名越史樹

名越史樹<作業中

なごや・ふみき 196008生19680222没 享年7歳 2歳のときに白血病を発症、 半年間の闘病の末死亡。

資料年表

1968/07/12 ぼく生きたかった-被爆二世史樹ちゃんの死 竹内淑郎編 宇野書店  
1972/07/15 被爆二世 その語られなかった日々と明日 広島記者団被爆二世刊行委員会編 時事通信社  
1982/07/07 原爆瓦 世界史をつくる十代たち 山口勇子著 平和文化  
1982/08/20 ぼく生きたかった 被爆二世史樹ちゃんの死 名越謙蔵・操文 矢野洋子絵 労働教育センター  
1983/06/21 ヒロシマの子-君たちはどう生きるか 森下弘 他著編 平和文化  
1985/06/16 ヒロシマ母の記 史樹の「死」を生きて 名越操著 平和文化  
1990/07/20 世界史をつくる子どもたち 澤野重男著 平和文化  
1991/05/25 日本の原爆記録14 被爆二世・原爆が遺した子ら 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫編 日本図書センター  
2007/03/31 あすのために-これが原子爆弾と戦争の真実 『あすのために』編集委員会編 広島県高等学校原爆被爆教職員の会  

 

林京子:刊本・雑誌

林京子:刊本刊本・雑誌

年月日 書名 著者 出版者 備考
1975/08/01 群像 8月特大号   第30巻第8号 講談社
1975/8/6 祭りの場 林京子著 講談社
1975/09/01 文芸春秋   第53巻第9号   文芸春秋
1976/1/1 平和を考える 第Ⅱ集 ヒロシマ・ナガサキの証言集 西宮市立今津中学校ヒロシマ・ナガサキを考える資料編集会編 西宮市立今津中学校ヒロシマ・ナガサキを考える資料編集会
1976/09/01  世界      第370号  岩波書店
1976/01/01 中央公論 1976. 1 1月特大号 第1066号 中央公論社
1977/10/01  季刊 科学と思想秋季号 No.26 1977.10 新日本出版社
1978/5/20 ギヤマン ビードロ 林京子著 講談社
1978/09/01     子どものしあわせ 別冊1 1982.04 草土文化
1978/12/5 季刊・長崎の証言 1号 鎌田定夫編 長崎の証言の会
1979/1/11 灰の街のアメリカ紳士 民藝の仲間196号 「民藝の仲間」編集部編 劇団民藝
1979/5/12 季刊・長崎の証言 3号 鎌田定夫編 長崎の証言の会
1979/5/15 戦争記念館 第1回・第2回 <戦争>展全記録 別冊新聞記者が語りつぐ戦争 読売新聞大阪社会部編 読売新聞社
1979/08/01 文化評論 No.220 新日本出版社
1980/2/20 ミッシェルの口紅 林京子著 中央公論社
1980/5/23 季刊・長崎の証言 7号 鎌田定夫編 長崎の証言の会
1981/6/4 無きが如き 林京子著 講談社
1981/8/5 季刊・長崎の証言 12号 鎌田定夫編 長崎の証言の会
1981/8/10 自然を恋う 林京子著 中央公論社
1982/1/1 長崎事典 風俗文化編 長崎文献社
1982/4/17 核廃絶人類不戦 外国人戦争犠牲者追悼文集 長崎・外国人戦争犠牲者追悼碑建立委員会 長崎・外国人戦争犠牲者追悼碑建立委員会
1982/05/01  世界        第438号 岩波書店
1983/3/1 核時代と私たち-平和のねがいに立って 婦人之友社編 婦人之友社
1983/7/1 反核メッセージ 文学の立場から 伊藤成彦著 連合出版
1983/7/15 原爆とことば 原民喜から林京子まで 黒古一夫著 三一書房
1983/7/25 何とも知れない未来に 日本ペンクラブ編 大江健三郎選 集英社
1983/8/1 日本の原爆文学 3 林京子 林京子著 ほるぷ出版
1983/10/30 ヒロシマ・ナガサキの証言’83秋 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会
1984/1/1 Atomic Aftermath : Short Stories about Hiroshima and Nagasaki ed. by Kenzaburo Oe ; 大江健三郎 Shueisha Press
1984/1/31 平和を考える 第Ⅴ集 「ヒロシマ・ナガサキ」を読む 岡田龍一編 岡田龍一(西宮市立瓦木中学校)
1984/8/31 平和を考える 第Ⅵ集 「ヒロシマ・ナガサキ」を読む(2) 岡田龍一編 岡田龍一(西宮市立瓦木中学校)
1984/11/5 三界の家 林京子著 新潮社
1985/5/20 林京子著 文芸春秋
1985/6/25 月刊国語教育 1985.7月号 特集 原爆文学をどう読み、どう教えるか 東京法令出版
1985/7/1 友よ・夏の花・原爆詩 林京子、原民喜、峠三吉 著 金の星社
1985/08/01 群像 8月号   第40巻第8号 講談社
1985/08/01   国文学解釈と鑑賞  第50巻9号 至文堂
1985/11/01  中央公論  第百年第十二号 第1199号 中央公論社
1986/03/01  月刊非核自治体通信 第一年 1985年3月~1986年2月 付-別冊非核自治体宣言文集 法政大学西田勝研究室
1988/1/20 谷間 林京子著 講談社
1988/8/10 祭りの場 ギヤマンビードロ 林京子著 講談社
1989/2/20 輪舞 林京子著 新潮社
1990/6/20 やすらかに今はねむり給え 林京子著 講談社
1990/07/10  社会文学 第4号  日本社会文学会
1990/11/01 中央公論   11月号 中央公論社
1991/02/01 中央公論 新春2月号 中央公論社
1991/2/10 地球ガ裸ニナッタ 長崎の証言双書 2 長崎の証言の会編 汐文社
1991/5/25 日本の原爆記録16 原子力と文学(抄)、原爆文学史、原爆とことば(抄) 原民喜から林京子まで 家永三郎、小田切秀雄、黒古一夫 日本図書センター
1992/3/1 被爆証言集 1992 神奈川県逗子市被爆者の会編 神奈川県逗子市被爆者の会
1992/8/5 瞬間の記憶 林京子著 新日本出版社
1992/09/15 文学時標   第55号(再刊第5号) 文学時標社
19930710 やすらかに今はねむり給え/道 林京子 講談社文芸文庫 U
1993/7/15 原爆文学論 核時代と想像力 黒古一夫著 彩流社
1994/2/20 青春 林京子著 新潮社
1995/5/15 戦争と庶民 1940-49 3 空襲・ヒロシマ・敗戦(朝日歴史写真ライブラリー) 佐藤靖編 朝日新聞社
1995/6/25 太平洋戦争 兵士と市民の記録 奥野健男監修 集英社
1995/10/01 中央公論  10月号 中央公論社
1996/9/10 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1996 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
1996/10/8 おさきに 林京子著 講談社
1997/06/01  中央公論6月号 中央公論社
2000/02/15 文芸春秋  臨時増刊 文芸春秋
2000/9/29 長い時間をかけた人間の経験 林京子著 講談社
2000/10/7 ヒロシマ・ナガサキ 原爆文学展 -原民喜から林京子まで 神奈川文学振興会 神奈川近代文学館、神奈川文学振興会
2001/4/30 長崎平和研究 第11号 長崎平和研究所 長崎平和研究所
2001/09/01 世界 2001.9 岩波書店
2001/10/10 非核ネットワーク通信  第75号 非核自治体全国草の根ネットワーク世話人会
2003/3/1 21世紀を生きる人たちへ ナガサキ・五十人の伝言 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2003/9/30 記憶と文学 「グラウンド・ゼロ」から未来へ 小林孝吉著 御茶の水書房
2004/2/1 ヒロシマを生きのびて 被爆医師の戦後史 肥田舜太郎著 あけび書房
2005/3/25 原爆写真ノーモアヒロシマ・ナガサキ 黒古一夫 日本図書センター
2005/7/20 破壊からの誕生 原爆文学の語るもの 津久井喜子著 明星大学出版部
2005/8/1 原爆は文学にどう描かれてきたか 黒古一夫 八朔社
2005/10/1 証言-ヒロシマ・ナガサキの声2005 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2006/10/1 証言-ヒロシマ・ナガサキの声2006 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2007/7/28 ヒロシマナガサキ 岩波ホール 岩波ホール
2008/12/20  原爆文学研究7  7 花書院
2009/1/20 ナガサキから平和学する! 高橋眞司, 舟越耿一編 法律文化社
2009/3/1 五十周年記念誌 50年のあゆみ-核兵器の廃絶世界平和を祈念して 西宮市原爆被害者の会編 西宮市原爆被害者の会
2010/1/1 From Trinity to Trinity by Kyoko Hayashi tr. by Eiko Otake ; 林京子著 Station Hill of Barrytown
2010/3/31 長崎平和研究 第28号 長崎平和研究所 長崎平和研究所
2011/6/10 ヒロシマ・ナガサキ 閃 コレクション戦争と文学 19 原民喜[ほか] 著、浅田次郎[ほか]編集委員、 北上次郎編集協力 集英社
2011/7/8 被爆を生きて 作品と生涯を語る 林京子、島村輝・聞き手 岩波書店
2011.08.10  自分史つうしんヒバクシャ 第223号 栗原淑江
2012/12/23  原爆文学研11 花書院
2013/07/25   社会文学   第38号 日本社会文学会
2014/06/10 中央公論 7月号 中央公論新社
2014/7/20 NHK「ラジオ深夜便」被爆を語り継ぐ 西橋正泰編 新日本出版社
2015/3/25 核と災害の表象 日米の応答と証言 熊本早苗、信岡朝子編著 英宝社
2015/5/16 原爆と向き合った3人の文学者をたどる旅 栗原貞子・原民喜・峠三吉 竹内良男制作 竹内良男
2015/6/5 戦争の記憶と女たちの反戦表現 長谷川啓、岡野幸江編 ゆまに書房
2015/7/8 出来事の残響 原爆文学と沖縄文学 村上陽子著 インパクト出版会
2015/7/30 原爆の惨禍 名著で読む広島・長崎の記憶 蜂谷道彦、原民喜、秋月辰一郎、林京子著 原書房
2015/08/06  すばる 第37巻第9号 集英社
2015/8/15 平和 戦後70年平和コンクール記念誌 釧路市平和都市推進委員会編 釧路市平和都市推進委員会
2015/09/01 文學界 9月号 文芸春秋
2016/12/23 原爆文学研16 花書院
2017/1/10 夏の花ほか 戦争文学 教科書で読む名作 原民喜ほか著 筑摩書房
2017/6/1 つたえてくださいあしたへ… 聞き書きによる被爆体験証言集 23 エフコープ生活協同組合編 エフコープ生活協同組合組合員活動部
2017/10/1 証言-ナガサキ・ヒロシマの声2017 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
2018/08/10  社会文学第48号   日本社会文学会
2019/3/1 原爆に憶う 増補版 東広島市原爆被爆資料保存推進協議会
2020/12/19 原爆文学研究 19 花書院
2021/3/16 プロデュースされた〈被爆者〉たち 表象空間におけるヒロシマ・ナガサキ 柴田優呼著 岩波書店
2022/03/21 原爆文学研究 20 花書院

 

 

 

 

林京子:新聞切り抜き

林京子:新聞切り抜き

年月日 見出 紙名 備考
1992? [学問文化] 林京子「長崎の声 死者の声」 赤旗
19930627 [文芸時評]牛久保建男「戦争の様相を照らしだす作品群と作家の関心」 赤旗
19951007 8月9日にこだわり続けて 作家林京子さん(渡辺俊江記者) 赤旗
19960926 [文芸時評]乙部宗徳「世紀末に刻んだ被爆者の思い」 赤旗
19990928 [文芸時評]小森陽一「」 朝日
19991123 [学問文化]政治を問う作家たち 林京子さん 赤旗
20000809 [この人]林京子さん 「8月9日」を見つめ続ける作家 中国
20001116 [ひと]林京子さん 被爆体験をもとに創作を続けて野間文学賞を受賞する 朝日
20001217 [今週のひと]林京子さん 『長い時間をかけた人間の経験』で被爆者たちの人生を総体で描いた 赤旗日曜版
20150802 林京子さん 被爆者として見つめた戦後70年 赤旗日曜版
20170302 訃報 朝日・中国
20170307 黒古一夫「林京子さんを悼む」
20170320 小林八重子「林京子さんを悼む」

林京子

林京子

はやし ・きょうこ 19300828生20170219没 86  作家。長崎県立長崎高等女学校3年の時、学徒動員中の三菱兵器工場で被爆。短編『祭りの場』(『群像』1975.6)で第18回群像新人文学賞、および第73回芥川賞。『広島県現代文学辞典』(岩崎清一郎・記)

関係資料

 

資料年表:関千枝子

資料年表:関千枝子

作成中

せき・ちえこ 19320328生20210221没 享年88 フリージャーナリスト。著書に「広島第二県女二年西組―原爆で死んだ級友たち」。姉=黒川万千代。級友・亀沢恵尼の姉=亀沢深雪。

書誌

書名 著者(無い場合は著者=関千枝子)・発行所など 出版年月日
広島第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち 筑摩書房 1985/2/28
広島第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち 筑摩書房(ちくま文庫) 19880628
ヒロシマ花物語 汐文社 1990/7/15
しらうめ 広島第二県女創立50周年記念誌 広島県立広島第二高等女学校同窓会(編・刊) 1995/9/3
女がヒロシマを語る 江刺昭子、加納実紀代、関千枝子、堀場清子編、 インパクト出版会 1996/8/6
証言-ヒロシマ・ナガサキの声1996 長崎の証言の会 1996/9/10
ヒロシマから吹く風 横浜市立浦島丘中学校 1997/3/10
ヒロシマの女たち 続 広島女性史研究会編著、ドメス出版 1998/4/11
広島第二県女二年西組 〔上〕 埼玉福祉会 1999/5/20
広島第二県女二年西組 〔下〕 埼玉福祉会 1999/5/20
日本原爆論大系 第7巻 歴史認識としての原爆 岩垂弘ほか、日本図書センター 1999/6/25
若葉出づる頃 新制高校の誕生 西田書店 2000/6/10
8月の晴れた日に 7 埼玉県原爆被害者協議会(しらさぎ会)、さいたまコープ労働組合平和部 2002/4/13
ゲンバクの日ぼくたちは10代だった 桂寿美江、神南明子、野村恵利子取材・執筆 松本あゆみ英語翻訳 創文刊 2003/7/30
原爆被災証言記 忘れられた学徒たち 県立広島女子大学同窓有志、広島県立広島第二高等女学校同窓有志 2007/8/6
修学旅行記録集[2006/10/25(水)~28(土)] 埼玉県立飯能高等学校 2008/3/8
戦争と性 第27号 「戦争と性」編集室 2008/4/25
ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅱ ヒロシマ・ナガサキを考える会 2008/8/6
広島第二県女二年西組 構成台本 関千枝子著 岩田直二構成演出らくらく演劇塾 2010/3/1
広島第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち 筑摩書房 2010/5/25
ヒロシマ原爆地獄 ヒロシマの生き証人は語り描く 河勝重美著、ヒロシマ「原爆地獄」を世界に弘める会(河勝重美) 2011/1/1
ヒロシマ原爆地獄 生き証人の描く被爆者一人ひとりの生と死 日英二カ国語版 ヒロシマ「原爆地獄」を世界に弘める会(河勝重美) 2011/1/1
ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅲ-① ヒロシマ・ナガサキを考える会 2011/8/6
ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅲ-② ヒロシマ・ナガサキを考える会 2011/8/6
フィールドワークまっぷ 広島の少年少女たちの死をめぐって 2012年版 竹内良男 2012/8/1
広島・長崎から 戦後民主主義を生きる 往復書簡 関千枝子、狩野美智子著 彩流社 2012/10/31
ヒバクシャからの手紙 被爆体験記集 第3巻 広島平和文化センター 編集 厚生労働省、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 2013/3/31
慟哭の廣島 今田耕二、木下印刷所(印刷) 2014/7/22
金輪島と原爆 原爆死没者慰霊碑参拝 竹内良男 2014/10/26
原爆地獄 The Atomic Bomb Inferno ヒロシマ生き証人の語り描く一人ひとりの生と死 日英版 河勝重美編、コールサック社 2015/4/16
ヒロシマの少年少女たち 原爆、靖国、朝鮮半島出身者 彩流社 2015/8/26
関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第1集(2012-2013) 関千枝子、中山士朗著 西田書店 2015/11/20
ヒロシマを若い世代に 原爆で未来を絶たれた若い命は訴える 被爆者の語り描く失われた若い命の生と死のドラマ 日本語英語二カ国語版 = Hiroshima never again : an appeal to today’s young people from the young who lost their future : survivers witnessed the life and death of young people in Hiroshima : English-Japanese edition  河勝重美 2016/5/24
関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第2集(2013-2014) 西田書店 2016/6/1
関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第3集(2014-2016) 西田書店 2017/6/1
証言 町と暮らしの記憶 中島本町・材木町・水主町 ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会 2017/8/5
ヒロシマ対話随想 関千枝子、中山士朗著、西田書店 2019/5/10

 

 

 

壬生照順

壬生照順<作業中>作業中

みぶ・しょうじゅん 1904生19870218没 享年79 天台宗華厳院住職。全日本仏教会評議員、仏教徒平和の会幹事長、日本宗教者平和協議会理事長。宗教NGO[82推進連絡会議呼びかけ人]

資料年表:壬生照順

1968/08/05 現代に生きる宗教者の証言 日本宗教者平和協議会編 新日本出版社
1984/07/30 宗教者と平和 日本宗教者平和協議会編 新日本出版社
1975/11/30 妹尾義郎と「新興仏教青年同盟」 松根鷹編著 三一書房
1977/03/30 中央集会・第五福竜丸のつどい 原水爆禁止日本協議会 原水爆禁止日本協議会
1976/08/15 抵抗の群集 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟編 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟編 白石書店
1994/04/25 日本平和論大系 14 家永三郎編 日本図書センター
1968/08/05 平和運動20年記念論文集 日本平和委員会編 大月書店

 

宮崎安男:資料年表

宮崎安男:資料年表<作業中

1975/08/3 原水爆禁止世界大会報告決定集 被爆30周年被爆30周年原水爆禁止世界大会実行委員会報告決定集編集委員会被爆30周年原水爆禁止世界大会実行委員会報告決定集編集委員会
1977/07/01 核のない社会をめざして 反核国際交流の報告宮崎安男著宮崎安男
1978/08/01 「核」とマスコミ 廃絶をめざす報道と世論「マスコミ市民」編集部編日本マスコミ市民会議
1983/02/21 原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会編「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会
1984/02/20 ヒロシマ・ナガサキの証言’84冬秋月辰一郎、庄野直美編広島・長崎の証言の会
1984/03/20 ヒロシマの記録-核実験抗議座りこみ10年原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁)
1987/09/30 ヒロシマ 東京大田主任手当拠出金によるヒロシマ子ども派遣団 第4次・第5次報告集東京・大田主任手当拠出金による第四次・第五次ヒロシマ子ども派遣団実行委員会編東京・大田主任手当拠出金による第四次・第五次ヒロシマ子ども派遣団実行委員会
1993/08/31 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1993長崎の証言の会編長崎の証言の会
1993/12/01 駆けぬけて 羽原好恵追悼集羽原好恵追悼集刊行委員会編羽原好恵追悼集刊行委員会
1995/08/07 平和 被爆50周年史全電通原爆被爆者協議会
1997/04/29 ヒバクシャ ともに生きる 第15号原爆被害者相談員の会原爆被害者相談員の会
1999/07/15 長崎平和研究 第7号長崎平和研究所長崎平和研究所
2000/12/01 広島平和会館ものがたり宮崎安男原爆被害者福祉センター広島平和会館
2004/01/01 ひろしまの旅文集 2004年度女子学院高等学校一年女子学院高等学校
2005/12/20 「総合」文集 2005女子学院高等学校女子学院高等学校

荒角理宰

荒角理宰

あらかど・りさい 1918?生20180210没 享年100歳 元山陽ジャスコ会長。中国軍管区通信補充隊電報班員当時、爆心地近くで原爆被爆。

資料1 資料

1995/08/01 『被爆50周年を迎えて 私の原爆体験談』(荒角理宰著)
19950802 「原爆への怒り 惨状伝えたい 呉の荒角さんが体験記」(『中国新聞(呉版)』19950802)
2003/01/31 『呉を語る 呉市制一〇〇周年記念 体験手記集』(呉市企画部呉市史編纂室)

資料2 ファイスブック(呉東ロータリークラブ)

2018年2月14日【第29例会(2791例会)】
追悼例会
追悼 故 荒角理宰 会員
相川会長の追悼の言葉より
昭和20年8月6日爆心地近くで原爆に遭われ、奇跡的に九死に一生を得られたあなたは、毎年8月の例会で、原爆の悲惨さと平和の尊さを私たちにご教授してくださいました。目を潤ませながら、かみしめるように話される荒角さんの御姿に、私達は深い感銘を覚えました。

資料年表:松原美代子

資料年表:松原美代子<作業中

 年月日
1932 誕生
19450806 広島女子商業(現・広島翔洋高校)1年、12歳の時、建物疎開の作業中に爆心地から約1.5キロで被爆。
1956/1/1 われらのうた 1956.1.1 第15号 われらのうたの会
望み 松原美代子   28
1956/3/8 われらのうた 1956.3.8 第17号 われらのうたの会
思いやり 松原美代子   29
1957/2/1 われらのうた 1957.2.1 第27号 われらのうたの会
思いやり  松原美代子   40
1982/6/15 原爆の絵アメリカ反核の旅 松原美代子さん NHK NHK広島放送局
1982.7.1 『平和文化』第36号(広島平和文化センター)
米国でのヒロシマの証言を終えて(広島平和文化センター主事 松原美代子)
1982/8/20 ヒロシマ・ナガサキの証言’82夏 石田明、浜崎均編 広島・長崎の証言の会
1983/2/4 ヒロシマナガサキ 核戦争のもたらすもの 上映の記録 1982.4~12 岩波映画、岩波映像販売編 岩波映画、岩波映像販売
1983/8/20 原爆の絵アメリカを行く 松原美代子著 、ヒロシマを知らせる委員会編 日本放送出版協会
1983/8/20 ヒロシマ・ナガサキの証言’83夏 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会
1983/9/22 ヒロシマ・ナガサキ平和学習の旅 昭和58年度 上智大学学内共同研究平和研究(庭野平和財団助成)
1984/2/21 核・貧困・抑圧 ’83アジア文学者ヒロシマ会議報告 アジア文学者ヒロシマ会議実行委員会編 ほるぷ出版
1984/11/11 HIROSHIMA&WAR 栃木県立那須農業高等学校2年4組・社会部編 栃木県立那須農業高等学校
1985/8/1 ぼくたちはヒロシマを見た ヒロシマと戦争の実態に迫るために 栃木県立那須農業高等学校社会部 栃木県立那須農業高等学校
1985/8/6 原爆の絵は訴える NHK NHK
1986/4/21 松原美代子さんの被爆体験を聞いて 池田市立細河小学校6年生 池田市立細河小学校
1986/5/1 平和文化 1986.5 第59号 広島平和文化センター
原爆乙女の暗い青春 原爆被爆体験語り部 松原美代子
1987/1/20 ヒロシマの女たち 広島女性史研究会著編 ドメス出版
1988/3/31 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 平和冊子 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
1989/4/1 かけはし 1989.04.01 第20号 YMCA国際平和研究所
限りない平和の巡礼者として 松原美代子
1994/3/10 千羽鶴 12人の語り部証言集 堺市立五箇荘中学校16期生編 堺市立五箇荘中学校16期生
1995/1/1 1995年度 ひろしまを考える旅 記録集 ひろしまから明日へ 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会
1996/1/1 1996年度 ひろしまを考える旅 記録集 ヒロシマの声は、世界に届かないの? 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会
1996/9/10 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1996 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
1997/3/31 創大平和研究 1997.03.31 第18号 1996 創価大学平和問題研究所
ヒロシマの心:核兵器のない世界への祈りと行動 松原美代子
1998/1/1 千代田区平和使節団の報告 (平成9年度) 千代田区 千代田区
1998/10/31 親子広島バスツアー感想文集-平和・非核学習の旅 平成10年度 原水爆禁止西宮市協議会、西宮市編 原水爆禁止西宮市協議会、西宮市
1999/3/31 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 第2版 平和図書 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
2000/8/15 広島市医師会だより 2000.8.15 No.412 広島市医師会
特集 対談 「ヒロシマ」を語り継ぐ-語り部 松原美代子さんに聞く- 20 松原美代子VS碓井静照
2001/12/20 2001年度 ひろしまを考える旅 記録集 日本YWCA「ひろしまを考える旅」準備委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」準備委員会
2004/1/1 広島市平和祈念式に参加して 平成16年度派遣団記念文集 甲府市 甲府市
2004/5/22 証言集 大和中学校 大和市立大和中学校
2005/6/10 原子野からの旅立ち 女子パウロ会 女子パウロ会
2008/7/28 原爆の絵 2007 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2010/3/19 修学旅行「旅と証言の記録」 2009年 第2学年 埼玉県立松山女子高等学校 埼玉県立松山女子高等学校
2010/7/5 次世代と描く原爆の絵 2007・2008・2009 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2011/7/31 上空より = From above ポーレ・サヴィアーノ著 コンテンツ・ファクトリー
2012/3/30 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 第3版 平和図書 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
2012/8/1 次世代と描く原爆の絵 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2016/11/18 女性たちのヒロシマ 笑顔かがやく未来へ 創価学会広島女性平和委員会編 第三文明社
2017/8/12 原爆の絵 平成19~28年度 広島平和記念資料館、広島市立基町高等学校
2018/8/6 次世代と描く原爆の絵 平成19年度~29年度 広島市立基町高等学校
2001/8/1 月刊ク―ヨン 2001.08 6巻通巻65号8月号 クレヨンハウス
[落合恵子責任編集]戦争を知らない大人たちへ 91
パピアン・美智子/村井志摩子/栗原貞子/松原美代子/酒井キヨ子/西岡由香/植木智子/石司真由美/上原当美子/高里鈴代
20180210 逝去。
20180330 「評伝・松原美代子さん ヒロシマ証言活動貫く」『中国新聞』(西本雅実・特別編集委員)
2022/6/20 次世代と描く原爆の絵 平成一九年度~令和二年度 広島市立基町高等学校美術科編 広島市立基町高等学校

年表:レイノルズ夫妻

年表:レイノルズ夫妻<作業中

Y M D NEWS1
51 6 24 アール・レイノルズ(人類学者)、ABCC顧問として来広。
52 8 12 第7回日本公衆衛生学会(於札幌)で、ABCCのレイノルズ博士、被爆児童の発育調査結果報告。
56 11 3 バーバラ・レイノルズ、初めて広島を訪れる。(「ヒロシマ巡礼」)
58 6 11 レイノルズ一家のヨット「フェニックス号」、米のエニウェトク核実験に抗議するため、米ホノルル港を出港。広島の三上仁一も参加。23日、アメリカ沿岸警備隊の監視船に停船を命じられる。(「ヒロシマ巡礼」)
60 6 9 レイノルズ一家のヨット「フェニックス号」、横浜港に入港。
60 8 6 「原爆の子追悼のつどい」(第3回)、広島市平和公園の原爆の子の像の前で開催。約200人が参列。レイノルズ夫妻も。
61 8 9 原水禁世界大会出席の米国代表団「代表団員のアール・レイノルズ博士(広島女学院大客員教授)を代表団から除名する」と発表。7月30日、広島で開かれた全労系の原水禁全国討論会で日本原水協を批判したのが理由。
61 8 9 レイノルズ、記者会見で語る。「原水協にたいする一番大きな不満はアメリカや西欧陣営の核武装だけを問題にして、ソ連や中国にたいしてはなにもふれないことだ」
61 8 12 東京新聞「原水禁運動に望む-真正の平和集会を-目標失った原水協」(E・レイノルズ)
61 8 15 アール・レイノルズ、核兵器禁止・平和建設国民大会(東京)に特別来賓として出席し、これまでの原水禁運動を批判。
61 9 6 アール・レイノルズ(広島女学院大客員教授)、ソ連の核実験に抗議するためウラジオストックヘ抗議航海する計画を発表。
61 9 8 朝日新聞「こんどはソ連へ-レイノルズ博士、核実験に抗議-家族同伴ヨット航海で」
61 9 09? アール・レイノルズ、広島に国際平和科学研究所を設立する計画を発表。
61 9 19 ソ連核実験抗議のためウラジオストクへ向かうレイノルズ一家の壮行激励会、流川教会牧師・谷本清の提唱により広島平和公園で開催。広島市原爆被爆者協議会・広島青年連合会・全労地方会議・広島県宗教連盟など11団体から約150人が参加。(「ヒロシマ巡礼」)
61 9 21 中野清一広島大学政経学部長・谷本清流川教会牧師、レイノルズにソ連核実験抗議航海を思いとどまるよう説得。
61 9 22 法務省、旧ソ連の核実験抗議のためウラジオストクに向かうレイノルズの再入国申請を拒否。
61 9 24 フェニックス号、ソ連ヘ。アール・レイノルズ一家、ソ連核実験に抗議するためヨットでウラジオストックヘ向け広島港を出帆。市民500人が見送り。
61 10 7 メアリー・マクミラン、桑原英昭、谷本清ら30人、レイノルズを支援する「フェニックス会」を結成。
61 10 29 レイノルズの核実験抗議船〃フェニックス号〃ナホトカ入港を拒否され博多港に帰港。
61 11 12 レイノルズ夫妻ら、広島市に帰る。
61 11 15 アール・レイノルズ、核兵器禁止・平和建設国民会議の結成大会に出席し挨拶。(産経)
61 12 25 バーバラ・レイノルズ夫人と長女ジェシカ、原爆の子の像の前で平和祈念断食を行なう。
62 1 22 レイノルズ夫妻、「ヒロシマ平和巡礼計画」を発表。
62 2 4 ヒロシマ平和巡礼代表に松原美代子、英宏昌決まる。[レイノルズ]
62 3 10 「ヒロシマ平和巡礼」のバーバラ・レイノルズ、松原美代子、英宏昌、広島を出発。13日、羽田を出発。(「ヒロシマ巡礼」)
62 3 19 「ヒロシマ平和巡礼」のバーバラ・レイノルズ、松原美代子、英宏昌、米サンフランシスコに到着し、記者会見。
62 4 11 ヒロシマ平和巡礼、国連本部で米ソ代表に核兵器禁止を訴える。[レイノルズ]
62 4 11 「ヒロシマ平和巡礼」の松原美代子、英宏昌、米ニューヨークの国連本部を訪れ、バンチ事務次官らに核実験禁止への努力を要請。[レイノルズ]
62 4 23 英核兵器廃止運動主催の大行進、ロンドンに到着。野外大会で、「ヒロシマ平和巡礼」の松原美代子、英宏昌が挨拶。[レイノルズ]
62 4 30 「ヒロシマ平和巡礼」の松原美代子、英宏昌、ジュネーブに到着。[レイノルズ]
62 5 1 平和巡礼の広島原爆被災者松原美代子・英宏昌, 18カ国軍縮会議開催中のジュネーブでゾーリン・ソ連代表と会見. 広島平和行進委員会のメッセージを手渡す.[レイノルズ]
62 5 2 平和巡礼、米代表にも核実験停止を訴える。11日のタス通信, メッセージが軍縮委の公式文書として配布されることになったと報道.[レイノルズ]
62 5 26 広島平和巡礼委員会、タイム誌に抗議電報。[レイノルズ]
62 6 19 「ヒロシマ平和巡礼」のバーバラ・レイノルズ、松原美代子、英宏昌、共産圏諸国に向けストックホルムを出発。(「ヒロシマ巡礼」)
62 7 27 「ヒロシマ平和巡礼」の松原美代子、英宏昌、広島に帰る。[レイノルズ](「ヒロシマ巡礼」)
62 7 29 ヒロシマ平和巡礼、広島に帰る。ソなど14カ国訪問。[レイノルズ]
62 8 3 ヒロシマ平和巡礼報告会。広島市・平和記念館で。[レイノルズ]
62 9 3 アール・レイノルズ広島女学院大学客員教授、エブリマン3号でソ連核実験に抗議するため広島を出発。
63 10 8 広島・長埼世界平和巡礼実行委員会開く。委員長原田東岷、副委員長バーバラ・レイノルズ決まる。
64 1 8 広島・長崎世界平和巡礼実行委員会(原田東岷委員長)、4月の世界平和巡礼第2陣のメンバーを決定。志水清広大原医研教授ら4人。[レイノルズ]
64 1 17 広島・長崎世界平和巡礼団の広島関係メンバー決まる。志水清(広島大学教授)ら15人。[レイノルズ]
64 3 28? 世界平和巡礼が携行する英文『原爆被害の実相』完成。[レイノルズ]
64 4 11 広島市キリスト教連合婦人会と日本基督教婦人矯風会広島支部員ら20人、平和巡礼資金の街頭募金を広島市内で実施。-12日。[レイノルズ]
64 4 16 第2回広島・長崎世界平和巡礼団、広島を出発。(21日羽出発)。広島市・平和記念館で結団壮行式。松本卓夫団長、団員:バーバラ・レイノルズ、松原美代子、小佐々久仁子、庄野直美、副島まち、森下弘、阿部静子、高原弘子、吉田チエ、河本時恵、満井晟(中国新聞記者)ら40人。2カ月をかけ、欧米・ソ連などを回る予定。(「ヒロシマ巡礼」)
64 4 20 平和巡礼団庄野直美(広昆女学院大学教授)の米国入国査証交付が保留。[レイノルズ]
64 4 29 米、平和巡礼団庄野直美に入国査証発行。[レイノルズ]
64 5 5 平和巡礼団が米ミズリー州インデペンデン市で、トルーマン元米大統領と会見。「広島、長崎両市の代表に会えてうれしい。二度と悲劇の起きないことを心から望む。あのときは原爆投下の決定をくださざるをえなかった。[レイノルズ]
64 5 28 平和巡礼団、米上下両院合同原子力委員会で訴える。「いかなる理由があろうとも原水爆の使用は許せない。原子力は人類の繁栄のために使ってほしい」[レイノルズ]
64 6 11 平和巡礼団、ウ・タント国連事務総長と会見。国連放射能科学研究所が原爆の影響を研究するよう要望。[レイノルズ]
64 6 11 広島・長崎世界平和巡礼団、国連ウ・タント事務総長に,国連が原爆被災者の実態を調査し,その結果を世界に知らせるよう要望.[レイノルズ]
64 6 26 広島・長崎世界平和巡礼団、モスクワに到着。[レイノルズ]
64 7 4 広島・長崎世界平和巡礼団帰国。ナホトカから横浜ヘ。米、ソ、ヨーロッパなど8カ国150都市訪問。松本卓夫団長「広島・長崎の名はよく知られているが、後遺症などの実態はほとんどわかっていない。被爆者の生の声は〃生き証人〃として大きな感動を与えた」[レイノルズ]
64 7 5 広島・長崎世界平和巡礼団、広島に帰る。6日、広島平和記念館で帰国報告会。[レイノルズ]
64 7 6 平和巡礼団の広島市民への帰国報告集会。[レイノルズ]
64 7 33 談和会、7月例会.庄野直美,平和巡礼の報告をおこない,原爆被害者の調査を国際的規模で実施することの重要性を提案.[レイノルズ]
64 8 09? レイノルズ夫妻、離婚。
65 4 16 中国新聞「私はなぜ広島に帰ったか」(バーバラ・レイノルズ)
65 5 4 世界平和巡礼団(広島・長崎の被爆者グループ)、「米はベトナムから撤退せよ」とジョンソン大統領へ抗議文送る。[レイノルズ]
65 5 17 広島・長崎平和研究会(三十九年春、欧米各国を回った平和巡礼団関係者で組織、庄野直美幹事長)、周恩来中国首相に核実験反対の抗議文送る。[レイノルズ]
65 7 19 広島・長崎世界平和巡礼団、ジョンソン米大統領へ送ったベトナム戦争にかんするの要望書への返書を受け取る。「核兵器の使用は現段階では軍事的必要がない」[レイノルズ]
65 8 7 ワールド・フレンドシップ・センター(世界友情の家)の発足。広島と世界の平和を求める人との提携センターで、バーバラ・レイノルズが提唱。事業内容①生活困窮被爆者のための福祉事業②外国の平和活動家に生活・研究の場を提供④平和にかんする
65 10 12 ワールド・フレンドシップ・センター、理事会を開催。被爆孤老施設の開設を決める。[レイノルズ]
65 10 23 ワールド・フレンドシップ・センター(広島市南観音町)開所式。被爆孤老3人が入園。[レイノルズ]
67 3 28 広島から出港のアール・レイノルズ博土の反戦ヨット、フェニックス号、北べトナムのハイフォン港着。医薬品(一万ドル相当)を北ベトナム赤十字社に贈る
69 3 21 米平和運動家バーバラ・レイノルズ女史が広島を離れ帰国
74 7 15 山田広島市長、来年中に原爆被爆資料の海外での展示を実現したいとの意向を市議会で明らかにする。7月末、ノーマン・カズンズ、バーバラ・レイノルズ、ノエル・ベーカー、エディタ・モリス、ダニロ・ドルチに協力を要請。
74 9 2 山田広島市長、米のバーバラ・レイノルズからオハイオ州ウイルミントン大学で来年被爆資料展を開くとの回答を得たことを明らかにする。
75 5 18 平和運動家バーバラ・レイノルズ、ロサンゼルス市で在米被爆者援護のための募金活動開始。
75 8 1 「広島、長崎30年後-ウィルミントン会議」。米ウィルミントン大学で五日まで。バーバラ・レイノルズ提唱。被爆者代表も出席。フォード米大統領と三木首相に核廃絶の努力を要請するメッセージ送る
75 10 3 中国新聞「この人:バーバラ・レイノルズ-広島市の特別名誉市民章を受ける米人」
75 10 15 バーバラ・レイノルズ(米平和運動家)に広島市が特別名誉市民章
77 7 30 このほどNGOシンポ参加のためバーバラ・レイノルズ来広。
77 8 2 広島市特別名誉市民レイノルズ女史、NGOシンポ参加のため来広中、広島市長を訪問。
78 7 19? 米ウィルミントン大学ヒロシマ・ナガサキ記念文庫の世話役バーバラ・レイノルズの後継者決まる。
78 8 18 広島大学で、国際平和科学会開催。(19日まで)米レイノルズ博士ら出席。
78 8 21 レイノルズ博士、長崎市で「平和運動の歩み」と題して講演。
80 8 4 平和運動家バーバラ・レイノルズ、来広。
82 4 15 SSD2に向けての平和キャラバン、ロサンゼルスで活動開始。(原爆展を開催しながら米大陸を横断。)被爆者松原美代子、バーバラ・レイノルズらが参加。
82 11 22 米の平和運動家バーバラ・レイノルズ、来広。広島市長と懇談。
83 3 17 米の平和運動家バーバラ・レイノルズの自伝刊行のため、長崎県の翻訳家、来広し取材。
84 12 11 米の運動家、バーバラ・レイノルズ「84ワンダー・ウーマン賞」(社会活動などに業績のあった女性に贈られる)を受賞したことが判明。
85 4 22 広島市、今夏の平和祈念式に特別名誉市民ノーマン・カズンズ、バーバラ・レイノルズを招待することを決定。
85 5 17 米の平和運動家バ-バラ・レイノルズ、戦争抵抗者連盟(本部:ブリュッセル)の第24回平和賞を受賞。
85 8 3 バーバラ・レイノルズさんを囲む会、広島市で開催。
85 8 3 米のノーマン・カズンズ、バーバラ・レイノルズ、フロイド・シュモーら、平和祈念式に参加のため来広。 4日、広島市長を表敬訪問。
86 11 28 元広島女学院院長松本卓夫(被爆者)、死去。1964年に広島・長崎世界平和巡礼団団長として各国を歴訪。[レイノルズ]
88 12 26 広島市の特別名誉市民で米の平和運動家バ-バラ・レイノルズの健康状態がすぐれないことが判明。ワ-ルド・フレンドシップ・センタ-、激励の手紙を送ることを呼び掛け。
90 2 11 米の平和運動家バーバラ・レイノルズ、死去。1951年に来広し、18年間広島市に滞在、1962年に広島・長崎平和巡礼団を組織するなど平和運動に貢献。
90 2 24 米の平和運動家バーバラ・レイノルズ(11日に死去)をしのぶ「記念会」、広島市で開催(ワールド・フレンドシップ・センタ-主催、約80人参加)。
90 3 31 山田信蔵(被爆者)、死去。故バーバラ・レイノルズに日本語を教えたのが縁で、1964年に第2回世界平和巡礼に参加。
90 4 29 長崎の証言の会、米の平和運動家バ-バラ・レイノルズさんをしのぶ会を長崎市で開催(約30人参加)。
90 8 7 ワールド・フレンドシップ・センター、創立25周年の集いを広島市で開催(35人出席)。同センターは、1965年にバーバラ・レイノルズが設立。
90 9 14? 故バーバラ・レイノルズの蔵書類(約100冊、被爆体験記集など)、米国原爆被爆者協会に寄贈。
94 6 05? 広島市の医師原田東岷、バーバラ・レイノルズとノーマン・カズンズの偉業を綴った単行本『平和の瞬間』(勁草書房)を出版。
95 2 11 ワールド・フレンドシップ・センター、創立者のバーバラ・レイノルズを追悼するピアノリサイタルを広島市のエリザベート音大で開催。約500人が参加。
98 1 11 広島の反核運動の先駆者で米国の人類学者アール・レイノルズ、死亡。
98 1 23 中国新聞「文化:レイノルズ博士の死に思う(原田東岷)」
98 3 7 ワールド・フレンドシップ・センター(広島市内)、レイノルズ夫妻を偲ぶ会を開催。約20人が参加。
98 7 09? 広島市の医師・原田東岷、バーバラ・レイノルズ夫人とノーマン・カズンズの活動記録「平和の瞬間」の英訳版「MOMENTS OF PEACE」を出版。

レインボー・ビレッジ

『レインボー・ビレッジ』(バーバラ・レイノルズ著、グループ「ハート」 訳 、中国新聞社出版部編、19950801)

内容<作業中

02 はじめに
03 バーバラ・レオナルド・レイノルズ
04 「レインボー・ビレッジ」に寄せて(ジェシカ・レイノルズ・シェーバー)
05 レインボー・ビレッジ(バーバラ・レイノルズ)
147 あとがき 原田東岷
148 訳者あとがき
149 バーバラさんと広島(中国新聞の記事から抜粋)

さらば広島 = Goodbye to Hiroshima

『さらば広島 = Goodbye to Hiroshima』(大原三八雄編、バーバラ・レイノルズ女史に感謝する会、1969/07/21)

内容<作業中

page
03 Introduced by Setsuo Yamada,Mayor oh Hiroshima
Ⅰ Writings by Mrs.Barbara Reynolds
1.Goodbey to Hiroshima.
2.Recollection of Hiroshima.
3.Hiroshima,City of Hope.
Ⅱ A Bouquet from Hiroshima
1.Goodbye,Barbara San. -Tomin Harada.
2.Because the Earth is Green. -Miyao Ohara.
Ⅲ A Flowerbasket from East and West
1.From a schoolmistress.
2.With a deep Emotion.
3.Retracing the Origin of Peace.
4.To Bodhisattva Barbara.
5.Wishing a Nice Rest in Your Home Country.
Ⅰ バーバラさんのペンの跡を追う
1.さらば広島
2.広島の思い出と希望
3.希望の都 ヒロシマ
Ⅱ ヒロシマからの花束-
1.さようなら バーバラさん 原田東岷
2.地球は青いのだから 大原三八雄
Ⅲ 東から西から花籠を
1.一教師より 佐藤和子
2.この感動を 大江みち
3.平和の原点に帰る 松原隆
4.バーバラ菩薩に 中田栄一
5.母国でゆつくりお休み下さい 酒井美代子

ヒロシマ巡礼 バーバラ・レイノルズの生涯

『ヒロシマ巡礼 バーバラ・レイノルズの生涯』(小谷瑞穂子著、筑摩書房、1995/06/25)

内容

プロローグ 5
第1章 ヒロシマへ 14
初めて会ったヒバクシャたち
レインボー・ブリッジは虹色の村?
そして第五福竜丸事件が起こった
第2章 平和を求めて 40
ゴールデン・ルール号、その運命的出会い
6年ぶりのヒロシマ、揺れる平和運動
フェニックス号、嵐のナホトカ行き
第3章 ヒロシマ・メッセージ 73
「原爆の子」像前でのクリスマス
宏昌と美代子と平和巡礼の旅
第4章 デモクラシー国家とは 116
ある女性ジャーナリストからの手紙
再び世界へ―世界平和研究使節団の出発―
死の灰の危険性
トルーマンとの会見
ベルリンの壁を越えて
第5章 クオ・ヴァディス(神よ いずこ) 151
切れた絆
世界友情の家(ワールド・フレンドシップ・センター=WFE)
風に吹かれて
第6章 ホーム・カミング(帰郷) 194
さらば、ヒロシマ
ペンドルヒルの鐘
ウィルミントン大学ヒロシマ・ナガサキ・コレクションの設立へ
ヒロシマ会議
アメリカにいた被爆者たち
国際平和セミナー開催
広島名誉市民章
第7章 「原爆の絵」キャラバン 231
ヒロシマからの誘い
アメリカ女性たちの反核運動
友情よ永遠に
第8章 神の計画 258
軌跡を信じて
ワンダーウーマン賞
未来の子供たちのために
チェルノブイリ原発事故
燃えたアパート
神からの招待
あとがき
主要参考文献・資料

村上忠敬

村上忠敬

むらかみ・ただよし 1907***生19850211没 村上忠敬  むらかみ・ただよし 享年 77  広島大学高師教授。[50ヒロシマ・ピース・センター建設協力者]。広島大学名誉教授。1970年4月~74年3月、広島女学院大学長。1968年~83年、核禁広島県民会議議長。在韓被爆者のための医師団派遣などに尽力。[70ヒロシマ会議]

関連資料

『放送RCC』第70号Vol. 7 No.8 1967.08.01
討論会■平和三団体は何をしてきたか 10
浜井信三・原田東岷・永松初馬・松浦亮・田辺勝・板倉静夫・村上忠敬・今堀誠二
『放送RCC』第90号Vol. 9 No.7 1969.07.01
放送とわたし■宇宙のはなし 村上忠敬 2
『濱井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会、1969/08/06)
YMCAに尽力 村上忠敬 330
『生死の火 広島大学原爆被災誌』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会、1975/08/06)
原爆のあとさき 村上忠敬 247
『在韓被爆者』(核兵器禁止平和建設国民会議編・刊、1978/04/01)
おわりに  核禁広島県民会議議長 村上忠敬 51
『広島通信』No.57 1978.04.01
韓国人被爆者とともに 村上忠敬
『追懐 広島高等師範学校創立八十周年記念』(広島高等師範学校創立八十周年記念事業会、1982/10/17)
五 理科第二部関係 303 (一) 小史 303(二) 思い出  ・村上忠敬 306
『創立百周年記念誌』(日本基督教団広島教会、1983/11/27)
回顧と展望 村上忠敬 46
『昭和13年早生まれ』(佐藤健、2007/04/15)
(10)村上忠敬先生と私…96

 

原爆の絵アメリカを行く

『原爆の絵アメリカを行く』(松原美代子著 、ヒロシマを知らせる委員会編、日本放送出版協会、1983/08/20)

内容

bk19830820-000s
18年待った旅が始まる 7
ロサンゼルス/サンタモニカ
「これは本当に起こったことなのか?」 9
サンフランシスコ/バークレー
“グラウンド・ゼロ”運動は迫る姿勢に欠けている! 26
ユージン/ブレマートン
「ニュークリア イエス(核賛成)!」 43
モンタナからアイオワへ 55
 ミズラ/ヘレナ
「私も体がふるえて止まりませんでした」 57
ボーズマン/ラピッドシティ
「人間がいちばん愚かな動物だ」 74
オマハ/バーリントン
町の人達の反応は冷たい 85
いま、なぜアメリカへ来たのか 93
 シカゴ/バトルクリーク
「どうして悪いと感じなければいけないの」 95
アンアーバー/トロント
さわやかな夜、優雅なひととき 110
ユチカ/ベニントン
石つぶてのようなトーク・ショウ3時間 120
私の旅はまだまだ終わらない 135
 「この痛みは永久に消えないだろう」 137
ニューヨーク/ワシントン
“To be, or not to be!” 147
フィラデルフィア/ロサンゼルス
いちばん大切で必要なのは“愛” 155
私は歌い続け、語り続けてゆく 171
著者略歴<抄>
1962年 第1回世界平和巡礼に出発、14カ国歴訪
1964年 「広島・ナガサキ世界平和使節団」の一員として、7カ国歴訪。
現在、広島平和文化センター主事、ヒロシマを知らせる委員会職員。

松原美代子

松原美代子

まつばら・みよこ 1932****生20180210没 享年85歳 広島女子商業1年、12歳の時、建物疎開の作業中に爆心地から約1.5キロで被爆。<資料年表:松原美代子>

資料年表:松原美代子

 年月日
1956/1/1 われらのうた 1956.1.1 第15号 われらのうたの会
望み 松原美代子   28
1956/3/8 われらのうた 1956.3.8 第17号 われらのうたの会
思いやり 松原美代子   29
1957/2/1 われらのうた 1957.2.1 第27号 われらのうたの会
思いやり  松原美代子   40
1982/6/15 原爆の絵アメリカ反核の旅 松原美代子さん NHK NHK広島放送局
1982.7.1 『平和文化』第36号(広島平和文化センター)
米国でのヒロシマの証言を終えて(広島平和文化センター主事 松原美代子)
1982/8/20 ヒロシマ・ナガサキの証言’82夏 石田明、浜崎均編 広島・長崎の証言の会
1983/2/4 ヒロシマナガサキ 核戦争のもたらすもの 上映の記録 1982.4~12 岩波映画、岩波映像販売編 岩波映画、岩波映像販売
1983/8/20 原爆の絵アメリカを行く 松原美代子著 、ヒロシマを知らせる委員会編 日本放送出版協会
1983/8/20 ヒロシマ・ナガサキの証言’83夏 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会
1983/9/22 ヒロシマ・ナガサキ平和学習の旅 昭和58年度 上智大学学内共同研究平和研究(庭野平和財団助成)
1984/2/21 核・貧困・抑圧 ’83アジア文学者ヒロシマ会議報告 アジア文学者ヒロシマ会議実行委員会編 ほるぷ出版
1984/11/11 HIROSHIMA&WAR 栃木県立那須農業高等学校2年4組・社会部編 栃木県立那須農業高等学校
1985/8/1 ぼくたちはヒロシマを見た ヒロシマと戦争の実態に迫るために 栃木県立那須農業高等学校社会部 栃木県立那須農業高等学校
1985/8/6 原爆の絵は訴える NHK NHK
1986/4/21 松原美代子さんの被爆体験を聞いて 池田市立細河小学校6年生 池田市立細河小学校
1986/5/1 平和文化 1986.5 第59号 広島平和文化センター
原爆乙女の暗い青春 原爆被爆体験語り部 松原美代子
1987/1/20 ヒロシマの女たち 広島女性史研究会著編 ドメス出版
1988/3/31 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 平和冊子 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
1989/4/1 かけはし 1989.04.01 第20号 YMCA国際平和研究所
限りない平和の巡礼者として 松原美代子
1994/3/10 千羽鶴 12人の語り部証言集 堺市立五箇荘中学校16期生編 堺市立五箇荘中学校16期生
1995/1/1 1995年度 ひろしまを考える旅 記録集 ひろしまから明日へ 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会
1996/1/1 1996年度 ひろしまを考える旅 記録集 ヒロシマの声は、世界に届かないの? 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」小委員会
1996/9/10 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1996 長崎の証言の会編 長崎の証言の会
1997/3/31 創大平和研究 1997.03.31 第18号 1996 創価大学平和問題研究所
ヒロシマの心:核兵器のない世界への祈りと行動 松原美代子
1998/1/1 千代田区平和使節団の報告 (平成9年度) 千代田区 千代田区
1998/10/31 親子広島バスツアー感想文集-平和・非核学習の旅 平成10年度 原水爆禁止西宮市協議会、西宮市編 原水爆禁止西宮市協議会、西宮市
1999/3/31 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 第2版 平和図書 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
2000/8/15 広島市医師会だより 2000.8.15 No.412 広島市医師会
特集 対談 「ヒロシマ」を語り継ぐ-語り部 松原美代子さんに聞く- 20 松原美代子VS碓井静照
2001/12/20 2001年度 ひろしまを考える旅 記録集 日本YWCA「ひろしまを考える旅」準備委員会 日本YWCA「ひろしまを考える旅」準備委員会
2004/1/1 広島市平和祈念式に参加して 平成16年度派遣団記念文集 甲府市 甲府市
2004/5/22 証言集 大和中学校 大和市立大和中学校
2005/6/10 原子野からの旅立ち 女子パウロ会 女子パウロ会
2008/7/28 原爆の絵 2007 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2010/3/19 修学旅行「旅と証言の記録」 2009年 第2学年 埼玉県立松山女子高等学校 埼玉県立松山女子高等学校
2010/7/5 次世代と描く原爆の絵 2007・2008・2009 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2011/7/31 上空より = From above ポーレ・サヴィアーノ著 コンテンツ・ファクトリー
2012/3/30 原爆被爆者は訴える 被爆証言集 第3版 平和図書 No.6 広島平和文化センター編 広島平和文化センター
2012/8/1 次世代と描く原爆の絵 広島市立基町高等学校 創造表現コース 広島市立基町高等学校
2016/11/18 女性たちのヒロシマ 笑顔かがやく未来へ 創価学会広島女性平和委員会編 第三文明社
2017/8/12 原爆の絵 平成19~28年度 広島平和記念資料館、広島市立基町高等学校
2018/8/6 次世代と描く原爆の絵 平成19年度~29年度 広島市立基町高等学校
2001/8/1 月刊クーヨン 2001.08 6巻通巻65号8月号 クレヨンハウス
[落合恵子責任編集]戦争を知らない大人たちへ 91
パピアン・美智子/村井志摩子/栗原貞子/松原美代子/酒井キヨ子/西岡由香/植木智子/石司真由美/上原当美子/高里鈴代
2022/6/20 次世代と描く原爆の絵 平成一九年度~令和二年度 広島市立基町高等学校美術科編 広島市立基町高等学校

宇根利枝

宇根利枝 うね・としえ 191809**生20120210没 享年93歳

関連資料

「保育と献水にかけた戦後 宇根利枝」
 unerie19870720-16a
unerie19870720-17a
出典『ヒロシマ・ナガサキの群像 ヒロシマ・ナガサキの証言’87 第21号/終刊号』
(教育・文化・スポーツ振興功労) (15 名・4 団体)
宇 根 利 枝 :被爆体験を継承するための証言活動を通じて、本市教 育の推進に寄与した。
  『ヒロシマのいのちの水』(作者:指田和、画家:野村たかあき、発行所:文研出版、20090530)

 

資料年表:森一久

資料年表:森一久

出版年 書名 著者 出版者
1954/11/10 原子力発電の経済的影響 Sam H. Scharr,Jacob Marschak監修 森一久訳 東洋経済新報社
957/04/17 原子力発電所 コールダーホール物語 ケネス E. B・ジェイ著 伏見康治、森一久、末田守訳 岩波書店
1976/04/05 平和研究 第1号 平和研究の方法 日本平和学会 日本平和学会、日本経営出版会(発売)
1981/04/16 嵯峨根遼吉記念文集 嵯峨根遼吉著 嵯峨根遼吉記念文集出版会
1986/09/15 21世紀の原子力を考える 通商産業省編 通商産業調査会
1986/11/18 原子力年表(1934-1985) 森一久編 日本原子力産業会議
1986/11/18 原子力は、いま 日本の平和利用30年 上 森一久編 日本原子力産業会議
1986/11/18 原子力は、いま 日本の平和利用30年 下 森一久編 日本原子力産業会議
1990/04/20 誰も知らなかったソ連の原子力 中村政雄 V.グーバレフ 他 電力新報社
19940413~15日、第27回原産年次大会、広島国際会議場。
1995/07/20 廣高とヒロシマ 被爆五十年の回想 廣島高等学校同窓有志の会編 廣島高等学校同窓有志の会
森一久(昭和19理甲)「ヒロシマと阪神大震災―50年後のわたし」
1999/12/20 ドキュメント・東海村 火災爆発と臨界事故に遭遇した原子力村の試練 ソシオエナージー・プロジェクト21 國分郁男, 吉川秀夫編著 ミオシン出版
2006/06/10 都立第五福竜丸展示館30年のあゆみ 1976.6-2006.6 開館30周年記念誌 第五福竜丸平和協会編 第五福竜丸平和協会
2015/07/30 湯川博士、原爆投下を知っていたのですか ”最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生 藤原章生著 新潮社