「01 月忌」カテゴリーアーカイブ

炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集

『炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集』(小西のぶ子遺稿集編集委員会、社会評論社、19880806)

内容<作業中

口絵
001 母と子(丸木俊)
007 刊行にあたって
008 きびしさと優しさと(宅和純:小西のぶ子遺稿集編集委員会・小西記念館設立準備委員会代表)
011 若者の中に生き続ける(下田礼子:遺族代表)
014 反戦ひとすじ-ヒロシマの母(伊豆ハルミ:婦人民主クラブ全国協広島支部)
019 Ⅰ 被爆のあとさき
020 [解題]
023 1 私の花物語
023 さくら
032 花菖蒲
040 黄水仙
048 夾竹桃
056 牡丹
065 鈴蘭
074 鈴蘭(続)
083 2 被爆のあとさき
083 戦前・非合法時代のこと
086 1945年8月6日のこと
087 峠三吉のこと
091 人間の尊厳―イースター行進
宮本定吉のこと
093 II 人間を返せと
094 [解題]
097 1 腐爛地蔵
崩壊 腐爛地蔵 餘燼 肉親たち 鈴ケ嶺収容所 婦民200名が長崎で集会 許せぬ安保改定強行 原水爆禁止広島母の会 初の広島母親大会 憲法の勉強はじめる
117 2 人間を返せと
124 III  ヒロシマに生きる
―[解題] 124
1 ピカドンはまだ消えない 127
2 原爆慰霊碑めぐり 132
白いつつじ 花時計 梅雨の晴れ間 8月6日 似の島 嵐の中の母子像 広島郵便局殉職碑 「原爆の子」の像 崇徳学園
3 原水禁運動をみつめて 175
岩国基地 原水禁運動をみつめて [資料]被爆17年の市民感情の方向 原爆病院を訪ねて 癒える日のないヒロシマ
4 平和は名もなき大衆が守る 202
春のいずみ 平和は名もなき大衆が守る
5 ヒロシマの声 207
子どもと放射能禍 広島の史跡残そう 8・6の季節はじまる 被災者を慰問 広島での人間蒸発の事実 人類の殉教者といわれても ズシリと重さを感じる折りづる 孤老とラジオ 大みそかに1年ぶりのお風呂 よみがえる大本営! ヒロシマ 原爆都市の名にそむく 被爆者に冷酷な特別措置法 農村で喜ばれる検診車 「止むなし」と被爆者は思う 「あのときはどうしとったん」 生活保護の被爆者 追憶の記
6 歩く―聞き書き 230
生まれた子供の顔がみたい 7年目の邂こうから 午前2時15分 その刻を私は無くしたい 遺影をしのんで 歩るく ケロイドから皮膚癌に きのこ会 原爆スラム街相生通り 亡き崔秀子さんと綾子さん 原爆投下の目標はどこであったか
7 新樹の楊 293
8 婦人民主クラブの活動 307
広島でも300人を集める (論壇)出る身になって
312 IV 炎と燃えて
―[解題]
1 広島の夏 314
広島の夏誓い新たに! 心の傷は癒えない 人間をかえせ! キャラバン隊ニッポン行脚 雀らにドームは親し夏蓬莱
2 反戦被爆者の会へ 327
今こそ反戦被爆者の会へ結集しよう 「反戦被爆者の会」結成宣言 被爆33周年 8・6広島反戦集会賛同よびかけ 反戦被爆者の会8・6総括会議から あいさつ 悲しみを怒りにかえて 編集後記 巻頭言 迷ったら原点に還れ 会長あいさつ 巻頭言 8・6の復讐戦へ 編集後記 巻頭言 農地死守の不屈の精神に学べ 峠三吉と現代
3 朝鮮人被爆者の戦後 354
朝鮮の被爆者が花束 朝鮮人被爆者への差別 在韓被爆者の戦後はつづく 韓国徴用工 遺体発掘の行 差別と貧困 ベトナムは人ごとではない
4 沖縄とアメリカの被爆者 372
貧しい沖縄から出てきて広島で被爆 広島原爆で死んだ米兵捕虜23人 消える海
5 正しい者は勝たねばならない 380
人権侵害に抗して 侵略に加担しない反戦教師、人事委と対決 綿ぼこりのなかのスト “小西さんはダメ”MP・私服が立入拒否 広島を軍靴で荒らすな! 正しいものは勝たねばならない 県労会議・原水禁への手紙
6 公害で市を告発 391
戦争の傷跡のこす毒ガス「障害者」 公害で市を告発 公害で泣く“神の島”(安芸の宮島) 石ケン害デマでシャボン玉戦争
7 句集刊行 402
句集『腐爛地蔵』への序―秋光泉児 402
句集『ヒロシマ』とするために―豊永恵三郎 408
412 V たおれてもなお
―[解題]
415 1 三里塚と連帯し核戦争を許さぬ闘いを
広島と私と三里塚 砂川から北富士へ 日本原風物詩 三里塚と連帯し核戦争を許さぬ戦いを
424 2 たおれてもなお
人類の巡礼者 『地獄絵』の手記のお願い 地獄絵周辺 私の絵と藤の花 日記抄
440 3 アピール
発刊にあたって 婦民運動の力強い発展を 全関西実行委員会宛アピール 動労千葉ジェット燃料貨車輸送阻止闘争へのアピール
[小西のぶ子氏を追悼する] 焼野(やまかわさくじ:反戦被爆者の会) 447
451 [小西のぶ子氏を追悼する]比類なき戦闘精神をわがものに人民解放の偉業を引き継ぐ(革命的共産主義者同盟 中・四国地方委員会)
456 小西のぶ子年表
459 あとがき

重松逸造

重松逸造 しげまつ・いつぞう

19171125生20120206没 享年94  放射線影響研究所理事長(1981.7.1-1997)。箕輪真澄「日本の疫学における重松逸造先生の足跡」(『ヘルスサイエンス・ヘルスケア12-1』2012)

 

原爆後障害研究と原医研
『広島大学原爆放射能医学研究所創立30周年記念講演会記録』
広大原医研30周年-10
広大原医研30周年-11

ノーマン・カズンズ博士顕彰事業(広島県医師会)

ノーマン・カズンズ<作業中

かずんず 19150624生19901130没 Norman Cousins 享年75 広島市の特別名誉市民。1949年に来広し、原爆孤児の精神養子運動や原爆乙女の渡米治療に尽力。990年4月「庭野平和賞」受賞のため来広。

 

ノーマン・カズンズ博士顕彰事業(広島県医師会)
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第7節

1 ノーマン・カズンズ博士の功績と略歴…676
ノーマン・カズンズ博士(1912~1990)略歴(広島関係のみ)
ノーマン・カズンズ、広島市特別名誉市民
2 カズンズ氏記念碑建設委員会…678
第1回(20021101)~第5回(20030710)
ノーマン・カズンズ氏記念碑建設委員会委員
ノーマン・カズンズ博士の記念碑の設置について
 設置計画の概要
3 カズンズ氏記念碑除幕式…679
真田幸三主催者代表挨拶
ノーマン・カズンズ氏記念碑除幕式次第
碑文
4 カズンズ氏記念碑建設委員会に「国際交流奨励賞」…683

 

マルセル・ジュノー博士顕彰事業(広島県医師会)

マルセル・ジュノー博士顕彰事業(広島県医師会)<作業中
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第6節

内容

1 Dr.ジュノーと広島…657
マルセル・ジュノー略歴
2 Dr.ジュノーの掘り起こし…659
 3 Dr.ジュノー顕彰世話人会発足…661
1.ジュノー博士顕彰第1回世話人会
2.第2回世話人会
3.第3回世話人会
4.第4回世話人会
4 Dr.ジュノー発起人会、役員会…662
ジュノー博士記念碑建立会会則
ジュノー博士記念碑建立会役員
5 Dr.ジュノー記念碑除幕式…664
 6 Dr.ジュノー記念祭…666
第1回ジュノー記念祭
第6回ジュノー記念祭
第13回ジュノー記念祭
ジュノー記念祭略史…674
 第1回 19900617
第2回 19900616
第3回 19900614
第4回 19900613
第5回 19900612
第6回 19900618
第7回 19900616
第8回 19900608
第9回 19900607
第10回 19900620
 第11回 19900618
第12回 19900617
第13回 19900616
第14回 19900615

今堀恭子の面影

『今堀恭子の面影』(今堀一枝編、今堀友市、19560302)

内容<作業中

第1部 遺稿
1 短歌 1
2 詩および物語詩 21
3 学校劇「運命の並木路」 63
4 随筆 93
5 民話「マコマの話」(翻訳)137
6 小説「悪魔の悲しみ」(翻訳)143
7 「死」についての言葉 229
第2部 小伝
恩寵は溢る -今堀恭子の追憶-(今堀一枝)235
誕生/大阪へ/入学/一本橋を渡るけいこ/お誕生日/作文/赤い鳥/紫式部が好き/鈴蘭の花/中島小学校/女学生時代/ヘレフォード夫人とジュリアさん/女高師時代/文理科大学時代/父の外遊/福山へ/大学副手に/大阪へ/大阪時代に思い出すことの一、二/工員/原爆投下/あずまくだり/佐原の生活/東京へ/乳癌/日赤病院に入院/ギブスのなやみ/癌ではなかろうか/病篤し/解剖/医師のノート/
納棺式/告別式/式の順序/
弔電 279
弔辞1/尚志会代表(杉本直治郎)/  280
弔辞2/市女同窓会代表(神谷文子)  283
弔辞3/文理大同期生代表(森田武)  284
弔辞4/  286
弔辞5/受業生・同窓会代表  288
弔辞6/ 289
恩寵溢る  292
第3部 思い出
1 友人 299
2 旧師 327
3 別懇 339
4 受業生 353
5 家族 361
今堀友市
今堀淳一
今堀誠二
今堀宏三
今堀和友
今堀百合子
6 雑録387
故今堀恭子氏告別式(日本基督教団広島教会週報第9号 2月27日) 388
原爆症が影響か 今堀さんの死亡(中国新聞 2月28日)
原爆症で友を失う(皆実有朋新聞 30年4月1日)
 今堀恭子先生逝去さる(豊多摩同窓会会報 30年7月1日)
年譜 391
後記 396

 

「生きて・労働運動家 吉田治平さん」

「生きて・労働運動家 吉田治平さん(1922年~)」『中国新聞』15回連載20100518~0609 西本雅実記)<作業中

内容

1 組合60年 「弱者」に寄り添い歩む 2010/5/18
2 新聞記者の息子 転校繰り返し父が急死
3 広島一中 軍国教育にはなじめず
4 外務省電信課 日米開戦の足音感じる
5 学徒出陣 電信隊に配属 九州回る
6 廃虚の街 掘り返した母と妹の骨
7 新聞記者 焼け跡の掃除から入社
8 夕刊ひろしま 「戦後」に手探りで挑む
9
10 広島自由労組 日雇いに飛び込み結成
11 「もち代」要求 市役所に座り込み拘置
12 広島市議 仲間に推され4期当選
13 わしらの被爆体験 今も許せない原爆投下
14 皆実平和住宅 復興期から住み続ける
15 私の訴え 怒りを覚え 声を上げよ 201006

資料年表:山岡ミチコ

資料年表:山岡ミチコ<作業中

 年月日
19530905 『花の命は短かくて 原爆乙女の手記』(小島順編、 共同出版社)
 19730717  『ひろしまの河』第17号( 原水爆禁止広島母の会)
19951223 『広島大学公開講座:被爆50年-放射線が人体に与えた影響』(広島大学放送教育実施委員会、19951001)
 1995yamaoka
  20070101  2007yamaoka2
  20130201  「山岡ミチコさん 被爆し 渡米治療」(『中国新聞』20130201、田中美千子記)http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=8665

 

山岡ミチコ

山岡ミチコ

やまおか・みちこ ************生20130202没 82 被爆証言者。被爆10年後に渡米しケロイド治療を受けた女性25人の一人(『中国新聞』)

広島大学公開講座の宇吹担当回に出演。

 

河合幸尾論集 社会福祉と自立

『河合幸尾論集 社会福祉と自立』(河合幸尾、かもがわ出版、19980420)

内容

刊行にあたって―河合幸尾氏の研究業績と残された課題  真田是
1⃣ 社会福祉と自立・主体形成
社会福祉において、いま、なぜ自立か
現代の生活問題
福祉イデオロギー
社会福祉の到達点
2 社会福祉における自立とは何か
社会福祉の目的と福祉諸法における「自立」の位置  16
自立と人間的・社会的自由
社会福祉の権利と福祉労働の意義
3 自立に必要な諸条件の確保をめざして 23
生存権(生活権)空洞化の系譜  23
ナショナル・ミニマムと在宅福祉サービス
80年代以降の我が国住民運動の特徴  26
ワーカー・福祉諸機関の自立と主体性
「参加型福祉とボランティア活動(運動)の主体性
2⃣ 戦後生活保護行政の変遷
はじめに
旧生活保護法の成立と展開
1「生活困窮者緊急生活援護要綱」
2旧生活保護法の成立
3旧生活保護法の展開  47
4生活保護法改正への動き  54
5対日「民主化」政策のねらい
生活保護法の改正  65
1改正にこめられていた課題  65
2社会保障制度審議会勧告と国会審議
3新生活保護法の発足と社会福祉主事制度の誕生
保護「適正化」政策の展開  77
1再軍備政策と生活保護  77
2生活保護「適正化」政策の展問  81
3昭和二九年度社会保障関係予算削減問題
4生活保護闘争の発展と朝日訴訟の始まり
生活保護の低迷と低所得層対策  98
1「高度経済成長政策」と低所得層
2昭和三〇年代前半の生活保護
3低所得層対策と生活保護
生活保護における「ケースワーク」の展開
1厚生省生活保護理論とケースワーク
2生活保護行政における「ケースワーク」の変遷
3「ケースワーク」の行方  125
資本の強成長と生活保護の「整備」  129
1昭和三三年~三五年の改訂  129
2昭和三六年度第一七次改訂  134
3昭和三八年までの保護行政の展開
保護弾圧と労働力流動化政策の展開
1生活保護おける弾圧の開始
2弾圧期における保護の実態と全生連運運動
3労働力流動化政策としての生活保護
おわりに
3⃣ 追悼
研究者仲間から
医療生協の人びと
同窓、同郷の人びと
教え子たち
家族
河合幸尾教官研究業績一覧
河合幸尾略年譜
あとがき  228