「あの日」ピカドンが

『「あの日」ピカドンが 見習い看護師、広島での被爆体験を語る』(服部道子著、文芸社、20150805)

内容

はじめに7
1 戦時下の青春
生い立ち 14

父の任地・広島へ 16
語って聞かせられなかった祖父の思い 18
いやおうなく戦火の中に投じられていく 20
昭和高等女学校の選択科目看護科に進む 21
学徒動員で勤労に明け暮れる日々 24
切り上げ卒業して軍医部に従事 28

 2  広島に原子爆弾投下
 初めて見た飛行機雲 32
バケツを持ったまま意識を失う 33
防空壕に避難 35
「軍医部の各隊員は治療に専念しろ!」 37
「死ぬときはきれいに死ね」 39
見習い看護師、不眠不休で大奮闘 42
「アッ、赤ちゃんの首がない1」 44
こんな悲惨な死に方はしたくない 46
家族そろって”最後の晩餐” 47
驚くべきモルヒネの力 51
ヤケド患者にはバターを塗って治療 51
ウジにくわれるまま、なすすべもなく…53
そして終戦。日本は敗けた! 56
敵兵に八つ裂きにされるかもしれない 57
 3   広島を離れて青森へ
 屋根のない貨物列車に揺られて 62
道連れは6頭の馬と2人の兵隊さん 64
青森も見渡すかぎりの焼け野原 66
歓迎されなかった家族 67
読み間違えられた電報 69
宮城の山村での生活がはじまる 71
ふんどし5枚と交換した茶碗一杯の米 73
重い遺言を残して父逝く 76
代用教員として福島県の小学校に赴任 78
全身の倦怠感に悩まされる日々 81
松川事件に遭遇 82
再び東京へ。2日だけの花売り娘 83
3人の子どもを授かる 85
知られざるABCC(原爆傷害調査委員会)の実態 88
 4  被爆体験を語り継ぐ
 平和祈念式典に出席 92
「もう原爆の話はしないでちょうだい」 93
「しらさぎ会」(埼玉県原爆被害者協議会)の活動に参加 96
外務省の特使として「地球一周の船旅」のクルーズに参加 97
生きていることはすばらしい 103
 あとがき 106
巻末資料 109
【資料1】原爆投下までの経緯 109
【資料2】加害者による被害者の調査 115
【資料3】「しらさぎ会」の歴史・いきさつ・足あと 115
【資料4】第五福竜丸事件 118
広島・長崎の眠る少年少女の声 服部道子(1970年作詞)120

春の七草

春の七草

芹(せり) なづな 御行(おぎよう) はくべら 仏座(ほとけのざ)
すずな すずしろ これぞ七種(ななくさ)
『河海抄(かかいしよう)』(鎌倉時代)

芹(せり科)
 yk020113a
 焼山2002.1.13
なづな(あぶらな科)
 hj990310e
比治山1999.3.10
御行(おぎよう)=ははこぐさ(きく科)
hj990421qs
hj980427c
 比治山1999.4.21
はくべら=はこべ(なでしこ科)
hj990121a
 比治山1999.1.21
仏座(ほとけのざ)=こおにたびこら(きく科)
hj990310d
 比治山1999.3.10
花、自然の画像のようです
焼山20211210
すずな=かぶ(あぶらな科)
yk020113b
 焼山2002.1.13
すずしろ=だいこん(あぶらな科)
 yk020113c
 焼山2002.1.13

 

被爆した南方特別留学生への名誉博士号授与の記録

『被爆した南方特別留学生への名誉博士号授与の記録』(広島大学編・刊、20150301)

内容

章節
写真
 ①アブドゥル・ラザク氏への授与式
②ハッサン・ラハヤ氏への授与式
③ペンギラン・ユソフ氏への授与式
④興南寮跡碑の写真
⑤留学当時の写真
「被爆した南方特別留学生への名誉博士号授与の記録」の発刊に寄せて(広島大学理事・副学長 岡本哲治)
広島大学名誉博士号授与の記録…3
授与に至る経緯と教育研究評議会で決定…7
アブドゥル・ラザク氏への授与式…13
1 アブドゥル・ラザク氏への広島大学名誉博士号授与式
名誉博士候補者調書 業績 授与式プログラム
2 岡本哲治 広島大学理事・副学長からの挨拶
3 アブドゥル・ラザク氏からの挨拶
4 松浦博司 在マレーシア日本国大使館公使からの挨拶
5 ズルキフリ・アブドゥル・ラザク氏からの挨拶
ハッサン・ラハヤ氏への授与式…29
1 ハッサン・ラハヤ氏への広島大学名誉博士号授与式
名誉博士候補者調書 業績 授与式プログラム
2 上真一 広島大学理事・副学長からの挨拶
3 ハッサン・ラハヤ氏からの挨拶
4 オロアン・シアハアン ダルマプルサダ大学長からの挨拶
5 鹿取克章 駐インドネンシア日本国大使からの挨拶
ペンギラン・ユソフ氏への授与式…47
1 ペンギラン・ユソフ氏への広島大学名誉博士号授与式
名誉博士候補者調書 業績 授与式プログラム
2 岡本哲治 広島大学理事・副学長からの挨拶
3 ペンギラン・ユソフ氏からの挨拶(抜粋)
4 清水生介 駐ブルネイ日本国臨時代理大使からの挨拶
関係者からの寄稿…59
1 留学生と野宿の一週間 栗原明子…61
2 アブドゥル・ラザク先生
「言葉」でマレーシアと日本をつなぐこと 兵庫県立大学教授 宇高雄志…72
3 興南寮跡碑の思い出 花岡正雄…79
4 南方特別留学生と国際学友会 前財団法人国際学友会 理事長 佐藤次郎…83
南方特別留学生の広島での被爆…93
広島の南方特別留学生…117

ヒロシマはどのように描かれ、どのように語られたか―GHQ/SCAP占領下の原爆表現

『ヒロシマはどのように描かれ、どのように語られたか―GHQ/SCAP占領下の原爆表現』(岩崎文人翻刻、岩崎文人刊、2007/08/01)

内容

01 凡例
01 01「『暁笛』の創刊に寄せて」磯崎勉(「暁笛」創刊号、昭和21.4
<未入力>
76 313「広島」高野浩次郎(「くりすたる」創刊号、昭和□・□)
77 解説・解題

 

GHQ/CCD(民間検閲支隊)による検閲の実態―プランゲ文庫広島県雑誌226誌の場合

『GHQ/CCD(民間検閲支隊)による検閲の実態―プランゲ文庫広島県雑誌226誌の場合』(岩崎文人・植木研介・宇吹暁・槇林滉二、2004/03/10)

内容

No.
1.GHQ/CCD(民間検閲支による検閲の実際
プレスコードと原爆文学(岩崎文人)
001 「あけぼの」2号(広島県立第一高等学校、1948.11)
<未入力>
319 「ユーカリ」1948.3
2.検閲により指摘を受けた雑誌一覧
01 「あけぼの」(広警察署、1946.6~1949.9)
<未入力>
60 「ユーカリ」広島県立広島第一中学校交友会、1947.1~1948.3)
3.CCD検閲英文注記一覧
4.調査対象雑誌一覧
001 「愛郷」(佐伯郡河内村青年団文化部、1948.11~1949.9)
226 「輸送文化」(広島県貨物自動車交通労働組合廿日市支部、1946.9~1947.8)
<未入力>

核軍縮を求める 22人委員会

核軍縮を求める 22人委員会 設立:1984年

資料

年月日 資料名 著者・発行者
1986.1 「1%問題」と軍縮を考える : 緊急シンポジウム 核軍縮を求める二十二人委員会, 平和構想懇談会 著 岩波書店
1987.3 「1%枠撤廃」をどう考えるか : 緊急シンポジウム 核軍縮を求める二十二人委員会, 平和構想懇談会 編 岩波書店 核軍縮を求める二十二人委員会, 平和構想懇談会 著 岩波書店
1988.8 核廃絶と世論の力 : 長崎平和シンポジウム 崎市, 核軍縮を求める二十二人委員会 編 岩波書店
1989.9 『非核三原則の立法化を』 核軍縮を求める二十二人委員会・岩波書店

宇都宮軍縮研究室

宇都宮軍縮研究室

機関誌『軍縮問題資料』一覧

No. 発行年月日 論文(著者など)
001 19801.01 私の軍備縮小論(宇都宮徳馬)
153 19930815 特集 核時代に生きる
一党支配を終わらせる選挙 宇都宮徳馬 2
軍備撤廃までの軍縮を―「核軍縮を求める二十二人委員会」定例会にて―…宇都宮徳馬 4
五十年前の戦争といま 前田哲男 6
核の現状とその諸問題―被爆四十八年目に想う― 豊田利幸 10
太平洋での核実験とその被害 荒川俊児 22
非核ニュ-ジ-ランド健在 西田 勝 28
冷戦の時代を振り返る―バルト三国の旅から― 山下史 30
二十六人の原爆被害者たち―放射線に傷つけられた人生―大牟田稔 36
原爆体験手記の系譜 宇吹暁 42
「つるにのって」が出来るまで ミホ・シボ 48
中国人強制連行”資料”の発見 田中宏 50
これからはホンネが問われる時代―メディアの底流5―北原朔 54
護憲・創造的立法のすすめ―’45年8月15日から’97年5月3日へ―深瀬忠一 62
ボルネオの自然破壊の実態 坂元良吾 70
連載
日米グロ-バル安保のゆくえ 藤島宇内 74
海外主要紙「軍縮」社説を読む 米谷健一郎 80
山岡清二の「軍縮英語教室」 山岡清二 93
●〔国連〕PKO法成立の背景 河辺一郎…60
●読者の声…94 ●平和を愛する〈アレン〉…表紙裏
360 20101215 集会報告
「戦後補償・立法を考える公開フォーラム」
2010年・戦後補償問題の政治解決の可能性を考える(第2回)
「朝鮮人強制労働被害者補償法」 矢野秀喜 2
「韓国人旧日本軍軍属動員被害者補償法」 御園生光治 8
「外国人戦後補償法(試案)」について 今村嗣夫 15
コメント 荒井信一 22
コメント 藍谷邦雄 25
コメント 王選 28
コメント 城森満 31
質疑応答 有光健 33
まとめ 高木喜孝 37
私の軍備縮小論 宇都宮徳馬 42
『軍縮資料問題』30年の歩み 53
編集後記 67
ご挨拶 瑞慶山茂 70
今月の表紙・お知らせ 72

GHQ/CCD(民間検閲支隊)による検閲の実態―プランゲ文庫広島県雑誌226誌の場合

『GHQ/CCD(民間検閲支隊)による検閲の実態―プランゲ文庫広島県雑誌226誌の場合』(岩崎文人・植木研介・宇吹暁・槇林滉二、2004/03/10)

内容

No.
1.GHQ/CCD(民間検閲支による検閲の実際
プレスコードと原爆文学(岩崎文人)
001 「あけぼの」2号(広島県立第一高等学校、1948.11)
<未入力>
319 「ユーカリ」1948.3
2.検閲により指摘を受けた雑誌一覧
01 「あけぼの」(広警察署、1946.6~1949.9)
<未入力>
60 「ユーカリ」広島県立広島第一中学校交友会、1947.1~1948.3)
3.CCD検閲英文注記一覧
4.調査対象雑誌一覧
001 「愛郷」(佐伯郡河内村青年団文化部、1948.11~1949.9)
226 「輸送文化」(広島県貨物自動車交通労働組合廿日市支部、1946.9~1947.8)
<未入力>

似の島陸軍検疫所-廣島・宇品名勝記念写真帖

『似の島陸軍検疫所-廣島・宇品名勝記念写真帖(復刻)』( あき書房、 1997/10/01)

内容

bk19971001
復刻によせて
似島陸軍検疫所写真帳
1 御用船より似島検疫所に向ふ凱旋部隊
2 上陸桟橋
3 凱旋部隊の税関検査
4 蒸気消毒所
5 衣類消毒機
6 入浴手拭分配所
6 入浴後の休憩
7 浴場
8 将校休憩所
9 銃の日光消毒
10 貴重品受渡所
11 附属病院
11 酒保
12 荷造りの實況
13 乗船前集合所
14 休憩中の光景
15 集合前の光景
16 集合命令
17 出発前の光景
18 乗船の實況
宇品及廣島名所
19 宇品港桟橋
20 宇品御幸橋
21 向宇品観音堂
21 向宇品観音堂全景
22 宇品御幸通一丁目
22 宇品新道路
23 宇品千田銅像
23 向宇品別世界
24 廣島日清戦没記念史蹟大本営跡
25 廣島城天守閣
26 廣島驛
27 仝市庁舎
27 仝浅野泉邸
28 仝招魂社
28 仝比治山舊御便殿
29 仝焼津神社
29 仝金座街皮屋町
30 広島県立商品陳列所
30 仝相生橋及丁字橋”
備考 昭和14年4月25日に発行されたものの復刻版

占領期の出版メディアと検閲(プレスコード) 戦後広島の文芸活動

『占領期の出版メディアと検閲(プレスコード) 戦後広島の文芸活動』(著者 広島市文化協会文芸部会編、勉誠出版、2013/10/27)
内容

005 総論(岩崎文人)
GHQ / SCAP占領下の文学-表現への欲望とその抑圧
戦前の言論統制…5
未曾有の出版状況…9
地方文壇を牽引した文学者 / 同伴者…11
占領下の文学者…13
CCD(民間検閲支隊)による検閲…16
検閲と原爆表現…24
039 散文
 高揚への軌跡(岩崎清一郎)
 焼け果てて樹々のみ黒き…39
原爆は敬遠・回避-反「中国文化」…46
「反戦」と「希望」-A・マルローに倣って…49
自己表現に魅せられた高校生たち…50
中央へのレジスタンス-「世代」の気負い…53
山っ気のめざすところ-「天邪鬼」…54
「原爆」への関与、占領期からの脱皮…55
ゆかりある作家の列伝(抄)…57
 071  児童文学
 「ぎんのすず」(広島図書)を中心に(三浦精子)
 はじめに…71
子どもの本の発行…76
おわりに…102
 107  総合雑誌・サークル誌・大学高校文芸誌
 若い才能の開花と挫折(長津功三良)
 はじめに…107
廃墟の中からの新しい出発「総合雑誌的なもの」…108
活発な職場活動の台頭・総合雑誌的な「サークル誌」…123
青年達の華麗な開花「高校・大学の文芸誌」…125
131  詩
 詩誌の活動を中心として(福谷昭二)
はじめに…131
戦後初期の広島県内の詩誌・詩集…132
広島市における現代詩の復活…135
広島市の総合詩誌「地核」の活動…140
詩誌「われらの詩」とヒロシマの詩…146
現代詩の追究-詩誌「ABSURDE」…153
戦後現代詩への道程-「ABSURDE」101号から「知覚」へ…157
おわりに…163
 167  俳句
戦後広島の俳句の復興者たち(飯野幸雄)
はじめに…167
占領期の広島俳句界の動向…169
プランゲ文庫と俳句…176
広島俳句前史…179
戦後の広島の俳句雑誌の創刊と創刊者たち…182
おわりに…210
211  短歌
 1945-1954(山本光珠)
 はじめに…211
昭和二十年(一九四五)後半…212
昭和二十一年(一九四六)前半…223
昭和二十一年(一九四六)後半…240
昭和二十二年(一九四七)…249
昭和二十三年(一九四八)…254
昭和二十四-二十七年(一九四九-一九五二)…256
独立以後…263
266  年表
274 刊行に至るまで(山田夏樹)…274
 276  あとがき (山本光珠)

目次

いしゅたる社(堀場清子)

いしゅたる社(堀場清子)

『いしゅたる』

No. 発行年月日 備考
5 198407  特集 わたしたちは核に反対する  U
6 198506  U
8 198602 U
11 19910204  U
12 19910901 『青鞜』創刊八〇周年記念特集号
13 19920101 特集 真珠湾半世紀を迎えて反戦を訴える U
14 19930410 特集 中国と結ぶ
15
16 19951201 特集  原爆50年

いま 生きている人たちに 平野町子 2
かつて存在した”地球”という星の寓話 堀場清子 12
エッセイ
大きな骨は先生ならむ… 光成ヤエ 4
被害者責任 加納実紀代 7
被爆者だった私 古浦千穂子 8
原爆の悲惨を友に伝える手紙 断簡 藤節子 14
今井病院日記 今井泰子 16
かの閃光に 山本節子 19
接点 24
17  20020707  特集 わたしたちは戦争に加担しない

 

あき書房刊行物一覧(広島平和記念資料館蔵)

あき書房刊行物一覧(広島平和記念資料館蔵)

 1980/08/20 呉鎮守府沿革誌 呉鎮守府副官部著編
 1981/05/01 呉海軍工廠造船部沿革誌 呉海軍工廠
 1982/09/20 廣島市地名索引 廣島灣要塞司令部編著
 1984/03/01 呉案内記 池田幸重著
  1984/08/01 懐しい瀬戸内と広島 アルバム八十八景(明治40年頃)・増訂改版広島みやげ(明治38年) 藤谷寅蔵編著
 1985/10/10 呉 明治の海軍と市民生活 呉公論社編
  1993/03/01 廣島海軍監督官受持區域工場名簿 廣島海軍監督官事務所編
  1993/11/10 奠都祭博覧会遊覧乃栞―附 教師の見学旅行日誌― 瀧山瑄著
 1997/10/01 似の島陸軍検疫所-廣島・宇品名勝記念写真帖(復刻)
 2006/11/10 廣島市案内記 復刻 昭和四年当時の地図と営業別住所入明細図
 2008/01/25 復興前後の廣島案内図
  2008/11/25 大日本職業別住所入明細圖 地図で見る 造船の街 豊田郡木ノ江町・安芸の小京都 賀茂郡竹原町 大正15年発行の復刻
 2008/11/25 岩国 戦前の面影 昭和十七年四月発行 大日本職業別明細図 山口県岩国市復刻
 2009/06/1 廣島市綜合圖鑑[広島市綜合図鑑]
廣島商業地図 軍都と廣島 附厳島全図[広島商業地図]復刻 明治34年4月新版
広島市地図 復刻版 昭和33年広島市街地図 業種別早見表付 地図でみる広島あのころ今、甦る
 2010/08/15 昔ながらの情緒残る街、福山 昭和15年当時の福山市内地図(復刻)
戦時下の廣島 復刻 昭和十四年当時の地図と職業別明細図廣島市(番地入)
呉 海軍の街 (明治・大正・昭和) 呉市街地図 (四枚) 復刻版
 2012/05/10 呉鎮守府沿革誌  復刻新装版 呉鎮守府副官部著編
 2012/10/15 大日本職業別明細圖 佐伯郡・山形郡全図 : 昭和の想い出 昭和12年
 2013/03/27 明治・大正・昭和の移り変わり 廣島市街地図(五枚)
廣島の想い出 昭和十五年番地入大廣島市街地図
 2015/07/01 大廣島市街地図 附厳島地図 都市計画線入・番地入 昭和八年三月
 2015/08/01 原爆被爆前後 広島市内電車運転の推移 長船友則著
 2017/10/16 番地入大廣島市街地圖 昭和9年7月
 2017/10/16  新廣島市地圖 廣島縣地圖並都市計畫 昭和22年6月
以下 宇吹蔵
20150701 大呉市計画区域地図 市制施行30周年記念 大阪毎日新聞呉通信部同販売所発行
20150801 呉海軍の街
IMG_20230210_0003
 20220520  大廣島市街地図 附厳島地図 都市計画線入・番地入 昭和14年7月
 20220520  最新廣島市街地図 昭和15年3月8日 陸軍運輸部検閲済

広島発の平和学 戦争と平和を考える13講

『広島発の平和学 戦争と平和を考える13講』(広島市立大学広島平和研究所編、法律文化社、20210806)

内容

部章
刊行にあたって 広島市立大学理事長・学長 若林真一
はしがき
序章  広島発の平和学を目指して…大芝亮 1
 はじめに 1
一 平和とは何か 5
二 非暴力的方法による平和を求めて 10
三 被爆に関する研究を手がかりとして 13
四 地域から平和を考える 16
おわりに 19
Ⅰ部 広島とヒロシマを考える視座
1 広島における平和と学び-被爆体験および平和教育を手がかりに…水本和実 25
はじめに 25
一 広島における「平和」と「被爆体験」 27
二 広島の平和教育 28
三 転換期を迎えた広島の平和教育 33
四 平和の学びの新たな模索-大学のキャンパス外で学ぶ平和 37
おわりに 39
2 広島への核攻撃と米国の政策、文化、生態系への影響…ロバート・ジェイコブズ 45
はじめに 45
一 政策 46
二 文化 49
三 生態系への影響 52
おわりに 57炅
3 韓国人が見たヒロシマ-まなざしの揺れと変奏…河炅珍 61
    はじめに 61
一 研究者が見たヒロシマ 63
ニ メディアが映し出すヒロシマ 67
三 観光客たちのヒロシマ 72
おわりに 77
4 中国から見たヒロシマー戦後の対外政策の中で…徐顕芬 81
はじめに 81
一 外交的闘争を繰り広げる場 82
二 国際社会に平和的姿勢を表明する場 86
三 「過去の戦争」と「未来の方向」をつなぐ場 89
四 「広島」をめぐる随筆 93
おわりに 96
5 日本による東南アジア占領統治と第二次世界大戦後の発展に与えた影響…ナラヤナン・ガネサン 100
はじめに 100
一 欧州列強による植民地支配と第二次世界大戦時の日本の占領統治 100
二 反日感情と反植民地感情の発生 103
三 東南アジアの政治的独立と冷戦の影響 108
四 日本による東南アジア占領統治の歴史的遺産 112
おわりに 115
6 ヒロシマとマニラ-第二次世界大戦における喪失体験と記憶…永井均 118
はじめに 118
一 大戦期の喪失体験 119
二 流入した情報の行方 124
三 「ヒロシマというとき」 127
おわりに 131
7 ヒロシマの語られ方-ドイツの事例から…竹本真希子 137
はじめに 137
一 核兵器と原発 138
二 ドイツにおけるヒロシマ 141
おわりに 150
Ⅱ部 平和な世界を創造する手立て
8 朝鮮半島の分断と北東アジア安全保障の行方…孫賢鎮 157
はじめに 157
一 朝鮮半島分断の歴史的背景 158
二 朝鮮戦争の背景と朝鮮半島の分断 162
三 朝鮮半島情勢の変化 165
四 北朝鮮の非核化への道 171
おわりに 174
9 欧州安全保障協力会議(CSCE)プロセスの再考-規範と制度の平和創造力…吉川元 177
はじめに 177
一 冷戦秩序変動の舞台 179
二 東欧革命とCSCE 183
三 CSCEの国際機構化 187
おわりに 191
10 気候危機を乗り越える国際制度-求められるグローバルな視点と協力…沖村理史 195
はじめに 195
一 気候危機 196
二 国際制度の形成と変遷 200
三 国際制度の実効性 204
おわりに 208
11 国際法秩序の変容と「武力行使禁止原則」の課題-戦争をなくすための根本原則の機能と限界…佐藤哲夫 212
はじめに 212
一 国際法秩序の分権性とその実効性 213
二 戦争の違法化と残された課題 217
三 武力行使禁止原則の位置と内容 220
四 武力行使禁止原則の例外とその主張 223
五 武力行使禁止原則による国際法秩序の変容 227
おわりに 229
12 憲法九条と核兵器-核兵器の保有・使用をめぐる政府解釈を中心に…河上暁弘 232
はじめに 232
一 日本国憲法九条の成立と「核時代」 233
二 政府解釈における核兵器の保有・使用の憲法適合性の判断基準 235
三 「新三要件」および「安保法制」下における憲法九条と核兵器 242
おわりに 249
あとがき
人名索引
事項索引
執筆者一覧

生まれた時から被爆者 胎内被爆者の想い、次世代に託すもの

『「広島・長崎」生まれた時から被爆者 胎内被爆者の想い、次世代に託すもの』(原爆胎内被爆者全国連絡会、20201225)

内容

備考
体験記『生まれてきた時から被爆者』の刊行によせて
木戸季市(日本被団協事務局長)
〈原爆小頭症被爆者〉
1 原爆小頭症被爆者の生活課題とこれから…河宮百合恵…3
2 懸命に生きた観たち、そして生きゆく小頭症被爆者―川下兼子さん親子―…村上須賀子…8
3 私と娘の被爆体験記…戸田ユキエ…16
4 吉本トミエさん、清美さんとの交流…黒岩晴子…24
5 ”楽しかったことは何もなかった人生”Mさん…横山照子…30
〈広島被爆者(県外)の体験記〉
6 今この日本で、若者に考えてもらいたいこと…沖本八重美・矢ヶ崎克馬(沖縄)…37
7 スウェーデンとの間を往来しながらヒロシマを振り返る…涸澤潤(奈良)…42
8 祈り…北村優子(富山)…49
9 被爆者として「生かされた」75年…副島圀義(兵庫)…52
10 胎内で被爆するということ―「胎内被爆・40歳教師の遺言」から―…濱住治郎(東京)…57
11 原爆と原発は双子の兄弟 ともに廃絶を…松浦秀人(愛媛)…62
12 原爆で兄を亡くす…山岡直文(福井)…68
13 私の被爆証言…柚木聚(東京)…71
14 62年目の蝉…好井敏彦(香川)…75
〈広島被爆者(県内)の体験記〉
15 未熟児で生まれて…石井和子…79
16 直接被爆した私の母親…泉本聖二…83
17 生かされて74年…今田弘武…87
18 核も戦争もない平和な社会を…岡純児…92
19 生後間もない私が被爆者となった…川中宏子…97
20 今、私のいちばん知ってほしいこと―《大正屋呉服店》が復元されて―…小西ヒサ子…102
21 平和への願い…迫青樹…107
22 胎内被爆者の一人として…寺尾文尚…112
23 光を失った母、そして家族…寺田美津枝…115
24 退職後、平和大行進に毎年参加…中井正己…122
25 原爆は救護被爆者や子にも重篤な影響…中岡和範…124
26 言えなかったヒバクシャと…畑口實…128
27 今もって行方不明、父、長姉…二川一彦…133
28 14年間のガイドで得たもの…三登浩成…137
29 半被爆者、半原爆孤児であった…三村正弘…144
30 戦後75年に想う…宮木澄代…149
31 千年も続く体内に残った放射能のDNA…村上由聲…153
32 残りの人生を平和活動に…森川武則…156
33 平和公園でボランティア活動…山口誠治…160
34 矢賀小学校の二宮金次郎像…山田正一…164
35 その後の自分…渡邊静枝…169
〈長崎被爆者の体験記〉
36 原爆と戦争、そして被爆稲…宇田茂樹(岐阜)…175
37 胎内被爆者として生きて…江崎スミ子(福岡)…180
38 今から取り返し、残りを生きる…奥村邦彦(熊本)…184
39 ああ被爆…木村真知子(東京)…187
40 胎内被爆を知ってからの自力対応…坂本宣美(埼玉)…191
41 重い心に揺れる74年(長崎)…武村明子(東京)…199
42 被爆75年目に、わかったこと…土肥八重子(広島)…202
43 その時、私は母の胎内にいました…富永恵美子(長崎)…207
44 城山小原爆学級と私…中野陽子(福岡)…213
45 聞いてほしいことがあります…三山正弘(京都)…217
46 胎内被爆者の過去、現在、未来…陸門良輔(長崎)…223
47 被爆75年に思うこと…山本亮子(東京)…228
広島被爆地図と被爆状況…231
長崎被爆地図と被爆状況…232
胎内被爆者の会のあゆみ…233
胎内被爆者の会の会則…241
あとがき…三村正弘…242

備考 表紙、標題紙の書名:「広島・長崎」生まれた時から被爆者 胎内被爆者の想い、次世代に託すもの

ナガサキを考える 被爆50周年原爆平和報道記録

『ナガサキを考える 被爆50周年原爆平和報道記録』(長崎新聞社、19960701)

内容

 発刊にあたって(長崎新聞社報道部)
 被爆50周年は「長崎を地球最後の被爆地に」と叫び続ける地元紙にとってその責任と使命を問われる重いテーマでした。原爆の生き証人である被爆者の平均年齢はすでに65歳。被爆百周年という次の節目を迎えられる被爆者はほとんどいない、という厳然たる事実があるからです。週1ページ企画の「ナガサキを考える」シリーズは、被爆地長崎が抱える原爆・平和問題を洗い出し、読者に提起すると同時に、記者自身が現場で問題点を今一度とらえ直そう、と始めました。若手記者が原爆取材に飛び込むきっかけになれば、との期待もありました。被爆遺構、援護法、平和教育、原爆語り部、戦争責
任などのテーマでほぼ毎週掲載、被爆51周年の現在も続け原爆、平和間題のページとして定着しました。このシリーズの中から数多くの連載が生まれました。被爆50周年の一年間に取り組んだ原爆平和関連の企画物は報道部だけでも20シリーズに上ります。
このたび、長崎新聞が被爆50周年に取り組んだ原爆平和企画を記録する冊子を発行する運びとなりました。「ナガサキを考える」を中心に社説、文化面企画などを加えた内容で、企画の背景を分かりやすくするため、一般記事の一部も入っています。スクラップ集となりましたが、行間に長崎新聞社の記者の平和への思いを込めています。学校で、地域で、原爆平和を考える資料に活用していただければ幸いです。
01 社説<1995年>
被爆50周年を迎えて 長崎はいま何をなすべきか(1月1日)
長崎から核廃絶の一歩を(6月11日)
遠く険しい核廃絶への道(6月17日)
核兵器廃絶に新たな運動を(8月9日)
長崎に艦船は似合わない(9月15日)
 第1部 ナガサキを考える 被爆50周年を前に
1994年
忘れ去られたもう一つの鳥居(5・8)
危機に直面-援護法制定運動(5・15)
修学旅行に見る中学校の平和教育(5・22)
国連軍縮広島会議を終わって(5・29)
減少する「語り部」(6・5)
いつ出る厚生省見解i残留プル報告書棚上げ状態?(6・19一)
埋もれゆく被爆体験集(6・19)
ずさんな戦後処理浮き彫り(6・26)
心に刻めるか戦争責任(7・3)
実現できるか被爆者援護法(7・10)
各界の声を集めンンポー長崎平和大集会(7・24)
核軍縮を求める二十二人委員会(7・31)
学年一体で取り組み―長崎・横尾小平和教育(8・7)
長崎平和推進協会発足十二年目の課題(8・21)
故岡正治氏が残したもの(8・28)
教師27人中国の旅(9・4)
保存か再開発か住吉トンネルエ場跡(9・11)
国家補償の援護法をめざして(9・18)
建て替え進む国際文化会館(9・25)高校の平和教育(10・2)国家機密のベールー旧三菱兵器製作所(10・9)
運営基盤揺れる放影研(10・16)
援護法で自、社協議「均衡論」めぐり難航(10・23)
米・スミソニアン博物館原爆展「投下の正当性」に懸念(10・30)
8・9登校定着しない北松地区(11・13)
非核自治体宣言県内実施二割弱、全国四十五位(11・20)
政府と野党の思惑先行―援護法審議入り(11・27)
被爆資料は貸し出しすべきか―米スミソニアン原爆展計画修正(12・11)
もう一つの悲願一「被爆地域是正」(12・18)
1995年
被爆者の「自分史」(1・15)
被爆遺構保存ピンチ(2・19)
近づくNPT会議、国連軍縮会議長崎会議(2・26)
記念事業は市民参加型に―長崎市の被爆50周年記念事業(3・5)
「語り部」のインド平和の旅(3・12)
あの日の惨状伝えたい―恵の丘原爆ホーム原爆劇(3・19)
軍縮会議プレ会議(3・23)
もっとアジアへ、情報発信(3・26)
外国人の意見ノート、文化会館(4・2)どうなる原水禁運動―(4・9)
語り部続け26年、証言の会(5・21)
NAC平和大使(5・28)
被爆地にもう一つの顔、兵器生産(6・4)
原爆、日米にギャップ(6・11)
国連軍縮長崎会議閉幕(6・18)シンポ(7・4)
もう一つの語り部、バスガイド(7・16)
県議会・市議会50年決議(7・30)
平和宣言の50年(8・13)
追悼の碑歩こう(8・20)
チェルノブイリ、生かせ被爆地(8・27)
被爆地是正、相次ぐ決議(10・1)
国際司法裁判所(10・29)
核実験抗議の座り込み(11・12)
外国人被爆者コーナー(11・24)
教育研究集会(12・3)
市長語録(12・10)
1996年
大学の役割(1.・7)
核兵器国際法違反・古川教授に聞く(1・14)
フランス世論、ミホ・シボさんに聞く(1・21)
学ぶべき広島の行動力(1・28)
抗議の旗降ろさず(2・4)
海外に平和通訳ネットワークを(2・11)
絵筆に託す体験継承(2・18)
共通理解へ問いかけ(3・10)
 第2部 原爆平和企画報道
1994年
「消えた国家補償」(5回)
1995
語り継ぐナガサキ「原爆の子」(4回)(1・1)
語り継ぐナガサキ「原爆孤児」(6回)(1・25)
語り継ぐナガサキー千恵子の日記」(5回)(3・14)
遠い碑(8回)(1・31)
被爆遺品展示せず、「溝は埋められるのかI(6回)(2・7)
「生きていてごんめねI(8回)(5・17)
「届けナガサキの声」(2回)(6・8)
動員被爆の少年少女たち・第1部(5回)(6・6)
動員被爆の少年少女たち・第2部(10回)(6・11)
平和市長の16年(19回)(6・9)
無言の告発(15回)(6・6)
被爆遺構ワイド(6・21)
平和の礎(3回)(7・4)
広がる米原爆展論争(5回)(7・8)
アメリカ人の原爆観(12回、学者の意見)(7・18~30、8・6)
原爆論争-米の歴史家こう見る(8・6)
アジア人の原爆観(10回)(8・1~10)
夏雲の丘(20回)(7・15~8・30)
平和を伝えて(7回)(7・21)
山里小学校「50年目の鎮魂」(3回)
「焦燥の夏」(5回)
「夢の祖国」(7回)
「怒りの南太平洋」(8回)
「断絶に向き合った被爆者たち」(6回)
「核を裁く」(4回)
1966年
「揺れる被爆国」(1~15)
 資料編
1994年
援護法実現へ(11・3)

援護法―消えた「国家補償」(11・3)
国家補償援護法で公聴会(12・1)

公聴会(12・1)
成 立(12・10)
被爆遺品展示せず

1995年
国連軍縮長崎会議(開幕、声を世界に、アンケート)(6・13)
フランス核実験再開(シラク大統領発表)(6・15)会議閉幕((6・17)
沖縄50年(6・24)
ピースサミット(6・25)
スミソニアン、エノラ・ゲイ展開幕(6・30)
米艦船受け入れ、市長が表明
韓国で原爆展(開幕、反応)(7・26)
天皇訪問(7・27)
 山里小学校
 被爆50周年平和祈念式典
 終戦記念日アンケート
 終戦記念日
 中国核実験
 フランス核実験
  フランス核実験強行
  フランス核実験
  フランス核実験
 ブルーリッジ長崎入港
 市長を証人申請
 フランス核実験
市長、国際法違反を明言
フランス核実験
1996年
フランス6回目核実験
シラク大統領核実験停止宣言
核なお二万発、廃絶の叫び世界へ
忘れないあの惨禍、人も街も消え

天皇制と小さな民主主義 本島長崎市長銃撃に抗する市民たち

『天皇制と小さな民主主義 本島長崎市長銃撃に抗する市民たち』(言論の自由を求める長崎市民の会、明石書店、19900730)

内容

声明
003 本島市長銃撃の背景にあるものと私たち
005 高実康稔「静かに根をはれ「長崎アピール」」
012 舟越耿一「市長銃撃との戦い」
020 岩松繁俊「本島市長銃撃事件と戦争責任論」
031 本島市長銃撃に抗議し言論の自由を求める2・24、25長崎大集会・大行進
031 Ⅰ 各地からの報告・意見・長崎アピール
主催者挨拶
 岩松繁俊(言論の自由を求める長崎市民の会代表)
 近藤禮司(長崎県労働組合評議会)
意見発表
 尾形憲(法政平和大学代表)
 水田洋(ノーモア南京・名古屋の会代表)
 辻本清美(ピースボート主催者)
 井上清(やめよう元号!関西連絡会)
 伊藤ルイ
 平野伸人(全国被爆二世教職員の会)
 長崎アピール
073 Ⅱ 自由に語ろう「言論の自由が危ない!」
153 「言論の自由を求める長崎市民の会」活動の記録
155 座談会・正念場は乗り越えた・・・けれど
「言論の自由を求める長崎市民の会」
幾人かの実行委員の思い
196 ドキュメント「市民の会」 宮川万葉
239 全国から寄せられた手紙
Ⅰ ともに問い続けたい
Ⅱ 長崎に思いをはせつつ
Ⅲ 『タブーへの挑戦』ありがとうございました
全年表:本島発言をめぐる経過
あとがき 1990年6月29日 編集委員会

ゆるす思想 ゆるさぬ思想

『ゆるす思想 ゆるさぬ思想 若い世代と語る平和・原爆・いま・未来』(本島等、山口仙二著、こうち書房、19920730)

内容

平和こそ人類の遺産【本島等】 7
約束の土地をもとめて/キリシタンの末裔/「教え方」の母
洗礼名イグナチオ・ロヨラ/私の少年時代/キジの戒め
手拭いとタオルはちがう/仕事する海/不完全な悔い改め
差別/ダイキュウコウキョウキョク/人間性の欠乏
戦争の責任/中学生の司会/若い世代に
被爆地に生きる【山口仙二】 67
みみらくの島やま/我家の戦時/彦山に住む/8月9日
大村海軍病院で/身度尺で測る/べべん仔/ただよう日々
それぞれの闇/10年目の波/暗転/なお被爆地に生きる
対談 マゴ世代へのメッセージ【本島等・山口仙二】 131
胎内で受けた教え/神様が造った農村/音楽抜きでおとなにされたいまも負の遺産が/弱い立場への想像力/立場を変えてみる/若い世代に
マゴ世代と語る ざっくばらんディスカッション【本島等・山口仙二とマゴ世代】 161
まずは自己紹介/こわいって感じが大切/「明日」は明くる日
心の問題/だれも助けにこない/国は助けてくれなかった
平和は緊急課題/戦争の始まりは「正義」から/死んじまえ?
民族侮辱は時代遅れ/被害者のナショナリズム/お父さまが見えてきた/マゴたちがんばれ
マゴ世代から愛をこめて 215
介護士の卵は考えた/ウナギ弁当おいしかった
平和を求めることの大切さ/平和に感謝
資料 224
・長崎平和宣言(1991年8月9日)
・原爆被害者の基本要求(日本原水爆被害者団体協議会)
・長崎市の核実験に対する年別・国別抗議回数一覧

戦争と民衆戦争体験を問い直す

『戦争と民衆 戦争体験を問い直す 一橋大学大学院社会学研究科先端課題研究叢書(3)』(三谷孝編、旬報社、20080410)

内容

部・章 タイトル(著者) 備考
はじめに(三谷孝)
総論 戦争体験を問い直す
1 〈戦争体験〉-その全体像をめぐる〈人間〉の営み…(濱谷正晴) 21
はじめに-戦争の”歴史性” 21
1〈原爆と人間〉-視点を探し求めて 23
2〈戦争体験の全体像〉-その形象化と非戦の胎動 35
(1)オーラル・ヒストリー&パーソナル・ドキュメント 36
(2)第二世代、同世代・異世代間の対話、コミュニティ 37
(3)集合的記憶・トラウマ 39
(4)メモリアル・モニュメント・ミュージアム 40
(5)つぐない・戦争犠牲は受忍しない 41
むすびに代えて-”戦なき世”を 43
2 東井義雄の戦中・敗戦経験とペタゴジー-戦後教育実践に刻んだもの…(木村元) 50
はじめに-教育における戦中と戦後経験 50
1 敗戦から戦後へ 53
(1)戦後教育の出発時の東井における教育課題 53
(2)敗戦時の立脚点-唐川校から相田校へ 55
2 『学童の臣民感覚』を生み出した東井の歩み 60
3 村と学校を繋ぐ「土生が丘」-沈潜の戦後実践 65
(1)「土生が丘」の成立基盤 65
(2)「土生が丘」の出発と構成 66
(3)村の教育の課題と「土生が丘」の展開 68
(4)「村を捨てる学力」への対抗と「村を育てる学力」の登場 69
(5)『村を育てる学力』の上梓 72
4 小括-敗戦時の課題と戦後の総括 74
原爆体験
3 原爆被害者と「こころの傷」-トラウマ研究との対話的試論…(直野章子) 85
はじめに 85
1 被爆者の精神的被害にかんする研究 87
2 トラウマとPTSD-概念の系譜 89
3 トラウマ研究と表象不可能性 92
4 被爆者の語りと沈黙 95
5 死者を抱きしめながら 101
6 証言者と聴き手 105
おわりに 109
4 ある被爆者の原爆体験と証言活動-その思想的営為…(源氏田憲一) 122
はじめに 122
1 被爆 123
2 思想的営為 125
3 証言活動 129
4 語り手の多元的主観性と証言者の「立場」-むすびに代えて 134
沖縄戦
5 沖縄戦と民衆-沖縄戦研究の課題…(林博史) 141
はじめに 141
1 沖縄戦とはなにか 142
(1)沖縄戦への道 142
(2)沖縄戦の経過 144
2 沖縄戦の特徴-これまでの研究で明らかにされてきたこと 147
(1)沖縄戦研究の視点 147
(2)沖縄戦研究の成果 150
3 『沖縄戦と民衆』で提起したこと 153
4 近年の研究成果 156
(1)その後の沖縄戦研究 156
(2)新しく見つかった日本軍資料 157
(3)県や警察の資料 160
5 沖縄戦研究の課題 162
さいごに 167
[追記] 170
6 本土における沖縄戦認識の変遷-軍隊と民衆の関係という論点をめぐって…(小野百合子) 175
はじめに 175
1 沖縄戦の語りの変化-軍隊の目から民衆の目へ 177
(1)①援護法の適用と「軍民一体」の語りの形成 177
(2)②戦後本土における沖縄戦の記録 181
(3)沖縄における住民の戦争体験記録運動の始まり 186
2 本土における沖縄戦への着目の始まり 190
(1)①空襲・戦災体験記録運動の活発化とそこでの沖縄戦の扱い 190
(2)②本土における沖縄戦への着目 194
3 本土における沖縄戦認識の争点化 199
(1)教科書の沖縄戦記述の増加と争点化 199
(2)戦場における軍隊と民衆の関係という論点への着目 204
おわりに 206
中国大陸での戦争に関連して
7 中国における戦時性暴力をめぐる記憶と記録…(内田知行) 219
はじめに 219
1 同時代の文書史料が語る「戦時性暴力」の記録 221
(1)同時代の抵抗権力による公文書 222
(2)同時代の抵抗権力等によるインフォーマルな文書 224
2 『山西抗戦ロ述史』が語る「戦時性暴力」の記憶 227
①山西省東南部、壷関県鶴屋村で発生した性暴力の証言 228
②山西省東北部、代県劉広村で発生した性暴力の証言 229
③山西省東南部、潞城県五里後村で発生した性暴力の証言 230
④山西省西南部、襄汾県の農村の砲台で発生した性暴力の証言 230
⑤山西省西南部、襄汾県南賈村の砲台で発生した性暴力の証言 231
⑥山西省北部、忻県宋家荘村で発生した性暴力の証言 232
3 共著が語る「戦時性暴力」の記憶 235
(1)「個人の個別の被害」の記憶 235
(2)もうひとつの「被占領経験」の記憶 240
(3)村の性暴力と都市部における「慰安所」との関係 243
むすび-歴史研究者として学んだこと 245
8 ある「シベリア抑留」のライフストーリー-自分史のなかの戦争の記憶…(佐藤美弥) 250
はじめに 250
1 Aのライフストーリー 252
(1)成長と職業の選択 252
①生い立ちと教育 252
②卒業と就職-鉄道業務のなかの戦争 255
(2)Aの戦争-入営・「満洲」・「シベリア」・「ダモイ」 256
①部隊での経験と敗戦の記憶 256
②アングレンでの強制労働 261
③強調される記憶-ソ連人との交流・「民主教育」・「ダモイ」 263
④復員、再就職後の生活について 267
2 いま、戦争を語ること 269
(1)自分史における戦争の記憶の位置 269
(2)戦争を語ることについて 270
むすびに代えて 272
9 中国東北地区における朝鮮族部隊について-中華人民共和国建国期を中心に…(李海燕) 278
はじめに 278
1 「満洲国」崩壊後における朝鮮族部隊の成立 280
(1)成立の背景 280
(2)国共内戦での活躍 281
(3)中国共産党による改編 284
2 朝鮮族部隊の北朝鮮への移動 286
(1)移動のプロセス 286
(2)移動の背景 288
3 朝鮮戦争と新たな入隊 292
(1)入隊志願の動機 292
(2)入隊情況 295
おわりに 297
補講 「防衛のための戦い」の記憶-中世ノルウェーのレイザングルについて…(阪西紀子) 305
はじめに 305
1 戦いへの召集の二つの方法-レイザングルと緊急の全員召集 306
2 マンゲルズの基礎としての「ビール醸造組」 307
3 法に見るレイザングル 311
4 「王のサガ」と文書に見るレイザングル 316
おわりに 320

広島映画センター

広島映画センター 設立:1972年4月

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出典:『広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版) 』( 広島映画センター、広島平和教育研究所 1985/5/1)

 

広島平和記念資料館所蔵文献

書名 著者 出版者 出版年
青葉学園物語 広島映画センター企画 吉本直志郎(原作) 1980/5/31
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書  広島映画センター、広島平和教育研究所 1982/5/28
はだしのゲン2 戦後激動編 ゲンプロダクション製作、広島映画センター(製作協力) 1985/1/1
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版)  広島映画センター、広島平和教育研究所 1985/5/1
PEACE&シネマ 広島平和教育映画ライブラリー10周年記念誌 広島平和教育映画ライブラリー編 1987/1/1
ヒロシマの青春 飛翔 広島文団連50年誌 広島県文化団体連絡会議「50年誌」編集委員会 2012/12/15