広島ユネスコ協会
1973年6月23日 「広島ユネスコクラブ」として発会。
1974年7月31日 総会で「広島ユネスコ協会」と名称変更。
1975年11月1日 機関誌「ヒロシマ・ユネスコ」創刊。
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
広島ユネスコ協会
1973年6月23日 「広島ユネスコクラブ」として発会。
1974年7月31日 総会で「広島ユネスコ協会」と名称変更。
1975年11月1日 機関誌「ヒロシマ・ユネスコ」創刊。
日本宗教者平和協議会 1962年結成
出典『現代に生きる宗教者の証言』(新日本新書、19680805)目次
| 著者 | タイトル | 備考 |
| 大西良慶 | 序にかえて | 北法相宗清水寺貫首 |
| 第1章 内なる心の平和から外なる世界の平和へ | ||
| 高木幹太 | 信仰と社会科学にみちびかれて | |
| 壬生照順 | 治安維持法の犠牲となって -新興仏教青年同盟弾圧事件の証言- | |
| 松尾喜代司 | 私の信仰と平和 | |
| 出口栄二 | 戦時下の大本弾圧と世直し運動 | |
| 尾鼻藤太郎 | 天皇制のもとで信仰を守りぬき-ホーリネス弾圧事件の証言- | |
| 佐藤行通 | 戦争反省とわが生涯の転換 | |
| 第2章 たちあがる宗教者 | ||
| 住谷悦治 | 平和のための宗教 | |
| 近江幸正 | 原水禁運動の統一と前進を願って -「折鶴行脚」の経験から- | |
| 佐々木千代松 | 現代に生きる丸山教をめざして | |
| 後藤日雄 | 衆生のために軽き身命 | |
| 訓覇也男 | 殺すな、殺させるな! -公害にとりくむ仏教徒- | |
| 橋本左内 | 恵庭事件を闘ったキリスト者 -人間変革のるつぼのなかで- | |
| 三谷會祥 | 心に日中不再戦の碑を刻みつつ | |
| 阿波根昌鴻 | 沖縄の大地を守って -祖国復帰をめざす闘いのなかで- | |
| 大島静子 | キリスト教婦人も平和のために | |
| 藤井慶輝 | 僧侶として、教師として | |
| 市川白弦 | 仏教徒の戦争責任 | |
| 福岡精道 | 朝鮮問題と日本仏教徒の責任 | |
| 松田平太郎 | 「紀元節」復活反対から靖国神社国営化阻止へ | |
| 藤教温 | たちあがる宗教青年の決意 遠 | |
| 第3章 ベトナム戦争と宗教者 | ||
| 鈴木徹衆 | 爆撃下のハノイを訪ねて | |
| 安斎伸 | ベトナム戦争と日本のカトリック-世界信徒大会の論議を中心に- | |
| 藤井日達 | ベトナムの焼身僧によせる | |
| 渡辺照宏 | 日本仏教徒の責任 | |
| 安部忠義 | アメリカのキリスト者よ、悔い改めよ | |
| 佐伯快勝 | 大和古寺に刻む反戦の詩 | |
| 中濃教篤 | ベトナム戦争と宗教 | |
| 第4章 宗教者平和運動の課題と展望 | ||
| 小室裕充 | 日本宗教者平和協議会のあゆみ | |
| 森竜吉 | 近代宗教運動からみた宗平協 | |
| 細井友晋 | 今日における宗教者のたたかい | |
| 大川義篤 | 信教の自由と宗教者平和運動 | |
| 壬生照順 | 宗教者平和運動の課題と展望 | |
| あとがき | ||
| 執筆者紹介 | ||
講座―八・六の意味するもの(広島女学院大学)開始:1967年夏
資料
| 小黒薫『ヒロシマの意味』(日本評論社、19730625) | ||
目次
| 講師 | タイトル(実施年) | 備考 |
| 四竈一郎 | 八・六の意味するもの1(1967年) | 元日本基督教団広島教会牧師 |
| 浜井信三 | 八・六の意味するもの2(1967年) | 元広島市長、故人 |
| 原田東岷 | 八・六の意味するもの3(1967年) | 外科病院長、広島市在住 |
| 橋本栄一 | 八・六の意味するもの4(1967年) | 広島女学院高校教諭 |
| 栗原貞子 | 八・六の意味するもの5―大田洋子とG・アンデルスを軸に(1968年) | 詩人、広島在住 |
| 小黒薫 | 八・六の意味するもの6(1968年) | 広島女学院大学教授 |
| 関屋正彦 | キリスト教と非暴力 | 日本FOR前書記長、聖公会司祭(仙台) |
| 小倉馨 | ヒロシマ-この二十五年(1970年) | 広島平和記念資料館館長 |
| 松元寛 | 八・六、広島の意味するもの(1971年) | 広島大学文学部助教授 |
| 金信煥 | 朝鮮人と原爆 (1972年) | 在日大韓基督協会広島教会牧師 |
| 森昭夫 | 私の解放の闘いにとっての八・六(1972年) | 広大原医研助手 |
| 小黒薫 | ヒロシマの生と死(1971年) | 広島女学院大学教授 |
| ドリス・ハートマン | 投下の決定は正しかったか(1971年) | 米人宣教師、広島県古市伝道所 |
| アール・レイノルズ | 広島はいまもわが故郷 | 広島を中心として平和運動に活動、現在は在米 |
| 編 者 | あとがき |
『平和教育実践事典』(広島平和教育研究所編、労働旬報社、19810625)
目次
| 羽仁節子「未来に生きる子どもたちのために」 | ||
| 家永三郎「「戦争の惨禍」を忘れぬために」 | ||
| 沼田稲次郎「平和への執念こそ原点」 | ||
| 大田堯「平和は人間性の本質に根ざす」 | ||
| 槙枝元文「教育課程自主編成のために」 | ||
| 石田明「はじめに」 | ||
| 総論篇 1 | ||
| I | 戦争体験(原爆体験)の継承 | |
| 1 広島の原爆被爆 2 長崎の原爆被爆 3 子どもの原爆体験 4 朝鮮人の原爆体験 5 原爆孤児 6 被爆二世 7 原爆被爆体験記 8 原爆文学 9 原爆児童文学 10 原爆映画 11 原爆慰霊碑 |
||
| 2 | 空襲体験 | |
| 12 全国の空襲被災状況 13 東京大空襲 14 子どもの被災体験 15 戦災記録 16 戦災体験記 17 戦争児童文学 18 戦災映画 19 戦災資料 20 戦災史の発掘・記録の方法 |
||
| 3 | 戦時下の生活体験 | |
| 21 農業 、22 工業 、23 商業 、24 食生活、25 衣生活、26 住生活、27 配給制度、28 疎開、29 隣組制度、30 防空・防災体制、31 治安体制、32 言論・報道体制 | ||
| 4 | 戦時下の子どもの生活 | |
| 33 学校の授業、34 学校の儀式、35 軍事教練、36 避難訓練、37 児童文化、38 あそび、39 御真影・奉安殿・忠魂碑その他の銅像、40 学童疎開、41 勤労奉仕 、42 勤労動員・学徒動員、43 満蒙関拓義勇軍 | ||
| 5 | 軍隊の戦場体験 | |
| 44 軍隊内の生活 、45 特攻隊 、46 玉砕、47 戦死・戦病死、48 沖縄戦、 | ||
| 6 | 加害体験(日本人の) | |
| 49 朝鮮人への加害 、50 中国人への加害、51 東南アジア人への加害、52 沖縄県民への加害、53 集団自決、54 ひめゆりの塔・健児の塔、55 捕虜のあつかい・人への加害、 | ||
| 7 | 反戦体験 | |
| 56 、労働運動と反戦、57 政治運動と反戦、58 民衆の厭戦・反戦、59 知識・文化人の厭戦・反戦、60 植民地での反戦、61 軍隊内の厭戦・反戦 | ||
| 8 | 戦後体験 | |
| 62 8月15日の記録 、63 戦災孤児、64 ヤミ市・ヤミ屋・買い出し、65 餓死 、66 バラック住宅、67 引き揚げ、68 青空教室、69 すみぬり教科書、70 新教育、71 基地の子ども、72 レッド・パージ | ||
| II | 戦争の科学的認識 | |
| 1 | 日本の軍国主義 | |
| 73 明治維新 、74 大日本帝国憲法、75 教育勅語、76 徴兵制度、77 軍隊の編成、78 軍隊の規模、79 幹部養成、80 兵種・兵科と階級、81 軍人精神、82 軍事費の変遷、83 治安維持法、84 皇国史観、85 特別高等警察、86 5・1590 産業報国会事件と2・26事件、87 財閥 、88 国家総動員法、89 大政翼賛会、91 本土決戦体制 | ||
| 2 | 日本人の大陸侵略のあしどり | |
| 92 大陸侵略政策、93 日清戦争、94 義和団事変、95 日露戦争、96 日韓併合、97 シベリア出兵、98 3・1独立運動、99 5・4運動、100 関東軍、101 南満州鉄道株式会社、102 満州事変、103 日中戦争104 抗日運動、105 八路軍・新四軍、106 ノモンハン事件、107 日独伊三国同盟、108 日ソ中立条約 | ||
| 3 | 太平洋戦争 | |
| 109 ABCDライン、110 真珠湾攻撃 、111 ミッドウェー海戦 、112 朝鮮人・中国人の強制労働 、113 大東亜共栄圏、114 ポツダム宣言、115 原爆政策 | ||
| 4 | ふたつの大戦 | |
| 116 パリ講和会議、117 国際連盟、113 軍縮会議 、119 ロシア革命、120 ヴェルサイユ体制、121 ワイマール体制の崩壊、122 ミュンヘン会議、123 ファシズム、124 独ソ開戦、125 人民戦線、126 アウシュビィッツ、127 第二次大戦 、128 ヤルタ協定 | ||
| 5 | 戦後世界の戦乱 | |
| 129冷戦 、130 民族解放(独立)戦争、131 インドシナ戦争、132 朝鮮戦争、33 ベトナム戦争、134 中東戦争、135 ビアフラ戦争、136 人種差別 | ||
| III | 原水爆の威力とその被害 | |
| 1 | 核爆発の原理と放射線 | |
| 137 原子核と放射能、138 核分裂連鎖反応、139 原爆の構造、140 核分裂で発生するエネルギー、141 放射線量の単位、142 天然放射線と人体の許容線量 | ||
| 2 | 原爆の威力 | |
| 143 爆風の影響 144 熱線と火災の影響 1 145 初期放射線の影響 146 残留放射線の影響 147 死亡者数 |
||
| 3 | 原爆の被害 | |
| 148 原爆被害の特質 149 急性障害 150 後障害(原爆後遺症) 151 遺伝的影響 152 生活と精神の破壊 |
||
| 4 | 世界の核実験と被害状況 | |
| 153 水爆と原爆 154 放射能マグロと死の灰 155 世界の核実験状況 156 核実験による被害 157 核実験による地球環境の汚染 |
||
| IV | 核を頂点とする軍事状況ー 歴史的過程と現在 | |
| 1 | 核開発の歴史 | |
| 158 マンハッタン計画 159 核開発と科学者 160 ドイツと日本の原爆開発 161 ソ連の核開発 162 英・仏・中の核開発 163 兵器の発達と死傷者の増大 |
||
| 2 | 現在の核兵器 | |
| 164 通常兵器と核兵器 165 世界の核兵器貯蔵量 166 広島・長崎原爆と現在の核爆弾 167 戦略核兵器と戦術核兵器 168 ICBM・SLBM 169 原子力潜水艦 170 核兵器体系 171 人工軍事衛星172 MIRV(MaRV) 173 巡航ミサイル 174 中性子爆弾 |
||
| 3 | 核戦略の変遷 | |
| 175 NATOとWTO 176 アメリカの核戦略 177 米・ソの核配置 178 米・ソ核戦争 179 核軍事演習と核使用の危険性 180 デタントと核戦略 |
||
| 4 | 生物・化学兵器 | |
| 181 生物兵器の種類と性能 182 化学兵器の種類と性能 183 ベトナム戦争と残虐兵器 184 大久野島毒ガス工場 185 BC兵器に関する国際的合意 |
||
| 5 | 原子力発電 | |
| 186 原子炉の構造 187 日本と世界の原発開発 188 安全性とスリーマイル島原発事故 189 原発・再処理工場と環境問題 190 ウラン資源と核燃料サイクル 191 高速増殖炉 192 原発と核兵器生産 193 核融合発電 194 日本の原子力行政 |
||
| 6 | 世界の軍事状況 | |
| 195 世界の軍事費 196 主要国の軍隊 197 世界の武器貿易 198 第三世界の軍備増強と近代兵器の拡散 199 軍事研究開発 |
||
| 7 | 日本の再軍備一安保・自衛隊 | |
| 200 再軍備の出発 201 自衛隊の戦力 202 米・アジア戦戦略の中の自衛隊 203 横田・横須貨とラロック証言 204 岩国・嘉手納・海兵隊 205 軍事基地披害と人権問題 206 エネルギー・食糧問題と安保 207 日米共同作戦とガイドライン |
||
| V | 平和(反戦)運動 | |
| 1 | 戦前の反戦運動 | |
| 208 徴兵反対 209 宗教者と反戦 210 文学者と戦争 211 大正デモクラシー 212 社会主義政党と反戦 213 日本労働総同盟・日本農民組合 214 全国水平杜 215 プロレタリア文学 216 人民戦線事件 217 生活綴方教育 |
||
| 2 | 平和運動のはじまり | |
| 218 平和祭・平和祈念式典の歩み 219 占領下の原水禁運動 220 ストックホルム・アピール 221 占領下の原爆告発 222 全面講和運動 223 再軍備反対 |
||
| 5 | 平和運動のひろがり | |
| 224 杉並アピール 225 原水禁広島市民大会 226 第1回原水禁世界大会 468 227 原水禁世界大会の足跡 228 基地反対闘争 229 安保闘争 230 自衛隊違憲裁判 231 戦災史実発掘・継承の運動 232 ベトナム反戦運動 233 第5福竜丸、3・1ビキニデー 234 パグウォッシュ会議 235 7人委員会 236 被爆問題国際シンポジウム 237 日本人の反核意識の推移 |
||
| 4 | 被爆者援護運動 | |
| 238 原爆病院の設立と活動 239 被爆者団体協議会の運動 240 援護法制定運動 241 原爆裁判 242 外国人被爆者の援護運動 |
||
| 5 | 平和教育運動 | |
| 243 教え子を再び戦場に送るな 244 映画「ひろしま」 245 『原爆の子』 246 「原爆の子の像」建立運動 247 ヒロシマ・ナガナキを教える運動248 各地の平和教育運動 |
||
| VI | 戦後日本と国際関係 | |
| 1 | 戦後日本の動向概略 | |
| 249 戦後の民主化 250 労働組合 251 日本国憲法 252 教育基本法 253 戦争放棄(第9条)254 極東軍事裁判 255 サンフランシスコ(平和)条約 256 日米安全保障条約 257 日・ソ国交回復258 日本の国連加盟(加入 259 日米安保体制 260 沖縄返還 261 有事立法262 日中国交回復 |
||
| 2 | 戦後世界の動向概略 | |
| 63 大西洋憲章 264 国際連合 265 バンドン会譲 266 非同盟諸国首脳会議 267 国連貿易開発会議 268 南北問題 269 「社会主義国家」 |
||
| 3 | 戦後世界の軍拡と軍縮間の戦争 | |
| 270 安全保障理事会の機能と役割 271 軍事同盟 272 軍縮と軍備管理 273 ジュネーブ軍縮委員会 274 部分的核実験禁止条約 275 核兵器不拡散条約276 SALT 568 277 SALT・II 278 非核武装地帯 279 国連軍縮特別総会 280 国連NGO軍縮特別委員会 |
||
| 4 | 平和と国際連帯 | |
| 281 UNESCO 578 282 世界人権宣言 579 283 国際人権規約 581 284 ラッセル・アインシュタイン宣言 583 285 軍縮教育世界会議 584 286 世界連邦 287 世界平和評議会 288 日本平和学会 289 国際平和研究学会290 世界平和のための国際教育者協会(ユープ) |
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| 索引 | ||
| 執筆者一覧 | ||
| 朝倉邦夫 | 広島県立呉工業高等学校 | |
| 天野卓郎 | 広島県史編さん室 | |
| 伊ケ崎暁生 | 東京・国民教育研究所 | |
| 石田成雄 | 広島平和教育研究所 | |
| 石田明 | 広島平和教育研究所 | |
| 井本美代子 | 広島県深安郡神辺町立湯田小学校 | |
| 宇吹暁 | 広島大学原爆放射能医学研究所 | |
| 江種祐司 | 広島市立翆町中学校 | |
| 江口昌子 | 福山市立千田小学校 | |
| 大槻和夫 | 広島大学・国語教育学 | |
| 大西典茂 | 広島女学院大学・憲法学 | |
| 岡田智晶 | 福山市立向丘中学校 | |
| 岡本俊治郎 | 広島市立幟町中学校 | |
| 鎌田定夫 | 長崎総合科学大学・フランス語 | |
| 川島孝郎 | 広島市立大手町中学校 | |
| 栗野鳳 | 広島大学平和科学研究センター・平和学 | |
| 小寺初世子 | 広島女子大学・国際法学 | |
| 小林文男 | 広島大学・中国近代史 | |
| 児玉晴子 | 広島市立大手町中学校 | |
| 佐久間澄 | 広島大学名誉教授 | |
| 佐藤精一 | 福山市立城西中学校 | |
| 佐中忠司 | 広島大学・経済学 | |
| 沢井充子 | 広島市立宇品小学校 | |
| 沢野重男 | 広島・安田女子高等学校 | |
| 芝田進午 | 広島大学・現代社会学 | |
| 城丸章夫 | 千葉大学・教育学 | |
| 首藤昭五 | 広島市立庚午中学校 | |
| 庄野直美 | 広島女学院大学・原子物理学 | |
| 空辰男 | 広島市立翠町中学校 | |
| 高橋信雄 | 広島市立二葉中学校 | |
| 田中一郎 | 広島女学院中学校・高等学校 | |
| 田村和之 | 広島大学・現代行政論 | |
| 知念正直 | 沖縄県立石川高等学校 | |
| 寺田英夫 | 大阪府立北野高等掌校 | |
| 中野修作 | 広島女学院中学校・高等学校 | |
| 永井秀明 | 広島大学理論物理学研究所 | |
| 西春人 | 広島・仮設実験授業研究会 | |
| 根岸泉 | 東京・江東区立辰巳中学校 | |
| 花田秀樹 | 広島県安芸郡音戸町立音戸西中学校 | |
| 等雄一郎 | 東京・国立国会図書館 | |
| 平井久志 | ジャーナリスト | |
| 藤井敏彦 | 広島大学・教育学 | |
| 藤田浩 | 広島経済大学・憲法学 | |
| 深川宗俊 | 広島平和教育研究所 | |
| 深山正光 | 東京・国民教育研究所 | |
| 間田穆 | 広島大学・行政法学 | |
| 前田妙子 | 広島市立温品小学校 | |
| 松崎徹 | 広島県立広島商業高等学校 | |
| 水原肇 | ジャーナリスト | |
| 森利一 | 広島大学・国際関係論 | |
| 森田俊男 | 東京・国民教育研究所 | |
| 森滝市郎 | 広島大学名誉教授 | |
| 矢田翠 | 広島県立神辺工業高等学校 | |
| 横山英 | 広島大学・東洋近現代史 | |
| 米田進 | 広島市立川内小学校 | |
| 編集協力者 | ||
| 真野久 | 広島県双三郡三和町立三和中学校 | |
| 松田敏昭 | 広島県双三郡三和町立三和小学校 | |
| 水野嘉代子 | 広島県安芸郡府中町立府中中学校 |
広島文学協会 1950年発足 機関誌 『広島文学』
| 巻号 | 発行年月日 | 備考(出典・所蔵など) |
| 8月号 | 19550815 | 「ピカ」、宇吹蔵 |
1955年8月号目次
| 著者 | タイトル | 備考 |
| 増田忠 | (表紙) | |
| 平稲義雄 | (カット) | |
| 山代巴 | 煮え湯の中(女教師の寝物語りの覚え書き) | |
| 今田龍夫 | 暗い世界 | |
| 堀庸子 | アルバイト | |
| 詩二編 | ||
| 米田栄作 | 広島城址にて | |
| 増岡敏和 | 初夏のスケッチ | |
| 長田新 | 文学―そのもつ意味と価値について | |
| 渡辺鼎 | 署名運動を反省して | |
| 徳永真一 | 「星を見てゐる」を読んで | |
| 金井利博 | 道具と象徴 | |
| 田辺耕一郎 | 原水爆禁止世界大会の意義 | |
| 「平和文化賞」を受賞して | ||
| アイラ・V・モーリス夫妻のこと | ||
| 編集後記 |
原爆被害者の手記編纂委員会 19520821
目次(同委員会編『原爆に生きて 原爆被害者の手記』、三一書房、19530625)
| カット:丸木位里・赤松俊子 | ||
| 原爆手記編纂委員会 | 序 | |
| (山代巴・隅田義人・山中敏男・川手健・松野修輔) | ||
| 序=「我々が原爆被害者の手記を集めようといい出したのは、1948年8月で、いよいよ具体的に仕事が進み出したのは、1952年8月」、「我々はその集め方について、適切な方法がみいだせず、それが為に仕事が前へすすまなかった」、「8月21日の相談の結果、新聞やだジオによる募集には、あまり頼らず、我々が被害者の家を直接訪問してお願いし、欠けない人のは代筆してもいい、発表の機会に恵まれない人々の、手記を書かれることに重点をおこうということになったことは、この仕事を進める一つの鍵になった」 | ||
| 1 | 生きる | |
| 檜垣干柿 | 短かき夜の流れ星 | |
| 小原秀治 | 生命の河 | |
| 恵京吉郎 | 白血病と闘う | |
| 石井一郎 | ヌートリアの思い出 | |
| 磯川喜幸 | 真如の心 | |
| 吉川みち子 | 母子抄 | |
| 2 | 歩む | |
| 山下寛治 | 敗戦日記 | |
| 日詰忍 | 七年の記 | |
| 島本正治郎 | 「無窮」の木 | |
| 浮気モト | 四十八願 | |
| 多田マキ子 | 夫はかえらない | |
| 山野音代 | 友の手紙 | |
| 宮田君子 | 生長の家から | |
| 辻本トラ | 行くとこなし | |
| 山田静代 | 未亡人の願い | |
| 大屋ヒデ | 喜生園 | |
| 内山正一 | 父情記 | |
| 温品道義 | 傷害年金受給のこと | |
| 3 | 叫び | |
| 山中敏男 | 春雪日記 | |
| 上松時恵 | 平和をわれらに | |
| 浦本稔 | 青年の独想 | |
| 横山文江 | 甲神部隊の父 | |
| 牧かよ子 | すみれのように | |
| 池田精子 | 母となりて | |
| 西山わか子 | 私は生きたい | |
| 尾形静子 | 子等とともに | |
| 川手健 | 半年の足跡 | |
『ひろしま THE HIROSHIMA 6月号』第1巻第1号(編集人:峠三吉、発行所:瀬戸内海文庫)
目次
| 中川善之助 | |
| 阿部静枝 | |
| 小川二郎 | |
| 大山郁夫は語る―理想と愛 | |
| 永守亀之助 | |
| 米重忠一 | |
| 宇根元警 | 表紙絵にそえて-旧産業奨励館 |
| 永瀬清子 | |
| 枡井迪夫 | ジョン・ハースィの「広島」 |
| 谷本清 | 原爆と米人の愛 |
| アルバム・アトムヒロシマ | |
| 矢口たかし | マンガ迷曲集 |
| K | 平和塔 |
| 阿川弘之 | 夏 |
| ギー・ド・モーパッサン | |
| 川上一衛 | |
| T | 編輯後記 |
| H | 編輯後記 |
| 詩と歌の欄創設<詩:広島詩人協会選、短歌:岡本明選> | |
大学人会活動略年表
| 年月日 | 事項 | |
| 1953 | ||
| 0215 | 発会準備会 | |
| 0221 | 発会大会(会員50人余・・・5月末会員100余名) | |
| 0326 | 学術会議会員との懇談会 | |
| 0405 | 平和講演会(広教組後援) | |
| 0601 | 会報(N・・・新聞型)No.1発行 | |
| 1001 | 広島大学人会ニュースNo.1(N)発行 | |
| 1115 | 会報(N)No.2(第3期学術会議会員選挙特集) | |
| 1954 | ||
| 1210 | ||
| 1955 | ||
| 1956 | ||
| 1957 | ||
| 1958 | ||
| 1959 | ||
| 1960 | ||
| 1961 | ||
| 1962 | ||
| 1963 | ||
| 1964 | ||
| 1965 | ||
| 1966 | ||
| 1967 | ||
| 1968 | ||
| 1969 | ||
| 0131 | 拡大理事会(中心話題は「大学紛争」問題) |
平和と学問を守る大学人の会(発行物一覧)
| 書名・タイトル | 発行年月日 | 備考 |
| 広島大学人会会報 | 19530601(創刊号)~ | |
| 大学人会研究論集 | 195411(第1集)・195507(第2集) | |
| 原子力問題研究資料 | (1)195701 原子力関係文献目録・ | |
| 広島の平和運動研究資料 | (1)広島の平和運動(平和運動研究班中間報告)(2)原爆被害者の歩み(3)原爆被害者救援の動き | |
| 大学人会討議資料 | 19600610 | |
| 平和・科学・自由 | 196006 | |
| 大学制度問題資料集 | 1961 (その1)・(その2)・(その3) | |
| 第9回原水爆禁止世界大会文書集 | 1963 | |
堀場清子『禁じられた原爆体験』(岩波書店、19950623刊)
目次
| はじめに | ||
| 一 | 原爆作品と占領下の検閲 | |
| 1 | 発禁により葬られた美川きよ「あの日のこと」 | |
| 2 | 栗原貞子詩歌集「黒い卵」が示す”事実と伝説” | |
| 3 | 渡辺順三の「君らは語る」 | |
| 4 | 松重美人「世界の記録写真」をめぐって | |
| 5 | 金子光晴「暴君」の消失 | |
| 6 | 「雅子斃れず」「長崎の鐘」 出版への道すじ | |
| 7 | 「不死鳥」における杉浦翠子と正田篠枝 | |
| 8 | 検閲文書にみる原爆体験と天皇体験 | |
| a 「晩鐘」の苦難 | ||
| b 天皇とアトム・ヒロシマ | ||
| 二 | 戦争の表現にかかわる発禁と没収 | |
| 9 | 石川達三「戦ひの権化」の発禁 | |
| 10 | 宮柊二・オリジナル「山西省」の発見 | |
| 11 | 日本神話で闘った二人の男 | |
| 12 | 久津間慶子歌集「泉声」にみる女の生涯 | |
| 資料(PPB文書) | ||
| あとがき | ||
中川秋一遺稿集・付追悼文集(中川秋一先生遺稿・追悼文集刊行委員会編、刊、19811111)
目次
| 序 | 今堀誠二 | |
| I | 随想 | |
| 広島市民劇場創立二十周年に寄せて | ||
| II | 戦後の広島 | |
| 一九四九年平和擁護大会宣言文草案 | ||
| 声明書 | ||
| 意識と行動の一致について | ||
| 実践の優位について-歴史は実践の優位を保証する- | ||
| ファッショとたたかえ-T君への便り- | ||
| ユネスコと勤労階級 | ||
| 地方自治はどうなったか | ||
| 青少年文化の現状 | ||
| 民科広島支部の活勤 | ||
| 中国文学の新人たち-趙樹理のことなど- | ||
| 広島における戦後啓蒙期初期の演劇運動 | ||
| 対談 戦後第一回メーデー | ||
| 民科広島支部のころ | ||
| 改造社版 M・E全集 | ||
| 増岡敏和氏宛書簡「控」 | ||
| 初期の峠君 | ||
| 峠三吉について | ||
| 峠三吉没二七周年平和のための朗読と講演のつどい-あいさつ- | ||
| III | 平和を求めて | |
| 「平和を求めて」休載について | ||
| 「平和を求めて」草稿 | ||
| 原水爆報道三十年の軌跡 | ||
| 水爆の発明と平和運動 | ||
| 人間性を破壊するもの-有事立法の一側面- | ||
| 新聞記者にのぞむもの | ||
| マスコミを国民のものにする県民集会 | ||
| IV | 高い山・河上肇 | |
| 「求道の旅人」河上肇 | ||
| 高い山・河上肇 | ||
| 美しい夫婦の一典型-河上肇夫妻の場合- | ||
| 三木清小論 | ||
| 中井の学問について | ||
| V | 回想 | |
| 屐履私記-心猿*記 | ||
| 続心*記 | ||
| 西田哲学との邂 | ||
| 「柳老記」について | ||
| 「柳老記」に寄せて | ||
| 「柳老記」断片 | ||
| 遺蹤点々-亡き友におくる- | ||
| 噫呼 高橋茂雄君 | ||
| 八景園 | ||
| 微笑の激励 | ||
| 弔辞 -同志古末憲一君をおくる | ||
| 田谷春夫君の印象 -一九三○年代のあのころ- | ||
| 泥をかぶるの記 | ||
| 中川先生をしのんで | ||
| 中川秋一先生をしのんで | 荒本昱夫 | |
| 師・中川秋一さん-甲立疎開のころの出会い- | 石田成雄 | |
| 中川 生を悼む | 今中保子 | |
| 本当に、楽しかった | 奥田胤暢 | |
| 東京での中川さんを想う | 数本英次郎 | |
| 追悼の句 | 数本タキヱ | |
| 中川秋一先生の教え | 河原崎国太郎 | |
| πをかける | 切明悟 | |
| 中川先生と文団連 | 小森敏廣 | |
| 一冊の本 | 里信敏行 | |
| 広島の文化が必要とした人 | 四国五郎 | |
| 中川秋一さんと私 | 下村仁一 | |
| 中川先生のこと | 水藤晋 | |
| 青春まっただ中 | 杉田俊也 | |
| 中川さんの笑顔 | 立川すゑ | |
| 秋一さんを偲ぶ | 建林正喜 | |
| 広島演サ協と中川先生 | 土屋清 | |
| 中川秋一さんとの出会い | 土肥秀一 | |
| 朋友を失った寂しさ | 中村吉郎 | |
| 十四子会と中川さん | 福永明 | |
| 中川さんのこと | 深川宗俊 | |
| 人間解放の学 | 藤原茂 | |
| 中川先生と広島県労働文化協会 | 藤原浩修 | |
| 中川先生から学んだこと | 塀ひろじ | |
| 光芒を放つ支柱―中川秋一氏のおもいで- | 増岡敏和 | |
| 遊子見ゆ | 町川範彦 | |
| 中川さんを失って | 渡辺悦次 | |
| 新聞記事 | ||
| 官憲の弾圧に抗し、土にうめたり天井裏にかくしたり | ||
| 哲学者 中川秋一さん | ||
| 葬送の記 | 水原肇 | |
| 中川秋一遣稿集について | 森祐二 | |
| 解題 | ||
| 中川秋一先生略年譜 | ||
| あとがき | ||
昱
『今中次麿―生涯と回想』(今中次麿先生追悼記念事業会編、法律文化社、19820415)
目次
| まえがき | ||
| Ⅰ | 私の政治学の歩み | 今中次麿 |
| Ⅱ | 時々事々 | 今中次麿 |
| Ⅲ | ||
| Ⅳ | ||
| Ⅴ | ||
| Ⅵ | ||
| Ⅶ | ||
| 今中先生と平和運動―広島大学人会を中心として | 佐久間澄 | |
| 回想の五十年 | 今堀誠二 | |
| 今中先生を偲んで | 後藤陽一 | |
| 今中先生を偲ぶ | 佐藤正夫 | |
| 留守番としての交わり | 山代巴 | |
| 今中先生の笑顔 | 狭田喜義 | |
| 今中先生と私 | 山口利男 | |
| 今中先生を偲んで | 石田明 | |
| マルキシズムを超えることだ | 中村吉男 | |
| 「畏敬」の対象としての先生 | 山田浩 | |
| 今中先生のこと―思い出すままに | 大西典茂 | |
| 今中門下の末っ子として | 北西允 | |
| 広島大学時代の先生 | 池田重久 | |
| 今中先生の思い出―「今中大学日記」寄託のことなど | 頼和子 | |
| Ⅷ | ||
| Ⅸ | 学者として、人間として―父を語る | 今中比呂志 |
| 今中次麿年譜 | ||
| 遺稿目録 | ||
| あとがき <大西典茂・北西允・中村義知・山田浩 > | ||
今中次麿(いまなか・つぎまろ)
| 18930409生19800726没 | 享年87 | [52広島平和問題談話会](広島大学政経学部教授)。[54世界平和集会世話人(発起・常任)]。広島大学名誉教授。世界平和評議会評議員、第1回原水爆禁止世界大会議長、広島平和教育研究所議長。『広島県大百科事典』(中村義知・記)。 |
略年譜
| 年月日 | ||
| 18930409 | 広島市中区国泰寺町1丁目20番地に生まれる | |
| 19450529 | 東京大空襲 | |
| 19450630 | 東亜研究所を辞職し、家族全員で長野県佐久郡に疎開。 | |
| 19450806 | 原爆のため兄の権六夫婦被爆。そのため妻とともに広島に向う。 | |
| 195304 | 広島大学政経学部教授として九大法学部から配置換え。 | |
| 平和と学問を守る大学人の会代表理事 | ||
| 1972 | 広島平和教育研究所研究会議議長 | |
| 19800726 | 午前5時45分、死亡。 |
ヒロシマNGO一覧(設立順)<作業中>
| 出典:<平文>=広島平和文化センター。<県百科>=『広島県大百科事典』 | ||
| 設立年月日 | 名前 | 出典・組織概要など |
| 1917 | 日本友和会FOR広島支部 | |
| 代表:<平文196803>河村政任。<平文197003>メリー・マックミラン。<平文19800301>相原和光。 | ||
| 占領・講和期 | ||
| 1945 | ||
| 1201 | 広島戦災児育成所 | |
| <県百科(島津邦弘・記)> | ||
| 1207 | 広島戦災者同盟 | |
| 1217 | 中国文化連盟 | 機関誌『中国文化』(1946年3月10日創刊)。1948年末までに19冊発行 |
| *** | 庚午中町内会 | |
| 1946 | ||
| 01 | 広島市戦災死没者供養会 | <県百科(小堺吉光・記)> |
| 0224 | 広島青年文化連盟 | 委員長:大村英幸(初代)。 |
| 委員長:峠三吉(2代)。機関誌「探究」 | ||
| 02 | 広島地区在外父兄救出学生同盟 | |
| 0515 | 広島県教職員組合(広教組) | 機関誌『広島教育』 |
| (1948年4月「芸備教育」を「広島教育」に改称発刊)(『広教組70年のあゆみ』http://www.hirokyouso.jp/siryou/history.pdf ) | ||
| 0925 | 広島県労働文化協会 | |
| 藤原浩修「中川先生と広島県労働文化協会」(『中川秋一遺稿集』) | ||
| 1946 | 新日本文学会広島支部 | |
| 1946 | 広島詩人協会 | 機関誌「地核」 |
| 1947 | ||
| 0107 | 長崎市戦災者連盟 | |
| 0620 | 広島平和祭協会 | <投稿=広島平和(祭)協会略年表>参照 |
| 1947 | 日本共産青年同盟広島学生委員会 | |
| 1948 | ||
| 0418 | 世界平和デー委員会 | |
| 04 | ハワイ広島戦災難民救済会 | |
| <県百科「広島戦災難民救済会」(小堺吉光・記)> | ||
| 05 | 広島児童文化会館学生後援会 | |
| 0729 | 広島県婦人団体連絡協議会 | |
| 0806 | 世界連邦政府樹立同盟(世界連邦建設同盟) | |
| 1026 | 広島地方文学サークル協議会 | 機関誌『広島文学サークル』 |
| (1号1949/03/01)(1号19490301)(2号19490701)(3号19491201)(4号19500901) | ||
| 12 | 広島建設委員会 | |
| 1948 | 民主主義科学者協会広島支部 | |
| 1948 | 長岡後援会 | <県百科「原爆資料保存会」(河村盛明・記)> |
| 長岡後援会⇒原爆資料蒐集後援会⇒集成後援会⇒ 原爆資料保存会(1964年~)。出典:『平和文化 第8号』(広島平和文化センター、19771101) | ||
| 1949 | ||
| 0408 | 広島ペンクラブ | |
| 06 | 広島銅合金鋳造会 | |
| 0715 | 広島県連合未亡人会 | |
| 0920 | 広島市連合未亡人会 | |
| 10 | われらの詩の会 | |
| 1120 | 原爆都市青年交歓会 | |
| 1118 | 広島ユネスコ協力会 | |
| 1124 | 広島平和センタ-建設委員会 | |
| 1215 | 世界連邦日本国会委員会 | |
| 1949 | 日本平和委員会 | |
| 1950 | ||
| 0401 | 人類愛善会広島支部 | |
| 0914 | 世界連邦広島協議会 | |
| 0808 | ヒロシマ・ピース・センター | |
| 0533 | 広島戦災供養会 | |
| 0633 | 広島反戦学生同盟 | |
| 0531 | 広島文理大学生自治会「平和を守る会」 | |
| 0733 | 長崎国際文化都市建設協議会 | |
| 0422 | 反戦詩歌人集団結成準備会 | |
| 0406 | 平和擁護委員会 | |
| 講和条約前後 | ||
| 19511333 | 世界連邦運動協会広島支部 | |
| 19510827 | 原爆傷害者更生会 | |
| 19511213 | 広島市原爆犠牲者援護促進会 | |
| 19511333 | 広島大学わだつみ会 | |
| 19510922 | 広島大学平和問題研究会 | |
| 19511016 | 広島平和問題談話会 | |
| 19510506 | 舟入平和擁護委員会 | |
| 19510622 | 全国宗教者平和運動協議会 | |
| 19510707 | 中国地方再軍備反対共同闘争委員会 | |
| 19511006 | 長崎県社会福祉協議会 | |
| 19510517 | 日本子供を守る会 | |
| 19510728 | 日本平和推進国民会議 | |
| 19510920 | 如己堂友の会 | |
| 19510415 | 平和の闘士団中国地方協議会 | |
| 19520715 | ABCC運輸部労働組合 | |
| 19520217 | 原爆の子友の会 | |
| 19520810 | 原爆被害者の会 | |
| 19530218 | 広島ピースセンター大阪協力会 | |
| 19530301 | 広島子供を守る会 | |
| 19530113 | 広島市原爆障害者治療対策協議会 | |
| 19530112 | 広島大学東雲分校子どもを守る会 | |
| 19530301 | 長崎県傷痍軍人会 | |
| 19530602 | 長崎原爆乙女の会 | |
| 19530514 | 長崎市原爆傷害者治療対策協議会 | |
| 19530221 | 平和と学問を守る大学人の会 | |
| 原水爆禁止運動 | ||
| 1954年 | ||
| 19540401 | 護憲連合広島県民会議 | |
| 19540306 | 憲法擁護国民連合広島会議 | |
| 19540907 | 原水爆禁止広島県協議会 | |
| 19540808 | 原水爆禁止署名運動全国協議会 | |
| 19541201 | 原爆障害者救援会 | |
| 19540528 | 広島市供養塔建設対策委員会 | |
| 19540806 | 世界平和記念聖堂 | |
| 19541006 | 世界平和集会広島世話人会 | |
| 19540131 | 日本国連協会長崎市支部 | |
| 1955年 | ||
| 0810 | 原爆被災資料保存会 | |
| 0733 | 皆実原爆被害者の会 | |
| 0911 | 京都府福知山・天田・綾部地区原爆被災者の会 | |
| 1217 | 群馬県内被爆者組織 | |
| 0608 | 原水爆禁止運動呉推進連盟 | |
| 1124 | 原水爆禁止運動富山県協議会 | |
| 1126 | 原水爆禁止広島協議会 | |
| 1126 | 原水爆禁止広島協議会原爆被害者救援委員会 | |
| 0933 | 原水爆禁止広島県協議会 | |
| 0521 | 原水爆禁止世界大会広島準備会 | |
| 1119 | 原水爆禁止長崎協議会 | |
| 1018 | 原水爆禁止長野県協議会 | |
| 0919 | 原水爆禁止日本協議会 | |
| 0528 | 原爆資料集成会 | |
| 1023 | 原爆被害者の会宇品支部 | |
| 1333 | 原爆被災者神奈川友の会 | |
| 0806 | 原爆被災者大竹同志会 | |
| 0533 | 広島県遺族会 | |
| 1009 | 広島子供を守る会青年部(あゆみグループ) | |
| 0833 | 広島平和美術協会 | |
| 19551133 | 世界平和アピール7人委員会 | |
| 19550806 | 世界連邦母の会広島支部 | |
| 19550805 | 第一県女原爆犠牲者遺族会 | |
| 19550433 | 短歌文学を研究する会 | |
| 19550717 | 長崎「生活を綴る会」 | |
| 19551001 | 長崎原爆青年会 | |
| 19550806 | 電気通信関係原爆犠牲者遺族会 | |
| 19550919 | 日本原水協 | |
| 1956 | ||
| 0118 | 長崎国際文化協会 | 機関誌「長崎文化」 |
| 19560233 | 電力労働者憲法を守る会 | |
| 19560111 | 愛媛県原爆被害者の会 | |
| 19560805 | 京都府原爆被災者の会 | |
| 19560503 | 群馬県原爆被災者の会 | |
| 19561005 | 原・水爆禁止賀茂地区協議会 | |
| 19560926 | 原・水爆被災者を救う会 | |
| 19560719 | 原水協芦品地区協議会 | |
| 19560422 | 原水爆禁止運動芸北協議会 | |
| 19560121 | 原水爆禁止岩手県協議会 | |
| 19560215 | 原水爆禁止広島市協議会 | |
| 19560128 | 原爆の子の像の建設委員会 | |
| 19560706 | 原爆障害者救援事業広島委員会 | |
| 19560122 | 原爆被害者連絡協議会世話人会 | |
| 19560415 | 原爆被災者の会(東京) | |
| 19560422 | 広島県・三次地区原爆被害者の会 | |
| 19560718 | 広島県安芸郡原爆被害者団体連合会 | |
| 19560930 | 広島県安佐郡祇園町原爆被害者の会 | |
| 19560729 | 広島県安佐郡原爆被害者の会 | |
| 19560527 | 広島県原爆被害者団体協議会 | |
| 19560227 | 広島県東部原爆被害者連絡協議会 | |
| 19561033 | 広島原爆障害研究会 | |
| 19560413 | 広島原爆障害対策協議会 | |
| 19560911 | 広島原爆病院 | |
| 19560728 | 広島市己斐学区原爆被爆者の会 | |
| 19560721 | 広島市広瀬学区原爆被害者の会 | |
| 19560729 | 広島市竹屋学区原爆被害者の会 | |
| 19560128 | 広島平和をきずく児童・生徒の会 | |
| 19561217 | 山県郡内原爆被害者の会 | |
| 19561111 | 山口県下関市原爆被災者の会 | |
| 19560503 | 長崎原爆青年乙女の会 | |
| 19560623 | 長崎原爆被災者協議会 | |
| 560112 | 長崎市民生委員協議会 | |
| 19560205 | 長野県原水爆被災者の会 | |
| 19560810 | 日本原水爆被害者団体協議会 | |
| 19560810 | 日本被団協 | |
| 19561125 | 兵庫県原爆被害者の会 | |
| 19560933 | 和歌山県原爆被害者の会 | |
| 1957 | ||
| 19570707 | パグウォッシュ会議 | |
| 19570233 | 愛知県原水爆被災者の会 | |
| 19570329 | 岡山県原爆被爆者協議会 | |
| 19570425 | 賀茂郡西条町原爆被害者の会 | |
| 19571133 | 皆実町原爆被害者の会 | |
| 19570113 | 岩手県原爆被害者の会 | |
| 19570716 | 原水爆禁止佐世保協議会 | |
| 19571109 | 原水爆禁止大竹協議会結成大会 | |
| 19570915 | 原爆被害者大分県協議会 | |
| 19570501 | 広島憩いの家の会 | |
| 19570817 | 広島県医師会原爆医療法特別委員会 | |
| 19570217 | 広島県動員学徒犠牲者の会 | |
| 19571333 | 広島県平和委員会 | |
| 19570303 | 広島市原爆被害者の会連合会 | |
| 19570129 | 広島市原爆被災者職員協議会 | |
| 19570716 | 広島市役所原爆犠牲者遺族会 | |
| 19571123 | 香川県原爆被害者の会 | |
| 19570128 | 高田郡原爆被害者の会 | |
| 19570219 | 高田郡八千代村原爆被害者の会 | |
| 19571101 | 佐賀県・鳥栖・三養地区原爆被害者の会 | |
| 19571333 | 山形県被爆者の会 | |
| 19570616 | 山口県岩国市原爆被害者の会 | |
| 19571110 | 山口県原爆被害者団体協議会 | |
| 19570605 | 世界連邦建設同盟広島県協議会 | |
| 19571022 | 大阪府茨木市原爆被害者の会 | |
| 19570806 | 大阪府原爆被害者の会 | |
| 19571110 | 長崎県動員学徒犠牲者の会 | |
| 19570718 | 日本婦人有権者同盟広島支部 | |
| 19571109 | 富山県原爆被害者の会 | |
| 19571008 | 福岡県・小倉市原水爆被害者の会 | |
| 1958年 | ||
| 195801 | マスコミ倫理懇談会全国協議会 | |
| 580533 | キリスト教広島被爆者福祉センター | |
| 581030 | 熊本県原爆被害者の会 | |
| 580810 | 原水爆禁止長崎県協議会 | |
| 580112 | 原爆孤児グル-プ | |
| 580622 | 広島折鶴の会 | |
| 580919 | 広島国際青少年協会 | |
| 580927 | 広島平和委員会 | |
| 580914 | 高知県原爆被爆者友の会 | |
| 581333 | 佐賀県原爆被害者団体協議会 | |
| 580318 | 佐賀県大町地区原爆被害者の会 | |
| 581233 | 埼玉県被団協 | |
| 580333 | 滋賀県被爆者友の会 | |
| 580209 | 杉並光友会 | |
| 580920 | 長崎原子爆弾被爆者対策協議会 | |
| 580621 | 長崎原爆患者の会 | |
| 580723 | 長崎原爆母親の会 | |
| 580803 | 鳥取県原爆被害者協議会 | |
| 580727 | 東京都・世田谷同友会 | |
| 581116 | 東京都原爆被害者団体協議会(東友会) | |
| 580212 | 東京都品川被爆者の会 | |
| 580415 | 栃木県原爆被害者協議会 | |
| 580202 | 福岡県原爆被害者団体協議会 | |
| 580413 | 福島県原爆被害者協議会 | |
| 安保闘争とヒロシマ | ||
| 1959年 | ||
| 19590221 | 宮城県原爆被害者の会 | |
| 590806 | 京都府・綾部市原爆被災者の会 | |
| 590613 | 原子爆弾後障害研究会 | |
| 591033 | 広島・長崎原爆被爆者医療法改正対策協議会 | |
| 591333 | 広島県詩人協会 | |
| 590523 | 広島青年平和祭実行委員会 | |
| 590433 | 広島平和会館 | |
| 590726 | 静岡県原水爆被害者の会 | |
| 590533 | 島根県原爆被爆者協議会 | |
| 591233 | 日米安全保障条約改定反対共同声明広島世話人会 | |
| 1960年 | ||
| 19601333 | 東部平和を守る会 | |
| 600601 | 山下会 | |
| 600333 | 宮崎県原爆被害者の会 | |
| 601211 | 京都府・舞鶴原爆被災者の会 | |
| 600120 | 原水爆禁止広島母の会 | |
| 600233 | 原爆被爆者別府温泉療養所 | |
| 600633 | 広島キリスト者平和の会 | |
| 600524 | 若い広島の会 | |
| 600915 | 世界連邦建設同盟広島支部連合会 | |
| 600821 | 石川県原爆被災者友の会 | |
| 600206 | 長崎平和委員会 | |
| 601333 | 徳島県原爆被爆者の会 | |
| 600533 | 富山県被爆者福祉協会 | |
| 600633 | 北海道原爆被爆者団体協議会 | |
| 1961年 | ||
| 611115 | 核兵器禁止平和建設国民会議 | |
| 611333 | 岐阜県原爆被爆者福祉会 | |
| 610433 | 広島原爆被爆者福祉センター | |
| 610410 | 広島市原爆被爆者協議会 | |
| 611116 | 秋田県原爆被害者団体協議会 | |
| 611233 | 青森県原爆被害者の会 | |
| 610410 | 被爆協 | |
| 610733 | 郵政被爆者の会 | |
| 196111 | リアリズム研究会 | 機関誌『現実と文学』(1963年10月号通巻26号19631001)~(1965年通巻44号19650401) |
| 1962年 | ||
| 1962 | 日本宗教者平和協議会 | 『現代に生きる宗教者の証言』(新日本新書、19680805) |
| 19620301 | 広島宗教者平和協議会 | |
| 620433 | 西平塚町内会 | |
| 621333 | 科学者京都会議 | |
| 620121 | 核兵器禁止平和建設広島県民会議 | |
| 620822 | 広島平和科学研究所 | |
| 620522 | 全日本原爆被爆者協議会 | |
| 19621022 | 福島地区被爆者の会 | 機関誌『壁ー未解放部落原爆被爆者の手記』(創刊19680806)。~(終刊19950806) |
| 620805 | 平和のための広島県文化会議 | |
| 1963年 | ||
| 19630303 | 新日本婦人の会広島県本部 | 機関誌『木の葉のように焼かれて』 |
| 出典:『日本共産党広島県党史略年表 第1次』、『被爆70年―市民が育んだヒロシマ―』(広島自治体問題研究所、20150728) | ||
| 631017 | ヒロシマ・アウシュビッツ委員会 | |
| ヒロシマの多様化 | ||
| 1964年 | ||
| 640501 | 段原中学区憲法を守る会 | |
| 640712 | 沖縄県原爆被爆者協議会 | |
| 640603 | 原水爆禁止広島県協議会 | |
| 641333 | 原爆資料保存会 | |
| 640614 | 広島県原爆被害者団体協議会 | |
| 196403 | 広島詩人会議 | 機関誌『広島詩人会議』⇒『でるた』⇒『詩民』 |
| 640513 | 広島悲願結晶の会 | |
| 640833 | 鹿児島県原爆被爆者福祉協議会 | |
| 640304 | 世界連邦建設同盟山陽地区協議会 | |
| 640607 | 談和会 | |
| 640521 | 被災三県連全国支持委員会 | |
| 640733 | 和歌山県原爆被災者の会 | |
| 1965年 | ||
| 650627 | きのこ会 | |
| 650807 | ワールド・フレンドシップ・センター | |
| 651033 | 京都原水爆被災者懇談会 | |
| 651333 | 憲法を守る広島中央郵便局の会 | |
| 651223 | 原水爆被災白書をすすめる市民の会 | |
| 650611 | 原水爆禁止広島市協議会 | |
| 650201 | 原水爆禁止日本国民会議 | |
| 650715 | 原爆被災資料収集協力委員会 | |
| 651207 | 原爆被災白書推進委員会 | |
| 650833 | 広島・長崎被爆者の会 | |
| 650401 | 広島県詩人協会「ヒロシマ通信」 | |
| 650224 | 山梨県原水爆被害者の会(甲友会) | |
| 651333 | 福井県原爆被害者団体協議会 | |
| 650125 | 平和の灯奉讃会 | |
| 651129 | 平和を願う友の会 | |
| 1966年 | ||
| 661333 | アリス・ハーズ平和基金 | |
| 660933 | サーバス友の会広島支部 | |
| 661333 | 広島市原爆被爆者協議会 | |
| 660730 | 広島自由労働組合原爆被害者の会 | |
| 660633 | 国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会 | |
| 660733 | 新潟県原爆被害者の会 | |
| 660133 | 神奈川県原爆被災者の会 | |
| 660710 | 胎内被爆者・被爆二世を守る会 | |
| 661333 | 奈良県原爆被害者の会 | |
| 196608? | 吉島被爆者の会 | 機関誌『老いと怒りと』(創刊19660801)~(第7集19720801) |
| 1967年 | ||
| 670833 | 広島生命と平和のための行動(HALP) | |
| 670615 | ヒロシマ研究の会 | |
| 670221 | ベトナム戦傷孤児救援広島委員会 | |
| 670211 | 韓国原爆被害者協会 | |
| 670533 | 丸木美術館 | |
| 670533 | 原爆の図・丸木美術館 | |
| 670633 | 原爆爆心地復元運動 | |
| 670633 | 原爆被爆者有福温泉療養研究所 | |
| 671128 | 広島・長崎原爆被爆者援護対策協議会 | |
| 671013 | 広島平和文化センター | |
| 671116 | 世界連邦広島県宗教者協議会 | |
| 671011 | 世界連邦主義者エスペラント会広島支部 | |
| 670618 | 長崎県被爆者手帳友の会 | |
| 670933 | 日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会 | |
| 671117 | 平和のために市民の対話をすすめる会 | |
| 670633 | 有福温泉荘 | |
| 1968年 | ||
| 680712 | 世界平和友の会 | |
| 681133 | 婦人民主クラブ広島支部 | |
| 680127 | ベトナムに平和を!広島市民連合 | |
| 680505 | 群衆の渦 | |
| 680607 | 原潜寄港・汚染問題調査研究委員会 | |
| 680606 | 原爆記録映画全面公開推進会議 | |
| 19680215 | 原爆被災資料広島研究会 | |
| 681003 | 全電通広島原爆被爆者協議会 | |
| 680804 | 爆心地復元中島地区委員会 | |
| 1969年 | ||
| 691333 | ヒロシマ・ナガサキ記念文庫 | |
| 690233 | ベトナム戦傷孤児救援広島委員会 | |
| 690326 | 広島県原爆被爆教職員の会 | |
| 690433 | 原爆被災復元委員会 | |
| 691333 | 原爆養護ホーム | |
| 1969 | 広島交響楽団 | |
| 19691133 | 広島県文化団体連絡会議 | |
| 691333 | 広島原爆養護ホーム「舟入むつみ園」 | |
| 1970年 | ||
| 700730 | ヒロシマ会議委員会 | |
| 700313 | 原爆慰霊碑の碑文を守る連絡会議 | |
| 700211 | 原爆慰霊碑を正す会 | |
| 700729 | 広島県高等学校原爆被爆教職員の会 | |
| 700715 | 松山町原爆被爆復元の会 | |
| 1970 | 広島地区高校生部落問題研究協議会 | 機関誌『ヒロシマ部落研』(13号19840525、14号19850525) |
| 1970 | 日本カトリック正義と平和協議会 | |
| 1971年 | ||
| 1972年 | ||
| 19720601 | 広島平和教育研究所 | 『広島県大百科事典』(石田明・記) |
| 1972 | 原爆と文学の会 | 機関誌『原爆と文学』(創刊号 19720725)~(2007年版 20070301) |
| 1973年 | ||
| 1974年 | ||
| 1975年 | ||
| 1976年 | ||
| 1977年 | ||
| 19770211 | 高校生平和ゼミナール | 『被爆70年―市民が育んだヒロシマ―』(広島自治体問題研究所、20150728) |
| 1978年 | ||
| 1979年 | ||
| 1980年 | ||
| 1981年 | ||
| 1982年 | ||
| 1983年 | ||
| 1989年 | ||
| 19890225 | ピース・リンク広島・呉岩国 | 機関誌『』 |
| 1990年 | ||
| 1204 | 原爆遺跡保存運動懇談会 | 『被爆70年―市民が育んだヒロシマ―』(広島自治体問題研究所、20150728) |
| 1991年 | ||
| 1992年 | ||
| 1994年 | ||
| 1995年 | ||
| 1996年 | ||
| 1997年 | ||
| 1998年 | ||
| 1999年 | ||
| 2000年 | ||
| 2001年 | ||
| 2002年 | ||
| 2003年 | ||
| 2004年 | ||
| 2005年 | ||
| 2006年 | ||
| 2007年 | ||
| 2008年 | ||
| 2009年 | ||
| 2010年 | ||
| 2011年 | ||
| 2012年 | ||
| 2013年 | ||
| 2014年 | ||
| 2015年 | ||
| 2016年 | ||
| 2017年 | ||
| 2018年 | ||
| 20180701 | 平和記念公園における旧中島地区被爆遺構の展示整備に関する懇談会 | <公> |
| 2019年 | ||
| 2020年 | ||
| 2021年 | ||
| 2022年 | ||
| 2023年 | ||
| 2024年 | ||
止
現代史研究会(1957年)
『戦後日本の国家権力』(現代史研究会<著者代表:石井金一郎>、三一書房、1960年8月25日)
同上「はしがき」
本書は、広島に在住する社会科学者の有志の共同研究によって成ったものである。共同研究は、政治学・経済学・歴史学のそれぞれの専攻の立場から、一つの研究会で討論することによって、進められた。テーマを定めて、専攻分野の異なる研究者が共同研究を進めていくということは、困難でもあったが、有益でもあった。
われわれの研究会が発足したのは、いまから三年ほど前である。メンバーの全員が社会科学(政治・経済・歴史)を専攻している者だといっても、各人の研究対象は区々なので、普通の研究会ではなかなか討議が発展しない。それで、専攻はちがっても社会科学者として現在の日本の問題に関心をもつ点では一致しているのだから、この一致している対象を共通の場にして研究会をつくろうということで会が出発した。
その後、研究の対象を、さらに戦後の日本の従属と自立の問題にしぼり、これを中心にして、各人が一応分担をきめ、報告・討議の形式をとって研究会を進め、今日に至った。
その間には、参加者のなかで、外国留学・国内研修のため広島を離れ、研究会参加を中断した人もでた。また今年になって転勤のため広島を離れた人もある。
いまその結果を公にするわけであるが、研究会の全員が共同執筆に参加したのではない。表題のテーマで問題を分担した者だけが執筆に参加した。
本書で取り扱うテーマは、実践的な問題につながるものであるが、われわれは、これを学問的立場から共同討議していった。本書のテーマは、すでにこの数年来実践的立場から論争されている問題であるが、われわれは、論争に直接に参加するのでなく、論争の基礎となるべき事柄を、資料の問題・概念整理の問題を中心に、提起したいと思う。
本書の構成は、戦後日本の権力論と、政治過程論の二部構成をとった。
権力論においては、第一章において、戦後日本の権力問題についての通観を試みた。したがって、第一章は、本書全体の通論的性格をもっている。
政治過程については、戦後の時代を大きく三つにわけて、問題史的なとりあげをおこなっている。ただ、政治過程の部は、問題史的に扱っているので、簡単にしかふれられていないところもあり、また、三人の問題意識も異なっているので、通史としての役割は、果しえていない。第二章は占領中のアメリカの対日政策をとりあげたものであり、第二章においては、講和後(鳩山内閣まで)の政治過程を通じて、当時の日米関係を追及している。第三章は、日本独占資本の現時点における要求が岸内閣の諸政策の中に、どのように反映しているかを明らかにしたものである。
このように、第二部における三つの章は、それぞれ、視角を異にしているので、三つは章でつながっているが、個々の章は、それぞれ、独立論文として読んでいただきたい。
補論はいわば、第一部の補足的意味をもつものであり、中国の公的な発表にもとづいて、中国の日本国家にたいする権力規定を時代的に整理したものである。
本書の内容については、できるだけ共同討議によって意思統一することにつとめ、また分担執筆後も、第一次原稿にもとづいて討論し、その討論の結果書き改められたものについてさらに討議をおこない、最後原稿についても調整をするという手続きをとって意見の統一につとめたが、研究会の性質上、意見の統一は強制しなかったので、本書のすべての部分について、共同研究者が見解を一にしているわけではない。とくに、第一部第一章において取り扱われている中立の問題については、他の部分と同じように、共同執筆者の討論をへて執筆されているのであるけれども、
この問題について、他の共同執筆者に充分な理論的準備がなかったため、共同執筆者の一致した見解となっていない。
しかし、細部においては必ずしも見解の一致がないにもかかわらず、本書の全体を通じて、理論の不一致にもとづく混乱はない筈である。本書は、一つのまとまった戦後権力の研究となっていると思う。
なぜならば、我々は、戦後の日本の権力の把握において、もっとも基本的な点では意見が一致しているからである。
それではわれわれの一致致している点、言葉をかえていえば、本書を一貫して貫いている理論的立場は、どのような立場であるのか。
第一は、従属の問題を、上部構造と下部構造との相関に於いてとらえようとする点である。(中略) 第二は、戦後の日本は、占領中も含めて、一貫して、民族国家として存在していたという認識である。(中略) 以上の二点において、共同執筆者は全員の見解が一致している。したがって本書を通じて、各執筆者の間に、基本的な点では相違が無い。
われわれの共同研究は、まだ未熟であって、残された問題も多く、掘り下げの弱い部分も多々あることを痛感している。それにもかかわらずあえて本書を公にするのは、それによって読者の厳正な御批判をいただき、今後の研究の大きな助けとしたいと思うからである。
われわれは、今後も共同研究をつづけていきたいと思っている。読者諸氏が厳しい御批判をよせられることを期待してやまない。(石井金一郎)
<著者略歴抄>
中村義知
なかむら よしとも
1926年生る
1949年東京大学法学部政治学科卒業
現在広島大学助教授
山田浩
やまだ ひろし
1925年生る
九州大学法学部卒業
現在広島大学助教授
石井金一郎
いしい きんいちろう
1922年生る
京都大学法学部卒業
現在広島女子短期大学助教授
大江志乃夫
おおえ しのぶ
1928年生る
名古屋大学経済学部卒業
現在東京教育大学助教授
横山英
よこやま すぐる
1924年生る
広島文理科大学卒業
現在広島大学講師
『新人国記(1)静岡県/富山県/広島県/岩手県/長崎県/愛知県』(朝日新聞社、19820930)
目次(広島県・長崎県部分)
| 広島県 | 文・斉藤忠臣 写真・青井捷夫 |
| 「反核」の思い深く | |
| 原爆に怒りの絵筆 | |
| 愛を説く「語り部」 | |
| ヒロシマを伝える | |
| 紙つぶてに心託す | |
| 映像の底流に | |
| 舞台人生を息長く | |
| 「美の世界」に執念 | |
| 結束力と腕一本と | |
| 勝負師の世界彩る | |
| 王朝の世界に没入 | |
| 戦争の痛恨彫刻に | |
| 多彩タレント群像 | |
| 同質兄弟と野人と | |
| 未被爆者に訴える | |
| 長崎県 | |
『広高とヒロシマ―被爆五十年の回想』(廣島高等学校同窓有志の会、19950720)
目次
| 第一部 被爆・追悼 | ||
| 【遺族の部】 | ||
| 【同窓生の部】 | ||
| 廣高七十年誌記念座談会「原爆と廣高」 | ||
| 原爆死没者名簿 | ||
| 第二部 平和公園 | ||
| 寺光忠(昭4文甲) | 恒久の平和を象徴する都市の創建 | |
| 丹下健三(昭8理甲) | ヒロシマと平和記念施設 | |
| 藤本千万太(昭12文甲) | 雑賀先生の原爆碑文 | |
| 補遺 中国新聞 平成七年四月十六日「検証ヒロシマ-1945~95⑬原爆慰霊碑」 | ||
| 第三部 ヒロシマ | ||
| 原田東岷(昭7理乙) | 原爆症との対面 | |
| 故 荒木武(昭10文乙) | ヒロシマの心 | |
| 松谷健一郎(昭14理甲) | ラバウルで聞いた被爆の報 | |
| 阿川弘之(昭15文乙) | 真珠湾から五十年 | |
| 板倉秀(昭17・9文甲) | 「八月六日の雲」抄 | |
| 庄野直美(昭19理甲) | 世界平和巡礼 | |
| 前田修治(昭19理甲) | 映画「黒い雨」制作余話-運命の日の朝- | |
| 森一久(昭19理甲) | ヒロシマと阪神大震災-五十年後のわたし- | |
| 山田浩(昭20文乙) | 社会科学者と原水爆問題-故石井金一郎氏と私- | |
| 石田定(昭20理乙) | ヒロシマ被爆者医療二十五年の記録 | |
| 原田雅弘(昭23理乙) | 廣高と平和公園と-亡き友二井谷彰君に捧ぐ- | |
| 平岡敬(昭23理乙) | 被爆五十周年の広島 | |
| 茨木博(昭25文乙) | さんび歌 | |
| 川上貞光(昭25文乙) | 私が見た八月六日の広島 | |
| 小久保均(昭24修文乙) | 焼跡学校 | |
| 付録 | ||
| 廣高小史 | ||
| 廣高史略年表 | ||
山田浩『半生雑記帳(続 )―旧制広高・広大・ヒロシマ』(溪水社、19880310 )
目次
| 部章 | |
| 第1部 | 還暦を迎えて |
| 第2部 | 大学教師の周辺 |
| 1 | 私とクラシック音楽-文化的なものへの(あこがれ) |
| 2 | 広大改革とは何だったのか-あるロマンチストの回想 |
| 3 | 広島大学平和科学研究センターと社会科学研究科の発足 |
| 1 平和科研センターのこれまでの経緯と今後の課題-平和研究の制度化推進のために | |
| 2 これからの平和研究-広大平和科研シンポから | |
| 3 新発足の社会科学研究科-新しいコスモロジーの工房 | |
| 4 | 随筆3編 |
| 5 | 書評2編 |
| 1 戦争と人間と怨念と-『シベリア抑留』を読んで | |
| 6 | 御逝去を悼む |
| 1 海 一寸に青みたり-羽白幸雄先生の死去を悼む | |
| 2 弔辞 | |
| 3羽白先生と犬たちのこと 児玉昭人 | |
| 4 湯崎さんの死 | |
| 第3部 | 核問題とヒロシマ |
| 第4部 | 平和教育 |
| 著者の略歴と業績 |
山田浩『半生雑記帳』(溪水社、19850215)
目次
| 部章 | |
| 第1部 | 旧制広島高等学校時代のこと |
| 第2部 | 軍隊生活と研究室時代 |
| 1 | 私の戦争体験あれこれ |
| 2 | 戦後の今中先生のこと |
| 第3部 | 大学教師の周辺 |
| 1 | 畏友石井金一郎氏の死 |
| 1.“ヒロキン・グリル”閉店の記 | |
| 2.実態に根ざす理論を | |
| 2 | ソビエト紀行・通訳のことなど |
| 3 | 折りにふれての感想 |
| 第4部 | 核問題とヒロシマ |
| 1 | 選挙ルポ2題 |
| 2 | 書評2編 |
| 1.御田重寳『人間の記録-ノモンハン戦』を読んで | |
| 3 | III核軍拡競争と核軍縮の歴史について |
| 4 | 討論集会における2つの報告 |
| 5 | 時論7編 |
| 著者の略歴と業績 |
『原水爆被害白書-かくされた真実』 原水爆禁止日本協議会専門委員会(編)、日本評論新社、19610731
目次
| 章 | |
| 序< 湯川秀樹> | |
| 序<安井郁> | |
| Ⅰ | 1945年8月6日< 石井金一郎、田沼肇> |
| Ⅱ | 原水爆被害の実態 その1<佐久間澄、庄野直美、杉原芳夫> |
| 1 | 原爆投下の瞬間 |
| 2 | 原爆による死亡者と傷害者 |
| (1)広島原爆でどれだけの人が死んだか | |
| (2)長崎原爆でどれだけの人が死んだか | |
| (3)原爆による傷害者 | |
| 3 | 恐るべき放射線障害 |
| (1)放射能とはなにか | |
| (2)瞬間放射線による被害 | |
| (3)残留放射線による被害 | |
| (4)被爆放射線量についての総括 | |
| Ⅲ | 原水爆被害の実態 その2<佐久間澄、庄野直美、杉原芳夫> |
| 1 | いつまでつづく放射能害 |
| (1)急性期症状-急性原爆症 | |
| (2)慢性原爆症-原爆症とはなにか | |
| (3)原爆症問題の変遷と原爆症の拡大 | |
| (4)慢性原爆症の現況 | |
| (5)被爆者の体内に残されている変化 | |
| 2 | 放射線と遺伝 |
| 3 | もし原子戦争がおこったら |
| (1)アメリカ議会公聴会の記録 | |
| (2)すでに人類は原水爆の被害者になっている | |
| Ⅳ | 被爆者の意識<山手茂> |
| 1 | 被爆者問題をどうとらえるか |
| 2 | 被爆者の社会意識 |
| (1)被爆者の生活意識 | |
| (2)原水爆禁止の意識と行動 | |
| (3)被爆者の政治意識 | |
| Ⅴ | 被爆者の生活<山手茂> |
| 1 | 被爆者の家庭生活 |
| (1)破壊された被爆者の家庭 | |
| (2)原爆孤児 | |
| (3)被爆母子家庭 | |
| (4)原爆孤老 | |
| (5)被爆した主婦 | |
| (6)結婚問題 | |
| 2 | 被爆者の職業生活 |
| (1)職業生活の悪条件 | |
| (2)被爆者の就職問題 | |
| (3)被爆被保護世帯 | |
| (4)失業対策事業に働らく被爆者 | |
| (5)被爆労働者 | |
| (6)被爆零細自営業者 | |
| (7)被爆農民 | |
| (8)未解放部落の被爆者 | |
| 写真ページ | |
| 写真/東松照明 | |
| レイアウト/杉浦康平 | |
| Ⅵ | 被爆者と社会保障< 伊東壮、大江志乃夫> |
| 1 | 政府の援護対策 |
| (1)被爆者はなにを望んでいるか | |
| (2)政府の援護対策とその特徴 | |
| 2 | 被爆者医療法の成立 |
| (1)被爆者医療法案の国会提出 | |
| (2)被爆者医療法案の国会審議 | |
| (3)被爆者医療法の欠陥 | |
| 3 | 新被爆者医療法とその問題点 |
| (1)被爆者医療法の「改正」 | |
| (2)新被爆者医療法の内容 | |
| (3)新被爆者医療法の問題点 | |
| (4)「被爆者援護法」の要求と社会保障 | |
| Ⅶ | 原水爆禁止と被爆者救援運動< 石井金一郎、吉田嘉清> |
| 1 | 被爆者の要求と原水爆禁止 |
| 2 | 被爆者と日本の社会 |
| 3 | 原水爆禁止と被爆者救援運動 |
| 附録< 杉原芳夫、佐久間澄> | |
| 原爆被爆者の放射線照射による遅発性影響についてABCCに反論し,あわせて原爆症対策の科学的基礎を考察する | |
| 1/被爆線量について | |
| 2/調査標本について | |
| 3/遺伝について | |
| 4/白内障について | |
| 5/白血病について | |
| 6/ガンについて | |
| 7/児童の成長と発育について | |
| 8/胎内被爆児童における小頭症について | |
| 9/加齢の促進について | |
| 10/成人における一般医学的見地からみた影響について | |
| 11/その他の影響について、 | |
| むすび | |
| 資料 原水爆禁止世界大会の宣言・決議・勧告 | |
| あとがき<要旨> | |
| *出発点となったのは,第4回原水爆禁止世界大会―1958年―で被爆者救援問題をとりあげた分科会の満場一致の決議 | |
| *決議にもとづき原水爆禁止日本協議会は,原水爆被害者調査をおこなうことを決定。 | |
| *調査委員会のもとに調査団をつくり,物理的・医学的被害の調査,被爆者の意識調査,被爆者組織の調査の3分野にわたり実施。 | |
| 調査概要 *調査票による調査 ***広島・長崎両県下で,爆心からの距離別と地域区分別に,市内は町単位,町村では町村単位に典型地域を抽出し,約500例を被爆者健康手帳交付台帳から無差別抽出して,被爆放射線量と意識の調査を実施 *被爆者の生活史の個別調査 *被爆者組識の調査 |
|
| *調査の中間報告 * 原水爆禁止日本協議会“Atomic Bomb Damage in Hiroshima and Nagasaki” 1958年8月, *日本原水爆被害者団体協議会『原爆被害の実相と被害者の苦しみ』1958年8月, *石井金一郎「厂生きていてよかった」か』『中央公論』1958年8月号 |
|
| 調査委員長 森滝市郎(日本原水協代表委員) 調査団長 石井金一郎(日本原水協専門委員) 調査団員 広島の研究者グループ:佐久間澄・杉原芳夫・庄野直美・北西允・大江志乃夫・山手茂, 長崎の研究者グループ:中西市郎.川崎文治・茂木六郎・林重太・前田豊昭・天野卓郎 第1稿の執筆者名 第1章 石井金一郎,田沼 肇 第2章・第3章 佐久間澄,庄野直美,杉原芳夫 第4章・第5章 山手茂 第6章 伊東壮,大江志乃夫 第7章 石井金一郎,吉田嘉清 附録論文 杉原芳夫,佐久間澄 |
|
| 謝辞(個人)黒田秀俊,藤居平一,小佐々八郎,伊藤満,草野信男,石井森太郎,山村茂雄,市村志郎,板倉静夫,竹内武志,日本評論新社:林勝郎,飯岡邦輔 | |
| 謝辞(団体)日本原水協,日本被団協。「最後に,中国人民保衛世界平和委員会など中華人民共和国7団体による被爆者救援の国際的なあたたかい援助が,この事業を成功させるために,大きな力添えになったことを報告し,中国人民の厚い友情に改めて謝意を表します」 | |
| 編集責任者:石井金一郎(日本原水協専門委員),吉田嘉清(日本原水協事務局次長),田沼肇(日本原水協専門委員会幹事) | |
| 事項索引 | |
| 図表索引 | |