正田篠枝

7正田篠枝

しょうだ・しのえ 19101222生19650615没  享年54歳 歌人。『百日紅―<耳鳴り>以後 正田篠枝遺稿抄』(正田篠枝遺稿編集委員会、文化評論出版、1966.7.20)、『広島県現代文学事典』『広島県現代文学事典』(川口隆行・記)

資料年表:正田篠枝<作業中

年月日
1910
1222
1947
1205 さんげ(私家版歌集)
1954
0806 『廣島 歌集』(歌集廣島編集委員会編、第二書房)
正田篠枝 72
1958
0401 『セブンウィクリー 第3巻第4号』(セブン・ウィクリー社)
 私は唖 正田篠枝 20
1961
0112 『晩鐘 第2巻第1号 1月号』(晩鐘発行所)
鳴風鐘 森田良正・森ちえ子・細越利之・三宅いすみ・正田篠枝 18
1962
0601 『影と形 No.3』(広島詩歌研究会)
正田篠枝  人生の日暮 14
1130 『耳鳴り 原爆歌人の手記』(平凡社)
1964
0801 『The Songs of Hiroshima 広島のうた』(大原三八雄訳、「広島のうた」編集委員会)
後遺症 正田篠枝
****
はがゆい 正田篠枝
1965
0615 正田篠枝没
 0801  『真樹 第36巻第8号 8月号』(真樹社)
 正田篠枝さんの死 新島濤彦 12
0805 『短歌至上 第30巻 第3号』(藤浪短歌会)
遺影 1
歌日記 正田篠枝 1
篠枝さんの魂のふるさと 栗原貞子 1
追悼歌 3
追悼文 8
三十万名号由来記 月尾菅子 8
作品 18
短歌知性論 杉浦翠子 21
通信欄 23
0905 『晩鐘 第6巻第9号 9月号』(晩鐘発行所)
正田篠枝さんを憶う 白島きよ 21
1966
0720 『百日紅―耳鳴り以降ー』(文化評論出版)
1967
0610 『8月6日と文学』(広島女学院大学文芸部)
7.正田篠枝 17
1018 『火幻 第10巻第37号』(火幻短歌会)
東京での正田篠枝さん 月尾菅子 72
1968
0315 『正田篠枝さんの三十万名号』(月尾菅子著、藤浪短歌会)
0801 『ひろしま 平和の歩み』(広島平和文化センター)
七、文化・報道関係の活動 55
正田篠枝の「さんげ」
1969
0325 『アンチヒューマン (ドキュメント日本人 8)』(谷川健一 [ほか] 責任編集、学藝書林)
ちゃんちゃこばあちゃん 正田篠枝 6
玲子ちゃん 正田篠枝 20
0325 『広島文庫 創刊号』(広島文庫の会)
正田篠枝・人と作品 豊田清史 36
0801 『真樹 第40巻第8号 8月号』(真樹社)
正田篠枝著「百日紅」によせて 植野はる子 19
1970
0420 『どきゅめんと・ヒロシマ24年 現代の救済』(栗原貞子、社会新報)
正田篠枝さんへの手紙  21
広島の十字架を負って・正田篠枝さんを悼む 240
0620 『日本原爆詩集』(大原三八雄・木下順二・堀田善衛編、太平出版社)
はがゆい 正田篠枝 185
みんな死ねばいいんだ 正田篠枝 256
0801 『長崎の証言1970』(「長崎の証言」刊行委員会編、あゆみ出版社)
原爆作品・長崎と広島…栗原貞子 160
(歌)はがゆい…正田篠枝 163
1971
0804 『青史 No.133』(短歌文学を研究する会青史)
0806 『原爆文献誌』(豊田清史著、崙書房)
正田篠枝「さんげ」の真相 62
 正田篠枝作品は「太き骨」か「大き骨」か 28
1973
0801 『真樹 第44巻8号 8月号』(真樹社)
原爆歌人正田篠枝 山本節子 32
1974
0701 『明日に生きる 高校生のための平和読本』(広島県・長崎県高等学校被爆教職員の会、1974/07/01)
原爆を語るな168■正田篠枝さんの抵抗168
0801 『世界原爆詩集』(大原三八雄編、角川書店)
罪人 正田篠枝 185
1975
0725 『ひろしまの河 第19号』(原水爆禁止広島母の会)
正田篠枝さん 1
0731 『ヒロシマの原風景を抱いて』(栗原貞子著、未来社)
被爆歌人 正田篠枝のこと 58
1976
0520 『青史 No.150』(短歌文学を研究する会青史)
 正田篠枝さんの未発表作品について 深川宗俊 53
正田篠枝作品 55
コスモスにおける正田篠枝さんのこと 阿木洋子 57
1977
0605 『ピカッ子ちゃん』(正田篠枝 作、なかのひろたか絵、太平出版社)
正田篠枝さんについて 栗原貞子・古浦千穂子 161
1978
0715 『核・天皇・被爆者』(栗原貞子著、三一書房)
被爆者のこころ 17 -正田篠枝さんとわたし-
1979
0801 『真樹 第50巻8号 8月号』(真樹社)
 正田篠枝さんの歌 植野はる子 29
1001 『真樹 第50巻10号 10月号』(真樹社)
杉浦翠子・正田篠枝・山本康夫 月尾菅子 37
1980
0524 『ちゃんちゃこばあちゃん』(太平出版社)
1981
0720 『広島文学ノート』(河村盛明編、溪水社 [渓水社])
《さんげ》 正田篠枝 19
0831 『ヒロシマを語る十冊の本 続』(ヒロシマを知らせる委員会編、労働教育センター)
正田篠枝箸「耳鳴り」(1962年)80
1982
0320 『江田島町史 改訂』(江田島町(広島県))
第一節 石碑 479
一 江田島町戦没者合同慰霊碑…479
****
十八 正田篠枝 三十万名号碑…494
0630 『歌論短歌の解明 真樹叢書第85編』(山本康夫著、真樹社)
原爆短歌集をはじめて出した正田篠枝 251
1983
0801 『日本の原爆文学 13 詩歌』(「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者編、ほるぷ出版)
はがゆい 正田篠枝 134
みんな死ねばいいんだ 正田篠枝 134
1012 『目をあけば修羅 被爆歌人正田篠枝の生涯』(水田九八二郎著、未来社)
 1984
 0131  『平和を考える 第Ⅴ集 「ヒロシマ・ナガサキ」を読む 』(岡田龍一編)
『さんげ』(正田篠枝)-『目をあければ修羅』 108
0510 『広島の遺書』(豊田清史著、蒼洋社)
正田篠枝、人と作品―怨念と「大き骨」の歌― 141
1101 『ひろしま文学紀行 ひろしま文庫』(河村盛明著、広学図書)
広島・平野町 正田篠枝『さんげ』30
1985
0720 『反核秀歌百絶』(豊田清史著、短歌公論社)
大き骨は 正田篠枝 82
1986
0630 『被爆の証言 この子らの幸せのために』(河本英明編、鳥取県教職員組合)
短歌「耳鳴り」…正田篠枝 48
1201 『原爆文献から あの日あの時 「死の行進」を探る』(新居国夫編・刊)
教師と子どもの像 33
① 碑板 33
② あの日、あの時 34
③ 原爆詩人 正田篠枝 34
1988
0701 『ヒロシマ・ナガサキを考える 第28号』(ヒロシマ・ナガサキを考える会)
正田篠枝ノート(その23) 16
1989
0401 『ヒロシマ・ナガサキを考える 第35号』(ヒロシマ・ナガサキを考える会)
正田篠枝ノート(その25)19
0619 『核言集』(塩田庄兵衛・井出洋・安斎育郎編、大月書店)
6.ピカドン 正田篠枝 20
****
9.被爆の実相と検閲 正田篠枝 26
0801 『真樹 第60巻第8号』(真樹社)
正田篠枝さんへの手紙 植野はる子 14
故・正田篠枝歌集から 植野はる子 15
1990
0501 『ヒロシマ・死者たちの声』(石川逸子著・径書房)
正田篠枝との交流(月尾菅子)104
1991
0101 『ヒロシマ・ナガサキを考える 第38号』(ヒロシマ・ナガサキを考える会)
正田篠枝ノート……17
1001 『ヒロシマ・ナガサキを考える 第41号』(ヒロシマ・ナガサキを考える会)
正田篠枝ノート 2
1995
0320 『原子雲 第二集』(足立区原爆被害者の会(足友会))
歌集『さんげ』より(正田篠枝)…… 80
0623 『禁じられた原爆体験』(堀場清子著、岩波書店)
「不死鳥」における杉浦翠子と正田篠枝 105
0730 広島文学資料保全の会『さんげ 原爆歌人正田篠枝の愛と孤独(現代教養文庫)』(社会思想社)
0801 『観音被爆50年』(栗栖基紀編、観音被爆証言編集委員会刊)
原爆歌人・正田篠枝さんと 藤沢桂珠 6
1996
 0806  『女がヒロシマを語る』(江刺昭子、加納実紀代、関千枝子、堀場清子編、インパクト出版会)
 原爆歌人正田篠枝とわたし 古浦千穂子 64
1997
0718 『原爆文献を読む 原爆関係書2176冊』(水田九八二郎著、中公文庫)
 2 『さんげ』正田篠枝著 18
1998
 0411  『ヒロシマの女たち 続』(広島女性史研究会編著、ドメス出版)
正田篠枝…105 原爆歌集『さんげ』
 2004
 0301  『広島文学資料目録』(広島市立中央図書館)
11.正田篠枝 本・雑誌類…289
 0720  『<日本の戦争>と詩人たち』(石川逸子著、影書房)
 正田篠枝をめぐるひとびと 18
正田篠枝と今井窗月 24
正田篠枝とあやめばあや 30
  0720  『破壊からの誕生 原爆文学の語るもの』(津久井喜子著、明星大学出版部)
 第2章 代表的作家と作品-その1 31
3.正田篠枝 39
2005
 0801  『原爆は文学にどう描かれてきたか 21世紀の若者たちへ 4』(黒古一夫、八朔社)
 『黒い卵』(栗原貞子)と『さんげ』(正田篠枝) 31
2008  『原爆詩集 八月』(合同出版編集部、合同出版)
『耳鳴り』より 正田篠枝 079
『さんげ』より 正田篠枝 083
『百日紅』より 正田篠枝 085
 2009
 0601  『広島の文学碑めぐり』(西紀子著、溪水社 [渓水社])
 5.正田篠枝の碑 30
 2011
0610  『ヒロシマ・ナガサキ 閃 コレクション戦争と文学 19』(原民喜[ほか] 著、集英社)
 短歌 正田篠枝 442
 2015
 0801  『被爆70年 文学に描かれた8月6日』(ふくやま文学館)
 -詩歌…27  正田篠枝 「さんげ」
 0806  『戦争と核と詩歌 ヒロシマ・ナガサキ・フクシマそしてヤスクニ』(石川逸子著、スペース伽耶、星雲社(発売))
 プレスコード(45年9月19日)下から朝鮮戦争開始(50年6月)まで…14
奥さん奥さん頼り来れる全身火傷や柘榴の如く肉裂けしものども(正田篠枝「唉!原子爆弾」)
原水爆禁止運動の分裂…49
ひとり来て 駅のベンチに 古新聞 被爆孤老の 自決記事のる(正田篠枝「川が生きている」)
 2018
 1210  『戦争の歌 日清・日露から太平洋戦争までの代表歌(コレクション日本歌人選、078)』(松村正直著、笠間書院)
 49 大き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり(正田篠枝)…100

 

河瀬正利

河瀬正利

かわせ・まさとし 1741生20080614没 享年67歳 広島大学名誉教授、広島県文化財保護審議会委員。被爆建物保存運動に尽力

資料年表:河瀬正利<作業中

年月日
1941
**** 島根県生まれ
 1994
 0322  原爆遺跡保存運動懇談会と「元大正屋呉服店」を保存する会(代表世話人:河瀬)、広島市レストハウスなどの保存活用を広島市に申入れ。 C
 1995
 0620  原爆遺跡保存運動懇談会・「元大正屋呉服店」を保存する会(代表世話人:河瀬)・広島県被団協、広島市レストハウス(元大正屋呉服店)を被爆体験証言の場として利用できるよう市に文書要請。  C
 0626  「元大正屋呉服店を保存する会」(代表世話人:河瀬ら3人)、広島市議会に394人の署名を添え保存を要請。  C
 1996
 02  レストハウス解体計画の再考を求める要望書
 resutohause1996_02 resutohause1996_01 resutohause1996_03
 1999
 0801  『日本の科学者 379 Vol.34 No.8』(日本科学者会議)
河瀬正利「 元大正屋呉服店(広島市レストハウス)の保存」 ……10
 0910  『芸備地方史研究 第216号』(芸備地方史研究会)
 動向 「『ヒロシマの街づくり』をみんなで話し合う集い」の記録
基調報告…河瀬正利 20
2008
0614 死亡。享年67歳

名越操

名越操

なごや・みさお 生19860614没 『ヒロシマ母の記』(汐文社、19850616)。広島市在住の被爆者。白血病で死亡した息子・名越史樹への思いをつづった「ぼく生きたかった」の著者。

資料年表:名越操<作業中

年月日
1929 誕生
 1945
 0806  広島市立高等女学校4年在学中、広島市内(爆心より約2キロ)の自宅で被爆。
1962
**** 新日本婦人の会広島支部結成に参加。
 1971
 0730  『私の戦争体験記 炎の中を生きて』(原水爆禁止日本協議会、日本青年出版社)
名越操「私の記録」
  <国鉄労組書記・新婦人広島支部会員>
  1985
 0616  『広島母の記 史樹の「死」を生きて』(平和文化)
1986
0614 死亡。

大村英幸

大村英幸

おおむら・ひでゆき 192201**生20110612没 享年88歳 広島青年文化連盟初代委員長。

資料年表:大村英幸<作業中

年月日
1922
01 誕生
1982
松永の大村英幸(福山市柳津町)宅へ。*と。
1995
0701 『占領下の広島 反核・被爆者運動草創期ものがたり』(渡辺力人・田川時彦・増岡敏和編、日曜舎)
大村英幸「広島青年文化連盟のこと、最初の原子兵器禁止決議のこと」
2002
0916 『福田正義追悼集』(長周新聞社)
大村英幸(福山市在住) 73
2006
0801 『劫火の記憶 福山市原爆被害者の会50年の歩み』(福山市原爆被害者の会)
大村英幸(柳津町)「原爆詩人・峠三吉と私」
2010
0325 『HIROSHIMA RESEACH NEWS Vol.12 No.3 March 2010』(広島市立大学広島平和研究所)
特集 広島に聞く・広島を聞く 第13回
聞き手 浅井基文(広島平和研究所長)
被爆・占領下の広島を語り残す
大村英幸 氏(広島青年文化連盟・初代委員長)
2011
0325 『広島に聞く 広島を聞く <日英対照> = Reflections from Hiroshima』(浅井基文編著、かもがわ出版)
0612 死亡。享年88歳

郭沫若

資料年表:郭沫若

年月日 事項
1892
1116 中国・四川省に生まれる。
1955
0215 『世界の良心は発言する 世界平和集会議事録』(平和擁護日本委員会編、五月書房)
郭沫若(中国)の演説 119
0619 原水爆禁止世界大会広島準備会、郭沫若ら70人に大会招請状を発送。 C
1215 郭沫若ら15人(中国科学学院訪日学術視察団)。 C
広島来訪。原爆慰霊碑参拝。広島大学で「平和共存」のテーマで講演。
郭沫若との碑文論争というのは
[原爆慰霊碑の]碑文は、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」でしょう。それを、「繰返させませぬから」とすべきだと言われるんです。そこで私が、「NO MORE WAR, NO MORE HIROSHIMA とか、中国への侵略に対するお詫びというのが、「過ち」という中に入っているんです。つまり、中国への侵略を繰返しません、という祈りが入っているんです。我々は、それをみなさんに知ってもらいたい。それが広島の心です」と言うわけです。すると向こうは私の顔を見ながら黙ってしまいました。それは、私が慰霊碑に案内した時、言いました。慰霊碑に参拝して、資料館の前まで歩いて行って、そこで、ふっと振り返って、慰霊碑にもう一度お参りするでしょう、ちょうどその時です。
出典:「まどうてくれー藤居平一聞書」『資料調査通信1981年12月号』(広島大学原爆放射能医学研究所)
1958
0716 C
1225 『軍縮と国際協力のために ストックホルム平和大会の記録』(軍縮と国際協力のための世界大会日本準備会編、日本平和委員会)
 郭沫若(中華人民共和国)「平和運動は戦争という病気を予防し治療する運動である 」81
1959
0630 『戦後平和運動史』(熊倉啓安著、大月書店)
郭沫若演説の意味するもの…166
1 郭沫若演説の誤ったうけとり方…166
2 郭沫若演説の内容…167
3 郭沫若演説の積極的意義はどこにあるか…169
1964
0720 『世界人17人の提言 地球を破滅させるな』(読売新聞社)
中国は孤立しない 263
医者と病菌は共存できぬ 郭沫若
1978
0612 死亡。享年85歳。
1982
1231 『南京大虐殺 決定版』(洞富雄著、現代史出版会)
 残虐事件の責任 155
郭沫若・林語堂・スノーの日本人告発
1988
0815 『戦略爆撃の思想 ゲルニカ-重慶-広島への軌跡』(前田哲男著、朝日新聞社)
第4章 真珠湾への道(1941年)
郭沫若の怒り 317
第5章 爆撃の下で周恩来とその同志
郭沫若『屈原』の初演 39R
1991
0515 『中国往還』(小林文男著、勁草書房)
3 抗日戦争期、重慶の文化運動-郭沫若・文工会の理念と行動に関する覚書き- 244
2006
0810 『戦略爆撃の思想 ゲルニカ、重慶、広島 [新訂版]』(前田哲男著、凱風社)
「郭沫若、妻子を日本に残して抗日戦に加わる」 176
2009
0310 『大空襲三一〇人詩集 1937~2009年』(鈴木比佐雄、長津功三良、山本十四尾、郡山直編、コールサック社)
郭沫若「最も怯備な者こそ最も残忍だ」20

 

 

南京・広島・アウシュヴィッツ

『南京・広島・アウシュヴィッツ』(黒田秀俊著、太平出版社、19740610)

南京-日本軍が犯した残虐行為
いわゆる「南京事件」 14
新聞特派員の目撃記 17
事件犠牲者数の推定 21
本多レポートと「生きてゐる兵隊」 26
島田元中佐の見解 32
南京事件と「三光作戦」 38
残虐行為の底にあるもの 41
戦時下に公刊された『野戦郵便旗』 48
二度と黒い橋は渡るまい 52
南京-「幻」の事件ではなかった
南京戦における殺人ゲーム 62
石川達三氏の「生きてゐる兵隊」 66
一級資料のみあたらないわけ 70
殺人ゲームのナゾ  73
新聞記事は創作だったか 77
新聞はどう報じていたか 79
「支那兵はバカだから」 84
南京事件にかんする証言 89
佐々木到一少将の『南京攻略』 92
復刻された『野戦郵便旗』 95
『外国人の見た日本軍の暴行』 99
日高談話と米林談話 102
広島-にんげんを、そしてへいわをかえせ
その朝の大本営110
広島原爆の「第一報」 114
放送と新聞記事 118
広島に入った調査団 123
真相はなぜ公表されなかったか 127
「原子爆弾作裂す」 132
原子雲の下で 138
あいつぐ悲劇 141
沸騰する街 145
原爆でどれだけの人が死んだか①  149
原爆でどれだけの人が死んだか②  154
原爆攻撃目標都市 159
 占領軍の報道管制 162
米日両国政府の責任 170
日本政府のミス 178
アウシュヴィッツ―理性と文明に反逆した大量殺人
 戦争は残虐になる 184
四百万人の屠殺場 189
有刺鉄線のなかで 194
巨大な人間焼却炉 200
二人の知識人の感想 205
日本とユダヤ人のかかわりあい 213
ナチズムの人種思想 219
反ユダヤ人対策の四段階 223
あとがき  227

沢近宏

沢近宏

さわちか・ひろし 生19890610没 享年71歳 宇品船舶司令部で、軍医として勤務中被爆。戦後、被爆者治療活動に尽力。

資料年表:沢近宏<作業中

年月日
****
1964
07 『広島医学17-7』(広島医学会)
沢近「原爆火傷者に於ける1,2の知見」
1967 広島市医師会会長。~1971年
1970
0430 『原爆日記 第Ⅱ集』(広島県医師会)
沢近「最も長かった一日」
1989
0610

河村盛明

河村盛明

かわむら・せいめい 1922****生19950708没 享年72歳 『河村盛明評論集 傷痕よりの出発』(河村盛明、六法出版社、1992.5.30)

資料年表:河村盛明<作業中

年月日 事項 備考
1922
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出典:『河村盛明評論集 傷痕よりの出発』

1970 毎日新聞広島支局長
1992
0530 『河村盛明評論集 傷痕よりの出発』(六法出版社)
1995
0708
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出典:『ヒロシマ・ユネスコ』(第37号、19951020)

湯崎稔

湯崎稔

ゆざき・みのる 19310501生19840611没 享年53歳 [69原爆被災資料広島研究会]。広島大学総合科学部教授。広大原医研で、爆心五百メートル以内の復元調査に従事。

資料年表:湯崎稔<作業中

年月日
1931
0501 誕生
1984
** 芝田進午「<追悼>湯崎稔教授を悼む」(『社会文化研究(広島大学総合科学部紀要Ⅱ)第10巻』1984年別冊)
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1995
0801 『世紀を超えて-爆心復元運動とヒロシマの思想』(児玉克哉編 、中国新聞社、19950801)
人間の復権を目指して(湯崎稔)
1 原爆被災復元調査の意味 (湯崎稔)
2 原爆被災復元の論理の構想(志水清編、金沢寛太郎・長屋龍人・湯崎稔)

小山祐士

小山祐士

こやま・ゆうし 19040329生19820610没 享年78歳 劇作家。原爆をテーマにした劇「泰山木の木の下で」などの作者。『広島県現代文学事典』(秋枝美保・記)

資料年表:小山祐士

年月日 事項 備考
1904
0329 福山市生まれ
1956
02 劇団俳優座、小山祐士原作「二人だけの舞踏会」(岸田演劇賞受賞)を初演。<『中国新聞』20220915>
1959
0201 『新劇 第65号』(白水社)
扉のことば 小山祐士…1
1962
0101 『新劇 第103号』(白水社)
泰山木の木の下で(三幕)-私たちの明日は- 小山祐士…6
1963 劇団民芸「泰山木の木の下で」(小山祐士作)を東京・砂防会館で上演。 C
1965
1201 『テアトロ』(テアトロ)
□戯曲□
1967
0131 『小山祐士戯曲全集 第1巻』(テアトロ)
『第2巻』(1967/06/15)、『第3巻』(1967/10/25)、『第4巻』(1968/09/10)、『第5巻』(1971/03/25)、
1968
0109 劇団文学座など、「薔薇よりも孔雀だ」(小山祐士作、木村光一演出)を京都などで上演。 C
1970
0228 文学座・俳優座の提携公演「冬の花―ヒロシマのこころ」の徳山公演。 C
0317 文学座・俳優座の提携公演「冬の花―ヒロシマのこころ」の広島公演。 C
0401 『テアトロ』(テアトロ)
冬の花 小山祐士…117
0801 『婦人之友 』8月号
一つの現実8 ヒロシマのこころ<カラー> 小山祐士/英伸三 6
1971
0801 『ひろしまの観光 8月号』(みづま工房)
<特別寄稿>広島と私 小山祐士 56
1204 『この炎は消えず 広島文学ノート』(毎日新聞社)
瀬戸内海の子供ら 小山祐士 143
1981
0720 『広島文学ノート』(河村盛明編、溪水社 [渓水社])
《瀬戸内海の子供ら》 小山祐士 148
1982
0610 死亡。
1025 『広島県大百科事典<下巻>』
吉田文吾「泰山木の木の下で」20
安藤欣賢「小山祐士」772
1983
0801 『日本の原爆文学 12 戯曲』(堀田清美 [ほか]6名著、ほるぷ出版)
泰山木の木の下で 小山祐士 147
2013
0426 「戦時下の人間模様克明 小山祐士「北海道演奏旅行記」(ふくやま文学館)」(『中国新聞』掲載)

時代を先取りした作家梶山季之をいま見直す

『時代を先取りした作家梶山季之をいま見直す 没後33年記念事業』(梶山季之記念事業実行委員会、中国新聞社、2007/11/10)

内容

004 講演とシンポジウム
006 実行委員会から実行委員長 平岡敬
008 基調講演
「梶山先輩と私」 藤本義一
020 シンポジウム
 20 生まれ故郷朝鮮と梶山季之 橋本健午
25 梶山季之が『噂』に残したもの 高橋呉郎
28 ハワイ/南米・ユダヤ移民への視点 小谷瑞穂子
32 原爆後の広島と梶山季之 天瀬裕康
34 シンポジウム後半より
40 梶山美那江夫人より
041 作家展「梶山季之の作品と人間像」
 45 corner1 いま見直す梶山季之
46 corner2 広島
47 corner3 上京
48 corner4 修業時代
50 corner5 トップ屋の頃
52 corner6 ベストセラー作家
55 corner7 書きに書いた日々
56 corner8 膨大な仕事量
57 corner9 『噂』
59 corner10 憩いのひととき
61 corner11 広島との交友、ヒロシマへの想い
63 corner12 映画化・劇画化
63 corner13 梶山季之の人と仕事
65 corner14 ライフワークにとりかかる
68 corner15 追憶の部屋
070 資料1 梶山季之と広島大学、広島大学文書館 小池聖一
078 資料2 「梶山季之文学碑」について 小林正典
082 資料3 上映会のこと~日韓の歴史をめぐる偶感 海老根勲
084 展示会場配置図
085 展示物一覧
090 梶山季之 並行した連載ものの仕事
092 梶山季之年譜
096 原稿量、メディア出演等
097 入場者数一覧
098 記念事業関連報道記事より
特別寄稿
104 いまだ、借りっ放し 成田 豊
105 今の広島に梶山季之さんのような方がほしい 田辺良平
106 梶山君の思い出 二宮義人
108 体育教師(?)梶山季之 川村 毅
109 カジサンのことあれこれ 石井泰行
110 親父儀 梶山勇一大往生 川村浩一
112 「一枚の青写真」~父と梶山季之の出会いが伝えてくれたもの~ 藤野能子
120 世話人会後記
126 協賛企業広告
137 協賛企業名・協賛個人名
138 実行委委員会・世話人会名

小倉豊文

小倉豊文

おぐら・とよふみ 18990820生 19960610没 享年96歳  日本史学者。『広島県現代文学事典』(植木研介・記)

資料年表:小倉豊文<作業中

年月日 事項 備考
1899
0820 誕生
1948
1130 『絶後の記録 廣島原子爆彈の手記 亡き妻への手紙』(中央社)
1949
0310 『文化教室 廣島縣教育委員會社會教育課新聞 No.2』
P.6 小倉豊文著”絶後の記録”書評
0415 『広島教育 第17号 3, 4月合併号』(広島県教職員組合文化部)
足を靴に合わせろ! 小倉豊文 36
1001 『ヒロシマフォトアルバム』(佐々木雄一郎編、広島平和協会)
編輯者:佐々木雄一郎
寄稿者:浜井信三・小倉豊文・吉井哲爾
撮影者:佐々木雄一郎・山本義江・松重美人・ 山田精三
1965
0301 『放送RCC 第41号』(ラジオ中国)
ひろしま風土記■広島城とRCC 小倉豊文 18
1966
0801 『放送RCC 第59号』(ラジオ中国)
ひろしま風土記■消滅した広島の町々 小倉豊文 38
1968
0801 『放送RCC 第9号』(中国放送)
ひろしま風土記■原爆広島とポンペイの廃墟 小倉豊文 58
1969
0120 『燃える日本列島 父が語る太平洋戦争 3』(来栖良夫・古田足日・堀尾青史 編、童心社)
「ピカドン! 原爆第一号 」小倉豊文 110
1970
0805 『広島原爆の手記 亡き妻への手紙』(八雲井書院)
1971
0720 『絶後の記録 広島原爆爆弾の手記 シリーズ戦争の証言3』(太平出版社)
1975
0806 『生死の火 広島大学原爆被災誌』
1981
0831 『ヒロシマを語る十冊の本 続』(ヒロシマを知らせる委員会編、労働教育センター)
小倉豊文著「絶後の記録」(1948年)1
1982
0420 『広島県短歌史』(豊田清史著、溪水社 [渓水社])
15、小倉豊文の人間虚無歌、土井寿夫の「幾山河」 506
0630 『原爆を読む 広島・長崎を語りつぐ全ブックリスト』(水田九八二郎、講談社)
4-『絶後の記録-広島原爆の手記』小倉豊文著(昭和二十三年) 30
0710 『絶後の記録 広島原爆爆弾の手記(中公文庫)』
1985
0801 『国文学解釈と鑑賞 第50巻9号』(至文堂)
記録とエッセイ 『絶後の記録』小倉豊文/中村完 113
1994
0806 『ノー・モア・ヒロシマ 50年後の空洞と重さ』(風濤社)
1996
0610 死亡
2015
0112 「故小倉豊文さん、妻文代さんの遺品 家族が保存」(『中国新聞』掲載)

谷川和穂

谷川和穂

たにかわ・かずほ 19300721生20180608没 享年87歳 自民党衆議院議員。防衛庁長官、法務大臣など歴任。

資料年表:谷川和穂

年月日 事項 備考
1930
0721 広島県賀茂郡西志和村(現・東広島市)生まれ。
1978
**** 『闘争・暴力そして脅威 : 昭和ひとけたの見た戦後観』(原書房)
2007
0810 東広島市名誉市民
志和町出身 昭和33年に、当時、全国最年少で衆議院議員に初当選、以来、 防衛庁長官、法務大臣などの要職を歴任された。また、広島大 学の本市への統合移転の構想実現に尽力されるなど、学園都市 の構築と発展に貢献された。ttps://www.city.higashihiroshima.lg.jp/material/files/group/3/HonoraryCitizen2022.pdf
2018
0608 死亡。

 

 

大内五良

大内五良

おおうち・ごろう 190711**生19840606没 享年74歳 広島市医師会長(1957~59年)。広島県医師会長(1967~82年)。原爆乙女の渡米治療、在米被爆者検診などに貢献。

資料年表:大内五良<作業中

年月日
1907
11 京都府生まれ
1954
0625 『ながれ』(村上哲夫著)
20230606_outigoro1
20230606_outigoro2
1955
0503  原爆乙女25人、岩国空港から米空軍機で米に出発。大内五良医師ら6人が付き添う。 C
 0810 C
 1957
 0209  C
0617  C
 1968
 10 C
 1972
 0515 C
 1976
 05  C
 06 C
 11  C
 12  C
1977
03 C
 09 C
1979 
 04 C
 1981
11 C
 1982
01 C
 04  C
1983
1105 大内五良ら広島の医師らが作った16ミリ映画「ヒロシマの医師たち―38年のドキュメント」が完成 C
1984
0607 死亡。享年74歳

原爆裁判 核兵器廃絶と被爆者援護の法理

『原爆裁判 核兵器廃絶と被爆者援護の法理』(松井康浩著、新日本出版社、1986/08/05)

内容

備考
はじめにー被爆40年にあたってー1
1 原爆裁判 13
1 原爆訴訟提起のいきさつー被爆者の援護と核兵器の廃絶のためにー  13
(A)広島・長崎などでの反応 18
(B)第5福竜丸の被曝ービキニ水爆実験の犠牲ー 22
2 原爆訴訟の提起 24
3 原爆訴訟の法理 36
(A)アメリカによる広島・長崎への原爆投下行為の国際法違反性 36
(B)アメリカ合衆国と大統領トルーマンらの故意責任と損害賠償義務 38
(C)日本政府の責任ー講和条約による権利放棄ー 40
4 日本政府の主張 41
(A)原爆投下行為の国際法違反性の否定 47
(B)損害賠償請求権の否定 48
(C)平和条約による権利放棄の否定 48
(D)日本政府の責任の否定 49
(E)他の戦争被害者との均衡と国の財政事情による被爆者援護の否定 49
5 訴訟の経過 49
(A)原爆投下直後の日本政府の抗議をめぐって 50
(B)敗戦国の宿命論をめぐって 53
(C)国側の主張の特徴 55
6 国際法学者の鑑定意見とその特徴 57
(A)広島・長崎への原爆投下は国際法に違反するか 58
(B)日本政府は講和条約で被爆者の損害賠償請求権を放棄したか 65
7 判決 69
(A)判決書 70
(B)原爆投下の国際法違反を宣告 70
(C)損害賠償請求権の否定 73
(D)被爆者援護法を制定しない政治的怠慢に言及 75
(E)判決の意義 77
2  被爆者援護の法理 83
はじめにー誰のための被爆者援護か 83
1 被爆の実態 84
(A)原爆の破壊力 86
(B)被爆者の証言 88
(C)ある被曝軍医の証言 91
2 アメリカ政府の責任 94
(A)原爆判決の指摘 94
(B)原爆投下目的の不法性 97
(C)原爆投下後の治療や調査の妨害 99
3 日本政府の責任 101
はじめに 101
(A)戦争終結時期の誤りーなぜ広島に、さらに長崎にもー 102
(B)被爆者の放置 107
(C)アメリカに対する責任追及のサボタージュ 110
(D)被爆者援護法不制定の政治責任 114
(E)「基本懇」報告の非情と非論理 118
(イ)「基本懇」見解の非情 119
(ロ)「基本懇」見解の非論理 120
(ハ)被爆者対策の基本理念 123
(F)被爆者援護法不制定の法的責任 124
(イ)法律の制定と政党の機能 124
(ロ)憲法と被爆者援護法の不制定 128
(1)講和条約における請求権放棄 128
(2)請求権放棄と財産権の補償 130
(3)戦争災害と被爆者援護法 131
4 被爆者の要求 135
(A)国家補償の精神に立つ援護法の制定 135
(B)ふたたび被爆者をつくらないために 136
(C)被爆者の援護と核兵器の廃絶ーなぜ政府・与党は被爆者援護法を制定しないのかー 137
3 核兵器廃絶の法理 143
はじめに 143
1 核兵器使用の違法性 145
(A)原爆判決の既判性 145
(B)兵器の選択と人道の法則 151
(C)核兵器使用と報復の権利 153
2  核兵器使用の犯罪性 155
(A)戦争犯罪と戦争犯罪人 155
(イ)侵略戦争は国際犯罪である 157
(ロ)戦争犯罪の処罰 161
(B)国際軍事裁判(ニュールンベルグ裁判)162
(C)極東国際軍事裁判(東京裁判)163
(D)朝鮮戦争とベトナム戦争における戦争犯罪 168
(イ)朝鮮戦争とアメリカ・日本 168
(ロ)ベトナム戦争とアメリカ・日本 170
(ハ)ベトナム法廷 172
(E)平和と人道の国際法の形成ーその克服すべき旧理論ー 176
(イ)戦争法における民主的原理 176
(ロ)核兵器時代の国際法と人道の法則 178
(ハ)国際連合の決議 180
4  核兵器廃絶運動の法理 183
はじめに 183
1 核戦争の明白かつ現実的危険 184
(A)核軍拡の論理とその実態 184
(B)核兵器の軍事的事故 187
2 核戦争の被害ー生地獄と“核の冬”ー
3  憲法と核兵器廃絶運動 1190
(A)平和主義と非核3原則 190
(B)平和と民主主義の一体性 190
4 安保条約と核兵器廃絶運動 198
(A)憲法と日米安保条約の矛盾 198
(B)核兵器の廃絶と安保条約 201
むすび 203
資料篇
あとがき

 

松井康浩

松井康浩

まつい・ひろやす 19220618生20080605没 享年85歳 弁護士。日本原水協代表理事。

資料年表:松井康浩<作業中>

年月日 事項 備考
1922
0618
1968
0820 『戦争と国際法 原爆裁判からラッセル法廷へ』(三省堂新書)
1986
0805 『原爆裁判 核兵器廃絶と被爆者援護の法理』(新日本出版社)
1992
0720 『時代のなかの社会主義』(星乃治彦・石川捷治・木村朗・松井康浩・平井一臣・木永勝也著、法律文化社)
1994
0809 『証言-ヒロシマ・ナガサキの声1994 第8集』(長崎の証言の会)
松井康浩「法の支配と人間性の支配-核兵器廃絶を目ざして-」  16
1999
0618 『非核平和の追求-松井康治弁護士喜寿記念』(浦田賢治編、日本評論社)
2000
0710 『被爆者援護と核兵器廃絶の理論と運動』(めいけい出版)
2008
0605 没。享年85歳

広島長崎修学旅行案内 原爆の跡をたずねる 新版

『広島長崎修学旅行案内 原爆の跡をたずねる 新版』(松元寛著、岩波書店<岩波ジュニア新書>、1998/05/20)

内容

新版にあたって
出発の前に…1
ヒロシマを見る…15
 1 現在の広島…17
2 三つのひろしま…21
中国路の城下町(21)
重要な軍事都市(25)
原爆投下(30)
ヒロシマ(36)
復興の歴史(40)
3 平和公園…48
4 「過ちは繰返しませぬ」…58
5 原爆ドーム…62
6 原爆資料館…72
7 原爆モニュメント…81
平和公園内の碑(81)
平和公園周辺の碑(87)
8 被爆者の意識…97
無念の思い(97)
犠牲者意識(101)
被害者にして加害者(105)
被爆体験の風化(111)
9 原爆病院とABCC…116
原爆病院の役割(116)
原爆障害と補償(121)
ABCCとマンハッタン計画(126)
ナガサキへの旅…131
 1 長崎と広島…133
外からの目で見ると(134)
二番目の意味(137)
2 ナガサキを見る…140
中心地公園と原爆資料館(141)
浦上天主堂(148)
如己堂(155)
平和公園(165)
3 長崎の被爆者…174
殉難者(175)
ピカドン(181)
生き残りの後ろめたさ(184)
終わりに…193
 1 スミソニアンの実現しなかった「原爆展」…194
2 旅をふり返って…203
被爆体験の継承ということ(203)
考えることと行動すること(210)
あとがき…215
〈地図〉
広島市略図(16)
広島平和記念公園周辺(49)
長崎市略図(132)
長崎爆心地周辺(144)

ヒロシマという思想―「死なないために」ではなく「生きるために」

松元寛『ヒロシマという思想―「死なないために」ではなく「生きるために」』(東京創元社、1995/07/20)

内容

序に代えて 私はなぜ広島にいるのか 5
1960年から70年へ
原水爆禁止運動における思想と行動 19
1970年、ヒロシマ会議報告 33
8.6、広島の意味するもの 47
1980年前後
原点としてのヒロシマ 71
平和と文学、平和の文学 87
原点としてのヒロシマ、ナガサキ 109
1985年以後
原爆民主主義を超えるために 133
核抑止力戦略を支えるもの 155
文学的な、余りに文学的な 183
あとがき 209