2020年1月(日録)
| 日 |
事項 |
| 01 |
コンビニで4紙購入。 |
| 03 |
ヒロシマ遺文への投稿=「原爆遺跡一覧(広島市内)」 |
| 04 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島市庁舎被爆石等譲与(1985年~)」、「被爆建造物を考える会」、 |
| 05 |
ヒロシマ遺文への投稿=「「被爆建物等継承方策検討委員会」、「被爆建物等の保存・継承方法についての報告書(目次)」、 |
| 06 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島陸軍兵器補給廠第11兵器庫」、「広島大学霞キャンパス開発史」、「広島県産業奨励館(原爆ドーム)」、「フォト・ドキュメント:被爆遺跡医学部11号館の消滅」 |
| 07 |
ヒロシマ遺文への投稿=「記された「兵器補給廠と原爆被災」」、「広島平和記念資料館平和データベースの中の「原爆ドーム」」、「広島平和記念都市建設法と平和への歩み(宇吹)」。 |
| 09 |
大晦日のBS1の録画を視聴。「巨大戦艦・大和~乗組員が見つめた生と死」・「戦艦武蔵の最後」。いずれも再放送。 |
| 09 |
人物(WHO)関係の新聞切り抜きの整理。 |
| 10 |
ヒロシマ遺文への投稿=「平和記念公園レストハウス」 |
| 11 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島市戦災復興事業誌(目次)」、「原爆ドーム保存運動」、「原爆ドーム保存工事記念碑」、「平和記念施設あり方懇談会(レジメ)」、「広島陸軍被服支廠」、 |
| 12 |
Twitterデビュー=ツイッターのアカウントを設定。 |
| 13 |
ヒロシマ遺文への投稿=「日本銀行広島支店」、「帝国銀行広島支店」。 |
| 14 |
ヒロシマ遺文への投稿=「楠忠之オーラル・ヒストリー 目次」。投稿「原爆遺跡保存運動懇談会(略年表)」の補訂作業。 |
| 15 |
ヒロシマ遺文への投稿=「中国軍管区司令部防空作戦室」、「本川国民学校校舎」、「袋町国民学校」、 |
| 15 |
呉市内の市立図書館が明日から2月6日まで休館との情報あり。地元の昭和図書館で5冊借り出す。 |
| 16 |
ヒロシマ遺文への投稿=「元広島文理科大学(旧広島大学理学部一号館)の保存を考える会(会員)」 |
| 17 |
ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの被爆建造物は語る(目次)」、「いのちの塔-広島赤十字・原爆病院への証言(目次)」、「元広島文理科大学本館(旧広大理学部1号館)保存運動の経過」、「広島大学跡地保存利用についての国・県・市の動向」 |
| 18 |
13:00~16:30呉市観光ボランティアガイド養成講座。講義=ボランティアに役立つこにゅにケーション(笑顔とあいさつ)講師:クリエイトコミュニケーション代表。観光ボランティア体験談(呉観光ボランティアの会=会員数62名。28年度年間案内件数2359件)など。 |
| 19 |
13:00~16:30 呉市観光ボランティアガイド養成講座。現地実習(この世界の片隅にロケ地等) |
| 19 |
『父は沖縄で死んだ-沖縄海軍部隊司令官とその息子の歩いた道』(大田英雄著、高文研、19890613)読了。 |
| 19 |
『父は沖縄で死んだ-沖縄海軍部隊司令官とその息子の歩いた道』(大田英雄著、高文研、19890613)読了。 |
| 20 |
ヒロシマ遺文への投稿=「日本文化人会議」、「雑誌『平和』」、「内閣総理大臣とヒロシマ・ナガサキ」、「広島市平和式典における吉田茂式辞(代読)」、「広島平和記念都市建設法の制定の当時を振り返って」 |
| 21 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島平和記念都市建設法の制定の当時を振り返って」、「広島市平和記念式典(1953年)における内閣総理大臣のメッセージ」、「広島平和記念式典における内閣総理大臣(1997年)挨拶」、「広島市平和式典(2001年)における総理大臣挨拶」、「広島市平和式典(2007年)における総理大臣挨拶」、「広島市平和式典(2008年)における総理大臣挨拶」。 |
| 22 |
広島市公文書館『広島平和記念都市建設法の制定の当時を振り返って―関係者による座談会』(19870806刊)読了。 |
| 22 |
ヒロシマ遺文への投稿=「波乱の生涯を全力でつくした七十年の斗魂」、「こうの史代」 |
| 24 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島平和記念資料館メールマガジン」。 |
| 25 |
平和教育関係の資料整理。 |
| 26 |
ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器禁止平和建設国民会議(資料 )」、「核禁会議30年史」 |
| 27 |
一日、激しい風雨。自宅2階の倉庫押し入れに押し込んでいた資料の整理。一番量の多い漫画は南側の部屋に移動。 |
| 27 |
ヒロシマ遺文のカテゴリーの再検討。原水禁運動関係の充実を目指す。ヒロシマ遺文への投稿=「核禁会議二十年史」、「原水爆禁止日本国民会議(原水禁)」 |
| 28 |
ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止世界大会(1977~84年)」、「原水爆禁止日本協議会」 |
| 29 |
ヒロシマ遺文への投稿=「「原水禁」論議の問題点(内閣官房内閣調査室)」、「天皇陛下と広島」 |
| 30 |
ヒロシマ遺文への投稿=「2020年1月(日録)」、「原爆瓦は語りつづける」、「建築家橋本秀夫遺稿集」 |
| 31 |
ヒロシマ遺文のカテゴリーの階層を大幅に変更。第1層目を10件とする。 |
| 31 |
ヒロシマ遺文への投稿=「父は沖縄で死んだ」、「高良とみ自伝」。 |
『天皇陛下と広島―昭和の御代に感謝のまごころを』(「天皇陛下と広島」編纂部、天皇陛下御在位六十年広島県奉祝委員会、19870211刊)
目次
|
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御真影 |
|
大御歌(御製碑) |
| グラビア |
|
戦後広島県巡幸(昭和22年) |
|
植樹祭(昭和46年) |
|
産業御視察(昭和26年) |
|
天皇陛下御在位60年奉祝大パレード(昭和61年11月10日・東京) |
| 出版に寄せて |
山崎芳樹( 広島商工会議所 会頭) |
| 序文 |
天皇陛下御在位六十年広島県奉祝委員会 |
|
|
| 第1章 |
ああ御在位六十年-民族の生命の復活と蘇生 |
|
偉大な悲劇 法隆寺玉虫厨子の意味 山背大兄王の哀しみ 五内為ニ裂ク 名誉を思わず利益を思わず 鎮魂の旅 |
| 第2章 |
戦後広島県巡幸史(昭和二十二年十二月五日~八日) |
| 広島県巡幸概観 |
|
巡幸に込められた陛下の御決意 広島県巡幸への県民の願い 行幸を心待ちにする県民の声 |
| 大竹市・宮島町 |
|
国立大竹病院 三菱化成大竹工場 宮島桟橋 宮島で御静養 |
| 広島市 |
|
廿日市 広島戦災児育成所 広島県水産試験場 爆心地御通過 広島市民奉迎場 授産共同作業場 広島市立袋町小学校と第五中学校 県立広島第一中学校 広島市役所 広島県庁 広島駅 |
| 呉市 |
|
呉駅 呉市役所 呉市民奉迎場 |
| 三原市 |
|
浮城分室(御在所) 帝国人絹糸三原工場 東洋繊維三原工場 三菱重工三原車両製作所 |
| 尾道市・向島町 |
|
戦災引揚者応急住宅 向島西村津部田 尾道水道 尾道市役所 |
| 福山市・神辺町 |
|
千田村 神辺小学校 福山市救護院、母子寮 福山城址公園 |
| 第3章 |
天皇陛下ありがとうございます-県民から寄せられた感謝の声- |
|
山崎芳樹 |
|
増岡博之 |
|
川村智治郎「陛下と私」 |
|
中川秀直 |
|
粟屋敏信 |
|
児玉秀一「忘れ得ぬ思い出」 |
|
佐々木有 |
|
奥原次郎 |
|
石田成夫 |
|
松浦多聞 |
|
内海巌 |
|
桜井正弥 |
|
赤木蒸治 |
|
佐竹利彦 |
|
松下一男 |
|
森安忠 |
|
戸田一郎 |
|
西村敏藏 |
|
中島一史 |
|
谷口寿太郎(元五日市町長) |
|
加賀美正孝 |
|
桜井創造(広島特定郵便局長会理事) |
|
山田五巳(畑賀地区社会福祉協議会会長) |
|
織田金次郎(大竹市日本の伝統を守る会会長) |
|
献歌 |
|
奉祝記念映画「天皇陛下-御在位六十年をことほぐ-」感想文 |
| あとがき |
『「原水禁」論議の問題点 社会風潮調査資料31』(内閣官房内閣調査室、196501)
目次
| 章節 |
|
|
要旨 |
|
はしがき |
| 1 |
ソ連による核実験再開の衝撃 |
| 1-1 |
「平和運動」の混乱 |
| 1-2 |
核実験への微妙な反応 |
| 1-3 |
核実験支持の動き |
| 1-4 |
動揺する人びと |
| 1-5 |
核実験再開の余波 |
| 2 |
「いかなる国の・・・」から中ソ対立へ |
| 2-1 |
科学者京都会議 |
| 2-2 |
社会民主主義勢力の動向 |
| 2-3 |
中ソ対立の表面化 |
| 3 |
中共の核実験をひかえて |
| 3-1 |
中共の核実験をひかえて |
| 3-2 |
一般国民への影響 |
| 3-3 |
核実験後の反応 |
|
あとがき |
原水爆禁止日本協議会 設立:1955年9月19日
資料
|
|
|
| 日本原水協通信 |
|
| 19580201 |
No.5()~ |
宇吹蔵=目次のコピー |
| 19581005 |
No.15() |
宇吹蔵=目次のコピー |
| 原水協通信 |
|
| 19590605 |
No.2 |
|
| 19590715 |
No.6()通巻83 |
|
| 19590905 |
No.7()通巻84 |
|
| 19590995 |
No.8()通巻85 |
|
| 19590995 |
No.9()通巻86 |
|
| 19591005 |
No.10()通巻87 |
|
| 19591015 |
No.11()通巻88 |
|
| 19610825 |
No.19()通巻141 |
|
| 19610825 |
No.15()通巻164 |
|
| 19620715 |
No.16()通巻165 |
|
| 19630315 |
No.5()通巻177 |
|
| 19630515 |
No.9()通巻181 |
|
| 19630815 |
No.15()通巻187 |
|
| 19630901 |
No.16()通巻188 |
|
| 19640115 |
No.2()通巻197 |
|
| 19680701 |
No.11()通巻197 |
|
|
|
|
| 19751101 |
別冊 |
特集:第21回原水爆禁止世界大会国際予備会議・特別報告 |
原水爆禁止世界大会(1977~84年)大会記録集(宇吹所蔵分)
| タイトル |
年月日 |
|
|
| 1977年原水爆禁止世界大会(主催:原水爆禁止統一実行委員会、開催地:広島) |
197711 |
|
|
| ’78核兵器完全禁止被爆者援護世界大会(東京・広島・長崎)の記録(78核兵器完全禁止被爆者援護世界大会実行委員会<全国婦人会館内地婦連>) |
197811刊 |
|
|
| 原水爆禁’79世界大会の記録(原水爆禁’79世界大会実行委員会<日本青年団協議会気付>) |
197911刊 |
|
|
| 原水爆禁1980世界大会の記録(原水爆禁1980世界大会準備委員会<日本青年団協議会気付>) |
19801010 |
|
|
| 原水爆禁1981世界大会の記録(原水爆禁1981世界大会準備委員会<日本青年館内>) |
19811030 |
|
|
| 原水爆禁1982世界大会の記録(原水爆禁1982世界大会準備委員会<日本青年館内>) |
19821020 |
|
|
| 原水爆禁1983世界大会の記録(原水爆禁1983世界大会準備委員会<日本青年館内>) |
19831024 |
|
|
| 原水爆禁1984世界大会の記録(原水爆禁1984世界大会準備委員会<日本青年館内>) |
19841015 |
|
|
|
|
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)
結成大会:1965年2月1日
『原水爆禁止世界大会広島長崎大会報告決定集NO.1、NO.2』(19640825)
『原水禁ニュース』(19650301)~
『被爆20周年原水爆禁止世界大会報告決定集』(19650920)~
宇吹所蔵資料 『被爆**周年原水爆禁止世界大会報告決定集』
| 発行年月日 |
被爆**周年 |
備考 |
| 19740901 |
29 |
B5判 106頁 |
|
|
|
| 19820831 |
37 |
A5判 137頁 |
| 19830831 |
38 |
|
|
|
|
| 1988 |
43 |
|
| 1989 |
44 |
|
| 1990 |
45 |
|
| 1991 |
46 |
|
| 1992 |
47 |
|
| 1993 |
48 |
|
| 1994 |
49 |
|
| 1995 |
50 |
|
| 1997 |
52 |
|
| 1998 |
53 |
|
| 1999 |
54 |
|
|
|
|
|
|
|
『核兵器廃絶の叫び-核禁会議二十年史』(核兵器禁止平和建設国民会議、19820615)
目次
| 章節 |
タイトル |
|
題字(磯村英一) |
|
発刊のことば-核禁会議は躍進する(磯村英一) |
| 1 |
核禁会議の誕生 |
| 1-1 |
結成までのいきさつ |
| 1-2 |
内外注視の中の結成大会 |
|
<資料>結成大会で採択された宣言・決議・活動方針・組織方針 |
| 2 |
核兵器廃絶をめざして |
| 2-1 |
核実験阻止の抗議行動 |
| 2-2 |
部分核停協定などの促進 |
| 2-3 |
核兵器禁止国民大会の開催 |
| 2-4 |
核禁運動の大同団結の呼びかけ |
| 2-5 |
シンポジウムと地方核禁討論集会 |
| 2-6 |
行進・キャラバンなど世論喚起 |
| 2-7 |
非核3原則の堅持を訴える |
| 3 |
国際世論に訴えて |
| 3-1 |
核兵器禁止宗教者平和使節団の派遣 |
| 3-2 |
第1回アジア核禁会議の開催 |
|
アジア核禁会議開催委員氏名 |
|
アジア核禁会議実行委員氏名 |
| 3-3 |
国連軍縮特別総会に向けて |
| 3-4 |
東京サミットに核廃絶を申入れ |
| 3-5 |
釜山で「韓国・原爆資料展」開催 |
| 4 |
被爆者に愛の手を |
| 4-1 |
被爆者救援カンパ活動の展開 |
| 4-2 |
被爆者の健康管理に役立つ医療器具の贈呈 |
| 4-3 |
韓国被爆者の救援と診療センターの建設 |
| 4-4 |
被爆者援護法の制定実現に努力 |
|
<資料>「原子爆弾被爆者援護対策の基本的要綱」 |
| 5 |
平和への願い |
| 5-1 |
「平和の灯(ともしび)」の建設 |
| 5-2 |
「平和の泉」の建設 |
| 5-3 |
「平和の森」の建設 |
| 5-4 |
“万羽鶴”に願いをこめて |
| 5-5 |
「人間環境宣言」で要望 |
| 5-6 |
被爆20周年・核禁会議の決意 |
| 5-7 |
原子力の平和利用をめざして |
| 5-8 |
核軍縮国際センターの設立へ |
| 6 |
核兵器をめぐるここ10年の情勢と核禁会議の基本姿勢座 |
| 座談会 |
核禁会議結成前後「あのころ・あのこと」(松下正寿・伊藤郁男・山本道・一木香告樹) |
| 資料集 |
核禁会議理事団体・歴代役員並びに規約 |
| 被爆者救援金配分内容=各県別カンパ額 |
| 年表 |
|
| あとがき |
|
『核兵器廃絶と恒久平和を求めて-核禁会議30年史』(核兵器禁止平和建設国民会議、19940101)
目次
| 章節 |
タイトル |
備考 |
|
題字 |
磯村英一書 91歳 |
|
発刊のことば-21世紀に向って強く前進 |
磯村英一 |
|
30年史の発刊に寄せて |
|
| 1 |
核禁会議の誕生 |
|
| 1-1 |
結成までのいきさつ |
|
| 1-2 |
内外注視の中の結成大会 |
|
|
<資料>結成大会で採択された宣言・決議・活動方針・組織方針 |
|
| 2 |
核兵器廃絶をめざして |
|
| 2-1 |
核実験阻止の抗議行動 |
|
| 2-2 |
部分核停協定などの促進 |
|
| 2-3 |
核兵器禁止国民大会の開催 |
|
| 2-4 |
核禁運動の大同団結の呼びかけ |
|
| 2-5 |
シンポジウムと地方核禁討論集会 |
|
| 2-6 |
行進・キャラバンなど世論喚起 |
|
| 2-7 |
非核3原則の堅持を訴える |
|
| 3 |
国際世論に訴えて |
|
| 3-1 |
核兵器禁止宗教者平和使節団の派遣 |
|
| 3-2 |
第1回アジア核禁会議の開催 |
|
| 3-3 |
国連軍縮特別総会に向けて |
|
| 3-4 |
サミットに核廃絶を申入れ |
|
| 3-5 |
釜山で「韓国・原爆資料展」開催 |
|
| 4 |
被爆者に愛の手を |
|
| 4-1 |
被爆者救援カンパ活動の展開 |
|
| 4-2 |
被爆者の健康管理の促進と医療器具の贈呈 |
|
| 4-3 |
韓国被爆者の救援と診療センターの建設 |
|
| 4-4 |
被爆者援護法の制定実現に努力 |
|
|
<資料>「原子爆弾被爆者援護対策の基本的要綱」 |
|
| 5 |
平和への願い |
|
| 5-1 |
「平和の灯(ともしび)」の建設 |
|
| 5-2 |
「平和の泉」の建設 |
|
| 5-3 |
「平和の森」の建設 |
|
| 5-4 |
“万羽鶴”に願いをこめて |
|
| 5-5 |
「人間環境宣言」で要望 |
|
| 5-6 |
「ノーモア広島・長崎」への決意 |
|
| 5-7 |
原子力の平和利用をめざして |
|
| 5-8 |
核軍縮国際センターの設立を提唱 |
|
| 6 |
核兵器をめぐるここ10年の情勢と核禁会議の基本姿勢 |
|
|
|
|
|
座談会 核禁会議結成前後「あのころ・あのこと」(松下正寿・伊藤郁男・山本道・一木香告樹) |
|
|
資料集 核禁会議理事団体・歴代役員並びに規約 |
|
|
被爆者救援金配分内容=各県別カンパ額 |
|
|
年表 |
|
|
あとがき |
|
核兵器禁止平和建設国民会議(資料 )
| 年月日 |
タイトル |
備考 |
|
|
|
| 本 |
|
|
| 19610906 |
核兵器禁止と平和建設のために |
核兵器禁止平和建設国民会議 |
| 197804 |
在韓被爆者 |
核兵器禁止平和建設国民会議 |
|
[目次]1.被爆の背景、2.在韓被爆者の社会的背景、3.陜川郡における被爆者実態調査、4.韓国被爆者の身体的障害と健康状況、5.韓国被爆者救援活動、6.韓国陜川原爆被害者診療所に対する慶尚南道と陜川郡の支援状況。 |
| 19820615 |
核兵器廃絶の叫び-核禁会議二十年史 |
核兵器禁止平和建設国民会議 |
| 199401 |
核兵器廃絶と恒久平和を求めて : 核禁会議三十年史 |
核兵器禁止平和建設国民会議 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
広島平和記念資料館メールマガジン
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1266726516184/index.html
多くの人々に広島平和記念資料館に関心を持ってもらうため、資料館に関する最新情報(コラム、資料館トピックス、企画記事、図書紹介等)を配信
●配信日 毎月1日
●配信形式 テキスト形式
●発行者 広島平和記念資料館啓発担当
| 号 |
発行年
月日 |
記事 |
著者等 |
|
2003 |
|
|
| 創刊準備 |
0718 |
メールマガジンの創刊にあたって |
畑口實(広島平和記念資料館長) |
|
「コラムは、広島平和記念資料館の運営をしている( 財 )広島平和文化センター齊藤忠臣理事長を中心に、私を含めた資料館のスタッフが執筆していきます。このコラムでは、ヒロシマにまつわるいろいろな話題や資料館に来られた方とのエピソード等を読みやすい文章でお伝えする予定です。ご期待ください。」 |
| 創刊 |
0801 |
コラム
ヒロシマの風 |
斎藤忠臣 |
|
|
資料館
ニュース |
平成15年度第一回企画展「原子爆弾ナリト認ム」―原爆投下後に行われた被爆調査の軌跡を追う― の概要をご覧いただけます。 |
| 2 |
0901 |
コラム
ヒロシマの風 |
斎藤忠臣 |
| 3 |
1001 |
コラム
ヒロシマの風 |
畑口實 |
| 4 |
1101 |
コラム
ヒロシマの風 |
斎藤忠臣 |
| 5 |
1201 |
コラム
ヒロシマの風 |
斎藤忠臣 |
| 6 |
1226 |
コラム
ヒロシマの風 |
畑口實 |
|
|
対話ノートから |
|
|
「対話ノートは、1970年10月17日から、当館西館北側ロビー出口付近に設置しており、館内展示を観覧された方々に、
記名匿名にかかわらず、自由に感想を書いていただいてい
ます。来館者同志、あるいは来館者と資料館職員との対話
のためのノートです。
対話ノートの冊数は、今年12月26日現在で879冊。今月は
対話ノートに残された海外から来館された方の感想をごく
一部ですが、紹介いたします。」 |
|
2004 |
|
|
| 7 |
0130 |
コラム
ヒロシマの風 |
広島平和記念資料館 副館長(啓発担当)山本靖彦 |
|
「昨年10月、市民の方から「啓発という言葉は不遜ではな
いか」という趣旨の投書をいただいた。私どもの職場の名
称である『啓発』という言葉には、「役人が市民を教育す
るというようなニュアンスが感じられる。この役所的なネ
ーミングを変えるつもりはないか。」
これに対し、私ども啓発担当として、「『啓発』という言
葉には、“知識をひらきおこし理解を深めること(広辞苑
新村出編第四版)”という意味があり、『啓発担当』のネ
ーミングは、原爆による広島の被害状況や平和への取り組
みについて普及し、理解を深めたいとの思いから付けられ
たものであり、(中略)教育しよう、ということでこの名前
になったものではない」と、その市民の方には回答申し上
げた。もちろん、今後、組織改正の際などに検討していき
たい旨の一文も添えた。」 |
|
|
資料館
ニュース |
|
|
|
ヒロシマを知る講座(第二回)
「復興資料を読み解く」講師 松林俊一(広島市文化財団文化財課普及担当課長) |
| 8 |
0301 |
コラム
ヒロシマの風 |
広島平和記念資料館 副館長(学芸担当) 高野和彦 |
| 9 |
0401 |
コラム
ヒロシマの風 |
齊藤忠臣 |
|
|
広島市内の学校における平和への取組み(1) 平和学習のため、全国から多くの学校が、広島、長崎そして沖縄などの地を修学旅行で訪れます。
もちろん、広島においても、多くの学校が被爆体験を正しく伝え、平和について考え、平和を創造していくための様々な取り組みや活動を行っています。
千羽鶴で有名な佐々木禎子さんの母校・広島市立幟町中学校では、かつて「原爆の子の像」建立の原動力となる行動を起こしました。平成12年には校内に「折り鶴の碑」を設立。平成13年には、サダコの物語を漫画化した「わたしからのメッ
セージ」を刊行。現在も「平和委員会」を中心に「原爆の子の像」碑前祭、県内外の学校との平和交流など、平和に関する様々な行事を行っています。(詳しくは↓の学校のホームページをご覧ください)
http://www.noborichou-j.edu.city.hiroshima.jp/これからも、随時、特徴的な具体例を取り上げて紹介したいと考えています。みなさんの学校での平和学習や平和への取組みの参考になれば幸いです。 |
|
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読んでみたい―この一冊 吉田守男 『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』朝日新聞社(朝日文庫) 本体640円 ISBN-02-261353-X C0121
「第二次世界大戦末期、京都・奈良・鎌倉など、貴重な文化財の残る古都が米軍の空襲を免れたのは、日本の文化・芸術をこよなく愛し、それを戦禍から守ろうと政府に働きかけた米国人学者の努力のお蔭である」
こんな逸話に聞き覚えがありませんか?
この本の著者は、この「伝説」の拠り所になった事柄を精緻に考察し、伝説が創られた過程を検証しています。つまり、戦争中、京都の文化財保護のために尽力したといわれるウォーナー博士の「伝説」は、終戦直後の情報不足からくる噂話を利用して、GHQ民間情報教育局(CIE)が作り上げた
ものではないだろうかと。そして、京都が空襲を免れたのは、「原爆投下候補地に指定されていた」ためであるといいます。
未知の兵器である原爆の威力を正確に測定するため、原爆の投下目標になった都市(広島・新潟など)は『爆撃禁止都市』に指定されていました。8月15日の終戦がなければ、京都に3発目の原爆が投下されていた可能性もあったのです。
著者が示した原爆と京都の関係は、あまり声高に語られてきませんでした。未だに古都の景観保存運動では、「米国人が残してくれた町並みを日本人が壊すのか」という話をよく聞きます。この本を読みながら、あなたも「伝説」の謎解きに参加してみませんか。 |
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0701 |
コラム
ヒロシマの風 |
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
館長 前田耕一郎 |
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