嘉屋文子

嘉屋文子

かや・ふみこ 生20040601没 嘉屋文子 かや・ふみこ 享年90歳 ハワイ島生まれ。5歳の時、一家で帰国。広島市南観音町の自宅前で被爆。県内政部衛生課勤務。

資料年表:嘉屋文子

年月日 事項 備考
ハワイ島生まれ。
1963
0420 『きのこぐも』(嘉屋文子編・刊)
07 嘉屋文子(広島県庁厚生課・課長補佐)、被爆時の記録「きのこぐも」を自費出版。 C
1110 『統計の泉 Vol.15 11月号 No.172 1964.11』
嘉屋文子「「きのこぐも」発刊によせて」(37)
1965
0725 『暗雲を越えて』(嘉屋文子編・刊)
0726 嘉屋文子(広島県庁診療所勤務の女医)、3冊目の被爆体験記「『暗雲を越えて』を出版。 C
0901 『思い出の記』(竹内助四郎著・刊)
嘉屋文子「被爆体験記」  39
1976
0212 『ヒロシマの雲は晴れた』
0331 『広島県庁原爆被災誌』
「手記編 嘉屋文子(当時・内政部衛生課)」
1977
0101 『被爆体験 私の訴えたいこと(上)』(NHK中国本部)
嘉屋文子「強い近所の結びつき」  140
0930 嘉屋文子医師、体験記『広島に生きて』を出版。 C
1978
0724 『『生キテ帰ルンダゾ』 親が子に語る戦争と原爆の話 第2集』(日本キリスト教団広島府中教会内平和教育文集編集委員会)
嘉屋文子「暗雲をこえて」  5
1987
0915 『広島市医師会だより No.257』
嘉屋文子「開業一年」 40
1989
0720 『ヒロシマ医師のカルテ』(広島市医師会編・刊)
 嘉屋文子「被爆体験記」 157
1990
0310 『女医の記録 IPPNW第9回核戦争防止国際医師会議世界大会』(広島女医の会)
 嘉屋文子「ノーモア・ヒロシマの叫び」 13
1991
0725 『広島県医師会速報 第1406号』
嘉屋文子「随筆」57
0815 『広島県医師会速報 第1408号』
嘉屋文子「緑蔭随想」
1993
0315 『広島県医師会速報 第1465号』
嘉屋文子「随筆」35
1994
0705 『広島県医師会速報 第1512号』
嘉屋文子「随筆」25
1995
0801 『真赤な原子雲 祖父母が孫に語る戦争と原爆の話』(こばと幼稚園平和教育委員会著、汐文社)
嘉屋文子「暗雲を越えて」  89
1997
0701 『嘉屋日米交流基金(ゴトウ オブ ヒロシマ基金)報告書 1996年版』
1999
0301 『創立120年記念誌 [県立広島病院創立120年記念誌]』(県立広島病院)
嘉屋文子(被爆当時の県立健康相談所指導医 )「思い出の記 」
2000
0301 『二十世紀の足跡 米寿までの道のり』
0701 『嘉屋日米交流基金(ゴトウ オブ ヒロシマ基金)報告書 1999年版』
嘉屋文子(名誉委員長 )「ハワイ墓参・交流訪問団の報告」 5
0921 嘉屋文子が紡いだ米国と広島の市民交流を紹介する展示、広島市内のイベントスペース「クリップ・ヒロシマ」で開催中。 C
2001
0701 『嘉屋日米交流基金(ゴトウ オブ ヒロシマ基金)報告書 2001年版』
嘉屋文子(名誉委員長)「創立者からのことば」…4
2004
0601 死亡。享年90歳。