「1995年」カテゴリーアーカイブ

反核運動1995

反核運動1995


被爆50周年を迎え、広島・長崎両被爆地はもちろん海外でも、例年になく多彩な行事が催された。また、核軍縮をめぐっても、大きな動きが見られた。核拡散防止条約(NPT)延長・再検討会議(4月-5月、ニューヨークで開催)は、投票無しの全会一致で無期限延長という結果に終わった。同時に、1996年中に包括的核実験禁止条約(CTBT)の締結に向けた合意を達成することが決められたが、その直後の5月15日に中国が新彊ウイグル自治区のロプノル実験場で核実験を実施、6月13日にはフランスが核実験再開の意向を表明した。その後、8月17日に中国(今年第2回目)が、また、9月5日、10月1日、27日、11月22日とフランスが南太平洋ポリネシアのムルロア環礁で核実験を実施した。

【核実験反対運動】

フランスの核実験再開声明に対し、スウェーデン・デンマーク・ドイツなどでフランス製品のボイコット運動が始まり、その他のヨーロッパ諸国や日本にも広まった。また、オーストラリア・日本やフランスなどで、数千人から1万人を超える集会が、繰り返し開催された。国際的な反核団体グリーピースは、9月1日に「虹の戦士2」のボートによるムルロア環礁のフランス領海突入といった直接行動を実施した。また、同フランス支部は、10月28日に世界約30か国から集まった核実験反対の署名約700万人分をシラク大統領あてに送った。

6月29日には、核実験場となるポリネシアの政庁所在地タヒチ島パペーテで、同島始まって以来の約1万2000人による実験反対デモが行われ、実験直前の9月2日には、10数か国の国会議員約100人を含む約2000人による国際抗議集会が開催された。しかし、実験直後の6日に発生した約3000人のタヒチ島ファーア空港への乱入・放火事件後、ポリネシア領内での運動は鎮静化した。

こうした市民レベルの運動と並行して、7月14日の欧州議会(EU)、30日の東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議、9月14日の南太平洋諸国会議(SPF)首脳会議、22日の国際原子力機関(IAEA)第39回総会、11月10日の英連邦首脳会議などで核実験への憂慮や遺憾の意が表明された。また、11月16日には国連第1委員会で日本・オーストラリアなど41か国が共同提案した核実験停止決議案が採択された。国内では、8月4日、参・衆両院の本会議で、それぞれ中国・フランスの核実験に反対する決議が採択され、国内の県市町村議会でも、核実験反対決議があいついだ。

【被爆50周年】

広島・長崎両市では、国連軍縮長崎会議(6月12日-16日、テーマ「過去半世紀における軍縮努力と将来への展望」)、世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋地域会議(6月28日-30日、広島、テーマ「アジア太平洋地域の平和と都市の役割-核兵器廃絶を目指して」)、第45回パグウォッシュ会議(7月24日-29日、広島)、国連非政府組織(NGO)軍縮特別委員会主催「被爆50年国際シンポジウム」(7月31日-8月2日、広島)などの国際会議が開催された。長崎での国連軍縮会議(日本での開催としては7回目)と日本でのパグウォッシュ会議の開催は、被爆50周年を記念して初めて開催されたものであった。両者ともに、これまで核管理や核軍縮を中心テーマとしたものであったが、今回はとくに核廃絶が取り上げられた。

海外のマスコミも被爆50周年に大きな関心を寄せた。広島・長崎両市長は、3月15日、日本外国特派員協会に招かれて講演、広島市の平和記念式典を取材した報道機関は、同市が把握しただけでも21か国95社に及んだ。両市は、こうした関心に応え、NPT延長・再検討会議などの会議への代表派遣、8月6日付ワシントン・ポスト紙への意見広告の掲載(広島市)といった海外への働きかけも積極的に行った。このほか9月28日に、外務省が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会に広島の原爆ドームの推薦書を提出しているが、これも被爆50周年の実現をめざして、政府が前年から準備していたものであった。

【原爆展】

スミソニアン協会航空宇宙博物館は、原爆投下50周年を記念して原爆資料の展示を企画したが、退役軍人会などの圧力に屈して1月に展示の中止を決定、6月28日に広島原爆投下機エノラ・ゲイを中心とした展示を開始した。この問題を契機にアメリカ国内では、原爆投下の正当性をめぐる論議が高まり、ワシントンのアメリカン大学(7月8日-27日)などで原爆展やシンポジウムが開催された。韓国でも、ソウル市(7月25日-31日)などで「侵略と原爆展」が開かれた。アメリカ国内で見られた「侵略者である日本が被害者として描かれる」という批判を考慮した新しい試みであった。

【国内の動き】

原爆記念日前後、広島・長崎両市で原水爆禁止日本協議会(原水協)を中心にそれぞれ9000人、6000人規模の、また、原水爆禁止国民会議(原水禁)を中心に6000人、3000人規模の原水爆禁止世界大会が開催された。NGOが日本で「国際シンポジウム(正式名称:広島・長崎への原爆投下と核軍拡競争による被害の実態と補償ならびに核兵器廃絶についての被爆50年国際シンポジウム)」を開催するのは、1977年以来のことである。今回は、原水協と日本原水爆被害者団体協議会が中心となって準備をおこなったもので、23か国40団体77人の海外代表が参加した。シンポジウムでは、日本の原爆被害だけでなく、アメリカ・ロシア・カザフスタン・マーシャルなどでの核開発にともなう被害の実態が明らかにされた。このほか、連合が、原水禁と核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)と「協催」の形で、1万人、3500人規模の集会を広島・長崎両市で開催している。

急速に普及しているインターネットを利用した反核の動きが日本にも現れた。東京大学の大学院生が呼びかけたフランスの核実験への抗議署名には、8月15日までに102か国から約6万人が応じた。また、広島・長崎両市長は、ホームページを設け、その中で、原爆記念日の読み上げた平和宣言などを世界に発信している。このほかにも、原爆被害情報を中心として発信する試みがいくつか試行されている。

【海外の動き】

10月30日-11月15日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で核兵器の使用やそれによる威嚇が国際法違反に当たるかどうかに関する口頭弁論が開催された。これは、国際平和ビューロー(IPB)・核戦争防止国際医師会議(IPPNW)・反核兵器国際法律家協会(IALANA)などが提唱した世界法廷運動が、前年12月の第49回国連総会の決議を経て実現したもので、22か国が陳述した。広島・長崎両市長は、日本政府の代表として参加し、11月7日の陳述で、核兵器の使用の違法性の主張を避ける方針を示していた日本政府の方針とは異なり、ともにその違法性を明言した。

放射線被曝者の実態が、前年に続き明らかになってきた。ウラル放射線医学研究センター(1月、ロシア・チェリャビンスク市)・世界保健機構(WHO、ジュネーブ、11月)が開催した会議では、それぞれ旧ソ連下の核開発とチェルノブイリ原発事故による放射線被曝の実態が明らかにされた。また、8月にはアメリカ・エネルギー省が、対象者が1万6000人に及んだとする放射線による人体実験に関する最終報告書を公表した。

向原町原爆被爆者慰霊碑

向原町原爆被爆者慰霊碑

1976年10月建立、1995年8月1日、丸山公園に移設。

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被爆者慰霊誌

昭和二十年八月六日広島市に原子爆弾が投下され本町がいち早くこれらの戦災者の救護活動を展開したが真夏日と医薬品皆無の状態の下悶死された犠牲者は百数十柱に及んだ
本年は原爆投下五十周年に当りこれら無縁物の心からの鎮魂と二度と戦争のない世界平和を誓い静閑なこの地にこの地に慰霊碑を移設するものである
平成七年八月一日
向原町

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裏面 「昭和56(1981)年10月 建之」

 

平和のための広島の戦争展(資料)

平和のための広島の戦争展

資料

 年月日  資料名  メモ
 1995 「95年平和のための広島の戦争展」開催要項(案)
199503   宇吹宛村上経行書簡
 19950307  広島県平和委員会「「95年平和のための広島の戦争展」開催のための実行委員会結成の呼びかけ人会議について」
 19950626  赤旗記事切り抜き「話題この人」上田博則さん
 終戦50周年の夏に開く「95年平和のための広島の戦争展」の実行委員会事務局長
19960821 「96年平和のための広島の戦争展」案内ビラ  紙1枚
 19960919  「96年平和のための広島の戦争展」ニュースNo. 4
1997
 1998  「96年平和のための広島の戦争展」案内ビラ   紙1枚
  19990915  「広島県労連 No.116」    4頁
 記事「第3回沖縄・広島青年交流集会」
記事 「99 第5回平和のための広島の戦争展 開かれる 第5回」
 2000
 2001
 2002
 2003
 2004
 2005
2006
 2007  「96年平和のための広島の戦争展」案内ビラ
 2008
 2009
  2010
  2011
  2012
 2013
  2014
 2015
2016  新聞切り抜き「赤旗」(20160827、20160831)
 2017
  2018
  2019  <別記>
  2000   <別記>

 

被爆者からの伝言 原爆の実相を語りつぐ

『被爆者からの伝言 原爆の実相を語りつぐ』(日本原水爆被害者団体協議会、あけび書房、19950601)(DVD付 20060601)

内容

『被爆者からの伝言』刊行にあたって
1 紙芝居(ミニ原爆展パネル)のシナリオと解説
2 原爆、そして被爆者のはなし
(1)原爆被爆者とは
(2)被爆者の死
(3)被爆者の生
(4)原爆はなぜ投下されたか
(5)アメリカは被爆者に何をしたか
(6)日本政府は被爆者に何をしたか
(7)被爆者の要求
(8)被爆者の運動
(9)被爆者の網の目援護・相談活動
(10)被爆の実相普及、語り残し運動
(11)被爆者を包む運動
3 広島・長崎の碑・遺跡・施設めぐり
  広島の部
長崎の部
4 資料篇
 原爆・被爆問題の文献目録
原爆と児童文学
反核・平和のうた(歌詞カード)
各地の原水爆被害者の会連絡先
あとがき
19950601=備考 3点セット; 紙芝居・ミニ原爆展パネル32枚 ; 解説書 ; 紙芝居ナレーション, 反核・平和のうた
20060601=備考 Set: 解説書(88p 26cm) ; 紙芝居兼ミニ原爆展パネル(B4・32場面) ; 付属資料: DVDビデオディスク(1枚 ; 12cm 32分) ; 付属資料: 原爆関連グッズ(5点)

 

核―半減期(広島・長崎の写真)

核―半減期(広島・長崎の写真)

19950921-19951110 主催・会場:東京都写真美術館

図録

005 ごあいさつ 東京都写真美術館
008 平和のための写真映像資料館を 岩倉務(平和博物館を創る会専務理事)
松重美人氏写真をコンピュータで修復 NECが協力/CD-ROMで永久保存
015 核―半減期 ヒロシマ・ナガサキの写真 金子隆一(東京都写真美術館専門調査員)
025 第1部 1945 広島・長崎
026 松重美人
028 深田敏夫
030 岸田貢宜
041 菊池俊吉
047 山端庸介
062 林重男
068 松本栄一
073 第2部 戦後史の中のヒロシマ・ナガサキ
074 福島菊次郎
080 土門拳
092 石黒健治
098 土田ヒロミ
113 東松照明
138 作者解説
石黒健治・菊池俊吉・岸田貢宜・土田ヒロミ・東松照明・土門拳・林重男・深田敏夫・福島菊次郎・松重美人・松本栄一・山端庸介
140 出品作品リスト

 

 

写真集 平和のモニュメント

『写真集 平和のモニュメント』(藤田観龍、新日本出版社、19950310)

碑名 場所 作者
(カバー写真)原爆ドーム
007 はじめに 藤田観龍
009 いのり 宮城県原爆犠牲者追悼碑 宮城県仙台市 田村史郎
010 非核平和祈念塔 非核平和都市宣言碑 東京都葛飾区 堀豊之
011 地球星座 世界平和シンボルゾーン碑 長崎県長崎市 ポール・グランランド
012 光風 世界平和都市宣言碑 千葉県松戸市 雨宮敬子
013 火の鳥 非核平和都市宣言碑 兵庫県宝塚市 手塚プロダクション
014 HELIX 平和福祉都市づくり宣言碑 東京都墨田区 脇田愛二郎
015 平和を呼ぶ 平和都市宣言碑 千葉県船橋市 岡本太郎
016 平和の塔  核兵器廃絶・恒久平和碑  奈良県奈良市   山本明良・冨田憲二
017 平和の像   非核平和都市宣言碑  千葉県浦安市  佐藤忠良
018 藻岩犠牲者の碑 北海道札幌市  二部黎
019 海鳴りの像  沖縄県那覇市  宮良瑛子
020 広島・長崎の火  東京都台東区  益子義弘・原正樹
020 恒久平和 千葉県八千代市  浅井昭
021 教師と子どもの像  広島県広島市   芥川永
022 核兵器廃絶平和宣言都市  静岡県富士市
023 平和の使者 イギリス・マンチェスター市 バーバラ・ピアーソン
024 ヘイワ オーキク ナーレ  神奈川県横須賀市   最上壽之
025 碧翔  茨城県水戸市  一色邦彦
026 平和を奏でるモニュメント  岐阜県八百津町  伊井伸
026 杉原千畝 岐阜県八百津町   斎藤勝弘
027 平和の像 東京都八王子市   圓鍔勝三
028 江戸こまた 東京都中央区  流雅幸
029 平和の像  京都府宇治市  藤庭賢一
030 合掌~大和・ひより  奈良県奈良市  村松達也
031 ラ・パンセ(瞑想) 広島の復興記念碑  広島県広島市 柳原義達
032 光の道しるべ  大阪府八尾市  山本成男
033 すこやかに  千葉県市原市   久保浩
034 平和の像  東京都豊島区  竹内不忘
035 平和の像  岡山県岡山市 大桐国光
036 母と子-わたす  非核・平和自治体宣言碑  広島県三良坂町  吉田光正
037  平和の番人 大阪府富田林市 手塚登久夫
038 時-平和の風  岐阜県客務原市  中村明二
039 平和の塔 大阪府寝屋川市  永田暢也
040 姉妹  千葉県流山市   朝倉文夫
041 平和の群像・あけぼの  香川県高松市   菊池一雄
042 非核平和の町宣言  北海道上砂川町
043 平和の塔  北海道留萌市
044 風の見える町   埼玉県久喜市  斎藤馨
045  平和へのうねり  埼玉県大宮市  横山徹
046 平和への像  大阪府柏原市 高橋宏至
047 愛し子  東京都大田区  高橋剛
048 輝くあした  大阪府岸和田市
049 平和  富山県高岡市  可西泰三
050 UNITY―11・大地、空間、そして未来へ  新潟県新津市  島屋純晴
051 こだま  神奈川県三浦市 大菊昭治
051 非核三角形  千葉県習志野市   山本明
052 平和の祈り   東京都世田谷区 佐藤助雄
053 平和の女神像   大阪府東大阪市  白石正義
054 共生   静岡県清水市 仲亀幸弘
055 平和記念塔   長野県中野市  浦野八重子
056 花の影  東京都目黒区  朝倉文夫
057 平和 神奈川県南足柄市 荻島東海夫
058 ニコラ  東京都中央区  朝倉響子
059 ジーンズ  東京都杉並区   佐藤忠良
060 豊流 東京都墨田区  木内禮智
061 光る波 東京都新宿区  北村治禧
062 平和  高知県本山町   守谷孝男
063 非核平和都市宣言 徳島県徳島市  河崎良行
064 マザーアース  神奈川県平塚市  藤江 暁
065 昇・地  宮崎県日向市 田中等
065 四季の琳 宮城県小牛田町  黒瀬渉行
066 平和の風  神奈川県川崎市  中辻伸
067 平和の調べ  神奈川県川崎市  小沢勇寿朗
068 平和の絆 神奈川県川崎市  圓鍔勝三
069 核兵器廃絶平和宣言都市  神奈川県川崎市
069 平和の憩い  神奈川県川崎市  長江録弥
070 平和の憩い   神奈川県川崎市  佐多透
071 平和の詩  神奈川県川崎市   圓鍔元規
072 平和宣言都市  岐阜県岐阜市 衣笠文彦
073 平和を語りつぐ町宣言  鹿児島県知覧町
074 新頌麗陽  東京都大田区  桑原巨守
075 平和の女神 東京都港区  北村西望
076 平和をよぶ手  大阪府摂津市 川合敏久
077 青い地球  大阪府箕面市  九後稔
078 祈る子  大阪府摂津市 阿部誠一
079 DRESS  千葉県八千代市   田島義朗
080 平和の誓い  東京都品川区 小金丸幾久
081 平和母子像  埼玉県蕨市   岩田健
082 しあわせの手  埼玉県幸手市  小林晃一
083 核兵器廃絶平和宣言都市   沖縄県沖縄市
084 ハトのささやき   福岡県八女市  今里龍生
085 少女と子犬   富山県入善町 名取川司
085 核兵器廃絶平和都市宣言  山口県山口市
086 母子像  宮城県石巻市  高橋英吉
086 母と子の平和  東京都中野区  江田正盛
087 平和の珠・神戸から世界へ  兵庫県神戸市
087 子育て平和の鐘   北海道稚内市
088 核兵器廃絶都市宣言  愛媛県新居浜市  真鍋博
089 平和都市宣言  大分県大分市  常木新二
090 平和祈念の像  高知県高知市  舩木直人
091 平和の礎   北海道滝川市  佐藤忠良
092 叫魂  広島県大竹市 三上良平
093 原爆死没者の碑  香川県高松市   大西康彦
094 平和の像  愛知県豊川市  炬 幸成
095 「原爆の火」平和の塔  長野県伊那市
096 破壊された都市 オランダ・ロッテルダム市  オシップ・ザッキン
097 アルデアティネ虐殺のモニュメント  イタリア・ローマ市  フウランチェスコ・コッチア
098 殉難学徒の像  愛知県半田市   鈴木基弘
099 輝け杉の子  神奈川県伊勢原市  圓鍔元規
100 願いの像 北海道幌加内町  本田明二
101 共楽館址碑  秋田県大館市  松田芳雄
102 飛翔・日本中国永遠和平の像  岩手県釜石市  佐藤忠良
103 追憶 広島県福山市 今城国忠
104 希い  東京都江東区   横山文夫
104  天啓の宙  和歌山県和歌山市   橋本和明
105 1945年の母子像   大阪府大阪市  栗津潔
105 神戸空襲戦没者慰霊碑  兵庫県神戸市 山口牧生 増田正和 小林陸一郎
106 平和像  新潟県長岡市  広井吉之助
107 平和  岩手県一関市 小野寺玉峰
108 太平洋戦争民間犠牲者慰霊碑  鹿児島県鹿児島市  児島幸雄
109 丸山定夫之碑  神奈川県鎌倉市  本郷新
109 どうぶつの慰霊碑  愛知県名古屋市
110 歩く・生まれる・昇る   福岡県福岡市  富永朝堂
111 岡崎空襲の慰霊碑  愛知県岡崎市  鈴木政夫
112 未来 長  野県丸子町  川岸要吉
113 わだつみの像  京都府京都市   本郷新
114 動物よ安らかに  東京都江東区
114 動物の霊のために  大阪府大阪市
115 戦歿せる同窓に捧ぐ  福島県福島市  太田良平
116 水底のうた  鹿児島県山川町  宮良瑛子
117 平和モニュメント   大阪府堺市  田村務
118 オーロラ  東京都杉並区 瀧徹
119 平和の礎  岩手県盛岡市  佐藤忠良
120 樺太引揚者上陸記念碑   北海道函館市
121 氷雪の門  北海道稚内市   本郷新
122 常紋トンネル工事殉難者追悼碑   北海道留辺蘂町  本田明二
123 噫 従軍慰安婦  千葉県館山市  深津文雄
124 魂魄の塔  沖縄県糸満市  金城和信
124 忘勿石の碑・識名信升之像   沖縄県竹富町(西表島)
125 平和モニュメント 命どぅ宝  沖縄県西原町
125 恒久平和   沖縄県那覇市
126 ひめゆりの塔  沖縄県糸満市  金城和信
127 埼玉の塔  沖縄県糸満市
127 韓国人慰霊塔   沖縄県糸満市
128 祖国復帰闘争碑  沖縄県国頭村
129 第二次世界大戦米軍上陸地モニュメント  沖縄県北谷町  具志堅宏清
130 原爆の子の像  広島県広島市  菊池一雄
131 広島平和都市記念碑   広島県広島市
131 広島市立高女原爆慰霊碑   広島県広島市  河内山賢祐
132 動員学徒慰霊碑   広島県広島市 圓鍔勝三
133 広島大学原爆死没者追悼碑  広島県広島市  佐藤重夫
134 平和祈念像   広島県広島市 圓 鍔勝三
135 嵐の中の母子  広島県広島市  本郷新
136 広島原爆医療従事者追悼碑  広島県広島市  河内義就・上野勇
137 京都大学原爆災害調査班遭難碑  広島県大野町  増田友也
138 第五福竜丸  東京都江東区
139 平和の塔  福岡県星野村
140 被爆・親鸞聖人像   アメリカ・ニューヨーク市
141 平和祈念像  長崎県長崎市 北村西望
141 戦災復興記念像  長崎県長崎市   富永直樹
142 平和記念碑  福岡県北九州市   伊佐周
143 被爆・聖アグネス像  アメリカ・ニューヨーク市
144 マルセル・ジュノー博士   広島県広島市  芥川永
144 韓国人原爆犠牲者慰霊碑  広島県広島市
145 平和を祈る子   長崎県長崎市  中田秀和
146 はばたけ子小どもらの像  長崎県長崎市  富永直樹
147 あの子らの碑   長崎県長崎市  大司星七
147 平和の母子像 長崎県長崎市 金城実
148 折鶴の塔 長崎県長崎市
149 少年平和像 長崎県長崎市 富永良雄
150 原爆殉難教え子と教師の像 長崎県長崎市 富永直樹
151 長崎の鐘 長崎県長崎市
152 被爆・天使像 長崎県長崎市
碑文・説明 1

 

 

記憶の光景・十人のヒロシマ

 

 

発行年 書名 出版社 所蔵
19950810 記憶の光景・十人のヒロシマ 新潮社 U

 

名前
007 高野鼎 家族の絆
033 寺前妙子 三十三年目の訃報
059 中尾伝 火の海
079  室積淑美 モンペ姿の妹
103 橋本明 前夜の酒盃
125 高蔵信子 二人の生と死
147 島原稔  泉水の少女
169 田岡英子  乳房の悲しみ
191 小松清興  一人だけの日々
213 金分順 日本との決別

 

 

 

トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録

『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』(ジョー・オダネル写真 ジェニファー・オルドリッチ聞き書き 平岡豊子訳 、小学館、19950610)

目次

見出し 備考
010 戦争は終わった!そして日本へ。
014 「君の任務は上陸の模様をカメラにおさめることだ」 1945年9月
016 水平線に蟻のような黒い点々が現れ始めた。 佐世保
018 あたりの空気はこげ臭く、空は淡い灰色にもやっていた。
024  その晩、招待を受けて市長宅を訪れた。
028 おもしろそうなものを見つけてはシャッターを切った。
030 「墜落した飛行士も気の毒な死者のひとりですよ」 八幡地区
036 福岡に海兵隊の新しい司令部ができることになった。 福岡
044  奇妙な老人の言葉を忘れずに。
064 なんとか現像してみよう。
065 雨の夜の惨事。 佐世保
066 海岸線はまだかなりの数の砲台が。 広島
068 死の町広島を歩く。 広島
072 ジープを捨てボーイにまたがる。 長崎
075 長崎の爆心地に立つ。
085 瓦礫の中に人骨が。
086 仮設病院の祈り。
090 彼らはリンゴの芯まで食べつくした。
092 子供たちの幸せな日。
096 少年ヘ気を付けの姿勢で、じっと前をみつづけた。
104 廃虚と化したカテドラル。
106 帰国命令。 福岡。1946年3月
109 あとがき

 

 

年表:原爆展(1995年)

年表:原爆展(1995年)

記事
01 19 国連本部(米ニューヨーク)の広島・長崎原爆資料常設展示コーナーの一般公開が、昨年末から再開されていることが判明。テロ対策のため1993年9月から閉鎖されていた。
01 20 創価学会婦人平和文化会議、「わたしたち地球ファミリー展」を創価学会広島池田平和記念会館で開催。-29日。「50年そして未来へ-ヒロシマきらきらファミリー」のコーナーを設置。
01 20 創価学会中国婦人平和文化会議、「わたしたちの地球ファミリー」展(広島展)を創価学会広島池田平和記念会館で開催。-29日。山下義宣・畠中国三・柴田昊(ひろし)・松浦悦子・多田キクエ・郭福順の50年史を紹介するコーナーを設置。
01 30? 長崎市、今年8月に同市と米国・カナダで独自の原爆展を開催する方針を固める。
01 31 日本ユネスコ協会連盟・朝日新聞社主催「世界の遺産写真展」、広島市のアルパーク天満屋で開幕。-5日。原爆ドームコーナーを設置。
01 31 本島長崎市長、スミソニアン航空宇宙博物館の原爆展示縮小に関連し、アメリカでの独自の原爆展開催の意向を表明。
02 02 スミソニアン協会が原爆展示縮小問題で退役軍人協会・歴史学者・平和団体の代表などによるシンポジウムを計画していることが、広島市に入った連絡で判明。
02 03? 長崎市、今年8月の原爆忌前後に、被爆直後の長崎を撮影した元日本軍報道部員山端庸介の写真展を長崎市内で開催することを計画。
02 17 広島市、1995年度の当初予算案を発表。平和・被爆50周年事業費として約14億円、米国での原爆資料展開催費など17の記念事業の実施を盛り込む。
02 17 広島市、被爆の実態を米国民に知らせるため、原爆資料展をスミソニアン航空宇宙博物館の特別展に近い時期に米国の大学で独自に開き、平岡市長や被爆者を派遣する方針を決める。本島長崎市長、共同開催に前向きの意向を表明。
02 22 長崎の証言の会、広島市が米国で独自に開催を計画している原爆展の実現に、長崎市も広島市と一体となって取り組むよう市と市議会に要請。
02 23 深堀勝一長崎県被爆者手帳友の会会長ら、本島長崎市長に、同市が広島市と協力して米国での原爆展開催に積極的に取り組むよう申し入れる。
02 24? 鳥取県の戦災を記録する会など、8月9日から4日間、米子市内で「戦争展」を開催することを計画。「広島原爆資料館から借りた原爆の絵」などを展示。
02 25? 長崎の証言の会、米国の市民団体「ヒロシマ・ナガサキ平和委員会」から、首都ワシントンの中央図書館で7月に開催予定の「子どもたちの反核展」に協力を要請する書簡を受け取る。
02 27 長崎市役所従業員組合青年部、同市役所本館ロビーで「3・1ビキニデー第五福竜丸写真展」を開催。-3月3日。
03 01 深堀勝一長崎県被爆者手帳友の会会長、平岡広島市長を訪問し、広島市の米国原爆展を長崎市と共催するよう要請。
03 01 広島市の原爆資料館東館で「被爆直後の写真展「あのとき広島は」を開催。-4月20日。
03 17? 米国連本部で原爆被爆の特別展開催の計画が持ち上がる。
03 20 広島市、米国での原爆展開催の事前調査のため、大原健次原爆資料館主幹を派遣。25日、帰任。
03 25 「95平和のための広島の戦争展」実行委員会設立総会、広島市内で開催。8月20日以降5日間の日程で同展を開催することなどを決める。
03 27 広島市、7月にワシントンのアメリカン大学で、同大学と共催の原爆展を開催する方針を固める。
03 29 鄭相石韓国原爆被害者協会会長、長崎市を訪問。7月に同協会主催で同国初の原爆展を開催することを明らかにする。
04 06 ピーター・カズニック・アメリカン大学准教授、同大学で原爆資料展示を実施するため広島市との交渉を初めていることを明らかにする。
04 21? 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、広島市の被爆資料を使用して今年夏に全米各地で独自の原爆展を開催することを計画。
04 24 米ペンシルベニア州ジュニアタ大学で原爆展。-27日。
05 01 米ペンシルベニア州スワスモア大学で原爆展。-3日。
05 01 高知市の平和資料館「草の家」、平和展「被爆50年いま日本は」を開催。-7日。
05 07 米カリフォルニア州の核時代平和財団で原爆展。-18日。
05 16 長崎県被爆二世教職員の会など、韓国ソウル市で7月2-8日に原爆展を開催すると発表。
05 22 元広島平和文化センター職員松原美代子、アメリカから帰国し原爆展の模様について反応が厳しかったと語る。
06 05 長崎在日朝鮮人の人権を守る会、8月上旬開館予定の「岡まさはる記念長崎平和資料館」の展示内容の概要を発表。
06 06 呉市、原爆写真・資料展示会を市役所1階ロビーで開催。-9日。
06 10 「95平和のための広島の戦争展」を考える集い、広島県生涯学習センターで開催。約50人が参加。横山英広島大学名誉教授が「被爆・戦後50年の戦争展の意義」と題して講演。(「広島民報」)。
06 13 米国のアメリカン大学、7月8日から27日まで学内で原爆資料展「広島と長崎を越えて」を開催すると発表。大学主催の夏季セミナー「核の歴史講座」の一環。
06 14 広島市、米国アメリカン大学の原爆資料展に資料22点を貸与すると発表。貸し出す被爆資料の梱包を開始。長崎市も10点の資料を貸し出す方針。
06 18 全国原爆被爆二世教職員の会などのメンバー約15人、韓国・広島・長崎で開催する「戦争と原爆展」の実行委員会を発足させる。ソウル市7月25日-30日、釜山市8月2日-4日、長崎市8月4日-9日、佐世保市8月18日-20日など。
06 18 韓国ソウル市などで開催を計画している「戦争と原爆展」の実行委員会結成。
06 23? 那覇・長崎の両市など、「広げよう世界に・平和の心を」をテーマに沖縄戦集結・長崎原爆被災50年平和資料展を那覇市民ギャラリーで開催。-25日。
06 29 「国際市民フォーラム・長崎」県民連絡会議、マーシャル諸島共和国の核被害を訴える写真展を県勤労福祉会館で開催。-7月2日。
06 29 広島市、米国・ワシントンのアメリカン大学で開催される原爆資料展に被爆者2名(森下弘・池田精子)を派遣すると発表。
06 29? 広島県・大竹本町郵便局、原爆写真展を開催。-7月7日。
06 30? 立命館大学国際平和ミュージアム、特別展「原爆の開発と投下への道-マンハッタン・プロジェクト」を開催。-7月8日。
06 33 小畑哲雄、京都大学の「原爆展」についてまとめたブックレット「占領下の『原爆展』-平和を追い求めた青春」(かもがわ出版)を発行。
07 03 韓国などで25日から開催される予定の「戦争と原爆展」のプレ展示会、長崎市内で開催。
07 05 米ワシントンのアメリカン大学、原爆資料展を前に日本から運ばれた被爆資料を報道陣に公開。
07 06 ラクラン・フォロー核戦争防止国際医師会議(IPPNW)事務局長、同会議の米国支部にあたる「社会的責任のための医師の会」(PSR)が今夏から秋に全米10都市で原爆展を計画していることを明らかにする。
07 07 平岡広島市長ら、米国ワシントンに到着。
07 07 米国アメリカン大学、原爆資料展「平和な世界を築く-ヒロシマ・ナガサキを超えて」の展示内容をマスコミ関係者に公開。
07 07? 広島市郷土資料館、「母の記録-被爆その後」展を開催。-9月30日。
07 08 ワシントンDCとその周辺に住む中国系アメリカ人で組織する「アジアにおける第二次大戦歴史保存同盟」、原爆資料展が開催されるアメリカン大学内で「太平洋戦争での忘れられたホロコースト(大量虐殺)展」を開催。-27日。
07 08 米国ワシントン・アメリカン大学原爆資料展開会式。約350人が参加。ベンジャミン・ラドナー学長、平岡広島市長の挨拶と、森下弘、池田精子、山口仙二の被爆証言。
07 08 米国・アメリカン大学の原爆資料展「広島と長崎を越えて」の開会式。日本から平岡広島市長・土山秀夫元長崎大学学長などが出席。-27日。
07 09 平岡広島市長、原爆資料展が開催される米国アメリカン大学で「希望の広島-核兵器のない世界へ」と題して基調講演。
07 09 米アメリカン大学、平和フォーラム「平和な世界構築を目指して」を開催。約250人が参加。平岡広島市長の基調講演の後、最上敏樹・土山秀夫、サイード、ウィーンなどが発言。
07 10 森下弘・池田精子・原田浩、米アメリカン大学での被爆証言を終え、スミソニアン博物館で「エノラ・ゲイ」を見学。
07 10 米紙ニューヨーク・タイムズ、アメリカン大学での原爆展を半ページ割き報道。
07 11 シャロン・ベントン米ミネアポリス市長、11月を目処に同市で原爆展を開催する意向を、同市役所を訪れた平岡広島市長に表明。
07 12 「平和の集い&ピースシアターいnいつかいち」、広島市五日市公民館で開催。-23日。この一環として佐伯区内の16公民館・コミュニティーセンターが原爆資料展を開催。
07 12? 広島市・宇品公民館、原爆写真展を開催。-8月10日。
07 15 平岡広島市長、アメリカでの原爆展などでの講演を終え帰国。16日、広島に帰り、記者会見。平和交流の必要性を痛感したと語る。
07 21 平野伸人長崎県被爆二世教職員の会会長ら、伊藤市長を訪ね、韓国で開催する「戦争と原爆展」に対する協力への礼を述べ、日程を説明。
07 24 大阪市原爆被害者の会、「おおさかノーモアヒバクシャ展」を同市社会福祉センターで開催。-25日。2日間で約300人が来場。
07 25 韓国原爆被害者協会・韓国キリスト教会女性連合会、ソウルの韓国基督教連合会館で「侵略と原爆展」を開催。本島元長崎市長が基調講演。約200人が参加。-31日。
07 26 山口県原爆被爆者福祉会館「ゆだ苑」、防府市役所で開催。
07 29 「反核・写真運動」、「核の恐怖」展を、東京新宿コニカプラザと長崎新聞美術画廊で同時開催。-8月10日。直後の写真や大石芳野・土門拳・土田ヒロミ・東松照明など約50人の写真約650点を同時展示。
07 31 「戦争(侵略)と原爆展」実行委員会、ソウル展の成果について報告。韓国キリスト教総合会館での展示には約300人が来場、大学路・マロニエ広場(屋外)展には1万人以上が来場。
07 31? 修道大学の学生サークル「国際問題研究会」、今月中旬に法学部・商学部の1・2年生464人を対象とした戦争・平和に関するアンケート調査の結果をまとめる。「原爆投下やむなし」と17%が、「投下すべきでなかった」と81%が回答。
08 01 広島市、アメリカン大学での原爆展の入場者数は約3000人との連絡を受ける。
08 01 東京都など、「ヒロシマ・ナガサキ被爆写真展-グランド・ゼロの姿と実相」を都政ギャラリーで開催。-9日。日本電気などの技術協力により修復された被爆写真など展示。
08 02 平和運動団体「ピースボート」(本部:東京)、パレスチナ先行自治区ガザ市で初の原爆展を開催。-3日。
08 02 韓国原爆被害者協会・韓国キリスト教会女性連合会、「戦争と原爆展」を韓国・釜山市で開催。-5日。
08 04 「戦争と原爆展」、長崎市で開催。-9日。
08 04 「戦争と原爆展」、長崎市の県教育文化会館で開催。-9日。
08 05 長崎市、故山端庸介の写真展「長崎ジャーニー」をチトセピアホールで開催。-17日。米サンフランシスコとニューヨークでも同時開催。
08 06 ネパール・ルンビニの平和団体「コミティー・フォー・ピース・アクション」、広島原爆ポスター展を開催。
08 06 米国ハワイ・オアフ島のワイアナ地区に「ピース・センター」開館。日米両国の市民が基金を設けてつくったもので、原爆投下の瞬間や市民の描いた原爆の絵の写真が音声付きで展示される。
08 07 長崎市、平和公園の「平和の泉」前で原爆被災写真展を開催。-10日。
08 07 高松市平和を願う市民団体協議会、高松戦災・原爆写真展を市役所で開催。-11日。
08 08 ウクライナの市民団体「キエフ・チェルノブイリ連合」、広島県府中市の市民団体「ジュノーの会」の協力で首都キエフ市で原爆展を開催。-9月30日。
08 08? 広島市の各区役所で「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター展」。東区役所は17日まで、その他は10日まで。
08 09 カナダ・バンクーバー市、市役所内で「広島展」を開催。40日間の日程。
08 09 カナダ・モントリオール市で「広島展」が開幕。-9月末。
08 12 長崎県労働金庫・長崎新聞社、写真展「被爆50年-原爆を撮った写真家たち」を長崎市内で開催。-13日。
08 15 「平和のための戦争展」、東京・山手教会で開催。連日、広島・長崎の被爆者が証言。
08 15 シンガポールの国立博物館で終戦50周年記念の特別展。-年末。広島への原爆投下とベルリンの壁崩壊の疑似体験コーナーを設ける。
08 18 「戦争と原爆展」、佐世保市の島瀬美術センターで開催。-20日。
08 20? 広島市楽々園公民館、原爆慰霊碑の写真と原爆の絵を展示。-31日。
08 21 藤田広島県知事、11月にスイスの世界保健機構(WHO)で開催される国際会議の会場に被爆関連のパネルを展示する意向を表明。
08 21 「広島浄心寺ボランティア」、「広島から世界への写真展」を中国電力1階ロビーで開催。-31日。
08 23 「95平和のための広島の戦争展」、本川小学校で開催。-27日。(「広島民報」)。
08 28? 元米海兵隊従軍カメラマン・ジョー・オダネルの写真展、福岡市内で開催。
08 31 広島インランドシー・ヨットクラブ、フランス領ポリネシア・タヒチ島のファーア市役所で原爆写真展を開催。
09 11 米・ワシントンのジョージタウン大学の学生サークル「日本クラブ」、「広島・長崎原爆投下展」を開催。-15日間。
09 15 松原美代子、米ジョージタウン大学のシンポジウムで広島での被爆体験を証言。
09 19 大阪府被団協、「原爆被災写真展」をピースおおさかで開催。-10月1日。約3000人が見学。
09 21? 広島市郷土資料館、升川貴志栄を扱った「母の記録-被爆その後」展を開催。-30日。
09 22 「福島・平和のための戦争展」、福島市内で開催。5日間。
09 22 ジュノーの会、広島市の被爆者宮川裕行をウクライナのキエフに派遣。-30日。開催中の原爆展で被爆の証言をする予定。
09 22? 大阪府原爆被害者団体協議会、「ヒロシマ・ナガサキ原爆被災写真展」を大阪国際平和センターで開催。-10月1日。
09 30 「ピースボート、アメリカ・テキサス州ダラスで原爆投下後の広島・長崎の写真パネルを展示した反核展を開催。-11月8日。
10 04? 中止となった米国立スミソニアン航空宇宙博物館の原爆展の展示説明書の邦訳が出版される。
10 06? フィリップ・ノビーレ、バートン・バーンスタイン、中止となった米スミソニアン航空宇宙博物館の「エノラ・ゲイ展」の未公開展示台本を収録した「葬られた原爆展」の日本誤訳版が出版される。
10 18 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部の支援で来年初めから北朝鮮で被爆写真展が開催される見通し。
10 18 8月に韓国で開催された「戦争と原爆展」、広島市内で開催。-22日。
10 19? 東京都写真美術館、写真展「核-半減期」を開催。1945年以降、写真がヒロシマ、ナガサキをどう記録し、どう表現してきたかを展示。-11月10日。
10 21 平岡広島市長、市役所で帰国の記者会見。フランスでの原爆展開催に意欲を示す。
10 23 伊藤長崎市長、世界平和連帯都市市長会議出席などから帰国し記者会見。パリで原爆展を開催する意向を表明。国際司法裁判所に核使用が違法との陳述をすることは困難との見解を示す。
10 24 国連軍縮週間始まる。広島市の「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター展」、各区役所で開催。-30日。
10 26 放射線被曝者医療国際協力推進協議会のパネル展示、広島県庁2階ギャラリーで開催。-31日。ジュネーブで開催されるWHOの国際会議での展示に向けての事前展示。
10 28 「ヒロシマ・ナガサキ原爆組写真を世界におくる会」がフランスの教職員組合から受け入れを断られていたことが判明。
10 29 広島市西区観音地区の住民たち、「平和のための戦争・被爆展」を観音中学校体育館で開催。約500人が参加。
10 30 松原美代子、約1か月半のアメリカ・ドイツ・イギリスでの被爆証言の旅を終え、広島市役所で帰国報告。訪問先のジョージタウン大学で実施したアンケート調査では「原爆投下は必要だったか」との問いに54%がノーと回答。
10 31 広島県被団協(伊藤サカエ理事長)・県原水禁など4団体、スイス・ジュネーブで開催されるチェルノブイリ関係の会議で展示されるパネル展示についてヒロシマの悲劇を伝える内容になっていないとして見直しを広島県に要請。
10 31 カンボジア・プノンペン市の僧侶、広島市役所を訪れ、「ひろしま・カンボジア市民交流会」と共同で建設予定の「交流の家」に展示するため被爆資料の提供を要請。
11 01 「世界法廷運動」、オランダ・ハーグ郊外の図書館で被爆直後の長崎を撮影したカメラマン山端庸介の原爆展「長崎ジャーニー」を開催。-15日。
11 02 「第9条の会ヒロシマ」などで組織する「市民によるフランス原爆展実行委員会」、フランス各地で被爆写真の巡回展示と被曝者の証言活動をするための募金を開始。
11 02 広島県議会決算特別委員会で、世界保健機構(WHO)の「チェルノブイリ及びその他の放射線事故の健康影響に関する国際会議」で県が展示する予定のパネルに異論が続出。
11 14? 広島の被爆者団体など12団体でつくる「核実験中止広島緊急行動委員会」、来年1月にフランスで原爆展を開催することを計画。
11 20 米ミネアポリス市の市民団体、11月末から同市で開催予定だった原爆展の延期を広島市に連絡。中国・韓国系アメリカ人の反対のため。
11 22 岡山市立上道中学校2年生213人、平和学習で広島市の平和記念公園を訪問。フランスで開催予定の原爆展用に集めたカンパ約3万円を「第9条の会ヒロシマ」のメンバーに渡す。
11 24 核実験中止広島緊急行動委員会、計画している「ヒロシマ・ナガサキ パリ原爆展」の会場確保のため来月初旬に調査団を派遣することを決める。
12 01 広島市こども図書館、絵本「絵で読む広島の原爆」原画展を開催。-10日。
12 07? 「長崎・よみがえる原爆写真展」、NHK広島放送センターで開催。-17日。写真家山端庸介が撮影した被爆直後の写真を展示。
12 11 平岡敬広島市長、海外の原爆展開催に重ねて強い意欲を市議会本会議で示す。
12 13 「戦争(侵略)と原爆展」、東京都の「なかのZERO」で開催。-17日。
12 20 「市民のフランス原爆展」開催実行委員会の岡本三夫代表など6人、来年1月にフランスで開催の原爆展に持参する平岡広島市長のメッセージと原爆記録映画ビデオ「ヒロシマ・母たちの祈り」を大牟田広島平和文化センター理事長から受け取る。
12 21 「市民のフランス原爆展開催実行委員会」、壮行会を兼ねた模擬原爆展を広島YWCAで開催。
12 26 広島市、平成8-10年度の実施計画を発表。新たに、長崎市と共同で開催する海外原爆展などを盛り込む。新年度予算に事業費4200万円を計上。
12 27 核実験中止広島緊急行動委員会、来年2月6日から11日間、フランスで「ヒロシマ・ナガサキ原爆資料展」を開くことを決める。

 

長崎 よみがえる原爆写真

『NHKスペシャル 長崎 よみがえる原爆写真』(NHK取材班編、日本放送出版協会、19950830)

目次

序文
序章 アメリカでよみがえる長崎
写真修復計画「長崎・ジャーニー」
1945年8月10日、川端庸介の「長崎・ジャーニー」
山端写真と最新技術との出会い/クリスとジュディ
第1章 長崎を記録した男
ヒロシマとナガサキ
原爆を記録したカメラマンたち
写真家・山端庸介の戦争
西部軍報道部と火野葦平
新たに発見された山端写真
PHOTOGRAPHS 8・10 長崎・ジャーニー
第2章 長崎・ジャーニー1 ラッキーガール、おにぎりを持った親子
偶然の「浦上工場」/八月十日「悲劇の谷」到着/早朝の憲兵隊本部
少女の微笑み/「ラッキーガール」の悲劇/「さまよう兄弟」との出会い
炊き出しのおにぎり/「おにぎりを持った親子」/優しかった母の面影
第3章 長崎・ジャーニー2  爆心地・傷つき焼かれた人々
モンペの柄から/トラックの上の炎熱地獄/爆心地の悲惨/立ちすくむ少女
平和を祈る龍さんの五十年/路面電車、生と死のドラマ
謎の「浦上天主堂」写真
第4章 長崎・ジャーニー3  救援・逃げ延びた人々
爆心地から北へ/市役所職員奮闘す/「これは私の家だ」
道ノ尾駅の幻の看護婦/日赤第七一三救護班/胸に滲むチンク油の匂い
語ってくれた[お乳をあげる母]/二人の子を失って/写真が説明している
〇〇 PHOTOGRAPHS  8・10 長崎・ジャーニー
終章 長崎の映像は語る
クリスとジュディの長崎再訪/アメリカ・原爆写真展の衝撃
あとがき