原水爆被災資料センター(仮称)の設置について(勧告)

 

日本学術会議から政府への勧告
原水爆被災資料センター(仮称)の設置について(勧告)
(昭和46年11月9日付総学庶第1682号 日本学術会議会長から内閣総理大臣宛)

標記のことについて,本会議第59回総会の議に基づき,下記のとおり勧告します。

日本学術会議では,原水爆被災資料の収集・保存・利用の問題について,かねてから検討を進め,1968年4月の第50回総会の議に基づき,この問題について政府に申し入れを行なった。(別添資料1)一方,本申し入れの具体化のため原水爆被災資料センター(仮称)の設置についてもひきつづき検討を行なってきた。

戦後四分の一世紀を経過した今日,原水爆被災資料センター(仮称)を設置して,原水爆被災問題についての学術的資料を収集・整理・保存し,これを正しく活用すること,とりわけ,このことを通じて被爆者の福祉と世界の平和・人類の福祉に寄与するよう努めることは,国家的急務であると考え,このたび別記のような一案をえたので,ここにこれを勧告する。

なお,本勧告の具体化に当っては,日本学術会議に協議されたい。

く本信写送付先>総理府総務長官,科学技術庁長官,大蔵・文部・厚生・自治各大臣
〔別記〕
(紙数の都合で要点のみ掲載します)

原水爆被災資料センター(仮称)
1.設立の趣旨
1945年8月,米軍による広島,長崎への原爆投下による被害は人類の経験した最大の悲惨事であり,1954年3月のビキニ水爆実験による日本人漁夫の被害もまたわれわれに深刻な衝激を与えた。われわれは,この悲惨な経験を正しく受けとめ,人類として絶対にこのような過誤を再びおこさせないよう自ら努力する義務を有すると共に広く全世界の人々に要請する権利がある。そして,それと同時に現在なお身体的・精神的・生活的に苦しめられている幾多の被爆者に完全な援護が行なわれねばならないことも勿論である。

原水爆の悲惨から人類を防衛するための努力と被爆者に対する完全援護実現のための努力とは相互に切りはなすことのできない関係にある。核兵器の禁止、平和への寄与と被爆者援護への寄与は,センター構想の当初より,その目的とするところである。

この目的を達成するためには,原水爆被災の実態を明らかにすること。そのための諸資料の収集,整備,それを基礎とする研究などが必要である。しかるに広島,長崎に原爆が投下されて25年を経過した今日に至るまで原爆被災に関する年次を追っての継続的実態調査も行なわれておらず,被爆者は十分な援護のみちもないままに年々老令化し,また死亡しつつつある一方で被爆二世問題など新たな問題をも生みだしており,戦後25年の生活史を含めた完全な実態調査を行なうことが緊急に要請されている。

そのうえ,上記目的達成に貢献しうる原水爆被災に関する学術的価値のある標本,研究文献,調査報告,公私の文書,統計その他の記録,文学作品,映画,写真,絵画などの総合的,体系的収集,保存,整理などもいまだに行なわれていない。

もとより,これまで広島及び長崎においては,両市を始めとする地方自治体や民間篤志の団体,個人等の多大の苦心によってかなりの貴重なモニュメント的な資料が収集,陳列,展示され,年々,これらの施設を訪れる多数の人々に原爆の惨禍と平和の意義を訴え,偉大な社会教育的意義を発揮しているが,これらの貴重な活動に対して,これまで国は何らの財政的負担をも行なっていない。

加えて戦後25年は世代交代の時期,一つのエポックであり今の時期に関係する未発掘,未着手の資料の収集,整理や調査を行なわないならば,今後,ことは甚だ困難となるおそれがある。

したがって,各地に分散し,冬眠しつつあるあらゆる原水爆被災関係の学術的実践的価値ある資料を収集,保存,整理し,文化・社会・経済・行政・法学・医学,生物学,物理学など各方面からの総合的追究に活用しうる態勢を樹立し,原水爆被災の全貌を科学的に明らかにするための資料センターの設置が強く要望されるのである。

2.審議の経過
以上のような趣旨から,日本学術会議では,原水爆被災資料の収集・保存・利用の問題について,すでに1968年5月,原子力特別委員会のもとに原水爆被災資料小委員会をおいて検討をすすめ,1967年9月及ぴ11月の両度にわたって政府に申入れを行ない(別添資料1及び別添資料2)被爆現地の意見をきくため「原爆被災資料に関するシンポジウム」1967年12月,広島)及び「原水爆被災資料センター構想に関する懇談会」(1968年9月,広島及び長崎)また1969,70両年度においては,文部省総合科学研究費による「原水爆被災資料の蒐集・保存・利用の方法に関する基礎的研究班(略称「原水爆資料基礎研究班」)と協力して研究を続け,被爆者健康手帳や被爆者の健康診断ないし治療カルテの保存につき政府に要望した(別添資料3)のをはじめ,熱心な共同討議を継続し,その結果に基づき,今回の本勧告を行なうに至ったものである。

(注)班員は,人文・社会科学系より石田忠一ツ橋大学教授他12名,自然科学系より内野治人広島大学教授他13名の計27名。班長は広島大学原爆放射能医学研究所長志水清教授,1970年度は同所長岡本直正教授である。

3.設立の目的
1)原水爆被災についての学術的資料を収集・整理・保存しこれを正しく活用すること。

2)とりわけ,そのことを通じて被爆者の治療・援護などその福祉に寄与すること。

3)さらに上記学術的資料の整備等を通じて,核兵器の廃絶・世界平和と人類の幸福に寄与すること。

4.センターの事業
(1)学術的資料の収集,整理,保存,活用すでに現地においてこれまで市,民間団体等によって収集,保存,展示などが行なわれているモニュメント的資料は,現地現物主義に立って,これを尊重し,センターはこれとの重複をさけ,これら既存諸機関の機能と重複しないよう留意し,全体的・社会科学的,自然科学的学術研究,被災者援護に貢献しうる資料(研究文献,公私の文書,被爆者手帳,カルテその他の記録,調査報告や諸統計,立法,行政資料医学標本,文芸作品,映画,写真など)の収集,整理,保存,閲覧,資料,データ提供など,活用のため必要な業務を行なう。

既存諸機関所在の資料または現地で発掘される諸資料で現地保存を希望するものなどのうち,センターの目的に照らして必要なものは許可協力を得てコピー,マイクロフィルムなどを作成してこれをセンターに保存する。

既存諸関係機関所蔵の資料を含め全国的な資料リストを作成し,どのような資料がどこにあるかを明らかにする。

なを,このセンターは上記の目的達成のためには,さらに今後の原子力被害問題なども扱う必要があるのではないかと考えられる。

(2)調査,研究を自ら又は委託もしくは受託して行なう。共同利用の便宜を提供する。

なお,調査研究プロジェクトの参考例として別添資料4のようなものがある。

(3)成果の刊行。情報や複写,提供などのサービス業務を行なう。

(4)連絡,調整。関係諸機関との連絡,調整をはかる。

(5)国際的連絡,資料収集。スウェーデンの国際平和研究所など国際諸機関との連絡,国際的資料の収集などを行なう。

(6)被爆者援護に寄与する事業を行なう。

(7)研究会,講演会,展示会その他,センターの目的達成に必要な事業を行なう。

5.センター設置の場所
東京に東京センターをおく。

広島に広島センターをおく。

長崎に長崎センターをおく。

場合により,又は必要に応じて,大学,研究所等に分室等をおくことができる。

6.設置全体及び運営
(1)本センターの設置主体は国とする。

(2)運営

本センター設置の趣旨・目的に即してセンターの業務を推進し,その民主的運営をはかり,センター相互及びセンターと全国の関係研究者,被爆者などとの密接な連絡協力をはかるため次のような運営方式がとられることが望ましいと考えられる。

センターの所長は,日本学術会議の推薦によって任命する。

全体の長はおかず,各センターの所長のうち1人がその互選によって所長代表となる。

センター運営協議会及びセンター運営委員会をおく。

運営協議会は全国的運営協議会と各センターごとの運営協議会とする。

全国的運営協議会は,各センターの所長,各センターより選出された若干の所員,被爆者代表及び日本学術会議から推薦するものをもって構成し,所長代表が議長となる。

各センターごとの運営協議会は,当該センターの所長,当該センターの所員中より選出された若干名,被爆者代表及び日本学術会議から推薦するものをもって構成し,当該センターの所長が議長となる。

運営協議会はセンターの運営に関する重要事項の大綱を協議決定する。

運営委員会は,各センターごとに当該センターの所長,部室長およびその他の所員中より選出された若千名とをもって構成し,当該センター内の運営に直接に参画し,それに関する重要事項を協議する。

(3)センターの目的達成のためには,大学等研究機関との緊密な連けい、協力が不可欠であることから,センターの所長及び調査研究的職務を行なう所員の身分については教育公務員特例法に準ずる保障がなされねばならない。

7~8.(各センターの業務)(略)
9.機構
いずれのセンターをも通じて,既存諸活動を科学的に総合し,深め,サービスするという機能が重視される。流動研究員などのように若い研究者がたえず活用しうるようなうけ入れ体制が必要と考えられる。

過去と将来の架橋として将来にむかって,国際的にも発言しうるような基礎的データを準備するなどの機能が重視される必要がある。

センサスの分析なども重要な研究プロジェクトとなろう。こういう期待にこたえうるよう,機構が考えられる必要がある。

(各センターの機構)

(概略,各センターとも所長室,事務部門のほか,研究調査部門,資料管理部門,資料サービス及び相談室よりなるサービス部門電子計算機室などとしている)

10.設備
(各センターとも,概略,事務室,会議室,資料作成室,閲覧室,書庫,展示室,研究室,講堂,相談室,宿泊室,電子計算機室などのほか特殊設備として電子計算機,撮影機,マイクロリーダー,ゼロックス,映写装置,印刷機,計算機,タイプライター,写植装置,空調装置,エレベーターなどを考えている)

11.所要人員及び費用
東京,広島,長崎3センターともそれぞれおおむね同規模とし,人員は,各センター50人以上を予定し,費用については,

建設費 3か所 合計5~6億円
付帯設備費 3か所 合計7~8億円
年間経営費 3か 所合計4~5億円
程度と考える。

別添資料1-4(略)