原爆の子 沖原豊解説

「原爆の子 沖原豊解説」

出典:『原爆の子 広島の少年少女のうったえ 上・下』(長田新編、岩波書店、19900618)

原爆の子(下)-広島の少年少女のうったえ- 7
あとがき 243
解説(沖原豊) 247
地図

解説

247 1 被爆の体験
249 2 書斎から街頭へ
燃ゆる向学心
ペスタロッチ―研究の世界的権威
3 『原爆の子」』の意義
編集から出版まで
平和を想像する力
4 子どもを守る運動
原爆の子友の会
原爆孤児精神養子運動
5 海外における反響
1 エスペラント語訳
2 ノルウェー
3 デンマーク
4 ドイツ
5 英語
6 英語
7 ドイツ
8 ドイツ
9 フィンランド
10 ギリシャ
11 中国語
12 スウェーデン
13 ロシア

 

資料年表:岡本尚一

資料年表:岡本尚一(おかもと・しょういち)<作業中

年月日
1924
0611 誕生
 1942
 0310  岡本尚一『歌集 法廷風景』(八絋発行所)
 1954
 0106  原爆被害者の会、岡本尚一を訴訟代理人に「原爆による損害賠償請求」を米の裁判所に訴えることを決める。  C
0108   C
 0112   C
 0115   C
 0120   C
0123  C
1956 
 0801  『広島は訴える―原爆広島11年の記録』(広島原爆資料出版会)
付録2 原爆被害者の損害賠償請求起訴状
付録3 損害賠償請求訴訟の政府答弁書
1958
0405 死亡。享年66歳
0501 『自由と正義 9巻5号』(日本弁護士連合会)
吉野周蔵「故岡本尚一君の遺霊に告ぐ」 25
 1959
 ****  岡本尚一『人類』(岡本拓)
 1969
 0125 『ドキュメント日本人10 法にふれた人』 (学芸書林)
 岡本尚一「原爆訴状」
 1986
 0805  『原爆裁判 核兵器廃絶と被爆者援護の法理』(松井康浩、新日本出版社)
1997 
 02

 

 原爆被爆者対策前史資料集(1945年~1953年)
1997年2月   平成6-8年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))研究成果報告書(課題番号06610313)
原爆被爆者対策史の基礎的研究   研究代表者 宇吹暁(広島大学原爆放射能医学研究所)
 2.原爆裁判の提訴
【資料9】日本国との平和条約[抄]
岡本尚一弁護士の提起
【資料10】『原爆民訴或問』[抄]
【資料11】岡本尚一「米国に原爆の損害賠償を求む」[抄]
原爆裁判提起への反響
【資料12】原爆民訴提唱及びその反響
【資料13】アメリカの反応
【資料14】ニューヨク・タイムズの報道
【資料15】日本の反応
3.原爆被害者の会
【資料20】原爆裁判への対応

われなお生きてあり

『われなお生きてあり』(福田須磨子、築摩書房、19680730)

内容<作業中

 部
 1
1  原爆の長崎
2 大村海軍病院
3 さすらい
4 原子野
 2
1 漂流
2 常磐町無番地帯 その一
3 常磐町無番地帯 その二
4 有為転変
3
1  ぬかるみ
2  烙印その一
3  烙印その二
4  われなお生きてあり
 あとがき
著者略歴

福田須磨子

福田須磨子

ふくだ・すまこ 19220323生
19740402没
享年52歳 長崎の詩人。

資料年表:福田須磨子

年月日 事項 メモ
1922
0323
1958
0420 福田須磨子著『原子野 詩集 』 (現代社)
 1963
0731  福田須磨子著『詩集 烙印』(長崎原爆被災者協議会)
小佐々八郎(財団法人長崎原爆被災者協議会会長)「あとがき」改訂版(19631110)
 1965
 0705 広島県被爆者の手記編集委員会編 『 原爆ゆるすまじ』 (新日本出版社)
 1967
 原水爆禁止世界大会報告集 第13回 原水爆禁止長崎県協議会編 原水爆禁止長崎県協議会 1967/10/01
1968 
 0730  われなお生きてあり 福田須磨子著 筑摩書房
 1970
 0620  日本原爆詩集 大原三八雄、木下順二、堀田善衛編 太平出版社
 0701  長崎の号泣-長崎市婦人会員被爆体験記 高田光子編 長崎市婦人会
 0801  長崎の証言1970 「長崎の証言」刊行委員会編 あゆみ出版社 1970/08/01
 もういやだ 第1集 原爆の生きている証人たち. 復刻版 長崎原爆青年乙女の会編 あゆみ出版社 1970/08/09
 1972
0610  日本原爆詩集 改装版 大原三八雄、木下順二、堀田善衛編 太平出版社
0725  長崎の証言 第4集 [1972] 「長崎の証言」刊行委員会編 「長崎の証言」刊行委員会
1973 
0825 反原爆 長崎被爆者の生活史 石田忠 編著 未来社
1974
0402
0801 世界原爆詩集 大原三八雄編 角川書店
1975
0715 「原爆」と三十年 秋月辰一郎著 朝日新聞社
 0728  原爆と科学・教育・文化を考える 第2集 日本科学者会議長崎支部 日本科学者会議長崎支部
0802 『福田須磨子詩碑』(福田須磨子詩碑建立委員会編、19750802)
0806 広島・長崎30年の証言(上) 広島・長崎の証言の会編 未来社
1976
0430 広島・長崎30年の証言(下) 広島・長崎の証言の会編 未来社
1979
0512 季刊・長崎の証言 3号 鎌田定夫編 長崎の証言の会
0801 ナガサキの証言 鎌田定夫編 青木書店
1980
0730 日本の空襲 8-九州 日本の空襲編集委員会編 三省堂
 1982
 0101  長崎事典 風俗文化編 長崎文献社
 0630 原爆を読む 広島・長崎を語りつぐ全ブックリスト 水田九八二郎 講談社 1
 1983
 0801 日本の原爆文学 13 詩歌 「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者編 ほるぷ出版 1
 0801  日本の原爆文学 14 手記/記録 「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者編 ほるぷ出版
1984
 0620  ナガサキ 1945年8月9日 長崎総合科学大学平和文化研究所編 岩波書店
 1984/06/20
 0820  ヒロシマ・ナガサキの証言’84夏 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会
 1985
 0527  ひろしまの河 旧原水爆禁止広島母の会編 旧原水爆禁止広島母の会
1986 
 0331  碑は訴える 原爆モニュメント・遺構集 長崎国際文化会館編 長崎市
 0510  ヒロシマ・ナガサキの証言’86春 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会
0720  原爆体験の思想化 石田忠著 未来社
 1989
 0410 原子野に生きる 福田須磨子集 長崎の証言双書 1 長崎の証言の会編 汐文社
1991
 0525  日本の原爆記録4 花の命は短かくて 原爆乙女の手記、もういやだ 原爆の生きている証人たち 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫 日本図書センター
 0525 日本の原爆記録8 原爆の実相、われなお生きてあり 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫 日本図書センター
  0525  日本の原爆記録11 長崎の証言 1-10集 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫 日本図書センター
  0525 日本の原爆記録20 原爆詩集 長崎編 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫 日本図書センター
1995
0720  ナガサキ 1945年8月9日 新版 長崎総合科学大学平和文化研究所編 岩波書店
 1997
 0718 原爆文献を読む 原爆関係書2176冊 水田九八二郎著 中央公論社
 0809  ガイドブックながさき 原爆遺跡と戦跡をめぐる 長崎平和研究所著 新日本出版社
 2000
0725  第二楽章 長崎から 吉永小百合編、男鹿和雄画 講談社
 0801  長崎原爆資料館 ピース・ウイング長崎 長崎平和推進協会
 2001
 0901  長崎原爆資料館 資料館見学・被爆地めぐり「平和学習」の手引書 ピース・ウイング長崎 ピース・ウイング長崎
 2002
 0510 長崎修学旅行ハンドブック 学び・調べ・考えよう 平和・国際教育研究会編 平和文化
 2004
 0520 日・仏語版 原爆詩選 = Hiroshima Nagasaki après la bombe atomique poèmes choisis 見目誠、パトリック・ブランシュ訳・編 見目誠
 2005
0325 原爆写真ノーモアヒロシマ・ナガサキ 黒古一夫 日本図書センター
0809   グラウンド・ゼロからの再生 被爆60周年・証言集 「被爆60周年証言記録集」編集委員会編 長崎県平和運動センター単産被爆者協議会連絡会議
 2007
 0806 原爆詩一八一人集 1945~2007年 長津功三良、鈴木比佐雄、山本十四尾編 コールサック社
 1222  Against nuclear weapons : a collection of poems by 181 poets 1945-2007 = 原爆詩一八一人集 ed. by Kozaburo Nagatsu, Hisao Suzuki, Toshio, Yamamoto ; 長津功三良、鈴木比佐雄、山本十四尾 Coal Sack Publishing ; コールサック社
 2008
 0806  ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅱ ヒロシマ・ナガサキを考える会
 1001 証言-ヒロシマ・ナガサキの声2008 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2009
 0310 大空襲三一〇人詩集 1937~2009年 鈴木比佐雄、長津功三良、山本十四尾、郡山直編 コールサック社
2010
1001 証言-ヒロシマ・ナガサキの声2010 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2011
0715 焦土の記憶 沖縄・広島・長崎に映る戦後 福間良明著 新曜社
2014
0625 もういやだ 原爆の生きている証人たち 長崎原爆青年乙女の会編 日本ブックエース、日本図書センター(発売)
2015
0806 戦争と核と詩歌 ヒロシマ・ナガサキ・フクシマそしてヤスクニ 石川逸子著 スペース伽耶、星雲社(発売)
1115  ナガサキの命 伝えたい、原爆のこと 吉永小百合編、男鹿和雄カバー絵/挿絵、YUME挿絵、筒井茅乃 文 KADOKAWA
2016
0101  原子爆弾の下で 広島・長崎への原爆投下による悲劇から生まれた日本語の詩(ヒンディー語) ハルジェンドラ・チョードリー、三木雄一郎 サーヒッティヤ・アカデミー
0705 〈被爆者〉になる 変容する〈わたし〉のライフストーリー・インタビュー 高山真著 せりか書房
2017
03 木永勝也「渡辺千恵子氏資料の概要紹介と若干の検討~被爆者の旧蔵資料の整理をめぐって」(『平和文化研究』第36-37集(2017年3月))
1001 証言-ナガサキ・ヒロシマの声2017 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2018
1015 証言-ナガサキ・ヒロシマの声2018 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2019
1215 長崎の証言50年 半世紀のあゆみを振り返る 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2020
0722 長崎の証言 写真集 増補改訂版 [日本リアリズム写真集団長崎支部] JRP日本リアリズム写真集団長崎支部
2021
0521 長崎原爆資料館 資料館見学・被爆地めぐり「平和学習」の手引書(増補改訂版) 長崎平和推進協会編 長崎平和推進協会
1130 ブックガイド平和を考える 明治学院大学国際平和研究所設立35周年を記念して 明治学院大学国際平和研究所編 明治学院大学国際平和研究所(PRIME)

 

被害者をめぐる今日までの動き

被害者をめぐる今日までの動き作業中

今日までを三期に分け、(Ⅰ)戦後より講和条約締結(26年9月まで)(Ⅱ)第1回世界大会まで(Ⅲ)第1回世界大会より今日まで、とする。

(Ⅰ)戦後より講和条約締結(26年9月まで)

(1)まず考えねばならないのは、終戦当時一般市民の間に、感覚的と思われるにしても、ガスを吸ったからとか水をのんだからとか、の言葉が自分の症状に十分関係があるが如くに聞かれたものである。

(2)

(3)アメリカへの訴えての救済活動(浜井市長時代)

(4)谷本牧師の動き

(5)広島平和記念都市建設法

(6)ABCCの問題

(Ⅱ)第1回世界大会まで(1955・8)まで

(1)

(2)

(3)広島市原爆障害者治療対策協議会発足

(4)

(5)ビキニ水爆実験を契機として

(6)1954年8月6日の原水爆禁止広島平和大会

(7)

(8)

(9)

(10)

(11)

 

(Ⅲ)第1回世界大会より今日まで、

゜ビキニ事件→被害者救援を刺激(しかしまだ大衆運動とはならぬ)
゜第1回世界大会までは、禁止運動と救援運動は一応無関係(禁止運動は自分たちには無関係で白々しい、という被害者の言葉があったほど)
゜第1回世界大会を契機として事態が一変

◇第1回世界大会(1955・8 於ヒロシマ)の被害者問題における意義

゜大会の討議と結論から次の方向が生まれた。

(a)被害の実相調査

(b)傷害の治療と予防問題

(c)生活保障の問題

(d)自立活動

◇第2回世界大会(1955・8 於ナガサキ)の被害者問題における意義

◇以上の観点からして、第1回大会後今日までの被害者をめぐる動きをみる場合、その活動状態は、(a)(b)(c)(d)の4項目によって整理することができ、その際第2回大会の役割は、それらを飛躍さす契機としてとらえればよいのであろう。

(1)第1回大会以後今日までの動きで特筆すべき組織の結成をまずあげてみる。

(ⅰ)原水爆禁止日本協議会の中に被害者救援委員会が設立された。 1955年9月

(ⅱ)救援委員会の発足。1955年11月26日、原水爆禁止広島協議会の中につくられ、役員としては、委員長(渡辺忠雄氏)副委員長(正岡旭氏、服部円氏他3名)幹事長(藤居平一氏)などをきめた。ただし渡辺氏が委員長を受諾されなかったため、委員が決定できなかった。

この委員会の目的

(a)原爆被害者の不幸な実相をあらゆる人々に伝え、救援を呼びかける。

(b)救援のために努力しているあらゆる団体、個人及び施設と協力して精神面、医療保健面、及び経済面などによりする救援をおこなう。

(ⅲ)全国社会福祉協議会の中に、原爆被害者対策特別委員会が設置される。(1955.11、 原水協関係の委員-山高シゲリ(全地婦連委員長)藤居平一(広島)香田松一(長崎)

(ⅳ)広島市原爆障害対策協議会が、広島原爆障害対策協議会に発展した(1956.4)

(ⅴ)日本原水爆被害者団体協議会の発足

 

1956.8.10 第2回世界大会の中から生まれたこの会の目標と方針は次のように決議されている。

一、

ニ、

三、

四、

五、被害者組織を強化して団結をつよめよう。このためどんな地域でも、被害者のいまいる処には必ず組織をつくり、この協議会に参加させよう。

(ⅵ)

 

(2)具体的に進められてきた活動

(ⅰ)被害の実態調査

(ⅱ)被害者組織の結成

(ⅲ)原水爆禁止運動

(ⅳ)生活と生命を守る運動

(ⅴ)救援金及び救援物資

 

(3)今後の問題点

 

(ⅰ)援護法をめぐる問題点

(ⅱ)根治療法の問題

原爆被害を根本的に治療する方策は、現在のところ、いかなる国においても完成されていないようである。****

この意味で、過去の運動の中で常に唱えられてきた国際的放射線医学研究機関の設置が望まれるのである。ところで最近、広島の医師および原子力科学者(大学人会有志)の或るグループが、医学・物理学・化学の綜合的観点から、広島の原爆症の基礎的な調査、研究を始めているのは注目に値しよう。この成果が一日も早く出されることを期待しよう。

 

(註)本文章の起草は、藤居平一、庄野博允<庄野直美>の両名が担当しました。

 

 1
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明日を創る―提言・新世紀の社会保障

『明日を創る―提言・新世紀の社会保障』(森井 忠良、NTT出版)

内容<作業中

序章 新世紀の福祉社会建設のために
第1章 豊かで成熟した福祉社会の創造
第2章 新時代の社会保障制度の構想
第3章 安全で質の高い生活を確保するために
第4章 過去から未来へ・時間軸を見据えて

23森井忠良

資料年表:森井忠良<作業中

年月日 事項 メモ
1829
0725 誕生(広島県呉市吉浦)
1953
 早稲田大学法学部卒
 日本電信電話公社入社
1972
衆議院議員初当選。以後当選7回
1996
0606 森井忠良『明日を創るー提言・新世紀の社会保障』(NTT出版)
2011
0423 没。享年81歳。
0425  『中国新聞』(2011年4月24日)
 「森井忠良氏死去 元厚相 被爆者援護法に尽力 81歳」

 

資料年表:深川宗俊

資料年表:深川宗俊

年月日 事項 メモ
1921
**** 誕生。本名:前畠雅俊。
1945
0806 被爆。
1950
0422 新日本歌人協会広島支部を中心に「反戦詩歌人集団結成準備会」を広島市内で開く C
0501 『反戦詩歌集第1集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会) U
0801 『戦争はいやだ』(山口健次郎編、暁明社)
0806 『反戦詩歌集第2集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会)反戦詩歌集第2集 U
1951
0331 『私は戦争に生き残った。そして・・・ 15人の戦争記録』(暁明社) U
深川宗俊「恐怖の街」pp.128-134
0815 深川宗俊『歌集・群列-途絶えざる歌抄』(新日本歌人協会広島支部) 3
1953
0307 深川宗俊(日本歌人クラブ会員)「悲しみに耐えてー『原爆文学』論を中心に」(『中国新聞(夕刊)』19530307)
 1954
0215 『風のように炎のように-峠三吉追悼集』(峠三吉追悼集出版委員会、われらの詩の会編、19540215)
 深川宗俊 「芸術は人間のためにある」98
0806 『廣島 歌集』(歌集廣島編集委員会編、第二書房)
深川宗俊 132
1956
0520 『川-広島詩集』(深川宗俊・増岡敏和等編、われらのうたの会)
1959
0201 『紫紅の鳥 広島は歌ふ 青史第1合同歌集』(合同歌集編さん委員会編、短歌文学を研究する会「青史」刊
紫紅の鳥によせて 深川宗俊
0806 『広島-原爆の街に生きて』(深川宗俊(著)「青史」編集部(編)、短歌文学を研究する会) 5
1960
1103 『かえらぬ鶴』(瀬戸奈々子、白樺社)
 祓…深川宗俊
1964
0801 『The Songs of Hiroshima 広島のうた』(大原三八雄訳、「広島のうた」編集委員会、)
第3部 原水爆禁止を
ケロイドの貌  深川宗俊
1966
0401 『歌集新選十二人』(新選十二人著、短歌新聞社)
火  深川宗俊 181
0720 『広島はたたかう』(胎内被爆者・被爆二世を守る会)
ABCCとその周辺 深川宗俊
0806 『原爆と文化・芸術-その創造と歴史をとらえる』(日本民主主義文学同盟広島支部)
文学と原爆  深川宗俊 35
1016 『加害者への怒り-ABCCはなにをしたか 第1集』(原水爆禁止広島県協議会)
ひろしまの証言-ABCCを告発する-  深川宗俊 42
1967
0301 『広島県短詩型文芸合同作品総鑑』(村本節子編、文化企画社)
深川宗俊  47
1968
0712 『ぼく生きたかった-被爆二世史樹ちゃんの死』(竹内淑郎編、宇野書店)
史樹ちゃんに捧げるうた 211
うた 深川宗俊
1103 『キャンバスのうた-神崎敏記文集』(「キャンバスのうた」編集委員会)
未来をとらえる青年の譜 深川宗俊 23
1969
0515 『詩集・ヒロシマ1969-戦後25年アンソロジー[改訂新版]』(詩集「ヒロシマ」編集委員会[大原三八雄・栗原貞子・深川宗俊・米田栄作]編) 5
0806 『濱井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会)
VII 座談会 その6
出席者 615
中村義男・相原和光・林寿彦・永田守男・村上安恵・高井正文・藤田一雄・大原三八雄・山本康夫・深川宗俊・田辺耕一郎・田淵実夫
1970
0806 深川宗俊『1950年8月6日-朝鮮戦争下の広島』(原水爆禁止広島市協議会) U
1971
0201 『河口のある風景 中下煕人歌集』(中下煕人著、青史)
中下煕人作品の原点をとらえる 深川宗俊 160
0515 『朱花 宮前初子歌集 新日本歌人叢書』(宮前初子著、新日本歌人協会三重県支部)
解説=深川宗俊 169
0804 『未来を語りつづけて 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑序幕にささげる 構成詩』(深川宗俊作・構成、原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会)
 1215  『流灯 ひろしまの子と母と教師の記録 原爆犠牲国民学校教師と子ども追悼の記』(原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会事務局編、石田明)  U
「流灯」によせて 深川宗俊 276
1972
0715 『被爆二世 その語られなかった日々と明日』(広島記者団被爆二世刊行委員会編、時事通信社)
Ⅳ 国、地方自治体と被爆二世 185
4 長崎にて<ルポルタージュ> 深川宗俊 206
0806 『夾竹桃(広島はたたかう 第三集)』(「夾竹桃」編集委員会編、胎内被爆者被爆二世問題対策会)
ABCC協定とは 深川宗俊・31
1973
0718 『閃光の丘から わがうたまつり 近藤幸子歌集 青史叢書, No.6』(近藤幸子著、短歌文学を研究する会・青史グループ、春陽社出版)
広島の戦後史に生きる-歌集「閃光の丘から」鑑賞の手がかりを求めて 深川宗俊 189
1974
0925 『鎮魂の海峡-消えた被爆朝鮮人徴用工246名』(深川宗俊、現代史出版会) U
1115 『未来にかけるたたかい ドキュメント昭和五十年史 6』(佐藤静夫編、汐文社)
原水禁運動と分裂 深川宗俊 111
1975
0628 『河 民藝の仲間166号』(民藝の仲間」編集部編、劇団民藝)
ヒロシマの青春…深川宗俊…(11)
0806 『詩画集・ひろしまの子-愛のうた』(深川宗俊(詩)四国五郎(絵)、春陽社出版)
 1976
0430 『広島・長崎30年の証言(下)』(広島・長崎の証言の会編、未来社)
朝鮮人被爆者復権のたたかい  深川宗俊 93
0501 『平和教育運動 No.3』(日本平和教育研究協議会編、広島平和教育会館出版部)
朝鮮人問題をどうとらえるか 155  深川宗俊
0915 『坦白抄 短歌とエッセイヒロシマに生きて』(根川由夫著、短歌文学を研究する会・青史グループ)
跋文 深川宗俊 248
1977
0701 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部、)
占領下における文芸 深川宗俊(30)
0806 『炎の中の私 第1集』(広島医療生活協同組合原爆被害者の会)
「炎の中の私」に新鮮な感動をおぼえる 深川宗俊 34
1220 深川宗俊『さわだちやまぬ海峡の怨-深川宗俊訪韓レポート』  U
 1978
0724 『『生キテ帰ルンダゾ』 親が子に語る戦争と原爆の話 第2集』(日本キリスト教団広島府中教会内平和教育文集編集委員会)
銃後の体験
火の葬いをうけた韓国人遺体 深川宗俊 13
以下作業中
1982
0401 『劇映画・冬のリトルボーイ-対話のための資料集』(深川宗俊編、平和プロダクション) 5
1985
1220 『紫紅の鳥-青史三十三人集・合同歌集Ⅱ』(深川宗俊(編)、短歌文学を研究する会・青史)
1990
0806 『歌集・連祷-深川宗俊歌集』(深川宗俊、短歌新聞社)  U
1992
0731 『海に消えた被爆朝鮮人徴用工-鎮魂の海峡』(深川宗俊、明石書店)  U
 2008
 0424  没。

マッカーサー

マッカーサー、ダグラス<作業中

マッカーサー、ダグラス 18800126生19640405没 享年84歳 アメリカ陸軍軍人。連合国軍最高司令(1945~50年)

資料年表:ダグラス・マッカーサー

年月日 事項 メモ
1880
0126
1945
0919 ”THE NEW YORK TIMES”
M’ARTHUR CLOSES ASAHI, TOKYO PAPER Orders 48-Hour Suspension for Mocking Comment on Our Atrocity Reports SHARED GUILT-CHARGED Foe’s Editional Says Atom Bomb’s Use Is Inhumane – Other Journals Coopetate [マッカーサー、朝日新聞に発行停止を命令]
1964
0405
2016
0929 『昭和天皇実録 第9』
<1945年9月27日>午前九時五十五分御出門、聯合国最高司令官ダダラス・マッカーサーと非公式に御会見のため、東京都赤坂区内の米国大使館に行幸される。

 

「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい

『「原爆の子」をうけついで  こども・青年・市民の平和へのねがい』(「原爆の子」をうけつぐ会、本の泉社、20120806)

内容

002 宇野豪 はじめに (「原爆の子」をうけつぐ会会長、修道大学名誉教授)
009 第1部 応募作品より
009 えみ かりん(小1) 『8がつ6にちのこと』をよんで
011 えきだ あすか(小1) せかいのへいわ
011 森本あやか(小3) 『おりづるの旅』を読んで
014
014 鳥井原聖(小4) 平和新聞
015 中元達也(小4) ヒロシマに生まれて
018 山下穂乃佳(小5) 命の大切さ
020 大原杏歌(小6) 戦争はなくなるか
022 藤川とも(小6) 平和と戦争
024 遠藤正隆(小6) 八月六日
026 尾形萌音(小6) みんな同じ地球で生まれた仲間
028 渡辺香依(小6) 命の尊さ
030 玖村成(小6) 後悔の後にあるもの
032 好永るり佳(中1) 平和を世界へ
034 蔡志遠(中1) 身辺の平和  34
036 寺本光希(中1) 六十六年目を迎えた広島
038 山本研矢(中1) 身近な平和
040 高部祐香(中1) 次に伝えていくために
042 槙場百香(中2) 平和の大切さ
043 小川稚果(中2) 知らないことを知ってもらうために
045 城代花佳(中2) 『原爆の子』を読んで私が思ったこと
047 八木稜平(中2) 祖父の被爆体験をうけついで
048 佐伯菜那(中2) ヒロシマを学び語りつぎたい
050 田羅理美(中2) 他校との交流で深めあったこと
052 市川里奈(中3) 原爆の子
053 山田美咲(中3) 私たちが気がつかなければいけない事
055 柴田龍人(中3) 画面上の疑似戦争
057 岡智慧(高1) 『原爆の子』を読んで
060 上野結花(高1) 広島高校生平和ゼミナールの活動の感想
062 鷹屋桃子(高2) 空がとっても青いから
065 秋山唯(高2) 『原爆の子』を読んで
067 川本彩子(高2) 「世界に平和を」なんて言わない世界
070 芝亮祐(高2) 『わたしがちいさかったときに』を読んで
072 原田葵(高2) 世界はいま平和か。平和でないとするとそれはなぜか。平和を妨げているものは何。自分に出来ることは何か。
075 加地真理子(高2) 戦争とは、平和に反するものである
077 馬場智大(大1) 祖父の「記憶」を受け継いで
085 梶山栞理(大3) 私の考える「原爆の子」
088 窪川佐紀(大2) 私の思う「原爆とむきあう」ということ
092 中山結(大学院2) 『原爆の子』を読んで今思うこと
094 龍永直記(33歳) 『原爆の子』をうけつぐ
098 諏訪義圓(39歳) 『原爆の子』がもたらす気付き
102 上田寿世(49歳) 子どもたちが命輝かせて生きる世界を
105 宇城昌里子(49歳) 命 生かされた つながって
110 岡昌子(59歳) 『原爆の子』を読んで
114 大内正子(60歳) 「母の記憶」から「私の記憶」へ
116 藤井幸恵(68歳) 蒔かれた種たち
119 (70歳)
120 大越和郎(71歳) 『原爆の子』と私
 選考委員講評
124 大槻和夫 <委員長>『原爆の子』を受けつぐ文章を読んで
129 大井健地 ヒロシマのなお語られるべきもの
131 柴田幸子 こども達の感想文から思うこと
133 三浦精子 「原爆の子」をうけついで 選考を終えて
第2部 寄稿
136 海老沼香織 広島スタディーツアーを終えて
138 渡部久仁子 『ヒロシマと私』
141 忍岡妙子 ヒロシマを伝え続けて
144 長田真紀 精神の橋をかける
147 長田五郎 父長田新の願い
第3部 集い「『原爆の子』をうけついで」
150 舟橋喜恵 記念講演「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」から学ぶもの
170 資料
174 あとがき

 

黒木和雄

黒木和雄

くろき・かずお 19301110生20060412没 享年75歳 映画監督。『私の戦争 岩波ジュニア新書』(黒木和雄、岩波書店、20040721)。

『私の戦争 岩波ジュニア新書』(黒木和雄、岩波書店、20040721)

内容

私の戦争と映画…1
1 満州へ 2
2 えびのでの中学生活 19
3 学徒動員 25
4 米軍機の爆撃で友人が死んだ 31
5 敗戦 37
6 『美しい夏キリシマ』の製作 44
映画を撮る…67
1 映画監督になるまで 68
2 原爆・戦争を撮る 83
長崎原爆投下24時間前…97
1 ノーモアヒロシマ・ナガサキ 98
2 『かよこ桜の咲く日』(一九八五年) 108
3 『TOMORROW/明日』の製作 135
ヒロシマに生きる…159
1 『父と暮せば』(二〇〇四年) 160
2 ヒロシマを発信し続けた友 175
3 『父と暮せば』を製作する 181
おわりに 207

 

資料年表:藤居平一

資料年表:藤居平一<作業中

年月日 事項 備考
1915  0807 広島市の銘木店の長男として誕生。
 1922 広島高等師範学校附属小(碧空会)に入学
 1928  同付属中学校入学
1935 平壌飛行連隊整備隊に入る
1939 航空兵中尉に任じられる
1941 満州国の航空通信第一連隊の第一大隊本部付
1943
02 満州国の航空教育隊に転属。日本へ復員。
04 早稲田大学専門部商科に入学
1127 篠崎美枝子と結婚
1944 日本鋼管横浜鶴見造船所に勤労動員
1945
0806 原爆投下で、父完一、妹、二人の甥などを失う
1946 早大卒。家業の銘木店を継ぎ、広島県銘木森林組合(現広島県銘木事業協同組合)を設立。組合長に就任
1947 日本銘木林産組合(その後全国銘木連合会に改称)を設立。副会長に就任。早大校友会広島県支部幹事長。広島高師同窓会のアカシア会設立を提唱。
1949 近隣に神崎保育園を設立し、後援会長に。
1951 早大商議員に就任し、晩年まで務める。
<以上1915~1951年の事績は『人間銘木―藤居平一追想集』>
1954
1955
1956
1959
1965
1981 
1201 『広島県原水協・日本被団協年表(稿)1954~1958』(宇吹暁、広島大学原爆放射能医学研究所)
 1982
 0126  「まどうてくれー藤居平一聞書(1)」(『資料調査通信 5号』広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)【〈聞き手〉宇吹暁、〈聞書作成〉石田典子・寺井裕子】
 0226  「まどうてくれー藤居平一聞書(2原水爆禁止世界大会)」(『資料調査通信6号別冊』広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
0331   「まどうてくれー藤居平一聞書(3原爆被害者の救援と組織化)、資料、藤居メモ(1)1955年11月~56年3月」(『資料調査通信7号別冊』広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
0531   「まどうてくれー藤居平一聞書(4広島県被団協の結成)、資料、藤居メモ(2)1956年3月~7月」(『資料調査通信8号別冊』広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
 0630   「まどうてくれー資料特集」(『資料調査通信9号別冊』広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
 『資料調査通信9号別冊1』
 『資料調査通信9号別冊2』くずれぬ平和を 8・6広島大会、被害者大会議事録[抄]
  『資料調査通信9号別冊3』第2回原水爆禁止世界大会議事速報[抄]
 1983
1031  「まどうてくれー藤居メモ(3)1956年8月~9月」
 『資料調査通信25号別冊1』(『広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
  「まどうてくれー資料特集」1956年8月~9月」
『資料調査通信25号別冊2』(広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
1130  「まどうてくれー資料特集」1956年10月~12月
資料1:藤居メモ
資料2~8:日本被団協の発行文書
資料9~15:藤居故人・日本被団協に寄せられた書簡
資料16~26:原爆被害者救援をめぐる動向)
 『資料調査通信26号別冊2』(広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
 1223   「まどうてくれー藤居メモ」1957年1月~2月
 資料1~4:藤居あて書簡
資料5~11:日本被団協結成後初めて開かれた全国代表者会議の資料。
資料12~23:藤居故人あるいは日本被団協に寄せられた書簡
資料24・25:日本被団協に関する新聞記事
  『資料調査通信27号別冊1』(広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
1984
 0127  「まどうてくれー藤居メモ及び関連資料資料」1957年3月~5月
 資料1~6:藤居あて書簡、
資料7:藤居論文
資料8~23:日本被団協および広島の動向を示す資料。
資料24~32:広島原爆障害研究会、日本原水協などの諸団体資料。
 『資料調査通信28号別冊1』(広島大学原爆放射能医学研究所付属原爆被災学術資料センター資料調査室)
 0229  「まどうてくれー資料資料」1957年3月~5月
1957年8月
12日 開会総会
13日 階層別協議会
14日 分科会
15日 閉会総会
 1996
 0714  病のため死去。80歳。藤居銘木株式会社を閉店。
1997
0417 『人間銘木 藤居平一追想集』(藤居美枝子)
 ****  『広島平和科学』(広島大学平和科学研究センター、1997)
 船橋喜恵「原水爆禁止世界大会「第一回」 : 藤居平一氏に聞く」
2006
 0703  『被爆者運動50年 生きていてよかった<1>~<5>』(『中国新聞』西本雅実編集委員~20060708)
2011
0708 『まどうてくれ 藤居平一・被爆者と生きる』(大塚茂樹、旬報社)
0723 大塚『まどうてくれ』出版記念会。リーガロイヤルホテル。宇吹。出席者:大塚夫妻。木内洋育(旬報社社長)。河野一郎(中国新聞文化事業社専務取締役)。阿部静子、池田精子(広島県被団協副理事長)、村戸由子。舟橋。若林節美。石田。松井。安藤。澤野。森田裕美。・・・
2次会:吉田治平(広島市南区皆実町1丁目平和住宅自治会)、籔井和夫(中国新聞経営企画局担当局長兼メディア企画室長)。・・・
 0726  <出版記念会報道>(RCC-N6 被爆者救援運動の原点)「まどうてくれ 藤居平一・被爆者と生きる」 06:41~06:47

社史に見る太平洋戦争

『社史に見る太平洋戦争』(井上ひさし編、新潮社、1995/08/10)

内容

社名 見出し
7  NHK 12月8日と8月15日
48  読売新聞 来るべきものが来た
64  毎日新聞 戦時下の言論統制
70  信濃毎日新聞 松代の地下大本営
73  毎日新聞 原子爆弾はどう報道されたか
83  毎日新聞 今日も明日も筆をとる!
91  新日本製鉄広畑 製鉄報国に燃えて
104 (鹿島) ト工事とイ工事 鹿島建設
121  特殊製紙 護国第2104工場の名の下で
134  トヨタ自動車 一つ目トラックも生産された
147  日本国有鉄道(JR) 全くヘトヘト
160  小田急電鉄 焼夷弾がダ、ダ、ダーッ
171  日本電電公社(NTT) 電信電話の決戦体制
180  三菱銀行 焼野原の地下金庫
188  野村証券 投資信託はお得です
206  東京海上火災保険 陸上戦争保険
209  三菱商事 日夜、精励あるのみ
234  新日本製鉄釜石 艦砲射撃でほぼ全滅
240  東洋工業(マツダ) 原爆の打撃
245  文藝春秋 剣がペンを屈服させたとき
267 講談社 軍の圧力と雑誌の休刊・廃刊・創刊
286 筑摩書房 銀座空襲
304  東京国立博物館 美術品の疎開
319 松竹 劇場燃ゆ
330  丸善 銃後の便りを戦場へ
345 岩波書店 敗戦前後
355  女子学習院 塩原疎開学園
371 成城学園 成城疎開学園の記
384 鉄道弘済み会 旅行はやめましょう
392  後楽園スタヂアム(東京ドーム) 戦時中のプロ野球
398 花王石鹸(花王) 代用石鹸の開発
404 三菱地所 丸の内の戦火
422 大蔵省造幣局 大東亜共栄圏の貨幣
441  資生堂 電髪も白襟かけて
450  高島屋 防空用品の大売出し
457 帝国ホテル 決戦体制下のホテル業
井上ひさし 戦後史をどこからはじめるのか-

稲賀敬二

稲賀敬二

いなが・けいじ 19280320生20010411没 享年73歳 国文学者。平安文学。1947年広島高等学校文科甲類卒業。広島大学名誉教授。

資料年表:稲賀敬二<作業中

年月日
1928
0320 誕生
1983
0930 『青春回想録 廣高その永遠なるもの 廣島高等学校創立六十年記念』(廣島高等学校同窓会)
稲賀敬二(昭二十二文甲) 「昔《入学》・今《統合移転》」… 347
1993
1001 『落暉燃ゆ 廣島高等学校創立七十年記念誌』(廣島高等学校同窓会)
(昭和22年卒)
昭和十九~二十年日記抄……文甲 稲賀敬二…427
1997
0801 『ヒロシマと廣高 被爆五十二年・回顧と追悼』(廣島高等学校同窓有志の会)
「偶然」の重み 稲賀敬二(昭22文甲)62
2001
0411 没。享年73歳
 2003
0714 『けさや昔の夢のおもかげ 稲賀敬二回想集』(稲賀敬二著、稲賀久美子刊)
0714 『明日何方ぞ迷い猫 : 稲賀敬二遺文集』(稲賀敬二著、稲賀久美子刊)
2004
0331 広島大学文書館設立準備室『広島大学史紀要 第6号』pp.51-81
「記録 稲賀敬二名誉教授 聞取記録」
稲賀敬二名誉教授 聞取記録 – 広島大学 学術情報リポジトリ (hiroshima-u.ac.jp)

戦後アメリカの世界政策と日本

『戦後アメリカの世界政策と日本』(山田浩 著、法律文化社、1967/01/10)

内容

はしがき
1 アメリカの世界政策と対日占領政策…1
1 大戦直後におけるアメリカ世界政策の基調…1
一 第二次世界大戦と冷戦…1
二 冷戦政策の展開…7
三 過渡期のバーソズ外交…11
2 戦後の極東政策の動向…17
一 ヨーロッパ第一主義と中国第一主義…17
ニ アメリカの中国政策…19
3 戦後初期の対日占領政策…25
一 対日占領体制の特質…25
二 初期占領政策の展開とその背景…31
三 民主化政策の限界…35
4 〈封じこめ〉政策の確立…44
一〈封じこめ〉政策の特徴…44
二〈封じこめ〉の国内的条件…47
三 超党派外交と新孤立主義…50
四〈封じこめ〉の軍事戦略…58
5 対日占領政策の転換…67
一 日本独占復活方針の確立…67
二 独占復活政策の推進…69
三 占領政策をめぐる対立の変化と〈条約なき平和〉…75
2 朝鮮戦争とアメリカの世界政策および対日講和…81
1 朝鮮戦争前における政策的混乱…81
一 軍事政策の停滞…81
二 紛糾する中国政策…87
三 対日政策をめぐる混乱…95
四 南朝鮮政策と朝鮮戦争…100
2 戦争勃発後の世界政策の動向…105
一 経済軍事化の進行…105
二 朝鮮戦争下の新孤立主義とマッカーシズム…108
三 朝鮮戦争と軍事戦略上の問題…111
四 マッカーサー罷免と世界政策をめぐる論争…115
五 台湾政策の変化と朝鮮休戦…123
3 朝鮮戦争と対日講和…129
一 日本の軍事的意義と対日講和…129
二 対日講和と旧連合諸国の態度…134
三 対日講和と日本経済…137
3 ニュー・ルック戦略と対日政策…142
-アイゼソハワー政権下の世界政策と日本(一)-
1 -アイゼソハワー政権下の世界政策と日本(一)-
一 アイゼンハワー政権の誕生…142
二 アイク政権と新孤立主勢力…144
三 最高潮のマッカーシズムとその退潮…147
四 均衡予算主義と国防支出…153
2 ニュー・ルック戦略の特徴…160
一 戦略核空軍力の重視と阻止戦略の確立…166
二 軍事同盟および局地戦対策…166
三 政策的積極性と冒険性…169
3 ニュー・ニュー・ルック戦略と諸種の戦略論争…174
一 陸軍の批判と戦略空軍力論争…174
ニ スプートニク成功の衝撃とミサイル・ギャップ論争…180
三 局地核戦争論をめぐる論議…188
4 ニュー・ルック戦略下のアジア政策…197
一 アジア政策の一般的特徴…197
二 アメリカのインドシナ戦争対策…201
三 台湾海 紛争と大陸沿岸諸島…204
5 アイク政権の対日政策…209
一 対日経済政策…209
二 対日軍事政策…213
三 鳩山内閣とアメリカ…220
4 平和共存とアメリカの世界政策および対日政策…226
-アイク政権下の世界政策と日本(二)-
1 平和共存とニュー・ルック戦略…226
一 共存路線の抬頭…226
ニ アイク政権と平和共存路線…230
三〈雪どけ〉の進行とアメリカ…232
四 対外援助政策と軍縮問題…233
2  核ミサイル時代の開幕と平和共存…240
一 西欧諸国の動揺と〈兵力ひき離し〉構想…240
二 アイク政権になる共存路線への接近…245
三 緊張緩和の高まりと国内情勢…247
3 緊張緩和への反撃とその崩壊…253
一 国際的冷戦勢力と〈産軍相互依存体制〉…253
二 ミサイル・ギャップ論争の再燃と政府批判…256
三 アイク政権と緊張緩和の崩壊…261
4 平和共存とアメリカ極東政策…266
一 台湾海峡紛争の再燃…266
二〈二つの中国〉論の拾頭とアイク政権…268
三 核ミサイル時代の極東軍事戦略…270
5 緊張緩和と対日政策…273
一 岸内閣とアメリカ…273
二 安保改定をめぐる政治軍事的問題…277
三 安保改定の経済問題…281
5 ケネディ政権の世界政策と対日政策…285
1 ケネディ政権の成立とその性格…285
一 ケネディ政権のリベラル勢力…285
二 ケネディ政権の財政金融政策…289
三 議会と右翼勢力の拾頭…292
2 ケネディ政権の〈大戦略〉…289
一 対兵力戦略とマクナマラ体制…299
二 対兵力戦略への批判と現実…306
三 多角的核戦力をめぐる諸問題…311
四 局地戦対策の重視と転換…315
3 対外政治・経済政策の諸特徴…320
一 「決意」と「選択」…320
二 軍備管理政策をめぐる評価…324
三 中ソ対立をめぐるアメリカの政策…330
四 対外経済およ対外援助政策…334
4 ケネディ政権の中国政策…341
一 く二つの中国>論をめぐる検討…341
二 対中国接近から〈封じこめ〉へ…343
5 ケネディ政権の対日政策…348
一 対日政策におけるく深みのある外交×…348
二 日中関係と日韓国交回復…351
三 対日軍事政策…355
四 対日経済政策…360

『原爆の子』の父長田新

『「原爆の子」の父長田新 子どものしあわせと平和のために生涯をささげた日本のペスタロッチー』(川島弘著、本の泉社、2014/08/06)

内容

部章
生い立ちから学生時代まで 13
1 生い立ち 14
日に新たなり 14/父と母 15/小学校時代 18/小石を拾いながら 20/諏訪中学校 21/「寮雨」 23/三輪先生との出会い 24/文武両道 25
2 高等師範学校時代 28
広島高等師範学校へ 28/初めて教壇に立つ 30
3 大学時代 32
京都帝国大学へ 32
日本のペスタロッチー 35
1 澤柳政太郎の片腕として 36
研究助手 36/新しい学校づくり 38/結婚と妻義子 41
2 ペスタロッチー研究にうちこむ 43
再び広島へ 43/ペスタロッチー運動を開始 44/ペスタロッチーにひかれて 45/厳しさと優しさ 新の講義 46
3 川井訓導事件 49
松本の小学校の教室で 49/その後の川井と長田新 51/信念の人 52
4 世界的ペスタロッチー研究者に 53
文学博士に 53/「すべてを他人のためにし おのれには何ものも」 54/山里の子どもたちを見つめて 57/暗い時代へ 59
子どものしあわせと平和を守るために 61
1 戦時中の長田新 62
非国民とののしられ 62
2 原子爆弾 64
運命の日、八月六日 64/五郎父を救う 65/被服廠の看護所で 68/五郎の親孝行 70
3 広島大学の誕生 72
広島文理科大学長に 72/新制広島大学 73/激務からの解放 74
4 『原爆の子』出版 76
新たな決意 76/『原爆の子』たち 77/オート三輪に乗って 79/書きたくない、思い出したくない 81/泣き出してしまう女学生 83/出版を決意 85/岩波書店の勇気 86/プレスコードをのがれる 88/平和のためのバイブルに 89
5 『原爆の子』の反響とその意義 92
海の向こうからも 92/おさえきれぬ感動 93/一生消えない傷を背負って 98/『原爆の子』の意義 101/『原爆の子』の世界へ 102/「原爆の子友の会」 104/消えた体験原稿 107/運命的な偶然 109/ペスタロッチー全集の完成 111
6 平和運動の先頭に立って 114
日本子どもを守る会の結成 114/原爆孤児精神養子運動 117/その死 やはり新も 121/別れを惜しむひとびと 122/『原爆の子』の父を喪って 124/ペスタロッチーのもとへ 125
あとがき いまなぜ長田新か 128
あとがきに添えて 執筆の経験と謝辞 135/資料補足 140/長田新(1887~1961)紹介 147/
【おもな参考資料】 149/長田新 略年譜(長田五郎監修) 152/長田新 主要著作 157

資料年表:広瀬ハマコ

資料年表:広瀬ハマコ<作業中

 年月日
1905
0215 誕生
 1969
 0806  『濱井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会)324
広瀬ハマコ「浜井市長をしのぶ」
1973
0401 『夏雲 広島女学院原爆被災誌』(広島女学院教職員組合)
広瀬ハマコ「発刊に寄せて」
 1974
 1120  『広島女学院と共に 広瀬ハマ子先生文集』( 広瀬院長退任記念事業委員会)
 1976
0501 『平和文化』 創刊号(広島平和文化センター)
広瀬ハマコ「財団は何をなすべきか?」
0715 『山田節男追想録』422 (広瀬ハマコ「身についた紳士道」)
1977
0301 『あやめ』第23号(広島女学院中学生徒会・広報委員会)
大正十一年卒業 広瀬ハマコ「女学生時代を回想して」 20
1978
0101 『平和文化』9号(広島平和文化センター)
新春談論:広瀬ハマコ(広島女学院大学理事長)
1986
1001 『広島女学院と共に百年』(広島女学院同窓会)
「百年誌の刊行にあたって…同窓会名誉会長広瀬ハマコ」
1988
0424
610  『わたしたちの広島女学院』(ユングフラウ代表 今西美代編、溪水社 [渓水社])
 その1 大正時代の広島女学院教育 ゲスト 広瀬ハマコ 3
1989
0730 『山陽路の女たち 続』(広島女性史研究会、ドメス出版)
武田ミキ 「「教育は平等」信念を貫く」
1991
1001 『広島女学院百年史』
「N・B・ゲーンスの広瀬ハマコ宛書簡(昭和2・11・17)」 713
「創立六十五周年記念式並びに院長就任式挨拶」 広瀬ハマコ 744

資料年表:川手健

資料年表:川手健<作業中

年月日
1932
0213 誕生
1942
広島県立第一中学校入学。
1945
0806 学徒動員された東洋工業で被爆。翌日、入市。
 1946
 広島県立忠海中学校(旧制)へ転校。
1947
広島県立忠海中学校4年修了。広島高等学校理科(甲)入学。
 1948
1952
1101  川手健「七年後の廣島」(『新日本文学』)
1953
0625 『原爆に生きて 原爆被害者の手記』(原爆手記編纂委員会、三一書房)
川手健「半年の足跡」=「原爆被害者自身の口から全世界に向って原爆の惨禍と平和の必要を訴えるその意義は大きい。原爆の投下が世界史的な大事件であるなら、その被害者が立上がって原爆の反対を叫ぶこともまさに世界史的な出来事である。このことの重要性についてはまだまだ本当に考えている人は少ない様に思う。」
1954
 0215  『風のように炎のように-峠三吉追悼集』
 1955
0109 川手健「原爆被害者の青年クラブのこと」(『われらのうたの会』第3号)
1960
0428 死亡
 1985
 0428  川手健を語る会。広島県民文化センター。
1995
0806 『川手健を語る』(川手健を語る会編、ウイウド・岡本智恵子)
 2010
 1220 「川手健」(『広島県現代文学事典』<小宮山道夫・記>)