島薫

島薫

しま・かおる 18970702生19770516没 享年79歳 外科島病院(広島原爆爆心地)院長。

資料年表:島薫<作業中>

年月日
1897
0702 誕生(本籍地:広島県安芸郡瀬野川)
1917
03 広島県立第一中学校卒業
1924
0325 大阪医科大学卒業
1930 これより欧米留学、米国メイヨークリニックにても研究晩学。
1931
04 大阪帝国大学医学博士。
1933
08 広島市細工町にて外科島病院を開設、診療開始。
1945
0806 「県下世羅郡甲山町植田病院に出張手術中広島島病院上空に世界始めての原子爆弾降下の報により帰広し、市袋町戦災者仮設病院に於いて罹災者の処置に尽力し後中野村の本宅に於いて診療を開始す。」
1948
1030 「広島市大手町戦災被害地を整理し復興、病院を建設し診療を開始す」
1977
0516 没
1983
0515 『島薫あれもこれも』発行

 

止

島薫あれもこれも

『島薫あれもこれも』(島薫[著・刊]、紺野耕一編、1983/05/15)

内容<作業中>

ご挨拶 島忍
Ⅰ
大学医局時代の思い出…3
入局…6
恩師 岩永先生の御魂に…8
古武先生の想い出…11
日本臨床外科医会創立のこと…12
医学上より見たる広島の復興…13
広島外科会100回を迎えて…17
広島外科会40年のお祝の言葉…23
予後…24
朝風に乗って…26
Ⅱ
原爆直後のこと…31
運命というもの…35
「ゲランを流す」…37
ピカドンと婦人たち…38
呉の空襲…41
警防団ところどころ…43
「教育随想」鍛えられた土性骨…45
Ⅲ
広島信用金庫理事長あいさつ…49
戦争と金…50
最高の福祉…51
ひかり園理事長のあいさつ…54
ユース・ホステル15年を迎えて…56
年頭の所感
正月を迎えて
1969年の日の出
瀬戸内海周遊ホステリング
海底より
無言の囁き
第四国高校生ユースラリー
迎春
かおり高き品格…67
見て喜ぶ…71
Ⅳ
「私の愛蔵品」精進湖 南薫造作…76
二人展出品作品…78
白青会・杏林画会合同展覧会
第21回合同展を迎えて
国際美術展に出品
Ⅴ
「雲雀物語」…85
秋に思う…87
Ⅵ
よみがえるあの日爆心地島病院・ただ余熱と死臭…93
紅バラのヤグラ…爆心地の庭に…96
ヒロシマの戦後見続けた27年―生れ変る爆心の島病院…97
瓢鮎図…99
微笑み…100
幽霊…102
洋モクで一札取られの巻…104
西村徳一氏に呈す…106
還暦に思う…108
還暦のうた…109
一丁のピストル…110
人権擁護…112
広島市民交響楽団生みの親高橋理事長の追想…113
わが十代―雲井浪子に片思いこがす…115
秋の夜ばたし―花つくり・碁・ゴルフ…121
外科医追放が文化…124
わたしの散歩道…127
ヒロシマに生きる…130
協力は健康者の義務―「かたすみの人生」…134
晴れの叙勲―スポーツで人心復興…136
国鉄マン「ゲスト・トリオ」島車掌…138
Ⅶ
忘れ得ぬ人びと…141
谷川昇君
立石吾一氏
高橋定氏
三戸俊美氏
上田太郎氏
越智しげる氏
河野先生
島薫博士「原爆後の広島についての彼の回想録」 ウォーナー・ウエルズ…157
Ⅷ
筆談 喉頭癌手術後の大学病院生活と退院後…187
恵声会発会の思い出…565
恵声会誌創刊によせて…569
Ⅸ
遺徳を偲んで…571
大内五良
長崎孝
国信玉二
斉藤環
中本カツコ
偲び草(年譜)…586
あとがき(紺野耕一)…593

止