ubuki のすべての投稿

豊田清史

豊田清史

とよた・せいし 192111生20111124没

編著書(宇吹所蔵分)

書名 発行所 発行年 備考 所蔵
歌集 暁雲 明丘荘 19420301 N
廣島 歌集 第二書房 19540806 歌集廣島編集委員会編(代表:豊田) U
千羽鶴-原爆の子の像の記録 昭森社 19580806 U
火の幻 日本文芸社 19600615 U
原水爆秀歌 日本文芸社 19620801 N
広島随筆 広文館本通店 19640330 N
豊田清史所蔵原水爆に関する出版物目録-戦後広島における文化関係出版物 火幻社 196506 [91052818]に収録
炎の歌集 東出版 19660806 阿部正路・島内三郎・豊田清史編
炎は消えず-父子被爆記 火幻社 19670701 豊田久夫・豊田清史(共著) N
歌集・炎の証 広文館書店 19690301
原爆文献誌 崙書房 19710806 N
歌集 心眼 火幻社 19780620 火幻叢書第20集 N
広島県短歌史 溪水社 19820420 N
はばたけ千羽鶴 筑摩書房 19820730 N
広島の遺書 蒼洋社 19840510 N
評伝渡辺直己 雁書館 19850604 U
反核秀歌百絶 短歌公論社 19850720 N
廣島随想 火幻社 19870420 N
生霊 豊田清史歌集 雁書館 19890720 火幻叢書第56集 N
[ドキュメント]悲しみの千羽鶴 創樹社 19910710 NU
広島県歌人史と全歌碑 火幻社 19921020 火幻叢書第71集 U
「黒い雨」と「重松日記」 風媒社 19930806 N
爆前・爆後-広島を生きた教師のドキュメント 創樹社 19940710 N
 「原爆の子の像」と「折鶴」-正しい知識<学習の手引き>  火幻社  19950501 N
骨四百首 豊田清史歌集 砂子屋書房 19960710 N
 知られざる井伏鱒二  蒼洋社  19960725 N
戦後を拓いた歌人の書 創元社 19980901 N
 歌集 幽魂 創元社  20030701  火幻叢書第102集 N
 井伏鱒二著「黒い雨」の内実―書誌学的検証― 創元社  20051020 N
 アンネをしのぐ鶴を折って生きんとした禎子 創元社 20080401 N

資料

 

空襲・戦災を記録する会(宇吹所蔵資料)

空襲・戦災を記録する会(宇吹所蔵資料)

年月日 タイトル 備考
19731013 呉歴教協10月例会(於:呉勤労会館) 宇吹メモ
19741124 呉戦災を記録する会設立総会関係(1974年11月24日、呉市・勤労会館ホール) 一括
19750121 呉戦災を記録する会会報No.1、No.2(0220)、No.3(0320)、No.4((0323) 各B4紙1枚
19750126 呉戦災を記録する会例会関係 一括
197505 呉市政だより8月 戦後30年特集号(呉市役所市民相談課編・発行)
第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議呉大会(1984年8月4日、呉市・勤労会館ホール) ファイル1冊
空襲を記録する会 ノート1冊

 

 

 

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案

旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案
(1993.2.1 宇吹 暁委員)
ヒロシマ・ピース・プラザ(広島県平和館)とし、非核自治体宣言に基づく行政施策の中心施設と位置づけ、県民やアジアを中心とした世界の平和情報の受信と発信の機能を持たせる。

[具体的機能]

Ⅰ.広島県近・現代史資料館としての機能
☆原爆被害の実態解明
*原爆被害は、建物疎開作業や救護活動への動員により、県内全般にひ ろがっている。しかし、これらの実態解明は、広島市の努力には限界が あり、県として独自に取り組む意義が存在する。
☆広島県と戦争に関する資料の収集・整理
*広島県編「広島県戦災史」の編さん過程で、県内には多数の軍事関係 の行政資料が残っていることが確認できた。県立文書館と連携をとりな がら、明治以降の兵事資料を中心に収集・保存・整理を行う。
*兵役・戦闘・空襲・銃後に関連する資料は、呉や福山の空襲を記録す る会などにより、展覧会用に一時的に収集されたことはあるが、恒久的 な保存措置は取られていない。県として協力を呼びかけることにより、 多数の団体・個人資料が発掘できるものと思われる。
*「軍都広島」の実態を明らかにするため、防衛庁防衛研修所・13師 団(海田)・入船山記念館(呉)・参考資料館(江田島)・毒ガス資料 館(大久野島)などで収集されている資料の映像化による収集と総括的 なデ-タベースの構築を行う。

Ⅱ.国際交流機能
*海外からの広島訪問者に広島県を紹介する窓口
*海外からの短期の技術研修者・放射線医療研修者の宿泊施設
*留学生と日本の青少年との交流の場

広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会

広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会
設置:1992(平成4)年8月4日

動向

事項
1992年
03 05 竹下広島県知事、県議会で旧陸軍被服支廠の保存に前向きの答弁。また、放射線被曝者医療国際協力推進協議会の事業に原爆被爆の実相や「ヒロシマの心」を伝える内容を盛り込む意向を表明。
06 01? 広島市の旧陸軍被服支廠の保存・再生案、市民グループによりまとめられる。
06 29 広島市内の市民グループ、被爆した旧陸軍被服支廠の保存・再生案の提案書「赤れんが生きかえれ」を所有者の県に提出。
08 04 広島県、旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会を設置。
09 18 広島県、旧陸軍被服支廠保存活用方策懇話会の初会合を開催。現地も視察。
11 16 橋本秀夫広島県建築士会副会長、旧陸軍被服支廠を調査。取り壊しを控え調査を要望。
11 19 原爆遺跡保存運動懇談会、旧陸軍被服支廠の保存・活用方法について、被爆の実相を伝える工夫をするよう広島県知事らに要望書を提出。
1993年
01 12? 広島県建築物調査・改修協同組合、旧陸軍被服支廠の耐久度調査結果を発表。改修や補強で再利用はOK。
02 01 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策検討委員会」、第3回会合(最終)を開催。
04 16? 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会」、会合の意見を報告書にまとめる。
08 10 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用のための検討委員会を設置することを決め、委員13人の名前を公表。18日、初会合。
08 18 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用方策検討委員会の初会合を開催。
10 25? 土橋春人、旧陸軍被服支廠を明治38年に移した写真を広島市公文書館へ寄贈。
1994
01 31 広島県の「被爆50周年記念事業検討委員会」、第3回会合を開催。旧陸軍被服支廠の保存策がまとまらず、年内に報告書をまとめることになる。
03 03 広島県知事、県議会の答弁で被爆50周年の記念事業への取り組みとして旧陸軍被服支廠の活用、戦後50年誌の発刊などをあげる。
07 19 広島県の旧陸軍被服支廠の建物の活用検討委員会、第4回目の会合を開催。
12 05 広島県の戦後50周年記念事業検討委員会、旧陸軍被服支廠の保存・活用策について瀬戸内海文化博物館と音楽芸術センターとするなどの案をまとめる。
12 12 広島県の橋口収戦後50周年記念事業検討委員会座長、旧陸軍被服支廠の保存・活用策についての報告書を藤田県知事に提出。
1995年
03 22 原爆遺跡保存運動懇談会、県に旧陸軍被服支廠を被爆資料展示施設として活用を求める要望書を広島県に提出。
03 31 広島大学学生寮「薫風寮」、大学移転に伴い閉鎖。同建物は旧陸軍被服支廠で被爆建物。
05 03 広島市の被爆建物である旧陸軍被服支廠で火事。1階の一部約200平方メートルが焼ける。
09 13 広島県の瀬戸内海文化博物館策定会議の初会合。旧陸軍被服支廠の活用を検討。
1996年
04 03? 広島県の「瀬戸内内海文化博物館」(被爆建物の旧陸軍被服支廠を利用)構想策定会議、平成7年度中の構想の策定を1年延期。
1997年
02 19? 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」を「瀬戸内海文化博物館」として活用する構想の再検討を計画。耐震補強に巨額の経費が必要なことが判明したため。
03 27 広島県、旧陸軍被服支廠(広島市南区の被爆建物)を活用した瀬戸内文化博物館の基本イメージを発表。
12 26 広島県、被爆建物の旧陸軍被服支廠を「瀬戸内海文化博物館(仮称)」として活用する計画を、県財政の悪化を理由に当分凍結することを明らかにする。
1998年
02 16 広島県、1998年度予算案を発表。被爆建物の旧陸軍被服支廠を保存・活用する「瀬戸内文化博物館」計画を休止。
08 06 野外現代美術展「ヒロシマ・アート・ドキュメント98」、広島市の旧陸軍被服支廠などで開催。-20日。

旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会一件資料

旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会一件資料(ファイル1冊)

タイトル 発⇒受 年月日 備考
1 旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会運営要綱 19920901* *施行日
[事務 県民生活部県民課文化振興室]
2 旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会委員名簿
座長:丸山茂樹(はきもの博物館館長)
委員:宇吹暁()、加藤新()、栗栖武士郎()、佐藤恭子()、嶋津孝之()、浜井澄人()、原田佳子()、藤原隆雄()、山下彰一()、山本定男()、横田工()。
アドバイザー:矢野暢(京都大学教授)
3
4 [宇吹メモ]1992.7.28熊田の話〇県内の町村役場を対象とした研修会 古文書(公文書)【中間書庫】、〇中央の出先の官庁文書 国立文書館は中央の省庁のもので精一杯。〇県庁文書 現用→本庁、非現用→文書館、中間の半現用→被服廠
5
第1回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会次第 19920918
第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会次第 19921127
第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会資料
第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会の要旨
旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案 199301
第3回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会資料

昭和史の天皇4(読売新聞社)

「昭和史の天皇4」(読売新聞社、1968.8.1)

目次

原爆を抱いて
ためらう科学者
学者委員が大激論
日本ヘどう使うか
大統領、投下に同意
科学者の反論むなし
矢はつるを離れた
四つの目標都市
特別の部隊を編成
最後の決断を待つ
“本命”の実験も成功
爆撃命令の承認
“微妙な八月三日ごろ”
部品、テニアン島へ
命中した模擬爆弾
広島上空、雲切れる
運命の日の天候
矢花慎雄(気象庁予報課技官)
横山幸雄(陸軍中央通信調査部高級参謀・中佐)
投下用B29の電波
東京にも同符号機
日本の原爆
スタート、米の直後
公開、一転し軍機に
頭脳結集「二号研究」
熱拡散法しかない
一発勝負の実験
研究より資材集
フッ素研究も難航
次はウラン作り
でてきた待望の結晶
炭素もデンプンで
苦心の分離簡完成
苦心重ねての実験
ウラン分離始まる
六回に及ぶテスト
ウラン分離に失敗
空襲、分離筒も焼く
軍がウラン鉱捜し
ドイツ政府へ依頼
朝鮮に大量の原鉱
福島県に工場疎開
尼崎にも大分離筒
熱拡散法は失敗
珍妙な“特高研究室”
二号研究に悲観論
海軍は京大に一任
原子力応用を調査 一度は研究を中断
連鎖反応を立証
金属ウランも作る
超遠心分離に苦心
チエ持ちより設計
臨界量も割り出す
陸軍も中止論へ
くやしく、情けなく
万感こめ被害調査
補遺、「荒勝先生覚え書き」
広島第一報!
爆痕がないぞ…?
強烈で奇妙な兵器
出勤途中、李殿下も
黒い死の影ひそむ
仁科博士“原爆です”
“白色の着衣徹底を”
一定角度の焼け跡
爆心点は球場付近
物質に死の放射線
笑えぬ“特殊火薬説”
生々しい報告内容
水爆の構想を予言
「ソ連参戦」の波紋
ラジオゾンデ回収
原爆と一緒に手紙
軍は驚き、手紙隠す
発信、加州大の旧友
京大調査隊の悲劇
山津波で十人殉職
克明な尾形日記
“一刻も早く和平ヘ”
一号演習-陛下の周辺・その一
    最後まで“一号演習”
防空室の補強作戦
物、人、技術者に苦労
決意の“師団長旗”
一号演習”はじまる
工事現場に擬装網
皇居上空から“偵察
巨大な網の天井
14メートルの新しい小山
延べ12万人を動員
下痢患者が続出
師団長と心の交流
消灯でさんざん苦労
司令部の中心参謀
兵力動員に一苦労
森師団長と古賀参謀
答礼に二等兵感激
視察、労をねぎらう
扉のそばにボンベ
送電、換気、水に苦心1
会議室、明るく重厚
極秘の無線電話機

昭和天皇

昭和天皇

裕仁 ひろひと 19010429生19890107没 享年87 第124代天皇。

参考資料(刊本)

書名 著者 発行所 発行年月日
昭和史の天皇4 読売新聞社 19680801

 

 

宇吹所蔵資料(広島市)

宇吹所蔵資料(広島市関係)

箱1
タイトル 形態
1984~91年 原爆被災資料調査研究委員会(広島平和文化センター)
<1984年9月1日荒木武委嘱状><1991年2月22日荒木武解嘱状>
ファイル4冊
1986~  被爆者証言ビデオ一件 ファイル1冊
  1986年2月5日被爆者証言ビデオ作成に伴う関係者会議。於平和記念館。初会合。
1988~89  原爆映画製作委員会 5月19日(第1回)~ ファイル1冊
1988  「ヒロシマ・母たちの祈り」(日本映画社製作・広島平和文化センター企画)<構成案・企画案など>  一括
1988~91 専門委員( 広島平和文化センター)  ファイル4冊
19920526~27  広島市博物館視察(1992年5月13日、担当者より電話。部会委員就任依頼。)  ファイル1冊
1992~96  総合通史展示部会会議資料   ファイル3冊
広島市博物館(仮称)展示委員会総合通史展示部会(広島市教育委員会社会教育部文化課)
1992年5月
第1回(1993年6月11日)、第2回(1994年1月29日)、
(1995年2月16日)、第7回(1995年3月29日)、(1996年1月26日)、
199203 広島市博物館(仮称)施設基本計画(黒川紀章建築都市設計事務所、1992年3月) 冊子
199203 広島市博物館(仮称)展示基本計画要約版(トータルメディア開発研究所、1992年3月) 冊子
198303 広島市博物館基本構想(広島市) 冊子

箱2
タイトル 形態
19870331 国立平和研究所広島設置の構想(案) 1987年3月31日 冊子
1989年~  平和関係施設調査研究委員会ワーキンググループ(広島平和文化センター) ファイル1冊
1991 平和に関する国際的な研究機関基本計画検討懇談会 ファイル1冊
第1回広島部会 1991年1月7日、第2回広島部会 1991年3月15日 (三菱総研との接触、1990年12月5日~91年3月15日) 「平和に関する国際的な研究機関」(市長室 平成3年7月3日)の設置について
<ご参考> 第1回基本計画検討懇談会(広島部会資料)(19910118)
 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査中間報告用資料(三菱総合研究所、1990.12)
 第2回基本計画検討懇談会(広島部会資料)(三菱総合研究所、19900315)
 <ご参考>「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告用資料(三菱総合研究所、199103)
 19910331  「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告書(株式会社 三菱総合研究所、1991年3月31日) 冊子
19910331 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告書<要約版>(株式会社 三菱総合研究所、1991年3月31日) 冊子
1991 平和に関する国際的な研究機関 ファイル1冊
「平和に関する国際的な研究機関」の設置について(市長室、1991.3)
広島市立大学(仮称)基本構想(広島市、1991.7)
1992.3~ 平和に関するデータベース構築検討委員会 ファイル2冊
平和データベース 基本計画策定業務報告書(シー・ディー・アイ、1994年3月) 冊子
平和データベースシステム(広島平和文化センター) ビラ
 

箱3
 年  タイトル  形態
 1992~  広島市被爆50年記念史編集研究会<第1回(1992年7月29日)、第2回(1992年9月28日)、第3回(1993年3月23日)、>  ファイル1冊

 

原爆資料編(目次)

原爆資料編(目次)

凡例
解説
第1部 戦争末期の防衛体制
防空対策
1 警防団の非常応援につき通達
2 防空態勢の緊急整備につき通達
3 防空日強化につき通達
4 空襲時における寺院教会活動につき通達
5 軍管区の改編に伴う防空警報につき通達
6 投下弾等届出につき通達
7 敵襲時における情報放送周知方につき通達
8 敵機空襲による被害情報
9 県警備隊活動状況
10 義勇隊結成協議会における県知事訓示要旨
11 敵機投下の文書図画等届出につき通達
12 防空態勢の再強化につき通達
13 呉空襲被害の状況と対策
14 空襲勃発の際に町村としての対策につき通達
15 宮内村国民義勇隊日誌
疎開対策
16 重要工場分散疎開につき通達
17 広島師団緊急軍需品疎開につき通達
18 人員疎開実施につき通達
19 寺院本堂使用につき通達
20 人員疎開受入につき通達
21 広島県学童疎開要綱
22 疎開受入戸数並に人員調につき通達
23 疎開者等受入につき通達
24 国民義勇隊員出動指令
避難対策
25 罹災者避難実施計画につき通達
26 罹災者収容・給食・医療救護計画につき依頼
27 空襲による罹災者の取扱につき通達
28 罹災避難者の相談斡旋につき通達
29 空襲時の待避指導につき通達
30 空襲罹災者の鉄道乗車取扱につき通達
31 罹災者疎開者等の受入態勢整備強化につき通達
32 空襲罹災者救護につき通達
33 広島市大避難実施要領
34 戦災保護法による避難所設置に伴う経費につき通達
35 罹災証明書交付につき通達
36 県庁の移転先につき通知
37 転入戦災者の救護につき依頼
38 罹災者疎開者等受入体制の整備強化並に家賃につき通達
配給対策
39 警報発令下の食糧給付につき通達
40 空襲罹災者に対する主要食糧配給につき通達
41 空襲時の衣料雑貨配給につき通達
42 罹災者に対する給食対策につき依頼
43 非常炊出計画につき通達
44 戦災者生活必需物資調達につき通達
第2部 原爆被災の記録
戦災記録
救護活動
 1  救護活動
2 県・地方事務所・警察
3 町村(佐伯郡宮内村)
4 義勇隊(広島市草津大隊)
5 学校
被爆者の手記
第3部 原爆調査団の活動
 Ⅰ   調査報告日録
軍調査団
理化学研究所
 Ⅳ  大学調査団
原爆映画ロケ班
第4部 原爆に対する国際的反応
 Ⅰ  戦時下の外国情報
1 トルーマン声明
2 アトリー声明
 3  スチムソン声明
4 その他の情報
 Ⅱ  海外の新聞論調
1   報道
アメリカ
5 トルーマンの艦上発表
6 原子爆弾は原子時代に平和をもたらすか
7 法皇庁の原爆観<シカゴ.トリビューン紙(19450808)大下応氏蔵>
原爆使用に対し、法皇庁は遺憾の意を表明
バチカン市、8月7日、AP電――バチカン市の新聞であるロセルバトーレ・ロマノ紙は本日の紙面において、「日本に投下された原子爆弾は、今大戦下の一連の黙示録的事件の悲劇的終末である」と評した。
また、法皇庁の渉外部は、「日本における原子爆弾の使用に対して遺憾の意を禁じ得ない」という発言を公式見解として引用することを許可した。[以下未入力]
8 原子爆弾の経済的効用
9 ”原子沙漠”の恐怖を笑殺
参考資料11
10 ロシアの原爆報道
11 原子爆弾の軍事的意義
12 原子力に対する科学者の期待/
13 原爆犠牲者の遷延性死について
14 広島の被爆報道に接した科学者の見解
15 J・F・ダレス、原爆に抗議
16 原爆惨禍の両市に生命甦える
 17 原爆投下は政治目的のため
2 ヒロシマからの現地報道
 18  ノー・モア・ヒロシマ
デイリー・エクスプレス紙(19450905)
3 社説
4 投書
5 その他
第5部 平和への努力
原爆への抗議
1 米機の新型爆弾による攻撃に対する日本政府の抗議文
広島の再建
2
朝鮮戦争前後の取り組み
原水爆禁止運動
12 原水爆禁止署名運動全国協議会準備会
13 原水爆禁止県民運動
14 一〇〇万人署名
15 黒田秀俊メモ
  被爆者の歩み
16 原爆の子の記念像碑文
17 広島子供を守る会経過報告
18 広島子どもを守る会五か年の日誌
19 広島子どもを守る会青年部の歩み
20 あゆみ新聞発展史
21 広島県原爆被害者大会の宣言と決議
22 広島県被害者団体協議会の歩み
23 折鶴の歩み
24 原爆被害者の歩み
被爆者援護
25 復員庁原子爆弾関係による死没者及状況不明者の処理要領
26 厚生省中部復員局広島支部原子爆弾による在広島市諸部隊被害状況
27 引揚援護庁戦傷病者戦没者遺族等援護法の事務について通達
28 厚生省中部復員局広島支部広島における原爆関係軍人軍属状況不明者及身分死因調査計画
29 厚生省中部復員局広島支部原爆関係調査審査上の特性
30 陸軍関係原爆死亡者の死亡原因究明業務処理に基く予算措置について伺い
31 服部達太郎メモ
32 地婦連原爆被害者実態調査結果表
33 原爆被害者救援の動き
八・六宣言への反応(書簡)
34 オーストラリア平和擁護連盟
35 A・パーカー
36 核兵器禁止運動ウェストミッドランド支部
国・県の対応
37 原爆裁判判決
38 広島県議会決議
原爆体験の継承
 39  日本政府による原爆被災白書の作製に関する要望書
40 広島市長ドーム保存の訴え
41 被爆地図復元の論理と構想
42 被爆教師の会結成
43 ヒロシマ会議
資料解題-付調査概要
採訪原爆資料所在目録
年表

献花(12月)

献花(12月)

 DSC00395
キンギョソウ(金魚草) 撮影日:1日、場所:実家
 DSC00398
 レンギョウ(連翹) 撮影日:1日、場所:実家
DSC00406
撮影日:1日、場所:実家
 DSC00408
 撮影日:1日、場所:実家
 DSC00413
シャコバサボテン 撮影日:1日、場所:自宅
 DSC00431
撮影日:4日、場所:実家
DSC00450
 サザンカ(山茶花) 撮影日:15日、場所:自宅
 撮影日:日、場所:
 撮影場所:自宅(標高:190m)・実家(標高:172m)・倉庫(標高:172m)(いづれも広島県呉市)