原子爆弾被爆者特別措置に関する陳情書<抄>(1969年~97年)

原子爆弾被爆者特別措置に関する陳情書

陳情項目の変遷 1969年~1997

原子爆弾被爆者特別措置に関する陳情書(1969101日)

 昭和42年9月1日付で原子爆弾被爆者特別措置法の制定について陳情いたしましたところ、昨年9月には、特別措置に関する法律が新たに制定施行され、また施設等の予算も計上されて被爆者の福祉が図られました。

 これはひとえに各位の御尽力のたまものと深く謝意を表するものであります。

 しかしながら、法律による措置についても実施上なお多くの問題があると同時に未解決の問題が相当残されておりますので、さきの衆参両院における付帯決議の趣旨もあり、この際早急に次の事項が実現されますよう重ねてお願いするものであります。

 一 被爆者健康管理及び医療制度の充実強化

 一 被爆者健康管理・保養・保護施設の充実

 一 被爆者援護措置の拡充

 一 障害補償その他被爆にともなう補償制度の確立

 一 放射能医学研究機関の拡充

 一 原子爆弾被爆者対策審議会の設置等

昭和44年 原子爆弾被爆者特別措置陳情概要

第1 被爆者健康管理及び医療制度の充実強化

 1 健康診断の内容充実

 2 被爆2・3世に対する被爆影響の調査研究の促進

 3 認定疾病の範囲拡大

 4 特別被爆者の範囲拡大

 5 被爆者温泉療養費の補助

 6 健康診断受診奨励金の支給

 7 認定患者入・通院手当の支給

第2 被爆者健康管理・保養・保護施設の充実

 1 被爆者保養センターの設置

  (説明)原爆被爆者は、放射能を浴びたことによって常に生命の不安と焦燥に脅えながら生活を続けてきました。

     このようは被爆者に心のよりどころを与えるとともに、心身の保養を図る必要があります。

     特に被爆者のうちには、老齢者、低所得者あるいは病弱者が多く、遠隔地の温泉等へでかけることは不可能であり、また、既存の民間保養所の利用については多額の経費を要し、利用することが困難であります。

     したがって、近接地域に一日の保養を楽しむことのできる慰安・娯楽設備の完備した総合的な保養センターを設置すべきであります。

 2 被爆者更生授産所の設置

 3 被爆者健康管理、医療施設整備特別補助制度の創設

第3 被爆者援護措置の拡充

 1 生活困窮被爆者に援護費の支給

  (説明)原爆特別措置法は、原爆放射能の影響による特定の疾病に罹病している一部の者を援護の対象としていますが、援護の対象から除かれている者のうちにも、被爆の影響によって健康を阻害され、正常な生活を営むことのできない者が多数存在しています。

     これら被爆障害者の生活の安定を図るため、疾病制限の緩和・年齢制限の撤廃・所得制限の緩和等による支給対象の拡大ならびに支給金額の増額等援護措置の充実を図るべきであります。

 2 被爆者奉仕員及び生活相談員制度の実施

 3 被爆者就職支度金および雇用奨励金の支給

第4 障害補償その他被爆にともなう補償制度の確立

第5 放射能医学研究機関の拡充

  (説明)原爆放射能の人体に与える影響については、未解明な分野が多く、その学問的な解明のおくれていることが、被爆者対策の進展を阻害する要因となっています。ついては、被爆者の健康管理・医学の根本的対策を確立するため、広島大学原爆放射能医学研究所の研究部門の増設ならびに、長崎大学原爆後障害研究施設の研究所昇格と施設の拡充及び資料センターの新設を早急に実現し、その機能の充実強化を図るべきであります。

第6 その他

 1 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

  (説明)被爆者対策全般に関する重要事項を調査審議するための機関として、原子爆弾被爆者対策審議会を設置すべきであります。

 2 被爆者対策の事業運営に要する経費の全額国庫負担

 3 動員学徒等準軍属に対する処遇の改善

 4 旧防空法等による防空業務従事犠牲者の援護措置の確立

  (説明)防空業務従事者は、旧防空法によって防空業務に従事することを義務づけられていたものであり、このことは動員学徒等の旧国家総動員業務に服した者と少しも変るところがありません。したがって、防空業務従事者およびその遺族についての援護措置を確立すべきであります。

 5 原爆被爆者の実態調査の実施

  (説明)原爆被爆者の被爆後現在までの生活及び健康の状況等被爆の影響の実態を広汎に調査し、被爆者に対する根本的な対策を講ぜられるべきであります。

     なお、これらの調査を地方公共団体が実施した場合、国はその費用の全額を負担し調査を促進すべきであります。

 6 国民健康保険財政における原爆被爆者に係る医療費の影響に対する国庫補助(特別調整交付金)の10割交付

 7 原爆被爆者養護ホーム運営費の全額国庫負担

  (説明)昭和44年度において、国の建設補助金の交付をうけて広島・長崎両県市に原爆被爆者養護ホームが建設されていますが、この施設は全国に散在する恵まれない原爆孤老等を収容保護するための全国的な施設であり、また、被爆者という特異性から本来国の責任において設置運営すべきものであります。したがって、この施設運営費は、全額国庫で負担すべきであります。

原子爆弾被爆者特別措置に関する陳情書(19707月)

 原子爆弾被爆者に対しては、昭和32年に「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」が制定され被爆者の健康管理並びに医療についての援護が行なわれ、さらに昭和43年からは「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律」により被爆者の生活面の援護が実施されたほか、施設等の予算も充実強化され、被爆者の福祉の向上が図られてきました。

 これはひとえに各位の御尽力のたまものと深く謝意を表するものであります。

 本年は被爆25周年にあたりますが、さきの衆参両院における付帯決議にもみられるとおり被爆者対策については、なお多くの解決しなければならない問題が残されておりますので、この際早急に次の事項が実現されますよう重ねてお願いするものであります。

 なお、最近の被爆者の状況にかんがみ被爆者対策の根本的改善を促進するため「原子爆弾被爆者対策審議会」(仮称)を設置せられるよう特に切望するものであります。

 一 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

 一 被爆者健康管理及び医療制度の充実強化

 一 被爆者保養・保護施設の充実

 一 被爆者援護措置の拡充

 一 障害補償その他被爆にともなう補償制度の確立

 一 放射能医学研究機関の拡充

 一 原爆被爆者の実態調査等

昭和45年 原子爆弾被爆者特別措置陳情概要

第1 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

  (説明)原子爆弾被爆者対策全般に関する重要事項を調査審議するための機関として、原子爆弾被爆者対策審議会を設置すべきであります。

第2 被爆者健康管理及び医療制度の充実強化

 1 健康診断の内容充実

     被爆者は、被爆の影響による悪性新生物、その他の成人病の発生率が高い。また被爆者は逐年老令化しているので検診内容、検診方法を改善すべきであります。

 2 被爆2・3世に対する被爆影響の調査研究の促進

     被爆者の二世・三世に対する被爆の影響が、学問的に究明されていないので、早急に調査研究すべきであります。

 3 認定疾病の範囲拡大

     現在認定疾病とされるものは、ごく一部の疾病に限定されているので認定疾病制度の趣旨を十分に活用し適用範囲の拡大を図るべきであります。

 4 特別被爆者の範囲拡大

     現在、特別被爆者以外の一般被爆者においても認定疾病の発生等放射能の影響を多大に受けた被爆者の存在することが認められるので、現在の特別被爆者の距離制限の緩和等合理的にその範囲の拡大を図るべきであります。

 5 原爆被爆区域の是正

     被爆指定区域に指定格差を生じているので是正すべきであります。

 6 被爆者温泉療養費の補助

     温泉療養は、被爆者の健康管理上、好結果をもたらしている実績から、医師が入湯の療養効果を期待し管理入湯を行なう被爆者に対して、温泉療養費を補助すべきであります。

 7 健康診断受診奨励金の支給

     健康診断の受診促進と健康管理の徹底を図るため、一般検査、精密検査、収容検査を受診した者に対して奨励金を支給すべきであります。

 8 認定患者入・通院手当の支給

     認定被爆者の治療促進を図るため、治療のために入院、通院(退院を含む)した場合本人および介護人にその交通費を支給すべきであります。

第3 被爆者保養・保護施設の充実

 1 原爆被爆者施設の法制化ならびに運営費の全額国庫負担

     原爆被爆者施設は被爆の特異性からして本来国の責任において設置運営すべきものであり、且つ、その施設設置の基盤を確固たるものとするため、これを法制化し、施設の運営費は全額国庫で負担すべきであります。

 2 被爆者特別養護ホームの増設

     昭和44年度国庫の補助を得て建設した特別養護ホームは、既に、定員を上回っており且つ老令化に伴なう被収容者の増加が見込まれるので増設すべきであります。

 3 被爆者保養センターの設置

     被爆者は、心身の保養を図る必要がありますが、被爆者の中には、老令者、低所得者あるいは病弱者が多く、遠隔地の温泉等へでかけることが不可能であり、また、既存の民間保養所の利用については多額の経費を要し、利用することが困難であるので、近接地域に慰安・娯楽設備の完備した総合的な保養センターを設置すべきであります。

 4 被爆者更生授産所の設置

     被爆者のうちには労働能力の低下により一般の職業につくことができない者があるので、これらの者の生活の保障と自立更生を図るため原爆被爆者更生授産所を設置すべきであります。

 5 被爆者健康管理、医療施設整備特別補助制度の創設

     被爆者の健康管理の徹底を期するため被爆者専用の公的医療機関の新設・増改築等に対しては特別高率補助制度を創設して、被爆者の健康管理、医療機関の整備促進を図るべきであります。

第4 被爆者援護措置の拡充

 1 原爆特別措置法による諸手当の支給範囲の拡大及び支給金額の増額

     現行の原爆特別措置法は、原爆放射能の影響による特定の疾病に罹病している一部の者を援護の対象としているが、援護の対象から除かれている者のうちにも、被爆の影響によって健康を阻害され、正常な生活を営むことのできない者が多数存在する等、被爆者の実情にそぐわない面があるので、早急に次の事項を改善すべきであります。

 (1) 諸手当の所得制限の撤廃と支給金額の増額

 (2) 特別手当の支給条件の改善

 (3) 健康管理手当の年令制限の撤廃と疾病制限の緩和

 (4) 認定医療の給付日数による医療手当の支給条件を改め毎月定額の支給

 (5) 介護手当の介護事実に対する定額支給

 2 被爆者奉仕員及び生活相談員制度の実施

     被爆者が居宅で安らかな療養生活を送ることができるようにするため、且つ生活上の各種相談に応ずるため、被爆者奉仕員及び生活相談員を設置すべきであります。

 3 被爆者就職支度金および雇用奨励金の支給

     被爆者の就職を促進して、経済的な自立を図るため疾病・障害等の健康上の理由によって失職し、または就職することができなかった者が、常用労働者として就職する場合に、被爆者就職支度金を支給すべきであります。

      また、被爆者の雇用を促進するため、就職支度金受給者を常用労働者として雇用する事業主に対して、雇用奨励金を支給すべきであります。

 4 被爆障害者手当の支給

     原爆特別措置法による援護の対象から除かれている者のうちには、被爆の影響による身体上の障害、または健康を阻害され正常な日常生活を営むことができない被爆者が多数存在しています。これら原爆被爆障害者に対し障害者手当を支給すべきであります。

 5 被爆障害者の国鉄運賃割引制度の実施

     被爆者のうち、身体障害(外的・内的障害とも)により、介護を要する者が日本国有鉄道の鉄道・自動車および連絡船を利用した場合に、本人および介護人の運賃割引を行なうべきであります。

第5 障害補償その他被爆にともなう補償制度の確立

 1 被爆障害者に障害年金の支給

     原爆被爆者に障害年金支給制度を創設すべきであります。

 2 認定疾病死亡者に対する弔慰金の支給

     原爆被爆者のうち認定被爆者が死亡した場合、その葬祭を行なう者に対して弔慰金を支給すべきであります。

 3 被爆者補償および死没者の遺族補償

     被爆者補償及び死没者の遺族補償について早急に実態を調査検討し、必要な措置を講ぜらるべきであります。

第6 放射能医学研究機関の拡充

 1 長崎大学原爆後障害医療研究施設の研究所昇格と施設の拡充及び資料センターの設置

     長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに研究部門を増設し且つ資料センターを創設してその機能の強化を図るべきであります。

 2 広島大学原爆放射能医学研究所の拡充

     広島大学原爆放射能医学研究所に必要な研究部門を増設し、その機能の強化を図るべきであります。

第7 原爆被爆者実態調査

 1 復元調査費の増額

     昭和45年度から実施した原爆被爆の復元調査は、被爆の基本的実態を把握するための緊急且つ重要なことであるので、国庫支出金を増額し調査を促進すべきであります。

     なお、その費用は全額国庫負担とすべきであります。

 2 原爆被爆者実態調査の実施

     原爆被爆者の、被爆後現在までの生活及び健康の状況等被爆の影響の実態を広汎に調査し、被爆者に対する根本的な対策を講ぜられるべきであります。なお、これらの調査を地方公共団体が実施した場合、国はその費用の全額を負担し調査を促進すべきであります。

第8 その他

 1 被爆者対策の事業運営に要する経費の全額国庫負担

     原子爆弾被爆者特別措置法の施行運営に伴う、事業費、事務費および人件費等は、全額国庫負担とすべきであります。

 2 動員学徒等準軍属に対する処遇の改善

     原爆によって公務上負傷し、あるいは障害をうけた動員学徒、国民義勇隊及び女子挺身隊員等の準軍属に対しては軍人軍属と同等の処遇を講ぜらるべきであります。

 3 旧防空法等による防空業務従事犠牲者の援護措置の確立

      防空業務従事者は、旧防空法によって防空業務に従事することを義務づけられていたものであり、このことは動員学徒等の旧国家総動員業務に服した者と変るところがありません。

     したがって、防空業務従事者及びその遺族に対する援護措置を確立すべきであります。

 4 国民健康保険財政における原爆被爆者に係る医療費の影響に対する国庫補助(特別調整交付金)の10割交付

     原爆被爆者に係る医療費は国の責任において保障すべきであり、被爆者以外の被保険者に負担させるべきではない。従って原爆被爆者に係る医療費に対する国庫補助(特別調整交付金)は10割交付とされるべきであります。

     なお、現行の医療保険制度の抜本改正を行なう場合は、

    1 標準保険料の医療費段階別の保険料率設定については原爆被爆者に係る医療費を除いた平均額をもって算定基礎とすべきであります。

    2 原爆被爆者に対する医療費については、国庫補助として措置されると共に、従前の特別調整交付金の交付率を下廻らないよう配慮されるべきであります。

昭和46年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

第2 被爆者援護措置の拡充

第3 被爆者健康管理および医療制度の充実強化

  6 被爆2・3世に対する被爆影響の調査研究の促進

第4 被爆者保養・保護施設の充実

第5 放射能医学研究機関の拡充

  1 長崎大学原爆後障害医療研究施設の研究所昇格と施設の拡充及び資料センターの設置[説明略]

  2 広島大学原爆放射能医学研究所の拡充[説明略]

第6 原爆被爆者実態調査

  1 復元調査費の増額[説明略]

  2 原爆被爆者実態調査の実施[説明略]

第7 その他

昭和47年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者援護措置の実施

第2 被爆者健康管理および医療制度の充実強化

  4 被爆2・3世に対する被爆影響の調査研究の促進

第3 被爆者に対する補償制度の確立

第4 被爆者保養・保護施設の充実

第5 原爆被爆者実態調査

  1 復元調査費の増額[説明略]

  2 原爆被爆者実態調査の実施

    原爆被爆者の実態は昭和40年に実施されたが、その後日時もかなり経過しているので、前回と同様の調査を早急に実施し、被爆者に対する根本的な対策を講じていただきたい。

第6 放射能医学研究機関の拡充

  1 長崎大学原爆後障害医療研究施設の研究所昇格と施設の拡充及び資料センターの充実強化[説明略]

  2 広島大学原爆放射能医学研究所の拡充

    広島大学原爆放射能医学研究所に必要な研究部門を増設し特に情報機能の強化を図っていただきたい。

第7 その他

  6 原爆被災資料センターの設置

    原爆資料の収集、保存、調査研究機関として、原爆被災資料センターを設置していただきたい。

昭和48年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者援護措置の拡充強化

第2 被爆者健康管理および医療制度の充実強化

第3 被爆者に対する補償制度の確立

第4 被爆者の子および孫に対する調査研究の促進

   被爆者の子および孫に対する被爆の影響が、いまだ学問的に究明されていないので、被爆者のなかには、被爆者本人の健康だけでなく、その子・孫の健康についても常に不安をいだいているものもある現状から調査研究を一層促進し、適切な措置を講じていただきたい。

第5 被爆者保養・保護施設の充実

第6 原爆被爆者実態調査の実施および復元調査費の増額

  1 原爆被爆者実態調査の実施

    原爆被爆者の実態は昭和40年に実施されたが、その後日時もかなり経過しているので、昭和50年に行なわれる国勢調査に併せ、ぜひ被爆者の実態調査を実施し、被爆者に対する根本的な対策を講じていただきたい。

  2 復元調査費の増額[説明略]

第7 その他

  1 放射能医学研究機関の拡充

    広島大学原爆放射能医学研究所における研究情報は、ますます多様化・多量化し、現在設置の電算機の機能では消化しきれないので、これを大型化していただきたい。長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに研究部門を増設し、且つ医学標本センターの機能の充実強化を図っていただきたい。

  2 国立原水爆被爆資料センターの設置

    広島・長崎・ビキニの原水爆被災資料の散逸を未然に防ぐとともにその資料の収集、保存と調査研究を行なうための機関として、日本学術会議が多年にわたり要望している国立被爆資料センターを、広島・長崎・東京の三か所に早急に設置していただきたい。

  6 原子爆弾傷害調査委員会(ABCC)の研究体制の強化

    現在原子爆弾傷害調査委員会が行なっている調査研究は長期に継続する必要があるので、その構成ならびに運営については、主体性を日本側が持つようじゅうぶん検討していただきたい。

昭和49年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者援護措置の拡充強化

第2 被爆者健康診断の充実強化

第3 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第4 被爆者実態調査の実施

   原爆被爆者の実態は、昭和50年に行なわれる国勢調査に併せて実施し、被爆者に対する根本的な対策を講じていただきたい。

第5 被爆者の子および孫に対する調査研究の促進[説明略]

第6 その他

  1 放射能医学研究機関の拡充

    広島大学原爆放射能医学研究所における研究事業は、ますます多様化・多量化しているので、ビデオファイリングシステムの導入など設備の拡充強化及び事業費の増額を図っていただきたい。長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設し、かつ資料センターの機能の充実強化を図っていただきたい。

  6 原子爆弾傷害調査委員会(ABCC)の主体性の確立[説明略]

  2 国立原水爆被災資料センターの設置

    原水爆被災資料の散逸を未然に防ぐとともに、その資料の収集・保存と調査研究を行うための機関として、日本学術会議が多年にわたり要望している国立原水爆被災資料センターを設置していただきたい。

昭和50年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者援護措置の拡充強化

第2 被爆者健康診断の充実強化

第3 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第4 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆影響に関する調査研究の促進[説明略]

  2 被災全体像調査の促進

    原爆被爆の復元調査は、被爆による死没者等のは握するための調査として緊急かつ重要なことであるので、被災全体像調査を一層促進していただきたい。

第7 その他

  1 放射能医学研究機関の充実

    長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設し、かつ資料センターに電算機を設置する等機能の充実強化を図っていただきたい。広島大学原爆放射能医学研究所における研究事業は、ますます多様化・多量化しているので、ビデオファイリングシステムの導入等研究事業費の増額を図っていただきたい。

  4 国立原水爆被災資料センターの設置[説明略]

昭和51年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者援護措置の拡充強化

  1 被爆者年金制度の創設

第2 被爆者健康診断の充実強化

第3 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第4 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆者とその子及び孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射能医学研究機関の充実

    長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設し、かつ資料センターに電算機を設置する等、機能の充実強化を図っていただきたい。広島大学原爆放射能医学研究所における被爆影響の研究に必要な自動染色体分析装置の導入等、研究事業費の増額を図っていただきたい。

  3 被災調査の促進

    原爆被爆による死没者等の実態をは握するための調査は、緊急かつ、重要なことであるので、被災調査の実施を促進していただきたい。

第5 その他

昭和52年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者年金制度の創設

第2 被爆者援護措置の拡充強化

第3 被爆者健康診断の充実強化

第4 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第5 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆者とその子及び孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射能医学研究機関の充実

    長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設していただきたい。広島大学原爆放射能医学研究所及び長崎大学原爆後障害研究施設の設備の充実、研究費の増額を図っていただきたい。

  3 被災調査の促進[説明略]

第5 その他

昭和53年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 被爆者健康診断・医療の充実強化

第4 被爆者援護措置の拡充強化

第5 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第6 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆者とその子及び孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進[説明略]

昭和54年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 被爆者健康診断・医療の充実強化

第4 被爆者援護措置の拡充強化

第5 被爆者の医療・福祉施設の充実強化

第6 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆者とその子及び孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射能医学研究機関の充実

   1.長崎大学医学部の原爆後障害研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設していただきたい。

   2.広島大学原爆放射能医学研究所及び長崎大学原爆後障害研究施設の設備の充実、研究費の増額を図っていただきたい。

  3 被災調査の促進[説明略]

昭和55年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

第2 被爆者健康診断・医療の充実強化

第3 被爆者援護措置の拡充強化

第4 原子爆弾被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第5 被爆影響に関する調査研究の促進

  1 被爆者とその子及び孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実

   1.放射線影響研究所の研究成果を、被爆者の健康管理と治療に役立てるため、広島・長崎の両研究施設を市内の適地へ移転することを促進していただきたい。

   2.広島大学原爆放射能医学研究所及び長崎大学原爆後障害研究施設の設備の充実、研究費の増額を図っていただきたい。

  3 被災調査の促進[説明略]

昭和56年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 被爆者健康診断・医療の充実強化

第4 被爆者援護措置の拡充強化

第5 原子爆弾被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第6 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の推進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進

    原爆放射線の身体的影響及び遺伝的影響については、いまだ学問的に究明されていないため、被爆者のみならず、その子・孫の中には健康について常に不安をいだいている者が多いので、原爆後障害についての調査研究機関の充実強化と調査研究の促進について、特別の措置を講じていただきたい。

  2 放射線医学研究機関の充実

   1.放射線影響研究所の研究成果を、被爆者の健康管理と治療に役立てるため、広島・長崎の両研究施設の研究設備の充実・研究費の増額を図っていただきたい。また、広島の研究施設を市内の適地へ移転することを促進していただきたい。

   2.長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設を研究所に昇格させるとともに、研究部門を増設していただきたい。

   3.広島大学原爆放射能医学研究所及び長崎大学医学部附属原爆後障害研究施設の設備の充実・研究費の増額を図っていただきたい。

  3 被災調査の促進[説明略」

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進

    原爆被害の実態については、いまだ国民に十分な認識が得られず、また、36年の経過の中で忘れ去られようとしている現況にかんがみ、国も被爆影響に関する調査研究の結果及び被爆の実相について、広く国民の認識を深め、理解が得られるよう努力していただきたい。

昭和57年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 被爆者健康診断・医療の充実強化

第4 被爆者援護措置の拡充強化

第5 原子爆弾被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第6 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の推進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進[説明略]

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和58年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者援護措置の拡充強化

第6 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進

    原爆被爆による死没者等の実態をは握するための調査は、緊急かつ重要なことであるので、被災調査の実施を促進するよう措置を講ずるとともに、当該事業に対する助成額の増額を図っていただきたい。また、昭和60年国勢調査に当り、その付帯調査として、被爆者及び原爆死没者とその遺族に関する調査を実施していただきたい。

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和59年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者援護措置の拡充強化

第6 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進

    原爆被爆による死没者等の実態をは握するための調査は、緊急かつ重要なことであるので、被災調査の実施を促進するよう措置を講ずるとともに、当該事業に対する助成額の増額を図っていただきたい。また、昭和60年国勢調査にあわせて、被爆者及び原爆死没者とその遺族に関する調査を実施していただきたい。

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和60年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者援護措置の拡充強化

第6 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進

    原爆被爆の実態をは握するための調査は、緊急かつ重要なことであるので、国の責任において、被爆者及び原爆死没者とその遺族に関する調査の実施を促進するよう措置を講じていただきたい。

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和61年 原子爆弾被爆者特別措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者援護措置の拡充強化

第6 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進[説明略]

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和62年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者援護措置の拡充強化

第6 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進[説明略]

  2 放射線医学研究機関の充実[説明略]

  3 被災調査の促進[説明略]

  4 被爆の実態に関する啓蒙活動の推進[説明略]

昭和63年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 遺族弔慰金・年金の支給

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  1 諸手当の所得制限の撤廃

  2 諸手当の大幅増額

  3 諸手当の適用範囲の拡大

  4 医療特別手当等の収入認定の適用除外

  5 原爆小頭症患者の終身保障制度の確立

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

  1 健康診断内容等の充実

  2 被爆者健康管理施設の充実

  3 医療費自己負担の解消

第5 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  1 要介護被爆者対策の充実

  2 被爆者相談事業の充実

  3 被爆者家庭奉仕員派遣事業の充実

第6 被爆者援護措置の拡充強化

  1 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

  2 法外援護事業の制度化

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進

  2 放射線医学研究機関の充実

  3 被災調査の促進

  4 被爆の実態に関する啓発活動の推進

平成元年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 遺族弔慰金・年金の支給

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  1 諸手当の所得制限の撤廃

  2 諸手当の大幅増額

  3 諸手当の適用範囲の拡大

  4 医療特別手当等の収入認定の適用除外

  5 原爆小頭症患者の終身保障制度の確立

  6 法外援護事業の制度化

第3 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

  1 健康診断内容等の充実

  2 医療費自己負担の解消

第5 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  1 要介護被爆者対策の充実

  2 被爆者相談事業の充実

  3 被爆者家庭奉仕員派遣事業の充実

第6 被爆者関係施設の整備充実

  1 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

  2 被爆者健康管理施設の充実

  3 原爆養護ホームの建設

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進

  2 放射線医学研究機関の充実

  3 被災調査の促進

  4 被爆の実態に関する啓発活動の推進

平成2年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 遺族弔慰金・年金の支給等

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  1 保健手当の支給対象の拡大

  2 諸手当の所得制限の撤廃

  3 健康管理手当の認定期間の上限の撤廃

  4 介護手当の改善

  5 医療特別手当等の収入認定の適用除外

  6 原爆小頭症患者の終身保障制度の確立

  7 法外援護事業の制度化

第3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  1 短期保護、デイ・サービス制度の創設等

  2 被爆者相談事業の充実

  3 被爆者家庭奉仕員派遣事業の充実

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

  1 健康診断内容等の充実

  2 医療費自己負担の解消

第5 被爆者関係施設の整備充実

  1 被爆者関係施設の法制化及び助成措置の確立

  2 被爆者健康管理施設の充実

  3 原爆養護ホームの建設

第6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

  1 被爆者とその子・孫に関する調査研究の促進

  2 放射線医学研究機関の充実

  3 被災調査の促進

  4 被爆の実態に関する啓発活動の推進

第1 被爆者年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 遺族弔慰金の支給等

原爆死没者に対する弔意表明として、遺族弔慰金の支給等必要な措置を講じていただきたい。

平成3年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者関係施設の整備充実

第6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第8 放射線被曝者医療国際協力の推進

第1 被爆者年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 弔慰事業の充実

原爆死没者に対する弔意表明に関する事業の充実について、必要な措置を講じていただきたい。

平成4年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者関係施設の整備充実

第6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第8 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

第1 被爆者年金制度等の創設

  1 被爆者年金の支給

  2 弔慰事業の充実

原爆死没者に対する弔意事業の充実として、原爆死没者慰霊等施設の建設などを促進していただくとともに、遺族弔慰金等必要な措置を講じていただきたい。

平成5年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者年金制度等の創設

第2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

第4 被爆者健康診断・医療の充実強化

第5 被爆者関係施設の整備充実

第6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第7 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第8 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

平成6年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 被爆者年金制度等の創設

第2 被爆50周年記念事業の実施

第3 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

第4 在宅被爆者援護対策の拡充強化

第5 被爆者健康診断・医療の充実強化

第6 被爆者関係施設の整備充実

第7 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第8 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第9 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

第1 被爆者年金制度等の創設

原子爆弾による被害は、人類の想像を絶したものであり、一般の戦災による被害と比べ際立った特殊性をもつものであることを十分認識していただき、国家補償の見地に立って次の措置を講じられるよう特に要望します。

  1 被爆者年金の支給

被爆者に対する年金の支給について必要な措置を講じていただきたい。

  2 弔意事業の充実

原爆死没者に対する弔意事業の充実として、原爆死没者慰霊等施設の建設などを促進していただくとともに、遺族弔慰金の支給等必要な措置を講じていただきたい。

平成7年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 弔意事業の充実強化

第2 保健医療福祉事業の充実

  1 被爆者実態調査の反映

  2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  4 被爆者健康診断内容等の充実強化

  5 被爆者関係施設の整備充実

  6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第3 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第4 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

第1 弔意事業の充実強化

原子爆弾による被害は、人類の想像を絶したものであり、一般の戦災による被害と比べ際立った特殊性をもつものであることを十分認識し、原爆死没者追悼平和祈念館の建設を促進するなど、原爆死没者に対する弔意事業を一層充実強化していただきたい。

平成8年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 弔意事業の充実強化

第2 保健医療福祉事業の充実

  1 被爆者実態調査の反映

  2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  4 被爆者健康診断内容等の充実強化

  5 被爆者関係施設の整備充実

  6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

第3 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第4 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

第1 弔意事業の充実強化

原子爆弾による被害は、人類の想像を絶したものであり、一般の戦災による被害と比べ際立った特殊性をもつものであることを十分認識し、原爆死没者追悼平和祈念館の整備に当たっては、施設の内容及び運営の充実列びに関係資料の整備に努めるなど、原爆死没者に対する弔意事業を一層充実強化していただきたい。

平成9年 原子爆弾被爆者援護措置に関する陳情書

 広島・長崎両市が、原子爆弾により人類史上未曾有の大惨禍を被ってから52年が経過しました。

 昭和32年の「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」の制定に始まり、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」が施行されている現在まで、被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策が充実されてきたことは、ひとえに各位の御尽力のたまものと深く謝意を表するものであります。

 しかしながら、被爆者及び遺家族は、原子爆弾の特異性により、長年にわたり社会的・医学的・精神的後遺症に苦しみながら、今後も終生悩み続けなければならない実情にあります。

 また、被爆者の高齢化が一段と進み、ひとり暮らしや寝たきり等要介護者が年々増加しているなかで、生存被爆者対策はもとより、死没者に対する弔意事業の推進についても、強く望まれているところであります。

 さらに、これらの状況を踏まえ、衆議院厚生委員会においては付帯決議もなされているところであります。

 ついては、国の責任において、被爆者及び遺家族の実態に即した援護対策を、より一層充実していただくよう要望します。

平成9年7月

広島・長崎原爆被爆者援護対策促進協議会

広島県知事 藤田雄山

広島県議会議長 檜山俊宏

長崎県知事 高田 勇

長崎県議会議長 村山一正

広島市長 平岡 敬

広島市議会議長 今田 智

長崎市長 伊藤一長

長崎市議会議長 奥村修計

平成9年 原子爆弾被爆者援護措置陳情事項

第1 弔意事業の充実強化

第2 保健医療福祉事業の充実

  1 被爆者実態調査の反映

  2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

  3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

  4 被爆者健康診断内容等の充実強化

  5 被爆者関係施設の整備充実

  6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

  7 介護保険制度の実施に伴う配慮

第3 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

第4 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

第1 弔意事業の充実強化

原子爆弾による被害は、人類の想像を絶したものであり、一般の戦災による被害と比べ際立った特殊性をもつものであることを十分認識し、原爆死没者追悼平和祈念館の整備に当たっては、施設の内容及び運営の充実列びに関係資料の整備に努めるなど、原爆死没者に対する弔意事業を一層充実強化していただきたい。

第2 保健医療福祉事業の充実

保健医療福祉事業については、逐次その充実が図られ、平成7年7月の「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」の施行により、総合的な援護対策が推進されているところであるが、なお次の事項について特段の配慮をお願いしたい。

  1 被爆者実態調査の反映

平成7年度実施された被爆者実態調査の速やかな分析に努めるとともに、調査結果に基づき生活実態に即した細かな援護対策を、今後講じていただきたい。

  2 被爆者に対する諸手当支給制度の拡充強化

被爆者が原子爆弾の特異性により、社会的・医学的・精神的に特別な状態におかれている実情にかんがみ、家族介護手当等諸手当の充実及び原爆小頭症患者の終身保障について特段の配慮をするとともに、広島・長崎の各県市が独自に実施している各種援護事業についても助成措置を講じていただきたい。

  3 在宅被爆者援護対策の拡充強化

高齢化が一段と進み、ひとり暮らしや寝たきりなど、日常生活に介護を要する被爆者が増加している実情を踏まえ、老人福祉施設のショートステイ、デイサービス利用及び老人保健施設入所にかかる助成措置を講じていただきたい。

  4 被爆者健康診断内容等の充実強化

被爆者は、被爆の影響により成人病の発生率が高く、また、高齢化が進んでいるので、健康診断の内容を更に充実するとともに、健康診断費の改善を図っていただきたい。

  5 被爆者関係施設の整備充実

被爆者の医療・養護等を進めていくうえで重要な原爆病院、原爆養護ホーム等の被爆者関係施設は、その特殊性から人的・物的負担が多く、経営に困難を来しているので、運営費を充実するとともに、施設建設に当たっては、より一層の助成措置を講じていただきたい。

  6 老人被爆者医療費の地方負担の解消

被爆者医療については、原爆被爆による健康上の障害の特異性と重大性にかんがみ、老人保健法による地方公共団体の負担が解消されるよう、同法施行前の実績を踏まえ、制度上、財政上、適切かつ十分な措置を将来にわたって講じていただきたい。

  7 介護保険制度の実施に伴う配慮

介護保険制度の導入実施に当たり、原爆被爆者に対しては、同制度による給付のほか、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」に基づくこれまでの施策を継続し、新たな負担が生じないよう措置を講じていただきたい。

また、被爆者を多く抱える広島・長崎両県市に対しては、保険者の財政負担が過度にならないよう特に配慮をお願いしたい。

第3 被爆実態に関する調査研究及び啓蒙活動の促進

原爆被爆による人的被害等の実態を把握するための被災調査の促進並びに被爆者とその子・孫に対する原爆放射線の身体的影響及び遺伝的影響についての調査研究の促進を図っていただきたい。

また、放射線影響研究所、広島大学原爆放射能医学研究所、長崎大学医学部付属原爆後障害医療研究施設の整備充実及び研究の振興を図るとともに、その研究成果を被爆者の健康管理と医療に一層活用されるよう、引き続き、お願いいたしたい。

第4 放射線被曝(爆)者医療国際協力の推進

広島・長崎が、長年積み重ねた被爆者検診・治療の実績及び放射線障害に関する調査研究の成果を生かし、世界の放射線被曝(爆)者医療への貢献と、国際協力の推進に資するために行う各種事業等に対し、引き続き助成措置を講じていただきたい。

また、国においても、引き続きこうした国際協力事業を積極的に推進し、広島・長崎が実施する事業との連携を図っていただきたい。

八者協陳情書の第1項目の変遷

昭和42年 医療制度の充実強化

昭和44年 被爆者健康管理及び医療制度の充実

昭和45年 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

昭和46年 原子爆弾被爆者対策審議会の設置

昭和47年 被爆者援護措置の実施

昭和48年 被爆者援護措置の拡充強化

昭和49年 被爆者援護措置の拡充強化

昭和50年 被爆者援護措置の拡充強化

昭和51年 被爆者援護措置の拡充強化

昭和52年 被爆者年金制度の創設

昭和53年 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

昭和54年 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

昭和55年 被爆者及びその遺族の年金制度の創設

昭和56年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和57年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和58年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和59年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和60年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和61年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和62年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和63年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

昭和63年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

平成元年 被爆者及びその遺族の年金制度等の創設

平成2年 被爆者年金制度等の創設

平成3年 被爆者年金制度等の創設

平成4年 被爆者年金制度等の創設

平成5年 被爆者年金制度等の創設

平成6年 被爆者年金制度等の創設

平成7年 弔意事業の充実強化

平成8年 弔意事業の充実強化

平成9年 弔意事業の充実強化

 

『本土作戦記録・第二総軍』(第一復員局、1946.10)[抄]

『本土作戦記録・第二総軍』(第一復員局、1946.10)[抄][防衛庁防衛研究所蔵]

第12章 原子爆弾被爆及終戦の経緯

第1節 原子爆弾の被爆

7月下旬より8月初頭に互り総軍は前述せる新情勢判断の下作戦計画の修正、総軍決戦綱領の策定、之に伴ふ大本営との連絡も終了し、8月9日より両方面軍司令官を広島に会同し以て作戦準備並実施に関する最後の会同を実施すべく、之が準備中の所8月6日午前8時10分頃真に突如原子爆弾の攻撃を受けたり。被弾直後の印象は高々度より司令部に対し爆弾及焼夷弾の集中爆撃を受けたりと思考せるも、時間の経過と共に被害逐次判明、午前10時頃予て準備中の戦闘指揮所に移転するに及び炎々たる猛火に包もれたる全市街の被爆の様相を望見し、茲に特殊爆弾に非ずやとの疑問を懐き直ちに大本営に対し右所見を付して状況を報告せり。

本攻撃に依り全市街及軍管区司令部以下軍隊も殆んど一挙に大打撃を受けたるも総軍司令部のみは比較的損害軽微(司令部の戦死80数名入院多数)なりしを以て、直ちに船舶司令部及地方総監府以下の地方機関と連絡、8月7日総軍司令官は独断広島近郊の総軍隷指揮下外部隊及地方側機関を指揮し戦災者の救護、戦災地の整理復旧並広島周辺の治安等に関し一時指揮すべき命令を下達(実行動は6日直ちに採れり)し、船舶司令官をして之が実行を担任せしめたり。

広島の状況は真に言語に絶し死者8万を超え爆心地付近は一木一草を留めず屍死累々として目を蔽ふの惨状を呈せり。

第2節 終戦の経緯

総軍は原子爆弾の被爆が帝国戦争指導を左右すべき因子なりとは思考せず且又原子爆弾に対しては対策宜しきを得ば之を克服し得べしとの印象と強き敵愾心に依り、幸に微傷だにせざりし総軍司令官の下、小数の残存幕僚を以て鋭意司令部の恢復に努めつつ、方面軍司令官会同準備を続行せり。

然るにも12日頃大本営より「帝国政府は連合国に対し和平交渉中」との主旨の電報に接せり。次て13日畑元帥に至急上京の招電あり。元帥は15日帰任し、陛下の和平に対する鞏固なる団結と至厳なる軍紀を確保して大御心に副ひ奉らんことを期すべしとの主旨を伝達し、直ちに両方面軍参謀長を招致して此の主旨の徹底方を命令せり。

斯くて8月15日正午遂に終戦の大詔を拝し茲に総軍の作戦は終結せり。

第一復員省大屋中佐の原爆被害報告(1945年12月10日)

第一復員省大屋中佐の原爆被害報告

1945年12月10日 米国戦略爆撃調査団資料

戦略爆撃調査団「レフコ」中尉ニ対スル回答

昭和20年12月10日 第一復員省 大屋中佐

但シ本回答ハ小官ノ記憶及関係方面ニ連絡シ調査セルモノニシテ数字及専門事項ニ関シテハ正確ヲ保シ難キモノアリ

其ノ1.原子爆弾ノ影響

原子爆弾8月6日始メテ広島市ニ対シ使用セラレタル影響ハ当時ニ於ケル日本ノ状況及直後ニ於ケル「ソ」連邦等ノ参戦等ニ関連シ日本ノ戦争指導ニ重大ナル影響ヲ与ヘタルコトハ否定シ得サルヘシ

其ノ主ナルモノ左ノ如シ

1.終戦ニ及ホセル影響

累次ニ亘ル焼夷攻撃及爆撃ニ依リ本土主要都市及周辺軍事工場ハ灰燼ニ帰シ軍需工場及重要諸施設ノ地下転移ノ遅延ト交通遮断等ノ障碍ハ逐次軍需生産力ノ衰退ヲ来シ戦争ノ継続ニ大ナル支障ヲ来シタルハ事実ニシテ之カ対策ハ着々進捗シ本土決戦ヲ準備中ナリシ総合国力及戦力ノ減退ハ対米決戦ヲ逐次困難ナラシメ一部ニハ終戦ハ時間ノ問題ナリトノ感ヲ持ツモノモアルニ至レリ

此時ニ於ケル原子爆弾ノ現出ハ一般軍隊ニ対シテハ比較的影響少ナク却ツテ敵愾心ヲ昂揚シタルモ国民一般ニ多大ノ恐怖心ヲ与フルト共ニ戦争指導首脳者ノ一部ニ対シテハ「ソ」連ノ参戦ニ関連シ継戦ヲ絶望的ナラシムルニ画期的影響ヲ与ヘタルモノアリ

2.原子爆弾ノ威力ニ関スル反響

原子爆弾ノ威力(広島市及長崎市ノ損害別紙記述ノ如シ)ハ十分認識シタルモ現地ニ於ケル当時ノ所感ハ其ノ損害ヲ軽減シ得ルモノニシテ絶対致命的ノモノニアラスト結論セリ

然レドモ広島ニ於ケル一発ノ原子爆弾ノ威力カ上下ヲ通ジ国民ニ与ヘタル精神上ノ打撃ノ大ナリシハ否ムヘカラズ

註.広島ニ於ケル当時ノ状況ヲ回想スルニ8月6日午前7時乃至7時30分頃広島市東方ヲ旋回中ナリシB29 2~3機ニ対シ発令中ナリシ警戒(空襲)警報ハ8時前後解除 セラレ市民ハ所謂「ホッ」トシタル気分ニテ朝ノ始末、出勤、登校等ノ途ニアリ タルモノニシテ本爆撃ハ全ク奇襲ヲ受ク是カ為家外ニアリタルモノハ勿論屋内ニ アリシ者モ爆風、火傷及家屋倒壊ノタメ大小トナク重軽傷シ比較的軽傷、活動力 アルモノモ重傷者等ノ救助ニ尚及ハズ 折カラ発生セル火災ヲ消スノ努力ヲナサザルハ勿論避難モ困難ナルノ状況ニシテ全市灰燼ニ帰シタルモノナリ 最適例ハ (数字ニ若干ノ誤アルヘシ)当時歩兵第一補充隊ハ(兵営ハ全壊全焼)約3,000人 ノ兵員ヲ有シタルモ8月8日ノ調査ニ依リ判明セルハ兵営ニアル生存者約800名内活 動力アルモノ200名ニ足ラスシテ他ハ行方不明トノ報告アリシ如ク記憶シアリ 以 テ一般ノ状況ヲ推シ得ヘシ

即チ広島ニ於ケル被害状況ヲ見ルニ爆心ヨリ1~2粁ノ地域ニ於ケル家屋ハ全壊、全焼、約4粁付近迄ハ中、小破ノ打撃ヲ受ケ中心点付近ノ路上電車ハ脱線、方向ヲ転換、鉄柱ハ倒レ1~2粁以内ニ於テ屋外ニ在リシモノハ着衣全焼、全身火傷ニテ死亡、500米以内ニ於テハ内臓ノ露出セルモノアリ 又5粁付近迄ハ硝子ノ破片等ニ依ル損傷若干アリシ等被害ノ程度甚大ナリシモ一方市内ニ於テモ鉄筋「コンクリート」ハ(焼失シアリ)ハ比較的破壊度少ク普通程度ノ防空壕ニモ完全ニ形ヲ止ムルモノアリ

地下「ケーブル」、水道ハ損害ナク爆心ヨリ約3粁離隔セル飛行場ニ於テハ暴露セル小型機ノ中央座席付近ヨリ折損、風防硝子ヨリ引火焼失セル外掩体内ニアリシハ損害比較的軽微ニシテ又白夜ノ部分ハ火傷軽易ニシテ白色ノ光線ヲ反射スル等判明セルヲ以テ広島ノ如キ奇襲ヲ受ケタルコトニ対シテハ所謂奇襲兵器トシテ精神的動揺ヲ来シタルコトハ事実ナルモ又一面対応準備十分ナレハ敢テ対抗不可能ナラスト決論セラレタリ

3.当時考慮セル主要対策次ノ如シ

1.警戒警報中ト雖モ敵機ノ近接ヲ知ラバ掩蓋ヲ有スル屋外防空壕ニ待避ス 2.防空壕ニ入リ得サルモノハ遮蔽下ニ姿勢ヲ低クシ閃光後急速ニ脱出ス 3.露出部少キ服装トシ厚着ヲシ出来得ル限リ白色ノ下着ヲ使用ス 4.火傷薬ヲ必ス携行ス 5.「ガラス」窓ハ負傷ノ原因トナルヲ以テ直ニ撤去シ日本家屋ハ半地下式ノ壕舎ニ改築スヘシ 6.防空壕ハ爆風除ケヲ付スヘシ 7.消火器其置場ハ家屋倒壊ノ危険少キ屋外ニ格納ス 8.燃料弾薬ハ一般防護ノ程度ニシテ特ニ考慮ノ要ナシ 9.飛行機ハ有蓋掩体(補強セルモノ)若クハ地下ニ格納ス 10.高射砲其他ノ対空部隊用掩体ハ努メテ之ヲ高クシ偽装用材料ヲ以テ遮蔽シ得ル如クス 11.其他一般防護対策ニ同シ

4.中央ヨリ現地軍宛通牒セル原子爆弾ニ依ル患者ノ治療法ノ参考

1.治療法  イ.安静  ロ.自家輸血ノ筋肉内注射  ハ.生理食塩水又ハ5%葡萄糖液ノ皮下注射  ニ.「クロール、カルシウム」ノ静脈内注射  ホ.「ビタミン」「B1」及「C」ノ大量投与 2.爆心ヨリ半径2粁以内者(為シ得レハ4粁以内ノモノ)ハ健康診断(特ニ白血球数、赤血球沈降速度)ノ要アリ  白血球3000以下、赤沈50粍以上ヲ患者トシテ取扱ヒ、白血球3~5000、赤沈30粍程度ノ者ヲ要注意者トシテ安静ヲ必要トス

其ノ2.広島ニ関シテ

1.被害状況

明年1月中旬頃被害地域図完成(松本ニ於テ印刷中)予定ナルモ概要別紙要図ノ如シ

2.在広島陸軍部隊及其ノ状況

広島市付近5万分ノ1地図ナキニ付記入提出不可能ナルモ概要別紙要図ノ如ク又在広島陸軍部隊ノ数左ノ如シ

第二総軍司令部 370
中国軍管区司令部 688
歩兵第一補充隊 3346
砲兵補充隊 400
工兵補充隊 461
通信補充隊 243
輜重兵補充隊 627
広島地区鉄道司令部 267
独立鉄道第二大隊 1541
船舶司令部 15000
広島支部 80
船舶砲兵司令部 1135
其他 若干
約 244158

註.1.広島ニハ宇品ヲ含ミアリ   2.船舶司令部ノ人員ハ当時広島ニアリタリト推定セラルノ人員ナリ   3.其他2~3中隊ノ野戦勤務部隊駐屯シアリシカ如モ詳ナラス

3.陸軍関係被害

1.小官ノ記憶ニヨル陸軍関係ノ損害 中国軍管区司令部・歩兵第一補充隊・砲兵補充隊・工兵補充隊・輜重兵補充隊・ 広島第一陸軍病院・広島第二陸軍病院・広島連隊区司令部   庁舎全壊全焼   但中国軍管区司令部ハ防空作戦室(鉄筋コンクリート)ノミ健在又陸軍病院第一及第二共ニ職員約80%患者(第一約500第二約650)ハ殆ント全滅ス 第二総軍司令部   本庁舎ノミ半壊全焼 爾他ハ全壊全焼ス 宇品船舶司令部・広島補給廠   建物ニ若干ノ被害アリシ他異状ナシ 2.陸軍関係死傷者統計

死亡者 6082
傷者 3353
行方不明 687
10122

3.船舶関係   一部家屋ノ破壊セルモノアルモ被害僅少ナリ

4.広島市一般人民ノ損害左表ノ如シ(終戦直後)

63,614
64,670
128,284
全焼 55,005
全壊 6,820
61,825
罹災者 193,719

備考.本表ハ防空総本部ノ資料ニ依ル、広島市ハ他ノ爆撃ハ殆ント無キヲ以テ原   子爆弾ノミニ依ルモノト見ルヲ得ヘシ

5.宇品ニ関シテ

陸軍ハ宇品ニ於テハ陸軍船艇ノ修理及艤装ヲ主トシ一部上陸用小艇ヲ製作ス

其ノ3.長崎ニ関シテ

1.当時ニ於ケル在長崎部隊左ノ如シ

独立混成第122旅団 6291
高射砲134連隊 約2700
其他 若干
8991

註.長崎ニ於テハ独立混成122旅団ノ市内ニアリタルハ其ノ一部ト推定セラルルモ詳細ナル駐屯人員ハ不明ナリ

2.被害ノ状況

1.原子爆弾ニ依ル被害状況別紙要図ノ如シ 2.戦災様相  市ノ大部ハ一瞬ニ破壊セラレ市ノ全人口ノ5%ハ死傷シ全市家屋ノ40%ヲ焼失セリ  細部ノ状況左ノ如シ   但シ広島ニ比シ損害ハ比較的僅少ナリシハ爆心ノ都心ヨリ4粁余離隔セルト都心部ト投下点ノ間ニ比高約200米ノ山地存在セシニ依リタルモノト判断セラル

種類 人員 家屋火災 家屋ノ破壊
死亡 負傷 行方不明 全焼 半焼 全壊 半焼 損傷
原子爆弾 23,753 23,345 1,927 11,494 150 2,653 5,921 残リ全部
一般爆弾 364 600 43 59 1 288 223
船舶ノ被害 沈没 大破
6隻 3隻

而シテ主要罹災地域タル浦上川沿線ハ住宅完全ニ粉砕セラレ其ノ形骸ヲ止メス  造船其他重要建築物ハ全壊シ鉄骨ノミ残存シアリ  長崎駅西南都心部ハ離隔度ノ大ナニ従ヒ損傷小ナリト雖完全ナル居住施設ハ殆ント皆無ノ状況ナリ 3.長崎港防衛火砲ノ旧式ナル理由  長崎ノ防空兵力ハ弱勢ニシテ更ニ強化ノ必要ヲ認メタルモ長崎地区ハ日本全国的ニ見ル時他ニ比シ生産工場地帯乃至ハ港湾トシテ次等ニ位シ当時日本軍ノ兵力トシテヨリ以上ノモノヲ配置シ得ザリシモノナリ

其ノ4.俘虜ニ関スル事項

広島、長崎共ニ目下主任者出張中ノタメ判明セズ

其ノ5.水上特攻撃艇ノ配置ニ就テ

陸軍水上特攻艇隊ハ各方面軍ニ配属セラレアリシ関係上現在中央ニ於テ資料ナシ

従ツテ又残島(ノコノシマ)ノ配備ニ関シテモ現地軍(福岡ニ在リシ西部軍管区)ニ就テ調査セサレバ判明セス

 

 

GHQの言論指令「新聞規則」(1945年9月18日)

GHQの言論指令「新聞規則」

新聞規則

AG000、73(1945年9月18日

CI SCAPIN33

昭和20年9月19日

1、ニュースハ巌格ニ真実ニ符合スルモノタルベシ。

2、直接又ハ間接公安ヲ害スル惧アル事項ヲ印刷スルコトヲ得ズ。

3、聯合国ニ対スル虚偽又ハ破壊的批評ヲ行ハザルベシ。

4、聯合国占領軍ニ対スル破壊的批評及ビ軍隊ノ不信若ハ憤激ヲ招ク惧アル何事モ為サザルベシ。

5、聯合軍軍隊ノ動静ニ関シテハ公式ニ発表セラレタルモノ以外ハ発表又ハ論議セザルベシ。

6、ニュースノ筋ハ事実ニ即シ編輯上ノ意見ハ完全ニ之ヲ避クベシ。

7、ニュースノ筋ハ宣伝的意図ヲ以テ着色スルコトヲ得ズ。

8、ニュースノ筋ハ宣伝的意図ヲ強調又ハ拡大スル目的ヲ以テ微細ノ点ヲ過度ニ強調スルコトヲ得ズ。

9、ニュースノ筋ハ関係事実又ハ細目ヲ省略スルコトニ依リ之ヲ歪曲スルコトヲ得ズ。

10、新聞ノ編輯ニ於テニュースノ筋ハ宣伝的意図ヲ設定若ハ展開スル目的ヲ以テ或ルニュースヲ不当ニ誇張スルコトヲ得ズ。

OFFICE OF THE SUPREME COMMANDER FOR THE ALLIED POWERS

Ag 000.73(18 Sep 45) CI

(SCAPIN-33)

19 September 1945

MEMORANDUM FOR:IMPERIAL JAPANESE GOVERNMENT.

THROUGH    :Central Liaison Office,Tokyo.

SUBJECT    Press Code for Japan.

1.News must adhere strictly to the truth.

2.Nothing shall be printed which might, directly or by inference disturb the public tranquillity.

3.There shall be no false or destructive criticism of the Allied Powers.

4.There shall be no destructive criticism of the Allied Forces Occupation and nothing which might invite mistrust or resentment of those troops.

5.There shall be no mention or discussion of Allied troops movements unless such movements have been officially released.

6.News stories must be factually written and completely devoid of editorial opinion.

7.News stories shall not be colored to conform with any propaganda line.

8.Minor details of a news story must not be overemphasized to stress or develop any propaganda line.

9.No news story shall be distorted by the omssion of pertient facts or details.

10.In the make-up of the newspaper no news story shall be given undue  prominence for the purpose of establishing or devoloping any propaganda line.

FOR THE SUPREME COMMANDER

(Sgd.)Harold Fair HAROLD FAIR,

Lt.Col.,A.G.D.,Asst Adjutant General.

 

 

朝日新聞24時間発行停止の指令(1945.9.18)

朝日新聞24時間発行停止の指令 1945.9.18

GENERAL HEADQUARTERS SUPREME

UNITED STATES ARMY FORCES PACIFIC

Public Relations Office

1630   18 September 1945

PRESS RELEASE

ASAHI SHINBUN, TOKYO Daily newspaper, was suspended today for a period of 48 hours by order of the Supreme Commander. Suspencion becomes effective at 4 p.m. today and remains in force until 4 p.m. September 20.

Material printed by ASAHI SHINBUN in the issues of 15, 16 and 17 September, the three days following delivery to them of General MacArthur’s censorship order was found to be in violation of the directive prohibiting publication of matter designed to disturb public tranquility, destructively criticising the Allied Powers, or containing false statements.

On September 15 the newspaper published an article which said in part:

“The United States stands for the slogan ‘ Justice is power.’ Accordingly they cannot deny that the use of the Atomic bomb and attacks on hospital ships are violations of international law more than the use of poison gas and they do constitute war crime. Let Americans inspect conditions in the war-suffering areas as much as possible and let them awaken to the sense of compensation for their acts and their responsibility for reconstruction. We should tell them plainly that it is impossible for Japan to attain reconstruction by her own power alone and endeavor to let them recognize the fact that the return of Japan to democracy and her participation in inter-national trade would never go against the interests of the United States and the welfere of the world. We should also endeavor to have them give us positive co-operation for the restoration of Japan.”

[以下略]

 

 

わが昭和史(松前重義)

『わが昭和史』(松前重義、朝日新聞社、19870330)

内容

1 死線を越えて
懲罰召集にかけられる/高指令部付の二等兵に/祖国に生還/反東上運動に奔走/大政/翼賛会に飛び込む/技術者運動の先頭に立つ/ヒロシマ原爆の投下
2 青春の日々
3 柔道一代
4 教育への挑戦
5 政治と理念
6 民間外交20年
あとがき
松前重義年譜

ファーレル米軍准将広島調査結果声明(1945年9月12日)

ファーレル米軍准将広島調査結果声明

1945年9月12日

STATEMENT BY BRIG. F. FARELL

CHIEF, ATOMIC BOMB MISSION

Tokyo, Japan

12th September 1945

We have made a preliminary inspection of Hiroshima. Our doctors stayed over in Hiroshima, in order to make a further study of those injured by the explosion of the atomic bomb. Detailed studies of the effects, both physical and on personnel, will be continued in order that we may have a true picture of the results of the explosion.

Detailed measurements of the city were made by our scientific personnel to determine if there was any radio activity present. No measurable radio activity was found under the point of detonation or elsewhere on the ground, streets, in the ashes, or on other materials. Col. Stafford Warren, Medical Corps, of Rochester, N. Y., who has been the chief Medical Officer of the project for the past three years and who is an expert in the field of radiology, has made a preliminary check on the casualties. These investigations will continue.

Col. Warren’s preliminary conclusions are as follows:-

The largest number of casualties at Hiroshima probably resulted from blasts, missles and fires. The actual numbers and proportions will probably never be known. Many, of course, will die from the initial effects of the explosion.

Colonel Warren and his party of doctors have examined a number of patients whose symptoms are such as would be caused by radiation. It is Col. Warren’s opinion that those patients who were affected by radiation resulted from a single exposure to a dose of gamma radiation at the time of detonation, and that they did not result from the deposit of dangerous amounts of radio activity on the ground. His conclusions are based on the information obtained as to locations of the affected individuals at the time of the blast, and on the results from the New Mexico test as related to the detonation at Hiroshima. It is believed by Colonel Warren that the much higher altitude of detonation would prevent the deposit of much radio activity on the ground and, at the same time, would increase the blast effects of the weapon. Persons could survive the blast, missles, or flames, and still be within the comparatively limited range of the gamma radiation at the time of the explosion. Some of them could have been shielded by buildings or other obstructions from the effects of the blast and heat. The bomb was designed primarily as a blast weapon, with secondary effects from heat and light and, at the elevation used, it was expected that there would be a radio active effect in a limited area under the point of detonation just at the moment of the explosion. It was further expected that any one so affected would have received serious damage from the primary effects of the bomb. Many of the patients examined by Colonel Warren who showed results of radio active damage also had either burns or other injuries.

The story that personnel coming into the area to assist in evacuation were seriously injured is the truth, but not the whole truth. The personnel were already in the area to carry out a previously ordered evacuation and were caught there by the blast. Many of them became casualties. Some other personnel, mostly military, arrived in the area about ten hours after the explosion. Statement have been made by the Japanese that these showed ill effects, including fatigue. Japanese officials at Hiroshima on 9 September stated that none of these died and none were seriously affected. This confirms the opinion of our experts that there would be no residual radioactivity on the ground in dangerous amounts. At our meeting in Hiroshima, Dr. Masao Tsuzuki, radiologist at the Imperial University, made a statement that he considered it possible that poison gases were released at the time of the explosion of the bomb, and asked for confirmation or denial. An official statement was made to Dr. Tsuzuki that such an assumption was entirely erroneous. No poison gasses were released.

The Japanese have made an official report, dated 15 August, of their investigation of Hiroshima, largely by Medical Officers, and the following is quoted from an official U. S. translation of their report:- “At present (15 August 45), an increase in radioactivity in the area of explosion has been noted, but not to the extent that it will be injurious to humans. Immediately following the explosion, the amount of radioactive rays which caused human injuries could not be determined. Also, the actual presence of radioactive substances, and the assumption that artificial radioactive substances were created, could not be proved.”

We have no means of checking the radioactive conditions existing on the 15th of August, but we found none on the 9th of September. there was no crater. There was no sign of heating of the ground beyond that due to burning buildings. There was no fusing of the ground nor melting of materials such as occurred at New Mexico, where the bomb was set off at a much lower altitude. The area immediately under the point of detonation is not marked by any special phenomena on the ground, either physical or radio active.

The flash burning by radiant heat was quite spectacular. A cardboard sign at about 1-1/4 miles away had the black lettering charred and the white background untouched. In a building a mile away from the explosion, plush chairs in front of a window were scorched on the portions exposed to radiant heat coming through the window.

The physical destruction in the target area was practically complete. The scene was one of utter devastation. The number of totally burned buildings at Hiroshima was 55,000. The number half-burned was 2300; totally destroyed by blast 6800; half destroyed by blast 3800.

The total number destroyed and damaged buildings was 68,000, or somewhere between 80 and 90% of the entire buildings in the city. The above statistical information is from Hiroshima officials. For a radius of 1-1/4 miles from point of detonation, the area including the Japanese military headquarters was completely demolished. To a radius of two miles, everything is blasted with some burning. Between two and three miles, the buildings are about half destroyed. Beyond three miles, the damage is generally slight, with roof damage up to five miles and glass broken up to twelve miles. About twenty well built structures of masonry and steel remain standing in central portion of city, but all windows are out and interiors are gutted. A few bridges are destroyed but most modern bridges are intact expect for hand rails and some sidewalks which have torn loose. Individual warehouses are collapsed on the pier area, nearly three miles away. Relatively close areas were protected from the blast by intervening hills. Light shelters were caved in, street cars were derailed and burned, automobiles had the roofs caved in. A fire started in the forest on a mountain about four miles away.

Huge trees were uprooted and broken. The Japanese reported that of the 9,000 soldiers in Hiroshima, 4,000 were killed, 3,000 were wounded, and 2,000 escaped. The dead include the Commanding General and his entire staff.

GHQの言論指令「言論及び新聞の自由」(1945.9.10)

GHQの言論指令「言論及び新聞の自由」

1945.9.10

言論及ビ新聞ノ自由

SCAPIN16

昭和20年9月10日

1、日本帝国政府ハ新聞、ラジオ放送又ハ其ノ他ノ出版物等ニ依リ、真実ニ符合セズ若ハ公安ヲ害スルニュースヲ頒布セザルヤウ必要ナル命令ヲ発スヘシ。

2、聯合国司令官ハ言論ノ自由ニ関シテハ最少限度ノ制限ヲ為スベキ旨ヲ命ジタリ、日本ノ将来ニ関スル事項ノ討論ノ自由ハ日本ガ敗戦ヨリ世界ノ平和愛好国家ノ仲間入リスル資格ヲ有スル新ナル国家トシテ出発セントスル日本ノ努カニ有害ナラザル限リ聯合国ニヨリ励奨セラル。

3、公式ニ発表セラレザル聯合国軍隊ノ動静、聯合国ニ対スル虚偽又ハ破壊的批評及ピ風説ハ之ヲ論議スルコトヲ得ズ。

4、当分ノ内ラジ才放送ハ主トシテニュース及音楽的娯楽的性質ノモノヲ取扱フペシ、ニュース、解説及ピ情報的放送ハ東京放送局ヨリ放送サレルモノニ限ル。

5、最高司令官ハ真実ニ符合セズ又ハ公安ヲ害スルガ如キ報道ヲ為ス出版物若ハ放送局ニ対シテハ発行禁止又ハ業務停止ヲ命ズ。

 

GENERAL HEADQUARTERS SUPREME COMMANDER FOR THE ALLIED POWERS

APO 500

(SCAPIN-16)

10 September 1945

MEMORANDUM FOR :IMPERIAL JAPANESE GOVERNMENT

THROUGH: Central Liaison Office,Tokyo

SUBJECT : Freedom of Speech and press.

1.The Japanese Imperial Government will issue the necessary orders to prevent dissemination of news, through newspapers, radio broadcasting or other means of publication,which fails to adhere to the truth or which disturbs public tranquillity.

2.The supreme Commander for the Allied powers has decreed that there shall be an absolute minimum of retrictions upon freedom of discussion of matters affection the future of Japan is encouraged by the Allied Powers,unless such discussion is harmful to the efforts of Japan to emerge from defeat as a new nation entitled to a place among the peace-loving nations of the world.

3.Subjects which cannot be discussed include Allied troop movements which have not been officially released, false or destructive criticism of the Allied powers,and rumors.

4.For the time being,radio broadcasts will be primarily of a news, musical and entertainment nature. News, commentation and informational broad- casts will be limited to those originating at Radio Tokyo Studios.

5.The Supreme Commander will suspend any publication or radio station which publishes information that fails to adhere to the truth or disturbs public tranquility.

FOR THE SUPREME COMMANDER:

HAROLD FAIR Lt.col.A.G.D., Asst Adjutant General

外国記者の現地被害報道(1945.8.31~9.10)

外国記者の現地被害報道(1945.8.31~9.10)

1945.8.31 THE NEW YORK TIMES HIROSHIMA GONE, NEWSMAN FINDS
1945.9.4 THE NEW YORK TIMES American Visits Hiroshima Ruins
1945.9.4 THE CHRISTIAN SCIENCE MONITOR AP HIROSHIMA, Sept. 4 by Vern Haugland Hiroshima : Once Modern City Now Flattened Pile of Rubble
1945.9.5 DAILY EXPRESS HIROSHIMA, Tuesday by Express Staff Reporter PETER BURCHETT 30th DAY in Hiroshima : Those who escaped begin to die, victims of THE ATOMIC PLAGUE ‘I write this as a warning to the world’ DOCTORS FALL AS THEY WORK Poison gas fear : All wear masks
1945.9.5 THE NEW YORK TIMES Visit to Hiroshima Proves It World’s Most-Damaged City Four Square Miles Leveled by the Atomic bomb People Reported Dying at Rate of 100 a Day-Hate for Us Shown
1945.9.10 THE NEW YORK TIMES NAGASAKI, Sept. 9 by W. H. LAWRENCE ATOM BOMB KILLED NAGASAKI CAPTIVES 8 Allied Prisoners Victims – Survivor Doubts After-Effect – 2d Blow More Powerfull
1945.9.10 THE CHRISTIAN SCIENCE MONITOR AP NAGASAKI, Sept. 10 Nagasaki’s Business Area Turned to Rubble by A-Bomb

戦争終結ニ関スル詔書案(1945年8月14日)

戦争終結ニ関スル詔書案

1945年8月14日

終戦詔書

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲二忠良ナル爾臣民二告ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国二宣戦セル所以モ亦実二帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

然ルニ交戦己二四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス

加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ

斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ憶兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言二応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放二協カセル諸盟邦二対シ遣憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣二死シ職域二殉シ非命二斃レタル者及其ノ遺族二想ヲ致セハ五内為二裂ク

且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生二至リテハ朕ノ深ク珍念スル所ナリ

惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル

然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為二太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲二国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠二信倚シ常二爾臣民ト共二在リ

若シ夫レ情ノ激スル所濫二事端ヲ滋クシ或ハ同胞 排擠互二時局ヲ乱リ為二大道ヲ誤リ信義ヲ世界二失フカ如キハ朕ノ最モ之ヲ戒ム

宜シク挙国一家子孫相伝へ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総カヲ将来ノ建設二傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓ツテ国体ノ清華ヲ発揚シ世界進運二後レサラムコトヲ期スヘシ

爾臣民夫レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

御名御璽

昭和二十年八月十四日

各国務大臣副署

 

 

 

米機の新型爆弾攻撃に対する日本政府の抗議文(1945年8月10日)

米機の新型爆弾攻撃に対する日本政府の抗議文

1945(昭和20)年8月10日

 本月六日米国航空機は広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し瞬時にして多数の市民を殺傷し、同市の大半を潰滅せしめたり。

 広島市は何ら特殊の軍事的防備乃至施設を施し居らざる普通の一地方都市にして、同市全体として一つの軍事目標たるの性質を有するものに非ず。

本件爆撃に関する声明において米国大統領「トルーマン」はわれら船渠工場および交通施設を破壊すべしと言ひをるも、本件爆撃は落下傘を付して投下せられ空中において炸裂し極めて広き範囲に破壊的効力を及ぼすものなるを以って、これによる攻撃の効果を右の如き特定目標に限定することは技術的に全然不可能なこと明瞭にして、右の如き本件爆撃の性能については米国側においてもすでに承知してをるところなり。

また実際の被害状況に徴するも被害地域は広範囲にわたり、右地域内にあるものは交戦者、非交戦者の別なく、また男女老幼を問はず、すべて爆風および輻射熱により無差別に殺傷せられその被害範囲の一般的にして、かつ甚大なるのみならず、個々の傷害状況よりみるも未だ見ざる惨虐なるものと言うべきなり。

抑々交戦者は害敵手段の選択につさ無制限の権利を有するものに非ざること、及び不必要の苦痛を与うべき兵器・投射物其の他の物質を使用すべからざることは戦時国際法の根本原則にして、それぞれ陸戦の法規慣例に関する条約付属書、陸戦の法規慣例に関する規則第二十二条、及び第二十三条(ホ)号に明定せらるるところなり。

米国政府は今次世界の戦乱勃発以来再三にわたり毒ガス乃至その他の非人道的戦争方法の使用は文明社会の与論により不法とせられをれりとし、相手国側において、まづこれを使用せざる限り、これを使用することなかるべき旨声明したるが、米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において、従来かゝる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器を遥かに凌駕しをれり。

米国は国際法及ぴ人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り、多数の老幼婦女子を殺傷し、神社仏閣学校病院一般民家などを倒壊または焼失せしめたり。

而して今や新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪状なり。

帝国政府は自らの名において、かつまた全人類および文明の名において、米国政府を糾弾すると共に、即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す。

 

日本政府の新型爆弾対策委員会(1945年8月10日)

日本政府の新型爆弾対策委員会

[国立公文書館蔵「公文類集第69編・巻10 昭和20年」所収]

閣甲第337号

[起案]昭和20年8月9日、[閣議決定]昭和20年8月10日

[内閣総理大臣などの署名略]

別紙新型爆弾対策委員会設置ノ件

右閣議ニ供ス

[極秘]

新型爆弾対策委員会設置ノ件

昭和20.8.9 閣議決定案

敵ノ新型爆弾使用ニ対処シ急速ニ之ガ対策ヲ立案審議セシムル為 左記ニ依リ新型爆弾対策委員会ヲ設置ス

一、本委員会ハ之ヲ内閣ニ置ク

二、本委員会ノ構成別紙ノ如シ

三、本委員会ハ主トシテ左ノ事項ヲ担任ス

(一)被害情報及戦訓ノ綜合整理

(二)防衛対策ノ樹立

(三)敵爆弾ノ性能、製造能力ノ判断

(四)国民指導方針ノ立案

四、本委員会ハ必要アル時ハ委員長ニ於テ部会ヲ設置スルコトヲ得

五、本委員会ノ庶務ハ綜合計画局ニ於テ之ヲ掌ル

備考

本委員会ヲ原委員会ト通称ス

(別紙)原委員会構成

委員長       綜合計画局長官

委員        綜合計画局戦災復興部長 技術院次長

情報局次長     外務省政務局長

内務省警保局長 防空総本部次長

大蔵省主計局長 陸軍省軍務局長

陸軍省兵務局長 海軍省軍務局長

厚生省勤労局長 農商省資材局長

軍需省整備局長 運輸省企画局長

備考

一、本表ノ外学識経験アル者等ヨリ委員ヲ委嘱スルコトアリ

二、必要アルトキハ委員長ニ於テ委員外ノ者ヲ出席セシムルコトヲ得

広島市爆撃問題に対する反響(1945年8月8日)

広島市爆撃問題に対する反響

1945年8月8日

[『旧陸海軍関係文書』内の「重要文書類綴 警視庁」所収]

[特機(極秘カ)]

昭和20年8月8日

広島市爆撃問題ニ対スル反響ニ就テ(第1報)

8月6日広島市ニ加ヘラレタル敵ノ新型爆弾攻撃ハ異常ナル反響ヲ示シ其ノ真相等ノ具体的発表ナキ為メ虚実交々憶説流言ヲ生ジツツアル状況ナルガ各界上層部ノ意向ヲ聴取スルニ其ノ真相明確ナラザルヲ以テ決定的意見等ハ見受ケラレザルモ大体ニ於テ

一.敵ノ新型爆弾ハ世界的ノ懸案タリシ原子爆弾タリシ原子爆弾ト認メラレ兵器ノ本質的革命ヲ斉ラセルモノニシテ戦争ノ様相ヲ一変セシムルニ足ル底ノモノタルハ勿論之ヲ作戦面ニ使用シ得タ国ガ世界ヲ制スルコトトナルトサヘ考ヘラレタモノデアル引続キ之ガ使用セラルルニ於テハ全ク戦争ハ出来ナクナル虞レガアル

一.其ノ威力等ニ就テハ未ダ真相不明ナルモ、継続シテ攻撃シ得ル状態トナラバ、吾兵力ノ集団地帯部隊ノ攻撃ニ依リ何千何万ノ兵カヲ消耗スルコトヽナルベク、如何ニ精神的ナ強ガリヲ言ツテ見テモ手モ足モ出ナイ事ニナルハ必然デアリ、戦局ハ愈々重大ナル段階ニ突入セリ

一.中小都市爆撃ニ依リ更ニ食糧事情等二依リ民心ノ不安動揺ハ覆フベクモ無イ事実デアルガ、加フルニ広島ノ大空爆ニ依リ民心ハ一層敗戦的厭戦気分二襲ハレ、人ノ力ヲ以テハ如何トモ為シ難イ重大ナ動向ヲ辿ル虞レガアル。当局者ノ最モ有能達識ヲ以テスル指導対策ヲ要望シテ止マヌ

一.嘗テ軍モ政府モ必勝ノ成算アリト国民二約束シテ居タガ、広島ノ問題デ総テ新局面ニ入ツタ感ガアル。軍モ政府モ決意ヲ新タニシテ出直ス可キ秋ガ来夕。サモ無クバ戦争ハ不可能トナル

一.戦争ガ今日ノ段階ニ立至ルコトハ当局ハ勿論吾吾ハ覚悟ヲシテ居タ。今更ラ何ヲ慌テルコトガアルカ。軍ハ急速二対策ヲ樹テ不退転ノ信念二基イテ戦争ヲ遂行シ、国民ハ軍ノ作戦ヲ信頼スルヨリ他ニ方策ハ無イ

等々ナルガ本日ノ大日本政治会ニ於ケル定例衆議院部会政調役員会等ニ在リテモ話題ハ概ネ広島事件ヲ以テ持切リノ形ニシテ大体ノ空気ハ従来ノ戦争指導ハ所謂軍官ノ専断ニ依ッタガ今日ノ段階ニ於テハ国民ノ意思 即チ議会ノ意思ヲモ尊重スルガ如キ軍官ノ新タナル覚悟ヲ必要トスベシ等々ニシテ表面極メテ強ガリヲ表示シ居レルモ内心広島爆撃事件ニ対シテハ極度ニ恐怖心ヲ昂メ相当神経過敏ノ様相ヲ露呈カ居レル情況ナルガ各界等一部ノ意向別記ノ通ナリ

貴族員議員 河西置太郎

政府ハ国民ノ戦意昂揚揚二就テハ色々ト対策ヲ講ジツツアル様ダガ幾ラ対策ヲ練ツテモ掛声丈デハ駄目ダ。要ハ今少シ国民二知ラシメテ納得サセ、然シテ政府ト国民トガー体トナリ相協力シテ戦意ノ昂揚ヲ計ルコトガ最モ必要ダト思フ。

大本営ハ今朝ノ新聞「ラヂオ」デ敵米ノ新型爆弾二就テ発表シタガ、只斯ル新兵器ヲ使用スルカラ充分ナ警戒ヲシロト言フ丈デ、何ウ云フ風二警戒ヲシタナラバ最モ効果的ナノカ、新型爆弾ガ如何ナル性能ヲ特ツテ居ルモノカニ就テハ、目下考究中ナド、云フ発表ヲシテ居ルガ、之デハ国民ノ不安ラー層駆リ立テルモノデアリ、従来トテ斯ル発表ヲシタモノデ後日具体的ナ発表ヲシタモノハ極ク一部分ノモノ丈ケデ、大部分ノモノハ其ノ儘「ウニヤムニヤ」ニナツテ仕舞ツテ居ル。斯ルコトノナイ様特二当局者二要望シタイ。

代議士 田中武雄

広島二便用セシ敵新爆弾出現ニヨリテ戦争指導上劃期的ナ変革ヲ必要トスルニ至ツタ。

故二日政トシテハ遠カニ政府並二陸海軍当局ノ新タナル方策ヲ聞キ、国民ヲシテ新タナル信念ノ下二挺身セシムベキデアルトノ見地カラ、総裁ヨリ当路者ノ所信ヲ質ダスコトトナルタ。

代議士 勝田永吉

広島二於ケル被害状況二付テハ未ダ詳報二接セザルモ相当甚大ニシテ、現状ヲ以テシテハ戦争遂行不可能ナリトノ感ヲ抱カシメル至り、愈々攻府ハ重大ナル決意ヲ要スル段階ニ入ツタ。

此ノ際我方トシテハ遠カニ新爆弾ノ正体ヲ究メテ其ノ対策ヲ確立シ、以テ国民ノ不安ヲ解消シ更ラニ必勝ノ体制ヲ強化スル外ナイ。

陸軍大将 真崎甚三郎

今回広島市ニ対スル敵B29ノ投下爆弾ガ其ノ損害程度ノ大キイ点カラ見テ間違ヒナク原子爆弾デアル事ガ想像サレル。

原子爆弾ガドノ位ノ威力ノアルモノカハ科学知識二疎イ我々ニハ解ラナイノデ、科学者ノ話ヲ聞カヌト其ノ対策ニ就テハ何トモ言ヘナイガ、広島ノ例カラ見テ之ハ容易ナラザル事態ニ逢着シ大変ナコトニナツタト考ヘテ居ル。之ガ爆弾ヲ以テ我ガ全国ニバラ撒カレタトシタラ一体ドウナル。此ノ事ハ今後当然起ツテ来ル事ヲ覚悟シナケレバナラヌガ、彼等ガ軍隊ノ密集シテ居ル各部隊施設ニ此ノ爆弾ヲ投下スレバ、一瞬ニシテ幾万ノ将兵ガ殺傷サレルコトニナル。ソウナツタラ口先丈ケデハ如何ニ強ガリヲ言ツテ見タ所デ戦争ヲ持続シテ行クコトハ絶対二出来ナクナル。

広島ニ於ケル今度ノ損害ハ此ノ爆弾ノ性能ノ研究ガ終ルト同時ニ之ガ真相ヲ発表シ、之ニ対スル対策ヲ講ズベキデアル。グヅグヅシテ居テハ間二合ハヌ。

陸軍中将 建川美次

兎ニ角大変ナコトニナツテ来タ。日本モ遂ニ重大ナ段階ニ当面シテシマツタ。広島ニ敵B29ガ投下シタ爆弾ハ其ノ被害ノ甚大ナル点カラ推シテ、恐ラク原子爆弾ヲ使用シタモノト思ハレル。

畑総軍司令官ハ旅行中ナル為メ命拾ヒヲシタラシイガ、中部軍ノ将校達ヤ総監府、県庁ノ役人達ハ殆ンド全滅ノ状態ラシイ。四十方近クノ市民モ半数以上ハ犠牲ニナツタモノト思ハレル。

民家ノ防空壕ハ少シモ役ニ立タナカツタ様デアルガ、原子爆弾ナラバ当然ノコトデアラウ。

此ノ原子爆弾ハ各国共熱心ナ研究ガ進メラレテ居タノデアルガ、何レモ完成ノ域二達シ得ナカツタモノデ、之サへ完成サレタラバ戦争ガドンナニ敗ケテ居テモ問題デハナイ。独逸ノ敗退前早ク原子爆弾ヲ使ツテ呉レレバ良イガト夢ニモ頼ツタノデアルガ、遂ニ完成サレズニ崩壊シタ。広島へハ直チニ軍官ノ専門家ガ調査ニ向ツタ筈デアルカラ、原子爆弾カドウカ判明スルコトト思フガ、若シ自分ノ予想通リダトスレバ最早ヤ戦争ニハナラナイノデハナイカト思ハレル。

トルーマントアトリーハ昨日同時ニ米空軍ガ特殊爆弾ヲ使用シタ旨ヲ発表シタ模様デアルガ、其ノ後昨日モ今日モB29ノ本土来襲ガ無イ所ヲ見レバ、日本ノ出方ヲ見守ツテ居ルノデハナカラウカ。

政府ハ昨日ノ閣議後重大ナ協議ヲ行ツタ様ダガ一体ドウシヤウトスルノデアラウカ。原子爆弾ヲ先二完成シタ国ガ世界ヲ制スルト言ハレテ来タガ事実其ノ通リデアルト思フ。此ノ爆弾ハ相手国ガ使用スル心配ガナイノデ仮令人道二反スルナドト非難サレテモ相手国ガ手ヲ挙ゲル迄攻撃ヲ続ケルデアラウ。

自分ハ決シテ反戦論ヲ好ムモノデハナイガ、残念乍ラ敵側ニ偉大ナ科学兵器ガ完成サレタ以上、之ニ対抗スベキ方策ガ無イトスレバ軍部ダケニ委セテ置ガズニ政府ハ慎重ニ考慮スル必要ガアルト思フ。

陸軍中将 谷寿夫

実ニ困ッタコトニナッタ。一昨日敵機ニ依ッテ広島市ニ投下サレタ爆弾ハ其ノ被害ノ甚大ナル所カラ見テ明ニ原子爆弾デアルコトニ間違ヒナイ。彼等ガ此ノ爆弾ヲ使用シ始メタ以上、我ガ方トシテハ之ガ対策ノ具体案ヲ練リ国民ニ対シ早急ニ徹底セシムルコトガ今後我ガ人畜ノ損害ヲ最小限度ニ喰イ止メル道デアル。

従来国ハ今後特ニ此ノ爆弾投下ニ力ヲ注グ事ト思ハレルガ、今デスラ国民ガ既二委縮シテ居ル所ニ此ノ威力ノアル爆弾ガ次々ト投下サレテハ、如何ニ当局者ガ立派ナ口ヲ聞イテ見タ所デ、民心ノ恐怖心カラ戦争ニ対スル厭戦気分ハ自然濃厚トナリ、人間ノ力デハ及ビモツカヌ問題ガ起キテ来ル虞レガアル。

当局者ハ何ヲ置イテモ広島ニ於ケル爆弾ノ性能ヲ早急ニ研究シテ之ガ対策ヲ講ジ、今後ニ於ケル被害ヲ最小限度ニ喰イ止ムベキ方策ヲ立テテ貰ヒ度イ。

戦時金融金庫総裁 大野龍太

六日ノ広島市ニ加へラレタ敵ノ攻撃ハ少数機カラ而カモ少数ノ投下弾デアツタニ拘ラズ其ノ被害ハ相当ナモノデ、敵ハ新型爆弾ヲ使用シタラシイトノ事タガ、此ノ点ニ付テハ我々ノ聞ク処モ今朝新聞発表ニアル程度ノ範囲ヲ出デテ居ラヌ。敵ガ果シテ今后引続キ新型爆弾ヲ使用シテ来ルガ、又之ニ対シテ軍ニ如何ナル本土防衛ノ備ヘガアルカ、之等ノ点ニ就テハ今日直チニ我々ガ窺知出来ヌ事柄ナノデアルカラ、今更敵ガ新型爆弾ヲ使用シ出シタカラト云ツテ我々ガ騒ギ出ス筋合デモ無イ。只茲ノ処ハ軍ヲ信頼シテ新ラシイ試練ニジツト耐ヘテ行クコトガ戦争ヲ有利ニ導ク道デアルコトヲ知ラネバナラヌ。然シ乍ラ当局トシテモ早急ニ事態ノ真実ヲ調査シテ、今後ノ防空指導二遺憾ナキヲ期シテ貰ヒ度イモノダ。

昭和石油社長 長崎英造

本年ニ入り第二四半期カラ敵ノ一方的戦争時代ニ入リ、国内的ニモ端境期ニアル食糧事情ノ逼迫カラ日本ハ極メテ深刻ナ試練ニ立ツダラウコトハ、サイパン失陥当時カラ私ノ機会アル毎ニ指摘シテ来タ処ダガ、壁二頭ヲ打チツケヌ限り活眼ノ開ケヌ役人ニハ困ツタモノト思ツテ居ル。

此ノ際ニ当ツテ敵ハ又新タナ攻撃方法ヲ採用シテ其ノ第一投ヲ広島市ニ加へ来タツタガ、今更斯ンナ事位デヘコタレルノダツタラ始カラ戦争シナイ方ガマシダ。

軍トシテモ云フ所ノ神機ニ備ヘテ充分確信ガアルト思フガ、我々モ此ノ際軍ヲ信頼シテ居ル。只軍ガ予想シテ居ル一方的戦争時代ノ期間ト自分等ノ予想トノ間ニハ可成リノ開キガアル様ダ。我々ハ此ノー方的戦争時代ハ可成長期ノ間続クモノト思ツテ居ルカ、此ノ辺ノ判断ヲ誤ルト国内崩壊ノ危機ニ当面スベキ機会ニ見舞ハレヌトハ限ラヌカラ、此ノ点ニ付テ今ニシテ軍ノハツキリシタ見透ノ確立ヲ望ム次第ダ。

言報専務理事 斎藤忠

敵少数機ノ広島市爆撃ハ従来ニ其ノ例ヲ見ザル程ノ強烈サデ、恐ラク原子爆弾ニ類似ノモノデアラウト想像サレル。今後敵側ガ斯カル爆撃方法ヲ反復スルヤ否ヤ目下ノ処予想ガツカヌガ、恐ラク敵ガ斯ル新タナル構想二依ル爆撃ヲ為シタ所以ハ此ノ種新型爆弾ノ大量生産成リタル結果ニヨルモナルカ、或ハ極ク少数ノ生産ニ不拘昨今焦燥気味ノ敵側ガ一挙ニ戦局ヲ終息セシメントノ意図ト我ガ方ノ厭戦気分ヲ煽リ立テル為メノ所謂牽制的爆撃ノ様ニモ考ヘラレル

若シ前者ノ如キ理由トセバ、今后相当ニ此ノ種爆撃ガ繰リ返へサルルデアラウコトヲ覚悟セネバナラヌシ、例へ後者ノ場合ニシテモ早急ニ之ガ対応策ヲ実行ニ移スニ非ザレバ実際ニ犠牲ノ増加ハ勿論、延イテハ国民ニ及ボス思想的ノ影響モ憂慮スベキ事態トナルハ天ヲ見ルヨリ瞭カデアル。

然シテ之ガ対策トシテハ、従来ノ如キ国民任セノ防空防火対策デハ到底至難デ、此ノ際政府ハ思イ切ツタ措置トシテ、現在軍事的築城其ノ他ニ利用シツツアル軍隊ハ勿論、其ノ他工兵隊及全国ノ土木業者ヲ打ッテ一丸トシタル土木軍ヲ急遽編成、以テ早急ニ民衆築城ノ徹底化ヲ図ルベキデアル。

然シテ老幼妊産婦其ノ他要疎開音ハ、此ノ際当局ノカヲ以テ強制的ニ集団疎開ヲ実施シ、都内要残留者ハ之総ベテ前記ノ民衆築城ニヨリ地下壕生活ニ移行セシムベキデ、之ガ急速ニ実行サルルニ非ザレバ、到底此ノ種爆撃ニ耐へ戦ヒ抜クト云フ気概ヲ持続セシムルコトハ至難デハアルマイカ。

某新聞記者

広島ニ対シテ加へラレタ敵ノ新型爆弾ハ何ト云ツテモ兵器ノ本質的革命ヲ物語ルモノト謂フベキデアル。而シテ我方ニ於テモ急速ニ対策ヲ樹立シ、広島二加ヘラレタ攻撃ノ実相ヲ具体的二国民ニ周知セシメ、以テ一億ノ戦意ヲ強靱ナラシムルガ如キ具体的措置ヲ構ズルノ要ガアル。唯徒ラニ当局ガ周章狼狽シ、被害ノ様相ヤ枝葉末節ノ流言等ヲ神経過敏ニ弾圧スルコトヲ以テ民意ノ沈滞ヲ喰イ止メントスルハ、当ヲ得タ策トハ謂ヒ難イ。

国民モ亦、敵ガ広島ヲ攻撃シタカラ直チニ本土全域ニ対シテ斯種ノ新型爆弾ヲ以テ攻撃スルナラムト憶断スルニハ当ルマイ。

由来決戦兵器ハ乾坤一擲ニ際シテ相当多数ヲ使用スル性質ノモノナルニモ拘ラズ、僅カニ広島ニ於テ少数ヲ試シタルニ過ギヌ程度ヨリ見テ、多分ニ謀略的政治的意味ヲ含ムモノト認メラレ、未ダ多量使用ノ域ニ達シテ居ナイノデハアルマイカ。

要スルニ決定的決戦兵器トシテハ尚不安定ナル状態ニアルモノト思ハレル。而シナガラ戦争ノ前途ノ斯ル革命的兵器ノ出現ニ依ツテ一層凄惨苛烈化スルコトハ必然的デアリ、国民ハ不退転ノ決意ヲ以テ難局突破ヲ覚悟シ、当局ハ国民ヲシテ斯ル方向ニ向ハシムルガ如キ万全ノ措置ヲ構ズベキハ、言ヲ俟タナイ処ナリト思フ。

広島警備担任船舶司令官布告文(1945年8月7日)

広島警備担任船舶司令官布告文

1945年8月7日

広島市民ニ告グ

米機ハ遂ニ人道上許スヘカラサル特殊爆弾ヲ以テ我カ広島ヲ侵セリ痛憤真ニ極リナシ

予ハ広島警備担任司令官ヲ命セラレ死力ヲ竭シ戦災復旧ヲ完遂セントス

親愛ナル広島市民ヨ 予ト一体トナリ断乎米鬼撃滅ノ闘魂ヲ振起シ戦災復旧ヘノ協力ニ邁進セラレンコトヲ望ム

昭和二十年八月七日

広島警備担任司令官 船舶司令官

注意

一、警報ト共ニ必ズ防空壕ニ待避シ服装ハ常ニ皮膚ヲ露出シナイコト 万一火傷シタ場合ハ取敢ヘズ海水ヲ二分ノ一ニ薄メテ浴ビルコト カクスレバ此ノ種ノ攻撃モ十分ニ防護スルコトガ出来マス

二、負傷者ハ次ノ場所ニ収容中

東練兵場 比治山西側聖橋 御幸橋東三叉小路 工兵連隊 泉邸 東警察署 住吉橋 横川駅 土橋 舟入本町 己斐駅 廿日市 似島宇品船舶練習部 暁六一六七部隊 赤十字病院 坂金輪暁部隊 暁六一八○部隊

軍ニ於テ収容シタ死傷者ハ目下調査中二ツキ逐次発表シマス

三、糧食水薬品被服等ニオ困リノ方ハ最寄ノ地区警備司令部ニ相談シテ下サイ

地区警備司令部ハ次ノ場所ニアリマス

宇品地区警備司令部 宇品船舶司令部内

東地区警備司令部 丹那橋東側

中〃 紙屋町芸備銀行

西〃 住吉橋西側

四、電車線路及ビ大キナ道路ハ目下通行出来マス

広島警備担任船舶司令官「広島警備命令」(1945年8月7日)

広島警備担任船舶司令官「広島警備命令」

1945年8月7日

広警船作命第一号 八月七日一四、○○

広島警備命令

一、予ハ自今広島警備ノ担任ヲ命ゼラレ在広諸部隊並ニ逐次広島付近ニ到着スル陸軍部隊ヲ併セ指揮シ速ニ戦災復旧ヲ処理セントス戦災処理ノ為警備ニ関シ中国地方総監広島県知事及広島市長ヲ区処セシメラル

海軍増援部隊指揮官ハ戦災復旧ニ関シ予ヲ援助シ広島駅(含ム)ヨリ十日市土橋ヲ経テ己斐駅(含ム)ニ至ル乗車線以北地域ニ於ケル救護給与ヲ援助シ且ツ広島駅付近復旧ニ任ス

二、東地区警備隊長(暁沢田部隊長)

中地区警備隊長(暁芳村部隊長)

西地区〃(暁梶部隊長)

ハ船防作命第一八号ニ拠リ別紙区分ニ基キ広島市ノ警備一任スへシ

海軍増援部隊指揮官担任地域ト重複スル地域ニ於ケル警備ハ広島駅付近ヲ除ク外陸軍主担任トシ細部ハ相互協定スルモノトス

三、中国憲兵隊司令官ハ現任務ヲ続行スヘシ

四、中国地区鉄道司令官ハ広島付近山陽線ノ復旧ニ任スルト共ニ一部ヲ以テ先ヅ速ニ宇品線ノ復旧並ニ運行ヲ処理スヘシ

五、中国軍管区派遣部隊ハ中地区警備隊長ノ指揮ヲ承クヘシ

六、中国地方総監広島県知事広島市長ハ警察及警防団等ヲシテ警備ニ関シ各東地区中地区西地区警備隊長ノ指揮ヲ承ケシムヘシ

七、細部ニ関シテハ参謀長ヲシテ指示セシム

八、予ハ宇品ニ在リ 明八日八時ヨリ広島市役所ニ在リ

広島警備担任船舶司令官 佐伯文郎

 

広警船作命第一号二基ク参謀長指示

一、広島市戦災復旧ハ軍官民一体トナリ迅速ニ処理ヲ完了シ第一次ハ八月九日迄ニ救護及屍体収容ヲ完了スルモノトス

二、作業ハ先ヅ速ニ負傷者ノ救護ニ任スルヲ主トス 救護所及設置担任区分左ノ如シ

1比治山西側聖橋 東地区警備隊長

2御幸橋東側三叉路〃

3住吉橋 東地区警備隊長

4観音町中央十字路・市立商業北側付近 陸軍燃料廠救護班

5東練兵場、6土橋、7横川駅、8己斐駅 海軍増援部隊

9東警察署、10市役所、11泉邸跡 広島県

三、救護ハ昼夜連続実施スルヲ本則トシ特二払暁黎明時機ヲ活用シ八月九日中ニ終了スルモノトス

四、屍体ノ処理ハ丁重且迅速ニ実施スルヲ主旨トス

各警備隊官庁ハ所在ノ地ニ於テ火葬又ハ土葬シ為シ得ル限リ神官僧侶ヲ列席セシムルニ勉メ人名止ムヲ得サルモ柱数ヲ確実ニ調査シ逐次広島警備担任船舶司令官ニ報告スルト共ニ広島市長ニ通報スルモノトス

広島刑務所長ハ左記地点ニ各囚人約百名ヲ派遣シ屍体処理ニ任セシムルモ各警備隊官庁ニ於テハ迅速処理ニ遺憾ナカラシムルモノトス

1山陽中学北側

2市役所

3紙屋町八丁堀付近

4土橋

五、警報伝達ハ民心安定ノ第一要件ナルヲ以テ各警備隊ハ警備地区内ノ警報伝達ニ関シ遅クモ明八日十二時迄ニ施設ヲ完備スルモノトス 広島県広島市ハ警報伝達ニ関シ強カニ援助スルモノトス(鐘太鼓等用意ノコト)

六、流言ノ取締ノ為新型爆弾ニ対シ防空壕ノ価値大ナルコトヲ推奨シ「何トカ手ハアル」ノ信念ヲ確保セシムルモノトス

七、広島県広島市ハ天幕及菰等ヲ明八日十二時迄ニ収容シ各救護所ニ配布スルモノトス

八、広島市長ハ速カニ水道ノ復旧ヲ実施シ尚電灯ノ復旧並主要幹線ノ「バス」ノ運行ヲ促進セシムルモノトス 又罹災民ノ情況ヲ判明セシムルタメ各町内会ニ罹災民相談所ヲ設クルモノトス

九、各警備隊長ハ主要交通路ノ啓開及交通整理並ニ倉庫ノ盗難防止ニ関シ特ニ所要ノ処置ヲ実施スルモノトス

昭和二十年八月六日

船舶参謀長 馬場英夫

一、輸送困難ニツキ自今「戦災処理員」ノ腕章ヲ右腕ニ付ケタルモノハ陸軍部隊等ノトラックニ便乗スルコトヲ得

一、警報伝達用鐘代用ノ石油カン一○○箇及燈油若干ヲ広島市役所ニ配布ス

一、炊出シハ警備隊ニ於テ適正ニ行フコト

一、明九日ノ連絡会議ハ十七時ニ比治山神社ニ於テ実施ス

一、警防団ノ配置及活動ニツキ明八日午前八時広島市役所ニ於テ県警察部係員ト連絡協議ヲナス

広島県知事論告(1945年8月7日)

広島県知事論告

1945年8月7日

今次ノ災害ハ惨悪極マル空襲ニヨリ我国民戦意ノ破砕ヲ図ラントスル敵ノ謀略ニ基クモノナリ

広島県民諸君ヨ

被害ハ大ナリト雖モ之戦争ノ常ナリ

断ジテ怯ムコトナク救護復旧ノ措置ハ既ニ着々ト講ゼラレツツアリ

軍モ亦絶大ノ援助ヲ提供セラレツツアリ

速ニ各職場ニ復帰セヨ

戦争ハ一日モ休止スルコトナシ

一般県民諸君モ亦暖カキ戦友愛ヲ以テ罹災者諸君ヲ労リ之ヲ鼓舞激励シ其遠カナル戦列復帰ヲ図ラレ度

本次災害ニ際シ不幸ニシテ相当数ノ戦災死者ヲ出セリ

衷心ヨリ哀悼ノ意ヲ表シ其ノ冥福ヲ祈ルト共ニ其ノ仇敵ニ酬ユル道ハ断乎驕敵ヲ撃砕スルニアルヲ銘記セヨ

我等ハアクマデモ最後ノ戦勝ヲ信ジ凡ユル艱苦ヲ克服シテ大皇戦ニ挺身セン

昭和二十年八月七日

広島県知事 高野源進

 

米穀配給台帳による広島市の原爆被爆前人口

 1945年6月30日

地域

米穀配給人員
牛田 7019
尾長 8034
矢賀 1887
青崎 6187
荒神 5508
段原 10342
比治山 10440
仁保 4074
楠那 2178
大河 4793
皆実 10187
宇品 12110
似島 1765
白島 7104
幟町 8082
竹屋 12353
千田 9165
袋町 6036
大手 6076
中島 9196
広瀬 4980
本川 5237
神崎 9637
舟入 5983
江波 6000
大芝 10057
三篠 12393
天満 7389
観音 18429
福島 4065
己斐 7780
古田 3830
草津 7107
合計 245423

藤居メモ(1956年3月-5月)

【資料】藤居メモ(1956年3月-5月)

[3月19日 原水爆禁止日本協議会全国総会]

長崎、東京、広島

世界大会を開くかどうか

杉本[長崎]市議 世界大会 資金の自信がない

八戸-費用を出す  広島でやれ-費用、距離の点

長崎の代表[小佐々八郎]-長崎が陰にかくれるのは不都合

会場がない 爆心地屋外テントを張ってでも

第1候補 長崎、第2候補 広島  常任委員会

太平洋における水爆実験阻止-連帯性

救援

他の平和諸運動との関連性

国際協定の進め方

原水爆禁止と軍縮の日

国際法の問題 1.中止要求の権利、2.予防措置、3.賠償

3300万の署名、7億の署名

世界的科学者-同盟体を作ってボイコットの要

国際法違反として国際法廷

宗教家の結合体・被災団体->ローマ法皇提案

1.太平洋地域の原水爆実験禁止に関する決議

2.救援運動の促進に関する決議

[4月12日 原水爆禁止日本協議会幹事会]

木野、山本、新屋敷、福島、草野、草野、広田、藤居、安井、御前

第2回世界大会

1.広島・長崎原水協-現地の意向

2.各地域の意向

3.世界平和行動の日

第1.長崎 第2.広島

1.禁止運動-世界大会への準備

2.救援運動

3.4/15-4/21 阻止週間

4.生きていてよかった 5:30 国鉄会館の講堂-約1時間

5.その他

5月6日 [原水爆禁止広島協議会理事会]

1.御前様のお話  会場がないところでこそやるべきだ

2.常任委・準備-水爆実験対策

水爆実験阻止国民大会

中心は水産 かつを、まぐろ

1.国際協定を結べ

2.救援--国家補償

-救うことが救はれることだ

3時間 13,000 1800名

8日 第1回実行委員会

長崎現地 1,000人収容 7-8ケ所

3.被害者の声に相呼応する-批判層の獲得

軍縮と原子兵器 大会の組方

4.国際的・国内的-車の両輪

平和と軍縮と原子兵器 署名

田辺 両方へ出得る人数を1,000人

第1回軌道にのせる-藤居 実行委員会、浜井

長崎 独自の力では準備が出来ぬ

広島 被害者派遣等をしている

世界大会

8・6-8・9大会

8・6集会 世界大会の一環として

救援と禁止運動を明確にする

国際的-禁止協定 禁止と軍縮

国内的-援護法、救援と禁止

分科会に重点を置く

大会までに充分議論を尽す

8・6大会 地域大会を持つ

広島 8・6被害者全国総会-協力 1,000-2,000名

長崎 世界大会の一環として長崎大会

東京 主要世界大会

実行委員会の成立

性格-歴史的つながりで原水協が世話団体として

団体数 2500通  中央団体 300 原水協 300 国会議員 700

個人 400 地方自治体 800

5月8日 [第2回原水爆禁止世界大会実行委員会]

田辺氏に臼田さんより、仕事の件で長崎の帰途一度広島へよる。

5月9日に予定せられるエニウェトク水爆実験は、9日が長崎原爆投下の日にあたる

[中止を]強く要求する。

各国主権に制限を加へても、戦争防止をする。

297坪 1坪6人坐る 1,300人 体育館

2,000人収容の三菱会館は6月より補強改装

長崎国際文化会館 1,000人収容

宿舎は50名は可能

やれる方法を定めて帰って来てくれ

広島 6、7  禁止と救援-被害者援護法と国家補償問題

長崎 9、10、11 禁止と軍縮-水爆実験禁止協定

5月9日 全国社会福祉協議会原爆被害者対策特別小委員会

長友技官、斉藤事務官

青木事務局長 挨拶

民生部長 3回政府衆参両議院

佐伯氏 三輪

長友 公衆衛生局

原爆による人体への影響は大きい

予防・治療・診断の関係 本体発見は未経験 定説までには相当期間

適確な治療法を発見する 本体が逐次判明

治療法の確立に協力する立前

予算化 臨床検査

精密検査費 27年から 28 100

研究治療費 1240

原対協 広島

長崎 医大

広島、長崎、市川

1.いのち、2.生活

骨子を作る-此の次までに

地元議員に出てもらう

大蔵省 8月終りに  6月初め 項目  6月中旬頃課長会議

全社協青木事務局長、佐野民生部長、熊谷厚生部長、厚生省公衆衛生局長長友技官外3名、藤居広島原水協事務局次長、市川千代子(未亡人会)、小佐々長崎市会副議長等-20名が集まり、5月9日午前10時から東京渋谷区原宿社会事業会館で、全国社会福祉協議会原爆被害者対策特別小委員会を開き、特別小委員会を常置すると共に、次のことを協議した。特に長友技官その他の人は涙をうかべながら現地側の説明を聞いていた。

1.原爆症の治療費の全額国庫負担については厚生省は熱意を示しているが、問題は政府、衆参両議院にある。

2.現在、広島及長崎原対協が行っている被爆者の検査結果の速かなる判明をまって原爆被害者援護法の骨子を作り第2回特別小委員会を開く。その時は出来るだけ多くの国会議員の参加をもとめる。政府-議員立法?

3.6月中旬に厚生省の課長会議までに援護法の裏付予算資料として十分な資料を公衆衛生局は待っている。

4.本年度研究治療費が昨年の額になったことは衆参両議員、広島長崎市および市議会が大きな力となったが、原水爆禁止世界大会とその後の運動の成果が決定的基礎を  なしている。

5月22日 [原水爆禁止世界大会常任実行委員会]

295坪 体育館 長崎に会場なし

安井総長 経過報告

畑氏報告 駅より2つ目の茂里町 118K×30K 50坪 3分

1m×50cm 1列8本 2,000人 廃墟 市所有物

周辺-

長崎バス整理工場 戦後の建物らしい

真中に向って右側はあけ開げ 最中に鉄骨の柱7,8本<縦長50cm>ある

真中から左を修理工場 解放の可能性あり

兵器製作所 450坪 400坪 2,000人

便所その他は? 増設の要あり 床はコンクリート

国際文化会館 補助椅子を加へ1,025 屋外ステージ

東高校 7-8分 勝山小学校体育館295坪

黒田氏 三菱兵器製作所-建築専門

長崎バス修理工場 修理に使用している

3日間 装飾等を加へるならば1週間

杉本 東高等学校講堂体育館 医師会3,000人の人-集ったといふ

兵器製作所 会場にするならば整備する テント・屋根・ビニール

写真の通り板囲い通風、便所は設備する

長崎バス-昨年譲渡

小山 16日 地評議長 長崎バス 貸りられれば可能

分科会会場はある 爆心地

田辺 ①三菱兵器製作所、廃墟だから補強しなければ安心してやる 国際儀礼

②茂里町の自動車修理工場は可、1/3程度 修理を続ける所

修理工場の機能をやめなければ会議場にならぬ。大会中そっくり借りなければ ならぬ。相当広い空地があるので、収容数は相当数ある。

①第一会場 市で装飾を考える、②450坪、③400坪×4人

午后 大会の意義

平和アピール7人委員会日高

禁止は具現段階-どう取扱ふか

イーデン首相から返事、全廃することに賛成

協議の上に協定された軍縮するといふことを含む

米国スチーブンソン、キーフオーバー

ソ連は120万軍縮実現

第1日に政治的努力を払ふ為に東京で行ふ、東京案

愛善会 1.東京を主会場にして長崎と広島をどう生かすか 2.

他人数を集めたのは広島といふよりも原水爆禁止がそういふ力を持った。集めた 次にどう組織し、力を持たすか、それをどう政治的に高めるかといふことだ。会 場については東京が決定的ではない。広島-長崎と往復するかといふことではな い。大衆運動は長崎といへばそちらに動いている。労苦を積重ねていたことに対 し、 長崎1年間に何に

運動

○組織がどうであったか-運動がどうか

○救援金-救援運動はどうか

○未組織層が多かったのはどうか

8・6 行動-各地でもつ

8・9 世界大会

13-15  世界大会

決定 長崎主要会場 5月29日長崎へ原水協・総評

事務総長 安井郁

原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会最終報告(抄)(1998年9月)

原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会最終報告(抄)

1998年9月

目次

1.はじめに

2.検討の経緯

3.施設に関する基本釣考え方.と既存施設との関係について

4.施設の名称について

5.祈念館に掲げる銘文について

6.平和祈念・死没者追悼のあり方について

7.被爆関連資料・情報の収集及ぴ利用について

8.国際協力及び交流について

9.「被爆関連資料・情報の収集及び利用」と「国際協力及び交流」の具体的な事業について

10.管理運営方法について

11.おわりに

(参考)原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会委員名簿

1.はじめに

国として、原子爆弾(以下「原爆」という。)による死没者に対する追悼の意を表し、永遠の平和を祈念するとともに、原爆の惨禍に関する世界中の人々の理解を深め、被爆体験を後代に継承する・ことを目的とする「原爆死没者追悼平和祈念館」(以下「祈念館」という。)を、被爆地である広島及び長崎に設置することを前提として、その準備のための検討が今日まで進められてきた。

本報告は、こうした検討経過を踏まえ、今日までに得られた結論に基づき、祈念館のあり方を以下のとおり提言するものである。

2.検討の経緯

昭和60年に厚生省が実施した「原子爆弾被爆者実態調査」の一環として、「死没者調査」の結果が平成2年5月に公表されたことを契機に、国の原爆死没者に対する弔意の表し方についての検討が政府内で開始された。

平成3年度から、原爆被爆に関する調査研究啓発事業、地域等における慰霊事業に対する補助事業及び原爆死没者慰霊のための施設の設置についての検討等が実施されたが、それらの中で本検討会に深く関係するものは以下のとおりである。

(1)原爆死没者慰霊等施設基本構想懇談会における検討

平成3年5月、原爆死没者を慰霊し、永遠の平和を祈念するための施設の基本理念、内容等について幅広く検討を行うため、厚生省に設置されたのが当懇談会である。

10回の審議、広島、長崎及び沖縄の現地視察並びに専門委員会における5回の検討を経て、平成5年6月に報告書が取りまとめられた。

その中では、施設設置の基本理念として、すべての原爆死没者に対する恒久的な慰霊・追悼の場を設け、併せて原爆被害の悲惨な状況を世に伝え、世界の恒久平和を訴えるために、「慰霊の場」、「資料・情報の継承の拠点」及ぴ「国際的な貢献を行う拠点」と呼ぶべき三つの機能を持たせることが適切とされた。

(2)原爆死没者慰霊等施設基本計画検討会における検討

前記報告書を受け、さらに施設建設の基本計画について幅広い観点から検討を行う場として、平成5年7月に当検討会が設置された。8回の審議を経た後、平成7年2月に基本計画報告書が取りまとめられ、その中で、施設の性格、具体的構成、管理運営方法、既存施設との機能・役割分担並びに広島及ぴ長崎両施設それぞれの特性についての提言がなされた。また、施設名を「原爆死没者追悼平和祈念館」とすることが最も相応しいとする考え方が示された。

(3)原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の成立

その間、平成6年12月には、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(以下「被爆者援護法」という。)が成立し、恒久の平和を念願し、原爆による死没者の尊い犠牲を銘記する旨の前文とともに、第41条では「平和を祈念するための事業」が規定された。衆議院厚生委員会は、この法律案の採決に際し、政府に対して、「原爆死没者慰霊等施設のできるだけ早い設置を図るとともに、被爆者及び死没者の遺族の共感が得られる施設となるよう努める」ベき旨の附帯決議を行っている。

(4)本検討会における検討経過

こうした経緯を経て、祈念館のより具体的な開設準備を行うため、平成7年11月に本検討会、すなわち、「原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会」(以下「検討会」という。)が設置された。

検討会では、これまでの経緯及び被爆者援護法の精神を踏まえ、設置の理念、理念の銘文化、広島及ぴ長崎の両施設それぞれが持つべき機能、施設の設計、平和祈念・死没者追悼のあり方、被爆関連資料・情報の収集及ぴ利用方法、国際協力及ぴ交流の内容、施設の管理運営方法、既存の関連諸施設の機能との調整・分担・連携等について幅広く検討を行い、今日に至っている。

その間、平成8年2月には、「原爆死没者追悼平和祈念館(広島)の基本設計に際して留意すべき事項」を取りまとめ、同年12月には、広島に設置すべき祈念館の施設設計に関する基本的な考え方を了承した。さらに、平成9年6月には、「原爆死没者追悼平和祈念館(長崎)の基本設計に際して留意すべき事項」を取りまとめた。

また、検討会では、祈念館を後代にわたって国民の共感と支持が得られる施設とするためには、広く国民の意見を聴くことが重要であるとの観点から、平成9年6月に、広島に設置する祈念館の検討状況及び方向性について中間報告を取りまとめ、公表するとともに、平成9年10月には広島で、平成10年1月には長崎で、それぞれ検討会を開催し、その折りに直接、地元や被爆者団体からの意見を求めた。

3.施設に関する基本釣考え方と既存施設との関係について

(1)施設設置の基本的考え方

祈念館は、国として、原爆死没者の尊い犠性を銘記して追悼の意を表すとともに、永遠の平和を祈念し、併せて、原爆の惨禍に関する全世界の人々の理解を深め、その体験を後代に継承するための施設としてく初めて設置されるものである。

祈念館は、原爆の投下により多数の尊い生命が奪われた広島及ぴ長崎の地に設置するものとし、これまでの懇談会及び検討会からの提言を踏まえ、「平和祈念・死没者追悼」、「被爆関連資料・情報の収集及ぴ利用」並びに「国際協力及ぴ交流」の三つの機能を持つ施設とする。

広島及び長崎の祈念館は、それぞれの地域性を考慮し、機能において特徴ある施設とすることが適当である。すなわち、上記三つの機能のうち、「平和祈念・死没者追悼」については、両祈念館通の主たる機能と位置づけ、広島では「被爆関連資料・情報の収集及び利用」を、また、長崎では「国際協力及び交流」を、それぞれの特徴としながら相互に協力し、連携していくことが必要である。

(2)既存の関連諸施設との関係

祈念館の建設について検討する過程で、既存の関連諸施設との関係、とりわけ、新しい施設を造る意義は何か、権能が重複するのではないか等について、再三議論を行ってきた。

まず、原爆死没者を追悼し、永遠の平和を祈るという最も基本的な目的及びそれに直接関係する「平和祈念・死没者追悼」機能は、祈念館と既存施設との間に共通する普遍的なものであるが、祈念館は、国が、国として、このような意思を表し、施設を造るという点が既存の施設にはない最も大きな特色であり、当然、そこには国が核兵器の廃絶への努力を誓うという意義も含まれている。

「被爆関連資科・情報の収集及び利用」と「国際協力及び交流」の両機能は、原爆の惨禍を広く世に示し、被爆体験を後に伝えるために必要な具体的事業を展開するためのものと位置づけられる。祈念館においては、これらの分野で既に個々に行われてきた諸事業の内容と、その果たしてきた役割をよく認識した上で、これまで十分に行われていなかった事業、これまでに達成された個々の事業のさらなる総合化、国でなけれぱできない事業、そして、これからの時代に求められる事業を、新たに実施していく必要がある。

広島に設置される祈念館の特徴として位置づけられる、「被爆関連資料・情報の収集及び利用」については、既存の資料館が原爆死没者の遺品等、主として被爆した「もの」を通して原爆被爆の実相を伝え、平和を訴えているのに対し、祈念館では、原爆死没者や遺族等の手記、体験記等を収集し、利用に供することにより、主として被爆した人々の「こころとことば」によって原爆被爆の実相を伝え、平和を訴えようとするものである。

また、長崎に設置される祈念館の特徴として位置づけられる、「国際協力及ぴ交流」については、既存の,施設で収集されてきた被爆に関する様々な情報や知見、さらには原爆死没者や遺族等の体験と思いを広く海外にも拡げ、被爆の実相を世界に伝え、諸外国との連携を図ることにより、世界平和の実境に資する機能の一層の充実を図ろうとするものである。このような作業は将来、祈念館が既存各施設共通の窓口となり、例えば、放射線関連医療に関して言えば、国際組織の頭脳的中心となる可能性も秘めている。

祈念館が、これらの機能を発揮することにより、既に行われている他事業との連携・補完が可能となり、全体として、平和祈念と原爆死没者の追悼という普遍的な目的の実現に資することは明白である。

4.施設の名称について

祈念館を設置する広島の「平和記念公園」及び長崎の「平和公園」は、それぞれ「広島平和記念都市建設法」及ぴ「長崎国際文化都市建設法」(何れも憲法第95条に基づく地方特別法により、住民の投票を経て成立)に基づいて整備されたものであり、公園内には多数の祈念碑や慰霊碑のほか、「広島平和記念資料館」、「長崎原爆資料館」等が設置されている。また、広島の当該地区には、世界遺産である原爆ドームが存在している。

祈念館はこのような地を選び、設置される予定であることから、各祈念館の名称については、両公園内における既存施設との差異が明らかになるよう留意する必要がある。

また、祈念館が国によって設置される施設であることを明示することが好ましく、それぞれ「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」、「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」とすることが適当である。

5.祈念館に掲げる銘文Iこついて

祈念館は、「日本国憲法」の世界平和を訴える前文並びに「被爆者援護法」の前文及ぴ同第41条の精神を基本理念として設置するものである。

このような設置理念を銘文化し、それを祈念館に掲げることについては、広島及び長崎の地元被爆者団体等からの強い要望・意見にも応えるべく、種々検討を行ってきた。

その一環として、広島及び長崎で開催した検討会においても、地元や被爆者団体等から直接意見を求め、それらに基づいてさらに慎重な検討を行った結果、設置理念の精神を簡潔に表した文章を「国立」を冠した施設名とともに、銘板として祈念館に掲げることが適当であるとの結論に達した。

両祈念館に掲げる銘文の文言については、その根底にある基本理念が共通なものであれば、文章表現は必ずしも同一でなくてもよいとすることで意見の一致をみた。

以上の経緯を踏まえた、それぞれの銘文案は以下のとおりである。

広島に設置する祈念館の銘文

原子爆弾死没者を心から追悼するとともlこ、その惨禍を語り継ぎ、広く内外へ伝え、歴史に学んで、核兵器のない平和な世界を築くことを誓います。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

長崎に設置する祈念館の銘文

昭和20年(1945年)8月9日午前11時2分、長崎市に投下された原子爆弾は、一瞬Iこして都市を壊滅させ、幾多の尊い生命を奪った。たとえ一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない心と体の傷跡や放射線lこ起因する健康障害を残した。

これらの犠牲と苦痛を重く受け止め、心から追悼の誠を捧げる。

原子爆弾による被害の実相を広く国の内外に伝え、永く後代まで語り継ぐとともに、歴史に学んで、核兵器のない恒久平和の世界を築くことを誓う。

国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館

6.平和祈念・死没者追悼のあり方について

「平和祈念・死没者追悼」は、最も重要な機能であり、従って、両祈念館とも、例えば、入館者が、一日中ゆっくりと厳かな雰囲気の中で静かに死没者に思いを致し、析り、そして平和について深く思索することができるような空間とすべきとの結論が得られた。

平和祈念・死没者追悼のあり方については、先の中間報告において幾つかの選択肢を示したところである。中間報告発表の前後、特に、原爆死没者の氏名を壁に刻むことを望む意見が多く出されたことから、その可能性の有無についても慎重に検討を重ねた。

その結果、中間報告でも示したような、原爆死没者そのものの定義、氏名の把握、氏名不詳者・氏名秘匿者・秘匿希望者の取扱い等、種々の問題があり、いわゆる刻名として氏名そのものを来館者の目に触れるような形で表現することは、極めて困難であるとの意見が強く、次のような二つの方法を併用することにより、惨禍の大きさを量的に表現するとともに、遺族の申し出に基づき、死没者名を記しておくことが適当であるとの結論に至った。

(1)

原爆被害の甚大さを表すことが、刻名を望む大きな理由の一つとなっていることから、手形や人型等の象徴を用いて、原爆死没者の数を示すこととする。

使用する原爆死没者の数については、これまで各種の調査により様々な推計が行われているが、流動的な人口、被災による資料の消失、被爆当時の混乱・地域社会の壊滅等のため、正確な数は不明である。何れの調査を使用すべきか検討した結果、昭和51年に広島市及び長崎市が国際連合に提出した、「国連への要請書」の中に示されている推計値を用いることとし、昭和20年12月末までの数字であることを明示した上で、広島にあっては、14万人(士1万人)、長崎にあっては、17万人(士l万人)とするのが適当であるとの結論に至った。

なお、原爆死没者の中には、多数の外国人も含まれていることや、昭和21年以降も多くの人々が被爆の後障害に苦しみ、そのために亡くなっていることも重要であることから、それらの説明を加え、被害の甚大さを表すと同時に、原爆被害の特殊性についても、併せて明らかにしておくことが必要である。

また、原爆死没者の中には、氏名不詳者も少なからぬ数を占めていることにも思いを致し、このような死没者にこそ、国として、弔意を捧げるものであることを忘れてはならない。

(2)

遺族等の心情に配慮し、遺族の申し出があれば、原爆死没者の氏名及び写真(遺影)を登録する。その上で、これらを簡単な操作により検索できるようなシステムを祈念館内に設置し、閲覧に供する。

この平和祈念・死没者追悼のための空間の整備に当たっては、被爆後半世紀を超える歳月を経て、あらためて、ここにこのような施設を建設することの意義をかみしめ、将来にわたり、歴史上の理解と評価が得られるよう、その永続性と普遍性を十分考慮しなけれぱならない。

国立の施設である以上、特定の宗教色を排し、厳かな雰囲気の中で、入館者がその思想、信条を超えて、原爆死没者に思いを致しながら、平和について深く思索することができるよう工夫することが必要である。

7.被爆関連資料・情報の収集及び利用について

広島の祈念館に特徴的な役割と位置づけられる、「被爆関連資料・情報の収集及ぴ利用」については、原爆の惨禍を世界の人々に知らせ、また、被爆者・被災者・遺族の体験を後代に継承するため、原爆被爆に関する様々な情報を収集、整理、分析・研究し、求めに応じて、それらを提供することができる機能整備が必要である。

既存の資料館や図書館、研究機関等においても、既にある程度、原爆被爆に関する様々な分野の資料・情報が整理・蓄積され、各施設の設置目的に応じ、一般若しくは関係者に対し提供されている。

従って、祈念館の機能整備に当たっては、可能な限りこれらを包括することも重要であるが、これまでに例のない、被爆者等の体験に焦点を当てた資料群を造り上げて、独自の情報発信機能を整備することが必要である。

8.国際協力及び交流について

原爆被爆という、人類未曾有の悲惨な体験を有する我が国は、再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの深い願いのもとに、世界唯一の原爆被爆国として、核兵器の廃絶を全世界に向けて訴え続けてきた。

こうした中で、長崎の祈念館の特徴的な役割と位置づけられる、「国際協力及び交流」は、核兵器の廃絶を願う被爆国民の「思い」と原爆被害の実態を、世界各国の人々により強く伝えるための手段ととらえることが出来る。

また、こうした経験、知識は、将来起こりうる原爆以外の不慮の放射能障害に対しても、何らかの意義を有するものと考えられる。

この国際協力及び交流の機能の整備に当たっても、既に広島及び長崎、その他で行われている数多くの事業があることを忘れず、独自のものを打ち立てる必要がある。特に、過去の資料を中心とした活動に止まらず、将来を見渡しての有用性が求められる。

9.「被爆関連資料・情報の収集及び利用」と「国際協力及び交流」の具体的な事業について

両祈念館それぞれに特徴的な機能と位置づけられる、「被爆関連資料・情報の収集及び利用」と「国際協力及ぴ交流」は、観念的には互いに全く別の機能であるかのように映るが、具体的・個別的に事業内容を検討してみると、分離することが困難な面が多い。

一例を挙げれば、原爆死没者や遺族等の体験や思いを国の内外に対し、世代を超えて伝えていくにしても、手記、体験記等を収集・整理することとともに、それらを国内外に発信する必要があり、両者を画然と区別して、前者を、広島で、後者を長崎でとすることも不自然である。

こうした場合、個々の事例によっては、「被爆関連資科・情報の収集及ぴ利用」の機能だけでなく、当然、「国際協力及び交流」の側面も念頭において、具体的な事業内容を考える必要がある。

従って、各祈念館の運営に当たっては、両機能を截然と切り離して考えるのではなく、むしろ、「平和祈念・死没者追悼」の普遍的な目的の下に一体的に捉えることが重要であり、その上で、両祈念館が適切な役割分担をするとともに、相互に協力し、補完し合う必要がある。

また、両祈念館では、入館者は基本的に共通のサービスを受けることができるように、また、一方が他方の窓口にもなりうるように工夫するべきである。例えば、主として広島の祈念館で収集・整理されることになる被爆体験記は、長崎の祈念館を介しても閲覧することができるようにするといった措置も必要と思われる。

このような観点から、現在の時点で考えうる祈念館の事業を整理してみると、主として次のような整備が適当と考えられる。

(1)被爆者・家族・友人一人ひとりの被爆体験の収集・整理・継承

これまでに、数多くの被爆者や家族等が、原爆被爆の悲惨な体験や死没者への思い、平和を希求する願いを、体験記、手記、日記、書簡、追悼記等様々な形で綴り、本・冊子の形にまとめられ、公表されたものも少なくない。しかし、これらの資料を総合的に収集・把握・分析し、被爆者一人ひとりの体験や思いを、個々人のレベルで検索し、手にすることができる機能は未だに整備されていない。

このため、公開可能な被爆体験記等をできる限り収集・保管し、これらに込められた様々な情報やメッセージを分析し、データベースとして整理することにより、被爆者の氏名や属性、各地の被爆時の状況等、個別の多種多様な目的や求めに適った体験記の検索・提供を行う。

また、原爆がもたらす”大量の人的・物的損害”、”地域社会と家族の崩壊”、“瞬間的・全面的な破壊と長期的・持続的な被害”、“心理的・精神的打撃”等々の複合的な被害の実相を、被爆者及ぴ近縁者たち自らの言葉(体験と思い)を組み合わせながら明らかにする。

一方、平和のための学習、平和関連の研修会及ぴ講演会等にも、既存事業との協調の下に、その十分な活用を図るべきである。その際、原爆被爆に関する基礎的な事項についての解説は、被爆者一人ひとりの体験とともに、大いに効果的であると考えられる。

(2)被爆関連資料情報ネットワークの構築による総合案内

上記(1)に加え、何処にどのような資料が存在し、どのような形での利用が可能なのかを把握し、このような情報を提供することも重要である。

そのために、各機関が有する資料や情報そのものを祈念館に収集することを目指すのではなく、各機関との連携のもとに、それぞれが保有する資料(データベース、ホームページ、利用案内等を含む)に関する情報の把握に努める。その上で、インターネット等を通じて祈念館に照会があれば、必要な資料情報の存在個所やその入手方法を提供するといった被爆関連資科情報のネットワークを整備する必要がある。

その一環として、原爆放射線による障害につき、これまで各機関に分散、蓄積されている医療データを総合的・一元的に提供しうるよう整備することは、海外の研究者や学生等に対しても極めて有用であり、この点を念頭に置いた事業の取り組みに努めるべきである。

また、単なる情報交換の域を超えて、祈念館が国内外の研究機関や大学間での被爆医療分野における交流の橋渡しを行うことも重要である。この役割を果たすためには、国内外における人材の派遣、受け入れ等の照会にも対応できるよう、関係団体との連携を図りつつ、そのような情報のネットワーク作りを行う必要がある。国際シンポジクムの開催等も、海外への情報発信とともに、海外からの情報の収集に役立つであろう。

(3)

以上の(1)及ぴ(2)の機能が十分に発揮されるためには、図書室、会議室、各種研修室等が必要であるが、その時々の利用目的及ぴ人数等によって、柔軟に対応できるように工夫する必要がある。また、国が原爆被爆関係資料の収集・整理及ぴ保管・提供システムの検討を目的として、平成3年度から実施している原爆死没者慰霊等調査研究啓発事業や、原爆死没者慰霊等事業(地域の被爆者団体が行う慰霊式典、死没者を悼む出版物の刊行事業等に対する助成)の成果を十分に活用していく必要がある。

祈念館の国際的な情報発信機能を向上させるために、適宜外国語での情報提供を行うことは当然である。また、国内外の原爆被爆関係研究者の便宜を計るため、施設内で研究・分析できるようにする必要があるが、特に「国際協力及び交流」を特徴的な役割とする長崎の祈念館においては、外国からの訪問や照会への対応、具体的な事業の実施に支障をきたさぬよう配慮した取り組みを行うべきである。

なお、祈念館が保有する資料・情報の中で、個人情報保護の観点から利用に制限を加える必要があるものについては、「情報保護規定」を設け、適切な保管・活用を図るとともに、他の機関が保有する資料情報の取扱いについても、各保有機関の許可・了承のもとに情報を提供することが必要である。

代表的な資料については、その点字化や音声の利用を考慮する必要がある。

10.管理運営方法について[略]

おわりに

祈念館の設置については、これまでに多くの論議がなされてきたが、原爆死没者の尊い犠性を銘記し、世界の恒久平和を祈念することは、国民共通の思いであり、本祈念館こそ、その国民共通の思いを国として具現するための施設である。

祈念館が、意義ある施設として、将来永きにわたり、被爆者や遺族を始めとする幅広い人々の共感と支持を得るためには、被爆の惨禍を繰り返さないようにするためのメッセージを、国内外に向かい、世代を超えて発信し続けることが必要であり、その建設は、ことの終わりではなく、始まりであると考える。また、このような経験と知識は、将来、社会学、医学等の発展にも広く、何らかの貢献をなしうる可能性がある。

もとより、祈念館の設置は、被爆者に対する施策展開の経緯や国民世論を踏まえて、政府が立案したものであるが、本報告書は、地元の被爆者を始めとする国民の意見を十分踏まえながら、種々鋭意なる検討を行い、取りまとめた結論である。検討会として、本報告書に基づく祈念館の早期建設と、円滑かつ持続的な事業展開を強く希望する次第である。

原爆死没者追悼平和祈念館(広島)の基本設計に際して留意すべき事項について(1996年2月)

原爆死没者追悼平和祈念館(広島)の基本設計に際して留意すべき事項について

1996年2月 原爆死没者追悼平和記念館開設準備検討会

一 設置の理念

○原爆死没者追悼平和祈念館は、「日本国憲法」の前文、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号)」の前文及び第41条の精神を設置の理念として建設するものである。

二 広島・長崎の施設の機能分化について

○原爆死没者追悼平和祈念館は、原爆被爆地である広島、長崎に設置するものであり、「平和祈念・追悼」、「資料情報の収集、利用」、「国際協力及び交流」の三つの機能を持つ施設とする。

このうち「平和祈念・追悼」の機能については、広島・長崎の両方の施設の主たる機能の一つとし、さらに広島の施設については、「資料情報の収集・利用」の機能を充実し、長崎の施設については、「国際協力及び交流」の機能の充実を図ることとする。

三 施設の機能について

(1)類似施設との機能分担について

○広島平和記念公園内に立地する広島平和記念資料館、広島国際会議場、広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)等との機能の連携及び分担について考慮し、「平和祈念・追悼」、「資料情報の収集、利用」の機能において特徴ある施設となるよう十分配慮すること。

(2)具体的な施設の構成について

○修学旅行生等の団体による利用者が、効率的に原爆に関する基本的なガイダンス等の「平和学習の場」として利用できるよう、団体対応コーナーについては、広さ、構造等に配慮すること。

○被爆者団体や市民等が原爆に関する各種研移会、平和を祈念する講演会・会議等の多様な目的に利用できるよう、会議室、研修室は、利用形態・人数によって柔軟に対応できるようにすること。

四 施設の構造等について

○施設は「地中化」することとし、広島平和記念公園の全体的な雰囲気との調和に十分配慮すること。

○原爆ドームの世界遺産化を念頭に置き、広島平和記念公園全体としての人の流れに対応した施設の配置等に配慮すること。

五 施設の動線について

○平和祈念・追悼空間については、希望する来館者が入ることのできる独立した空間とし、厳かな雰囲気を保てるよう動線に配慮すること。

六 平和祈念・追悼の表し方について

○平和祈念・追悼空間については、設置の理念に基づき、恒久の平和を祈念し、原爆死没者を追悼する気持ちを表現できるような空間とすること。

また、来館者が原爆死没者を想い、瞑想できる空間となるよう配慮すること。

○平和祈念・追悼空間にモニュメントを設置する場合にも同様の配慮を行うこと。

○平和祈念・追悼空間における原爆死没者の氏名の取り扱いについては、引き続き検討するものとする。

七 その他

○本報告を踏まえた基本設計(案)を作成した段階で、必要があればさらに本検討会において検討するものとする。

○上記の項目以外については、「原爆死没者慰霊等施設基本構想報告書」及ぴ「原爆死没者慰霊等施設(原爆死没者追悼平和祈念館)基本計画報告書」(資料編を含む。)を参考とすること。

○施設の管理運営、資料情報の取り扱い等については、今後とも被爆者団体や地元の意見等に十分配慮するとともに、原爆死没者追悼平和祈念館がその趣旨に沿った施設となるよう幅広い観点から、引き続き検討するものとする。