広島映画センター

広島映画センター 設立:1972年4月

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出典:『広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版) 』( 広島映画センター、広島平和教育研究所 1985/5/1)

 

広島平和記念資料館所蔵文献

書名 著者 出版者 出版年
青葉学園物語 広島映画センター企画 吉本直志郎(原作) 1980/5/31
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書  広島映画センター、広島平和教育研究所 1982/5/28
はだしのゲン2 戦後激動編 ゲンプロダクション製作、広島映画センター(製作協力) 1985/1/1
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版)  広島映画センター、広島平和教育研究所 1985/5/1
PEACE&シネマ 広島平和教育映画ライブラリー10周年記念誌 広島平和教育映画ライブラリー編 1987/1/1
ヒロシマの青春 飛翔 広島文団連50年誌 広島県文化団体連絡会議「50年誌」編集委員会 2012/12/15

 

 

軍都廣島 「廣島」と「ヒロシマ」を考える

『軍都廣島 「廣島」と「ヒロシマ」を考える』(清水章宏、橋本和正著 広島県労働者学習協議会編、一粒の麦社、20110711)

02 はじめに
05 軍都廣島
 「軍都」とは 5
軍都廣島の発展の特徴 12
広島に大本営 27
陸軍墓地 39
広島の郷土部隊 52
「廣島」と「ヒロシマ」 65
74 マレーシア・シンガポール日本占領下の住民虐殺
 軍人にあこがれた叔父 74
広島の郷土部隊「歩兵第一一連隊」 77
シンガポール占領と華僑粛清・「検証」 84
裁かれた戦争犯罪 100

 

 

広島 爆心地中島

『広島 爆心地中島』(原爆遺跡保存運動懇談会編、 新日本出版社、20060806)

内容

備考
001 推薦のことば―改訂版刊行にあたって―(浅井基文)
第一部 爆心地 中島―あの日、あのとき―(元大正屋呉服店を保存する会・原爆遺跡保存運動懇談会編)
013 発刊にあたって
あの日、あのときを(諏訪了我・元)
平和な世界を創るために(河瀬正利・)
019 原爆で消された繁華街
025 一 ただ一つ残った建物、ただ一人の生存
①元安橋西詰めに建つレストハウス…………………25
あのとき………………26
水の竜巻だ……………28
033 二 駆けつけた人々の見た惨状
②相生橋の東詰め、橋上から…………………………33
産業奨励館は、まだ燃えていなかった(午前九時ごろ)………33
一面火の海(午前一〇時過ぎ)……………………34
おびただしい遺体、積み重ね熱風を避ける(午後四時から夜に)………36
③中島本町、慈仙寺周辺………………………………39
上体は白骨化(正午ごろ)………………40
火を噴く慈仙寺(午後二時ごろ)………41
燃料会館の外枠だけ残る(午後二時ごろ)………42
焼け崩れて、踏み込めず(昼過ぎ)………………43
焼け跡に炎がゆらぐ(午後四時過ぎ)……………44
焼け残った燃料会館で(夜)………・……………45
パンク修理のままの姿で(七日朝)………………46
先生のまわりに子どもたちの骨が(七日朝)…………48
④本川左岸、元柳町一帯…………………………50
突然天井が落ちてきた(六日朝、八時一五分)………51
中学生がたくさん倒れている(九時ごろ)……………53
中学生や女学生の遺体が(七日朝)……………………55
⑤材木町………………57
焼け落ちて家の軒は一つも見えなかった(午後三時ごろ)…57
臨月だった妻の骨が、三人の子は行方不明(七日朝)………58
たくさんの骨がバラバラに砕けて(七日朝)…………………60
近所の人はみんな死んだ(七日朝)……………………………62
⑥天神町………………64
首のところだけ白骨化(七日朝)…………………………66
母の骨をさがして(七日夕方から八日朝)………………67
073 三 全滅した建物疎開作業動員学徒・国民義勇隊
  建物疎開作業の経緯と中島地区の生徒の被害…………73
⑦新大橋界隈の県立二中生徒の被害…………………………76
血路は川だ(六日八時一五分)……………………………76
二〇〇〇人もが押しかける(被爆直後)…………………77
「水ッ。水をちょうだい」(一〇時ごろ)………………78
川の中に這い降りていく女学生(午後二時ごろ)………80
無数の死体(六日夕方)……………………………………80
散乱する焼死体(七日午後二時ごろ)……………………82
⑧新橋付近の市女生徒の被害…………………………………83
焦熱地獄が眼前に(六日昼ごろ)…………………………83
顔はふくれ上がり(夕方)…………………………………84
死体を山にして、つぎつぎ火葬に(七日昼過ぎ)………87
工事現場から、真っ白い二体の遺骨が(一九四七年夏)……89
⑨県立工業学校生徒の被害…………92
青い色をした光の玉……………92
⑩中国新聞社国民義勇隊全滅……………………99
皮膚はただれ、誰がだれかわからない(被爆直後)………99
川面を巻き上げる火焔竜巻(被爆直後)……………………101
⑪川内村国民義勇隊の被爆……………………103
107 あとがき
第二部 働突の悲劇はなぜ起こったのか―その明暗を分けたもの―
113 はじめに
115 一 広島の建物疎開動員学徒の被害は全国最大
(一)学徒動員………………115
(二)一、二年生への配慮………………115
(三)建物疎開……………115
(四)広島の建物疎開動員学徒の死亡者数は全国の半数以上……116
二 なぜ、一、二年生が動員されたか
(一)七月初旬の出動会議―学校側の反対と軍部の強圧…………117
(二)「軍責任者」とは……………………119
(三)○○中将とは…………………………120
(四)藤井中将も秋吉内政部長も被爆死…………………122
123 三 明暗を分けた教師の判断
(一)七月下旬―再び教師が「無謀な計画」と反対…………123
(二)八月五日―その一―「非国民」と言われても…………126
(三)八月五日―その二―「教頭が責任を取ります」………129
(四)八月六日―学校長、軍命令を無視して教室待機を指示……134
別表
138 建物疎開の状況、作業場所
140 当日建物疎開に出動していた学校・死亡者数
143 おわりに
145 改訂版編集後記

ISBN 4-406-03306-8

せこへい 平和をつくる子どもたち

『せこへい 平和をつくる子どもたち』(世界の子どもの平和像を広島につくる会編、部落問題研究所刊、20020806)

内容

 章部  見出し
私たちの反核平和アピール
第1章 せこへい誕生3
1 せこへい誕生-世界の子どもの平和像が広島にできるまで4
2 せこへいデザイン・コンペ26
第2章 せこへいたちの夢31
1せこへいの心、平和の心中本小百合/2スウェーデンとサダコとせこへい 池田かおり/3夢に向かって西原理乃/4平和って何?飯田和浩/5「せこへい」を始点として大井赤亥/6私にとっての「せこへい」熊谷篤/7命、平和、そして環境貝原史香/8せこへいストリー鈴木慎二
第3章 せこへいにかける夢67
第1部 インタビュー三題
(1)大牟田稔さんに聞く68
(2)秋葉忠利広島市長と子どもたちの会見録74
(3)平岡敬さんインタビュー80
第2部 サポーターたちの夢92
好永良子/福島俊を/盆子原賢治/奥田秀樹
第4章 現代の平和モニュメントを求めて大井健地103
おわりに 澤野重男118
機関誌『せこへい』  掲載内容一覧
 No.1  20000501<発行年月日>
  No.2  20000801
 No.3 20001101
  No.4  20010310
 No.5 20010610
 No.6 20010806
『年刊せこへい2005』(世界の子どもの平和像をつくる会ヒロシマ、2005/08/06)<23頁>
執筆者(50音順)
浅井基文
安斎育郎
池崎美代子
石井あみ
井上ひさし
大井健地
大原穣子
北浦葉子
きたがわてつ
黒坂黒太郎
こうの史代
澤野重男
谷光愛子
寺岡由樹
那須正幹
原健二
肥田舜太郎
福島俊を
盆子原賢治
M.イクバル
森住卓
森田俊男
吉田ルイ子
吉永小百合
好永良子
高校生の平和メッセージ

 

 

部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ

『部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ』(田阪正利編、部落問題研究所、20000501)

内容

若い人たちへの贈り物
苦楽をともにしたあゆみ
推薦の辞
序にかえて 軍都・広島と庶民
一 軍都・広島の形成 15
1 鎮西鎮台第一分営/2 鉄道と港湾の整備/3 専制的権力の確立
二 兵役と暮らし 22
1 日本の軍事行動/ 2 兵役と労働力/ 3 戦争犠牲者と国の責任
三 戦費調達と県民の生活 31
1 戦費/ 2 戦争と県民の生活
四 軍備拡張の思想 36
1 日清戦争・その後/ 2 軍備拡張の思想
わが町「ふくしま」
一 広島市と福島町-地勢と産業 41
1 デルタの町/ 2 軍需/ 3 川田村から福島町へ
二 底辺の暮らし 50
1 缶詰工場/ 2 年季奉公/ 3 乳幼児死亡
三 戦前の福島の活動1 組織的活動 60
1 福島町民一致協会の活動/ 2 県水平社福島支部の活動
四 戦前の福島の活動2 課題別活動と町民有志の活動 67
1 夜学校と福島小学校/ 2 青年団と子供会活動/
3 福島の医療機関/ 4 福祉・医療及びその他の活動
五 総括 79
1 戦前、福島の解放運動のあゆみ/ 2 戦前から戦後の活動へ/
3 福島町と「解同」
福島の原爆災害
一 被害者と加害者 91
1 弔いと祈り/ 2 終戦の詔勅/ 3 アメリカの良心
二 劫火 98
1 学徒動員/ 2 救護活動/ 3 それから
三 若い人たちに伝えたい-未解放部落被爆者の手記 105
1 差別と貧乏/ 2 若い人たちに伝えたい
四 福島町の被害 113
1 建物の被害/ 2 人的被害/ 3 総括
原爆症
一 原爆症の解明へ 123
原子爆弾災害調査研究特別委員会の結成
二 菊池日記 127
1 菊池日記/ 2 遭難/ 3 巡回診療
三 米軍による原子爆弾障害調査 134
1 リボーの日記/ 2 原爆による人体影響の調査/
3 調査資料の収集と加害調査
四 原爆行政 142
1 原爆行政/ 2 プレスコード/ 3 原爆傷害調査委員会(ABCC)
五 被爆者とともに1 151
1 ブラックボックス/ 2 治療研究体制の再建/ 3 死の灰/
4 原水爆禁止署名運動
六 被爆者とともに2 159
1 負の遺産/ 2 原子爆弾後障害研究会/
3 被爆者運動の発足/ 4 NGO被爆問題シンポジウム
福島の被爆者
一 福島被爆者の会の活動 173
1 福島被爆者の会の結成/ 2 福島被爆者の会の活動/
3 運動の発展/ 4 手記集『壁』の発行
二 貧困と被爆の後遺 182
1 老人実態調査から/ 2 病院のカルテから
戦後、福島の解放運動
一 戦後の福島 190
1 戦後の福島/ 2 太田川放水路改修反対闘争
二 「住みよい町づくり」の運動 195
1 診療所・病院建設と生協運動/ 2 子ども会活動/
3 住環境の整備とその影響/ 4 高齢者福祉の運動/5おわりに
参考資料
あとがき

 

 

被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために

『被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために』(全国被爆二世団体連絡協議会・原水爆禁止日本国民会議編、新泉社、20010715)

内容

はじめに3
広島からのメッセージー10
長崎からのメッセージー12
被爆二世問題の理解のために 15
被爆二世問題とは何か 16
<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22
被爆二世の体験と願い 24
夕力ちゃんが死んだ日 24
語らなかった父 31
今なお続く健康不安 35
<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40
このような思いを二度としないですむ世の中に 42
被爆二世の誇り 44
二世運動に参加するまで 47
被爆二世運動の今後の課題 52
韓国被爆二世の思い 56
<コラム>日韓被爆二世の交流 62
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
放射線の遺伝的影響 67
放射線の遺伝的影響 68
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
放射線の次世代への影響 86
被爆二世健康影響調査の問題点 119
放射線影響研究所と被爆二世健康影響調査 120
だれにとっての、何のための調査か 125
被爆二世問題の解決に向けて 135
被爆二世運動の現状と課題 136
<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146
資料
(1)被爆二世運動の概要 148
(2)被爆者援護法に基づく被爆者対策 150
(3)被爆二世健康診断 154
(4)被爆二世・三世の要求 156
(5)国の見解と被爆二世団体の主張 157
(6)被爆二世健康影響調査(二世調査) 161
(7)各自治体の被爆二世対策 165
被爆者からのメッセージ173
<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22
<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40
<コラム>日韓被爆二世の交流 62
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146

 

 

花には太陽を子どもには平和を 子どもを守る運動の50年

『花には太陽を子どもには平和を 子どもを守る運動の50年』(日本子どもを守る会、新評論、20020517)

内容

事項(著者) 備考
まえがき
1 子どもを守る運動の50年(編集担当・中野光)3
プロローグ その時、子どもたちは(中村博)4
1 「日本子どもを守る会」の誕生(中野光)15
長田新と『原爆の子』(長田五郎)29
2 子どもの生活現実と子どもを守る運動の発展(中野光)33
羽仁説子と〈子どものしあわせ〉(菅間きみ子)44
3 「高度成長」、「人づくり」政策と子どもたち(川合章)48
その時子どもを守る会は-一九六〇年代(小森香子)59
4 沖縄の子ども(丸木政臣)63
その時子どもを守る会は-一九七〇年代(小森香子)74
5 原爆瓦と高校生の平和運動〈学び・調べ・アピールする〉(森田俊男)78
その時子どもを守る会は一一九八○年代(森洋子)88
6 人間形成の「危機」と生き方への問いの芽生え(田中孝彦)93
子どもの非行と向き合って
一家裁少年係調査官三十余年の経験から(浅川道雄)102
7 子どもの権利条約の実現をめざして(喜多明人・増山均・三宅良子)106
日本子どもを守る会と私大田尭に聴く(森洋子)118
エピローグ いまを子どもとともに生きる(中野光)122
記念論文
児童憲章から子どもの権利条約へ(堀尾輝久)127
手塚治虫から見た子どもの文化五〇年(石子順)140
日本の子どもの〃からだ”の変遷と未来(正木健雄)151
2 子どもを守る運動の回想(編集担当・長田五郎)161
岡三郎162/槙枝元文163/山下正子164/宮原喜美子168/浦辺史171/鷲谷善教173/来栖良夫175/曽根喜一178/横川嘉範179/杵淵智子181/
西田喜代子182/一番ヶ瀬康子185/小川利夫188/友枝宗正190/大槻健191/
北田耕也193/藤岡貞彦195
3 地域子どもを守る会のあゆみ(編集担当・菅間きみ天菊地好江)199
1 いつも子どもといっしょに202
熊野(池田むつみ)202/東京・板橋(田辺栄子)204/東京・武蔵野(福長笑子)205/ふじさわ(永山園子)207/紀南(勝田善二郎)208/京都・京都連(関谷美奈子)209
2 ネットワークづくりの運動213
横浜(岡田イチ子)213/東京・大田(江口さつき)215/つるおか(塩野俊治)217/福島(佐藤芳男)218/宮城(芳賀直義)220/神戸(田中明子)221/東京・富十見(寺沢和子)222
3 この地に子どもの文化を224
札幌(岩渕隆吉)224/福岡(高橋純一)225/東京・品川(加藤卓郎)227/弘前(佐藤豊彦)228/とちぎ(増渕充)230/盛岡(吉田六太郎)231/長野(小林啓子)232
4 戦争と平和234
広島(長田五郎)234/沖縄(古堅芳子)236
4 ともに歩んだ仲間たちから(編集損当・森洋 )239
加盟団体240
親子映画東京連絡会(太田禮三脚/家庭科教育研究者連盟(丸岡玲子)241/クルマ社会を問い直す会(杉田久美子)242/芸術教育研究所(多出千尋)243/子どもの権利.教育.文化全国センター(三宅良子)244/障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会(吉本哲夫)245/少年少女組織を育てる全国センター(岩橋能)246/新日本医師協会(平田宏子)248/新日本の婦人の会(井上美代)249/数学教育研究会(上村浩郎)250/全司法労働組合(井上博道)251/全日本教職員組合(松村忠臣)252/東京都教職員組合(石川二郎)254/日本演劇教育連盟(佐々木博)255/日本高等学校教職員組合(岡田愛之助)256/日本子どもの本研究会(鈴木喜代春)258/日本児童文学者協会(藤田のぼる)258/日本母親大会連絡会(木村康子)259
友誼団体260
全国学童保育連絡協議会(真田祐)260/全国障害者問題研究会(永野幸雄)261/全国保育団体連絡会(上野さと子)262/全国幼年教育研究協議会(岩橋雅子)263/日本民間教育研究団体連絡会(池上正道)265/日本婦人団体連合会(守谷武子)266/歴史教育者協議会(石山久男)267
5 第5部資料・年表(作成・金子臭菅間きみ子)269
「日本子どもを守る会」の出版物270
地域『子ども白書』一覧271
『子ども白書』と特集テーマ272
『児童問題研究』総目次279
子どもを守る文化会議のあゆみ282
年表・子どもを守る運動の50年(作成・森洋子)335
あとがき336
英文もくじ339
編纂委員一覧340

 

 

舞台とともに五十年の歩み

『舞台とともに五十年の歩み』(呉市民劇場、20140401)

内容

01 児玉賢登 ごあいさつ
02
03 脊戸昭典 祝辞 呉市文化団体連合会会長
14 50周年おめでとう
17 井上邦枝 広島市民劇場事務局長
20 サークルのよこがお
26 呉市民劇場50年の歴史とあゆみ
29 例会一覧
2015年以降2021年分の例会は、『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)参照。
55 50周年記念行事

 

年月日 例会一覧 劇団 備考
1963
1208 忍びのもの 東京芸術座
1964
0130  ひとりっ子  関西芸術座
 2016
 1213  島  青年劇場
  2021
 1110  怪談 牡丹燈篭  文学座 呉市民劇場の 最終公演

参考『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)

「あの日」から54年を生きて―被爆者の証言と原爆後障害

『「あの日」から54年を生きて―被爆者の証言と原爆後障害』(デルタ女の会、19991009)

内容

01 (室田秀子)私の被爆体験―母の顔―
07 (畠山裕子)原爆後障害と私
<註>デルタ女の会主催「’99 8・6 ヒロシマの女たちの集い」
<1999年8月6日、会場(広島平和会館)>の採録。

一誠一座

一誠一座(座長:南一誠)

年月日
1994
0301 『一誠一座公演ニュース 〈消えた街〉天神町一番地』創刊号
1995
0618 「天神町一番地」一誠一座公演
広島・あの頃・消えた町(被爆50周年記念)
1996
0220 『記録集・天神町一番地』(一誠一座編・刊)

 

 

 

 

呉市民劇場

呉市民劇場

年月日 例会一覧 劇団 備考
1963
1208 忍びのもの 東京芸術座
1964
0130  ひとりっ子  関西芸術座
 2016
 1213  島  青年劇場
  2021
 1110  怪談 牡丹燈篭  文学座 呉市民劇場の 最終公演

『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)

広島平和会館(略年表)

広島平和会館(略年表)

年月日 事項 備考
19560318 広島県原爆被害者大会開催、広島市・千田小学で300
人参加
19560319 初めての[原爆被害者国会請願]、上京代表団40数名、
団長藤居平一氏
19560409 原爆被害者大会実行委員会、「原爆被害者福祉センター(会館)の建設について」具体化をはじめる
19560409 広島県原爆被害者団体協議会結成総会(YMCAホール)
19560725 広島矢賀学区婦人会、8月6日、7日の原水爆禁止広
島大会、原爆被害者救援資金にと5,700円余を寄金、この外、学校、町内会などからの募金相つぐ
19560803 吉川清氏、「広島は訴える」写真集(再版)を自費出
版、収益は原爆被害者救援資金として広島原水協に寄託
19560810 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)結成大会、長崎市・長崎国際文化会館で。事務局を広島におき、事務局長に藤居平一氏を選ぶ。
195608115 原爆被害者救援募金サインの夕べ(国民文化会議主催)を東京で開催、徳川夢声、宇野重吉、香川京子ら参加。
19560911 広島原爆病院開院式
19561222 広島地区年末共闘会議代表、広島市内で街頭募金を実施、原爆被害者らに寄付(4万円余)
19570401 原子爆弾被爆者の医療に関する法律施行
19571227  広島県被団協、県議会請願、136万円の助成金を申請(実現せず)
19580611 広島県被団協理事会、第1回福祉センター建設委員会
19580910 福祉センター建設委員会、建設場所の協議
19581222 福祉センター入札、建物345万円に決定
18581226 広島県原水協拡大理事会、福祉センター地鎮祭
19590416 原爆被害者福祉センター「広島平和会館」、広島市大手町8丁目に完成、祝賀会開催。理事長森瀧市郎、専務理事松田亀夫、事務局員竹内武で運営始まる
(竹内武さん・当時事務局員の談)
広島平和会館の建設については、中国・ソ連のカンパだけでなく、その他の国や国内からのカンパも含め、建設費として毎年250万を3年かけて750万円貯めて、土地に254万円(坪単価35,000円×72.89坪)建物に450万などで750万円で建設したと記憶している。
出典:『広島平和会館ものがたり』(原爆被害者福祉センター 広島平和会館、20001201)

 

 

デルタ・女の会ニュース

デルタ・女の会ニュース

発行年月日 記事 備考(所蔵ほか)
24 1985/09/21 G
26 1986.03.01 G
27 1986.05.02 G
28 1986.05.31 G
29 1986.07.12 G
48 1990.06.23 G
51 1991.05.11 G
52 1991.09.20 G
53 1992.02.01 G
54 1992.07.23 G
55 1992/09/25
74 1997/10/15 G
75 1998/02/14 G
79 19991009 被爆54年女たちのヒロシマ U 最終号。

 

 

明日を創る 婦人民主クラブと私

『明日を創る 婦人民主クラブと私 婦人民主クラブ創立45周年記念文』(婦人民主クラブ、19911116)

内容

はじめに-女たちの四十五年…永原和子
<第Ⅰ部>幾千万の婦人の海へ
*敗戦後の焦土から力強く
婦人民主クラブとわたし 櫛田ふき 12
胸躍らせた戦後女性史の創世期 小林登美枝 20
宮本百合子さんに学んだこと 尾崎ふさ 24
湯浅芳子さんが編集長のころ 林小枝子 28
十六歳、創立大会にさそわれて 金子静枝 33
*それぞれの土に根づいて
婦人解放の求め自立をたすけて 三輪あい子 35
あの戦争に疑問を持った日から 前保美枝子 39
岡山支部結成のころの思い出 豊田文子 43
戦前の演劇活動と戦後のクラブ活動 大輪匂子 47
婦民の診療所で苦闘した六年間 高橋政子 50
おずおずと家庭からふみだす転機に 池田夏子 55
骨のある活動家たちに育てられた時代 近藤とし子 58
死の床の娘にも生きる希望として 細野喜美 63
兄の戦死が平和運動の原点に 秋山信子 66
*胸熱くたたかった日々
ストックホルム・アピール署名の威力 黒川万千代 70
被爆九人の遺児の養育が私の肩に 山本美都子 74
杉並で原水爆禁止運動ひとすじに 小沢清子 78
小児マヒ撲滅運動に燃えた日々 児島せの子 83
教師の勤評闘争に婦民が後ろ盾 坂入博子 88
クビになった先生を復職させた母親たち 横田フミ 92
中性洗剤ボイコット運動のころ 林由子 96
安保闘争の中で育った子どもと私 北原陽子 100
おばあちゃんと婦民と私 八幡裕子 104
亡き妻と婦民にまつわる思い出 石川利夫 108
名古屋支部のふたり物語 福村孝子 成田祝子 112
*ふみにじられた民主主義
仙台支部と婦民第二十四回大会前後 一戸葉子 116
第二十四回大会のころの藤沢支部と私 吉田綏子 124
誇りをもって歩みつづけた歳月 桜井愛子 124
婦人民主クラブ再建連絡会が発足したころ 高橋良子 128
自由が丘支部が分裂させられたころ 倉橋知余 132
死線を越え真の平和を切に望む 近藤美穂 136
婦民の生命の問題として 津上英子 140
つれそって二十一年”不眠新聞” 塩谷満枝 149
<第Ⅱ部>大地に深く根を張って
*平和は眠りをゆるさない
婦民を誇りとし生きがいとして 色部百合子 154
沖縄返還と子どもの本を送る運動 林由子 159
広島からアメリカへ核兵器廃絶 相良カヨ 163
婦民でめざめたあかしとして 黒沢永子 167
「平和の波」のタペストリーをつくろうよ 青木ななせ 171
定年ライフは活動を楽しみながら 岩田綾子 174
*地域・職場の働き手に
標準米でおいしくご飯を炊くことから 荒井幸子 178
婦民の中で親子とも育てられ 新堀浜江 181
老人給食のボランティアをつづける 中谷千鶴子 184
一家庭科教師の変ぼうと母親運動 山村美智子 188
働きつづけ闘いつづけて四十年 竹中君江 192
広島における「国連婦人の十年」 相良カヨ 195
文集『女たちの輪』をつくって 石浜みどり 199
*とりどりに花ひらくとき
旅の楽しさも婦民ならでは 玉木律子 202
映画『弟たちの誕生』製作に協力 岩波洋子 206
働く女性が心豊かに生きるために 片倉比佐子 210
戦争体験とちぎり絵と私 伊藤正子 214
大冒険だった創立三十周年の集会 羽田久美子 217
札幌支部の財産になった記念集会 田中千砂子 220
力あわせて創りあげたハーモニー 山本靖子 224
映画で婦民の活動に仲間入り 宮古とく子 228
婦民再建達成の全国大会の感激 佐藤紀子 232
応援歌「どこまで行っても明日がある」 大西和子 236
おわりに-幸せな明日を創るために 富永和重 240
付 婦人民主クラブ趣意書

 

 

反戦被爆者の会

反戦被爆者の会 1977年6月22日結成大会

機関誌『石の陰』

年月日 事項 備考
所蔵情報:G=原爆資料館、U=宇吹
1
2 19770806 「反戦被爆者の会」結成宣言―全被爆者に訴える―
被爆三十二周年八・六広島反戦斗争に向けて 反戦被爆者の会事務局
ごあいさつ 川田泰代
草津南義勇隊被爆記録
腐爛地獄 小西信子
G
3
4
5
6
7
8 19820806 U
9
10 19860806 結成宣言……………1
基調……………2
「原爆一号」故吉川清とともに生きて……………6 吉川生美
編集部より……………13
原子雲の下より……………14 峠三吉
碑めぐり……………17
編集後記……………20
G
11
12
13 19890727 結成宣言……………1
被爆者はヒロシマ・ナガサキ・チェルノブイリを許さない……2
大槻泰生会長に聞く……………8
〈シリーズ証言〉
被爆者は「原子力平和利用論」にもはやだまされない……………12
碑めぐり「嵐の中の母子像」……………18
高場第一診療所第三期建設九月着工……………21
『小西のぶ子記念館』開設なる……………22
力を合わせて反戦・反核の餌づくりを……………23
編集後記……………24
G

 

山陽路の女たち

『山陽路の女たち』(広島女性史研究会編著、ドメス出版、19850107)

内容

人物 見出し 著者 備考
007 書くことを始めた女性たち―「序」にかえて 安藤欣賢
安藤欣賢(中国新聞社文化部)
人物篇
010 野村望東尼 尊王攘夷へ熱い共感  北西英子
013 谷梅処尼 晋作との恋に生きる  北西英子
松岡フジ 学校建設に陰の功労 黒瀬禎子
岩田みつ 阿月餅を生み出す登美子
景山楳子 貧しい家の子女を教育   志茂登美子
高橋富枝 迫害に屈しない信仰  椎野和枝
ナニ・B・ゲ‘ーンズ 広島の女子教育を問拓  黒瀬禎子
福田英子 婦人解放に力をそそぐ   志茂登美子
清水紫琴 婦人の真の解放を願って    志茂登美子
ハワイ移民の女たち 男に伍して働いた女たち   北西英子
林滝野 鉄幹の最初の妻として   北西英子
神川松子 平民社に加わり論陣を張る   北西英子
岡旧八千代 中傷に耐え文学の道へ   北西英子
岡田美知代 田山花袋[蒲団]のモデル   北西英子
十時菊 廃娼運動に衰えぬ情熱   北西英子
ガントレット・恆 国際舞台で活躍  椎野和枝
羽田別荘少女歌劇団 台湾・満洲まで巡演  北西英子
平田ノブ 幼児保育に情熱を注ぐ  木村雅子
高橋千代 「参政権」獲得に奔走  木村雅子
九津見房子 ソルゲ事件で捕まる   椎野和枝
山上喜美恵 農民運動の発展に貢献  北西英子
関西レストラン女給総同盟 カフェーの搾取訴え団結  北西英子
女人連盟広島支部 官憲の妨害排し結成  北西英子
広島女給同盟 「女給税」に反対  北西英子
花野フジエ 紡績ストで目覚める  北西英子
人見絹枝 女子スポーツの先駆 椎野和枝
吉岡藤子 室戸台風に教え子をかばって   北西英子
戦争と女性 激流にのまれて   北西英子
河上秀 夫の学者生命を支える  椎野和枝
武内俊子 母の目で童謡を詩作  志茂登美子
大妻コ夕カ 手工芸教育の先駆者  椎野和枝
大橋広 家政学の充実に力を注ぐ  椎野和枝
山脇敏子 服飾界の元老として  北西英子
安田リョウ 柔剛兼備の女子教育   木村雅子
金井時子 地方文化の向上に貢献  北西英子
佐々木禎子 「原爆の子の像」  北西英子
武田キヨ 広島初の婦人代議士  北西英子
北村サヨ 「踊る宗教」の初代教祖  椎野和枝
赤松常子 婦人労働運動の指導者  黒瀬禎子
メアリー・マクミラン 女子教育と伝道に力  黒瀬禎子
丸木スマ 七十歳から絵筆を握る  佐藤良江
熊川ムメ 炊飯研究に四十余年  黒瀬禎子
河野貞子 家庭料理研究一筋   椎野和枝
絹谷オシエ 被爆の身をもかえりみず看病   黒瀬禎子
田中ヨシノ 「助産婦の母」  木村雅子
木阪ユク 広島女医界の草分け   北西英子
資料篇
西川松子 自由離婚論
平塚雷鳥女史 十五日三原へ
篠木のぶ 我友に 平塚らいてう氏と私について
購読を禁止す 三原女子師範学校女教員憤慨して辞職す
芸備日日新聞 新婦人協会と三原女子師範 学務と警察の両当局では斯う云ふ
芸備日日新聞 婦人運動と三原女子師範
芸備日日新聞 新に拒婚同盟 社会道徳と相俟って
例の三原女師に於て平塚女史は日ふ  全国に波打つ婦人の新運動
篠木のぶ 女性同盟と私 真実を知って戴きたい
閑中閑 「女性同盟と私」の筆者に
大谷藤子 広島女人連盟講演会
芸備日日新聞 女給税反対を契機に広島女給連盟成る けふ盛大に発会式 役員、綱領、規則等を制定し
中国新聞 参政権即時獲得全日本婦選大会
完全な婦人公民権 一千名の女性、赤い気焔を
武田清 地方の女性に檄す 婦選大会より帰りて
212 あとがき

あとがき