アピールの記録

アピールの記録

出典『核の傘に覆われた世界 現代人の思想19』(久野収編、平凡社、1967年8月20日)

アピール名 年月日 主体 備考
アムステルダム反戦会議での演説 19320827 ロマン・ロラン
平和三原則について 19540423 日本学術会議第17回総会(国内声明)
ラッセル・アインシュタイン宣言 19550709
第1回原水爆禁止広島世界大会宣言 19550808
ゲッチンゲン宣言 19570412
新安保条約批准に反対する声明 素粒子論懇談会 19600406 素粒子論懇談会
地上の平和(回章) 19630411 ヨハネ23世
原爆実験についての中国政府声明 19641016
ベトナム問題に関して日本政府に要望する 19650420 我妻栄ほか91名
日米共同宣言 19650522 「ベトナムに平和を!」市民・文化団体連合
ヴェトナム戦争と平和運動の責務 19650710 J・D・バナール
アメリカ人民に宛てた南ベトナム解放民族戦線のメッセージ 19650728
第3回科学者京都会議声明 19660702
徹底抗戦の声明 19660717 ホー・チ・ミン
《ベトナムに平和を!日米市民会議》へのメッセージ  19660811 ドイッチャー
ベトナム戦争と反戦の原理 19661015  J・P・サルトル
佐藤首相の南ベトナム訪問計画に関する日本政府への要望書 19670722 我妻栄ほか25名
「平和の船」を送ろう 19670717 久野収、小田実ほか47名

 

広島市政白書

広島市政白書

広島市政白書 編・発行 発行年月日
(第1次) 197412
(第2次)住民参画の広島市政を実現するために 広島市職員労働組合・広島自治体問題研究会(編集)広島市職員労働組合(発行) 19781010
14.平和教育、17.被爆者問題
(第3次)広島・ヒロシマ 19831021
(第4次) 19861225
(第5次)10年のあゆみ・これからの広島 19901227
(第6次)くらしといのち 輝く広島に 19950324
(第7次)ひろしまの明日のために 19990110
出典:『広島自治体問題研究所20年の歩み―21世紀の地方自治をひらく』

 

地域と科学者第8号

創立20周年記念 「ヒバクシャと現代」 地域と科学者第8号

創立20周年記念 ヒバクシャと現代[1981年2月1日開催のシンポジウムをもとにまとめる]

目次

大森正信 巻頭言
1.被爆者の実態―生活と援護の諸問題
江崎須賀子 被爆者の実態と生活史
舟橋喜恵 被爆者の生活史調査の意義―石田忠氏の場合―
宇吹暁 原爆被災資料をめぐって
田村和之 「被爆者援護法」の検討
2.被爆者と医学―その歴史と今後の課題
斎藤紀 被爆者と医師
鎌田七男 現場kの人体影響とその研究の歩み
3.ヒバクシャ、原爆、核問題と自然科学研究
星正治 広島・長崎の原爆放射線量の見直し―第4回(最終)日米ワークショップより
永井秀明 現代核科学と科学者
山田浩 広島大学平和科学研究センターの歴史と今後の加害―平和研究の制度化推進のために
佐中忠司
創立20周年 地域にねざす科学者の運動―日本科学者会議広島県支部の創立10周年から20周年への歩み
3.ヒバクシャ、原爆、核問題と自然科学研究

 

『地域と科学者』(日本科学者会議広島県支部機関誌)

日本科学者会議広島県支部(JSAH)<1966年6月25日創立>

機関誌『地域と科学者』

号(発行年月) 備考
創刊号197501 大学問題特集号
創刊のことば(事務局長 小川修三)=「全国組織が発足した1966年1月、50名前後の会員でもって呱呱の声をあげました」「現在広島支部も:::160名を数えるに至っています」
第2号197509 公害問題特集
第3号197606 支部創立10周年特集
公害病の原点・原爆症をめぐって(広島大医・ 杉原芳夫)1.原爆症にはどのようなものがあるか、2.不毛の論争、3.原爆症の認定、4.被爆二世問題、「原爆症は最も深刻な公害病である」
〔座談会〕「平和と学問を守る大学人の会」の記録―日本科学者会議広島県支部との関係
石田明「ヒロシマの研究者への要請」
〔記念講演〕E.H.バーロップ「核兵器、軍縮及びエネルギー危機」
19761126 JSA県支部主催〔世界科学者連盟会長・ロンドン大学教授〕バーロップ講演会。広島大学理学部会議室。
第4号197707 被爆・核・広島特集
「地域と科学者」のために(飯島宗一 前広島大学学長)。「ひとつの問題は、科学者の業績主義」。「ある東京の科学者で、放射線医学のある地位を占める人と、広島・長崎の原子爆弾障害の研究のすすめ方について雑談していたところ、彼は「正直にいえば、広島・長崎の被爆影響の医学的研究はもはやあまり意味がないのではないか。少なくとも今後学問的なノイエス(noues)が見つかる可能性はほとんどない」」。
[座談会]被爆・核・広島―各時代における広島の課題(北西允、相良勝美、佐久間澄、永井秀明、司会=横山英)論文ほか(佐久間澄、阿佐美信義、永井秀明、山田浩、深川宗俊、空辰男、萱原威、若林節美、丸山益輝、庄野直美、宇吹暁)
若林節美「原爆が人間にもたらしたものは―被爆者とともに模索しながら―」(広島原爆病院)〇原爆孤児として―生きることに迷いながら―、〇ケロイドに悩んだ青春―親子の離別を余儀なくされて―、〇原爆により子供を奪われて―子供の遺骨のために生きて32年―、まとめ「被爆後32年を経過した今日、原爆による被害は、被爆時の年代によって、それぞれに異なった側面をもち、新たな問題として考えねばならない時期にきているように思える。被爆者への政策的対応は救貧原理貫かれ、しかも、疾病の治療を要するものと限定する側面が強い。原爆被害の全体像を、生活史的視点でとらえ直し、被爆者のいのち、くらし、こころと、きめ細かい対策が望まれていると思う」
庄野直美(広島女学院大学、NGOシンポジウム日本準備会事務局代表)「NGO被爆問題国際シンポジウム」〇シンポジウム開催に至る経緯、〇シンポジウムの内容と日程、〇シンポジウムの意義
第5号197811 大学改革特集
若林誠一「核兵器完全禁止・被爆者援護世界大会に出席して」
第6号198107 「地方の時代」・環境特集
第7号198307  「教育・教科書問題と今日の時代」特集
第8号198606 創立20周年記念 ヒバクシャと現代[1981年2月1日開催のシンポジウムをもとにまとめる]
大森正信、江崎須賀子、舟橋喜恵、宇吹暁、田村和之、斎藤紀、鎌田七男、星正治、永井秀明、山田浩、佐中忠司

 

 

地域と科学者第3号

『地域と科学者第3号』(日本科学者会議広島県支部機関誌)

支部創立10周年特集

 出席者  

 

 石田明 「ヒロシマの研究者への要請」
〔座談会〕「平和と学問を守る大学人の会」の記録―日本科学者会議広島県支部との関係
出席者
佐久間澄 広大名誉教授
横山英 広大文学部
北西允 広大経済学部
中村義知 広大政経学部
今中比呂志 広大総合科学部
大森正信 事務局、司会
1 「大学人の会」の生い立ち
2 活躍された人々
3 活動の内容
4 困難の台頭
5 ’69年安保のころ
6 日本科学者会議とのつながり
7 広教組との関係
8 「大学人の会」のそのほかの活動
9 「大学人の会」の今後

 

中条一雄

中条一雄(Kazuo Chujo)著書(発行所:朝日新聞社)

書名 出版年 備考
私のヒロシマ原爆 1983/3/25 = The nuclear holocaust
原爆乙女 1984/3/25 =Hiroshima Maidens
原爆と差別 1986/7/25 =1985年夏(8月3日~8月27日)連載第3部作として朝日新聞に掲載。原文に大幅に加筆。

NHK

NHKbk_news02

NHK原爆関連番組(1947~49年分)
NHK原爆関連番組(1951~53年分)
放送はヒロシマをどう伝えてきたか(1998年7月17日~18日)
NHK関連出版物

 

年月日 書名 編著者 発行所
20030730 ヒロシマはどう記録されたか-NHKと中国新聞の原爆報道 NHK出版編 NHK出版

原爆報道(研究書)

原爆報道(研究書)

書名 編著者 発行年月日 備考
資料’82反核―単行本・雑誌・教科書・新聞 「ひろしまをよむ」会 溪水社 19830715
ヒロシマはどう伝えられているか―ジャーナリストと教師が追いかけた45年目の「原爆」 90原爆の会 日本評論社 19920725

 

NHK関連出版物

NHK関連出版物

年月日 書名 編著者 発行所 メモ
60080901 テレビダイアル・みなさんの窓・改正された原爆医療法 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和35年8月9日午後1:40-2:05(中国5県管中)放送。
63021801 あすへの歩み・私の記録・原爆の子らとともに-中野清一 NHK(制作) NHK 昭和38年2月18日午後11:00-11:40放送。
66032201 原爆被災誌-NHK原爆の碑完成記念 〔NHK〕広島中央放送局(編) 昭和41年3月22日除幕。「11.原爆之碑」におさめられた犠牲者の方々」
66080604 教養特集・原爆白書と原爆症(打合せ稿) NHK(制作) NHK 1966年8月6日20:00-21:00(ETV全中)放送。
67080401 報道特集-被爆原点の空白 NHK広島中央放送局
67080801 社会福祉の時間・被爆者援護のあゆみ-戦後の社会福祉シリーズ② NHK(制作) NHK 1967年8月8日11:20-11:50(全中)放送。
68070401 県民の話題・あいつぐ被爆資料の発見 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和43年7月4日午前7:22-7:35放送。
68080402 報道特集GTV被爆原点の空白-ヒロシマ一九六八年夏(放送用) NHK報道局政経番組部・NHK広島中央放送局報道課(共同制作) NHK報道局政経番組部(等) 昭和43年8月4日午後10:20-11:00放送。
68081001 [県民の話題]特集“よみがえる爆心”最終回-爆心復元運動の今後 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和43年8月10日午前7:20-7:35放送。
68121101 県民の話題・特集被爆地図復元をめざして-第2回被爆総合調査への手がかり NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和43年12月11日午前7:20-7:35(総合・県中)放送。
69012101 県民の話題・はじまった爆心直下の復元調査(広極・大手町地区) NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和44年1月21日午前7:20-7:35放送。
69040501 県民の話題・動きだした被爆地図復元運動 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和44年4月5日午前7:20-7:35放送。
69071201 県民の話題・被爆者援護の訴え-参議院公聴会出席者に聞く NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和44年7月12日午前7:20-7:35(総合・県中)放送。
69071701 奥さんリポート・広島原爆病院 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和44年7月17日13:05-13:25(総合県中)放送。
69072001 原爆爆心地 志水清(編) 日本放送出版協会 別冊付録:広島市原爆爆心地復元市街図
69081001 報道特集・鎮魂への条件・ヒロシマ一九六九[NHK-TV放送台本] NHK報道局政経番組班・NHK広島中央放送局報道課(共同制作) 昭和44年8月10日午後8:45-9:30放送
70020501 県民の話題・国家事業になった爆心復元調査[JOFK-TV放送台本] NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和45年2月5日午前7:20-7:35放送。
70071401 ひろしま’70・わからない外国人被爆者の実態 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和45年7月14日午前7:20-7:35放送。
70090201 ひろしま’70・韓国人被爆者の実態-「広島折り鶴の会」の報告から NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和45年9月2日午前7:20-7:35(総合テレビ)放送。
71091701 ひろしまリポート・26年目に実現する韓国被爆者診療 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和46年9月17日午前7:20-7:35放送。
71101901 ひろしまリポート・救援を待つ韓国被爆者 NHK広島中央放送局(制作) NHK広島中央放送局 昭和46年10月19日午前7:20-7:35放送。
71123303 ナガサキ原爆ノート NHK長崎放送局(編)
72023301 長崎市民の原爆意識-昭和47年2月 NHK長崎放送局・福岡放送局(編)
72063301 広島市民の原爆についての意識調査-1975年6月 NHK中国本部(編)
75033303 長崎原爆ハンドブック NHK長崎放送局(編)
75063302 原爆についての世論調査結果報告書-1975年6月 NHK中国本部・長崎放送局(編)
75063303 広島市の結果の要約と概要 NHK  NHKが「被爆30周年:広島・長崎の原爆に関する住民意識調査」のテーマで実施した世論調査の結果。
75071001 劫火を見た-市民の手で原爆の絵を NHK(編) 日本放送出版協会
75133318 広島市の結果の要約と概要 NHK中国本部(編) NHK中国本部と同長崎放送局が1975年6月に共同で実施した「被爆30周年広島・長崎の原爆に関する住民意識調査」の報告書『原爆についての世論調査結果報告書1975年6月』から、前半の広島市分のみ抜粋.
77083301 被爆体験・私の訴えたいこと(上) NHK中国本部
77083302 被爆体験・私の訴えたいこと(下) NHK中国本部 NHK中国本部
80063301 原爆についての世論調査結果の概要 NHK広島放送局・NHK放送世論調査所(編)
80073306 ドキュメンタリー爆心地のジャーナリスト-ロケ資料[台本] NHK中国放送
80080103 長崎原爆の歌 NHK長崎放送局(編) ニシキ印刷
82110101 きみはヒロシマを見たか-広島原爆資料館 高橋昭博・NHK取材班(文)・土田ヒロミ(写真) 日本放送出版協会
83133314 広島原爆ハンドブック(1983年作成)部内用 NHK広島放送局放送部資料班(編)
84070102 極秘プロジェクトICHIBAN-問い直されるヒロシマの放射線 小林孝雄 日本放送出版協会
85080110 被爆体験の継承を模索-広島・長崎市民意識調査 NHK広島放送局,NHK長崎放送局,NHK放送文化調査研究所世論調査部(共編) NHK広島放送局(等) 1985年6月15-16日に広島、長崎両市の有権者各900人を対象に「被爆意識調査」等の調査を実施.
85133301 広島・長崎市民の意識調査 (NHK) 昭和60年6月15日・16日調査。
86033302 いつまでも絶えることなく-被爆40年ヒロシマの手記 NHK広島放送局(編) ぎょうせい中国支社 NHK広島放送局は被爆40年の1985年に、被爆体験の継承をテ-マにした特集を企画。応募手記の中から、49名(広島被爆者45名、広島被爆者の家族4名)の手記を収録.
86072004 ヒロシマ爆心地-生と死の40年 NHK広島局・原爆プロジェクトチーム、庄野直美、鎌田七男(共著) 日本放送出版協会 広島原爆の爆心地被爆生存
8702250 絆―高校生とヒロシマ 川良浩和 径書房
88073001 ヒロシマ・残留放射能の四十二年-「原爆救援隊の軌跡」 NHK広島局・原爆プロジェクト・チーム(著) 日本放送出版協会
88073304 NHK広島放送局60年史 [NHK]広島放送局60年史編集委員会(編) NHK広島放送局
88093001 アメリカ国防総省SDI局-スターウォーズの内幕 NHK取材班 角川書店
89072004 戦争を知っていますか-語り継ぐ女性たちの体験 NHKおはようジャーナル製作班(編) 日本放送出版協会
89082002 NHK・戦争を知っていますか―語り継ぐ女性たちの体験2 NHKおはようジャーナル制作班編 日本放送出版協会
90073311 戦中戦後をめぐる自分史-三十周年記念 NHK広島婦人学級 NHK広島放送局婦人学級
90080614 原爆搭載機「射程内ニ在リ」 NHK広島放送局原爆取材班(久保安夫・中村雅人・岩堀政則) 立風書房 平成元年8月3日NHK広島がローカルに放送した「広島が消えた日」を元に編纂。
94080501 旧ソ連・戦慄の核実験 NHK(モスクワ・広島)取材班 日本放送出版協会 [腰巻き]極秘資料と証言から隠された旧ソ連の核実験の「真実」を追う。
95011001 「井伏鱒二の世界」展-NHK広島放送センターオープン記念 NHK広島放送局放送センター・福山市教育委員会社会教育部文化課 NHK広島放送局・NHKちゅうごくソフトプラン 「黒い雨」PP30-31。
95083001 NHKスペシャル・長崎よみがえる原爆写真 NHK取材班・(写真)山端庸介 日本放送出版協会
96021601 アメリカの中の原爆論争 NHK取材班 ダイヤモンド社
96042001 地球核汚染ーヒロシマからの警告 NHK「原爆プロジェクト」 NHK出版
960630 NHKスペシャル 新・日本の条件2-失われた時間 NHK新・日本の条件プロジェクト 日本放送出版協会
97072501 核兵器裁判 NHK広島・核平和プロジェクト NHK出版
99072501 原爆投下・10秒の衝撃 NHK広島「核・平和」プロジェクト編 NHK出版
a00730 サダコ-「原爆の子の像」の物語 NHK広島「核・平和」プロジェクト NHK出版

 

 

 

放送はヒロシマをどう伝えてきたか

放送はヒロシマをどう伝えてきたか
<NHK広島放送局制作、総合(広島県内)テレビ1998年7月17日~18日>紹介された番組一覧

第1回 被爆と向きあう
time 年月日 番組名
0 460811 NHK 広島平和復興祭(ラジオ)
480806 NHK 平和祭(ラジオ全国中継)
6008 NHK 日本の素顔「黄色い手帳」
11 651128 NHK ドキュメンタリー「耳鳴り~ある被爆者の生涯」
21 691009 HTV 「碑(~広島二中一年生全滅の記録)」
29 910806 RCC 「おとう・・・小頭児の45年」
38 670804 NHK 現代の映像「軒先の閃光 よみがえった爆心の町」
NHK 原爆の絵
48 96 NHK 「昭和20年 被爆の言葉」
53 (解説)大牟田稔
104 840805 NHK NHK特集「世界の科学者は予見する 核戦争後の地球」
122 950806 NHK NHKスペシャル「調査報告 地球核汚染 ヒロシマからの報告」
129 960806 NHK NHKスペシャル「核兵器はこうして裁かれた 攻防・国際司法裁判所」
138 950611 NHK NHKスペシャル「アメリカの中の原爆論争-スミソニアン展示の波紋」
147 970804 NHK 「インターネット核討論-地球法廷・広島からの訴え」
149 (解説)明石康

 

 

NHK原爆関連番組(1947~49年分)

NHK原爆関連番組(1947~49年分)<全てラジオ番組>

月日 番組名 番組内容
1947年
08.05
原子爆弾症のその後 逓信病院 蜂矢道彦
 同 平和祭特輯番組 広島放送合唱団他 広島復興の歌他
08.06 平和祭式典実況(平和広場より)
 同 ひろしまの時間 8月6日平和祭より
08.07 平和祭のスケッチ 末長忠一
1948年
08.02
ひろしまの時間 広島を繰返すな 上流川教会牧師 谷本清
08.05 街頭録音 広島市の復興について
08.06 平和祭実況(広島市平和祭会場より)
 同 平和祭
 同 世界の音楽 広島市平和祭会場児童文化会館より 平和の歌他
 同 広島県の夕べ 平和祭特輯番組 1.ひろしまの歌、2.座談会「20年後の広島を語る」
08.09 ひろしまの時間 戦災孤児の幸福のために 山下偵子
08.15 放送討論会「世界平和の達成は可能か」
08.27 広島県の夕べ 復興と住宅(八丁堀東洋座より中継) 広島市復興局住宅課長二村四郎
1949年
08.05
広島県の夕べ 住宅復興~平和祭特集 第4回平和祭を迎えて
08.06 朝の歌 広島平和祭にちなみ ヒロシマ他 広島放送合唱団 三並惇子
 同 広島平和祭式典実況(広島市民広場から)
 同 街頭録音「その後の未亡人」 広島市基町母子寮及び授産場にて
 同 平和音楽祭 追悼の曲他(広島児童文化会館)
 同 ひろしまの時間 今週の話題~平和祭に拾う~
08.09 「原爆1号にきく」吉川清、中村アナ
08.10 住宅の復興について 広島県住宅課長 曽根田彰
08.12 音楽だより ひろしまの歌 山田廸孝
08.14 平和祭記念邦楽大演奏会 杵屋土峰他

出典:広島放送局放送部資料班『広島原爆ハンドブック』

新聞連載1948

新聞連載1948

・年月日は連載の開始の日付を示す。
・版は地方版を示す。

48 07 29 7 25年後の完成ヒロシマ ひろしま 夕刊
48 07 31 5 1年目と3年目-ヒロシマの姿 ひろしま 夕刊
48 08 02 3 ヒロシマさかりば歩き 中国

新聞連載1946

新聞連載1946

・年月日は連載の開始の日付を示す。
・版は地方版を示す。

46 07 13 21 ひろしま新「旧蹟」-ムカシの姿と比べてみませう ひろしま 夕刊
46 08 01 7 新生一年-原子沙漠に灯は点る 中国
46 08 02 9 ユートピア広島の建設 中国
46 08 09 4 新生第二年へ-本社編輯局同人座談会 中国

新聞連載1945

新聞連載1945

・年月日は連載の開始の日付を示す。
・版は地方版を示す。

タイトル 紙名
45 08 20 7 原子爆弾-浅田博士に聴く 朝日 大阪
45 09 11 3 原子爆弾の解剖-都築博士を囲む座談会 中国
45 09 14 5 原子爆弾報告書 朝日 大阪版
45 11 10 20 復興する町内会 中国

平和をきずく児童生徒の会日記

広島平和をきずく児童・生徒の会日記
(1955年10月-1957年3月)

年月日 事項
19551025 佐々木禎子さん原爆症でたおれた。
19551110 幟町中の級友、全国中学校長大会で平和を訴え、「原爆の子の像」を作るビラをお願いした。
19551225 禎子さんの級友が「こけしの会」をつくる。
19560128 広島市小中高校が一つになり「平和をきずく児童生徒の会」を結成、宣言文を読む。会則を決め役員を選挙する。
19560325 「原爆の子の像」を建てる全国運動をおこし、趣意書を全国のお友達にくばる。
19560425 会の委員、街頭募金第1回を行う。
19560701 イギリス・ハンガリヤ等外国からも激励文が来はじめる。
19560806 会の代表、原水禁広島大会へ参加、世界の子供が平和への手をつなぐ運動をおこす。
19560809 委員長中村君、長崎世界大会に出席、外国代表に会のメッセージを手渡した。
19561010 像の制作者選考にとりかかり、大人の美術家に相談する。
19561015 像の制作者、東京芸大教授菊池一雄先生に決定。
19561020 アメリカ文化センター・フツイ館長、ノーマン・カズンズ氏をたずね、アメリカの友達とも文通することをお願いした。
19561128 菊池先生来広、制作計画をたてられる。
19561231 像の募金を締切る。
19570227 総会を開き会計報告をし、反省会をする。
19570310 像の模型出来上り菊池先生来広。

出典:『平和』第5号(広島平和をきずく児童・生徒の会、1957年8月5日)

平和をきずく児童・生徒の会

平和をきずく児童・生徒の会  1956年1月11日準備会  28日結成総会

平和をきずく児童生徒の会関係資料

 資料名 年月日  メモ
広島平和をきずく児童・生徒の会日記 195703 1955年10月-1957年3月
 平和をきずく児童生徒の会会則 19560201 効力発生
 私たちの手で”原爆の子の像”を  中村正司(基町2年)(平和をきずく児童・生徒の会(広島平和記念館内)委員長)
「原爆の子の像」建設趣意書 19560301
子どもの手で作る「原爆の子の像」に御支援を請う! 19560310 ビラ(謄写印刷)
 私たちの手で”原爆の子の像”を 19560310  中村正司(平和をきずく児童・生徒の会(広島平和記念館内)委員長)
平和 8月6日特集号 19570805 (広島平和をきずく児童・生徒の会機関紙)
”千羽鶴”製作懇談会ご案内 19571101 ”千羽鶴”製作現地本部⇒
千羽鶴・シナリオ第一稿 19571210 共同映画社・広島平和を築く児童生徒の会編
千羽鶴製作ニュース 195804 共同映画社、広島平和をきずく児童生徒の会
千羽鶴製作ニュースNo.1 1958 共同映画社、広島平和をきずく児童生徒の会
「千羽鶴」撮影予定表 195804
(出演現地生徒へのご配慮方要請) 195804 ”千羽鶴”製作現地本部⇒中学校長
 1958年5月5日完成除幕報告 『原爆の子』の像建立募金名簿  広島平和をきずく児童・生徒の会

 

「原爆の子の像」建設趣意書

「原爆の子の像」建設趣意書
1956(昭和31)年3月1日

私たちの手で”原爆の子の像”を
禎子さんはしんどいめをして死んでゆきました。小学校四年生の義登君もそうでした。
原爆の時、禎子さんはまだ二つだった。お母さんにおわれて必死で楠木町の方へ逃げ、ほいでいのちが助かった。それなのに去年のちょうどいまごろ、ぽっくりと原爆症がおき、お医者にかかりました。病名は亜急性リンパ腺白血病というむずかしい名ですが、息がきれるまで九ヶ月間、それはとても苦しいとう病生活でした。
私たちお友だちで、日赤病院へ見舞いに行った時、禎子さんはベッドに寝たまま、薬の紙で千羽鶴を折っていました。「こが-に鶴う折ってどうするん。」と言ったら、「ほいでも、早うなおりたいけ・・・」と、うらめしそうにこたえた禎子さんの顔が、まだ忘れられません。
運動の選手だった禎子さんは、早うなおって、又一番をとりたかったにちがいありません。
千羽鶴はみなで六四三羽折られていました。私たちはそれを一つずつ形見にもらい、あとはみんな私たちの手で、棺の中の禎子さんのお顔や胸におさめてあげ、お別れをしました。
義登君はクリスマスから悪くなり、この一月二十四日には、もうなくなりました。何を問われても、コックリうなずいて寝かされていた義登君。約束の原爆の映画にも、もうとってもらえないし、つまらないなあ。
禎子さんの遺品となった出しかけの手紙があります。
「私の手にゆけつされるときはたいへんいたかった。医者さんがいわれるには、病気をしたときは、少しはいたいことをしないとなおらないといわれました。いたいめをしてでもよいから、私は早くよくなって春休みにはおねえちゃんの所にいきたい」
これをホーム・ルームで読んだとき、島本さんが、「のう、みんなで原爆の子の像を作ろう。」と言いました。「ほいでも、えっとお金がかかるぞ」と洋吉君が口を出し、みんな困った。「そりゃ、お互が節約して出すんよの」と、島本さんが言って、みんなこれに賛成しました。
それからず-りきて、一九五六年一月二十八日でした。広島市内の小学校から高等学校までのぜんぶの児童・生徒のお友達たちの代表が集まり、像をたてる決議をしました。
さいしょの原爆が広島に落とされたとき、私たちはまだこまかった。かすかにしか覚えていません。でも、あの日、町の建物をのけたり、工場のきんろう作業に出されていたお兄さんや、おねえさんは、二十四万の爆死者とともになくなられた。二度と私たちのように楽しい勉強も、カープの試合も見られないから可哀そうです。
紘治君のお母さんも、仕立物をぬいながら、今でもよく泣いています。
この二月のはじめ、市の原爆しょうがい協議会が、私たちの中には、まだ九七〇〇人の爆弾にあったお友達がいると発表されたので、なんだかいびせくなります。
今年も原爆の病気が出て、広島市内でもつぎつぎと、大人の方がなくなっています。
禎子さんや義登君のように、カスリきず一つうけないで、お勉強をしてきたのに、いまになって、しかも自分のせいでない病気のために落さねばならない。ほんとうにこんなことがあってよいでしょうか。
戦争で傷つけられたのは、私たち広島の市民だけではありません。全国の児童・生徒の皆さんも、それぞれぎせいを受けられて、いまもきっと、情けないめをしていられることでしょう。あの時焼け死んだ一万名のお兄さんや、おねえさんたちは、みんな死にたくなかった。どんなにつらかったでしょう。今でも夜がくると、川の橋の下で、その泣き声が聞えるような気がします。
それに、死んでも禎子さんにはまだ仏だんがない、ナメクジ住宅のバラックのお家はすうすうして寒い板の打ちつけです。
全国のお友達の皆さん!
私たちは私たちの手で、これらたくさんの学徒や、お友だちの霊を、おまつりしてあげたいのです。お小づかいをしまつして、祈りのこもった原爆の子の像を作りたいのです。そしてお互に励まし合い、毎日一心に基金を集めています。
しかし、次の計画のように、心のこもった意義のある像を建てるには、えっともとでがかかり、大へん困っています。どうかこのことを知って、げきれいし、できたら、えんじょしていただけないでしょうか。私たちこころからのお願いです。
一九五六年三月一日
広島市材木町 広島平和記念館内 平和をきずく児童・生徒の会
委員長 中村正司

”原爆の子の像”を建てる計画書
1.事業者 広島市公私立小・中・高校の児童・生徒会
2.目的 私たちは戦争の犠牲となった亡き児童・生徒の霊を心からとむらい、傷ついた友達をなぐさめるために”原爆の子の像”を建て、ふたたび戦争をくり返すことのない、平和な住みよい世界を打ちたてるべく、努力することを誓います。
3.規模と制作 真にこの目的にかなって、意義がこもり、つねに私たちや人々の追憶と平和へのしるべとなり、後世に遺る規模のものを、この道のすぐれた彫刻家に依頼して制作してもらう。
4.建てる場所 広島市中島平和記念公園内
5.完成予定 募金額、制作費等と関係があり、まだとり決めていないが、見通しがつき次第、ただちに着手し、なるべく早く完成させたい。そして除幕式には御支援下さったお友達の地方代表をもお招きしたい。
6.募金対象と期限
イ.広島市内各小・中・高校児童・生徒
ロ.全国各学校のお友達
ハ.こころざしある一般の方々
とし第1期の募金〆切期日を昭和31年8月6日とする。
7.建てる基金を送って下さるには
1.一番確実な御送金は、この趣意書につけている振替用紙をおつかい下さい。
2.用紙のない場合も、同じく郵便局を御利用下さって、口座番号、広島20番広島銀行本店宛にお送り願います。
3.右の1.2.どちらの場合も、たいへん御面倒ですが、同封の葉書にて次の事務所宛に御送金下さった由を御一報下さい。
8.募金の扱い及び事務所
広島市材木町 広島平和記念館内  平和をきずく児童・生徒の会

平和をきずく児童生徒の会会則

準備会 昭和31年1月11日 結成総会 昭和31年1月28日

平和をきずく児童生徒の会会則

第1章 総則

(事務所)第4条 この会の事務所を広島市元町一番地、広島市児童文化会館内に置く。

第2章 役員

 委員長  中村正司(基町高)
 副 長  福田晴之(幟町中)
 同      (青崎小)

(顧問)(小学校)田中* (中学校)田中元逸 (高等学校)正月定夫 (市教委総務課長)森岡幹造