528
1)長崎の原爆攻撃 528
2)長崎被害調査と救援活動 529
3)原爆罹災者医療・復旧対策 529
2 平和都市復興と占領下の模索(1946-1949)530
1)長崎の戦災復興計画と長崎国際文化都市建設法 530
2)ピース・フロム・ナガサキ運動 531
3)占領下の記録・文化運動の明暗 531
3 朝鮮戦争と長崎(1950-1954)532
1)朝鮮戦争下の佐世保・長崎 532
2)朝鮮戦争と平和運動の試練 532
4 原水禁運動,被爆者運動の展開(1954-1964)533
1)ビキニ被災事件と長崎 533
2)長崎の被爆者運動 533
3)長崎の原水禁運動 534
4)長崎の被爆者対策事業の進展 534
5 被爆実相解明の運動(1965-1981)535
1)長崎の原爆資料保存・白書運動 535
2)長崎の証言運動 535
3)長崎の原爆復元運動 535
4)長崎の平和教育運動 536
6 ヒロシマ・ナガサキの世界化(1970-1983)537
1)国連・ユネスコヘのアピール 537
2)NGO被爆問題国際シンポジウムと『長崎レポート』537
3)外国人被爆者問題と国際交流 538
4)長崎の原爆遺跡,追悼碑 538
XXI 広島・長崎史年表 542
索引凡例 574
事項索引 575
人名索引 593

世界写真家平和シンポジウム・写真展報告書

『世界写真家平和シンポジウム・写真展報告書 核の半世紀―目撃者は語る』(広島平和文化センター、19941216)

目次

発刊に当たって 平岡敬(広島市長、財団法人広島平和文化センター会長)
001 出席者のプロフィール
003 全体スケジュール
004 写真展の概要
005 原爆被害概況説明の概要
007 宇吹暁 原爆の社会的影響
011 練石和男 医学的影響「原爆放射線の健康影響」
013 山岡ミチコ 被爆者の証言「米国で27回の手術を受ける」
018 高橋昭博 被爆者の証言「私の被爆体験とヒロシマの心」
022 世界写真家平和シンポジウムの概要
1 日時
2 会場
3 テーマ
4 内容
5 主催
6 協力
7 後援
8 参考
023 平岡敬 開会あいさつ
024 シンポジウムの発言内容
勝部領樹
025 ジョー・オダネル
028 ユーリ・イワノビッチ・クイディン
30 勝部
30 キャロル・ギャラガー
32 勝部
33 ロバート・デルトレダシー
35 勝部
35 アンドレアス・ロベ
37 勝部
37 大石芳野
53 プロフィール
098 写真展における展示写真
109 新聞記事[原文]

平和記念施設あり方懇談会(レジメ)

平和記念施設あり方懇談会

平和記念施設保存・整備方針の策定

1 目 的
ヒロシマの記憶が世界的に薄れつつあり、核兵器の使用さえ危惧されている状況の中、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を目指す被爆地ヒロシマの役割は益々重要なものとなっている。
これまでのヒロシマの取組みにおいて、原爆ドームをはじめとする平和記念施設は重要な役割を果たしてきており、その保存・整備については個別に検討がなされてきたが、被爆60周年となる平成17年に向け、長期的な観点から改めてその全体の保存・整備のあり方を整理する。

2 保存・整備方針策定の対象

ヒロシマの記憶が世界的に薄れつつあり、核兵器の使用さえ危惧されている状況の中、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を目指す被爆地ヒロシマの役割は益々重要なものとなっている。
これまでのヒロシマの取組みにおいて、原爆ドームをはじめとする平和記念施設は重要な役割を果たしてきており、その保存・整備については個別に検討がなされてきたが、被爆60周年となる平成17年に向け、長期的な観点から改めてその全体の保存・整備のあり方を整理する。

1 目 的
ヒロシマの記憶が世界的に薄れつつあり、核兵器の使用さえ危惧されている状況の中、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を目指す被爆地ヒロシマの役割は益々重要なものとなっている。
これまでのヒロシマの取組みにおいて、原爆ドームをはじめとする平和記念施設は重要な役割を果たしてきており、その保存・整備については個別に検討がなされてきたが、被爆60周年となる平成17年に向け、長期的な観点から改めてその全体の保存・整備のあり方を整理する。
2 保存・整備方針策定の対象
方針策定の対象は、ヒロシマのシンボルである平和記念公園を中心とした空間(おおむねバッファーゾーンと同じ。)及びそこに所在する原爆ドーム、平和記念資料館、平和記念公園及び平和記念公園に接する平和大通りの一部を対象とする。
(1)原爆ドームは、核兵器が人類に何をもたらすのかを、最も象徴的に体現し、人間の理性と良心に訴えることのできる遺産であり、これを将来にわたって保存していくことの意義を改めて整理するとともに、将来の世代に理想的な姿で引き継いでいくための保存のあり方を整理する。
(2)平和記念公園及びそれに接する平和大通りの一部については、「平和大通り新世紀リニューアル事業」の基本方針を踏まえ、平和記念公園とその周辺エリアの利活用や平和の発信機能の強化を図るため、その空間のあり方や活用のあり方を整理する。
(3)平和記念資料館は、施設の老朽化への対応や将来を見据えた展示更新ための計画を策定することとしており、保存・整備方針においては、それに併せて平和記念資料館が今後その役割を果たしていくために必要な取組みについて整理を行う。

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太線:緩衝地帯(バッファーゾーン)の区域

 

3 策定スケジュール

【平成15年度】
有識者等からの意見聴取、市民等からの意見募集

【平成16年度】
「平和記念施設あり方懇談会」の開催
平和記念施設保存・整備に係る資料の所在調査・整理

【平成17年度】
「平和記念施設あり方懇談会」の開催
「保存・整備方針」の素案に対する市民意見募集
「保存・整備方針」の策定・公表

関連情報

東京会議委員

飯田喜四郎   博物館明治村館長、名古屋大学名誉教授
猪口 邦子   上智大学教授
岩垂 弘    平和・協同ジャーナリスト基金代表運営委員
大石 芳野   フォト・ジャーナリスト
加藤 尚武   前鳥取環境大学学長
平山 郁夫   東京芸術大学長
山折 哲雄   前国際日本文化研究センター所長
山崎 朋子   ノンフィクション作家
横山 禎徳   一橋大学大学院客員教授

第1回平和記念施設あり方懇談会(東京会議)会議要旨

≪平山委員≫
これは根幹に関わることだが、日本の遺跡の保存の仕方は、例えば奈良でも、あるいは海外でお釈迦さんの生まれた土地ルンビニに行っても、皆、公園化している。奈良でも石舞台の所に花や芝生を植えて道を造って、これでは遺跡ではない、破壊である。ドームを見ても芝生があって最後に瓦礫がある。なぜ瓦礫を残さないのか。当時はこんな綺麗ではない。阿鼻叫喚、地獄があった訳だが、それを知らない今の世代の人が見たらどう思うだろうか。過去の論議の資料で以前の市長が「火事になってもこの程度は壊れる」と言ったという記録があったが、まさしくそうである。この遺跡をどう扱うかは、アウシュビッツや色々な施設と比べてみても、姿勢が問われると思う。日本人は優しいところがあるから、平和的にやろうということならまた違ってくる。何を残していくのか、その精神とメッセージをどう伝えるのか。ただし構造的、物理的に限界があり、現状維持ではすぐ壊れるので、可能な限りガッチリと修理し、耐震構造にしても同じだが、それをどう景観と結びつけるか。その辺を根本的に討論したらどうか。

≪平山委員≫
今から見ると核の破壊力は飛躍的なものになっているが、古典的な広島型原爆がどれくらいの破壊力があったのか。半径2キロ四方が全滅した訳だが、通常B29が登載する爆弾の量は約5トンだったと言われている。TNT火薬1万トンあるいは1万2~3千トン、B29で一度に爆撃させたとすると、1万トンで2000機くらいになる。戦争中、兵器廠にいて1トン爆弾を近くに落とされて吹き飛ばされたことがあるが、砂地で直径約10メートル近い、深さが6~7メートルくらいのクレーターが開いた。それを考えるとものすごい破壊力があったことになる。今はそれの何十倍になっている。私の友達も即死を免れたが、放射能障害により1学年で50人位がガンで死んでいる。二世がいて、生まれてきた子どもも幼児ガンとかで死んでいる。二十歳前にも死んでいる。亡くなられた方が、14万人、15万人と言うが、これらをどうカウントするかである。もし被爆しなければ、そういう胃ガンとかは無かった。核の影響と言うのは観念的には70年、プルトニウムは200年、チェルノブイリでは草を食べたヤギや牛の乳からも影響があると言われている。それだけ怖いものである。それをよく知っているのはアメリカ、ロシアの核保有国である。私もウズベキスタンやあの辺りで講演などをしており、原爆や核実験は相当影響があると相談に来た人たちがいるが、政府は認めていなかった。恐らくアメリカもそうだったと思う。でも、怖さは一番知っている。だから、核拡散を恐れたり、大量破壊兵器を持たせないということは当事者として分かっていると思う。そういう怖さをヒロシマということではなく、これは猪口先生の軍縮でもそうだが、敵も味方もなく皆に知らせないといけない。落とせば両方が死に絶える。日本の世界文化遺産、例えば法隆寺にしても、塀の何メートルという近いところに土産物屋が並んでいるが、これは何とかならないかと思う。バッファーゾーンというのはやはり雰囲気というものがあるから、自粛するなりして、文化遺産の精神性のある根幹、哲学を知らせないといけない。広島の原爆ドームも柵をして緑で囲み公園にしているが、ぜんぜんイメージが違ってくる。これを限定された範囲でも芝生をどけて、時間は60年が経っているが、一瞬にしてこうなったということが再現されることは、大切なことである。昭和19年に大東亜戦争美術展があって、勧業博覧会があった。そういう建物だった。猪口先生が言われたように、戦争経験のない世代は、怖いんだと言っても見ただけでは分からないと思うから、どうやって戦争の怖さを知らせるか。そのためには、物として破壊をリアルに伝え、肉声で体験を教え、文書で記録し、流布していく。両面で行かないと確かにダメだと思う。是非そうしていただきたい。
どうドーム周辺を残していくか。建物は、がっちり耐震強化し、少々鉄を入れて補強しても、外観は変わらない。それよりも建物周辺の整備を行って、爆発した瞬間の凄まじさを再現する方が説得力がある。

≪平山委員≫
私も兵器廠で被爆し、市内の惨状をたくさん見た。目の前は燃えており、子どもが死んでいるのを親は知らないでいたり、ガラスがいっぱい刺さって血だらけになっているのに痛いと言わない。ヤカンだけ持ったり、枕だけ持ったり、8時15分だから寝巻きのままの状態、何がなんだか訳が分からない。静かになったと思うと、虚脱状態とパニックになって、身内がどうなっているかも分からない状態である。「痛い」とか泣き声を上げるのは相当経ってからである。ほとんど記憶がないと思う。いきなり、寝ていて、家が全壊して、潰されて、「助けてくれ」と言われても助けられない。そこに火が入ってくる。遊んでいたのが飛ばされたり、電車で丸焼けになったり、そういう状況の中で生き残っているから分からない。怖いということだけが記憶に残って、説明できない。肉親がいなくなった、どこに行ったか分からない。私は実家を離れて一人でいて自分さえ助かれば大丈夫だったので、どんなになっているかを半分は見ながら歩いていたが、そういう時に垣間見たことは、麻痺して感じなくなっていた。そういう状況だから説明がつかないことが多いと思う。言わないのではなくて言えない、分からない状態であったためである。

≪飯田委員≫
何を保存するかということについては、資料4の保存工事説明板、世界遺産説明板の文面があるが、これをまとめれば十分である。こういう理由で保存するということでいいと思う。
技術上の問題ついては、色々難しい問題がある。ギリシャ、ローマの遺跡であれば、まさに遺跡そのものであるが、原爆ドームは土を盛って芝をはってしまった。私が一番最初に行った時に「これはおかしいな」と思った。それで聞いたところが、公園として整備するために芝をはって盛り土をしているとのことだった。そのために壁が土の中に埋まっており、雨が降ったら全部これが上にあがってきて、大変まずいことになっている。ユネスコのセンターが東南アジアの研修生を呼んだとき、研修生は皆な同じ指摘をした。あそこに少なくとも60センチくらい盛り土があり、それを取ると先程(資料(パワーポイント)の周辺の瓦礫の画面)のような遺跡が出てくる。遺跡として見せるべきだ。あの様に綺麗にすべきではない。

≪猪口委員≫
まず、「なぜ残すのか。何のために残すのか」ということだが、教育の現場でいつも感じるのは、人の能力は非常に乏しく、自分の経験的な世界を越えて想像する力がとても弱いということ。教育は自分の経験的世界を越えて、人が物を考えられるように手助けする、そういうことを努力している。物事を抽象的に捉えるということもそうだし、経験をしたことがないことに対して思いを馳せるように教育は努力する。しかし、人間の能力は実際にそういう面で乏しいので、自分が経験していない悲劇について想像することを助けることが必要である。
まず、最も重要な存在は、被害の経験者である。だから被爆体験者はそのことを訴え続けていただかなければならない。国際社会では色々な軍縮の分野があるが、例えば、対人地雷の分野では、”raise the voice”という運動がある。「声を上げる」ということだが、実際に武器による被害の犠牲者となってしまう場合には、”raise the voice”をするような立場に立たない。対人地雷の被害に遭った子どもや親は、それを世界に訴えなければならないのだけれど、そういう余裕がないし、生きることだけがあまりにも大変で、訴える力がない。例えば欧米のNGOが、アフリカの内戦の被害者の被害・悲劇を代弁することをやるが、まったく不十分である。被害者そのものが訴えて、”raise the voice”をしてもらわなければならないのであって、それに代わるインパクトはあり得ない。人の乏しい能力は、実際に被害者が乏しい言葉であっても”raise the voice”することによって、思わぬほど深く発達するし、想像できるようになる。突然その問題に対してオーナーシップを自分として抱けるようになる。遺跡もそのようなものだと思う。乏しい人の能力を助けてくれるようになる。「二度とこの悲劇が起こらないように」というのが私達の願いだから、誰もその悲劇を経験することはないけれども、それを確実にするためには、全員がその悲劇をイマジンできなければダメである。ところが能力が弱いので、それを助けるものとして、永遠に原爆ドームは保存されなければならない。被害者は残念ながら亡くなってしまう。”モータル”になる。存在として”モータル”だけれども、無機物である建物は、人間の英知によって永久に保存する必要がある。被害者を超えて、永久に乏しい人間の想像する力、つまり核兵器の被害・悲劇はどういうものかという、もはや誰も経験しないことについて全員が想像できることを助ける最後のものとして原爆ドームは残る必要がある。これが理論的に「なぜ原爆ドームは永遠に残さなければならないか」ということの説明である。つまりヒロシマからの”raise the voice”という運動の一環であり、まず被爆者にやっていただかなくてはならないけれども、原爆ドームが全ての被爆者と私達と命を超えて、続く世代の更に乏しい能力を助けてくれると思う。例えばアテネに神殿があり骨格だけ残っているが、非常に深く古代の文明について訴えるものがある。いくつか永遠に骨格だけでも残るというものの保存の仕方を参考にすると良いのではないか。先ほど飯田委員が言われたように、外観はそういう意味で重要である。
産業奨励館として”イマジンハウス”というものを造る運動は、場合によってはとても興味深く重要な、新たな考え方に繋がるかもしれない。近距離に、元々あったものと破壊されたものとが、二つ残るという遺跡の保存の仕方は、今までなかったかもしれない。また、”イマジンハウス”を造る時に世界中の人が、乏しい能力だけれど、自分がたとえ1セントでも寄附するということでオーナーシップのプロセスに参加し、関係者となっていくプロセスとして、それを造ることができるのであれば、新しいメッセージの発信の仕方になる。
これは一般的なことだが、広島は見事に復活した。美しい公園と街も復活して、広島を訪れる私の軍縮仲間なども広島が復活していることに感激する。私はこのことについて二つのメッセージが必要だと思う。一つは「人間はどんな悲劇をも超える力がある」ということ、広島はその証人である。これを訴える記念施設のあり方を考えて欲しい。究極の破壊を受けてもここまで復活しメジャーな都市として再生しているということ。二つ目のメッセージは、必ず私が軍縮仲間の友人に言うことだが、「今あなたが見ている広島は決して同じものではない」ということ。失われたものは永遠に失われていて、同じものを復活することは人間には絶対にできないことである。この二つのメッセージが重要である。

≪横山委員≫
先程、猪口委員が言われたような問題があると思う。私は当時2歳11か月で62歳になるが、ということは10年後20年後になると実際のビジュアルのイメージや直接平山委員からお聞きしたような話がなくなってしまうような時代がすぐ来る。私は思い入れを持って原爆ドームを見るが、私が外国人だったらどのように見えるのだろうかと思う。例えばドレスデンの絨毯爆撃があったが、そこにいた私と同じくらいの年のドイツ人と話をしていて、どうしていたか聞いたら、「疎開はせずにドレスデンにいて、一家はみんな頭を真ん中にして放射状に寝ていた。死ぬ時は一緒だということで、そうやって寝ていた。」と言っていた。結局、原爆であろうとなかろうと、戦争の被害というものは悲惨であることは変わらない。それが、原爆だからというのを我々が思うように彼らはドームを見て感じるのかということだ。ドームのような破壊された建物は、当然ドレスデンにもあったはずである。その思い入れがどこまで広がって通じるだろうかという気がする。10年後、20年後には、もっと思い入れをもって見る人が少なくなってしまう。イマジネーションが少ないですから。我々と違う人たち、特に外国人が見た時、どんなインパクトがあるのかということには多少疑問がある。ドームだけではなくて資料館も含めて一体で分かってもらうように誘導すべきだし、そういうふうに見てもらうよう組み立てるべきだ。今は建築的には、ハードウエアとしては出来ている。シンボリックに軸も決まり、そうなっているからいかにも一体的に見えるが、歩き回る時に、人はそのように一体として捉えているかどうか。それがないとドームだけでは、少なくとも我々と違う人たちにはインパクトがない。
日本人の若者達でも同じことだ。ここで一番のテーマは、戦争の悲惨さだが、特に今問題なのは、戦争が攻撃側にリアリティがなくなっていることである。非常に極端な話が、オースト・スコット・ガードという作家の『エンターズ・デイ』というSF小説に書かれている。異星人が攻めてくるので地球防衛軍を作るが、その防衛軍は6歳以下の子どもである。テレビゲームのように毎日演習を行う。6歳の隊長が飽きてきて、「やめたい、本当の戦争はいつなんだ。」というと、「1週間前に終わったよ。」いう話である。要するにそれくらいリアリティがないということである。それで彼はショックを受けて、異星人と言えども、テレビゲームのようなリアリティのない世界で勝ったということを非常に悩む。そういう傾向が戦争にはあって、攻撃側が感情移入できない。日本は特に原爆とか核兵器に対しては、あまり積極的になれないところがあるけれど、今、別の形で起こっているピンポイント攻撃、85%の命中精度しかないが、日本だったらもっと命中精度の高いものを作れる技術とコンポーネントを全部持っている。実際に潜在的技術力から言うと、今のような極めてリアリティの低い戦争を仕掛けることができる能力を持っているし、持ちつつある。
そういうものと我々が語っているリアリティとの乖離が埋められるか。若者や外国人やイマジネーションのない人たちとの乖離が埋められるようなパッケージとして、提示すべきであって、ドームがどうだという議論をやっていると、ちょっとそこがずれてしまうという気がする。ハードウエアだけではなくて、目に見えない組み立ても含めて、リアリティをつなぐというところをやっていくべきだ。私は建築家なのだが、皆さんの言われるドームの機能に関しては、やはり建築の専門家を入れて議論すべきである。覆いをかけるとまったく変わってしまうというと、そんなことはなく、建築的にはどのようにでも組み立てることができる。単純に予算だけの問題である。
例えば、これはどれだけ周知の事実か知らないが、東京駅の復元計画がある。今は2階建てだが、本当は3階建てである。元のオリジナルの東京駅に復元するという計画があって、お金を出すのはたぶんJR東日本だと思うが、予算は500億円くらいである。私の建築の師匠の前川國男さんは「東京駅なんて残す価値のない建物だ」といつも言っていたが、それに対して500億円かけて、原形復旧する。それくらいのお金があれば、原爆ドームに、綺麗なほとんど目立たないようなデザインで完全なガラスの覆いをかけることは、建築家ならできる。しかもそれがあれば、パラドックスだけれど、そういうふうな覆いをかけてしまえば、あの芝生なんか外してしまえば良い。それで、実際のどうだったかということを見せることができる。構造的に計算できないと言われたが、どれだけ鉄骨・鉄の部分が劣化しているかということは、分かりようがない。いろんな形で固めていくと、沖ノ鳥島のようになってしまう。その方がみすぼらしいではないか。それだったら、綺麗な覆いをガラスでかけてしまえば、中は、地震の問題では別の補強をしなければならないが、酸性雨とかでもろくなっていく部分は完全に改善する。だから、どれだけの予算が出せるかということが、一種の踏絵であって、東京駅の復元に500億円出して、ここは予算がありませんというのは、やはり日本の建築の問題である。核兵器廃絶と言っているけれど、それはリップサービスであって本気ではない。これに100億か200億位の予算があれば、極めて皆さんが納得される立派な覆いをかけることができると思う。

≪平山委員≫
形あるのものは滅する。物理的に耐用期間というものがあり、限界がある。さらに保存せよという場合は、こういう方法もあるということを、広島に限らず根本的な条件として、出して認められれば、助かるところがあるかもしれない。

≪横山委員≫
アブ・シンベル神殿はユネスコの世界遺産だと思うが、コンクリートで固めてある。細分化して全部上げて、コンクリートのボックスの中で吊るしている。裏も見せるようになっている。そこまでやっている。ガラスで囲うこととそんなに差はない。

≪平山委員≫
アブ・シンベル神殿は水没するということがある。水没するのならば、切り取って移転するという方法を選んだ。崩れる年限になるならこうして保存するという精神が認められれば世界遺産でも認められる可能性がある。

≪飯田委員≫
あれは強引に切り取ったものである。他の案も出ていたが、排水しきれないということでああいう強引な形になった。今見ても鋭いカットした跡がある。ひどいやり方である。

第2回平和記念施設あり方懇談会(東京会議)会議要旨

1 日時 平成16年(2004年)10月18日(月)13:30~16:00

≪山折委員≫
やはり広島の究極の面は鎮魂の場である。日本の歴史1500年を考えた場合、一番新しい鎮魂の場である。日本の歴史1500年の中で鎮魂の場はどういうものであったかという観点からすると、現在の広島のあり方は私には曖昧な空間に見えて仕方ない。本当に鎮魂の場として設定されているだろうか。具体的に言うと、原爆ドームと、平和記念資料館、追悼平和祈念館の関係がフラットにしか見えない。鎮魂の場であれば、どこかに奥の院がある。そうすると原爆ドームが奥の院で、資料館、祈念館がそこに至るまでの参道的な役割を持つということになる。そういう聖地空間としての機能が、必ずしも一体となっていない。奥の深さ、広がりを訪れる者に対比させるような形になっていない。むしろアプローチ、参道的な役割を果たしている所が中心的な空間であるという意識が非常に強い。それはそれで今日の時代的な要請で良いが、鎮魂の場としては、普遍的な存在をもう少し強調した整理の仕方にした方が良いのではないかと思う。
具体的にどのようにしたら良いかということだが、最初に思い浮かぶのは高野山の奥の院に至るアプローチは実に変化に富んでいる。宿泊の施設があり、盛り場があり、観光も出来る、山登りも出来る。もう一つは、伊勢神宮である。五十鈴川を渡り、次第次第に奥の内宮に近づいていく。その緊張感が、参内する時の普遍的な感覚を実にうまく演出している。もう一つは浅草タイプである。これこそ盛り場を中心として、先ほど屋台の話があったが、とにかく猥雑で様々な娯楽的な施設が集中している。しかし、やはり最後に観音様にお参りして、ホッとする。伝統的な文脈で言うと、浅草タイプ、伊勢神宮タイプ、高野山タイプの三つくらいあるが、その三者に共通しているのは、奥の院がしっかりしているということである。
そういう点では原爆ドームしか奥の院的役割を果たせるものはない。そういう工夫をもしもする とすれば、困難な面が出てくると思う。鎮魂の場というのは宗教的な祈りの場であるわけだから、奥の院は、当然、宗教的な象徴の意味がある。それが今日の広島市において出来るのかどうか、実際、我々がそういうことを指導的にやっていくことが出来るかどうか。多くの人々を今後集めるためには、どうしても宗教的な機能ということを考え直さなければいけないのではないか。鎮魂は非宗教的な行為であるという人が増えているが、その線を守っている限りにおいては広島は必ずしも普遍化・大衆化しない。これは言うは易しで乗り越えるのは困難な仕事であろうと思う。

≪山折委員≫
原爆ドームと厳島神社は一緒に世界遺産になっている。そういう所を巡礼するコース、連携・協力関係を作って、人の流れを作るということもある。
関連して、イスラエルのエルサレムにユダヤ教の聖地である”嘆きの壁”がある。あれは風化に任せており、特別の補修をしているようには見えないが、信仰の壁として生き続けている。その目と鼻の先に黄金のドームがある。イスラム教の聖地である。本当の聖地は中に囲われている岩であり、黄金のドームは鞘堂であるが、鞘堂をイスラムの聖地としている。時間が経てば変化していく可能性はあるが、問題は、ユダヤ教徒は”嘆きの壁”に行って帰ってくる。決して黄金のドームに行かない。イスラム教徒はドームにだけ行って岩にだけお参りする。お互いには巡礼しない。それは相互に不幸なことである。お互いの聖地を巡礼し始めると良いが、絶望的である。巡礼行動は往復運動であるが、多神教の世界では円運動になる。その特徴を生かしていけば、もう少し何か出来るかもしれない。
アウシュビッツは誰でも知っているが、次世代ではそれでも必ず忘れられていく。それに対する歯止めの教育的な措置として、石畳の街路に50m・100m置きくらいに一つの石を地上に盛り上がらせるように造っている。通る人は必ずそれに蹴躓き、蹴躓かせて思い出させる。その石を見ると犠牲者の名前が書いてあり、凄いな、ここまでやらないといけないのかと思った。良い悪いは別にしてアウシュビッツでさえも人の意識から忘れられていくということがある。
先ほど横山委員が言われたが、日本は平和愛好文化国家だったという歴史を教えることは一番根本的な問題である。日本の教育現場ではそれを教えていない。日本の歴史の中で長期に渡って平和を築いていた時期が二度もある。平安時代の350年と江戸時代250年である。なぜ実現可能だったかということに対し、正面きって研究はされていないが、これは驚くべきことだった。平安時代は貴族政権、江戸時代は封建武士政権、それでずっときている。なぜ、これだけの周期の平和が続いたか。それは、恐らく思想心、宗教心が作用している。こんな事例はヨーロッパの歴史にも中国の歴史にも無い。奇跡のような事実である。なぜそういうことが可能だったかという理由は、政治・経済・軍事などたくさんある。平和を担保する一番重要な要因は、宗教と国家の関係、調和のとれた関係である。神仏共存のシステムは平安時代に出来たが、今の社会の安定つながっていると思う。これも戦後の日本の経済は完全にネグレクトしている。この辺を根本的に反省しないと日本の歴史のポジティブな意味を受け継ぐことは出来ない。

≪横山委員≫
巡礼というのは宗教だけなのかというと、サンチアゴ・デ・コンスポテラというキリスト教の巡礼地がスペインにあり、昔からヨーロッパ中から巡礼に行く。何がある訳でもなく、建築的にも大した教会でもない。ソフトウェアとしてそこに行くような求心的なもの、日本であれば江戸時代の伊勢参りのようなものに出来ないのかということである。何か凄いものや宗教がなくては出来ないかと言うと、巡礼先が一つのテーマなのである。”嘆きの壁”の話があったが、スペインでは建築的にユダヤ教とキリスト教とイスラム教が層状に融合した建物もある。別にお互いに嫌いあった訳でもない時期があり、建築に残っている。神仏集合というのは、日本だけではなくイベリア半島にもあったのかも知れない。
今、科学の進歩からは、ステムセル(幹細胞)の問題、遺伝子、核や環境の話もそうだが、宗教を超えた人間観が要求されている。人間論というのはギリシャ哲学の頃からあるが、キリスト教が歪めてしまって、進化論を認めたのは1952年である。その時は、認めたという訳ではなく、宗教と科学を別にするという約束であった。その後、産業革命と機械論的人間論、進化論があって、ソフトウェア、ニューロン、通信システムのような人間観、遺伝子の人間観、要するに利己的な遺伝子のキャリアに過ぎないというような人間観など、それを超えたものが求められていて、日本から出てきて全くおかしくない時期にある。そういう人間観が日本から出てきて、リーダーにならなくてはいけないのにぐずぐずしている。それを広島から発信できれば、そこに物理的に何があるということではなく、サンチアゴ・デ・コンスポテラのように何がある訳ではなくても、巡礼地になり得る。広島あたりでやってみてはどうか。

第3回平和記念施設あり方懇談会(東京会議)会議要旨

1 日時 平成17年(2005年)1月27日(木)13:30~16:00

≪飯田委員≫
私は少しニュアンスが違う。確かにあの時撤回されたが、現在のままの状況でも数世代もつからというだけの理由であった。私としては第1回の時に覆いを掛けている事例についてお話があったので、その事例を見に行ったが話にならない。たくさん鉄骨を入れてなるべく大きなガラスをかけるというやり方であった。数世代経ってそういうものが必要になった時も、そういうやり方には賛成できない。例えばアテネのパルテノンも大気汚染でやられており、ブロンズもやられるのでチタン合金で保存の手を入れ、一般の人を立ち寄らせず手も触れさせないという状況である。あの辺の一番の汚染は大気汚染、自動車の排気ガスである。これから守ろうと思えばまさに覆いを掛けなければならない。でも大気汚染を防ぐ物を付けるという声は実際出ていない。やはり今のままで何とかしたいということである。だから今回の場合も覆いは絶対にやるべきではなくて、もし覆いをするのであれば横山委員が言われた銀行の例ような覆いでは駄目である。直径が1km位のドーム型の覆いを建てれば環境を保つことはできるが、まだそれに行く段階ではないと思う。球場なんかは全部空気のドームで覆っており、もちろん技術的には可能だが、まだその前にやるべきことがある。

≪飯田委員≫
理念が決まらないと、何年というのは出てこない。私は昔昭和の宮殿を造るときに関係したが、二重橋の鉄橋を造りかえるときに強く言われたのが、東京中の鉄橋が落ちてもこれは落とすなというような設計条件が出された。私どもは当然無視する。人が全部いなくなって、そこだけ残っても意味がない。広島についても同じであろう思う。広島市に震度7の地震が来たら残るところは非常に少ない。そういう状況でドームが耐えることは意味がない。理念をはっきりさせることによって決まってくるから、それによって何年ということを言ってもらえると良い。技術委員会は広島の地盤の状況から言って、どの程度の頻度でどれだけの震度の地震が起こることも分かる。それから一般の人が入らない建物であるから、安全率を下げることが出来る。そうであれば余り過度なことはしなくても良いということが出てくる。
現在、ドームの下の所に60センチ位盛土をして芝生が貼ってある。それをどうするかという問題である。ヨーロッパの遺跡に行ってみて庭園的なことをやっているのはイギリスが非常に多い。ローマの遺跡になると庭園的に造られたものは非常に少ない。ローマの中なら一部にはある。しかしローマの遺跡で一番残っているのは北アフリカの沿岸だが、そこは遺跡そのものである。瓦礫を出すか出さないかということをここで決めて頂ければありがたい。
また、あのように土が盛ってあると、煉瓦造りの建物なので下から湿気が登ってくる。普通の建物と違って水が上がって来ないように防水床をやっている。あの時代の建物は皆ていねいな仕事をしている。これで水が切れていたがそこに土を盛ってしまった。雨が降ると水が行く所がないので、壁体に上がって来る。上がって来るだけならいいが上がってきて蒸発すると、非常に濃い酸になり煉瓦を傷めてしまう。そういうことからも盛土の撤去を決めて頂くことはありがたい。

≪飯田委員≫
まず、役割については整理されているとおりだと思う。福井座長は観光について控えめに言われたが、観光であっても良いと思う。
平和公園とその周辺についてだが、記念碑とか慰霊碑はたくさんあるが、説明板の所が混んでいて面白くない、うんざりするということがある。解り易く、楽しいと言えば語弊があるが、そういうものにして欲しい。
中島地区の街並みの復元の話が出ていたが、あそこだけが無くなった訳ではなく、あそこだけ復元することは問題である。街並みとして復元するには相当広いスペースが要るので、大型の模型で示してそれをどこかに設置してはどうか。
それから「平和記念公園らしいサウンドスケープの整備」というのがある。遊歩道を歩くと鳥の声が聞こえてくるという装置があるが、あれは非常にいやらしい。平生は拡声器を兼ね、バック・グランド・ミュージックを流していて、限られた範囲だけならいいが音量の調整が難しく遠くまで聞こえてうるさいということになるのでサウンドスケープは難しい。特にヨーロッパのお客さんからはそういうことを強く言われる。音楽を流すのは良いがよほど気を付けてやる必要がある。

「民有地を含む空間のあり方」については、広告の規制など非常に良くやっておられる。日本の文化財行政の一番の欠陥は、周辺を保護しないことである。パリにはたくさんの文化財があるが、一つの文化財の周囲500メートル以内は、新築・改築全部が許可制である。それではじめて景観が保たれている。建物に対して500メートルといっても、建物に対して一緒に見える場合には規制を受けるという形になっている。日本の場合は周辺の環境を保護するということが全くない。平和記念公園の場合は市の方が苦労して広告を取って頂いていて良いが、平和記念公園で一つに気になるのは、慰霊碑のところから原爆ドームを見ると、やはり商工会議所の醜い建物が耐えられないということである。例えばパリなら都市計画の中で建物に高さの制限があるので、ユネスコの本部を造る時には、地下4階建てにして高さを制限している。原爆ドームのシルエットは非常に大切だから、ドームの後だけは樹を植えるとか建物に蔦をはわせるとかではなく、高さの制限をして頂きたい。広島だけではなく日本全体に文化財の周辺環境に対する配慮が全くない。商工会議所は築後40年ほど経過しており、100年200年持つものではないので必ず建て替えの時期が来る。難しいとは思うが、都市計画の中でドームの後ろにあのような建物がないようにしていただきたい。どの位の高さ、どの程度の距離まで規制するかを検討して頂き、何とか平和記念公園のビスタを守って頂きたい。
ドーム周辺の緑の中で1本だけ非常にドームに近いものがある。大きく育っているので、根が建物の下に入ったら建物を壊してしまうので、あれだけは伐採して頂きたい。

平和記念施設あり方懇談会設置要綱

平和記念施設あり方懇談会設置要綱
(設置)
第1条 被爆60周年となる平成17年に向け、長期的な観点から平和記念施設の保存・整備のあり方を整理するための平和記念施設保存・整備方針を策定するにあたり、有識者等から指導・助言をいただくことを目的として、「平和記念施設あり方懇談会(以下「懇談会」という。)」を設置する。
(平和記念施設)
第2条 方針策定の対象となる平和記念施設は、ヒロシマのシンボルである平和記念公園を中心とした空間(おおむね「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建物等美観形成要綱」の対象地域内(バッファーゾーン)と同じ。)及びそこに所在する原爆ドーム、平和記念資料館、平和記念公園及び平和記念公園に接する平和大通りの一部をいう。
(所掌)
第3条 懇談会の所掌は、次のとおりとする。
(1)平和記念施設保存・整備方針案の策定についての指導・助言に関すること。
(2)その他平和記念施設のあり方に関すること。
(委員)
第4条 懇談会の委員は、15人以内とする。
2 委員は、平和記念施設について優れた識見を有するものから市長が依頼する。
(任期)
第5条 委員の任期は、平成17年12月31日までとし、補欠の委員の任期は、前任者の残任期間とする。
(座長)
第6条 懇談会に座長1名を置き、委員の互選により選出する。
2 座長は、会務を総括する。
3 座長に事故があるときは、座長があらかじめ指定する委員がその職務を代理する。
(会議)
第7条 懇談会は、座長が招集し、座長が議長となる。
2 座長は、必要があるときは、懇談会に関係者の出席を求め、その意見又は説明を聴くことができる。
(庶務)
第8条 懇談会の庶務は、市民局国際平和推進部平和推進担当において処理する。
(その他)
第9条 この要綱に定めるもののほか、懇談会に関し必要な事項は、座長が定める。
附則
この要綱は、平成16年7月16日から施行し、平成17年8月31日限り、その効力を失う。
附則
この要綱は、平成17年8月30日から施行し、平成17年12月31日限り、その効力を失う。

 

 

平和関係施設調査研究委員会資料

平和関係施設調査研究委員会(1984年5月11日設置)宇吹所蔵資料

No. 年月日 資料名 形態
19840511 平和関係施設調査研究委員会<設置>
0 1989∼ 平和関係施設調査研究委員会ワーキンググループ  File
0-1 19891102 平和関係施設調査研究委員会・ワーキンググループ合同会議
平和関係施設調査研究委員会・ワーキンググループ合同会議資料
資料1  平和関係施設調査研究委員会・ワーキンググループ研究員名簿
資料2 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の設置について-これまでの経緯
資料3 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の広島設置に関する要望・提言の状況
資料4 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の設置年次計画
資料5 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の設置元年度事業計画
資料6 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の設置元年度事業実施スケジュール
資料7 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の広島設置について-基本構想のたたき台
資料8 平和と軍縮に関する国際的な研究機関必要人員数、延床面積
資料9 平和と軍縮に関する国際的な研究機関の組織図(案)
0-2 198912 「平和と軍縮に関する国際的な研究機関」の設置について-基本構想のたたき台(第1次改定分)(平和関係施設調査研究委員会・財団法人広島平和文化センター)
0-3 199005 「平和と軍縮に関する国際的な研究機関」設置基本構想(案)(平和関係施設調査研究委員会・財団法人広島平和文化センター)
0-4 199005 「平和と軍縮に関する国際的な研究機関」設置基本構想(案)(平和関係施設調査研究委員会・財団法人広島平和文化センター)
0-5 199006 「平和と軍縮に関する国際的な研究機関」設置基本構想(平和関係施設調査研究委員会・財団法人広島平和文化センター)
1 19870331 国立平和研究所広島設置の構想(案) 冊子
2 19910107~  平和に関する国際的な研究機関(三菱総合研究所)  File
2-1 19910107 「平和に関する国際的な研究機関」基本計画検討懇談会開催のお知らせ(三菱総合研究所⇒宇吹暁)
2-2 19910118 第1回基本計画検討懇談会(広島部会資料)
2-3 「平和に関する国際的な研究機関」設立当初の研究対象の具体例
2-4 [ご参考]「「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査 中間報告用資料(株式会社三菱総合研究所 1990年12月」
3 19910304 「平和に関する国際的な研究機関」基本計画検討懇談会開催のお知らせ(三菱総合研究所⇒宇吹暁)
3-1 19910315 第2回基本計画検討懇談会(広島部会資料)  綴
3-2 [ご参考]「「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告用資料(株式会社三菱総合研究所 1991年3月」  綴
4 19910331 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告書(株式会社三菱総合研究所) 冊子
5 19910331 同上 <要約版> 冊子
6 19910331 「平和に関する国際的な研究機関」の設置について(市長室)  File

 

 

 

広島平和文化センター刊行物一覧(宇吹所蔵)

広島平和文化センター刊行物一覧(宇吹所蔵)

発行年月日 書名 備考
19770331 平和の推進(昭和51年版)
1983(昭和58年版)、
1988(昭和63年版)~1997年版(平成8年度事業)
19771220 ヒロシマ・原爆・平和 平和教育冊子No.1
広島平和文化センター編刊・渓水社(発行所)
19780720 ヒロシマ読本 小堺吉光著
19790320 平和  国家・核・教育 平和教育冊子No.2
19821120 国際連合の話 桑原輝路著 平和冊子No.4
19840331 軍備と軍縮の歴史 山田浩著 平和冊子No.5
19851025 平和事典 勁草書房(発行所)
19880331 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 平和冊子No.6
煙石二三枝 犠牲者の遺骨の前で読経
川本義隆  人間らしく生きる世界を
小松キクエ 未だ骨もないわが娘を思う
小松清興  アウシュビッツとヒロシマがだぶる
笹村弘志  運動場に蚊帳を吊って子どもの世話を
高橋昭博  「ヒロシマ」で生きることの意味を問う
寺前妙子  苦悩を越えて強く生きよう
松重美人  生き地獄にシャッターが切れず
松原美代子 讃美歌で心の安らぎを
山岡ミチコ 米国で27回の手術を受ける
山根力男  課員全員が死亡する上原敏子      外国人の原爆被害について
19910930 平和研究入門 松尾雅著 平和冊子No.7
19920325 平和記念式典の歩み 宇吹暁著 平和冊子No.8
19930331 平和学を創る 構想・歴史・課題 岡本三夫著 平和図書No.9
19940331 ソ連・ロシアと世界平和 岩田賢司著 平和図書No.10
19950331 東欧の歴史と民族問題 林忠行著  平和図書No.11
19960331 開発と貧困-豊かさの中の貧しさと、貧しさの中の豊かさと 竹内常善著 平和図書No.12
19970331 軍縮への道 1995年版・国連軍縮年鑑 国際連合著      石栗勉訳
19970331 (財)広島平和文化センター20年誌―センターの歩み
19980331 冷戦後の世界と米中関係 中逵啓示著 平和図書No.13
19980331 国際社会と人権 水上千之著 平和図書No.14
19990331 哲学の21世紀-ヒロシマからの第一歩 嘉指信雄著 平和図書No.15
 19990331  平和と交流  1998年版(平成9年度事業)
~  2006年版(平成17年度事業)

世界平和連帯都市市長会議

世界平和連帯都市市長会議 1982年6月24日発足

2001年8月5日、「世界平和連帯都市市長会議」から「平和市長会議」に、2013年8月6日に「平和首長会議」に名称変更。

 

平和問題調査会

平和問題調査会=広島市長の諮問機関。1981年5月14日設置。

開催年月日 議題など
01 19810514  ①委員長の選出②会の名称、構成メンバー、事務局の決定③昭和56年会議開催計画等について説明④基本的問題と事業計画一軍縮シンポジウムの開催/市民講座・特別講演会の開催/国際的平和研究機関の誘致
02 19810724  パルメ委員会の東京招致及び広島ワークショップについて
03 19810907  ①パルメ委員会及びワークショップの開催について一東京、広島での準備状況
04 19811130  ①パルメ委員会を迎え、ジャパンワークショップ東京、広島セッション開催の事前検討について
05 19820128  ①パルメ委員会ジャパンワークショップの結果報告並びに今後の対策について
06 19820223  ①第2回国連軍縮特別総会への対応策について―ワーキンダ・グループの検討結果報告
07 19820517  ①第2回国連軍縮特別総会に対する広島・長崎両市の対応について
08 19820702  ①第2回国連軍縮特別総会の報告②パルメ委員会最終報告書に基づいた平和、安全保障と軍縮に関する東京セミナーについて
09 19821001  ①平和と安全保障と軍縮に関する東京セミナーの開催について一パルメ委員会報告を受けて
10 19840217  ①国連大学主催東京セミナーについて②広島市が行う平和推進活動について
11 19820218  ①第1回世界平和連帯都市市長会議(広島市・長崎市主催)について②東京セミナーについて
12 19870319  ①第1回世界平和連帯都市市長会議の報告②昭和61年は国際平和年に当たり、この取組みとして、国際平和サミット、平和シンポジウム等の実施計画を説明。
13 19880318  ①国際平和年事業の報告②被爆42周年への取組み③世界平和都市連帯推進事業④国連大学・国連大学協力関係プロジェクト
14 19880216  ①国連大学学長及び各委員紹介②昭和62年度実施事業報告③昭和63年度平和推進事業説明④6か国首脳会議帰国報告⑤第3回国連軍縮特別総会(広島・長崎両市長出席)へ向けての提言
15 19890217  ①昭和63年度実施事業②平成元年度実施事業③第3回国連軍縮特別総会への出席④国連軍縮広島講演会の開催⑤第9回核戦争防止国際医師会議世界大会の開催⑥第2回世界平和連帯都市市長会議⑦平和・軍縮研究機関の設置構想案
16 19900222  ①平成元年度主要平和関連事業実施状況②平成2年度主要平和関連事業計画案の概要③「平和に関する国際的な研究機関」の設置について
17 19911112  ①広島市の平和の取組み②新委員を含む委員の自己紹介及び意見交換。
18 19921204  ①広島市の平和の取組み概要②国連軍縮広島会議の報告③第3回世界平和連帯都市市長会議の検討④アジアにおける広島の役割⑤被爆50周年記念事業
19 19931202  ①「広島市の平和行政」について①原爆ドームの「世界遺産一覧表」への登録について③「第3回世界平和連帯都市市長会議」の報告④広島市の平和の取組み概要
20 19941219  ①被爆50周年を迎えての広島市の平和への取組み①米国スミソニアン協会・国立航空宇宙博物館における特別展③国際司法裁判所における核兵器使用の違法性の審理①原爆ドームの「世界遺産一覧表」への登録⑤|世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋地域会議⑤広島市の平和の取組み概要
21 19950329  ①アメリカ社会における核廃絶の認識を高める方途について
22 19960321  ①被爆50周年以後の平和行政について。広島市平和問題調査会は、この会合を以て解散した。
『広島平和文化センター20年誌』(19970331刊)

 

国際連合訪問の状況(日程順)

第1部 国際連合訪問の状況(日程順)

1976年11月
25日 ワシントン到着
26日 日本大使館を表敬訪問
米国務省軍縮局を訪問
国立公文書館を訪問
ウイリアム・ペン・ハウスで平和の集いを開催
27日 アーリントン墓地参拝
米国科学者連盟事務所を訪問
ウイルミントン到着
ウイルミントン大学学長主催夕食会に出席
28日 ウイルミントン市長主催朝食会に出席
ヒロシマ・ナガサキ記念文庫を訪問
ニューヨーク到着
29日 日本代表部を訪問
国連広報担当事務次長補を訪問
クリスチャン・センターを訪問
オーストラリア代表部を訪問
30日 カナダ代表部を訪問
フランス代表部を訪問
アメリカ代表部を訪問
1976年12月
1日 ワルトハイム国連事務総長と会見
イギリス代表部を訪問
内外新聞記者団と会見
イスラエル代表部を訪問
アメラシンゲ国連総会議長と会見
ニューヨーク市長を表敬訪問
赤谷次長補主催のレセプションに出席
ノーマン・カズンズ氏と懇談
2日 ソビエト代表部を訪問
インド代表部を訪問
東ドイツ代表部を訪問
西ドイツ代表部を訪問
日本協会主催のレセプションに出席
3日 ニュージーランド代表部を訪問
ノルウェー代表部を訪問
国連第1委員会(軍縮)を傍聴
4日 訪問10日目に休養日
5日 ロサンゼルス空港到着
広島・長崎両県人会主祭歓迎夕食会に出席、在米被爆者と懇談
6日 ロサンゼルス市長を訪問
大内会長ら、被爆者と医療相談
ロサンゼルス市議会を訪問
日本総領事官を訪問
シティー・ビュー病院を訪問
ロス郡医師会の昼食会に出席
日系老人ホームを視察
7日 ロサンゼルス郡参事会で発言
内外記者会見で両市長共同声明
トーマス・野口事務所を訪問
ロサンゼルス発
サンフランシスコ着
広島・長崎両県人会主催歓迎会に出席
8日 サンフランシスコ市長を訪問
オークランド=ベイ地区を見学広島・長崎両市長主催夕食会開催
9日 サンフランシスコ発、東京へ
10日 東京羽田着
12日 荒木広島市長、慰霊碑に帰国報告
13日 諸谷長崎市長、記念像に帰国報告

出典:『国連訪問レポート-1976 ヒロシマ・ナガサキ 核兵器の廃絶と全面軍縮のために-国連事務総長への要請 』(著者:広島市・長崎市編、 刊 19770331 )

 

 

国連訪問レポート(1976)

『国連訪問レポート-1976 ヒロシマ・ナガサキ 核兵器の廃絶と全面軍縮のために-国連事務総長への要請 』広島市・長崎市編 、刊、19770331)

事項
国連訪問を終えて
1 国際連合訪問の状況(日程順)<詳細リンク
2 国連事務総長への要請・要望事項および原爆被害の実態に関する資料
3 国際連合訪問の経緯
概要
1975年8月1日~1976年11月25日
編集後記

平成30年度公益財団法人広島平和文化センター事業計画書(抄録)

平成30年度公益財団法人広島平和文化センター事業計画書

出典:『平和と交流 2018年版(平成29年度事業)』

事業名 2018年度予算額(万円)
修学旅行生への被爆体験講話等 658.1
ヒロシマ・ピース・ボランティア事業 342.1
被爆者証言ビデオの制作 202.7
被爆体験証言者交流の集いの運営 3.7
平和文化センターインターンシップ事業 39
ヒロシマ・ピースフォーラムの開催 51.3
国内原爆写真展用資料の普及・活用 73.2
中・高校生ピースクラブの開催 201.6
平和学習講座 27.5
平和記念資料館平和学習ワークブック等の作成 314.6
国内原爆展の開催 1014.4
原爆展・平和学習用資料の普及・活用 67.6
英語で伝えようヒロシマセミナー 5.3
旧日本銀行広島支店での平和記念資料館収蔵品の展示 203.3
被爆体験伝承者による伝承講話の定時開催 381.3
平和記念資料館収蔵資料の保存措置の強化 1535
被爆資料の収集等の強化 846.5
平和記念資料館ボランティアスタッフ活動支援事業 175.8
広島平和記念資料館の企画展の実施 122.1
平和記念資料館再整備事業 4973.4
平和・戦争に関する博物館等とのネットワーク 11.9
展示・収蔵資料等の調査研究 210.8
こども平和キャンプの開催 31.1
ひろしま子ども平和の集い 82.1
こどもたちの平和文化活動支援事業 123.4
機関紙の発行等 418.2
平和宣言の発信 169.7
広島平和記念資料館ホームページ及びデータベースの管理・運用 1651.4
情報資料室の管理運営 222.9
国際平和シンポジウムの開催 9
国連軍縮フェローズの受入れ 37
中国人民平和軍縮協会との交流 164.6
ウェブ会議システムによる海外への被爆体験証言 22.4
ピースナイターの開催 30
国外原爆写真展用資料の提供 48.8
ヒロシマ・ナガサキ原爆展の開催 1069.2
「広島・長崎講座」の開設 18.4
国連見学ツアーガイド等のヒロシマ研修 369
平和首長会議の運営 865.4
2 0 2 0ビジョンキャンペーンの展開 3877
平和首長会議運営体制強化 866.9
平和首長会議インターンシップ 481.1
青少年「平和と交流」支援事業 700.1
NPT再検討会議等への高校生派遣事業 406.2
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の管理運営 29264.9
広島平和記念資料館の管理運営 31343.7

被爆体験継承普及事業(一覧)

平和と交流 2016 年版(平成 27 年度事業)目次

No. 事業名 開始年・備考
01 修学旅行生への被爆体験講話等
被爆体験証言者(本財団所属)名簿
02  ヒロシマ・ピ-ス・ボランティア事業
03 被爆者証言ビデオの制作
04 被爆体験証言者交流の集いの運営
団体別被爆体験証言実施状況
05 平和文化センターインターンシップ事業
06 ヒロシマ・ピースフォーラムの開催
07 国内原爆写真展用資料の普及・活用
08 中・高校生ピースクラブの開催
09 平和学習講座
10 平和記念資料館学習ワークブック等の作成
11 国内原爆展の開催
12 原爆展・平和学習用資料の普及・活用
13 英語で伝えようヒロシマセミナー
14 被爆関連映像資料のアーカイブ化【新規】
15  旧日本銀行広島支店での平和記念資料館収蔵品の展示【新規】
16 広島平和記念資料館の企画展等の実施
17  被爆体験伝承者による伝承講話の定時開催【新規】
18 平和記念資料館再整備事業
19  平和・戦争に関する博物館等とのネットワ-ク
20  展示・収蔵資料等の調査・研究
広島平和記念資料館資料調査研究会会員の研究発表会の開催
21 被爆体験講話会の定時開催
22 次世代と描く「原爆の絵」
  被爆建物等保存・継承事業
 原爆被災説明板及び被爆建物表示板の設置
被爆樹木の樹勢回復措置
原爆罹災者名簿の公開
 折り鶴デ-タベ-スの記録保存
折り鶴に託された思いを昇華させるための取組の推進
被爆体験伝承者の養成

 

(財)広島平和文化センター20年誌(目次)

(財)広島平和文化センター20年誌―センターの歩み((財)広島平和文化センター、1997.3.31)目次

章節項 見出し メモ
会長あいさつ(平岡敬)
広島市議会議長祝辞(海徳貢)
口絵 歴代会長:荒木武(初代)、平岡敬(第2代)
歴代理事長:坂田修一(初代)、河村盛明(第2代)、河合護郎(第3代)、大牟田稔(第4代)
19820624
・・・
序章 原爆投下から、平和記念都市としての広島市の復興
第1章  広島平和文化センター
広島平和文化センターの発足
事業内容
2-1 平和文化推進審議会の設置
2-2 世界連邦運動
2-3 山田市長が核実験に抗議電報
2-4 映画『ヒロシマ・原爆の記録』の制作
2-5 ヒロシマ会議の開催
2-6 原爆被災復元調査活動
2-7 原爆・平和関係資料の収集
2-7-1 日米合同調査団資料の収集
2-7-2 米国戦略爆撃調査団資料の収集
2-7-3 図書室の開設
2-7-4 市民が描いた原爆の絵の寄贈
2-7-8 図書の刊行
2-7-8-1 『ひろしま平和の歩み』
2-7-8-2 『平和関係団体調査報告書(広島市関係・その1)』
2-7-8-3 Steps Toward Peace
2-7-8-4 『ヒロシマの証言』
2-7-8-5 英語版『広島原爆戦災誌』
2-7-8-6 写真集『ヒロシマ』
2-7-8-7 事業報告書『平和の推進』
第2章 財団法人広島平和文化センター
1 財団法人広島平和文化センターの発足
2 本財団の発足以来20年余の軍縮を中心とした世界の動き
2-1 核兵器による過剰殺戮状態
2国連軍縮特別総会 19
3NATOの二重決定、反核運動が空前の規模に 20
4ゴルバチョフの登場 21
5INF全廃条約が実現 22
6ソ連がブレジネフ・ドクトリンを放棄、共産主義国家が解体へ 2 7東欧諸国で自由化を求めて大規模デモ、ベルリンの壁が崩壊 23
8社会主義圏で自由化が進展、ソ連の共和国が主権宣言や独立宣言 24
9冷戦構造が終焉 25
10ゴルバチョフ大統領が辞任、ソ連邦が解体 25
11ゴルバチョフ・元大統領が広島を訪問 26
12軍縮が進展 26
13国際司法裁判所が核兵器の使用は一般的には違法と判断 27
14包括的核実験禁止条約(CTBT)を採択 28
15被爆者援護法が成立、原爆ドームが世界遺産に 29
3 本財団の事業
3-1 広島市長の国連訪問から国連軍縮広島会議まで
3-1-1 広島・長崎両市長の最初の国連訪問
3-1-2 国連旗の寄贈
3-1-3 国連要人の来広
3-1-3-1 アメラシンゲ第31回国連総会議長
3-1-3- (2)ハビエル・ペレス・デクエヤル第5代国連事務総長 32
(3)チョードリー第41回国連総会議長 33
(4)ストヤン・ガーネフ第47回国連総会議長
3-1-4 国連軍縮特別総会に出席、国連関係会議で演説
3-1-4-1 (1)第1回国連軍縮特別総会 33
(2)第2回国連軍縮特別総会 34
(3)第3回国連軍縮特別総会 35
(4)部分的核実験禁止条約改定会議で演説 36
(5)国連カ マンズ会議に出席 36
(6)国連NGO軍縮特別総会で演説 36
(7)核拡散防止条約(NPT)再検討・延長会議への働き掛け 37
(8)NGO国連軍縮会議で演説
3-1-5 国連関係原爆展の開催
(1)第1回国連軍縮特別総会の際の原爆展 37
(2)第1回現代世界の核の脅威展 37
(3)第2回現代世界の核の脅威展 37
(4)第5回現代世界の核の脅威展 38
(5)国連本部での原爆資料常設展 38
(6)ウィーンでの広島交響楽団演奏の際に原爆展開催
3-1-6 国連軍縮フェローズ(特別研究員)の広島訪問
3-1-7 広島市と本財団が国連ピースメッセンジャーに
(1)ピースメッセンジャー組織世界連盟会議 40
(2)ピースメッセンジャー都市総会
3-1-8 国連軍縮講演会、軍縮シンポジウム、国連軍縮広島会議の開催
1)国連軍縮京都会議、「国連と軍縮」広島講演会 41
(2)国連と軍縮シンポジウム、国連軍縮広島会議
3-1-9 世界平和連帯都市市長会議が国連NGOに
(1)国連広報局定例総会への出席 45
(2)第19回CONGO総会に出席
3-1-10 平和の壁画作成
3-1-11 本財団職員が国連事務局で研修
3-1-12 国連軍縮週間事業の開催
3-2 平和問題調査会の運営
3-3 平和関係会議、市民講座、講演会、シンポジウム、音楽会、演劇
3-3-1 平和を考える市民の集い
(2)青少年平和問題懇談会 55
(3)広島市民音楽祭 55
(4)平和文化市民講座 56
(5)シンポジウム「21世紀を展望して・ヒロシマー新時代の役割」 56
(6)シェークスピア演劇『ベニスの商人』公演 56
☆ローマ法王来広 57
(7)軍縮シンポジウム 57
(8)軍縮と国際安全保障に関するワークショップ・広島セッションー 58
(9)平和文化講演会
3-3-10 文学者、ペンクラブと事業
3-3-10-1 アジア文学者ヒロシマ会議 59
(2)第47回国際ペン大会参加者がヒロシマ学習 59
(3)「平和の日」広島の集い
3-3-11 (11)民間ユネスコ運動世界大会広島大会 60
(12)広島で核軍縮を求める22人委員会シンポジウム 60
(13)マザー・テレサさんが広島で講演 61
(14)核の危機に関する東京セミナー広島セッション 61
(15)IPPNW代表参加の平和シンポジウム 62
(16)デラマドリ・メキシコ大統領が平和アピール 63
(17)外務省事務次官が広島で被爆者代表と懇談、シンポジウムも開催 63
(18)女性問題セミナー「平和・国際貢献と女性」
3-4 8・6シンポジウムと平和コンサートの夕べ
(1)’86平和サミットinヒロシマと’86平和コンサートの夕べ 64
(2)’87ジャーナリスト国際平和シンポジウムと’87平和コンサートの夕べ 66
(3)’88青年国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマと’88平和コンサートの夕べ 67
(4)第2回世界平和連帯都市市長会議と’89平和コンサートの夕べ 67
(5)’90女性国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマと’90平和コンサートの夕べ 67
(6)第7回世界テレビ映像祭・国際平和シンポジウムと’91平和コンサートの夕べ 68
☆湾岸戦争被災者救援のための募金 69
(7)国際平和シンポジウムと’92平和コンサートの夕べ 70
(8)第3回世界平和連帯都市市長会議と’93平和コンサートの夕べ 70
(9)世界写真家平和シンポジウムと’94平和コンサートの夕べ 71
(10)ヒロシマ・地球市民フォーラムと’95平和コンサートの夕べ 72
(11)講演会と国際シンポジウム、’96平和コンサートの夕べ 73
3-5 海外の国際会議等への出席、海外への要請行動
3-5-1 戦争受難都市会議への出席
(1)ボルゴグラード市で戦争受難都市・平和都市連盟委員会会議 73
(2)ボローニア市で戦争受難都市世界会議 74
(3)マドリード市で世界平和都市会議 74
(4)ワルシャワ市で世界平和都市会議
3-5-2 バンクーバー市制100年祭などに出席
3–5-3 ボルゴグラード市で姉妹都市縁組記念事業、ベルリン市で750周年祝賀行事 7
3-5-4 IPPNW会議への出席
3-5-4-1 モスクワ市で第7回IPPNW世界大会 75
(2)モントリオール市で第8回IPPNW世界大会 75
(3)広島市で第9回IPPNW世界大会 76
(4)ストックホルム市で第10回IPPNW世界大会 76
(5)ソウルで第3回IPPNWアジア太平洋地域会議 76
(6)メキシコシティーで第11回IPPNW世界大会
3-5-5 5)6か国首脳会議に出席 77
(6)ロッテルダム宣言に署名 77
(7)アルマアタ市での核実験禁止国際市民会議に出席 78
(8)第6回国際非核自治体会議に出席、会議参加者がヒロシマ学習 79
(9)アントワープ市での国際平和会議、アルンヘム市での世界の都市会議に出席 79
(10)国際司法裁判所が核兵器使用の違法性を審理、広島市長が被爆地の声を証言 79
(11)包括的核実験禁止条約(CTBT)交渉担当者に完全禁止要請行動
3-6 中国人民平和軍縮協会との交流
3-7 ヒロシマ学習
(1)修学講習 83
(2)被爆体験証言者交流の集いの運営 84
(3)留学生平和セミナー開催 90
(4)米国大学生らがヒロシマを学ぶ 90
(5)ピース・ マースクールの開催 91
(6)アジア競技大会参加選手らとの平和交流 97
(7)小学生の平和教室 92
3-8 原爆資料の製作、活用、原爆展の開催
3-8-1 資料の製作・貸出し
(1)広島原爆被災写真 92
(2)市民が描いた原爆の絵 92
(3)原爆記録映画『ヒロシマ・原爆の記録』 93
(4)原爆記録映画『ヒロシマ・ナガサキー核戦争のもたらすもの』 94
(5)原爆記録映画『ヒロシマ・母たちの祈り』 95
(6)ビデオテープ『ヒロシマ・母たちの祈り』 96
(7)ビデオテープ『核戦争後の地球』 96
(8)戦略爆撃調査団撮影フィルムのナレーション入りの複製ビデオテープ 96
(9)被爆者証言ビデオ 96
(10)ヒロシマ・ナガサキ原爆写真パネル 98
(11)ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター 99
(12)世界の軍備状況ポスター
3-8-2 主な原爆展
(1)憲政記念館での原爆展 100
(2)米国上院議員会館で原爆展 100
(3)ポーランドでの原爆展 100
(4)サンパウロ市での「ヒロシマ平和展」 101
(5)ジュネブで、米ソ首脳会談前に原爆展 101
(6)バンクーバー市での「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」 101
(7)スミソニアン協会での原爆展中止となる 101
(8)米国アメリカン大学で原爆展、平岡広島市長が各所で平和を訴え 103
(9)米国コロンビア市で原爆展 104
(10)新潟市で「ヒロシマ原爆展」 104
(11)沼津市で「ヒロシマ原爆展」 1O4
(12)ペルージア市とアッシジ市で原爆展
3-9 原爆・平和関係映画の上映
(1)広島平和教育映画ライブラリー上映会 1O5
(2)8・6原爆関係映画の上映 1O5
(3)平和文化映画をみる集い(公民館巡回映画上映)1O5
(4)フラワーフェスティバル参加教育映画の上映 1O6
(5)平和文化映画上映会
3-10 特別展の開催
(1)広島平和美術展 106
(2)市民が描いた原爆の絵展 107
(3)ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター展 107
(4)ヒロシマ平和書道展 108
(5)国際協力写真展 109
(6)ぼくたち、わたしたちのヒロシマ平和学習(作品発表)展 1O9
(7)その他の特別展
3-11 被爆50周年記念品(子供の絵)贈呈
3-12 ひろしま21世紀へのはがき運動
3-13 助成事業
(1)ワールド・フレンドシップ・センター(WFC)111
(2)ヒロシマを知らせる委員会(HAC)112
(3)アキバプロジェクト 112
(4)アジア記者招請事業 113
(5)日本平和学会特別賛助会員に加入 113
(6)ピースチャイルド広島
3-14 原爆ドーム保存募金
原爆ドームの世界遺産登録
3-15 平和情報の発信
(1)平和宣言の起草・普及 115
(2)和文と英文の機関紙の刊行・配布
3-15-3 図書、機関紙の刊行
(1)事業報告書『平和の推進』 116
(2)『単行本蔵書目録』 117
(3)写真集HIROSHIMA NAGASAKI 1978,AT THE UNITED NATIONS 117
(4)『蔵書目録』 117
(5)平和冊子、平和図書 117
(6)『広島・長崎の原爆災割 119
(7)『平和宣言集』 119
(8)英語版『平和宣言集』 119
(9)『平和事典』 120
(10)『私の母は広島で死んだ』 120
(11)事業関係刊行物 120
(12)会議、シンポジウム等の報告書 121
(13)8月6日シンポジウム関係報告書 121
(14)国連と軍縮シンポジウム報告書 122
(15)世界平和連帯都市市長会議関係報告書 122
(16)世界平和連帯都市市長会議機関紙の発行・配布
3-15-4 インターネットによる平和情報の発信
3-16 広島に平和研究所設置構想
3-17 原爆・平和関係資料の収集・整備
(1)図書室の整備・運営 124
(2)原爆被災資料調査研究委員会 125
(3)広島原爆被災写真の収集・整理 126
(4)原爆資料発掘調査・収集 126
(5)原爆被害映像資料『焦土のカルテ』の制作 127
(6)平和データベースの構築
3-18 原爆罹災者名簿等公開
3-19 世界連邦運動
3-20 世界平和都市連帯の推進
3-21 世界平和連帯都市市長会議
(1)第1回世界平和連帯都市市長会議 132
(2)第1回理事会 134
(3)第2回理事会 134
(4)第2回世界平和連帯都市市長会議 134
(5)第3回理事会 136
(6)第3回世界平和連帯都市市長会議 137
(7)世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋地域会議 140
(8)第4回理事会
3-21-9 その他の会議出席、活動
(1)第3回国連軍縮特別総会で演説 142
(2)部分的核実験禁止条約改定会議で演説 142
(3)湾岸戦争終結への要請 142
(4)国連NGO軍縮特別総会で演説 142
(5)核実験実施に対する抗議
3-22 収益事業
(1)図書の販売・出版、記念品等の製作・販売 142
(2)解説機器の貸出し
3-23 広島平和記念資料館の観覧料収納
3-24 本財団設立記念事業
(1)本財団設立10周年記念式典・講演会 144
(2)本財団設立20周年記念式典・講演会
第3章 年表
第4章 資料編
1広島平和記念都市建設法 337
2広島平和文化センター条例 338
3核実験に対する広島市の抗議書簡・抗議電報回数表 339
4ヒロシマ会議の ロシマ宣言 340
5財団法人広島平和文化センター寄附行為 342
6歴代役員、評議員 347
7現在の役、評員 360
8歴代専門委員 362
9会員名簿 364
10国際連合に対する要請書(荒木武・広島市長、諸谷義武・長崎市長)366
11第2回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説 371
12第3回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説 372
13部分的核実験禁止条約改定会議における荒木武・広島市長の演説 374
14国連NGO軍縮特別総会における平岡敬・広島市長の演説 375
15国連軍縮フェローズ受入れ状況 378
16平和文化市民講座実施状況 383
17ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の平和アピール 399
18国際司法裁判所(ICJ)における平岡敬・広島市長の陳述 403
19広島平和記念資料館入館者総数と修学旅行生らの入館者数(昭和56年度以降)409
20広島平和文化センターでの原爆記録映画鑑賞状況(昭和58年度以降)410
21広島平和文化センターの被爆体験証言者による講話受講状況(昭和58年度以降)411
22広島平和文化センターの被爆体験証言者による講話地方別受講件数割合(昭和61年度以降)412
23ヒロシマ・ナガサキ平和アピール推進委員会規約 413
24世界連邦市民講座等実施状況 415
25核兵器廃絶に向けての都市連帯推進計画への賛同呼び掛け文書と推進計画趣意書 420
26世界平和連帯都市市長会議加盟自治体一覧 422
27世界平和連帯都市市長会議規約(当初)428
28世界平和連帯都市市長会議規約(現在)431
29第1回世界平和連帯都市市長会議の広島アピール 434
30第1回世界平和連帯都市市長会議の長崎アピール 434
31第2回世界平和連帯都市市長会議の広島アピール 435
32第2回世界平和連帯都市市長会議の長崎アピール 436
33第3回世界平和連帯都市市長会議のヒロシマ・ナガサキアピール 437
34核実験の停止と核兵器廃絶を求める決議 438
35世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋会議総括報告 439

 

編集委員 大牟田稔、河合護郎、木山香寿美、藤本千万太、松元寛
執筆担当 宇野正三

 

 

平和事典(広島平和文化センター1985)執筆者

平和事典 広島平和文化センター 勁草書房 1985/10/25

目次まえがきi几例xv

編集幹事 今堀誠二、具島兼三郎、栗野鳳、庄野直美、関寛治

1平和研究

2平和思想

3平和運動概論<今堀誠二>54 1)欧米の初期平和運動 第2次世界大戦まで)<今堀誠二>56 2)日清・日露戦争前後の平和運動<今堀誠二>56 3)シベリア出兵より日中戦争までの平和運動<今堀誠二>57 4)宗教者の平和運動<今堀誠二>58 5)世界連邦運動<今堀誠二>59 6)アムネスティ・インターナショナル<今堀誠二>59 7)科学者の平和運動<今堀誠二>60 8)平和擁護世界大会と世界平和評議会<今堀誠二>61 9)第2次世界大戦後の欧米の平和運動<今堀誠二>62 10)日本戦没学生記念会 通称,わだつみ会)<今堀誠二>63 11)アジア地域の平和運動<今堀誠二>63 12)婦人運動と青年運動<今堀誠二>64 13)日本平和委員会<今堀誠二>65 14)平和と学問を守る大学人の会 略称,大学人会)<今堀誠二>65 15)世界平和アピール7人委員会<今堀誠二>66 16)国連非政府組織NGO<庄野直美>67 17)護憲運動<今堀誠二>67 18)原水爆禁止日本協議会 略称,日本原水協)。原水爆禁止国民会議 略称,原水禁)。核兵器禁止平和建設国民会議 略称,核禁会議)。<今堀誠二>68 19)沖縄祖国復帰運動<今堀誠二>69 20)安保闘争<今堀誠二>70 21)ベトナム戦争反対運動<今堀誠二>70

4平和と政治  5平和と経済開発

6平和と教育

概論<藤井敏彦>1231戦前・戦中の教育と平和125 1)日本の軍国主義教育1252平和教育運動126 1)日本国憲 ・教育基本法と平和教育<藤井敏彦>126 2)ユネスコ<永井滋郎>127 3)『原爆の子』<藤井敏彦>127 4)教え子を再び戦場へ送るな128 5)原爆被爆教職員の会<藤井敏彦>129 6)原爆教育<藤井敏彦>129 7)広島平和教育研究所<大槻和夫>130 8)広島平和文化センター<藤井敏彦>130 9)ヒロシマ・ナガサキの継承運動<永井秀明>131 10)復帰前沖縄の平和教育132 11)市民の平和教育運動<永井秀明>133 12)宗教者の平和教育運動<岡本三夫>134 13)軍縮教育<庄野直美>135 14)諸外国の平和教育運動<岡本三夫>135 15)国際理解教育<永井滋郎>136 16)戦争児童文学<大槻和夫>137 17)幼児期の平和教育<藤井敏彦>1383平和教育に貢献した人々139 1)コメニウス<荘司雅子>139 2)モンテッソーリ140 3)ラッセル<藤井敏彦>140 4)長田新<荘司雅子>1414平和教育教材142 1)教科書<大槻和夫>142 2)副読本<大槻和夫>142 3)文学作品<大槻和夫>143 4)絵本144 5)マンガ 漫画)<藤井敏彦>144 6)スライド<藤井敏彦>145 7)写真集<藤井敏彦>146 8)映画<藤井敏彦>146 9)音楽<藤井敏彦>148

7平和と資源・エネルギー問題 8平和と原発問題  9平和と科学・技術

10平和と情報

概論<熊田重克>2231原爆報道225 1)プレス・コード<松永英美>225 2)第五福竜丸事件<水原肇>226 3)被爆者援護キャンペーン<古川博>227 4)原爆被災白書運動キャンペーン<石川浩史>228 5)朝鮮人被爆者を巡る報道<上原敏子>229 6)被災資料返還キャンペーン<安東善博>230 7)原爆地図復元キャンペーン<金沢寛太郎>231 8〉ヒロシマ・ナガサキの普遍化と原爆報道<古川博>232

Ⅹ-2情報と自由233 Ⅹ-3 世界情報秩序239  Ⅹ-4人権の保障と情報244 1)検閲の禁止244 2)通信の秘密245 3)集会・結社の自由245 4)報道と人権246 5)国政調査権と人権246 6)情報手段の発達と人権247

11平和と芸術

概論<杉本春生>248A世界の反戦・平和芸術2501小説・現代詩250 1)『戦争と平和』250 2)『希望』,『赤い馬』250 3)『裸者と死者』251 4)『暗い絵』251 5)『ひかりごけ』252 6)『反戦詩集』252 7)『蛾』252 8)『狼・私 ち』253 9)『世界反戦詩集』2542体験記・記録・ルポ・エッセイ254 1)『夜の軍隊』254 2)『ベスト・アンド・ブライティスト』254 3)『レイテ戦記』255 4)『東京大空襲・戦災誌』2553写真・絵画・彫刻・音楽・演劇・映画255 1)写真集『戦争のイメージ』255 2)写真集『泥まみれの死』256 3)絵画『戦争と平和』256 4)絵画『グランド・パレード』256 5)絵画『初年兵哀歌』256 6)絵画『シベリア画集』257 7)彫刻『処刑』257 8)彫刻『わだつみのこえ』257 9)音楽『ベルリン・レクイエム』258 10)音楽『ワルシャワの生き残り』258 11)音楽『平和の祈り』258 12)音楽『戦争レクイエム』258 13)音楽『バビ・ヤール』258 14)音楽『戦争を知らない子どもたち』<尾上和彦、大原三八雄>259 15)演劇『ガリレイの生涯』259 16)映画『禁じられた遊び』<高橋昭博>260 17)映画『渚にて』<高橋昭博>260 18)映画『二十四の瞳』<高橋昭博>261 19)映画『人間の条件』<高橋昭博>261 20)映画『東京裁判』<高橋昭博>262B原爆と芸術 広島関係)2621小説・現代詩・短歌・俳句262 1)『中国文化』<大原三八雄>262 2)『ざんげ』<大原三八雄>262 3)『夏の花』<岩崎清一郎>262 4)『屍の街』<岩崎清一郎>263 5)『アメリカに落ちた爆弾』<大原三八雄>263 6)『原爆詩集』<大原三八雄>264 7)『歌集広島』<大原三八雄>264 8)『TheSongsofHirosima広島のうた』<大原三八雄訳>265 9)『句集広島』<大原三八雄>265 10)『広島通信』<大原三八雄>265 11)『黒い雨』<岩崎清一郎>266 12)『審判』<岩崎清一郎>266 13)『つるのとぶ日』<岩崎清一郎>2672体験記・記録・ルポ・エッセイ267 1)『ヒロシマ』<長岡弘芳>267 2)『ヒロシマ日記』<長岡弘芳>268 3)『原爆体験記』<長岡弘芳>268 4)『原爆の子-広島の少年少女のうったえ』<長岡弘芳>268 5)『原水爆時代』<長岡弘芳>269 6)『ヒロシマ・ノート』<長岡弘芳>269 7)『原水爆心地』<長岡弘芳>269 8)『死の内の生命-ヒロシマの生存者』<長岡弘芳>269 9)『原爆被害資料目録』<長岡弘芳>270 10)『反核30年』<長岡弘芳>270 11)『原爆文学史』<大原三八雄>270 12)『広島・長崎の原爆災害』<長岡弘芳>2713演劇・写真・絵画・映画・音楽・バレ271 1)バレエ『原子ばくだん』<大原三八雄>271 2)音楽『広島の犠牲者への哀歌』<水嶋良雄>272 3)音楽『人間をかえせ』<水嶋良雄>272 4)音楽『ヒロシマのオルフェ』<水嶋良雄>272 5)音楽『はだしのゲン』<水嶋良雄>272 6)絵物語『ピカドン』『原爆の図』<岡崎勇次、大原三八雄>273 7)絵画『劫火を見た=市民の手で原爆の絵を』<大原三八雄>273 8)写真集『原爆の記録-ヒロシマ』<松重美人>274 9)映画『原爆の子』<高橋昭博>274 10)映画『純愛物語』<高橋昭博>274 11)演劇『島』<吉田文吾>275

C原爆と芸術 長崎関係)1小説・現代詩・短歌・俳句275 1)『原爆句抄』275 2)『原子野』276 3)『記憶の固執』276 4)『地の群れ』276 5)『樹影』277 6)『刻を曳く』277 7)『祭りの場』278 8)『八月がくるたびに』278 9)『脱走者たち』2782体験記・記録・ルポ・エッセイ278 1)『長崎の鐘』278 2)『雅子斃れず』279 3)『長崎原爆記』279 4)『もういやだ』279 5)『ナガサキ-忘れられた原爆』280 6)『反原爆-長崎被爆者の生活史』280 7)『長崎の証言』2803演劇・写真・絵画・映画・音・バレ281 1)長崎原爆と演劇281 2)『記録写真・原爆の長崎』281 3)『平和版画集・原爆の長崎』282 4)長崎の原爆映画282 5)長崎の原爆音楽283 6)バレエ『腐臭の原』284

12国際紛争・戦争

概論2851世界大戦287 1)第1次世界大戦287 2)第2次世界大戦2882第2次世界大戦以後の国際紛争289 a)植民地独立のための闘争290 1)インドネシア・オランダ戦争290 2)ナミビア・南ア連邦闘争291 3)アルジェリア・フランス戦争293 4)キプロスにおけるギリシヤ系住民とトルコ系住民間の闘争294 5)第2次中東戦争294 6)コンゴにおける民族闘争295 7)中国・インド間武力紛争297 8)ジンバヴェ独立闘争299 9)ナイジェリアにおける民族闘争 ビアフラ紛争)300 10)アンゴラ独立に伴う政権争奪闘争301 11)レバノン内乱302 b)民族自決闘争303 12)インド・パキスタソ戦争 カシミール紛争)303 13)第1次中東戦争304 14)第3次中東戦争305 15)第4次中東戦争305 16)バングラディシュ独立戦争306 17)西サハラ紛争307 18)ソマリア・エチオピア戦争 オガデン紛争)308 c)分裂国家統一のための闘争309 19)インドシナ309 i)第1次インドシナ戦争309 ii)第2次インドシナ戦争 ペトナム戦争)309 20)ベルリン問題310 i)ベルリン封鎖310 ii)西ベルリン自由市の提唱311 21)朝鮮戦争312 22)金門・馬祖島における武力紛争314国際社会における平等または自主的参加権確保のための抗争315 23)ソ連とポーランド及びハンガリー315 i)ポズナン事件315 ii)ハンガリー事件315 24)米国とソ連・キューバ紛争316 25)U2機事件317 26)米国・ドミニカ紛争318 27)ソ連・チェコ粉争319 28)ソ連・中国武カ紛争 珍宝島,ダマンスキ-島事件)321 29)i)ベトナム・カンボジア戦争322 ii)ペトナム・中国戦争323 30)米国・イラン紛争 人質事件)323 31)ソ連・アフガニスタン紛争324 32)イラン・イラク戦争325

13平和と国際法

概論<小谷鶴次>327 1)戦争と武カ行使<高橋昭博>321 2)交戦法規321 3)中立法規329 4)総力戦と限定戦<高橋昭博>330 5)軍事目標主義と無差別爆撃<藤田久一>331 6)非人道的兵器と作戦<藤田久一>331 7)ABC兵器<藤田久一>332 8)原爆判決<藤田久一>333 9)ゲリラ戦<藤田久一>334 10)非戦闘員334 11)国際人道法335 12)アウシュヴィッツの虐殺<小谷鶴次>336 13)ジェノサイド336 14)ハイジャックと人質337 15)難民の保護<栗野鳳>337 16)開戦と終戦<小谷鶴次>338 17)戦争の自由と戦争の禁止339 18)正戦思想339 19)グロティウス339 20)連盟規約と戦争340 21)不戦条約と戦争341 22)国連憲章と武カ行使341 23)侵略の定義<小谷鶴次>342 24)自衛権と集団的自衛権342 25)民族解放戦争<藤田久一>343 26)不侵略条約と中立条約<小谷鶴次>344 27)平和憲法<小谷鶴次>344 28)戦争犯罪と国際軍事裁判<藤田久一>345 29)集団安全保障と交戦法規345 30)集団安全保障と中立346 31)国際調停<高野雄一>346 32)国際裁判と国際司法裁判所<小谷鶴次>347 33)人権の国際的保障と平和<高野雄一>348 34)人民自決権と平和<高野雄一>349 35)非植民地化と平和<高野雄一>350

14軍事思想

概論<山田浩>351 1)ナポレオン戦争 国民戦争)353 2)国民 大衆)軍隊353 3)クラウゼヴィッツ353 4)絶対戦争354 5)総力戦354 6)ルーデンドルフ354 7)ジョミニ354 8)モルトケ355 9)マルクス主義軍事論355 10)マハン356 11)ドゥーエ356 12)ミッチェル356 13)リデル・ハート357 14)持久戦論357 15)毛沢東357 16)ゲリラ戦357 17)革命 人民戦争38 18)『孫子』358 19)戦略・戦術358 20)電撃戦359 21)フォシュ359

15軍事問題

概論<山田浩>360 l)常時即応戦略362 2)核抑止戦略362 3)大量報復戦略363 4)対兵カ戦略363 5)対都市戦略364 6)柔軟反応戦略364 7)マクナマラ365 8)フルシチョフ365 9)戦略空軍司令部 SAC)365 10)国家安全保障会議 NSC)365 11)相互確証破壊 MAD)の戦略366 12)有事立法366 13)JCS 統合参謀本部)366 14)統合幕僚会議367 15)国防会議367 16)ソコロフスキー367 17)民間防衛367 18)海上交通路 シーレーン)368 19)日米防衛協力368 20)限定核戦争論368 21)文民統制 シビリアン・コントロール)369 22)第2撃能力369 23)核戦力の非脆弱化369 24)段階的抑止論369 25)3海峡封鎖369 26)ハーマン・カーン370 27)キッシンジャー370 28)軍産複合体370 29)ミサイル・ギャップ論争370 30)防衛「ただ乗り」論371 31)ソ連脅威論371 32)海外派兵371 33)事前協議372 34)総合安全保障372 35)核のカサ373 36)緊急展開部隊 RDF)373 37)核拡散373

16核兵器

概論<庄野直美>3741原水爆の原理と構造375 1)原子エネルギー375 2)核分裂連鎖反応375 3)核融合反応376 4)原爆の構造377 5)水爆の構造3772核兵器開発の歴史<庄野直美>377 1)核分裂の発見377 2)マンハッタン計画378 3)ソ運の核開発<永井秀明>378 4)英・仏・中の核開発<永井秀明>3783核爆発実験378 1)核実験の状況<永井秀明>378 2)地上実験と地下実験<永井秀明>379 3)核実験による被害<永井秀明>380 4)核実験による環境破壊<永井秀明>380 5)核保有国増大の危険性<永井秀明>3814現在の核兵器381 1)通常兵器と核兵器<永井秀明>381 2)広島・長崎型原爆と現在の核兵器<永井秀明>382 3)核兵器貯蔵量<永井秀明>382 4)戦略核兵器<永井秀明>383 5)戦術核兵器<永井秀明>383 6)中性子爆弾<永井秀明>3835核兵器の運搬 段384 1)ICBM<永井秀明>384 2)SLBM<永井秀明>384 3)原子力潜水艦<永井秀明>385 4)戦略爆撃機<永井秀明>386 5)MIRV<永井秀明>386 6)巡航ミサイル<永井秀明>387 7)戦術核兵器の運搬手段<永井秀明>3876核兵器と通信・誘導手段388 1)誘導手段<永井秀明>388 2)通信・指令手段<永井秀明>389 3)探知手段<永井秀明>389 4)人工軍事衛星<永井秀明>389 5)核兵器体系と外国基地<永井秀明>3907核戦略391 1)NATOとWTO<永井秀明>390 2)米・ソの核戦略<永井秀明>391 3)米・ソの核配備<永井秀明>391 4)戦域核戦争<永井秀明>392 5)全面核戦争<永井秀明>392 6)デ・タントと核戦略<永井秀明>393

17ヒバクシャ

概論<飯島宗一>3951原爆投下の歴史的背景<荒井信一>397 1)原爆投下をめぐる研究史の現状<荒井信一>399 2)原爆使用計画-ハイドパーク協定<荒井信一>397 3)原爆の対日投下決定<荒井信一>398 4)原爆の対日投下とその影響<荒井信一>3982原爆の威力399 1)原爆のエネルギー<庄野直美>399 2)熱線の影響<庄野直美>400 3)爆風の影響<庄野直美>401 4)放射線の影響<庄野直美>4013原爆被害の実相402 1)建物被害<湯崎稔>402 2)人的被害<今堀誠二>403 3)家族破壊と社会崩壊<今堀誠二>403 4)心理的・精神的被害<山手茂>404 5)原爆被害の特質<山手茂>4044原爆被害の身体的影響406 1)急性傷害症<飯島宗一>406 2)ケロイド<飯島宗一>408 3)慢性傷害症 原爆後障害症)408 i)原爆白内障<百々次夫>408 ii)被爆者白血病<大北威>410 iii)悪性腫瘍<加藤寛夫>411 iv)胎内被爆小頭症<大北威>412 v)染色体の変化<阿波章夫>413 vi)遺伝的影響<阿波章夫>414 4)低線量被曝影響<大北威>4145原爆被害の社会的影響415 1)地域社会の崩壊<今堀誠二>415 2)生活破壊<山手茂>415 3)胎内被爆障害者<胎内被爆障害者>416 4)外国人被爆者<鎌田定夫>416 5)被爆者差別<山手茂>4176原爆被害の精神的影響418 1)被爆者の心理的衝撃<伊東壮>418 2)被者の思想的営為<伊東壮>4187原爆被害者419 1)被爆者<今堀誠二>419 2)被爆生存者<今堀誠二>419 3)在外被爆者<鎌田定夫>4208被爆者援護活動421 1)原爆投下直後の救援活動421 2)原爆孤児と精神養子運動<志水清>421 3)原対協<志水清>422 4)原爆病院<志水清>422 5)原爆孤老と原爆養護ホーム<志水清>423 6)被爆者相談事業<伊東壮>4239被爆者対策424 1)原爆医療法<志水清>424 2)原爆特別措置法<志水清>424 3)援護法制定要求<伊東壮>42510被爆者運動と市民活動426 1)ノーモア・ヒロシマズ運動426 2)原爆被害者の会<今堀誠二>426 3)被団協<伊東壮>426 4)原爆白書運動<今堀誠二>427 5)被爆復元運動<今堀誠二>427 6)原爆の絵運動<宇野正三>428 7)原爆訴訟<小川政亮>429 8)原爆写真展の開催活動<小堺吉光>42911原爆被災調査研究431 1)原爆投下直後の調査<宇吹暁>431 2)ABCCの調査<志水清>431 3)原爆後障害研究<志水清>432 4)被爆者実態調査<宇吹暁>432 5)社会科学的研究<山手茂>433 6)復元調査<今堀誠二>435 7)国際的調査研究<伊東壮>43512被爆体験の継承436 1)平和教育436 2)証言運動<鎌田定夫>436 3)反原爆芸術活動43613被爆者問題の発展436 1)ビキニ被災事件と原水禁運動<北西允>436 2)核拡散と被爆者の拡がり<今堀誠二>437 3)核廃絶運動<芝田進午>439

18軍縮・核兵器廃絶

概論441 1)軍縮と国際連盟444 2)軍縮と国際連合444 3)第1回国連軍縮特別総会<弥永萬三郎>444 4)第2回国連軍縮特別総会<弥永萬三郎>444 5)軍縮機構446 6)部分的核実験禁止条約447 7)地下核実験制限条約449 8)核拡散防止条約<弥永萬三郎>450 9)核兵器使用禁止<弥永萬三郎>451 10)条件付核兵器使用禁止<弥永萬三郎>452 11)非核兵器国の全保障<弥永萬三郎>453 12)SALTI 第1次戦略兵器制限交渉)<弥永萬三郎>453 13)SALTII 第2次戦略兵器制限交渉)<弥永萬三郎>454 14)米ソ核戦争防止協定 ワシントン宣言)<弥永萬三郎>456 15)非核兵器地帯<弥永萬三郎>457 16)ラテン・アメリカ核兵器禁止条約 トラテロルコ条約)<弥永萬三郎>457 17)インド洋平和地帯<弥永萬三郎>458 18)非核太平洋人民憲章<弥永萬三郎>458 19)非核3原則<弥永萬三郎>459 20)保障措置<弥永萬三郎>460 21)国際核燃料サイクル評価 INFCE)<弥永萬三郎>460 22)通常軍備縮小<弥永萬三郎>461 23)生物・毒素兵器禁止条約463 24)武器輸出 禁止)3原則<弥永萬三郎>463 25)南極条約<弥永萬三郎>464 26)宇宙条約<弥永萬三郎>464 27)海底非軍事化条約<弥永萬三郎>465 28)ディスエンゲージメント 兵力または軍事力の引離し)<弥永萬三郎>466 29)信頼醸成措置<弥永萬三郎>466 30)軍縮と開発<栗野鳳>467 31)NGO468 32)日本原水協468

19平和機構・安全保障

概論<高野雄一>469 1)恒久平和構想<小谷鶴次>471 2)勢力均衡と同盟,協商<小谷鶴次>471 3)ハ-グ平和会議<小谷鶴次>472 4)安全保障<高野雄一>473 5)国際連盟<香西茂>474 6)ロカルノ条約<深津栄一>474 7)中立主義と永世中立<小谷鶴次>475 8)国際連合<香西茂>475 9)平和的変更<香西茂>476 10)ユネスコ<小谷鶴次>477 11)安全保障理事会<内田久司>477 12)拒否権<内田久司>478 13)強制措置<高野雄一>479 14)国際連合軍<香西茂>480 15)平和維持活動 PKO)<香西茂>480 16)平和のための結集決議<高野雄一>481 17)兵カ引離し構想482 18)非核武装地帯構想482 19)非同盟諸国会議<高畠通敏>482 20)植民地の国際的統治<高野雄一>484 21)ヴァンデンバ-グ決議<高野雄一>485 22)トルーマン・ドクトリン<高野雄一>485 23)ブレジネフ・ドクトリン<内田久司>485 24)地域的平和機構<高野雄一>486 25)北大西洋条約機構<高野雄一>487 26)ワルシャワ条約機構<内田久司>488 27)欧州安全保障協カ会議<内田久司>488 28)全米平和機構<深津栄一>489 29)アラブ連盟<高畠通敏>490 30)アフリカ統一機構<高畠通敏>491 31)東南アジア条約機構<深津栄一>492 32)日米安全保障条約<高野雄一>492 33)中・ソ同盟条約<内田久司>493 34)日中平和友好条約<高野雄一>494 35)ソ越友好協力条約<内田久司>495 36)世界連邦<深津栄一>496

20広島・長崎

広島史497概論<後藤陽一>497A原爆投下までの広島史499 1)毛利氏の築城-広島開府<後藤陽一>499 2)広島城下町の発展<後藤陽一>499 3)幕末・維新の広島<有元正雄>500 4)宇品築港と広島大本営<有元正雄>500 5)諸戦役と軍事輪送基地広島<有元正雄>501 6)軍都広島の市政<甲斐英男>501 7)軍都広島の産業経済<甲斐英男>502 8)軍都広島の社会運動<天野卓郎>502 9)日中戦争と広島<天野卓郎>503 10)第2次世界大戦下の広島<天野卓郎>503 11)本土決戦体制と広島-第2総軍司令部と中国総監府<甲斐英男>504B原爆投下後の広島史5041被爆直後の広島504 1)広島原爆攻撃直後の反応<今堀誠二>504 2)広島の被害調査<小堺吉光>505 3)原爆投下直後の救援活動<小堺吉光>506 4)原爆罹災者・復旧対策<志水清>5072平和都市復興への模索507 1)広島の戦災復興計画<小堺吉光>507 2)第1回広島平和祭-平和宣言<小堺吉光>508 3)ノーモア・ヒロシマズ運動<小堺吉光>509 4)広島平和記念都市建設法<小堺吉光>509 5)広島平和記念公園と平和記念施設<小堺吉光>509 6)原爆惨禍をめぐる文学活動<松元寛>5123 1)米・ソ対立と市民平和運動の高まり<佐久間澄>5134被爆者問題の展開514 1)日本の独立と被爆者問題の進展<宇吹暁>514 2)広島の原水禁運動<北西允>514 3)広島の被爆者運動<今堀誠二>5155被爆実態解明の動き515 1)原爆被災資料調査運動<今堀誠二>515 2)広島の復元調査運動<今堀誠二>516 3)平和教育活動<藤井敏彦>5176ヒロシマ・ナガサキの世界化518 1)国連へのアピール<今堀誠二>518 2)NGO被爆問題国際シンポジウム<庄野直美>519 3)広島の核廃絶運動<今堀誠二>519 4)広島の原爆遺跡<小堺吉光>520長崎史521概論<鎌田定夫>521C原爆投下までの長崎史523 1)長崎開港と天領下の長崎523 2)キリシタンの街・長崎523 3)長崎の要塞化<犬丸義一>523 4)日清・日露戦争と長崎<犬丸義一>524 5)第1次世界大戦と長崎<犬丸義一>524 6)長崎の社会運動<犬丸義一>525 7)日中戦争と長崎<犬丸義一>525 8)第2次世界大戦と長崎<犬丸義一>526 9)造船基地・長崎<犬丸義一>526 10)外国人の抑留と捕虜収容所527 11)原爆被爆前の長崎空襲527D原爆投下後の長崎5281被爆直後の長崎 1945-1946)528 1)長崎の原爆攻撃528 2)長崎被害調査と救援活動529 3)原爆罹災者医療・復旧対策5292平和都市復興と占領下の模索 1946-1949)530 1)長崎の戦災復興計画と長崎国際文化都市建設法530 2)ピース・フロム・ナガサキ運動531 3)占領下の記録・文化運動の明暗5313朝鮮戦争と長崎 1950-1954)532 1)朝鮮戦争下の佐世保・長崎532 2)朝鮮戦争と平和運動の試練5324原水禁運動,被爆者運動の展開 1954-1964)533 1)ビキニ被災事件と長崎533 2)長崎の被爆者運動533 3)長崎の原水禁運動534 4)長崎の被爆者対策事業の進展5345被爆実相解明の運動 1965-1981)535 1)長崎の原爆資料保存・白書運動535 2)長崎の証言運動535 3)長崎の原爆復元運動535 4)長崎の平和教育運動5366ヒロシマ・ナガサキの世界化 1970-1983)537 1)国連・ユネスコヘのアピール537 2)NGO被爆問題国際シンポジウムと『長崎レポート』537 3)外国人被爆者問題と国際交流538 4)長崎の原爆遺跡,追悼碑538

21広島・長崎史年表<宇吹暁、荒木正人>542

索引凡例 事項索引 人名索引

平和意識高揚事業(概要)

平和意識高揚事業

事業名 備考
平和宣言の発信
1971 事業報告「平和と交流」の作成
1974 図書館?
1976 機関紙の発行
1986 子どもたちの平和の絵コンクールの開催
1994 広島平和記念資料館情報資料室
1995 広島平和記念資料館ヒロシマ・ピースサイト
1999 平和に関するデータベースの運用
2000 広島平和記念資料館キッズ平和ステーション
2001 広島平和記念資料館バーチャル・ミュージアム
2003 広島平和記念資料館メールマガジン
2004 公益財団法人広島平和文化センターのホームページ
広島平和美術展
ヒロシマ平和書道展
『「平和宣言」を読む』の刊行・配
広島市長の平和宣言の動画をインターネットで発信
平和問題懇話会の開催
国内ジャーナリスト研修「ヒロシマ講座」の開催
こども平和キャンプの開催
ひろしま子ども平和の集い
学会への助成

 

国連軍縮フェローズの受入れ

出典:http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page3_001846.html

国連軍縮フェローシップ事業概要

(1)国連軍縮フェローシップは,特に開発途上国における軍縮専門家を育成するために,1978年の第1回国連軍縮特別総会において実施が決定されました。主に各国の若手外交官や国防関係者等を対象とし,国連及びジュネーブ軍縮会議における研修や関係国への訪問等をプログラムとして,1979年以降毎年実施。
(2)日本は,1982年の第2回国連軍縮特別総会における鈴木善幸総理演説において本計画参加者の広島及び長崎招待の提案い,翌83年以来毎年約30名の各国若手外交官等の訪日を実現。2016年は34年目に当たり,本年を含めこれまでに883名の参加者が我が国政府の経費負担により日本を訪問。
(3)訪日プログラムは,例年広島での原爆ドームや平和記念資料館等の視察,長崎での原爆中心地や原爆資料館等の訪問,被爆者による被爆体験講話等を通じ,被爆の実相について理解を深める。

2016年度国連軍縮フェローシップ(結果)
平成28年10月2日から8日まで,「国連軍縮フェローシップ・プログラム」により,コラロフ国連軍縮部ジュネーブ事務所顧問他25か国25名の外交官等が訪日。概要は以下のとおり。
(1)10月3日,長崎において,原爆資料館及び原爆死没者追悼記念館を視察した後,被爆者による被爆体験講話を聴講。また,原爆投下中心地碑において献花を行い,平和公園を視察。その後,被爆者や若者との懇談や,長崎大学核兵器廃絶研究センターにおける有識者との意見交換を行ったほか,永井隆記念館を視察。
(2)10月4日,広島において,広島平和文化センター主催の歓迎レセプションに参加。翌5日は,広島平和記念資料館や国立広島原爆死没者追悼平和祈念館,原爆ドーム等を視察し,広島平和都市記念碑において献花。その後,ドキュメンタリー「母たちの祈り」の鑑賞や,被爆者による被爆体験講話,広島平和文化センター理事長講話の聴講を通じて被爆の実相に対する理解を深める。翌6日午前には,放射線影響研究所での講義を聴講。
(3)10月6日夜には,東京において,外務省主催のレセプションに参加,外務省職員や国内有識者,ユース非核特使経験者等と交流を深める。翌7日には,軍縮・不拡散促進センターを訪問し,包括的核実験禁止条約(CTBT)の国内運用体制についての講義を聴講。その後,外務省において,中国における遺棄化学兵器処理プロジェクト及び日本の核軍縮・不拡散政策に関する説明を受ける。