『核権力ーヒロシマの告発』(金井利博、三省堂、19700615 )
目次
| 章節 |
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| Ⅰ |
核権力下の日本 |
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| 1 |
広島はなぜ“ヒロシマ”か |
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広島と沖縄
広島の顔
核権力からの脱出 |
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| 2 |
「核権力」下の日本 |
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日本をとりまく「核」
エンタープライズ入港時の国内反応
「核戦力」と「核権力」 |
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| 3 |
日本の「核権力」 |
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核軍縮と日本政府
ソ連の単独核実験停止
キューバ事件の意味
部分核停と不拡散条約
日本の「核権力」
アメリカの日本への期待
アメリカ軍の伝統思想 |
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| 4 |
「核」軍事論の誤算 |
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|
抑止論の弱点
偶発戦争のトリック
「抱き締め」戦法と「突き放し」戦法 |
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| 5 |
核廃棄の政治学-「人質」論をめぐって |
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戦略から政略へ
「人質」は一枚岩か
人質の「まだら」化
人質を犠牲にすること
「核権力」を無意味化する道
「人質」と「核は張り子の虎」
全人類が「人質」 |
|
| 6 |
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| Ⅱ |
核権力と軍事 |
|
| 1 |
「軍都」広島の体験 |
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人民と「軍都」
「軍都」広島
原爆投下と「一枚岩」態勢
日本に非戦闘員なし
原爆投下までの核権力構造
「軍事」をこえる三つの問題 |
|
| 2 |
「無差別爆撃」の歴史 |
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|
日本軍の無差別爆撃
イギリス・アメリカが始めた無差別爆撃
変質低下の技術
「火攻め」の新戦略から原爆へ
原爆投下前後の日本 |
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| 3 |
「戦時」と「平時」の境界なき攻撃 |
|
|
外国との戦争と民衆の被害の歴史
「平時」に及ぶ緩慢殺人
「人災」と「天災」
ビキニ実験とその被害
過剰殺人と緩慢殺人 |
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| 4 |
「未知」効果に無責任な攻撃 |
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原爆投下作戦の実態
実験室となった広島・長崎
後回しの人体効果
日本医学者の努力
アメリカの資料略奪
「未知兵器」への無責任 |
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| Ⅲ |
核権力と自由 |
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| 1 |
「あいまいさ」の恐怖 |
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|
原爆投下の戦略上、政略上の「あいまいさ」
ベトナム戦争の中の「あいまいさ」 |
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| 2 |
人種差別は「敵意」を増幅するか |
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人種差別と戦争
日本の中の差別体系
民族自決と人権の確立 |
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| 3 |
被爆者ヘの差別 |
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生活上の差別
補償上の差別
意識上の差別 |
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| 4 |
官尊民卑の戦災補償 |
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軍人優先の思想
切り捨てられる非戦闘員
救貧措置としての被爆者対策
原爆体験抜きの原子力産業 |
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| Ⅳ |
反核権力論 |
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| 1 |
原水禁運動の断層 |
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|
意識のずれの問題
基本的な問題 |
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| 2 |
核権力の「君臨」 |
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核権力の神格化
「制服」と「私服」の原爆体験 |
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| 3 |
原爆被害の実態調査 |
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「人的被害」の追跡
今もって未整理の被爆人口 |
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| 4 |
広島の「怨念」と「自由」 |
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広島の「怨念」と権力者 |
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差別の垣 |
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|
被爆地図復元運動-原爆体験を社会体験に |
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貴重な原爆映画 |
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拡大する資料収集運動 |
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|
核権力“神話”の破壊 |
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〈資料〉原水爆被害白書を国連へ提出の件 |
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1.原爆は「威力」としてだけ知られた |
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2.原水爆は人間的悲惨の極としてはいまだ知られていない |
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(1964年8月5日・中国新聞社論説委員・金井利博記) |
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あとがき(抄) |
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この本は安田武氏、また中国新聞社の平岡敬、大牟田稔両氏の三年前の強い勧めによって生まれた。間接には原爆犠牲者と亡母金井時子の無言の励ましを感じながら書き続けた。 |
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『広島県史研究記事目録(抄)』(広島県史編さん室、広島県、19760331)
| 号(発行年月日) |
タイトル |
著者 |
備考 |
| 創刊(19760331) |
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|
創刊にあたって |
宮沢弘 |
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発刊によせて |
熊田重邦 |
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|
県史の窓 広島県史刊行への期待 |
石垣重信 |
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|
広島県における近代現代史研究の課題 |
今堀誠二 |
|
|
近代現代資料の収集状況(1) |
|
|
| 2(19770331) |
|
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|
県史編さんに想う |
熊田重邦 |
|
|
戦後外交文書の中の”原爆” |
古川博 |
|
|
広島県史に求めるもの―私の戦争体験にふれながら |
滝尾英二 |
|
|
市町村史編さんの問題点 |
一色征忠 |
|
| 3(19780331) |
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|
初心に立ちかえって |
土井忠生 |
|
|
米国戦略爆撃調査団について |
宇吹暁 |
|
|
<書評>『広島県史 近代現代資料編Ⅲ(社会文化編)』 |
佐々木隆爾 |
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| 4(19790331) |
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|
県史編さんについて |
竹下虎之助 |
|
|
市町村史編さんの実際と県史 |
橋本昭子 |
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|
広島県史に期待すること |
川島孝郎 |
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|
近代現代資料の収集状況(2) |
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|
| 5(19800331) |
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|
広島県史の完結に向って |
今堀誠二 |
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|
戦後広島県の労働者文化運動 |
藤原浩修 |
|
|
全国文書館設立運動の問題と現状 |
広田暢久 |
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|
資料保存運動の方向について-『広島県労働運動史』の観光と関連して |
山下優 |
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| 6(19810331) |
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|
史料調査・序説」 |
桑山浩然 |
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|
「県立文書館」設立に向って |
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|
芸備地方史研究会 |
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|
神辺郷土史研究会 |
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|
甲奴郡文化財研究会 |
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|
赤木勇夫 |
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|
阿川静明 |
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|
今中保子 |
|
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|
太田雅慶 |
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|
|
岡崎環 |
|
|
|
来栖義典 |
|
|
|
阪田靖正 |
|
|
|
下野岩太 |
|
|
|
末永栄 |
|
|
|
平井隆夫 |
|
|
資料は史料として創造の世界にまで及ぶ |
深川宗俊 |
|
| 7(19820331) |
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|
|
広島県史の完成を願って |
田中稔 |
|
|
戦後広島県の教育改革 |
藤原浩修 |
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|
地元以外での県市町村史利用について |
小野寺逸也 |
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|
町村役場文書の利用と保存 |
松林俊一 |
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|
史料の活用 |
有田吉之 |
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|
地域史としての「おはなし歴史風土記」 |
松木鶴美 |
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|
空襲・戦災を記録する運動と資料保存 |
岡田智晶 |
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|
市町村史編さんの現状と課題 |
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|
県立文書館建設調査研究協議会委員名簿 |
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|
広島県立文書館建設基本構想について |
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| 8(19830331) |
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地域史の可能性 |
熊田重邦 |
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|
原水爆禁止世界大会に関する覚書 |
宇吹暁 |
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編集後記 |
あまの |
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<1~7号の編集後記の執筆者も「あまの」> |
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『世紀を超えて-爆心復元運動とヒロシマの思想』(児玉克哉編 、中国新聞社、19950801)
目次
| 章節 |
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| 序に代えて-爆心地復元運動の今日的意義-(芝田進午) |
|
| Ⅰ |
人間の復権を目指して(湯崎稔) |
|
| Ⅰ-1 |
原爆被災復元調査の意味 (湯崎稔) |
|
| Ⅰ-2 |
原爆被災復元の論理の構想(志水清編、金沢寛太郎・長屋龍人・湯崎稔) |
|
| Ⅰ-3 |
広島における被爆の実相 |
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|
『歴史評論 NO.336』(197804) |
| Ⅱ |
爆心復元運動の誕生と展開(長屋龍人) |
|
|
はじめに |
|
| Ⅱ-1 |
被爆原点の空白 |
|
| Ⅱ-2 |
「爆心半径五〇〇メートル」の衝撃 |
|
| Ⅱ-3 |
「爆心復元」アイデアの源泉 |
|
| Ⅱ-4 |
爆心復元の論理と構想 |
|
| Ⅱ-5 |
キャンペーン始動 |
|
| Ⅱ-6 |
爆心復元運動の展開 |
|
| Ⅲ |
爆心復元運動からヒロシマ理論へ(児玉克哉) |
|
|
はじめに |
|
| Ⅲ-1 |
日本現代史の縮図としての広島 |
|
| Ⅲ-2 |
ヒロシマの視点 |
|
| Ⅲ-3 |
ヒロシマと現代 |
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| Ⅲ-4 |
爆心地復元運動からヒロシマ理論へ |
|
| Ⅳ |
座談会「爆心調査」からヒロシマを考える |
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出席者 |
|
青木豊子(爆心地復元調査協力者) |
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|
鎌田七男(原爆放射能医学研究所研究員) |
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高橋昭博(爆心地復元調査参加被爆者) |
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長屋龍人(爆心地復元運動企画提案者、当時NHK番組ディレクター) |
|
|
渡辺正治(元原爆放射能医学研究所研究員) |
|
|
児玉克哉(三重大学人文学部助教授) |
|
|
太田武男([中国新聞]編集部) |
|
| あとがき(児玉克哉) |
|
書誌1952年
| 月日 |
書名 |
編著者 |
発行所 |
備考 |
| 0101 |
歌集・原子雲 |
品川楊村 |
白菊会 |
原災研第4集。広島。 |
| 0115 |
岩国組曲・交響詩 |
御庄博実 |
文芸旬報社 |
原災研第4集。5章烙印PP28-32。 |
| 0115 |
水素爆弾と世界 |
伏見康治 |
弘文堂 |
[目次]1.現代物理学の発展、2.水素爆弾と世界 |
| 0120 |
社会保険年鑑1952 |
山西英郎(編)・広島県保険課(監修) |
広島県社会保障研究所 |
|
| 0133 |
DOME1 |
広島大学皆実分校学友会編 |
|
原災研第4集。広島に於ける文学活動PP18-22。[広島大学] |
| 0201 |
国際平和読本-国際連合を中心として |
小谷鶴次 |
関書院 |
[広島大学]第3章原子力と国際法。500530の改定版か? |
| 0210 |
お父さんを生かしたい-平和を叫ぶ子らの訴え |
さがわみちお編 |
青銅社 |
原災研第4集。斉藤精三、神孝、飯口昭子、岩谷千鶴、中村昭三、根岸忠、原田治、伊ケ崎明子。(広島)。 |
| 0210 |
ケロイドの頬・詩集 |
佐々木邦彦 |
文童社 |
原災研第4集 |
| 0227 |
原爆の子に応えよう-少年少女たちのねがい |
大阪大学理学部学生自治会(編) |
|
|
|
1=COPY。今堀資料。編者は1951年秋に「原子力展」を開催。その後の批判会で「原爆の子に応えよう!」との声が満場一致で決まり作文を募集。 |
| 0301 |
いとし子と耐えてゆかむ-戦争未亡人の叫び |
植村環・平林たい子・田辺繁子編 |
主婦之友社 |
主婦之友社の呼びかけに応じた作品から選ぶ。[原爆体験記](戦争未亡人の手記50篇のうち広島被爆者の手記1篇):広島の原爆に夫を失う(千葉県・西村美津子)P174-178. |
| 0301 |
群生-第十八年刊歌集 |
添田博彬編 |
九大医学部短歌会 |
黒田吉男、永松淳雄(長崎)、右田俊介。 |
| 0315 |
詩集・風の子物語 |
増岡敏和 |
会 |
謄写刷。 |
| 0325 |
日本にいるアメリカ人-ソヴェト記者のニッポン日記 |
クルガノフ |
五月書房 |
[長崎取材記] |
| 0325 |
危機の学生運動-歴史とその展望 |
新井恒易 |
明治書院 |
U |
| 0401 |
原子力1952年版 |
沢宗誠編 |
青山書院 |
|
| 0405 |
永井博士を憶う |
如己堂会編 |
中央出版社 |
|
| 0410 |
原爆の図-画集普及版 |
丸木位里・赤松俊子 |
青木書店 |
[目次]原爆の図-5部作全図、4分の1図と部分拡大図、[附]「原爆の図」解説、 大衆が描かせた悲願の図-画集普及版によせて、世界平和文化賞「原爆の図」すいせんの言葉(大山郁夫・日本文化人会議)、「原爆の図」の芸術的価値について(内田巌)、感想文集。 |
| 0425 |
藤野七藏氏追懐録 |
藤野七藏氏追懐録編纂委員会(編) |
(広島瓦斯会社内) |
(4)原爆の廃墟に起ち上がる-瓦斯事業の復興PP38-48。 |
| 0425 |
永井隆の生涯 |
片岡彌吉 |
中央出版社 |
[目次]第11医療隊、再建、すりこぎ先生、如己堂、毀誉褒貶、浦上の子供、ばらの花、聖母像、この子を残して、臨終、解剖・市公葬、年譜など |
| 0429 |
天皇陛下を語る[改訂版] |
萩萩月 |
愛花書院 |
第3編天皇陛下九州路え御巡幸 |
| 0430 |
創作代表選集9-昭和二十六年後期 |
日本文芸家協会編 |
大日本雄弁会講談社 |
「カキツバタ」(井伏鱒二)PP91-108、「永遠のみどり」(原民喜)PP135-151、「贋きりすと」(丸岡明)PP195-238。 |
| 0501 |
終戦史録 |
外務省編 |
新聞月鑑社 |
第37篇原子爆弾の投下 |
| 0501 |
句集・平和祭 |
野田不死鳥 |
「夜」発行所 |
原災研第4集。 |
| 0503 |
日本無罪論-印度・パール判事述-真理の裁き- |
田中正明編 |
太平洋出版社 |
「原子爆弾の汚点」PP84-85。「原子爆弾の責任」PP253-254。 |
| 0520 |
大本営発表 |
松村秀逸 |
日本週報社 |
「原爆広島に落つ」PP15-66。著者は、中国軍管区参謀長。 |
| 0613 |
世界と日本 |
清水幾太郎編 |
岩波書店 |
田中慎次郎「原子力と平和」所収。 |
| 0615 |
原爆詩集 |
峠三吉 |
青木書店 |
「あとがき」(峠三吉)PP145-147、「解説として」(なかの・しげはる)PP148-153。91052519に収録。 |
| 0615 |
原爆か原子平和か |
デザンチ・ドニミック、シャルル・アローシュ(共著) |
新時代社 |
「推薦の言葉」(平和擁護日本委員会)PP1-6。[目次]1.なぜ原子爆弾は落とされたか?、2.「秘密」の幕うら、3.原爆つくりのボス連と原爆製造工場、4.冷たい戦争の武器「原子力スパイ狩り」、5.平和をつくる人たち、6-11略。 |
| 0620 |
荊の道(警鐘号) |
田中秀正 |
|
「某氏の原爆体験記」PP9-11。 |
| 0625 |
詩集・同心円 |
織田隆一 |
詩人社 |
原災研第4集。同心円、それは嘘の嗤ひだった-浦上天主堂にて、 |
| 0705 |
平和文化の原子的開裂-地球の平和XIX |
地球文化研究所 |
平和文化大系刊行会 |
水素爆弾賛美のわけのわからない本。 |
| 0710 |
片隅の命と共に-保護観察の体験記録-更生保護研究賞受賞作品 |
中央更生保護委員会編 |
日本更生保護協会 |
第6部原爆孤児はかくて生きる(和田方光)PP903-240 |
| 0731 |
現代詩代表選集第三巻-一九五二年版- |
日本文芸家協会編 |
創元社 |
原災研第4集。朝(峠三吉)PP119-120。 |
| 0731 |
春の城 |
阿川弘之 |
新潮社 |
小説・広島。 |
| 0731 |
広島市・市勢要覧・昭和26年(1951)版 |
広島市総務局総務課 |
広島市役所 |
|
| 0801 |
原爆の子-特作映画シリーズ第4輯 |
近代映画協会編 |
三到社 |
「原爆の思い出」(佐伯一幸、福島良介)P7、「誰よりも人間らしく」(吉岡宏)P12、「原爆体験談」(川北静三、土井精一、横田与茂作、正田篠枝、富田順次)PP14-15。 |
| 0803 |
原爆の子-見よ!戦争の惨苦を!-廣島の少年少女・魂の叫び |
日本労働組合総評議会情報出版部(編) |
|
「序文」(長田新)。「原爆の子」105編の中から32編を選び教文シリーズ第1集として発行。[広島大学] |
| 0805 |
日本現代詩大系-第9巻 |
三好達治(編) |
河出書房 |
「原爆詩集抄」(峠三吉)PP414-416。 |
| 0806 |
広島-戦争と都市 |
岩波書店編集部(編) |
岩波書店 |
[目次]1.天災と戦災、2.原子爆弾、3.原爆の傷痕、4.「ノー・モア・ヒロシマズ」 |
| 0814 |
原爆第1号-ヒロシマの写真記録-NO MORE HIROSHIMA |
田島賢裕・梅野彪(編) |
朝日出版社(発行)・洛陽書院(発売) |
写真(長崎のものがある?)と解説。 |
| 0815 |
記録写真・原爆の長崎 |
北島宗人(編)・山端庸介(撮影) |
第一出版社 |
長崎原爆の直後、西部軍報道部に召集されていた写真家山端庸介、画家山田榮二、文筆家東潤の3名は視察命令により長崎に出動.本書は3人が記録した長崎の被災状況を、記録写真58葉、スケッチ28枚、ルポ1篇で紹介. |
| 0815 |
シナリオ原爆の子-近代映画協会・劇団民芸共同作品 |
近代映画協会・劇団民芸(編) |
近代映画協会・劇団民芸(発行)、映画タイムス社(発売) |
巻末:“原爆の子”によせて:郷里の広島から(阿川弘之)P32-33、ぜひ世界の人々に(吉川清)33P、前祝い(責司山治)P33-36、必要以上に必要(若杉慧)P34-35、世界の映画(佐多稲子)P35-36.他 |
| 0830 |
仁科芳雄-伝記と回想 |
朝永振一郎・玉木英彦編 |
みすず書房 |
仁科は1951年1月10日永眠。[目次]1.「仁科芳雄博士略伝」(山崎文男)、2.晩年の著作3篇、3.思い出(湯川秀樹、木村健二郎、岡崎嘉平太、武見太郎、松本一、小倉真美、金関義則、小林稔、関戸弥太郎、朝永振一郎、玉木英彦)4.仁科先生を偲ぶ座談会。 |
| 0901 |
人間襤褸 |
大田洋子 |
青木書店 |
解説:本多秋五。河出書房版51080502。 |
| 0901 |
詩集・原子雲の下より-広島の人々の平和のうたごえ |
原爆の詩編纂委員会編 |
青木書店 |
「序文」(峠三吉)。1970年5月、編者を峠三吉・山代巴に代えて出版。91052519に抄録。 |
| 0901 |
日本詩人全集第十巻-昭和篇(5) |
大江満雄編代表 |
創元社 |
原災研第4集。原子と人間(湯川秀樹)PP278-282 |
| 0905 |
連鎖反應 |
徳川夢声 |
東成社 |
[原爆関係](1篇):連鎖反応-ヒロシマ・ユモレスクP5-46. |
| 0909 |
平和のために-原爆展感想文より |
岸清次編 |
立川平和懇談会 |
8月15日を期して3日間開催。赤松・丸木の「原爆の図」5部作と東京都立大の学生有志により集められた写真資料を中心とした原爆展。延べ187名が協力。入場者総数は9907名(子どもを加えると1万2000名以上)。平和関係の署名4789票。(序文より) |
| 0910 |
日本ヒューマニズム詩集-一九五二年版 |
編集委員会編 |
三一書房 |
原災研第4集。清水高範、江間章子、深尾須磨子、石垣りん子、林幸子、壷井繁治、山口雅子、上林猷夫、大江満雄、秋山清、峠三吉。 |
| 0920 |
詩集・川よとわに美しく |
米田栄作 |
第二書房 |
51042501の改訂版。 |
| 0929 |
原子爆弾災害調査研究班第1回研究協議会記事 |
|
|
|
| 1001 |
日本印象記-ヒロシマの家 |
フロイド・シュモー(Schmore,Floyd)(著) |
広島ピース・センター |
シュモー博士は大戦後、米国市民に被爆者救援の「ヒロシマの家」運動を提唱.あつまった寄付金と建築奉仕者の協力により、1949年8月初来日から1952年10月末までに広島市内に16軒の「平和住宅」を建築し市に贈呈. |
| 1001 |
画報近代百年史第十七集 |
不動健治編 |
国際文化情報社 |
原災研第4集。[原爆の子の画集]。前田美穂、山本雅子、名柄喜久子。 |
| 1015 |
心理学論文集-古賀先生還暦記念 |
三好稔(編集代表者) |
広島文理科大学心理教室 |
[広島大学]「戦禍に及ぼせる心理的影響に関する一調査」(松浦田鶴子)PP234-239。(「この一篇を原爆に散った父母に捧ぐ」、被爆後2年目の調査。) |
| 1030 |
私たちは長崎にいた-原爆生存者の叫び |
永井隆 |
大日本雄弁会講談社 |
『永井隆全集』710828に収録。 |
| 1030 |
題名のない新聞欄-天声人語より |
荒垣秀雄 |
河出書房 |
「原爆乙女の長袖」(1951.8.6)、「原爆の子ら」(8.1)、「原爆基地お断り」(1952.8.5)、「原爆の子」(8.24) 。 |
| 1110 |
歌集・死灰の街 |
小堺吉光 |
エコールドヒロシマ |
|
| 1110 |
祖国への遺書-戦犯死刑囚の手記 |
塩尻公明編 |
毎日新聞社 |
広島・長崎の人々を思えば(大塚操)PP198-201。 |
| 1115 |
改造1952年増刊号(第33巻第17号) |
|
|
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| 1117 |
広島の建築-’56~’61年版 |
広島県土木部営繕課編 |
広島県建築士会 |
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| 1201 |
不死鳥の子-原爆乙女巣鴨来訪記念文集 |
すがも広島県人会・信友会・プリズン文学研究会・白蓮社(編) |
|
1952年6月11日、9人の原爆乙女と吉川清が谷本清・真杉静枝・楠瀬常猪・平原重幸とともに慰問。その時の感想文を中心にまとめる。 |
| 1201 |
原子爆弾の話 |
志田信 |
東京大学出版会 |
高校生大学生などが原爆展開催の経験をもとに作成。序(草野信男)。 |
| 1205 |
カケモノ-占領日本の裏表 |
H・トレイシー |
文芸春秋新社 |
原著名:KAKEMONO by Honer Tracy。第14章アメリカの悲劇[広島見聞記] |
| 1208 |
原爆機東京へ-新版・太平洋戦争秘録 |
木村登 |
鱒書房 |
「原爆機東京へ」PP205-208。 |
| 1208 |
物語吉浦郷土史 |
物語吉浦郷土史編・刊 |
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| 1215 |
深尾須磨子詩集-日本国民詩集 |
深尾須磨子 |
三一書房 |
原災研第4集 |
| 1225 |
阿部知二作品集第四巻 |
阿部知二 |
河出書房 |
「長崎」(小説)PP234-242。 |
| 1333 |
僕らはごめんだ |
篠原正瑛 |
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「平和」1952年11月号の情報。 |
| 1333 |
ヒロシマ-写真アルバム |
佐々木雄一郎編 |
日本交通公社 |
原災研第4集。「ヒロシマ」に題して(小倉豊文) |
| 1333 |
私たちは忘れない-広大原爆展感想集 |
原爆の子を守る会(広島文理大自治委員会内) |
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[広島大学]5月20-21日、吉川清の写真50葉と土井晩鐘の原爆が12点で原爆展を開催。参観者は約700人。 |
止
広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年7・8月(平和祭関係))
| 広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年7・8月(平和祭関係)) |
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| 番号 |
件名 |
発元又は宛名 |
| 1 |
平和擁護運動並全面講和愛国運動の概況 |
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| 2 |
広島平和擁護委員会の動向について |
特審調査部長宛 |
| 3 |
平和擁護運動について |
特審中国支局長宛 |
| 4 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
| 5 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
| 6 |
平和擁護委員会等の動向について |
復命書 |
| 7 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
| 8 |
広島平和祭に併う(共)主流派の平和講演会開催について |
特審調査部長宛 |
| 9 |
日共関係者の動行について |
安芸地方事務所発 |
| 10 |
団体動行調査について |
甲奴地方事務所発 |
| 11 |
平和芸能祭の状況について |
復命書 |
| 12 |
反戦同盟準備会について |
特審調査部長宛 |
| 13 |
平和祭をめぐる諸団体の動向について |
特審調査部長宛 |
| 14 |
全国平和会議の状況について |
特審調査部長宛 |
| 15 |
平和運動に関する資料送付について |
特審調査部長発 |
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| 広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年8月~12月) |
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| 番号 |
件名 |
発元又は宛名 |
| 1 |
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| 2 |
人形劇団クラルテ「人形劇教室」公演について |
特審調査部長宛 |
| 3 |
平和擁護委員会の届出について |
特審調査部長宛 |
| 4 |
平和擁護委員会の団体等規正令による届出の勧奨について |
平擁委会宛 |
| 5 |
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| 6 |
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| 7 |
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| 8 |
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| 9 |
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| 10 |
松本治一郎民主陣営復帰歓迎大会について |
特審調査部長宛 |
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『民政新報No.4』(民政新報社、19510910)[印刷・編集・発行人=小堺吉光] |
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『人間に光あれ 部落問題研究資料』(土岡喜代一著、民政新報社編集・発行) |
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| 11 |
日本社会党広島県連合会並びにこれと提携せる団体の動向について |
特審中国支局長宛 |
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第6回国民体育大会際しての行幸啓に伴う広島自由労働者組合の動向について(報告) |
特審中国支局長宛 |
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(別記1)『天皇陛下に訴える』(広島自由労働者組合) |
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(別記2)『 』(広島の一貧乏人より) |
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(別記3)『ハズカシメを忘れるな 天皇から遠ざける市役所』(広島自由労働者組合) |
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(別紙4)『大砲かめしかNo.4』(日本共産党自由労働者細胞、19511101) |
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| 12 |
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| 13 |
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| 14 |
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| 15 |
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| 16 |
劇団「ぶどうの会」の公演状況について |
特審調査部長宛 |
| 17 |
県下における日雇自由労働組合の動向について |
特審調査部長宛 |
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「(写し)抗議文 広島市長浜井信三・広島市議会議長秋田正之・市幹部40名・市議会議員あて」(広島日雇自由労働組合協議会・広島自由労働組合・広島日雇労働者労働組合・広島失業対策自由労働組合、19511220) |
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| 18 |
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| 19 |
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| 20 |
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| 21 |
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| 22 |
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| 23 |
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| 24 |
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| 25 |
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| 26 |
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| 27 |
(共)外郭団体現況表送付について |
CIC宛 |
| 28 |
県下における愛善苑の現況について |
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『アジア太平洋戦争から何を学ぶか』(歴史教育者協議会編、青木書店、19930725)
目次
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| Ⅰ |
アジア太平洋戦争を問いなおす |
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| Ⅱ |
アジア太平洋戦争をどう学ぶか |
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| 1 |
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| 2 |
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| 3 |
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| 4 |
侵略戦争の結果もたらされたもの |
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| 4-1 |
戦略爆撃 |
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| 4-2 |
沖縄戦 |
|
|
| 4-3 |
広島・長崎への原爆投下 |
西島有厚 |
|
| 4-4 |
日本の敗戦 |
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| 5 |
戦争責任を考える |
|
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| Ⅲ |
授業実践記録 |
|
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| Ⅳ |
戦争資料館 |
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| Ⅴ |
アジアと近代日本 |
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|
| アジア太平洋戦争略年表 |
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| あとがき |
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書誌1990
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| シンポジウム 非核・平和教育を国民のために |
非核の政府を求める会編、平和文化 |
19900120 |
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|
小岩井増夫「高校生平和ゼミナールで自立を」 |
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|
山口勇子「世界史をつくる若者たちを支えるもの」 |
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書誌1995
| 書名 |
|
発行年月日 |
備考 |
| 今どきの大学生1995-「原爆・戦争・国連について大学生316人が答えた」 |
オーロラ自由アトリエ編・刊 |
19950625 |
U |
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『慟哭の悲劇はなぜ起こったのか―その明暗を分けたもの』(建物疎開動員学徒の原爆被災を記録する会 、20041001 )
目次
|
|
|
はじめに |
| 1 |
建物疎開動員学徒の被害 |
| 1-1 |
学徒動員 |
| 1-2 |
建物疎開 |
| 1-3 |
動員学徒の被害 |
| 2 |
なぜ、一、二年生が動員されたか |
| 2-1 |
七月初旬の出動会議-学校側の反対と軍部の強圧 |
| 2-2 |
軍責任者とは |
| 2-3 |
○○中将とは |
| 2-4 |
藤井中将も秋吉内政部長も被爆死 |
| 3 |
明暗をわけた教師の判断 |
| 3-1 |
七月下旬-再び教師が「無謀な計画」と反対 |
| 3-2 |
八月五日-その一-「非国民」と言われても |
| 3-3 |
八月五日-その二-「教頭が責任をとります」 |
|
別表建物疎開の状況、作業場所 |
|
当日建物疎開に出動していた学校 |
|
おわりに |
| 建物疎開動員学徒の原爆被災を記録する会 |
| 会長 |
黒瀬真 |
| 編集委員 |
|
楠忠之 |
|
佐藤秀之 |
|
高橋信雄 |
|
山瀬明 |
『ひろしま修学旅行ガイド 世界平和に貢献する水と緑と文化のまち 』(広島市観光課・広島市観光協会編 刊、19830731)
目次
| 頁 |
|
|
|
はじめに 荒木武(広島市長) |
|
| 1 |
君はいくつの広島を見るだろうか |
|
| 6 |
広島のルーツたどってみよう |
|
| 14 |
広島のあゆみ |
|
| 16 |
頭の中に広島のデータを入れておこう |
|
| 17 |
ひろしまナンバーワン |
|
| 18 |
ピックアップひろしまシティ |
|
| 18 |
中・四国圏をリードする90万人都市「広島」 |
|
| 20 |
広島の母なる川・太田川 |
|
| 22 |
世界に開かれた広島 |
|
| 24 |
動く路面電車の博物館 |
|
| 26 |
広島の都心には大きな公園が2つもある |
|
| 28 |
スポーツ王国・広島の代表は赤ヘルカープ |
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| 30 |
海に向かって発展する広島 |
|
|
ふるさと広島 |
|
|
23 砂原美智子 25 若杉 慧 27 新藤兼人 31 原田真二 |
|
| 32 |
自分の足で気軽に見てまわろう |
|
| 32 |
文化の道コース |
|
| 37 |
平和の道コース |
|
| 40 |
歴史の道コース |
|
| 43 |
水の都散策コース |
|
| 46 |
橋のコース |
|
| 49 |
グループで楽しむコース(サイクリングコース) |
|
| 52 |
瀬戸の小島めぐりコース |
|
| 55 |
東洋工業と黄金山のコース |
|
| 58 |
西部流通センターコース |
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| 61 |
足をのばそう市内観光 番外編 |
|
| 64 |
スケジュールに取り入れたい産業施設見学 |
|
| 65 |
君に語りかけるヒロシマ |
|
| 66 |
あの日時計は8時15分で止まった |
|
| 67 |
原子爆弾の破壊力 |
|
| 68 |
多くの児童・学徒たちも原子雲の下にいた |
|
| 69 |
被害者の一人としてヒロシマを語る |
|
| 72 |
年間130万人が訪れる 広島平和記念資料館 |
|
| 73 |
いつまでも記憶の中にとどめておきたい |
|
| 77 |
平和について学び語りあおう 広島平和記念館 |
|
| 80 |
ヒロシマを世界へアピール |
|
| 82 |
平和記念公園はヒロシマの原点 |
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| 86 |
私が見たヒロシマ |
|
| 87 |
もっと広くヒロシマを見つめよう |
|
| 88 |
フリータイムひろしま |
|
| 90 |
ひろしまの四季 |
|
| 96 |
ひろしま味覚事典 |
|
| 99 |
広島地酒の話 |
|
| 100 |
広島伝統工芸事典 |
|
| 101 |
広島流お好み焼き物語 |
|
| 103 |
広島のむかし話 |
|
| 105 |
ひろしまのことば・広島市の読みにくい地名 |
|
| 106 |
広島の周辺みてある記 |
|
| 107 |
三段峡・湯来温泉 |
|
| 108 |
宮島 |
|
| 110 |
岩国 |
|
| 111 |
呉・江田島 |
|
| 112 |
交通メモ |
|
| 114 |
広島駅ガイド・バス路線ガイド |
|
| 116 |
お問合せコーナー |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。