資料群
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河本一郎資料(整理風景)
| 場所:広島原爆資料館倉庫 |
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| 刊本類の入った箱類。原爆手記掲載書は、原爆死没者追悼平和祈念館(厚生省)が引き取った由。 |
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| 生前に親交のあった田原伯さん・薮井和夫記者(中国新聞)・宇吹が見学。 |
| 2001年9月18日撮影 |
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河本一郎資料(整理風景)
| 場所:広島原爆資料館倉庫 |
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| 刊本類の入った箱類。原爆手記掲載書は、原爆死没者追悼平和祈念館(厚生省)が引き取った由。 |
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| 生前に親交のあった田原伯さん・薮井和夫記者(中国新聞)・宇吹が見学。 |
| 2001年9月18日撮影 |
東京朝日の原爆批判キャンペーン(1945年8月~9月)
朝日新聞は、広島に原爆が投下された翌日から連日、原爆に関する報道を行った。1945年8月7日~9月18日の43日間で、原爆関係の記事が掲載されなかったのは、8月22日、同月26日、9月13日の3日のみである。また、この間の関係記事数は115件におよぶ。当時の新聞が表裏2面のみという限られた紙面であることを考えれば、当時、原爆問題がいかに重視されていたかがうかがえる。
同新聞は、占領軍当局により、原爆批判キャンペーンの「先頭にたっ」ていると目され、1945年9月18日、48時間の発刊停止処分を受けた。この発停が直接の契機となり、翌19日には、プレスコードが指令される。
プレスコードを契機に原爆関係の記事は激減し、原爆投下を非難する記事は一切無くなった。次表は、朝日新聞の記事数を、プレスコード(ps)の前(b)と後(a)で比較したものである。
| 社説 | 外電 | 報道 (含コラム) |
計 | 一日平均 記事数 |
|
| ps-b | 8 | 30 | 77 | 115 | 2.7 |
| ps-a | 3 | 66 | 30 | 99 | 0.3 |
注:ps-b=1945年8月7日~9月18日(43日) 注:ps-a=1945年8月21日~1946年8月6日
(322日)
最新大広島市街地図(1933年)
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広島市議会「原爆遺跡の保存を求める決議」
1990年3月27日
世界最初の原子爆弾投下による広島市の惨禍は、人類の未来に対して大きな警鐘を打ち鳴らすものであり、この惨禍を二度と繰り返させてはならない。
そのために、原子爆弾の被災による実相を世界の多くの人びとに伝えることは、広島の責務であると考える。
しかしながら、近年、原子爆弾の被災を受けた建物が、老朽化等の名のもとに次々と取り壊されている。
今後、被爆の実相を広く伝えるためにも、これらの被爆建物に対する対応の仕方については、慎重かつ十分な調査研究の上にたって、その歴史的財産を後世の広島市民に伝承すべきである。
以上、決議する。
1990年3月27日
広島市議会
社史が語る原爆・ヒロシマ(『赤旗(中国四国版)』連載 2002.1.6~8.9)
広島電鉄
| 01 | 0106 | あの日の姿 | 路面電車も被爆した |
| 02 | 0108 | 女学生の体験 | 黄色い炎が顔をなめ |
| 03 | 0109 | 1945年「あの日」 | 4000度の熱線あびる |
| 04 | 0110 | 広電本社崩れる | 鬼哭啾々 朝の惨状 |
| 05 | 0111 | 電車の被爆(上) | 女性車掌が「助けて」 |
| 06 | 0114 | 電車の被爆(下) | 運転手は黒焦げに |
| 07 | 0115 | 復旧への努力 | 「おっ、電車が動くんか」 |
| 08 | 0116 | 運転手の証言 | 行方不明の同僚を捜して |
| 09 | 0117 | 平和のとりくみ | 会社あげて被爆体験継承 |
| 10 | 0118 | 幻の卒業生 | 学業のかたわら運転も |
中国電力
| 01 | 0128 | 暗黒の一夜 | 惨状は前後を絶する |
| 02 | 0129 | 戦時下の電力事業 | 国策会社として出発 |
| 03 | 0130 | 被爆直前 | 動員学徒らと仕事に |
| 04 | 0131 | 壊滅のとき(上) | 一瞬、真っ暗になって |
| 05 | 0201 | 壊滅のとき(下) | サッシが背中貫いて |
| 06 | 0204 | 動員学徒の死 | お母さん!痛いよう |
| 07 | 0205 | 原爆第一報 | 血みどろになりながら |
| 08 | 0206 | 希望の灯 | 復興はまず電気から |
| 09 | 0207 | 戦後復興担った人 | 点灯に無上の喜び |
| 10 | 0228 | 元社員の思い | 私たちが見た被爆の怖さ |
中国新聞
| 01 | 0225 | 被爆カメラマン(上) | ファインダーは涙で |
| 02 | 0226 | 被爆カメラマン(下) | 「あの日」は数枚だけ |
| 03 | 0227 | 本社壊滅 | 従業員三分の一が犠牲に |
| 04 | 0228 | 社員の伝言 | 戦争は再びあってはならぬ |
| 05 | 0301 | 記者の追憶(上) | 中国新聞も終わりか |
| 06 | 0304 | 記者の追憶(下) | 焼け跡に赤いかんざし |
| 07 | 0305 | 8月9日付発行 | 代行印刷を指示、奔走 |
| 08 | 0306 | プレス・コード | 原爆写真掲載に呼び出し |
| 09 | 0307 | 消えたペン | 遺族訪ねた告発と鎮魂の書 |
| 10 | 0308 | 不戦の誓い | 戦争のためのペン持たず |
日赤病院
| 01 | 0325 | 塔のある病院 | 廃虚の中のオアシス |
| 02 | 0326 | 不眠不休の救護 | 押し寄せる被爆者 |
| 03 | 0327 | 元看護婦の証言(上) | 変わり果てた街で |
| 04 | 0328 | 元看護婦の証言(下) | 遺体見送る被爆者の目 |
| 05 | 0329 | 生きる希望 | 全身を焼かれても |
| 06 | 0401 | 奇跡の生還 | 6年間の入院生活 |
| 07 | 0402 | 原爆患者一号 | 今に生きる被爆体験 |
| 08 | 0403 | ジュノー博士 | 遺志を引き継いで |
| 09 | 0404 | 「保存運動」 | 追体験の場残して |
| 10 | 0405 | 「いのちの塔」 | 生へのたたかい記録 |
福屋百貨店
| 01 | 0513 | 白亜の殿堂 | 骨組み、外郭残し全焼 |
| 02 | 0514 | 国民統制の時代 | ”雑炊食堂”に行列 |
| 03 | 0515 | 火事嵐 | 道を隔て移る猛火 |
| 04 | 0516 | 動員学徒の「脱出記」 | 指一本の明かり頼りに |
| 05 | 0517 | 燃え盛る市内 | 避難先から見た惨状 |
| 06 | 0520 | 被爆後の混乱 | 自然鎮火を待つだけ |
| 07 | 0522 | 再興を誓う人々 | 手がかりは福屋から |
| 08 | 0523 | 酒の立ち飲み | うっ積を晴らす憩い |
| 09 | 0524 | 弾圧のもと平和集会 | 原爆使用に危機感 |
| 10 | 0525 | 現在これから | 地元に根ざし続けて |
金正堂書店
| 01 | 0603 | 星野村 火 | 57年後も燃え続ける |
| 02 | 0604 | 星野村 碑 | 平和への思い内外に |
| 03 | 0605 | 創業のころ | 本屋の「のれん分け」 |
| 04 | 0606 | 発展と衰退 | 文京都市の文化ささえて |
| 05 | 0607 | 革屋町壊滅 | 涙の中から復興へ |
| 06 | 0610 | おいの体験(上) | 宇品への車中で被爆 |
| 07 | 0611 | おいの体験(中) | 叔父求め歩き続ける |
| 08 | 0612 | おいの体験(下) | 灰を吹きつけると炎が・・・ |
| 09 | 0613 | 23年の管理 | 惨状知る火、絶やしてはならぬ |
| 10 | 0614 | 恒久平和願う「火」 | 全国9ヵ所に「分火」 |
旧国鉄
| 01 | 0624 | 苦い記憶 | 57年前の「あの日」今も |
| 02 | 0625 | 長い腕 | 貨物列車に回れ右 |
| 03 | 0626 | ガラスの嵐 | 壁になった友人・・・ |
| 04 | 0627 | 広島駅の被爆 | 「バケツ」一杯ノ水デモト |
| 05 | 0628 | 無言の語り部 | 父は「ピカドンで死んだ」 |
| 06 | 0701 | 脱線転覆 | ”大事故を起こしたか” |
| 07 | 0702 | 山陽本線の復旧 | ”死体の川”の上で |
| 08 | 0703 | 救援隊の涙 | 紙で作った人形が・・・ |
| 09 | 0704 | 救援列車 | トマトが食べたい |
| 10 | 0705 | この怒りを | 国鉄労働者289人の碑 |
島病院
| 01 | 0729 | 爆心直下 | 瞬時に命を奪われた |
| 02 | 0730 | 一枚の写真 | 再び顔そろうことはない |
| 03 | 0731 | 黒焦げの遺体 | 「これは婦長さんです」 |
| 04 | 0801 | 救護活動 | 助け求める声、声、声 |
| 05 | 0802 | 病院のある街で | 肉親の死 遺骨もなく |
| 06 | 0805 | 35枚の絵 | 鉛筆画に残すわが町 |
| 07 | 0806 | 旧天神町住民の証言(上) | これが「死の世界」か |
| 08 | 0807 | 旧天神町住民の証言(下) | 「いとこの死」が原点 |
| 09 | 0808 | 再建 | 平和と貧しきものにささぐ |
| 10 | 0809 | 連載終了にあたって | 充実した原爆報道へ |
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宇吹 暁(うぶき さとる)「被爆体験の継承をめざして」(「しんぶん赤旗」中国四国総局、新日本出版社、2003年1月20日)pp133-141
原爆報道
被爆体験は、被爆後直後からこれまで、報道・手記・文学・映画・演劇などさまざまな形で継承されてきた。中でも、多数の人々の被爆体験を伝えてきたのは、報道と手記である。
朝日新聞(東京本社版)は、一九四五年八月一〇日付の紙面に「閃光 熱い痛い感じ」との見出しで体験者の談話を掲載、同月一二日には、浅井・松尾・岸田特派員発の現地報告「一瞬に広島変貌」を載せた。また、三〇日には「海底のやうな光-原子爆弾の空襲に遭って」との見出しで、広島で被爆した作家大田洋子の体験記を掲載している。新聞だけでなくラジオやテレビも、多くの被爆者の声を紹介してきた。NHKラジオ(広島県域)では、四九年八月九日の「原爆一号[吉川清]に聞く」、同テレビでは、五八年二月二八日の「原爆被災者は訴う」が、記録(広島放送局放送部資料班『広島ハンドブック(八三年作成)』)で確認できる早期のものである。
講和条約の発効以後、毎年八月前後には新聞各紙が、数回から十数回の企画・連載を組むようになった。一九五二年には、朝日新聞(広島版)が「原爆白書」(七月二九日から五回)を掲載するが、これは条約発効前後に広島で胎動を始めた被爆者の組織作りや平和運動などを取り上げたものであった。原爆関連の企画・連載には、「原爆症」や「復興」といった単一のテーマを取り上げたもの以外に、その年の原爆問題をめぐるさまざまな動きを紹介する「原爆問題年報」的なものがあるが、朝日のこの「原爆白書」企画は、確認できるこうした形式の最も早い例である。また、中国新聞が、「原爆モニュメント遍歴」(五二年七月二九日から八回)を掲載している。これは、「原爆で断ち切られた人間の生命を永久に結び付ける象徴」として原爆慰霊碑を紹介したものであった。
中国新聞は、この後、原爆問題をテーマとした大型連載を精力的におこなった。中には、「原爆十年-広島市政秘話」(一九五五年七月一五日から七四回)、「フェニックス広島号の冒険」(第一部・第二部、六一年一〇月一〇日から一三四回)という大型のものもあった。また、同社は、被爆二〇周年を迎えた一九六五年には、七月八日から「ヒロシマ二十年 世界にこの声を」(三〇回)、「あの日と私」(二〇回)、「炎の系譜」(三〇回)、「広島の記録」(九〇回)、「廃墟からの道 広島復興裏面史」(夕刊、三〇回)の連載を開始した。この年には、他社も積極的に原爆問題を取り上げたが、中国新聞社の力の入れようは群を抜くもので、高い評価を受け、同年の日本新聞協会賞を受賞した。
一九七〇年代に入ると、原爆企画は、マスコミ各社が当然のこととして取り上げ、その内容をめぐって競争するという活況を呈した。被爆者を対象とした本格的な世論調査が、六八年の中国新聞社を皮切りに、中国放送、NHK中国本部などで行われた。また、七四年五月にはNHK中国本部が市民に、「絵による証言」の提供を呼びかけ、大きな反響を呼んだ。手記の募集もしばしばおこなわれた。『被爆体験・私の訴えたいこと』(NHK中国本部、七七年)、『いつまでも絶えることなく』(NHK広島放送局、八六年)、『手記・被爆者たちの四〇年』(朝日新聞大阪社会部、八六年)は、マスコミの呼びかけに応じた被爆者の手記を特集したものである。これらは、マスコミが、被爆者の実態解明や被爆体験継承の担い手として大きな役割を果たしたことを示すものである。こうした原爆報道の歩みは、規模こそ広島に比べれば小さいものの、長崎においても見ることができる。中でも、長崎新聞の記事『私の被爆ノート』は、九六年二月一六日から二〇〇二年七月一一日まで連載された三〇〇回に及ぶ大型連載であった。
日本共産党の機関紙「赤旗」も毎年八月の原爆記念日前後に被爆体験継承をテーマとした連載を掲載している。一九六三年の「ここに生きる 一八度目の“あの日”を迎えた被爆者」(八月五日~八日、三回)が、同紙の縮刷版で確認できる初めてのものである。以後、「被爆者はたたかっている 被爆二十周年を迎える広島と長崎」(六五年七月~八月、一〇回)、「被爆者は訴える」(六六年七月、六回)、「広島からの手紙」(六七年七月、五回)、「被爆者は訴える」(六八年七月~八月、七回)、「被爆者とともに 援護運動この一年の歩みから」(六九年七月~八月、七回)、「“原爆”から二五年 この人をたずねて」(七〇年七月~八月、六回)と続き、今日に至っている。
新聞・ラジオ・テレビで紹介された被爆者の証言は、膨大な量になることは明らかである。これまでにも、原爆被災資料広島研究会(一九六八年結成)などにより整理が、試みられたことはあったが、中断したままである。
原爆手記
現在でも、報道機関による被爆体験継承の試みは存在している。しかし、各紙が競うように行ったのは、一九七〇年代までである。原爆手記の出版が、これと入れ替わるように活発になった。原爆手記は、九五年までの出版物に限っても、三万七七九三件の手記を掲載する三五四二点が存在するが、これらの大半は、七〇年代以降に現れたものである。これらを出版主体別にまとめれば、第1表のようになる。
第1表 原爆手記掲載書誌及び手記の分類別件数
| 分類 | 書誌数 | 手記数 | 割合(%) | |
| 1被爆当時の組織 | 348 | 6836 | 18.1 | |
| 2被爆者団体 | 462 | 15312 | 40.5 | |
| 3被爆者関係施設・団体 | 339 | 4100 | 10.9 | |
| 4平和教育関係団体 | 287 | 3386 | 9.1 | |
| 5原水爆禁止・反核団体 | 207 | 962 | 2.6 | |
| 6社会団体 | 323 | 2085 | 5.6 | |
| 7その他 | 1576 | 5112 | 13.5 |
注)割合=全手記数に占める割合
分類別では、「被爆者団体」によるものが最も多く、手記数は全体の四〇%に及んでいる。このほか、原爆被爆者養護施設(分類「被爆者関係施設・団体」)、平和教育の一環として学校や公民館(「平和教育関係団体」)、原水禁団体(「原水爆禁止・反核団体」)、婦人団体(「社会団体」)などによっても出版された。これらのほとんどは、広く読まれることを期待して出版されたものであり、日本の反核運動の高揚に大きな役割を果たしてきた。しかし、広島の社会的な被害実態の解明に役立つものは少ない。これらの手記では、官公庁・学校、工場など個別の名称が省かれているものが多いからである。
米国戦略爆撃調査団の調査によれば、広島には、中国地方総監府・中国海運局・広島控訴院・広島鉄道管理部・広島逓信局・広島財務局などの官公署をはじめ、広島中央放送局・日銀・勧銀・日通などの支店が置かれていた。また、市内およびその近郊には、三菱重工業・東洋工業・日本製鋼などの大企業をはじめ、六千をこえる工場が存在していたという。また、職種別の被雇用者の状況は第2表のようなものであった。
第2表 広島地域の職種別被雇用者数
| 職 種 |
平均被雇用者(人) |
比率(%) |
| 工場 | 83671 | 64.1 |
| 官公庁 | 13049 | 10.0 |
| 運輸 | 12288 | 9.3 |
| 商業 | 9141 | 7.0 |
| 専門職 | 3252 | 2.5 |
| その他 | 9425 | 7.2 |
| 合計 | 130826 | 100.0 |
出典:合衆国戦略爆撃調査団「広島市に対する空襲の効果」
第1表の分類の「その他」の多くは私家版である。「被爆当時に存在した組織」と合わせた手記数は、全体のほぼ四分の一に及んでいる。これらは、限られた関係者に配布されたものがほとんどであり、反核運動に及ぼした影響は被爆者団体などによる手記ほどではなかったと思われる。しかし、分類「被爆当時に存在した組織」に含まれる「官公庁」、「学校」、「事業所」関連の手記は、いずれも社会的な被害実態を明らかにするための貴重な素材である。
「被爆当時に存在した組織」の分類に属し、広島の手記を含むものは全部で二五六点存在する。この内、最も早い例は、被爆から一年後の一九四六年八月一日に出版された『泉第1集-みたまの前に捧ぐる』(広島興産文化部編、広島興産株式会社)である。この書は、広島興産の前身である広島航空機に動員され犠牲となった広島一中や県立第一高女の生徒への追悼文集であり、一五人の手記を収録している。この後、『広島貯金支局戦災復旧事務史』・『東洋工業株式会社三十年史』・『原爆記-千代紙の小箱』(星野春雄、広島女子高等師範学校物理学教室原爆五周年刊行会)・『中国菓業名鑑-広島県之巻』・『追悼法会』(広島車掌区)が、占領期間中に発行された。また、独立後には、学校・官公庁関係のものや、被爆者の救護のあたった広島県内の医師会や三菱重工業株式会社広島造船所関係のものが多数出版されている(拙著『原爆手記掲載図書・雑誌総目録』、日外アソシエーツ、一九九九年)。
「社史が語る戦争・原爆」
本書に収録された新聞連載は、交通(広島電鉄・旧国鉄)・エネルギー(中国電力)・商業(福屋百貨店)・情報(中国新聞)・医療(日赤病院)の各分野の広島における基幹組織と「島病院」・「金正堂書店」の八社を取り上げている。前の六社が報道で紹介されるのは、今回が初めてではなく、これまでにもしばしば新聞報道や出版物で紹介されてきた。本連載では、「社史」という埋もれがちな文献を手がかりとし、それに現存する被爆者の証言を加え、被爆状況と関係者の平和への取り組みを簡潔にまとめているところにその特色がある。「当時のことを鮮明に証言できる被爆者が数少なくなってきていることを痛感」しながらも、これらの記事は、なお、現在でも被爆者からの聞き取りが可能であることを証明した。日本で生まれ、反核運動に大きな役割を果たしてきた「原爆報道」の伝統を受け継ぐ企画ということができよう。
「島病院」と「金正堂書店」では、遺稿集や県外資料を使用し、要領よくまとめられている。これらは、前者が、広島の原爆爆心地、後者が福岡県星野村に戦後燃え続けていた「広島原爆の火」が採火された場所という特異な存在ではある。しかし、両者は、ともに、被爆当時の広島に存在した多数の病院・商店などの一つである。この記事は、こうした組織の被害状況とその戦後の歩みが、見落としがちな資料をもとに明らかになる可能性を示してくれた。
被爆体験は、日本における反核運動のエネルギーの源泉であった。一九六〇年代半ばには、原爆被災白書作製が提唱された。この時期から、原爆被災資料広島研究会による原爆被災資料の所在確認作業、広島・長崎両市の原爆資料館をはじめとする公共機関による資料の収集・保存事業、一〇フィート運動による原爆映画の製作、マスコミ各社の原爆企画報道、被爆者団体を中心とした原爆手記の出版など、被爆体験継承の試みがさまざまな形でなされている。また、八〇年代以降、被爆体験の証言活動を中心とした被爆者運動が、日本の平和運動の中心的役割を果たしている。しかし、現在なお、原爆被災白書はまとめられておらず、また、核兵器の廃絶は実現されていない。
被爆体験の直接の担い手である被爆者は年々確実に減少している。また、当時の記憶が次第に不鮮明になることも、避けることはできない。さらに、われわれ残された原爆報道や被爆手記などに含まれる証言は、間接的であり、被爆者の生の証言にかわることはできない。今後も被爆体験を継承し続けるためには、多くの労力と英知を必要とするであろう。「中国四国版」という、限定された紙面で展開された今回の試みが、まずは長崎に、次いで全国に広がり、更には他社へも広がってゆくことが期待される。
絵はがきに見る戦前の広島
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| 広島大本営趾 | |
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| 広島浅野泉邸 | |
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| 広島比治山公園旧御便殿 |
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絵はがき他
| テーマ | 主催 | 期間 |
| 昭和産業博覧会 | 広島市 | 1929(昭和4)年3月20日~5月13日 |
| 国防と産業大博覧会 | 呉市 | 1935(昭和10)年3月27日~5月10日 |
| 「支那事変」大博覧会 | 呉市 | 1938(昭和13)年3月25日~4月23日 |
| 聖蹟広島大本営 | 史跡名勝天然紀念物保存協会広島支部(発行) | |
| 広島市宇品町民が献納した飛行機 愛国第1738 軽爆撃機(宇品町民及有志献納) | ||
| 似島陸軍検疫所(広島・宇品・名勝)記念写真帖 | 1939((昭和14)年4月25日発行 | |
原爆被爆者対策前史年表(1953)
出典:『原爆被爆者対策前史資料集(1945年~1953年)』
1953年
| 月 | 日 | |
| 1 | 2 | 秩父農業高校、原爆展を開催(アカハタ)。 |
| 1 | 3 | 長崎日々新聞、社説「原爆被災者救援運動を促進せよ」を掲載。 |
| 1 | 4 | 広島県庄原町の青年連盟と婦人会の代表7人、餅5箱を広島へ持参、原爆被害者の会の吉川清や市内の戦災孤児収容所に配布。 |
| 1 | 5 | 福山市西学区婦人会、餅3000個を慰問文とともに似島学園に贈る(朝日新聞)。 |
| 1 | 6 | 柳原義達(彫刻家)、浜井広島市長を訪問、第16回新制作展出品のラ・パンセ像の原型の寄贈を申し入れる。 |
| 1 | 8 | 長崎市社会課、原爆後遺症患者甲級23名に、10日の選考診断の通知書を発送 |
| 1 | 10 | 長崎市のゆかり婦人会、原爆娘の上京資金として5000円を長崎市社会課に寄託。 上京資金第1号(長崎日々)。 |
| 1 | 10 | 長崎大学医学部附属病院で原爆娘21名の東大清水外科治療選考診断を実施 |
| 1 | 10? | 広島市広報係の集計によると、1952年中に内外から広島市への寄付金、約500 万円。1948年9月以来の総計は4300万円。 |
| 1 | 12 | 長崎市婦人会、評議員会を出島町CIE図書館で開催。80名が参加。原爆娘の上京旅費、一般原爆傷害者の治療費募金方法の具体策について打ち合せ |
| 1 | 12 | 広島大学東雲分校子どもを守る会、発足。会長:片山英治、会員25名。 |
| 1 | 13 | 広島市原爆障害者治療対策協議会(以下「広島市原対協」)発足。広島県医師会・市医師会・広島医大・市内官公立病院関係者出席。会長:広島市長。原爆障害者の治療対策を審議しその推進を図る。事務局広島市社会課内。 |
| 1 | 13? | 初の日本国内の精神養子縁組、2組結ばれる。(朝日新聞) |
| 1 | 14 | 田川長崎市長・調長崎大教授、東大清水外科で施療の原爆娘5名のうち3名を決定。山口ミサ子・橋アサ子・永富イク子(長崎日々)。 |
| 1 | 15 | 広島戦災児育成所(佐伯郡五日市町)、広島市に移管。 |
| 1 | 15 | 長崎市婦人会、浜町の繁華街で「原爆被災者救援資金」の募金活動を実施。 |
| 1 | 15 | 長崎市教委ほか21団体、赤松俊子・丸木位里「原爆の図展」を長崎市労働会館で開催(~18日)。15日、3000名が入場。18日までに1万名を突破。会期を19日まで延期(長崎日々)。 |
| 1 | 16 | 広島市東部復興事務所、幟町中学校校庭(元泉邸)の整地作業中、5体の遺骨 を発掘。 |
| 1 | 16 | 大阪の弁護士岡本尚一、原爆損害賠償の提訴を提唱。 |
| 1 | 17 | 浜井広島市長、イタリアの学者から原爆資料を送って欲しいとの手紙を受け取る(朝日新聞)。 |
| 1 | 17 | 朝日新聞厚生文化事業団、古月創作舞踊団の「ノーモアヒロシマズ」を日比谷公会堂で公演。(朝日新聞) |
| 1 | 17? | 広島大学福山分校附属高校、同校前身の旧広島市山中高女の学徒報国隊員で原爆で死亡した390余人のうち55人について弔慰金交付のため遺族を捜索中。 |
| 1 | 18 | 広島市原対協による初の原爆障害者診察実施。1952年7月の外科検診を受けた864人の中から138人に通知、うち75人が広島医大外科医師団の診察を受ける。 |
| 1 | 20 | 長崎の原爆乙女(3人)、東大清水外科に入院治療のため長崎を出発。 |
| 1 | 20 | 長崎の原爆娘3名、東大清水外科で治療のための上京途中、広島駅で広島原爆乙女の激励を受ける。(長崎日々) |
| 1 | 21 | 広島市社会課援護係、原爆関係弔慰金請求の受付数(1952年12月16日~)発表。地域国民義勇隊員619人・職域国民義勇隊員202人・勤労学徒1274人・女子挺身隊員6人 計2101人。受付は2月9日まで。 |
| 1 | 21 | 長崎市の原爆被災者救援募金額、4万1080円となる(長崎日々) |
| 1 | 21 | 藤井日達日本山妙法寺管主、仏舎利塔建立に関して来広。 |
| 1 | 21 | ABCC定例研究会でコーネル博士、「広島市民の寄生虫症」について報告。 |
| 1 | 22 | 松坂義正広島県医師会長(原爆障害者治療対策協議会副会長)、山下参義とともに厚生省の山口衛生局長、曽田医務局長に原爆障害者治療について陳情。 |
| 1 | 22? | 厚生省、4月から原爆患者の実態調査に着手する計画。国立予防防衛生研究所の被 爆者実態調査費用として予算(100万円)を計上したことが判明。(東京新聞) |
| 1 | 23 | 任都栗広島市議、原爆犠牲者援護強化の陳情のため上京(朝日新聞)。 |
| 1 | 23? | 崇徳学園、同校学校報国隊員で、原爆で死亡した520余人のうち41人について 弔慰金交付のため遺族を捜索中。 |
| 1 | 24 | 広島県双三郡地方事務所、各町村厚生主任を集め、原爆犠牲者の弔慰金請求など協議。 |
| 1 | 25 | 第2回全国教育研究大会(高知市)で呉市立和庄小学校の教諭が「軍事基地の教育白書」を発表. |
| 1 | 25 | 長崎県西彼杵郡の少年、急性リンパ腺白血病で死亡。 |
| 1 | 25 | 原爆被害者の会、第4回幹事会を開催。会員を地域毎に支部に編成することを 決定。(「半年の足跡」) |
| 1 | 26 | 広島市会厚生委員会、同市と協力して、原爆障害者の治療費補助を国に要求することを決定。 |
| 1 | 26 | 長崎日々新聞、社説「原爆被災者を救う道」を掲載。 |
| 1 | 26 | 長崎原爆資料保存会、①原爆中心地にある原爆資料館の充実をはかる②山王神社の片足鳥居を永久記念物と指定、永久保存をすることなどを決定(長崎日々) |
| 1 | 27 | 永田広島市議会議長、原爆犠牲者弔慰金支給の事務費獲得などの陳情のため上京(朝日新聞)。 |
| 1 | 27 | 上京治療中の長崎原爆娘永富郁子のクラスメート(鶴鳴学園高校2年梅組)、「郁子友の会」を結成(長崎日々)。 |
| 1 | 28 | 片山英治広島大学教育学部東雲分校子どもを守る会代表、中国新聞(夕刊)紙上で、日本人の手による「精神養子」運動を呼びかける。 |
| 1 | 29 | 長崎の「鶴鳴学園友の会」、原爆被災者救援義金の街頭募金を実施(3日間)。(長崎日々) |
| 1 | 30 | 広島県庄原町の婦人会の一行11人、餅800個や贈物を原爆被害者の会代表の吉 川清宅に届ける。 |
| 1 | 30 | 広島大学東雲分校子どもを守る会、長田新・田辺耕一郎らを招いて広島子供を守る会結成準備会を開催(朝日新聞)。 |
| 1 | 31? | 青山学院大学助教授松浦田鶴子、被爆時の心理分析について研究発表。 |
| 2 | 2 | 広島市原対協実行専門委員会、1月18日の原爆障害者診察の受診者75人のうち 、治療可能と思われる58人を選出。15日、うち24人について治療希望等再診査。 |
| 2 | 02? | 丸木・赤松の「原爆の図」、世界平和評議会の国際平和賞金牌賞を受賞(アカハタ) |
| 2 | 3 | 広島・長崎原爆都市建設議員連盟(広島長崎関係国会議員からなる)懇談会。 |
| 2 | 4 | 長崎弁護士会、広島弁護士会からよびかけのあった原爆損害賠償問題について初の協議会を開催。 |
| 2 | 04? | 広島逓信病院三木・土井両医師によると、ケロイド体質の原爆患者の皮片移植手術はかえって傷痕を大きくする。(産業経済新聞) |
| 2 | 04? | 中部復員連絡局広島支部の調べによると、旧第5師団司令部・歩兵・輜重兵・ 野砲兵各連隊で被爆死した1万2千人のうち身元不明の178柱および広島陸軍病院で死亡した1200柱の遺骨を同支部に安置。 |
| 2 | 04? | 広大理学部萩原研究室、広島市とその周辺の残存放射能を調査、放射能は残存しておりガンマー線とベーター線を放射していることが判明。 |
| 2 | 7 | 長崎原爆娘の歌「平和の陰」完成。島内八郎作詞・木野普見雄作曲。長崎原爆資料保存委員会が委嘱。(長崎日々) |
| 2 | 07? | 広島市社会課、潜在孤児(一般家庭にいる孤児)実態調査を市内全民生委員を通じておこなうことを計画。 |
| 2 | 07? | 長崎市、新たに原爆傷害者治療対策協議会を設けるか、原爆資料保存委員会を強化し、専門部として傷害者を重点的に取り扱うかを検討。(長崎日々) |
| 2 | 07? | 広島大学東雲分校の「東雲子どもを守る会」、日本人の精神養父母の呼びかけに対して全国から9組の申し出を受ける。 |
| 2 | 8 | 任都栗一興広島原爆遺家族援護会長、原爆犠牲者弔慰金年金化・厚生施設関係陳情より帰任報告。遺族年金の義勇軍への適用が可能であると判明。 |
| 2 | 08? | ABCCテーラー所長、広島の残存放射能に関する中国新聞社の質問に対し、人体に影響はないと回答。 |
| 2 | 9 | 広島市社会課援護係、原爆関係弔慰金請求の受付(学区毎出張受付)を完了。受付総数3170人(地域国民義勇隊1012人・職域国民義勇隊319人・勤労学徒1833人・女子挺身隊6人)。以後同係で直接受付。 |
| 2 | 9 | 広島市原対協、広島ABCCに原爆症治療のための米治療班の招請を正式依頼14日、ABCCテーラー所長、治療班派遣実現に努力したいと広島市長に回答。 |
| 2 | 10 | 長崎県弁護士会、全員協議会で広島弁護士会と全面的に協力して、日本弁護士連合会に原爆損害賠償の研究善処方を要望することを決議。(長崎日々) |
| 2 | 11 | 広島弁護士会,原爆投下は違法と特に国際法曹界に訴えることを決定. |
| 2 | 11 | 広島市、原爆症治療費獲得のため、全国社会福祉協議会に、年末助け合い運動の益金の寄付を要請することを計画。 |
| 2 | 11 | 広島弁護士会、原爆損害賠償請求の民事訴訟について協議、特別調査委員会を設け、訴訟の可否など研究に着手することを決定。16日第1回委員会。 |
| 2 | 11? | 広島市己斐・善法寺に名前が判明している数百体の無縁仏があることが判明。 |
| 2 | 12 | 佐古美智子(原爆乙女)作詞の「ほほえみよかへれ」発表会、広島・長崎・東京で開催。長崎では市婦人会が主催。 |
| 2 | 12 | 長崎市婦人会、YMCA会館講堂に市内の原爆乙女80名(15-30才までの未婚者)を招き、原爆の歌「平和の陰」の発表会を開催。(長崎日々) |
| 2 | 13 | 広島の原爆乙女(4人)、上阪。阪大病院に入院治療(ケロイド等外科的治療) 18日大阪で治療を受ける原爆乙女たちの世話をするため広島ピースセンタ ー大阪協力会結成。 |
| 2 | 13 | 浜井広島市長、広島青年会議所の2月例会に出席。「(原爆ドームは)あのま ま放置し、将来再検討したい」、「中島公園に建造しつつある資料館に一切を集め、市内の市民の目にふれるところからは原爆の影を取り去りたい」と語る。 |
| 2 | 14 | 第5回広島医学会総会開催(15日まで)。杉本茂憲医師、原爆による外傷眼の 治療方法について発表。 |
| 2 | 14 | 真杉静枝(作家)、広島市役所を訪問、ヒロシマ・ピースセンター東京協力会として広島市原対協に協力したいと申し入れる(朝日新聞)。 |
| 2 | 15 | 広島県山内東村婦人会の一行32人と比婆郡婦人会連合会長、餅2,055個、現金1,600円など慰問品を広島に持参し、光の園・新生学園・吉川清(原爆被害者の会)を慰問。 |
| 2 | 15 | 広島市原爆障害者治療対策委員会、市役所で24名の第3次審査を実施。 |
| 2 | 16 | 長崎・広島原爆都市建設期成委員会、長崎市議会議長室に長崎側委員9名が参加して開催。原爆遺族援護、同傷害者救済対策、特別都市法の一部改正など3 |
| 項目を協議。(長崎日々) | ||
| 2 | 16 | 広島市弁護士会の原爆損害賠償請求権に関する特別調査委員会、初会合。 |
| 2 | 18 | 長崎原爆傷害者治療対策協議会結成準備打ち合せ会。(長崎日々) |
| 2 | 18 | 広島ピースセンター大阪協力会、大阪市産経会館で結成。 |
| 2 | 20 | 原爆被害者の会、事務所を吉川清宅から皆実町1丁目1930(4坪)に移転。上松時恵を専任事務局員に任命。 |
| 2 | 21 | 平和と学問を守る大学人の会、発会式を挙行。20数名参加。 |
| 2 | 22 | 「広島子供を守る会」広島市で結成。原爆の子を日本人の精神養子にする運動などに取り組み。 |
| 2 | 22? | 長崎大学影浦内科の調査によると、長崎市内の原爆白血病死亡者数1951年3人 ・1952年3人。(社会タイムス) |
| 2 | 22? | 長崎大学医学部産婦人科教室、1947,49,51年の3回にわたる長崎・諌早両市の 女生徒約7000名を対象とした初潮調査の結果を発表。原爆は、初潮に影響しないことが判明。(長崎日々) |
| 2 | 26 | 長崎城山小学校、原爆学級開設(1952年4月)から1年間の研究発表会を開催。関係者約50名が参加。被爆児(183人)は知能が劣る、疲労回復が遅い、普通児より胸囲が小さい、などの結果が報告される(長崎日々) |
| 2 | 27 | 長崎市城山小学校教諭道口マチ子、冊子「原爆児の記録」をまとめる |
| 2 | 27 | 原爆被害者の会、手記執筆者の懇談会を開催。(「半年の足跡」) |
| 2 | 28 | 京都市で広島原爆孤児救済募金獲得のための第2回新国劇“沢田祭”開催。広 島市厚生局長出席し、原爆孤児の現況と原爆障害者治療対策を訴える。 |
| 3 | 1 | 長崎県傷痍軍人会、創立総会を諌早市公会堂で開催。(長崎日々) |
| 3 | 01? | 佐伯郡五日市町、ハワイ在住の同町出身者からの寄付90万円と町碑40万円で戦没者・原爆死者らの慰霊塔を建立することとし、光禅寺で起工式を挙行。5月 完工。 |
| 3 | 3 | 長崎市議4人、厚生省・建設省などへの陳情から帰任。厚生省が、1500万円くらいは大蔵省の了解さえあれば予算化できるとの見通しを語る。(長崎日々) |
| 3 | 3 | 長崎市内私立鶴鳴高校の生徒、市役所に全原爆傷害者の援護費として街頭募金4735円を寄付。(長崎日々) |
| 3 | 05? | 長崎大学医学部小児科教室、城山小学校の原爆児の知能調査に関連し、4月から医学的調査を2年計画で実施することを決定。(長崎日々) |
| 3 | 6 | 広島市原対協、広島市内の各外科病院で、原爆障害者の入院治療を開始。 |
| 3 | 6 | 広島ABCC年次大会(7日まで)。被爆児の発育調査・放射能の遺伝的影響 などに関する研究発表。 |
| 3 | 6 | 原爆被害者の会事務局、住居立退き問題の第1回打ち合せ会を広島市内・河畔荘で開催。 |
| 3 | 6 | 第4回広島長崎両原爆都青年交歓会、長崎市で開催(~8日)。沖縄代表団6名、オブザーバーとして参加。原爆傷害者の救済などについて協議。8月6日~9日に“原爆の羽”募金運動を行うことを決定。 |
| 3 | 9 | 原爆被害者の会、岡本尚一弁護士と広島弁護士会長の訪問を受ける。温品幹事と川手事務局長が応対。(「半年の足跡」) |
| 3 | 10 | 峠三吉(原爆被害者の会幹事)、広島県西条国立療養所で死亡。36才。 |
| 3 | 11 | 長崎市原爆資料保存委員会、広島原爆記念館長長岡省吾を迎えて臨時総会を開催。長岡を顧問に決定。(長崎日々) |
| 3 | 12 | 深安郡加茂村の婦人会有志24名、流川の広島ピース・センターで原爆乙女の会会員を見舞う。 |
| 3 | 13 | 笹井広島県世話課長、全国世話課長会議より帰任報告。原爆死没者の弔慰金に ついては、安佐・安芸・佐伯3郡の町村義勇隊・動員学徒の遺族に支給される 見込み。 |
| 3 | 13? | 広島県、広島市へ遺骨1452柱の移管を申し入れ。内訳:旧陸軍病院で発掘した1410柱・野戦から帰還の42柱。 |
| 3 | 14 | 県労・広島地区労共催で平和擁護労働者総決起大会.1300人参加(児童文化会 館)長田新の講演「軍事学からみた第3次世界大戦の危機」. |
| 3 | 15 | 峠三吉の告別祭、広島市金屋町・専立寺で開催。 |
| 3 | 18 | 長崎原爆の図展実行委員会、赤松俊子・丸木位里を招き、労働会館で長崎平和を守る会の結成大会を開催。(長崎日々3.13) |
| 3 | 19 | ビクターレコード、長崎原爆乙女の歌「平和の陰に」をレコード化し、8月9日 に発売することを決定。印税は傷害者の治療費に。(長崎日々) |
| 3 | 21 | 広島市三篠小学校の4.5年生約300人、YMCA奉仕グループの河本一郎を囲み「広島と沖縄を結ぶ子供会」を開催。 |
| 3 | 21 | 広島市青連、広島市内で原爆障害者更生資金街頭募金実施。 |
| 3 | 24 | 広島市・広島戦災供養会、県庁内の中部復員連絡局広島支部にある広島第一陸軍病院の患者・職員の遺骨約1200柱を供養塔に合祭(朝日新聞)。 |
| 3 | 24? | 広島ABCCテーラー所長、米の原爆障害者治療班派遣について、まず外科医2人を広島に派遣し検討すると広島市長に回答。 |
| 3 | 26 | 平和と学問を守る大学人の会、初会合。 |
| 3 | 29 | 原爆被害者の会(広島市皆実町1丁目)、第5回幹事会を開催。原爆損害賠償請求の民事訴訟問題で原告になる用意のあることを広島市弁護士会に申し入れることを決定。31日、川手事務局長が申し入れ。 |
| 3 | 29? | 宇野長崎市社会課長、ヒロシマ・ピースセンター谷本清牧師より、原爆娘の交歓会を年中行事として開催することを提案した書簡を受け取る。(長崎日々) |
| 3 | 31 | 広島県下の戦没者・原爆死没者遺族に対する国債交付29340件に達す。 |
| 3 | 31 | 広島大学で、ABCC顧問ブラント博士を招いて、「原子力」についての座談会開催。「生物におよぼす原子力について」など質疑応答。 |
| 3 | 36 | 長崎市ゆかり婦人会、原爆傷害者救済音楽の夕べ「鰐淵賢舟・晴子提琴演奏会」を三菱会館で開催。(長崎日々) |
| 4 | 1 | 長崎市役所で広島・長崎両原爆乙女交歓世話人会を結成。(長崎日々) |
| 4 | 2 | 大沢幹夫(脚本家、広島高師出身)、広島・土谷眼科で取材。5月上旬、脚本 「原爆の子」を書き上げる。 |
| 4 | 2 | 山田静代ら原爆被害者の会の会員10人、同会事務所(皆実町1丁目)で山内北 村婦人会から送られた餅米2斗でおはぎを作る。 |
| 4 | 03? | 長崎市平和祈念像建設協賛会、「平和祈念像を讃える歌」の懸賞募集を実施。応募締切は4月20日。(長崎日々) |
| 4 | 4 | ハワイ三島連合観光団(3月31日来崎)、原爆傷害者・孤児救済基金として2万4870 円を長崎市長に寄贈。(長崎日々) |
| 4 | 5 | 原爆被害者の会(広島市皆実町1丁目1930)、機関紙「芽生え」第1号を発行。 |
| 4 | 06? | カンヌ映画祭に出品された映画「原爆の図」出品拒否を受ける(アカハタ)。 |
| 4 | 8 | 広島ABCC定例集団会でレーノルズ博士、被爆児と非被爆児を対象とする「1952年度の成長、発育の資料に関する報告」を発表。 |
| 4 | 9 | 長崎市原爆資料保存委員会、原爆資料の市民からの買い上げを開始。 |
| 4 | 10 | YMCA奉仕グループの河本一郎らの努力により釧路市労働会館で原爆展。以後、北海道各地に巡回(1953.7.4朝日新聞)。 |
| 4 | 12 | 長崎市岩川町の原爆霊廟「宝塔山」完成。入仏式を挙行。(長崎日々) |
| 4 | 13 | 国際医師会議日本準備会、草野信男を国際医師会議ウィーン大会(5月23日) に派遣することを決める(朝日新聞)。 |
| 4 | 13 | 長崎宗教連盟・ユネスコ協力会など11民間団体、広島原爆乙女歓迎世話人会を結成。(長崎日々) |
| 4 | 15 | 米の原爆障害者治療班派遣について調査するために、米外科医2人、来広。広 島市原対協関係者から、要治療者調査・治療対策概況を聴取、患者診察。 |
| 4 | 16 | 広島市原対協、原爆障害者要治療者調査ならびに治療対策現況を発表。1952年1月の広島市の調査によると要治療者4038人、同年7月の検査受診者864人、うち75人が1953年1月の検査受診者、現在入院加療中8人・退院後通院中4人。 |
| 4 | 16? | 広島市原爆資料館館長、原爆被害を総合的に調査しまとめた「原子爆弾による被害状況」を作成。死者26万人・焼失家屋56111戸など。 |
| 4 | 17? | 広島原爆記念館、中・高校生向け教材用掛図「原爆と平和」を刊行。 |
| 4 | 21 | カンヌ国際映画祭で「原爆の子」が上映される。 |
| 4 | 23 | 山口ミサコ(長崎原爆乙女)、東大清水外科を退院。(長崎日々) |
| 4 | 23? | 広島ABCCシンスキー博士によると、被爆者の眼科的放射線障害の症状は進行しておらず、将来失明することはほとんどない。 |
| 4 | 24 | 緒方副総理、広島の原爆慰霊碑を参拝。 |
| 4 | 24? | 「広島子供を守る会」、国内精神養子運動の強力展開のため、広島市内小・中学校の原爆孤児実態調査を計画。 |
| 4 | 26 | 広島県青年連合会、原爆障害者に対する救済資金募金運動の展開を申し合わせ。 |
| 4 | 27 | 広島・長崎原爆乙女交歓会(初)、長崎市内の労働会館で開幕(~29日)。 |
| 4 | 27 | 広島原爆乙女友の会柴田田鶴子・山下元子・松原美代子・田坂博子・佐古美知子・谷本清、長崎入り。(長崎日々) |
| 4 | 29? | 長崎市平和祈念像建設協賛会、「平和祈念像を讃える歌」の一等を発表。松永雅子。(長崎日々) |
| 4 | 30 | 長崎大学医学部、ABCCと会談。原爆傷害者治療を協力して行うことを申し合わせる。(長崎日々) |
| 5 | 1 | 長崎市、長崎市原爆傷害者治療対策協議会結成委員会を開催。10日までに会長 ・副会長を選任することを申し合わせる。(長崎日々) |
| 5 | 1 | 永井隆の逝去後2年の墓前祭。(長崎日々) |
| 5 | 3 | 大橋成一(元陸軍軍医学校教官・少佐、宇品陸軍救護病院副院長)、井深健次(元陸軍軍医学校校長・中將)宛の書簡の中で原子爆弾災害調査報告集の中に軍関係者の名前が掲載されていないことを指摘。(「広島県史原爆資料編」)大橋書簡=「当時の軍関係者の研究分担者の名前が掲載されて居らず、大学の先生方等のみの名があり、之のレポートが大学の先生方によって主になされた如く誤解される恐れがあると愚考致します。」 |
| 5 | 5 | 広島市厚生局・広島子どもを守る会、袋町小学校に日雇労務者の母子を招き「働く母と子のための歌と映画とバレエの会」を開催。 |
| 5 | 5 | 長崎の入市被爆者、白血病で死亡。(長崎日々) |
| 5 | 05? | 広島県の原爆関係弔慰金請求の受付、7290件に達す。 |
| 5 | 6 | 松岡政一世界連邦広島協議会理事長、1月間の北米西部視察旅行から帰広。 |
| 5 | 07? | 米オークリッヂで開かれた生物学研究会議で、原爆被害調査委員会プラマー・山根両博士、広島・長崎での調査研究結果を報告。放射線は将来生まれる子供にまで影響をおよぼす可能性がある。 |
| 5 | 8 | 長崎市平和祈念像建設協賛会、「平和祈念像の曲」発表会を勝山小学校で開催約500人が参加。(長崎日々) |
| 5 | 9 | 長崎市仏教連合会、昭和12年以降の戦死・戦病没者・原爆殉難者4000余名の霊を慰める平和祈念慰霊大法要を今篭町大音寺大殿で挙行。2000余名が参列。 |
| 5 | 11 | 広島大学、日仏親善使節ポネー・モレー博士の講演会「放射能の生物に与える影響」を開催。 |
| 5 | 13 | 広島大学心理学久保良敏助教授の「原子力、原子爆弾の社会心理学的影響」に関する研究に文部省科学研究費交付が判明。 |
| 5 | 14 | 長崎市原爆傷害者治療対策協議会、発会式を市内東中町社会事業会館で挙行。会長:田川市長、副会長:高尾県医師会長。6月から無料診療を実施。患者の予審診は長崎大病院で、治療は本人の希望する病院で行うことを決定。 |
| 5 | 14 | 長崎の島内八郎作詞・木野普見雄作曲・飯田信夫編曲原爆乙女の歌「平和の陰に」、ビクターで吹き込みを終る。 |
| 5 | 15 | 全国青年団協議会(11日から於東京)で、原爆障害者更生資金募集運動を行うことを決定。 |
| 5 | 17 | 広島女学院、原爆犠牲者之碑を除幕。 |
| 5 | 18 | 浜井広島市長、広島ピース・センター・ファンデェイションのグリーンから19 52年12月1日から5月1日までに結縁された精神養子33名の名前の連絡を受ける。 |
| 5 | 18 | 世界平和広島仏舎利塔建設会、総務委員総会を開催。3億円募金に乗り出すことを決定。 |
| 5 | 19 | 広島市原対協、被爆障害者救済の全国募金運動について協議。(毎日新聞) |
| 5 | 20 | ウォルサー婦人(婦人国際平和自由連盟WILから派遣された国連のオブザーヴァー)、来広。原爆被害者の体験を全世界に訴えよと語る。 |
| 5 | 21 | ABCC、ウァナリ・ウエルズが新所長に就任したと発表。 |
| 5 | 21 | 日教組製作原爆映画「ひろしま」撮影開始. |
| 5 | 22 | 東伏見慈光善光寺管長を迎えて広島市中島町供養塔前で原爆死没者および戦没者の慰霊供養。 |
| 5 | 23 | 国際医師会議(25日までウィーンで).草野信男が原爆症について講演. |
| 5 | 23 | 堺屋テル子・山口ミサ子・谷口スミ子の長崎原爆娘とYMCA総主事青山武雄、長崎原爆乙女の会第1回結成打ち合せ会を開催。6月に結成予定。 |
| 5 | 24 | 国際医師会議(23日~25日於ウィーン)で、草野信男・松本剛太郎、原子爆弾の被害に関する「広島・長崎における原爆症」報告。(朝日新聞) |
| 5 | 24? | 長崎市原対協、市内民生委員や自治会長などの協力による原爆患者の調査結果をまとめる。市内約2000名のうち要治療者は約400名。(長崎日々) |
| 5 | 24? | 蜂谷道彦「私の原爆日記」、近くアメリカで翻訳出版の予定。 |
| 5 | 27 | 広島市社会課、市内の施設収容以外の孤児・混血児の実態調査結果集計。孤児263人・うち原爆孤児150人。施設収容者と合わせると孤児617人・うち原爆孤 児289人。 |
| 5 | 29 | 広島市社会課によると、建物疎開に従事した原爆死没者の遺族弔慰金請求の受付数、4734人(地域義勇隊1615人・職域義勇隊511人・勤労学徒2602人・女子 挺身隊6人)。 |
| 5 | 30 | 長崎市青年協議会、役員会で原爆募金「黄色い羽根」運動の具体案を協議。 |
| 5 | 30 | 長崎市原爆資料保存委員会、一般市民から募集した原爆資料の審査を長岡省吾に依頼することなどを決定。(長崎日々) |
| 6 | 1 | 原爆による内臓障害とみられる広島市の婦人、広島医大病院に入院。費用は原爆症研究費などでまかなわれる。 |
| 6 | 2 | 広島・長崎両市原対協、広島市で打合会(長崎市原対協5月14日結成)。原爆 障害者治療費獲得のため全国的な共同募金運動を行うことを決定、中央共同募金会へ申請書を送付。4日広島・長崎両市助役、中央共同募金会・NHKへの 協力要請から帰任。 |
| 6 | 2 | ABCCテーラー所長、広島市原対協顧問に就任。 |
| 6 | 2 | 長崎原爆乙女の会、結成式を長崎市YMCAで開催。原爆娘約16名と長崎市議久保忠八、婦人会副会長山口初子、YMCA総主事青山武雄、長崎大学教授調来助などが出席。会長に堺屋テル子、副会長に山口ミサ子が推薦される。 |
| 6 | 5 | 広島市、建物疎開従事者以外の原爆死没者の弔慰金申請受付を開始。対象:徴用工および女子挺身隊員で職場で死没した者・学徒で建物疎開作業以外で死没した者。 |
| 6 | 5 | 広島平和大通りのラ・パンセ像、除幕。 |
| 6 | 5 | 桑原武夫、来広。6日、原爆の惨状を訴えよと広島の義務を直言。 |
| 6 | 8 | 広島市、精神養子委員会を開催。精神養子養育費147万1178円の配分について 協議。 |
| 6 | 8 | ルーズヴェルト夫人、来広。原爆慰霊碑・原爆資料館・五日市戦災児育成所を訪問。9日、広島ABCCを訪問。原爆乙女と会見。 |
| 6 | 11 | 長崎市原爆傷害者治療対策委員会、東京の会社社長から2万円の寄付を受け取る(初の寄付)。(長崎日々) |
| 6 | 13? | 広島市の原爆症患者行守澄江(14歳女・内臓疾患)に対し、広島市内の病院、治療援助を申し出。厚生省中国医務出張所、原爆障害者の入院について、市中病院でも学用患者として入院治療費をまかなえるよう本省に申請中。 |
| 6 | 17 | 広島市原対協、全国共同募金理事会に原爆障害者治療費獲得募金を要請すること・治療対象者を内科・眼科関係障害者にまで拡大することを決定。 |
| 6 | 18 | 広島市社会課、原爆死没者・原爆障害者・原爆孤児・未亡人の実態調査結果集計。被爆による即死者ならびに直接死因者数は推定20数万人。 |
| 6 | 18 | 長崎市原爆資料保存委員会、長岡省吾を招いて、原爆資料の審査、被爆体験者の座談会開催などについて協議。(長崎日々) |
| 6 | 22 | 全国共同募金会理事会、原爆傷害者治療費の全国募金実施を決定。浜井広島市長出席し要請。NHKのたすけあい運動の形で進行。 |
| 6 | 23? | 山本康夫ら、広島泉邸で原爆をしのぶ歌の会を開催。 |
| 6 | 24? | 小黒薫・マクミラン、峠三吉編の詩集「原子雲の下より」の英訳をアメリカ友和会(FOR)機関紙に掲載を計画(朝日新聞)。 |
| 6 | 26 | 広島市原対協企画部会、部会長に任都栗一興を選出。貧困障害者救済のための原爆障害保険の法制化など審議。 |
| 6 | 28? | 日本学術会議、「原子爆弾災害調査報告集」を出版(朝日新聞、毎日新聞)。 |
| 6 | 29 | 原爆障害者治療班派遣について調査するため米外科医(1人)来広。30日患者14人を診察。7月1日、広島市内の外科医・ABCCの外科医と共に原爆乙女を 手術。 |
| 6 | 33 | 原爆被害者の会、事務所を吉川清宅から水主町の温品道義宅に移す |
| 7 | 2 | 米上院歳出分科委員会で、前原子力委員会委員長デーン、広島・長崎の被爆生存者調査の結果報告。 |
| 7 | 8 | 長崎市議会建設委員会、平和祈念像の建設地を原爆爆心地と正式に決定。 |
| 7 | 08? | 広島の原爆乙女(2人)、大阪市上福島厚生年金病院に入院。 |
| 7 | 09? | 広島市、原爆死没者慰霊式と平和記念式の行事を公表。 |
| 7 | 10 | 山口大学講堂で原爆図展開催(3日間)。(アカハタ)。 |
| 7 | 10? | 広島県立医大、予算200万円で放射性同位元素研究委員会を組織。 |
| 7 | 12 | 秋田正之(元広島市会議長)、精神養子となった溝島礼子を自宅に招待。広島市内の精神養子縁組は初。(朝日新聞) |
| 7 | 12 | 原爆被害者の会、第8回幹事会を開催。29才以下の会員で青年クラブを結成す ることなどを決定。 |
| 7 | 12? | 長崎市原爆資料保存委員会、パンフ「原爆」の刊行を準備。(長崎日々) |
| 7 | 13 | 広島市表彰審査委員会、原爆当時人命救助・消火救護などに尽力した原爆功労者の調査を完了。8月6日に表彰。 |
| 7 | 14 | 長崎地区労・県教組など、平和大会(8月9日原爆記念全九州平和大会)の準備会を開催。(長崎日々) |
| 7 | 14? | 広島市原爆障害者治療対策協議会、研究治療部会を開き、新たに内科・眼科関係の障害者も治療することを決める。 |
| 7 | 16 | 東大附属病院小石川分院に入院・治療を受けていた広島の原爆乙女(1人)退院。 |
| 7 | 16 | 広島県教組、映画「ひろしま」製作本部などとともに、原爆孤児救済募金のため芸能の夕を児童文化会館で開催(~17日)。 |
| 7 | 16? | 米国からの精神養子への送金総額2万4750ドル(邦貨891万円)、縁組状況:養 親420名、児童416名となる。 |
| 7 | 16? | 広島市立本川小学校、山崎与三郎寄贈の資料をもとに原爆資料室設置を計画。 |
| 7 | 17 | 広島県婦人会連合協議会、広島市の婦人会館で青少年から「平和をどのように考えるか」を聞く座談会を開催。 |
| 7 | 17 | 広島県労会議、執行委員会を開催。総評提唱の平和国民大会を広島市で開催することを決定(朝日新聞)。 |
| 7 | 18 | 旧広島一中遺族会、国泰寺高校内の慰霊碑に参拝。約120名が参加。 |
| 7 | 18 | 映画「ひろしま」のラストシーンのため、労働者3000人、自由労組2500人、学生1万人、市民6000人など約2万人が原爆ドームを中心にデモ行進。 |
| 7 | 21 | 広島市原対協企画部会、“原爆障害者NHKたすけ合い旬間(8月1日~10日)実施要綱”を承認。 |
| 7 | 21 | 広島市史編さん室、昭和16年~25年の市勢の実態をつかむため、原爆で生き残った市職員の懇談会開催。 |
| 7 | 22? | 広島市調査課長、広島市の原爆死没者数は10数万が妥当であると発言。 |
| 7 | 23 | 日本アマチュア・シネ・スライド協会、第1回全国コンクールで広島支部作成 の幻燈画「原爆ひろしま」を第1位に選出。 |
| 7 | 23? | 広島市、平和記念都市建設のため米貨外債募集を計画。 |
| 7 | 26 | 原爆被害者の会、第7回幹事会を開催。 |
| 7 | 26 | 全九州平和大会連絡協議会、長崎市農民会館に九州各県の労組・平和団体の代表約120名が出席して開催。8月8-9日の大会行事を決定。(長崎日々) |
| 7 | 30 | 広島市史編さん室、原爆当時の在広軍関係者から事情聴取。当時、広島市内・周辺地区にいた軍関係者は最大限5万2千人で、無傷だった宇品の暁部隊を除くと、全員死亡したとしても3万3千人。 |
| 7 | 30 | 長岡省吾広島原爆記念館長、長崎原爆資料保存委員会から依頼されたスライド映画「原爆と長崎」2巻を完成(朝日新聞、産経)。 |
| 7 | 30 | 長崎市、デンマークからの平和メッセージを受け取る。同市が祈念式典に披露するメッセージを各国大使館を通じて25か国に依頼した反響第1号。 |
| 7 | 30? | 安芸郡府中町の龍仙寺、原爆犠牲者の遺骨143柱を広島市に移管することを決 める。 |
| 7 | 31 | 有朋会、原爆孤児援助興業の実演と映画の集いを児童文化会館で開催(~1日)月丘姉妹が出演。 |
| 7 | 31 | 中部復員連絡局広島支部、全国の弔慰金支給状況を調査し、広島市の軍人軍属の原爆死没者12300人を確定。届出漏れを加えて、推定死没者数15000人。 |
| 7 | 31 | 毎日新聞(広島)、長田新・谷本清・吉川清の座談会「広島の平和運動を語る」を連載。-8月2日(3回)。 |
| 8 | 1 | NHK・中央共同募金会、「原爆障害者に救いの手を-NHKたすけあい旬間」開始(10日まで)。助け合い特集番組として、「療友だより-原爆症の患者を 訪ねて」、「生き残った人々」「友への手紙」等放送。期間中、NHK公開番組の入場者から寄付金。 |
| 8 | 1 | 広島ピース・センター東京協力会、第2回映画スター・プロマイド・サイン募 金を東京銀座・松屋で開催。 |
| 8 | 1 | 長崎市原対協、原爆傷害者1300名の予診開始。ABCC所長らも応援。この日約50人が受診。12日まで。(長崎日々)(朝日新聞) |
| 8 | 1 | 広島県・市教育委員会・平和問題談話会・大学人会、広島市中央公民館で平和問題講座を開催(-3日)。 |
| 8 | 01? | 広島逓信病院、原爆の放射能により内臓器官に慢性症状が潜在するかどうか研究、慢性症状の具体例を示す。(朝日新聞) |
| 8 | 01? | 1950年の国勢調査と同時に行われた被爆者調査の結果、生存者総数283508人、うち広島・長崎両市で被爆した者10人判明。(朝日新聞) |
| 8 | 2 | 真樹社で原爆をしのぶ短歌会を開催。 |
| 8 | 2 | 九州地区平和大会実行委員会、長崎市内で原爆追放の署名運動を実施。 |
| 8 | 02? | 原爆投下直後の広島駅の状況報告書の存在が明らかになる。 |
| 8 | 3 | 月丘夢路・千秋姉妹、浜井広島市長に原爆孤児救済募金10万3940円を手渡す |
| 8 | 3 | 広島市木挽町浄円寺、原爆犠牲者追悼講演会を開催。 |
| 8 | 4 | NHK、長崎市三菱会館で「放送演芸会」公開録音「民謡をたずねて」を開催。この収益は原爆傷害者の治療費として全国募金会に寄付。(長崎日々) |
| 8 | 04? | 比婆郡庄原町で「原爆犠牲軍人之碑」(工費10万円)完成。6日、宝蔵寺で追 悼会を執行。 |
| 8 | 04? | 長崎市城山町聖火会(藤田治郎会長)、懺悔の炎をリレーで全国の戦災都市に点灯することを計画。(長崎日々) |
| 8 | 5 | NHK第2、中山侑が都築正男の手記をもとに構成したドキュメンタリドラマ 「原爆症研究の手記」を放送。 |
| 8 | 5 | 中国新聞、広島・長崎で二重に被爆した平田研之(長崎県庁通商貿易課主事)の体験談を掲載。 |
| 8 | 5 | 長崎平和を守る会、臨時総会を労働会館で開催。全九州平和大会について協議 |
| 8 | 5 | 長崎平和を守る会(会長林重治)、2日からの街頭署名運動で集まった1525円を原爆乙女の会へと長崎日々新聞社に寄託。(長崎日々) |
| 8 | 5 | 広島市己斐小学校、「平和のつどい」を開催。4年生以上600名の児童が平和への誓いを新たにするとともに、校内72名の原爆孤児たちを慰める。 |
| 8 | 5 | 広島平和会議実行委員会、前夜祭を広島市児童文化会館で開催。 |
| 8 | 6 | 原爆8周年記念広島平和国民大会,広島市民広場に県内・全国から7600名参加 .原爆など大量殺人兵器の禁止,再軍備反対,基地撤去などのスローガン決定.市内デモ. |
| 8 | 6 | 「アカハタ」,「原爆おとされて八年」(増岡敏和「平和をもとめて妹よ、歌いつごう」、峠三吉「へいわをかえせ」)を特集. |
| 8 | 6 | 広島市原対協、平和記念公園供養塔前に原爆障害者治療相談所開設(約70人来所)。 |
| 8 | 6 | 広島平和婦人会、平和記念公園で、原爆傷害者治療費募金活動。 |
| 8 | 6 | 天理教広島教務支庁婦人青年会、中島供養塔前で原爆傷害者治療費募金活動。 |
| 8 | 6 | 広島市、原爆死没者慰霊式ならびに平和記念式を挙行。約5000人が参列。 |
| 8 | 6 | 広島市調査課、原爆慰霊碑に奉納した原爆死没者名簿の台帳を平和記念館に陳展(朝日新聞)。 |
| 8 | 6 | ひろしま川祭委員会、元安川と本川で2000個のとうろう流しを実施(3日間) |
| 8 | 6 | 広島市内の女子高校生200名、広島市の式典終了後の平和公園で原爆乙女佐古 美智子作詩の「ほほえみよ還えれ」のフォーク・ダンスを演じる。 |
| 8 | 6 | 旧広島二中遺族委員会、中島公園横で追悼碑の除幕式と追弔会を執行。 |
| 8 | 6 | 元広島陸軍病院在職世話会、旧病院堤防で原爆死没者慰霊式を執行。 |
| 8 | 6 | 広島市厚生連合会舟入支部、唯心寺で原爆追悼法要ならびに講演会を開催。 |
| 8 | 6 | 広島郵便局、完工した比治山多門院内の原爆慰霊碑前で慰霊祭を執行。 |
| 8 | 6 | 山県郡大朝町の円立寺、原爆死者の追悼法会を執行。 |
| 8 | 6 | 東京目黒区の羅漢寺で「さくら隊」殉難者の追悼法要。 |
| 8 | 6 | 長崎日々新聞、長崎・広島の原爆娘(山口ミサ子・佐古美智子)の電話対談を掲載。(長崎日々) |
| 8 | 6 | 読売・朝日・中国各社の専用機、広島平和式典会場に花束を投下。 |
| 8 | 6 | 広島平和国民大会、広島市民広場(児童文化会館前広場)で開催。 |
| 8 | 6 | 広島市、原爆当時に人命救助・消火救護などに献身した功労者約600人を表彰 |
| 8 | 06? | 「広島子供を守る会」、原爆孤児調査を集計。市内小・中学校45校で両親とも死亡423人・どちらか死亡1284人。 |
| 8 | 7 | 長崎市原対協の予診受診者、8月1日から7日までで302名。(長崎日々) |
| 8 | 7 | 加計町遺家族援護会、常禅寺で戦没軍人軍属・原爆犠牲者の追悼法要を執行。 |
| 8 | 7 | 中国新聞社、「ノー・モア・ヒロシマズ原爆画展」を東京日本橋白木屋で開催(-12日)。福井芳郎の記録画を展示。 |
| 8 | 7 | 長崎市、西独大使館からのメッセージを受け取る。デンマークに続き第2号。 |
| 8 | 8 | 広島市原対協治療部会、原爆障害者(62人)集団診療実施。(毎日新聞) |
| 8 | 8 | 長崎原爆供養協賛会、原爆公園で「供養盆踊り」(平和の踊り)を開催。 |
| 8 | 8 | 長崎市、三菱会館で前夜祭「平和の夕」を開催。映画「生きる」・「原爆の長崎」を上映。演劇「三つの鐘」を上演。 |
| 8 | 8 | 原爆記念全九州平和大会、長崎市内東高校講堂で開幕。約500名が参加(~9日) |
| 8 | 9 | 吉川清、サンデー毎日「まだ死んでいく原爆の街」に紹介される。 |
| 8 | 9 | 長崎市、「原爆犠牲者供養」ならびに「平和祈念式典」を松山町・原爆公園で挙行。2000余名が参列。(長崎日々) |
| 8 | 9 | 日本仏教奉賛会、東京築地・本願寺本堂で広島・長崎原爆犠牲者祈祷会を執行 |
| 8 | 9 | 原爆手記集「原爆に生きて」の出版記念会、広島市内の教育会館で開催。山代巴・佐久間澄・長田新など26人が出席。 |
| 8 | 9 | 広島市・朝日ホールで丸木・赤松「原爆の図」展を開催(-13日)。 |
| 8 | 9 | 長崎大学・長崎原対協、同大講堂で原爆に関する通俗講習会を開催。 |
| 8 | 9 | アマチュア・シネ・スライド協会広島支部、中央公民館でスライド原爆ヒロシマの映写会を開催。 |
| 8 | 9 | 大沢幹夫作・原爆の子友の会総出演舞台劇「原爆の子」、広島市児童文化会館で初公開。 |
| 8 | 9 | 中国新聞、連載「原爆文献をめくる」(~14日,5回). |
| 8 | 10 | 広島市原対協、第2次原爆障害者治療(外科・内科・眼科)開始。眼科患者の カルテ審査会。 |
| 8 | 10 | 広島大学医学部、佐伯郡大竹町で原爆被災者無料診療実施(12日まで)。 |
| 8 | 10 | 映画「ひろしま」,東京・広島・長崎で完成試写会. |
| 8 | 12 | ソ連がセミパラチンスクで、初の水爆実験。 |
| 8 | 12 | 長崎市原対協、原爆患者の予診を打ち切り、入・通院治療者を選考。 |
| 8 | 12 | 浜井広島市長、米国シアトルで開催される日米太平洋市長会議に出席のため離広。 |
| 8 | 13? | 広島子供を守る会、原爆記念日から1週間の間に32通の精神養子縁組の申し込 みを受ける(朝日新聞)。 |
| 8 | 15 | 安芸郡海田市町遺族会、第4回軍人・軍属および原爆死没者慰霊祭を執行。 |
| 8 | 15 | 呉市公民館で「原爆の図」展覧会(17日まで).市民の10%約2万人が観覧 |
| 8 | 16 | 中国新聞、「原子病はどうなった-長崎の場合」を掲載。 |
| 8 | 21? | 広島市原対協内科審査部会、要治療者(9人)を診察、今後の治療方針決定。 |
| 8 | 26 | 長崎・浦上駅で落成式と同駅勤務員20名の原爆殉難者の慰霊祭。(長崎日々) |
| 8 | 27 | ハワイの広島戦災救援会、解散。5年間に約11万ドル(約4000万円)を広島に 送金。 |
| 8 | 29 | 第4回ユネスコ学生全国大会、長崎市で開幕(~9月1日)。 |
| 9 | 1 | 日本ペンクラブ、原爆障害者救援のための委員会をつくり募金活動を行うことを決定。 |
| 9 | 03? | 広島市の原爆関係弔慰金(3万円国債)、4722件受付、うち3297件裁定済み。 |
| 9 | 10 | 広島市原対協、内科関係患者審査会。(朝日新聞) |
| 9 | 11? | 広島市原対協、広島県知事に、治療費などの助成金の交付を申請する計画。 |
| 9 | 12 | 新本恵子ら広島原爆乙女の会8人、映画「ひろしま」について広島県教組に抗 議(朝日新聞)。 |
| 9 | 13 | 都築正男東大名誉教授、広島市原対協の招請により来広(12日~15日)。原爆障害者(30人)を診察。14日には患者(3人)を公開手術。 |
| 9 | 15 | 広島市原対協、眼科関係患者審査会。(朝日新聞) |
| 9 | 15 | 東大教職員組合・日本文化人会議、映画「ひろしま」を上映。国際理論物理学会参加者を招待。 |
| 9 | 17 | 広島公演中の松竹少女歌劇団の小月冴子ら5名、福屋百貨店で原爆障害者治療 資金の「募金サインデー」を開催(朝日新聞)。 |
| 9 | 19 | 全国青年団協議会、広島市宝町婦人会館で平和対策特別委員会を開催。 |
| 9 | 20 | ノーマン・カズンズ、来崎(~22日)。 |
| 9 | 21 | 広島戦災供養会理事会開催。収容限界に達した戦災供養塔の再建促進について協議。 |
| 9 | 21 | 「広島市建設促進協議会」設立総会、東京で開催。広島県選出国会議員・県知事・県会議長・広島市長・市議会議長らで構成。 |
| 9 | 22 | ノーマン・カズンズ夫妻、長崎から来広。 |
| 9 | 23 | 広島市尾長学区婦人会・遺族援護会尾長支部、松本商業講堂で戦没者および原爆犠牲者慰霊祭を執行。870名が参列。 |
| 9 | 24 | 広島市原爆傷害対策関係者、ノーマン・カズンズ夫妻を囲んで懇談会 |
| 9 | 25 | 吉川清・大田洋子、国際理論物理学会議一行の宿舎(広島県大野町)を訪ね、懇談。 |
| 9 | 25 | 国際理論物理学会の一行、広島入り。 |
| 9 | 28 | 広島市原対協、治療現況・集計を発表。外科・内科・眼科で110人を審査、14 人の治療終了・17人治療中。 |
| 9 | 29? | 長崎市、国際平和デー委員会のアルフレッド・パーカーより、10周年祭に「世界の木」を贈るとの申し入れを受け取る。(長崎日々) |
| 9 | 30 | 田辺耕一郎、ノーマン・カズンズの原爆傷害者救済のための印税寄付申し入れ に関連して、長崎市の救済計画調査のため長崎入り。(長崎日々) |
| 9 | ? | 原爆被害者の会、原爆被爆者の実態調査を実施。-10月。 |
| 10 | 4 | 田辺耕一郎、ノーマン・カズンズの依頼による長崎被害者調査から帰広。 |
| 10 | 4 | 第5回中四国小児科医学会、(於宇部市)で、広島ABCC遺伝部土本巌医師 、新生児に原爆による影響はみられなかったと発表。 |
| 10 | 4 | 第1回広島県傷痍軍人大会、進徳学園講堂で開催。「原爆戦傷病者の救済の即 時実施」などを決議。 |
| 10 | 7 | 広島の爆心地から1500メートルの屋外で被爆した男性(59歳)、リンパ性細網肉腫で死亡(54.2.4中国新聞)。 |
| 10 | 07? | 草野信男、英文「原爆症」を出版(東京新聞)。 |
| 10 | 9 | 広島市の精神養子養育資金配分委員会で資金の配分をめぐり市と谷本牧師が対立。 |
| 10 | 14 | 日本学術会議原爆災害調査班の研究発表会(第3回)、長崎大学で開催。 |
| 10 | 14? | 厚生省、原爆障害者治療対策として、広島市内への原爆症調査研究協議会の設置と傷病軍人・軍属に適用されている身体障害者福祉法を一部改正して被爆者への適用をはかることを計画。 |
| 10 | 16? | 広島市原対協、中央共同募金会に、今夏のNHK“原爆障害者に救いの手を”のたすけあい運動で集められた義援金の7割を広島市に割り当てるよう申し入 れ。 |
| 10 | 16? | 長崎市原爆資料保存委員会、写真集「原爆の長崎-閃きのあと」(岩波写真文庫版型)を発刊。(長崎日々) |
| 10 | 17 | アジア太平洋地域平和連絡会、東京の日赤本社講堂で開催。-18日。 |
| 10 | 18 | 都築博士来広。原爆障害者(7人)を診察。19日手術。 |
| 10 | 18 | 広島県産婦人科医学会、広島市で開催。広島医大田淵教授、被爆婦人百数十人の調査研究結果を発表、原爆によって不妊にはならないと指摘。 |
| 10 | 19 | 大阪府教育委員会、映画「ひろしま」を教育映画として推薦しないことを決める。 |
| 10 | 22 | 被爆直後の広島に3日間入市した男性(58歳)、肺臓ガンで死亡 |
| 10 | 22 | 映画「ひろしま」の広島県下での上映終了。観客は16万人を記録(朝日新聞) |
| 10 | 28 | 安芸郡東海田町、長谷寺で戦死没者・原爆死没者の慰霊祭を執行。 |
| 10 | 28 | 米国国立科学協会、ジョン・J・モートンを広島のABCC所長に任命。 |
| 10 | 頃 | 映画「ひろしま」空前の観客を動員.呉・福山・三原・広島で計15万8千人 |
| 11 | 6 | 木村厚生次官、広島市で、原爆傷害者の治療対策について国庫負担の特別立法は考えないが原爆傷害者を傷い軍人に適用されている厚生医療保護の対象に入る方針であると語る。 |
| 11 | 06? | 広島大学医学部精神神経科教室、「原子爆弾後遺症の精神神経病学的症例」の研究に着手、精神神経病学的見地からの原爆症の再検討を図る。 |
| 11 | 7 | 第25回日本遺伝学会総会、三島市の国立遺伝学研究所で開催(~8日)。ABCC遺伝部長ダンカン・J・マクドナルドが特別報告。特別な遺伝的影響は見られぬ。 |
| 11 | 8 | 広島市未亡人会、第1回広島市母子福祉大会を本川小学校講堂で開催。約1200 名が参加。「原爆未亡人に対する戦死者同等の待遇」など決議。 |
| 11 | 9 | 宮城道雄、長崎市浦上の原爆公園で原爆犠牲者慰霊のため献奏。(長崎日々) |
| 11 | 10 | 共同募金中央委員会から広島市原対協に通告。NHK原爆障害者たすけあい運動による募金総額約509万円、広島・長崎配分額は広島約359万円・長崎約150 万円。 |
| 11 | 10 | 東京で広島県選出の国会議員が広島市建設促進協議会を開催。 |
| 11 | 11 | ABCC新所長モートン博士、ABCCが原爆傷害者の治療をするのはむつかしく、治療は日本の医療機関によっておこなわれるのが最も適当で、ABCCはできるだけ援助したいと語る。 |
| 11 | 13 | 映画「ひろしま」の輸出版、反米的な部分と残酷な部分を自主削除して映画倫理規定委員会をパス(アカハタ)。 |
| 11 | 14 | 広島市原対協治療部会、治療科目の増設(産婦人科・精神科)・新設される原爆症調査研究協議会との関係について協議。 |
| 11 | 14 | 広島県、原爆ドームを広島市に譲与することを通知。 |
| 11 | 15 | 広島大学医学部、大竹地区の被爆者54名の心電図検査を実施 |
| 11 | 15 | 第5回広島長崎両原爆都市青年交歓会、広島市で開催。原爆傷害者救済運動の 推進(アジア青年大会・国連への働きかけ)、自衛隊には参加せぬなど決議。 |
| 11 | 17 | 国立予防衛生研究所内に原爆症調査研究協議会結成。東京で第1回協議会開催 。原爆による後遺症の治療方法の究明をめざす。 |
| 11 | 18 | 広島市原対協、原爆症に関する総合的な資料収集のため、市内の精神・婦人・耳鼻・小児科開業医に原爆症に関すると思われる患者の疾病名・症状等について質問状を発送。 |
| 11 | 21 | 在広の日米専門医による原爆障害者の合同診察会、開催。広島市原対協・ABCC(個人資格)の医師ら参加。 |
| 11 | 21 | 長崎大学医学部・ABCC、銭座町聖徳寺で「解剖祭」を挙行。(長崎日々) |
| 11 | 24 | 安部能成学習院院長、広島市山陽高校で開催の私学大会で「原爆を売り物にするな」と語る(朝日新聞)。 |
| 11 | 29 | 第1回日本のうたごえ大会(東京・日比谷公会堂、共立講堂)。 |
| 11 | 29 | 第49回中国四国眼科学会(広島大学医学部眼科教室主催)、広島市で開催。杉本茂憲博士、「広島市原爆治療対策協議会に申し出た眼科的患者の概況」を発表。 |
| 12 | 01? | 広島市社会課内に原爆障害調査研究協議会の出先機関が設置される見込み。 |
| 12 | 3 | 衆院予算委員会で、山県厚相、原爆患者には予算措置は講じてはいないが、治療の促進には努力していると答弁。 |
| 12 | 9 | 広島市原対協、婦人・小児・精神・耳鼻咽喉・皮膚泌尿各科について原爆症と思われる疾患を調査、原爆症は各科に影響し「全身病」の性格を持つと判明。 |
| 12 | 11? | 広島市原対協、原爆障害者の治療費案出のため台湾産バナナの輸入販売を計画 |
| 12 | 12 | 広島市原対協、広島ペンクラブ・大学人の会など市内39の文化団体と、原爆後遺症対策問題をめぐる懇談会開催。 |
| 12 | 19 | 広島市戦災児育成所、9周年の開所記念式典を挙行。 |
| 12 | 21 | 長崎原爆娘橋マサ子・永富郁子、東大清水外科を退院。(長崎日々) |
| 12 | 22 | 都築正男、1954年2月開催予定の日米合同原爆傷害研究会の打ち合せのため来 広。 |
| 12 | 26 | 広島市精神養子養育資金配分委員会。 |
原爆被爆者対策前史年表(1952)
出典:『原爆被爆者対策前史資料集(1945年~1953年)』
1952年
| 月 | 日 | |
| 1 | 5 | 厚生省から広島県に、軍指揮下での原爆死没者(国民義勇隊・動員学徒・徴用工・女子挺身隊)の調査費用30万円届く。 |
| 1 | 7 | 広島県、被爆当時の広島市内の国民義勇隊の家屋疎開工事状況をまとめる。8 月3日から毎日義勇隊3万人・学徒隊1万1千人を広島市に動員。 |
| 1 | 16 | 田坂具隆、長崎日日新聞に掲載した「長崎の歌は忘れじ-演出にあたって」の中で一兵士として広島で被爆したことを明らかにする。 |
| 1 | 17 | 広島市社会課、全市にわたり、原爆死没者(勤労学徒・徴用工員・女子挺身隊員・国民義勇隊員など)の遺族戸別面接調査開始(2月5日まで、民間調査員約700人動員)。 |
| 1 | 19 | 広島市教委、各学校長・遺族会長を集めて、原爆犠牲学徒協議会開催。 |
| 1 | 19 | 長崎市特別都市建設期成委員会、遺家族援護法案に、原爆犠牲者を含むよう運動展開を決定。25日上京し、広島市と協力して、国会・関係官庁に陳情。 |
| 1 | 19 | 長崎県など、大阪市近鉄阿倍野百貨店で「長崎県観光と物産博覧会」を開催(-2月2日)。 |
| 1 | 21 | 広島県の原爆死没者調査で、比婆郡の死没者48人判明。 |
| 1 | 21 | 京マチ子ら、「長崎の歌は忘れじ」のロケのため長崎入り。 |
| 1 | 21? | 尾道市、市内在籍の原爆死没者(国民義勇隊員・徴用工員・学徒・女子挺身隊員)の遺族調査実施中(22日まで)。 |
| 1 | 22 | 長崎市議会、長崎市特別都市建設期成委員会の原爆犠牲者遺族援護陳情を議決 |
| 1 | 23 | 日赤、原爆攻撃の防御演習を取り入れることを決定、大阪市で近畿地区の指導者講習会を開催(-25日)。27日からは岡山市で中・四国地区の講習会(10日間)。 |
| 1 | 25 | 産業奨励館復興委員会(広島県貿易協会・広島商工会議所・広島市で組織)、県営として復旧する運動を起こすことを決める。 |
| 1 | 27? | 尾道市在籍の原爆死没者遺族13人判明。 |
| 1 | 29 | 参院本会議で、天野文相、動員学徒犠牲者の遺族も援護対象にするよう努力すると答弁. |
| 1 | 29 | 広島・長崎両市議ら、靖国神社事務総長に、原爆死没動員学徒・義勇隊員の同神社合祀を陳情。 |
| 1 | 30 | 米原子力委員会、原爆傷害調査委員会の研究結果を米議会に報告。被爆女性の出産の場合、男児の出生率が一般より低いなど。(「夕刊民友」) |
| 1 | 31 | 田川長崎市長、来広。復興状況を視察。 |
| 2 | 2 | 長崎市議会議員、原爆犠牲者援護等陳情から帰任報告。原爆死亡者調査費の支給が決り,学徒義勇軍・勤労報国隊員などの死亡者の靖国神社合祀について同神社と話合い。 |
| 2 | 6 | 広大教養部学生大会(皆実分校講堂)に500名参加.「わだつみの悲劇をくりかえすな. ノーモア・ヒロシマ」など5基本スローガン. |
| 2 | 6 | 広島市の原爆死没者調査で、1830人が判明。広島県による郡部の調査では1742人が判明。 |
| 2 | 08? | 大阪大学理学部学生自治会、長田新編「原爆の子」の感想文集「原爆の子に答える」第1集を発行。 |
| 2 | 9 | 長崎県など、京都駅前丸物百貨店で長崎観光物産展を開幕。 |
| 2 | 12? | 広島市議会副議長、全国議長会より帰任報告。原爆死没学徒・義勇隊員の弔慰問題について、地元調査の完了・靖国神社合祀が先決、と語る。 |
| 2 | 15 | 広島市、原爆死没学徒・国民義勇隊員・徴用工・女子挺身隊員調査の中間集計発表、計7528人判明。 |
| 2 | 16? | 長崎市特別都市期成委員会、3月1日から各町民生委員を通じて原爆犠牲者調査の実施を計画。 |
| 2 | 17 | 原爆の子友の会結成式.長田新編「原爆の子」に手記を寄せた児童生徒約100人出席. |
| 2 | 17 | 第4回広島医学会総会「講和条約議会批准を記念する原子爆弾症に関する研究 発表会」、広島市で開催。被爆後75日間の被爆者の臨床的観察の報告や原爆の遺伝に及ぼす影響に関する発表など。 |
| 2 | 18 | 広島長崎特別都市建設期成委員会第1回総会を、長崎市で開催。両市特別法に よる建設事業促進・原爆犠牲者の援護に関する請願書を政府・国会に提出・共同陳情することを決定。 |
| 2 | 22 | エズラー・デニング英国大使、来崎。 |
| 2 | 25 | 長崎市立山里小学校、自主教育研究会に合わせて「永井博士と浦上の子ら」遺品展を開催。 |
| 3 | 3 | 長崎市議会副議長ら、原爆犠牲者援護など陳情のため上京。同市社会課の調査によると、原爆死亡者73884人うち徴用工6582人・動員学徒3413人・挺身隊員50人計10045人(推定)。 |
| 3 | 4 | 長崎市立城山小学校、教育心理学専門家を招き、原爆学級編成について協議。 |
| 3 | 7 | 長崎市、原爆犠牲者調査要項の説明会実施。調査対象:国民勤労隊・徴用工・学徒報国隊・女子挺身隊、3月10日から31日まで市内民生委員が戸別訪問。 |
| 3 | 8 | 長崎市立城山小学校、同校入学予定児童の身体検査を実施。うち、原爆被災児童36名に対しては別個に知能検査を実施。 |
| 3 | 11 | 長崎県議会厚生委員会、遺族援護法の原爆犠牲者への適用を政府に陳情する請願採択。 |
| 3 | 12 | 長崎復興平和博の工事現場から掘り出された原爆犠牲者の遺骨の慰霊祭を執行 |
| 3 | 14? | 大村市社会課、長崎原爆による死傷者調査実施中、該当者に届出要望。 |
| 3 | 17 | 長崎市平和祈念像協賛会、理事会を開催。20日から2000万円を目標に募金運動を実施することを決定。 |
| 3 | 18 | 広島県世話課長、全国世話課長会議より帰任報告。審議中の戦傷病者戦没者遺族等援護法案は、純軍人軍属を対象とし、広島市の原爆死没動員学徒・徴用工などは見込みがない。 |
| 3 | 18 | ABCC、原爆被害調査研究発表会、長崎市で開催。白血病・遺伝等に関する研究発表。 |
| 3 | 22 | 広島長崎特別都市建設期成委員会長任都栗一興、原爆犠牲者援護の中央陳情より帰任報告。広島県世話課長の報告を否定し、犠牲者の調査書が提出されれば 、援護予算が計上される見通しであると語る。 |
| 3 | 24 | 原爆殉難者供養塔保存会、長崎市岩川町の供養塔前で彼岸会追悼法要を執行。 |
| 3 | 24 | 中村巌原爆の子友の会会長ら30名、大阪大学理学部で京阪神の少年少女と交歓会を開く。 |
| 3 | 25 | 広島市、原爆死没者(学徒・徴用工など)調査ほぼ完了。国民義勇隊3374人・動員学徒5796人・女子挺身隊550人・徴用工688人・所属不明380人、計10788人判明。 |
| 3 | 26 | 衆院厚生委戦傷病者戦没者遺家族等援護法案をめぐる公聴会第2日。公述人と して広島県原爆犠牲者遺家族援護促進委員会委員長任都栗司(広島市市議)出席、原爆被災学徒・女子挺身隊員・徴用工・義勇隊員の遺家族も援護対象とするよう主張。 |
| 3 | 27 | 僧職小林葆生、再軍備に反対して広島市原爆ドーム横の大仏殿で割腹自殺をはかる(朝日新聞)。 |
| 3 | 28 | 広島戦災児育成所の原爆孤児10名、中学卒業祝いに上京。 |
| 3 | 28 | 長崎市の東宝喜楽館、映画「長崎の歌は忘れじ」の招待試写会を開催。 |
| 3 | 28 | 広島逓信病院、被爆職員の体験発表座談会開催。 |
| 3 | 29 | 広島県教職員組合第9回定期大会.-30日。「教え子を戦場に送るな」のスローガンを採択する. |
| 3 | 29 | 新藤兼人、「原爆の子」のシナリオの下調べのため広島入り。原爆1号の吉川清のケロイドを見る。(「世界」1952.8) |
| 4 | 1 | 戦没者遺家族援護法が、原爆死没学徒・徴用工に適用されることが判明。 |
| 4 | 4 | 長崎市立城山小学校入学式。新入学児童259人(うち被爆児童40人)を対象に 原爆学級2クラスを編成。 |
| 4 | 7 | 広島の原爆当日に生まれた3人、小学校に入学。 |
| 4 | 10 | 長崎復興平和博覧会、開幕。 |
| 4 | 13 | 長崎ユネスコ協会、松山町の原爆公園でユネスコ移動公民学校を開催。 |
| 4 | 19 | 日本学術会議、講和発効後の原爆医療調査の再開を決定。(毎日新聞) |
| 4 | 21 | ABCC、講和発効後、研究が日本側に引き継がれるという報道を否定。 |
| 4 | 22? | 広島市児童福祉事務所、未亡人の生活実態調査の結果をまとめる。主な原因:夫が戦没・戦災死したもの1301名、病死989名、不慮の死124名。 |
| 4 | 23 | 長崎市議会原爆都市建設特別委員会、講和条約発効後、米国に原爆被災者遺族 に対する特別援助を懇請することを決議。 |
| 4 | 25 | 戦傷病者戦没者遺族等援護法案、成立。国家総動員法による徴用工・動員学徒・女子挺身隊・国民義勇隊員死没者の遺族に弔慰金支給。 |
| 4 | 25 | 元広島市復興顧問モントゴメリー、市役所を訪問。 |
| 4 | 28 | サンフランシスコ「平和」、日米安保条約発効。 |
| 4 | 28 | 戦傷病者戦没者遺族等援護法成立の報告会、広島市で開催。 |
| 4 | 28 | 長崎国際文化会館、起工式を挙行。 |
| 4 | 30 | 戦傷病者戦没者遺族等援護法公布。 |
| 5 | 1 | 講和後初のメーデー.県下で4万人参加.広島では松川裁判の公正を求める緊急動議可決.会場に原爆の惨状を描いた絵や写真 100枚近くを展示. |
| 5 | 2 | 広島県・市、戦没者追悼式を広島市児童文化会館前広場で開催。約1万人が参加。 |
| 5 | 3 | 原爆の子友の会、広島大学図書館で大阪原爆の子を守る会と交歓会を開催。 |
| 5 | 4 | 広島原爆犠牲者12800柱を靖国神社へ合祀。 |
| 5 | 7 | 原爆犠牲者遺家族援護促進委員長任都栗一興、靖国神社へ合祀された広島市の原爆死没者のうち、学徒義勇隊死亡者8205人分の名簿を同神社に納める。 |
| 5 | 12 | 広島長崎両県出身国会議員、「広島長崎特別都市建設促進議員連盟」を結成。両県特別都市建設事業促進と原爆犠牲者遺家族の援護措置の実現を図る。 |
| 5 | 12 | 全国世話課長会議、東京で開催。遺族援護法による広島県昭和27年度年金・弔慰金額決定。原爆死没学徒・徴用工など(約2万人)に、一時金1柱3万円支給 |
| 5 | 20 | 社会科学研究会(広島文理科大学)、吉川清の写真50葉と土井晩鐘の原爆の画12点で原爆展を開催。中野好夫が参加し座談会を開く。-21日。 |
| 5 | 20 | 文芸春秋新社、広島市中央公民館で中野好夫・真杉静枝らを迎えて文芸講演会を開催。 |
| 5 | 20? | 広島長崎特別都市建設促進議員連盟、当面の運動方針決定。政府またはアメリカが一般の原爆傷害者の治療の責任をとる、など。 |
| 5 | 23? | 外務・文部両省、6月26日からニューヨークで開催される国際児童図書展覧会 に「原爆の子」(岩波書店)など18点を出品することを決める。 |
| 6 | 5 | 近代映画協会の映画「原爆の子」、広島市内でクランクイン。 |
| 6 | 06? | 広島県・市、遺族援護法による原爆死没者弔慰金の支払いについて、被爆証明の方法の基本方針を決定。遺族または団体責任者(町内会長・学校長・事業主など)の申請により市長が証明、そのための特別調査会を設置。(朝日新聞) |
| 6 | 10 | 広島の原爆乙女9人と「原爆一号」吉川清、作家真杉静枝らの斡旋で、東大付 属病院小石川分院外科で受診。広島ピースセンター理事長長田新ら同行。入院・治療費の募金運動への動き活発化。 |
| 6 | 11 | 原爆乙女の一行10名、東京・巣鴨拘置所を慰問。吉川清、大田洋子より抗議の電話を受ける。 |
| 6 | 12 | 原爆乙女らの慰問を受けた巣鴨の戦犯ら、楠瀬常雄に感想文を託す。 |
| 6 | 14 | ヒロシマ・ピース・センター事務局長マーヴィン・グリーン、来広。15日、流 川教会で孤児約60名と対面。 |
| 6 | 14 | 原爆乙女ら一行、東京から帰広。映画「原爆の子」のロケ隊が出迎え。 |
| 6 | 15 | 峠三吉「原爆詩集」(青木文庫)を刊行. |
| 6 | 19 | 木村忠二郎引揚援護庁長官、来広。原爆死没者の弔慰金について、広島市から被爆証明方法などの正式な申請があり次第早急に対応すると発言。 |
| 6 | 20? | 広島市、原爆死没者の弔慰金支払いについて資料完備のため、7月1日の住民登 録で再調査を計画。 |
| 6 | 21 | 中国5県民生部長会議、広島市で開催。旧総動員法関係の犠牲者に対する弔慰金の支給方法等について協議。(朝日新聞) |
| 6 | 21? | 広島市役所職員組合、映画「原爆の子」完成のために募金活動をおこなうことを決める。 |
| 6 | 22 | 長崎復興平和博覧会、閉幕。 |
| 6 | 25 | 長崎市戸町中学校教師酒井春子(29歳)、急性白血病で死亡。 |
| 6 | 25 | 広島地区労働組合会議、結成大会を開催。8月6日に平和大会を開催することを決議。 |
| 6 | 27 | 広島の画家福井芳郎、原爆の記録画の制作に着手(朝日新聞)。 |
| 6 | ? | 「婦人タイムズ」、吉川清と神近市子の対談「私タチハ見世物デハナイ-”原爆娘”の上京をめぐって」を掲載。 |
| 6 | 末 | 吉川清、峠三吉・山代巴・増岡敏和・川手健らに被害者組織作りについて相談 |
| 7 | 1 | 広島市、市内外科医・診療所の無料奉仕で、原爆症に悩む市民を対象に、治療の可否・治療のための必要経費など調査(15日まで)。 |
| 7 | 2 | 第5回広島長崎特別都市建設期成委員会、広島市で開催。外国資金による被爆 者治療機関設立など政府への要望事項決議。原爆死没学徒の靖国神社合祀推進を申し合わせ。 |
| 7 | 02? | 浜井広島市長、文芸春秋6月号のトレイシー女史のヒロシマ印象記に抗議を表明。07 04 広島市議会厚生委員会の一行、金輪島で原爆遺骨約10体を発掘。 |
| 7 | 04? | 広島市、8月6日に原爆慰霊碑に奉納する過去帳を製作中。心当たりの者へ市調査課への届出を要望。 |
| 7 | 5 | 任都栗遺家族連盟会長ら、広島市の金輪島で4日発見された原爆死没者の遺骨 を発掘収容(29柱)。 |
| 7 | 9 | 大山郁夫を迎えた広島市児童文化会館で平和講演会.聴衆3000人.アジアの不戦を強調. |
| 7 | 10 | 広島県安芸郡坂町で、原爆死没者遺骨発見。関係者の話によると、埋葬された遺体は160体以上。 |
| 7 | 10 | 原爆傷害者厚生会、広島市内・朝日ホールで懇談会を開催。会員50人、映画「原爆の子」ロケ中の新藤監督・乙羽信子らも出席。参加者から「原爆投下についての米国の責任」が問題にされ、損害賠償の訴えがなされる。 |
| 7 | 12 | 広島ピース・センター東京協力会、発足。 |
| 7 | 13 | 広島平和友の会,YMCAで例会.FOR川本一郎,海田市町議法山大麓の実相報告をうけ,海田市への火薬庫設置反対を決議. |
| 7 | 13 | ラジオ東京、原爆記念日に放送の「原爆の体験についての座談会」を長崎市で収録。 |
| 7 | 13 | 長崎市永井図書館起工式。 |
| 7 | 13 | 仁都栗一興広島・長崎特別都市建設期成委員会(委員長)、オーナー・トレイシーに抗議文を発送。 |
| 7 | 13? | 広島の旧陸軍船舶部隊関係者、被爆直後の原爆負傷・死没者の輸送・遺体処理について証言。似島(約7000人)・金輪島(2-3000千人)・坂村鯛尾(5-600人)・小屋浦に輸送。 |
| 7 | 14 | 広島の原爆乙女3人、上京し、東大病院小石川分院に入院。12日発足したヒロ シマ・ピースセンター東京協力会(真杉静枝・池田満子蔵相夫人ら)が、治療費など負担。 |
| 7 | 15 | ABCC運輸部労働組合結成.18日組合つぶしのための解雇通告.8月8日,9月4日労組48時間ストライキ.9月9日妥結. |
| 7 | 18 | 広島市内外科医・診療所で行われた原爆傷害者の調査(7月1日~15日)結果まとまる。カルテ1405人のうち完全回復の見込み214人・ある程度回復の見込み467人で治療費約300万円の見込み。 |
| 7 | 19 | 長崎ユネスコ協力会、勝本清一郎日本ユネスコ連盟理事長を迎えて、講演会を開催。 |
| 7 | 21 | 長崎市、平和記念祭準備実行委員会を市議会議場で開催。学校・文化団体・宗教団体・民生委員など約50名が参加。 |
| 7 | 23 | ABCC、広島市に、原爆生存者調査(1950年10月1日国勢調査と同時実施) の結果を通知。広島原爆の被爆生存者は全国で157575人うち広島市内に98102 人。 |
| 7 | 23 | 長崎特別都市建設期成委員会、長崎市議会議場で開催。 |
| 7 | 24 | 長崎市平和祈念祭準備委員会、広島の中・高校生を招待して「平和への誓」を発表してもらうことを申し合わせる。 |
| 7 | 27? | 長崎市・長崎県教育委員会・長崎民友新聞社、原爆体験記募集(8月5日まで、7日審査会)。 |
| 7 | 28 | 吉川清、原爆娘を宣伝に利用していると谷本清に抗議。 |
| 7 | 29 | 朝日新聞(広島版)、連載「原爆白書」(~8月2日,5回). |
| 7 | 30 | 東京都平和会議・世界政府協会・キリスト者平和の会、東京都渋谷公会堂で大原爆展を開催(-8月2日)。(アカハタ) |
| 7 | 30 | 原爆の子友の会の一行20名、上阪。 |
| 7 | 31 | 広島市、市内二葉山ろくで、原爆死没者遺体52体を発掘。 |
| 8 | 1 | 東大斉藤信房助教授、長崎の泥砂土からプルトニウムの検出に成功。 |
| 8 | 1 | 平和擁護日本委員会、世界平和評議会書記長ラフィットの広島平和国民大会・全九州平和大会宛の祝電を受け取る(アカハタ)。 |
| 8 | 3 | 肥川治一郎編「原爆の子―広島の少年少女・魂の叫び」(日本労働組合総評議会情報出版部)発刊. |
| 8 | 4 | 広島長崎特別都市建設期成委員会、長崎市で開催。任都栗委員長、ABCCに対し原子病患者をモルモットぐらいにしか考えていないと批判。被爆者に対する治療機関・社会施設の建設など米への申し入れを決定。(読売新聞) |
| 8 | 4 | 広島高検など在広治安取締関係首脳部、治安懇談会を開催。共産党の平和市民大会に厳戒体制で臨むことを決定。 |
| 8 | 5 | 長崎市・長崎県教育委員会・長崎民友新聞社、「私の原爆体験記」の募集を締め切る。9日、民友新聞紙上に掲載。 |
| 8 | 5 | 広島市中島供養塔で、広島市内・近郊で発掘された原爆死没者遺骨のうち無縁仏506柱の納骨法会開催。 |
| 8 | 05? | 国際医師会議(10月16-18日於イタリア・モンテカチーニ)で、「原爆症に関する日本医師有志の見解」(同会議日本準備会が本部に送ったもの)が、正式議題として採択されることになり、同準備会、草野信男・山本杉・塩田正雄の派遣を決定。 |
| 8 | 6 | 広島市慰霊式ならびに平和記念式典、中島公園内慰霊碑前で開催。約1000名参加。 |
| 8 | 6 | 岩国基地駐留英連邦軍の軍用機、平和式典上空から三色の花輪をパラシュートに付して投下。 |
| 8 | 6 | 平和記念都市建設碑(原爆慰霊碑)除幕. |
| 8 | 6 | 浜井広島市長、チェコのプラーグ市世界平和委員会から平和記念式に寄せる電報を受け取る。 |
| 8 | 6 | 広島地区労,平和国民大会を開催(原爆記念館前で).800人参加. |
| 8 | 6 | 峠三吉,広島平和祭で詩「八月六日」「よびかけ」を朗読.25日「アカハタ」掲載. |
| 8 | 6 | 「広島―戦争と都市」(岩波写真文庫)発刊. |
| 8 | 6 | 「アサヒグラフ」8月6日号,「原爆被害の初公開」を特集. |
| 8 | 6 | 世界連邦建設同盟・同広島協議会・同国会議員会、衆議院会館で世界連邦アジア会議の準備大会を開催。(朝日新聞) |
| 8 | 6 | 広島県海田市町青年郷友会、明顕寺で原爆犠牲者追弔会を開催。 |
| 8 | 6 | 旧広島県立二中の慰霊碑の除幕式。 |
| 8 | 6 | 広島市の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑除幕、過去帳奉納。 |
| 8 | 6 | 広島戦災供養会、広島県宗教連盟による慰霊祭を、中島供養塔で執行。約2000人が参列。 |
| 8 | 6 | 宗教者平和運動協議会・広島長崎両県在京県人会など、ノー・モア・ヒロシマ平和法要を東京・築地本願寺で挙行。 |
| 8 | 6 | 比婆郡庄原町・宝蔵寺の原爆犠牲軍人の碑前で追悼会。 |
| 8 | 6 | 長崎市原爆資料保存委員会、長崎市城山小学校で原爆思い出座談会を開催。 |
| 8 | 6 | 武蔵野市平和懇談会、井の頭公園で「大原爆展」を開催。-10日。 |
| 8 | 6 | テーラーABCC所長、ABCC批判に対し、ABCCは完全な診断を行っており、これは完全な治療の第一歩であると回答。 |
| 8 | 6 | 映画「原爆の子」(近代映画協会・劇団民芸製作、新藤兼人監督)、広島で初公開。吉村公三郎・新藤兼人・乙羽信子・宇野重吉ら広島入りし、各方面に挨拶。 |
| 8 | 6 | 吉川清など原爆被害者の会の発起人、平和記念式典会場で会員を募集。 |
| 8 | 6 | 広島平和国民大会、広島市民広場で開催。原爆1号患者吉川清らが、挨拶。 |
| 8 | 6 | 郵便友の会第4回全国大会、広島市で開催。 |
| 8 | 7 | 広島郵政局、広島駅前の平和記念ポストの除幕式を挙行(朝日新聞)。 |
| 8 | 8 | 広島市の児童・生徒代表2人、長崎市平和祈年祭に出席のため長崎入り。 |
| 8 | 8 | 長崎市、平和祈念祭を三菱会館で挙行。午後7時半開会。約3000人が参加長崎市平和祈念祭式次=開会の辞、「平和の誓」斉唱(長崎放送合唱団、長崎東登校合唱団)、式辞(長崎市長)、メッセージ(県知事、市議会議長、日本国連協会長崎支部長、長崎ユネスコ協力会長)、長崎・広島両市高校生「平和の誓」朗読(4名)、宣言(長崎市長)、閉会の辞、映画「長崎の歌忘れじ」他。 |
| 8 | 08? | 6日広島市の慰霊碑に奉納された過去帳(57902人分)に記帳もれの265人判明 今後の判明分とまとめて翌年8月6日に追加記帳。 |
| 8 | 9 | 長崎市、「長崎市原爆犠牲者慰霊式」を国際平和記念公園で開催。午前10時半から。式次=開式の辞(杉本市議)、「平和の長崎から」斉唱(カトリック合唱団、市署ブラスバンド)、追悼の辞(長崎市長)、慰霊の辞(遺族代表・遺児代表)、供花(長崎市長、同婦人、遺族代表30名)、黙祷(11時2分)全市一斉、<あの子らの碑>(山里小学校児童、市署ブラスバンド)、閉会の辞。 |
| 8 | 9 | 諌早市長田婦人会、同中学校で原爆犠牲者慰霊祭を執行。 |
| 8 | 9 | 大村市、市内野田墓地で原爆で死亡した無縁仏111柱の供養祭を執行。 |
| 8 | 9 | 長崎・大橋原爆供養塔奉賛会、元三菱長崎兵器製作所大橋工場跡で原爆殉難者の追悼法要を挙行。 |
| 8 | 9 | 長崎刑務所長崎支所、原爆犠牲者の慰霊祭をかねて慰霊塔の除幕式を挙行。 |
| 8 | 9 | 長崎大学、医学部講堂で原爆追悼慰霊祭を執行。 |
| 8 | 9 | 長崎県教組・県労評など、平和大会を開催。 |
| 8 | 09? | 長崎婦人少年室、原爆による婦人負傷者の被害程度とその後の症状を調査、結果発表。 |
| 8 | 10 | 原爆被害者の会発会式.吉川清・佐伯晴代・内山正一・上松時枝・峠三吉の5 幹事を決定.事務局を原爆ドーム裏吉川清方に置く。 |
| 8 | 10 | 学芸光画社、スライド「原爆の子」を製作。 |
| 8 | 10 | 藤田隆国(広島市妙法寺僧侶、原爆被害者の会発起人)、電産長崎県支部、日教組支部などを訪問、長崎での被害者の会の組織化を呼びかける。(長崎民友) |
| 8 | 10 | 長崎市城山小学校で広島の生徒を迎えて被爆児童座談会を開催。 |
| 8 | 12 | 長崎市桜馬場町一区自治会、戦没者・原爆死没者の慰霊祭を天満宮で執行。 |
| 8 | 12 | 第7回日本公衆衛生学会(於札幌)で、ABCCのレイノルズ博士、被爆児童 の発育調査結果報告。 |
| 8 | 13 | 八木保太郎を囲む広島県教組と原爆の子友の会共催の座談会、広島市内の教育会館で開催。約70人(吉川清・谷本清ら)が参加。 |
| 8 | 15 | 立川平和懇談会、赤松・丸木「原爆の図」5部作と東京都立大学の学生有志が集めた写真資料をもとに原爆展を開催。3日間。入場者総数は9907名(子供を加えると1万2000名以上)。(「平和のために-原爆展感想文より」 |
| 8 | 16 | 長崎市信愛女学院、「平和の乙女の碑」を除幕。 |
| 8 | 16 | 原爆の子友の会の一行20人、東京神田・教育会館で芝居「原爆の子」を上演 |
| 8 | 18 | 長崎市婦人会評議員会,広島市婦人会と提携して平和運動に乗り出すことを決定。08 20 長崎大学医学部、長崎市内巡回原爆障害者調査開始(30日まで)。 |
| 8 | 23 | 吉川清、朝日出版社が「ヒロシマの写真記録」に自分のケロイド写真を無断掲載していることについて抗議文を出す。 |
| 8 | 24 | 原爆被害者の会、広島市原爆ドーム裏の吉川清宅で第1回幹事会を開催。原爆傷害者の治療は投下国あるいは日本の政府の責任として、無料診断と治療などを政府・国会・広島市当局などに陳情することを決定。(「社会タイムス」9.7、人類愛善) |
| 8 | 25 | アカハタ、峠三吉の詩「八月六日」を掲載。 |
| 8 | 25 | 長崎大学医学部、原爆被害者調査中間報告、76人検診。 |
| 8 | 25? | アサヒ・ニュース原爆特集(363号)、公開される。被爆直後のフィルムの一 部(アカハタ)。 |
| 8 | 26 | 長崎県福江町、同町の軍人・軍属・原爆犠牲者の合同慰霊祭を執行。 |
| 8 | 26? | 新星プロ、「原爆の図」の映画化を計画。(朝日新聞) |
| 8 | 30? | 厚生省、ABCCの研究範囲を広島・長崎両県下郡部在住の被爆者(約4万5千人)まで拡大することを決定。(誤報) |
| 9 | 1 | 原爆の詩編さん委員会,「原子雲の下より」(青木文庫)発刊. |
| 9 | 3 | 原爆乙女の治療募金に関する懇談会、東京で開催。ヒロシマピースセンター東京協力会が中心となり、全国に募金を呼びかけ。12日~14日、東京で募金サイン会実施、40万円の純益。 |
| 9 | 4 | 広島市社会課、市内外科医・診療所の協力による原爆障害者調査(7月1日から実施)のカルテ869人分を集計、半数以上が治療すれば全快もしくは快方に向 かう見込み。 |
| 9 | 9 | 映画「原爆の子」、長崎市喜楽館で特別招待試写会。 |
| 9 | 12 | ヒロシマ・ピース・センター東京協力会、原爆乙女達のための一流スター(高峰秀子ら)ブロマイド募金を東京銀座・松阪屋で開催(-14日)。 |
| 9 | 13 | 「原爆症状研究会」および「国際医師会議を支持する市民の夕べ」(同会議日本準備会長崎支部主催)、長崎市で開催。同会議に出席する東大外科塩月正雄出席。 |
| 9 | 16 | 古月舞踊研究所、「ノーモア・ヒロシマズ」の最後の振付けを原爆ドーム内で実施(朝日新聞)。 |
| 9 | 17 | 広島市の原爆被害者の会協力会など、基金募集のため新協劇団「死んだ海」の公演を児童文化会館で開催。 |
| 9 | 17? | 広島大学理学部分析化学研究室、放射能総合研究室の設立を計画。 |
| 9 | 18 | 長崎大学医学部調外科部長・田川長崎市長・溝上長崎市議会議長、被爆者治療対策について協議。調外科、8月以降被爆者277人を無料診療、被爆者に受診を呼びかけ。 |
| 9 | 18 | 吉川清、西宮市の映画「原爆の子」推薦懇談会の招きで西宮市入り。 |
| 9 | 20 | 広島市社会福祉事務所の調査によると、同市内の身体障害者手帳交付済みの者 1182人、うち原爆による障害者は6人。 |
| 9 | 20 | 国際医師会議準備会・朝日新聞社、講演会「原子爆弾と医学」を東京本社で開催。講師:都築正男、山本杉、林タカシ、永井潜。 |
| 9 | 20 | 吉川清、西宮市東口公会堂で開催の「原爆の体験を聞く夕」で講演。 |
| 9 | 23 | 広島市・中国新聞社、古月舞踊研究所の舞踊劇「ノー・モア・ヒロシマズ」の公演を児童文化会館で行う。 |
| 9 | 24? | 広島原爆の子友の会、国際医師会議に提出するため原爆体験記を募集。 |
| 9 | 25 | 読売新聞、広島入りする世界的な理論物理学者一行に対する藤原広島大学理学部長・児玉達朗(広島大学理学部学生)・村戸由子・長岡省吾・吉川清の談話を掲載。 |
| 9 | 26 | 日本放射災害剖検委員会、第2回会合を広島市のABCCで開催。 |
| 9 | 28 | アカハタ、S・Yの詩「ピカドンを許さない-ある原爆展の会場にて」を掲載 |
| 9 | 29 | 日本学術会議原子爆弾災害調査研究班第1回協議会、呉市(広島医大)で開催 白血病・白内障・ケロイドに関する研究発表。 |
| 9 | 29 | 吉川清、LIFEに紹介される。 |
| 10 | 3 | 英国がオーストラリアのモンテ・ベロ島で、初の原爆実験。3番目の核保有国 に。 |
| 10 | 6 | 吉川清(原爆被害者の会)、武谷三男・佐久間澄・川手健らとともにABCCを訪問。テーラー所長に無料治療機関を設置するよう要求し拒否される。 |
| 10 | 7 | アカハタ、映画「原爆の図」(今井正作品・新星映画社)を紹介。 |
| 10 | 7 | 広島文化振興会・広島県・市教委、武谷三男を迎えて自然科学講座を開催。 |
| 10 | 9 | フロイド・シュモー、長崎市役所を訪問。 |
| 10 | 11 | イタリア・モンテカチーニで開催予定の国際医師会議が、同国政府により開催禁止されたことが判明。 |
| 10 | 12 | 第2回世界仏教徒会議広島大会,児童文化会館前広場に20数カ国代表180名参 加. (13日まで) |
| 10 | 15 | 京都市立美術館で原爆乙女献金似顔絵画き行動美術展を開催(-26日)。 |
| 10 | 16? | 広島市遺族厚生連盟支部長会、原爆関係に年金・弔意金を早急に交付するよう厚生大臣などの要請することを決定。 |
| 10 | 17 | 広島市、市内二葉山ろくの原爆遺体発掘作業の再開を決定。 |
| 10 | 17 | 閣議、映画「原爆の子」の海外輸出を禁止。(アカハタ) |
| 10 | 18? | 広島市表彰審査委員会(松坂義正会長)、第1回市政功労者表彰事業として原爆被害を阻止した人の推薦を募る。 |
| 10 | 20 | 原爆被害者の会、第2回幹事会を開催。川手健を正式に事務局長とし、人件費 の支出(月3,000円)を決定。ABCCに一切協力しないことを決定、ウィーンで 開催予定の世界諸国民平和大会に送る代表に吉川清を選出。 |
| 10 | 23 | 山下義信参院議員によると、11月上旬、原爆死没者弔慰金の支給対象に関する厚生省次官通報が発令され、年内に支給開始の見込み。 |
| 10 | 24 | マーフィ駐日米国大使、来崎。 |
| 10 | 30 | ダルメスワール世界平和仏教徒大会インド・セイロン代表ら一行、来崎。 |
| 10 | 30? | 広島県比婆郡庄原町で原爆死亡軍人の遺骨(約80柱)、発掘。(朝日新聞) |
| 11 | 1 | 米国が太平洋マーシャル諸島のエニウェトク環礁で、初の水爆実験。 |
| 11 | 1 | 長崎市山里小学校、5年生以上の児童約600名で「あの子らの碑」第3回設立記 念式を開催。 |
| 11 | 2 | 東京都南多摩郡町田町などの「都南映画教室」の代表、原爆被災者への募金1 万3000円と見舞文200通を持って広島入り。映画「原爆の子」を見て計画(朝 日新聞)。 |
| 11 | 3 | 世界連邦アジア会議,広島市本川小学校で開催.-6日。県労会議・原爆被害者の会・婦人民主クラブ広島支部・新日本文学会広島支部・人民文学広島友のなど17団体が大会へメッセージを寄せる. |
| 11 | 3 | 原爆被害者の会、世界連邦アジア会議参加者に英文のアピール(英文)を発表 |
| 11 | 3 | 世界連邦アジア会議インド代表パール博士、広島市の原爆慰霊碑に参拝。碑文に異論を唱える。 |
| 11 | 4 | 佐古美智子、広島原爆乙女の会40名を代表して世界連邦アジア会議で挨拶。 |
| 11 | 4 | パール博士(インド代表)、世界連邦アジア会議で原爆投下の人道的責任に論及。 |
| 11 | 6 | パール博士,広島ガスビルで開催の高裁・高検主催の懇談会で,アメリカが朝鮮で細菌弾を使用していると非難. |
| 11 | 6 | パール博士,原爆慰霊碑の碑文に異議をとなえる.10日,広大雑賀教授反論 |
| 11 | 7 | 広島市衛生課、市内二葉山ろくの原爆遺体発掘作業開始、4体発見。 |
| 11 | 8 | 横浜市の鶴見文化会、赤松俊子を招いて講演会「原爆の広島」を開催(アカハタ) |
| 11 | 12 | 広島県、原爆犠牲の国民義勇隊員らに対する弔慰金受付事務を開始するよう通知を受ける。国民義勇隊3882、動員学徒6169、徴用工696、女子挺身隊574、その他322、合計11643人。 |
| 11 | 12? | 広島逓信病院外科部長三木直二、原爆によるケロイドの効果的な手術方法を開発。 |
| 11 | 13 | 広島市議会厚生委員会、原爆遺族の弔慰金問題について協議。原爆死没者認定のための審査会の設置など、委員から要望。 |
| 11 | 13 | 広島・長崎特別都市建設委員会、広島市議会で開催。 |
| 11 | 14 | マイキ正岡(アメリカ移民の功労者)、来広。上流川教会で原爆娘13人と対面 |
| 11 | 15 | 「改造」,増刊号「この原爆禍」を発刊. |
| 11 | 16 | 原爆画展、佐世保市公会堂で開幕(4日間)。 |
| 11 | 18 | 山下義信参院議員によると、原爆死没者遺族に弔慰金のほかに遺族年金支給の見込み。 |
| 11 | 18 | 広島市で、原爆遺家族援護促進会、会合。運動方針(国家総動員法による犠牲者の援護対象の枠拡大など)決定。 |
| 11 | 19 | 広島市議会厚生委員会、原爆死没者弔慰金の取扱・五日市戦災児育成所の広島市への移管などについて協議。 |
| 11 | 19 | 長崎大学医学部の曲がり煙突の取り壊し始まる。 |
| 11 | 19 | ハロルド・ブルー博士、ABCC顧問として来広。 |
| 11 | 20 | 広島市、京都市伏見板橋小学校の「原爆にあった人を慰める会」から慰問文23 0通などを受け取る。 |
| 11 | 20? | 広島市、原爆当時の地域国民義勇隊幹部名簿作製中、関係者の連絡を要望。 |
| 11 | 22 | 第28回長崎医学会総会、長崎市で開催。長崎大学医学部朝永助教授、原爆と白血病の関係について、とくに関係づけるものはない、と報告。 |
| 11 | 24 | 第3回広島市民生委員・児童委員大会。末高早大教授が講演。 |
| 11 | 28 | 引揚援護庁事務官来広、戦傷病者遺族等援護法に基づく原爆死没者関係弔慰金交付の厚生次官通牒を広島県・市に交付。交付の対象は、国民義勇隊員で、8 月6日疎開作業中被爆死亡した者。 |
| 11 | 29? | 広島県、ベルギー大使館から原爆前後の妊産婦の取扱についての問い合わせを受け取る。内務省の原爆攻撃対策のため。 |
| 12 | 4 | 広島市、原爆死没国民義勇隊員の弔慰金支給について、名簿作成のため、当時の義勇隊隊長などに隊員の認定を依頼。 |
| 12 | 4 | 原爆被害者の会、第3回幹事会を開催。(「半年の足跡」) |
| 12 | 06? | 元海軍指定管理工場長崎三菱4工場に勤務中原爆・空襲によって死亡した徴用 工・動員学徒・女子挺身隊員の靖国神社合祀が決定、長崎市、該当者に軍属任命手続きを呼びかけ。 |
| 12 | 7 | 東京都目黒区の羅漢寺で移動演劇団「さくら隊」の原爆殉難碑、除幕 |
| 12 | 8 | 東大病院小石川分院に入院治療中の原爆乙女の治療経過中間報告会(ヒロシマピースセンター東京協力会主催)、東京で開催。(朝日新聞) |
| 12 | 08? | 朝日ニュース、映画「原爆の長崎」を製作。 |
| 12 | 9 | 広島の原爆乙女(13人)、阪大・大阪市大で受診。 |
| 12 | 9 | 広島・長崎の議員連盟総会を東京で開催。会長に岩沢忠恭参議を決定。 |
| 12 | 12 | ウィーンで諸国民平和大会(19日まで)。 |
| 12 | 12 | 浜井広島市長・広島市議会議長・厚生委員長、原爆都建設促進連盟総会・原爆遺家族援護法適用範囲拡大陳情より帰任・報告。 |
| 12 | 14 | 「原爆乙女の治療-何故東京や大阪でやる?」 |
| 12 | 14 | 原爆被害者の会、第1回総会を開催。6人の幹事を選出:温品道義・神田周三・内山正一・山田正喜・佐良田信夫・吉川清。事務局長:川手健。(「半年の足跡」) |
| 12 | 15 | 作家真杉靜枝から田川長崎市長に、東大清水外科での長崎の原爆娘の治療を照会。 |
| 12 | 15 | ABCCテーラー所長ら、吉川清の案内で広島の原爆被害者の職場や住居を訪問。 |
| 12 | 16 | 広島市、援護法に基づく原爆死没者弔慰金の請求受付開始。対象:地域国民義勇隊・職域国民義勇隊・動員学徒・女子挺身隊のいずれかに属し、建物疎開作業に従事していた者。 |
| 12 | 17? | 原爆被害者の会、原爆ドーム裏吉川清宅内事務局に図書室を開設(朝日新聞) |
| 12 | 18? | 長崎市社会課4月調査によると、同市内の原爆身体障害後遺症者1288人、その うち外科的対象者839人(そのうち長崎大学調外科受診者290人)。 |
| 12 | 19 | 東大清水外科での長崎原爆娘の受け入れ治療・広島ピースセンター東京協力会による入院治療費負担が決定。20日長崎市長に入電。 |
| 12 | 20 | 長崎大学医学部調教授、同大附属病院に入院中の被爆者(山里中学校3年生) への援護を長崎市社会課へ懇請。 |
| 12 | 20 | 原爆被害者の会、「ヒロシマ通信」第1号を発行。(「半年の足跡」) |
| 12 | 21 | 本多市郎国務相(長崎県出身)、長崎原爆娘の治療への尽力を約束。 |
| 12 | 22 | 長崎市議会議員による「原爆長崎議員団」設立準備協議会開催。一般原爆症被害者および遺家族に対する国家の救済要請・原爆総合施療所設立など打合せ。 |
| 12 | 22 | 長崎市議会、原爆娘ならびに全原爆被災者に対する強力な援護対策を求める緊急質問。 |
| 12 | 22? | 広島県立医大附属病院外科、原爆によるケロイド・貧血など各傷病の治療開始を決定。 |
| 12 | 23 | 広島市、広島ピース・センター理事マービン・グリーン女史から新たに25人の精神養子の縁組が出来たとの連絡を受ける(朝日新聞)。 |
| 12 | 23 | ゆかり婦人会(長崎市内の知名人士で組織)、原爆娘救済運動について協議。 |
| 12 | 24 | 原爆死没国民義勇隊・動員学徒らの弔慰金申請の広島県下第1号として、安佐 郡安村の国民義勇隊72人・同郡川内村国民義勇隊188人について、厚生省に申 請(朝日新聞)。 |
| 12 | 24 | 中国新聞社、第1回中国映画賞の作品(邦画特別賞「原爆の子」・洋画第1位「天井桟敷の人々」)鑑賞会を福屋名画劇場で開催(-26日)。 |
| 12 | 25 | 長崎市社会課、東大清水外科で治療を受ける長崎原爆娘の選出に着手 |
| 12 | 25 | 長崎市立永井図書館、開館式を挙行。 |
| 12 | 26 | 長崎市婦人会、原爆娘ならびに一般原爆傷害者救済運動役員協議会開催。街頭募金や催し物の開催を計画。 |
| 12 | 27 | 広島県立医大、広島市に、一般原爆症患者の無料入院治療を申し入れ。 |
| 12 | 28 | 三菱造船労組長崎支部など、原爆図展実行委員会を開催。1958年1月15日から 開催予定。 |
| 12 | 28? | 広島市、12月市議会に原爆障害者治療費20万円計上。(朝日新聞) |
| 12 | 28? | テーラーABCC広島所長、米国整形外科学界次期会長シャンズ会長から原爆症治療班を広島・長崎に派遣したいとの連絡を受ける。 |