大原三八雄
| 19920706没 | おおはら・みやお | 享年87 | 「広島詩集 1965」(広島県詩人協会)、「世界原爆詩集」(角川文庫)を編集。広島女子大学・広島工業大学名誉教授。『広島県現代文学事典』 |
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
大原三八雄
| 19920706没 | おおはら・みやお | 享年87 | 「広島詩集 1965」(広島県詩人協会)、「世界原爆詩集」(角川文庫)を編集。広島女子大学・広島工業大学名誉教授。『広島県現代文学事典』 |
『日本印象記-ヒロシマの家』(フロイド・シュモー、ヒロシマ・ピース・センター、19521001刊)<大原三八雄訳、谷本清発行>
内容
| 頁 | 著者 | 内容 |
| 口絵 | 祈平和灯籠() | |
| 江波町住宅骨組み | ||
| 皆実町住宅 | ||
| 江波町シュモー住宅 | ||
| 江波町シュモー住宅公民館 | ||
| 01 | 訳者 | フロイド・シュモー博士の横顔-序文にかえて(大原三八雄) |
| 01 | 日本印象記(ヒロシマの家) | |
| 71 | 浜井信三 | シュモー博士と広島の家 |
| 75 | 谷本清 | 跋 |
| 78 | あとがき | |
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| 装幀 | 新延輝雄 |
年表:原爆瓦
| 年月日 | 記事 | 備考 |
| 1948 | ||
| 0609? | 広島市商工課観光係、原爆参考資料を収集、市民から資料となる石・瓦・木など募集(7月15日締切)。 | |
| 1949 | ||
| 0929? | 広島市、市内中央公民館内に、暫定的に原爆参考資料陳列室を開設。長岡省吾が中心となり、被爆岩石・瓦・コンクリートなど収集。 | |
| 1950 | ||
| 0910? | 広島原爆記念会、「被爆のカワラ」を講和会議の記念事業として発売し、その益金を原爆犠牲者の慰霊や復興資金に寄付することを計画。 | |
| 1951 | ||
| 0910? | 広島原爆記念会、「被爆のカワラ」の販売を計画。 | |
| 0928? | 長崎の浦上文化振興会、原爆瓦の売り出しを計画。 | |
| 1978 | ||
| 0622? | 終戦直後長崎で土産品として売られていた“原爆瓦”、京都市で保管。 | |
| 0828 | 元安川東岸で被爆カワラが大量に見つかり、原爆資料館調査開始。 | |
| 0829? | 広島市観光協会、被爆カワラの破片を観光客に配布。 | |
| 0922 | 広島市原爆資料館、元安川の被爆カワラについて、土産品扱いは困るので川から拾わないよう指示。 | |
| 1979 | ||
| 1125 | 広島市の観音公民館で、「わたしの文化財展」開かれ、原爆カワラなど展示される。 | |
| 1981 | ||
| 0213 | 広島県高校平和ゼミナール代表、広島市の元安河床美化事業に対し、河床の被爆ガワラの保存を申し入れ。 | |
| 0601? | 広島県平和ゼミナールのメンバー、元安川河床で被爆カワラ・ガラスなどを発掘。(週2時間) | |
| 0627 | 広島県高校生平和ゼミナール、元安川の被爆カワラ保存を訴え、広島市に河床工事の延期を要請。 | |
| 0704 | 広島県高校生ゼミナール、元安川で「原爆カワラ発掘フィールドワーク」を実施。 | |
| 0710 | 広島県原爆被爆教職員の会、元安川河床の被爆かわらの保存などを広島市に申し入れ。 | |
| 0718 | 原爆瓦を守る若者の会など、原爆遺物発掘のため広島市に元安川河床美化工事延期を申し入れ。 | |
| 0912 | 「第三回ひろしま自治体学校」開催。被爆ガワラの保存運動などについて報告(13日まで)。 | |
| 0913 | 広島県高校生平和ゼミナールの呼びかけで、市内の小学生ら、元安川河原で被爆ガワラを収集。 | |
| 1013 | 広島県原爆被爆教職員の会など6団体、元安川河床の被爆ガワラ保存問題で広島市と合意。(被爆ガワラでモニュメント建設) | |
| 1025 | 広島県高校生平和ゼミナール、元安川で「原爆かわら掘り」実施。 | |
| 1030? | 広島県高校生平和ゼミナール、被爆がわらのモニュメント建設のためのカンパ活動開始。 | |
| 1031 | 広島市の安田女子高校文化祭で、平和学習の成果を報告(被爆かわらなどを展示し原爆コーナー設置)。 | |
| 1101 | 広島市の鈴峯女子高文化祭で被爆がわらについての調査など展示発表。 | |
| 1212 | 原爆ガワラ発掘を契機にした爆心直下の犠牲者のための慰霊碑「ヒロシマの碑」(仮称)の原形、発表される。 | |
| 1982 | ||
| 0112 | 広島市立基町小学校生徒、被爆がわらモニュメント「ヒロシマの碑」建設資金募金活動を開始。 | |
| 0128 | 広島市の城北学園で、生徒ら、「ヒロシマの碑」(原爆がわらモニュメント)建立募金を呼びかけ。 | |
| 0328 | 長崎高校生平和ゼミナールのメンバー、長崎市の平和公園で原爆がわらを展示、反原爆を訴え。 | |
| 0407? | ヒロシマの碑建設委員会、被爆がわらによるモニュメント「ヒロシマの碑」の碑文を募集。 | |
| 0417 | 呉市の高校生ら、呉市で、原爆がわらモニュメント「ヒロシマの碑」建立のための募金を呼びかけ。 | |
| 0418 | 長崎高校生平和ゼミナール、爆心地周辺で被爆かわら発堀作業。 | |
| 0501? | 長崎高校生平和ゼミナール、平和を訴える手紙、原爆がわらなどをSSDⅡ参加者に託すことを決定。 | |
| 0527 | 長崎高校生平和ゼミナール、SSDⅡに参加する長崎市長らに原爆がわらを寄託。 | |
| 0602 | 10フィート運動・原爆記録映画欧米上映班、フィリップ・ノエルベーカー卿を訪ね、被爆カワラを寄贈。 | |
| 0605 | 広島市の爆心地付近の川で掘り出した被爆がわら、平和記念公園内で一般公開(11日まで)。希望者へは配布。 | |
| 0623 | 岡山県知事、同県議会で、寄贈された「『原爆かわら』は平和のための力にはならない」と答弁。 | |
| 0703 | 広島県高校生平和ゼミナールの呼びかけで、「高校生と小学生の原爆かわらを掘るつどい」開催。 | |
| 0708 | 原爆ガワラのモニュメント「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会、広島市で同碑の起工式。(8月5日除幕予定。) | |
| 0710 | 原爆がわら発掘運動を続けている広島県高校生ゼミナールの歩みをまとめた「原爆瓦‐世界史をつくる十代たち」、刊行。 | |
| 0804 | 原爆ガワラ保存運動を推進した広島県高校生ゼミナール、第6回「子どもの文化賞」を受賞。 | |
| 0815 | 特別番組「生命の讃歌~原爆瓦は語りつづける」(ラジオ)、放送。 | |
| 0816 | 第6回アジア仏教徒平和会議、モンゴルで開催。広島市の小学校教諭、原爆がわらを持参。 | |
| 0908? | 広島市の小・中・高校の約6割が“原爆がわら”を教材として使用するとを決定。 | |
| 0918 | 広島平和教育研究所、平和教育推進のため原爆がわらを全国の教組に配布する準備を開始。 | |
| 1007 | 和歌山県立日高高校生徒、原爆がわらなど展示した学校祭で生徒・市民らが折った千羽ヅルを広島県高校生平和ゼミナールに送付。 | |
| 1031 | 長崎高校生平和ゼミナール、浦上川沿いで原爆かわらなどを採掘。 | |
| 1983 | ||
| 0217 | 原爆かわら発掘についての記録集、「原爆瓦は語りつづける」刊行。 | |
| 0219 | 「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会、募金協力のお礼に全国の学校などに原爆がわらを寄贈。 | |
| 0219 | 広島市の段原公民館、被爆がわらを展示、発掘した高校生らの体験発表会開催。(23日まで展示) | |
| 0403 | 長崎高校生平和ゼミナール、長崎市で被爆がわら発掘の集い、開催。 | |
| 0529 | 京都市の立命館中学の生徒ら、修学旅行で長崎市訪れ、平和学習。被爆かわらを発掘。 | |
| 07 | 広島平和教育研究所が全国各都道府県に贈った“原爆がわら”各地で反響を呼び、追加注文相次ぐ。 | |
| 0805 | 広島市立江波小学校で、原爆がわらを使って児童らが作った平和の碑、完成除幕式。 | |
| 12 | 北海道宗谷郡の浅茅野小中学校に原爆かわらを使ったモニュメント「願いの碑」完成し、除幕式。 | |
| 1984 | ||
| 0106 | 「長崎高校生平和ゼミナール」が贈った、長崎の被爆ガワラ、ポーランドのアウシュビッツ国立博物館に展示 | |
| 0325 | 長崎高校生平和ゼミナール、長崎市で原爆かわら堀り実施。約70人参加。 | |
| 0421 | 倉敷市立中央図書館で原爆がわら展示(岡山県内では岡山市の県立図書館に次いで二番目)。 | |
| 04 | 長崎市の民家で被爆かわら約1,800枚が使用されているのを発見。 | |
| 0915 | 竹内武との話合いで所蔵の原爆瓦を広島市に寄贈することを決める。 | |
| 1113 | 長崎市の爆心地近くの河川で、被爆かわらなどの原爆遺跡見つかる。 | |
| 1119 | 原爆瓦など193点を原爆資料館に寄贈。 | |
| 12 | 広島市の婦人、仏像の描かれた被爆がわらを広島市に寄贈。 | |
| 1985 | ||
| 0401 | 広島県被爆教職員の会、来広した神奈川県議会の社会党議員団に原爆がわらを寄贈。 | |
| 0406 | 「長崎高校生平和ゼミナール」、長崎市内で原爆かわら発掘を実施(約20人参加)(市民へも参加呼びかけ)。 | |
| 0425 | 広島県高校生平和ゼミナールの集めた被爆がわら米ニューヨークの国連本部に寄贈されることが決定。(浄士真宗本願寺派安芸教区平和運動特別委が額にして作製。) | |
| 04 | 平和プロダクション、被爆かわらをテーマにした映画の製作を計画、脚本を依頼。 | |
| 0706? | 長崎国際会館への被爆資料の寄贈相次ぐ(昨年3月以来、原爆がわら・被爆者の衣類など、 224点)。 | |
| 0828 | 長崎県原水協、長崎市平和公園で、観光客・修学旅行生らに、被爆がわらを配布。 | |
| 0908? | 呉市の平和プロダクション、原爆瓦をテーマにした映画の製作を準備中( 来年、クランクイン予定) | |
| 1009 | 長崎市のビル建設工事現場で、被爆したガラス瓶・カワラなど約 200点を発見。 | |
| 1986 | ||
| 0729 | 「広島原爆病院の一日」写真展(写真家浜岡収撮影・灘神戸生協主催)、神戸市で開催( 8月 4日まで) 。被爆かわらなども展示。 | |
| 0912? | 呉市の映画プロデューサーら、被爆瓦を描いた映画製作支援のため、被爆瓦を使って一輪差しを制作。 | |
| 1987 | ||
| 0122 | ニュージーランドの女子高校生(2名)、来広し、広島市立国泰寺中学校生徒らと交歓。同校生徒から、「原爆がわら」を贈られる。 | |
| 0725 | 長崎高校生平和ゼミナール、爆心地公園に建設する灯火台にはめ込む原爆がわらの整理作業を実施(8日に点灯式)。 | |
| 0726 | 北海道の「ヒバクシャと共に行くヒロシマ平和の旅」の一行(10人)、来広し、原爆かわらの発掘など実施。 | |
| 1988 | ||
| 0120 | 長崎県の布津町長、バチカンのローマ法王を訪問、長崎市長より託された被爆がわらを寄贈。 | |
| 0210? | 広島大学原医研など、黒い雨降雨地域解明のため、屋根がわらの残留放射能調査に着手。かわらの提供を呼びかけ。 | |
| 0315 | 広島県立ろう学校生徒、ピース・ガーデン造りを進めている米のろう学校に贈るため、元安橋下で被爆がわらを収集し、平和学習。 | |
| 0326 | 米での第3回国連軍縮特別総会に届ける「長崎原爆の火」、長崎市の平和公園で採火 式。被爆がわらにドリルで穴を開けて採火(約200人参加)。 | |
| 0508 | 広島市立本川小学校(爆心から約350メ-トル)の被爆校舎の一部を補修し、「平和資料室」として開館。原爆がわらなど被爆資料約100点を展示。 | |
| 0731 | 舞鶴市の寺院に、長崎市の被爆がわらと原爆後遺症で死亡した少女の遺髪を納めた禅堂が建立され、落慶法要。 | |
| 0803? | 広島市の白神社(爆心から約600メ-トル)の建て替え工事現場で、被爆したかわら など(約30点)発堀。広大工学部、被爆放射線量の測定を計画。 | |
| 1105? | 広島県双三郡三良坂町の「第11回ふるさとまつり」で、「第3回平和・戦争・原爆資料展」(「町平和を願う会」主催)、開催(6日まで)。原爆かわらなど約300点を展示。 | |
| 1989 | ||
| 0715 | 米コネチカット州の高校教諭ジェラルド・ブルーカー、来広し、米高校生らが折った千羽づるを原爆の子の像にささげる。16日、元安川で原爆がわら発掘。 | |
| 1990 | ||
| 0420? | 広島市の特別名誉市民フロイド・シュモー、米シアトル市に平和公園を建設中。被爆かわらなどを配置することを計画。 | |
| 0428 | 「広島・長崎の火を灯す会」メンバ-(10人)、長崎市を訪れ、被爆かわらを発掘、収集。8月に東京で点火する「長崎の火」の採火に使用することを計画。 | |
| 1991 | ||
| 0706 | 廿日市市立宮園小学校、平和集会を開催。原爆がわらの実験などを実施。昨年に続いて2回目。 | |
| 1992 | ||
| 0805 | 六角彰(福岡県直方市在住)、長崎市内で長崎の被爆瓦と原爆投下予定地であった小倉市の土で製作した横笛で鎮魂曲を演奏。「ピース・ウィーク」の行事の一環。 | |
| 1993 | ||
| 0424 | 「日独平和フォーラム」の訪独団一行14人、被爆瓦や本島長崎市長のメッセージなどを携えて出発。 | |
| 1994 | ||
| 0419 | 京都市立修学院小学校6年の166人、修学旅行で広島を訪れ、アジアからの南方特別留学生が寄宿していた「興南寮跡」で集会を開催。広島市内の教師から自宅の被爆瓦を贈られる。 | |
| 0815 | 広島県佐伯町の佐藤亨、一家の消息を炭で書いた被爆かわらを広島市の原爆資料館へ寄贈。 | |
| 1995 | ||
| 1025 | 広島高校生平和ゼミナールの生徒、井上ひさしの戯曲「父と暮らせば」の広島公演に出演した俳優に原爆かわらをプレゼント。 | |
| 1996 | ||
| 0411 | 長崎市の平和公園爆心地地区の護岸工事で、被爆瓦やガラス瓶などが大量に出土していたことが判明。12日、長崎市、整備工事を一時中断することを明らかにする。 | |
| 0509 | 長崎市、遺骨や被爆かわらが出土した爆心地公園の護岸工事を、被爆資料を現地保存して公開するため計画変更することを決める。 | |
| 0509? | 建設省による広島市の原爆ドームの護岸整備工事現場で表面の焼けたかわらや学生服の陶製ボタンなど100キロ以上の遺物が出る。 | |
| 0615 | 長崎市、市営ラグビー・サッカー場改築工事に伴う試掘調査で被爆がわらなど約40点を見つける。 | |
| 0617 | 原爆ドーム対岸の親水護岸工事を行っている中国地建と工事関係者ら、工事中に見つかった被爆がわら約4000点の慰霊式を実施。18日、原爆資料館に寄贈。22日、完成式を挙行。 | |
| 1997 | ||
| 0505? | 愛媛県菊間町に開館予定の「かわら館」に広島原爆資料館から同町で作られた被爆瓦が永久貸与されるこことなる。22日、引き渡される。 | |
| 1998 | ||
| 0815 | 広島市内在住の被爆者・船井洋治、被爆した「唐獅子瓦」を広島市の原爆資料館に寄贈。 | |
『平和への教育 広島の初等教育 全国連合小学校長会総会広島大会記念号』(広島市小学校長会、19560529)
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| 裏表紙のロゴ(原子力?)に注目 |
目次
| 章節 | タイトル | 備考 |
| 序詞 | 平和の聖地 | |
| 1 | 原爆までの広島 | |
| 1-1 | 広島のはじまり | |
| 1-2 | 城下町 | |
| 1-3 | 近代都市 | |
| 1-4 | 軍都 | |
| 1-5 | 教育の都 | |
| 1-6 | 小学校教育のあゆみ | |
| 2 | 原爆の日の広島 | |
| 2-1 | 原子雲 | |
| 2-2 | 原子砂漠 | |
| 2-3 | 学校の壊滅 | |
| 3 | 原爆からの広島 | |
| 3-1 | 混迷より模索へ | |
| 3-2 | 模索より開眼へ | |
| 3-3 | 開眼より展開へ | |
| 4 | 進みゆく広島 | |
| 4-1 | 大広島への動き | |
| 4-2 | 小学校教育のすがた | |
| 結び | 平和を求めて | |
東京都葛飾区立上平井中学校
『’76ひろしま 東京都葛飾区立上平井中学校-修学旅行記録集-』(19770319、江口保編・発行) 所蔵:ピカ研
広島市立白島小学校
資料
| 資料名 | 年月日 | |
| 『白島 創立70周年記念誌 1972』 | 19721201 | |
| 『2001年の学校は[白島小学校100周年のころ] 広島市立白島小学校創立70周年記念誌追加号』 | 1972 | |
| 『てんま 創立100周年記念誌 1973』(広島市立天満小学校) | 19740501 | |
広島市立似島中学校
『平和への叫び』(19720301)

『原爆展の話を聞いて』(品川区立浜川小学校特殊学級、鵜沼礼子、196709)
所蔵:ピカ研
安田女子高等学校 (資料所蔵:ピカ研分)
| 資料名 | 年月日 | 備考 |
| 文化祭[プログラム] | 19761102-03 | |
| 『文化祭テーマ 白島わがまち』(制作:安田女子高等学校社研部) | 19781102-03 | |
| 「ようこそ 社研部へ」(社会科学研究部) | 19781102-03 |
八王子高等学校(東京、私立)
『原爆の爪跡 青年の訴え』(発行:1年3組、19671208)目次
| 頁 | 見出し | |
| 03 | 前書き | |
| 04 | 原爆投下直前の世界情勢 | |
| 07 | 原爆投下直後の状態 | |
| 09 | 被爆者の現状 | |
| 13 | 広島の顔 | |
| 15 | 原水爆禁止運動の歩み | |
| 21 | 呼びかけ | |
| 23 | 核兵器と世界平和 | |
| 25 | 我々はどうすべきか | |
| 29 | 「原爆の図」周辺 | |
| 33 | 「原爆の図」のデッサン | |
| 35 | 『原爆展』感想・批評集 | |
| 39 | 編集後記 | |
| 40 | 詩 | |
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広島県立広島商業高等学校
資料 (所蔵:ピカ研)
『創立70周年記念文化祭 10月31日、11月1日・2日』(冊子)
『県立広島商業高校 創立70周年記念文化祭 本校被爆実態調査を終了するにあたって、御来場皆様に訴える』(広商原爆実態調査研究会、1970年)

広島県立廿日市高等学校
| 教育研究年報 | ||||
| 号 | 発行年月日 | 資料名 | 内容 | 所蔵 |
| P=ピカ研、U=宇吹 | ||||
| 4 | 19640401 | 鉄樹 | 開校50周年記念号 | PU |
| 4 | 19640401 | 鉄樹別刷 | 森下弘「高校生の原爆に対する意識調査の概要」 | P |
| 5 | 19650203 | 鉄樹別刷 | 森下弘「平和巡礼報告」 | P |
| 6 | 鉄樹別刷 | 森下弘「高校生の原爆に対する意識調査(続)」 | P | |
| 7 | 19650310 | 別刷 | 森下弘ほか「高校生の原爆(被害)等に関する意識および知識の調査(広島・佐世保・福島・札幌)=若い人は何をしたらいいか。=」 | P |
| 8 | 19680301 | 別刷 | 森下弘・末広忠節・堤慶一ほか「教科書の中の原水爆等の記述―高校ではどう扱われているか―」 | P |
| 9 | 19690301 | 別刷 | 森下弘「教科書の中の原水爆等の記述(続)―高校教科書の時代的推移―(付・高校生の原爆意識[映画”ひろしま”])」 | P |
| 14 | 鉄樹別刷 | 昭和47・48年度 原爆・平和教育 資料と実践例 研究部等 | P | |
『YUCCA 第5号』(広島県廿日市高等学校文芸部、19651030) 所蔵:ピカ研
| 頁 | 著者 | タイトル |
| 特集 あれから20年 | ||
| 特別寄稿 | ||
| 06 | 森下弘 | 見つめる-原爆・戦争・文学- |
| ルポルタージュ | ||
| 11 | 少年少女慰霊の集いに参加して | |
| 13 | 祈りの街にて | |
| 15 | 外人と過ごした8月6日(1)友情の家を訪れて | |
| 16 | 外人と過ごした8月6日(2)ことばと平和 | |
| 19 | 文芸部 | 原爆・折鶴の会 |
高校生による原爆資料紹介の会(仮称)活動報告
発行:広大教育学部附属高校
高校生による原爆資料紹介の会(仮称)
印刷:広島刑務所
| 本 | ||
| 高校生による原爆資料紹介の会(仮称)活動報告 | ||
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布野村教育研究協議会
資料
| 本 | 年月日 | 所蔵 |
| 父母と教師の戦争体験 | 1972 | ピカ研、原医研 |
| [内容]原爆、銃後、学童疎開、動員、外地、「戦没者名簿」。 | ||
庄原市社会科同好会
| 刊行物 | ||
| 書名 | 発行年月日 | 所蔵 |
| 郷土史研究シリーズ | ||
| 1集 原爆の記録 | 19720105 | 原医研 |
| 2集 庄原原爆の記録 | 19790101 | 原医研 |
| 3集 学童集団疎開の記録 | 19721228 | 原医研 |
| 4集 庄原 被爆農民の証言 | 19750523 | ピカ研、原医研 |
| 比婆部隊の被爆記録。広島第一陸軍病院庄原分院は多数の被爆軍人を収容。 | ||
平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)
Let’s cry for Peace– Materials for self-activity on Hiroshima
編集:広島県平和教育教材編集委員会(英語部門)
広島県原爆被爆教師の会
発行:広島教育会館出版部 19700701
所蔵:ピカ
『原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校) 資料No.2』(編集 「平和教育」資料編集委員会(仮称) 発行 広島県教職員組合、19681101) 所蔵:ピカ研
広島県原爆被爆教師の会入会のしおり 1972年6月現在
| 所蔵:ピカ研 |
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市岡正憲
| 19190609生19930622没 | いちおか・まさのり | 享年74歳 | 広島県被団協理事長・県原水協理事長。 |
資料
| 19710622 | 『教研速報No.2』 | 広教組広島地区支部教文部 | 所蔵:ピカ研 |
| 学級づくり・集団づくりの学習会-6月26日(土)午後2時より 社会福祉センター(予定) 講師 市岡正憲(三原附属教頭・三原市生研)先生 | |||
| 19890605 | 歌集・炎1-反核非戦の闘いのために | 火幻短歌会 | |
『”ひろしま”-原爆をかんがえる(試案)=そのとり扱いと若干の留意点について=』(広島県原爆被爆教師の会・広島県平和教育教材編集委員会・広島県教職員組合、19690701)
| 所蔵:ピカ研 形態:紙1枚 | ||
| はじめに(1969年7月1日) | ||
| 平和教育教材「ひろしま」について | ||
| 1 | 8月6日8時15分 | |
| 2 | 被爆の苦しみと怒り | |
| 3 | 第2次世界大戦のありさま | |
| 4 | 戦争をすすめた人びとのうごき | |
| 5 | 原爆投下の目的 | |
| 6 | 原子爆弾の破壊力 | |
| 7 | 死の科学 | |
| 8 | 原爆症 | |
| 9 | プレスコード | |
| 10 | ストックホルム・アピール | |
| 11 | 映画「ひろしま」 | |
| 12 | 第五福竜丸と原水爆禁止運動の高まり | |
| 13 | ひろしまの子どもたちのさけび | |
| 14 | いまなお続く被爆者の苦しみ | |
| 15 | 被爆者の苦しみ、その責任はどこに | |
| 16 | 日本人としておもうこと | |