砂原格

砂原格

すなはら・かく 19020403生19720508没 享年70歳 『砂原格追想録』(砂原格先生顕彰会・会長森本亨、1978.5.8)

資料年表:砂原格<作業中

年月日 事項 メモ
1902
0403 誕生
1952
0425 『藤野七蔵氏追懐録』(広島瓦斯)
砂原格「産業界の巨星」445
0920 『川よとわに美しく 詩集』(米田栄作著、第二書房)
砂原格「跋」
1954
0625 『ながれ』(村上哲夫著)
砂原格:信用は真実、真剣 <318~320頁>
1965
0330 『砂原組40年史』
1972
0508 死亡
1974
0120 『高田郡史 下巻』
「砂原格」< 518頁>
1978
0508 『砂原格追想録』(砂原格先生顕彰会・会長森本亨)
1995
0301 『砂原組70年史』

 

渡辺忠雄

渡辺忠雄

わたなべ・ただお 18980715生19800506没 享年81歳 元広島市長(1955~59年)。

資料年表:渡辺忠雄<作業中

年月日
1898
0715 山県郡大朝町生まれ。
1928
** 弁護士開業
1946
0411 ~460622衆議院議員(日本自由党)。公職追放。
1955
0430 広島市長選挙。当選。5月2日就任、1959年5月1日退任。
0730 臨時市議会「原子炉導入については世界の科学的水準が高い国々ではすべて原子炉の平和利用の試験が行われ、実用化の段階に入っているので日本だけ、広島市だけが原子力の平和利用に狭量であってはならない。適当な時期に受け入れる気持ちである」
0806 広島市平和記念式典。平和宣言。
1007 第7回広島建設促進協議会、参院議員会館(東京)で開催。渡辺市長の提案で同協議会規約「平和記念都市建設の促進をはかる」を「産業都市建設の促進をはかる」に変更し、協議会の新発足を決める。
1123  原水爆禁止広島県民協議会発足。代表委員7名の一人にに選ばれる。
 1956
0103 中国新聞紙上で柴田重暉市議会議長と対談。「選挙で公約したように私は従来の『平和都市建設』をさらに進めて『産業都市建設』へすべての施策をもっていきたい」
0215 原水爆禁止広島市協議会の結成大会、広島市公会堂で開催。会長に渡辺市長。
0705 広島市、米から帰国した原爆乙女8人を招き、市社会館で渡辺市長を囲み座談会。
0806 広島市平和記念式典。平和宣言。
0928 渡辺市長の平和宣言に米ハワイ・ホノルル市長から返書。
1012
1015
1022
1956
0207
0806
1959
04 広島市長選挙。落選
1978
0508 『砂原格追想録』
渡辺「情熱に燃え実行型の士」pp.55-57
1980
0506

 

高橋和巳

高橋和巳

たかはし・かずみ 19310831生19710503没 享年39歳 作家。『広島県現代文学事典』(岩崎文人・記)<投稿>

資料年表:高橋和巳<作業中

年月日 事項 備考
1931
0831 大阪市浪速区で誕生。
1949
07 京都大学文学部(旧制)入学。
1965
1130 『憂鬱なる党派』(河出書房新社)
1967
06 京都大学文学部助教授。
1969
03 大学闘争の最中、学生側を支持して京都大学文学部助教授を辞職
0615 『京大闘争 京大神話の崩壊』(京大新聞社編・京大全共闘協力、三一書房)
「大学問題をめぐって」ティーチイン(大学変革委員会 講師:高橋和巳)
学生H:僕は4回生ですが、今現実的に卒業や大学院入試がせまっていて、どうしようか迷っています。現実の問題として入試中止といった事態も起こりかねない時に、先生や闘争を組んでいる諸君は一体どんな展望を持っているのか。卒業や入試をひかえた者のことも考えてほしい。
1110
1971
0503 死亡。享年39歳。
0705 『文芸臨時増刊 高橋和巳追悼特集号』(河出書房新社)
1130 『高橋和巳作品集3 憂鬱なる党派』(河出書房新社)
1976
 0115  『わが解体』(河出書房選書)
 1978
 1201  笠原伸夫「高橋和巳論 暗鬱志向の原拠」(『現代思想12月号』青土社)

2023年5月(日録)

2023年5月(日録)

できごと
01 メーデー
連合広島:広島県中央メーデー:4月29日、会場:JMSアステールプラザ(広島市中区)。
広島県中央メーデー集会:参加者約400人(『赤旗』)。
第94回呉地区メーデー:堺川野外音楽堂。
 01  ヒロシマ遺文への投稿=「高橋和巳」。歩数:7230歩
02  ヒロシマ遺文への投稿=「渡辺忠雄」。歩数:?歩
03 桜が丘へ。倉庫1階の新聞原紙資料約20ケースを2階に移動。
03  ヒロシマ遺文への投稿=「砂原格」、「故議員砂原格君に対する追悼演説」、「碓井静照」。歩数:1万0454歩。
04  桜が丘へ。倉庫1階の世界遺産関係資料を2階に移動。
04 ヒロシマ遺文への投稿=「消えた十字架」。歩数:1万0536歩。
05  桜が丘へ。倉庫1階の世界遺産関係資料を2階に移動。
05 午後2時42分ごろから石川県能登地方を震源とする地震。震度6強と5強を観測。**にLINEで見舞い。
05 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:菊池武彦」。歩数:1万3311歩。
06 一日雨。時折激しい雨。
06  ヒロシマ遺文への投稿=「今川卓治」、「放射線被曝の歴史」。歩数:3191歩。
07 【日曜日】一日雨。
07 ヒロシマ遺文への投稿=「三沢大集会に万余の人々結集」、「反核燃の日全国集会」。
08  ヒロシマ遺文への投稿=「編年資料:梶山季之」、「別冊 新評 梶山季之の世界 <追悼特集号>」。歩数:1万270歩。
09  ヒロシマ遺文への投稿=「草野信男」、「島薫あれもこれも」、「島薫」。歩数:1万270歩。
10  ヒロシマ遺文への投稿=「小松茂美」、「平家納経の世界」。歩数:7082歩。
11  広島空港―JAL252便―09:00羽田空港10:10―JAL143便―11:25青森空港―バス
11 龍飛崎展望台、津軽海峡冬景色歌謡碑、階段国道
11  ホテル竜飛(東津軽郡外ヶ浜町字三厩龍浜)<泊>
12  高山稲荷神社(つがる市牛潟町鷲野沢)
12 蟹田港(東津軽郡外ヶ浜町字蟹田)―むつ湾フェリー(約1時間)―脇野沢港<むつ市脇野沢本村>―恐山・菩提寺・宇曽利山湖(日本3大霊場の一つ)
12 むつ斗南温泉・むつグランドホテル<むつ市大字田名部字下道4><泊>
13  道の駅よこはま「菜の花プラザ」―JR陸奥横浜駅―はまなすベイスライン(むつ湾を望む本州最北のローカル線、自由席、乗車時間約20分)―JR野辺地駅(のへじ)―ホタテ広場(東津軽郡平内町大字土屋字鍵懸)―ねぶたの家 ワ・ラッセ<青森市文化観光交流施設>
13 青森空港17:40―JAL148便―19:00羽田空港19:50―JAL267便―20:20広島空港
14 【日曜日】一日雨。自宅で旅行の片づけ
15  ヒロシマ遺文への投稿=「炎の墓標 被爆体験記」、「佐藤月二」。歩数:5655歩。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「大庭みな子」、「女たちの八月十五日」。歩数:8252歩。
17  桜が丘郵便局でG7広島サミット記念切手を購入しようとしたが売切れ。
17  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:新藤兼人」、「小さな窓から」。歩数:6826歩。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「岡本直正」、「吉野源三郎」、「戦後アメリカの世界政策と日本」。歩数:6257歩。
19 ~21日 先進7カ国首脳会議(G7サミット)。
20 ヒロシマ遺文への投稿=「わが非暴力 藤井日達自伝」、「母を語る 広島のトップを育てた母」、「続・母を語る 広島のトップを育てた42人の母」。歩数:7230歩。
21 【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:伊藤正子」。歩数:?歩。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「山本康夫」、「山本康夫『歌話と随想』」。歩数:7523歩。
23  ヒロシマ遺文への投稿=「村上経行」。歩数:8484歩。
24  **(**新聞)より電話。G7サミットへの感想について。
24  ヒロシマ遺文への投稿=「永井隆」。歩数:7308歩。
25  ヒロシマ遺文への投稿=「月丘夢路」。歩数:7341歩。
26  三鈴書林へ「時代の証言 原子科学者の昭和史」を注文。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「伏見康治」、「時代の証言 原子科学者の昭和史」。歩数:6317歩。
27  第6回ワクチン接種。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「村井志摩子」。歩数:4163歩。
28 【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「山本達雄」、「資料年表:山本達雄」。歩数:5378歩。
29  桜丘郵便局へ。三鈴書林(古書店)へ1810円振り込み。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「星野村平和の塔」、「東京都港区平和の灯」、「植村環」、「文芸臨時増刊 高橋和巳追悼特集号」、「放送ウーマンの70年」。歩数:3547歩。
30  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:渡辺正治」、「渡辺正治」、「中井正一」、「資料年表:森戸辰男」。歩数:6421歩。
31  ヒロシマ遺文への投稿=「豊田利幸」。歩数:7411歩。

国民文化祭

国民文化祭

出典:国民文化祭 | 文化庁 (bunka.go.jp)

*観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策と有機的に連携しつつ、地域の文化資源等の特色を生かした文化の祭典
*伝統芸能や文学、音楽、美術などの各種芸術、食文化などの生活文化等の活動を全国規模で発表、共演、交流する場を提供
*文化により生み出される様々な価値を文化の継承、発展及び創造に活用し、一層の芸術文化の振興に寄与。
*昭和61(1986)年度の第1回大会から当時の浩宮殿下に御臨席いただいて以来、皇太子殿下になられた後も御臨席
*令和元(2019)年度から天皇皇后両陛下御臨席の下、文化庁、開催都道府県、開催市町村及び文化団体等の共催により開催
*平成29(2017)年度から、障害の有無にかかわることなく国民の参加や鑑賞機会の充実を図るため、「全国障害者芸術・文化祭」と一体的に開催

開催状況<作業中>作業中

会場 開催年月日
1 東京都 19861122~1201
2 熊本県 19871002~1011
15 広島県 20001103~1112
37 沖縄県 20221022~1127

 

 

布川弘

布川弘

ぬのかわ・ひろし 1958**生20190927没 享年61歳 山形県生まれ。広島大学大学院総合科学研究科教授。広島市被爆70年史編集研究会で同席。

著書:『“近代都市”広島の形成』(吉川弘文館、2018年)

はじめに(勝部眞人)
1 近代日本の秩序形成(近代日本社会における「外来」と「在来」の構造的な連関;歩兵第四十一連隊の福山転営と市制施行への動き;戦間期国際秩序構想と日本―太平洋問題調査会における論議を中心として;国際平和運動における新渡戸稲造と賀川豊彦の役割)
2 片隅から見た日本の近代(「片隅」に込めた意味;広島藩における海防の端緒と砲術;戦争と神機隊;救民の構想と軍事;武一騒動;成立した新政府への対抗;第五師団の成立;片隅から見た現在)
世界の片隅からの視座(勝部眞人)

 

 

宮本顕治

宮本顕治

みやもと・けんじ 19081017生20070718没 享年98歳 日本共産党中央委員会議長、幹部会委員長、中央委員会議長。

資料年表:宮本顕治<作業中

年月日 事項 出典など
C=『中国新聞』
1908
1017 山口県光市生
1958
0811 広島―東京平和行進と長崎―広島―東京自転車平和リレー、六郷橋(東京の入り口)到着。浅沼稲次郎(社会党)・宮本顕治ら出迎え。 C
08 日本共産党中央委員会書記長
1964
0902 宮本書記長、赤旗紙上でソ連共産党へ、部分核停条約締結について「帝国主義者に譲歩と妥協をあえてした」と反撃。 C
1017 宮本書記長、「中国の核実験は祖国の防衛だけでなく、アジアにおける核戦争を防止するための防衛的な措置」と声明。 C
1967
1213 畑中政春(日本原水協代表理事)・吉田嘉清(事務局長)、山本幸一社会党書記長・宮本共産党書記長をそれぞれ訪れ、被爆者援護法実現への協力申入れ。 C
1968
0611 宮本共産党書記長、山本幸一社会党書記長に「原水禁運動統一問題での協議」を申入れ。山本幸一書記長、了承。12日、社会党、組織の根本に関する問題を政党レベルで話し合うことは政党の干渉になると、協議を断ることを決定。 C
1969
0804 第15回原水禁世界大会本会議開会総会(広島県立体育館)。宮本書記長があいさつ。広島県庁で記者会見。統一問題について語る C
1970
07 日本共産党幹部会委員長
1973
0705 宮本委員長、国会内で記者会見。「今後は社会主義国の核実験でも反対する」。 C
1975
0925 宮本顕治『「敗北」の文学』(新日本文庫) U
1977
0127 宮本委員長、記者会見。原水禁運動統一問題について総評とのトップ会談で一致点が確認されれば統一は可能と語る。 C
0315 宮本委員長、記者会見。原水禁運動統一問題にとって被爆国際シンポジウムが開かれることしはチャンスと語る。 C
0704 宮本委員長、広島市で記者会見。統一大会反対の動きを批判。 C
1982
07 日本共産中央委員会議長
1984
1217 日ソ共産党の宮本議長とチェルネンコ書記長、モスクワで会談。核廃絶に向け両党の協力をうたった共同声明。 C
1985
0505 『核兵器廃絶への道』(新日本出版社)
2007
0718 宮本顕治没
2015
0501 県立山口図書館、戦後70年企画で山口ゆかりの文学者(宮本元共産党議長ら5人)が戦争体験を題材にした小説など展示。~8月27日。

 

不破哲三 時代の証言

『不破哲三 時代の証言』(不破哲三、中央公論新社、20110325)

内容<作業中

「神国」信じた軍国少年
「反戦・獄中の党」に傾倒
学部ストの責任、停学
各地で闘争支援
結婚式、会費は一人一五〇円
ペンネームで論文寄稿
党専従、政策委員会に

水面下の「敵対工作」
圧巻のホー・チーミン発言
毛沢東提案を拒否
「南進」阻止、玄界灘を越えて
下町の選挙、演説で苦労
四十歳、まさかの書記局長に
言論妨害と沖縄問題
歴代首相との白熱論議
革新自治体と共社接近

共産党排除の「オール与党」
アフガン侵攻を徹底批判
土人形と南アルプスと
崩壊の根は大国主義に
二回の総選挙と「非自民」政権
九〇年代の党躍進
宮本議長へ「引退」進言


誤り認めた中国共産党
独自外交「当たって砕けろ」
米公開文書示し「核密約」追及
党規約一綱領の改定
議長引退とその後
問われる日本の外交力
大義を見失った対口領土交渉
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