谷口稜曄

谷口稜曄

たにぐち・すみてる 19290126生20170830没 長崎被爆者。享年88歳

資料年表:谷口稜曄<作業中

年月日 事項 メモ
1929
0126 誕生
 1970
 0801  『長崎の証言1970』(「長崎の証言」刊行委員会編、あゆみ出版社)
 (表紙写真)被爆直後の谷口少年…(朝日新聞社提供)
第一章 二十五年めの原爆とは何か
二十五年めの回想と証言…谷口稜曄 8
 1971
 0730  『炎の中を生きて 私の戦争体験記 原爆被爆者の手記』(原水爆禁止日本協議会編、日本青年出版社)
 第三部 二五年日の証言
*被爆者こそ、怒りをもって原水爆を告発できる  谷口稜曄 168
 <作業中
2017
0830 死亡。享年88歳

 

 

安田リヨウ

安田リヨウ

やすだ・りよう 18840930生19771108没 享年93歳 『柔しく剛く 安田リヨウ』(記念誌編集委員会、安田学園、1979.11.8)

資料年表:安田リヨウ

年月日 事項 備考
1884
0930 誕生
1955
1107 『安田学園四十年史』(茶園義男著、安田学園) G
1965
1105 『安田学園五十年史』(安田学園四十年史編纂委員会編、安田学園創立四十周年記念行事委員会) G
1977
1108
1979
1108 『柔しく剛く 安田リヨウ』(記念誌編集委員会、安田学園) G
1985
1102 『安田学園七十年史』(七十年史編集委員会編、安田学園) G
2016
1220 『安田学園百年史 通史編』(安田学園一〇〇年史編集委員会編、安田学園) G

資料年表:孫振斗

資料年表:孫振斗<作業中

年月日 事項 備考
1927
** 大阪市生まれ。
1945
08 広島で被爆
1972
0915 『朝鮮人被爆者 孫振斗さんに治療と在留を』(孫振斗さんを守る東京市民の会編・刊)
1974
0925 『鎮魂の海峡-消えた被爆朝鮮人徴用工246名』(深川宗俊著、現代史出版会)
補章 外国人被爆者の間題 193

孫振斗さんの勝訴

1975
1005 『被爆者援護法の論理 援護法制定運動の手びき』(原水爆禁止日本国民会議)
資料

朝鮮人被爆者・孫振斗さん勝訴46

孫振斗さん裁判の判決文(福岡高裁)60

1124 『ヒロシマを持って帰りたい』(韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部)
日本政府の国家責任を問う裁判(幹国人被爆者孫振斗さんの原爆手帳獲得の闘い)90
1978
0710 『朝鮮人被爆者孫振斗の告発 たいまつ新書40』(孫振斗さんに治療と在留を全国市民の会編集委員会編、たいまつ社)
1979
0101 『わたしたちの被爆者援護法制定運動と政府・国会の動き』(日本原水爆被害者団体協議会)
1 孫振斗訴訟最高裁判決抜粋…39
0305 『原爆被爆者関係法令通知集』(厚生省公衆衛生局企画課編、ぎょうせい)
資料

(六)孫振斗訴訟最高裁判決410

1981
0801 『「援護法」と在韓被爆者 基本懇意見書と三項目合意 在韓被爆者問題を考える No.1』(韓国の原爆被害者を救援する市民の会)
資料

孫振斗手帳裁判の最高裁判決(要旨) 26

1983
1208 『無援の海峡 ヒロシマの声、被爆朝鮮人の声』(平岡敬、影書房)
黙殺との戦い-被爆朝鮮人・孫振斗さんの訴え 67

圧殺される声 81

孫さんからの手紙 92

国家と被爆者-孫振斗さん勝訴の意味 149

1984
0731 『原爆と朝鮮人 長崎朝鮮人被爆者実態調査報告書 第三集』(長崎在日朝鮮人の人権を守る会)
第4章 全朝鮮人被者完全援護法の制定 96

2.「孫振斗訴訟最高裁判決」(全文)・前記に対する意見 109

1985
0625 『非核未来に向けて 反核運動40年史』(森瀧市郎著、績文堂出版)
16. 被爆者救援運動-国の責任を追及…215

被爆者救援運動の新段階 朝鮮人被爆者に対する責任 原水禁の援護法制定運動と総評被爆連 放射線被曝と原爆被爆者 国の責任を明らかにした孫振斗裁判と最高裁判決

1992
0731 『従軍慰安婦と戦後補償 日本の戦後責任』(高木健、三一書房)
第4章 戦後処理はまだ終っていない 138

孫振斗判決の意義 160

1995
0815 『在韓被爆者が語る被爆50年 求められる戦後補償』(韓国の原爆被害者を救援する市民の会)
起ち上がる在韓被爆者-日本の切り捨て政策に抗して 27

孫振斗手帳裁判 33

1998
0115 『朝鮮人被爆者孫振斗裁判の記録 被爆者補償の原点』(中島竜美編・著、在韓被爆者問題市民会議編・刊)
2000
1130 『ヒロシマを持ちかえった人々 「韓国の広島」はなぜ生まれたのか』(市場淳子著、凱風社)
第二章 立ちあがった在韓被爆者(一九六七~一九七八年)41

「座して死を待つことはできない!」と協会結成 41

「からだを治して!」と日本に直訴 46

孫振斗さん密入国、日本で支援始まる 50

孫振斗さんの手帳裁判闘争 51

「補償なるか」と期待高まるが 54

日本での治療の道、開かれる 55

2011
0615 『時代と記憶 メディア・朝鮮・ヒロシマ』(平岡敬著、影書房)
一九七〇年一二月三日 被爆朝鮮人孫振斗、来日逮捕さる 153
2014
0826 死去。

 

そん・じんどぅ 1927**生20140826没 享年87歳 韓国人被爆者訴訟の原告の草分け<資料年表:孫振斗>

 

上栗頼登

上栗頼登

かみくり・よりと 生19950830没 享年76歳 東広島市の児童養護施設「広島新生学園」元園長。<資料年表:上栗頼登>

資料年表:上栗頼登<作業中

年月日 事項 備考
****
**** 誕生
1983
0325 『広島県史-現代(通史Ⅶ)』(広島県)
「新生学園の歩み 1132」(今堀誠二著)
1995
0830
kamiguri01

資料年表:森田俊男

資料年表:森田俊男<作業中

年月日
1921
0625 誕生
1958
0701 『広島教育 No.89 7月号』(広島教育会館出版部)
教研講座 職場はいかに自覚されるべきか
学校経営の「私性」の克服 森田俊男 45
1973
1120 『戦前の教育と私』(広島平和教育研究所編、朝日新聞社)
戦争への準備と戦争への反省ー選評にかえて 森田俊男 304
1974
0201 『平和教育運動 創刊号』(全国平和教育研究協議会準備会・広島平和教育研究所編、広島教育会館出版部)
<総括意見>今次集会の意義と今後の課題 163 森田俊男
 2010
0829 死亡。享年89歳。

 

29 2010 森田俊男 もりた・としお 89 教育研究者。平和・国際教育研究会代表。<資料年表:森田俊男>

山内敕靖

山内敕靖

やまうち・ただやす 19180329生19830828没 享年65歳 広島ガス社長。期間:19710226-19820628。

資料年表:山内敕靖<作業中

年月日
1918
0329 誕生
1983
0828 死亡
1984
0813 『追憶 山内敕靖』(広島ガス・刊、19840813)
0930 『会報ともしび 第57号』(財団法人広島県動員学徒等犠牲者の会)
「訃報 本財団相談役、広島ガス社長」

御園生圭輔

御園生圭輔

みそのお・けいすけ 19121215生19950825没 享年82歳 終戦時、陸軍軍医学校教官として広島原爆の被害調査に当たる。

資料年表:御園生圭輔<作業中

年月日
1912
1215 誕生。
1936
03 東京帝国大学医学部卒業
 1945
 0814  陸軍省第2次調査班員として広島入り。~11月21日。  C
「ヒロシマの記録 各時代を刻む」 (『中国新聞』 20050805、西本雅実編集委員)
 1952
 0101  『婦人公論  1月号第416号(38巻1号)』(中央公論社)
 特集 平和への願い
原爆のない世界を〈座談会〉田中慎次郎/石垣綾子/山室民子/御園生圭輔 48
1967
09 放射線医学総合研究所長。『原子力委員会月報第20巻第5号』(科学技術庁原子力局)
 1968
06  C
0601 『マスコミ市民  No.16』(日本マスコミ市民会議)
特集 原爆映画 いま、よみがえれ“幻のフィルム”!
いまだから話そう 御園生圭輔・三木茂 43
 1969
0501 『広島医学 Vol.22 No.5 原爆後障害広島シンポジウム』(広島医学会)
 原爆後障害研究のあり方
総括……中泉正徳 47(353)
原子力平和利用の立場から………御園生圭輔 49(355)
0620 『原爆後障害広島シンポジウム講演集 [第9回]』(広島原爆障害対策協議会)
原爆後障害研究のあり方
総括 中泉正徳 47
原子力平和利用の立場から 御園生圭輔 49
 1971
 0316   C
 1973
 06  C
 1974
0712  C
1975
0523 原子力委員会委員に就任
 『原子力委員会月報第20巻第5号』(科学技術庁原子力局)
 1976
0328 『広島医学 Vol.29 No.3 原爆後障害広島シンポジウム 特集号』(広島医学会)
特別講演
御園生圭輔「放射線防護と放射線影響研究」 97(285)
0331 『原爆後障害広島シンポジウム講演集 第16回』(広島原爆障害対策協議会)
特別講演 御園生圭輔「放射線防護と放射線影響研究」 97
1979
 0518  C
 0608  C
 1980
0328 『広島医学 Vol.33 No.3 第20回原子爆弾後障害研究会特集号』(広島医学会)
記念講演 広島で過じた日々…御園生圭輔 28(260)
0401 『原子爆弾後障害研究会講演集 第20回』(広島原爆障害対策協議会)
第20回原子爆弾後障害研究会
とき:昭和54年6月10日 ところ:広島医師会館
記念講演  広島で過ごした日々 御園生圭輔 28
 1211  原爆被害者対策基本問題懇談会、「被爆者対策のあり方」についての答申を発表  C
 1981
1110  C
 1986
 0430  C
1988
07 『竹ぼうき』(御園生圭輔先生退官記念事業会)
1995
0825 没。享年82歳。

 

資料年表:近藤幸四郎

資料年表:近藤幸四郎<作業中

年月日 事項 備考
****
誕生
1945
0806 自宅(爆心地から2・3キロ)で被爆。
2002
0821 死亡。享年69歳。
0822 「被団連事務局長近藤幸四郎さん死去 死没者への思い胸に活動」(『中国新聞』西本雅実)。
0822 「被爆者援護に尽力 近藤さん死去 関係者ら弔問次々」(『朝日新聞』)<宮崎安男原水禁代表委員:国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の説明文に『誤った国策』という文言が入ったのは、近藤さんが妥協しなかったからだ>
0824 近藤幸四郎葬儀。
0825 「被爆者運動には大きな痛手 近藤さん葬儀 700人別れ惜しむ」(『朝日新聞』)
0910 「惜別 広島被爆者団体連絡会議事務局長 近藤幸四郎さん 「怒りのヒロシマ」最後まで」(『朝日新聞』翁長忠雄)

 

21 2002 近藤幸四郎 こんどう・こうしろう 69 広島県被団協事務局次長、広島被爆者団体連絡会議事務局長、元日本被団協代表理事などを歴任。

資料年表:松前重義

資料年表:松前重義<作業中

年月日 事項 備考
1901
1024 熊本県生まれ
 1945
 0808  広島被爆調査団長として広島へ出発。
 0917  松前重義(逓信院総裁)褒状
 1947
 0104  ~19510620 公職追放
1987
 0330 『わが昭和史』(松前重義、朝日新聞社、19870330)
 <『わが昭和史』(松前重義、朝日新聞社、19870330)への宇吹コメント
0401  礼状(東海大学秘書室長⇒宇吹暁)
  1201 『松前重義 その政治活動 Ⅰ』(学校法人東海大学)
1991
0825 死亡。享年89歳。

松前重義

まつまえ・しげよし 19011024生19910825没 享年89歳 東海大学創立者。広島調査団長として被爆直後に入市。

 

平和を実現する力―長女の死をめぐる被爆牧師一家の証言

『平和を実現する力―長女の死をめぐる被爆牧師一家の証言』(四竃揚編、日本キリスト教団出版局、2009/06/20)

内容

はじめに 3
推薦の言葉<<恵みのあと>>-被爆一家の証言 櫻井重宣 15
沈黙の警告 四竃一郎 31
 あの日・広島・私 33
その六日間-佑子臨終記 47
父の見た佑子の性格 60
ありし日の佑子 四竃わくり 65
 あの日の追憶 67
ありし日の佑子 71
その記憶を語り継ぐために 四竃揚 101
 その死を超え行くもの 103
一人連れ出されて 109
聖書と讃美歌と祈りの日々 四竃更 139
 姉と弟 141
被爆家族の舞台裏 152
少年の記憶 四竃招 165
 思い出すまま 167
少年時代の思い出 171
五〇年ぶりに疎開地を訪ねて 175
弟たちへの手紙 四竃佑子 179
特別寄稿 戦友四竃更牧師 渡辺信夫 189
あとがき 199

四竈一郎

四竈一郎

しかま・いちろう ****生19860821没 享年83歳 広島市基督教連盟委員長[50ヒロシマ・ピース・センター建設協力者]。[52広島平和問題談話会](日本キリスト教団広島協会牧師)。[54世界平和集会世話人(発起・常任)]。元広島県原水協代表理事( 被爆者)。『平和を実現する力 長女の死をめぐる被爆牧師一家の証言』(四竈揚編、日本キリスト教団出版局、2009.6.20)

日本よ国家たれ 核の選択

『日本よ国家たれ 核の選択』(清水幾太郎、文芸春秋、1980/09/25)

内容

日本よ国家たれ 7
1、 天皇の権威
2、 第九条
3、 大戦の意味
4、 「東洋のスイス」
5、 戦国時代
6、 揺れ動く日本人
7、 「経済大国」へ
8、 崩れるバランス
9、 新しい戦後
10、 安全、平和、福祉
 日本が持つべき防衛力  軍事科学研究会 103
一つのシナリオ 105
米国の確認破壊戦略の崩壊 /十六分の一  /ミサイル外交 / 米ソと日本の関係
日本攻撃のパターン 126
ソ連上陸四つのケース / 自衛隊の欠陥 / 大国にふさわしい軍事力
核の選択と防衛力の強化 144
空母部隊の新設 148
航空防衛力の強化 151
航空警戒管制組織 /地対空ミサイル /要撃戦闘機 /輸送船団の空中援護/ 戦術航空兵力/ 偵察航空兵力/ 航空基地の強化/ 輸送航空兵力
海上防衛力の強化 159
海峡防衛力 / 海上交通の防御能力
陸上防衛力の強化 168
日ソ師団の戦力比較/  増援部隊用装備の備蓄/  装備の増強 / 師団の改革計画
必要の予算と総合対策 177
国内対策 184
国土戦 /忘れられてきた民間防衛/ 愛国心 /情報能力の充実/ 西ドイツの国家総動員体制 /収集能力の強化 /国家緊急権/ 分析・決定能力の強化
防衛力としての技術 215
輸入兵器の欠陥/ 小型空母の輸出/ 武 器輸出
日本が持つべき防衛力 233
「節操」と経験 「あとがき」に代えて
1
~14

熊田秀雄

熊田秀雄

くまだ・ひでお 19040621生19580818没 享年54歳 金光教御幸教会初代教会長。『御幸教会五十年史 改りのあゆみ五十年―第一部―初代熊田秀雄の求道と布教』(熊田信道、金光教御幸教会、1986.5.9)

資料年表:奥久登

資料年表:奥久登<作業中

年月日 事項 備考
1881
0422 誕生
1950
0625 『ながれ』(村上哲夫著)
悟道入りの野人 広島信用金庫理事長 奥久登」
1964
0505 奥久登先生 思い出の記』(佐々木勲編、広島信用金庫・広島大学東雲同窓会・広島県農業協同組合連合会関係諸団体・広島県安芸郡坂小学校同窓会刊、19640505)
1974
0818 死亡。享年93歳。

 

広島県内の小学校長,県商工水産課長,広島市助役,県信用購買販売組合連合会長などを歴任。昭和17年衆議院議員(日本進歩党)。戦後,広島信用金庫理事長,県教育委員長。