なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか

『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』(Chim↑Pom, 阿部謙一編、人島プロダクション、河出書房新社(発売)、20090325)

内容<作業中

見出し・内容 備考
誰かが広島の空を「ピカッ」とさせたらしい<2008年10月21日>
Chim↑Pomプロフィール
ブログ「”ピカッ”広島上空にナゾの巨大落書き!!」「解決!!巨大『ピカッ』の正体」
はじめに 16
資料「ヒロシマの空をピカッとさせる」にまつわる経緯 18
01 ピカッとさせた。大騒ぎになった。そして、謝った 25
小崎哲哉 Chim↑Pom展中止の顛末 26
会田誠 精読・2ちゃん某スレッド改めChim↑Pomの「ピカッ」 3
02 爆心地から、「ピカッ」騒動を検証する-なされた行為とまだ見ぬ作品と 41
椹木野衣 かつてエノラ・ゲイから見えた「空」-Chim↑Pomの「ピカッ」と、回帰する原爆投下者たちの窓 42
東琢磨 「ピカッ」という<出来事>-不快に感じたのは「ヒロシマ」の誰なのか 60
宇川直宏 「ピカッ」の深奥に見えた風景!!!! 73
楠見清 ピカとドン-閃光と爆音 あの雲について、蔡國強との対話から 88
03 ヒロシマ再訪 105
 矢野美耶古、吉岡幸雄 核兵器は地球まで滅ぼす兵器なのだから、廃絶以外にない 107
坪井直 武器を持つような人間が、どうして平和を考えられるだろうか 123
04 表現されたきた戦争と新しい戦争美術 145
 福住廉 軽やかに、無邪気に、そして一気に-新たな「原爆美術」に向けて 146
渡辺真也 ラッキードラゴンの視点から-近代の産物としての美術と原爆、そして表現者としてのChim↑Pom 156
05 社会と表現、自由と公共性を巡って 167
 長谷川祐子 荒野のピクニック-Chim↑Pomのプロポーザル 168
松下学 戦時中!-「ピカッ」を巡るふたつの公共性の衝突 176
イーデン・コーキル 英語で記事を書こうとしたときの違和感 185
06 それは芸術なのか、芸術なら許されるのか 191
 光田由里 Chim↑Pomの確信度とコミュニケーション過程の自立-ハンス・ベルメールと宮川淳のアシストによる 192
田中功起 後出しジャンケンをするつもりなら、俺はさきに手を見せる 204
07 特別寄稿…政治と美術の関わり、思想と実践の挟間 213
 針生一郎 戦争画と原爆美術 214
インゴ・ギュンター 魔法使いの弟子-悪魔の代弁者のパースペクティヴ 218
08 インタビュー/特別座談会…Chim↑Pomが聞く 227
 高橋賢 みんな同じ意見だと祭りになるし、それが楽しい 228
道面雅量 不謹慎と言われても、作りつづけてほしい 234
針生一郎×柳幸典×会田誠×卯城竜太 「ピカッ」は誰に向けた表現だったのか 240
09 Chim↑Pomリーダー自ら、「ピカッ」騒動を振り返る 257
 卯城竜太 Chim↑Pomのピカッ騒動記 258
10 広島市現代美術館とヒロシマ 281
 暮沢剛巳 ヒロシマの心-広島市現代美術館の戦争と平和に関する展示の変遷 282
Comment on PIKA!
 中沢啓治 40 いとうせいこう 104 山下裕二 166 ガブリエル・リッター 212
あとがき 290
執筆者紹介 293
謝辞 295

 

 

広島 爆心地中島

『広島 爆心地中島』(原爆遺跡保存運動懇談会編、 新日本出版社、20060806)

内容

備考
001 推薦のことば―改訂版刊行にあたって―(浅井基文)
第一部 爆心地 中島―あの日、あのとき―(元大正屋呉服店を保存する会・原爆遺跡保存運動懇談会編)
013 発刊にあたって
あの日、あのときを(諏訪了我・元)
平和な世界を創るために(河瀬正利・)
019 原爆で消された繁華街
025 一 ただ一つ残った建物、ただ一人の生存
①元安橋西詰めに建つレストハウス…………………25
あのとき………………26
水の竜巻だ……………28
033 二 駆けつけた人々の見た惨状
②相生橋の東詰め、橋上から…………………………33
産業奨励館は、まだ燃えていなかった(午前九時ごろ)………33
一面火の海(午前一〇時過ぎ)……………………34
おびただしい遺体、積み重ね熱風を避ける(午後四時から夜に)………36
③中島本町、慈仙寺周辺………………………………39
上体は白骨化(正午ごろ)………………40
火を噴く慈仙寺(午後二時ごろ)………41
燃料会館の外枠だけ残る(午後二時ごろ)………42
焼け崩れて、踏み込めず(昼過ぎ)………………43
焼け跡に炎がゆらぐ(午後四時過ぎ)……………44
焼け残った燃料会館で(夜)………・……………45
パンク修理のままの姿で(七日朝)………………46
先生のまわりに子どもたちの骨が(七日朝)…………48
④本川左岸、元柳町一帯…………………………50
突然天井が落ちてきた(六日朝、八時一五分)………51
中学生がたくさん倒れている(九時ごろ)……………53
中学生や女学生の遺体が(七日朝)……………………55
⑤材木町………………57
焼け落ちて家の軒は一つも見えなかった(午後三時ごろ)…57
臨月だった妻の骨が、三人の子は行方不明(七日朝)………58
たくさんの骨がバラバラに砕けて(七日朝)…………………60
近所の人はみんな死んだ(七日朝)……………………………62
⑥天神町………………64
首のところだけ白骨化(七日朝)…………………………66
母の骨をさがして(七日夕方から八日朝)………………67
073 三 全滅した建物疎開作業動員学徒・国民義勇隊
  建物疎開作業の経緯と中島地区の生徒の被害…………73
⑦新大橋界隈の県立二中生徒の被害…………………………76
血路は川だ(六日八時一五分)……………………………76
二〇〇〇人もが押しかける(被爆直後)…………………77
「水ッ。水をちょうだい」(一〇時ごろ)………………78
川の中に這い降りていく女学生(午後二時ごろ)………80
無数の死体(六日夕方)……………………………………80
散乱する焼死体(七日午後二時ごろ)……………………82
⑧新橋付近の市女生徒の被害…………………………………83
焦熱地獄が眼前に(六日昼ごろ)…………………………83
顔はふくれ上がり(夕方)…………………………………84
死体を山にして、つぎつぎ火葬に(七日昼過ぎ)………87
工事現場から、真っ白い二体の遺骨が(一九四七年夏)……89
⑨県立工業学校生徒の被害…………92
青い色をした光の玉……………92
⑩中国新聞社国民義勇隊全滅……………………99
皮膚はただれ、誰がだれかわからない(被爆直後)………99
川面を巻き上げる火焔竜巻(被爆直後)……………………101
⑪川内村国民義勇隊の被爆……………………103
107 あとがき
第二部 働突の悲劇はなぜ起こったのか―その明暗を分けたもの―
113 はじめに
115 一 広島の建物疎開動員学徒の被害は全国最大
(一)学徒動員………………115
(二)一、二年生への配慮………………115
(三)建物疎開……………115
(四)広島の建物疎開動員学徒の死亡者数は全国の半数以上……116
二 なぜ、一、二年生が動員されたか
(一)七月初旬の出動会議―学校側の反対と軍部の強圧…………117
(二)「軍責任者」とは……………………119
(三)○○中将とは…………………………120
(四)藤井中将も秋吉内政部長も被爆死…………………122
123 三 明暗を分けた教師の判断
(一)七月下旬―再び教師が「無謀な計画」と反対…………123
(二)八月五日―その一―「非国民」と言われても…………126
(三)八月五日―その二―「教頭が責任を取ります」………129
(四)八月六日―学校長、軍命令を無視して教室待機を指示……134
別表
138 建物疎開の状況、作業場所
140 当日建物疎開に出動していた学校・死亡者数
143 おわりに
145 改訂版編集後記

ISBN 4-406-03306-8

山代巴 中国山地に女の沈黙を破って

『山代巴 中国山地に女の沈黙を破って』(小坂裕子著、家族社刊、20040720)

内容

見出し 備考
はじめに
1 山代巴―中国山地に女の沈黙を破って
1.序章
2.生い立ち
3.闘いの中へ
4.冬の底
5.戦争反省
6.呼び水
7.女のネットワーク
8一語りの力、読む力
9.家族幻想
10.シスターフツド
11.男たちの山代論
12.山代巴獄中手記書簡集
13.山代巴とフェミニズム
座談会「女たちの山代論」
(出席者)駒尺喜美・加納実紀代・牧原憲夫・高雄きくえ(聞き手小坂裕子)
第3部 資料
1.小西綾さんとの出会い(語り山代巴)
2.山代巴年譜
3.参考文献
おわりに

 

 

せこへい 平和をつくる子どもたち

『せこへい 平和をつくる子どもたち』(世界の子どもの平和像を広島につくる会編、部落問題研究所刊、20020806)

内容

 章部  見出し
私たちの反核平和アピール
第1章 せこへい誕生3
1 せこへい誕生-世界の子どもの平和像が広島にできるまで4
2 せこへいデザイン・コンペ26
第2章 せこへいたちの夢31
1せこへいの心、平和の心中本小百合/2スウェーデンとサダコとせこへい 池田かおり/3夢に向かって西原理乃/4平和って何?飯田和浩/5「せこへい」を始点として大井赤亥/6私にとっての「せこへい」熊谷篤/7命、平和、そして環境貝原史香/8せこへいストリー鈴木慎二
第3章 せこへいにかける夢67
第1部 インタビュー三題
(1)大牟田稔さんに聞く68
(2)秋葉忠利広島市長と子どもたちの会見録74
(3)平岡敬さんインタビュー80
第2部 サポーターたちの夢92
好永良子/福島俊を/盆子原賢治/奥田秀樹
第4章 現代の平和モニュメントを求めて大井健地103
おわりに 澤野重男118
機関誌『せこへい』  掲載内容一覧
 No.1  20000501<発行年月日>
  No.2  20000801
 No.3 20001101
  No.4  20010310
 No.5 20010610
 No.6 20010806
『年刊せこへい2005』(世界の子どもの平和像をつくる会ヒロシマ、2005/08/06)<23頁>
執筆者(50音順)
浅井基文
安斎育郎
池崎美代子
石井あみ
井上ひさし
大井健地
大原穣子
北浦葉子
きたがわてつ
黒坂黒太郎
こうの史代
澤野重男
谷光愛子
寺岡由樹
那須正幹
原健二
肥田舜太郎
福島俊を
盆子原賢治
M.イクバル
森住卓
森田俊男
吉田ルイ子
吉永小百合
好永良子
高校生の平和メッセージ

 

 

百舌鳥・古市古墳群

世界遺産 百舌鳥・古市古墳群 <作業中

撮影日:2021年11月17日・18日
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仁徳天皇陵
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雄略天皇陵
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百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群-(令和元年度記載)

百舌鳥・古市古墳群は、古墳時代の最盛期であった4世紀後半から5世紀後半にかけて、当時の政治・文化の中心地のひとつであり、大陸に向かう航路の発着点であった大阪湾に接する平野上に築造されました。

世界でも独特な、墳長500メートル近くに達する前方後円墳から20メートル台の墳墓まで、大きさと形状に多様性を示す古墳により構成されています。墳丘は葬送儀礼の舞台であり、幾何学的にデザインされ、埴輪などで外観が飾り立てられました。

本資産は、土製建造物のたぐいまれな技術的到達点を表し、墳墓によって権力を象徴した日本列島の人々の歴史を物語る顕著な物証です。

百舌鳥・古市古墳群は、古墳時代の最盛期であった4世紀後半から5世紀後半にかけて、当時の政治・文化の中心地のひとつであり、大陸に向かう航路の発着点であった大阪湾に接する平野上に築造されました。

世界でも独特な、墳長500メートル近くに達する前方後円墳から20メートル台の墳墓まで、大きさと形状に多様性を示す古墳により構成されています。墳丘は葬送儀礼の舞台であり、幾何学的にデザインされ、埴輪などで外観が飾り立てられました。

本資産は、土製建造物のたぐいまれな技術的到達点を表し、墳墓によって権力を象徴した日本列島の人々の歴史を物語る顕著な物証です。

記載物件名 百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群-
構成資産 反正天皇陵古墳、 仁徳天皇陵古墳、茶山古墳、大安寺山古墳、 永山古墳
源右衛門山古墳、 塚廻古墳、 収塚古墳、 孫太夫山古墳、 竜佐山古墳
銅亀山古墳、 菰山塚古墳、 丸保山古墳、 長塚古墳、 旗塚古墳、 銭塚古墳
履中天皇陵古墳、 寺山南山古墳、 七観音古墳、 いたすけ古墳
善右ヱ門山古墳、 御廟山古墳、 ニサンザイ古墳、 津堂城山古墳
仲哀天皇陵古墳、 鉢塚古墳、 允恭天皇陵古墳、 仲姫命陵古墳、 鍋塚古墳
助太山古墳、 中山塚古墳、 八島塚古墳、 古室山古墳、 大鳥塚古墳
応神天皇陵古墳、誉田丸山古墳、二ツ塚古墳、 東馬塚古墳、 栗塚古墳
東山古墳、 はざみ山古墳、 墓山古墳、 野中古墳、 向墓山古墳
西馬塚古墳、 浄元寺山古墳、 青山古墳、 峯ヶ塚古墳、 白鳥陵古墳
所在地(市町村) 大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市
暫定記載年 平成22年(2010年)
推薦年月 平成30年(2018年)1月
記載年月 令和元年(2019年)7月
評価基準 (ⅲ)(ⅳ)
都道府県所管課 大阪府百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産登録推進本部会議事務局
自治体等HP https://www.mozu-furuichi.jp/ (百舌鳥・古市古墳群世界遺産保存活用会議)
ユネスコ資産ページ https://whc.unesco.org/en/list/1593
> 推薦書(日本語)
> 推薦概要(日本語)
> 顕著な普遍的価値(OUV)の言明

世界遺産 文化遺産オンライン (nii.ac.jp)

 

部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ

『部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ』(田阪正利編、部落問題研究所、20000501)

内容

若い人たちへの贈り物
苦楽をともにしたあゆみ
推薦の辞
序にかえて 軍都・広島と庶民
一 軍都・広島の形成 15
1 鎮西鎮台第一分営/2 鉄道と港湾の整備/3 専制的権力の確立
二 兵役と暮らし 22
1 日本の軍事行動/ 2 兵役と労働力/ 3 戦争犠牲者と国の責任
三 戦費調達と県民の生活 31
1 戦費/ 2 戦争と県民の生活
四 軍備拡張の思想 36
1 日清戦争・その後/ 2 軍備拡張の思想
わが町「ふくしま」
一 広島市と福島町-地勢と産業 41
1 デルタの町/ 2 軍需/ 3 川田村から福島町へ
二 底辺の暮らし 50
1 缶詰工場/ 2 年季奉公/ 3 乳幼児死亡
三 戦前の福島の活動1 組織的活動 60
1 福島町民一致協会の活動/ 2 県水平社福島支部の活動
四 戦前の福島の活動2 課題別活動と町民有志の活動 67
1 夜学校と福島小学校/ 2 青年団と子供会活動/
3 福島の医療機関/ 4 福祉・医療及びその他の活動
五 総括 79
1 戦前、福島の解放運動のあゆみ/ 2 戦前から戦後の活動へ/
3 福島町と「解同」
福島の原爆災害
一 被害者と加害者 91
1 弔いと祈り/ 2 終戦の詔勅/ 3 アメリカの良心
二 劫火 98
1 学徒動員/ 2 救護活動/ 3 それから
三 若い人たちに伝えたい-未解放部落被爆者の手記 105
1 差別と貧乏/ 2 若い人たちに伝えたい
四 福島町の被害 113
1 建物の被害/ 2 人的被害/ 3 総括
原爆症
一 原爆症の解明へ 123
原子爆弾災害調査研究特別委員会の結成
二 菊池日記 127
1 菊池日記/ 2 遭難/ 3 巡回診療
三 米軍による原子爆弾障害調査 134
1 リボーの日記/ 2 原爆による人体影響の調査/
3 調査資料の収集と加害調査
四 原爆行政 142
1 原爆行政/ 2 プレスコード/ 3 原爆傷害調査委員会(ABCC)
五 被爆者とともに1 151
1 ブラックボックス/ 2 治療研究体制の再建/ 3 死の灰/
4 原水爆禁止署名運動
六 被爆者とともに2 159
1 負の遺産/ 2 原子爆弾後障害研究会/
3 被爆者運動の発足/ 4 NGO被爆問題シンポジウム
福島の被爆者
一 福島被爆者の会の活動 173
1 福島被爆者の会の結成/ 2 福島被爆者の会の活動/
3 運動の発展/ 4 手記集『壁』の発行
二 貧困と被爆の後遺 182
1 老人実態調査から/ 2 病院のカルテから
戦後、福島の解放運動
一 戦後の福島 190
1 戦後の福島/ 2 太田川放水路改修反対闘争
二 「住みよい町づくり」の運動 195
1 診療所・病院建設と生協運動/ 2 子ども会活動/
3 住環境の整備とその影響/ 4 高齢者福祉の運動/5おわりに
参考資料
あとがき

 

 

ヒロシマ・アメリカ 原爆展をめぐって

『ヒロシマ・アメリカ 原爆展をめぐって』(直野章子著、溪水社、19971001)

内容

本書の公刊に寄せて 大牟田稔(広島平和文化センター理事長 )
はじめに-過去を振り返る日本とアメリカ
1 アメリカと原爆
2 原爆展開催への序幕
3 厚い壁-原爆展開催準備-
4 原爆展開催
5 広島平和セミナーの旅
おわりに

 

原爆の図 描かれた「記憶」、語られた「絵画」

『原爆の図 描かれた「記憶」、語られた「絵画」』(小沢節子著、岩波書店、 20020725)

内容

はじめに
前史二人の画家
1 丸木位里水墨の自由
生い立ち―絵の世界との出会い/自己表現の術を求めて-社会主義運動への参加/水墨の発見とシュルレアリスム
2 赤松俊子 自己実現の物語
促される自立とセクシュアリティ/「女流画家」への道/ミクロネシア体験の意味/位里との出会いとモスクワ再訪
3 戦時下の画家夫婦
相互の影響とそれぞれの画業/太平洋戦争下の絵本
生成原爆の表象
1 広島へ、広島から
八月六日からの「距離」/「新しい時代」の政治と美術/裸体と群像-よみがえる記憶
2 二 描かれた被爆体験『ピカドン』と初期「原爆の図」
「体験」の集積(1)生者と死者の記憶/「体験」の集積(2)山端庸介の写真/記憶の器―小さな絵本と大きな絵本/破綻する構成と「リアリズム」
3 表現の力
裸体と女・子ども/小さきものへのまなざし/共同制作の意味
旅 人びととの出会い
1 「逆コース」のなかの全国巡回展
巡回展の実態/メディアとしての「原爆の図」/巡回展の担い手たち
2 語りのはたらきと「原爆の図」の大衆性
語りと祈り/「焼け死んだややこ」の話/母子像と少女像の浮上/せめぎあう大衆意識
3 平和運動と中期「原爆の図」
占領の終結と「原爆の図」の変化/消された富士山―迷走するナショナリズム/批判と共感
4 世界巡回展の光と影
ミッシング・リンクとしての世界巡回展/旅路の果て-母の死
展開二 十世紀の体験を描く
「原爆の図」の帰国と制作の再開/アメリカ展の衝撃/後期「原爆の図」の物語/世紀を超えて-「原爆の図」の発見
あとがき

III …143

 

原爆体験 六七四四人・死と生の証言

『原爆体験 六七四四人・死と生の証言』(濱谷正晴、岩波書店、20050607)

内容

部章
はじめに
未完の課題/被爆者調査40年/被爆者の苦しみは「被爆者であること」それ自体です/原爆とのつばぜり合い/原爆被害を受忍させる国/比類なき「証言」資料/原爆体験の重さと深さを測定する/分析対象としての6744人/<心の傷>と<体の傷>、そして<不安>/<反原爆>思想の人間的必然性
1 「あの日」・・・・・・・・・・・1
1-1 〈心の傷〉・・・・・・・・・・・3
1「これが人間か?!」・・・・・・・・・4
2「あの日」の証言・・・・・・・・・・13
3〈子ども・女・年寄り〉―絶滅の対象・20
4 極限状況下の〈母と子〉・・・・・・32
5〈無感動〉・・・・・・・・・・・・・53
6〈心の傷〉・・・・・・・・・・・・・80
2 「それから」・・・・・・・・・・85
2-2 〈体の傷〉・・・・・・・・・・・87
1〈持続する死〉―原爆死没者の推移・・87
2〈直後の死〉・・・・・・・・・・・・90
3〈その後の死〉・・・・・・・・・・・95
4 原爆の傷害作用―外傷・熱傷および急性放射線傷害・・102
5 その後の健康状態・・・・・・・・・110
6 複合する健康被害・・・・・・・・・116
7〈体の傷〉がもたらした苦しみ・・・・121
8〈体の傷〉―「病気がちになったこと」・・129
2-3 〈不安〉・・・・・・・・・・・・135
1 被爆者であるために〈不安〉なこと・135
2 被爆者はなぜ、〈不安〉を抱くのか?―〈体の傷〉との関係を中心に・・138
3〈心の傷〉が〈不安〉をつのらせる・・148
4〈生きる苦しみと不安に満ちた生〉・・152
3 生きる・・・・・・・・・・・・・165
3-4 〈原爆〉にあらがう・・・・・・・167
1〈生きる意欲〉・〈生きる意味〉の喪失・・168
2“自死”―〈生きる意欲喪失〉の極限・178
3 苦しみが重なるとき・・・・・・・・184
4〈生きる支え〉・〈生きる糧〉・・・・194
5 原爆被害者の層化
総括表が語りかけること・・200
6 死者に思いを馳せ、仲間とともに歩む・・205
3-5 戦なき世を―むすびに代えて・・・219
1 原爆被害の〈反人間性〉を問う・・・219
2「助けず逃げた」―罪の意識が物語るもの・・225
3 原爆体験の全体像を再構成する ―データベース・・250
4「受忍」と「沈黙」を強いる社会をのりこえる・・254
おわりに 263

 

被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために

『被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために』(全国被爆二世団体連絡協議会・原水爆禁止日本国民会議編、新泉社、20010715)

内容

はじめに3
広島からのメッセージー10
長崎からのメッセージー12
被爆二世問題の理解のために 15
被爆二世問題とは何か 16
<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22
被爆二世の体験と願い 24
夕力ちゃんが死んだ日 24
語らなかった父 31
今なお続く健康不安 35
<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40
このような思いを二度としないですむ世の中に 42
被爆二世の誇り 44
二世運動に参加するまで 47
被爆二世運動の今後の課題 52
韓国被爆二世の思い 56
<コラム>日韓被爆二世の交流 62
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
放射線の遺伝的影響 67
放射線の遺伝的影響 68
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
放射線の次世代への影響 86
被爆二世健康影響調査の問題点 119
放射線影響研究所と被爆二世健康影響調査 120
だれにとっての、何のための調査か 125
被爆二世問題の解決に向けて 135
被爆二世運動の現状と課題 136
<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146
資料
(1)被爆二世運動の概要 148
(2)被爆者援護法に基づく被爆者対策 150
(3)被爆二世健康診断 154
(4)被爆二世・三世の要求 156
(5)国の見解と被爆二世団体の主張 157
(6)被爆二世健康影響調査(二世調査) 161
(7)各自治体の被爆二世対策 165
被爆者からのメッセージ173
<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22
<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40
<コラム>日韓被爆二世の交流 62
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146

 

 

花には太陽を子どもには平和を 子どもを守る運動の50年

『花には太陽を子どもには平和を 子どもを守る運動の50年』(日本子どもを守る会、新評論、20020517)

内容

事項(著者) 備考
まえがき
1 子どもを守る運動の50年(編集担当・中野光)3
プロローグ その時、子どもたちは(中村博)4
1 「日本子どもを守る会」の誕生(中野光)15
長田新と『原爆の子』(長田五郎)29
2 子どもの生活現実と子どもを守る運動の発展(中野光)33
羽仁説子と〈子どものしあわせ〉(菅間きみ子)44
3 「高度成長」、「人づくり」政策と子どもたち(川合章)48
その時子どもを守る会は-一九六〇年代(小森香子)59
4 沖縄の子ども(丸木政臣)63
その時子どもを守る会は-一九七〇年代(小森香子)74
5 原爆瓦と高校生の平和運動〈学び・調べ・アピールする〉(森田俊男)78
その時子どもを守る会は一一九八○年代(森洋子)88
6 人間形成の「危機」と生き方への問いの芽生え(田中孝彦)93
子どもの非行と向き合って
一家裁少年係調査官三十余年の経験から(浅川道雄)102
7 子どもの権利条約の実現をめざして(喜多明人・増山均・三宅良子)106
日本子どもを守る会と私大田尭に聴く(森洋子)118
エピローグ いまを子どもとともに生きる(中野光)122
記念論文
児童憲章から子どもの権利条約へ(堀尾輝久)127
手塚治虫から見た子どもの文化五〇年(石子順)140
日本の子どもの〃からだ”の変遷と未来(正木健雄)151
2 子どもを守る運動の回想(編集担当・長田五郎)161
岡三郎162/槙枝元文163/山下正子164/宮原喜美子168/浦辺史171/鷲谷善教173/来栖良夫175/曽根喜一178/横川嘉範179/杵淵智子181/
西田喜代子182/一番ヶ瀬康子185/小川利夫188/友枝宗正190/大槻健191/
北田耕也193/藤岡貞彦195
3 地域子どもを守る会のあゆみ(編集担当・菅間きみ天菊地好江)199
1 いつも子どもといっしょに202
熊野(池田むつみ)202/東京・板橋(田辺栄子)204/東京・武蔵野(福長笑子)205/ふじさわ(永山園子)207/紀南(勝田善二郎)208/京都・京都連(関谷美奈子)209
2 ネットワークづくりの運動213
横浜(岡田イチ子)213/東京・大田(江口さつき)215/つるおか(塩野俊治)217/福島(佐藤芳男)218/宮城(芳賀直義)220/神戸(田中明子)221/東京・富十見(寺沢和子)222
3 この地に子どもの文化を224
札幌(岩渕隆吉)224/福岡(高橋純一)225/東京・品川(加藤卓郎)227/弘前(佐藤豊彦)228/とちぎ(増渕充)230/盛岡(吉田六太郎)231/長野(小林啓子)232
4 戦争と平和234
広島(長田五郎)234/沖縄(古堅芳子)236
4 ともに歩んだ仲間たちから(編集損当・森洋 )239
加盟団体240
親子映画東京連絡会(太田禮三脚/家庭科教育研究者連盟(丸岡玲子)241/クルマ社会を問い直す会(杉田久美子)242/芸術教育研究所(多出千尋)243/子どもの権利.教育.文化全国センター(三宅良子)244/障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会(吉本哲夫)245/少年少女組織を育てる全国センター(岩橋能)246/新日本医師協会(平田宏子)248/新日本の婦人の会(井上美代)249/数学教育研究会(上村浩郎)250/全司法労働組合(井上博道)251/全日本教職員組合(松村忠臣)252/東京都教職員組合(石川二郎)254/日本演劇教育連盟(佐々木博)255/日本高等学校教職員組合(岡田愛之助)256/日本子どもの本研究会(鈴木喜代春)258/日本児童文学者協会(藤田のぼる)258/日本母親大会連絡会(木村康子)259
友誼団体260
全国学童保育連絡協議会(真田祐)260/全国障害者問題研究会(永野幸雄)261/全国保育団体連絡会(上野さと子)262/全国幼年教育研究協議会(岩橋雅子)263/日本民間教育研究団体連絡会(池上正道)265/日本婦人団体連合会(守谷武子)266/歴史教育者協議会(石山久男)267
5 第5部資料・年表(作成・金子臭菅間きみ子)269
「日本子どもを守る会」の出版物270
地域『子ども白書』一覧271
『子ども白書』と特集テーマ272
『児童問題研究』総目次279
子どもを守る文化会議のあゆみ282
年表・子どもを守る運動の50年(作成・森洋子)335
あとがき336
英文もくじ339
編纂委員一覧340

 

 

瀬戸内寂聴

瀬戸内寂聴

せとうち・じゃくちょう 19220515生20211109没 享年92 小説家、天台宗の尼僧。俗名:晴美。1997年文化功労者、2006年文化勲章。

瀬戸内寂聴のヒロシマ史

年月日
19921012 今堀誠二葬儀での弔辞 『アジア研究半世紀の軌跡 今堀誠二遺稿集』(今堀百合子、20020509)

 

 

舞台とともに五十年の歩み

『舞台とともに五十年の歩み』(呉市民劇場、20140401)

内容

01 児玉賢登 ごあいさつ
02
03 脊戸昭典 祝辞 呉市文化団体連合会会長
14 50周年おめでとう
17 井上邦枝 広島市民劇場事務局長
20 サークルのよこがお
26 呉市民劇場50年の歴史とあゆみ
29 例会一覧
2015年以降2021年分の例会は、『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)参照。
55 50周年記念行事

 

年月日 例会一覧 劇団 備考
1963
1208 忍びのもの 東京芸術座
1964
0130  ひとりっ子  関西芸術座
 2016
 1213  島  青年劇場
  2021
 1110  怪談 牡丹燈篭  文学座 呉市民劇場の 最終公演

参考『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)

「あの日」から54年を生きて―被爆者の証言と原爆後障害

『「あの日」から54年を生きて―被爆者の証言と原爆後障害』(デルタ女の会、19991009)

内容

01 (室田秀子)私の被爆体験―母の顔―
07 (畠山裕子)原爆後障害と私
<註>デルタ女の会主催「’99 8・6 ヒロシマの女たちの集い」
<1999年8月6日、会場(広島平和会館)>の採録。

一誠一座

一誠一座(座長:南一誠)

年月日
1994
0301 『一誠一座公演ニュース 〈消えた街〉天神町一番地』創刊号
1995
0618 「天神町一番地」一誠一座公演
広島・あの頃・消えた町(被爆50周年記念)
1996
0220 『記録集・天神町一番地』(一誠一座編・刊)

 

 

 

 

呉市民劇場

呉市民劇場

年月日 例会一覧 劇団 備考
1963
1208 忍びのもの 東京芸術座
1964
0130  ひとりっ子  関西芸術座
 2016
 1213  島  青年劇場
  2021
 1110  怪談 牡丹燈篭  文学座 呉市民劇場の 最終公演

『舞台とともに五十八年の歩み』(呉市民劇場、20211110)

広島平和会館(略年表)

広島平和会館(略年表)

年月日 事項 備考
19560318 広島県原爆被害者大会開催、広島市・千田小学で300
人参加
19560319 初めての[原爆被害者国会請願]、上京代表団40数名、
団長藤居平一氏
19560409 原爆被害者大会実行委員会、「原爆被害者福祉センター(会館)の建設について」具体化をはじめる
19560409 広島県原爆被害者団体協議会結成総会(YMCAホール)
19560725 広島矢賀学区婦人会、8月6日、7日の原水爆禁止広
島大会、原爆被害者救援資金にと5,700円余を寄金、この外、学校、町内会などからの募金相つぐ
19560803 吉川清氏、「広島は訴える」写真集(再版)を自費出
版、収益は原爆被害者救援資金として広島原水協に寄託
19560810 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)結成大会、長崎市・長崎国際文化会館で。事務局を広島におき、事務局長に藤居平一氏を選ぶ。
195608115 原爆被害者救援募金サインの夕べ(国民文化会議主催)を東京で開催、徳川夢声、宇野重吉、香川京子ら参加。
19560911 広島原爆病院開院式
19561222 広島地区年末共闘会議代表、広島市内で街頭募金を実施、原爆被害者らに寄付(4万円余)
19570401 原子爆弾被爆者の医療に関する法律施行
19571227  広島県被団協、県議会請願、136万円の助成金を申請(実現せず)
19580611 広島県被団協理事会、第1回福祉センター建設委員会
19580910 福祉センター建設委員会、建設場所の協議
19581222 福祉センター入札、建物345万円に決定
18581226 広島県原水協拡大理事会、福祉センター地鎮祭
19590416 原爆被害者福祉センター「広島平和会館」、広島市大手町8丁目に完成、祝賀会開催。理事長森瀧市郎、専務理事松田亀夫、事務局員竹内武で運営始まる
(竹内武さん・当時事務局員の談)
広島平和会館の建設については、中国・ソ連のカンパだけでなく、その他の国や国内からのカンパも含め、建設費として毎年250万を3年かけて750万円貯めて、土地に254万円(坪単価35,000円×72.89坪)建物に450万などで750万円で建設したと記憶している。
出典:『広島平和会館ものがたり』(原爆被害者福祉センター 広島平和会館、20001201)

 

 

竹内武

竹内武

たけうち・たけし 1928****生20050127没 享年77 元広島平和会館の相談員。被爆者手帳取得のための証人探しに尽力。
  20010801  2001被爆者の伝言 竹内武さん(上)医療給付の実現、うれしかった

 

 『中国新聞』(20010801)
1979/08/01 釜ヶ崎原爆被爆者の怒りと悲しみ 釜ヶ崎原爆被爆者の会
1997/04/17 人間銘木 藤居平一追想集
1985/05/27 ひろしまの河 原水爆禁止広島母の会
2000/12/01 広島平和会館ものがたり 原爆被害者福祉センター広島平和会館

広島の戦前・戦後史に見る「平和教育思想」

『広島の戦前・戦後史に見る「平和教育思想」』(空辰男 著、広島平和教育研究所刊、20010101)
目次

はじめに 1
思いをよせて 10
第1章 なぜ置き忘れたか「軍都広島の思想」 11
許されぬ歴史操作 11
手厚いドイツ・冷たい日本 13
「日帝」にこだわるアジアの教科書 15
侵略拠点となった軍都広島 17
非道を究めた日本の侵略 19
寛大だった中国の戦後処理 21
中国の「許す心」に学ぶ 24
第2章 広島陸軍墓地跡と「広島戦争資料館」 27
求められる加害への証 27
軍都と一体だった陸軍墓地 29
陸軍墓地は戦前・戦後史の証人 32
必要な三つの精神 34
第3章 戦前・戦後史の決めては「原爆投下目的」 37
原爆投下の真の目的は 37
うそから出た「100万人救命節」 40
戦前・戦後史を左右する「対ソ戦略説」 43
必要な原爆投下目的の解明 44
第4章 「いかなる論」は核廃絶の哲学 49
核廃絶は全人類的運動 49
ストックホルム・アピール 51
分裂を生んだ「いかなる論」 53
原水禁運動の原点回帰へ 54
「いかなる」を共通理念に 56
第5章 原爆ドーム「世界遺産」と広島の思想 59
世界遺産化の意味 59
求められる認罪宣言 61
天地崩壊と誓いの碑 63
世界共通の遺産へ 66
第6章 創造・妨害の「平和教育」運動論 68
平和教育の芽生え 68
人間放棄の反動教育に抗して 71
教育理論とカリキュラムの確立 74
反動克服のたゆまぬ営み 77
第7章 21世紀に繋ぐ広島思想 82
これからの平和教育行政を広島に問う 85
生き地獄の体験 86
軍都広島史は「日の丸」「君が代」そのもの 91
アジアの玄関港となる広島思想 100
参考文献 104

目次