「1977年」カテゴリーアーカイブ

広島県原水協年表(1977年)

広島県原水協年表(1977年)

月日 事項
0120 被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム広島準備会設立世話人会結成
1.20 .
1.- 安佐地区で自宅介護者に原爆手帳を求める運動起こる.
3.29 被爆国際シンポジウム広島専門委員会設立総会.
4. 4 被爆者援護法即時制定要求総決起集会. 両広島県被団協の統一集会で, 労働会館に 400人が参加.
4.17 広島県青年連合会第31回定期大会, 「原水禁運動の統一実現のために努力する」との特別決議を採択.
4.21 被爆国際シンポジウム広島準備会発足.
4.26 被爆国際シンポジウム広島準備委員会医学専門調査委員会第 1回会議.
4.27 国連NGO国際シンポジウムを成功させる市民の会.広島YMCA会館に団体代表30人が参加.
5.19 森滝原水禁・草野原水協の両代表, 年内を目途とした組織の統一に合意.
5.22 広島県原水協第23回全県理事会. 19日の草野・森滝合意歓迎を決める.
5.24 被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会第 1回代表委員会.
5.28 広教組呉市支区, 原水禁運動統一の支持を決議. 以後中国放送労組(6.3 ), 全損保広島地協(6.7 ), 広島合同労組(6.10), 日本科学者会議広島県支部(6.11)広教組第45回定期大会(6.15), 自由法曹団広島支部(6.20), 広島市職労第28回緊急執行委員会(6.29)の決議が相次ぐ.
6.11-12 第 5回全国平和教育シンポジウム.
7.12 被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会第 2回幹事会.
7.16 被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会の30人, 広島市内で募金を訴える 7.20 広島県原水協拡大理事会.
7.23 NGO国際シンポ国際調査団広島入り.
7.28 双三郡君田村原水爆統一実行委員会結成.
7.31-8.2 NGO被爆問題国際シンポ開催(広島).
8. 5 1977年原水爆禁止世界大会開会集会.
8. 6 世界大会オープンフォーラム. 市内21会場で.
8. 6 原水爆禁止統一実行委員会主催「1977年原水爆禁止世界大会」. 広島県立体育館に16国際組織, 22国,142人の海外代表を含む 1万3000人が参加.
8. 6-10福山空襲を記録する会主催「福山空襲展」. 天満屋福山店で. のべ 2万人が見学.
8.22 石田原爆訴訟勝利 1周年記念, 桑原裁判の勝利をめざす集会. 広島市社会福祉センターに25人が参加.
8.27 NGO被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会を同継続委員会に改組.
9. 5 赤旗, 東広島市八本松町の川上弾薬庫の拡張計画を暴露.
9.24 広島県原水協など,防衛庁呉施設局に川上弾薬庫拡充計画中止を申し入れる 9.26 呉市議会, 川上弾薬庫拡充反対を決議.
10. 8 広島県労会議第31回定期大会, 「弾薬集散基地化と東広島市川上弾薬庫の拡充に反対する特別決議」を採択.
10.15 広島県原水協第24回理事会.
10.23 広島県原水協・県平和委員会など, 自動車パレードで川上弾薬庫撤去を訴える. 60人参加.
11.15 アリス・ハーズ夫人を記念する山下会の夕べ. 広島YMCA会館に 120人参加. 11.23 第 1回広島県高校生平和文化祭典. 広島市福島町の西隣保館に19校から 120人参加.
12.16 広島県原水協, 広島市でブロック別会議を開催. 30万人の「国連に核兵器完全禁止を要請する署名」を目標にすることを決める.
12.19
1229 広島県議会, 意見書「原子爆弾被爆者等援護法の早期制定について」を採択

 

広島大学と「被災資料センター」

湯崎稔「原爆被災資料の問題をめぐって-広島大学と『被災資料センター』」(『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』、広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会、19770910 )

1. はじめに
2. 被災資料収集活動のはじまり
その先駆的活動
長岡省吾と原爆資料館
3. 「原爆白書」運動の胎動
『原水爆白書』
地元紙による白書キャンペーン
金井の「被害白書」提案
4. 原爆被災白書運動と「資料センター」問題
「談和会」運動
原医研の「標本保存センター」計画
「7人委員会」の白書運動支援
佐藤首相会見と要望書提出
原医研の「原爆被災学術標本センター」の設置要求
「原爆被災学術標本センター」の構想内容
「センター構想」に対する市民の反応
原医研「原爆医学標本センターの開設」
「白書推進委員会」と「市民の会」の発足
「白書推進委員会」の活動
5. 学術会議と「資料センター」設置運動
学術会議の取り組み
「原災研」の発足と資料収集の高まり
資料センターをめぐる研究班活動
学術会議の資料センター設置勧告
センター設立推進運動の展開
センター設立推進組織の発足
全国推進組織の発足と「センター案」の具体化
学術会議の「合同会議」と「被災資料小委員会」
学術会議の政府申入れ
AFIPからの資料返還と世論の高まり
6. 「原爆被災学術資料センター」の発足
7. 結びにかえて-今後の課題

 

 

原爆と広島大学 「生死の火」学術篇

『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死没者慰霊行事委員会、19770910 )

目次

章節
自然科学の部
はじめに 竹山晴夫(広島大学長)
第I章  理・工学関係
第1節  物理学及び化学分野(竹山晴夫、禰宜田久男)
1.広島文理科大学物理学教室員による残存放射能測定 5
2.広島文理科大学化学教室員による残存放射能測定 8
3.平原英治による残存放射能測定 8
4.庄野直美の諸研究 8
5.藤原武夫の爆心の位置推定 8
第2節 動物学分野-原子爆弾災害の動物学的調査
1.情報収集から判断される被爆直後の動物相 9
2.第一次調査における動物相の状況 9
3.放射能による動物への影響を調べるための観察と実験 10
4.第二次調査の動物相の状況 11
第3節  植物学分野(藤田哲夫、安藤久次、田中隆荘)
1.原子爆弾の植物に対する影響調査のこと 12
2.被爆後爆心地附近に生じた雑草の調査と標本展示 16
3.被爆後広島市に残存または出現した蘚苔類の研究 16
4.原子爆弾による被害植物の解剖学的研究 17
第4節 地学分野-原子爆弾による岩石等の表面の剥離現象と溶解現象-(小島丈児)
まえがき 27
1.カコウ岩表面の剥離現象 27
2.岩石等の表面の溶融現象 28
3.熱線と爆風と剥離現象の前後関係 28
4.広島と長崎の比較 30
第5節  建築学分野(佐藤重夫、葛西重男)
1.広島原爆ドーム保存工事 31
2.原爆による広島市内建築物の破壊調査 37
第Ⅱ章 医学関係
第1節  原子爆弾被爆と医学研究-病理学を中心に-(飯島宗一)49
1.被爆影響の医学研究史概観 49
2.広島大学と病理学的寄与 52
3.ABCCと放射線影響研究所 53
4.被爆による医学的障害 55
第2節 医学部における初期の研究と原爆放射能医学研究所の設立(渡辺漸)
第3節  原爆放射能医学研究所の設立前後(志水清)
第4節 原爆放射能医学研究所における将来計画と協同研究への歩み(岡本直正)
第5節 ヒロシマと原爆(西丸和義)
1.私とその周辺 62
2.県立医専から医学部の周辺 63
第6節  原爆症の病理学的争点 体験からの考察-(杉原芳夫)65
1.原爆ケロイド 66
2.慢性原爆症-原爆の遅発性影響 68
3.被爆二世 76
おわりに 78
第7節 原爆の放射線量測定(竹下健児)
1.広島原爆と物理的調査 79
2.瞬間放射線 81
3.残存放射能 83
4.考察 87
第8節 原子爆弾被爆直後の罹災者の白血球数について(西丸和義)89
緒言 89
1.調査方法 89
2.調査成績 90
3.考察と総括 91
結語 95
第9節 原爆症ならびにその後遺症と神経精神医学的(小沼十寸穂)98
はしがき
1.原爆症亜急性期に関するもの 97
2.原爆症後遺症と神経精神医学的知見 98
3.その他の関連的知見 101
まとめ 102
第10節 原爆白内障(百々次夫、調枝寛治)105
1.原爆白内障の臨床的観察 105
2.原爆白内障の診断に関して 109
3.実験的研究の概要 110
4.まとめ 111
第11節  原爆被爆婦人の晩発障害と被爆後出産児の異常について
(田渕昭)
1.被爆婦人の晩発障害 112
2.被爆後出産児の異常 117
まとめ 121
第12節  広島における胎内原爆被爆児の障害-とくに発育障害について-
(藤原篤、平位剛)121
はじめに 121
1.流早死産と出産後の早期死亡 122
2.胎内被爆児の発育障害 122
まとめ 126
おわりに 127
第13節 原爆被爆者の内科的障害(蔵本淳)128
第13節 原爆被爆者の内科的障害(蔵本淳)128
1.急性障害の概要と初期の対策活動 128
2.広大原医研内科の診療状況と研究活動 129
第14節 回想 (上村良一)
第15節 原爆症と外科(江崎治夫)
第16節 原爆放射能医学研究所臨床第二(外科)部門研究概況(岩森茂)143
第17節 被爆者における衛生学的研究(奥田久範)145
第18節 悪性新生物の死亡統計(栗原登)147
第19節  広島の原爆被爆者白血病(大北威、高橋宏)151
1.序にかえて:白血病とはどういう病気か 151
2.原爆被爆者の白血病についての研究 152
3.広島における被爆者白血病疫学の概要と近況 155
第20節 広島被爆児より発生せる悪性新生物(大谷敏夫)160
第21節 原爆被爆者の甲状腺疾患(江崎治夫)165
1.はじめに 165
2.予備調査 167
3.研成績 167
付言 173
第22節 被爆者の胃がん、乳がん(服部孝雄、大屋正章、山県司政、名草幸博)174
はじめに 174
1.胃がんについて 175
2.乳がんについて 181
第23節  被爆者の肺癌(徳岡昭治)183
第24節 原爆と皮膚悪性腫瘍(矢村卓也)186
まえがき 186
まとめ 188
第25節  原爆被爆者と尿路性器疾患(石部知行、仁平寛巳、加藤篤二)189
第26節  原爆と唾液腺腫瘍(広瀬文男、武市宜雄)191
1.原爆被曝者に発生した唾液腺腫瘍 194
2.X線照射による唾液腺腫瘍の誘発 196
3.原爆被曝者の剖検例における唾液腺の組織変化 198
4.考察並びに将来の研究方向 199
第27節  放射線発癌-胃、直腸および前立腺における実験癌の誘発-(広瀬文男)
1.実験胃癌の誘発 201
2.実験直腸癌の誘発 207
3.実験前立腺癌の誘発 209
4.結語 210
第28節  速中性子照射による生物学的効果の側面-特に心臓異常発生の実験
奇形学的立場から-(岡本直正、佐藤幸男、日高惟登、秋本向孝、宮原晋一)211
はじめに
1.速中性子と、その生物学的効果について 212
2.心臓異常発生の催奇形源としての速中性子による実験 212
3.速中性子照射後の胚葉細胞の変化いわゆる急性期の症状について 213
4.染色体の変化について 214
5.照射後5日目以降の変化、特に心ループの変化について 214
6.心球部にみられる細胞死について
7.完全大血管の成り立ち方について 216
おわりに 218
第29節 中性子線の生物作用-原医研障害基礎研究師門-(安徳重敏)219
第29節 中性子線の生物作用-原医研障害基礎研究師門-(安徳重敏)219
1.緒言ん 219
2.中性子線およびγ線の物理的性質 219
3.急性致死のRBE 220
4.器管の細胞に対するRBE 221
5.中性子線障害の修飾因子 221
6.原爆放射線の特異性 222
7.結語 224
第30節 放射線の生物学的影響について(澤田昭正)225
1.中性子の影響 225
2.瞬間大線量照射の影響 232
3.DNAに対する放射線の影響 233
第31節 核酸と蛋白質にたいする電」放射線の影響-特にクロスリンクについて-(山本修)226
1.序 236
2.放射線による蛋白質の変性 237
3.含イオウアミノ酸と芳香族アミノ酸の特異的反応性 237
4.蛋白質-蛋白質クロスリンクの機構 238
5.蛋白質-核酸クロスリンクの機構 240
6.核酸-核酸クロスリンクの機構 241
7.生体内で得られた結果 242
8.非共有結合によるクロスリンク 212
9.結語 243
第32節 被爆者をめぐる社会医学的研究の動向(務中昌己)245
はじめに 245
1.研究部門開設の背景とその経過 245
2.研究対象とその学問的意義 245
3.研究の方法とその体制 245
4.研究の経過 246
5.被爆者をめぐる社会医学的研究の概要 217
6.被爆者をめぐる社会医学的研究上の問題点 218
7.被爆者をめぐる社会医学的研究の今後の方向と主たるテーマ 248
おわリに 249
第33節  原爆被災のシミュレーション(渡辺嶺男)249
1.シミュレーション 219
2.構造モデルと過去モデル 250
3.原爆被災の過去モデル 251
4.原爆被災包括モデル 251
第34節 被爆者医療(志水清)252
人文科学の部
第I章 人文科学関係(横田輝俊、磯貝英夫、松元寛)257
第Ⅱ章  社会科学関係(山田浩、北西允、横山英)260
はしがき 260
1.被爆の実態および調査 260
2.平和運動をめぐって 263
3.ヒロシマの戦後と世界の中のヒロシマ 266
第Ⅲ章 平和教育関係(大槻和夫)269
はじめに 269
1.長田新の平和教育論とその実践 269
2.教育学部附属中学校「原爆と平和」 271
3.教育学部社会科教室を中心とする調査研究 272
4.教育学部附属中・高校国語科の試み 273
5.教育学部附属小学校の『子どもと父母と教師が書いた、原爆の記憶』3部作 273
6. 平和教育の発展の中で 274
おわりに 276
原爆被災資料の問題をめぐって-広島大学と「披災資料センター」-(湯崎稔)279
1.はじめに 279
2.被災資料収集活動のはじまり 280
3.「原爆白書」運動の胎動 282
4.原爆被災白書運動と「資料センター」問題 281
5.学術会議と「資料センター」設置運動 291
6.「原爆被災学術資料セター」の発足 311
7.結びにかえて-今後の課題 312
あとがき 横田輝俊 314

 

 

年表:原爆展(1977年)

年表:原爆展(1977年)

記事
01 06 コスタリカ国の新聞記者、広島市長を訪問し原爆資料展の開催について協力要請。
02 08? 広島・長崎両市、今夏国内外で合同原爆開催を計画中と発表。
04 15 オーストラリアの平和団体、広島市から申し入れの原爆展開催を受諾。
04 16 長崎青年会議所、長崎市長に神戸での原爆資料展開催のため資料貸し出しを申し入れ。
06 08 ユネスコ本部事務局次長、長崎の原爆遺物「天使の像」を同本部日本庭園に永久保存されると発表。
07 12 広島・長崎両市、海外三都市での“ヒロシマ・ナガサキ原爆展”開催を決定。
07 27? このほど広島平和文化センター、8月開催のオーストラリアとポーランドでの原爆展にパネル写真など発送。
08 01 西独ハードビッヒシャフェン市の代表来広し、昨年の同市での原爆写真展を見た市民の署名簿を広島市長に手渡す。
08 01 長崎市主催「原爆パネル展」、東京で開催(6日まで)
08 11 「読売新聞連載<戦争>展」大阪で開催(15日まで)「原爆・戦後」のコーナー設置。

 

ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録

『ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録 』(佐々木雄一郎写真、毎日新聞広島支局編 、毎日新聞広島支局、19770701 )

内容

撮影年月日 備考
荒木武
194509 爆心
1948 原爆ドーム
<以下要入力>
ヒロシマの歩み<年表>
ヒロシマと生きて 佐々木雄一郎
ヒロシマに思う 山本皓三
編集後記 河野通宏
編集委員

平和をねがう科学者の意見調査委員会ごあいさつ

 

ごあいさつ
平和をねがう科学者の意見調査委員会
代表者
日本学術会議心理学研究連絡委員会委員長 松本金寿
同    平和問題研究連絡委員会委員長 岡倉古志郎
第二次世界大戦后の戦争が、核戦争であることはご承知のことと思いますが、核戦争は単に人類の破滅を意味するだけでなく、生きとし生けるものすべての絶滅をもたらすビオサイドであることもまた明かであります。従いまして、戦争を防ぎ平和を守ることはすべての国々、すべての国民に課された神聖な義務であります。世界でただ一つの被爆国であり、また類い稀な平和憲法をもや我々日本人は、広島・長崎・ビキニにおける悲惨な体験に基づき卒先して世界の平和を訴えることは、まさに、その任にふさわしい当為と考えられます。
ところで、第二次世界大戦の反省を踏まえ、内外に対する我が国科学者の代表機関として誕生した日本学術会議は、創立后間もなく「戦争を目的とする科学研究には絶対に従わない決意の表明」(昭和二十五年四月の第六回総会)を行い、原子力に関しましても、平和利用のための三原則(民主・自主・公開)を確立いたしました。そして、これらすべての総括として「我が国における平和研究の促進について」という政府への勧告を昭和四十九年十月の第六十六回総会で可決したのであります。
さて、こうした機運に呼応するかのように、日本平和学会・日本平和研究懇談会・日本平和教育研究協議会等が相ついで設立されたのであります。
一方また、広島・長崎を原点とする平和運動も国民的規模から国際的規模へと発展し、昨年十二月には、広島・長崎両市長から国連事務総長への要請「核兵器の廃絶と全面軍縮のために」が受理され、本年七月~八月には、国連NGO主催の「被爆の実相とその後遺、被爆者の実情に関する国際シンポジウム」が広島・長崎の両市で開かれることになりました。
一方また、広島・長崎を原点とする平和運動も国民的規模から国際的規模へと発展し、昨年十一一月には、広島・
長崎両市長から国連事務総長への要請「核兵器の廃絶と全面軍縮のために」が受理され、本年七月~八月には、国連NGO主催の「被爆の実相とその後遺、被爆者の実情に関する国際シンポジウム」が広島・長崎の両市で開かれることになりました。
およそ、以上のような国内的国際的諸情勢に応えるべく、下記八名の心理学徒は、日本学術会議の心理学研究連絡委員会および平和問題研究連絡委員会等のご支持とご協力のもと、平和をねがう科学者の意見調査委員会を組織し、我が国科学者の平和意識に関する研究を行うことにいたしました。これは、各新聞社等による世論調査と併せて、平和をねがう国民の声を世界に伝える一翼となるであろうと考え、来年七月~八月にミュンヘンで行われる第十九回国際応用心理学会での報告を目指して精進をいたしております。つまり、今回の予備調査と今秋実施予定の本調査とが、すなわちこれであります。
どうぞ宜しく、ご協力をお願い申しあげます。
昭和五十二年六月二十日
平和をねがう科学者の意見調査委員会
委員長 松本金寿(日本学術会議・心理学研究連絡委員会委員長)

(1)中央組織
心理学関係 *秋重義治(駒沢大学)、*飽戸弘(東京大学)、*松本金寿(立正大学)、*松村康平(お茶の水女子大学)、*南博(一橋大学)、*中川作一(法政大学)、世良正利(中央大学)、*田中靖政(学習院大学)
日本学術会議・平和問題研究連絡委員会 *岡倉古志郎(委員長・中央大学)・藤原彰(幹事・一橋大学)
日本平和学会 川田侃(会長・上智大学)、日本平和研究懇談会坂本義和(会長・東京大学)日本平和学会 川田侃(会長・上智大学)、日本平和研究懇談会 坂本義和(会長・東京大学)
日本平和教膏研究協議会 *城丸章夫(理事・干葉大学)・永井秀明(理事・広島大学)
(2)広島大学関係
飯島宗一(前学長)、*湯崎稔(原爆被災学術資料調査室)・関寛冶(平和科学研究センター)、久保良敏(広島修道大学)・芝田進午(広島大学)
(3)長崎大学関係
具島兼三郎(学長)、*塩見敏男(長崎大学)、本保善一郎(長崎大学)、武藤雪下(長崎大学)、古川原(長崎造船大学)
(4)事務局
(幹事)牧川亮(東京大学新聞研究所大学院)、(幹事補佐)味村京子(お茶の水女子大学研究生)
*印は実行委員

出典:『科学者の平和意識に関する研究(Ⅰ) 日本心理学会第41回大会特別報告』(平和をねがう科学者の意見調査委員会、1977年9月)

広島新史編修手帖

『広島新史編修手帖』(広島市史編修委員会専門部会編・刊)

目次

No.
No.1 19770801刊
表紙絵 四国五郎
1 創刊にあたって 荒木武(広島市長 )
2 未来への燈台-広島新史の概念 今堀誠二
3 各巻のあらまし 各巻担当者
4 座談会 戦後史に何を望むか
司会 今堀誠二(広大教授、市史編修委員)
語る人(順不同)
木山茂(労働問題研究科)
増田勉(画家、元観音中学校校長)
浜井順三(会社役員)
宮崎朋子(広島女子大生)
佐藤洋子(広島女子大生)
記録 永田守男(中国新聞論説委員、市史編集委員)
5 ヒロシマ・戦後史の証言:写真家・佐々木雄一郎氏に聞く
6 随筆3題
その1  ジュノー博士の資料 大佐古一郎
その2  ワシントン国立公文書館の資料について 中川剛
その3  原爆慰霊碑・碑文の陰に 小堺吉光
7 広島新史編修の概要 編さん室
8 あとがき
No.2 19780806刊
表紙の絵 大手町舗道で 四国五郎
1 広島新史各編の中間報告
[経済編] 中国電力創設事情周辺 高橋衛
[文化編I] 広島市コミュニティ調査 大森元吉・丸山孝一
2 広島・戦後史の証言
広島市の復興計画 小野勝
戦後の食糧事情と中央卸売市場の設立 伴谷勇
広島平和記念都市建設法公布までの歩み 村上幸彦
3 広島新史に期待する 宇吹暁
4 戦前の広島の想い出 佐々木雄一郎
5 公文書館だより 資料収集メモ
6 あとがき
No.3 19790110刊
表紙の絵 流川通り 四国五郎
1 広島新史各編の中間報告
[財政編] 戦後広島市財政の展開 舟場正富
2 ヒロシマ・戦後史の証言
広島市本通りの復興 高田ジュンさんと林正夫さんに聞く
本通り復興と中山良一氏 遺稿二編
平和都市法を動かしたもの 藤本千万太
戦後はじめてのメーデーのころ 竹内多一
3 広島新史に思うこと 金子秀司
4 写真と活字のスケッチ広島 佐々木雄一郎
5 編さん室だより-新聞切抜資料について
6 資料紹介-戸坂村の『戦災者調査票』から
あとがき
No.4 19790806刊
表紙の絵 宇品港 四国五郎
1 広島新史各編の中間報告
[文化編]新聞に報道された戦後の食生活 永田守男
2  ヒロシマ・戦後史の証言
原爆直後の芸備線安芸矢口駅  前田嘉一
被爆翌年の平和復興祭のいきさつ 佐伯武範
3  広島新史に期待する 大西五己
4  写真と活字の指標 佐々木雄一郎
5 広島市の行政資料室 西田貞允
6 <資料紹介> 広島市の戦後復興と町内会 松林俊一
7 公文書館だより 近藤憲男
あとがき

 

年表:平和教育(1977年)

年表:平和教育(1977年)

事項
01 24 廿日市中学2年生制作の、アルミ板被爆者壁画完成。
02 22? このほど広島県下の幼稚園で平和教育実践レポート「幼児の平和教育」まとまる。
02 26 被爆資料を寄贈した広島市の一被爆主婦に、八戸の中学生から版画届く。
03 08 大阪府松原市の高校生、広島に平和研修旅行。(10日まで)
03 08? 広島大、新学期から一般教養科目「戦争と平和に関する総合的考察」開始。
03 17 東京都立小平高校映画研究同好会製作の原爆映画、広島市で初上映。
03 28 修学旅行の東京の女子高校生、長崎市平和公園に参拝し読経。
03 29 広島県下の婦人が集まって、広島主婦同盟設立総会開く。家庭での平和教育推進などの方針決定。
03 30? 広島平和教育研究所、近く新しい平和教育副読本発行予定。
04 07 米国社会教育研究協議会のラーキン事務局長来広し、市長と平和教育について話し合い。
04 16 広島大総合科学部で平和講座「戦争の足音」始まる。
04 20 広島県被爆教師の会など六団体、教科書出版社に原爆問題の記述について公開質問状を送付。
05 11 全国被爆教師の会、被爆教師を無医地区へ配転した長崎県教委に抗議、撤回要求。
05 16? このほど佐伯郡廿日市町中学校生徒による彫金共同壁画「人類の墓標」の制作過程のスライド完成。
05 17 沖縄県浦添中学校の修学旅行生、長崎市の平和祈念像前で、「平和集会」開く。
05 21 広島平和教育研究所、市内で77年度理事会と創立5周年記念式開催。
05 21? このほど、長崎市立西町小学校で、「公教育には不適」と原爆読本を校長が、封印。
05 26 広島平和教育研究所の小中学校用の夏休み帳完成。
05 28 大阪府の女子高校生、修学旅行中、長崎市国際文化会館で平和集会開く。
05 28? 広島平和教育ライブラリ-、設立1周年を迎え、手持ち作品を公開。劇映画「ふたりのイ-ダ」など上映。
05 28? このほど、NGO国際シンポに提出の平和教育部門の報告書(第1次草案)まとまる。
05 28? このほど、来年度からの中学社会科で、原爆・戦争について詳しく記述した教科書が完成。
06 01 東京都上平井中学校の三年生、原爆学習のため広島に修学旅行。昨年に続いて2度目。2日まで滞在。
06 03 県高教組の平和教育推進委員会、広島市内で開催。
06 08 文部省、新「学習指導要領」案発表。「核否定」の記述など消される。
06 08? このほど県高教組平和教育推進委員会、昨年実施した高校生の戦争観のアンケート調査の中間報告まとまる。
06 09 核否定の記述抹消の文部省指導要領(8日)に対し、広島・長崎県教組ら抗議のアピール発表。
06 11 第5回全国平和教育シンポジウム、広島市内で開催。(12日まで)テーマ「ヒロシマ・ナガサキの世界化」。
06 11 第5回全国平和教育シンポジウム、広島市内で開催。(12日まで)テーマ「ヒロシマ・ナガサキの世界化」
06 12 日本平和教育研究協議会、広島市内で第4回総会。文部省の学習指導要領案に抗議の決議。
06 13 広島平和教育ライブラリー、平和記念館で、平和教育映画の上映会。(24日まで)
06 13 長崎県教組平和教育推進委員会、「平和教育旬間」実施。(22日まで)
06 14 広島県教組第45回定期大会、三原市で開催。(15日まで)原爆教育否定する新指導要領に対する抗議など決議。
06 15 長崎市教育長、市議会で、「ナガサキの原爆読本」は副読本として不適当との見解を表明。
06 16 長崎市議会で市長、文部省の新学習指導要領案について遺憾の意表明。社会党議員、被爆教師のへき地への配転について質問。
06 18 長崎県教組、市内で第38回定期大会。平和教育の推進を決議。(17、18日)
06 21 長崎市議会で「平和教育問題」論議。市教委平和教育に消極的態度。
06 23 長崎市教委、小中学校向け「平和に関する学習指導資料(要領)」作成の方針を決定。
06 23? このほど、平和教育の手引書「平和の歩み」の購読をめぐって、長崎県教組と教委の対立が表面化。
06 26 長崎県高教組、最終日。原水禁運動の統一を決議。
06 28 呉市県立広高校で「平和を考える日」として映画鑑賞や講演会。
06 29 文部省、教科書検定結果を発表。
06 29 日教組、「78年版中学校教科書の研究」(研究白書)まとめる。
06 29 佐世保空襲を語り継ぐ会・空襲犠牲者遺族会、鎮魂慰霊平和の塔の除幕式を行う。
07 02 長崎市の西町小学校の“原爆読本追放”(5.21付)についてPTA有志ら、市教委に抗議。「原爆原点に考えぬ」と市教委側応対。
07 08 長崎市立西町小学校の“原爆読本追放”事件で長崎県被爆教師の会、同校校長・市教委に対し公開質問状提出。
07 16 長崎県教組平和教育推進委員会、同市内小・中学生の原爆に関する意識調査まとめる。
07 16 米の大学生来広。原爆資料館など見学。
07 18 文部省、指導要領に核の記述復活させると日本被団協に回答。(→23日)
07 18 法政大付属女子高(横浜市)、校外研究旅行として来広。広商原爆研究部などと交流会。
07 19 長崎県教委、県被爆教師の会編集の「ナガサキの原爆読本」など副読本として不適との見解表明。
07 19 広島市内の高校教師グループ、原爆記述について日本と外国の教科書の比較研究をまとめる。
07 21? このほど長崎市内小学校で、校長が原爆映画のチラシの校内配布を禁止していたことが判明。
07 23 文部省、新指導要領(小・中学校)を正式に告示。核の記述復活。
07 30 本川小学校児童、夏休み返上で登校、平和教育。
08 02 愛知県津島市長、長崎市を訪問。反戦平和推進のため被爆資料など収集。
08 02 長崎市教委、県被爆教師の会などの公開質問に対して“原爆読本”は教材に不適と回答。
08 06 東京上平井中学校生徒、平和祈念式に参列。
08 06 呉市の県立広高校、「広島を考える日」として全員登校。
08 06 佐伯郡五日市小、大竹市小方小、山県郡壬生小でも全員登校。
08 08 長崎県教委の広域人事異動に対する県教組の取り消し要求の訴訟初公判。
08 09 長崎市立西町小学校で校長によって封印された「ナガサキの原爆読本」のうち15冊図書室に戻す。
08 09 長崎県教委、原爆記念日に登校した小・中学校数発表。約3分の2が登校。
08 10 このほど長崎県教組、県教委の実施した広域人事(被爆教師の無医村地区配転など)の違法性を指摘した「人事酷書」まとめる。
08 11 長崎市長、「原爆読本」(県被爆教師の会発行)は思想的に問題ありとの見解表明。
08 16 東京の大学生、ドキュメンタリー制作のため来広。被爆者取材。
08 17? 東京の高校生、ドキュメンタリー映画の制作を機に、8・6後も広島に滞在しヒロシマ行脚。
08 21 東京上平井中学の母親グループ来広。ヒロシマを学習。
09 09? 広島市内祇園中で、夏休みの原爆学習の報告会開く。14日からは校内原爆展。
09 10 長崎市教委、平和教育推進のため「教育問題研究委員会」設置を決定。被爆教師などメンバーから外される。
09 12 米加州の日系人の夏季学校児童の折った千羽ヅル、広島市に届き、広島市立中島小児童が平和公園内「原爆の子の像」にささげる。
09 12 長崎市教委「教育問題研究委」の初会合で、長崎の平和教育は「原爆」を原点としないことを強調。
09 20 定例長崎市議会開会。平和教育問題原爆病院移転などに論議集中。
09 25 東京都足立区の中学校生徒、学校祭で原爆劇「はだしのゲン」を上演。
09 29 熊本県の中学生、修学旅行でヒロシマ学習のため来広。
10 12 被爆教師の会全国連絡会、長崎市内で総会。長崎市教委に、被爆教師の離島配転などについて抗議要求書提出。
10 14 広島YMCAで市民福祉講座。被爆者問題、差別問題がテーマ。
10 26 修学旅行中の大阪府の小学生、原爆病院慰問。
10 28 長野県の定時制高校生、修学旅行で原爆体験学ぶため来広。広島市の高校生と交流会。
10 29 教育問題研究委員会(長崎市教育長の私的諮問機関)、長崎の平和教育の原点は「原爆」でなく「平和を希求する精神」という市教委の方針確認。
10 29? このほど、ヒロシマ学習を目的にした修学旅行が急増し、被爆教師の会などを中心に受け入れセンター設置の要望高まる。
10 29? このほど、安田女子高校・観音高校などで原爆問題をテーマにした文化祭の準備進む。
10 30? このほど、長崎市緑が丘中のメッセージ依頼にこたえて、アメラシンゲ国連議長より返書届く。
11 01 長崎市山里小学校同校で、第28回平和祈念式典開催。
11 12 修学旅行で長崎訪問中の名古屋市の高校生、被爆者に恒例の寄金。
11 23 広島市内で「第1回県高校生平和文化祭典」開催。原爆問題などの研究成果を発表。
11 26 長崎市教育長の諮問機関「教育問題研究委員会」、市教委の提出した平和教育の指導原案にほぼ賛意を表明。
12 09? 修学旅行で長崎市訪問した滋賀県の高校生、被爆者に寄金。
12 15 長崎市教育長、53年度教育要覧に“平和”の項目新設すると市議会で答弁。
12 25 中国四国教育系学生ゼミナール広島大会、広大東雲分校で開催。(29日まで)
12 27 佐伯郡湯来東小の児童の折った千羽ヅル、平和公園内の原爆の子の像に飾られる。

 

 

教科書を国民の手に

『教科書を国民の手に 原爆・戦争記述を中心とした「教科書」分析とその運動と』(広島平和教育研究所・広島県教職員組合、1977?)

内容

■教科書が子どもの手にわたるまで-密室検定と職権採択
■原爆・戦争の記述を中心として社会科教科書を考える―昭和52年版小学校教科書の検定過程を通して
■教科書を国民の手に―教科書裁判のたたかい