広島県知事一覧(公選知事)

広島県知事一覧(公選知事)

代 氏名 任期 備考
01 楠瀬常猪 1947年4月16日 – 1950年11月29日
02 大原博夫 1951年1月24日 – 1954年12月7日
03 大原博夫 1954年12月7日 – 1958年12月3日
04 大原博夫 1958年12月3日 – 1962年4月13日
05 永野嚴雄 1962年5月29日 – 1966年5月8日
06 永野嚴雄 1966年5月8日 – 1970年5月9日
07 永野嚴雄 1970年5月9日 – 1973年11月10日
08 宮澤弘 1973年12月16日 – 1977年11月27日
09 宮澤弘 1977年11月27日 – 1981年10月29日
10 竹下虎之助 1981年11月29日 – 1985年11月17日
11 竹下虎之助 1985年11月17日 – 1989年11月19日
12 竹下虎之助 1989年11月19日 – 1993年11月28日
13 藤田雄山 1993年11月29日 – 1997年11月9日
14 藤田雄山 1997年11月9日 – 2001年11月4日
15 藤田雄山 2001年11月4日 – 2005年11月6日
16 藤田雄山 2005年11月6日 – 2009年11月29日
17 湯崎英彦 2009年11月29日 – 2013年11月28日
18 湯崎英彦 2013年11月29日 – 2017年11月28日
19 湯崎英彦 2017年11月29日 – 2021年11月28日
20 湯崎英彦 2021年11月29日 –

 

止

広島県名誉県民

広島県名誉県民 出典:広島県名誉県民 – 顕彰 | 広島県 (hiroshima.lg.jp)

氏名 氏名よみ 生、没年月 事績
井伏 鱒二 いぶせ・ますじ 平成5年7月10日 逝去 小説家。代表作に「黒い雨」。昭和41年 文化勲章受章
灘尾 弘吉 なだお・ひろきち 明治32年12月21日佐伯郡大柿町生まれ。平成6年1月22日 逝去 昭和27年から31年間にわたり,衆議院議員として活躍。この間,文部大臣(6回),厚生大臣(1回)を歴任,また,昭和54年には第61代衆議院議長に就任。全国社会福祉協議会会長として社会福祉の充実に努める。
織田 幹雄 おだ・みきお
奥田 元宋 おくだ・げんそう
圓鍔 勝三 えんつば・かつぞう
岡田 善雄 おかだ・よしお
平山 郁夫 ひらやま・いくお 昭和5年6月15日豊田郡瀬戸田町生まれ。平成21年12月2日 逝去。 日本画家。仏教を主題にした幻想的な作風を確立し,シルクロードシリーズなどの連作で日本画壇に清新の境地を開拓するとともに,アンコール遺跡をはじめとする世界各地の文化遺産の保護活動に尽力。代表作に「仏教伝来」「入涅槃幻想」「広島生変図」「祇園精舎」など。平成10年 文化勲章受章
阿川 弘之 あがわ・ひろゆき 平成27年8月3日 逝去 小説家。代表作に「春の城」「雲の墓標」「山本五十六」「志賀直哉」など。平成11年  文化勲章受章。
井口 洋夫 いのくち・ひろお
新藤 兼人 しんどう・かねと 明治45年4月22日広島市生まれ。平成24年5月29日 逝去 シナリオ作家・映画監督。
代表作に「原爆の子」「裸の島」「竹山ひとり旅」「午後の遺言状」「三文役者」など
宮澤 喜一 みやざわ・きいち 大正8年10月8日生まれ。平成19年6月28日逝去 昭和28年参議院議員に初当選,昭和42年からは衆議院議員として連続12回当選。この間,内閣総理大臣をはじめ,大蔵大臣,経済企画庁長官などの要職を歴任するなど,50年にわたり,国政をリード。政治・経済・外交の指導者として,わが国の繁栄と世界平和の推進に努める
三宅 一生 みやけ・いっせい 昭和13年4月22日広島市に生まれる。(平成22年12月16日顕彰) 衣服デザイナー。
平面である布と立体としての身体との関係を独自の眼で捉え直し,「一枚の布」という画期的な衣服づくりの概念を世界に広めた。長年にわたり常に第一線でファッション界をリードするとともに,日本のみならず世界各地で活躍し,国際的にも高い評価を獲得している。
平成22年  文化勲章受章

止

広島市平和記念式典での挨拶(広島県知事)2016~2023年

広島市平和記念式典での挨拶(広島県知事)2016~2023年

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2016年
【あいさつ】
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/28heiwakinensikitentijiaisatu.html

原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げますとともに,今日(こんにち)なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。
1945年8月6日朝,原子爆弾がさく裂し,爆心地から約300メートルにあるこの場所は,3千度前後に熱せられ,約90シーベルトの放射線にさらされた上,1平方メートル当り25トンの爆風圧によって吹き飛ばされました。この原爆投下の結果,同年12月までに,約14万人が亡くなりました。
人類はその後,仮に核攻撃を受けても確実に反撃して相手を壊滅させる「相互確証破壊」という論理を構築し,それを「戦略」と呼んで核兵器を製造し続け,今でも1万5395発の核兵器を積み上げています。そして,このような「戦略」を支持する人々は,これで自国や人類は安全だ,と主張しています。
核抑止力を含む核戦略の信奉者の多くは,このような数字や,戦略と呼ばれる観念に基づいた議論をしてきました。
核兵器は,しかし,このような数字や観念で語られるものなのでしょうか。人類は本当にこれで安全なのでしょうか。
熱線を受けた赤ん坊は皮が丸むけの肉の塊となり,放射線を受けた女学生は体中の毛髪が抜けて紫色の斑点を浮かべ,爆風を受けた体からは内臓や目玉が飛び出し,そして死んでいった,と被爆者は証言します。その一人ひとりに,かけがえのない思い出や輝くべき未来がありましたが,それらは全て失われました。これが数字や観念ではない,核兵器使用の現実であります。
本年5月,米国オバマ大統領に広島を訪問いただきました。原爆投下の当事国であり,また現在も最大の核兵器国の最高責任者として,訪問を決断いただいた勇気と,核兵器廃絶に向けた固い決意に,心から敬意を表します。そして,大統領は,演説の中で,原爆投下時にも,一般市民の平穏な愛情あふれるごく普通の生活があったであろうことに触れ,被爆して亡くなっていった無辜(むこ)の人々に思いを寄せてくださいました。
今,世界の政治指導者に必要なものは,このような想像力,ではないでしょうか。
安全保障の分野では,核兵器を必要とする論者を現実主義者,廃絶を目指す論者を理想主義者と言います。しかし,本当は逆ではないでしょうか。廃絶を求めるのは,核兵器使用の凄惨な現実を直視しているからであります。核抑止論等はあくまでも観念論に過ぎません。
核抑止論は核が二度と使われないことを保証するものではありません。それを保証できるのは,廃絶の他ないのです。
被爆者は複雑な思いを抱えながらも「自分達の苦しみを他のいかなる人にも経験させたくない」という強い願い,まさに被爆の現実を知る体験から,核兵器廃絶を訴え,政治指導者の被爆地訪問を呼びかけて来られました。
今,改めて,世界の,特に核兵器保有国の政治指導者に,広島及び長崎訪問を呼びかけます。そして,核兵器使用の現実を直視してください。
広島県としても,「国際平和拠点ひろしま構想」に基づき,核兵器廃絶に向けた方策の議論を深めるとともに,核兵器のない平和な世界へ力強く道を切り拓いていける,国内外の次世代の育成などに取り組んでまいります。
結びに,すべての被爆者の方々に対する責務として,将来の世代に,核兵器を廃絶し,誰もが幸せで豊かに暮らすことができる平和な世界を残すことができるよう,世界の皆様と,共(とも)に行動していくとともに,高齢化が進む国内外の被爆者援護のさらなる充実に全力を尽くすことをここに誓い,平和へのメッセージといたします。

平成28年8月6日
広島県知事 湯崎英彦

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2017年
【あいさつ】
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/29heiwakinensikitentijiaisatu.html

原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げますとともに,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。
今年も8月6日を迎えました。あの日以来,72回目の夏です。
「原爆という言葉を聞くのもいや,話すのもいや。原爆という言葉を聞くと,熱い鉄板を押し当てられたようなあの瞬間が甦(よみがえ)ってくる」
爆心地から1.4km離れた屋外で被爆し,夏服の皮膚が露出した部分は火傷を負い,苦しみで50日間は眠れなかったという女性が書かれた手記に残されています。
「原爆の日」は,多くの被爆者にいや応なく,「熱い鉄板を押し当てられたような」記憶を呼び起こし,それを72回も繰り返して今日を迎えています。
このような思いを抱えてこられた被爆者の方々が,近年,封印してきた記憶の証言を改めて始めておられます。
それは,年を取る中で,今誰かに伝えなければ伝える機会を失ってしまうという焦りと同時に,核兵器廃絶への道筋が,72年の歳月を経ても,未だに見えてこないという歯がゆさからきているように思われます。
思い出したくもない記憶を語ることで,被爆者自身が得をすることは何一つありません。それでもなお,被爆者を突き動かしているのは,「二度と,誰にもこのような思いをさせたくない」という気持ちです。
私たちは,被爆者の訴えが示す真実を,どこまで本当に認識できているでしょうか。
辛くても伝えなければならないとは,逆に言えば,被爆者をそう駆り立てるまでに原爆の地獄というものが凄(すさ)まじかったということに他なりません。地獄。人間の生の全体的破壊。「誰にもこのような思いをさせてはならない。」究極の非人道的兵器である核兵器をめぐる政策は,このような現実に立脚しなければなりません。
「究極の状況では,核兵器の使用も排除されない」というのは,核兵器使用の現実を知らない,誤った政策です。絶対に使わない,という前提に立つことが必要です。
昨年,オバマ大統領は,ここ広島で,未来において,広島と長崎が,核時代の始まった場所ではなく,人類が道徳的に目覚めた場所として記憶されなければならない,とスピーチされました。その後,私たちはどれだけ歩みを進められたでしょうか。
先月,被爆者の苦痛に言及する核兵器禁止条約が,122か国の賛成により採択されました。一方で,核兵器国の一部は,核の近代化を図るとともにその戦力強化を叫んでおり,条約には参加するどころか反発を強めています。また,北朝鮮は核兵器開発の手を止めようともしていません。
現状では,核兵器国と非核兵器国の分断が広がると同時に核兵器の拡散は進み,「覚醒」はむしろ遠のいていないでしょうか。
安全保障環境が厳しいと言われている今こそ,いかなる核兵器使用も地獄を作り出すだけである,という現実に立ち返り,絶対に使わないことを最終的に保証する唯一の手段である「廃絶」に向けて,人類の叡智を集めるときです。

日本政府には,この地獄の現実を潜(くぐ)り抜けた唯一の国として,そのリーダーとなっていただきたい。核兵器国と非核兵器国の分断を埋め,核兵器廃絶への道のりを全ての国の力で進んでいくために必要な,具体的な提案と行動を提示することをお願い申し上げます。

私たちはオバマ大統領が指摘したように,恐怖の論理,すなわち神話に過ぎない核抑止論から脱却し,「核兵器のない平和」というあるべき現実に転回しなければなりません。

広島県としても,国際平和拠点ひろしま構想に基づき,核兵器廃絶に向けて世界の知恵を集め,世界の指導者に被爆地訪問を呼びかけるなど,できる限りの行動を取ってまいります。
結びに,すべての被爆者に対する責務として,将来の世代に核兵器を廃絶し,誰もが幸せで豊かに暮らせる平和な世界を残すことができるよう,世界の皆様と行動していくとともに,高齢化が進む国内外の被爆者援護の更なる充実に全力を尽くすことを改めてここに誓い,平和へのメッセージといたします。

平成29年8月6日
広島県知事 湯崎英彦

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2018年
【あいさつ】
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/30heiwakinensikitentijiaisatu.html

原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げますとともに,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。
草木も生えないと言われた被爆75年をあと二年後に控え,私たちは今大きな波にさらされています。
一筋の光明は,広島と長崎で我々が潜り抜けた筆舌に尽くし難い非人道的な経験が,本当は口にしたくもない被爆者の長年にわたる証言によって多くの国に共有され,核兵器の非人道性に軸足を置いた核兵器禁止条約が国際的に合意されたことです。
他方,世界では各地で国際的緊張が高まり,核兵器国は競って核兵器の更新や能力向上,さらには「使える核兵器」の開発にまで進もうとしています。これは,未だに核兵器国を中心とする国々が,核抑止力による力の均衡を信じているからです。
では,核抑止力の本質は何か。簡単に子供に説明するとすれば,このようなものではないでしょうか。
「いいかい,うちとお隣さんは仲が悪いけど,もし何かあれば,お隣のご一家全員を家ごと吹き飛ばす爆弾が仕掛けてあって,そのボタンはいつでも押せるようになってるし,お隣さんもうちを吹き飛ばす爆弾を仕掛けてある。一家全滅はお互い,いやだろ。だからお隣さんはうちに手を出すことはしないし,うちもお隣に失礼はしない。決して大喧嘩にはならないんだ。爆弾は多分誤作動しないし,誤ってボタンを押すこともないと思う。だからお前は安心して暮らしていればいいんだよ。」
一体どれだけの大人が本気で子供たちにこのような説明をできるというのでしょうか。
良き大人がするべきは,お隣が確実に吹き飛ぶよう爆弾に工夫をこらすことではなく,爆弾はなくてもお隣と大喧嘩しないようにするにはどうすればよいか考え,それを実行することではないでしょうか。
私たちは,二度も実際に一家を吹き飛ばされ,そして今なおそのために傷ついた多くの人々を抱える唯一の国民として,核抑止のくびきを乗り越え,新たな安全保障の在り方を構築するため,世界の叡智を集めていくべきです。NPT運用検討会議も開催される二年後の被爆75年に向けて,今こそ世界に向けて立ち上がり,行動するときです。
私たちの,そして世界中の子供たちに,本当の安心をもたらしてやるために全力を尽くすことが,我々日本の大人たちの道徳的責任だと確信いたします。
結びに,広島県としても,将来の世代のために核兵器を廃絶し,誰もが幸せで豊かに暮らせる平和な世界を残すことができるよう,世界の皆様と行動していくとともに,高齢化が進む国内外の被爆者援護の更なる充実に全力を尽くすことを改めてここに誓い,平和へのメッセージといたします。

平成30年8月6日
広島県知事 湯崎英彦

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2019年
【あいさつ】
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/01heiwakinensikitentijiaisatu.html

原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げますとともに,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。
74年前,この地は原爆によりあらゆるものも人も破壊され尽くしました。
しかし,絶望的な廃墟の中,広島市民は直後から立ち上がりました。水道や電車をすぐに復旧し,焼け残りでバラックを建てて街の再建を始めたのです。市民の懸命の努力と内外の支援により,街は不死鳥のごとく甦ります。今,繁栄する広島には,国内外の多くのお客様で賑い,街の姿は,紛争後の廃墟から立ち上がろうとしている国々から訪れる若者に,復興への希望を与えています。

しかしながら,私たちは,このような復興の光の陰にあるものを見失わないようにしなければなりません。緑豊かなこの平和公園の下に,あるいはその川の中に,一瞬にして焼き尽くされた多くの無辜の人々の骨が,無念の魂が埋まっています。かろうじて生き残っても,父母兄弟を奪われた孤児となり,あるいは街の再生のため家を追われ,傷に塩を塗るような差別にあい,放射線被ばくによる病気を抱え今なおその影におびえる,原爆のためにせずともよかった,筆舌に尽くし難い苦難を抱えてきた人が数多くいらっしゃいます。被爆者にとって,74年経とうとも,原爆による被害は過去のものではないのです。
そのように思いを巡らせるとき,とても単純な疑問が心に浮かびます。
なぜ,74年経っても癒えることのない傷を残す核兵器を特別に保有し,かつ事あらば使用するぞと他(た)を脅(おど)すことが許される国があるのか。
それは,広島と長崎で起きた,赤子も女性も若者も,区別なくすべて命を奪うような惨劇を繰り返しても良い,ということですが,それは本当に許されることなのでしょうか。
核兵器の取扱いを巡る間違いは現実として数多くあり,保有自体危険だというのが,米国国防長官経験者の証言です。近年では核システムへのサイバー攻撃も脅威です。持ったもの勝ち,というのであれば,持ちたい人を押しとどめるのは難しいのではないでしょうか。
明らかな危険を目の前にして,「これが国際社会の現実だ」というのは,「現実」という言葉の持つ賢そうな響きに隠れ,実のところは「現実逃避」しているだけなのではないでしょうか。
核兵器不使用を絶対的に保証するのは,廃絶以外にありません。しかし変化を生むにはエネルギーが必要です。ましてや,大国による核兵器保有の現実を変えるため,具体的に責任ある行動を起こすことは,大いなる勇気が必要です。
唯一,戦争被爆の惨劇をくぐり抜けた我々日本人にこそ,そのエネルギーと勇気があると信じています。それは無念にも犠牲になった人々に対する責任でもあります。核兵器を廃絶し,将来世代の誰もが幸せで心豊かに暮らせるよう,我々責任ある現世代が行動していこうではありませんか。広島県としても,被爆75年に向けて,具体的行動を進めたいと思います。
結びに,今なお苦しみが続き,高齢化も進む国内外の被爆者への援護が更に充実するよう全力を尽くすことを改めてここに誓い,平和へのメッセージといたします。

令和元年8月6日
広島県知事 湯崎英彦
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2020年
【あいさつ】
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/02heiwakinensikitentijiaisatu.html 被爆75年の今日(きょう)ここで,我々は,人々の

予想と願いを裏切る大きな二つのことを目の当たりにしています。一つは,75年は草木も生えないという予言に抗い,広島がこのように誇るべき復興を遂げているということ。もう一つは,この日までには,と願い続けてきた核兵器廃絶が,残念ながら未だ遠い現実であるということです。
本日,被爆75年を迎えるにあたり,原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げるとともに,未だ後遺症で苦しんでおられる被爆者や,犠牲となった皆様に核兵器廃絶の報告もままならぬご遺族の方々に,改めて,心からのお見舞いを申し上げます。
我々の切なる願いに反し,昨今の核兵器廃絶を巡る情勢は,極めて厳しい状況です。改めて,核兵器国を中心とする各国に,核兵器不拡散条約の遵守,核兵器禁止条約の批准,核軍備管理・軍縮にかかる枠組みの堅持,核実験自粛堅持と包括的核実験禁止条約の早期発効,そして核兵器の永久放棄を強く求めます。
なぜ,我々広島・長崎の核兵器廃絶に対する思いはこうも長い間裏切られ続けるのでしょうか。それは,核による抑止力を信じ,依存している人々と国々があるからです。しかしながら,絶対破壊の恐怖が敵攻撃を抑止するという核抑止論は,あくまでも人々が共同で信じている「考え」であって,すなわち「虚構」に過ぎません。万有引力の法則や原子の周期表といった宇宙の真理とは全く異なるものです。それどころか,今や多くの事実がその有効性を否定しています。
一方で,核兵器の破壊力は,アインシュタインの理論どおりまさに宇宙の真理であり,ひとたび爆発すればそのエネルギーから逃れられる存在は何一つありません。したがって,そこから逃れるためには,決して爆発しないよう,つまり,物理的に廃絶するしかないのです。
幸いなことに,核抑止は人間の作った虚構であるが故に,皆が信じなくなれば意味がなくなります。つまり,人間の手で変えることができるのです。
支配者であった武士階級が明治維新で廃止されたように,かつて最も敵対した国同士が今は最も親密であるように,どのようなものでもそれが人々の「考え」である限り転換は可能であり,我々は安全保障の在り方も変えることができるはずです。
いや,我々は,核兵器の破壊力という物理的現実の前にひれ伏し,人類の長期的な存続を保障するため,「考え」を変えなければならないのです。
もちろん,凝り固まった核抑止という信心を変えることは簡単ではありません。新しい安全保障の考え方も構築が必要です。核抑止から人類が脱却するためには,ローマ教皇がこの地で示唆されたように,世界の叡知を集め,すべての国々,すべての人々が行動しなければなりません。
草木も生えないと言われた75年には残念ながら間に合いませんでした。このことについて,我々はすべての原爆犠牲者と被爆者に頭(こうべ)を垂れねばなりません。そして,改めて,被爆者がまだ存命の間,一刻でも早い時期に核兵器を廃絶することを,全ての国連加盟国が一致し,新たな目標として設定することをここに提案します。
皆さん,今こそ叡知を集めて行動しようではありませんか。後世の人々に,その無責任を非難される前に。

令和2年8月6日
広島県知事 湯崎 英彦

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2021年
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式における知事あいさつについて
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/03heiwakinensikitentijiaisatu.html

【あ い さ つ】
本日,被爆76年を迎えるにあたり,原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠を捧げます。そして,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の皆様に,心からお見舞い申し上げます。
我々は,被爆者の証言,平和記念資料館に展示された原爆の記憶などから,この地で,多くの無辜の市民が,苦しみながら,水を求め,亡くなったことを知っています。これは,思い出すことすら耐えがたい当時の記憶を呼び覚まし,現実に基づいて証言を続けてきた被爆者の方々の存在があるからです。
今年1月に発効した核兵器禁止条約は,被爆者の証言が大きな原動力になったと言われています。しかし,次世代に連綿と記憶をつないできた証言者は高齢化し,私たちの想像や関心をつなぎとめ,時に世界のリーダーを突き動かす記憶の伝承が危機に瀕しています。今こそ,一刻を争う事態として,核兵器と向き合う必要があります。
一人ひとりの行動は小さなものでも,予想もできないような連帯をつくり出し,世界の時流を変える力となる例もあります。
地球環境問題では,北欧の15歳の少女が,国会前で学校ストライキを始めたことに端を発し,世界中の若者を巻き込みながら,ついには各国の大臣や国連事務総長まで動かす力となり,地球環境問題の進展に大きな影響を与えました。重要なことは,このグレタ・トゥンベリさんの第一歩のみならず,若者の一人ひとりがそれを他人事とせず,声をあげていったことです。人々の関心が呼応すると,様々な社会活動を通じ,論争も巻き起こしながら,より良い社会を共に築いていく原動力が生まれます。気候変動や教育,ジェンダー平等への関心の高まりは,一国一国のリーダーの考え方を改めさせ,SDGsとして世界の共通言語となり,大きな潮流となっています。
力がないと思われるかもしれない一人ひとりが関心を高め,小さな行動を始めることで,叡智が集まり,共感を広げ,国のリーダーの行動を促し,世界の枠組みをも変えていきます。
世界はこの一年半,新型コロナウイルス感染症と闘ってきました。このようなパンデミックは,専門家が警鐘を鳴らしていたにも関わらず,我々は十分な注意を向けていたとは言い難く,準備はできていませんでした。その結果,これまでに世界で約2億人がこの感染症にかかり,400万人を超える人々が命を落としています。
核兵器も,その運用の責任を負っていた核兵器国の大臣や軍人を含め,多くの専門家が,人類と地球全体に存亡の危機をもたらす,今,そこにある現実的危機だと警鐘を鳴らしています。我々は,核兵器についても,パンデミックと同様にその危険性を見過ごし,いずれその報いを,人類と地球の破滅という形で受けるのでしょうか。
人類存続への道を啓くためには,一人ひとりが関心を持ち,核兵器存続という愚行へ対峙するほかありません。広島からも,新たな行動を始めます。核兵器廃絶が,国連における一致した目標となるよう,働きかけを強めていきます。このパンデミックで苦しんでいる今こそ,一人ひとりが立ち上がり,力を合わせ,人類存続の危機に立ち向かっていきましょう。

令和3年8月6日
広島県知事 湯崎 英彦
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2022年
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式における知事あいさつについて
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(令和4年)における知事あいさつについて | 広島県 (hiroshima.lg.jp)

【あ い さ つ】

本日,被爆77年を迎えるに当たり,原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠を捧げます。
そして,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,御遺族の皆様に,心からお見舞いを申し上げます。

あの時,川土手で,真っ赤に燃え盛る空の下,中学生らしい黒い人形の様な人達がたくさんころがっていた。「お母さん」。その声もだんだん小さくなり,やがて息絶えていった。
生き延びても,孤児となった子どもは,転々と身を寄せた家に居場所もなく,廊下に風呂敷を置いて着替え場所とし,被爆者の病気はうつるなど,差別に苦しんだ。
被爆者が,人生をかけてまで核兵器の廃絶を訴え続けるのは,人間らしく死ぬことも,人間らしく生きることも許さない,この原爆の,核兵器使用の現実を心と体に刻みつけているからです。
その思いが原動力となり,今年6月,核兵器禁止条約第1回締約国会議が開催されました。被爆者の切実な思いが,世界をもう一歩前に進めた瞬間でした。

他方で,東欧では侵略戦争が勃発し,あまつさえその侵略国は,核兵器の使用も辞さないとあからさまな脅しを世界にかけるばかりか,当事者でない国の人々さえ,身を守るためには核兵器が必要だ,と言い始めています。

我々の多くが,侵略者の脅しが単なる虚勢ではなく,実際に核兵器が使用される危険として認識したのではないでしょうか。
つまり,核兵器は,現実の,今そこにある危機なのです。

ウクライナ侵略で世界が突然変わった訳ではありません。世界の長い歴史の中で,理不尽で大量の死を招く暴力は,悪により,しかし,時に正義の衣をかぶりながら,連綿と繰り返されてきました。現在の民主国家と言われる国でさえ完全に無縁とは言いにくいかもしれません。

人間の合理性には限界があるという保守的な見方をすれば,この歴史の事実を直視し,これからもこの人間の性(さが)から逃れられないことを前提としなければなりません。

しかしながら,力には力で対抗するしかない,という現実主義者は,なぜか核兵器について,肝心なところは,指導者は合理的な判断のもと「使わないだろう」というフィクションたる抑止論に依拠しています。本当は,核兵器が存在する限り,人類を滅亡させる力を使ってしまう指導者が出てきかねないという現実を直視すべきです。

今後,再度,誰かがこの人間の逃れられない性(さが)に根差す行動を取ろうとするとき,人類全体,さらには地球全体を破滅へと追いやる手段を手放しておくことこそが,現実を直視した上で求められる知恵と行動ではないでしょうか。
実際,ウクライナはいわばこの核抑止論の犠牲者です。今後繰り返されうる対立の中で,核抑止そのものが破られる前に手を打たなければなりません。

地球温暖化は200年,パンデミックは2年超かけて,人類の持続可能性に疑義を突き付けました。核兵器は,誰かがボタンを押せば,人類の持続可能性は30分かもしれません。

核兵器廃絶は,人類の持続可能性のために最も喫緊の課題であることを認識し,最後の核弾頭が解体・破壊され,この地球上から核兵器が完全になくなるまで休むことなく全力を尽くすことを改めてここに誓い,平和へのメッセージといたします。

令和4年8月6日

広島県知事 湯 崎 英 彦

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広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(令和5年)における知事あいさつについて

【あ  い  さ  つ】

本日、被爆78年を迎えるにあたり、原爆犠牲者の御霊(みたま)に、広島県民を代表して謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げます。そして、今なお後遺症で苦しんでおられる被爆者や、御遺族の皆様に、心からお見舞いを申し上げます。

今、世界では、ロシアによる非道なウクライナ侵攻と核兵器による脅しが続き、北朝鮮は核及びミサイル開発を進め、一部の核保有国が核戦力の大幅な増強を図るなど、核兵器を巡る安全保障環境は厳しくなっています。日本においても、また世界においても、核戦力やその運用の強化を図るべしとの論が声高に叫ばれています。
そうした中、今年5月、ここ平和記念公園に、核兵器国3か国を含むG7首脳が集まり、資料館を訪問し、被爆者の声に耳を傾け、慰霊碑に献花して犠牲者に哀悼の誠を捧げました。
被爆の実相に触れたG7首脳は、世界が、核戦力の強化か、あるいは核軍縮と最終的な廃絶かという二つの分かれ道に直面する中で、核軍縮と廃絶の道を選び、広島ビジョンとして力強く宣言し、芳名録に個人的な決意を記しました。G7の、また、同様に招待国の首脳たちの示した決意は、極めて歴史的であり、極めて重いものがあります。

しかしながら、なお世界には、核兵器こそが平和の維持に不可欠であるという、積極的核抑止論の信奉者が存在し、首脳たちの示す目標に向けた意志にかかわらず、核軍縮の歩みを遅らせています。
私は、そのような核抑止論者に問いたい。あなたは、今この瞬間も命を落としている無辜(むこ)のウクライナの市民に対し、責任を負えるのですか。ウクライナが核兵器を放棄したから侵略を受けているのではありません。ロシアが核兵器を持っているから侵略を止められないのです。核兵器国による非核兵器国への侵略を止められないという現在の状況は、「安定・不安定パラドックス」として、核抑止論から予想されてきたことではないですか。
また、あなたは、万が一核抑止が破綻した場合、全人類の命、場合によっては地球上の全ての生命に対し、責任を負えるのですか。あなたは、世界で核戦争が起こったら、こんなことが起こるとは思わなかった、と肩をすくめるだけなのでしょうか。
核兵器は、存在する限り人類滅亡の可能性をはらんでいる、というのがまぎれもない現実です。その可能性をゼロにするためには、廃絶の他ない、というのも現実なのです。
今、核抑止論者がすべきことは、この現実を直視し、そのような責任はとりきれないことを認め、どんなに厳しい安全保障環境にあろうとも、どうしたら核軍縮を進め、最終的には核廃絶を実現できるか、そのための知恵の結集と行動に参画することです。

私たちには、次の世代に真の意味で持続可能な未来を残す責任があります。そのためには、全ての核保有国が核兵器を手放すことができるよう、従来の安全保障のあり方を見直すとともに、持続可能性の観点から、国際社会の一致した目標として核兵器廃絶を目指さなければなりません。

広島県は、日本政府をはじめ、外国政府や国連、市民社会と連携して、そのための取組を進めてまいります。

終わりに、核兵器廃絶を目指して不断の取組を続けてこられた被爆者の皆様に改めて深く敬意を表するとともに、一日も早い核兵器廃絶の実現を誓い、平和のメッセージといたします。

令和5年8月6日

広島県知事 湯崎 英彦

 

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2010年8月6日
広島市平和記念式典での挨拶(抄録)
核兵器による破壊は、人間の死や建造物の物理的な破壊を超えて、人々から暮らしていた地域の歴史や、そこに住んでいた家族の記憶などを文字通り丸ごと消し去ってしまいます。社会や生命とともに存在の記憶、あるいはこれらの手がかりすらも消し去っていく―-すなわち、核兵器は、「人間的生の全体的破壊」をもたらすのです。これは、広島大学の研究者として被爆の社会学的実態を調査していた私の父が、爆心復元のために何十、何百という被爆者を訪れてお話を聞いた結果、実感することとなった核兵器による破壊の現実です。
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ひろしま復興・平和構築研究事業成果発表会

ひろしま復興・平和構築研究事業成果発表会
【日時】2014年10月11日(土)13:30~16:40
【会場】広島県情報プラザ 地下2階 多目的ホール
【主催】国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会

プログラム
1 開会あいさつ
2 発表

≪第1部≫ 13:35~15:00
講師  内 容
安藤福平(元広島県立文書館副館長) 第1章「近代化の中の広島」
第2章「戦争と広島,原爆投下の衝撃」~新史料紹介:高野源進書簡と船舶司令部作命綴~
石丸紀興(㈱広島諸事・地域再生研究所代表 ) 第3章「復興計画」
第4章「広島平和記念都市建設法」
第5章「再開発をめぐる諸問題」~広島の都市復興は何を語るか~
伊藤敏安(広島大学地域経済システム研究センター長[教授]) 第6章「産業経済の再建」~なぜ予想より順調であつたか~
千田武志(元広島国際大学教授,呉市参与(呉市史編さん担当)) 第7章「保健・医療の充実と被爆者支援」

 

≪第2部≫ 15:10~16:40
講師  内容
宇吹暁(元広島女学院大学教授) 第9章I「平和行政」,Ⅱ「平和運動」~平和記念式典の歩みを中心に~
卜部匡司(広島市立大学国際学部准教授) 第9章Ⅲ「平和教育」~ヒロシマの復興と戦後の教育~
川野徳幸(広島大学平和科学研究センター教授) 第9章Ⅳ「原爆体験と原爆被爆者の平和観」~原爆体験と被爆者のメッセージ~
水本和実(広島市立大学広島平和研究所副所長[教授1) まとめ 「広島の復興が持つ意味,広島の復興経験をどう生かすか」

質疑応答
≪休 憩≫ 15:00~15:10
≪第2部≫ 15:10~16:40
講師 内 容
宇吹暁氏 元広島女学院大学教授 第9章I「平和行政」,Ⅱ「平和運動」 ~平和記念式典の歩みを中心に~
卜部 匡司氏 広島市立大学国際学部准教授 第9章Ⅲ「平和教育」 ~ヒロシマの復興と戦後の教育~
川野 徳幸氏 広島大学平和科学研究センター教授 第9章Ⅳ「原爆体験と原爆被爆者の平和観」 ~原爆体験と被爆者のメッセージ~
水本 和実氏 広島市立大学広島平和研究所副所長[教授1 まとめ 「広島の復興が持つ意味,   広島の復興経験をどう生かすか」
質疑応答
3 閉

ひろしま復興・平和構築研究事業報告書

『広島の復興経験を生かすために―廃墟からの再生- ひろしま復興・平和構築研究事業報告書 』(国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県・広島市)、20140331 )

目次

 タイトル 著者
発刊にあたって
湯崎英彦(広島県知事)・松井一実 (広島市長)
執筆者等一覧
プロローグ:「広島の復興」が持つ意味 水本和実
 Ⅰ なぜいま広島の復興が注目されるのか
Ⅱ 広島の復興とは
Ⅲ 本書の構成
Ⅳ おわりに
Ⅰ部 戦争と破壊
 第1章  近代化の中の広島  安藤福平
 Ⅰ 城下町から近代都市へ
Ⅱ 地方拠点都市へ
コラム 広島のシンボル、原爆ドーム
菊楽忍・永井均
 第2章 戦争と広島、原爆投下の衝撃   安藤福平
 Ⅰ 軍都広島の歩み
Ⅱ 原爆投下
コラム 高野源信書簡 原爆投下前後の広島県知事の思い  安藤福平
 Ⅱ部  都市の復興
 第3章 復興計画  石丸紀興
 Ⅰ 政府の戦災復興計画
Ⅱ 広島復興建設計画
Ⅲ まとめにかえて
コラム 差し伸べられた手―海外からの復興支援 永井均
 第4章 広島平和記念都市建設法 石丸紀興
 Ⅰ 広島平和記念都市建設法の制定過程とその内容
Ⅱ 広島平和記念都市建設法制定による平和記念都市建設計画への展開
Ⅲ 平和記念都市建設計画の事業化と効果
Ⅳ まとめにかえて
コラム 広島平和記念資料館の使命
大瀬戸正司・永井均
 第5章 再開発をめぐる諸問題  石丸紀興
Ⅰ 不法建築の系譜
Ⅱ 河岸での不法建築の発生と河岸緑地の形成
Ⅲ 基町と住宅建設
Ⅳ 基町再開発への道
 コラム 基町、激変の都市空間を探訪する
高野和彦・永井均
 Ⅲ部  復興する広島と市民の暮らし
 第6章  産業経済の再建  伊藤敏安
Ⅰ 戦時中から終戦直後
Ⅱ 高度経済成長期
 コラム 爆心地で路面電車が動き出す  加藤一孝
 第7章 保健・医療の充実と被爆者支援  千田武志
Ⅰ 昭和20年代の保健・医療の状況
Ⅱ 戦後広島の保健・医療の推移
Ⅲ 公的医療機関の動向
Ⅳ 被爆者医療の実態と展開
 コラム 医師たちの奮闘―未曾有の惨劇に立ち向かう  永井均
 第8章  メディアと復興
 Ⅰ 『中国新聞』の戦前と原爆被災  小池聖一
Ⅱ 原爆報道 西本雅実
Ⅲ 市民生活の再建と変遷 西本雅実
コラム 広島カープ―市民の球団、復興の道標 永井均
 Ⅳ部  新しいアイデンティティーを求めて
 第9章  平和を模索する都市
Ⅰ 平和行政 宇吹暁
Ⅱ 平和運動 宇吹暁
Ⅲ 平和教育 卜部匡司
Ⅳ 原爆体験と原爆被爆者の平和観 川野徳幸
 コラム 広島市長の平和宣言  水本和実
 エピローグ 広島の復興経験をどう生かすか~未完の試みからのささやかな提言~  水本和実
Ⅰ 広島の復興をたどってみて
Ⅱ おわりに 広島の復興をどう生かすか
執筆者等プロフィール

『広島の復興経験を生かすために―廃墟からの再生- 第2巻 ひろしま復興・平和構築研究事業報告書 』(国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県・広島市)、20160331 )

育現場の復興と、学校が地域の復興に果たした役割 ある爆心地の学校を中心に 卜部匡司
原爆による医療の崩壊と戦後の再生 千田武志

 

『広島の復興経験を生かすために―廃墟からの再生- 第3巻 ひろしま復興・平和構築研究事業報告書 』(国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県・広島市)、20170331 )

原爆被災と行政 安藤福平
「原爆孤児」―語られざる軌跡 西本雅実

『広島の復興経験を生かすために―廃墟からの再生- 第4巻 ひろしま復興・平和構築研究事業報告書 』(国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県・広島市)、20180331 )

 

被爆体験継承の課題:何を継承するのか 川野徳幸
「広島の家」―国や人権を超えて寄せられた支援 落葉裕信

核実験禁止要請に関する決議(19620811)

核実験禁止要請に関する決議

世界で最初に原爆の惨禍を受け、今尚放射能害による死と闘いつつ原水爆禁止と核実験停止を全世界にくりかえし強く呼びかけてきた広島県民は、今回の貴国の核実験に対し不安と憤激の念とどめがたく、真に遺憾とするものである。
たといどのような理由があろうと実験のもたらす放射能は人類の生存に多大な悪影響を与え、実験が実験を呼ぶ悪循環は、軍拡競争に拍車をかけ、恐しい人類の危機をますます増大させている。
よって、広島県議会は従来しばしば決議要請した如く広島県民を代表してここに貴国核実験の即時中止を要請するとともに核保有国による実験停止協定の締結、核兵器の製造禁止を含む軍備全廃を目指して即時首脳会談を開いて努力されるようう要請する。
昭和三十七年八月十一日
要請先
ソビエート社会主義共和国連邦
アメリカ合衆国

核実験停止協定締結要請に関する決議(19621222)

核実験停止協定締結要請に関する決議(1962年12月22日)

アメリカとソ連は、現在なお核実験を続けています。核実験は、現在将来にわたって人類の生命と健康に害を与えます。
広島県議会は、従来しばしば決議要請してまいりましたがすぺての国の核実験をやめさせるために何度でもくりかえし反対し、一刻も早く停止協定を結ばせなければなりません。
ここに広島県民を代表して、すべての核保有国は来年一月一日を期して核実験停止協定を締結されるよう要請します。
右決議する
昭和三十七年十二月二十二日