フロイド・シュモー
| 18950921生 20010420没 |
享年 105歳 |
1983年)11月15日広島市特別名誉市民 「ヒロシマの家」(シュモーハウス)の建設・寄附を通じて平和運動に尽力。 |
資料
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
フロイド・シュモー
| 18950921生 20010420没 |
享年 105歳 |
1983年)11月15日広島市特別名誉市民 「ヒロシマの家」(シュモーハウス)の建設・寄附を通じて平和運動に尽力。 |
資料
ユネスコ特定実験報告書(昭和30年1月30日)
実験題目『原爆と平和』
広島大学教育学部 付属東千田中学校
| Ⅰ | 序説 | ||
| 1 | 学校の環境条件および生徒の特性、教育方針などについての概略 | ||
| ロ | 国際理解のための全般的な指導計画および指導状況の概略 | ||
| ハ | 国際理解テスト等実施の結果と指導上問題とすべき諸点の指摘 | ||
| ニ | 特定実験テーマ設定の理由 | ||
| ホ | 実験のための組織 | ||
| 運営委員会 | |||
| 森戸辰男(顧問:広島大学長) | |||
| 皇至道(顧問:広島大学長教育学部長) | |||
| 森岡文策(委員長:広島大学長教育学教授兼附属東千田高・中学校長) | |||
| (委員:)<22人氏名等未入力> | |||
| へ | 実験学級の生徒についての一般的諸テストとその結果 | ||
| Ⅱ | 短期実験経過の大要 | ||
| Ⅲ | 集団討議・感想文・面接等の結果の処理及びその解釈 | ||
| イ | 2年生の場合 | ||
| A | 感想文 | ||
| 生徒の作品の一例 | |||
| B | 集団討議及び面接の結果 | ||
| ロ | 1年生の場合 | ||
| Ⅳ | 実験教育指導に関する評価 | ||
| Ⅴ | 総括的結論 | ||
| 資料:戦争並びに原爆に関する調査用問題 |
国際平和教育研究会(広島大学教育学部付属小学校内、1974年組織)
資料
| 本 | |||
| 子どもと父母と教師が書いた原爆の記録 | |||
| 1=国際平和教育研究会編、2・3=小川利雄編 教育出版センター刊 |
|||
| 1 | ヒロシマの雨はドームの涙 | 1975/08/06 | |
| 2 | 地獄からの汽車 | 1975/08/17 | |
| 3 | 悪魔の銀のサイコロ | 1975/08/15 | |
『折り鶴の子どもたち 原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち』(那須正幹作・高田三郎絵、PHP研究所 1984/07/02 )
目次<未完>
| 部章 | 登場人物・組織・団体(抄) | |
| 第1部 | ||
| 第1章 | 運動会 | 広島市立幟町小学校、野村剛(担任) |
| 第2章 | きらめきの日々 | |
| 第3章 | 悪魔の爪あと | |
| 第4章 | 死の予感 | |
| 第5章 | 飛べない鶴 | |
| 第2部 | ||
| 第1章 | 残された人たち | |
| 第2章 | 悲しみをこえて | |
| 第3章 | 平和へのさけび | |
| 第4章 | 友よ やすらかに | |
| 第5章 | 折り鶴の系譜 | |
| あとがき | ||
世界の子どもの平和像を広島に作る会(略称:せこへい)
機関紙『せこへい』 創刊:20000501
世界の子どもの平和像序幕式 2001年8月6日
| 2001年8月6日 広島市民球場南側 |
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ドキュメント・悲しみの千羽鶴(豊田清史、創樹社、1991/07/10)目次
| 1 | 鶴を折りつつなぜ死んだ | ||
| 2 | 二歳で被爆、でも元気に育った | ||
| 3 | 六年生の冬、原爆症が出た | ||
| 4 | 生きたくて千羽鶴を折る | ||
| 5 | ほんとうは千三百羽をこえていた | ||
| 6 | 禎子よ、もう一度この胸に | ||
| 7 | 「原爆の子の像」建立へ | ||
| 8 | 子どもの力で平和をきずくのだ | ||
| 9 | パン代五五〇円使っただけ | ||
| 10 | はばたく千羽鶴 | ||
| 11 | 苦しみに絶った若い命 | ||
| 12 | 千羽鶴のこころね | ||
| 13 | 次つぎと寄せられた千羽鶴 | ||
| 14 | 反核への折り鶴運動 | ||
| 15 | 禎子の折った赤い鶴 | ||
| 16 | 海を越える折り鶴の輪 | ||
| 17 | 折り鶴への放火事件 | ||
| 18 | 像の二〇万羽を引きちぎる | ||
| 19 | 首相の句碑には折り鶴がない | ||
| 20 | 「折り鶴の会」の嘆き | ||
| 21 | 折り鶴でとっちめられた私 | ||
| 22 | 千羽鶴の詩歌や出版書 | ||
| 23 | ピカドン竹藪の千羽鶴 | ||
| 24 | 「金色の鶴」の紛失 | ||
| 25 | 湯川博士より「千羽鶴」の書 | ||
| 26 | お母さんの千羽鶴 | ||
| 27 | 七六万羽折った北川さん | ||
| 28 | 町をあげて千羽鶴運動 | ||
| 29 | さまざまな問題をもつ平和公園 | ||
| 30 | 鶴に生きる禎子の霊よ | ||
| 31 | 千羽鶴が絶えませぬように | ||
| あとに | |||
広島市原対協被爆生存者(児童生徒)調査表
1956年1月10日現在
| 小学校 | 中学校 | 高等学校 | 計 | ||
| A.外傷のみあるもの | 検査希望 | 27 | 44 | 15 | 86 |
| 治療希望 | 31 | 52 | 16 | 99 | |
| 検査治療希望せず | 155 | 270 | 149 | 574 | |
| 計 | 213 | 366 | 180 | 759 | |
| B.自覚症状のみあるもの | 検査希望 | 186 | 175 | 82 | 444 |
| 治療希望 | 151 | 140 | 52 | 343 | |
| 検査治療希望せず | 332 | 619 | 286 | 1237 | |
| 計 | 669 | 935 | 420 | 2024 | |
| C.外傷自覚症状共にあるもの | 検査希望 | 50 | 52 | 34 | 136 |
| 治療希望 | 60 | 86 | 29 | 175 | |
| 検査治療希望せず | 83 | 150 | 125 | 358 | |
| 計 | 193 | 288 | 188 | 669 | |
| D.外傷自覚症状共にないもの | 検査希望 | 175 | 161 | 73 | 413 |
| 治療希望 | 76 | 98 | 22 | 196 | |
| 検査治療希望せず | 1690 | 2801 | 1105 | 5596 | |
| 計 | 1945 | 3060 | 1200 | 6205 | |
| E.総計 | 検査希望 | 442 | 433 | 204 | 1079 |
| 治療希望 | 318 | 376 | 119 | 813 | |
| 検査治療希望せず | 2260 | 3840 | 1665 | 7765 | |
| 計 | 3000 | 4349 | 1988 | 9657 |
出典:『広島原爆医療史』」601頁
『高校生の平和ハンドブック』(森田俊男・小岩井益夫・沢野茂男著編、平和文化刊、19860707 )
目次
| 章 | |||
| 核廃絶を求める高校生の平和アピール | (19820805) | ||
| 長崎高校生平和ゼミナール | 広瀬方人(世話人) | ||
| 埼玉高校生平和ゼミナール | 小岩井増男(世話人) | ||
| 呉・高校平和の集い | 大田英雄(世話人) | ||
| 広島高校生平和ゼミナール | 横山英(校長) | ||
| はじめに:地域にねざし、人類の課題を担う日本人ヘ | 森田俊男 | ||
| 1 | ここまできたぞ高校生 | ||
| 1-1 | 雨ニモマケズ、風ニモマケズ | ||
| 1-2 | 核時代を生き抜く力を | ||
| 1-3 | ノエルベーカーの手紙 | ||
| 1-4 | 高校生は世界史をつくる | ||
| 1-5 | ヒロシマの叫びを ともに | ||
| 1-6 | 人類の良心を引き継ぐもの | ||
| 1-7 | いつでもどこでも平和ゼミ | ||
| 1-8 | 平和のための学力を | ||
| 1-9 | 明日ではおそすぎる | ||
| 2 | ワイワイ、ガヤガヤやってるぞ! | ||
| 報告 | |||
| 1 | 長野 1160名の「生徒会平和宣言」 | 宮下与兵衛 | |
| 2 | 山形 「ノエルベーカーの手紙」運動《国際版》 | 管幹雄 | |
| 3 | 高知 いま、「足もと」から平和と青春を考えよう | 上岡橋平 | |
| 4 | 呉 戦跡フィールドワークを受け継ぐ高校生-呉地区高校生平和の集いの12年 | 大田英雄 | |
| 5 | 神奈川 「ヒロシマ研究旅行」は生徒を変える | 亀井博 | |
| 6 | 広島 ヒロシマからの報告-合唱構成詩「見えてきたヒロシマ・ナガサキ」 | 沢野重男 | |
| 7 | 埼玉 「50字メッセージ」から「平和討論会」 | 小岩井増男 | |
| 特別報告・京都 現代を生きる高校生たち―同和教育にかかわってきた道をふりかえりながら | 石田真一 | ||
| 3 | 平和学習講座を自主編成してみよう! | ||
| 3-1 | 物理・原爆炸裂時の火球表面温度の推定、他 | 大亀信行 | |
| 3-2 | 現代社会・核戦争はおきるか-ザ・ディ・アフター | 沢野重男 | |
| 3-3 | 英語・平和を求める手紙を英語で書いてみよう! | 管幹雄 | |
| 3-4 | 国語・峠三吉の生き方 | 深川宗俊 | |
| 3-5 | 国語・ヒロシマの詩の艦賞と創作 | 山岡照 | |
| 3-6 | 美術・美術と平和のかかわり・ゴヤの生き方と作品を通して | 鈴木勉 | |
| 3-7 | 家庭・戦時食を調理・試食してみよう | 辻井敏子 | |
| 3-8 | 書道・書(道)で平和を訴える | 森下弘 | |
| 3-9 | 音楽・「鳩の絵を書こう」 | 黒板正文 | |
| 4 | 高校生は世界史をつくる | ||
| 4-1 | 18歳公民権をにないうるものに-国民主権と人権の感覚を | ||
| 4-2 | 18歳以下の青少年に意見表明の権利を-国際的な動向をふまえ | ||
| 4-3 | 高校生は世界史をつくる | ||
| おわりに | 小岩井増男 | ||
機関紙『歴史と教育』No1(196210)設立大会特集号
| 広島歴史教育協議会の発会にあたって(発起人 今堀ほか4名) | ||
| 今堀誠二 | ごあいさつ(会長) | |
| 石井金一郎 | 現代の課題(設立大会報告・問題提起) | |
| 幹事会 | 11月(第1回例会のお知らせ) | |
| 天野卓郎(幹事会) | 小中高を貫く歴史教育の理論と実践の統一(大会報告・本年度活動方針) | |
| 川島孝郎 | 生徒の描く未来像からみた歴史教育の反省-主体的生徒を育てるには | |
| 村上尚三郎 | 秀吉の学習について-科学的歴史認識を育てるために | |
| *(翠中3年) | キューバ問題についての感想 | |
| 天野 | 広島歴史教育協議会設立総会報告 | |
| 広島歴史教育協議会会則・役員・その他 |
『『歴史と教育(広島歴教協)』NO. 14
石井金一郎先生追悼号目次
| 著者 | タイトル |
| 今堀誠二 | 石井教授の学問 |
| 石井和郎 | ぼくの父 |
| 天野卓郎 | 石井金一郎先生を偲んで |
| 篠原孝義 | 組織者石井金一郎先生 |
| 有田譲 | 石井先生と部落問題 |
| 松岡金光 | 石井先生を偲んで |
| 村上尚三郎 | 石井先生の死を悼む |
| 故石井金一郎氏遺族をはげます募金のお願い | |
| 資料 | 石井教授の死 平和運動に打撃 原爆医療法成立に功労(『中国新聞』19670622) |
| 遺徳をしのび500人 石井教授の教養部葬 霊前にひっそり学位記(『中国新聞』19670623) | |
| 天野 | 編集後記 |
機関紙『歴史と教育』総目録
広島歴史教育者協議会 1962年月日設立
| No. | 発行年 月日 |
内容(抄=広島の動向を中心に) |
| 1 | 196210 | 設立大会特集 |
| 2 | 196212 | |
| 道重哲男「わが国におけるファシズムの成長過程-高等学校日本史における近・現代史に教材的取り扱いの一例として」 | ||
| 3 | 1963 | |
| 後藤陽一「人権の歴史としての日本史について」(4月27日呉歴教協発会記念講演要旨) | ||
| 広島歴教協 | 討議資料-部落解放と歴史教育について | |
| ニュース | 歴教協呉地区協議会の発足 | |
| 佐伯郡下に歴教協サークル結成の動き | ||
| 特別 | 19630428 | |
| <資料>義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(案) | ||
| <紀元節問題に関する資料>1963.2.5国民文化会議声明 | ||
| 「紀元節法案」の歴史 | ||
| 4 | 196311 | |
| 渕上和俊 | 歴史授業研究-主体的学習を深めるために-第13次広島県教研報告 | |
| 歴史教育者協議会第15回大会参加記 | ||
| 高橋信雄 | (1)「部落解放と歴史教育」分科会に参加して | |
| 三上勝康 | (2)京都大会で感じたこと | |
| 天野卓郎 | 第13次広島県教育研究集会社会科部門集会から-中学校部会 | |
| 事務局 | 広島歴教協の動き | |
| (1)佐伯社会科教育協議会の結成(6月22日) | ||
| (2)歴教協安芸サークルの結成(10月12日) | ||
| (3)歴教協評議員遠山茂樹先生を囲んで(10月26日)-広島史学研究大会・日本歴史学協会総会- | ||
| 5 | 19640120 | 第2回大会特集号 |
| 今堀誠二 | 歴教協の進むべき道―広島歴史教育協議会第2回大会講演 | |
| 横山英 | 大衆運動をどう把えるか-五四運動の評価について | |
| 天野卓郎 | 大正デモクラシー運動について | |
| 6 | 19640420 | |
| 川島 | 例会報告-戦争をどう教えるか | |
| 7 | 19650110 | |
| 今堀誠二 | 挨拶 | |
| 細田鼎 | 現代と社会科教育-広島歴史教育協議会第3回大会講演 | |
| 8 | 19650310 | |
| 今堀誠二 | 現代史の課題(1) | |
| 紀元節復活に反対する | ||
| 9 | 19651220 | |
| 天野卓郎 | 民族の伝統と変革をどう扱うか(1)-明治維新の学習ノート | |
| 今堀誠二 | 現代史の課題(2) | |
| 10 | 19660410 | |
| 天野卓郎 | 1966年度”ひろしま歴教協”のとりくみのために<資料>-「民族の課題」にどう迫るか- | |
| 11 | 19660715 | 教科書検定問題特集 |
| 天野卓郎 | 教科書検定訴訟を支援する全国連絡会第2回全国総会に参加して | |
| <資料> | 教科書検定訴訟を支援する全国連絡会第2回全国総会(1966.7.10)運動の現状と課題 | |
| 同上 声明 | ||
| 天野 | 教科書検定訴訟を支援する歴史研究者の会懇談会ひらかれる | |
| 高橋 | 教科書訴訟を支援する広島集会 | |
| 12 | 19660801 | 第18回歴教協大会報告資料特集 |
| 扉のことば―年表にない歴史 | ||
| 川島孝郎 | 第6分科会・歴史学習の方法 学習授業の方法-戦後の実践を事例として | |
| 天野卓郎 | 第11分科会・現代史 現代史学習のねらいと構成-報告「資料」として(1)- | |
| 13 | 19661201 | ひろしま歴教協1966年次研究集会特集 |
| 今堀誠二 | 歴史の現時点 | |
| 青才智恵雄 | 社会科における「生きる」ということの意味-社会科教師の基本像 | |
| 空辰男 | とくに政経社教授に訓育的過程をしている | |
| 川島孝郎 | 大会参加記-教科書批判学習について- | |
| 天野卓郎 | ”歴史と教育”手帖 | |
| 14 | 19671001 | 石井金一郎先生追悼号<別記> |
| 1 | 196402 | 広島歴教協月例会報告 |
| 1 | 19670501 | ひろしま歴教協通信 |
| 2 | 19670601 | |
| 3 | 19670701 | |
| 4 | 19670901 | |
| 5 | 09671101 | |
| 19 | 19701216 | |
| 1 | 19720910 | 広島県歴教協広島支部ニュース |
| 2 | ||
| 3 | ||
| 4 | ||
| 5 | ||
| 6 | ||
| 7 | ||
| 8 | ||
| 9 | 19730613 | 広島県歴教協広島支部ニュース(再刊) |
広島地区高校生部落問題研究協議会
資料
| 資料名 | 年月日 | 備考 |
| 機関誌『ヒロシマ部落研』 | 宇吹所蔵分=U | |
| 13号 | 19840525 | U |
| 14号 | 19850525 | U |
| 23号 | 19940615 | U |
| 特集:朝鮮人強制連行・強制労働問題 歴史を学ぶ高校生 | ||
| 各学校の活動報告 | 美鈴が丘高校社会問題研究部 | |
| 比治山女子高校社会研究部 | ||
| 崇徳高校平和問題研究部 | ||
| 舟入高校社会問題研究部 | ||
| 山陽高校部落研 | ||
| 電大附属高社研部 | ||
| 安田女子高校社研部 | ||
| 広島市立広島工業学校部落研 | ||
資料:高校生平和ゼミナール
| 資料名 | 著者など | 年月日 | 所蔵 |
| G=原爆資料館、U=宇吹 | |||
| ヒロシマ・ナガサキをになう高校生 第21回原水爆禁止世界大会階層別集会「高校生と原水禁運動」報告集 | 階層別集会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会 | 1976/07/06 | GU |
| 若者よ語り励ましともに学ぼう 第22回原水爆禁止世界大会分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会報告集 | 分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会 | 1977/01/21 | GU |
| 第1回 第1回広島県高校生平和ゼミナール | 同実行委員会 | 1978/02/11 | GU |
| より確かに平和へ歩もう No.1 第1回広島県高校生平和ゼミナールの記録 | 同実行委員会 | 1978/05/03 | G |
| ヒロシマの高校生の平和活動-高校生は世界史をつくる | 広島県高校生平和ゼミナール実行委員会 | 1978/12/11 | G |
| より確かに平和へ歩もう 第2号 第2回広島県高校生平和ゼミナールの記録 | 同実行委員会 | 1979/08/05 | GU |
| 高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1979年世界大会関連行事・第6回8・6全国高校生集会総括集 | 8・6全国高校生集会現地実行委員会、広島県高校生平和ゼミナール実行委員会編 | 1979/11/03 | GU |
| 高校の平和教育 続「ひろしま」から学ぶ | 広島県高等学校平和教育推進教材編集委員会編 | 1980/01/10 | G |
| 高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1980年世界大会関連行事・第7回8・6全国高校生集会総括集 | 8・6全国高校生集会現地実行委員会、広島県高校生平和ゼミナール実行委員会編 | 1981/07/30 | U |
| 原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録 | 「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会編 | 1983/02/21 | U |
| ヒロシマの旅-碑めぐりガイドブック | 広島県歴史教育者協議会、「ヒロシマの碑」建設委員会、広島県高校生平和ゼミナール編 平和文化刊 | 1983/06/23 | GU |
| 高校生の平和アピール 私たちは学び訴える | 広島・長崎・埼玉高校生平和ゼミナール、呉高校生平和の集い編 平和文化、汐文社(発売) | 1983/10/16 | G |
| 世界史をつくる者たちへ-高校生は五〇字メッセージで訴える | 平和文化刊 | 1983/11/20 | GU |
| 編:埼玉県、広島県、長崎、大阪、かながわ 高校生平和ゼミナール、呉高校生平和の集い実行委員会、京都高校生部落問題研究会 | |||
| 歌集 見えてきたヒロシマ・ナガサキ | 広島県高校生平和ゼミナール | 1985/08/06 | U |
| 高校生の平和ハンドブック 核時代を生きる若者たちのために | 森田俊男・小岩井増夫・沢野重男編 平和文化 | 1986/07/07 | GU |
| ドキュメンタリー原爆遺跡 -ヒロシマの子の爆心地レポート | 平和文化発行元、汐文社発売元 | 1988/07/01 | GU |
| 広島高校生平和ゼミナール、広島県歴史教育者協議会、広島市教職員組合編 | |||
| PEACE 第17回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’90報告集 | 全国高校生平和集会実行委員会編・刊 | 1990/11/01 | GU |
| PEACE 第18回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’90報告集 | 第18回全国高校生平和集会’91長崎実行委員会 | 1990 | U |
| P EACE 第19回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’92報告集 | 第19回全国高校生平和集会実行委員会 | 1992/12/01 | GU |
| 高校生の平和ハンドブックⅡ | 高校生平和ゼミナール全国連絡センター 平和文化 | 1995/08/06 | G |
| 高校生の平和ハンドブックⅢ-戦後50年高校生は平和のためになにを学び、調べ、訴えたか | 高校生平和ゼミナール全国連絡センター編 平和文化 | 1996/07/20 | G |
| オキナワからのメッセージ 広島と沖縄をむすぶ平和ゼミナール・報告集 | 広島高校生平和ゼミナール | 1996/08/01 | G |
| 高校生の韓国旅ガイドー「友情づくり」の旅のために | 高知高校生平和ゼミナール 平和文化 | 1996/08/09 | G |
| PEACE 第25回全国高校生平和集会報告書 | 全国高校生平和集会実行委員会 | 1999/08/01 | G |
| 核兵器と戦争のない21世紀をめざす 高校生の平和アピール | 高校生平和ゼミナール全国連絡センター 平和文化 | 2003/08/15 | G |
(8・6)全国高校生集会
| 回 | 年 | 会場 | 備考 |
| 01 | 1974 | 広島・労働会館 | 参加者:約100名 |
| 02 | 1975 | 広島・神崎小学校 | 参加者:広島県内60数人、全国各地200数十人、計約300人。 |
| 『ヒロシマ・ナガサキをになう高校生 第21回原水爆禁止世界大会階層別集会「高校生と原水禁運動」報告集』 | |||
| 03 | 1976 | 広島・観音中学校 | 参加者:230名。 |
| 『第22回原水爆禁止世界大会分科会「高校生と原水禁運動」現地実行委員会報告集』 | |||
| 04 | 1977 | 広島・戸坂農協会館 | 参加者:300名。 |
| 05 | 1978 | 広島・広島女学院 | 参加者:232人(35都道府県) |
| 06 | 1979 | 広島商業高校旧講堂 | 参加者:330人(30都道府県)。 |
| 『高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1979年世界大会関連行事・第6回全国高校生集会総括集』(8・6全国高校生集会現地実行委員会・広島県高校生平和ゼミナール実行委員会) | |||
| 07 | 1980 | 広島女学院中学講堂 | 参加者:500余名(36都道府県)。 |
| 『高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1980年世界大会関連行事・第7回全国高校生集会総括集』(8・6全国高校生集会現地実行委員会・広島県高校生平和ゼミナール実行委員会) | |||
| 08 | 長崎・長崎商業高校 | 参加者:約300名 | |
| 09 | 1982 | 広島女学院中学講堂 | 参加者:645名(1都1道2府31県)。 |
| 10 | 1983 | 長崎・長崎商業高校 | 参加者:約350名 |
| 11 | 1984 | 広島・二葉中学校 | 参加者:約700名 |
| 12 | 1985 | 長崎・長崎商業高校 | 参加者:500名 |
| 13 | 1986 | 広島女子商業高校 | 参加者:880名(40都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。広島県民文化センター、参加者700名 |
| 14 | 1987 | 長崎・長崎商業高校 | 関連行事:NO NUKES CONCERT。広島・安佐南区民文化センター、参加者500名 |
| 15 | 1988 | 広島商業高校 | 参加者:900名。 関連行事:NO NUKES CONCERT。広島・広島東区民文化センター、参加者500名 |
| 16 | 1989 | 長崎・活水女子高校 | 参加者:500名(33都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。広島国労会館、参加者200名 |
| 17 | 1990 | 広島・観音中学校男 | 参加者:700名(33都道府県)。関連行事:NO NUKES CONCERT。参加者500名 |
| 18 | 1991 | 長崎市平和会館 | |
| 19 | 1992 | 舟入高校・南区民文化センター | 参加者:800名。関連行事:NO NUKES CONCERT。参加者1000名 |
| 20 | |||
| 21 | |||
| 22 | 1995 | ||
| 23 | |||
| 24 | |||
| 25 | |||
| 26 | |||
| 27 | 2000 | オンライン | |
| 28 | 2001 | オンライン | |
| 29 | 2002 | 広島市アステールプラザ | |
| 30 | |||
| 31 | |||
| 32 | |||
| 33 | |||
| 34 | |||
| 35 | |||
| 36 | |||
| 37 | |||
| 38 | 20110808 | 長崎 | |
| 39 | |||
| 40 | |||
| 41 | 2014 | 広島 | |
| 42 | 2015 | 広島 | |
| 43 | |||
| 44 | 20170808 | 活水高校(長崎) | 19都道府県約110名 |
| 45 | |||
| 46 | 2021 | ||
| 47 | 2020 | オンライン | |
| 48 | 20210808 | オンライン | |
| 49 | 2022 | 広島朝鮮初中高学校 | |
原爆の子-広島の少年少女のうったえ
長田新(編)、岩波書店、1951年10月2日
資料
| 本 | |||
| 書名 | 著者、発行所 | 発行年 | 所蔵 |
| 所蔵 G=原爆資料館、U=宇吹 | |||
| 原爆の子 見よ!戦争の惨苦を!-広島の少年少女・魂の叫び | 日本労働組合総評議会情報出版部 | 19520803 | U |
| 長田新編「原爆の子」より(仮題)ひろしま(第一稿) | 八木保太郎脚本、 日本教職員組合 | G | |
| 映画「ひろしま」の制作年=1953年。 | |||
| 君たちに捧げる 『原爆の子』(岩波版) 出版六〇周年記念 | 中村巖、朝日新聞出版 (制作) | 2011/12/31 | G |
『ヒロシマの子育て・教育』 広島教育研究所機関誌
| 号 | 発行 年月 |
備考 |
| 057 | 199507 | 特集:いま、ヒロシマから平和を問う |
| 藤井敏彦「連載『戦後50年とわたし』Ⅳ」 | ||
| 第24回平和教育シンポジュームから | ||
| 070 | 199610 | |
| 073 | 199701 | |
| 100 | 199906 | 特集:ヒロシマと新ガイドライン |
| 109 | 200004 | 三浦精子「特別寄稿 「おこりじぞう」と山口勇子さん」 |
| 205 | 200902 | 特集:平和教育部会から提言 |
| 松井久治 | ||
| 江種祐司 | ||
| 206 | 200903 | 特集:平和教育部会から提言 |
| 高橋信雄 | ||
| 澤野重男 | ||
| <以下未入力> | ||
| 388 | 202510 | 今、広島の教育は・・・ |
広島教育研究所 設立:1990年
資料
| 機関誌 | ヒロシマの子育て・教育 | 備考 |
| 刊行物 | ||
『平和教育運動』(1974年2月1日創刊)
| 号 | 発行年月日 | 備考 | 所蔵 |
| 創刊 | 1974/02/01 | 第1回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 1 | 1975/01/25 | 第2回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 2 | 1976/05/01 | 第3回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 3 | 1977/01/25 | 第4回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 4 | 1979/05/20 | 第5回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 7 | 1980/05/20 | 第7回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 6 | 1980/07/10 | GU | |
| 8 | 1981/06/15 | 第8回全国平和教育シンポジューム報告 | GU |
| 9 | 1982/10/15 | 第9回全国平和教育シンポジウム報告集 | GU |
| 10 | 1983/03/31 | 第10回全国平和教育シンポジウム報告集 | GU |
| 11 | 1984/02/01 | 第11回全国平和教育シンポジウム報告集 | GU |
[季刊]平和教育 第1号(創刊号)
日本平和教育研究協議会、明治図書出版、19760525
| 号 | 発行年月日 (著者) |
特集 (タイトル) |
所蔵 |
| G=原爆資料館、U=宇吹 | |||
| 01 | 19760525 | 平和教育をどうすすめるか | GU |
| 石田明 | 平和教育の今日的課題 | ||
| 森田俊男/松山善三/山田洋次/金沢嘉市/大田堯/飯島宗一/梅根悟/小川岩雄/棋枝元文/小森秀三 | |||
| 『季刊・平和教育』の発刊にあたって | |||
| 鎌田定夫 | 被爆30年子どもたちの証言 | ||
| 文沢隆一 | 平和記念資料館物語 | ||
| 中沢啓治 | インタビュー “はだしのゲン”とわたし | ||
| 増岡敏和 | 作家と作品1 峠三吉 峠三吉の抒情の変革とその生涯 | ||
| 永田守男 | マスコミの動向 被爆の炎は消えず | ||
| 02 | 19760825 | 戦争体験をどう継承するか | GU |
| 03 | 19761125 | 平和のための学校行事設定の意義 | GU |
| 04 | 19770310 | 平和教育は人格形成にどうかかわるか | GU |
| 05 | 19770610 | 平和教育のあゆみと憲法・教育基本 | GU |
| 06 | 19770930 | 子どもの戦争観はどうなっているか | GU |
| 07 | 19780130 | 世界に広がる平和教育 | GU |
| 08 | 19780601 | 地域に学ぶ平和教育 | GU |
| 09 | 19790101 | 未来につなげる戦争の学習 | GU |
| 10 | 19790701 | 子ども・青年の危機と現代のファシズム | G |
| 11 | 19800301 | 教育の荒廃と平和教育の課題 | G |
| 12 | 19800901 | 80年代と平和教育の課題 | G |
| 13 | 19810601 | 国防教育と自衛 | G |
| 14 | 19820201 | 道徳教育としての平和教育 | G |
| 15 | 1982/08/01 | 現代平和教育をめぐる実践的課題 | G |
| 16 | 1983/02/01 | 草の根の平和教育 | G |
| 17 | 1983/10/01 | 日本における沖縄の位置と課題 | G |
| 18 | 1984/04/01 | 核未来戦争の脅威の中で何を教えるか | G |
| 19 | |||
| 20 | 1985/04/01 | 核戦争の危機と教育の課題 | GU |
| 21 | 1985/11/01 | アジア・アフリカをどう認識させるか | G |
| 22 | 1986/04/01 | 子どもたちにいのちと人権を守る力を | G |
| 23 | |||
| 24 | 1986/10/01 | いじめ・暴力にたちむかうちから | G |
| 25 | 1987/01/01 | ここからはじめる平和教育 | G |
| 62 | 2002/06/01 | 二一世紀の平和教育 | G |
広島女学院原爆被災実態調査報告書(19700625)
<昭和20年8月6日広島女学院に在籍の生徒を対象とする>
(広島女学院大学学生自治会・広島女学院原爆被災実態調査委員会、1970年6月25日)
内容目次
はじめに
| はじめに(抄) 昭和42年6月,広島女学院大学では同大学宗教委員会と,学生自治会共催のもとに、「8・6の意味するもの」と題する一連の講座を全学生対象に企画,実施しました。以後毎年続けられているこの講座に対する学生の反応は,必らずしも満足出来るものとは言えませんが,今回の調査が学生たちの手によって始められたことは,やはり講座がもたらした結果の一つだと言えると思います。 「原爆」を知るための手がかりとして,「原爆」は私たちの先輩たちにどんな爪跡を残しているか」,又,「私たちが,被爆者である先輩たちから受け継がねばならないものは何なのか」と言うことから先ず始めようとしました。同時に,広島女学院と原爆を,被爆25年に当って,何らかの形で整理し,後輩に記録として残すことも必要なのではないかと思われました。しかしこの調査作業の間中,「一体私たちはこの調査から何を得ようとしているのだろうか」,「私たちがしようとしていることは本当に必要なのか」,「先輩たちに迷惑をかけるだけで終るのではないだろうか」と言った疑問と不安が絶えず私たちについて廻りました。そして最終段階に来た今,「原爆」と言う問題は,一度や二度の調査,成は数冊の本を読んだだけで掴み得るものではなく,ましてや解決出来るものではない事を改めて痛感しました。 面倒なアンケートに積極的に回答して下さった方々には,一人一人お目にかかってお礼を申し上げたい程感謝で一杯です。アンケート用紙にぎっしり書き込みをして励まして下さった方々もありました。しかしそれど同時に,66%もの方にご回答いただけなかったことを,私も同じ調査対象者である卒業生の一人として,大変残念に思います。心情的に決して答えやすい事がらではありませんし,それぞれご家庭の事情もあり,中にはこの調査でご迷惑をおかけした方もあると思います。しかし切角若い学生たちが,毎日の行動の決断を追られながら,或は,「今更原爆でもあるまい」と言った声を耳にしながらも,原爆を知ろう,被爆者の実態を知ろうとして集ったのにと残念に思うのです。 (以下略) |
調査の概要(目的・方法・時期・対象・委員)
調査の結果
| 1 | 被爆の状態 |
| 2 | 被爆者自身の健康状態とそれに関する不安度 |
| 3 | 原爆問題に対する関心度 |
| 4 | 原爆死没者に対する意識 |
| 5 | 原水禁運動及び被爆者援護に関する意識 |
| 6 | 被爆者に対する差別の実態 |
| 7 | 被爆二世に対する意識 |
| 8 | A.B.C.C.に対する意識 |
| 9 | 原爆投下及び現在の核兵器に対する意識 |
| 10 | 支持政党 |
| 11 | 「原爆」と人生観について |
| 12 | 「原爆」という言葉に対する反応 |
調査結果を見て
調査から学んだもの
後記
付録Ⅰ「広島女学院原爆被災実態調査」調査票/付録Ⅱ在学生用調査票